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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10219号 判決 2014年3月04日

原告

カルソニックカンセイ株式会社

訴訟代理人弁理士

豊岡静男

廣瀬文雄

被告

株式会社デンソー

訴訟代理人弁理士

碓氷裕彦

中村広希

井口亮祉

伊藤高順

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2011-800094号事件について平成25年7月1日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等(争いがない。)

被告は,平成3年5月2日に出願(特願平3-100654号)され,平成12年2月25日に設定登録された,発明の名称を「車両用液量指示計器」とする特許第3036110号(以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。

原告は,平成23年6月8日,特許庁に対し,本件特許について無効にすることを求めて審判の請求(無効2011-800094号事件)をしたところ,特許庁が,平成24年2月20日,審判請求不成立審決をしたため,原告は,同年3月29日,審決取消訴訟を提起した(当庁平成24年(行ケ)第10119号)。その後,被告が,同年4月26日,特許庁に対し,本件特許に係る願書に添付した明細書の訂正をすることについて訂正審判請求(訂正2012-390057号事件)をし(以下「本件訂正」という。),特許庁が,同年7月23日,本件訂正を認める旨の審決をし,その後,同審決が確定したことから,知的財産高等裁判所は,同年11月29日,特許庁が無効2011-800094号事件について平成24年2月20日にした審決を取り消す旨の判決を言い渡し,同判決はその後確定した。特許庁は,平成25年7月1日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同月11日,原告に送達した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲9。以下,本件訂正前の本件特許に係る発明を「本件訂正前発明」といい,本件特許の明細書及び図面をまとめて「本件訂正前明細書等」という。)。

「車両に搭載された容器内の液面レベルを検出する検出手段と,この検出手段で検出された液面レベルを平均化して目標値を求め,この目標値に基づいた液面レベル信号を出力するコンピュータと,前記液面レベル信号に基づいた指示位置にて液量を指示する指針とを備え,前記コンピュータは,前記目標値が変化したときに,前記指針を現在の指示位置から分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力し,且つこの液面レベル信号の出力を設定時間だけ続けることを特徴とする車両用液量指示計器。」

(2)  本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(下線部分は訂正箇所を示す。)(甲10。以下,本件訂正後の本件特許に係る発明を「本件発明」といい,本件特許の明細書及び図面をまとめて「本件明細書等」という。)。

「車両に搭載された容器内の液面レベルを検出してアナログ値を出力する検出手段と,

この検出手段で検出された液面レベルのアナログ値をデジタル値化して,今回のデジタル値と過去複数回のデジタル値とを平均化して今回の目標値を求め,この目標値に基づいた液面レベル信号を出力するコンピュータと,

前記液面レベル信号に基づいた指示位置にて液量を指示する指針とを備え,

前記指針は回転軸を中心としてF(満タン)とE(空)とを表示した文字板上を所定の振れ角で移動し,

前記コンピュータは,前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,前記指針を現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力し,且つこの液面レベル信号の出力を前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間だけ発信し続けること

を特徴とする車両用液量指示計器。」

3  審決の理由

(1)  審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,ア 本件発明は,特開平1-257222号公報(甲1,以下「甲1公報」という。)記載の発明(以下「甲第1号証発明」という。)と実質的に同一であるとはいえず,また,甲第1号証発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない,イ 本件発明は,特開昭60-262017号公報(甲2。以下「甲2公報」という。)記載の発明(以下「甲第2号証発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない,ウ 本件訂正は,平成23年法律第63号附則2条19項の規定により,なお従前の例によるものとされた改正前の特許法126条1項ただし書1号及び3号に掲げる事項を目的とし,かつ,同条3項ないし5項の規定に適合するものである,というものである。なお,審決は,予備的検討として,本件発明は,甲第1号証発明及び甲第2号証発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないとの判断をした。

(2)  上記(1)の結論を導くに当たり,審決が認定した甲第1号証発明の内容,甲第1号証発明と本件発明との一致点及び相違点は以下のとおりである(なお,予備的検討においても同様である。)。

ア 甲第1号証発明の内容(判決注・別紙甲1第3図も参照)「車両の燃料タンク内のフロートに連動してその抵抗値が変化し,燃料残量を抵抗値として検出する燃料残量センサ1と,その出力をアナログ電圧信号に変換するインタフェース回路2と,

このインタフェース回路2からのアナログ電圧信号をディジタル信号に変換するA/Dコンバータ3と,該A/Dコンバータ3から送られてくる燃料残量を示すディジタル信号が入力され,前記燃料残量を示すディジタル信号を,車両が停止中のときは16回サンプリングし(ステップ23,24),走行中のときは256回サンプリングし(ステップ23,25),それらの平均値をその時の燃料残量として算出し(ステップ26),振れ角の数に変換した新データを出力し,この新データに基づき前記燃料残量に応じた角度位置となるよう指針を駆動する表示駆動信号を表示駆動回路5に出力するマイクロプロセッサ4と,

前記表示駆動信号に基づいた角度位置にて燃料残量を指示する指針を有する表示器6とを備え,

前記指針は,回転軸を中心としてフル(F)とエンプティ(E)とが表示された前記表示器6の文字版上を所定の振れ角で移動し,

前記マイクロプロセッサ4は,前記新データと表示器6に現在表示中の表示データとを比較して(ステップ28),

前記新データが前記表示データと等しい場合,次の新データを算出するとともに指針の角度位置は維持され(処理A),前記新データが前記表示データよりも大きい場合,車両の傾斜がないときに限りマイクロプロセッサ4内のRAMエリアに用意したカウンタ(初期値は5である。)のカウンタ値を1増やすようにし(ステップ29,30),

前記新データが前記表示データよりも小さい場合,前記カウンタのカウント値を1減らすようにし(ステップ34),

上記比較を所定回数だけサンプリングするに要する時間毎に繰り返して(処理A),前記カウント値が15に達したら現在表示中の角度位置を1振れ角だけ増やす表示駆動信号を出力し,前記カウント値が0になったら,現在表示中の角度位置を1振れ角だけ減らす表示駆動信号を出力し,

結果として,現在表示中の指針の角度位置が1振れ角だけ減少するのに,車両が停車中のときは少なくとも8秒,車両が走行中のときは少なくとも128秒の表示追従に要する時間が掛かり,現在表示中の指針の角度位置が1振れ角だけ増加するのに,停車中のときは少なくとも16秒,走行中のときは少なくとも256秒の表示追従に要する時間が掛かるようになっている,

車両に装備される電子式燃料残量計。」

イ 本件発明と甲第1号証発明について

(ア) 一致点

「車両に搭載された容器内の液面レベルを検出してアナログ値を出力する検出手段と,

この検出手段で検出された液面レベルのアナログ値をデジタル値化して,今回のデジタル値と過去複数回のデジタル値とを平均化して今回の目標値を求め,この目標値に基づいた液面レベル信号を出力するコンピュータと,

前記液面レベル信号に基づいた指示位置にて液量を指示する指針とを備え,前記指針は回転軸を中心としてF(満タン)とE(空)とを表示した文字板上を所定の振れ角で移動し,前記コンピュータが,前記指針を現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力するために,前記目標値と比較対象とを比較して,前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化することが必要とされている,

ことを特徴とする車両用液量指示計器。」

(イ) 相違点

a 相違点1

「液面レベル信号の出力条件について,

本件発明は,コンピュータが,「前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,前記指針を現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力」するものであるのに対し,

甲第1号証発明は,マイクロプロセッサ4(本件発明の「コンピュータ」に相当する。以下,同様。)は,「前記新データと表示器6に現在表示中の表示データとを比較して(ステップ28),前記新データが前記表示データと等しい場合,次の新データを算出するとともに指針の角度位置は維持され(処理A),前記新データが前記表示データよりも大きい場合,車両の傾斜がないときに限りマイクロプロセッサ4内のRAMエリアに用意したカウンタ(初期値は5である。)のカウンタ値を1増やすようにし(ステップ29,30),前記新データが前記表示データよりも小さい場合,前記カウンタのカウント値を1減らすようにし(ステップ34),上記比較を所定回数だけサンプリングするに要する時間毎に繰り返して(処理A),前記カウント値が15に達したら現在表示中の角度位置を1振れ角だけ増やす表示駆動信号を出力し,前記カウント値が0になったら,現在表示中の角度位置を1振れ角だけ減らす表示駆動信号を出力」するものである点。」

b 相違点2

「液面レベル信号の発信時間について,

本件発明は,コンピュータは,「液面レベル信号の出力を前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間だけ発信し続ける」ものであるのに対し,

甲第1号証発明は,マイクロプロセッサ4(コンピュータ)は,「結果として,現在表示中の指針の角度位置が1振れ角だけ減少するのに,車両が停車中のときは少なくとも8秒,車両が走行中のときは少なくとも128秒の表示追従に要する時間が掛かり,現在表示中の指針の角度位置が1振れ角だけ増加するのに,停車中のときは少なくとも16秒,走行中のときは少なくとも256秒の表示追従に要する時間が掛かるようになっている」ものである点。」

(3)  前記(1)の結論を導くに当たり,審決が認定した甲第2号証発明の内容,甲第2号証発明と本件発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。

ア 甲第2号証発明の内容(判決注・別紙甲2第2図も参照)

「建設機械の燃料タンク2内の燃料3に浮かぶフロート4を備えた回動自在なフロートアーム1の回動により,燃料の残量に対応する大きさの電圧を摺動子13と接地点14の間に出力する燃料計と,

前記燃料計が出力した電圧をアナログ・デジタル・コンバータ15にてデジタル化して0から7までの整数値に変換された残存量を求め,この残存量に基づいた,発光ダイオードL0~L7のいずれか一つを点灯するためのドライバD0~D7を駆動制御するための出力信号(以下,「駆動制御信号」という。)を出力するCPU10と,

前記駆動制御信号に基づいて点灯する発光ダイオードL0~L7により8段階にレベル表示する計器とを備え,

前記CPU10は,現在の残存量を旧データにセットして前記駆動制御信号を出力し(ステップ101,102),

予め定めた一定時間が経過すると,新たな残存量を新データにセットして新データと旧データとを比較し(ステップ103,104,105),

前記新データと旧データとが等しい場合,旧データに対応する番号のドライバD0~D7を駆動する駆動制御信号を出力し(ステップ105,102),

旧データが新データより大きい場合,旧データから1だけ引いた値を新たな旧データとして1つだけ小さな番号のドライバD0~D7を駆動する駆動制御信号を出力し(ステップ106,107,102),

旧データが新データより小さい場合,旧データに1だけ加えた値を新たな旧データとして1つだけ大きな番号のドライバD0~D7を駆動する駆動制御信号を出力する(ステップ106,108,102)ようにした,

建設機械の燃料タンク内の燃料の残存量表示装置。」

イ 本件発明と甲第2号証発明について

(ア) 一致点

「車両に搭載された容器内の液面レベルを検出してアナログ値を出力する検出手段と,

この検出手段で検出された液面レベルのアナログ値をデジタル値化して今回の目標値を求め,この目標値に基づいた液面レベル信号を出力するコンピュータと,

前記液面レベル信号に基づいた指示位置にて液量を指示する表示器とを備え,

前記コンピュータは,前記目標値と比較対象とを比較したときに,現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力し,

且つこの液面レベル信号の出力を予め定めた一定時間だけ発信し続ける

ことを特徴とする車両用液量指示計器。」

(イ) 相違点

a 相違点1

「液面レベルに関する測定値が,本件発明では,「今回のデジタル値と過去複数回のデジタル値とを平均化して」求めたものであるのに対し,

甲第2号証発明では,「燃料計が出力した電圧をアナログ・デジタル・コンバータ15にてデジタル化して0から7までの整数値に変換された残存量」(本件発明の「今回の目標値」に相当する。以下,同様。)であるにとどまり,今回の測定値と過去複数回の測定値とを平均化したものではない点。」

b 相違点2

「液面レベル信号に基づいて液量を指示する計器が,本件発明では,「指示位置にて液量を指示する指針」であって,この指針は,「回転軸を中心としてF(満タン)とE(空)とを表示した文字板上を所定の振れ角で移動」するものであるのに対し,

甲第2号証発明では,「点灯する発光ダイオードL0~L7により8段階にレベル表示する計器」である点。」

c 相違点3(判決注・下線は審決において付されたものである。)

「液面レベル信号を発信し続ける時間に関し,本件発明では,「前記コンピュータは,前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,前記指針を現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力し,且つこの液面レベル信号の出力を前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間だけ発信し続ける」とあるように,「設定時間」だけ発信し続けるのは,目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときであり,しかも,この「設定時間」は,「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である」としているのに対し,

甲第2号証発明では,「前記CPU10は,現在の残存量を旧データにセットして前記駆動制御信号を出力し(ステップ101,102),予め定めた一定時間が経過すると,新たな残存量を新データにセットして新データと旧データとを比較し(ステップ103,104,105),前記新データと旧データとが等しい場合,旧データに対応する番号のドライバD0~D7を駆動する駆動制御信号を出力し(ステップ105,102),旧データが新データより大きい場合,旧データから1だけ引いた値を新たな旧データとして1つだけ小さな番号のドライバD0~D7を駆動する駆動制御信号を出力し(ステップ106,107,102),旧データが新データより小さい場合,旧データに1だけ加えた値を新たな旧データとして1つだけ大きな番号のドライバD0~D7を駆動する駆動制御信号を出力する(ステップ106,108,102)」とあるように,駆動制御信号(液面レベル信号)が出力され続けるのは,新データ(今回の目標値)と旧データ(比較対象)との間に大小関係が生じた場合だけでなく,両者が等しい場合にも適用されるものであり,しかも,この継続時間は,「予め定めた一定時間」であるとしているにとどまり,その一定時間が有する意味も明らかでない点。」

第3原告主張の取消事由

1  取消事由1(本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2の判断の誤り)

次のとおり,審決の本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2についての判断には誤りがあり,本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2はいずれも実質的な相違点ではない。そして,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

(1)  相違点1について

ア 審決は,本件発明では,「目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときには,必ず,指針が現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動することになるが,甲第1号証発明では,新データ(目標値)が表示データ(比較対象)よりも大きい(あるいは,小さい)ものとなったからといって,ただちに,指針を1振れ角(分解能)だけ増やす(あるいは,1振れ角だけ減らす)表示駆動信号が出力されるものではなく,よって,指針が1振れ角(分解能)だけ移動するものではない。」と認定判断している。しかし,本件発明は,目標値が比較対象より大側又は小側へ変化したときには,必ず,直ちに指針を移動させるとは特定されていないから,上記審決の認定判断は,本件特許の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり誤りである。そして,審決は,この誤った認定判断を前提にして,本件発明と甲第1号証発明との相違点1を判断しているから,審決の相違点1の判断も誤りである。

イ 審決は,甲第1号証発明において,新データ(目標値)と表示データ(比較対象)との大小に応じて,初期値を5とするカウンタ値は1だけ増減するものの,指針が1振れ角(分解能)移動するのは,該カウンタ値が15に達するまで(あるいは,0に達するまで)待たなければならないとしているところ,このような指針の動作は,甲1公報の一実施例にすぎない。そして,甲1公報の特許請求の範囲及び4頁左上欄11行ないし同欄15行の記載に照らすと,甲第1号証発明は,カウンタ値とは関係なく「一定時間間隔で予め定めたサンプリング回数だけサンプリングして平均値を算出し,該得られた平均値を燃料残量として表示器に表示する」と認定できる。カウンタ値を考慮するとしても,甲1公報の記載によれば,これは自由に設定し得るので,例えば,現在表示中の角度位置を1振れ角(分解能)だけ増やすカウンタ値を2,同減らすカウンタ値を0,カウンタの初期値を1と設定したものを認定できる。そうすれば,新データ(目標値)と表示データ(比較対象)との大小に応じて,現在表示中の角度位置から大側又は小側へ分解能だけ移動させる表示駆動信号を出力するもの,すなわち,本件発明における「前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,前記指針を現在の角度位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力」するものとなる。

そして,これらの場合には,平均化処理に要する時間が,本件発明における「設定時間」に相当する。この点,被告は,上記主張は,本件発明は,平均化して今回の目標値を求める処理とは別に信号を設定時間だけ発信し続けるという処理を特別に設けるという本件発明の趣旨を正解しないものであり,本件明細書等の記載を参酌して導かれる本件発明の唯一の態様が,信号を設定時間だけ発信し続ける時間の方が,平均化処理に要する時間より長い場合であることとも相容れない旨主張する。

しかし,上記信号を発信し続けることの技術的意義は,燃料タンク7内の燃料の残量確認を容易にすることにあり,指針の変動を抑えることではない。そして,本件明細書【0013】に記載されているように,設定時間は,自動車の燃料消費時間より早い時間の範囲内で自由に変更できる。そして,甲第1号証発明におけるサンプリング時間やサンプリング回数は自由に設定できるので,平均化処理に要する時間が,本件発明における「設定時間」に相当するといえる。仮に,本件発明が,被告の主張するように設定時間が平均化処理に要する時間より長いと規定するものであるとしても,この点に何らかの技術的意義があるわけではなく,設計的事項にすぎない。

したがって,仮に,本件発明において,必ず,直ちに指針を移動させることが特定されていると解したとしても,本件発明と上記のように認定した甲第1号証発明とでは,分解能だけ指針が移動するための液面レベル信号を出力するための条件は同じであるから,相違点1は実質的な相違点ではなく,審決の相違点1の判断は誤りである。

ウ 甲第1号証発明において,カウンタ値を上記イ記載のとおり設定したとしても,停止中のサンプリング回数を小さな値にすることにより給油時に速やかに真の燃料残量を表示できるとともに,車両の傾きがある場合に表示更新を行なわないことにより燃料残量が実際よりも多めに表示されることを防止するという甲第1号証発明の目的は達成される。

したがって,「甲第1号証発明において,表示駆動信号の出力条件をこのようにした(判決注・「初期値を5とするカウンタ値が15に達するまで(あるいは,0に達するまで)指針は移動させない」との条件)のは,甲第1号証発明が,給油中の燃料の残量表示を速やかに行うとともに,車両の傾きにより燃料残量が多めに表示されることを防止することを目的としているため」とした審決の判断は,甲第1号証発明を正解しないものであって,誤りである。

エ 審決は,本件発明と甲第1号証発明とでは解決すべき課題を異にする旨判断している。しかし,甲1公報(2頁左上欄9行ないし17行,同頁左上欄18行ないし右上欄19行)の記載に照らすと,甲第1号証発明は,車両の走行中,振動による液面揺動によって燃料残量の表示が変わることを避けるため,燃料残量センサ1からの入力信号の変化に対し,かなり大きな時間的な遅延を掛けて表示している従来の技術における課題を解決するためのものである。したがって,液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針の振れを小さくするという本件発明の課題は,甲1公報記載の従来の技術で既に課題とされており,甲第1号証発明においては,当然に当該課題を解決した上で,さらに上記従来技術における課題をも解決しようとするものであるから,本件発明と甲第1号証発明とは,解決すべき課題を異にするものではない。

(2)  相違点2について

ア 審決は,甲第1号証発明は,審決の認定した甲第1号証発明の内容を前提として,甲第1号証発明の指針の角度位置が1振れ角だけ増減するのに掛かる時間,すなわち,「表示追従に要する時間」は,新データ(目標値)が表示データ(比較対象)よりも大きい場合の回数と小さい場合の回数との差に依存することとなり,このことは,車両が現実にどのような走行をしたかという,車両の走行状態に依存することにほかならない,「表示追従に要する時間」を審決の認定した甲第1号証発明のように設定したのは,甲第1号証発明が,給油中の燃料の残量表示を速やかに行うとともに,車両の傾きにより燃料残量が多めに表示されることを防止することを目的としているためであり,液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針の振れを小さくすることを目的とした本件発明と,解決すべき課題を異にすることに由来するものである,と認定判断している。

しかし,前記(1)イ記載のとおり設定すれば,甲第1号証発明は,本件発明と同様に,新データ(目標値)と表示データ(比較対象)との大小に応じて,現在表示中の角度位置から大側又は小側へ分解能だけ移動させる表示駆動信号を出力するので,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」は,新データ(目標値)が表示データ(比較対象)よりも大きい場合の回数と小さい場合の回数との差に依存せず,したがって,車両が現実にどのような走行をしたかという車両の走行状態に依存するものではない。この場合,平均化処理に要する時間は,「あらかじめ定めた所定の時間」となり,本件発明の「設定時間」に該当する。また,前記(1)ウ及びエ記載のとおり,審決における甲第1号証発明の目的の認定及び本件発明と甲第1号証発明との解決すべき課題が異なるとの認定判断も誤っている。

イ 甲1公報(2頁右下欄2行ないし同欄7行)の記載に照らすと,甲第1号証発明は,走行中のサンプリング回数256回として,車両振動による液面揺動によって燃料残量表示が変動することを防止しているから,甲第1号証発明も,本件発明と同様に,走行状態によって大きく揺れ動いても指針の振れを小さくするという課題を解決するものである。すなわち,例えば,燃料タンクの容量60ℓ,燃費10km/ℓ の車で,仮に高速道路を平均速度100km/時で走行した場合の燃料消費時間は,60×10÷100=6時間となり,甲第1号証発明は,10セグメントであるから,表示が燃料消費に追従するためには36分/セグメントとなる。この値は,128秒や256秒よりも十分に大きな時間であるから,仮に甲第1号証発明が走行状態に依存するものであるとしても,走行状態によって大きく揺れ動いても指針の振れを小さくするという課題を解決するものであって,指針の角度位置が正規の角度位置から外れることはない。

ウ 相違点2に係る本件発明の構成要件は,「指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間」というものであるが,そもそも燃料残量計は,燃料の残量,すなわち燃料の消費率を表示するためのものであるから,甲第1号証発明の燃料残量計が燃料の残量表示を更新する表示追従速度が,燃料消費率に関する時間であることは明らかである。

また,仮に燃料の残量表示を更新する表示追従速度が,自動車の燃料消費時間よりも遅い時間であるとすれば,燃料が既に消費されて,残量表示を変更しなければならない状態になっているのに,更新時間である表示追従速度が経過するまでは表示を変更することができず,燃料の残量を正確に表示できないものとなり,燃料残量計としての用をなさないことになる。

以上のとおり,設定時間が「燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である」ことは,明示するまでもない事項であるから,甲1公報には記載されていないにすぎない。

2  取消事由2(本件発明と甲第2号証発明との相違点1及び3の判断の誤り)

次のとおり,審決の本件発明と甲第2号証発明との相違点1及び3に関する判断には誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

(1)  相違点1について

審決は,甲第2号証発明により,建設機械の燃料の残存量表示が急激に変化することがない建設機械の燃料の残存量表示方法を提供するとの課題が既に解決されているから,甲第2号証発明において,アナログ・デジタル・コンバータ15から一定時間ごとに整数値に変換されて出力されてくる複数の残存量データについて,改めて,それらについての平均化を行うことは予定していないとみるのが相当である旨認定判断している。

しかし,「液面レベルの揺れを時間的にならすために,所定の時間間隔で測定された複数の液面レベル信号を平均化すること」は,本件特許の出願当時,周知な技術事項である(以下「周知技術1」という。)。

そして,甲第2号証発明は,一般の車両に比べて車体の振動が大きい建設機械のための追加的な機能に関するものであるから,一般の車両において周知技術として通常採用されている平均化(周知技術1)は,甲第2号証発明の前提となる技術にすぎない。また,平均化は,表示が10セグメントからなる甲1公報における従来の技術においても採用されているから,表示の分解能が低いからといって,平均化を行う必要がないというわけではない。したがって,甲第2号証発明においても,アナログ・デジタル・コンバータ15から一定時間ごとに整数値に変換されて出力されてくる複数の残存量データについて,改めて,それらについての平均化を採用することはできる。むしろ,相違点1については,甲第2号証発明で既に採用されているが,あまりにも当たり前の周知技術であるため,甲2公報に明示されていないだけであって,実質上その内容に含まれるし,平均化をしても問題があるので変動を1レベルのみに抑えるようにしたと解するのが妥当な解釈である。

したがって,甲第2号証発明に周知技術1を適用することは,当業者であれば容易になし得る。

(2)  相違点3について

ア 審決は,本件発明につき,目標値が比較対象と等しいときは,液面レベル信号の発信が設定時間だけ継続されることはない旨認定している。しかし,上記認定は本件特許の特許請求の範囲に基づかないものである。すなわち,本件特許の特許請求の範囲の記載には,目標値と比較対象とが同じ値であるときの規定はないし,本件発明の目的は,「液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針の振れを小さく」することであり,本件発明で問題としているのは,目標値が比較対象と等しくない場合のみであるから,目標値が比較対象と等しいときにどのような処理を行うのかについては,任意に決めることのできるものであって,目標値が比較対象と等しいときに液面レベル信号の発信を「設定時間」だけ継続されるか否かは設計的事項にすぎない。また,本件明細書等の実施例の目標値が比較対象と等しいときの処理の記載(図7,【0017】)をみても,コンピュータの作動を示すフローチャートでは,条件分岐の分岐後には何らかの処理を行わなければ,コンピュータとして機能しないから,ステップS3で前回の出力値と今回の目標値とが同じ値のときには,ステップS1の制御を行うとしたという程度のものの記載しかなく,本件発明の目的との関係において特別な技術的意義を有するものではない。

また,本件発明の作用効果は,「目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,前記指針を現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力」するとともに,この液面レベル信号の出力を「設定時間」だけ発信し続けることで奏せられる。したがって,目標値が比較対象と等しい場合における液面レベル信号の発信を継続する時間は本件発明の作用や効果とは何ら関係するものではなく,「指針が回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間」であれば足りる。したがって,本件発明において,目標値が比較対象と等しい場合における液面レベル信号の発信を継続する時間を「設定時間」と同じとしても,何ら問題は生じない。

なお,審決では,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」が,時間の長さではなく出力のタイミングであるなどとは認定していない。また,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」は,新データと旧データとの比較が「一定時間」ごとに行われるから,結果として,点灯が「予め定めた一定時間」だけ継続される。したがって,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」は,本件発明における「液面レベル信号を,指針を分解能だけ移動させるべく出力し,且つこの液面レベル信号の出力を発信し続ける時間」と,表現の仕方が異なるだけで,結果としては同じ内容の時間を意味している。

イ 審決は,上記ア記載の認定を前提に,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」は,本件発明のような,指針が分解能だけ移動したときに,運転者などの残量確認を容易にすべく,指針が移動後の位置にとどまるための時間を定めるという役割を担っていると認めることはできず,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」は,本件発明における「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間」とは,その技術的意義が異なる旨認定判断している。

しかし,上記ア記載の点に照らすと,甲第2号証発明も,「建設機械の燃料の残存量表示が急激に変化することがない建設機械の燃料の残存量表示方法を提供するものである」から,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」も,表示が分解能だけ移動したときに,運転者などの残量確認を容易にすべく,表示が移動後の位置にとどまるための時間を定めるという役割を担っており,表示の急激な変化を軽減するという意味で,本件発明の「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間」と,その技術的意義は同じである。また,上記ア記載のとおり,両者は同じ内容の時間を意味している。

ウ 相違点3に係る本件発明の構成要件は,「設定時間」が「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である」というものであるが,燃料残量計の燃料の残量表示を更新する表示追従速度が,燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間であることは,燃料残量計が燃料残量計として機能するために当然に備えている機能にすぎない技術常識に属することであり,従来技術と比較して技術的な特徴が存在しないものである。そうすると,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」が自動車の燃料消費時間より早い時間であることは自明であるから,相違点3は実質的な相違点ではないともいえる。

(3)  審決の本件発明の効果に係る認定判断について

審決の「速度計と併せて確認することが多い液量指示計器について,運転者にとって違和感のない液量指示表示を可能とし,」との点は,甲2公報の記載(2頁左上欄5行ないし同欄8行)に照らすと,甲第2号証発明も,運転者にとっての違和感のない残存量表示を課題とするものである。

また,本件発明の「容器内の液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針が大きく振れることを抑えることができる。」との効果や,実験結果を示すグラフである図6に記載された効果は,例示された実施例(8段階のレベル)では分解能による差異はあるものの,甲第2号証発明においても,当然同様に奏する。

3  取消事由3(本件訂正の適否についての判断の誤り)

審決は,本件訂正前の特許請求の範囲の「前記目標値が変化したときに,」を,「前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,」と訂正すること(以下,この訂正事項を「訂正事項1」という。)は適法であると判断している。

しかし,「前記目標値が変化したときに」の前記目標値とは,「検出手段で検出された液面レベルを平均化して求めた目標値」であり,目標値が変化するとは,繰り返して求められた目標値が変化することであると解される。一方,本件訂正前明細書等に記載された実施例においては,今回の目標値と前回の出力値とが比較された例しか記載されていないから,目標値と比較される対象は,「過去の目標値」及び「前回の出力値」と解する余地があるとはいえ,それ以外の対象は考えられない。

そして,本件訂正前明細書等中に,「比較対象」という技術用語の定義は存在せず,「比較対象」の用語も記載されていないから,「前記目標値が変化したときに,」を,「前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,」と訂正すると,新たに追加された「比較対象」は,通常の意味と解するしかない。そうすると,訂正後の「目標値」と比較される「比較対象」は,「前回の出力値」や「過去の目標値」ばかりでなく,平均化しない数値である今回のデジタル値や過去のデジタル値,(過去7回分のデジタル値と今回のデジタル値の8回分の平均化に固定するものではなく)平均化する過去分の回数を変化させて平均化した値,甲第8号証に記載されたような移動平均や平滑移動平均で求めた値など,本件訂正前明細書等の記載からみて比較する対象として意味があると考えられるあらゆる対象を含むこととなる。

したがって,本件訂正の訂正事項1は,訂正前発明の「前記目標値が変化したときに」においては,「前回の出力値」(Fn-1)又は「過去の目標値」としか解する余地のなかった目標値と比較する対象を,本件訂正前明細書等の記載及び技術常識からみて比較する対象として意味があると考えられるあらゆる対象を含む「比較対象」に訂正するものである。しかも,「比較対象」の用語は本件訂正前明細書等に記載も示唆もない。したがって,訂正事項1に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張するものである。

また,前記1及び2記載のとおり,本件発明は独立して特許を受けることができないものである。

よって,審決の本件訂正の適否の判断には誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

4  取消事由4(予備的検討における本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2の判断の誤り)

次のとおり,審決の予備的検討における本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2についての判断には誤りがあり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

(1)  相違点1について

前記1(1)記載のとおり,本件発明と甲第1号証発明との相違点1は実質的な相違点ではない。仮に審決のとおり甲第1号証発明の内容及び相違点1を認定したとしても,甲1公報の特許請求の範囲及び4頁左上欄11行ないし同欄15行の記載は,当業者が相違点1に想到することを示唆するものであり,相違点1は容易想到である。

さらに,甲1公報中の上記記載を参酌すれば,液面レベル信号の出力条件が異なることは,甲第1号証発明に甲第2号証発明を適用することの阻害要因とはならない。したがって,甲第1号証発明のカウンタ値を用いた液面レベル信号が出力される条件に代えて,甲第2号証発明に記載されたような通常の,カウンタ値を用いない出力条件を採用することに,格別な困難性は存在しない。

また,審決では,甲第2号証の「予め定めた一定時間」が,時間の長さではなく出力のタイミングであるなどとは認定していない。そして,甲第1号証発明において,現在表示中の角度位置を1振れ角(分解能)だけ増やすカウンタ値を2,同減らすカウンタ値を0,カウンタの初期値を1とするように設定した場合には,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」は,「平均化処理に要する時間」となり,甲第2号証発明の「予め定められた一定時間」と同じである。そうすると,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」は,甲第2号証発明の「予め定められた一定時間」の態様も包含し,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」と甲第2号証発明の「予め定められた一定時間」とは,その液面レベル信号が発信される時間の長さの持つ技術的意義が同じ場合もあるから,甲第1号証発明と甲第2号証発明とを組み合わせて,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」に代えて,甲第2号証発明の「予め定められた一定時間」とすることにより,本件発明の「液面レベル信号の発信時間」とすることに格別の困難性はない。

(2)  相違点2について

前記1及び2記載のとおり,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」も,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」も,本件発明の「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間」と,その技術的意義は同じである。そうすると,相違点2は,実質的な相違点とはいえず,仮に相違点であるとしても,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」の代わりに甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」を適用することにより,相違点2に係る本件発明の構成とすることは,当業者が容易に想到することができる。

また,審決のとおり甲第1号証発明の内容及び相違点2を認定したとしても,上記(1)記載の甲1公報の記載は,甲第1号証発明を,本件発明と同様に,新データ(目標値)と表示データ(比較対象)との大小に応じて,現在表示中の角度位置から大側又は小側へ分解能だけ移動させる表示駆動信号を出力するものとすることを当業者に示唆するものであり,そのようにした場合には,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」は,新データ(目標値)が表示データ(比較対象)よりも大きい場合の回数と小さい場合の回数との差に依存しないから,車両が現実にどのような走行をしたかという車両の走行状態に依存するものではなく,本件発明の設定時間と何ら変わりはない。よって,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」を,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」とすることに何ら困難性はなく,相違点2に係る本件発明の構成とすることは,当業者が容易に想到することができる。

第4被告の反論

1  取消事由1(本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2の判断の誤り)について

(1)  相違点1について

ア 甲第1号証発明においてカウンタ値を関係のないものとすると,本件発明における設定時間の開示がないことになる。また,甲第1号証発明において,サンプリング回数は走行中の方が停止時よりも大きくしなければならないことや,カウンタ初期値の設定はセグメントを増減させるカウンタ値にある程度の数があることを前提に定められるものであると考えられることに照らすと,原告の主張するようなカウンタ値の設定は甲第1号証発明に適しておらず,1振れ角の増減を行うカウンタ値は少なくとも複数であることが必要である。そうすると,カウンタ値は液面の波立ちの影響を受け,あらかじめ定められた設定時間とすることができなくなる。すなわち新データが表示データより大きく(小さく)なっても,直ちに指針を1振れ角だけ増やす(減らす)のではなく,所定のカウンタ値に達するまで(0に達するまで)待たなければならず,かつ,その時間も車両の走行状態によって変動することとなる。

イ 甲第1号証発明において,カウンタ値を関係のないものとしたり,原告の主張するようなカウンタ値を設定したとすると,この場合は,甲第1号証発明は,本件発明における「設定時間」を示唆しないものとなる。原告は,甲第1号証発明における平均化処理に要する時間が本件発明における「設定時間」に相当する旨主張する。しかし,これは,平均化して今回の目標値を求める処理とは別に信号を設定時間だけ発信し続けるという処理を特別に設けるという本件発明の趣旨を正解しないものであり,本件明細書等の記載を参酌して導かれる本件発明の唯一の態様が,信号を設定時間だけ発信し続ける時間の方が,平均化処理に要する時間より長い場合であることとも相容れない。

ウ 審決において甲第1号証発明と本件発明で解決すべき課題を異にするとしたのは,本件発明が,新データが表示データより大きく(小さく)なったら,直ちに指針を1振れ角だけ増やす(減らす)のに対し,甲第1号証発明では,所定のカウンタ値に達するまで(0に達するまで)待たなければならないとした点である。本件発明も甲第1号証も略同様の技術を従来技術と把握している。そして,課題を対比するのは,それぞれの発明が従来技術の問題点に対して何を採用したかであり,本件発明と甲第1号証発明との対比は,甲第1号証発明のカウンタ値が何の目的で採用されたかを検討すべきである。したがって,甲第1号証発明の従来技術をあたかも甲第1号証発明であるかのように主張する原告の主張は誤りである。

(2)  相違点2について

ア 前記第3の1(2)イ記載の原告の主張は,本件発明の技術的特徴である指針式及び分解能を看過したものである。すなわち,本件発明はセグメント表示ではなく,指針表示であり,指針を分解能だけ移動させるものである。そして,本件発明の実施例では,分解能は80°/256≒0.31°としており(【0015】),区分を256とすれば,10セグメントの25.6倍である。しかも,128秒や256秒は連続的に液面が増減する場合であり,実際の走行状態では液面が波立つため,連続的な増減が生じるのは極めてまれである。そのため,実際のカウンタ値が増減するのに更に多くの時間が掛かる。審決では,セグメント表示を実施例で示す甲1公報から指針式も読み取り,その上で甲第1号証発明と本件発明との相違を検討しているのであるから,その相違を判断する場合には,甲1公報から読み取れる指針式の指示計器で判断すべきであり,その指針の振れの判断に指針式ではないセグメント表示を持ち込むことは不適切である。

イ 審決は,本件発明の「設定時間」と甲第1号証発明のカウンタとでは,その時間の長さがあらかじめ定めた一定の長さであるのか,車両の走行状態によって変動するものであるのかが,一番の本質的相違であると判断しているのであり,「燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間」というのは,「設定時間」の時間の長さを特定した内容である。したがって,甲第1号証発明では,液面レベルの発信時間は,車両の走行状態に応じて変動するため,甲1公報から「予め決めた所定の時間」の示唆があることにならないとする審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2(本件発明と甲第2号証発明との相違点1及び3の判断の誤り)について

(1)  相違点1について

燃料の残存量表示の急激な変化を抑えるという意味においては,甲第2号証発明は,本件発明と共通する点があるが,そのために採用する手段が全く異なっている。すなわち,平均化は,液面レベルのばらつきを抑える上で有効であるが,甲第2号証発明では,いくら液面レベルがばらついたとしても,変動を1レベルのみに抑えているので,平均化を行う必要がない。

しかも,甲2公報の記載(2頁左下欄及び同頁右下欄)をそのまま読めば,甲第2号証発明では平均化を行っていないと解釈するのが通常である。

したがって,甲第2号証発明においては,1レベルのみの増減により,建設機械の燃料の残存量表示が急激に変化することがないようにするとの課題が解決されているから,改めて平均化を行うことは予定していないとみるのが相当であると判断した審決に誤りはない。

(2)  相違点3について

ア 原告は,目標値が比較対象と等しいときの判断のみを取り出して種々主張するが,審決は,本件発明が,目標値が比較対象と等しいときの判断をしないとして甲第2号証発明との差異を認定しているわけではない。審決が認定したのは,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」ごとに行われる新データと旧データとの比較の技術的意義であり,その比較が,両者に大小関係がある場合だけでなく,両者が等しい場合であっても行われるとして,「予め定めた一定時間」が信号を出力し続ける時間の長さではなく,どの時点でなされるかのタイミングであると認定している。甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」は,新データと旧データとの比較をするためのタイミングであるのに対し,本件発明の「設定時間」は新データと旧データとを比較した後で,液面レベル信号を,指針を分解能だけ移動させるべく出力し,かつこの液面レベル信号の出力を発信し続ける時間の長さであり,その点で本質的な相違がある。

イ 原告は,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」が自動車の燃料消費時間より早い時間であることは自明であると主張する。しかし,甲第2号証発明では,新データと旧データとの比較が「予め定めた一定時間」ごとに行われることから,結果として,点灯が「予め定めた一定時間」だけ継続されることになるのに対し,本件発明では,指針を分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力し,かつこの液面レベル信号を発信し続けて,運転者などの残量確認を容易にする時間を「設定時間」として定めている。審決は,この点をもって,「予め定めた一定時間」は,本件発明の「設定時間」とはその技術的意義が異なるとしているのであって,原告の主張は誤りである。

(3)  審決の本件発明の効果に係る認定判断について

本件発明の「容器内の液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針が大きく振れることを抑える事が出来る」との効果につき,審決が,本件発明が特有の作用効果を奏するとしたのは,そのために採用する手段が甲第2号証発明と全く異なっていることを指したものであり,原告の主張は審決を正解しないものである。

3  取消事由3(本件訂正の適否についての判断の誤り)について

(1)  原告が新たに追加された比較対象として挙げる例は,本件訂正にかかわらず,本来的に比較対象となっていなかったもの(平均化しない数値である今回のデジタル値や過去のデジタル値,甲第8号証に記載されたような移動平均や平滑移動平均で求めた値)や,本件訂正の有無にかかわらずもともと比較対象であったもの(平均化する過去分の回数を変化させて平均化した値)である。したがって,原告の挙げる例を根拠として本件訂正により特許請求の範囲が拡張されたということにはならない。

(2)  本件訂正前明細書等の記載及び技術常識からみて比較対象として意味があると考えられる対象であれば,それは,本件訂正によって含まれるのではなく,本件訂正前から元々含まれていた内容である。逆に,本件訂正前明細書等の記載及び技術常識からみて比較対象として意味があると考えられない対象は,本件訂正にかかわらず元々「比較対象」とならない。そして,本件訂正前明細書等には,その比較対象として前回の出力値も過去の目標値も開示されているので,本件訂正は特許請求の範囲の拡張にも変更にも当たらない。

4  取消事由4(予備的検討における本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2の判断の誤り)について

(1)  相違点1について

原告は,甲第1号証発明のカウンタ値を用いた液面レベル信号が出力される条件に代えて,甲第2号証発明に記載されたような通常の,カウンタ値を用いない出力条件を採用することに,格別な困難性は存在しない旨主張する。

しかし,甲第1号証発明における「表示追従に要する時間」は,車両の運転状態や燃料液面の波立ちによって変化する時間の長さであり,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」は,時間の長さではなく出力のタイミングである。したがって,これらの間では,その液面レベル信号が発信される時間の長さの持つ技術的意義が互いに異なるとともに,本件発明に係る液面レベル信号の発信時間とも異なるとした審決の認定に誤りはない。

その余の原告の主張については,前記1(1)記載のとおりであり,審決の認定判断に誤りはない。

(2)  相違点2について

本件発明における「設定時間」というのは,あらかじめ定めた時間の長さをいい,その長さが「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間」であると規定している。したがって,甲第1号証発明における「表示追従に要する時間」とは,あらかじめ定めた一定の時間の長さであるか車両の運転状態で変わる時間の長さであるかで本質的に相違するし,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」とでは,時間の長さであるのか,出力のタイミングであるのかが相違する。原告の主張はこの相違を看過するものである。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告の各取消事由の主張にはいずれも理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  取消事由1(本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2の判断の誤り)について

(1)  本件発明について

本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は前記第2の2(2)認定のとおりである。そして,本件明細書等には以下の記載がある(なお,以下の部分については本件訂正前明細書等においても同一の記載である。)(甲9,10)。

ア 「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,例えば車両用燃料計や車両用油量計などの車両用液量指示計器に関するものである。

【0002】【従来の技術】従来より,例えば燃料タンクに入っている燃料の量を指示する燃料計は,フロートの位置,すなわち,燃料タンク内の液面レベルを電圧値に変換して検出するセンダユニットと,このセンダユニットの出力に基づいて,燃料の残量を指示する指針を有するレシーバユニットとを備えている。なお,燃料タンク内の液面レベルは,自動車の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動くので,フロートも大きく上下に振動するため,レシーバユニットの感度が良いと指針が振れて,正規の指示位置がどこなのか分からなくなる。

【0003】そこで,自動車用燃料計においては,交差コイル式ゲージの回転子の動きを鈍くするために回転子の下部に高粘度(50万~100万 cst;センチストークス)のシリコンオイルを注入していた(従来技術A)。あるいは,コンピュータを使用してセンダユニットからの出力を平均化して目標値を求め,この目標値に基づいて指針を駆動するようにしたものもあった(従来技術B)。

【0004】【発明が解決しようとする課題】ところが,最近の自動車においては,偏平な燃料タンクを搭載したものが多くなってきている。このため,従来のものより,センダユニットの出力電圧値の変動が大きくなっている。例えば図5のグラフ(自動車の旋回時のデータ)に示したように,自動車が停止中の出力電圧値が約2.20Vであったのが,旋回走行中には約0.35Vに変化する。したがって,図6のグラフに示したように,従来技術(図示実線で示した)Aおよび従来技術(図示破線で示した)Bにおいては,指針が正規の値0°から大きく振れてしまい,効果的に指針の振れを抑制することが困難となっている。本発明は,液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針の振れを小さくした車両用液量指示計器の提供を目的とする。」

イ 「【0006】【作用】本発明は,車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって容器内の液面レベルが大きく揺れ動くと,検出手段で検出される液面レベルも大きく変動する。このため,コンピュータは,過去の液面レベルと今回の大きく変動した液面レベルとを平均化した目標値が過去の目標値より大きく変動することとなるので,指針を現在の指示位置から分解能,すなわち,指針を制御可能な最小量だけ移動させるように液面レベル信号を出力する。よって,指針は分解能だけ移動する。このとき,コンピュータは,その液面レベル信号を設定時間だけ出力し続けるため指針は分解能だけ移動した後,設定時間が経過するまでは動かない。」

ウ 「【0007】【実施例】本発明の車両用液量指示計器を図1ないし図7に示す一実施例に基づき説明する。図1は自動車用燃料計の概略を示した図である。自動車用燃料計1は,センダユニット2,コンピュータ3,レシーバユニット4を備える。なお,5はバッテリ,6はキースイッチである。」

「【0011】出力設定回路11は,前回の出力値(Fn-1)と今回の目標値(Fxn)とを比較して,両者の差がたとえ大きくても前回の指針17の指示位置,すなわち,前回の出力値(Fn-1)と比較して指針17が分解能だけ移動可能な出力値(Fn)を求める。この出力値(Fn)は,例えば下記の表1のような液面レベル信号としての周波数信号(fn)に変換されてレシーバユニット4に発信される。」

「【0013】

また,出力設定回路11は,レシーバユニット4に周波数信号(fn)を発信してから燃料消費率に関する設定時間(例えば10秒)だけ同じ周波数信号(fn)を発信し続ける。なお,設定時間は,自動車の燃料消費時間より早い時間であれば指針17の指示が不正確となることはないので,その範囲内で自由に変更できる。」

「【0015】駆動回路13は,周知の構造で,入力した周波数信号に基づいて,交差するコイル15の通電量を制御して,指針17を分解能(最大振れ角80°,8bitのコンピュータ3の場合は80°/256≒0.31°)ずつ増減する。」

「【0016】図7(判決注・別紙図7参照)はコンピュータ3の作動を示したフローチャートである。・・・

【0017】まず,センダユニット2から送られてくる液面レベルに関する電圧値(アナログ値)をデジタル値に変換する(ステップS1)。つづいて,例えば(xn+xn-1+…+xn-7)/8のように8回分のデータ(デジタル値)を平均化して今回の目標値(Fxn)を求める(ステップS2)。つづいて,前回の出力値と今回の目標値とが同じ値(Fn-1=Fxn)か否かを判定する(ステップS3)。同じ値の(Yes)時,ステップS1の制御を行う。

【0018】ステップS3において,同じ値ではない(No)時,前回の出力値より今回の目標値が小さい(Fn-1>Fxn)か否かを判定する(ステップS4)。Fn-1>Fxnの(Yes)時,指針17が分解能(1振れ角約0.3°)だけ減少させることが可能な液面レベル信号{Fn=(Fn-1)-1}を設定する(ステップS5)。

【0019】また,ステップS4において,Fn-1>Fxnではない(No)時,指針17が分解能(1振れ角約0.3°)だけ増加させることが可能な出力値{Fn=(Fn-1)+1}を求め(ステップS6),その出力値(Fn)を周波数信号(fn)に変換し(ステップS7),その周波数信号(fn)を駆動回路13に発信する(ステップS8)。周波数レベル信号(fn)を発信してから設定時間(例えば10秒間)が経過しているか否かを判定する(ステップS9)。設定時間が経過していない(No)時,ステップS9の制御を行い,設定時間が経過している(Yes)時,ステップS1の制御を行う。

【0020】この自動車用燃料計1の作用を図1ないし図6に基づき説明する。一般に,自動車が急加減速,急旋回したり,急坂を走行したりすると,燃料タンク7内の燃料の液面レベルは大きく揺れ動き,センダユニット2のフロート8も大きく上下に振動するため,センダユニット2の出力も大きく変化する。

【0021】このため,コンピュータ3のA/D変換回路9に前回の電圧値(vn-1:例えば2.20V)から大きく減少した電圧値(vn:例えば0.35V)が入力される。そして,この入力した電圧値(vn)は,A/D変換回路9によって,xn=(vn/5)×255に基づいて求められたデジタル値(xn)に変換されてデータ処理回路10に送られる。

【0022】そして,データ処理回路10において,例えば(xn+xn-1+…+xn-7)/8のように今回のデジタル値(xn)は過去7回のデジタル値(xn-1+…+xn-7)とともに平均化されて今回の目標値(Fxn)が求められる。つづいて,出力設定回路11で,前回の出力値(Fn-1)と今回の目標値(Fxn)とが比較されて,前回の目標値(Fn-1)から今回の目標値(Fxn)が大きく減少していると判定される。

【0023】出力設定回路11は,前述のような場合でも,前回の出力値(Fn-1)と比較して指針17が分解能(1振れ角約0.3°)のみEがわに移動することが可能な出力値(Fn)を求めて,その出力値(Fn)を周波数信号(fn)に変換してレシーバユニット4の駆動回路13に発信する。

【0024】すなわち,指針17が数振れ角一度に移動してしまうことがないような液面レベル信号を発信する。このため,駆動回路13によって,指針17が前回の指示位置から1振れ角(約0.3°)だけEがわに動かされる。そして,指針17が移動してから設定時間(例えば10秒)だけその周波数信号(液面レベル信号:fn)を駆動回路13に発信し続けることによって,指針17が前述の指示位置にて設定時間(例えば10秒)だけ保持されるため,燃料タンク7内の燃料の残量が容易に確認できる。

【0025】したがって,センダユニット2の出力電圧の値が一時的に大きく変化しても,指針17が大きく振られずに,設定時間毎に指示位置を非常にゆっくりと移動していく。なお,指示位置を保持する設定時間は,自動車の燃料消費に基づいて,燃料の消費時間より早くしておけば指針17の指示位置が正規の指示位置から外れることはない。このため,常に指針17がほぼ正規の指示位置を指示するため信頼性の高い自動車用燃料計1を提供することができる。」

エ 「【0032】【発明の効果】本発明は,容器内の液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針が大きく振れることを抑えることができる。」

(2)  甲1公報について

ア 甲1公報には,以下の記載があることが認められる(甲1)。

(ア) 特許請求の範囲(1頁左下欄5行ないし同欄最下行)

「燃料残量センサにより燃料タンク内の燃料の残量を検出し,該検出出力を演算処理手段において一定時間間隔で予め定めたサンプリング回数だけサンプリングして平均値を算出し,該得られた平均値を燃料残量として表示器に表示する電子式燃料残量計において,

車速を計測するスピードセンサと,

車両の傾きを検知する傾斜センサとを付設し,

前記演算処理手段により該スピードセンサと傾斜センサの出力を監視し,

車両が停止している場合には前記サンプリング回数を走行時よりも小さな値に変更すると共に,

算出された燃料残量値が増加する場合で,かつ車両が傾斜しているときには,前記表示器の燃料残量の表示を更新不可能に設定する,

ことを特徴とする電子式燃料残量計。」

(イ) 発明の概要(1頁右下欄3行ないし同欄9行)

「本発明は,車両の電子式燃料残量計にスピードセンサと傾斜センサを付設し,この二つのセンサ出力を監視することにより,車両の状態(停止中・走行中)に応じて表示追従速度を切替えて最適な追従速度を得ると共に,車両傾斜時には表示更新を中止して燃料残量が実際よりも多く表示されることを防止したものである。」

(ウ) 産業上の利用分野(1頁右下欄11行ないし同欄12行)

「本発明は,自動車等車両に装備される電子式燃料残量計に関する。」

(エ) 従来の技術(1頁右下欄14行ないし2頁左上欄17行)

「第4図に従来の電子式燃料残量計の構成を示す。図中,1は燃料タンク内の燃料の残量を検出する燃料残量センサ,2は燃料残量センサ1の出力をアナログ電圧信号に変換するインタフェース回路,3はアナログ信号をディジタル信号に変換するA/Dコンバータ,4は燃料残量を算出するマイクロプロセッサ,5は表示駆動回路,6は燃料残量を表示する表示器である。

燃料残量センサ1は,燃料タンク内のフロートに連動してその抵抗値が変化し,燃料残量を検出する。燃料残量センサ1で得られた燃料残量を示す抵抗値はインクフェース回路2でアナログ電圧に変換され,A/Dコンバータ3に送られてディジクル信号に変換された後,マイクロプロセッサ4に送られる。

マイクロプロセッサ4は,A/Dコンバータ3から送られてくる燃料残量を示すディジタル信号を予め定めた一定の時間間隔で予め定めたサンプリング回数だけサンプリングしてその平均値を求め,これを燃料残量として出力する。そして,このようにして得られた燃料残量を,表示駆動回路5を介して,例えば第5図の如き10セグメント,ゾーン表示式の表示器6にゾーン状に点灯表示し,乗員に燃料残量を知らせるものである。」

(オ) 発明が解決しようとする問題点(2頁左上欄19行ないし同頁左下欄4行)

「従来の電子式燃料残量計は,車両の走行中,振動による液面揺動によって燃料残量の表示が変わることを避けるため,燃料残量センサ1からの入力信号の変化に対し,かなり大きな時間的な遅延をかけて表示している。このため,イグニッションキーを入れたまま給油した場合,給油時の燃料増加に対して表示が短時間で追従することができず,実際には燃料タンクが満杯になっているにもかかわらず,残量表示はエンプティ(E)のままとなり,燃料補給後,しばらく経過してやっとフル(F)表示になるという問題があった。

また,従来の電子式燃料残量計は,車両の傾きに対する燃料残量の誤表示についても,何ら配慮されていなかった。このため,車両が傾くと,その傾きの方向に応じて,実際の燃料残量よりも多く表示したり,少なく表示してしまうことがあった。一般に,燃料の残量を実際よりも少なく表示した場合にはそれ程問題を生ずることはないが,実際よりも多く表示した場合には,誤って燃料切れを起こすおそれがある等の問題があり,何らかの対策が必要である。

本発明は上記事情のもとに発明されたもので,給油時に速やかに真の燃料残量を表示できると共に,車両の傾きにより燃料残量が実際よりも多めに表示されることを防止した電子式燃料残量計を提供しようとするものである。」

(カ) 作用(2頁右下欄3行ないし同欄13行)

「車両走行中においては,演算処理手段Bによるサンプリング回数は,車両振動による液面揺動によって燃料残量表示が変動することのないように,大きな値に設定され,大きな遅延時間が与えられている。

車両が停止すると,演算処理手段BはスピードセンサDの出力からこれを検知し,サンプリング回数を小さな値に変更する。この結果,車両停止時には,燃料残量の算出時間が短くなるために表示応答時間が短くなり,給油時に速やかに真の燃料残量が表示される。」

(キ) 実施例(3頁左上欄2行ないし4頁左上欄18行)

「以下,図面を参照して本発明の詳細な説明する。

第2図は本発明の実施例を示し,図中,7は車両の車速を計測するスピードセンサ,8は車両の傾きを検知する傾斜センサ,9はスピードセンサ7と傾斜センサ8からの信号を処理に都合のよい波形に整形するためのインタフェース回路である。なお,他の符号1~6で示す構成要素は,第4図の従来のものと同一である。

上記構成になる実施例の動作を,第3図(判決注・別紙甲1第3図参照)に示すフローチャートを参照して説明する。

燃料残量センサ1により燃料残量が検出され,抵抗値に変換される。

インタフェース回路2はこれをアナログ電圧信号に変換し,A/Dコンバータ3に送る。A/Dコンバータ3はアナログ信号をディジタル信号に変換した後,マイクロプロセッサ4に送る。

マイクロプロセッサ4は,A/Dコンバータ3から送られてくる燃料残量を示すディジタル信号を0.1秒ごとにサンプリングし,0.1秒ごとに燃料残量値を取り込む(第3図(判決注・別紙甲1第3図参照)ステップ21,22)。

次に,マイクロプロセッサ4は,車両が走行中のときの振動による液面揺動の影響を避けるため,取り込んだ残量データの平均化を行なうが(ステップ26),このとき,車両が停止しているか否かにより,平均値算出のためのサンプリング回数を変える。即ち,マイクロプロセッサ4はスピードセンサ7の出力を監視し,車両が停止中のときはサンプリング回数を16回とし(ステップ23,24),走行中のときはサンプリング回数を256回に設定する(ステップ23,25)。このように,停止中と走行中とでサンプリング回数を変えるのは,給油中の表示応答速度を変えるためである。

上記のようにして,停止中の場合には,サンプリング回数=16回の平均値がその時の燃料残量として,また走行中の場合には,サンプリング回数=256回の平均値がその時の燃料残量として,それぞれ算出される。この得られた燃料残量値は,マイクロプロセッサ4内のROMに格納されたテーブルを参照することにより,或は演算により,例えば第5図に示す10セグメント,ゾーン点灯式表示器6の表示形式に適合するよう,表示セグメント数に変換され(ステップ27),現在表示器6に点灯表示中のセグメント数と比較される(ステップ28)。新データと表示データとが等しい場合には,表示器6のセグメント点灯数はそのまま維持され,次の処理Aに進む。新データが表示データよりも大きい(>)場合,即ち,新しく算出された燃料残量値が前回算出された燃料残量値よりも増加している場合には,傾斜センサ8により車両の傾斜が検出されているか否かが参照され(ステップ29),傾斜がある場合には表示器6の表示更新は行なわず,次の処理Aに分岐する。傾斜がない場合には,マイクロプロセッサ4内のRAMエリアにカウンタを用意しておき(初期値=5),このカウンタ値に1を加える(ステップ30)。このようにして,カウント値が15に達したら(ステップ31),カウンタの初期化を行なった後(ステップ32)表示器60点灯セグメント数を1セグメント増やす(ステップ33)。

次に,前記ステップ28において燃料残量値が減少方向で変化する場合,初期値=5のカウンタから1を引いていき(ステップ34),カウント値が0になったら(ステップ35),カウンタを初期化の後(ステップ36),表示器6の点灯セグメント数を1セグメント減らす(ステップ37)。

以上述べたような処理を実行することにより,本実施例の場合,結果的に次のような燃料残量表示のための表示追従速度が得られる。

① 燃料残量が連続的に減少する場合で,かつ車両が停車中のときは,1セグメント減少に8秒

② 燃料残量が連続的に減少する場合で,かつ車両が走行中のときは,1セグメント減少に128秒

③ 燃料残量が連続的に増加する場合で,かつ車両が傾斜しているときは,表示更新なし

④ 燃料残量が連続的に増加する場合で,かつ車両が傾斜していない場合の停車中は,1セグメント増加に16秒

⑤ 燃料残量が連続的に増加する場合で,かつ車両が傾斜していない場合の走行中は,1セグメント増加に256秒(ちなみに,このような条件に該当する場合としては,例えば車両の加減速時が該当する)

以上説明した実施例は,表示器6に第5図の如きゾーン点灯表示式のものを用いた場合について例示したが,ディジタル数字表示,指針表示であっても同様に適用できることは勿論である。また,第3図のフローチャート中で設定したサンプリング時間(0.1秒),各サンプリング回数(16回,256回),及びカウンタの初期値(=5)などの値は目的に応じて自由に設定しうることは当然である。更に,本発明におけるスピードセンサ7としては,独立に設けるに代え,従来よりスピードメータ用に装備されているスピードセンサの出力を利用してもよいものである。」

(ク) 発明の効果(4頁左上欄20行ないし同頁右上欄7行)

「本発明は,以上説明した如き構成,作用になるものであるから,イグニッションキーを入れたままで給油した場合,従来の燃料残量計と異なり,速やかに真の燃料残量を表示することができると共に,車両の傾きにより燃料残量が実際よりも多めに表示されてしまうようなことも防止でき,車両運転における信頼性を更に向上し得るという優れた効果を奏する。」

イ 甲1公報から認定できる発明について

(ア) 以上のとおり,甲1公報の実施例においては,車両が停止しているか否かにより,平均値算出のためのサンプリング回数を変える,すなわち,車両が停止中のときはサンプリング回数を16回,走行中のときはサンプリング回数を256回に設定することが記載されている。その上で,新データと表示データとが等しい場合には,表示器6のセグメント点灯数はそのまま維持される一方で,新データが表示データよりも大きい場合や小さい場合には,カウンタを用いる構成が記載されている。

もっとも,甲1公報の特許請求の範囲には,上記のカウンタに関する記載はない上に,甲1公報においてカウンタを設けない構成においても,車両が停止している場合にはサンプリング回数を走行時よりも小さな値に変更すること,及び,新しく算出された燃料残量値が前回算出された燃料残量値よりも増加している場合には,傾斜センサ8により車両の傾斜が検出されているか否かが参照され,傾斜がある場合には表示器6の表示更新を行わないことにより,給油時に速やかに真の燃料残量を表示できるとともに,車両の傾きにより燃料残量が実際よりも多めに表示されることを防止するという発明の効果を奏することができる。さらに,サンプリング時間及びサンプリング回数は目的に応じて自由に設定し得るのであるから,適宜これを設定することにより,車両走行中の車両振動による壁面振動によって燃料残量表示が変動することがないようにすること(2頁右下欄3行ないし同欄7行)も可能である。

以上によれば,甲1公報には,カウンタを備えない構成も開示されているものと認められる。

(イ) 前記ア認定の甲1公報の記載内容及び上記(ア)の点を前提とすると,甲1公報には,以下の発明が記載されているものと認められる(以下「甲1公報記載の発明」という。)。

「車両の燃料タンク内のフロートに連動してその抵抗値が変化し,燃料残量を抵抗値として検出する燃料残量センサ1と,その出力をアナログ電圧信号に変換するインタフェース回路2と,

このインタフェース回路2からのアナログ電圧信号をディジタル信号に変換するA/Dコンバータ3と,該A/Dコンバータ3から送られてくる燃料残量を示すディジタル信号が入力され,前記燃料残量を示すディジタル信号を,車両が停止中のときは走行中の時よりも少ない回数とした上で一定時間間隔であらかじめ定めたサンプリング回数だけサンプリングをし,それらの平均値をその時の燃料残量として算出し(ステップ26),振れ角の数に変換した新データを出力し,この新データに基づき前記燃料残量に応じた角度位置となるよう指針を駆動する表示駆動信号を表示駆動回路5に出力するマイクロプロセッサ4と,

前記表示駆動信号に基づいた角度位置にて燃料残量を指示する指針を有する表示器6とを備え,

前記指針は,回転軸を中心としてフル(F)とエンプティ(E)とが表示された前記表示器6の文字版上を所定の振れ角で移動し,

前記マイクロプロセッサ4は,前記新データと表示器6に現在表示中の表示データとを比較して(ステップ28),

前記新データが前記表示データと等しい場合,次の新データを算出するとともに指針の角度位置は維持され(処理A),

前記新データが前記表示データよりも大きい場合,車両の傾斜がないときに限り現在表示中の角度位置を1振れ角だけ増やす表示駆動信号を出力し,

前記新データが前記表示データよりも小さい場合,現在表示中の角度位置を1振れ角だけ減らす表示駆動信号を出力し,

現在表示中の指針の角度位置が1振れ角だけ減少し又は増加するのに,前記サンプリングを行い平均値を算出するのに要する時間が掛かるようになっている,

車両に装備される電子式燃料残量計。」

(3)  一致点及び相違点の認定並びに相違点の判断について

ア 以上の本件発明及び甲1公報記載の発明を対比すると,本件発明と甲1公報記載の発明とは,前記第2の3(2)イ(ア)記載の点で一致するものと認められる。

さらに,審決の認定した前記第2の3(2)ウ(ア)記載の相違点1について,甲1公報記載の発明においては,新データが表示データよりも大きい場合,車両の傾斜がないときに限り現在表示中の角度位置を1振れ角だけ増やす表示駆動信号を出力し,新データが表示データよりも小さい場合,現在表示中の角度位置を1振れ角だけ減らす表示駆動信号を出力するものであるから,これは,本件発明における「コンピュータが,「前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,前記指針を現在の指示位置から大側若しくは小側へ分解能だけ移動させる液面レベル信号を出力」」に相当するといえる。

イ そうすると,本件発明と甲1公報記載の発明との相違点は次のとおりなる。

「液面レベル信号の発信時間について,

本件発明は,コンピュータは,「液面レベル信号の出力を前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間だけ発信し続ける」ものであるのに対し,

甲1公報記載の発明は,マイクロプロセッサ4(コンピュータ)は,「現在表示中の指針の角度位置が1振れ角だけ減少し又は増加するのに,前記サンプリングを行い平均値を算出するのに要する時間が掛かるようになっている」ものである点。」

ウ 前記(1)認定の本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載及び本件明細書等の記載に照らすと,本件発明は,従来技術にもみられた平均化処理(本件明細書等【0003】参照)を行うことのみならず,これとは別に「液面レベル信号の出力を前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間だけ発信し続ける」との構成を設け,この間,指針を移動させないことを一つの手段として,容器内の液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針が大きく振れることを抑えることができるとの効果を達成するものであるものと認められる(本件明細書等【0004】,【0006】,【0032】)。

そして,本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1や本件明細書等には平均化処理に要する時間と設定時間との関係についての具体的な記載はないものの,本件明細書等【0013】の記載にも照らすと,本件発明においては,指針が回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である限度において,設定時間につき,平均化処理に要する時間とは関係なくこれより長い時間も設定することが可能であると認められる(むしろ,平均化処理に要する時間と設定時間とが同じ時間であるとすれば,あえて設定時間を設ける意義が存在しないともいえる。)。以上によれば,本件発明における液面レベル信号の出力を発信し続ける設定時間は平均化処理に要する時間とは別個のものであると認められる。

これに対し,甲1公報記載の発明においては,サンプリングを行い平均値を算出するのに要する時間はあくまで平均化処理を行うために必要とならざるを得ない時間であり,その間,結果として指針が移動しないというにすぎない。甲1公報記載の発明における上記時間を,本件発明における設定時間に対応するものであると解する余地があるとしても,甲1公報記載の発明においては,この時間は常に平均化処理に要する時間と同じ時間となるものであって,平均化処理に要する時間よりも長い設定時間を設定することができる本件発明とはその技術的意義が異なるものと解される。

そうすると,上記イ記載の本件発明と甲1公報記載の発明との相違点は実質的な相違点であるというべきである。

(4)  原告の主張について

原告は,甲第1号証発明は,カウンタ値とは関係なく「一定時間間隔で予め定めたサンプリング回数だけサンプリングして平均値を算出し,該得られた平均値を燃料残量として表示器に表示する」と認定できる,設定時間信号を発信し続けることの技術的意義は,燃料タンク7内の燃料の残量確認を容易にすることにあり,指針の変動を抑えることではない,本件明細書【0013】に記載されているように,設定時間は,自動車の燃料消費時間より早い時間の範囲内で自由に変更でき,また,甲第1号証発明におけるサンプリング時間やサンプリング回数も自由に設定できるので,甲第1号証発明における平均化処理に要する時間が本件発明における「設定時間」に相当するといえる,仮に,本件発明が,被告の主張するように設定時間が平均化処理に要する時間より長いと規定するものであるとしても,この点に何らかの技術的意義があるわけではなく,設計的事項にすぎないなどと主張する。

確かに,前記1(1)ウ認定のとおり,本件明細書等【0024】には,指針17が移動してから設定時間だけその周波数信号を駆動回路13に発信し続けることによって,指針17が前述の指示位置にて設定時間だけ保持されるため,燃料タンク7内の燃料の残量が容易に確認できる旨の記載がある。

しかし,設定時間だけ指針を移動させないことにより,容器内の液面レベルが車両の急加減速,急旋回等の走行状態によって大きく揺れ動いても指針が大きく振れることを抑えることができるとの効果に寄与するものと認められるし,実際,本件明細書等においても,前記(3)ウ認定のとおり,本件発明に係る構成を採用することにより,上記効果が達成されることが記載されていることに照らすと,設定時間だけ指針を移動させないことの技術的意義が,燃料タンク7内の燃料の残量確認を容易にすることのみにあるものとはいえない。

また,前記(3)ウにおいて認定したとおり,甲1公報記載の発明と本件発明とはその構成を異にするものであり,甲1公報記載の発明の平均化処理に要する時間と本件発明における設定時間とはその技術的意義を異にしているものというべきであるので,これらの差異が単なる設計的事項であるということはできない。

よって,原告の上記主張を採用することはできない。

(5)  まとめ

以上によれば,本件発明と甲1公報記載の発明との相違点に係る発明特定事項は実質的な相違点である。

なお,上記(1)ないし(4)において認定したところに照らすと,当業者において,甲1公報記載の発明に基づき,本件発明と甲1公報記載の発明との相違点に係る発明特定事項を容易に想到することができたものと認めることもできない。

そうすると,本件発明は,甲1公報から認定できる発明と実質的に同一であるとはいえず,また,甲1公報から認定できる発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないとした審決の判断の結論に誤りはない。

以上によれば,取消事由1に係る原告の主張には理由がない。

2  取消事由2(本件発明と甲第2号証発明との相違点1及び3の判断の誤り)について

(1)  甲2公報について

甲2公報には,前記第2の3(3)ア記載の甲第2号証発明の記載があることが認められる(甲2)。

そして,甲2公報の記載に照らすと,甲第2号証発明の内容はおおむね以下のとおりのものと認められる(別紙甲2第2図参照)。

ア 従来技術においては,燃料計は軸Cを中心として回動自在なフロートアーム1の一端に燃料タンク2内の燃料3の液面に浮かべたフロート4が,他端に裸抵抗巻線5上を摺動する摺動子6がそれぞれ取り付けられており,燃料タンク2内の燃料3の残存量に対応する大きさの電圧を摺動子6と接地点間に出力し,この出力電圧を一定時間ごとにデジタル変換して,燃料3の残存量をn段階(nは例えば8)のレベルで表示するようにしていた(1頁右下欄6行ないし同欄17行)。

イ 建設機械は一般の車両に比べて車体の振動が大きい,建設機械の作業場所の凸凹が激しい,さらに裸巻線抵抗は車体の振動作業場所の凸凹などにより摺動子が必要以上に摺動して摩耗してしまう,などの原因によって燃料の残存量が正確に検出されない場合が生じてしまうことがあり,例えば,残存量表示がレベル5からレベル2に急激に変化して建設機械のオペレータに不快感を与えてしまうという問題があった。そこで,甲第2号証発は,建設機械の燃料の残存量表示が急激に変化することがない建設機械の燃料の残存量表示方法を提供することを目的(課題)とするものである(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄15行)。

ウ 上記課題を解決するために,甲第2号証発明においては,エンジン始動前に検出しデジタル変換した燃料の残存量を,エンジン始動後に一定時間ごとに検出しデジタル変換した燃料の残存量と比較し,エンジン始動前の残存量がエンジン始動後の残存量よりも大きいときは,エンジン始動前の残存量から1デジタル単位値だけ引いた値を新たな残存量とし,またエンジン始動前の残存量がエンジン始動後の残存量よりも小さいときは,エンジン始動前の残存量に1デジタル単位値だけ加えた値を新たな残存量とし,この新たな残存量を前記一定時間ごとに表示するようにし(特許請求の範囲),これにより燃料の残存量が急激に変化したように検出されても,該検出した残存量の表示は急激に変化することがなくなる作用を奏するものである(2頁右上欄10行目ないし同欄13行目)。

具体的には,レベル0からレベル7までの8段階のレベルによって示される燃料の残存量が,一定時間ごとの検出によって2レベル以上変化した場合であっても,1レベルのみ増加あるいは減少したものとして表示することにより,燃料の残存量表示が急激に変化するのを防ぐものである(2頁右上欄15行ないし3頁右上欄9行)。

(2)  相違点1について

ア 審決の認定判断について

上記(1)において認定したところに照らすと,甲第2号証発明は,燃料の残存量表示の急激な変化を抑えるという意味においては本件発明と共通しているといえる。

また,本件明細書等【0003】の記載及び証拠(甲6ないし8)によれば,液面レベルの揺れを時間的にならすために,所定の時間間隔で測定された複数の液面レベル信号を平均化することは,本件特許の出願当時,周知な技術事項である(周知技術1)ものと認められる。

しかし,上記(1)認定のとおり,甲第2号証発明においては,液面レベルがばらついたとしても,燃料の残存量表示の変動を1レベルのみに抑える処理を行い,これにより燃料の残存量表示が急激に変化することがなくなる作用を奏するようにし,課題を解決するようにしたものである。そうすると,甲第2号証発明において,アナログ・デジタル・コンバータ15から一定時間ごとに整数値に変換されて出力されてくる複数の残存量データについて,上記処理に加えて平均化処理を行う必要性は低いというべきであり,甲第2号証発明に周知技術1を適用する動機付けがあるとは認められない。したがって,甲第2号証発明において周知技術1を適用し,本件発明の相違点1に係る構成とすることは,当業者にとって容易想到であるとはいえない。

そうすると,甲第2号証発明に周知技術1を直ちに適用することはできないとした審決の判断に誤りはない。

イ 原告の主張について

原告は,甲第2号証発明は,一般の車両に比べて車体の振動が大きい建設機械のための追加的な機能に関するものであるから,一般の車両において周知技術として通常採用されている平均化(周知技術1)は,甲第2号証発明の前提となる技術にすぎないし,平均化は,表示が10セグメントからなる甲1公報における従来の技術においても採用されているから,表示の分解能が低いからといって,平均化を行う必要がないというわけではないので,甲第2号証発明においても,アナログ・デジタル・コンバータ15から一定時間毎に整数値に変換されて出力されてくる複数の残存量データについて,改めて,それらについての平均化を採用することはできる,むしろ,相違点1については,甲第2号証発明で既に採用されているが,あまりにも当たり前の周知技術であるため,甲2公報に明示されていないだけであって,実質上その内容に含まれるし,平均化をしても問題があるので変動を1レベルのみに抑えるようにしたと解するのが妥当な解釈である旨主張する。

しかし,上記アにおいて認定したところに照らすと,甲第2号証発明に周知技術1を適用する動機付けがあるとは認められない。

また,甲2公報には,燃料の残存量は所定の大きさの電圧が印加されている裸巻線抵抗12の摺動子13と接地点14との間に該残存量に対応する大きさの電圧として出力され,この出力電圧はアナログ・デジタル・コンバータ15によって0から7までの整数値にデジタル変換され,燃料の残存量としてCPU10に入力され,それが一定時間ごとに新たな残存量としてセットされることが記載されている(2頁左下欄及び同頁右下欄)ことに照らすと,甲2公報に,甲第2号証発明において平均化処理がなされていることの開示があるとも認められない。

よって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3)  相違点3について

ア 審決の認定判断について

上記(1)において認定したところに照らすと,甲第2号証発明においては,新データと旧データとの比較が「予め定めた一定時間」ごとに行われるものである。そして,甲2公報にはこの「予め定めた一定時間」の技術的意義については何ら明示的な記載がなく,上記(1)ア認定の甲2公報に記載された従来技術の内容,上記(1)ウ認定の甲第2号証発明の内容及びその効果に照らすと,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」は,単に新データと旧データを比較しその結果を反映させるのに一定の間隔をおくことを示すにすぎないものと解され,その結果として,点灯が「予め定めた一定時間」だけ継続されるものである。

これに対し,前記1(1)において認定したところに照らすと,本件発明における「設定時間」は,指針がその位置を保持することを目的とし,その間信号を発し続けるものとして特に設定された時間であるということができる。

そうすると,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」は,本件発明の「設定時間」のように,移動後に指針がその移動後の位置を保持することを目的とした処理であるとはいえず,本件発明における「設定時間」とはその技術的意義が異なるものと認められる。

したがって,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」は,本件発明における「設定時間」とは技術的意義が異なるとした審決の判断の結論には誤りはない。

イ 原告の主張について

原告は,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」も本件発明の「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間」と,その技術的意義は同じであるとか,本件発明の構成要件は,「設定時間」が「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である」というものであるが,燃料残量計の燃料の残量表示を更新する表示追従速度が,燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間であることは,燃料残量計が燃料残量計として機能するために当然に備えている機能にすぎない技術常識に属することであり,従来技術と比較して技術的な特徴が存在しないものであるので,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」が自動車の燃料消費時間より早い時間であることは自明であるから,相違点3は実質的な相違点ではないなどと主張する。

しかし,上記アにおいて認定したところに照らすと,原告の上記主張を採用することはできない。

(4)  以上によれば,本件発明は,甲第2号証発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

よって,取消事由2に係る原告の主張には理由がない。

3  取消事由3(本件訂正の訂正要件についての判断の誤り)について

(1)  審決の判断について

一般に,何らかの値が時間の経過に伴い変化したかどうかを判断するためには,この何らかの値と比較されるべき値(比較対象)の存在が不可欠である。そして,上記何らかの値と比較されるべき値とが同じ値の場合は,値が変化したことにならないので,変化する場合とは,上記何らかの値が比較されるべき値(比較対象)より大きくなるか,小さくなるかのいずれかに限定される。

また,本件訂正前明細書等(甲9)【0001】ないし【0004】,【0006】,【0011】,【0017】ないし【0019】,【0022】,【0023】及び図7の記載によれば,本件訂正前発明において,目標値が変化したことを判断するための,今回の目標値と比較されるべき何らかの対象が存在すること,その比較対象が前回の出力値であることが理解できる。また,【0006】には,比較対象として過去の目標値も記載されている。

そうすると,本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1の「前記目標値が変化したときに,」を,「前記目標値と比較対象とを比較して前記目標値が比較対象より大側若しくは小側へ変化したときに,」と訂正すること(訂正事項1)は,「目標値が変化したとき」との態様を明確化するとともに,限定したものということができる。

そして,本件訂正の前後を通して,目標値が変化したことを判断するために何らかの比較対象と比較され,該目標値が比較対象に比べ大きいか,小さいかに基づいて判断する点で一貫しているから,訂正事項1に係る訂正は特許請求の範囲を変更するものではない。

さらに,本件訂正前明細書等には,比較対象として,前回の出力値や過去の目標値について記載されているから,訂正事項1に係る訂正は,本件訂正前明細書等の記載の範囲内においてなされたものであるといえる。

そして,前記1,2及び後記4認定のとおり,本件発明は独立して特許を受けることができるものである。

なお,その余の訂正について適法であることは原告も争っていない。

以上によれば,本件訂正は,平成23年法律第63号による改正前の特許法126条1項ただし書1号及び3号に掲げる事項を目的とし,かつ,同条3ないし5項の要件を満たすものであるとした審決の判断に誤りはない。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,本件訂正後の「目標値」と比較される「比較対象」は,「前回の出力値」や「過去の目標値」ばかりでなく,平均化しない数値である今回のデジタル値や過去のデジタル値,(過去7回分のデジタル値と今回のデジタル値の8回分の平均化に固定するものではなく)平均化する過去分の回数を変化させて平均化した値,甲第8号証に記載されたような移動平均や平滑移動平均で求めた値など,本件訂正前明細書等の記載からみて比較する対象として意味があると考えられるあらゆる対象を含むこととなり,かつ,「比較対象」の用語は本件訂正前明細書等に記載も示唆もない以上,訂正事項1に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張するものである旨主張する。

確かに,本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲及び本件訂正前明細書等には,「比較対象」の意義について具体的に説明した記載はない。

しかし,上記(1)認定のとおりの変化の意義や,上記(1)において認定した本件訂正前明細書等の記載に照らすと,本件訂正前発明においても,比較対象となる値の存在が前提とされていたものということができる。なお,その内容についても,本件訂正前発明の作用効果を達するのに意味のある数値を変化の場合の比較対象とすることが前提とされていたものといえ,逆にそのような意味がないものは除外されていたものというべきである。

そうすると,訂正事項1に係る訂正により実質的に本件特許の特許請求の範囲が拡張されたものということはできず,原告の上記主張を採用することはできない。

イ 原告は,本件発明は独立して特許を受けることができないものである旨主張するが,上記(1)において認定したところに照らすと,原告の上記主張を採用することはできない。

4  取消事由4(予備的検討における本件発明と甲第1号証発明との相違点1及び2の判断の誤り)について

(1)  甲1公報記載の発明の内容並びに本件発明と甲1公報記載の発明との一致点及び相違点は前記1(3)認定のとおりである。

そして,前記1(3)及び前記2(3)認定のとおり,本件発明における「設定時間」は,甲1公報記載の発明の平均化処理に要する時間や,甲第2号証発明における「予め定めた一定時間」とは技術的意義を異にするものである。

そうすると,甲1公報記載の発明に甲第2号証発明を組み合わせたとしても,甲1公報記載の発明との相違点に係る本件発明の構成とはならず,これらの発明から当業者が相違点に係る本件発明の特定事項に容易に想到することができたものとは認められない。

(2)  原告の主張について

原告は,甲第1号証発明の「表示追従に要する時間」も,甲第2号証発明の「予め定めた一定時間」も,本件発明の「前記指針が前記回転軸周りに振れて指示する燃料消費率に関する時間であって自動車の燃料消費時間より早い時間である設定時間」と,その技術的意義は同じであり,相違点2は,実質的な相違点とはいえない旨主張するが,上記(1)において認定したところに照らし,原告の上記主張を採用することはできない。

(3)  まとめ

以上によれば,本件発明と甲1公報記載の発明との相違点に係る発明特定事項について当業者が容易に想到することができたものとはいえない。

そうすると,本件発明は,甲1公報から認定できる発明と実質的に同一であるとはいえず,また,甲1公報から認定できる発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないとした審決の判断の結論に誤りはない。

よって,取消事由4に係る原告の主張には理由がない。

5  まとめ

以上によれば,原告主張の各取消事由はいずれも理由がない。他に審決に取り消すべき違法もない。

第6結論

よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 神谷厚毅)

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