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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10229号 判決 2014年5月12日

原告

吉谷靴下株式会社

訴訟代理人弁理士

鎌田文二

鎌田直也

被告

武田レツグウエアー株式会社

訴訟代理人弁理士

田代攻治

主文

特許庁が無効2012-800112号事件について平成25年7月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

主文同旨。

第2事案の概要

本件は,特許無効審判請求を成立とした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性判断の当否である。

1  特許庁における手続の経緯

原告及び田中勇商事株式会社は,平成16年11月5日に出願され,平成22年9月17日に設定登録された「靴下及びその編成方法」という名称の特許(特許第4590247号,本件特許。甲12)の特許権者である。被告は,平成24年6月29日,本件特許について無効審判を請求した(無効2012-800112号。甲14)。原告らは,同年9月18日,訂正請求をした(本件訂正。甲16,17)。

特許庁は,平成25年7月1日,本件訂正を認めた上で,「特許第4590247号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同審決(謄本)は,同月11日,原告らに送達された。

2  本件発明の要旨

本件特許の請求項1に係る発明(本件発明)の要旨は,以下のとおりである(訂正で付加した部分に下線を付す。なお,分節は当裁判所が付した。)。

【請求項1】

「口ゴム部から身部ついで足部へと編成していく靴下において(構成A),踵部の外側すなわち着用者の第五趾側は減らし目ついで増やし目を行いながら編成し(構成B),踵部の内側すなわち着用者の第一趾側は減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成して,踵部の内側に形成されるゴアライン2aの全幅L1が,踵部の外側に形成されるゴアライン2bの全幅L2よりも小さくなるようにすると共に(構成C)外側方向にウェール数を多めに編成することを特微とする靴下の編成方法(構成D)。」

3  審決の理由の要点(争点と関係が薄い部分はフォントを小さく表記する。)

(1)  訂正の可否

本件訂正は,訂正前の請求項1において「踵部の内側に形成されるゴアライン2aの全幅L1が,踵部の外側に形成されるゴアライン2bの全幅L2よりも小さくなるようにする」ことの限定を付加するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

また,本件訂正は,本件明細書の段落【0018】並びに図1及び図2の記載に基づくものである。

そして,本件訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

したがって,本件訂正は,特許法134条の2第1項ただし書1号に掲げる事項を目的とし,同法134条の2第9項の準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するから,当該訂正を認める。

(2)  被告の主張する無効理由

本件発明は,特開2003-82501号公報(甲1)及び特開2003-119601号公報(甲2)に記載された発明(甲1発明及び甲2発明)並びに本件発明の出願時における周知の技術に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきである。

(3)  審決の判断

ア 甲1発明の認定

「くつ下編機によって踵部が非対称形に形成されたくつ下を製編する際に,針釜60を一定方向に回転させて所定長さの筒編部16aを編み立てた後,針釜60を正逆方向に交互に回動し,編み立てに関与する編針50の針数を増減させたくつ下10の踵部12の編み立てにおいて,針釜60の正逆方向への回動及び編針50の針数を増減させて踵部20を製編する際に,編み立てに関与する編針50の針数を順次減少させて編み立て,この場合,針釜が正方向に回動した際の針数の減少数と,逆方向に回動した際の針数の減少数とが実質的に同数であり,その後,一方の位置側に針釜60が回動する際に,針数を順次増加させて編み立てると同時に,他方の位置側に針釜60が回動する際に,針数を順次減少させて編み立てることによって,編み立て方向を踵部12の内踝側方向にシフトさせつつ編み立て,その結果,踵部12の後方部を形成する後方踵部12aに,まち部20の後方部を形成する後方まち部20aを,後方踵部12aの内踝側に偏って編み込み,次いで,他方の位置側に針釜60が回動する際に,針数を増加させて編み立てると同時に,一方の位置側に針釜60が回動する際に,針数を減少させて編み立てることによって,編み立て方向を踵部12の内踝側方向にシフトさせつつ編み立て,その結果,踵部12の前方側を形成する前方踵部12bに,まち部20の前方側を形成する前方まち部20bを,前方踵部12bの内踝側に偏って編み込み,この様にして形成した後方まち部20aと前方まち部20bとは一体化されてまち部20を形成し,このまち部20の全体は踵部12の内踵側に偏って形成され,その後,針数を順次増加させて編み立てることによって踵部12を形成でき,この編み立てでは,針釜60が正方向に回動した際の針数の増加数と,逆方向に回動した際の針数の増加数とが実質的に同数である,くつ下の製造方法」が記載されていると認められる。

イ 対比

本件発明と甲1発明を対比すると,次のとおりである。

(一致点)

口ゴム部から身部ついで足部へと編成していく靴下において,踵部の外側すなわち着用者の第五趾側は減らし目ついで増やし目を行いながら編成し,踵部の内側すなわち着用者の第一趾側は減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成する,靴下の編成方法。

(相違点1)

本件発明では,踵部の内側に形成されるゴアライン2aの全幅L1が,踵部の外側に形成されるゴアライン2bの全幅L2よりも小さくなるようにしているのに対し,甲1発明では,それらのゴアラインの大小関係は規定されていない点。

(相違点2)

本件発明では,踵部の外側方向にウェール数を多めに編成しているのに対し,甲1発明では,そのような特定がない点。

ウ 相違点1の判断

甲1発明では,「針釜が正方向に回動した際の針数の減少数と,逆方向に回動した際の針数の減少数とが実質的に同数」であることが要求されているが,ここでいう「実質的に同数」とは,甲1に「針釜60が正方向に回動した際の針数の減少数又は増加数と,逆方向に回動した際の針数の減少数と増加数との間に,編み立てに関与する編針50の針数の約10%程度が相違してもよいことを意味する。」と定義されていること,また,甲1に従来技術として,針釜を正逆転させつつ編み立てに関与する針数を順次増減させて踵部を編み立てる際に,針数の増減は実質的に同数であると,踵部は左右対称形に形成されることが記載されていることからすると,原告らが審判請求書(判決注:審判事件答弁書の明らかな誤記と認める。)等で【参考図】を用いて主張するような踵部の内側と外側において極端な増やし目又は減らし目の目数の差があるとは認められず,甲1発明における踵部の一方の位置側(内側)及び他方の位置側(外側)における増やし目又は減らし目の目数は,同じか又は差があっても格別な差ではないと認められる。

そうすると,甲1発明において,一方の位置側(内側)に形成されるゴアラインの長さは,編針50の針数をまち部において増減させている分だけ,他方の位置側(外側)に形成されるゴアラインの長さより小さいことは明らかである。

よって,上記相違点1は,実質的な相違とはいえない。

エ 相違点2の判断

まず,「踵部の外側方向にウェール数を多めに編成」することの技術的意義について検討すると,本件発明においては,本件明細書の段落【0024】及び図4に示されているように「シリンダ4の半周よりも踵部外側編成方向に大きめに編成範囲をとっている」ものではあるが,靴下は踵を基準として着用するのが一般的であり,特開2004-218131号公報(甲11)に記載されているように,シリンダの往復回転により編成されたコースの中心は踵部から爪先部に延びる足部中心線と重なることは技術常識であることからすると,「踵部の外側方向にウェール数を多めに編成」することは,踵部の外側方向にウェール数を多く編成した分だけ,踵部の面積を全体として大きくすることを技術的に意味すると認められる。

そして,甲2には,踵部を編成するウェール数を多くすることにより踵部の面積を大きく(多く)することが記載され,また,踵部の面積は,靴下の履き心地等を考慮して当業者が適宜に決め得る事項と認められること,さらに,実願平5-44717号(実開平7-12410号)のCD-ROM(甲3)及び特開2003-239103号公報(甲4)に記載されているように,シリンダの回転角度を左右いずれにも自在にシフトして編成範囲を設定し得る靴下編機は周知であって,シリンダにおける編成範囲の設定は当業者が適宜に決め得る事項と認められることから,甲1発明において,靴下の履き心地等を考慮して踵部の面積を大きくするために,編機のシリンダにおける編成範囲を踵部の外側方向に対応する側に大きめにとり,上記相違点2の本件発明のようになすことは,当業者が適宜になし得たものである。

なお,本件発明においては,踵部と爪先部との編成における位置関係についての限定はないものの,「踵部の外側方向にウェール数を多めに編成」すると,踵部に形成されるゴアラインと爪先部に形成されるゴアラインとが捻れた位置関係となることも考えられるが,甲11に記載されているように,靴下の履き心地等を考慮して上記捻れた位置関係となるようにシリンダを適宜にシフトして踵部と爪先部とを編成することは周知の技術と認められるから,甲1発明においても,上記捻れた位置関係となるような靴下の編成となすことは,当業者が設計上適宜になす程度のことと認められる。

したがって,本件発明は,甲1及び甲2発明並びに周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。

第3原告主張の審決取消事由(相違点2の判断誤り)

審決は相違点2の判断を誤っており,取り消されるべきである。

1  本件発明及び甲号証記載の各発明について

(1)  本件発明では,編成された靴下の踵部の内側の方が,踵部の外側よりも,ゴアラインがV字状に分岐することで広範囲に分布しているため,本件明細書の段落【0018】にあるとおり,編みの構造上自ずと踵部の「内側は外側に比し縮まる」ことになる。すなわち,本件発明は,人間の足の踵は左右非対称形であるとの前提のもとで,ゴアラインを分岐させると,ゴアラインが広範囲にわたって分布することで伸縮性が減殺されることに着目し,構成C(踵部の内側すなわち着用者の第一趾側は減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成して,踵部の内側に形成されるゴアライン2aの全幅L1が,踵部の外側に形成されるゴアライン2bの全幅L2よりも小さくなるようにすると共に)により,伸縮性の要求されない踵の小さい側(内側)にゴアラインが分岐する側を位置させ,他方,構成D(外側方向にウェール数を多めに編成すること)により,踵の大きい側(外側)にウェール数を多めに大きく編成するものである。

他方,甲1発明においては,人間の足の踵は力の入る方向が内側か外側のいずれか(通常は外側,例外的に内側)に偏るとの前提のもとで,ゴアラインを分岐させると,ゴアライン間にまち部が形成されて面積が広がることに着目し,構成c(踵部の内側すなわち着用者の第一趾側は減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成する靴下の編成方法)の採用により,その踵の力が入りやすい側(通常は外側,例外的に内側)にゴアラインが分岐して形成されたまち部20を位置させることで生地に余裕を持たせ,生地の損傷を防止することを企図している。

このように,本件発明と甲1発明とは,足の形状が左右非対称であること,足の力が入る方向が左右非対称であることに着目している点において課題の前提が異なっており,伸縮性の減殺効果の利用,面積の増大効果の利用というゴアラインを分岐させる技術の利用方法が異なり,技術的意義が大きく異なっている。

(2)  甲2には,踵部の外側と内側とが対称形となるように,外側と内側とで均等にウェール数を多めに編成する構成のみが開示されており,踵部の外側と内側とがウェール数が異なるように編成すること,すなわち,本件発明の構成Dのように踵部の外側のみをウェール数を多めに編成する構成は開示されていない。

甲3及び4から,靴下を編成する丸編機の機構として,シリンダの正逆往復回転の回転角度等の諸条件をコンピュータ制御により,少なくとも理論上は任意に設定可能であることが周知技術として認定できる。しかし,丸編機をコンピュータ制御する際の諸条件の設定には,ほとんど無限の選択枝が考えられる中で,靴下を編成する場合にその踵部を内側と外側とで非対称形に編成できるように設定すること,とりわけ本件発明の構成Dのように,踵部の内側よりも外側のウェール数が多くなるように編成できるように設定することは,甲3及び4に明示されていない上に,当業者の間で周知であった事実もない。一般論としても,任意の設定が単に理論上可能であるという事実が周知であったからといって,その極めて多数におよぶ選択枝の中から具体的に特定の設定を着想,選択し,これにより特定の効果が発揮できるように利用することまでもが周知であったことにはならない。

甲11の技術的意義としては,通常の靴下においては,爪先部の編成中心と踵部の編成中心とは一致しているところ,その場合には靴下の着用時に爪先部のゴアラインが足の爪先の周縁に位置することになり,ゴアラインの編糸が爪先に当たって不快感が生じるため,踵部等の編成中心に対して爪先部の編成中心を90度ずらし,爪先部のゴアラインの位置を足の爪先の周縁から90度ずらして不快感を解消するというものである。審決は,かかる開示内容をもとに,靴下において,爪先部と踵部とを相対的に変位させる技術一般及びそのあらゆる変位角度が周知技術であるように認定しているが,その理由及び証拠は,甲11の存在を除いて何ら示されていない。このように何ら理由及び証拠を示すことなく,爪先部と踵部とを相対的に変位させる技術一般及びそのあらゆる変位角度が周知技術であるように認定するのは妥当性を欠く。甲11からは,あくまでも,靴下の爪先部のゴアラインが足の爪先の周縁に位置して不快感を生じることを解消する目的で,爪先部の編成中心を踵部等の編成中心に対して90度変位させる技術を認定するにとどめるのが妥当である。そうすると,甲11には,本件発明のように,左右非対称の人間の踵の形状にフィットさせる目的で,踵部の外側方向にのみウェール数を多めに編成する構成(構成D)及び踵部の内側においてゴアラインを分岐させる構成(構成C)を採用したものとは,何ら関連性の見受けられない技術が開示されているにすぎないことになる。

2  各発明の組合せについて

甲1には,本件発明の構成A,構成B及び構成Cに相当する構成が開示されているが,構成D「外側方向にウェール数を多めに編成する」に相当する構成が開示されていない。また,構成Dに相当する構成については,甲2~4,11のいずれにも開示も示唆もされていない。

また,本件発明と甲1発明とは,上記1で主張したとおり,その技術的意義が大きく相違しているため,甲1発明に甲2以下の技術を適用して本件発明に至ろうとする動機がそもそも存在しない。

したがって,甲1~4,11の各発明を組み合わせる動機がそもそも存在しないし,仮に組み合わせたとしても,本件発明に容易に想到することは不可能である。

(1)  甲1発明と甲2発明を組み合わせた場合

甲1の靴下に,甲2に開示された踵部のウェール数を多めに編成する技術を適用しても,踵部の内側と外側の両方でウェール数が多めに編成されている靴下になるから,本件発明の構成Dを備えていないことになる。

(2)  甲1,2発明に,甲3,4,11発明を加味した場合

甲3及び4には,単なる可能性として丸編み機の諸条件の設定を任意に変更できる旨が開示されているだけであり,また,甲11には,靴下の爪先部を,着用した際にそのゴアラインが足の爪先の周縁に位置しないよう,踵部等に対して90度変位させる技術が開示されているにすぎず,いずれも爪先部の中心からみてウェール数を踵部の内側と外側とで違えるような示唆等は一切存在しないから,本件発明の構成Dのように,爪先部の中心からみて踵部の一方のみをウェール数が多めに編成する着想に容易には到達できない。

(3)  踵部の一方のみのウェール数を多めにすることが容易と仮定した場合

甲2~4,11をもとに,踵部の一方のみをウェール数が多めに編成する着想までは当業者にとって想到可能であると仮定してみても,これを甲1の靴下に適用するに際しては,踵部のゴアラインが分岐する方の側のウェール数を多めに編成するようにしか適用される可能性はない。すなわち,甲2等に開示された靴下の踵部のウェール数を多めに編成する技術を,甲1に開示された靴下の踵部の内側と外側のいずれか一方に適用する場合に,甲1の発明の目的を達成するため,すなわち,人間の踵が内側及び外側の一方にのみ力が加わりやすいことに起因して,着用した靴下の踵部の生地が内側又は外側のいずれか一方の側に引っ張られて緊張してしまうことを防止するためには,甲1の踵部のまち部20が形成される側,すなわちゴアラインがV字型に分岐している側のウェール数を多めに編成するほかない。そして,踵部のまち部20がある側のウェール数を多めに編成することで,初めて,踵部の当該まち部20がある側の生地に,より一層余裕ができて,引っ張られて緊張しないようになる。このように,甲1に開示された靴下に,踵部の片側だけのウェール数を多めに編成するような技術を適用可能であると仮定しても,その結果仮想される靴下では,踵部のゴアラインがV字型に分岐している側と,ウェール数を多めに編成する側とが同じ側になる構成となり,本件発明の構成Dを備えていない。

逆に,甲1の踵部のマチ部20が形成されない側,すなわち,ゴアラインが直線形の側のウェール数を多めに編成すると,踵部の一方の側はまち部20による余裕ができ,踵部の他方の側はウェールが多いことによる余裕ができ,踵部の両側に余裕ができることになるため,いわば踵部の内側と外側とがより対称形に近づいてしまう。そのため,左右不均等に力が加わる足の踵にフィットし生地が損傷し難い左右非対称形の靴下を提供するという,甲1の発明の目的に反する結果となってしまう。したがって,このような発明本来の目的が達せられないような態様で組み合わせることについては,阻害要因が存在する。

第4被告の反論(相違点2の判断誤りに対して)

審決の判断に誤りはなく,本件特許は無効にされるべきである。

1  本件発明及び甲号証記載の各発明について

本件発明において,原告が主張するように,ゴアラインが形成されることによって内側が外側に比較して「縮まる」ことはない。原告自身も説明しているように,ゴアラインでは「伸縮性が減殺される」のであって,「伸びる性質」と「縮む性質」との双方が同時に減退する。

本件発明の構成D「外側のみにウェール数を多めにする」は,「正逆反転編時の針釜の回動中心を中心軸Xに対してSだけ外側にずらして編成する」ことと同義である。踵部の中心軸X’と爪先部の中心軸Xとの位相のずれは相対的なものであって,くつ下の中心軸を踵部の中心軸X’であると見れば,これは「爪先部の内側のみにウェール数を多めに編成している」ことと同義であって,ウェール数が多いのが内側になるか外側になるかは問題ではなく,正逆反転編の回動中心軸を踵部と爪先部で相互にずらすことに特異性が見られるのであり,このうちのいずれか一方の部位のウェール数を内側又は外側に多めに編成することは,この中心軸のずれによって容易に達成できるものである。甲11の段落【0013】「先に踵部4のヒールポケット7を編成した針の中心bとは位相上90°ずれた位置の針となる。」で表現された,踵部と爪先部の相対関係の見方を逆にし,本件発明と同様に爪先部の中心軸がくつ下の中心軸であると見れば「踵部は爪先部に対して位相上90°ずれた位置の針となる。」ことになる。本件明細書【図4】では中心軸のずれが10度であるのに対して,甲11では90度と大きくなってはいるが,これは単に程度の差であって技術的には同じことであり,ずれ角は任意に選択できる。特に,本件発明には「…外側方向にウェール数を多めに編成することを特徴とする」とあるだけであって,どの程度多めにするかの記載がなく,甲11はこの要件を開示していると見ることができる。甲11の踵部の回動幅がたとえ180度又はそれ以下であったとしても,甲11の踵部は,本件発明に規定される要件を開示していることに変わりない。

2  各発明の組合せについて

本件発明の構成である,片側のみに増やし目,減らし目を追加することに関しては甲1に,正逆反転編の回動幅を広げることに関しては甲2に,踵部でゴアラインを長めに(ウェール数を多めに)設定して編地を増やすことに関しては甲3に,踵部と爪先部の中心軸をずらして踵部の外側にウェール数を多めに編成することに関しては甲11に,それぞれ具体的に開示されており,本件発明は,これらを単に組み合わせたものにすぎず,個々の要素によって得られる効果は各先行技術に開示された内容から想定される範囲を越えるものではなく,さらに,これらの組合せによっても,単独の要素では得られないような顕著な効果を見出すこともできない。

なお,原告は,甲1に示すように踵部の一方の側に増やし目,減らし目を追加してまち部を形成することで余裕ができるとすれば,他方の側でもウェール数を多めにすることで余裕ができ,内側と外側が対称形に近づいてしまうため,発明本来の目的が達せられないような態様で組み合わせることについては,阻害要因が存在すると主張する。しかしながら,これは,増やし目,減らし目を追加する側が「縮む」という前提で原告が解釈していることに起因する誤解である。実際には,増やし目,減らし目を追加する側に余裕ができることは当該技術分野の通常の理解であり,本件発明は,内側に増やし目,減らし目を追加し,外側にウェール数を多めにすることによって内側と外側の双方に余裕を生むような「阻害要因」を内在した発明を開示するものでしかない。

第5当裁判所の判断

1  前提事実

(1)  本件発明について

ア 本件明細書(甲12)及び本件訂正明細書(甲17)には以下の記載がある。

【発明の詳細な説明】

【技術分野】

【0001】

本発明は靴下に関し,より詳しくは人の踵によりよくフィットする靴下及びその編成方法に関する。

・・・

【発明の開示】

【発明が解決しようとする課題】

【0008】

従来の靴下は一般的に人間の足の形状にあまりこだわることなく,左足用右足用といった区別なしに編成されている。また,一組の靴下の一方側靴下においても,足の内側外側等の形状の違いに考慮することなく編成されている。

【0009】

ところが人間の足は左右対称形をなしているわけではなく,例えば踵は内側(第一趾・親指側)は小さく,外側(第五趾・小指側)は内側に比し大きいのが通常である。

【0010】

しかるに,前述のように従来の靴下は人の踵のかような形状差にこだわることなく,内側と外側を対称形状に編成してある。

【0011】

そこで本発明は人の足の形状に合致した形状を有する靴下及び当該靴下の編成方法を提供することを目的とする。

【課題を解決するための手段】

【0012】

上記課題を解決するために本発明に係る靴下は,踵部の外側すなわち第五趾側を,内側すなわち第一趾側より大きく編成した。

【0013】

また,係る形状を有する靴下の編成方法として以下のような編成方法を採用した。

【0014】

口ゴム部から身部ついで足部へと編成していく靴下において,踵部の外側すなわち着用者の第五趾側は減らし目ついで増やし目を行いながら編成する。踵部の内側すなわち着用者の第一趾側は減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成する。

【0015】

また,踵の外側方向にウェール数を多めに編成した。

【発明の効果】

・・・

【0018】

本発明に係る靴下は,踵部の内側の編成方法に通常の靴下編成方法と異なる特色がある。すなわち通常の編成方法のように減らし目工程,増やし目工程を一度だけ行うのでなく,更にもう一工程ずつ減らし目及び増やし目を行っている。これにより内側は外側に比し縮まることになるのである。つまり図中のL2よりもL1が短くなるのである。

【0019】

また,踵の外側方向にウェール数を多めに編成していることから,外側が内側に比し大きめに編成されることになるのである。

【0020】

かようにして本発明は人間の足の形状すなわち踵の内側は外側よりも小さいという形状に合致した靴下,つまり踵によりよくフィットする靴下の提供が可能となるのである。

【発明を実施するための最良の形態】

・・・

【0023】

本発明に係る靴下も通常の靴下と同様に減らし目,増やし目を行いながら踵部を編成するという点では,通常の靴下の編成方法と変わるところはない。・・・

【0024】

但し,踵部の外側に余裕を持たせるために,編成範囲を図4に示すように外側編成方向に広めにとってある。ここに図4はシリンダを模式的に示したものである。シリンダ4の半周よりも踵部外側編成方向に大きめに編成範囲をとっている。つまり踵部外側にウェール数が増えることになるのである。

・・・

【0026】

但し,本発明に係る靴下においては踵部の内側において減らし目及び増やし目工程を二工程ずつ行っている点が,通常の靴下における踵部編成と異なるものである。つまり図1に示すように,身部3の編成から踵部1の編成に入った点たるゴアライン2a上の端点Aからゴアライン2a上の端点Cまでが減らし目工程であり,Cからゴアライン2a上の中間点Bまでが増やし目工程であり,Bからゴアライン2a上の端点Dまでが減らし目工程であり,Dから踵部1の編成が終了する点たるAまでが増やし目工程となる。

【0027】

以上の内側の編成と異なり,外側の編成は通常の靴下と同様に減らし目,増やし目ともに一工程ずつ行われるものである。つまり図2に示すように身部3の編成から踵部1の編成に入った点たるゴアライン2b上の端点Eから,ゴアライン2b上の端点Fまでが減らし目工程であり,Fから踵部1の編成が終了する点たるEまでが増やし目工程となる。

【図1】

file_2.jpg【図2】

file_3.jpg【図3】

file_4.jpg【図4】

file_5.jpgイ 以上によれば,本件発明は,従来の靴下は人の踵の親指側と小指側の形状差にこだわることなく,内側と外側を対称形状に編成してあるという問題点にかんがみ,踵の内側は外側よりも小さいという人の足の形状に合致した形状を有する靴下を提供することを課題とし,この課題を解決するために,靴下の踵部を編成する際,踵部の内側は,減らし目工程,増やし目工程を一度だけ行うのでなく,更にもう一工程ずつ減らし目及び増やし目を行うとともに,外側方向にウェール数を多めに編成する,という二つの手法を採用することで,靴下の踵部の内側と外側を,人の踵の内側と外側の形状差(大小差)に対応させて,非対称形状に編成するものであると認められる。

(2)  甲1発明

ア 特開2003-82501号公報(甲1)には,以下の記載がある。

【請求項1】 くつ下編機で製編して得られたくつ下が,その踵部の側方の一方側にまち部が偏って編み込まれ,前記踵部が非対称形に形成されたくつ下であって,前記くつ下を履いたとき,前記踵部の側方の一方側に前記まち部の端縁が位置するように,前記まち部が踵部に偏って編み込まれていることを特徴とするくつ下。

・・・

【請求項5】 くつ下編機によってくつ下を製編する際に,該くつ下の踵部を製編するとき,まち部を踵部の側方の一方側に偏って編み込むように,前記くつ下編機の編み立て方向を前記踵部の側方の一方側にシフトさせつつ製編することを特徴とするくつ下の製造方法。

・・・

【0001】

【発明の属する技術分野】本発明はくつ下及びその製造方法に関し,更に詳細にはくつ下編機で製編して得られたくつ下及びその製造方法に関する。

・・・

【0004】

【発明が解決しようとする課題】図9に示すくつ下100では,丸編機の針釜60を正逆方向に回動させつつ編み立てに関与する針数を順次増減させて踵部102を編み立てる際に,針数の増減は実質的に同数であるため,丸編機の編み立て方向はくつ下の中心線方向で一定している。従って,得られたくつ下100の踵部102は,図11(a)(c)に示す様に,左右対称形に形成される。しかし,人の足の踵は,外見上では左右対称であるように見えても,図12に示す様に,足の骨格を形成する踵骨70は,腓骨の末端に位置する外踝72の側(以下,単に外踝側と称することがある)に片寄っており,脛骨の末端に位置する内踝74の側(以下,単に内踝側と称することがある)には,土踏まずが存在し,歩く際には,踵部102の外踝側に力が加えられ易い。また,人の両足は,多少ともX脚気味又はO脚気味であるため,歩く際に,踵部102の外踝側又は内踝側に力が加えられ易いのが実情である。このため,図9又は図11に示す踵部102が左右対称に形成されているくつ下100を履いて歩く際に,くつ下100の踵部102は,外踝側又は内踝側が引っ張られて緊張するため,くつ下100の履き心地が低下し,踵部102の外踝側又は内踝側を形成する生地も損傷され易い。そこで,本発明の課題は,くつ下を履いて歩く際に,くつ下の履き心地を良好にでき,踵部の外踝側又は内踝側の生地が損傷され難いくつ下及びその製造方法を提供することにある。

【0005】

【課題を解決するための手段】本発明者等は,前記課題を解決すべく検討した結果,くつ下の踵部にまち部を偏って編み込むことによって,くつ下を履いて歩く際に,くつ下の履き心地が良好で且つ踵部の外踝側又は内踝側の生地が損傷され難いことが判明し,本発明に到達した。すなわち,本発明は,くつ下編機で製編して得られたくつ下が,その踵部の側方の一方側にまち部が偏って編み込まれ,前記踵部が非対称形に形成されたくつ下であって,前記くつ下を履いたとき,前記踵部の側方の一方側に前記まち部の端縁が位置するように,前記まち部が踵部に偏って編み込まれていることを特徴とするくつ下にある。また,本発明は,くつ下編機によってくつ下を製編する際に,該くつ下の踵部を製編するとき,まち部を踵部の側方の一方側に偏って編み込むように,前記くつ下編機の編み立て方向を前記踵部の側方の一方側にシフトさせつつ製編することを特徴とするくつ下の製造方法でもある。

・・・

【0007】 従来のくつ下では,図9及び図11に示す如く,踵部も左右対称に形成されている。一方,人の足の踵部は,図12に示す様に,非対称形である。このため,踵部が左右対称に形成されたくつ下を履いて歩いたとき,力が加えられる踵部の外踝側又は内踝側の生地が引っ張られて緊張し,くつ下の履き心地等を低下させ,踵部の生地も損傷され易い。この点,本発明に係るくつ下は,くつ下を履いたとき,踵部の側方の一方側にまち部の端縁が位置するように,まち部が踵部に偏って編み込まれており,踵部は非対称に形成されている。このため,本発明に係るくつ下を履いて歩いたとき,力が加えられる踵部の外踝側又は内踝側の生地が引っ張られて緊張する程度を緩和でき,くつ下の履き心地等を向上できると共に,踵部の生地も損傷され難くできる。

【0008】

【発明の実施の形態】本発明に係るくつ下の一例を図1及び図2に示す。図1及び図2に示すくつ下10は,人の左足に履いた状態を示し,図1は,人の左足に履いたくつ下10の外踝側から見た状態を示す斜視図である。また,図2は,人の左足に履いたくつ下10の踵部12を内踝側から見た状態を示す部分斜視図である。図1及び図2に示すくつ下10では,その踵部12にまち部20が外踝側に偏って編み込まれている。このため,まち部20のV字状の端縁は,図1に示す様に,くつ下10の外踝側に位置し,くつ下10の外踝側から見える。一方,くつ下10の内踝側には,図2に示す様に,図9に示す従来のくつ下100と同様に,踵部12の側面側12aと足裏側12bとを形成するループの一部が互いに絡み合わされて成る連結線が見えるが,まち部20のV字状の端縁は見えない。

【0009】 かかる図1及び図2に示すくつ下10の踵部12について,踵部12を後方(図1に示す矢印A方向)から見た部分側面図を図3(a)に示し,踵部12を足裏方向(図1に示す矢印B方向)から見た部分底面図を図3(b)に示す。図3(a)(b)から明らかな様に,くつ下10の踵部12には,その外踝方向に偏ってまち部20が編み込まれている。このため,くつ下10を履くと,図1に示す様に,くつ下10の踵部12の外踝側には,偏って編み込まれたまち部20による余裕ができる。従って,外踝側に偏って位置する踵骨70(図12)等に起因し,歩く際に,力が加えられる踵部12の外踝側の生地が引っ張られて緊張する程度を緩和でき,くつ下10の履き心地等を,従来のくつ下100よりも向上できると共に,踵部12の生地も損傷され難くできる。

【0010】 かかる図1~図3に示すくつ下10は,市販されている丸編機等のくつ下編機を用いて製編でき,足の入口部から踵部12の方向に筒編して筒編部16aを編み立てた後,まち部20が偏って編み込まれた踵部12を編立てる。更に,踵部12から爪先部14の方向に筒編して筒編部16bを編立てた後,筒編部16bの甲部に形成された開口部の端部を逢着することによってくつ下10を得ることができる。この開口部を逢着した部分を逢着部18として示す。かかる踵部12は,まち部20を踵部12の外踝側に偏って編み込むように,くつ下編機の編み立て方向を踵部20の外踝側にシフトさせつつ製編することによって形成できる。図3(a)(b)を用い,図10に示す丸編機によって,まち部20が外踝側に偏って編み込まれた踵部12を編み立てる場合を説明する。

【0011】 先ず,針釜60を一定方向に回転させて所定長さの筒編部16a(図1,図2)を編み立てた後,針釜60を正逆方向に交互に回動し,編み立てに関与する編針50の針数を増減させてくつ下10の踵部12を編み立てる。かかる針数の増減は,正逆方向に回動する針釜60が回動方向を変更する際に行う。この様に,針釜60の正逆方向への回動及び編針50の針数を増減させて踵部20を製編する際に,所定長さの筒編部16aを編み立てた針釜60がab位置に到達した後,編み立てに関与する編針50の針数(以下,単に針数と称することがある)を順次減少させてcd位置まで編み立てる。この場合,針釜が正方向に回動した際の針数の減少数と,逆方向に回動した際の針数の減少数とが実質的に同数である。更に,cd位置まで編み立てた後,c位置側に針釜60が回動する際に,針数を順次増加させてe位置まで編み立てると同時に,d位置側に針釜60が回動する際に,針数を順次減少させてf位置側まで編み立てることによって,編み立て方向を踵部12の外踝側方向にシフトさせつつ編み立てることができる。その結果,踵部12の後方部を形成する後方踵部12aに,まち部20の後方部を形成する後方まち部20aを,後方踵部12aの外踝側に偏って編み込むことができる。

【0012】 次いで,f位置側に針釜60が回動する際に,針数を増加させてd位置まで編み立てると同時に,e位置側に針釜60が回動する際に,針数を減少させてh位置[図3(b)]まで編み立てることによって,編み立て方向を踵部12の外踝側方向にシフトさせつつ編み立てることができる。その結果,踵部12の前方側を形成する前方踵部12bに,まち部20の前方側を形成する前方まち部20bを,前方踵部12bの外踝側に偏って編み込むことができる。この様にして形成した後方まち部20aと前方まち部20bとは一体化されてまち部20を形成し,このまち部20の全体は踵部12の外踵側に偏って形成される。この様に,hd位置まで編み立てた後,針数を順次増加させてab位置まで編み立てることによって踵部12を形成できる。このhd位置からab位置までの編み立てでは,針釜60が正方向に回動した際の針数の増加数と,逆方向に回動した際の針数の増加数とが実質的に同数である。更に,ab位置まで編み立てた後,従来と同様にして筒編部16b及び爪先部14を編み立てることによって,くつ下10を完成できる。

【0013】 これまでの説明では,図1~図3に示すくつ下10は,左足用くつ下として説明してきたが,踵部12を除いて左右対称であるため,図1~3に示すくつ下10を左足(判決注:右足の明らかな誤記と認める。)に履くことも可能である。この様に,図1~図3に示すくつ下10を右足に履くと,踵部12のまち部20は内踝側に位置するようになる。このため,くつ下10を左足に履いて履いて歩いた際に,くつ下10の履き心地や踵部12の生地の損傷程度が改善されない場合には,歩く際に,くつ下の内踝側に力が加えらていることがあり,くつ下10を右足に履くことによって,履き心地や踵部12の生地の損傷程度が改善されることがある。

・・・

【0019】・・・これまでの図3及び図4の説明において,「針釜60が正方向に回動した際の針数の増加数と,逆方向に回動した際の針数の増加数とが実質的」とは,針釜60が正方向に回動した際の針数の減少数又は増加数と,逆方向に回動した際の針数の減少数と増加数との間に,編み立てに関与する編針50の針数の約10%程度が相違してもよいことを意味する。・・・

【図1】

file_6.jpg+ 16a,【図2】

file_7.jpg【図3】

file_8.jpgCad Cb)イ 以上によれば,甲1発明は,第2の3(3)アのとおりであると認められる。

(3)  本件発明と甲1発明の対比

以上を前提に,本件発明と甲1発明を対比すると,両者の一致点及び相違点は審決で認定したとおりとなる(前記第2の3(3)イ)。この点は当事者間においても争いがない。

2  取消事由について

(1)  甲2発明について

ア 特開2003-119601号公報(甲2)には,以下の記載がある。

【請求項1】 シリンダの往復回転で編成されコース端で一体となった編幅減少編地と,編幅増加編地とよりなる踵部編地において,編幅減少編地の編み始めコースと,編幅増加編地の編み終りコースの編成が前記シリンダの180°を超える回転により編成され,該シリンダの180°の回転により編成されるコースとの間に増加された編地を編成したことを特徴とするソックス。

・・・

【0002】

【従来の技術】

・・・

【0005】上記の如きゴアライン9を更にY字状に形成することによって更に踵部編成編地の面積を多くしたものも用いられている。然し,前記したシリンダ半回転によりC点から後下方(側面図示で)に延びるゴアライン9のソックス1では,厚地の編地とした場合ややもすると踵部2の編地面積に不足感を生じ,ゴアラインをY字状に発生させたソックスでは編成上の能率の点で満足出来ない点が生ずる。

・・・

【0008】

【発明の実施の形態】

・・・

【0009】踵部14の編成は一部の針を休止させ残余の針を用い図1のBに示すシリンダCを往復回転することにより行われる。踵部14の最初のコース編成においては,シリンダCの180°以上の範囲のa点からb,c点を経てd点までの針でC字形に編地を編成する。即ち,環状の身編部13のウエール数の3/4程度のウエール数で踵部14の編成を開始する。・・・

・・・

【0011】即ち,シリンダCの回転角度で見ると,従来の編機でのシリンダCの最大往復回転角度は,回転a´からb´(判決注:d´の明らかな誤記と認める。)までの180°の範囲であって180°の往復回転による編成が終了すると次には連続した360°回転による足部17の編成となるのに対し,本発明方法では,aa´間及びbb´(判決注:dd´の明らかな誤記と認める。)間の回転角度が増大している。そのために踵部を編成する針数も当然多くなり踵部を構成する編地のコース数,ウエール数も多くなり,その結果踵部14の面積も多くなる。

【0012】上記の編成によって増加した踵部14の編地コースは図1Aのx及びyの範囲である。此の範囲の編地が,従来ソックスの踵部を構成する編地と比較して多くなっているために,踵部のふくらみに余裕が生じ使用中に該部がすっぽりと足の踵をくるみ,かつ,編地にゆとりがあるために,使用中に編地を緊張する力が加わったとしてもそれを吸収し踵部14の編地が足部17の方にずれ込む事態は生じない。

・・・

【0014】

【発明の効果】本発明ソックスは上記詳述した構成を有しているために,踵部14を構成するヒールポケットの編み始めと編み終りのコースの最大幅を大きくとり,かつ,コース数も多くすることが出来るため,踵部14を構成する編地の面積を大きくし,該部編地が余裕を持って踵を包むことになり,編地にゆとりが生ずるため,使用中に編地を緊張するような力が加わってもそれを吸収し踵部の編地が靴内で足部17の方にずれ込むような履き心地を悪くするような事態は生じない。

【図1B】

file_9.jpg(Awwイ 以上の記載によれば,甲2には,「ウェール数を多めに編成することで,ゴアラインをY字状に形成するのと同様,編地の面積が多くなり,余裕ができ,使用中に編地を緊張するような力が加わってもそれを吸収する」という技術思想(甲2発明)が記載されていると認められる。

(2)  甲1発明と甲2発明の組合せの可否について

ア 甲1発明の「まち部20」は,踵部の内側を,減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成する,すなわち,減らし目及び増やし目工程を二工程ずつ行うことで形成されるが,甲1の段落【0008】,【図1】のとおり,減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成することは,ゴアラインをY字状に形成することと同じである。そして,「まち部20」は,歩く際に,内側に力が加えられることによって踵部の内側の生地が引っ張られて緊張する程度を,緩和するものである(段落【0007】)。

よって,上記(1)で認定した甲2発明と対比すると,甲1発明の「まち部20」と甲2発明の「ウェール数を多めに編成すること」は,靴下という同じ技術分野において,靴下のはき心地を良好にするという同じ技術的課題に対する解決方法であり,歩行時における編地の緊張を緩和するという同じ技術的効果を奏するものであるといえる。

イ 他方,審決が認定するとおり,シリンダの回転角度を左右いずれにも自在にシフトして編成範囲を設定し得る靴下編機は,周知技術であり(甲3,4),かつ,課題の解決のためにシリンダの回転角度を調整することは,当業者にとって格別困難な事柄ではないから,ウェール数をどの程度多めに編成するかについては,甲2発明に記載がなくとも,当業者が自由に調整できる設計事項である。

ウ したがって,甲1発明の踵部の内側において,「まち部20」に代えて又はこれに加えて,甲2発明の「ウェール数を多めに編成する」構成を適用することは,当業者が容易に想到し得るものである。

(3)  甲1発明と甲2発明の組合せの結果について

ア ところで,甲2発明において,「ウェール数を多めに編成する」のは,あくまでも甲1の「まち部20」と同じ効果をもたらすためであるから,当業者が,靴下の内側又は外側に対し,甲2発明の構成を適用しようとするのは,甲1発明の「まち部20」が形成されるのと同じ側,すなわち踵部の内側である。

したがって,甲2の「ウェール数を多めに編成する」構成を甲1発明に適用したとしても,それは,減らし目及び増やし目工程を二工程ずつ行う側とウェール数を多めに編成する側とが踵部において同じ側になることが明らかであり,両方の側が互いに反対となる本件発明の構成,「踵部の内側すなわち着用者の第一趾側は減らし目,増やし目,減らし目ついで増やし目の順に編成・・・すると共に外側方向にウェール数を多めに編成する」には至らないから,相違点2を解消できない。

イ 仮に,「まち部20」が形成される側と反対側,例えば,踵部の内側に「まち部20」を形成しつつ,踵部の外側の「ウェール数を多めに編成」した場合には,相違点2そのものは解消されることになる。

しかしながら,かかる構成を採用した場合,踵部の内側に「まち部20」による余裕ができる一方で,踵部の外側に「ウェール数を多めに編成」することによる余裕ができてしまい,踵部の両側に余裕ができることになるため,踵部の内側と外側とが対称形に近づいてしまい,踵部が左右非対称形に形成された靴下を提供するという甲1発明の目的や課題に反することとなってしまう。

したがって,「ウェール数を多めに編成すること」を甲1発明の「まち部20」が形成される側とは反対側に適用することには,阻害事由があるということになる。

(4)  甲11発明の適用について

なお,審決は,本件発明では,踵部と爪先部との編成における位置関係についての限定はないものの,「踵部の外側方向にウェール数を多めに編成」すると,踵部に形成されるゴアラインと爪先部に形成されるゴアラインとが捻れた位置関係となることも考えられるが,甲11に記載されているように靴下の履き心地等を考慮して捻れた位置関係となるようにシリンダを適宜にシフトして踵部と爪先部とを編成することは周知の技術と認められることから,甲1発明においても,捻れた位置関係となるような靴下の編成となすことは,当業者が設計上適宜になす程度のことと認められるとも判断した。

しかしながら,甲11に記載されているのは,靴下の爪先部のゴアラインが足の爪先の周縁に位置してはき心地が低下するのを解消する目的で,爪先部の点に着目して親指側の編地面積を大きくするというものであって(段落【0008】),その際,爪先部と踵部の編成中心を90度変位させる発明であるとしても(【図1】),爪先部の編成にあくまでも発明の重点があるのであって,人の踵の形状によりよくフィットする靴下に関し,踵部の編成において踵部の外側を内側よりも大きくするという本件発明や,踵部の形状を非対称形とするという甲1発明とは技術思想が全く異なる。そうすると,被告が主張するように,甲11を根拠に,踵部の形状に着目して同部位の両側の編成を適宜変位させることが当業者の選択し得る設計事項ということはできないというべきであるから,甲11発明を併せて適用したとしても,本件発明の相違点2に係る構成には到達し得ない。

したがって,審決のこの点の判断も誤りである。

(5)  小括

よって,甲1発明において,靴下の履き心地等を考慮して踵部の面積を大きくするために,編機のシリンダにおける編成範囲を踵部の外側方向に対応する側に大きめにとり,本件発明のようになすことは,当業者が適宜になし得たものであるとした審決の判断には,誤りがある。

第6結論

以上のとおり,原告の請求は理由がある。

よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 新谷貴昭 裁判官 鈴木わかな)

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