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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10191号 判決 2014年4月16日

原告

三櫻工業株式会社

訴訟代理人弁護士

石川順道

増田智史

田中伸一郎

訴訟代理人弁理士

亀川義示

被告

臼井国際産業株式会社

訴訟代理人弁護士

中川康生

川添大資

村井隼

山本卓典

訴訟代理人弁理士

押田良隆

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2012-800165号事件について,平成25年6月19日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

(1)  被告は,発明の名称を「重合被覆金属管」とする特許第4345995号(平成9年5月20日出願。平成21年7月24日設定登録。請求項の数1。以下「本件特許」という。)に係る特許権者である(甲10)。

(2)  原告は,平成24年10月11日,本件特許に係る発明の全てである請求項1について特許無効審判を請求し,特許庁に無効2012-800165号事件として係属した。

(3)  特許庁は,平成25年6月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年6月27日,その謄本が原告に送達された。

(4)  原告は,平成25年7月9日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

本件審決が対象とした特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである。以下,請求項1に記載された発明を「本件発明」といい,その明細書(甲10)を「本件明細書」という。

金属管の外周面に施された表面処理層及びプライマー層に対して密着力を有する押出成形により設けられたポリアミド系樹脂,ポリプロピレン又はポリエチレンからなる第1層と,前記第1層の外周面に押出成形により設けられた耐チッピング性を有するポリオレフィン系樹脂又はポリアミド系樹脂からなる第2層,とを重合被覆してなる重合被覆金属管であって,

・前記第1層と第2層の間の剥離強度が75gf/cm以下であり,且つ,

・前記第2層のみが前記重合被覆金属管の前記第1層から剥離される,ことを特徴とする重合被覆金属管

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件発明は,後記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一の発明ではなく,引用発明及び後記イないしオの引用例2ないし5に記載された事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものでもない,②本件発明の特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号の要件を満たしていないとはいえず,また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が,同条4項1号の要件を満たしていないともいえない,というものである。

ア 引用例1:特開平9-11398号公報(甲1)

イ 引用例2:「接着剤・接着用語」日本規格協会,昭和60年発行(甲2)

ウ 引用例3:特開平9-125032号公報(甲3)

エ 引用例4:特開昭64-56751号公報(甲4)

オ 引用例5:特開昭60-81316号公報(甲5)

(2)  本件審決が認定した引用発明並びに本件発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 引用発明:一重巻ステンレス鋼管の外周面上に浸漬コーティングにより形成したエポキシ樹脂系接着層,該エポキシ樹脂系接着層上に形成され,中間層として介在させることにより各層間の密着性を高めるフッ素樹脂層,該フッ素樹脂層上にPA12を押出コーティングすることにより形成された膜厚100μmのポリアミド樹脂接着層,該ポリアミド樹脂接着層に高密度ポリエチレンを押出コーティングすることにより被着重合して形成した膜厚800μmの耐飛石性を有するポリオレフィン樹脂層とからなるステンレス鋼管における耐食性及び耐飛石性樹脂被覆構造。

イ 一致点:金属管の外周面に施されたプライマー層に対して密着力を有する押出成形により設けられたポリアミド系樹脂,ポリプロピレン又はポリエチレンからなる第1層と,前記第1層の外周面に押出成形により設けられた耐チッピング性を有するポリオレフィン系樹脂又はポリアミド系樹脂からなる第2層,とを重合被覆してなる重合被覆金属管。

ウ 相違点1:本件発明が金属管の外周面に施された表面処理層及びプライマー層を有するのに対し,引用発明は一重巻ステンレス鋼管の外周面にプライマー層であるエポキシ樹脂系接着層及びフッ素樹脂層を形成したものであり,表面処理層を有していない点。

エ 相違点2:本件発明が,第1層と第2層の間の剥離強度が75gf/cm以下であり,且つ,第2層のみが重合被覆金属管の第1層から剥離されるのに対し,引用発明は,その点について不明である点。

4  取消事由

相違点1の認定判断の誤り

第3当事者の主張

〔原告の主張〕

1  相違点1の認定の誤りについて

(1) 本件審決は,ステンレス鋼により形成された引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」は,本件発明の「金属管」に相当するとした上で,相違点1を認定した。

しかし,本件発明は,金属管の外側に形成されている重合被覆層の構成により「耐チッピング性や耐スプラッシュ性を損なうことなく優れた耐食性を有し且つ容易に製造でき,更に剥離強度が弱いため剥取り作業が簡単に行い得,端末加工部の耐食性の劣化がない」(甲10【0039】)ことを本質とするものである。これに対し,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」の素材であるステンレス鋼は,防食性素材であることは自明である。防食性の観点からみれば,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」は,それ自身が防食性の高い材質の金属管(すなわちステンレス)を用いることにより,当業者が求める所要の防食性を有する金属管を得ているのに対し,本件発明は,それ自身は錆びやすい金属管(すなわち普通の鋼管)にメッキなどの表面処理を施すことによって所要の防食性を得ているのである。

したがって,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」は,本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管に相当するものであり,本件審決の相違点1の認定は,その前提において誤りである。

(2) 甲1に記載されている従来技術は,鋼管面に亜鉛鍍金層を形成し,その上にクロメート皮膜を形成したものであるが,これは,その外側に上記重合被覆層を形成するとはいっても,通常の鋼管のみでは錆を生じ易く防食性に欠けるため,こうした加工を施して,鋼管の耐食性を高めているものである(甲12)。そして,引用発明の「ステンレス鋼管」は,「薄肉のものを使用しても厚肉の従来管と同様の耐食性及び耐飛石性を発揮することができる。」ものであるところ(甲1【0010】),ここでいう「厚肉の従来管」とは,上記のように「鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成し,その上にクロメート皮膜を形成したもの」である。

これに対し,本件発明は,「金属管の外周面にZn,Alまたはこれら基合金の電気めっき法や溶融めっき法により形成されためっき膜や,所望に応じて該めっき膜の表面に黄色クロメートやオリーブ・クロメートなどのクロメート被膜などの表面処理を施したものである」(甲10【0009】)から,甲1に記載された「厚肉の従来管」と同じものである。

そうすると,甲1の「ステンレス鋼管」と,甲1に記載された従来技術である「厚肉の従来管」と,本件発明の「外周面に施された表面処理層を有する金属管」は,防食性,耐飛石性において全く等価で同効である。

したがって,本件発明と引用発明とは,実質的に同一の発明である。

(3) 本件審決は,本件発明の「表面処理層」について,外周面にZn,Al等のめっき膜を形成し,そのめっき膜の表面にクロム酸塩による化成処理であるクロメート処理を施して形成したものであると定義した上で,引用発明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸化物は,本件発明の「表面処理層」に相当するものとはいえず,甲1には「表面処理層」について記載も示唆もないと判断した。

しかし,本件発明の特許請求の範囲では,「表面処理層」について何らの限定も加えられていない。外周面にZn,Al等のめっき膜を形成し,そのめっき膜の表面にクロム酸塩による化成処理であるクロメート処理を施したものは,本件明細書に発明の実施の形態として記載されているだけであり,当該個所でも「…などの処理をしたもの」と記載されているにとどまる。

したがって,本件審決における「表面処理層」の定義は,特許請求の範囲の記載や本件明細書の記載に根拠を有しないものであり,引用発明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸化物がかかる定義に当てはまらないからといって,本件発明の「表面処理層」に該当しないということにはならない。

そして,引用発明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸化物は,表面に存在し,酸化の処理がなされている層であり,本件明細書の発明の実施の形態において,「表面処理層」の例として記載されているものと同様に耐食性を有するのである。

したがって,引用発明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸化物は,本件発明にいう「表面処理層」に該当するものである。

(4) よって,本件審決の相違点1の認定は誤りである。

2  相違点1の判断の誤りについて

(1) 本件審決は,甲1において,その課題を解決するために採用したステンレス鋼管に換えて,鋼管と表面処理層からなる鋼管構造を採用しようという動機付けがないなどとして,引用発明のステンレス鋼管を表面処理層の施された金属管とすることは当業者が容易に想到することはできないと判断した。

しかし,本件出願当時,通常の鋼管は錆びやすく耐食性に欠けることや,耐食性のある鋼管には,鋼管の外周面にZn,Al等のめっき膜を形成し,そのめっき膜の表面にクロム酸塩による化成処理であるクロメート処理を施した鋼管やステンレス鋼管等があることは,良く知られていた(甲6,12~16)。

そして,ステンレス鋼管は,表面処理層を有する金属管に比較して,一般に耐食性はより強いが,価格が高く,加工性が悪いという特徴を有しているから,当業者においては,要求される耐食性,経済性,加工性に基づき金属管を選択していたものである。したがって,甲1に接した当業者において,甲1に記載されたステンレス鋼管をそのまま使用するか,表面処理層を有する金属管に変更するかは,適宜選択すべき設計事項である。また,ステンレス管は鋼管より高価な金属管であり,コストダウンが強く求められる自動車部品業界にあっては,ステンレス鋼管に換えて,表面処理層を有する金属管を採用しようとする積極的な動機付けすら認められるというべきである。

(2) よって,本件審決の相違点1の判断は誤りである。

〔被告の主張〕

1  相違点1の認定の誤りについて

(1) 原告は,「一重巻ステンレス鋼管」は,本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管に相当すると主張する。

しかし,これは原告独自の見解を述べるにすぎない。本件発明における表面処理層と金属管は別個の2個の構成であることは明白である。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(2) 原告は,甲1(【0010】)の「厚肉の従来管」が「鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成し,その上にクロメート皮膜を形成したもの」であると主張する。

しかし,甲1(【0010】)では,「ステンレス鋼管としては」と前置きして,ステンレス鋼管の具体的な内容を説明しており,「厚肉の従来管」がステンレス鋼管以外の鋼管を指すと解釈するのは困難である。

したがって,【0010】の「厚肉の従来管」は従来の技術を説明したものではなく,ステンレス鋼管のうち「厚肉の従来管」を説明したものというべきであり,原告の上記主張は失当である。

(3) 原告は,本件発明の「外周面に表面処理層を施された金属管」と引用発明の「ステンレス鋼管」とが,防食性,耐飛石性において全く等価で同効であるとして,両者が実質的に同一であると主張する。

しかし,本件発明の「外周面に表面処理層を施された金属管」と引用発明の「ステンレス鋼管」とが,防食性,耐飛石性において全く等価で同効であることを基礎づける証拠はない。

また,仮に原告主張のとおりであるとすると,従来の技術である「外周面に表面処理層(亜鉛メッキ層及びクロメート皮膜)を施された金属管」(甲1【0002】)と引用発明のステンレス鋼管の外側に同じ樹脂被覆層を施した場合には,同様の効果を奏することになるが,その場合,引用発明の技術的意義を見いだせないことになる。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(4) 原告は,本件発明の特許請求の範囲では「表面処理層」について限定が加えられていないなどとして,引用発明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸化物が本件発明の「表面処理層」に該当すると主張する。

しかし,原告の主張は,特許請求の範囲の記載文言に照らしても,また技術的にも,採用できない解釈である。すなわち,本件発明の特許請求の範囲には,「金属管の外周面に施された表面処理層」との記載があり,表面処理層の構成の配置が外周面に特定されている。そうすると,本件発明の「表面処理層」は,金属管という「もの」と一体ではなく,その外側に配置された別個のものと解すべきである。他方,引用発明におけるステンレス鋼管におけるクロム酸化物は,ステンレス鋼管と別個にその外側に位置するものではなく,ステンレス鋼管という「もの」の一部分である。

また,本件発明の特許請求の範囲には,「外周面に「施された」表面処理層」と記載されており,「表面処理層」は,何らかの人為ないし所為が介在して設けられた構成であることが示されている。他方,引用発明のステンレス鋼は,クロムをその成分として含んでおり,クロム酸化物は,空気に触れれば,自生的に(すなわち,何らかの人為や所為なしに)形成される酸化物であるから,「施された」という人為ないし所為を前提とする構成ではない。

さらに,本件明細書では,表面処理層としては亜鉛プラスクロメートのみが記載されているから,当該記載を参酌して,本件発明の特許請求の範囲に記載されている「表面処理層」の構成は,亜鉛プラスクロメートにのみに限定して解釈すべきである。

加えて,本件発明の「表面処理層」と引用発明のステンレス鋼管の「表面の緻密なクロム酸化物」(不動態皮膜)とは,①皮膜構成,②皮膜生成方法,③腐食を防ぐ仕組みの各点でも異なっている。

以上のとおり,引用発明のステンレス鋼管におけるクロム酸化物は,本件発明にいう「金属管の外周面に施された表面処理層」には当たらないものである。

(5) よって,本件審決の相違点1の認定に誤りはない。

2  相違点1に係る判断の誤りについて

(1) 甲1には,解決すべき課題として,金属管に表面処理を配した構成には技術的に問題があることが明記されている。また,引用発明は,管材であるステンレス管に「直接」樹脂層を形成するものとされているが,ここでいう「直接」とは,本件発明のように「表面処理層」を介することなく直接に,との意である。

引用発明は,従来の「金属管」及び「表面処理層」から進歩させて「ステンレス鋼管」の構成としたことにより設定登録を受けているのであり,両者を置換することは,引用発明の特許性を否定することと同義である。

したがって,引用発明においては,「ステンレス鋼管」を「金属管」及び「表面処理層」の構成と相互に置き換えることはできないというべきである。

(2) 原告は,甲1に接した当業者において,ステンレス鋼管をそのまま使用するか,表面処理層を有する金属管に変更するかは,当業者が適宜選択する設計事項であるなどと主張する。

しかし,引用発明において「ステンレス鋼管」を採用した理由は,鋼管外周面に表面処理層を有する従来技術が有する構造を解決することにある。また,金属材料辞典(甲12)に「ステンレス鋼管は,表面処理層を有する金属管に比較し,一般的に,耐食性はより強いが,価格が高く,加工性が悪いという特徴がある。」と記載されているように,鋼管外周面に表面処理層を有する構造とステンレス鋼管には一長一短があり,両者は,等価でも同効でもない。

したがって, 原告の上記主張は失当である。

(3) よって,本件審決の相違点1の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本件発明について

(1)  本件発明は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲10)には,本件発明について,概略,次のような記載がある。

ア 発明の属する技術分野

本件発明は,ブレーキ配管,燃料配管あるいはその他の配管として車体の下部に配設される管径20mm以下の比較的細径からなる金属管において,走行中でのチッピング(飛石)やスプラッシュ(泥水)に対する耐久性をもたせるために,その外周面に樹脂からなる重合被覆層を有する重合被覆金属管であって,かつ,後工程でのフレアー,スプール,バルジなどの端末加工に支障をきたさない樹脂からなる重合被覆層を有する重合被覆金属管に関するものである(【0001】)。

イ 従来の技術

近年,自動車の下部に配設されるブレーキ配管,燃料配管あるいはその他の配管には耐チッピング性や耐スプラッシュ性をもたせるために被覆層を厚膜状に形成して用いる樹脂被覆金属管が数多く提案されている。このような被覆金属管としては,金属管の外周面に施されたZn又はZn/Niめっき膜の上に,必要に応じてクロメート被膜を形成して,さらに約20μmの厚さのポリフッ化ビニル(PVF)をコーティングし,さらにその上に熱収縮性チューブを被着して重合被覆層を形成したものや,あるいは,金属管の外周面に施されたZn又はZn/Alめっき膜の上に約200~300μmの厚さのPA11あるいはPA12のようなポリアミド系樹脂(PA)を押出成形したものが知られていた(【0002】)。

しかし,前者の従来技術においては,高価な熱収縮性チューブを用いるために製品コストがかさみ,かつポリフッ化ビニル層の上に熱収縮性チューブを被着した後,チューブを収縮させるよう加温する工程を有するため製造に手間がかかり生産性が劣るという問題があり,また後者の従来技術においては単層の厚膜状のポリアミド系樹脂を使用するためチッピングなどのアタックを受けた場合,耐食性が劣化するという問題があった(【0003】)。

本発明者は,耐チッピング性や耐スプラッシュ性を損なうことなく優れた耐食性を有しかつ製造が容易な被覆金属管について種々検討した結果,予め表面処理を施した金属管の外周面に,内層として該表面処理層に密着力を有するポリアミド系樹脂(PA),ポリプロピレン(PP),ポリエチレン(PE)やポリフッ化ビニリデン(PVdF)などからなる樹脂層を形成し,その上に耐チッピング性や耐スプラッシュ性を有するPP,PEあるいは上記同様のポリアミド系樹脂を全長に亘って施した重合被覆層を有する金属管に着目した。そして上記のように構成された重合被覆金属管について,エアー圧力を1kgf/cm2としてサイズが2.5~5mmの石を用い飛石量500g×1回のソフトチッピング試験と,エアー圧力を5kgf/cm2としてサイズが5~9mmの石を用いて飛石量500g×5回のハードチッピング試験とを行ったが,本発明者が期待した通りの耐チッピング性についての結果が得られた(【0004】)。

ウ 発明が解決しようとする課題

このように構成された重合被覆金属管は,上記のとおり耐チッピング性や耐スプラッシュ性を損なうことなく耐食性について満足し得る結果が得られたが,実際に自動車などの下部に配管する場合,次のような問題が発生した。すなわち重合被覆金属管を相互に接続するために通常管端部にはフレアー,スプール,バルジなどの端末加工を行うが,この際に金属管の重合被覆層の最外層を剥取り,その後に前記端末加工を実施する。ところが前記重合被覆金属管の場合,最外層の剥取りの際に内層が最外層に付着して一緒に剥取られてしまったり,あるいは,最外層に付着はしないが,内層がめっき膜から部分的に剥離する事態が発生する場合があった。このように内層まで剥取られてしまうと,前記した端末加工部の耐食性が劣化してしまうため剥取り作業を実施する際には,内層の剥離の事態の発生を防止するため,細心の注意を払わなければならず,したがって作業に手間がかかり作業性が著しく低下し,生産性を向上することができなかった(【0005】)。

本件発明はこのような問題を解決したものであって,耐チッピング性や耐スプラッシュ性を損なうことなく優れた耐食性を有しかつ容易に製造ができ,さらに剥離強度が弱いため剥取り作業が簡易に行い得,端末加工部の耐食性の劣化がない重合被覆金属管を提供することを目的とするものである(【0006】)。

エ 課題を解決するための手段

上記目的を達成するため,本発明者は種々の研究を重ね,その外周面に電気又は溶融めっき法などにより表面処理を施した金属管の該外周面に,2層の樹脂層を押出成形するに際し,両層の剥離強度が75gf/cm以下となるように両層をほぼ非接着状態におくことにより,耐チッピング性や耐スプラッシュ性を損なうことなく優れた耐食性を有し,かつ剥取り作業を容易に実施することができ,端末加工部の耐食性の劣化がなくなることを見出し,本件発明を完成するに至った(【0007】)。

すなわち,本件発明は,金属管の外周面に施された表面処理層及びプライマー層に対して密着力を有する押出成形により設けられたポリアミド系樹脂,ポリプロピレン又はポリエチレンからなる第1層と,前記第1層の外周面に押出成形により設けられた耐チッピング性を有するポリオレフィン系樹脂又はポリアミド系樹脂からなる第2層,とを重合被覆してなる重合被覆金属管であって,

・前記第1層と第2層の間の剥離強度が75gf/cm以下であり,且つ,

・前記第2層のみが前記重合被覆金属管の前記第1層から剥離される,

ことを特徴とする重合被覆金属管に関するものである(【0008】)。

オ 発明の実施の形態

(ア) 本件発明において使用される金属管は,シームレス管,セミシームレス管,電縫管及び予め銅合金のめっき膜を有して一重又は多重に巻いて造管されたろう付け管あるいは溶接管からなる金属管であり,管径20mm程度以下の外径を有するものである。そしてその外周面にZn,Al又はこれら基合金の電気めっき法や溶融めっき法により形成されためっき膜や,所望に応じて該めっき膜の表面に黄色クロメートやオリーブ・クロメートなどのクロメート被膜などの表面処理を施したものである(【0009】)。

なお,前記表面処理層に単層のエポキシ系樹脂及びポリアミド系樹脂あるいはシランカップリング剤およびチタンカップリング剤などをプライマーとして押出成形,スプレー,シャワー,浸漬,刷毛塗り,粉体塗装あるいはホットメルトなどの方法によりコーティングし形成しておくこともできる(【0010】)。

次に,前記表面処理層又はプライマー層の上にはPA6,PA11,PA12などのポリアミド系樹脂(PA)からなる第1層が,押出成形により層厚20~50μmとなるように形成される。第1層の層厚が20μm未満では耐食性が乏しく,一方50μmを超えると従来から使用され規格化されている締付けナットを使用することができなくなるからである(【0011】)。

さらに,前記第1層の上に全長に亘って耐チッピング性を有する樹脂,例えばポリプロピレン(PP),ポリエチレン(PE)あるいは前記したポリアミド系樹脂(PA)を層厚100μm~1.5mmとなるよう押出成形により被着重合して第2層を形成する。この際第1層の樹脂と第2層の樹脂とに相溶性がある場合は,第1層の外表面と第2層の内表面の両層を接触させるよう押出被覆装置のダイ本体から流出する溶融樹脂の温度をサーミスタや熱電対のようなセンサーや放射温度計で測定し,第1層の融点以下の温度で第2層を押出成形して両層を重合被覆することが肝要である。一方第1層の樹脂と第2層の樹脂とが相溶性がない場合,後述する本件発明の実施例に示される態様から明らかなように,第1層の樹脂の融点以下の温度で第2層の樹脂を押出成形することはもとより(当然のことながら),第1層の樹脂の融点以上の温度で第2層を押出成形することもできる(【0012】)。

(イ) 実施例1

材質SPCCの両面に膜厚3μmの銅めっき層を有するフープ材を使用して外径8mm,肉厚0.7mm,長さ30mに成形した二重巻鋼管を準備した。この二重巻鋼管の外周面に,硫酸亜鉛を主成分とし有機添加剤を添加した酸性電解液を使用して温度55~60℃,電流密度60A/dm2で2分間通電して平均膜厚25μmのZnのめっき膜を形成した。

次に,Znめっき膜の表面にクロメート処理を施した後,プライマーとしてエポキシ系樹脂をコーティングして加熱,乾燥した鋼管の外周面にポリアミド系樹脂としてPA12を使用して図2に示す押出被覆装置の押出金型(111)を用いて層厚50μmとなるよう第1層を押出成形した(【0021】)。

さらに,このポリアミド系樹脂層からなる第1層の上に図2に示すような押出金型(112)を用いて層厚1mmとなるようポリアミド系樹脂と相溶性のないポリプロピレンを押出成形して前記第1層の上に第2層を重合被覆した(【0022】)。

(ウ) 実施例2

実施例1と同様にして形成された二重巻鋼管の外周面に実施例1と同様にZnめっき膜を形成した後,その表面にクロメート処理を施し,次いでシランカップリング剤をコーティングし,加熱,乾燥した鋼管の外周面にポリアミド系樹脂としてPA11を使用して実施例1と同様の手順で層厚30μmとなるよう第1層を押出成形した(【0024】)。

さらに,このポリアミド系樹脂の第1層上に実施例1と同様の手順で層厚1.5mmとなるようポリアミド系樹脂と相溶性のないポリエチレンを押出成形して第1層の上に第2層を重合被覆した(【0025】)。

(エ) 実施例3

実施例1と同様にして形成された二重巻鋼管の外周面に実施例1と同様にZnめっき膜を形成した。

次に,Znめっき膜の表面にクロメート処理を施した後,チタンカップリング剤をコーティングし,加熱,乾燥した鋼管の外周面にポリアミド系樹脂として融点205℃のPA12を使用して層厚40μmとなるよう第1層を押出成形した(【0027】)。

さらに,実施例1と同様の手順で第1層と相溶性のあるポリアミド系樹脂として融点165℃のPA12を使用して層厚500μmとなるよう押出成形して第1層の上に第2層を重合被覆した。なお,重合被覆する際の,第2層の押出成形温度は175℃であった(【0028】)。

(オ) 実施例4

実施例1と同様にして形成された二重巻鋼管の外周面に実施例1と同様にZnめっき膜を形成した。次いで,Znめっき膜の表面にクロメート処理を施し,その後プライマーとしてエポキシ系樹脂をコーティングし,加熱,乾燥した鋼管の外周面にビスフェノール型エポキシ系樹脂と顔料とを溶剤によって調製した塗料中に浸漬してコーティングし350℃で60秒間加熱処理して,膜厚約5μmのエポキシ系樹脂層を形成した。

次に,エポキシ系樹脂を形成した鋼管の外周面にポリフッ化ビニリデン樹脂を用いて層厚50μmとした以外は実施例1と同様に第1層を押出成形した(【0030】)。

さらに,実施例1と同様の手順でポリオレフィン系樹脂としてポリプロピレンを使用して層厚1.0mmとなるよう押出成形して第1層の上に第2層を重合被覆した(【0031】)。

(カ) 比較例1

実施例1と同様に二重巻鋼管を準備しその外周面にZnめっき膜を形成し,次いで,Znめっき膜の表面にクロメート処理を施した鋼管の外周面にビスフェノール型エポキシ系樹脂と顔料とを溶剤によって調製した塗料中に浸漬してコーティングし300℃で60秒間加熱処理して,膜厚約15μmのエポキシ系樹脂層を形成した。

次に,ジエチルフタレートにポリフッ化ビニルを分散させた液に浸漬してポリフッ化ビニルをコーティングし,350℃で60秒間加熱乾燥して,膜厚約15μmのポリフッ化ビニル層を形成して第1層とした。

さらに,ポリオレフィン系樹脂よりなりかつ内層にポリアミド系接着層を有する熱収縮性チューブを160℃で5分間加熱して第2層を層厚1.0mmに形成した(【0033】)。

(キ) 比較例2

実施例1と同様にして二重巻鋼管を準備し実施例1と同様にその外周面にZnめっき膜を形成し,次いでZnめっき膜の表面にクロメート処理を施した後,エポキシ系樹脂プライマーをコーティングして加熱,乾燥した鋼管の外周面に融点165℃のPA12からなる第1層を層厚50μmに,また融点205℃のPA12からなる第2層を層厚800μmに押出温度250℃で押出成形して重合被覆した(【0035】)。

(2)  以上の記載によれば,あらかじめ表面処理を施した金属管の外周面に内層として該表面処理層に密着力を有するポリアミド系樹脂(PA),ポリプロピレン(PP),ポリエチレン(PE)やポリフッ化ビニリデン(PVdF)などからなる樹脂層を形成し,その上に耐チッピング性や耐スプラッシュ性を有するPP,PEあるいは上記同様のポリアミド系樹脂を全長に亘って施した重合被覆層を有する重合被覆金属管では,フレアー,スプール,バルジなどの端末加工を行う際に,金属管の重合被覆層の最外層を剥ぎ取った後に端末加工を実施すると,最外層の剥取りの際に内層が最外層に付着して一緒に剥取られてしまったり,最外層に付着はしないが,内層がめっき膜から部分的に剥離する事態が発生する場合があり,このように内層まで剥取られてしまうと,端末加工部の耐食性が劣化してしまうため,剥取り作業を実施する際には,内層の剥離の事態の発生を防止するため,細心の注意を払わなければならず,作業に手間がかかり作業性が著しく低下し,生産性を向上することができないという課題があったことから,本件発明は,かかる課題を解決するため,内側から順に,金属管,表面処理層,プライマー層,第1層及び第2層からなる重合被覆金属管であって,押し出し成形により設けられた第1層及び第2層の間の剥離強度が75gf/cm以下として,第2層のみが第1層から剥離されるよう,両層をほぼ非接着状態におくことにより,耐チッピング性や耐スプラッシュ性を損なうことなく優れた耐食性を有し,かつ,剥取り作業を容易に実施することができ,端末加工物の耐食性の劣化がなくなるとの効果を奏するというものである。

2  引用発明について

(1)  引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるところ,引用例1(甲1)には,引用発明について,概略,次のような記載がある(表1は別表参照。)。

ア 特許請求の範囲

【請求項5】ステンレス鋼管,該ステンレス鋼管の外表面上に形成したエポキシ系樹脂による接着層,該接着層上に形成したフッ素樹脂層,該フッ素樹脂層上に形成したポリアミド樹脂による接着層,該接着層に被着重合して形成したポリオレフィン樹脂層又はポリアミド樹脂層とからなることを特徴とするステンレス鋼管における耐食性及び耐飛石性樹脂被覆構造。

イ 発明の詳細な説明

(ア) 発明の属する技術分野

本発明は,気体,液体等の流体用配管,特に自動車のブレーキ油,燃料等の供給管として床下に配設され,耐食性とともに飛石,泥等による損傷を受けるような条件下に使用されても,これらに対して十分に耐久性のある耐飛石性保護材を被着してなるステンレス鋼管における耐飛石性樹脂被覆構造に関するものである(【0001】)。

(イ) 従来の技術

従来から自動車のブレーキ油や燃料の供給管として車体の床下に配設される金属管のように,耐食性とともにタイヤによって跳ね上げられる飛石による外傷を防ぐ必要がある箇所に使用する金属管としては,必要に応じて表面に銅層を有する鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成しその上にクロメート皮膜を形成し,その上に直接,熱収縮性がある塩化ビニル樹脂あるいはポリオレフィン系樹脂等のチューブによる皮膜を被着重合して構成したもの,あるいは,必要に応じて表面に銅層を有する鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成し,その上にクロメート皮膜を形成し,その上にフッ素樹脂層を中間層として形成し,該中間層の上に,ナイロン12を主体とするポリアミド系の接着層を敷設して熱収縮性がある塩化ビニル樹脂,ポリオレフィン樹脂あるいはフッ素樹脂等のチューブ,又は塩化ビニル樹脂のライニングによるゲル化した皮膜を被着重合した構造が提案されている(例えば,特願昭63-212255号,特願平2-26391号等)(【0002】)。

(ウ) 発明が解決しようとする課題

しかし,必要に応じて表面に銅層を有する鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成し,その上にクロメート皮膜を形成し,その上に直接,熱収縮性がある塩化ビニル樹脂あるいはポリオレフィン系樹脂等のチューブによる皮膜を被着重合して構成したものは,金属管両端部の接合に際してフレアナット等の部品が挿入されるために,この部分の熱収縮性がある樹脂層を取除いておく必要がある。したがって,熱収縮性がある樹脂層を取除いた部分の耐食性及び耐飛石性が十分ではないという問題がある。また必要に応じて表面に銅層を有する鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成しその上にクロメート皮膜を形成し,その上にフッ素樹脂層を中間層として形成し,中間層の上にナイロン12を主体とするポリアミド系の接着層を敷設して熱収縮性がある塩化ビニル樹脂,ポリオレフィン樹脂あるいはフッ素樹脂のチューブ,又は塩化ビニル樹脂のライニングによるゲル化した皮膜を被着重合した構造のものは,金属管両端部の接合に際して保護層の塩化ビニル樹脂,ポリオレフィン樹脂あるいはフッ素樹脂等のチューブを予め取除いておく必要があり,塩化ビニル樹脂のライニングによるゲル化した皮膜を被着重合した構造のものでは,この部分を予めマスキングしておく必要があるといった問題がある(【0003】)。

本発明は,耐食性及び耐飛石性に優れている気体,液体等流体用配管,特に自動車のブレーキ油,燃料等の供給管として床下に配設され,耐食性とともに飛石,泥等による損傷を受けるような条件下に使用されても,これらに対して十分に防護し得る耐飛石性保護材を被着してなる細径薄肉ステンレス鋼管における耐食性及び耐飛石性樹脂被覆構造を提供することを目的とするものである(【0004】)。

(エ) 課題を解決するための手段

本発明者は,前記問題を解決し,前記目的を達成するために研究を重ねた結果,管材としてステンレス鋼管を使用し,その上に直接樹脂層を形成して密着性を確保することによって目的を達し得ることを見出して本発明を完成するに至った(【0005】)。

第5の実施態様は,ステンレス鋼管,該ステンレス鋼管の外表面上に形成したエポキシ系樹脂による接着層,該接着層上に形成したフッ素樹脂層,該フッ素樹脂層上に形成したポリアミド樹脂による接着層,該接着層に被着重合して形成したポリオレフィン樹脂層又はポリアミド樹脂層とからなるステンレス鋼管における耐食性及び耐飛石性樹脂被覆構造を特徴とするものである(【0009】)。

(オ) 発明の実施の形態

本発明において使用するステンレス鋼管としては,シームレス管,セミシームレス管,電縫管及び予め銅及び銅合金の鍍金層を有するステンレス鋼板等を一重又は二重に巻いて製造された溶接又はろう接管が使用され,肉厚に関しては特に制限はないが薄肉のものを使用しても厚肉の従来管と同様の耐食性及び耐飛石性を発揮することができる(【0010】)。

ポリアミド樹脂としては,例えばPA6,PA11,PA12等があり,またポリオレフィン樹脂としては,例えばポリエチレン,ポリプロピレン,EVA等があり,これら樹脂は押出,スプレー,シャワー,浸漬,刷毛塗り等によるコーティングにより施行するものであり,層厚は600~1200μmとすることが好ましく,600μm未満では飛石に対する抵抗が十分でなく,一方1200μmを超えると設計値より大径となり配管レイアウト上好ましくない(【0011】)。

エポキシ系樹脂としては,例えばビスフェノール型,ジヒドロキシフェノール型,ノボラック型等が挙げられ,押出,スプレー,シャワー,浸漬,刷毛塗り等によるコーティングにより施行するものであり,膜厚は3~10μmとすることが好ましく,3μm未満では接着強度が得られず,10μmを超えるとクラックが生じやすくなる(【0012】)。

ポリアミド樹脂系接着層としては,上記したPA6,PA11,PA12等のうち接着力が強くかつ低融点のものであり,押出,スプレー,シャワー,浸漬,刷毛塗り等によるコーティングにより形成するものであるが,層厚は10~300μmとすることが好ましく,10μm未満では接着接着強度が得られず,また300μmを超えても接着効果がそれ以上向上しない(【0013】)。

フッ素樹脂としては,例えばポリフッ化ビニル(PVF),ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等が挙げられ,溶剤に分散させた液に浸漬してコーティングを形成するもので,層厚は10~40μmとすることが好ましく,10μm未満では密着性向上の効果がなく,一方40μmを超えると後の曲げ加工等によりヒビ割れが発生してかえって密着を阻害する結果となる(【0014】)。

本発明はこのように構成されているので,ステンレス鋼管を使用して該ステンレス鋼管の外面上に直接的又は間接的にポリアミド樹脂層又はポリオレフィン樹脂層被着したことによって密着性を確保できるとともに飛石による衝撃を吸収でき,また伸縮性に優れているフッ素樹脂を中間層として介在させることにより,一層効果的に飛石による衝撃を吸収するとともに各層間の密着性が高められ,したがってステンレス鋼管と上層のポリアミド樹脂層又はポリオレフィン樹脂層との変位を吸収するために耐食性及び耐飛石性に優れたものとなったものと考えられる(【0015】)。

a 実施例1

① 金属管:ステンレス鋼管として,SUS 304を使用して,外径8mm,肉厚0.3mmの一重巻管1を製作した。

② ポリアミド樹脂層:ポリアミド樹脂として,PA12を使用して押出コーティングすることによって,フッ素樹脂層3の上に膜厚1000μmのポリアミド樹脂層4を形成した。

③ 耐衝撃性試験:デュポン式耐衝撃性試験によって耐衝撃性試験を行った。結果を表1に示す(【0017】)。

b 実施例2

① 金属管:実施例1と同様にして,外径8mm,肉厚0.7mmの二重巻ステンレス鋼管1を製作した。

② エポキシ系樹脂層:エポキシ系樹脂として,ビスフェノール型を使用して,浸漬コーティングし,その後300℃で60秒間加熱して焼成することによって,膜厚5μmのエポキシ系樹脂層2を形成した。

③ ポリオレフィン樹脂層:ポリオレフィン樹脂として,高密度ポリエチレンを使用して押出コーティングによって,ポリアミド樹脂接着層5の上に膜厚800μmのポリオレフィン樹脂層4を形成した。

④ 耐衝撃性試験:実施例1と同様に行い,結果を別紙の表1に示す(【0018】)。

c 実施例3

① 金属管は,実施例1の一重巻ステンレス鋼管1を使用した。

② ポリアミド樹脂接着層:ポリアミド樹脂として,PA12を使用して,押出コーティングすることによって,膜厚100μmのポリアミド樹脂接着層5を鋼管1の上に形成した。

③ ポリアミド樹脂層:ポリアミド樹脂層4は,実施例1と同様にして形成した。

④ 耐衝撃性試験:実施例1と同様に行い,結果を表1に示す(【0019】)。

d 実施例4

① 金属管:実施例1の一重巻ステンレス鋼管1を使用した。

② エポキシ系樹脂層:エポキシ系樹脂2は,実施例2と同様に形成した。

③ フッ素樹脂層:フッ素樹脂として,ポリフッ化ビニルを使用して,ジエチレンフタレートに分散させた液中に浸漬してコーティングし,350℃で60秒間加熱乾燥して,膜厚20μmのフッ素樹脂層3をエポキシ系樹脂層2の上に形成した。

④ ポリアミド樹脂層:ポリアミド樹脂4は,実施例1と同様にして形成した。

⑤ 耐衝撃性試験:実施例1と同様に行い,結果を表1に示す(【0020】)。

e 実施例5

① 金属管:実施例2の二重巻ステンレス鋼管1を使用した。

② エポキシ系樹脂層2及びフッ素樹脂層3は,実施例4と同様にして形成した。

③ ポリオレフィン樹脂層:ポリオレフィン樹脂4は,実施例2と同様に形成した。

④ 耐衝撃性試験:実施例1と同様に行い,結果を表1に示す(【0021】)。

f 実施例6

① 金属管は,実施例1の一重巻ステンレス鋼管1を使用して,エポキシ系樹脂層2及びフッ素樹脂層3は,実施例4と同様にして形成した。

② ポリアミド樹脂接着層:ポリアミド樹脂接着層5は,実施例3と同様に形成した。

③ ポリオレフィン樹脂層:ポリオレフィン樹脂層4は,実施例2と同様にして形成した。

④ 耐衝撃性試験:実施例1と同様に行い,結果を表1に示す(【0022】)。

g 実施例7

① 金属管は,実施例2の二重巻ステンレス鋼管1を使用して,エポキシ系樹脂層2及びフッ素樹脂層3は,実施例4と同様にして形成し,ポリアミド樹脂接着層5は,実施例3と同様にして形成した。

② ポリアミド樹脂層:ポリアミド樹脂として,PA12を使用して,シャワーコーティングすることによって,膜厚800μmのポリアミド樹脂層5をポリアミド樹脂接着層5の上に形成した。

③ 耐衝撃性試験:実施例1と同様に行い,結果を表1に示す(【0023】)。

h 比較例

実施例2と同様の二重巻管1を使用して,亜鉛電鍍層2を通常の電気鍍金法によって形成し,その上に,六価クロム濃度5~20g/lのクロメート処理液によってクロメート層3を形成した。その上に,スプレーコーティングを使用してプライマー層4を形成して介し,実施例のフッ素樹脂層の形成方法と同様にしてフッ素樹脂層5を形成した。さらに,その上にナイロン12を主体とするポリアミド層6を敷設した状態で熱収縮性からなる塩化ビニル樹脂チューブ層7を形成した。実施例1と同様にして耐衝撃性試験を行い,結果を表1に示す(【0024】)。

(2)  以上の記載からすると,必要に応じて表面に銅層を有する鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成し,その上にクロメート皮膜を形成し,その上に直接,熱収縮性がある塩化ビニル樹脂あるいはポリオレフィン系樹脂等のチューブによる皮膜を被着重合して構成した従来の金属管は,金属管両端部の接合に際してフレアナット等の部品が挿入されるために,この部分の熱収縮性がある樹脂層を取除いておく必要があることから,当該部分の耐食性及び耐飛石性が十分ではないという問題があり,また,必要に応じて表面に銅層を有する鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成しその上にクロメート皮膜を形成し,その上にフッ素樹脂層を中間層として形成し,中間層の上にナイロン12を主体とするポリアミド系の接着層を敷設して熱収縮性がある塩化ビニル樹脂,ポリオレフィン樹脂あるいはフッ素樹脂のチューブ,又は塩化ビニル樹脂のライニングによるゲル化した皮膜を被着重合した構造の金属管も,金属管両端部の接合に際して保護層の塩化ビニル樹脂,ポリオレフィン樹脂あるいはフッ素樹脂等のチューブを予め取除いておく必要があり,塩化ビニル樹脂のライニングによるゲル化した皮膜を被着重合した構造のものでは,この部分を予めマスキングしておく必要があるといった問題があったことから,引用発明は,これらの課題を解決するため,管材としてステンレス鋼管を使用し,その外周面上に,直接,浸漬コーティングにより形成したエポキシ樹脂系接着層及びエポキシ樹脂系接着層上に形成され,中間層として介在させることにより各層間の密着性を高めるフッ素樹脂層を設けた上に,ポリアミド樹脂接着層及びポリオレフィン樹脂層を形成して密着性を確保することにより,自動車用配管等として十分な耐食性及び耐飛石性を有する樹脂被覆構造を提供するというものである。

そして,甲1の実施例には,別表のとおり,ステンレス鋼管の上に直接樹脂層を形成した実施例1ないし7はデュポン式耐衝撃性試験の結果が「◎ 割れ,剥れなし」であるのに対して,ステンレス鋼管表面に亜鉛電鍍層及びクロメート層を形成した上にプライマー層及び樹脂層を形成した比較例では「× 割れ発生」であることが記載されている。

なお,一般にプライマーとは,被着材と接着剤又はシーリング材との接着性を向上させるために,あらかじめ被着材表面に塗布する下地処理材料をいうところ(甲2),引用発明の「中間層として介在させることにより各層間の密着性を高めるフッ素樹脂層」(甲1【0026】)は,エポキシ樹脂系接着層とポリアミド樹脂接着層の間に介在してエポキシ樹脂系接着層とポリアミド樹脂接着層間の密着性を高めるものである。また,本件明細書(【0010】)には,「前記表面処理層に単層のエポキシ系樹脂およびポリアミド系樹脂あるいはシランカップリング剤およびチタンカップリング剤などをプライマーとして押出成形,スプレー,シャワー,浸漬,刷毛塗り,粉体塗装あるいはホットメルトなどの方法によりコーティングし形成しておくこともできる。」と記載されているとおり,本件発明の「プライマー層」には,エポキシ系樹脂を浸漬によりコーティングした層も含まれるものである。

そうすると,引用発明のフッ素樹脂層及び浸漬コーティングにより形成される「エポキシ樹脂系接着層」は,本件発明の「プライマー層」に相当するものということができる。

3  相違点1の認定について

(1)  本件発明の金属管は,金属という材質からなる管であって,実施の形態として,シームレス管,セミシームレス管,電縫管,ろう付け管,ないし溶接管が想定されている(甲10【0009】)。そして,金属管の外周面に施された表面処理層は,金属管の外周面に施されたものであって,実施の形態として,Zn,Al又はこれら基合金の電気めっき法や溶融めっき法により形成されためっき膜やさらにその表面に形成されたクロメート被膜が想定されている(甲10【0007】【0009】)。また,前記のとおり,プライマー層とは,一般に,被着材と接着剤又はシーリング材との接着性を向上させるために,あらかじめ被着材表面に塗布する下地処理材料をいい,本件発明では,実施の形態として,エポキシ系樹脂,ポリアミド系樹脂,シランカップリング剤及びチタンカップリング剤などが想定されている(甲10【0010】)。そして,本件発明では,プライマー層の上に,ポリアミド系樹脂,ポリプロピレン又はポリエチレンからなる第1層及び耐チッピング性を有するポリオレフィン系樹脂又はポリアミド系樹脂からなる第2層がそれぞれ押出成形されて重合被覆金属管が構成され,実施例1ないし4においても,金属管である二重巻鋼管の表面に,表面処理層としてZnめっき膜及びクロメート被膜を施し,その上にエポキシ系樹脂やシランカップリング剤などのプライマー層を形成し,さらにその上に第1層及び第2層が順に押出成形されている。

以上のとおり,本件発明は,金属管の外周面にめっき層やクロメート層などの表面処理層を施した上に樹脂層を形成するものである。

これに対し,引用発明は,前記のとおり,表面に銅層を有する鋼管面に,亜鉛鍍金層を形成し,その上にクロメート皮膜を形成し,その上に直接,熱収縮性がある塩化ビニル樹脂あるいはポリオレフィン系樹脂等のチューブによる皮膜を被着重合して構成した従来の金属管等には,金属管両端部の接合に際してフレアナット等の部品が挿入されるために,この部分の熱収縮性がある樹脂層を取除いておく必要があり,熱収縮性がある樹脂層を取り除いた部分の耐食性及び耐飛石性が十分でないなどの問題があったことから,かかる課題を解決するため,管材としてステンレス鋼管を使用し,甲1に記載された比較例のようにめっき層やクロメート層を施すことなく,プライマー層として,ステンレス鋼管の外周面上に,直接,浸漬コーティングにより形成したエポキシ樹脂系接着層及びエポキシ樹脂系接着層上に形成され,中間層として介在させることにより各層間の密着性を高めるフッ素樹脂層を設け,その上に,ポリアミド樹脂接着層及びポリオレフィン樹脂層を形成して密着性を確保することにより,自動車用配管等として十分な耐食性及び耐飛石性を有する樹脂被覆構造を提供するというものである。

したがって,本件発明と引用発明とは,本件発明が金属管の外周面に施された表面処理層及びプライマー層を有するのに対し,引用発明は一重巻ステンレス鋼管の外周面にプライマー層であるエポキシ樹脂系接着層及びフッ素樹脂層を形成してはいるものの,表面処理層を有していない点で相違することは明らかである。

よって,本件審決の相違点1の認定に誤りはない。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」は,それ自身が防食性の高い材質の金属管(ステンレス)を用いることにより,当業者が求める所要の防食性を有する金属管を得ているのに対し,本件発明はそれ自身は錆びやすい普通の鋼管にメッキなどの表面処理を施すことによって所要の防食性を得ているとして,引用発明の「一重ステンレス鋼管」は,本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管に相当するものであると主張する。

しかしながら,所要の防食性という同じ効果を奏するからといって,当然にその手段,構成が同一であるということになるものではない。引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」と本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管は,原告が主張するように,それぞれ防食性の機能を有しているとしても,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」は,それ自身が防食性の高い材質の金属管であるのに対し,本件発明の金属管は,金属管の表面にメッキなどの表面処理を施すことによって防食性を得るというものであって,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」の構成と本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管の構成とが異なるものであることは明らかである。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

イ 原告は,甲1の「ステンレス鋼管」と,甲1に記載された従来技術である「厚肉の従来管」と,本件発明の「外周面に施された表面処理層を有する金属管」は,防食性,耐飛石性において全く等価で同効であるとして,本件発明と引用発明とは,実質的に同一の発明であると主張する。

しかしながら,甲1(【0010】)において「厚肉の従来管」が具体的にどのような構成の管を指すのかは必ずしも判然としないものの,仮に原告が主張するように,同記載は表面に亜鉛鍍金層とクロメート皮膜を形成した鋼管を指すものであって,甲1には,甲1の「ステンレス鋼管」と,甲1に記載された従来技術である「厚肉の従来管」とが,防食性,耐飛石性において同様の機能を発揮することが記載されているとしても,前記のとおり,本件発明と引用発明とは,少なくとも,相違点1の点で相違するのであるから,両者が同一の発明であるということはできない。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

ウ 原告は,引用発明におけるステンレス鋼管の表面の緻密なクロム酸化物は,表面に存在し,酸化処理がされた層であり,本件明細書において表面処理層の実施の形態として記載されたものと同様に耐食性を有するものであるから,表面処理層に該当すると主張する。

しかしながら,本件発明にいう「表面処理層」は,「金属管の外周面に施された」ものであって,このような特許請求の範囲の記載からすると,「表面処理層」には,何らかの人為的な形成工程が予定されているというべきである。また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本件明細書には「その外周面に電気または溶融めっき法などにより表面処理を施した金属管の該外周面に,2層の樹脂層を押出成形する」との記載(【0007】)があるほか,実施例1ないし4でもいずれもめっき膜を形成し,その表面にクロメート処理が施されることが記載されている(【0021】【0024】【0027】【0030】)。

そうすると,本件発明の「表面処理層」は,電気又は溶融めっき法などによる人為的な表面処理が施されたものというべきである。

これに対し,引用発明で用いられているステンレス鋼管は,鉄を主成分にクロムなどの特定の元素を加えた鉄合金であるところ(乙1),ステンレス鋼管の表面に形成される緻密なクロム酸化物は,空気に触れることで鋼管表面に自生的に生じた酸化物であり,そこに傷が生じても空気との接触により自己修復する鋼管自体の一部分であって,何らかの表面処理工程を施されてできた層ではない(乙1,2)。

そうすると,引用発明におけるステンレス鋼管の表面の緻密なクロム酸化物は,本件発明の「表面処理層」には該当しないものというべきである。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

4  相違点1の判断について

(1)  前記のとおり,引用発明は,優れた耐食性及び耐飛石性という目的を実現するためにステンレス鋼管という金属管上に直接樹脂層を形成して,金属管と樹脂層との密着性を高めたというものである。

このことは,甲1に記載された,ステンレス鋼管上に直接樹脂層を形成した実施例1ないし7(甲1【0017】ないし【0023】)と,ステンレス鋼管と樹脂層との間に表面処理層を設けた比較例(甲1【0024】)との対比(別表参照)からも明らかである。

そうすると,引用発明について,ステンレス鋼管と樹脂層の間に本件発明にいう表面処理層のような他の層を形成し,ステンレス鋼管という金属管上に樹脂層を直接形成する構成としないようにすると,樹脂層と金属管とは直接接しないことになり,引用発明の目的とする金属管と樹脂層との密着性を高めることを否定することになるから,このような構成とすることには,阻害要因があるというべきである。

したがって,当業者は,引用発明に基づき,相違点1に係る本件発明の構成を容易に想到することができたということはできない。

よって,相違点1に係る本件審決の判断に誤りはない。

(2)  原告の主張について

原告は,本件出願当時,当業者においては,要求される耐食性,経済性,加工性に基づき金属管を選択していたものであり,甲1に接した当業者において,甲1に記載されたステンレス鋼管をそのまま使用するか,表面処理層を有する金属管に変更するかは,適宜選択すべき設計事項であるなどと主張する。

しかしながら,仮に,表面処理を施した金属管が,ステンレス鋼管と耐食性や耐飛石性において同等の機能を有し,また,ステンレス鋼管よりも安価であるとしても,優れた耐食性及び耐飛石性という目的を実現するためにステンレス鋼管という金属管上に直接樹脂層を形成して密着性を高めたという引用発明において,ステンレス鋼管に代えて,表面処理により表面処理層が形成された金属管を用いることの動機付けがあるとはいえず,甲1に記載されたステンレス鋼管をそのまま使用するか,表面処理層を有する金属管に変更するかが,当業者において適宜選択すべき設計事項であるということはできない。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

5  結論

以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎)

裁判官齋藤巌は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 富田善範

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