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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10213号 判決 2014年3月26日

原告

株式会社サムズ

訴訟代理人弁理士

豊岡静男

廣瀬文雄

被告

特許庁長官

指定代理人

真々田忠博

吉水純子

川端修

中島庸子

山田和彦

主文

1  特許庁が不服2012-26018号事件について平成25年6月10日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は,平成20年9月30日,発明の名称を「使用済み紙オムツの処理方法」とする発明について特許出願(特願2008-255220号。以下「本願」という。甲3)をした。

原告は,平成23年12月8日付けの拒絶理由通知を受けたため,平成24年2月13日付けで本願の願書に添付した特許請求の範囲及び明細書について手続補正(以下「本件補正」という。甲6)をしたが,同年9月28日付けの拒絶査定を受けた。

そこで,原告は,同年12月28日,拒絶査定不服審判を請求した。

(2)  特許庁は,上記請求を不服2012-26018号事件として審理を行い,平成25年6月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同月25日,その謄本が原告に送達された。

(3)  原告は,平成25年7月25日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。

「【請求項1】

使用済み紙オムツを消毒し処理する使用済み紙オムツの処理方法であって,

石灰と次亜塩素と使用済み紙オムツを処理槽内に投入し,

前記処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら,石灰により分解された使用済み紙オムツから,該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて,所定時間にわたり撹拌し,

前記処理槽内の液体を処理槽の外へ排出させると共に脱水し,

排出された廃水を回収し水質処理を施して破棄することを特徴とする使用済み紙オムツの処理方法。」

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本願発明は,本願の出願前に頒布された刊行物である特開2003-19169号公報(以下「引用例1」という。甲1)及び特開平9-249711号公報(以下「引用例2」という。甲2)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その余の請求項に係る発明について論及するまでもなく,本願は拒絶すべきものであるというものである。

(2)  本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用例1発明」という。),本願発明と引用例1発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用例1発明

「使用済み紙おむつの処理方法であって,回転ドラムに紙おむつを投入し,これに膨潤抑制剤として塩化カルシウム,及び消毒剤として次亜塩素酸ナトリウムの水溶液の所定量を供給し,回転ドラムを回転させて撹拌し,紙おむつの吸水性ポリマーの膨潤を抑制すると共に消毒する膨潤抑制工程と,汚物と吸水性ポリマーとセルロースの分散液から処理液を濾別して処理液を下水処理施設へ排出する工程と,セルロースと吸水性ポリマーを回収する工程を含む方法。」

イ 本願発明と引用例1発明の一致点

「使用済み紙オムツを消毒し処理する使用済み紙オムツの処理方法であって,

『高吸収性ポリマーから水分を放出させる薬剤』と次亜塩素と使用済み紙オムツを処理槽内に投入し,

前記処理槽内で,『高吸収性ポリマーから水分を放出させる薬剤』と次亜塩素により使用済み紙オムツを所定時間にわたり撹拌し,

前記処理槽内の液体を処理槽の外へ排出させると共に脱水し,

排出された廃水を回収し水質処理を施して破棄することを特徴とする使用済み紙オムツの処理方法」である点。

ウ 本願発明と引用例1発明の相違点

(相違点1)

「高吸収性ポリマーから水分を放出させる薬剤」に関し,本願発明では「石灰」を使用するのに対し,引用例1発明では「塩化カルシウム」を使用する点。

(相違点2)

給水に関し,本願発明では,「処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら」,「該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて」撹拌を行うのに対し,引用例1発明では,「高吸収性ポリマーから水分を放出させる薬剤」と次亜塩素からなる所定量の水溶液(以下「薬剤水溶液」という。)を供給(給水)して撹拌を行う点。

第3当事者の主張

1  原告の主張

(1)  取消事由1(相違点1の容易想到性の判断の誤り)

本件審決は,引用例1発明で使用する塩化カルシウムも引用例2で使用する水酸化カルシウム,すなわち消石灰も,吸水性ポリマーから水分を放出させる機能を有する点で同じであるから,引用例1発明における塩化カルシウムの代わりに引用例2の水酸化カルシウムを使用することは,当業者が容易に想到するところである旨判断した。

しかしながら,本件審決の判断は,以下のとおり誤りである。

ア 当業者が,引用例1発明における塩化カルシウムの代わりに,引用例2の水酸化カルシウムを使用することを想到するには,何らかの動機付けが必要であるにもかかわらず,本件審決には,動機付けが示されていない。

かかる動機付けがあるといえるためには,紙オムツの膨潤抑制剤として,水酸化カルシウムは塩化カルシウムより優れているとの知見が公知であるか,あるいは,紙オムツの膨潤抑制剤として,水酸化カルシウムと塩化カルシウムとは全く作用効果等において差がなく,どちらを採用するかは任意に選択できる設計的事項といえなければならないが,そのような知見が公知であるとの証拠はなく,また,原告作成の「分解剤比較試験に関する報告書」(甲9。以下「甲9報告書」という。)に示されているように,紙オムツの膨潤抑制剤として,水酸化カルシウムは塩化カルシウムより優れているから,その選択は設計的事項とはいえない。

被告は,甲9報告書に関し,甲9報告書記載の消毒効果や分解効果に関する事項は,本願に係る明細書(本件補正後のもの。以下,図面を含めて「本願明細書」という。甲3,6)に記載された事項ではないこと,甲9報告書記載の実験は,希硫酸やチオ硫酸のような他の薬品を併せて使用し,石灰や次亜塩素についても特定の割合を用いているが,本願発明には,これらの点の特定がないこと,「分解剤(膨潤抑制剤)」成分に消毒効果という副次作用があり,その作用の強さに差があったとしても,本願発明全体としては,次亜塩素を十分に用いることによって消毒効果が得られることなどからすると,甲9報告書記載の実験結果を本願発明の効果として参酌できない旨主張する。

しかしながら,本願明細書に水酸化カルシウムと塩化カルシウムとの消毒効果や分解効果に関して対比する事項が記載されていないとしても,甲9報告書は当然に参酌されるべきである。また,希硫酸及びチオ硫酸は,あくまで排水工程に使用する薬剤であって,分解撹拌工程を行っているときに使用する薬剤ではないから,分解撹拌工程における水酸化カルシウムと塩化カルシウムとの消毒効果や分解効果に関する対比について影響を及ぼすものではない。

したがって,被告の上記主張は,失当である。

イ 以上のとおり,引用例1発明において塩化カルシウムの代わりに引用例2の水酸化カルシウムを使用することの動機付けが存在せず,また,甲9報告書に示されているように,紙オムツの膨潤抑制剤として,水酸化カルシウムは塩化カルシウムより優れており,水酸化カルシウムを選択することは設計的事項とはいえないから,当業者が引用例1及び引用例2の記載に基づいて相違点1に係る本願発明の構成を容易に想到することができたものとはいえない。これと異なる本件審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点2の容易想到性の判断の誤り)

本件審決は,引用例1発明において,下水処理すべき処理液の量を必要最小限にとどめることは,当業者であれば当然に配慮することであり,このため供給する薬剤水溶液の所定量を撹拌可能な最低限の量と特定することは,当業者が適宜なし得ることであり,薬剤水溶液の添加を所定量の供給で行うか,給水しながら行うかは,所定量の水を一括して供給するか徐々に供給するかの違いであって,技術的に格別のものではないことを理由に挙げて,引用例1発明において,相違点2に係る本願発明の特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得ることにすぎない旨判断した。

しかしながら,本件審決の判断は,以下のとおり誤りである。

ア 本願明細書の段落【0020】に「本発明の処理方法では,20tの使用済み紙オムツを処理する場合,53~106立方メートルの水(給水による)で処理することができる。」,段落【0026】に「3.水の使用量について (a)水使用量 消毒工程1回に付き320リットル(処理槽3内への使用済み紙オムツ4の投入120kgに対して)」との記載があるように,本願発明は,大量の紙オムツの処理を行うものであって,水の使用量も大量となることから,水の供給量を撹拌可能な最低限の量とすることを課題としている。

そして,本願明細書の段落【0017】及び【0021】に記載のとおり,本願発明においては,「処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら」撹拌し,その間に石灰により分解された使用済み紙オムツに吸収されていた水分が出てきて,給水する水の量と分解された紙オムツに吸収されていた水分の量との合計が処理槽内で撹拌可能な量になったときに給水を停止できるため,水の供給量は,撹拌可能な最低限の量となる。

これに対し引用例1には,処理液の量を最低限にすることが課題であることの記載はない。

そして,引用例1の段落【0067】ないし【0076】の実施例1ないし10の記載によれば,引用例1発明は,せいぜい紙オムツ20枚に水を50リットル使用するという小規模な処理を行うものにすぎない。

また,引用例1の段落【0049】及び【0074】の記載によれば,引用例1発明は,使用済み紙オムツに吸収されていた水分の量に関係なく,水溶液の供給量を決定し,所定量の処理液を供給してから撹拌を始めるものである。

そうすると,引用例1発明においては,分解された使用済み紙オムツに吸収されていた水分をも利用して,供給液量を撹拌可能な最低限の量とすることの動機付けはないというべきである。

被告は,この点に関し,引用例1発明において,添加する薬剤を「薬剤水溶液」ではなく,薬剤と水を別々に添加するように変更し,予め薬剤を添加した後に,水を徐々に供給する方法を採用してみることは,当業者が適宜なし得ることである旨主張する。

しかしながら,引用例1の段落【0047】及び【0048】の記載によれば,引用例1発明は,まず,開閉扉を開いて回転ドラム内に使用済み紙オムツを投入し,スタートスイッチをオンにすると,あらかじめ貯液タンク内に貯留し加熱しておいた所定量の膨潤抑制剤と所定量の水を投入して所定濃度とした膨潤抑制剤水溶液を,回転ドラム内に供給して紙オムツを浸漬し,その後回転ドラムを回転させるものであり,所定濃度の膨潤抑制剤水溶液を供給するには,膨潤抑制剤と水とをあらかじめ混合しておいた方が好ましいのは明らかであるから,引用例1発明において,薬剤水溶液を薬剤と水とに分離し,しかも,水を徐々に供給するように変更する動機付けがあるとは考えられない。

また,引用例1発明においては,膨潤抑制剤水溶液を所定濃度とするには,所定量の膨潤抑制剤に対して所定量の水が必要であるから,所定量の薬剤を供給した後に水を徐々に供給するとしても,供給する水の量は変わらないのに対し,本願発明においては,給水しながら撹拌するのは撹拌可能な最低限の水の量を給水するためであり,処理される紙オムツが含む水分の量により,給水する水の量も変わるという違いがある。

したがって,被告の上記主張は,失当である。

イ 以上のとおり,引用例1発明において「処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら」,「該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて」撹拌を行うことの動機付けが存在せず,当業者が引用例1の記載に基づいて相違点2に係る本願発明の構成を容易に想到することができたものとはいえないから,これと異なる本件審決の判断は誤りである。

(3)  まとめ

以上によれば,本願発明は引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの本件審決の判断は誤りであり,本件審決は,違法であるから,取り消されるべきものである。

2  被告の主張

(1)  取消事由1に対し

ア 引用例1には,「膨潤抑制剤は,紙おむつの構成部分である高吸水性ポリマーの膨潤を抑制するもの,すなわち非膨潤ないし低膨潤状態とするものであり,アルカリ土類金属塩,多価金属塩,金属水酸化物のうち,少なくともアルカリ土類金属塩,多価金属塩,金属水酸化物の1種の水溶性化合物であることが好ましく,処理液としてはこれを含む水溶液とする。」(段落【0030】)との記載がある。引用例1発明で使用されている「塩化カルシウム」は,引用例1記載の膨潤抑制剤のアルカリ土類金属塩であることは明らかであり,引用例1には,膨潤抑制剤として,「塩化カルシウム」のようなアルカリ土類金属塩だけでなく,金属水酸化物などが使用できることも教示されている。

一方,引用例2には,水酸化カルシウムが膨潤した吸水性ポリマーを分解して水分を放出させる機能を有することが示されており,これは,引用例1記載の膨潤抑制剤と同じ技術内容をいうものであり,また,水酸化カルシウムは,引用例1に記載される金属水酸化物に該当するものである。

したがって,吸水性ポリマーを分解して水分を放出させる機能を有する水酸化カルシウムすなわち消石灰を,引用例1発明における塩化カルシウムの代わりに使用することは当業者が容易に想到することができたものである。

原告は,この点に関し,甲9報告書に示されているように,紙オムツの膨潤抑制剤として,水酸化カルシウムは塩化カルシウムより優れているから,引用例1発明における塩化カルシウムの代わりに水酸化カルシウムを使用することは当業者が容易に想到することができたものとはいえない旨主張する。

しかしながら,甲9報告書において示されている消毒効果や分解効果に関する事項は,本願明細書に記載された事項とはいえないから,本願発明の効果として参酌することはできない。

また,甲9報告書に記載された実験は,希硫酸やチオ硫酸のような他の薬品を併せて使用するものであり,石灰や次亜塩素についても特定の割合を用いているが,本願発明にはこれらの点は特定されておらず,このような特定の実験系において得られた結果をもって,他の薬品を使用することや,石灰,次亜塩素の割合等を特定していない本願発明の効果とすることはできない。

さらに,水酸化カルシウムや塩化カルシウムのような「分解剤(膨潤抑制剤)」成分に多少の消毒効果という副次的な作用があり,また薬品に応じてその作用の強さに差があったとしても,本願発明の発明全体としては,消毒剤成分である次亜塩素を十分に用いることによって消毒効果が得られるのであるから,そのような副次的な作用の差は本願発明の格別の効果として参酌できるものではない。

したがって,原告の上記主張は,失当である。

イ 以上によれば,相違点1の容易想到性についての本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1は,理由がない。

(2)  取消事由2に対し

ア 相違点2に係る本願発明の構成は,「処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら」,「該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて」撹拌を行うというものである。

まず,相違点2に係る本願発明の構成における給水量を「処理槽内で撹拌可能な最低限」の量とする点については,環境やコストなどに配慮して,下水処理すべき処理液の量を減らすことは,当業者にとっては自明の課題であり,特別の動機付けは必要ないから,引用例1発明において,使用される水の量を減らし,薬剤水溶液の所定量を「処理槽内で撹拌可能な最低限」の量と特定することは,当業者が容易になし得ることである。

次に,相違点2に係る本願発明の構成における「使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用い」る点については,引用例1発明は,使用済み紙オムツを処理するものであって,使用済み紙オムツに尿,すなわち水分が含まれていることは明らかであり,このような使用済み紙オムツについての薬剤と水が存在する状態での撹拌は,当然,「使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用い」た撹拌であるといえるから,この点は,本願発明と引用例1発明との実質的な相違点ではない。

さらに,相違点2に係る本願発明の構成における「給水しながら」の点については,引用例1発明において供給される「薬剤水溶液」を構成している薬剤と水の添加順序や添加方法を変更してみることは,当業者が必要に応じて適宜検討する事項であり,引用例1発明において,添加する薬剤を「薬剤水溶液」とした状態で添加することに代えて,薬剤と水を別々に添加することとし,その際に,予め薬剤を添加した後に,水を徐々に供給する方法を採用し,「給水しながら」の構成とすることは当業者が適宜なし得ることである。

したがって,引用例1発明において,相違点2に係る本願発明の構成を採用することは,当業者が容易に想到することができたものである。

イ 以上によれば,相違点2の容易想到性についての本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は,理由がない。

(3)  まとめ

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本願発明は,引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について

(1)  本願明細書の記載事項等

ア 本願発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2のとおりである。

イ 本願明細書(甲3,6)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「図1」については別紙1を参照)。

(ア) 「【技術分野】

本発明は,使用済み紙オムツの処理方法に関する。」(段落【0001】)

(イ) 「【背景技術】

一般に紙オムツは,パルプ等からなる吸収体と,吸収体が吸収した水分を保持する高分子吸収体(高分子ポリマー)と,これらを包む防水材(プラスチック)などの素材から構成されている。」(段落【0002】)

「従来,使い捨てオムツの処理(処分)は,衛生的な理由から焼却処分が最善とされていたが,水分を多く含んでいるため焼却する際に多量の熱量を必要とし,無駄にエネルギーを消費している。また,資源の有効利用の観点から使用済み紙オムツの構成素材は回収して再利用することが望ましい。」(段落【0003】)

「構成素材の回収方法としては,例えば紙オムツを構成するパルプ等を薬品を用いて分離して,回収して再利用する分離回収処理がある。この分離回収処理では,前処理として紙オムツを回転する刃などで破砕し,その後の分離や回収を行っていた。」(段落【0004】)

「一方,使用済み紙オムツには,使用状態から大便や小便が付着しており細菌も含まれる場合もあることから,使用済み紙オムツを処理する場合には,消毒剤を含有する水流で洗い,汚れの一部を消毒する紙オムツの処理方法が特許文献1で提案されている。

【特許文献1】特開2002-292304」(段落【0005】)

「この処理方法によれば,消毒剤として例えば,オゾン,塩素,次亜塩素酸ナトリウム等が用いられ,洗った水は水質処理して廃棄されている。」(段落【0006】)

(ウ) 「【発明が解決しようとする課題】

しかしながら,上記特許文献1に開示された紙オムツの処理方法では,消毒剤を含有する水流で使用済み紙オムツを洗うため,大量の水を必要とし,しかも,洗うために使用した水を廃棄する場合にも大量の廃水を水質処理しなければならないので大がかりな設備を必要とする。」(段落【0007】)

「そこで,本発明は,大量の水を必要とすることなく消毒することができ,処理することができる使用済み紙オムツの処理方法の提供を目的とする。」(段落【0008】)

(エ) 「【課題を解決するための手段】

請求項1の発明の使用済み紙オムツの処理方法では,使用済み紙オムツを消毒し処理する使用済み紙オムツの処理方法であって,石灰と次亜塩素と使用済み紙オムツを処理槽内に投入し,前記処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら,石灰により分解された使用済み紙オムツから,該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて,所定時間にわたり撹拌し,前記処理槽内の液体を処理槽の外へ排出させると共に脱水し,排出された廃水を回収し水質処理を施して破棄することを特徴とする。」(段落【0009】)

「請求項1の発明の使用済み紙オムツの処理方法によれば,処理槽内に使用済み紙オムツを投入し,これと共に石灰,次亜塩素を投入する。そして,これらの使用済み紙オムツ及び石灰,次亜塩素を撹拌し得る程度の,最低限の水を処理槽内に給水する。この状態で撹拌を開始すると,石灰によって使用済み紙オムツの特に高分子ポリマーが分解されて,吸収している水分が処理槽内に混ざり,処理槽内に最低限の量だけ供給した水と共に,使用済み紙オムツを撹拌する。このとき,次亜塩素によって分解された使用済み紙オムツから放出される細菌等が消毒される。このような状態で所定時間撹拌した後に,処理槽内の液体を処理槽の外へ排出させると共に,分解した使用済み紙オムツの固形物を脱水し,排出された廃水及び脱水したときの廃水を回収し,水質処理を施して破棄する。」(段落【0012】)

「なお,処理槽内へ石灰,次亜塩素を投入する場合,石灰は使用済み紙オムツを処理槽内へ投入する前に処理槽内に入れても良く,使用済み紙オムツを処理槽内に投入した後に処理層内に入れても良い。さらに,次亜塩素は,石灰,使用済み紙オムツを処理層内に投入する際に同時に入れても良く,処理槽内の石灰,使用済み紙オムツを撹拌し得る程度の水を供給した後に処理槽内に加えても良い。」(段落【0013】)

(オ) 「【発明の効果】

このように,本発明の使用済み紙オムツの処理方法によれば,石灰,次亜塩素と共に,処理槽内に投入した使用済み紙オムツが吸収している水分を用いて,撹拌するので,必要最低限の水を処理槽内に供給するだけでよく,無駄に水を使用することがなく,また処理後には,廃水も少なく,廃水も少ないので水質処理を行う施設も大がかりなものになることがない。」(段落【0014】)

(カ) 「本実施形態の使用済み紙オムツの処理方法は,図1(a)に示すように,石灰1と,次亜塩素2を入れた処理槽3内に使用済み紙オムツ4を投入し,図1(b),(c)に示すように,処理槽3内で撹拌可能な最低限の水5を給水しながら所定の時間にわたり撹拌し,図1(d)に示すように処理槽3内の液体6を処理槽3の外へ排出させると共に脱水し,排出された廃水7を回収し水質処理を施して破棄する。」(段落【0016】)

「撹拌可能な最低限の水5は,処理槽3内で使用済み紙オムツ4を撹拌,すなわち液体中で使用済み紙オムツ4が動き回ることが可能な量であり,撹拌させるための最低限の量に設定する。この場合,給水しながら撹拌している間に,使用済み紙オムツ4の高分子ポリマーが石灰1によって分解し,内部の水分が処理槽内に出てくるので,処理槽3内の水分量が次第に増えるので,処理槽3内で撹拌可能な,すなわち使用済み紙オムツ4を分解し,殺菌可能な程度の水分量になったときに給水を停止する。なお,使用済み紙オムツ4からの水分中には,細菌等が含有されているが,次亜塩素によって消毒されるので,撹拌によって細菌が処理槽3に撒き散らされても,処理後に廃水を水質処理することで充分に殺菌することができる。」(段落【0017】)

「従って,従来のように,消毒剤を含有した水流で使用済み紙オムツ4を処理する方法に比較して,無駄に水を使用することがなく,必要最低限の水によって使用済み紙オムツを殺菌,処理することができる。」(段落【0018】)

「なお,処理槽3内に石灰1,次亜塩素2,使用済み紙オムツ4を投入する順序は,処理槽3内に使用済み紙オムツ4を投入する前に石灰を処理槽3内に投入しても良く,処理槽3内に使用済み紙オムツ4を投入した後に石灰を処理槽3内に投入しても良い。さらに,次亜塩素2を処理層内に投入する順番についても,使用済み紙オムツ4を処理槽3内に投入する前後でも良く,処理槽内への給水後に処理槽内に加えても良い。」(段落【0019】)

「また,従来の処理方法では,使用済み紙オムツ20tを処理する場合,1000立方メートルの水(水道水,工業用水等)を必要としていたが,本発明の処理方法では,20tの使用済み紙オムツを処理する場合,53~106立方メートルの水(給水による)で処理することができる。」(段落【0020】)

「なお,使用済みオムツ4に含まれる平均の水分量について,未使用の紙オムツの重さは約60グラムであり,一回の紙オムツの交換で尿を吸収した使用済み紙オムツの重さは210グラム~310グラムになり,紙オムツの重さを除くと150グラム~250グラムの水分が含有されている。本実施形態では,この高分子ポリマーに吸収されている水分を利用することで,使用済み紙オムツ4の分解と消毒を行っている。」(段落【0021】)

「なお,上記の説明では,給水しながら撹拌する工程を1回とした場合について説明したが,この工程は複数回行ってもよく,すすぎ工程を含め2回程度行っても良い。」(段落【0022】)

(キ) 「次ぎに,本実施形態における薬剤の投入量,消毒時間,水の使用量について説明する。」(段落【0023】)

「1.薬剤の投入量について

(a) 石灰(分解剤)

使用済み紙オムツ4の処理槽3内への投入量の3~10%

実験段階では,例えば投入量120kgに対して6kg

(b) 次亜塩素(消毒剤)

次亜塩素濃度は,取り扱う紙オムツの種類により変わる。」(段落【0024】)

「感染性廃棄物(特別管理廃棄物)の場合:1000ppm若しくは1500ppm

一般廃棄物及び産業廃棄物の場合 :250ppm

消毒効果については,一般廃棄物及び産業廃棄物の場合は,温水による消毒も可能(80℃で 10分)

2.消毒時間について

(a)消毒時間洗濯時間(撹拌時間)は,取り扱う紙オムツの種類により変わる。」(段落【0025】)

「感染性廃棄物の場合:60分

一般廃棄物及び産業廃棄物の場合 :10分

3.水の使用量について

(a)水使用量消毒工程1回に付き320リットル(処理槽3内への使用済み紙オムツ4の投入120kgに対して)

以上説明した本実施形態における使用済み紙オムツの処理方法によれば,使用する水の量が少ないので,例えば,給水費用,消毒費用,排水費用(下水道費用)の負担が軽減され,給水温度を上げるときに無駄なエネルギーを使う必要がなくなり,ひいてはコストの大幅な削減が可能となる。」(段落【0026】)

「なお,上記消毒費用は,使用する水の量が少ないので,給水費用,排水費用と共に,消毒剤を使う量も少量になることにより消毒剤にかかる費用も低減することが可能となる。」(段落【0027】)

「また,本実施形態の処理方法を,病院,施設等に導入した場合,風呂の残り湯や,一次排水(飲み水,洗面には使用できないが,トイレ等には使用可能な水)を使用することも可能になり,この場合には大幅なコストの低減を行うことが可能となる。」(段落【0028】)

「また,通常,リサイクルを行う場合,リサイクルを行う物自体に着眼点が行われる場合が多い。例えば,紙オムツのリサイクル事業は,紙オムツのリサイクルのために,水を1000トン使用し,更にそこからの排水1000トンのうち800トンの水をリサイクルするシステムになっている。このことは,そもそも,リサイクル自体にリサイクル後に環境負荷をかけている状況となっている。上記した本発明では,使用する水の量が少ないということは,資源循環型社会の構築の上で,一番のポイントとなる環境負荷の発生を抑制することであり,それに伴い,リサイクル後の環境負荷の低減を図ることができる。」(段落【0029】)

「また,排水費用については,使用する水の量が少ない場合,下水道費用(公共下水道費用)が削減されると共に,水質処理施設(水処理施設)の規模も小さくて済み,さらに,水質処理施設の規模が小さくなるために,施設に係る土地の面積も少なくなり,費用の削減になる。」(段落【0030】)

「なお,上記実施形態において石灰は,生石灰,消石灰のいずれも含む物であって,使用済み紙オムツにおける高分子ポリマーを分解し得る石灰であれば良い。」(段落【0031】)

「また,消毒剤としての次亜塩素は,処理する使用済み紙オムツの種類によって選択される。」(段落【0032】)

「また,本発明における『消毒し処理する方法』は,水の使用量は必要最低限であり,本方法を行うことにより消毒を行うための設備,施設自体を通常のものよりも小さくすることが出来,設備,施設の規模を小さくできるので設備費用の低減を図ることができる。」(段落【0033】)

ウ 前記ア及びイの記載を総合すれば,本願明細書には,次の点が開示されていることが認められる。

(ア) 従来,使用済み紙オムツの処理方法として,使用済み紙オムツを,オゾン,塩素,次亜塩素酸ナトリウム等の消毒剤を含有する水流で洗い,汚れの一部を消毒し,洗った水は水質処理して廃棄する処理方法が提案されていた。しかし,上記処理方法には,消毒剤を含有する水流で使用済み紙オムツを洗うため,大量の水を必要とし,しかも,洗うために使用した水を廃棄する場合にも大量の廃水を水質処理しなければならないので,大がかりな設備を必要とするという課題があった。

(イ) 本願発明は,前記課題を解決し,大量の水を必要とすることなく,使用済み紙オムツを消毒し,処理することができる使用済み紙オムツの処理方法の提供を目的とするものであり,その課題を解決するための手段として,「石灰と次亜塩素と使用済み紙オムツを処理槽内に投入し,前記処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら,石灰により分解された使用済み紙オムツから,該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて,所定時間にわたり撹拌し,前記処理槽内の液体を処理槽の外へ排出させると共に脱水し,排出された廃水を回収し水質処理を施して破棄する」構成を採用した。

本願発明は,上記構成を採用したことにより,処理槽内に使用済み紙オムツと石灰及び次亜塩素を投入した処理槽内に水を給水しながら,撹拌している間に,石灰によって使用済み紙オムツの特に高分子ポリマーが分解されて吸収している水分が処理槽内に混ざり,この水分と処理槽内に給水した水を共に用いて使用済み紙オムツを撹拌し,分解された使用済み紙オムツから放出される細菌等は次亜塩素によって消毒されるので,処理槽内に供給する水の量を必要最低限の量にすることができ,従来の消毒剤を含有する水流で使用済み紙オムツを処理する方法と比較して,無駄に水を使用することがなく,また,処理後の廃水も少ないので,水質処理を行う施設の規模も小さくて済み,費用の削減になるという効果を奏する。

(2)  引用例1の記載事項

引用例1(甲1)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「図1」ないし「図3」については別紙2を参照)。

ア 「【特許請求の範囲】

【請求項1】 回転ドラム内に使用済み紙おむつを収容し,この紙おむつを処理液である膨潤抑制剤水溶液に浸漬して紙おむつの吸水性ポリマーの膨潤を抑制する膨潤抑制工程と,

上記紙おむつを80℃以上の加熱処理液に浸漬しながら回転ドラムを回転して紙おむつを解体する解体工程と,

解体された紙おむつのカバー類を回転ドラム内に残したまま汚物と吸水性ポリマーとセルロースが処理液中に散在した状態で,これを濾過することにより,セルロースと大部分の吸水性ポリマーを残して汚物を含んだ処理液を下水処理施設側へと排出する排液工程と,

上記濾過により残ったセルロースと吸水性ポリマーを回収するセルロース・吸水性ポリマー回収工程と,を含むことを特徴とする使用済み紙おむつの処理方法。」(2頁)

イ 「【発明の属する技術分野】本発明は,使用済み紙おむつ,例えば病院や老人ホームなどで使用された紙おむつを解体,消毒・消臭し,紙おむつの構成成分に分離回収する使用済み紙おむつの処理方法,及びその処理装置に関する。」(段落【0001】)

ウ 「【従来の技術】紙おむつは,非透水性表カバーシートと透水性不織布シートの間に高吸水性ポリマー粒子や繊維状セルロースを内包しており,使用すると高吸水性ポリマーが水分で高膨潤するので,布おむつのように洗濯して汚物を除去しても再使用できない。このため,使用済み紙おむつは,焼却あるいは埋め立てにより処理されている現況にあり,衛生,環境保全の面から問題視されている。そこで,紙おむつの処理装置および処理方法として種々の提案がなされている。」(段落【0002】)

「例えば,特開2000-84533号公報には,使用済み紙おむつを粉砕機で分断して構成成分に分解分離し,その後塩化カルシウムを投入した分解槽で高吸水性ポリマーを塩化カルシウムでモノマーに分解して水溶化し,パルプ成分を分離回収する方法が提案されている。」(段落【0003】)

「また,特表平6-502454号公報には,紙おむつを歯状のブレード等によって細断して構成要素に分離する方法が提案されている。」(段落【0004】)

エ 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来の使用済み紙おむつの処理方法にあっては,いずれも使用済み紙おむつを汚物と共にブレード等による機械的裁断力で強制的に解体し,同時あるいはその後に洗浄し,紙おむつの構成成分を回収するものであり,汚物の除去を十分に行うことができない。このため,回収した構成成分中に多量の汚物が残っており,悪臭,衛生等の問題があり,その後の処理も困難であった。そして,紙おむつを分解する際にブレード等によって機械的な裁断力を加えるので,ビニール製カバー類も一緒に裁断することとなり,細かく裁断されたカバー類が回収されたセルロースに混入し易く,これを除去することが困難であった。」(段落【0005】)

「また,従来の紙おむつ処理装置は,高吸収性ポリマーが処理時に水を吸収してさらに膨潤するので,装置内に投入した後の容積増大率が大きい。このため,装置の大きさの割には処理量が少ない。したがって,処理能力の割には大型になってしまい,広い設置スペースを必要としていた。ところが,病院や老人ホーム等の施設では広い設置スペースを確保することは容易でなく,したがってこの種の装置の設置を望んでいるにも拘わらず事実上設置困難であった。」(段落【0006】)

「本発明は,このような事情に鑑みてなされたものであり,使用済み紙おむつを処理する際に容積の増大を抑制でき,また,解体する際に,カバー類は細かく裁断しないで内部の吸水性ポリマーやセルロースなどの吸収材をばらばらに解体し,回収したセルロースと吸水性ポリマー中に残る汚物を減少することができ,処理能力の割りに小型化でき,設置場所についても比較的自由に選択できる簡便な使用済み紙おむつの処理方法,及びその処理装置を提供することを目的とする。」(段落【0007】)

オ 「【課題を解決するための手段】本発明は上記目的を達成するために提案されたもので,請求項1に記載のものは,回転ドラム内に使用済み紙おむつを収容し,この紙おむつを処理液である膨潤抑制剤水溶液に浸漬して紙おむつの吸水性ポリマーの膨潤を抑制する膨潤抑制工程と,上記紙おむつを80℃以上の加熱処理液に浸漬しながら回転ドラムを回転して紙おむつを解体する解体工程と,解体された紙おむつのカバー類を回転ドラム内に残したまま汚物と吸水性ポリマーとセルロースが処理液中に散在した状態で,これを濾過することにより,セルロースと大部分の吸水性ポリマーを残して汚物を含んだ処理液を下水処理施設側へと排出する排液工程と,上記濾過により残ったセルロースと吸水性ポリマーを回収するセルロース・吸水性ポリマー回収工程と,を含むことを特徴とする使用済み紙おむつの処理方法である。」(段落【0008】)

カ 「【発明の実施の形態】以下,本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。図1(a)は紙おむつ処理装置1の一実施形態の正面図,図1(b)はその背面図,図2は正面から見た内部構造の説明図,図3は右側面から見た内部構造の断面図である。」(段落【0019】)

「これらの図面に示すように,本実施の形態の紙おむつ処理装置1は,前面に開閉扉2を有する筺体3の内部に,基台4上に振動吸収材5を介して設けられた外胴6と,該外胴6内に回転自在に設けられ,使用済みの紙おむつを収容する回転ドラム7と,外胴6の底部に設けられ,解体された紙おむつの吸収材や汚物を収容可能な収容槽9と,該収容槽9の下流側に設けられた濾過分別槽10と,外胴6内に処理液を供給する処理液供給手段と,紙おむつを浸漬する処理液に膨潤抑制剤を含ませて膨潤抑制剤水溶液とする膨潤抑制剤投入手段と,収容槽9内のものを濾過するとともに汚物を含んだ処理液を下水処理施設側へ排出する濾過排液手段と,収容槽9内のものを濾過分別槽10へ排出する排出手段と,回転ドラム7を回転駆動するモータ13と,少なくとも収容槽内の処理液のレベルを検出する処理液レベル検出手段と,処理液レベル検出手段からの検出信号を受けてレベルを監視するとともに上記各機器を制御する制御装置とから概略構成されている。」(段落【0020】)

「本実施形態における処理液供給手段は,図1(b)に示すように,筐体3の上部に設けた貯液タンク30と,この貯液タンク30内に上水道の水を供給する貯留水供給弁31と,貯液タンク30内に膨潤抑制剤を供給する膨潤抑制剤供給手段と,貯液タンク30内に設けたヒータ34と,貯液タンク30内に貯留した処理液を外胴6(処理室)内に流下する処理液供給弁33と,これらを接続する各種の配管等から構成されている。なお,別設した湯沸器から貯液タンク30内に湯を供給する給湯弁を設け,予め加熱した湯を貯液タンク30に供給する構成を採ることもできる。なお,貯液タンク30内に設けるヒータ34は,スチームヒータでも電気ヒータでもよい。」(段落【0028】)

「膨潤抑制剤供給手段は,膨潤抑制剤を溜めておく膨潤抑制剤タンク(図示せず)と,この膨潤抑制剤タンクから貯液タンク30内に所定量の膨潤抑制剤を供給する膨潤抑制剤供給ポンプ35と,これらを接続する配管等から構成されている。」(段落【0029】)

「膨潤抑制剤は,紙おむつの構成部分である高吸水性ポリマーの膨潤を抑制するもの,すなわち非膨潤ないし低膨潤状態とするものであり,アルカリ土類金属塩,多価金属塩,金属水酸化物のうち,少なくともアルカリ土類金属塩,多価金属塩,金属水酸化物の1種の水溶性化合物であることが好ましく,処理液としてはこれを含む水溶液とする。処理液水溶液中の濃度は,0.1~20%,好ましくは0.2~10%,より好ましくは0.3~3%である。」(段落【0030】)

「また,前記高吸水性ポリマーとしては,例えばアクリル酸塩架橋重合体,イソブチレン-マレイン酸塩架橋重合体,アクリル酸エステル-酢酸ビニル共重合体のケン化物架橋体,デンプン-アクリル酸塩グラフト共重合体,側鎖にカルボキシル基を有するビニルポリマー等が好適である。」(段落【0031】)

「薬品投入手段は,所望する薬品を入れた薬品タンク(図示せず)と,この薬品タンク内の薬品を貯液タンク30内に供給する薬品投入ポンプ36と,これらを接続する配管等から構成される。薬品としては,消毒剤,消臭剤,脱臭剤,防臭剤,芳香剤などであり,必要に応じて適宜選択することができる。」(段落【0032】)

「消毒剤として,汚物を酸化分解する薬剤で,次亜塩素酸ナトリウム,次亜塩素酸カリウム等の次亜塩素酸,さらし粉,過酸化水素,過マンガン酸カリウム,二酸化マンガン,鉄系化合物,過炭酸ナトリウム,オゾン,有機過酸化物,二酸化塩素,亜塩素酸塩,過硫酸塩,過ヨウ素酸塩などが挙げられ,この中でも次亜塩素酸ナトリウム,さらし粉,過塩素酸塩,過硫酸塩,過ヨウ素酸塩であることが好ましい。なお,次亜塩素酸ナトリウムは消毒剤としても消臭剤としても機能するので好適である。次亜塩素酸ナトリウムは酸性状態で酸化力が高いので,酢酸等の酸と共存して使用することがより好ましい。また,消毒剤の濃度は,消毒処理後の水溶液中で0.01~500ppm,好ましくは0.05~300ppm,より好ましくは0.1~200ppmである。」(段落【0033】)

キ 「次に,前記した構成からなる使用済み紙おむつの処理装置1の作用とその処理方法について説明する。」(段落【0046】)

「まず,開閉扉22(判決注・「開閉扉2」の誤り)を開いて回転ドラム7内に使用済み紙おむつを投入し,操作パネル26のスタートスイッチをオンにする。すると,制御装置71が,筐体3に設けた扉開閉検出器(図示せず)からの信号に基づいて開閉扉2の閉状態を確認した後,処理液供給弁33を開いて,予め貯液タンク30内に貯留して加熱しておいた膨潤抑制剤水溶液を処理室6内に供給する(膨潤抑制剤水溶液供給工程)。」(段落【0047】)

「なお,貯液タンク30内には,制御装置71の制御の下で,膨潤抑制剤投入ポンプ35が作動して所定量の膨潤抑制剤を投入するとともに,給水弁31が開いて所定量の水を投入し,これにより所定濃度の膨潤抑制剤水溶液(処理液)が貯留されている。したがって,スタートスイッチがオンになると,この処理液が処理室内に供給され,紙おむつを回転ドラム7内で浸漬する。」(段落【0048】)

「本実施形態では,図2中符号Lで示すように,回転ドラム7の中心よりも下方の位置まで処理液が供給され,この処理液のレベルを前記した第1液面検出器38aが検出すると,この第1液面検出器38aからの信号に基づいて制御装置71が処理液供給弁33を閉じる。なお,処理室内の処理液のレベルが危険域まで上昇した場合には,前記した第2液面検出器38bからの信号に基づいて制御装置71が処理液の供給を強制的に停止させ,処理液が溢れ出るトラブルを未然に防止する。」(段落【0049】)

「紙おむつを膨潤抑制剤水溶液に浸漬すると,紙おむつの内部の高吸水性ポリマーが膨潤抑制剤の作用により膨潤が抑制されて膨張しないばかりでなく,尿などの水分を吸収して膨潤していた高吸水性ポリマーは収縮して水分を染み出して小さな粒状あるいは粉末状になり,また,膨潤していなかった高吸水性ポリマーも水分を吸収することなく小さな粒状あるいは粉末状のままである(膨潤抑制工程)。したがって,回転ドラム7内の紙おむつは容積が減少したとしても増加することはない。」(段落【0050】)

「外胴6内に所定量の加熱した膨潤抑制剤水溶液を供給して回転ドラム7内の紙おむつが浸漬されたならば,制御装置71がモータ13を回転して回転ドラム7を一方向に回転し,この回転により紙おむつを加熱状態で攪拌して解体する(解体工程)。」(段落【0051】)

「紙おむつを加熱した処理液(膨潤防止剤水溶液)中で攪拌する理由は,殺菌あるいは滅菌の他に紙おむつを構成している表カバーシート(ポリオレフィンシート等)と不織布の接合(接着)力が弱くなり,カバーシートが軟化して剥離・解体し易い状態にするためである。このため,加熱処理液の温度は80~100℃,好ましくは85℃以上である。85℃まで加熱すると殺菌あるいは滅菌を確実に行うことができ,しかも,すべての紙おむつを解体できる。」(段落【0052】)

「前記した様に,高温処理液で加熱した紙おむつを回転ドラム7の回転により一方向回転すると,紙おむつを攪拌突起16に引っ掛けて高く持ち上げてから落下させることができ,この落下による衝撃により容易に解体することができ,また攪拌されて他の紙おむつに引っ張られて破断される。特に,紙おむつの表カバーシートのヒートシール部分が熱により軟化されると,この部分から剥離して内部の吸収材が外に出易い。したがって,この加熱下における攪拌をある程度継続すると,すべての紙おむつの表カバーシートや内面の不織布シートが解体されて,これらのより内包されているセルロースや高吸水性ポリマーがばらばらに解体される。」(段落【0054】)

「紙おむつのカバー類の接合部分が破れると,内部の高吸水性ポリマーは小さな粒状あるいは粉末状に固化しているので,この粒状高吸水性ポリマーは回転ドラム7の貫通孔15を通って収容槽9の底部に沈殿する。したがって,膨潤した高吸水性ポリマーが回転ドラム7と外胴6との間に入り込んで回転ドラム7の回転を阻止するという不都合が解消され,この隙間を従来より狭く設定しても問題がない。このため,同じ大きさの回転ドラム7を備えていても従来よりも外胴6を小さくすることができ,これにより処理装置1の小型化を促進させることができる。」(段落【0055】)

「解体工程が終了したならば,解体された紙おむつのカバー類を回転ドラム7内に残したまま汚物と吸水性ポリマーとセルロースが処理液中に散在した状態で,これを濾過することにより,セルロースと吸水性ポリマーを残して汚物を含んだ処理液を下水処理施設側へと排出する(排液工程)。」(段落【0059】)

「この排液工程が終了したならば,制御装置71からの信号により収容槽9の第2排出弁12を開いて収容槽9内の処理液をセルロースと吸水性ポリマーの粉末と共に濾過分別槽10に流下し,この濾過分別槽10でセルロースと吸水ポリマーを残して処理液を下水処理施設側へと排水する。」(段落【0065】)

「濾過分別が終了したならば,濾過分別槽10内に残ったセルロースと吸水性ポリマーからなる粉末を圧縮機構により圧縮してケーキとして回収する(セルロース・吸水性ポリマー回収工程)。回収されたケーキ状のセルロースと吸水性ポリマーは加熱滅菌ないし加熱殺菌されているので,一般廃棄物として廃棄することができる。そして,回転ドラム7内に残ったカバー類は,加熱滅菌ないし加熱殺菌されているので,回転ドラム7から取り出した後に一般廃棄物として廃棄することができる。」(段落【0066】)

ク 「【実施例】(実施例1)市販の大人用紙おむつ16枚の各々の内面に汚物代替物として味噌約100gを塗ったものを回転ドラム7内に投入し,次に,塩化カルシウム濃度が0.2重量%の水溶液(処理液)30リットルを外胴6内に供給し,室温において,ドラム回転速度30rpmで12秒間回転,5秒間停止,12秒間逆回転,5秒間停止を繰り返し,計30分間攪拌した。続いて,水溶液を排水した後,回転ドラム7を一方向に3分間回転して回転ドラム7内の紙おむつを脱水した。そして,排水はポリプロピレン製の不織布で濾過した。」(段落【0067】)

「(実施例8)要介護老人施設より提供された使用済み紙おむつ20枚を回転ドラム7内に投入し,次に,濃度が1重量%となる塩化カルシウムおよび濃度が1%となる次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液50リットルを外胴6内に供給し,室温において,実施例1と同様の条件で回転ドラム7を30分間回転し,攪拌した。続いて,汚物等を含む水溶液を排出後,実施例1と同様に回転ドラム7内の紙おむつを脱水した。また,排水はポリプロピレン製の不織布で濾過した。さらに,処理装置1内へ水を供給し,5分間回転ドラム7を回転して使用済み紙おむつを水洗し,再び,排水,脱水,濾過を行った。」(段落【0074】)

ケ 「実施例1~5及び実施例8に記載の約60℃以下での処理方法においては,塩化カルシウム等の作用によって紙おむつを非膨潤状態ないし低膨潤状態で洗浄できるため,1回に処理できる紙おむつの処理枚数が多くなる。」(段落【0083】)

「実施例8で処理した汚物を含む水溶液は,汚物臭が完全に消失し,硝酸銀水溶液の数滴の添加によって,遊離塩素イオンの存在を示す塩化銀の微白濁が生じた。この定性分析より,処理のための薬剤水溶液に,塩化カルシウム等のアルカリ土類金属と次亜塩素酸ナトリウムなどの消毒剤,消臭剤が含まれることが極めて有効な処理方法であることが明らかになった。一方,次亜塩素酸ナトリウムなどの消毒剤,消臭剤を含まない比較例1では,すべての処理段階で,処理水溶液に硝酸銀水溶液を添加しても塩化銀の白濁は起こらず,また,処理後の処理装置1内及び濾過分別槽10から汚物の臭気が観測された。」(段落【0084】)

コ 「【発明の効果】以上説明したように本発明によれば,使用済み紙おむつを膨潤抑制剤水溶液に浸漬して吸水性ポリマーの膨潤を抑制するので,処理中に水分を吸収して膨張することを防止することができ,これにより一度に処理できる紙おむつの数量を増加することができる。したがって,同じ処理能力であっても,従来の処理装置に比較して小型化を図ることができ,設置スペースを節約することができる。このため,病院,老人ホーム,ホテルなど設置スペースに余裕がない施設に設置することができる。

さらに,吸水性ポリマーの膨潤を抑制すると,回転ドラムと外胴との間に膨潤した吸水性ポリマーが入り込むことを防止できるので,回転ドラムと外胴との間の隙間を小さくすることができ,これも処理装置の小型化に寄与する。」(段落【0099】)

(3)  引用例2の記載事項

引用例2(甲2)には,次のような記載がある。

ア 「【特許請求の範囲】

【請求項3】 吸水性ポリマーをアルカリを用いて分解することを特徴とする吸水性ポリマーの分解方法。」(2頁)

イ 「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,吸水性ポリマーを短時間で分解し,廃棄する,あるいは,回収しリサイクルする方法を提供することである。」(段落【0005】)

ウ 「【課題を解決するための手段】本発明の吸水性ポリマー分解方法は,吸水性ポリマーへ,少量の酸あるいはアルカリを添加することにより,極めて速やかに,分解可溶化する方法である。また,酸あるいはアルカリによる吸水性ポリマーの分解時に,少量の酸化剤を共存させることにより,酸あるいはアルカリ単独の場合に比べ,より少量の酸あるいはアルカリで,より極めて速やかに,分解可溶化できる吸水性ポリマーの分解方法である。本発明によれば,吸水性ポリマーを含む,生理用品,おむつなどの衛生用品,土壌保湿剤などの廃棄物から,簡便に吸水性ポリマーを分解可溶化し,吸水性ポリマー以外のパルプなどの材料から分離することが可能となり,廃棄あるいはリサイクルが極めて容易かつ低コストで可能となる。さらには,酸化剤を併用することにより,生理用品,おむつなどの衛生用品などを同時に殺菌することも可能となる。」(段落【0006】)

エ 「【発明の実施の形態】本発明が適用できる吸水性ポリマーには,橋かけポリアクリル酸塩系重合体,イソブチレン/マレイン酸塩系重合体,デンプン/ポリアクリル酸塩系重合体,PVA/ポリアクリル酸塩系重合体,アクリル繊維の加水分解物系重合体,橋かけPVA系重合体,橋かけCMC系重合体などが挙げられる。特に本発明の方法は橋かけポリアクリル酸塩系重合体,デンプン/ポリアクリル酸塩系重合体,PVA/ポリアクリル酸塩系重合体に対して有効に用いられる。…また吸水性ポリマーを分解するためのアルカリとしては水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,アンモニア,水酸化カルシウムなどがあり,特に水酸化ナトリウム,アンモニアが好ましい。…また吸水性ポリマーを分解するためのアルカリは,0.01~100(W/V)%の水溶液として用いるのが好ましい。吸水性ポリマーを分解するために用いる酸またはアルカリの量は,膨潤させた吸水性ポリマー1重量部に対して0.001~1000重量部,好ましくは0.01~100重量部の上記濃度の酸またはアルカリ水溶液である。」(段落【0007】)

オ 「【実施例】吸水性ポリマーの分解率は十分量の蒸留水で膨潤させたゲルを目開き1.70mmの篩で10分水切り処理したものを,一定量秤量し,そのゲルに対して各種処理を行った後,その全量を目開き0.21mmの篩にかけ,10分後の残存ゲル重量を測定し,各種処理前の重量に対する比率を計算し,その比率を分解率とした。吸水性ポリマーは,橋かけポリアクリル酸塩系重合体である「ワンダーゲル」(商品名:花王株式会社製)を使用した。」(段落【0009】)

(4)  相違点1の容易想到性について

原告は,本件審決が,引用例1発明における塩化カルシウムの代わりに引用例2の水酸化カルシウムを使用することは当業者が容易に想到するところであると判断したのは誤りである旨主張するので,以下において判断する。

ア 引用例1に,前記第2の3(2)アのとおりの引用例1発明が記載されていることは当事者間に争いがない。

そして,前記(2)認定の引用例1の記載事項によれば,引用例1には,次の点が開示されていることが認められる。

(ア) 従来の「使用済み紙おむつ」(以下,特に断りのない限り,「使用済み紙オムツ」といい,また,「紙おむつ」を「紙オムツ」という。)の処理方法は,使用済み紙オムツを汚物と共にブレード等による機械的裁断力で強制的に解体し,同時あるいはその後に洗浄し,紙オムツの構成成分を回収するものであって,汚物の除去を十分に行うことができないため,悪臭,衛生等の問題があり,その後の処理も困難であり,しかも,紙オムツを分解する際にブレード等によって機械的な裁断力を加えるので,細かく裁断されたビニール製カバー類が回収されたセルロースに混入し易く,これを除去することが困難であるという課題があった。

また,従来の紙オムツの処理装置は,使用により水分で高膨潤した使用済み紙オムツの高吸収性ポリマーが処理時に水を吸収して更に膨潤し,装置内に投入した後の容積増大率が大きくなるため,処理能力の割には装置が大型になり,広い設置スペースを必要としたが,病院や老人ホーム等の施設では広い設置スペースを確保することは容易でなく,事実上設置困難であるという課題があった。

(イ) 「本発明」は,前記課題を解決し,使用済み紙オムツを処理する際に容積の増大を抑制することができ,また,カバー類を細かく裁断しないで内部の吸水性ポリマーやセルロースなどの吸収材をばらばらに解体して,回収したセルロースと吸水性ポリマー中に残る汚物を減少することができ,処理能力の割に装置を小型化することができ,設置場所についても比較的自由に選択できる簡便な使用済み紙オムツの処理方法を提供することを目的とする。

(ウ) 引用例1発明は,前記課題を解決するための手段として,実施例8(段落【0074】等)記載のように,使用済み紙オムツを投入した回転ドラムに,膨潤抑制剤として塩化カルシウム,消毒剤として次亜塩素酸ナトリウムを含む所定量の水溶液を供給し,回転ドラムを回転させて撹拌することによって,使用済み紙オムツの吸水性ポリマーの膨潤を抑制し,紙オムツを非膨潤状態ないし低膨潤状態で洗浄すると共に,消毒する構成を採用した。

そして,引用例1発明においては,使用済み紙オムツの吸水性ポリマーが膨潤抑制剤の作用により膨潤が抑制されて膨張しないばかりでなく,尿などの水分を吸収して膨潤していた吸水性ポリマーが収縮して水分を染み出して小さな粒状あるいは粉末状になり,また,膨潤していなかった吸水性ポリマーも水分を吸収することなく小さな粒状あるいは粉末状のままであるので,回転ドラム内の紙オムツの容積が増加することはなく,このように吸水性ポリマーの膨潤を抑制し,処理中に水分を吸収して膨張することを防止するので,一度に処理できる紙オムツの数量を増加することができ,同じ処理能力であっても従来の処理装置に比較して小型化を図ることができる効果を奏する。

この膨潤抑制剤としては,塩化カルシウム等のアルカリ土類金属塩,多価金属塩又は金属水酸化物の1種の水溶性化合物が好ましい。

イ 引用例1の前記アの開示事項によれば,引用例1発明においては,膨潤抑制剤として,アルカリ土類金属塩である塩化カルシウムを用いているが(実施例8),引用例1記載の処理方法に用いることができる膨潤抑制剤は,塩化カルシウムに限るものではなく,塩化カルシウム等のアルカリ土類金属塩,多価金属塩又は金属水酸化物の1種の水溶性化合物であれば,いずれでも好ましいことの示唆があるものと認められる。

また,前記(3)によれば,引用例2には,吸水性ポリマーを含む,生理用品,「おむつ」などの衛生用品に少量のアルカリを添加することにより,簡便に吸水性ポリマーを分解し,吸水性ポリマー以外のパルプなどの材料から分離することが可能となり,廃棄あるいはリサイクルが極めて容易かつ低コストで可能となること,このアルカリとしては,水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,アンモニア,水酸化カルシウムなどがあり,0.01~100(W/V)%の水溶液として用いるのが好ましいことが開示されている。上記アルカリのうち,水酸化ナトリウム,水酸化カリウム及び水酸化カルシウムは,いずれも金属水酸化物である。

そして,引用例2においては,「おむつ」などの衛生用品の吸水性ポリマーがアルカリの添加により分解すると,吸水性ポリマーから水分が放出され,それにより吸水性ポリマーの膨潤が抑制されるものと理解できる。

そうすると,引用例1及び引用例2に接した当業者においては,引用例2記載の水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,アンモニア,水酸化カルシウムなどのアルカリが,「おむつ」などの衛生用品の吸水性ポリマーから水分を放出し,吸水性ポリマーの膨潤を抑制する点において,引用例1記載の膨潤抑制剤である塩化カルシウム等のアルカリ土類金属塩,多価金属塩又は金属水酸化物の1種の水溶性化合物と共通の機能を有すること,水酸化ナトリウム,水酸化カリウム及び水酸化カルシウムは,いずれも金属水酸化物であることを理解し,引用例1発明において,膨潤抑制剤として,塩化カルシウムに代えて引用例2記載の金属水酸化物を使用することを試みる動機付けがあるものと認められる。

したがって,当業者であれば,引用例1発明の塩化カルシウムに代えて引用例2記載の金属水酸化物の一つである水酸化カルシウム(消石灰)を膨潤抑制剤として採用することを容易に想到することができたものと認められる。

ウ 原告は,これに対し,引用例1発明において塩化カルシウムの代わりに引用例2の水酸化カルシウムを使用することの動機付けが存在せず,また,甲9報告書に示されているように,紙オムツの膨潤抑制剤として,水酸化カルシウムは塩化カルシウムより優れており,水酸化カルシウムを選択することは設計的事項とはいえないから,当業者が引用例1及び引用例2の記載に基づいて相違点1に係る本願発明の構成を容易に想到することができたものとはいえない旨主張する。

しかしながら,前記イ認定のとおり,引用例1発明において,膨潤抑制剤として,塩化カルシウムに代えて引用例2記載の金属水酸化物を使用することを試みる動機付けがあり,その金属水酸化物の一つである水酸化カルシウム(消石灰)を採用することを容易に想到することができたものと認められる。

また,甲9報告書には,①使用済み紙オムツに使用される高分子吸収材の分解を行うための薬剤(分解剤)について,消石灰(水酸化カルシウム)と塩化カルシウムの2種類を用いてどちらがより効率的かつ安定的に分解を行うことができるかを目的として,同一病院の(施設)の使用済み紙オムツを同量(280kg)ずつ投入し,分解剤として塩化カルシウム12kg,塩化カルシウム24kg及び消石灰(水酸化カルシウム)12kgをそれぞれ用いて,常温(20℃)の水温で10分間の消毒分解を行い,その後すずきを2回行い,脱水後に乾燥を行う比較試験を行ったこと,②上記比較試験の結果,塩化カルシウム12kgを使用したものについては,分解状態が芳しくない上に,「汚れ・ニオイ」が抜けきらない,塩化カルシウム24kgを使用したものについては,分解の効果は消石灰12kgを使用したものと見かけ上大差はないが,「汚れ・ニオイ」が残っている,消石灰(水酸化カルシウム)12kgを使用したものは,「汚れ・ニオイ」はない旨の記載がある。上記記載は,甲9報告書の比較試験において,分解剤に消石灰(水酸化カルシウム)12kgを使用したものが,塩化カルシウム12kgを使用したものよりも分解効果が高く,また,塩化カルシウム24kgを使用したものよりも「汚れ・ニオイ」が残らない点で優れていることを示すものといえる。

しかしながら,本願明細書には,分解剤としての石灰が,分解効果の点や「汚れ・ニオイ」が残らない点で,他の分解剤と比べて優れていることについての記載や示唆はないから,甲9報告書の比較試験は,本願明細書に開示のない効果に係る試験である上,分解剤としての水酸化カルシウム(消石灰)が塩化カルシウムより優れていることは,引用例1発明において,膨潤抑制剤として,塩化カルシウムに代えて引用例2記載の水酸化カルシウム(消石灰)を採用することを当業者が容易に想到することができたとの上記判断を左右するものではない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(5)  小括

以上によれば,本件審決における相違点1の容易想到性の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点2の容易想到性の判断の誤り)について

(1)  相違点2の容易想到性について

原告は,本件審決が,引用例1発明において,相違点2に係る本願発明の特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得ることにすぎないと判断したのは誤りである旨主張するので,以下において判断する。

ア 前記1(1)ウのとおり,本願明細書には,本願発明は,「石灰と次亜塩素と使用済み紙オムツを処理槽内に投入し,前記処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら,石灰により分解された使用済み紙オムツから,該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて,所定時間にわたり撹拌し,前記処理槽内の液体を処理槽の外へ排出させると共に脱水し,排出された廃水を回収し水質処理を施して破棄する」構成を採用し,これにより,処理槽内に使用済み紙オムツと石灰及び次亜塩素を投入した処理槽内に水を給水しながら,撹拌している間に,石灰によって使用済み紙オムツの特に高分子ポリマーが分解されて吸収している水分が処理槽内に混ざり,この水分と処理槽内に給水した水を共に用いて使用済み紙オムツを撹拌し,分解された使用済み紙オムツから放出される細菌等は次亜塩素によって消毒されるので,処理槽内に供給する水の量を必要最低限の量にすることができ,従来の消毒剤を含有する水流で使用済み紙オムツを処理する方法と比較して,無駄に水を使用することがなく,また,処理後の廃水も少ないので,水質処理を行う施設の規模も小さくて済み,費用の削減になるという効果を奏することが開示されている。

これに対し,前記1(4)アのとおり,引用例1には,引用例1発明は,使用済み紙オムツを投入した回転ドラムに,膨潤抑制剤として塩化カルシウム,消毒剤として次亜塩素酸ナトリウムを含む所定量の水溶液を供給し,この所定量の水溶液に使用済み紙オムツを浸漬した後に回転ドラムを回転させて撹拌することによって,使用済み紙オムツの吸水性ポリマーの膨潤を抑制し,紙オムツを非膨潤状態ないし低膨潤状態で洗浄すると共に,消毒する構成を採用したものであり,これにより,使用済み紙オムツの吸水性ポリマーの膨潤が処理中に水分を吸収して膨張することを防止するので,一度に処理できる紙オムツの数量を増加することができ,同じ処理能力であっても従来の処理装置に比較して小型化を図ることができるという効果を奏することが開示されている。

このように引用例1発明は,使用済み紙オムツを投入した回転ドラム内に,塩化カルシウム及び次亜塩素酸ナトリウムを含む所定量の水溶液(薬剤水溶液)をあらかじめ供給し,その所定量の薬剤水溶液の中で紙オムツの撹拌を行う構成のものであり,本件審決が相違点2として認定するように,「処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら」,「該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて」撹拌を行う本願発明の構成を備えていない。

イ そこで,相違点2の容易想到性について検討するに,引用例1(甲1)の実施例8には,濃度が1重量%となる塩化カルシウム及び濃度が1%となる次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液50リットルを回転ドラムの外胴内に供給し,室温において撹拌することが記載されているが(段落【0074】),引用例1には,この薬剤水溶液50リットルの量並びに同薬剤水溶液に含まれる塩化カルシウム及び次亜塩素酸ナトリウムの濃度が,撹拌中に使用済み紙オムツの吸水性ポリマーから放出される水分の量を考慮して定められたものであることについての記載や示唆はない。

次に,引用例1の記載事項を全体としてみても,「紙おむつを膨潤抑制剤水溶液に浸漬すると,…尿などの水分を吸収して膨潤していた高吸水性ポリマーは収縮して水分を染み出して小さな粒状あるいは粉末状になり」(段落【0050】)との記載はあるものの,使用済み紙オムツに含有する尿などの水分の具体的な量や,膨潤抑制剤水溶液に浸漬することにより吸水性ポリマーから染み出す水分の具体的な量について言及した記載はないし,また,撹拌中に使用済み紙オムツの吸水性ポリマーから放出される水分の量を利用することにより,撹拌に用いる薬剤水溶液の量あるいは薬剤水溶液に含有する水の量を必要最低限の量とすることができることについての記載や示唆もない。

そうすると,引用例1に接した当業者において,引用例1発明における回転ドラム内に所定量の薬剤水溶液をあらかじめ供給し,その所定量の薬剤水溶液の中で紙オムツの撹拌を行う構成に代えて,薬剤(膨潤抑制剤及び消毒剤)の供給と水の給水(供給)とを別々に行うこととした上で,回転ドラム内で「撹拌可能な最低限の水を給水しながら」,「使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて」撹拌を行う構成(相違点2に係る本願発明の構成)を採用することについての動機付けがあるものとは認められない。

したがって,引用例1に接した当業者が,引用例1発明において,相違点2に係る本願発明の構成を採用することは適宜なし得るものではなく,上記構成を容易に想到することができたものとは認められない。

ウ 被告は,これに対し,①環境やコストなどに配慮して,下水処理すべき処理液の量を減らすことは,当業者にとっては自明の課題であり,特別の動機付けは必要ないから,引用例1発明において,使用される水の量を減らし,薬剤水溶液の所定量を「処理槽内で撹拌可能な最低限」の量と特定することは,当業者が容易になし得ることである,②引用例1発明は,使用済み紙オムツを処理するものであって,使用済み紙オムツに尿,すなわち水分が含まれていることは明らかであり,このような使用済み紙オムツについての薬剤と水が存在する状態での撹拌は,「使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用い」た撹拌であるといえるから,「使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用い」る点は,本願発明と引用例1発明との実質的な相違点ではない,③引用例1発明において供給される「薬剤水溶液」を構成している薬剤と水の添加順序や添加方法を変更してみることは,当業者が必要に応じて適宜検討する事項であり,引用例1発明において,添加する薬剤を「薬剤水溶液」とした状態で添加することに代えて,薬剤と水を別々に添加することとし,その際に,予め薬剤を添加した後に,水を徐々に供給する方法を採用し,「給水しながら」の構成とすることは当業者が適宜なし得ることであるとして,引用例1発明において,相違点2に係る本願発明の構成を採用することは,当業者が容易に想到することができた旨主張する。

しかしながら,上記①の点についてみると,相違点2に係る本願発明の構成である「処理槽内で撹拌可能な最低限の水を給水しながら」,「該使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて」撹拌を行う構成の技術的意義は,前記ア認定のとおり,処理槽内に使用済み紙オムツと石灰及び次亜塩素を投入した処理槽内に水を給水しながら,撹拌している間に,石灰によって使用済み紙オムツの特に高分子ポリマーが分解されて吸収している水分が処理槽内に混ざり,この水分と処理槽内に給水した水を共に用いて使用済み紙オムツを撹拌し,分解された使用済み紙オムツから放出される細菌等は次亜塩素によって消毒されるので,処理槽内に供給する水の量を必要最低限の量にすることができることにあるといえる。このような撹拌中に使用済み紙オムツの吸水性ポリマーから放出される水分の量を利用することにより,処理槽内に供給する水の量を必要最低限の量とする技術思想は,下水処理すべき処理液の量を減らすという課題から直ちに導出できるものではない。また,引用例1発明において,薬剤水溶液の所定量を「処理槽内で撹拌可能な最低限」の量と特定することを想到し得るとしても,そのことは,上記技術思想に想到し得ることを意味するものではない。

次に,上記②の点についてみると,引用例1発明における所定量の薬剤水溶液中での使用済み紙オムツの撹拌においても,結果的に,撹拌中に使用済み紙オムツの吸水性ポリマーから放出される水分も撹拌に用いられているものとはいえるが,前記イ認定のとおり,引用例1発明における薬剤水溶液の量及び同薬剤水溶液に含まれる薬剤の濃度は,撹拌中に使用済み紙オムツの吸水性ポリマーから放出される水分の量を考慮して定められたものとは認められないから,引用例1発明は,撹拌中に使用済み紙オムツの吸水性ポリマーから放出される水分の量をも利用するいう上記技術思想を具現化しているものとはいえない。

さらに,上記③の点についてみると,前記イ認定のとおり,引用例1には,使用済み紙オムツに含有する尿などの水分の具体的な量や,膨潤抑制剤水溶液に浸漬することにより吸水性ポリマーから染み出す水分の具体的な量について言及した記載はないし,また,撹拌中に使用済み紙オムツの吸水性ポリマーから放出される水分の量を利用することにより,撹拌に用いる薬剤水溶液の量あるいは薬剤水溶液に含有する水の量を必要最低限の量とすることができることについての記載や示唆もない。

そうすると,引用例1に接した当業者において,引用例1発明における薬剤水溶液を薬剤(膨潤抑制剤及び消毒剤)と水に分離し,それぞれの供給を別々に行うこととした上で,回転ドラム内で「撹拌可能な最低限の水を給水しながら」,「使用済み紙オムツに吸収されていた水分を用いて」撹拌を行う構成を採用する動機付けがあるものとは認められない。

したがって,引用例1発明において,相違点2に係る本願発明の構成を採用することは当業者が容易に想到することができたとの被告の主張は,理由がない。

(2)  小括

以上によれば,本件審決における相違点2の容易想到性の判断に誤りがあるから,原告主張の取消事由2は理由がある。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がないが,取消事由2は理由があるから,本願発明は引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした本件審決の判断は誤りであり,本件審決は取消しを免れない。

したがって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中芳樹)

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