知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10204号 判決 2014年10月15日
原告
株式会社ヴィオレッタ
訴訟代理人弁理士
杉本勝徳
同
阿野清孝
同
岡田充浩
被告
日本マイヤー株式会社
訴訟代理人弁護士
三山峻司
同
松田誠司
訴訟復代理人弁護士
清原直己
訴訟代理人弁理士
蔦田正人
同
中村哲士
同
富田克幸
同
夫世進
同
有近康臣
同
前澤龍
同
蔦田璋子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2012-800113号事件について平成25年6月12日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成20年4月16日,発明の名称を「ジャカード経編地とその用途」とする発明について特許出願(特願2008-107101号。以下「本件出願」という。)をし,平成23年9月16日,特許第4825233号(請求項の数5。以下「本件特許」という。)として特許権の設定登録を受けた。
(2) 被告は,平成24年7月12日,本件特許(請求項1ないし5)に対して特許無効審判を請求した。
特許庁は,上記請求を無効2012-800113号事件として審理を行い,平成25年6月12日,「特許第4825233号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月20日原告に送達された。
(3) 原告は,平成25年7月15日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし5の記載は,次のとおりである(以下,請求項の番号に応じて,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」などという。)。
「【請求項1】
一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織を備えるが,支持組織が不要な経編地であって,
前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからなり,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,前記変化組織を含むジャカード編成組織の全ての編目位置においてループが配置されてなる,
ことを特徴とする,ジャカード経編地。
【請求項2】
前記ジャカード編成組織に加えて,弾性糸が挿入または編み込まれてなる弾性糸編成組織をも備える,請求項1に記載のジャカード経編地。
【請求項3】
前記ジャカード編成組織が,同一ウェール上に編成された抜き糸部と,前記抜き糸部の左右に配置される耳部を有し,前記抜き糸部の両側において分割可能である,請求項1または2に記載のジャカード経編地。
【請求項4】
前記ジャカード編成組織が,部分的な組織変化により緊迫力の異なる複数の領域を有する,請求項1から3までのいずれかに記載のジャカード経編地。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれかに記載のジャカード経編地からなる,衣類。」
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件発明1は,本件出願前に頒布された刊行物である「甲第1号証」(審判甲1。以下,単に「甲1」という。)又は「甲第2号証」(審判甲2。以下,単に「甲2」という。)に記載された発明であるから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない,②本件発明2は,甲2に記載された発明であるから,同号の規定により特許を受けることができない,③本件発明3は,甲1又は甲2に記載された発明であるから,同号の規定により特許を受けることができない,④本件発明4は,甲1又は甲2に記載された発明及び甲6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同条2項の規定により特許を受けることができない,⑤本件発明5は,甲1又は甲2に記載された発明であるから,同条1項3号の規定により特許を受けることができないというものである。
本件審決が引用した甲1,甲2及び甲6は,以下のとおりである。なお,甲1の原本は本訴の「乙1の1」,甲1の写しは本訴の「甲1の1」,甲1の訳文は本訴の「乙1の2」であり,また,甲2の原本は本訴の「乙2の1」,甲2の写しは本訴の「甲2の1」,甲2の訳文は本訴の「乙2の2」である。
「甲1」 「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」
「甲2」 「Kettenwirk Praxis 04/2002号,第50頁」
「甲6」 「特開2007-297748号公報」
(2) 本件審決は,以下のとおり,甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。),甲2に記載された発明(以下「甲2発明」という。),本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点(以下「相違点a」という。)を認定した。
ア 甲1発明
「極端に軽いハニカム構造を有するジャカード経編地は,ランジェリー用であり,この経編地の特別なラッピングは,2本の分割ジャカードバーが逆方向にラッピングするだけで,グランドガイドバーを追加することなく生成されたものであり,
2本の分割ジャカードバーによる基本組織が,
JTB1.1 1-0/1-2//
JTB1.2 1-2/1-0//
であるジャカード経編地。」
イ 甲2発明
「スポットネットのジャカード経編地は,ランジェリー及び衣類用であり,2本のジャカードバーのみが,編地の外観を得るのに必要とされ,これら2本のジャカードバーが,パワーネットの地組織を作ると同時に,パターンを作り込み,グランドガイドバーは,エラスタンを用いて,編地に機能性を付与した,軽量で,透明であり,長さ方向の弾性に優れたジャカード経編地であって,
2本の分割ジャカードバーによる基本組織が,
JTB1.1 1-0/1-2//
JTB1.2 1-2/1-0//
であるジャカード経編地。」
ウ 本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点a
(一致点)
「一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織を備えるが,支持組織が不要な経編地であって,
前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからなる,
ジャカード経編地。」である点。
(相違点a)
本件発明1では,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されてなるのに対し,甲1発明では,ジャカード経編地の編成組織がそのようになっているかは明確でない点。
第3当事者の主張
1 原告の主張
(1) 取消事由1(本件発明1と甲1発明の同一性の判断の誤り)
本件審決は,相違点aについて,甲6の記載事項及び本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて,「本件明細書」という。甲9)の記載事項から「安定した経編地を編成するには,全ての編目位置においてループを形成する必要があること」は技術常識であると認定した上で,甲1発明のジャカード経編地の編成組織は,相違点aに係る本件発明1の構成の「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されてなる」ものと認められるから,相違点aは,本件発明1と甲1発明の実質的な相違とは認められず,本件発明1と甲1発明には実質的な相違はない旨判断した。
しかしながら,本件審決の判断は,以下のとおり誤りである。
ア 理由不備
まず,本件審決は,相違点aに係る本件発明1の構成のうち,「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織」の部分を甲1発明が備えていることについて実質的な評価,判断をしていないから,相違点aは実質的な相違とは認められないとした本件審決には,理由不備の違法がある。
イ 甲1における相違点aの構成の不開示
本件審決は,安定した経編地を編成するには,全ての編目位置においてループを形成する必要があるから,ジャカード編成組織のみからなる甲1の編地では,当然にジャカード編成組織の全ての編目位置でループが配置されているとして,相違点aは本件発明1と甲1発明との実質的な相違ではないと認定判断したものである。
しかしながら,当業者において,全ての編目位置においてループを形成する必要性を認識したとしても,その具体的な手段を把握できない限り,ジャカード編成組織の全ての編目位置においてループが配置されてなる経編地が甲1に開示されていることにはならないが,甲1の記載事項から,そのような具体的な手段を把握することはできない。
また,本件審決は,甲6の記載事項等から,全ての編目位置においてループを形成する必要があることは本件出願時の技術常識であると認定したが,上記認定は,甲6の具体的記載を離れて,その技術内容を不当に抽象化,一般化ないし上位概念化するものであるから,許されない。かえって,甲6,甲5(特開2002-317361号公報)及び甲15(特開2002-371453号公報)の各記載事項によれば,本件出願の当時,ジャカード編成組織は,個々のゲージ位置ごとに異なる編成動作を行わせることができる「ジャカード筬」(ジャカードバー)によって,規則的な基本組織を部分的に変位させることで,伸縮特性の異なる複数の領域や柄模様などを構成するものであり,異なる領域の境界部分においては,ループが形成されない編目位置(透孔あるいは目抜け)が生じることがあること,そのため,全ての編目位置でループを形成するための具体的な手段として,1枚の筬が全てのゲージ位置で編成動作を行う「通常の筬」ないし「地筬」(グランドガイドバー)で編成され,全ての編目位置でループを形成する編成組織である「支持組織」をジャカード編成組織と組み合せることが技術常識であったものである。この技術常識を参酌しても,当業者は,通常の筬による編成組織を備えず,支持組織が存在しない甲1の編地において,全ての編目位置でループを形成するための具体的な手段を把握することはできない。
もっとも,甲1には,2本のジャカードバーの「基本動作」について,「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.2 1-2/1-0//」との記載があるが,この基本動作のみでジャカード経編地(ジャカード編成組織)が編成されているはずはなく,甲1のジャカード編成組織を把握する上では,ジャカードバーによる変位制御こそが本質的な事項である。
しかしながら,甲1には,その変位制御に関する具体的な記載は一切なく,どのような変位制御がされてジャカード編成組織が編成されたのかその具体的な手段を把握することはできない。
そうすると,当業者は,全ての編目位置においてループを形成する必要性を認識したとしても,甲1の記載事項及び本件出願時の技術常識から,甲1の編地において,全ての編目位置でループを形成するための具体的な手段を把握することはできないから,甲1において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえない。
ウ 被告の主張について
被告は,本件審決が甲1の記載事項(1e)として認定した箇所に示されている「経編地」(別紙1参照)の現物を分析して拡大したものとされる別紙組織図(1)等に基づいて把握される発明を特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」であるとした上で,本件発明1は上記発明と同一である旨主張する。
(ア) しかしながら,本件審決が甲1の記載事項(1e)として認定した箇所に示されているのは,甲1に両面テープで貼り付けられた編地見本の現物のコピー(写真)であり,被告が主張する甲1に貼り付けられた編地見本の現物を分析して得られる情報(編地見本の現物に化体されている情報)は,本件審判において審理の対象とならなかった事実であって,本件審決において判断されておらず,本件の審理範囲に含まれないから,甲1に記載された発明を把握する上で一切考慮されるべきではない。
すなわち,本件審判において審理の対象とされた甲1は,「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」の「写し」であり,同写しには編地見本の現物ではなく,そのコピー(写真)が記載されているにすぎない。このことは,被告作成の平成24年7月12日付け審判請求書(甲22)の19頁の「8.証拠方法」の項における「甲第1号証の1 Kettenwirk Praxis 04/2003号 表紙,第51頁,裏表紙の各写」との記載や,同6頁の「[1]の甲第1号証」の項における「甲第1号証(Kettenwirk-Praxis 04/2003号)は,カールマイヤー社が発行する「Kettenwirk-Praxis」(経編の実務)の2003年04号の写しである。」との記載などから明らかである。
もっとも,被告は,本件審判において,「参考資料1」として編地見本の現物が貼り付けられた「甲1の1の原本」なるものを提出したが,編地見本の現物においては,編組織をルーペ等で拡大して観察したり,分解したりして詳細に分析することは可能であるが,編地見本のコピー(写真)においてはそのような分析は不可能であるから,編地見本の現物とそのコピーは,異なる証拠方法である。被告による「参考資料1」の提出は,甲1とは異なる証拠の差し替え又は追加に当たり,特許を無効にする根拠となる事実の新たな主張であるから,審判請求書の請求の理由の要旨変更(特許法131条の2第1項)に当たり,許されない。
そして,審決取消訴訟においては,審判手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は,審決を違法とし,又はこれを適法とする理由として主張することができないから,本件において,被告提出の「参考資料1」に貼り付けられた編地見本の現物に化体されている情報との対比における無効理由は,本件審決を適法とする理由として主張することは許されない。
したがって,被告が主張する甲1に貼り付けられた編地見本の現物に化体されている情報は,本件審判において審理の対象とならなかった事実であり,本件の審理範囲に含まれないから,甲1に記載された発明を把握する上で一切考慮されるべきではない。
(イ) 次に,前記(ア)の点を措くとしても,特許法29条1号3号にいう「頒布された刊行物」とは,「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体であって,頒布されたもの」を指す(最高裁昭和55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁参照)が,甲1に両面テープで貼り付けられた実際の編地見本(経編地の現物)は,それ自体が他の編地見本とは別個独立に製造されたオリジナル(原型)であって,複製物ではないから,「複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当しない。
また,甲1に貼り付けられた編地見本それ自体の形状等を分析して得られる情報(編地見本の現物に化体されている情報)は,文書,図面,写真などに文字,図形,画像などとして示された情報と比べると,情報の明確性,正確性,情報伝搬力などの点からみて,性質及び内容が大きく異なるものである。
すなわち,情報の明確性についてみると,甲1に貼り付けられた編地見本の編組織は,一見して直ちに理解できるものではなく,ルーペで観察したり,編地を分解して分析したりすることが必要である点で,文書等に類する程度の情報の明確性を備えるものとはいえない。
情報の正確性についてみると,編地見本はそれぞれ別個に製造されて紙に貼り付けられているものであるから,それぞれが同一であるとの保証はなく,貼り付けられた編地見本を容易に取り外すこともできるし,編地見本の貼り付けがいつ行われたかも分からず,改変が容易であるという意味においても,文書等に類する程度の正確性を認めることはできない。
情報伝搬力についてみると,編地見本を見た当業者において,同一の情報量が化体された編地見本を直ちに製造できるものではなく,同一の情報量をもって容易に拡散され得る伝播力はない。編地見本を撮影した写真であれば文書類似の情報伝播力を備えるものといえるが,伝播される情報は稀釈化されたものであり,編地見本と同一の情報量は保持されていない。
このように甲1に貼り付けられた編地見本それ自体の形状等を分析して得られる情報(編地見本の現物に化体されている情報)は,文書,図面,写真などに文字,図形,画像などとして示された情報と比べると,情報の明確性,正確性,情報伝搬力などの点からみて,性質及び内容が大きく異なるものといえるから,「文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当しない。
さらには,編地見本は,甲1に係る刊行物の複製作業とは別にジャカード編機によって編成され,所定の大きさに裁断された後,両面テープという簡易な手段で紙に貼り付けられているだけにすぎず,甲1に貼り付けられた編地見本と甲1記載の説明文とは,製造過程においても,物理的にも,一体性が希薄である。
したがって,甲1に貼り付けられた編地見本と甲1記載の説明文とを一体のものとして「文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当するということはできない。
以上によれば,甲1に貼り付けられた編地見本(経編地の現物)を分析して得られる情報(編地見本の現物に化体されている情報)は,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された」事項とはいえず,当該「経編地」の現物を分析して把握される発明は,同号の「刊行物に記載された発明」であるとはいえない。
仮に編地見本が特許法29条1項3号の「刊行物」に当たると解釈することになれば,同法が同項1号から3号において新規性阻却事由を類型化して規定していることの意味を失わせることになり,妥当でない。
(ウ) さらに,通常の筬ないし地筬によって編成された全ての編目位置にループが形成された支持組織を備えないジャカード経編地において,ループが形成されない編目位置が存在する場合,安定した編地にはならないが,その編成自体は可能であり,少なくとも使用や洗濯に供し得る編地が存在し得る。また,一般的にも,実用性が未だ不十分であるが,従来にない着想に基づく研究開発の成果を刊行物などによって公開することはよくあることであり,優れた効果を奏するための手段を明らかにすることなく,その効果のみを研究開発の成果として公開することもよくあることである。
したがって,甲1に上記支持組織を備えないジャカード経編地が記載されているとしても,そのジャカード経編地は,安定性を犠牲にして薄地化・軽量化を志向した試作的・実験的な経編地である可能性もあるし,また,安定性を犠牲にしないように何らかの手段が講じられているが,それが秘匿されているという可能性もあるから,そのことから直ちに甲1において,全ての編目位置にループが形成された,上記支持組織を備えないジャカード編成組織が開示されているということにはならず,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているということはできない。
また,甲1には,JTB1.1とJTB1.2の給糸量(ランナー値)(Run-in per rack)が,それぞれ,685mm/rackと745mm/rackとして異なる値となっている。編成糸の張力は,編成糸の種類のほか,給糸量,ラッピング運動の態様に影響を受け,具体的には,給糸量が少ないほど,また,ラッピング運動が大きい(例えば,左右に大きく振られて編成される)ほど,編成糸の張力は大きくなる。そして,JTB1.1とJTB1.2に導糸される編成糸は同種であり,JTB1.1とJTB1.2の給糸量は上述のとおり異なる値をとっていることからすると,JTB1.1とJTB1.2が同じようなラッピング運動をする場合,特別な工夫をしない限り,給糸量の少ないJTB1.1の編成糸の張力の方がJTB1.2の編成糸の張力を上回ることとなるから,JTB1.1とJTB1.2の編成糸の張力のバランスが保てないはずである。
したがって,甲1の記載に基づいて当業者が編地を製造可能であるのか否かという点においてさえ疑問がある。
(エ) 以上の次第であるから,被告の主張は理由がない。
エ 小括
以上によれば,相違点aは本件発明1と甲1発明の実質的な相違とは認められず,本件発明1と甲1発明には実質的な相違はないとした本件審決の判断は誤りである。
(2) 取消事由2(本件発明1と甲2発明の同一性の判断の誤り)
ア 本件審決は,本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点は,本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点と同様なものであり,甲2発明の2本の分割ジャカードバーによる基本組織であるJTB1.1 1-0/1-2//,JTB1.2 1-2/1-0//は,本件明細書の段落【0027】及び【0039】において説明されているジャカード編成組織の基本組織(基本動作)と一致していること,甲2発明のジャカード経編地は2本のジャカードバーのみが編地の外観を得るのに必要とされることなどから,本件発明1と甲1発明と同様に,本件発明1と甲2発明には実質的な相違はない旨判断した。
しかしながら,甲2には,「新規なラッピングにより製造されるこの編地は,「スポットネット」と呼ばれ,全くもって新規です」との記載があるが,その「新規なラッピング」なるものは,当業者が把握できる程度に具体的に開示されているものではなく,ジャカード編成組織の全ての編目位置においてループを形成するための具体的な手段の記載はないから,前記(1)イで述べたのと同様の理由により,甲2において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえない。
イ 被告は,この点に関し,本件審決が甲2の記載事項(2e)として認定した箇所に示されている「経編地」(別紙2参照)の現物を分析して拡大したものとされる別紙組織図(2)等に基づいて把握される発明を特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」であるとした上で,本件発明1は上記発明と同一である旨主張する。
しかしながら,前記(1)ウで述べたのと同様の理由により,被告が主張する甲2に貼り付けられた編地見本の現物を分析して得られる情報(経編地の現物に化体されている情報)は,本件の審理範囲に含まれないから,甲2に記載された発明を把握する上で一切考慮されるべきではないし(なお,被告が本件審判において「参考資料2」として編地見本の現物を提出したことは,審判請求書の請求の理由の要旨変更に当たり許されない。),同号の「刊行物に記載された」事項ともいえない。
また,甲2に通常の筬ないし地筬によって編成された全ての編目位置にループが形成された支持組織を備えないジャカード経編地が記載されているとしても,そのことから直ちに甲2において相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているということはできない。
さらに,別紙組織図(2)に示された編成組織は,「パワーネット」とは大きく異なるものであり,甲2における「2本のジャカードバーが,パワーネットの地組織を作ると同時に,パターンを作り込みます」との記載は,当業者に対し,甲2の経編地がいかなる編成組織によって編成されているかを理解する手掛かりをほとんど与えないものといえる。また,甲2には,JTB1.1とJTB1.2の給糸量(ランナー値)が,それぞれ,1040mm/rackと890mm/rackとして異なる値となっておりJTB1.1の方がJTB1.2よりも多く編成糸を供給しているのに,JTB1.1から給糸される編成糸とJTB1.2から給糸される編成糸のそれぞれの比率が同じ「37.8%」となっているのは極めて不可解であり,甲2にいう「パワーネットの地組織」や「パターン」については,甲2の他の記載を参酌しても,当業者にとって理解し難いものである。加えて,JTB1.1とJTB1.2が同じようなラッピング運動をする場合,特別な工夫をしない限り,給糸量の少ないJTB1.2の編成糸の張力の方がJTB1.1の編成糸の張力を上回ることとなるから,JTB1.1とJTB1.2の編成糸の張力のバランスが保てないはずであることからすると,甲2の記載に基づいて当業者が編地を製造可能であるのか否かという点においてさえ疑問がある。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
ウ 以上によれば,本件発明1と甲2発明には実質的な相違はないとした本件審決の判断は誤りである。
(3) 取消事由3(本件発明2ないし5に関する判断の誤り)
本件審決が,本件発明2ないし5が特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないと判断した理由は,本件発明1が,甲1発明又は甲2発明と実質的に同一であることを前提とするものであるが,前記(1)及び(2)で述べたとおり,本件発明1と甲1発明又は甲2発明には実質的な相違がある。
したがって,本件審決の上記判断には,その前提において誤りがある。
2 被告の主張
(1) 取消事由1に対し
ア 甲1は,カール・マイヤー社が平成15年4月に発行した「KettenwirkPraxis 04/2003」(副題「Textilinformationen」)と題する刊行物の51頁部分である。「Kettenwirk Praxis 04/2003」は,カール・マイヤー社が編地業者に対してニッティング・編地の流行や提案の情報と共に編機を紹介し,その購入等を勧誘する目的で頒布された刊行物である。
そこには,各頁ごとに編機と編地の編成組織などが説明され,それらの説明に対応して編まれた編地見本が同じ頁に各々両面テープで貼り付けられている。各頁の記載は,編地見本と共に記載されている編機及び編地の説明文が一体となったものであり,読者は,説明文とこれに対応する編地見本を一体のものとして理解する。
したがって,「Kettenwirk Praxis 04/2003」の51頁部分である甲1は,編地見本(「PATTERN」欄に両面テープで貼り付けられたもの)と共に記載されている編機及び編地の説明文が一体となったものとして,「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書」又は「その他これに類する情報伝達媒体」に当たるから,特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」に該当する。
イ(ア) 甲1における説明文と編地見本を見れば,以下のとおり,甲1に開示された編地が「ループ欠損のない,全ての編目位置においてループが配置された編地」であることは一目瞭然であり,甲1には,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているといえる。
すなわち,筬(ガイドバー)は,編針に対し前後方向に運動するスイング運動と,編針(ニードル)に対し前方又は後方の位置で編機幅方向に運動するショギング運動を組み合わせたラッピング運動を行い,これによって,筬の各導糸針(ガイドニードル)に通された糸を編針のフックに掛けたり,編針の前方で編機幅方向に変位させることで経編の編成を行う。ジャカード経編地とは,ジャカード制御されるジャカード筬(ジャカードバー)を備える経編機により編成され,ジャカード編成組織を有する経編地をいい,基本的に,ジャカード筬自体のショギング運動による基本動作と,ジャカード制御によって,ジャカード筬の各導糸針ごとに基本動作に対してさらに1針分の変位(ショギング動作)を適宜組み合わせることにより,ジャカード経編地は所望の柄(ジャカード柄ともいう。)に編成される。
そして,およそ経編地であれば,それがジャカード経編地であれ何であれ,全ての編目位置において少なくとも一つのループを形成する必要があることは,技術常識である。この技術常識は,特定の公知文献に基づかなくとも,経編は,編目となるループの連続であり,新たなループが前のコース(編地の横方向(幅方向)の編目列)のループに引き込まれることで,前のコースで形成されたループの形態が保持されるものである。そのため,新たなループが形成されない場合には,古いループが編針から脱出したときに,ループの形態を保持できないことになり,これがさらに前のコースのループにも伝播し,編地の形態を保持できないことになることから,上記技術常識は,各編目位置で順次形成されるループを経方向に連続させることで保持するという経編の編成原理自体から導き出される。甲6等の公知文献には,ジャカード編成組織にループが形成されない個所が生じた場合の問題を解決するために,通常の筬ないし地筬によって編成された全ての編目位置にループが形成された支持組織を使用することで,透孔や目抜けの問題が生じないことが記載されているが,その前提として,目抜けのない安定した編地を得るためには,全ての編目位置に少なくとも一つのループが必要なことが示されているといえる。
また,一対(2つ)のハーフセットの分割ジャカードバーのみによりループを形成して編成するハーフセット編みのジャカード経編地については,一定の繰り返し単位を有する基本組織(即ち,基本動作)と,基本組織から変化させてなる変化組織を含み,2枚の分割ジャカードバーのハーフセット編みによるループの数は,それぞれ全ての編目位置の数の2分の1ずつであるから,全ての編目位置においてループを形成するようにするためには,一方のハーフセット編みの基本組織からの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように,これら2つのハーフセット編みが対になって相互補完的に編成されていることは,当業者であれば当然に認識する自明の事項である。
甲1には,①4本のグランドガイドバーと1本のジャカードバー(「JTB1.1」,「JTB1.2」の2枚のガイドバー(分割ジャカードバー)が一体となった一体型のジャガードバー)を備えたラッシェルトロニク機製の編機によって,4本のグランドガイドバーを使用せずに,1本のジャカードバー(2枚の分割ジャカードバー)だけを使用して編成した編地であること,②2枚の分割ジャカードバー「JTB1.1」,「JTB1.2」は,そのチェーン表(「Lapping」)が表す基本組織(即ち,基本動作)は「JTB1.1 1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.2 1-2/1-0//」であって,ハーフセット編みの「対」になっており,原則的に,「JTB1.1」のジャカードバーは「1-0/1-2//」の動きを,「JTB1.2」のジャカードバーは「1-2/1-0//」の動きをし,それぞれの運動方向は1コース毎に互いに逆方向となり,「逆方向にラッピング」すること,③編地は,「ハニカム構造」を有することの説明が記載され,「PATTERN」欄に編地見本が両面テープで貼り付けられている。
そして,甲1記載の編地は,ループの形成がジャカード制御されるジャカードバーを備える経編機により編成される経編地のみであるから,通常の筬ないし地筬によって編成された全ての編目位置にループが形成された「支持組織」なしの編地であることは自明である。
上記のとおり,甲1に編地が「ハニカム構造」を有することの記載があり,「ハニカム構造」(honeycomb structure)とは,「蜜蜂の巣」を意味し,2枚の板状外皮の間に蜂の巣状の芯材を挟んだ構造で,正六角形又は正六角柱を隙間なく並べた構造を示す用語であるから(乙21,22),全ての編目位置にループが形成されていることを容易に理解できる。
また,甲1の編地見本は,いずれも目抜けのない安定した編地であり,全ての網目位置にループが形成されている。
そうすると,甲1記載の編地は,2枚の分割ジャカードバーのみを用いて編成された上記「支持組織」なしのハーフセット編みであり,基本動作にジャカードバーによる変位制御を加えることにより,全ての編目位置にループが形成されているのであるから,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置に,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように編成されているものといえる。
したがって,甲1には,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されている。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(イ) 甲1における説明文の記載内容と両面テープで貼り付けられている編地見本が矛盾しないことは,別紙組織図(1)に示すとおりである。
すなわち,ジャカード編成組織により編まれた編地を分析すれば,当業者は,基本組織(即ち,基本動作)がどのようなもので,基本組織からどのようにジャカードバーを変位させたのかが理解できる。編地の分析は,糸1本の動きを書き出し,それがどの位置(糸入れ)に入っているかを拾い出して基本組織(即ち,基本動作)を分析する。ジャカードの生地分解の場合,ガイドニードル1本ごとに右から左に1ゲージ分変位できるようになっているので,糸1本ごとの縦方向と横方向の繰り返し分の動きを書き出し,そのネット組織や柄組織に基づいて基本となるガイドバーの動き(基本組織(即ち,基本動作))を導き出して行う。簡単な編地は分解鏡で組織がわかるが,密度の高い編地や複雑な編地は糸を分解しながら意匠紙で組織を分析する(乙24)。
そして,甲1の編地見本から分析した結果は,別紙組織図(1)に示すとおりである。別紙組織図(1)によれば,甲1の編地見本の経編地は,分割ジャカードバーによる「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.2 1-2/1-0//」の基本組織と,この基本組織からジャカード制御させた変化組織とを適宜に組み合わせて,全ての編目位置でループ形成しながら,所要のコースで隣接するウエール(編地の縦方向の編目列)にわたるシンカーループを渡らせないで編成し(図(a)及び(b)),編成後に,幅方向(横方向)に引張(拡幅)してヒートセットすることにより,シンカーループが渡っていない個所を開口させてハニカム状の透孔としているものであり(図(c)),ループが形成されない編目位置が生じていないことが明らかである。このように甲1の編地見本の経編地には,全ての編目位置においてループが形成されており,編目の欠損がないから,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置に,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように編成されているものといえる。
ウ(ア) 原告は,これに対し,甲1に貼り付けられた編地見本と甲1記載の説明文とは,製造過程においても,物理的にも,一体性が希薄であり,甲1に貼り付けられた編地見本それ自体の形状等を分析して得られる情報は,文書,図面,写真などに文字,図形,画像などとして示された情報とは,情報の明確性,正確性,情報伝搬力などの点からみて,性質及び内容が大きく異なるから,特許法29条1項3号の「文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当するとはいえない旨主張する。
しかしながら,甲1において,編地見本を物理的な物としての編地見本としてだけ参照し,説明文の記載内容と別個に切り離して考える者はいないから,編地見本と説明文とは,製造過程においても,物理的にも,一体性が希薄であるということはできない。
また,前記イ(ア)のとおり,甲1における説明文と編地見本を見れば,甲1に開示された編地が「ループ欠損のない,全ての編目位置においてループが配置された編地」であることは一目瞭然であるから,わざわざ編地見本の性状分析をするまでの必要はない。被告が編地見本の別紙組織図(1)を示したのは,これを特許法1項1号の公知物として主張するためではなく,甲1における説明文の記載内容とその補足資料としての両面テープで貼り付けられている編地見本が矛盾しないことを示すためである。
さらに,本件審判においても,被告は,審判長の求めに応じて,甲1の原本を平成24年10月31日付け上申書(乙3)添付の参考資料として提出し,甲1に貼り付けられた編地見本と甲1記載の説明文が一体の証拠(説明文は文書に当たり,編地見本部分は文書に準ずる物件として民訴法231条の準文書に当たる。)として取り調べられている。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 次に,原告は,①本件審決は,相違点aに係る本件発明1の構成のうち,「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織」の部分を甲1発明が備えていることについて実質的な評価,判断をしていないから,相違点aは実質的な相違とは認められないとした本件審決には,理由不備の違法がある,②本件審決は,甲6の記載事項等から,全ての編目位置においてループを形成する必要があることは本件出願時の技術常識であると認定したが,上記認定は,甲6の記載事項等を不当に抽象化,一般化ないし上位概念化するものであり,許されない,③甲1の記載事項及び本件出願時の技術常識から,甲1の編地において,全ての編目位置でループを形成するための具体的な手段を把握することはできないから,甲1において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえない旨主張する。
しかしながら,前記イ(ア)のとおり,本件審決は,甲6等から「全ての編目位置で何れかの少なくとも一つのループを形成する必要がある」ことが技術常識であると認識されていると認定した上で,当該技術常識を参酌して,2枚の分割ジャカードバーのみを用いて編成された「支持組織」なしのハーフセット編みの甲1の編地においては,当然に相違点aに係る本件発明1の構成と同様の構成により,全ての編目位置でループを形成しているものと把握できると判断したものであり,本件審決の判断に,理由不備はなく,その判断に誤りはない。
さらに,前記イ(ア)のとおり,甲6等には,ジャカード組織にループが形成されない個所が生じた場合の問題を解決するために,通常の筬ないし地筬によって編成された全ての編目位置にループが形成された支持組織を使用することで,透孔や目抜けの問題が生じないことが記載されているが,その前提として,目抜けのない安定した編地を得るためには,全ての編目位置に少なくとも一つのループが必要なことが示されているといえるから,本件審決の技術常識の認定に誤りはなく,甲6の記載事項等を不当に抽象化,一般化ないし上位概念化するものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(ウ) なお,原告は,甲1によれば,JTB1.1とJTB1.2に導糸される編成糸は同種であるが,JTB1.1とJTB1.2の給糸量(ランナー値)(Run-in per rack)が,それぞれ685mm/rackと745mm/rackと異なる値をとっていることからすると,JTB1.1とJTB1.2が同じようなラッピング運動をする場合,特別な工夫をしない限り,給糸量の少ないJTB1.1の編成糸の張力の方がJTB1.2の編成糸の張力を上回ることとなるから,JTB1.1とJTB1.2の編成糸の張力のバランスが保てないはずであり,甲1の記載に基づいて当業者が編地を製造可能であるのか否かという点においてさえ疑問がある旨主張する。
しかしながら,一対の分割ジャカードバー2列が異なる糸道を持つ2つのビームポジションから給糸される場合,糸の張力を合わせるように調整するために異なるランナー値になる。ランナー値の大小は,糸の張力の調整に加えいろいろな要素が関連してくる。たとえば,ジャカード柄の作り方によって片方にだけジャカードの変位が多い場合,あるいはネットの形状変化,グランド組織の影響に左右されずに編成する場合など,柄や組織が変われば異なる数値になることは一般的で珍しいことではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
エ 以上によれば,本件発明1は甲1に記載された発明と同一であるとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2に対し
ア 甲2は,カール・マイヤー社が平成14年4月に発行した「KettenwirkPraxis 04/2002」(副題「Textilinformationen」)と題する刊行物の50頁部分である。「Kettenwirk Praxis 04/2002Kettenwirk Praxis 04/2003」と同様の刊行物であり,各頁の記載は,編地見本と共に記載されている編機及び編地の説明文が一体となったものであり,読者は,説明文とこれに対応する編地見本を一体のものとして理解する。
したがって,「Kettenwirk Praxis 04/2002」の50頁部分である甲2は,編地見本(「PATTERN」欄に両面テープで貼り付けられたもの)と共に記載されている編機及び編地の説明文が一体となったものとして,「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書」又は「その他これに類する情報伝達媒体」に当たるから,特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」に該当する。
イ(ア) 甲2における説明文と編地見本を見れば,以下のとおり,甲2に開示された編地が「ループ欠損のない,全ての編目位置においてループが配置された編地」であることは一目瞭然であり,甲2には,相違点に係る本件発明1の構成が開示されているといえる。
甲2には,①4本のグランドガイドバーと1本のジャカードバー(「JTB1.1」,「JTB1.2」の2枚のガイドバー(分割ジャカードバー)が一体となった一体型のジャガードバー)を備えたラッシェルトロニク機製の編機によって,2本のグランドガイドバーと1本のジャカードバー(2枚の分割ジャカードバー)だけを使用して編成した編地であること,②2枚の分割ジャカードバー「JTB1.1」,「JTB1.2」は,そのチェーン表(「Lapping」)が表す基本組織(即ち,基本動作)は「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.2 1-2/1-0//」であって,ハーフセット編みの「対」になっており,原則的に,「JTB1.1」のジャカードバーは「1-0/1-2//」の動きをし,「JTB1.2」のジャカードバーは「1-2/1-0//」の動きをすること,③2枚の分割ジャカードバー「JTB1.1」,「JTB1.2」が,「パワーネットの地組織を作ると同時に,パターンを作り込」むこと,④2本のグランドガイドバー「GB4」,「GB5」は,そのチェーン表「GB4 1-1/0-0//」,「GB50-0/1-1//」が表すように,ループを作らず直線状に経方向に編み込む挿入組織を編成する挿入筬として使用すること,⑤挿入組織は,「エラスタン」(スパンデックスに同じ弾性糸)を用いて,編地に機能性を付与することの説明が記載され,「PATTERN」欄に編地見本が両面テープで貼り付けられている。
「パワーネット」は,全ての編目位置でループを配置した柄のない無地のものであるから,上記の「パワーネットの地組織を作ると同時に,パターンを作り込」むとは,柄のない無地の「パワーネット」地組織部分を柄構成部分である変化組織としての丸形部,柱形部,菱形部などの組織に変位させて柄部のある編地に編み込むことを説明するものである。
そして,甲2記載の編地は,ループの形成がジャカード制御されるジャカードバーを備える経編機により編成される経編地に,グランドガイドバーによって挿入組織が加わっているだけであるから,通常の筬ないし地筬によって編成された全ての編目位置にループが形成された「支持組織」なしの編地であることは自明であり,ジャカードバーによって全ての編目位置にループが形成されていることを容易に理解できる。
また,甲2の編地見本は,いずれも目抜けのない安定した編地であり,全ての網目位置にループが形成されている。
そうすると,甲2記載の編地は,2枚の分割ジャカードバーを用いて編成された上記「支持組織」なしのハーフセット編みであり,基本動作にジャカードバーによる変位制御を加えることにより,全ての編目位置にループが形成されているのであるから,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置に,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように編成されているものといえる。
したがって,甲2には,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されている。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(イ) 甲2における説明文の記載内容と両面テープで貼り付けられている編地見本が矛盾しないことは,当該編地見本を分析した別紙組織図(2)に示すとおりである。
すなわち,別紙組織図(2)によれば,甲2の編地見本の経編地は,分割ジャカードバーによる「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.2 1-2/1-0//」の基本組織と,この基本組織からジャカード制御させた変化組織とを適宜に組み合わせて,全ての編目位置でループ形成しながら,所要のコースで隣接するウエールにわたるシンカーループを渡らせないで編成するとともに(図(a)及び(b)),他のガイドバー(グランドガイドバー)GB4,GB5は,弾性糸を導糸し,それぞれ「GB4 1-1/0-0//」,「GB5 0-0/1-1//」の挿入組織で編成し(図(a)),編成後に,幅方向(横方向)に引張(拡幅)してヒートセットすることにより,シンカーループが渡っていない個所を開口させたものであり(図(c)。なお,図(b)及び(c)における挿入糸は,編地の表面側に浮いた部分についてはこれを表現し,編地の裏側に沈んだ部分についてはその表現を省略している。),ループが形成されない編目位置が生じていないことが明らかである。このように甲2の編地見本の経編地には,全ての編目位置においてループが形成されており,編目の欠損がないから,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置に,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように編成されているものといえる。
ウ(ア) 原告は,これに対し,甲2に貼り付けられた編地見本と甲2記載の説明文とは,製造過程においても,物理的にも,一体性が希薄であり,甲2に貼り付けられた編地見本それ自体の形状等を分析して得られる情報は,文書,図面,写真などに文字,図形,画像などとして示された情報とは,情報の明確性,正確性,情報伝搬力などの点からみて,性質及び内容が大きく異なるから,特許法29条1項3号の「文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当するとはいえない旨主張する。
しかしながら,前記(1)ウ(ア)で述べたのと同様の理由により,原告の上記主張は理由がない。
(イ) また,原告は,甲2には,ジャカード編成組織の全ての編目位置においてループを形成するための具体的な手段の記載がないから,本件発明1と甲2発明には実質的な相違はないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,前記(1)ウ(イ)で述べたのと同様の理由により,甲2において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているといえるから,本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(ウ) なお,原告は,甲2によれば,JTB1.1の方がJTB1.2よりも給糸量(ランナー値)が多いのに,甲2には,JTB1.1から供給される編成糸とJTB1.2から供給される編成糸のそれぞれの比率が同じ「37.8%」となっているのは極めて不可解である旨主張する。
確かに,甲2において比率が「37.8%」というのは誤記であって,正確な比率は,JTB1.1が「40.6%」,JTB1.2が「34.94%」,GB4が「12,23%」,GB5が「12,23%」である。
エ 以上によれば,本件発明1は甲2に記載された発明と同一であるとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3に対し
原告は,本件発明1と甲1発明又は甲2発明には実質的な相違があるから,本件発明1が甲1発明又は甲2発明と実質的に同一であることを前提に,本件発明2ないし5が特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,本件発明1が甲1発明又は甲2発明と実質的に同一であることは,前記(1)及び(2)で述べたとおりであるから,本件審決の上記判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と甲1発明の同一性の判断の誤り)について
(1) 本件明細書の記載事項等について
ア 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2のとおりである。
イ 本件明細書(甲9)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙明細書図面参照)。
(ア) 「【技術分野】
本発明は,ジャカード経編地とその用途に関し,詳しくは,ジャカード編成装置を用いて編成されるジャカード経編地とその用途を対象にしている。」(段落【0001】)
(イ) 「【背景技術】
ジャカード編成装置は,通常のトリコット編機やラッシェル編機では編成することが困難な複雑で多彩な経編地が編成できる装置である。
ジャカード編成装置の構造上の特徴は,ジャカード筬を備えていることにある。通常の筬は,基本的に1枚の筬が全てのゲージ位置で同じ動きで編成動作を行なうのに対して,ジャカード筬は,通常の筬と同じ基本動作に加えて,個々のゲージ位置毎に異なる編成動作を行なわせることができる。
通常の経編地では,一つのコースでは全てのウェールで同じ編成組織になるので,コース毎に編成組織を変えて,単純な縞模様などが編成できるだけなのに対して,ジャカード経編地では,コース毎およびウェール毎に異なる編成組織を編成させることができ,スポット状の柄組織を配置したり,文字や図形さらには絵画のような複雑な柄組織を編成したり,経編地の編方向だけでなく幅方向あるいは斜め方向で機能や特性の異なる領域を配置したりすることも可能になる。なお,ここでいう機能とは,例えば,伸縮性などの機能のことであり,特性とは,例えば,引き裂き強度や破裂強度などの特性のことである。」(段落【0002】)
(ウ) 「【発明が解決しようとする課題】
経編地は,基本的に全ての編目位置にループが形成されていなければ,機能や特性が安定した編地にはならない。複数の筬を用いて編成される経編地の場合は,何れか一つの筬が,全ての編目位置でループを形成する編成組織を編成する必要がある。
しかし,変化組織はコース毎に編目の位置を任意に変更する。そのため,このような変化組織を含むジャカード編成組織は,その編目位置によっては,ループが存在しない個所が生じてしまう。
そこで,従来のジャカード経編地では,ジャカード編成組織とは別に,ジャカード編成組織のループが存在しない個所でもループを形成する支持組織が必要になる。支持組織は,ジャカード機構を備えていない通常の筬である地筬で編成され,全ての編目位置にループを有している。」(段落【0003】)
「そのため,従来のジャカード経編地は,ジャカード筬で編成されるジャカード編成組織と,地筬で編成される支持組織との2種類の編成組織を組み合わせなければならなかった。
上記2種類の編成組織を組み合わせるためには,2種類の編成糸を準備して,各筬に別の編成糸を供給する作業が必要であり,編成作業に手間と時間を要することになる。
2種類の編成組織が表裏で2重に重なることになるので,ジャカード経編地は生地が分厚くなり,重い生地になり易い。
特に,複数の地筬で伸縮性糸を挿入して伸縮機能を向上させようとする場合には,余計に筬の枚数が増えて,生地の厚み,重量も増大してしまうことになる。」(段落【0004】)
「本発明の課題は,前記した従来のジャカード経編地が有する問題点を解消して,編成作業が容易で能率的に行なえ,得られたジャカード経編地が薄くて軽量になり,しかも,ジャカード経編地が有する多彩な柄組織,特性や機能の変化を良好に発揮させることである。」(段落【0005】)
(エ) 「【課題を解決するための手段】
本発明にかかるジャカード経編地は,ジャカード編成装置で編成されるものであり,一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織を備えるが,支持組織が不要な経編地であって,前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからなり,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,前記変化組織を含むジャカード編成組織の全ての編目位置においてループが配置されてなる,ことを特徴とする。
本発明の上記各構成について以下に具体的に説明する。
〔ジャカード編成装置〕
本発明において,ジャカード編成装置は,基本的には,通常のジャカード編成装置がそのまま使用できる。」(段落【0006】)
「ジャカード編成装置は,ジャカード機構を備えた筬(ジャカード筬)を備えている。
ジャカード筬の基本構造は,1枚のジャカード筬を全体として一体的に運動させる,通常の筬と同様の作動機構に加えて,1枚のジャカード筬において個々のゲージ位置毎に別々に,編成位置を一定方向に変位させるか変位させないかを,任意に選択して作動制御する機構をも備えている。ジャカード筬に特有のこのような作動機構をジャカード機構と呼ぶ。
ジャカード筬の全体作動は,パターンホイールや電子制御装置(EL機)などを用いて,一定数のコース毎に繰り返すパターン制御を行なうことができる。」(段落【0007】)
「ジャカード筬のゲージ位置毎の作動制御は,予め作製された紋紙(ジャカードカード)を用いることができる。ジャカードカードには,コース毎に,各ゲージ位置での作動,すなわち,ジャカード機構の作用・非作用あるいは編成位置の変位・非変位の違いを,穿孔などによって物理的に記録されている。
ジャカードカードを使用せずに,電子的な記憶情報に基づく電子制御で,ジャカード筬の作動制御を行なうこともできる。この場合,コンピュータに入力された編成組織あるいは柄組織に関するデータから,ジャカード筬の各ゲージ位置における作動条件を演算し,その結果をジャカード筬の作動制御命令として出力することができる。」(段落【0008】)
「本発明のジャカード経編地では,ジャカード筬を,常に一定の条件を満足させるように確実に作動制御させる必要があり,コンピュータに組み込まれた演算プログラムによって,ジャカード筬の作動制御を適切かつ迅速に行なうことが望ましい。
ジャカード編成装置に備えられたジャカード筬は,それぞれが通常のジャカード筬と同様のジャカード機構を備えていて,前記したゲージ位置毎の作用・非作用を制御できる。このようなジャカード筬を用いることで,本発明のジャカード経編地が編成可能になる。
なお,ジャカード筬は,フルセットで糸通しされるものであってもよいが,例えば,1イン1アウトのハーフセットで糸通しされるというように,2枚以上のジャカード筬を組み合わせることでフルセット分のジャカード編成組織が構成されるものとすれば,複数枚のジャカード筬を使用しても1枚分の生地の厚みで編成することができるため,好ましい。」(段落【0009】)
「また,全てのジャカード筬が,支持組織を不要とするために用いられるものである必要はなく,本願発明のこのような主たる目的とは別の目的,例えば,複雑な柄組織を形成するために用いられるものが含まれていても良い。具体的には,例えば,3枚のジャカード筬を用いる場合に,全ての編目位置において2枚のジャカード筬によるループが配置され,残りの1枚は専ら複雑な柄組織を形成するために使用されるという場合も本願発明に含まれるということである。全ての編目位置において3枚のジャカード筬によるループが配置される場合も本願発明に含まれることは勿論である。
ジャカード編成装置には,ジャカード筬以外に,通常の筬を備えておくことができる。通常の筬とは,ジャカード機構を備えておらず,基本的に,筬の全体を一体的に作動制御させるものである。但し,通常の筬であっても,筬のうち,複数のゲージ位置を含む一部分を他の部分とは別個に機械的に変位できる機構,例えば,カットプレッサ機構などを備えたものを使用することはできる。この場合も,ジャカード筬のように,個々のゲージ位置毎に任意に変位させることはできない。」(段落【0010】)
「通常の筬の枚数は,1枚以上の任意の枚数に設定できる。通常は4枚程度までである。ジャカード経編地に弾性糸編成組織を加える場合には,少なくとも1枚以上,通常の筬を備えておく。但し,従来のジャカード経編地で必須であった支持組織は不要であるから,支持組織に占有されていた筬は省け,その分だけ必要な筬の数は少なくなる。
〔ジャカード編成組織〕
ジャカード編成組織は,上述のジャカード筬によって編成される。
ジャカード筬のそれぞれで編成される組織を互いに関連させるよう適切に設計することで,目的とするジャカード経編地を編成することが可能になる。」(段落【0011】)
(オ) 「ジャカード編成組織は,柄を構成しない無地部分であって機能や特性が一定である基本組織と,柄を構成したり機能や特性が基本組織とは異なっていたりする変化組織を含む。
基本組織は,例えば6コース毎など,一定数コース毎に同じパターンを繰り返す比較的に単純な編成組織であって,その例としては鎖編,デンビ編,アトラス編などがある。繰り返し単位としては,具体的には,10/12//などが挙げられる。この基本組織だけでは,ジャカード編成組織における柄組織や機能,特性の違いを自由に変化させることができない。
ジャカード編成組織が変化組織を含むことで,目的とするジャカード柄組織や場所による機能などの違いを与えることが可能になる。例えば,変化組織において,基本組織とは振り幅や振り方向が異なる個所を設けることができる。振り幅の違いは,その部分の糸密度あるいは生地厚さの違いとして表れたり,緊迫力や伸びの違いになったりする。隣接する編成糸が逆方向に振られて互いに交差する個所は,編成糸の重なりで厚みが生じたり拘束作用が生じたりする。また,このような編成組織の違いが複数コースあるいは複数ウェールにわたって任意に組み合わせられることで,経編地の一定領域における柄組織として現出したり,機能や特性の違う領域が生じたりする。このような変化組織による柄組織あるいは機能・特性の変化自体は,通常のジャカード編成組織においても達成されていたことである。」(段落【0012】)
「本発明のジャカード編成組織においては,前記変化組織を含むジャカード編成組織の全ての編目位置において,ジャカード筬によるループが配置されてなることを特徴としている。したがって,基本組織の全ての編目位置において,ジャカード筬によるループが配置されてなることは言うまでもないが,本発明におけるジャカード筬で編成される変化組織も,前記変化組織を含むジャカード編成組織の全ての編目位置において,ジャカード筬によるループが配置されるようにする。
具体的には,ジャカード編成組織を編成するそれぞれのジャカード筬の変位を,全ての編目位置において,ジャカード筬がループを形成するように互いに関連させて制御するのである。」(段落【0013】)
「例えば,特定のゲージ位置で,1枚のジャカード筬がジャカード機構を作用させて変位させた場合,別のジャカード筬はジャカード機構を作用させず変位させない,というような関連制御を行なう。
それぞれのジャカード筬を,全く同じように変位させるか変位させないかを決めるのではなく,常に,他のジャカード筬の変位・非変位に合わせて,適切に変位・非変位を設定することになる。
ジャカード筬では,個々のゲージ位置毎に変位・非変位が選択できるので,特定のゲージ位置に存在するジャカード筬同士の関連だけでなく,その隣りのゲージ位置に存在する別のジャカード筬の作動にも関連させるようにする。そのため,ジャカード編成組織の全体で,それぞれのジャカード筬における全てのゲージ位置における変位・非変位の作動を統一的に制御することが必要になる。」(段落【0014】)
「従来は,パターンホイールなどで設定される基本動作がそのまま基本組織として編地に反映されるので,2枚のジャカード筬を使用しても,同じ編目位置には互いのループが重ならないように基本動作が設定されている。
本願発明においても,上記従来の方法のような基本動作を設定しても良いが,例えば,それぞれのジャカード筬に1イン1アウトのハーフセットで糸通しされた2枚のジャカード筬を用いる場合に,2枚のジャカード筬によるループ同士が,同じ編目位置(ゲージ位置)に配置される基本動作を採用しても良い。ただし,この基本動作を採用する場合,2枚のジャカード筬の基本動作をそのまま用いて本発明の条件を満たす基本組織を編成することはできない(全ての編目位置でループを配置することができない)ので,基本組織と変化組織のいずれにおいても,すなわち,編地全体について,各ゲージ位置で少なくともいずれかのジャカード筬を変位させて,全ての編目位置でループを配置するよう関連制御を行なうようにする。」(段落【0015】)
(カ) 「〔ジャカード経編地〕
ジャカード経編地は,ジャカード筬によって編成されるジャカード編成組織だけで構成することもできるし,ジャカード編成組織に別の編成組織を組み合わせて構成することもできる。
別の編成組織として,ジャカード筬とは異なる筬によって弾性糸が挿入または編み込まれてなる弾性糸編成組織を備えることができる。弾性糸編成組織を備えることで,ジャカード経編地に優れた伸縮性を付与することができる。弾性糸編成組織が挿入組織であれば,伸縮性はより高まる。」(段落【0016】)
「ジャカード編成組織における部分的な組織変化だけでは,領域毎の緊迫力や伸びなどの特性に大きな差を付けることには限界があるが,弾性糸編成組織が加わると,領域毎の特性の差を格段に大きくすることができる。
別の編成組織として,非弾性糸による編成組織も勿論加えることができる。非弾性糸による編成組織で,ジャカード経編地の表面特性や機能性などを向上させることができる。
ジャカード経編地に要求される機能や特性に合わせて,さまざまな別の編成組織の採用,組み合わせを変更することができる。
但し,ジャカード経編地として,薄くて軽量であるものを要求される場合は,出来るだけ,ジャカード編成組織以外の別の編成組織は少なくしておくほうが良い。ジャカード経編地に要求される機能や特性は,出来るだけ,ジャカード編成組織を最適に設定することが達成されるようにしておくことが望ましい。」(段落【0017】)
「ジャカード経編地として,分割可能な構造を設けることができる。ジャカード経編地の一部に,抜き糸,抜き糸の左右に配置される耳部など,通常の分割可能な経編地と同様の編成組織を付加することができる。このような分割可能な構造を構成するための編成組織を,ジャカード編成組織の一部に組み込むことができる。ジャカード筬で編成する変化組織の一部を,抜き糸や耳部になるように変化させれば,分割構造を構成するために余分の筬を使う必要がなくなる。
〔編成糸〕
ジャカード経編地の編成に用いる編成糸としては,通常の経編地に使用されている糸種および糸条件の範囲で,目的に合わせて設定できる。」(段落【0018】)
「非弾性糸としては,ナイロン,ポリエステルなどの合成繊維,レーヨン,アセテートなどの再生繊維,木綿,絹などの天然繊維などからなるものを,ジャカード経編地の用途や要求性能に合わせて適宜に選択して使用することができる。複数の繊維材料を組み合わせた複合糸も使用できる。
弾性糸としては,ポリウレタン繊維などの弾性繊維からなるものが使用できる。
弾性糸に非弾性糸を被覆した被覆弾性糸や,非弾性繊維と弾性繊維とを組み合わせた複合糸なども使用できる。
非弾性糸と弾性糸とは,伸び率によって区別することができる。通常,非弾性糸は伸び率100%未満であり,弾性糸は伸び率150%以上,好ましくは200%以上である。」(段落【0019】)
「<ジャカード編成組織用の糸>
ジャカード編成組織は,基本的に,非弾性糸で編成するが,弾性糸を用いることもできる。
ジャカード編成組織の編成糸としては,太さ16~470dtexの範囲に設定できる。より好ましくは,22~235dtexである。
ジャカード編成組織を編成する各ジャカード筬には,全ての針位置に同じ編成糸を糸通しするのが一般的であるが,太さや種類が異なる編成糸を組み合わせることもできる。
<弾性糸編成組織用の糸>
弾性糸編成組織は,もちろん,弾性糸で編成する。弾性糸を単独で使用してもよいし,同種あるいは異種の弾性糸を複数本組み合わせて編成することもできる。」(段落【0020】)
「編成糸としては,太さ11~3730dtexの範囲に設定できる。より好ましくは,22~1240dtexである。
弾性糸編成組織として,弾性糸を複数本揃えて編成すると,前記したジャカード編成組織の部分的な組織変化による領域毎の緊迫力や伸びの違いを,さらに増大させることができる。弾性糸編成組織に,弾性糸が単独で編成される個所と,弾性糸を複数本揃えて編成する個所とを含んでいると,弾性糸が単独の個所と,弾性糸が複数本の個所とで,特性の違いをより大きくできる。
〔ジャカード経編地の製造〕
前記したジャカード編成装置で特定条件を備えるジャカード編成組織を編成すること以外は,基本的に,通常のジャカード経編地と共通する製造技術がそのまま適用できる。」(段落【0021】)
「編成糸の準備,ジャカード編成装置への糸通し,糸の供給条件,編成条件,編成後の加工処理,染色加工など,通常のジャカード経編地と同様の処理工程が行なわれる。弾性糸編成組織を含むジャカード経編地では,熱セット加工やモールド加工などで,弾性糸の固定を行なうことができる。
〔ジャカード経編地の用途〕
本発明で得られるジャカード経編地は,従来のジャカード経編地が使用されていた各種の用途分野に好適に利用できる。特に,ジャカード編成による多彩な柄組織や機能,特性の変化に加えて,生地の薄さや軽量さが要求される用途分野に適している。」(段落【0022】)
「具体的には,ファンデーションやインナーウェア,スポーツウェア,アウターウェアなどの衣料分野およびカーテンなどの資材分野に使用できる。ファッション性が高く,高品質・高機能な衣料品・資材が提供できる。
ジャカード編成組織を利用して,分離構造の経編地を編成することができる。経編地の端辺にヘム構造を設けることもできる。」(段落【0023】)
(キ) 「【発明の効果】
本発明にかかるジャカード経編地は,ジャカード筬によって編成されるジャカード編成組織のみで経編地を構成することができる。従来のジャカード経編地のように,ジャカード筬に加えて,地筬による支持組織を組み合わせる必要がない。支持組織のための地筬を削減できることで,編成作業の能率化を図ると同時に,使用する編成糸も少なくて済み,編成される経編地の厚さを薄く軽量化することが可能になる。
その結果,生地の薄さや軽量性が要求されると同時に,バラエティに富んだ柄組織を備えることなど意匠性にも強い要求があるインナーウェアなどのファッション性の高い衣料品の製造において,生産性の改善および品質性能の向上,商品価値の増大に,大きく貢献することができる。」(段落【0024】)
(ク) 「【発明を実施するための最良の形態】
〔ジャカード経編地〕
図1は,ジャカード経編地の外観を示している。
ジャカード編成組織は,何れも1イン1アウトで交互に配置された2枚のジャカード筬により編成された編成糸で構成されている。
前記編成糸は何れも,全てのコースでループを形成するとともに,適宜に交差して編地組織を構成している。ジャカード編成組織の全体において,全ての編目位置に,何れか一方の編成糸によるループが配置されている。ジャカード経編地は,このような編成糸によるジャカード編成組織だけで構成されている。」(段落【0025】)
「前記編成糸同士の交差や重なりによって,ジャカード柄組織が形成される。具体的には,図1に示すように,概略菱形のジャカード柄部Pを,ジャカード経編地Sの全体に千鳥状に間隔をあけて配置することができる。
〔ジャカード経編地の編成〕
本発明にかかるジャカード経編地の好適な実施形態では,前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからなり,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されている。以下では,本発明に好適なこの実施形態を例にして説明を行なう。」(段落【0026】)
(ケ) 「図2は,ジャカード編成組織を編成する際に,ジャカード筬のパターンホイールに設定される基本動作を示している。
2枚のジャカード筬Jb1,Jb2のうち,一方のジャカード筬Jb1に編成糸10が糸通しされる。他方のジャカード筬Jb2に編成糸20が糸通しされる。それぞれの基本動作は,図2(a)に示され,以下の繰り返し単位を有する。
Jb1:10/12//
Jb2:12/10//
ジャカード筬Jb1とジャカード筬Jb2とで,左右対称の基本動作になっている。何れのジャカード筬Jb1,Jb2でも,図2(a)に矢印で示すように,個々のコース毎に,編目位置を変位させるか変位させないかを,全ての編目位置において,何れか一方のジャカード筬がループを形成するように互いに関連させるという条件の下で,任意に設定することができる。」(段落【0027】)
「図2(b)に示すように,Jb1とJb2とが,1ゲージずれており,互いにループが重なる部分があるため,この基本動作だけで経編地を編成することはできない。
従って,前記図1において,ジャカード柄組織を形成しない地の部分(基本組織),ジャカード柄組織の部分(変化組織),のいずれについても,少なくともいずれかのジャカード筬の基本動作にジャカード機構による変位制御を加えることで,所定の変化を与えたものとなっている。
図3は,ジャカード編成組織を構成する編成糸10,20における基本動作に変化を与えて編成された組織の具体例を示している。図3(a)に示す編成糸10-1と編成糸20-1との組み合わせ,図3(b)に示す編成糸10-2と編成糸20-2との組み合わせはそれぞれ,図1に示すジャカード柄組織を構成している編成組織から,対になる1組のジャカード筬Jb1,Jb2で編成される編成組織を取り出したものである。」(段落【0028】)
「ジャカード柄組織を形成しない地の部分である上下の一定の領域Aも,上下の途中にあってジャカード柄組織を形成する領域Bも,少なくともいずれかのジャカード筬の基本動作に変位を加えて編成されている。変化組織では,一方の編成糸10-1,10-2を基本動作から変化させると,それに合わせて他方の編成糸20-1,20-2の編成動作を適切に調整している。同じ組の編成糸10-2と編成糸20-2とでも,領域Aと領域Bとの配置割合が異なっている。
このような編成糸10,20による基本動作からの変化の組が多数集まって,図1における,概略菱形のジャカード柄組織が形成されている。」(段落【0029】)
(コ) 「〔変化動作の態様〕
図4は,ジャカード編成組織を編成するための基本動作からの変化態様を,模式的に具体例で示している。
図4(a)は基本動作である。基本動作は,ジャカード筬Jb1,Jb2とも,10/12//の繰り返し単位を有し,同じゲージ位置からスタートしている。それぞれの筬に糸通しされたそれぞれの編成糸(実線および点線で区別して表示)が,全く同じ編成で互いに重なった状態になって,1ウェールおきに配置される。この基本動作のままでは経編地は編成できない。」(段落【0030】)
「「1C」「2C」はコース番号を表す。編成は下から上に進むので,コース1Cからコース2Cへと編成される。
「1a~3a」はジャカード筬Jb1の各ゲージ位置に対応し,「1b~3b」はジャカード筬Jb2の各ゲージ位置に対応する。図4(a)に示す基本動作では,何れのジャカード筬Jb1,Jb2も,全てのゲージ位置で,ジャカード機構を作用させない「H」状態である。コース2Cについても同様である。
図4(b)は,基本動作に変化を加えて編成される組織である。この編成組織では,コース2C,コース1Cの何れでも,ジャカード筬Jb2の各ゲージ位置1b~3bでジャカード機構を作用させる「T」状態(矢印で示す)にする。その結果,ジャカード筬Jb1とジャカード筬Jb2とで,同じ編成組織が,1ウェール毎に交互に配置されて,全ての編目位置にループが形成されることになる。」(段落【0031】)
「なお,図4(b)とは逆に,ジャカード筬Jb2の各ゲージ位置1b~3bはH状態で,ジャカード筬Jb1の各ゲージ位置1a~3aでジャカード機構を作用させる「T」状態にしても,同様の編成組織が構成される。実線で表示された編成糸と,点線で表示された編成糸とが,入れ替わった組織になる。
以下に説明する各編成組織においても,Jb1とJb2との各ゲージ位置1a~3a,1b~3bにおける作用・非作用の状態を逆にすれば,上記と同様にして,実線で表示された編成糸と,点線で表示された編成糸とが,入れ替わった対称構造の編成組織が編成できる。説明が重複するので以下では説明を省略する。」(段落【0032】)
「図4(c)は,図4(b)の状態からさらに変化させた組織である。コース2Cは,図4(b)と同様に,Jb1の1a~3aがH状態,Jb2の1b~3bがT状態である。コース1Cでは,Jb1の1a,3aをH状態,2aだけをT状態にする。それに対応させて,Jb2の1b,3bをT状態,2bをH状態にする。2a,2bの部分で編成糸が交差する部分が生じている。
図4(d)も,図4(b)の状態からさらに変化させた組織である。コース2Cで,Jb1の1a,3aはH状態,2aはT状態にする。Jb2の1b,3bはT状態,2bはH状態である。コース1Cも,コース2Cと同じ作用・非作用状態に設定する。図4(b)と類似する編成組織であるが,実線の編成糸と点線の編成糸とが交互に3組配置されている図4(b)に対して,図4(d)では,中央の組で,実線の編成糸と点線の編成糸とが入れ替わっている。図4(d)の編成組織を応用すれば,右側の組あるいは左側の組で,実線の編成糸と点線の編成糸とを入れ替えることもできる。」(段落【0033】)
「実線の編成糸と点線の編成糸とは異なる糸であっても同じ糸であっても良いが,同じ糸を使っていれば,図4(b)と図4(d)とで実質的な違いはない。しかし,コース1Cの前のコース,あるいは,コース2Cの次のコースとの関係によって編成組織が変化する。例えば,図4(d)の編成組織の前のコースに,図4(b)の編成組織を組み合わせるか,図4(c)の編成組織を組み合わせるかで,全体の編成組織に違いが生じる。
図4(c)(d)のように,コース1Cにおける各ゲージ位置1a~3a,1b~3bの作用・非作用の状態は同じであっても,その次のコース2C,さらにその次のコースにおける状態が違うと,編成される編成組織の態様が違ってくることが判る。」(段落【0034】)
「以上に説明した様々な変化の態様を,コース毎に任意に組み合わせることで,より複雑で変化に富んだ編成組織を構成することができる。」(段落【0035】)
(サ) 「【実施例】
本発明にかかるジャカード経編地として,下記実施例1,実施例2にかかるジャカード経編地を製造した。実施例2のジャカード経編地についてはその性能の評価も行った。
編成装置としては,カールマイヤー社製のRSJ4/1を用いた。
〔実施例1〕
実施例1にかかるジャカード経編地は,ジャカード編成組織が,同一ウェール上に編成された抜き糸部と,前記抜き糸部の左右に配置される耳部を有し,前記抜き糸部の両側にて分割可能な経編地である。
<糸使いと編成組織>
図5に示すジャカード編成組織を,下記の糸使いで編成した。図5中,変化組織Xは抜き糸部,変化組織Yは耳部,変化組織Zはその他の領域の編成組織を構成している。」(段落【0036】)
「Jb1 (変化組織X):Nylon56/2dt-ブライト糸(東レ社製)
Jb1,Jb2(変化組織Y):WoolyNylon22dt-ブライト糸(東レ社製)
Jb1,Jb2(変化組織Z):Nylon44dt-セミダル糸(東レ社製)
なお,パターンホイールなどで設定される基本動作を示す,2枚のジャカード筬Jb1,Jb2に対応する図については,図2に示す基本動作と共通するため省略する。Jb1,Jb2は,1イン1アウトのハーフセットで糸通しした。
また,実施例1の編地は,通常の筬GB2,GB3,GB4で編成される弾性糸編成組織も有するが,図示を省略する。各弾性糸編成組織は,下記の糸使いで編成した。」(段落【0037】)
「GB2,GB3,GB4:Lycra310dt-クリヤー糸(オペロンテックス社製)
通常の筬GB2,GB3で編成される弾性糸は,変化組織Y(耳部)が形成される領域以外の領域に挿入され,編地にとって好ましい伸縮性を付与するための挿入組織である。GB2,GB3は,1イン1アウトのハーフセットで糸通しした。通常の筬GB4で編成される弾性糸は,変化組織Y(耳部)が形成される領域に挿入され,編地に伸縮性を付与し,変化組織Xからなる抜き糸を抜いた際に編地が両側へと分割するのを補助するためのものである。いずれの弾性糸編成組織も挿入組織であって,従来のジャカード経編地に必須であった,支持組織を構成するものではない。」(段落【0038】)
「各編成組織は,具体的には,以下の繰り返し単位からなる。
(基本動作)
Jb1:10/12//
Jb2:12/10//
GB2:00/11//
GB3:11/00//
GB4:11/22/00/22/11/33//
(変化組織X:抜き糸部)
Jb1:10/01//
(変化組織Y:耳部)
Jb1:10/12/21/23/21/12//
Jb2(図5において抜き糸左側):23/21/12/21/12/21//
Jb2(図5において抜き糸右側):12/21/12/10/12/21//
(変化組織Z)
Jb1:10/12/21/23/21/12//
Jb2:23/21/12/10/12/21//
〔実施例2〕
実施例2にかかるジャカード経編地は,ジャカード編成組織を部分的に変化させることにより,緊迫力の異なる複数の領域を有するものである。」(段落【0039】)
「<糸使いと編成組織>
図6に示すジャカード編成組織を,下記の糸使いで編成した。
Jb1,Jb2:Nylon44dt-ブライト糸(東レ社製)
パターンホイールなどで設定される2枚のジャカード筬Jb1,Jb2の基本動作を示す図については,実施例1と同様,図示を省略する。Jb1,Jb2は,1イン1アウトのハーフセットで糸通しした。
また,実施例2の編地は,通常の筬GB2,GB3で編成される弾性糸編成組織も有するが,図示を省略する。各弾性糸編成組織は,下記の糸使いで編成した。GB2,GB3は,1イン1アウトのハーフセットで糸通しした。」(段落【0040】)
「GB2,GB3:Lycra310dt-クリヤー糸(オペロンテックス社製)
これらの弾性糸編成組織も,実施例1と同様,編地に好ましい伸縮性を付与するための挿入組織であり,従来のジャカード経編地に必須であった,支持組織を構成するものではない。
各編成組織は,具体的には,以下の繰り返し単位からなる。低緊迫領域の編組織は図6(a),高緊迫領域の編組織は図6(b)に対応する。
(基本動作)
Jb1:10/12//
Jb2:12/10//
GB2:00/11//
GB3:11/00//
(低緊迫領域の編組織)
Jb1:10/12/21/23/21/12//
Jb2:23/21/12/10/12/21//
(高緊迫領域の編組織)
Jb1:10/23//
Jb2:23/10//
<性能評価>
上記実施例2にかかるジャカード経編地について性能を評価した。なお,編地全体としては,図1におけるジャカード柄部Pで示す領域にジャカード柄に代えて高緊迫領域を配置し,それ以外の領域に低緊迫領域を配置させるようにした。」(段落【0041】)
(シ) 「【産業上の利用可能性】
本発明のジャカード経編地は,例えば,ファンデーションやインナーウェア,スポーツウェア,アウターウェアやカーテンなどの,薄く軽いことと多彩な柄組織を必要としたり,部分的に特性や機能に変化を付けたりすることが望ましいとされる各種衣料や資材の製造に有用である。」(段落【0049】)
ウ 前記ア及びイの記載を総合すれば,本件明細書(甲9)には,次の点が開示されていることが認められる。
(ア) ジャカード筬は,筬を全体として一体的に運動させる「通常の筬」ないし「地筬」と同様の作動機構に加えて,個々のゲージ位置毎に別々に,編成位置を一定方向に変位させるか変位させないかを任意に選択して作動制御するジャカード機構を備えているため,ジャカード筬を備えたジャカード編成装置を用いて編成されるジャカード経編地では,複雑で多彩な柄組織を編成したり,部分的に特性や機能に変化を付けることが可能である。
一方で,経編地は,基本的に全ての編目位置にループが形成されていなければ,機能や特性が安定した編地にはならないが,ジャカード経編地では,コース毎に編目の位置を任意に変更する編成組織を含み,その編目位置によっては,ループが存在しない個所が生じてしまうことになるため,従来のジャカード経編地では,ジャカード筬で編成されるジャカード編成組織とは別に,ジャカード機構を備えない通常の地筬で編成されてなる全ての編目位置にループが存在する「支持組織」との2種類の編成組織を組み合わせていたが,2種類の編成組織を組み合わせるためには,各筬に別の編成糸を供給する作業が必要であり,編成作業に手間と時間を要することになり,また,2種類の編成組織が表裏で2重に重なることになるので,ジャカード経編地は生地が分厚くなり,重い生地になり易いという問題があった。
(イ) 「本発明」は,従来のジャカード経編地における上記の問題点を解消し,編成作業を容易で能率的に行うことができ,得られたジャカード経編地が薄くて軽量になり,しかも,ジャカード経編地が有する多彩な柄組織,特性や機能の変化を良好に発揮させることを課題とし,その課題を解決するための手段として,一定の繰り返し単位を有する基本組織と基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織が,2つのハーフセット編みからなり,一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように互いに関連させて制御を行うことにより,2つのハーフセット編みが対になって編成され,地筬によって全ての編目位置にループが存在するように編成された支持組織を必要とすることなく,変化組織を含むジャカード編成組織の全ての編目位置においてジャカード筬によるループが配置されてなるジャカード経編地の構成を採用した。
(ウ) 「本発明」は,上記構成を採用することにより,従来のジャカード経編地のようにジャカード経編地に地筬によって編成された上記支持組織を組み合わせる必要がなく,ジャカード筬によって編成されるジャカード編成組織のみで経編地を構成することができるため,上記支持組織のための地筬を削減し,編成作業の能率化を図ると同時に,使用する編成糸も少なくて済み,編成される経編地の厚さを薄く軽量化することが可能になり,その結果,インナーウェアなどのファッション性の高い衣料品の製造において,生産性の改善及び品質性能の向上,商品価値の増大に,大きく貢献することができるという効果を奏する。
(2) 本件審判で審理された甲1について
ア 本件審決は,前記第2の3(1)のとおり,「甲1」として,「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」を引用している。本件審決を全体としてみても,甲1につき,特に「写し」であるとの記載がないことからすると,本件審判においては,「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」の「原本」が証拠として審理の対象となったものと認められる。
そして,「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」の「原本」(乙1の1)及びその訳文(乙1の2)と弁論の全趣旨によれば,「Kettenwirk Praxis 04/2003」は,ドイツ法人のカール・マイヤー社が平成15年4月に発行した雑誌(英語版)であり,本文60頁で構成され,その42頁から59頁までの各頁には,カール・マイヤー社のパターンナンバー(「KARL-MAYER PATTERN №」)で特定された各編地についての説明文と両面テープで添付された編地見本の現物が掲載されていること,甲1は,「KARL-MAYER PATTERN № 62/2003」とのパターンナンバーが付された編地についての説明文及び編地見本の現物が掲載された上記雑誌の51頁部分であることが認められる。
また,証拠(乙14,15)及び弁論の全趣旨によれば,甲1を含む「Kettenwirk Praxis 04/2003」は,平成16年2月9日に特許庁工業所有権総合情報館資料部及び国立国会図書館に各1冊受け入れられたことが認められ,上記雑誌は,本件出願日(平成20年4月16日)の前に公衆の閲覧の用に供されたものと認められる。
イ 原告は,これに対し,被告作成の平成24年7月12日付け審判請求書(甲22)の19頁の「8.証拠方法」の項における「甲第1号証の1
Kettenwirk Praxis 04/2003号 表紙,第51頁,裏表紙の各写」との記載や,同6頁の「[1]の甲第1号証」の項における「甲第1号証(Kettenwirk-Praxis 04/2003号)は,カールマイヤー社が発行する「Kettenwirk-Praxis」(経編の実務)の2003年04号の写しである。」との記載などによれば,本件審判において審理の対象とされた甲1は,「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」の「写し」であり,その写しには編地見本のコピー(写真)が記載されているにすぎないから,編地見本の現物は本件審判の審理の対象とされていない旨主張する。
しかしながら,①前記アのとおり,本件審決を全体としてみても,甲1につき,特に「写し」であるとの記載がないこと,②平成24年7月12日付け審判請求書(甲22)の「8.証拠方法」の項(19頁)には,「甲第1号証の1 Kettenwirk Praxis 04/2003号 表紙,第51頁,裏表紙の各写」,「甲第2号証の1 Kettenwirk Praxis 04/2002号 表紙,第50頁,裏表紙の各写」との記載がある一方で,「追って,甲第1号証の1及び甲第2号証の1の原本については,必要であれば,口頭審理の際に持参致します。」との記載があること,③被告作成の特許庁審判長あての平成24年10月31日付け上申書(乙3)には,「平成24年7月12日付け審判請求書において,甲第1号証の1として提出の「Kettenwirk Praxis 04/2003号」の第51頁に添付されている経編地,及び甲第2号証の1として提出の「Kettenwirk Praxis 04/2002号」の第50頁に添付されている経編地については,それぞれ実際の経編地が貼り付けられている頁をそのままコピーして作成したものであり,実際の組織構成が不明確であると思われるので,ここに,甲第1号証の1の「Kettenwirk Praxis 04/2003号」及び甲第2号証の1の「Kettenwirk Praxis 04/2002号」の原本を,それぞれ参考資料1及び参考資料2として提出する。」(1頁末行~2頁7行),「6.添付書類の目録」の項に「(2)参考資料1 甲第1号証の1の原本 (Kettenwirk Praxis 04/2003号) 正本1通及び副本2通)」,「(3)参考資料2 甲第2号証の1の原本 (Kettenwirk Praxis 04/2002号)正本1通及び副本2通)」(4頁)との記載があること,④被告作成の平成25年2月7日付け口頭審理陳述要領書(乙6)に,「このことは,上申書により提出した甲第1号証の第51頁に添付の経編地を観察すれば,上申書で説明しているとおり,それぞれがハーフセット編みとなる分割ジャカードバーJTB1.1及びJTB1.2により,…一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない網目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていること(C構成),前記変化組織を含むジャカード編成組織の全てが網目位置においてループが配置されてなること(D構成)からも明らかである。」(5頁3行~14行),「また,甲第2号証の経編地は,上申書において説明したとおり,…ジャカード編成組織が他の支持組織を不要にするもの,つまりは支持組織を兼ねる編成組織であることは明らかである。」(6頁4行~9行),「すなわち,甲第1号証の原本に添付されているジャカード経編地は,本件特許発明1の構成に相当し,また甲第2号証に添付のジャカード経編地は,本件特許発明1の構成に,さらには本件特許発明2の構成にも相当するものである。従って,本件特許発明1及び本件特許発明2は,甲第1号証又は甲第2号証に添付の経編地の構成をそのまま文章で表現しているだけに過ぎないということもできる。」(6頁10行~15行)との記載があることを総合すると,被告は,平成24年7月12日付け審判請求書に,証拠方法として「甲第1号証の1 Kettenwirk Praxis 04/2003号 表紙,第51頁,裏表紙の各写」と記載したが,一方で,同審判請求書に「追って,甲第1号証の1及び甲第2号証の1の原本については,必要であれば,口頭審理の際に持参致します。」との記載があるように,「Kettenwirk Praxis 04/2003号 第51頁」の「原本」を証拠とする趣旨で本件審判の請求を行ったものであり,その後,同年10月31日付け上申書添付の「参考資料1」として「Kettenwirk Praxis 04/2003号」の原本を特許庁に提出し,さらには,本件審判の口頭審理において,「KettenwirkPraxis 04/2003号」の原本に基づいて甲1の記載事項に関する陳述を行ったことが認められる。
上記認定事実によれば,本件審判において審理の対象とされた甲1は,「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」の「原本」であるというべきである。
また,平成24年7月12日付け審判請求書に添付された「KettenwirkPraxis 04/2003号 第51頁」の「写し」は,被告が「Kettenwirk Praxis 04/2003号」の原本を複写して作成したものであって,その作成時期は本件出願後であり,しかも,上記写しそれ自体が頒布された事実をうかがわせる証拠はなく,上記写しそれ自体は「本件出願前に頒布された」刊行物に当たらないことは明らかである。この点に照らしても,被告は,「Kettenwirk Praxis 04/2003号 第51頁」の「原本」を証拠とする趣旨で本件審判の請求を行い,その原本が本件審判において審理の対象とされたものとみるのが合理的である。なお,特許法施行規則50条1項は,審判の請求書に関し特許庁に提出する書面には,必要な証拠方法を記載し,証拠物件があるときは,添付しなければならない旨規定し,同条2項は,前項の証拠物件が文書であるときはその写しを提出しなければならない旨規定しており,被告が,雑誌「Kettenwirk Praxis 04/2003」の51頁部分である甲1を「文書」の「証拠物件」とする趣旨で,その写しを上記審判請求書に添付することは,同条1項及び2項の規定に反するものではない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) 甲1に添付された編地見本の現物部分の刊行物該当性について
特許法29条1項3号の「刊行物」とは,「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」(最高裁昭和55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁参照)をいうものと解される。
原告は,①甲1に貼り付けられた編地見本の現物は,それ自体が他の編地見本とは別個独立に製造されたオリジナル(原型)であって,複製物ではないから,「複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当しない,②甲1に貼り付けられた編地見本それ自体の形状等を分析して得られる情報は,文書,図面,写真などに文字,図形,画像などとして示された情報と比べると,情報の明確性,正確性,情報伝搬力などの点からみて,性質及び内容が大きく異なるから,「文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当しない,③編地見本は,甲1に係る刊行物の複製作業とは別にジャカード編機によって編成され,所定の大きさに裁断された後,両面テープという簡易な手段で紙に貼り付けられているだけにすぎず,甲1に貼り付けられた編地見本と甲1記載の説明文とは,製造過程においても,物理的にも,一体性が希薄であるとして,甲1に貼り付けられた編地見本の現物と甲1記載の説明文とを一体のものとして「文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当するということはできないから,甲1に貼り付けられた編地見本の現物部分は,特許法29条1項3号の「刊行物」に該当しない旨主張するので,以下において判断する。
ア 「Kettenwirk Praxis 04/2003号,第51頁」の「原本」(乙1の1)及びその訳文(乙1の2)と弁論の全趣旨によれば,甲1に貼り付けられた編地見本の現物は,「KARL-MAYER PATTERN № 62/2003」とのパターンナンバーが付された編地の見本であり,そのパターンナンバーで特定される編成組織を有する編地が作成された後,所定の大きさに裁断され,その裁断された編地部分の一つが,甲1と同じ印刷物である「Kettenwirk Praxis 04/2003」の51頁に両面テープで貼り付けられたものであること,裁断され,貼り付けられた各編地部分は,それぞれが物理的には別体ではあるが,いずれもがパターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN № 62/2003」で特定される編成組織の特徴を備えていることが認められる。
上記認定事実によれば,裁断された上記各編地部分は,それぞれがパターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN № 62/2003」で特定される編成組織を有する編地の複製物であるものと認められる。
そして,編地見本の現物について,その編成組織を視認し,あるいはルーペや分解鏡を用いて編成組織を拡大して観察し,その視認又は観察した情報から編成組織を分析して編地の編成方法を確認することは,経編地を取り扱う業者において普通に行われていることであることに鑑みると,当業者は,裁断された上記各編地部分の一つである甲1に貼り付けられた編地見本の現物からパターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN № 62/2003」で特定される編地の情報を把握することができるものと認められるから,裁断された上記各編地部分は,「情報伝達媒体」に当たるものと認められる。
そうすると,裁断された上記各編地部分の一つである甲1に貼り付けられた編地見本の現物は,「複製」された「文書,図画に類する情報伝達媒体」に該当するものといえる。
加えて,前記(2)アの認定事実及び弁論の全趣旨によれば,「KettenwirkPraxis 04/2003」は,相当数の複製物が作成された雑誌であり,本件出願前に,特許庁工業所有権総合情報館資料部及び国立国会図書館に各1冊受け入れられ,公衆の閲覧の用に供されたものと認められるから,「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された」ものといえることからすると,「Kettenwirk Praxis 04/2003」の51頁部分である甲1は,説明文及び甲1に貼り付けられた編地見本の現物が一体として,「複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に当たるものと認められる。
したがって,甲1は,編地見本の現物部分も含めて,特許法29条1項3号の「刊行物」に該当するというべきである。
イ 原告は,これに対し,甲1に貼り付けられた編地見本の現物は,それ自体が他の編地見本とは別個独立に製造されたオリジナル(原型)であって複製物ではなく,また,編地見本は,甲1に係る刊行物の複製作業とは別にジャカード編機によって編成され,所定の大きさに裁断された後,両面テープという簡易な手段で紙に貼り付けられているだけにすぎず,甲1に貼り付けられた編地見本と甲1記載の説明文とは,製造過程においても,物理的にも,一体性が希薄である旨主張する。
しかしながら,前記ア認定のとおり,甲1に貼り付けられた編地見本の現物は,パターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN № 62/2003」で特定される編地が作成された後,所定の大きさに裁断されたその編地部分の一つが,印刷物である「Kettenwirk Praxis 04/2003」の51頁に両面テープで貼り付けられたものであり,上記所定の大きさに裁断された各編地部分は,それぞれが物理的には別体ではあるが,いずれもがパターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN № 62/2003」で特定される編成組織を備えているものと認められるから,甲1に貼り付けられた編地見本の現物は,上記編成組織を有する編地の複製物である。
また,甲1の原本(乙1の1)の形状等に照らすと,甲1における説明文部分と編地見本の現物部分の一体性が希薄であるということはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
ウ また,原告は,甲1に貼り付けられた編地見本それ自体の形状等を分析して得られる情報は,文書,図面,写真などに文字,図形,画像などとして示された情報と比べると,情報の明確性,正確性,情報伝搬力などの点からみて,性質及び内容が大きく異なるから,「文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に該当しない旨主張する。
しかしながら,前記アのとおり,編地見本の現物について,その編成組織を視認し,あるいはルーペや分解鏡を用いて編成組織を拡大して観察し,その視認又は観察した情報から編成組織を分析して編地の編成方法を確認することは,経編地を取り扱う業者において普通に行われていることであり,当業者は,甲1に貼り付けられた編地見本の現物から編地の情報を把握することができるものと認められるから,甲1に貼り付けられた編地見本は,「文書,図画に類する情報伝達媒体」であるといえる。
また,編地見本の現物から把握される編地の情報を把握する方法において文書とは異なる点があるとしても,そのことが,編地見本の現物から把握される編地の情報の明確性,正確性及び情報伝搬力を否定する事由になるものとはいえない。
したがって,原告の上記主張,採用することができない。
エ 以上によれば,甲1は,編地見本の現物部分も含めて,特許法29条1項3号の「刊行物」に該当するというべきであるから,甲1の編地見本の現物部分は同号の「刊行物」に該当しないとの原告の主張は,理由がない。
(4) 甲1の記載事項について
「甲1」の原本(乙1の1。原文英語・訳文乙1の2)には,次のような記載がある。
また,甲1の「PATTERN」欄には,別紙1記載の編地見本の現物が両面テープで貼り付けられている。
ア 「(純粋主義的(伝統にこだわる)ハ二カム構造
カールマイヤーパターンNo.62/2003
ラッピング配置No.S-2004108 デザインNo. J 8286
4本のグランドガイドバー及び1本のジャカードバーを用いたRascheltronicⓇより。」
イ 「この透明で,極端に軽くて純粋主義的なハニカム構造は,肌,シルエット,女性的な魅力という最も重要な様相を強調します。斜めに走る高密度の交差部は,この洗練されたランジェリーのシンプルさに,刺激をもたらします。この製品の特別なラッピングは最も重要です。このラッピングは,複数の分割ジャカードバーが逆方向にラッピングするだけで,グランドガイドバーを追加することなく生成します。そのため,材料の大幅な節約を確実に実現します。」
ウ 「サンプル(仕上がり生地)
打ち込み :50 M/cm(セット:35.3 M/cm)
重量 :31 g/m2
仕上がり生地 :116%巾
仕上げ加工 :リラックス,洗浄,セッティング,染色,乾燥,テンターニング
機械
タイプ :RSJ 5/1ラッシェルトロニックⓇ
ゲージ :E28(ニードル/25.4mm =1")
編幅 :130"(330cm)
筬枚数 :5 (1枚使用)
パターンホイール数 :2
機械スピード :1100[min-1]
生産(仕上がり生地) :13.2 m/h 」
エ 「糸 比率 ランナー(Run-in per rack)
JTB1.1 dtex 44 f 34 ナイロン 48% 685mm/rack
6.6,プレーン,ブライト,
ラウンド
JTB1.2 dtex 44 f 34 ナイロン 52% 745mm/rack
6.6,プレーン,ブライト,
ラウンド 」
オ 「組織(Lapping) 糸入れ(Threading)
JTB1.1 1-0/1-2// 総詰(fully set)
JTB1.2 1-2/1-0// 総詰(fully set)」
カ 「PATTERN…」(別紙1参照)」
(5) 甲1に記載された発明と本件発明1の同一性について原告は,①本件審決は,相違点aに係る本件発明1の構成のうち,「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織」の部分を甲1発明が備えていることについて実質的な評価,判断をしていないから,相違点aは実質的な相違とは認められないとした本件審決には,理由不備の違法がある,②本件審決は,甲6の記載事項等から,全ての編目位置においてループを形成する必要があることは本件出願時の技術常識であると認定したが,上記認定は,甲6の具体的記載を離れて,その技術内容を不当に抽象化,一般化ないし上位概念化するものであり,許されない,③当業者は,全ての編目位置においてループを形成する必要性を認識したとしても,甲1の記載事項及び本件出願時の技術常識から,甲1の編地において全ての編目位置でループを形成するための具体的な手段を把握することはできないから,甲1において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえないなどとして,相違点aは本件発明1と甲1発明の実質的な相違とは認められず,本件発明1と甲1発明には実質的な相違はないとした本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
ア 甲1における一致点の構成の記載の有無について
(ア) 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,本件発明1の「一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織」にいう「基本組織」及び「変化組織」の用語の意義を規定する記載は存在しないが,本件明細書(甲9)の段落【0012】に「ジャカード編成組織は,柄を構成しない無地部分であって機能や特性が一定である基本組織と,柄を構成したり機能や特性が基本組織とは異なっていたりする変化組織を含む。」との記載があることを参酌すると,本件発明1の「基本組織」は,ジャカード編成組織において,一定の繰り返し単位を有し,柄を構成しない無地部分であって機能や特性が一定である編成組織部分をいい,本件発明1の「変化組織」は,ジャカード編成組織において,基本組織から変化させてなり,柄を構成したり機能や特性が基本組織とは異なる編成組織部分をいうものと解される。
一方で,本件明細書には,「ジャカード編成装置の構造上の特徴は,ジャカード筬を備えていることにある。通常の筬は,基本的に1枚の筬が全てのゲージ位置で同じ動きで編成動作を行なうのに対して,ジャカード筬は,通常の筬と同じ基本動作に加えて,個々のゲージ位置毎に異なる編成動作を行なわせることができる。」(段落【0002】),「ジャカード筬の基本構造は,1枚のジャカード筬を全体として一体的に運動させる,通常の筬と同様の作動機構に加えて,1枚のジャカード筬において個々のゲージ位置毎に別々に,編成位置を一定方向に変位させるか変位させないかを,任意に選択して作動制御する機構をも備えている。ジャカード筬に特有のこのような作動機構をジャカード機構と呼ぶ。」(段落【0007】),「〔変化動作の態様〕 図4は,ジャカード編成組織を編成するための基本動作からの変化態様を,模式的に具体例で示している。図4(a)は基本動作である。…この基本動作のままでは経編地は編成できない。」(段落【0030】),「図4(b)は,基本動作に変化を加えて編成される組織である。この編成組織では,コース2C,コース1Cの何れでも,ジャカード筬Jb2の各ゲージ位置1b~3bでジャカード機構を作用させる「T」状態(矢印で示す)にする。」(段落【0031】)との記載があることを総合すると,本件明細書においては,ジャカード編成装置における「基本動作」は,ジャカード筬がジャカード機構を作動させないで,通常の筬と同様に全てのゲージ位置で同じ動きを行う編成動作をいい,この「基本動作」は,ジャカード筬がジャカード機構を作動させて行う基本動作からの変化態様である「変化動作」と区別して用いられているといえる。
そうすると,本件発明1の「基本組織」は,本件明細書にいう「基本動作」によって編成される編成組織と必ずしも対応関係にあるものではなく(このことは,上記段落【0030】に「この基本動作のままでは経編地は編成できない。」との記載があることからも明らかである。),「基本動作」及び「変化動作」によって編成される編成組織をも含み,同様に,本件発明1の「変化組織」は,基本組織から変化させてなるものであれば,「基本動作」及び「変化動作」によって編成される編成組織をも含むものといえる。
次に,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載,本件明細書の段落【0003】,【0015】の記載及び前記(1)ウ認定の本件明細書の開示事項によれば,本件発明1の「ジャカード経編地」が「支持組織が不要な経編地であって,前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからな」るとの構成は,一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含む「ジャカード編成組織」が,1イン1アウトのハーフセットで糸通しされた2枚のジャカード筬によって編成される「ハーフセット編み」からなり,ジャカード機構を備えない通常の地筬で編成されてなる全ての編目位置にループが存在する「支持組織」を含まない「経編地」の構成を意味するものと解される。
(イ) 前記(4)アないしカの甲1の記載事項によれば,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,4本のグランドガイドバーと1本のジャカードバー(「JTB1.1」及び「JTB1.2」の2枚の分割ジャカードバーで構成されたもの)を備えた「RSJ 5/1 ラッシェルトロニック」との名称の編機によって,「グランドガイドバーを追加することなく」(上記グランドガイドバーを使用せずに),2枚の分割ジャカードバー(筬枚数としては「1枚」)のみを使用して生成した「ハーフセット編み」からなるジャカード編成組織で構成されるジャカード経編地であり,そのジャカード編成組織は「ハニカム構造」を備えていることが認められる。
そして,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,グランドガイドバー(地筬)を使用せずに,2枚の分割ジャカードバー(ジャカード筬)のみを使用して生成した「ハーフセット編み」からなるジャカード経編地であるから,ジャカード機構を備えない通常の地筬で編成されてなる全ての編目位置にループが存在する「支持組織」が「不要な経編地」であるといえる。
また,「ハニカム構造」とは,一般に,「蜜蜂の巣」を意味し,2枚の板状外皮の間に蜂の巣状の芯材を挟んだ構造で,正六角形又は正六角柱を隙間なく並べた構造」をいうが(乙21,22),甲1に添付された編地見本の現物(乙1の1。別紙1参照)をみると,多数の六角形の格子状の編成組織が隙間なく並べられ,その一部には複数の高密度の部分が存在し,柄を形成していることを確認することができるから,「ハニカム構造」を有しているものといえる。
そして,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地が上記のような「ハニカム構造」を編成するには,「一定の繰り返し単位を有する基本組織」と「その基本組織から変化させてなる変化組織」が必要なことは,自明である。
以上によれば,甲1には,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地が,「一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織を備えるが,支持組織が不要な経編地であって,前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからなる,ジャカード経編地。」の構成(本件審決認定の一致点に係る構成)を備えていることが記載されているものと認められる。
イ 甲1における相違点aの構成の記載の有無について
(ア) 本件明細書には,本件発明1の「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されてなる」との構成(相違点aの構成)に関し,「本願発明においても,上記従来の方法のような基本動作を設定しても良いが,例えば,それぞれのジャカード筬に1イン1アウトのハーフセットで糸通しされた2枚のジャカード筬を用いる場合に,2枚のジャカード筬によるループ同士が,同じ編目位置(ゲージ位置)に配置される基本動作を採用しても良い。ただし,この基本動作を採用する場合,2枚のジャカード筬の基本動作をそのまま用いて本発明の条件を満たす基本組織を編成することはできない(全ての編目位置でループを配置することができない)ので,基本組織と変化組織のいずれにおいても,すなわち,編地全体について,各ゲージ位置で少なくともいずれかのジャカード筬を変位させて,全ての編目位置でループを配置するよう関連制御を行なうようにする。」(段落【0015】),「2枚のジャカード筬Jb1,Jb2のうち,一方のジャカード筬Jb1に編成糸10が糸通しされる。他方のジャカード筬Jb2に編成糸20が糸通しされる。それぞれの基本動作は,図2(a)に示され,以下の繰り返し単位を有する。
Jb1:10/12//
Jb2:12/10//
ジャカード筬Jb1とジャカード筬Jb2とで,左右対称の基本動作になっている。何れのジャカード筬Jb1,Jb2でも,図2(a)に矢印で示すように,個々のコース毎に,編目位置を変位させるか変位させないかを,全ての編目位置において,何れか一方のジャカード筬がループを形成するように互いに関連させるという条件の下で,任意に設定することができる。」(段落【0027】),「図2(b)に示すように,Jb1とJb2とが,1ゲージずれており,互いにループが重なる部分があるため,この基本動作だけで経編地を編成することはできない。
従って,前記図1において,ジャカード柄組織を形成しない地の部分(基本組織),ジャカード柄組織の部分(変化組織),のいずれについても,少なくともいずれかのジャカード筬の基本動作にジャカード機構による変位制御を加えることで,所定の変化を与えたものとなっている。」,「図3は,ジャカード編成組織を構成する編成糸10,20における基本動作に変化を与えて編成された組織の具体例を示している。図3(a)に示す編成糸10-1と編成糸20-1との組み合わせ,図3(b)に示す編成糸10-2と編成糸20-2との組み合わせはそれぞれ,図1に示すジャカード柄組織を構成している編成組織から,対になる1組のジャカード筬Jb1,Jb2で編成される編成組織を取り出したものである。」(以上,段落【0028】)との記載がある。
上記記載及び別紙明細書図面の図1ないし図3によれば,本件明細書には,相違点aに係る本件発明1の構成の一例として,1イン1アウトのハーフセットで糸通しされた2枚のジャカード筬「Jb1」及び「Jb2」が,それぞれ「Jb1:10/12//」,「Jb2:12/10//」の左右対称の基本動作を行うが,「Jb1」及び「Jb2」が1ゲージずれており,互いにループが重なる部分があるため,この基本動作だけで経編地を編成することはできないため(図2(a),(b)),ジャカード柄組織を形成しない地の部分(基本組織),ジャカード柄組織の部分(変化組織)のいずれについても,少なくともいずれか一方のジャカード筬の基本動作にジャカード機構による変位制御を加えることで,所定の変化を与えた構成(図3(a),(b))が示されている。
(イ) ところで,経編は編目となるループの連続であって,各編目位置で順次形成されるループを経方向に連続させることでループを保持するという経編の編成原理(甲13の「たて編」の項(88頁),甲14の「4.1 一般のラッシェル機の編成機構とその基本的組織」の項(49頁~53頁)参照)によれば,「安定した経編地を編成するには,全ての編目位置においてループを形成する必要があること」は,本件出願時の技術常識であったものと認められる。
前記(4)イの甲1の記載事項によれば,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,女性の「ランジェリー」用のジャガード経編地であることが認められるから,その経編地は,「安定した経編地」であることを前提とするものといえる。また,甲1に添付された編地見本の現物によれば,その編地は,目抜けの存在しない「安定した経編地」であることを確認できる。
そうすると,甲1の上記記載事項及び上記技術常識によれば,甲1には,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地が,全ての編目位置においてループが形成された安定した経編地であることが開示されているものと認められる。
そして,前記ア(イ)認定のとおり,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,グランドガイドバー(地筬)を使用せずに,2枚の分割ジャカードバー「JTB1.1」及び「JTB1.2」のみを使用して生成した「ハーフセット編み」からなるジャカード編成組織で構成されるジャカード経編地であって,地筬で編成されてなる全ての編目位置にループが存在する「支持組織」が存在しないから,甲1に接した当業者は,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,分割ジャカードバー「JTB1.1」又は「JTB1.2」のいずれかの編成動作によって,全ての編目位置においてループが形成されていることを理解するものといえる。
また,前記(4)イ及びオの甲1の記載事項によれば,分割ジャカードバー「JTB1.1」及び「JTB1.2」は,それぞれ「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.2 1-2/1-0//」の左右対称の基本動作を行うが,それらの基本動作のみによって甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地の「ハニカム構造」を編成することができないことは自明であるから,甲1に接した当業者は,分割ジャカードバー「JTB1.1」又は「JTB1.2」のいずれか一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように,2つのハーフセット編みが編成されていることにより,ジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されていることを理解するものといえる。このことは,被告が甲1に添付された編地見本の現物の「ハニカム構造」の編地の一部を拡大鏡(Nikon製の実体顕微鏡SMZ)を用いて拡大して観察・分析して作成したものと認められる別紙組織図(1)(乙9)において,「JTB1.1」及び「JTB1.2」のいずれの編成動作においても上記基本動作からの変位のある個所がみられることからも裏付けることができる。
以上によれば,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されてなる」構成(相違点aに係る本件発明1の構成)を備えているものと認められる。
したがって,相違点aは,本件発明1と甲1に記載された発明(甲1発明)の実質的な相違とは認められず,甲1発明は本件発明1に含まれるものと認められる。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は,本件審決は,相違点aに係る本件発明1の構成のうち,「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織」の部分を甲1発明が備えていることについて実質的な評価,判断をしていないから,相違点aは実質的な相違とは認められないとした本件審決には,理由不備の違法がある旨主張する。
しかしながら,本件審決は,本件発明1と甲1発明は,「一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織を備えるが,支持組織が不要な経編地であって,前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからなる,ジャカード経編地。」である点で一致すると認定した上で,相違点aにおいて一応相違するものと認められるが,「安定した経編地を編成するには,全ての編目位置においてループを形成する必要があること」が技術常識であることを参酌すると,甲1発明は,相違点aの構成によって全ての編目位置でループを形成しているものと把握できると判断したものと理解できる。
したがって,本件審決が,相違点aに係る本件発明1の構成のうち,「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織」の部分を甲1発明が備えていることについて実質的な評価,判断をしていないものとはいえないから,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 原告は,本件審決は,甲6の記載事項等から,全ての編目位置においてループを形成する必要があることは本件出願時の技術常識であると認定したが,上記認定は,甲6の具体的記載を離れて,その技術内容を不当に抽象化,一般化ないし上位概念化するものであるから,許されない旨主張する。
しかしながら,「安定した経編地を編成するには,全ての編目位置においてループを形成する必要があること」は,経編は編目となるループの連続であって,各編目位置で順次形成されるループを経方向に連続させることでループを保持するという経編の編成原理から導出される本件出願時の技術常識であったことは,前記イ(イ)認定のとおりである。
また,本件審決は,「安定した経編地を編成するには,全ての編目位置においてループを形成する必要があること」が技術常識であったことの根拠として,甲6の段落【0007】の記載事項を引用している。上記段落【0007】の記載は,「〔支持組織〕…伸縮性経編地の地編組織であり,ジャカード編組織における変位あるいは組織変化によって,一部の編み目位置に,透孔あるいは目抜けと呼ばれる状態が生じても,全ての編み目でループを形成する支持組織が存在していれば,編地としては透孔や目抜けは生じない。」というものであり,「支持組織」と「ジャカード編組織」を組み合わせた編地に関するものであるが,上記記載から「透孔や目抜けは生じない」縦編地とするには,全ての編目でループを形成する必要があることを読み取ることができるから,本件審決が,甲6の具体的記載を離れて,その技術内容を不当に抽象化,一般化ないし上位概念化したということもできない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 原告は,甲1には,2本のジャカードバーの基本動作について,「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.2 1-2/1-0//」との記載があるが,その変位制御に関する具体的な記載は一切なく,どのような変位制御がされてジャカード編成組織が編成されたのかその具体的な手段を把握することはできないから,当業者は,全ての編目位置においてループを形成する必要性を認識したとしても,甲1の記載事項及び本件出願時の技術常識から,甲1の編地において全ての編目位置でループを形成するための具体的な手段を把握することはできず,甲1において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえない旨主張する。
しかしながら,前記イ(イ)認定のとおり,甲1の記載事項及び本件出願時の技術常識によれば,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,グランドガイドバー(地筬)を使用せずに,2枚の分割ジャカードバー「JTB1.1」及び「JTB1.2」のみを使用して生成した「ハーフセット編み」からなるジャカード編成組織で構成されるジャカード経編地であって,地筬で編成されてなる全ての編目位置にループが存在する「支持組織」が存在しないから,甲1に接した当業者は,甲1記載の「カールマイヤーパターンNo.62/2003」の編地は,分割ジャカードバー「JTB1.1」又は「JTB1.2」のいずれかの編成動作によって,全ての編目位置においてループが形成されていることを理解するものであり,また,2枚の分割ジャカードバーの「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.21-2/1-0//」の左右対称の基本動作のみによって甲1記載の「ハニカム構造」の編地を編成することができないことは自明であり,いずれか一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように,2つのハーフセット編みが編成されていることにより,ジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されていることを理解するものといえる。
したがって,甲1には,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものと認められるものであり,甲1において2本のジャカードバーの基本動作からの変位制御に関する具体的な記載がないことは上記認定を妨げるものではない。
また,前記(3)アのとおり,編地見本の現物について,その編成組織を視認し,あるいはルーペや分解鏡を用いて編成組織を拡大して観察し,その視認又は観察した情報から編成組織を分析して編地の編成方法を確認することは,経編地を取り扱う業者において普通に行われていることであるから,当業者は,甲1に貼り付けられた編地見本の現物から2本のジャカードバーの基本動作からの変位制御に関する具体的な情報を把握することができるものと認められる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
なお,原告は,上記主張に関連して,甲1によれば,JTB1.1とJTB1.2に導糸される編成糸は同種であるが,JTB1.1とJTB1.2の給糸量(ランナー値)が,それぞれ,685mm/rackと745mm/rackとして異なる値となっていることからすると,JTB1.1とJTB1.2が同じようなラッピング運動をする場合,特別な工夫をしない限り,給糸量の少ないJTB1.1の編成糸の張力の方がJTB1.2の編成糸の張力を上回ることとなるから,JTB1.1とJTB1.2の編成糸の張力のバランスが保てないはずであり,甲1の記載に基づいて当業者が編地を製造可能であるのか否かという点においてさえ疑問がある旨主張する。
しかしながら,JTB1.1とJTB1.2の編成糸のランナー値が異なるからといって直ちに張力のバランスが保てないということはできず,原告の上記主張は採用することはできない。
(6) 小括
以上によれば,本件発明1は甲1に記載された発明と同一であるとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1と甲2発明の同一性の判断の誤り)について
原告は,本件審決は,本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点は,本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点と同様なものであり,甲2発明の2本の分割ジャカードバーによる基本組織であるJTB1.1 1-0/1-2//,JTB1.2 1-2/1-0//は,本件明細書記載のジャカード編成組織の基本組織(基本動作)と一致していること,甲2発明のジャカード経編地は2本のジャカードバーのみが編地の外観を得るのに必要とされることなどから,本件発明1と甲1発明と同様に,本件発明1と甲2発明には実質的な相違はない旨判断したが,甲2には,ジャカード編成組織の全ての編目位置においてループを形成するための具体的な手段の記載はなく,甲1発明について述べたのと同様の理由により,甲2において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえないから,本件審決の上記判断は,誤りである旨主張するので,以下において判断する。
(1) 本件審判で審理された甲2について
ア 本件審決は,前記第2の3(1)のとおり,「甲2」として,Kettenwirk Praxis 04/2002号,第50頁」を引用している。本件審決を全体としてみても,甲2につき,特に「写し」であるとの記載がないことからすると,本件審判においては,「Kettenwirk Praxis 04/2002号,第50頁」の「原本」が証拠として審理の対象となったものと認められる。
そして,「Kettenwirk Praxis 04/2002号,第50頁」の「原本」(乙2の1)及びその訳文(乙2の2)と弁論の全趣旨によれば,「Kettenwirk Praxis 04/2002」は,ドイツ法人のカール・マイヤー社が平成14年4月に発行した雑誌(英語版)であり,本文64頁で構成され,その50頁から64頁までの各頁には,カール・マイヤー社のパターンナンバー(「KARL-MAYER PATTERN №」)で特定された各編地についての説明文と両面テープで添付された編地見本の現物が掲載されていること,甲2は,「KARL-MAYER PATTERN No.314/02」とのパターンナンバーが付された編地についての説明文及び編地見本の現物が掲載された上記雑誌の50頁部分であることが認められる。
また,証拠(乙16)及び弁論の全趣旨によれば,甲2を含む「Kettenwirk Praxis 04/2002」は,平成15年2月17日に国立国会図書館に1冊受け入れられたことが認められ,上記雑誌は,本件出願日(平成20年4月16日)の前に公衆の閲覧の用に供されたものと認められる。
イ 原告は,これに対し,本件審判において審理の対象とされた甲2は,「Kettenwirk Praxis 04/2002号,第50頁」の「写し」であり,その写しには編地見本のコピー(写真)が記載されているにすぎないから,編地見本の現物は本件審判の審理の対象とされていない旨主張する。
しかしながら,前記1(2)イで述べたように,被告は,平成24年7月12日付け審判請求書(甲22)に,証拠方法として「甲第2号証の1 Kettenwirk Praxis 04/2002号 表紙,第50頁,裏表紙の各写」と記載したが,一方で,同審判請求書に「追って,甲第1号証の1及び甲第2号証の1の原本については,必要であれば,口頭審理の際に持参致します。」との記載があるように,「Kettenwirk Praxis 04/2002号 第50頁」の「原本」を証拠とする趣旨で本件審判の請求を行ったものであり,その後,同年10月31日付け上申書(乙3)添付の「参考資料2」として「Kettenwirk Praxis 04/2002号」の原本を特許庁に提出し,さらには,本件審判の口頭審理において,「Kettenwirk Praxis 04/2002号」の原本に基づいて甲2の記載事項に関する陳述を行ったことが認められる。
上記認定事実によれば,本件審判において審理の対象とされた甲2は,「Kettenwirk Praxis 04/2002号,第50頁」の「原本」であるというべきである。
また,平成24年7月12日付け審判請求書に添付された「KettenwirkPraxis 04/2002号 第50頁」の「写し」は,被告が「Kettenwirk Praxis 04/2002号」の原本を複写して作成したものであって,その作成時期は本件出願後であり,しかも,上記写しそれ自体が頒布された事実をうかがわせる証拠はなく,上記写しそれ自体は「本件出願前に頒布された」刊行物に当たらないことは明らかである。この点に照らしても,被告は,「Kettenwirk Praxis 04/2002号 第50頁」の「原本」を証拠とする趣旨で本件審判の請求を行い,その原本が本件審判において審理の対象とされたものとみるのが合理的である。なお,特許法施行規則50条1項は,審判の請求書に関し特許庁に提出する書面には,必要な証拠方法を記載し,証拠物件があるときは,添付しなければならない旨規定し,同条2項は,前項の証拠物件が文書であるときはその写しを提出しなければならない旨規定しており,被告が,雑誌「Kettenwirk Praxis 04/2002」の50頁部分である甲2を「文書」の「証拠物件」とする趣旨で,その写しを上記審判請求書に添付することは,同条1項及び2項の規定に反するものではない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 甲2に添付された編地見本の現物部分の刊行物該当性について
原告は,甲2に貼り付けられた編地見本の現物部分は,特許法29条1項3号の「刊行物」に該当しない旨主張する。
そこで検討するに,「Kettenwirk Praxis 04/2002号,第50頁」の「原本」(乙2の1)及びその訳文(乙2の2)と弁論の全趣旨によれば,甲2に貼り付けられた編地見本の現物は,「KARL-MAYER PATTERN No.314/02」とのパターンナンバーが付された編地の見本であり,そのパターンナンバーで特定される編成組織を有する編地が作成された後,所定の大きさに裁断され,その裁断された編地部分の一つが,甲2と同じ印刷物である「Kettenwirk Praxis 04/2002」の50頁に両面テープで貼り付けられたものであること,裁断され,貼り付けられたた各編地部分は,それぞれが物理的には別体ではあるが,いずれもがパターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN No.314/02」で特定される編成組織の特徴を備えていることが認められる。
上記認定事実によれば,裁断された上記各編地部分は,それぞれがパターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN No.314/02」で特定される編成組織を有する編地の複製物であるものと認められる。
そして,前記1(3)アのとおり,編地見本の現物について,その編成組織を視認し,あるいはルーペや分解鏡を用いて編成組織を拡大して観察し,その視認又は観察した情報から編成組織を分析して編地の編成方法を確認することは,経編地を取り扱う業者において普通に行われていることであることに鑑みると,当業者は,裁断された上記各編地部分の一つである甲2に貼り付けられた編地見本の現物からパターンナンバー「KARL-MAYER PATTERN No.314/02」で特定される編地の情報を把握することができるものと認められるから,裁断された上記各編地部分は,「情報伝達媒体」に当たるものと認められる。
そうすると,裁断された上記各編地部分の一つである甲2に貼り付けられた編地見本の現物は,「複製」された「文書,図画に類する情報伝達媒体」に該当するものといえる。
加えて,前記(1)アの認定事実及び弁論の全趣旨によれば,「Kettenwirk Praxis 04/2002」は,相当数の複製物が作成された雑誌であり,本件出願前に,国立国会図書館に1冊受け入れられ,公衆の閲覧の用に供されたものと認められるから,「公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された」ものといえることからすると,「Kettenwirk Praxis 04/2002」の50頁部分である甲2は,説明文及び甲2に貼り付けられた編地見本の現物が一体として,「複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体」に当たるものと認められる。
したがって,甲2は,編地見本の現物部分も含めて,特許法29条1項3号の「刊行物」に該当するというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は,理由がない。
(3) 甲2の記載事項について
「甲2」の原本(乙2の1。原文英語・訳文乙2の2)には,次のような記載がある。
また,甲2の「PATTERN」欄には,別紙2記載の編地見本の現物が両面テープで貼り付けられている。
ア 「消灯,スポットオン-「スポットネット」
カールマイヤーパターンNo.314/02
ラッピング配置No.S-4003241 デザインNo. J 8279
4本のグランドガイドバー及び1本のジャカードバーを用いたRascheltronicⓇより。」
イ 「従来の機械を用いた新規なラッピングにより製造されるこの編地は,「スポットネット」と呼ばれ,全くもって新規です。2本のジャカードバーのみが,編地の外観を得るのに必要とされます。「パターンをあてがうのでなくパターニングを行う」というモットーのもとで,これら2本のジャカードバーが,パワーネットの地組織を作ると同時に,パターンを作り込みます。グランドガイドバーは,エラスタンを用いて,編地に機能性を付与します。このようにして,必要とされるグランドガイドバーの数を減らし,編他の重量を減らし,機械操作全体をシンプルなものにします。結果的に,軽量で,透明であり,長さ方向の弾性に優れ,関心を引くパターン効果を有する編地が得られます。
4つの辺により結ばれる点からなる標準パターンに,点を長方形で置き換える割り込みが,偶然の配置に見えるように行われます。これにより,伝統的なデザインに対して,非常にダイナミックで,スポーティな感覚を付与する。
ですので,ランジェリー及び衣類の分野で,消灯して,「スポットネット」のすばらしい外観に,スポットオンしてください。」
ウ 「サンプル(仕上がり生地)
打ち込み :65/cm(セット:35.3 /cm)
重量 :100g/m2
仕上がり生地 :76 %巾
仕上げ加工 :リラックス,セッティング,洗浄,染色,テンターニング
機械
タイプ :RSJ 5/1 ラッシェルトロニックⓇ
ゲージ :E28(ニードル/25.4mm =1")
編幅 :130"(330cm)
筬枚数 :5 (3枚使用)
パターンホイール数 :4
機械スピード :1000[min-1]
生産(仕上がり生地) :9.2 m/h 」
エ 「糸 比率 ランナー(Run-in per rack)
JTB1.1 dtex 33 f 10 ナイロン 37.8% 1040mm/rack
6.6,プレーン,セミダル
JTB1.2 dtex 33 f 10 ナイロン 37.8% 890mm/rack
6.6,プレーン,セミダル
GB 4 dtex 156 エラスタン 12.2% 110mm/rack
(ライクラⓇ136C,65% プレテンション)
GB 5 dtex 156 エラスタン 12.2% 110mm/rack
(ライクラⓇ136C,65% プレテンション) 」
オ 「組織(Lapping) 糸入れ(Threading)
JTB1.1 1-0/1-2// 総詰(fully set)
JTB1.2 1-2/1-0// 総詰(fully set)」
GB 4 1-1/0-0// 1 イン, 1 アウト
GB 5 0-0/1-1// 1 イン, 1 アウト 」
カ 「PATTERN…」(別紙2参照)」
(4) 甲2に記載された発明と本件発明1の同一性について
ア 甲2における相違点aの構成の記載の有無について
(ア) 前記(3)アないしカの記載事項によれば,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地は,4本のグランドガイドバーと1本のジャカードバー(「JTB1.1」及び「JTB1.2」の2枚の分割ジャカードバーで構成されたもの)を備えた「RSJ 5/1 ラッシェルトロニック」との名称の編機によって,2枚の分割ジャカードバー「JTB1.1」及び「JTB1.2」のみを「編地の外観を得る」ために使用して「パワーネットの地組織を作ると同時に,パターンを作り込み」,2本のグランドガイドバー「GB 4」及び「GB 5」を用いて「エラスタン」(弾性糸)を挿入して「編地に機能性」を付与して生成したジャカード編成組織で構成されるジャカード経編地であり,「スポットネット」の名称が付されていることが認められる。
そして,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地は,2枚の分割ジャカードバー(ジャカード筬)のみを使用して「編地の外観」を生成した「ハーフセット編み」からなるジャカード経編地であるから,ジャカード機構を備えない通常の地筬で編成されてなる全ての編目位置にループが存在する「支持組織」が「不要な経編地」であるといえる。なお,2本のグランドガイドバー「GB 4」及び「GB 5」は,地筬ではあるが,その動作はそれぞれ「GB 4 1-1/0-0//」,「GB 5 0-0/1-1//」であり(前記(3)オ),各編目位置にループを形成するものではないから,全ての編目位置にループが存在する「支持組織」を編成するものとはいえない。
また,前記(3)イの甲2の記載事項によれば,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地は,「4つの辺により結ばれる点からなる標準パターンに,点を長方形で置き換える割り込みが,偶然の配置に見えるように」編成されているのであるから,「一定の繰り返し単位を有する基本組織」と「その基本組織から変化させてなる変化組織」が必要なことは,自明である。
以上によれば,甲2には,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地が,「一定の繰り返し単位を有する基本組織と前記基本組織から変化させてなる変化組織を含むジャカード編成組織を備えるが,支持組織が不要な経編地であって,前記ジャカード編成組織は,2つのハーフセット編みからなる,ジャカード経編地。」の構成(本件審決認定の一致点に係る構成)を備えていることが記載されているものと認められる。
(イ) 「安定した経編地を編成するには,全ての編目位置においてループを形成する必要があること」は,本件出願時の技術常識であったことは,前記1(5)イ(イ)認定のとおりである。
前記(3)イの甲2の記載事項によれば,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地は,「ランジェリー及び衣類」用のジャガード経編地であることが認められるから,その経編地は,「安定した経編地」であることを前提とするものといえる。また,甲2に添付された編地見本の現物(乙2の1。別紙2参照)によれば,その編地は,目抜けの存在しない「安定した経編地」であることを確認できる。
そうすると,甲2の上記記載事項及び上記技術常識によれば,甲2には,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地が,全ての編目位置においてループが形成された安定した経編地であることが開示されているものと認められる。
そして,前記(ア)認定のとおり,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地は,2枚の分割ジャカードバー「JTB1.1」及び「JTB1.2」のみを使用して編地の外観を生成した「ハーフセット編み」からなるジャカード編成組織で構成されるジャカード経編地であって,地筬で編成されてなる全ての編目位置にループが存在する「支持組織」が存在しないから,甲2に接した当業者は,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地は,分割ジャカードバー「JTB1.1」又は「JTB1.2」のいずれかの編成動作によって,全ての編目位置においてループが形成されていることを理解するものといえる。
また,前記(3)オの甲2の記載事項によれば,分割ジャカードバー「JTB1.1」及び「JTB1.2」は,それぞれ「JTB1.1 1-0/1-2//」,「JTB1.21-2/1-0//」の基本動作を行うが,それらの基本動作のみによって甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地を「4つの辺により結ばれる点からなる標準パターンに,点を長方形で置き換える割り込みが,偶然の配置に見えるように」編成することができないことは自明であるから,甲2に接した当業者は,分割ジャカードバー「JTB1.1」又は「JTB1.2」のいずれか一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループを形成して補うように,2つのハーフセット編みが編成されていることにより,ジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されていることを理解するものといえる。このことは,被告が甲2に添付された編地見本の現物の編地の一部を拡大鏡(Nikon製の実体顕微鏡SMZ)を用いて拡大して観察・分析して作成したものと認められる別紙組織図(2)(乙9)において,「JTB1.1」及び「JTB1.2」のいずれの編成動作においても上記基本動作からの変位のある個所がみられることからも裏付けることができる。
以上によれば,甲2記載の「カールマイヤーパターンNo.314/02」の編地は,「一方のハーフセット編みの変位あるいは非変位ではループが形成されない編目位置を,他方のハーフセット編みの変位あるいは非変位によってループ形成して補うように,前記2つのハーフセット編みが対になって編成されていることにより,変化組織を含むジャカード編成組織の全てが編目位置においてループが配置されてなる」構成(相違点aに係る本件発明1の構成)を備えているものと認められる。
したがって,相違点aは,本件発明1と甲2に記載された発明(甲2発明)の実質的な相違とは認められず,甲2発明は本件発明1に含まれるものと認められる。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
イ 原告の主張について
原告は,①甲2には,「新規なラッピングにより製造されるこの編地は,「スポットネット」と呼ばれ,全くもって新規です」との記載があるが,その「新規なラッピング」なるものは,当業者が把握できる程度に具体的に開示されているものではなく,ジャカード編成組織の全ての編目位置においてループを形成するための具体的な手段の記載はないから,甲2において,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえない,②別紙組織図(2)に示された編成組織は,「パワーネット」とは大きく異なるものであり,甲2における「2本のジャカードバーが,パワーネットの地組織を作ると同時に,パターンを作り込みます」との記載は,当業者に対し,甲2の経編地がいかなる編成組織によって編成されているかを理解する手掛かりをほとんど与えるものではない,③甲2には,JTB1.1とJTB1.2の給糸量が,それぞれ,1040mm/rackと890mm/rackとして異なる値となっておりJTB1.1の方がJTB1.2よりも多く編成糸を供給しているのに,JTB1.1から給糸される編成糸とJTB1.2から給糸される編成糸のそれぞれの比率が同じ「37.8%」となっているのは極めて不可解であり,甲2にいう「パワーネットの地組織」や「パターン」については,甲2の他の記載を参酌しても,当業者にとって理解し難い,④JTB1.1とJTB1.2が同じようなラッピング運動をする場合,特別な工夫をしない限り,給糸量の少ないJTB1.2の編成糸の張力の方がJTB1.1の編成糸の張力を上回ることとなるから,JTB1.1とJTB1.2の編成糸の張力のバランスが保てないはずであることからすると,甲2の記載に基づいて当業者が編地を製造可能であるのか否かという点においてさえ疑問がある旨主張する。
しかしながら,前記ア(イ)認定のとおり,甲2の記載事項及び本件出願時の技術常識によれば,甲2には,相違点aに係る本件発明1の構成が開示されているものと認められ,甲2において2本のジャカードバーの基本動作からの変位制御に関する具体的な記載がないことは上記認定を妨げるものではない。
また,前記(2)のとおり,編地見本の現物について,その編成組織を視認し,あるいはルーペや分解鏡を用いて編成組織を拡大して観察し,その視認又は観察した情報から編成組織を分析して編地の編成方法を確認することは,経編地を取り扱う業者において普通に行われていることであるから,甲2に貼り付けられた編地見本の現物から2本のジャカードバーの基本動作からの変位制御に関する具体的な情報を把握することができるものと認められる。被告が甲2に添付された編地見本の現物の編地の一部を拡大鏡(Nikon製の実体顕微鏡SMZ)を用いて拡大して観察・分析して作成したものと認められる別紙組織図(2)(乙9)において,「JTB1.1」及び「JTB1.2」のいずれの編成動作においても上記基本動作からの変位のある個所がみられることからも裏付けることができる。なお,甲2にJTB1.1とJTB1.2の給糸される糸の比率がそれぞれ「37.8%」と記載されているが,ランナー値(給糸量)がJTB1.1は1040mm/rack,JTB1.2は890mm/rack,GB4は110mm/rack,GB5は110mm/rackであることに照らすと,上記比率の記載は原告が指摘するように明らかな誤りであり,正しくは,被告が指摘するように,JTB1.1の比率は「40.6%」,JTB1.2の比率は「34.94%」であることが認められる。もっとも,このような誤りがあるからといって上記2本のジャカードバーの基本動作からの変位制御に関する具体的な情報を把握することができないということにはならない。
さらに,前記1(5)ウ(ウ)のとおり,JTB1.1とJTB1.2の編成糸のランナー値(給糸量)が異なるからといって直ちに張力のバランスが保てないということはできない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(5) 小括
以上によれば,本件発明1は甲2に記載された発明と同一であるとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(本件発明2ないし5に関する判断の誤り)について
原告は,本件発明1と甲1発明又は甲2発明には実質的な相違があるから,本件発明1が甲1発明又は甲2発明と実質的に同一であることを前提に,本件発明2ないし5が特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,本件発明1が甲1発明又は甲2発明と実質的に同一であることは,前記1及び2で説示したとおりであるから,本件審決の上記判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
4 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 柵木澄子)
file_2.jpg別紙