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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10176号 判決 2014年3月26日

原告

シグナルクエスト,インコーポレイテッド

訴訟代理人弁護士

根本浩

駒井宏美

弁理士

稲葉良幸

吉川雅也

被告

特許庁長官

指定代理人

小関峰夫

平田信勝

丸山英行

窪田治彦

堀内仁子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2011-27250号事件について平成25年2月14日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性判断の当否である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成18年1月17日,発明の名称を「全方向性傾斜および振動センサ」とする国際特許出願をした(特願2007-551464号,特表2008-532208号。パリ条約に基づく優先権主張,2005年1月18日,2006年1月13日,米国)が,平成23年8月12日,拒絶査定を受け,同年12月16日,審判請求をするとともに手続補正をした(本件補正)。

特許庁は,平成25年2月14日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月26日に原告に送達された(附加期間90日)。

2  本願発明の要旨

本願発明(請求項1に記載された発明。本件補正前後で変更はない。)の要旨は,以下のとおりである。

「センサであって,第1の導電素子と,第2の導電素子と,前記第1の導電素子と前記第2の導電素子とに接続された電気絶縁素子と,前記センサの空洞内に配置された複数の導電性錘体と,を備え,前記空洞が前記第1の導電素子の少なくとも1つの面と,前記電気絶縁素子の少なくとも1つの面と,前記第2の導電素子の少なくとも1つの面とによって画成され,前記第1の導電素子が第1の直径を前記第1の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第1の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,前記第2の導電素子が第1の直径を前記第2の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第2の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,前記第1の導電素子の遠位部が,前記第2の導電素子の遠位部に対向しており,前記電気絶縁素子が近位端と遠位端とを有するものとしてさらに画成され,前記第1の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の近位端内に嵌まり,前記第2の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の遠位端内に嵌まるセンサ。」

3  本件補正の内容

本件補正は,補正前の請求項5に記載された「前記第1の導電素子の寸法と前記第2の導電素子の寸法とが等しい,」を「前記第1の導電素子の前記第2の直径と前記第2の導電素子の前記第2の直径とが等しい,」とし,請求項11に記載された「前記電気絶縁素子の形状が正方形状である,」を「前記空洞を画成する前記電気絶縁素子の表面は,断面形状が平坦である,」とするものである。

4  審決の理由の要点(争点と関係が薄い部分はフォントを小さく表記する。)

(1)  本件補正の却下

「導電素子の寸法」が等しいとは第1及び第2の導電素子の大きさが等しいことを意味しているが,それを「導電素子の第2の直径」とすることにより「第2の直径」以外の寸法は等しくなくてもよいことになり第1及び第2の導電素子の大きさが等しくならないことになる。また,「電気絶縁素子の形状が正方形状」を「電気絶縁素子の表面は,断面形状が平坦である」とすることも「形状」から「表面は・・・平坦」とするもので限定しようとする概念が異なっている。

そうすると,本件補正は,補正前の請求項5及び11に記載された事項を技術的にみて限定的に減縮したものとはいえないし,また請求項の削除,誤記の訂正,不明瞭な記載の釈明のどの目的にも該当しないので,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。

(2)  引用例1(特開2003-161653号公報。甲1)記載の発明(引用発明)

引用例1には「常閉式小型振動センサであって,電極部材A1と,電極部材A2と,前記電極部材A1と前記電極部材A2とに接続された筒状体Bと,前記常閉式小型振動センサの空室2内に配置された複数の導電性球体Cと,を備え,前記空室2は,前記電極部材A1と,前記筒状体Bと,前記電極部材A2とよりなり,前記筒状体Bが,左右の端部を有し,前記電極部材A1の少なくとも前記電極部材の円柱状拡大頭部3が前記筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まり, 前記電極部材A2の少なくとも前記電極部材の円柱状拡大頭部3が前記筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる常閉式小型振動センサ。」が記載されていると認められる。

(3)  本願発明と引用発明との対比

(一致点)

センサであって,第1の導電素子と,第2の導電素子と,前記第1の導電素子と前記第2の導電素子とに接続された電気絶縁素子と,前記センサの空洞内に配置された複数の導電性錘体と,を備え,前記空洞が前記第1の導電素子の少なくとも1つの面と,前記電気絶縁素子の少なくとも1つの面と,前記第2の導電素子の少なくとも1つの面とによって画成され,前記電気絶縁素子が近位端と遠位端とを有するものとしてさらに画成され,前記第1の導電素子と前記第2の導電素子が前記電気絶縁素子に嵌まるセンサ。

(相違点)

本願発明においては,第1の導電素子と第2の導電素子が電気絶縁素子に嵌まる具体的構成が,「第1の導電素子が第1の直径を前記第1の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第1の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,第2の導電素子が第1の直径を前記第2の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第2の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,前記第1の導電素子の遠位部が,前記第2の導電素子の遠位部に対向しており,前記第1の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の近位端内に嵌まり,前記第2の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の遠位端内に嵌まる」構成であるのに対して,引用発明では「電極部材の円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成である点。

(4)  相違点についての検討

引用例2(特開昭50-067974号公報。甲2)又は引用例3(米国特許第5672856号明細書。甲3)には,「第1の導電素子と第2の導電素子が電気絶縁素子に嵌まる」具体的な構成としての「第1の導電素子が第1の直径を前記第1の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第1の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,第2の導電素子が第1の直径を前記第2の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第2の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,前記第1の導電素子の遠位部が,前記第2の導電素子の遠位部に対向しており,前記第1の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の近位端内に嵌まり,前記第2の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の遠位端内に嵌まる」構成が記載されているものといえる。

そうすると,引用発明の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成に換えて,引用例2又は引用例3に記載された「第1の導電素子が第1の直径を前記第1の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第1の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,第2の導電素子が第1の直径を前記第2の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第2の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,前記第1の導電素子の遠位部が,前記第2の導電素子の遠位部に対向しており,前記第1の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の近位端内に嵌まり,前記第2の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の遠位端内に嵌まる」構成を用いることは当業者なら容易に成し得ることと認められる。

そして,本願発明の作用効果も,引用発明,引用例2又は引用例3から当業者が予測できる範囲のものである。

したがって,本願発明は,引用発明,引用例2又は引用例3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3原告主張の審決取消事由-容易想到性についての判断誤り

審決は,本願発明と引用発明の相違点に係る本願発明の構成について,当業者であれば,引用発明に記載された上記相違点に係る構成に換えて,引用例2又は引用例3に記載された構成を用いることは容易に成し得ることであると認定しているが,かかる認定は誤りである。

1  引用例1と引用例2とを組み合わせる動機付け,及び,引用例1と引用例3とを組み合わせる動機付けについて開示も示唆もない

引用例1において,「構造も極めて簡単かつ強固」にするという引用発明の課題(段落【0004】)を解決し,電極部材A1,A2が嵌合チャンバー10A,10Bに,「接着剤や締結部材等を要することなく弾性的に密嵌合した状態で確実かつ強固に係止される」という引用発明が目的とする作用効果(段落【0021】)を奏するには,円柱状拡大頭部3が嵌合チャンバー10A,10Bに嵌合係止して円柱状拡大頭部3の環状後端面3Dが内側環状面7Cに係合することが必要とされる(段落【0021】,【0022】,図1ないし図4)。

この構造を実現するためには,円柱状拡大頭部3と頸部1との間に環状段部としての環状後端面3Dが形成されなければならず,電極部材A1,A2において,本願発明で規定するところの近位部側に配置された頸部1の直径が,本願発明で規定するところの遠位部側に配置された円柱状拡大頭部3の直径よりも小さくなければならない。したがって,円柱状拡大頭部3の直径を頸部1の直径より大きく設定する構成は,引用発明の課題及び目的に照らして引用発明に必須の構成である。

また,引用例1には,引用例1の上記構成とは全くの逆の構成を採用する設計思想,すなわち,頸部1の直径を円柱状拡大頭部3の直径より大きく設定する設計思想は,一切開示も示唆もされていない。加えて,引用例2及び3の明細書には,「第1の導電素子が第1の直径を前記第1の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第1の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,第2の導電素子が第1の直径を前記第2の導電素子の近位部に,また第2の直径を前記第2の導電素子の遠位部にさらに備え,前記第2の直径が前記第1の直径より小さく,前記第1の導電素子の遠位部が,前記第2の導電素子の遠位部に対向しており,前記第1の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の近位端内に嵌まり,前記第2の導電素子の少なくとも前記遠位部が前記電気絶縁素子の遠位端内に嵌まる,構成」についての具体的な説明は一切なく,これらの構成は,引用例2の第1図や第2図,引用例3のFig.12に基づき特定されているにすぎない。すなわち,引用例2及び3には,導電体12a,12bの直径,electrically conductive members 111,112の直径をどのような大きさに設定するのかについての具体的な設計思想は,一切開示も示唆もされていない。

よって,引用例1には,引用例1に記載された「前記電極部材A1の少なくとも前記電極部材の円柱状拡大頭部3が前記筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まり,前記電極部材A2の少なくとも前記電極部材の円柱状拡大頭部3が前記筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる常閉式小型振動センサ」という構成に換えて,引用例2又は3に記載された上記構成を用いる動機付けや示唆はなく,当業者が容易になし得たものとはいえない。

2  引用例1と引用例2との組合せ,引用例1と引用例3との組合せには技術的な阻害要因がある

仮に,電極部材A1,A2の設計を変更して,頸部1の直径を円柱状拡大頭部3の直径よりも大きく設定しようとして,筒状体Bから環状突起7及び9を除去して筒状体Bの内壁面6の内径を増大させると(仮定A),円柱状拡大頭部3は嵌合チャンバー10A,10Bに係止することができない。引用発明において,電極部材A1,A2が嵌合チャンバー10A,10Bに嵌合係止されるという機能を奪うことなる。

また,単純に電極部材A1,A2の向きをそれぞれ逆にして頸部1,1同士を互いに対向させると(仮定B),頸部1,1同士が互いに突き当たってしまうので,円柱状拡大頭部3,3は嵌合チャンバー10A,10Bに適切に嵌合係止することはできない。しかも,頸部1,1同士の間に所定の距離を確保したとしても,円柱状拡大頭部3,3が嵌合チャンバー10A,10Bに嵌合係止している上に筒状体Bの開口端から外側には電極部材A1,A2が一切突き出さないので,電極部材A1,A2を筒状体Bから取り外すことは極めて困難になる。

さらに,電極部材A1,A2の設計を変更して,例えば,頸部1を筒状体Bの開口端から外側に突き出させて筒状体Bの外側に円柱状拡大頭部3よりも直径の大きな部分を形成すると(仮定C),現状の引用発明のセンサに比べてセンサ自体が大型化することになり,「全体を大幅に小型化することができる」という引用発明の目的に反することになる(段落【0004】)。

したがって,引用発明において,引用例1に記載された上記構成に換えて,引用例2又は3に記載された上記構成を用いると,引用発明の技術的な前提が破綻することとなり,引用発明の本来の目的を放棄することになる。

また,引用例2及び3は,1つの導電性球体を備えるのに対して,本願発明は複数の導電性錘体を備えるセンサに関するものであるから,根本的に作動が異なり,引用例2及び3は単独では引用例とはなり得ない。

よって,引用例1に記載された上記構成に換えて,引用例2又は3に記載された上記構成を用いることには技術的な阻害要因が存在する。

3  引用発明,引用例2及び引用例3に対する進歩性

本願発明では,近位部の第1の直径よりも小さな第2の直径を有する遠位部が電気絶縁素子の近位端内又は遠位端内に嵌まることによって,導電素子が電気絶縁素子に接続される。こうした構成によれば,直径の大きな近位部を例えば把持することによって電気絶縁素子に導電素子の遠位部を簡単に嵌めることができる。反対に,直径の大きな近位部を例えば把持することによって電気絶縁素子から遠位部を簡単に取り外すことができる。したがって,本願発明に係るセンサは,その組立て及び分解が極めて容易であるという格別に顕著な作用効果を奏する。

しかも,例えば直径の小さな遠位部のみを電気絶縁素子に嵌める際,直径の大きな近位部を例えば電気絶縁素子の近位端又は遠位端に突き当てることができ,電気絶縁素子の空洞内で導電素子の遠位部を簡単に位置決めすることができる。その結果,電気絶縁素子の空洞内で導電素子の遠位部の先端の位置を正確に特定することができるので,本願発明に係るセンサは,第1の導電素子の遠位部と第2の導電素子の遠位部との間の距離を簡単に設定することができるという格別に顕著な作用効果を奏する。

さらに,前述と同様に,例えば直径の小さな遠位部のみを電気絶縁素子に嵌める場合には,直径の大きな近位部が電気絶縁素子の近位端又は遠位端から外側に露出することができるので,本願発明に係るセンサは,例えばプリント回路基板(PCB)のランディングパッドに導電素子を極めて容易に接続することができるという格別に顕著な作用効果を奏する。

これに対し,引用例1では,頸部1を容易に把持できないこと,PCBに対する電極部材A1,A2の接続のしやすさが著しく低下すること,及び,センサを容易に分解できないことといった欠点があり,本願発明の効果は顕著である。

本願発明の顕著な作用効果は,原告製品の商業的成功によっても裏付けられる。すなわち,原告は,震動感知用センサとして,部品番号SQ-SEN-001P,SQ-SEN-003P及びSQ-SEN-200のセンサを製造販売してきているが,上記各原告製品の売上げの推移を示すグラフ及び表(甲11)に示されるとおり,本願発明の実施品であるSQ-SEN-200(甲10)については,本願発明の実施品でないSQ-SEN-001P及びSQ-SEN-003P(甲8,9)と比較して,2005年に製造販売が開始されて以来,飛躍的に売上げが伸びており,例えば2011年には売上額が260万ドル(2005年の売上額のおよそ23倍強)にまで達している。

第4被告の反論

1  引用発明と引用例2,3の組合せの動機付け,示唆について

(1)  引用発明は,従来の技術として挙げられている特開平10-21804号公報(乙1)及び特開平10-154451号公報(乙2)に記載されたものでは,部品の点数が多かった点を解決しようとする課題(目的)として発明されたものであって,2個の導電性球体の他には,一対の「電極部材」と1個の「成型絶縁材」の合計3個の部品のみであり,「一対の電極部材を互いに所定幅の間隙を保って対抗させた態様で成型絶縁物に固着」されていることを必須とするものである。

そして,引用例1の請求項1では,「円柱状拡大頭部3」,「嵌合チャンバー10A,10B」,「頸部1」及び「環状後端面3D」については限定されておらず,また,電極部材と成形絶縁物との「固着」について,その具体的な固着の形態まで限定されているものではない。

したがって,引用発明では,「円柱状拡大頭部3」,「嵌合チャンバー10A,10B」,「頸部1」及び「環状後端面3D」を備えることについては必須の構成としておらず,ましてや,原告が主張するような「円柱状拡大頭部3の直径を頸部1の直径より大きく設定する構成」は,必須の構成ではあり得ない。また,引用発明では,単に,電極部材が成型絶縁物に固着されていさえすればよいのであって,「円柱状拡大頭部3が嵌合チャンバー10A,10Bに嵌合係止して円柱状拡大頭部3の環状後端面3Dが内側環状面7Cに係合する」ことは,必須の構成ではない。

「円柱状拡大頭部3」,「嵌合チャンバー10A,10B」,「頸部1」,「環状後端面3D」,「円柱状拡大頭部3の直径を頸部1の直径より大きく設定する構成」,「円柱状拡大頭部3が嵌合チャンバー10A,10Bに嵌合係止して円柱状拡大頭部3の環状後端面3Dが内側環状面7Cに係合する」こと,及び,「接着剤や締結部材等を要することなく弾性的に密嵌合した状態で確実かつ強固に係止される」(甲1・段落【0021】)との作用効果はいずれも,引用例1において,請求項2以降に関する特定の実施形態におけるものにすぎない。引用発明において,電極部材A1,A2を筒状体Bに取り付けるための構造は,原告が主張するような特定の実施形態として開示された構造に限定されるものではない。したがって,引用発明における,電極部材A1,A2を筒状体Bに取り付けるための構造は,その所期の目的の範囲内で適宜に変更できる事項といえる。

そして,このような取り付けるための構造は,2つの導電性球体Cによる検出に係る構造とは,技術的に分けて考えることができるものであるから,引用発明には,他の取付け構造を採用する契機があるもので,頸部1の直径を円柱状拡大頭部3の直径より大きく設定する設計思想についての示唆があるといえる。

さらに,引用例2,3に記載されたものにおいても同様に,ボールによる検出に係る構造と,導電体(電極)を固定するための構造とは,技術的に分けて考えることができるもので,技術常識を備えた当業者であれば,本文中に具体的な記載がなくとも,図面の記載から,審決において認定した事項を十分に読み取ることができる。

このように,引用例1~3には,原告の主張するような設計思想が十分に開示・示唆されているといえるものである。

(2)  引用例1に記載された引用発明と,引用例2,3に記載されたものとは,導電性球体を収納したセンサに関するもので,技術分野が共通する。

また,引用例1の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成と,引用例2の「1対の導電体12a,12bは,絶縁物で構成した筒体13の両端に,凹部11a,11aが対向するように嵌着され,凹部11a,11aにより筒体13内部で空室14が形成されるようにする。すなわち,1対の導電体12a,12bおよび筒体13により密封容器が構成されるもので,その空室14内に球状導電体15を遊動自在にして収容するものである。導電体12a,12bのそれぞれには,筒体13の内面に接する部分と筒体13の内面に接しない部分を有しており,導電体12a,12bは筒体13を介してそれぞれの部分が互いに対向するように設けられ,接する部分の直径を接しない部分の直径より小さくし,該導電体12a,12bの接する部分が筒体13の導電体12a端内と導電体12b端内に嵌まる態様」とは,筒状体の端部に電極部材を取り付けるための構成である点で異なるところはない。同様に,引用例1の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成と,引用例3の「electrically conductive members111,112のそれぞれには,electrically insulative tube 114 の内面に接する部分と electrically insulative tube 114 の内面に接しない部分を有しており,electrically conductive members111,112 は electrically insulative tube 114を介してそれぞれの部分が互いに対向するように設けられ,接する部分の直径を接しない部分の直径より小さくし,該 electrically conductive members111,112 の接する部分が electrically insulative tube 114 の electrically conductive members112 端内と electrically conductive members111 端内に嵌まる態様」とは,筒状体の端部に電極部材を取り付けるための構成である点で異なるところはない。

このように,引用発明と引用例2又は3に記載されたものとは,技術分野を共通にし,その構成も類似しているものである。

そうすると,引用例1に記載された引用発明の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成に換えて,引用例2又は引用例3に記載された上記の態様を転用することの動機付けは存在するということができる。

また,引用発明では筒状体Bの端部に電極部材A1,A2を取り付け閉鎖して空室2を形成しており,電極部材A1,A2が,いわば蓋の役割を果たしているが,筒状体の端部に蓋を取り付け閉鎖して空洞を形成するに際して,該蓋を直径が大の部分と直径が小の部分とから構成し,直径を小さくした部分を筒体に嵌るようにすることは,容器(ハウジング,ケーシング)の基本的な構造として,日常生活でも目にするぐらいの,一般に行われている基本的な技術事項である。したがって,このような構造は,当業者がごく自然に発想し得るものといって差し支えない。

2  技術的な阻害要因について

引用発明では,単に,電極部材が成型絶縁物に固着されていさえすればよいのであって,原告が主張するような「円柱状拡大頭部3が嵌合チャンバー10A,10Bに嵌合係止して円柱状拡大頭部3の環状後端面3Dが内側環状面7Cに係合」している必要性はない。

原告は,引用発明において,円柱状拡大頭部3が嵌合チャンバー10A,10Bに嵌合係止して円柱状拡大頭部3の環状後端面3Dが内側環状面7Cに係合していることが必須の構成であることを前提にるる主張しているが,これらの構成が引用発明において必須でないことから,原告の主張はその前提において誤っているし,審決は,上記仮定A(「筒状体Bから環状突起7及び9を除去して筒状体Bの内壁部6の内径を増大」すること),B(「電極部材A1,A2の向きをそれぞれ逆にして頸部1,1同士を互いに対向させる」こと)について判断したものではなく,この点に関する原告の主張は独自の見解である。

また,仮定C(「電極部材A1,A2の設計を変更して,例えば頸部1を筒状体Bの開口端から外側に突き出させて筒状体Bの外側に円柱状拡大頭部3よりも直径の大きな部分を形成する」こと)の場合でも,新たに部品点数が増えるものではないから,引用例1に記載された,従来の技術に比較して,「全体を大幅に小型化することができる」(甲1・段落【0004】)との目的は達成されるものであって,何ら目的に反するところはない。

さらに,1つの導電性球体を備えるセンサと,2つの導電性球体を備えるセンサとは,どちらも周知のものであって,導電性球体の数は異なるものの,センサとしての基本的な構造は同じであることは,引用例1と特開2003-151415号公報(乙7)から明らかであるし,引用例2及び3の導電性球体の数の違いがあるとしても,引用発明において,電極部材A1,A2を筒状体Bへ取り付けるための構造は,2つの導電性球体による検出に係る構造とは,技術的に分けて考えることができる。そうすると,引用例2,3に記載されたものは,物理状態の変化により操作されるボールを利用した検出器である点で,本願発明,引用発明と共通しており,その構造に類似点も多く,参考,検討を困難にするほどの違いはないのであって,引用例2又は3に記載の1つの導電性球体を備えるセンサの固定電極が筒状体に嵌る部分の構造を,2つの導電性球体を備える引用発明に適用する際に,これを妨げるような事由は認められない。

したがって,引用発明の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成に換えて,引用例2又は引用例3に記載された構成を用いたとしても,それによって引用発明の目的に反することはなく,よって,引用発明の技術的な前提が破綻することはなく,引用発明の本来の目的を放棄するものでもなく,また,技術的な阻害要因が存在するものでもないから,原告の上記主張は理由がない。

3  引用発明,引用例2及び引用例3に対する進歩性について

(1)  作用効果について

原告が本願発明の作用効果として主張する3つの作用効果,すなわち,①直径の大きな近位部を把持することによる分解及び組立てが容易であること,②直径の大きな近位部を電気絶縁素子の近位端又は遠位端に突き当てることによって第1の導電素子の遠位部と第2の導電性素子の遠位部との間の距離を簡単に設定することができること,及び,③直径の大きな近位部が電気絶縁素子の近位端又は遠位端から外側に露出することができるので,プリント回路基板(PCB)のランディングパッドに導電素子を極めて容易に接続することができることは,いずれも,本願発明が,電気絶縁素子の端面に,直径の大きな近位部と直径の小さな遠位部とを有する導電素子を嵌めたものであることから奏する作用効果である。一方,引用例2及び引用例3に記載の発明も,電気絶縁素子の端面に,直径の大きな近位部と直径の小さな遠位部とを有する導電素子を嵌めた構成を備えているから,本願発明と同様に,上記3つの作用効果を奏することは明らかであり,このようなことは当業者であれば引用例2,3の記載から十分に予測できるものである。そうすると,審決に記載したように,引用発明の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成に換えて,引用例2又は引用例3に記載された構成を用いた際には,上記3つの作用効果も当然備えるものであるから,原告が主張する作用効果は,引用発明,引用例2又は引用例3から当業者が容易に予測できる範囲のものであって,格別に顕著なものとはいえない。

また,引用例1では,頸部1を容易に把持できないこと,PCBに対する電極部材A1,A2の接続のしやすさが著しく低下すること,及び,センサを容易に分解できないことといった欠点が認められるが,引用例2及び引用例3に記載のものも,電気絶縁素子の端面に,直径の大きな近位部と直径の小さな遠位部とを有する導電素子を嵌めた構成を備えているから,本願発明と同様に,引用例1の短所を克服しており,引用発明の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成に換えて,引用例2又は引用例3に記載された構成を用いた際には,引用例1の短所も克服されることとなり,このようなことは,当業者であれば引用例2,3の記載から十分に予測できるものである。したがって,原告が主張する作用効果は,引用発明,引用例2又は引用例3から当業者が容易に予測できる範囲のものであって,格別に顕著なものとはいえない。

(2)  商業的成功について

原告の顧客からの電子メール(甲13,14)の記載によると,原告製品であるSQ-SEN-200は,その寿命,感度,コスト,サイズ,及び,消費電力の点から顧客に好評であったことが理解される。

一般に製品の売上げ及び顧客に好評であるか否かは,その製品に対応する発明の作用効果以外にも,例えば製品の品質,感度,寿命,サイズ,消費電力,コスト,営業努力,納期,市場規模の大小,等々にも影響されるものである。また,米国市場において,原告従来製品との比較で売上げが伸びたとしても,米国市場特有の事情によるとも考えられるし,比較対象が引用発明とは構造が異なる原告従来製品であるから,そのことは引用発明に基づく容易想到性の判断に関係ない。したがって,商業的成功をもって,本願発明の進歩性を認めることはできない。

第5当裁判所の判断

1  前提事実

(1)  本願発明について

本願明細書(甲4)の記載によれば,本願発明は,センサ,特に,全方向性傾斜及び振動センサに関するものであり(段落【0002】),従来,単一の金属ボールを有し,傾斜角に応じて,電気回路のON及びOFFの切換えを行うことができる傾斜スイッチがあったが(段落【0003】,【0004】),微小の動きの検出には役に立たないという問題があり(段落【0005】),振動スイッチについても,多数の部分を有するために組立時間が長くなり,コストが増加するという問題があった(段落【0006】~【0008】)ので,かかる課題を解決するために,本願発明のセンサは,第1の導電素子と,第2の導電素子と,電気絶縁素子と,センサの空洞内に配置された複数の導電性錘体とを備え,第1の導電素子と第2の導電素子とを所定の寸法として電気絶縁素子に嵌まる構成としたものであると認められる。

(2)  引用発明について

引用例1(甲1)の記載によれば,引用発明は,振動センサに関するものであり(段落【0001】),従来,振動センサは,その構成に必要な部品の点数が多く,各種の組立工程を必要とするため,その組立加工に要する労力や時間が嵩み,製造コストを安く抑えることが困難であるばかりでなく,構造が複雑となり,近時における使用対象機器としての各種電子機器等の小型化に対応して小型化を推進することが困難であるという問題があった(段落【0003】)ため,上記問題を解決するために,電極部材としてはシンプルな同一構成の電極部材を2個,その取付手段としては単体としての成形絶縁物ないし非導電性筒状体を1個,合計3個の部品をセンサ本体の構成部品として必要とするのみで,組立作業の大部分を占める電極部材の取付けを極めて容易とするばかりでなく,構造も極めて簡単かつ強固で,全体を大幅に小型化する振動センサを提供することを主たる目的とするものである(段落【0004】)と認められる。

(3)  本願発明と引用発明の対比

以上を前提に,本願発明と引用発明を対比すると,両者の一致点及び相違点は審決が認定したとおりとなる(前記第2の4(3))。

2  取消事由の検討

(1)  引用例2及び引用例3について

引用例2は,発明の名称を「姿勢スイッチ装置」(甲2「1.発明の名称」)とするところ,「特定の姿勢を検知し動作信号を発生する」ものであるから(甲2「3.発明の詳細な説明」),「センサ」の一種であり,「球状導電体15」を収容したものと認められる。

引用例3は,「TILT SWITCH」(傾斜スイッチ)に関するものであり,同様に,「sphere136」を収容した「センサ」の一種であると認められる。

(2)  容易想到性について

上記のとおり,相違点は,引用発明では,「筒状体B」に嵌まる「電極部材A1」「電極部材A2」の「円柱状拡大頭部3」の直径が,「筒状体B」に嵌まらない「電極部材A1」「電極部材A2」の部分(甲1【図1】電極部材の頸部1,2)の直径よりも小さくした構成が記載されていないという点にある。

そこで,引用発明をこのような構成とすることが,当業者であれば容易に想到し得るか検討するに,「電極部材A1」「電極部材A2」を設計するに際し,「筒状体B」に嵌まる部分の直径(第2の直径)を嵌まらない部分の直径(第1の直径)よりも小さくするか,大きくするか,あるいは,等しくするかという点は,必要に応じて当業者が適宜決定し得る設計的な事項であるところ,引用例2には,導電体12aの筒体13に接する部分の直径が,導電体12aが筒体13に接しない部分の直径より小さい構成が記載されており,同様に,引用例3には,導電体112の絶縁筒体114に接する部分の直径が,導電体112が絶縁筒体114に接しない部分の直径より小さい構成が記載されている。そして,引用例1ないし3はいずれも「導電性球体を収容したセンサ」という同一の技術分野に属するものである。

したがって,引用発明に,同一の技術分野である引用例2及び引用例3に記載された事項を採用し,引用発明の「電極部材A1」「電極部材A2」について,「筒状体B」に嵌まる部分の第2の直径を変更することなく ,「筒状体B」に嵌まらない部分の第1の直径を「筒状体B」に嵌まる部分の第2の直径よりも大きく構成し,本願発明と引用発明の相違点に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得るものであると認められる。

(3)  原告の主張に対する判断

ア 動機付けについて

原告は,引用例1には,「構造も極めて簡単かつ強固」にするという課題があり,「接着剤や締結部材等を要することなく弾性的に密嵌合した状態で確実かつ強固に係止される」という作用効果を奏するためには,環状後端面3Dが内側環状面7Cに係合されることが必要であるから,引用発明は,環状後端面3Dが形成されること,すなわち,本願発明でいえば,第1の直径が第2の直径よりも小さい構成でなければならないし,引用例1には,直径の大きさを上記構成と逆にする設計思想は開示も示唆もない,また,引用例2や引用例3の構成も図面から特定されているだけで,具体的な設計思想はないから,引用発明と,引用例2又は引用例3の記載事項を組み合わせる動機付けはないと主張する。

しかしながら,引用例1に「組立作業の大部分を占める電極部材の取り付けが極めて容易であるばかりでなく,構造も極めて簡単かつ強固で・・・」(段落【0004】)と記載されているように,環状後端面3Dを備えた電極素材は,強固な固着の作用をもたらすと同時に電極部材の取付けの容易性を導き出すための構成でもある。したがって,引用発明は,部品を減らすこと,固着を強固にすることという課題のみならず,電極部材の取付けを容易なものとするという課題をも解決したものといえ,引用発明において電極部材の取付けやすさという課題が示唆されている以上,同じ課題を解決するための手段や技術と組み合わせることについて示唆があるといえる。そして,当業者は,引用発明に複数の課題が示されているような場合には,その優劣関係や関連性の程度,一方を優先した場合の他方への影響の度合いや得失などを考慮した上で,特定の課題の解決をいったん留保して異なる課題の解法の観点から,発明が採用している構成の一部を変更することも適宜試みるものというべきである。これを本件に当てはめると,筒状体の両端部に嵌める電極部材の形状として,第1の直径と第2の直径の大小関係をどのようにするかという点についても,固着を強固にするという課題を留保して電極部材の取付けを容易にするという課題の解決のために,当業者が適宜決定できる設計事項を採用して,構成の変更を行うことについての示唆があるというべきである。そして,引用例2又は引用例3における電極部材の構成は,いずれも,第1の直径が第2の直径よりも大きい構成であるところ,かかる構成は,筒状の物体の端の孔を部材でふさぐ場合において,センサという技術分野に限られずに用いられる,一般的なありふれた形状であって,いわば周知技術といえ(乙3,4参照),しかも,その構造は筒状体に取り付けやすい形状であることは明らかであるから,これを取付けやすさを課題の1つとした引用発明に組み合わせることには動機付けがある。したがって,「筒状体B」に嵌まる部分の第2の直径を変更することなく,「筒状体B」に嵌まらない部分の第1の直径を「筒状体B」に嵌まる部分の第2の直径よりも大きく構成することで,本願発明と引用発明の相違点に係る構成(第2の直径を第1の直径よりも小さくする構成)とすることは,当業者であれば容易に想到し得るものである。

イ 阻害要因について

原告は,引用例1において,仮に,第1の直径を第2の直径よりも大きく設定しようとすると,環状突起7及び9を除去して筒状体Bの内径を増大させなければならないから係止できず(仮定A),仮に,電極部材A1とA2の向きを逆にして対向させても頸部1同士が突き当たるし,距離をとっても取り外すことは困難であり(仮定B),仮に,第1の直径を第2の直径よりも大きく設定する場合,センサ自体が大型化し,小型化という引用発明の目的に反する(仮定C)から,引用発明に,引用例2又は引用例3の構成を採用すると,引用発明の本来の目的を放棄することになるから,組合せに阻害要因があると主張する。

しかしながら,そもそも審決は仮定A,Bについての判断を示していない。また,引用発明は,従来技術(乙1,2)が有していた必要な部品の点数が多く,各種の組立工程が多いという課題に鑑みて,少ない部品で取り付けやすく固着の強固なセンサを目指して発明されたものであって,複数の課題が示されている場合に,その優劣関係や関連性などを考慮した上で,ある課題の解決を優先して別の構成を採用することが当業者が適宜試みるものであることは,上記アで説示したとおりであり,このような試みに阻害要因があるとはいえない。したがって,電極部材を筒状体に係止する必要性がない場合には,係止のための工夫を取り除いて,第1の直径と第2の直径の大小関係を逆転させることや内部の環状突起を除外すること,電極部材同士がぶつかりあわないような筒状体の長さを設けたり,電極部材の頸部の長さを短縮したりすること,電極部材の取外しが容易な部材を用いた形状にすることは,当業者が適宜決定できる設計事項であって,上記仮定A,Bは阻害要因にはならないというべきである。

さらに,第1の直径を第2の直径よりも大きく設定する場合には,第1,2のいずれの直径も従前より小さくしさえすれば,従来技術と比較してセンサ自体が大型化することもないから,仮定Cもまた阻害要因とはならないというべきである。

ウ 進歩性について

原告は,本願発明は,引用発明に対し,簡単に嵌められ取り外すことができる,簡単に位置決めできる,プリント回路基板にも容易に接続することができるという作用効果があると主張する。

しかしながら,原告の主張する作用効果はすべて,本願発明が,電気絶縁素子の端面に,直径の大きな近位部と直径の小さな遠位部とを有する導電素子を嵌めた構成が奏する作用効果であり,引用発明に引用例2や引用例3の構成を適用した場合,同様の効果を奏することは,当業者であれば,予測できる効果にすぎないと認められる。

また,原告は,引用例2及び引用例3は,1つの導電性球体を備えるスイッチであり,2つの導電性球体を備える本願発明とはその設計思想を異にしており,当業者が1つの導電性球体の設計を考慮することはないから,引用例2及び引用例3は,単独では引用例になり得ず,本願発明は,引用例2に記載された発明及び引用例3に記載された発明から容易に想到し得たものとはいえないと主張する。

しかしながら,審決は,引用例2に記載された発明及び引用例3に記載された発明を主引用例として,本願発明を容易に想到し得ると判断しているものではないから,本願発明と引用例2,3との導電性球体に関する設計思想の違い自体は,動機付けの有無に関連するものではないというべきである。審決は,引用発明の「円柱状拡大頭部3が,筒状体Bの円形筒孔の内壁面6内に嵌まる」構成に換えて,引用例2又は引用例3に記載された「第1の導電素子と第2の導電素子が電気絶縁素子に嵌まる」という具体的構成を採用し,本願発明の構成とすることは当業者であれば容易になし得ると判断しているところ,引用例2又は引用例3に記載された構成は,導電性球体の数とは関係のない技術であって,しかも,円筒状の物体の蓋についての周知技術である以上,引用発明の技術分野である「センサ」においても汎用的な技術といえ,これを適用することに支障はなく,導電性球体に関する技術思想の違いは引用発明への適用に際して何ら阻害とはなり得ないというべきである。

したがって,原告の主張は採用できない。

エ 商業的成功について

原告は,本願発明の実施品であるSQ-SEN-200(甲10)は,PCBへの取付けに際して表面実装はんだ付け技術を用いることが可能になったことで,本願発明の実施品ではない製品と比較して,飛躍的に売上げが伸びているし,その構造及び動作は,原告の顧客から好評を得ているから,このような商業的成功は,進歩性の存在を肯定的に推認する間接事実として参酌されるべきであると主張する。

しかしながら,PCBへの取付けに際して表面実装はんだ付け技術を用いることの効果は,本願発明に規定された構成によって生じる効果ではないし,原告の主張は,従来製品との比較において売上げの伸びを主張するにすぎず,引用例1ないし3の組合せによって奏する効果と比較した場合において本願発明が持つ顕著な効果によるものであることを論証できていないから,採用できない。

第6結論

以上のとおり,原告の請求は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)

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