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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10177号 判決 2014年2月27日

原告

マイクロ・モーション・インコーポレーテッド

訴訟代理人弁護士

鈴木修

神田雄

訴訟代理人弁理士

中村彰吾

被告

特許庁長官

指定代理人

堀川一郎

槙原進

稲葉和生

大橋信彦

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2012-7164号事件について平成25年2月15日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成17年7月26日,発明の名称を「ステップダウン型電圧変換器」とする発明について国際特許出願(特願2008-523849号。以下「本願」という。また,本願の明細書と図面をまとめて「本願明細書」という。)をした。原告は,平成22年9月2日付けで拒絶理由通知を受け,同年12月6日付けで意見書及び手続補正書を提出したが,平成23年6月27日付けで拒絶理由通知を受けたため,同年9月29日付けで意見書を提出した。原告は,平成23年12月15日に拒絶査定を受けたため,平成24年4月19日,特許請求の範囲を補正(以下「本件補正」という。)するとともに,拒絶査定不服審判(不服2012-7164号)を請求した。

特許庁は,平成25年2月15日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月27日,その謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  本件補正前の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件補正前の請求項1の発明を「本願発明」という。)。

「入力電圧(VIN)から出力電圧(VOUT)を生成するためのステップダウン型電圧変換器(100)であって,

第1端子(112)と第2端子(114)とを有し,該第2端子(114)が前記出力電圧(VOUT)と電気的に結合されているスイッチ(111)と,

第1端子(118)と第2端子(120)とを有し,該第2端子(120)が前記出力電圧(VOUT)と電気的に結合されている整流器(117)と,

前記スイッチ(111)の前記第1端子(112)を前記入力電圧(VIN)と電気的に結合する第1インダクタ(124)と,

前記第1インダクタ(124)と磁気的に結合され,前記整流器(117)の前記第1端子(118)を基準電圧(128)と電気的に結合する第2インダクタ(126)と,

前記出力電圧(VOUT)と結合され,前記スイッチ(111)を制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ(110)と,を具備する電圧変換器。」

(2)  本件補正後の請求項1の記載は次のとおりである(以下,本件補正後の請求項1の発明を「本願補正発明」という。下線部分は,本件補正による補正箇所を示す。)。

「入力電圧(VIN)から出力電圧(VOUT)を生成するためのステップダウン型電圧変換器(100)であって,

第1端子(112)と第2端子(114)とを有し,該第2端子(114)が前記出力電圧(VOUT)と電気的に結合されているスイッチ(111)と,

第1端子(118)と第2端子(120)とを有し,該第2端子(120)が前記出力電圧(VOUT)と電気的に結合されている整流器(117)と,

前記スイッチ(111)の前記第1端子(112)を前記入力電圧(VIN)と電気的に結合する第1インダクタ(124)と,

前記第1インダクタ(124)と磁気的に結合され,前記整流器(117)の前記第1端子(118)を基準電圧(128)と電気的に結合する第2インダクタ(126)と,

前記出力電圧(VOUT)と結合されたスイッチング・コントローラであって,前記出力電圧(VOUT)と該出力電圧(VOUT)における電流とのうちの少なくとも一方に基づいて前記スイッチ(111)を制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ(110)と,

を具備する電圧変換器。」

3  審決の理由

(1)  審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。

ア 目的要件違反

本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正とは認められず,また,請求項の削除,誤記の訂正及び明りょうでない記載の釈明を目的としたものでもない。したがって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項の規定に違反するものであるから,特許法159条1項の規定において読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下されるべきものである。

イ 独立特許要件違反

本願補正発明は,実願平1-70530号(実開平3-11388号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一であり,特許法29条1項3号の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。したがって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するものであるから,特許法159条1項で準用する特許法53条の規定により却下されるべきものである。

ウ 新規性欠如

本件補正は却下されたので,本願の請求項1に係る発明は,本件補正前の本願発明である。本願発明の構成要件を全て含む本願補正発明が引用発明と同一であると認められる以上,本願発明も引用発明と同一である。したがって,本願発明は,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない。

(2)  審決が認定した引用発明の内容,本願補正発明と引用発明の一致点及び一応の相違点は,次のとおりである。

ア 引用発明の内容

「入力電圧から出力電圧VOUTを得るためのチヨツパ型の電源回路であって,

ドレインとソースとを有し,該ソースが出力電圧VOUTと電気的に結合されている電界効果型トランジスタ15と,

アノードとカソードとを有し,該カソードが出力電圧VOUTと電気的に結合されているダイオード19と,

前記電界効果型トランジスタ15の前記ドレインを電源に接続するスイツチングトランス18の1次巻線と,前記ダイオード19のアノードを接地する前記スイツチングトランス18の2次巻線と,前記電界効果型トランジスタ15を駆動して前記スイツチングトランス18の1次電流を制御するよう構成された駆動回路7と,

を具備するチヨツパ型の電源回路。」

イ 一致点

「入力電圧から出力電圧を生成するためのステップダウン型電圧変換器であって,

第1端子と第2端子とを有し,該第2端子が前記出力電圧と電気的に結合されているスイッチと,第1端子と第2端子とを有し,該第2端子が前記出力電圧と電気的に結合されている整流器と,

前記スイッチの前記第1端子を前記入力電圧と電気的に結合する第1インダクタと,

前記第1インダクタと磁気的に結合され,前記整流器の前記第1端子を基準電圧と電気的に結合する第2インダクタと,

前記スイッチを制御するよう構成されたスイッチング・コントローラと,を具備する電圧変換器。」

ウ 一応の相違点

本願補正発明は,出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであって,出力電圧と該出力電圧における電流とのうちの少なくとも一方に基づいてスイッチを制御するのに対し,引用発明は,スイッチを制御してはいるが,スイッチング・コントローラ(「駆動回路7」が相当)が何と結合され,何に基づいて制御を行っているか明示が無い点。

第3原告主張の取消事由

審決には,本件補正を却下した手続において瑕疵があり(取消事由1),また,本件補正について,目的要件及び独立特許要件を欠くとした判断に誤りがあるから,本件補正を却下すべきものとした判断は誤りであり(取消事由2),本願の請求項1の発明についての新規性を否定した判断も誤りである(取消事由3)。これらの誤りはいずれも審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法であり取り消されるべきである。

1  取消事由1(手続的瑕疵)

(1)  審判体は,審決をするまで,審判請求人である原告に対し,補正の目的要件違反を理由として本件補正を却下する旨の判断ないし心証を示さなかった。また,本件補正後に行われた前置審査においては,補正の目的要件違反については何ら問題としておらず,この事実は,甲5の審尋において引用された前置報告書により,原告にも通知されていた。このように,審決において唐突に目的要件違反を理由として補正を却下することは,審判請求人に対する不意打ちにほかならず,「審判請求人に意見を述べる機会を均等に与えて手続保障を図る」(甲7)目的に反する。審決が補正の目的要件違反を理由に本件補正を却下した措置について,原告は何ら防御・反論の機会を与えられていないのであるから,審決は手続的瑕疵を有するものであり違法として取り消されるべきである。

(2)  知的財産高等裁判所平成20年10月30日判決・平成19年(行ケ)第10335号は,拒絶査定不服審判請求人の同審判請求後の補正に対し,審決において,増項補正の違法のみを理由に補正請求全体が却下されたが,審決に至るまで,審判請求人に対して増項補正に問題があるなどの通知がなされることはなかったとの事案において,「あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与すべきであったか,又は,そのような機会を付与しない場合には増項補正を判断し,併せて,その余の補正事項を判断すべきであったものというべきであり,そのいずれもしなかったことには違法があるものといわざるを得ず,審決は,違法として取消しを免れない。」と述べている。同判決の事案においては,審判請求人が審判請求後に補正を行った後,当該出願の拒絶査定を行った審査官が審判請求人と面接を行っており,その際、同審査官が、独立特許要件違反や補正による新規事項の追加がある旨の意見を述べてはいたものの,増項補正については何ら述べておらず,前置報告にも増項補正については何ら言及がなかったという事情もある。この事情は,本件において、甲5の審尋及び前置報告(拒絶査定をしたのと同じ審査官が担当するもの)において補正の目的要件違反が何ら言及されていない点と類似する。したがって,同判決に照らしても,本件の審決は違法として取り消されるべきである。

2  取消事由2-1(目的要件違反の判断の誤り)

請求項1に関する本件補正の内容は,スイッチの制御を何に基づいて制御するかを規定したものであり,補正前にはなかったスイッチの制御に関して規定を追加したものであるから,本件補正により,スイッチの制御についての構成が追加されており,これが特許請求の範囲の減縮に該当することは疑いない。

本願発明の課題は,極めて大きな電圧の振れをゲートに提供しながらゲート電圧をタイミングよく且つ正確に制御するために,スイッチ・コントローラ2は相対的に複雑な回路設計を必要とし,特化されたコンポーネントを伴う,というものであり(本願明細書の【0007】),本件補正の前後を問わず,本願明細書の請求項1に記載された発明がこの課題を解決しようとしていることに変わりはない。

審決は,本願発明の課題を,「出力電圧における電流に基づいてスイッチを制御するという課題」「出力電圧と該出力電圧における電流の両方に基づいてスイッチを制御するという課題」などと限定的に解釈しているが,何に基づきスイッチを制御するかは課題を解決するための手段であり(本願明細書の【0022】【0023】),これらを本願発明の課題と解釈する根拠はない。

3  取消事由2-2(独立特許要件違反の判断の誤り)及び取消事由3(本願の請求項1の発明についての新規性判断の誤り)

引用発明における駆動回路は,出力電圧VOUTに結合しているものとはいえず,また出力電圧VOUTに基づいてスイッチ(15)を制御しているともいえない。したがって,本願発明と引用発明とは,本願発明は,出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであるのに対し,引用発明は,駆動回路7が出力電圧と結合されていない点で相違する。

また,本願補正発明と引用発明とは,①本願補正発明は,出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであるのに対し,引用発明は,駆動回路7が出力電圧と結合されていない点,及び②本願補正発明は,出力電圧と該出力電圧における電流とのうち少なくとも一方に基づいてスイッチを制御するのに対し,引用発明は,出力電圧と該出力電圧における電流とのうち少なくとも一方に基づいてスイッチを制御していない点で相違する。

仮に,駆動回路7がスイッチ・コントローラであり,これがスイッチを制御しているとして,本願補正発明と引用発明との相違点が審決の認定したとおりであるとしても,本願補正発明は引用発明と同一であるとした審決の判断は,誤りである。

したがって,本件補正は独立特許要件に違反するとした審決の判断は誤りであり(取消事由2-2),また,本願発明の新規性を否定した審決の判断は誤りである(取消事由3)。

第4被告の反論

1  取消事由1(手続的瑕疵)に対し

(1)  審決は,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項の規定に違反するものであるから,特許法159条1項の規定において読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下すべきものであるとする。本件補正について,これらの条文を適用することに誤りはないし,かつ,補正を却下するに当たり,却下の理由を事前に通知することが必要であるとの規定はない。したがって,原告の主張は失当である。

(2)  特許法134条4項は,「審判長は,審判に関し,当事者及び参加人を審尋することができる。」と規定しており,前置審尋は拒絶理由のように拒絶査定を行うために通知しなければならないものではない。また,前置報告書の記載内容に合議体が拘束されることはないから,審決が前置報告書に記載のない目的要件違反を理由に本件補正を却下したとしても,何ら手続上の問題はない。また,原告は,前置審尋に対し回答書を提出しており,前置審尋に対する意見を述べる機会は与えられていたものである。

(3)  平成19年(行ケ)第10335号事件は,審決に至るまで,審判請求人に対して通知されることのなかった理由のみで補正を却下した事案であり,審判請求後,手続補正書提出前に,前置担当の審査官が請求人と面接をし,補正案の提示を受けているものでもある。これに対し,本件は,独立特許要件に関する補正の却下の理由については原査定の拒絶の理由において示されているものであり,前置担当の審査官が請求人と面接をしたものでもなく,補正案の提示を受けているものでもないから,上記事件とは,前提となる事情が異なる。したがって,上記事件の判決は,本件を違法とするようなものではない。

2  取消事由2-1(目的要件違反の判断の誤り)に対し

本件補正前の請求項1に記載されたスイッチング・コントローラは,出力電圧と結合されてスイッチを制御する構成を有しているが,出力電圧における電流に基づいてスイッチを制御する構成を特定しておらず,出力電圧における電流に基づいてスイッチを制御,即ち出力電流を制御することに関する課題を解決するものではなかったものであり,また,通常,スイッチング電源は出力電圧に結合して出力電圧に基づいてスイッチを制御するものであって,出力電圧における電流に基づいてスイッチを制御する構成は有していないものである。

これに対し,本件補正後の請求項1に記載されたスイッチング・コントローラは,出力電圧における電流に基づいてスイッチを制御,即ち出力電流を制御するもので,併せて,出力電圧と該出力電圧における電流の両方に基づいてもスイッチを制御,即ち出力電流をも制御するというものとなっている。

したがって,本件補正後の請求項1は,請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の解決しようとする課題が同一である「特許請求の範囲の減縮」には該当しない。

3  取消事由2-2(独立特許要件違反の判断の誤り)及び取消事由3(本願の請求項1の発明についての新規性判断の誤り)に対し

(1)  本願発明のステップダウン型変換器や引用発明のチョッパ型電源回路はいずれもスイッチング電源と呼ばれるものであり,一定の出力電圧を得るためにスイッチ素子のオンオフを繰り返すものであり,一定の出力電圧を得るためには,出力電圧を検出,即ち出力電圧と結合して基準電圧と比較して,差分に応じてスイッチ素子を制御するものである。スイッチング電源の用途は,パソコン等電子機器内に組みこまれて用いられることが一般的であって,電子機器内で基準となる一定の出力電圧を発生させるものである。すなわち,スイッチング電源が一定の出力電圧を得るために,出力電圧を検出して基準電圧と比較して,差分に応じてスイッチ素子を制御することは技術常識である。

原告は,引用例に記載された事項のみから,引用例の駆動回路が,出力電圧に結合しているものとはいえず,また出力電圧に基づいてスイッチを制御しているともいえないと主張する。しかし,スイッチング電源のスイッチ素子を駆動する回路が,出力電圧に結合していること及び出力電圧に基づいてスイッチを制御していることは,上記のように技術常識である。上記技術常識があえて引用例に示されていないとしても,技術常識とは当業者にとって当然のことであるから,明示されているのと同視することができる。

(2)  そして,引用例には,「すなわち第5図・・・駆動回路7は,電源回路2の出力電圧VOUTに応じて,トランジスタ8に出力する駆動信号を制御するようになされている。」(明細書2頁15行~3頁2行)と記載されており,出力電圧VOUTに応じるために駆動回路7は出力電圧VOUTに結合され,出力電圧VOUTに基づいてトランジスタ8を制御することを意味しており,トランジスタ8を制御することは結果として主スイッチング素子であるトランジスタ1を制御することを意味しており,また,引用例には,「第6図との対応部分に同一符号を附して示す第1図」(明細書7頁2~3行)と記載されており,これは異なる図面において対応部分に同一符号を付していることが読み取れ,引用例の第1図,第2図,第5図,第6図に駆動回路7が示されているから,いずれの図面においても駆動回路7は同じ機能を有することを意味している。

そうであれば,引用発明において,電界効果型トランジスタ15の制御は出力電圧VOUTと結合された駆動回路7が出力電圧VOUTに基づいて行うこととなるから,引用例には「出力電圧と結合された駆動回路であって,前記出力電圧に基づいて電界効果型トランジスタ15を制御するよう構成された駆動回路」が記載されているものと認められ,これは,「出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであって,前記出力電圧に基づいてスイッチを制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ」に相当する構成であって,本願補正発明の「出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであって,出力電圧と該出力電圧における電流とのうちの少なくとも一方に基づいてスイッチを制御するスイッチング・コントローラ」に相当する。したがって,本願補正発明は引用発明と同一である。

また,「出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであって,前記出力電圧に基づいてスイッチを制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ」は,当然に「出力電圧と結合され,スイッチを制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ」であるから,本願発明は引用発明と同一である。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1  取消事由1(手続的瑕疵)について

(1)  審決に至る手続の経緯

証拠(甲2,5,6,9~13)によれば,審決に至る手続の経緯は,次のとおりであることが認められる。

ア 原告は,平成17年7月26日,本願(請求項の数は19)について国際特許出願をしたが,平成22年9月2日に拒絶理由通知を受け(甲9),同年12月6日,従来の請求項18を削除し,従来の請求項19を18に繰り上げる補正をし(甲2),併せて意見書(甲10)を提出した。

イ 審査官は,平成23年6月27日,拒絶理由を通知した(甲11)。その要点は次のとおりである。①請求項1,3,6,8,10,15及び16の各発明は,引用発明と同一の発明であるから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない,②請求項2,4,5,7,9,11~14,17及び18の各発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

ウ 原告は,平成23年9月29日,意見書(甲12)を提出したが,同年12月15日,拒絶査定を受け(甲13),平成24年4月19日,拒絶査定不服の審判を請求するとともに,本件補正をした。本件補正は,請求項1を前記第2の2のとおり補正し,従来の請求項13及び14を削除し,従来の請求項15ないし18を,請求項13ないし16に繰り上げたものである。

エ 審査官は,平成24年6月22日,本件補正は,特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するものであるから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものであり,本願は拒絶されるべきである旨の前置報告をした(甲5)。その要点は次のとおりである。①本件補正後の請求項1の発明は,特許法29条1項3号,29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができない。②本件補正後の請求項3,6,8及び10の各発明に対する判断は,先の拒絶理由の請求項3,6,8及び10の各発明に対する判断と同様であり,請求項13及び14の各発明に対する判断は,先の拒絶理由の請求項15及び16の各発明に対する判断と同様である,③本件補正後の請求項2,4,5,7,9,11及び12の各発明に対する判断は,先の拒絶理由の2,4,5,7,9,11及び12の各発明に対する判断と同様であり,本件補正後の請求項15及び16の各発明に対する判断は,先の拒絶理由の17及び18の各発明に対する判断と同様である。

オ 本件審判の審判長は,原告に対し,平成24年7月5日付けで上記前置報告の内容を審尋により送付した(甲5)。原告は,同年10月5日,審判長に対し,回答書(甲6)を提出した。

カ 本件審判の審判体は,平成25年2月15日,審決をした。

(2)  原告は,審決が補正の目的要件違反を理由に本件補正を却下した措置について,原告は何ら防御・反論の機会を与えられていないのであるから,審決は手続的瑕疵を有するものであり違法として取り消されるべきであると主張する。

しかし,以下のとおり,拒絶査定不服審判請求の日から30日以内に特許請求の範囲についてする補正について,目的要件違反を理由として却下の決定をするときは,審判請求人に対して,その旨を通知し,意見を述べる機会を与えることは,特許法上,必要的な措置とはされていない。

平成18年法律第55号改正附則3条1項は,「第二条の規定による改正後の特許法(以下「新特許法」という。)第十七条の二,第十七条の三、第三十六条の二、第四十一条、第四十四条、第四十六条の二、第四十九条から第五十条の二まで、第五十三条、第百五十九条及び第百六十三条の規定は、この法律の施行後にする特許出願について適用し、この法律の施行前にした特許出願については、なお従前の例による。」と規定している。ここでいう「第二条の規定による改正後の特許法」は,平成19年4月1日施行の特許法であり,「なお従前の例による」とされているのは,平成17年4月1日施行の平成16年法律第147号による改正後の特許法(以下「改正前法」という。)である。本願の国際特許出願日は平成17年7月26日であるから,本件補正については,平成18年法律第55号改正附則3条1項により,改正前法が適用されることになる。

改正前法17条の2第4項は,「前項に規定するもののほか、第一項第三号及び第四号に掲げる場合において特許請求の範囲についてする補正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。(以下略)」と規定し,同法17条の2第1項4号は,「拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から三十日以内にするとき。」と規定している。原告は,平成24年4月19日に拒絶査定不服審判を請求するとともに,特許請求の範囲について本件補正をしたものであるから,本件補正は,改正前法17条の2第4項にいう「第一項・・・第四号に掲げる場合」に当たる。

そして,改正前法159条1項は,53条の規定は拒絶査定不服審判に準用する旨を規定し,同法159条2項は,50条の規定は拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する旨を規定しているところ,同法50条は,「審査官は、拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし、第十七条の二第一項第三号又は第四号に掲げる場合(同項第三号に掲げる場合にあつては、拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)において、第五十三条第一項の規定による却下の決定をするときは、この限りでない。」と規定している(同法159条2項に規定する読替後)。

本件補正は,改正前法17条の2第1項4号に掲げる場合であるから,同法159条2項によれば,審判体は,拒絶をすべき旨の査定を維持しようとする場合において,同法53条1項の規定による却下の決定をするときは,審判請求人に対し,必ずしも意見書を提出する機会を与える必要はなかったものである。

したがって,審決が補正の目的要件違反を理由に本件補正を却下した措置について,原告に防御・反論の機会が与えられていないとしても,審決に手続的瑕疵はない。

(3)  原告は,審決において唐突に目的要件違反を理由として補正却下することは,審判請求人に対する不意打ちにほかならず,「審判請求人に意見を述べる機会を均等に与えて手続保障を図る」(甲7)目的に反するとも主張する。

なるほど,特許庁は,そのホームページにおいて,「前置報告を利用した審尋について」と題する説明をしているところ(甲7),そこには「・・・審判部においても,質の充実した前置報告書を従来より一層有効に活用することにより,審理を円滑に進めるため,平成16年度より,審判請求人に対して,前置報告の内容を審尋により送付し,審査官の見解に対して反論の機会を与える「前置報告を利用した審尋」(以下,「前置審尋」)を試行的に行ってきました。この試行によって,審判請求人の反論も考慮して審理を進めることで,審理・判断を充実させるとともに,拒絶査定不服審判の審理負担を軽減して上記審査部の処理能力の増強に伴う拒絶査定不服審判の請求件数の増加に対応する上で,一定の効果をあげてきたものと考えられます。そこで,審判部における審理の充実化や審理負担の軽減をより一層促進するとともに,審判請求人に意見を述べる機会を均等に与えて手続保障を図ること等を目的とし,これまで事件ごとに前置審尋の要否を判断してきた運用を改め,前置報告書が作成され,平成20年10月以降に審理着手時期に至る事件については,原則全件に対して前置審尋を行うこととします。・・・」との記載がある。

しかし,特許法134条4項は,「審判長は,審判に関し,当事者及び参加人を審尋することができる。」と規定し,審尋を実施するか否かについては,審判長の裁量的判断に委ね,法律上必要的な措置とはしていない。上記「前置報告を利用した審尋について」において,「審判請求人に意見を述べる機会を均等に与えて手続保障を図ること等を目的と」したのは,上記記載からも明らかなように,特許庁が運用として行っている前置報告を利用した審尋について,従前の取扱いでは,前置報告書が作成された事件ごとに,前置報告を利用した審尋の要否を判断していたため,事件によっては審判請求人が前置報告に対する意見を述べる機会がなかったことから,これを改め,前置報告書が作成された事件全件について,前置報告を利用した審尋(前置審尋)を行うこととし,もって,前置報告書が作成された事件の審判請求人に等しく意見を述べる機会を与えようとしたものである。このように,特許庁が運用として行っている前置報告を利用した審尋について,手続保障の観点から取扱いが変更されたことを根拠として,拒絶査定不服審判請求の日から30日以内に特許請求の範囲についてする補正について,目的要件違反を理由として却下の決定をするときにも,審判請求人に対して,その旨を通知し,意見を述べる機会を与えることが法律上必要的な措置であると解すべきことにはならない。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(4)  原告は,知的財産高等裁判所平成20年10月30日判決・平成19年(行ケ)第10335号が「あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与すべきであったか,又は,そのような機会を付与しない場合には増項補正を判断し,併せて,その余の補正事項を判断すべきであったものというべきであり,そのいずれもしなかったことには違法があるものといわざるを得ず,審決は,違法として取消しを免れない。」と判示した点について,同判決の事案においては,審判請求人が審判請求後に補正を行った後,当該出願の拒絶査定を行った審査官が審判請求人と面接を行っており,その際,同審査官が,独立特許要件違反や補正による新規事項の追加がある旨の意見を述べてはいたものの,増項補正については何ら述べておらず,前置報告にも増項補正については何ら言及がなかったという事情もあり,この事情は,本件において,甲5の審尋及び前置報告(拒絶査定をしたのと同じ審査官が担当するもの)において補正の目的要件違反が何ら言及されていない点と類似するとして,同判決に照らしても,本件の審決は違法として取り消されるべきであると主張する。

しかし,本件審判における手続と類似する事情のある他の事件について,当該事情を根拠として審決が違法であると判断されたからといって,直ちに本件についても同様に判断すべきであるということにはならない。

また,上記判決は,以下のとおり,審判体が,あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与しなかったことをもって,直ちに審決が違法であると述べているものではなく,審判体がそのような機会を付与しない場合には,増額補正を判断し,併せて,その余の補正事項を判断すべきであり,そのいずれもしなかったことに違法があるとしているものであって,本件とは事案を異にする。

すなわち,上記事件は,拒絶査定不服審判請求の審判請求人である原告が,請求不成立審決の取消しを求めた審決取消訴訟において,増項補正の拒否,特許請求の範囲の補正の拒否,進歩性の有無が争点となった事案である。原告は,拒絶査定不服審判の手続内で,2度にわたって特許請求の範囲の範囲を変更する各補正(以下,「本件第1補正」,「本件第2補正」といい,併せて「本件各補正」という。)を行った。本件各補正は,請求項1ないし12の各請求項について補正するとともに,新たに請求項13及び14を増項するものであった。審決は,本件各補正について,請求項13及び14を増項した部分の違法を指摘したのみで,原告のした本件各補正の全体を却下すべきものとした。判決は,補正事項の不可分一体性は,多くの場合にこれを肯定せざるを得ないとしつつ,審決に至る手続の経緯を考えると,担当審査官が、前置審査という最終局面まで増項以外の補正事項について新規事項を理由に補正が却下されることのあることを説明しながら,増項補正の点は全く問題視せず,しかも面接において,面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合はその旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知すると告げていたなどという状況の下で,審決において,増項補正の違法のみを理由に補正請求全体を却下し,これによって,補正後の請求項に何ら言及することなく補正前の請求項に基づいて判断をしたことは,あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与すべきであったか,又は,そのような機会を付与しない場合には増項補正を判断し,併せて、その余の補正事項を判断すべきであったものというべきであり,審決がそのいずれもせず,増項補正の違法のみを理由に補正請求全体を却下したことには違法があるとしたものであって,本件とは事案を異にする。

したがって,上記判決に照らしても本件の審決が違法として取り消されるべきであるとの原告の主張を採用することはできない。

(5)  小括

よって,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2-1(目的要件違反の判断の誤り)について

(1)  本願明細書

本願明細書(甲1)には,以下の記載がある(判決注・下線は裁判所が付した。以下同じ。)。

ア 「【技術分野】

【0001】

本発明の態様は,一般に,電圧変換器に関するもので,特に,交流(AC)電圧又は直流(DC)電圧から直流電圧を生成するステップダウン型電圧変換器に関する。」

イ 「【背景技術】

・・・

【0003】

図1に,正のDC入力電圧VINをDC出力電圧VOUTへ変換するのに現在用いられている特定の形式のステップダウン型(又は「バック」型)変換器又はレギュレータ1を示す。入力電圧VINは接地基準と結合された入力コンデンサCAの両端間に印加され,nチャンネル電力電界効果トランジスタ(FET)スイッチQのドレイン端子と結合される。・・・

【0004】

スイッチQのゲートはスイッチ・コントローラ2によって駆動され,スイッチ・コントローラ2は,所望の又は目標の出力電圧VOUTレベルと比較された出力電圧VOUTの電圧レベルに依存して,スイッチQをオン,オフする。代わりに又は更に,スイッチ・コントローラ2は出力での測定可能な量,例えば電流を用いることができる。スイッチQを実質的に周期的にオン,オフすることによって,通常,スイッチ・コントローラ2は,入力電圧VINレベルの変動の存在下で及び出力電圧VOUTによって駆動される負荷の変動の存在下で,出力電圧VOUTを所望のレベルに維持することができる。一般に,スイッチング周期は1動作サイクル期間でのスイッチのオン時間とオフ時間との和である。したがって,スイッチQのデューティサイクルは周期に対するオン時間の比である。したがって,多くの技術を用いて,スイッチ・コントローラ2はスイッチQのデューティサイクルと周期を制御して出力電圧VOUTを満足のいくレベルに維持する。

【0005】

コンバータ1の動作期間に,スイッチQがオンになると,電流は入力電圧VINからスイッチQのドレイン端子及びソース端子を通り,更にインダクタLを通って出力電圧VOUTへ流れる。・・・

【0006】

次いでスイッチQがオフになると,インダクタLを流れる電流の連続性を維持するよう,インダクタLの両端間の電圧VLは極性を反転させる。電圧の「フライバック」によってダイオードDのカソード3での電圧は接地レベルより低くなり,これによってダイオードDは順方向にバイアスされて導通する。こうして,スイッチQがオンの期間にインダクタLに蓄積された電気エネルギは,ダイオードD及びインダクタLを介して出力電圧VOUTへ転送される。・・・」

ウ 「【発明が解決しようとする課題】

【0007】

図1のステップダウン型変換器の1つの潜在的な問題は,スイッチQのゲートを駆動してスイッチQをオン,オフするためにスイッチ・コントローラ2から要求される電圧の振れが大きいことである。具体的には,スイッチQをオンにしてこの状態を維持するために,スイッチ・コントローラ2はゲートを入力電圧VINよりも高い電圧レベルに駆動しなければならない。これは,ゲート電圧は,オン状態の期間には入力電圧VINにほぼ等しいソース電圧よりも高くなければならないからである。スイッチQをオフにするには,ゲート電圧は接地レベルに近くなければならない。これは,インダクタLのフライバックに起因してダイオードDがそのとき順方向にバイアスされるので,ソースは接地レベルよりも僅かに低くなるよう駆動されるからである。入力電圧VINが比較的低いDC電圧であるとき,スイッチQをオンにするための適切なゲート電圧の生成は,容易に入手できる電圧「ブースト」回路によって達成できる。しかし,入力電圧VINが265VRMSのオーダーの大きなAC電圧であるときには,ほぼ375VDCの最大DC電圧レベルへ変換されるので,典型的には,数百ボルトという極めて大きな電圧の振れをゲートに提供しながらゲート電圧をタイミングよく且つ正確に制御するには,スイッチ・コントローラ2は相対的に複雑な回路設計を必要とし,特化されたコンポーネントを伴う。」

エ 「【発明を実施するための最良の形態】

【0029】

図2は,本発明の実施の形態に係る,入力電圧VINから出力電圧VOUTを生成するためのステップダウン型電圧変換器100の簡単なブロック図である。一般に,変換器100は第1端子112と第2端子114とを有するスイッチ111を備え,第2端子114は出力電圧VOUTに結合される。スイッチ111の第1端子112は第1インダクタ124によって入力電圧VINと電気的に結合される。スイッチ111は,出力電圧VOUTと結合されたスイッチ・コントローラ2(判決注・110の誤りと認める。)によって制御される。また,第1インダクタ124と磁気的に結合された第2インダクタ126は,整流器117の第1端子118を基準電圧128と電気的に結合し,整流器117の第2端子120は出力電圧VOUTと電気的に結合される。

【図2】

file_2.jpg120 Bo Uces 1a ats “ 2tyF- dvbo-3s【0030】

図3は,ステップダウン型電圧変換器100の特定の例,即ち,本発明の実施の形態に係る,正のDC入力電圧VINから正のDC出力電圧VOUTを生成するための電圧変換器200の簡単な概略図である。変換器200は第1端子212と第2端子214とを有するスイッチQ1を備え,第2端子214は出力電圧VOUTと結合される。スイッチQ1の第1端子212は第1インダクタL1によって入力電圧VINと電気的に結合される。スイッチQ1は,出力電圧VOUTと結合されたスイッチ・コントローラ210によって制御される。また,第1インダクタL1と磁気的に結合された第2インダクタL2は整流器又はダイオードD1のアノード218を基準電圧に結合し,ダイオードD1のカソード220は出力電圧VOUTと電気的に結合される。

【0031】

具体的には,図3の変換器200の特定の例に関しては,スイッチQ1はnチャンネルパワーFETのようなFETであり,ドレイン端子212,ソース端子214及びゲート端子216を有する。後に詳述するように,スイッチ・コントローラ210はゲート端子216によってFET Q1をオン,オフすることによりFET Q1を制御する。1つの実施の形態においては,スイッチ・コントローラ210は,出力電圧VOUTの電圧レベルに少なくとも部分的に基づいて,FET Q1を実質的に周期的にオン,オフする。他の実施の形態においては,スイッチ・コントローラ210はFET Q1を制御するのに,電流のような他の出力特性を用いることができる。他の例においては,電圧と電流のような,出力特性の組み合わせを用いてQ1を制御してもよい。代替の実施の形態においては,同様の目的で,FET Q1に代えて,バイポーラ・ジャンクション・トラジスタ(BJT)のような他の形式の構成要素を用いることができる。

【0032】

図3に示す特定の実施の形態においては,第1コンデンサC1は入力電圧VINを基準電圧と結合し,出力電圧VOUTは第2コンデンサC2によって基準電圧と電気的に結合される。1つの実施の形態においては,基準電圧は接地すなわち0ボルトである。・・・

【0033】

1つの実施の形態においては,第1インダクタL1と第2インダクタL2とは変成器の第1巻線及び第2巻線を形成し,インダクタL1,L2が周囲に巻かれるフェライトコアのような単一のコア222を共有する。・・・

【0034】

変換器200の動作はスイッチ又はFET Q1の状態に依存する。スイッチ・コントローラ210は,ゲート216の電圧をソース214の電圧すなわち出力電圧VOUTよりも十分高くすることによってFET Q1をオンにしてスイッチQ1をオンにする。FET Q1がオンのとき,FET Q1のドレイン212の電圧VDも出力電圧VOUTとほぼ等しく,電流は入力電圧VINから第1インダクタL1とFET Q1のドレイン212及びソース214を通って出力電圧VOUTへ流れる。その結果,電気エネルギが第1インダクタL1に,典型的には,第1インダクタL1が周囲に巻かれるコア222に蓄積される。・・・

【0035】

スイッチ・コントローラ210がスイッチQ1をオフにすると,第1インダクタL1の両端間の電圧VL1は以前の電流レベルを維持しようとして負になり,スイッチQ1のドレイン212を入力電圧VINよりも高くする。・・・インダクタL1,L2のコア222に以前に蓄積されたエネルギは,第2インダクタL2及びダイオードD1を介して電流の形で出力電圧VOUTへ供給される。1周期後,スイッチ・コントローラ210はスイッチQ1を再びオンにし,プロセスが反復される。スイッチQ1のオン,オフにかかわらず,変換器200からの電流は出力電圧VOUTへ流れる。」

【図3】

file_3.jpgオ 「【0041】

上述の変換器200の種々の実施の形態の顕著な利点は,スイッチQ1をオン,オフするのに必要な,スイッチQ1のゲート216の電圧の振れが制限されることである。スイッチQ1のソース214は出力電圧VOUTに直結しているので,ゲート216での電圧は,スイッチQ1を動作させるのに,出力電圧VOUTとそれより数ボルト高い電圧との間を動くことが必要なだけである。こうして,Q1のゲート216は標準的で容易に入手できる電子コンポーネントによって駆動されることができ,スイッチ・コントローラ210の設計を簡略化できる。また,1つ以上のこれらの及び他の利点が,本発明の1つ以上の実施の形態を採用する他の応用において実現される。」

(2)  本願補正発明及び本願発明の概要

本願明細書の上記記載によれば,本願補正発明及び本願発明は,概要次のとおりのものであることが認められる。

本願補正発明及び本願発明は,いずれも,交流(AC)電圧又は直流(DC)電圧から直流電圧を生成するステップダウン型電圧変換器に関するものである(【0001】)。従来のステップダウン型変換器においては,スイッチQのゲートを駆動してスイッチQをオン,オフするためにスイッチ・コントローラ2から要求される電圧の振れが大きいという潜在的な問題があった。なぜなら,スイッチ・コントローラ2は,スイッチQをオンにしてこの状態を維持するには,ゲートを入力電圧VINよりも高い電圧レベルに駆動しなければならないのに対し,スイッチQをオフにするには,ゲート電圧を接地レベルに近くしなければならないからである。そのため,入力電圧VINが比較的低いDC電圧である場合は,スイッチQをオンにするための適切なゲート電圧の生成は,容易に入手できる電圧「ブースト」回路によって達成できるが,入力電圧VINが265VRMSのオーダーの大きなAC電圧である場合は,極めて大きな電圧の振れをゲートに提供しながらゲート電圧をタイミングよく且つ正確に制御するには,スイッチ・コントローラ2は,相対的に複雑な回路設計を必要とし,特化されたコンポーネントを伴うという問題点があった(【0007】)。

本願補正発明及び本願発明は,上記問題点を解決するため,第1端子(112,212)と第2端子(114,214)とを有するスイッチ(111,Q1)を備え,第2端子(114,214)は出力電圧VOUTに結合され,第1端子(112,212)は第1インダクタ(124,L1)によって入力電圧VINと電気的に結合され,スイッチ(111,Q1)は,出力電圧VOUTと結合されたスイッチ・コントローラ(2(判決注・110の誤り),210)によって制御されるものであり(【0029】,【0030】,【図2】),具体的には,スイッチQ1は,ドレイン端子212,ソース端子214及びゲート端子216を有するFET Q1であり,また,スイッチ・コントローラ210は,ゲート端子216によってFET Q1をオン,オフすることによりFET Q1を制御するもので,出力電圧VOUTの電圧レベルに少なくとも部分的に基づいて,又は電流のような他の出力特性や,電圧と電流のような出力特性の組合せを用いて,FET Q1を実質的に周期的にオン,オフするというものである(【0031】,【図3】)。そして,スイッチ・コントローラ210が,ゲート216の電圧をソース214の電圧すなわち出力電圧VOUTよりも十分高くすることによってFET Q1をオンにすると,電流は入力電圧VINから第1インダクタL1とFET Q1のドレイン212及びソース214を通って出力電圧VOUTへ流れ,その結果,電気エネルギが第1インダクタL1に,典型的には第1インダクタL1が周囲に巻かれるコア222に蓄積され,スイッチ・コントローラ210がFEQ1をオフにすると,インダクタL1,L2のコア222に以前に蓄積されたエネルギは,第2インダクタL2及びダイオードD1を介して電流の形で出力電圧VOUTへ供給される(【0034】,【0035】,【図3】)。

このように,本願補正発明及び本願発明は,スイッチQ1(FET Q1)のソース214は出力電圧VOUTに直結しているので,ゲート216での電圧は,スイッチQ1(FET Q1)を動作させるのに,出力電圧VOUTとそれより数ボルト高い電圧との間を動くことが必要なだけであるから,スイッチQ1(FET Q1)をオン,オフするのに必要な,スイッチQ1(FETQ1)のゲート216の電圧の振れが制限され,その結果,スイッチQ1(FET Q1)のゲート216は標準的で容易に入手できる電子コンポーネントによって駆動されることができ,スイッチ・コントローラ210の設計を簡略化できる(【0041】)という利点を有するものである。

(3)  本件補正の適法性について

上記(1)及び(2)を前提として,本件補正が改正前法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮(第三十六条第五項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」に該当するかを検討する。

ア 発明特定事項の限定について

本件補正は,請求項1における「前記出力電圧(VOUT)と結合され,前記スイッチ(111)を制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ(110)」を,「前記出力電圧(VOUT)と結合されたスイッチング・コントローラであって,前記出力電圧(VOUT)と該出力電圧(VOUT)における電流とのうちの少なくとも一方に基づいて前記スイッチ(111)を制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ(110)」と補正するものである。これは,「前記出力電圧(VOUT)と結合され…たスイッチング・コントローラ(110)」が「前記スイッチ(111)を制御する」本願発明について,本件補正により,「前記出力電圧(VOUT)と結合されたスイッチング・コントローラー(110)」が,「前記出力電圧(VOUT)と該出力電圧(VOUT)における電流とのうちの少なくとも一方」に基づいて,「前記スイッチ(111)を制御する」と規定することによって,本願補正発明を特定するために必要な事項を限定するものと認められる。

イ 産業上の利用分野及び解決課題について

本願発明及び本願補正発明は,いずれも「入力電圧(VIN)から出力電圧(VOUT)を生成するためのステップダウン型電圧変換器(100)」であるから,両者の産業上の利用分野は同一である。

また,上記(1)及び(2)によれば,本願補正発明及び本願発明の解決しようとする課題は,従来のステップダウン型変換器においては,スイッチQのゲートを駆動してスイッチQをオン,オフするためにスイッチ・コントローラ2から要求される電圧の振れが大きいという潜在的な問題があったため,入力電圧VINが265VRMSのオーダーの大きなAC電圧である場合は,極めて大きな電圧の振れをゲートに提供しながらゲート電圧をタイミングよく且つ正確に制御するには,スイッチ・コントローラ2が,相対的に複雑な回路設計を必要とし,特化されたコンポーネントを伴うという問題点があったことから,この問題点を,「スイッチQ1」の「ソース端子214」を「出力電圧VOUT」に直結することにより解決しようとするものであることが認められる。したがって,本願発明及び本願補正発明の解決しようとする課題は同一であると認められる。

ウ まとめ

以上のとおり,本件補正は,本願発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,本願発明と本願補正発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるから,改正前法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」に該当する。

(4)  被告の主張について

被告は,本件補正前の請求項1に記載された「スイッチング・コントローラ(110)」は,出力電圧と結合されて「スイッチ(111)」を制御する構成を有しているが,出力電圧における電流に基づいて「スイッチ(111)」を制御する構成を特定しておらず,出力電圧における電流に基づいて「スイッチ(111)」を制御,即ち出力電流を制御することに関する課題を解決するものではなかったのに対し,本件補正後の請求項1に記載された「スイッチング・コントローラ(110)」は,出力電圧における電流に基づいて「スイッチ(111)」を制御,即ち出力電流を制御するもので,併せて,出力電圧と該出力電圧における電流の両方に基づいても「スイッチ(111)」を制御,即ち出力電流をも制御するというものとなっているから,本願発明と本願補正発明の解決しようとする課題が同一とはいえないと主張する。

しかし,本願明細書には,「スイッチング・コントローラ(110)」が「スイッチ(111)」の制御を出力電圧における電流に基づいてすることや,出力電圧における電流に基づいて制御し,併せて,出力電圧と該出力電圧における電流の両方に基づいてもすることが記載されているものの(【0031】「他の実施の形態においては,スイッチ・コントローラ210はFET Q1を制御するのに,電流のような他の出力特性を用いることができる。他の例においては,電圧と電流のような,出力特性の組み合わせを用いてQ1を制御してもよい。」),これが本願発明あるいは本願補正発明の課題であることを示す記載は存在しない。かえって,本願明細書の【0031】の上記記載によれば,「スイッチ(111)」の制御を出力電圧における電流に基づいてするか,出力電圧における電流に基づいて制御し,併せて,出力電圧と該出力電圧における電流の両方に基づいてもするかは,本願補正発明及び本願発明の課題を解決するための手段にすぎないことが明らかである。

したがって,被告の主張を採用することはできない。

(5)  小括

よって,本件補正が目的要件に違反するとの審決の判断は誤りである。

3  取消事由2-2(独立特許要件違反の判断の誤り)及び取消事由3(本願の請求項1の発明についての新規性判断の誤り)について

審決は,本願補正発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができない(法17条の2第5項において準用する特許法126条5項の規定に違反する)から,本件補正は,法159条1項で準用する法53条の規定により却下されるべきであり,本願発明は,引用発明と同一であるから,法29条1項3号の規定により特許を受けることができないと判断し,原告は,審決のこの判断はいずれも誤りであると主張するので,次に判断する。

(1)  引用例の記載

引用例(甲4)には,以下の記載がある。

ア 「A産業上の利用分野

本考案は電源回路に関し,特に電界効果型トランジスタを用いてスイツチングトランスを駆動するようになされたチヨツパ型の電源回路に適用して好適なものである。」(明細書1頁16行~2頁3行)

イ 「C従来の技術

従来,チヨツパ型の電源回路においては,スイツチング素子としてバイポーラのトランジスタを用いるものと,電界効果型トランジスタを用いるものとがある。

すなわち第5図に示すように,バイポーラのトランジスタ1を用いる電源回路2においては,商用電源3をダイオードブリツジ4及びコンデンサ5に与えて直流電源に変換した後,コイル6を介して駆動回路7に与える。

駆動回路7は,電源回路2の出力電圧VOUTに応じて,トランジスタ8に出力する駆動信号を制御するようになされている。」(明細書2頁8行~3頁2行)

file_4.jpgウ 「これに対して電界効果型トランジスタにおいては,駆動が容易なことから,ドライブトランス10を省略して全体の構成を簡易化し得る。

すなわち第6図に示すように,電界効果型トランジスタ15を用いた電源回路16においては,駆動回路7のアース側及び電界効果型トランジスタ15のソース側をコンデンサ17を介して接地する。

ちなみに電界効果型トランジスタ15は,Nチヤンネル型の電界効果型トランジスタが用いられている。

さらに駆動回路7の出力を直接電界効果型トランジスタ15のゲートに与えると共に,電界効果型トランジスタ15のドレインを,スイツチングトランス18の1次巻線を介して電源に接続する。

これにより駆動回路7で直接電界効果型トランジスタ15を駆動して,スイツチングトランス18の1次電流を制御することができる。

これに対してスイツチングトランス18の2次巻線側は,一端が接地されると共に,他端がダイオード19を介して電界効果型トランジスタ15のソース側に接続される。

これによりダイオード19を介して所望の出力電圧VOUTを得るようになされている。

D考案が解決しようとする問題点

ところでこの種のドライブトランス10を省略したチヨツパ型の電線回路15においては,駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給される。

従って第7図に示すように,負荷の消費電力が小さい場合,出力電圧VOUTを制御することが困難になり,出力電圧VOUTが上昇する問題があった。」(明細書3頁18行~5頁10行)

file_5.jpgfile_6.jpgPr bes fe ial BAS At lout Bi Te 7エ 「G実施例

以下図面について,本考案の一実施例を詳述する。

(G1)第1の実施例

第6図との対応部分に同一符号を附して示す第1図において,30は全体として電源回路を示し,ダイオード31及び32を介して駆動回路7に電源を供給する。

すなわちダイオード31及び32は,商用電源3に接続され,当該商用電源3を整流した後,平滑コンデンサ33で平滑するようになされている。

これに対して駆動回路7においては,平滑コンデンサ33で平滑された直流電源を,抵抗35を介して受けるようになされ,これにより当該駆動回路7の負荷電流IDRを,出力電流IOUTと分離した状態で,ダイオード32を介して商用電源3に帰還するようになされている。」(明細書6頁16行~7頁14行)

file_7.jpgオ 「従って,駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されることを回避し得,負荷の消費電力が小さい場合でも,電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持し得,かくして出力電圧VOUTの上昇を有効に回避することができる。」(明細書8頁2~7行)

(2)  本願補正発明と引用発明の同一性について

ア 引用例の第1図及び第6図の電源回路について

上記(1)のとおり,引用例には,第6図に示された,スイツチング素子として電界効果型トランジスタを用いた従来のチヨツパ型の電源回路においては,駆動回路7のアース側及び電界効果型トランジスタ15のソース側をコンデンサ17を介して接地し,駆動回路7の出力を直接電界効果型トランジスタ15のゲートに与えると共に,電界効果型トランジスタ15のドレインを,スイツチングトランス18の1次巻線を介して電源に接続することにより駆動回路7で直接電界効果型トランジスタ15を駆動して,スイツチングトランス18の1次電流を制御するようにし,他方,スイツチングトランス18の2次巻線側は,一端が接地されると共に,他端がダイオード19を介して電界効果型トランジスタ15のソース側に接続されることにより,ダイオード19を介して所望の出力電圧VOUTを得るようになされていること,ただし,駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されるため,第7図に示すように,負荷の消費電力が小さい場合,出力電圧VOUTを制御することが困難になり,出力電圧VOUTが上昇する問題があったこと(明細書3頁18行~5頁10行,第6図,第7図),第1図に示されたチョッパ型の電源回路の実施例においては,従来のチヨツパ型の電源回路において,商用電源3に接続されたダイオード31及び32で,当該商用電源3を整流した後,平滑コンデンサ33で平滑するようになされ,駆動回路7においては,平滑コンデンサ33で平滑された直流電源を,抵抗35を介して受けるようになされ,これにより当該駆動回路7の負荷電流IDRを,出力電流IOUTと分離した状態で,ダイオード32を介して商用電源3に帰還するようになされており(明細書6頁16行~7頁14行,第1図),それによって,駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されることを回避し得,負荷の消費電力が小さい場合でも,電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持し得,かくして出力電圧VOUTの上昇を有効に回避することができるとの作用効果を奏すること(明細書8頁2~7行)が記載されている。

上記記載によれば,引用例には,審決が認定するとおり,「入力電圧から出力電圧VOUTを得るためのチヨツパ型の電源回路であって,ドレインとソースとを有し,該ソースが出力電圧VOUTと電気的に結合されている電界効果型トランジスタ15と,アノードとカソードとを有し,該カソードが出力電圧VOUTと電気的に結合されているダイオード19と,前記電界効果型トランジスタ15の前記ドレインを電源に接続するスイツチングトランス18の1次巻線と,前記ダイオード19のアノードを接地する前記スイツチングトランス18の2次巻線と,前記電界効果型トランジスタ15を駆動して前記スイツチングトランス18の1次電流を制御するよう構成された駆動回路7と,を具備するチヨツパ型の電源回路。」との引用発明が記載されていることが認められる。

そして,引用例では,従来技術である第6図に示されたチヨツパ型の電源回路では,その第7図のとおり,出力電流IOUTが小さい場合には,駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されるため,出力電圧VOUTの制御が困難になるものの,その場合を除いて,出力電圧VOUTは所定値に保持されており,このことからすれば,出力電圧VOUTを一定に保持するための構成を備えていることを当然の前提としていることが認められる。また,実施例である第1図に示されたチヨツパ型の電源回路では,従来技術のチヨツパ型の電源回路において,上記負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されることを回避する構成とすることで,出力電流IOUTが小さい場合でも,電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持し得るようにしたものであるが,このチヨツパ型の電源回路も,第6図のチヨツパ型の電源回路と同様に,スイッチ素子である電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して,出力電圧VOUTを所定値に保持するための構成を備えていることを当然の前提としているものと認められる。

そして,引用例においては,上記の出力電圧VOUTを所定値に保持するための構成については具体的な記載がないものの,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」の認定においては,当業者にとって自明な技術事項であり,かつ引用発明がその構成を備えていることを当然の前提としていると引用例自体から理解することができる場合については,引用例においてその具体的な構成の記載が省略されていても,その記載があるものと同視することができるというべきである。そこで,次に,引用発明がその構成を備えていることを当然の前提としている,引用発明の技術分野における技術常識について確認する。

イ 技術常識について

(ア) 乙1文献

本願の出願日前に頒布された刊行物である「スイッチング電源ハンドブック」第2版(乙1。以下「乙1文献」という。)には,以下の記載がある。

「(3) スイッチングレギュレータ

スイッチングレギュレータは図1.8に示すような動作をしている。一定の出力電圧を得るためにトランジスタなどの半導体をスイッチ素子としてオン・オフを繰り返し行う方式の電源をいう。」(11頁1~4行)

「1.2.2 スイッチング電源の動作

(1) スイッチング電源の基本回路

図1.10にスイッチング電源のダイヤグラムを示す。ここでは,

① 交流入力は一次整流平滑部(ブリッジダイオードと平滑コンデンサ)を経由して直流電流としてDC/DCコンバータ部に供給される。

②  DC/DCコンバータ部は「直流を高周波の交流に変換するインバータ部」と高周波の交流を直流に変換するための高速ダイオード・チョークコイルおよび電界コンデンサで構成された「2次平滑部」を経て負荷に直流電力を供給する。制御回路は,「比較回路」「増幅回路」「オン・オフ時間比を制御する回路(アナログ信号をパルス幅に変える回路)」などによりインバータ部を制御する。」(12頁1~11行)

file_8.jpgRHA oF 7M sie SS Sees HS tailed e B11 At yF YA BROF ATI’(イ) 乙2公報

本願の出願日前に頒布された刊行物である特開平6-233534号公報(乙2。以下「乙2公報」という。)には,以下の記載がある。

「【0002】

【従来の技術】スイッチング電源装置は,図3に示すように,スイッチング素子を備えるDC/DCコンバータを基本構成として,このDC/DCコンバータの出力電圧と基準電圧との比較により求まる誤差電圧に応じてDC/DCコンバータのスイッチング素子のオン・オフ時間比を制御していくことで,所定の電源電圧を生成するように動作する電源装置である。ここで,図中のPWMは,パルス幅変調回路を表している。」

(ウ) 技術常識

チヨツパ型の電源回路は,スイッチング電源と呼ばれるものであるところ,乙1文献及び乙2公報の上記各記載によれば,スイッチング電源において,入力された直流電圧を所望の大きさの直流電圧に変換して出力するDC/DCコンバータの出力電圧を検出し,検出された出力電圧と基準電圧とを比較し,求まる誤差電圧に応じて,DC/DCコンバータにおけるスイッチ素子のオン・オフ時間比を制御することで,DC/DCコンバータの出力電圧を所定値に保持することは,本願の出願日前において,当該技術分野では技術常識であったことが認められる。

ウ 本願補正発明と引用発明の同一性について

引用例の第1図及び第6図に示されたチヨツパ型の電源回路が,電界効果型トランジスタ15(本願補正発明の「スイッチ」に相当する。)の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持するための構成を備えていることを当然の常識としていることは上記アで認定したとおりである。そして,引用例の第1図及び第6図で示されたチョッパ型の電源回路において,当業者にとって自明な技術事項であり,かつ引用発明がその構成を備えていることを当然の前提としていると引用例自体から理解することができるものとは,上記イの技術常識に照らせば,駆動回路7が,出力電圧VOUTと基準電圧とを比較し,求められた誤差電圧に応じて,電界効果型トランジスタ15のオン・オフ時間比を制御することにより,出力電圧VOUTを所定値に保持する構成である。したがって,当業者であれば,引用例の前記記載と第1図,第6図及び第7図から,その自明な技術事項を十分に読み取れるのであるから,このことは引用例に記載されているに等しいものと認められる。

また,上記の自明な技術事項からすれば,引用発明の駆動回路7(本願補正発明の「スイッチング・コントローラ」に相当する。)は,チヨツパ型の電源回路から得られる出力電圧VOUTと基準電圧とを比較するために,出力電圧VOUTと結合されていること,また,駆動回路7は,出力電圧VOUTと基準電圧とを比較し,求められた誤差電圧に応じて,電界効果型トランジスタ15のオン・オフ時間比を制御するために,出力電圧VOUTに基づいて電界効果型トランジスタ15を制御するものであることは,引用例に記載されているに等しいものと認められる。

以上によれば,当業者であれば,引用例の記載から,引用発明は,審決が本願補正発明との一応の相違点として認定した,「出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであって,出力電圧と該出力電圧における電流とのうちの少なくとも一方に基づいてスイッチを制御する」との構成を備えていると理解するものと認められる。

したがって,本願補正発明と引用発明との間に構成上の相違はなく,本願補正発明は引用発明と同一である。

(3)  原告の主張について

ア 原告は,審決は,引用例においてその第5図の回路に関し「駆動回路7は,電源回路2の出力電圧VOUTに応じて,トランジスタ8に出力する駆動信号を制御するようになされている。」との記載があることを根拠として,「これは,駆動回路は出力電圧VOUTに結合されて,出力電圧VOUTに基づいてトランジスタ8を制御することを意味し」ていると述べる(審決13頁1~4行目)が,出力電圧VOUTと駆動回路7が結合されていることが記載されているわけでもなく,第5図自体も,出力又は出力電圧VOUTと駆動回路7との物理的な接続を何ら示していないから,第5図において,審決の上記記載のように解することはできないと主張する。

また,原告は,第5図の電源回路は,スイッチング素子としてバイポーラのトランジスタを用いるのに対し,第1図,第2図及び第6図の電源回路は,電界効果型トランジスタを用いてドライブトランス10を省略するということから,回路が大幅に異なっており,第5図と第1図,第2図,第6図とで「駆動回路7」との同じ名称及び番号を使用している点も,各図の「駆動回路7」が同じ機能を有することを必ずしも意味しないから,第6図と第1図との対応を示すに過ぎない「第6図との対応部分に同一符号を附して示す第1図」との記載のみを根拠として,いずれの図面においても駆動回路7は同じ機能を有することを意味しているとし,第5図の電源回路に係る記載が,第1図,第2図及び第6図の電源回路にも妥当するとして安易に結論を導いた審決の認定は誤りであるとも主張する。

確かに,審決は,本願補正発明と引用発明との一応の相違点に関する判断において,引用例の第5図及びその説明箇所の記載から,「駆動回路は出力電圧VOUTに結合されて,出力電圧VOUTに基づいてトランジスタ8を制御することを意味して」いると認定した理由や,引用例において,第5図の電源回路に係る記載が,第1図,第2図及び第6図の電源回路にも妥当する理由について,明確な説明をしているとはいえない。

しかし,当該技術分野における技術常識に照らせば,引用発明が,審決が本願補正発明との一応の相違点として認定した「出力電圧と結合されたスイッチング・コントローラであって,出力電圧と該出力電圧における電流とのうちの少なくとも一方に基づいてスイッチを制御する」との構成を備えていることは,当業者であれば,引用例の記載から十分に理解することができるものであることは,前記(2)で判示したとおりである。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

イ 原告は,引用例は,駆動回路7が出力ノードに存在する電圧レベルを測定することも,駆動回路7が出力ノードに存在する電流レベルを測定することも開示又は示唆していないから,引用発明において,駆動回路7は出力電圧と結合されているとはいえず,また出力電圧と該出力電圧における電流とのうち少なくとも一方に基づいてスイッチを制御しているともいえないと主張する。

また,原告は,引用例の第6図においては,負荷電流IDRは駆動回路7に対してインダクタ6を介して供給され,負荷電流IDRは出力電圧を呈する出力ノードに対して流れ,また,第6図において駆動回路7がスイッチ(15)を「制御」するために出力電圧VOUTを測定していると解するのは困難であるから,引用例の記載は,駆動回路7が電源回路の出力電圧や該出力電圧における電流に基づいてスイッチを制御するものとして開示するものとはいえないとも主張する。

しかし,前記(2)で判示したとおり,当該技術分野における技術常識に照らせば,引用発明において,駆動回路7が,出力電圧VOUTと基準電圧とを比較し,求められた誤差電圧に応じて,電界効果型トランジスタ15のオン・オフ時間比を制御することで,出力電圧VOUTを所定値に保持することは,引用例に記載されているに等しい事項ということができ,駆動回路7(本願補正発明の「スイッチング・コントローラ」に相当する。)は,チヨツパ型の電源回路から得られる出力電圧VOUTと基準電圧とを比較する以上,出力電圧VOUTと結合されているものと認められ,また,駆動回路7は,出力電圧VOUTと基準電圧とを比較し,求められた誤差電圧に応じて,電界効果型トランジスタ15のオン・オフ時間比を制御するのであるから,出力電圧VOUTに基づいて電界効果型トランジスタ15を制御するものと認められる。

したがって,審決は,その結論において誤りではない。

ウ 原告は,引用例の駆動回路7は,引用例のいずれの図においても共通して示されるように,三つの端子を有しており,スイッチング・コントローラが二つの端子を有する本願発明とは異なると主張する。

しかし,本願の特許請求の範囲には,「スイッチング・コントローラ(110)」について,「前記出力電圧(VOUT)と結合されたスイッチング・コントローラであって,前記出力電圧(VOUT)と該出力電圧(VOUT)における電流とのうちの少なくとも一方に基づいて前記スイッチ(111)を制御するよう構成されたスイッチング・コントローラ(110)」と記載されているのみであり,「スイッチング・コントローラ(110)」が二つの端子を有すると特定されているものではない。原告の上記主張は,本願の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,これを採用することはできない。

エ 原告は,引用発明において,出力電圧に基づいてスイッチを制御するのであれば,出力電圧から駆動回路をつなぐ回路が存在するはずであるが,引用例の第1図や第6図にもそうした回路は記載されていないから,引用発明における駆動回路7は,電源回路の出力電圧や該出力電圧における電流に基づいてスイッチを制御するものとはいえないと主張する。また,原告は,出力電圧から駆動回路をつなぐ回路は図示されてはいないものの,引用例の記載を総合すればそうした回路が存在すると解するべきといった主張がされるとしても,「負荷の消費電力が小さい場合,出力電圧VOUTを制御することが困難になり,出力電圧VOUTが上昇する問題があった。」との引用例の課題を解決するためには,引用例の第6図におけるA点とB点の間の回路を切断し,B点を接地することが最も容易な課題解決手段であるが,引用発明はA点とB点の間の回路を切断せず,あくまでこれを維持した上で課題解決をはかっているから,図示されていないラインによって駆動回路7が出力電圧と結合していると解することはできないと主張する。さらに,原告は,図示されていないラインによって,駆動回路7が出力電圧VOUTに結合され,駆動回路7が電界効果型トランジスタ15を出力電圧VOUTに基づいて制御しているのだとすれば,出力電圧VOUTは,出力電圧VOUT自体の変化に従って監視され,常に正確な電圧(VOUT)に制御され,引用発明の上記課題のような現象は起こりえないから,上記課題が発生していることからすれば,引用発明において駆動回路7が出力電圧VOUTに基づいて電界効果型トランジスタを制御するものとして開示されているものとはいえないとも主張する。

file_9.jpgしかし,上記(2)で判示したとおり,従来技術である第6図に示されたチヨツパ型の電源回路は,電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持する構成を備えるものであるところ,負荷の消費電力が小さい場合,駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されるため,出力電圧VOUTを制御することが困難になり,出力電圧VOUTが上昇する問題点があったことから,実施例である第1図に示されたチヨツパ型の電源回路では,従来技術の上記チヨツパ型の電源回路において,駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されることを回避する構成とし,それによって,負荷の消費電力が小さい場合でも,電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持し得るようにしたものである。そして,当該技術分野における技術常識に照らせば,引用発明は,電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持する構成として,駆動回路7が,出力電圧VOUTと基準電圧とを比較し,求められた誤差電圧に応じて,電界効果型トランジスタ15のオン・オフ時間比を制御することで,出力電圧VOUTを所定値に保持する構成を有すると認められることも,前記(2)で判示したとおりである。

そうすると,引用発明において,A点とB点の間の回路を切断せず,あくまでこれを維持した上で課題解決をはかっていても,図示されていないラインによって駆動回路7が出力電圧と結合していると理解することはでき,引用発明における駆動回路7は,出力電圧VOUTに基づいて電界効果型トランジスタを制御するものとして開示されているものと認められる。

オ 原告は,乙1文献及び乙2公報では,引用例の課題である,「駆動回路7の負荷電流IDRが出力電流IOUTと共に負荷に供給されてしまう」ことに言及はないから,引用例においても,乙1文献及び乙2公報の回路構成を採用すれば,上記課題は存在しないはずであると主張する。また,原告は,引用例の制御回路として,乙1文献及び乙2公報にみられるような,従来技術として一般的な抵抗を使って分圧する回路を組み合わせたところで,VOUTを分圧して制御のための電圧を得る回路に,制御回路を駆動するための電流IDRを流すという合理的な理由は見当たらず,合理的な動作も期待できないし,引用例が課題とするIDRとの関係も合理的に理解できないとも主張する。

しかし,乙1文献及び乙2公報は,本願出願時における技術常識の認定に供したものにすぎず,乙1文献及び乙2公報が引用例記載の課題に言及していないからといって,引用例記載の課題が存在しないということはできない。

また,上記(2)で判示したとおり,当該技術分野における技術常識に照らせば,引用発明は,電界効果型トランジスタ15の駆動信号を制御して出力電圧VOUTを所定値に保持する構成として,駆動回路7が,出力電圧VOUTと基準電圧とを比較し,求められた誤差電圧に応じて,電界効果型トランジスタ15のオン・オフ時間比を制御することで,出力電圧VOUTを所定値に保持する構成を有すると認められるところ,当該構成として,VOUTを分圧して制御のための電圧を得る回路に,制御回路を駆動するための電流IDRを流す構成とする必然性はなく,他の構成も採用可能であることは当業者には自明である。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(4)  小括

ア 以上のとおり,本願補正発明は引用発明と同一であるから,本件補正が独立特許要件に違反するとの審決の判断に誤りはない。

したがって,本件補正を却下すべきとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。

イ また,本願補正発明は,本願発明の発明特定事項を限定したものであるから,本願補正発明が引用発明と同一である以上,本願発明も引用発明と同一である。したがって,本願の請求項1の発明についての新規性を否定した審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3も理由がない。

4  結論

以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消されるべき違法はない。

よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 田中正哉)

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