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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10245号 判決 2014年7月17日

原告

ザ・エスエフ・マテリアルズ・コーポレイション

訴訟代理人弁理士

深見久郎

森田俊雄

堀井豊

仲村義平

長野篤史

竹内耕三

荒川伸夫

佐々木眞人

被告

特許庁長官

指定代理人

豊永茂弘

吉水純子

瀬良聡機

堀内仁子

主文

1  特許庁が不服2012-5740号事件について平成25年4月23日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2前提となる事実

1  手続の経緯等

原告は,発明の名称を「脱硫ゴムおよび方法」とする発明について,2007年4月10日国際出願(パリ条約による優先権主張外国庁受理2006年12月11日,米国。特願2009-541291号。以下,「本願」という。)をしたが,平成23年12月28日,拒絶査定を受けたため,平成24年3月29日,これに対する不服審判請求(不服2012-5740号事件)をするとともに,同日付で手続補正(以下「本件補正」という。)をした。これに対して,特許庁は,平成25年4月23日,本件審判請求は成り立たない旨の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年5月7日,原告に送達された。

2  審決の概要

(1)  審決の理由の要旨

審決の理由は,別紙審決書写に記載のとおりである。審決は,要するに,① 本件補正後の本願の請求項1に係る発明(甲6。以下「本願補正発明」という。)は,米国特許第1959576号明細書(甲1。以下「引用例」という。)に記載の発明(以下「甲1発明」という。)と同一であり,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は却下する,② 本件補正前の本願の請求項1に係る発明(甲4。以下「本願発明」という。)は,「再生ゴムの合理的製造方法」,A,日本ゴム協会誌,1949年,vol.22,No.6, pp. 123-128(甲2。以下「引用文献」という。)に記載の発明(以下「甲2発明」という。)に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,したがって審判請求は成り立たない,とするものである。

(2)  本願補正発明と本願発明の内容

ア 本願補正発明

「ゴムの脱硫方法であって,

硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムを準備する工程と,

前記加硫ゴムをテレピン溶液と接触させて反応混合物を生成する工程と,

前記テレピン溶液による脱加硫作用によって,前記加硫ゴムの54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少させる工程を含み,

前記反応混合物は,前記加硫ゴムと前記テレピン溶液が,10℃から180℃の温度でかつ4×104パスカルから4×105パスカルの圧力で接している,

前記脱硫方法。」

イ 本願発明

「ゴムの脱硫方法であって,

硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムを準備する工程と,

前記加硫ゴムをテルピン溶液と接触させて反応混合物を生成する工程を含み,

前記反応混合物には,54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテルピン溶液が存在している,

前記脱硫方法。」

(3)  審決が認定した甲1発明の内容

「ゴムの脱硫方法であって,

脱硫されるべきゴムを適当なベッセル又は容器内に置く工程と,

脱硫されるべきゴムを,触媒作用を有する粘土の存在下にテレピンを分画的に蒸留して得られた190℃までに沸騰する分画を含むテレピン溶液と混合し,ゴムが溶液を形成するまで加熱し,加熱によって溶媒を追い出し,ゴム残渣を希硫酸で処理し,そして十分に粘着性のない柔らかいゴム塊を得るために該酸からゴムを分離する工程を含み,

ゴムとテレピン溶液が,175℃より低く100℃より高い温度でかつ大気圧下又は真空下の圧力で接している,

脱硫方法。」

(4)  審決が認定した甲2発明の内容

「屑ゴムの脱硫方法であって,

屑ゴムが粗砕きされた後,細く砕かれる工程と,

前記屑ゴムを脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程を含み,それにより屑ゴムの脱硫が行われる,

前記脱硫方法。」

(5)  審決が認定した本願発明と甲2発明の一致点及び相違点

ア 一致点

「ゴムの脱硫方法であって,

硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムを準備する工程と,

前記加硫ゴムをテレピン溶液と接触させて反応混合物を生成する工程を含み,

反応混合物には,架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテレピン溶液が存在している,

前記脱硫方法。」

イ 相違点

本願発明では,「54~100%の」架橋を破壊しているのに対して,甲2発明では,架橋を破壊しているものの,上記「」内の事項の特定がない点。

(6)  相違点に対する審決の判断

甲2発明において,架橋のどのくらいを破壊するかは,再生ゴムの腰の強さ,練りやすさ等の兼ね合いの観点より,当業者が適宜決定する設計事項であるというべきである。

第3取消事由に係る当事者の主張

1  原告の主張

(1)  審判手続の法令違反(取消事由1)

審決は,本願補正発明は,引用例に基づき新規性を有さないことから独立特許要件を満たさないと判断し,本件補正を却下した。しかし,引用例に基づき新規性を欠如するとの判断は,審査段階の拒絶理由通知及び拒絶査定でも,審判段階でも,拒絶の理由として示されなかったため,原告には意見書を提出する機会が与えられなかった。本件では,特許法50条ただし書ではなく,同条本文が優先的に適用されるべきであるから,審決に至る審判手続には,同条本文に違反する法令違背がある。

また,同法163条及び164条の規定によれば,原査定の理由とは異なる拒絶理由を発見した審査官は,その旨を前置報告書に記載しなければならない。しかし,本件の前置報告書には引用例に基づく新規性欠如の拒絶理由は記載されず,それを利用した審尋にも記載されなかった。その結果,原告の引用例に基づく新規性欠如の拒絶理由に対する反駁の機会が失われたのだから,審判手続には,同法164条の規定に違反する瑕疵がある。

(2)  甲1発明認定の誤りと本願補正発明と甲1発明の相違点の看過(取消事由2)

ア 審決は,甲1発明を前記第2,2(3)のとおり認定した。しかし,甲1発明は,「ゴムが溶液を形成するまで加熱」する工程を含んでおり,これは甲1発明においては,反応混合物が均一相であることを意味するから,「ゴムと・・・テレピン溶液が,・・・接している」とする審決の甲1発明の認定は誤りである。

イ 甲1発明は,正しくは,次のとおりと認定されるべきである。

「ゴムの脱硫方法であって,

脱硫されるべきゴムを適当なベッセル又は容器内に置く工程と,

脱硫されるべきゴムを,触媒作用を有する粘土の存在下にテレピンを分画的に蒸留して得られた190℃までに沸騰する分画を含むテレピン溶液と混合し,得られた混合物を溶液となるまで加熱し,加熱によって溶媒を追い出し,ゴム残渣を希硫酸で処理し,そして十分に粘着性のない柔らかいゴム塊を得るために該酸からゴムを分離する工程を含み,

前記混合物を加熱する工程において前記混合物は,175℃より低く100℃より高い温度でかつ大気圧下又は真空下の圧力下に置かれる,

脱硫方法。」

ウ このように正しく甲1発明が認定されれば,本願補正発明と甲1発明との間には,少なくとも次の3つの相違点が存するのであって,審決は,かかる相違点を看過している。

相違点1:本願補正発明では,加硫ゴムをテレピン溶液と「接触」させて反応混合物を生成するとともに,当該反応混合物において加硫ゴムとテレピン溶液とは,所定の温度及び圧力下で「接している」のに対して,甲1発明においてゴムと蒸留液との混合物は,これを加熱する工程では均一相(溶液)となっており,ゴムと蒸留液とが「接触」又は「接している」とはいえない点。

相違点2:本願補正発明では,テレピン溶液による脱硫作用によって,加硫ゴムの54~100%の架橋を破壊するのに対して,甲1発明では,仮に架橋の破壊が生じているにしても,それが蒸留液の脱硫作用によるものとはいえない点。

相違点3:本願補正発明では,テレピン溶液による脱硫作用によって,加硫ゴムの54~100%の架橋を破壊するのに対して,甲1発明では,仮に架橋の破壊が生じているにしても,54~100%の架橋を破壊しているとはいえない点。

エ 以上の相違点に関して,審決は,ゴムがテレピン溶液の脱硫作用によって溶液になる旨を認定している。しかし,ゴムが溶液になることは,架橋の破壊よりもむしろ,ゴムの分子鎖の破壊を示唆するもので,ゴムが溶液となることをもって硫黄による架橋がほぼ壊されたと認定することはできない。仮に,甲1発明において架橋の破壊が生じているとしても,それはテレピン溶液の脱硫作用に起因するのではなく,加熱する際に加えられる総熱量が大きいことによる可能性がある。したがって,甲1発明においてゴムが溶液となることをもって,硫黄による架橋状態がほぼ破壊されたものと認定することはできない。

オ 審決における甲1発明の認定及び本願補正発明と甲1発明の相違点の認定には誤りがあり,かかる誤った認定判断は,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は違法なものとして取り消されるべきである。

(3)  甲2発明の認定の誤りと本願発明と甲2発明の相違点の看過(取消事由3)

ア 審決は,甲2発明を前記第2,2(4)のとおり認定した。

この点,甲11,甲12の記載からすると,再生ゴムの技術分野で使用される「脱硫」とは,加硫ゴムから結合硫黄を取り除いてもとの未加硫の状態に戻すことを意味するのではなく,加硫ゴムの架橋点とともに分子主鎖を切断してゴム分子の解重合を生じさせることを意味するものであることが理解される。甲2発明においては,この意味での脱硫は,脱硫罐でのみならず,続く Refining の工程でも行われている。

イ したがって,甲2発明は正しくは,次のとおり認定されるべきである。

「屑ゴムから,可塑性と粘着性とが付与され,再び原料ゴムと同様な目的で使用できるようにした再生ゴムを製造するための方法であって,

屑ゴムが粗砕きされた後,細く砕かれる工程と,

前記屑ゴムを脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱することにより,屑ゴムの架橋点とともに分子主鎖を切断してゴム分子の解重合を生じさせ,可塑性と粘着性を付与する工程と,

前記加熱する工程後の屑ゴムをロールに通すことにより,該屑ゴムの架橋点とともに分子主鎖を切断してゴム分子の解重合を生じさせ,さらに可塑性と粘着性を付与する工程を含む,

再生ゴムの製造方法。」

ウ そして,本願発明と甲2発明との間には,前記第2,2(5)イのとおり審決が認定した相違点(以下「相違点4」という。)に加えて,次の相違点(以下「相違点5」という。)が存在する。

相違点5:本願発明では,反応混合物中に,54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテレピン溶液が存在しているのに対して,甲2発明では,当該十分な量のテレピン溶液が存在していない点。

エ 甲2発明での「屑ゴムを脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程」での油の添加量が極めて少なく,Refining の工程が必須であり,かつ,Refining がゴムの再生に極めて重要な役割を果たすとされていることからすると,「脱硫罐内に「54~100%の架橋を破壊するのに十分な量」の松根油が含まれている」とはいえない。甲2発明の「脱硫」においては,硫黄架橋の破壊は,「脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程」及び「工程後の屑ゴムをロールに通す工程」(Refining)の双方で生じているから,反応混合物に脱硫に十分な量のテレピン溶液が存在しているとはいえないのである。

なお,甲2発明の「脱硫」では,仮に硫黄架橋の切断がゴム分子の主鎖の切断とともに起こっているとしても,ゴム分子の主鎖が硫黄架橋よりも優先的に切断されることも十分にあり得るものである。

これに対して,本願発明の「脱硫」では,硫架橋部分がかなり高い選択性をもって切断されている(本願に係る明細書(甲3。以下「本願明細書」という。)の【0033】)もので,本願発明の「脱硫」とは,「ゴムの初めの微細構造を基本的に示し,比較的高い分子量が維持された脱硫再生ゴムを得ることができると本願明細書から把握できるような条件下にて,54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少させること」ということもできる。

オ 審決における甲2発明の認定及び本願発明と甲2発明の相違点の認定には誤りがあり,かかる誤った認定判断は,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は違法なものとして取り消されるべきである。

(4)  本願発明の容易想到性判断の誤り(取消事由4)

ア 審決は,架橋のどのくらいを破壊するかは,再生ゴムの再生ゴムの腰の強さ,練りやすさ等の兼ね合いの観点より,当業者が適宜決定する設計事項であるから,相違点4に係る構成は容易想到であるとしている。

イ しかし,甲2発明では硫黄架橋の破壊は,「脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程」及び「工程後の屑ゴムをロールに通す工程」(Refining)の双方で生じているのであり,かつ,油の添加量は極めて少ないから,「屑ゴムを脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程」のみで54パーセントもの架橋破壊を実現することは極めて困難である。

ウ 引用文献には,甲2発明を修正して,54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量の油(松根油)を使用してみることの動機付けや示唆はない。

むしろ,引用文献には,油性法において油の混和量を多くし加熱時間を長くするときには,抗張力が弱く腰のない再生ゴムが得られることが記載されており,甲2発明において油(松根油)を増量することには阻害要因があるというべきである。

エ 本願発明によれば,「ゴムの微細構造及び比較的高い分子量が維持された脱硫再生ゴムを得ることができ,この脱硫再生ゴムは,元の又は未使用ゴムと同じ形式の適用で使用することができる。」(本願明細書【0033】)との効果がある。本願発明のこの効果は,甲2発明からは予期できない顕著な効果である。

2  被告の反論

(1)  審判手続の法令違反(取消事由1)に対して

原告は,審決は引用例を新たに引用して本願補正発明の新規性を否定し,本件補正を却下したが,原告には引用例に基づく新規性欠如の判断に対する意見を提出する機会が与えられなかったことから,審判手続に法令違背がある旨主張する。

しかし,被告は,拒絶査定において,ヨーロッパ特許庁の追加調査報告書で引用例等がX文献として提示されたことを指摘して注意喚起したところ,原告は,審判請求書において,引用例には,本願発明の「テレピン溶液の脱硫作用によって,前記加硫ゴムの54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少させること」が開示されていない旨主張した。そこで,審決は,補正却下の決定の中で,本願発明の上記構成が甲1発明の「脱硫されるべきゴムを,触媒作用を有する粘土の存在下にテレピンを分画的に蒸留して得られた190℃までに沸騰する分画を含むテレピン溶液と混合し・・・」と重複するものであることを指摘したものである。このように,原告は,引用例に関して審判請求書で既に反論し,それを前提として手続補正をしたのだから,原告の上記主張は失当である。

(2)  甲1発明認定の誤りと本願補正発明と甲1発明の相違点の看過(取消事由2)に対して

ア 甲1発明においては,ゴムがテレピン溶液に溶解した段階では,均一相になっているが,「溶液」に至るまでの加熱された「固体のゴム(加硫ゴム)が存在する液体」の段階があり,この段階における反応混合物は,固体のゴム(加硫ゴム)とテレピン溶液が接触するものである。したがって,甲1発明において,「ゴムとテレピン溶液が,175℃より低く100℃より高い温度で・・・『接している』」とする審決の認定に何ら誤りはない。

イ 前記アのとおりであるから,審決には,相違点1の看過はない。

一般に,加硫ゴムの脱硫が,外部から加える熱や脱硫剤などによって硫黄架橋結合を切断させる反応であり,条件によってはゴム分子の主鎖の一部も切断され得ること,S-S結合力<S-C結合力<C-C結合力の関係があること,高分子鎖が溶媒中に分散することで架橋高分子の溶解が生じることは,科学的事実あるいは従来周知の技術である。甲1発明の「脱硫方法」も,外部から加える熱とテレピン溶液(脱硫剤)によって硫黄架橋結合をC-C結合よりも優先的に切断することでゴム分子の主鎖をテレピン溶液(溶媒)中に分散(溶解)させて溶液にするもので,外部から加える熱とテレピン溶液の脱硫作用によりゴム(加硫ゴム)中の架橋の大部分(100%近く)を破壊するものであるということができる。一方,本願補正発明には,外部から加える熱とテレピン溶液による脱硫作用によって,加硫ゴムの54~100%の架橋を破壊する場合があり,両者は,外部から加える熱とテレピン溶液による脱硫作用によって,加硫ゴムの大部分の架橋を破壊するものであるという点で一致している。したがって,審決には,原告の主張する相違点2,3の看過はない。

(3)  甲2発明の認定の誤りと本願発明と甲2発明の相違点の看過(取消事由3)に対して

ア 本願発明の「脱硫」は,本願明細書の【0033】に記載される,「穏やかな条件下」での「脱硫」であれば,「ゴムの初めの微細構造を基本的に」「比較的高分子量を維持でき」「同じ形式の適用で使用することができる」といえるが,本願発明は,「穏やかな条件下」での「脱硫」のみに限定されるものではない。本願発明は,周知技術及び化学的事実としての「脱硫」に則るものであるとみるのが妥当で,外部から加える熱とテレピン溶液(脱硫剤)によって硫黄架橋結合(S-S結合)をC-C結合よりも優先的に切断するものであって,条件によってはゴム分子の主鎖(C-C結合)の一部も切断されるものであるとみることができる。

一方,甲2発明の「脱硫」についても,周知技術及び化学的事実としての「脱硫」に則るものであるとみるのが妥当で,少なくとも外部から加える熱とテレピン溶液(脱硫剤)によって硫黄架橋結合(S-S結合)をC-C結合よりも優先的に切断するものであって,条件によってはゴム分子の主鎖(C-C結合)の一部も切断されるものであるとみるべきである。

したがって,本願発明と甲2発明の「脱硫」の意味が異なっているものではない。

イ 引用文献では,ゴムに対して多くても25%の松根油(テレピン溶液)しか添加せず,本願の実施例3,4では,ゴムに対して300%程度のテレピン溶液が添加されているとしても,引用文献の脱硫に必要な量の松根油は当然存在しており,「脱硫を達成するのに十分な量の松根油が存在している」ということができる。

また,本願では多量のテレピン溶液を添加するとの原告の主張は,本願発明に係る特許請求の範囲の記載に基づく主張ではない。

さらに,本願発明の特許請求の範囲の記載は,Refining を含むかどうかを明らかにするものではないことから,Refining を含むかどうかが本願発明と甲2発明との間の相違点になることはない。

そうすると,本願発明と甲2発明との間に,原告の主張する相違点4はない。

(4)  本願発明の容易想到性判断の誤り(取消事由4)に対して

本願発明と甲2発明との間には,審決で認定しなかった相違点5はないから,相違点4についてのみ反論する。

審決において甲2発明は,少なくとも外部から加える熱と松根油(脱硫剤)によって硫黄架橋結合(S-S結合)をC-C結合よりも優先的に切断するものであって,条件によってはゴム分子の主鎖(C-C結合)の一部も切断されるものであるとして判断するものである。原告がいう「分子主鎖の切断現象を無視する」ものではない。

原告の指摘する引用文献の記載は,油が多い場合と少ない場合との再生ゴムの性状の対比を示すことを意図するものであるから,油の増量を阻害する記載とみることはできない。

本願発明は,「穏やかな条件下」でのものに限定されるものではないから,原告の主張する効果は,本願発明全体の効果ではない。また,甲2発明において,S-S結合は充分に破壊するが,C-C結合は破壊し難い反応エネルギーを供給するような条件の設定により,原告のいう本願発明の効果と同等の効果が奏されるであろうことも,当業者に予測可能なことにすぎない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由3及び4には理由があり,審決は取り消されるべきと判断する。その理由は,次のとおりである。

1  取消事由3(甲2発明の認定の誤りと本願発明と甲2発明の相違点の看過)について

(1)  「脱硫」の語義

本願発明は,上記第2のとおりの「脱硫方法」である。当業界において「脱硫」という技術用語は,一般に,加硫ゴムの網目構造を崩壊させ,ゴム分子の解重合によって可塑性を与えること(甲11,乙2)とされているが,より詳細には,①油性溶剤を用いて処理する工程(オイル法,パン法),アルカリ溶液を用いて処理する工程(アルカリ法),中性溶液を用いて処理する工程(中性法)など,加硫ゴムの網目構造崩壊のための化学的処理のみを「脱硫」と称して,その後に可塑性や粘着性を高めるために行うすりつぶしなどの機械的処理(仕上工程,Refining)とは区別し,化学的処理及び機械的処理の両方を行い,再利用可能なゴムにすることを「再生」と称する場合(甲11,甲2),②化学的処理のみならず機械的処理も「脱硫」と称する場合(乙2),③油性溶剤を用いて処理する工程(パン法など)を「化学的再生処理」と称し,化学的処理と機械的処理を一体の工程として「脱硫」又は「脱硫再生」と称する場合(乙4),④化学的処理に用いる溶液を「再生剤」と称し,化学的処理と機械的処理を一体の工程として「再生」と称する場合(甲12)などがある上,行われる処理や条件の違いによってゴムが受ける分子的な変化(硫黄架橋結合の切断とゴム分子主鎖の炭素結合の切断の程度など)が異なる結果,処理後のゴムの性質が異なるものである。

(2)  本願明細書における脱硫

このように,「脱硫」,「脱硫再生」,「再生」の意味する技術的範囲は必ずしも一義的なものではないので,まず,本願明細書における「脱硫」の意味について検討する。

ア 本願明細書においては,「脱硫」について特段の定義はされていないものの,次のとおりの記載がある。

「【技術分野】

【0001】

本開示は概していえばゴムの脱硫のための組成物および方法に関する。」「

【背景技術】

【0002】

通常硬化または加硫処理されている使用済みまたは廃棄タイヤおよび他のゴム成分を脱硫することによってリサイクルすることは,非常に困難な問題であるということが分かっている。この問題は,加硫は硫黄によってゴムまたはエラストマー中のポリマーを架橋することに起因すると考えられる。その結果,架橋したゴムまたはエラストマーは熱硬化性となり,それゆえ熱可塑性樹脂のように溶融したり,他の製品に再成形されるのを妨げられる。

【0003】

使用済みまたは廃棄タイヤおよび他のゴム製品を,未硬化または脱硫の形態に再生することへの増大する極端な必要性が存在する。化石燃料,たとえば石油,天然ガスおよび石炭は多種の合成ゴムおよびエラストマーの製造のための原料である。

これらは天然ゴムの製造および輸送のためのエネルギー源でもある。

【0004】

硬化または加硫ゴムまたはエラストマーからなる使用済みまたは廃棄タイヤおよび他のゴム製品のゴムを再生する様々な脱硫方法が発明されてきた。・・・しかしながら,これまで大規模で商業的に実行可能な脱硫プロセスは知られていなかった。この原因としては今日までに考案された全ての脱硫プロセスは建設および操作に非常に費用がかかることが挙げられる。さらに全てのプロセスがスケールアップおよびコントロールが非常に難しく,および/または高品質の脱硫ゴムを品質低下を最小限にして再生および精製し難いことが挙げられる。これは以下の1つまたはそれ以上の理由に由来する。(1)非常に高圧力下で操作すること;(2)非常に高温下で操作すること;(3)非常に大きなせん断力にさらされること;(4)高価な容器および機械装置の使用が必要であること;(5)特別なエネルギー形態の供給が必要であること,たとえば超音波,マイクロ波放射など;(6)高い頻度で非常に毒性の高い2種類またはそれ以上の試薬,触媒および/または促進剤との混合物または組成物とされること;(7)硬化ゴムまたはエラストマーの一部を脱硫する場合であっても通常長時間を要すること;(8)再生ゴム粉の表面のみを脱硫可能であること。」

「【発明が解決しようとする課題】

【0017】

本発明の一態様は,加硫ゴムの一部をアルカリ金属不存在の反応混合物中で液体テレピンに接触させることによってゴムを脱硫する方法を提供する。」

「【発明を実施するための形態】

【0033】

本発明はテルピネオール,ピネンおよび/またはこれらのポリマーを含む天然および/または合成テルピネオール,ピネン,テレピンからなる脱硫試薬群が硬化(加硫)ゴムまたはエラストマーの脱硫に非常に効果的であるという全く予期し得ない発見に基づく。これらの試薬はたとえば毒性が低く”環境に優しい”ものであり,2‐ブタノールおよび/またはそれらのポリマーを含む全ての他の公知の脱硫試薬,およびこれらの試薬と他の組成物との多種の溶液または混合物に比べて,比較的安価である。前記脱硫試薬のいずれもが硬化(加硫)ゴムまたはエラストマーの粒子または一片にかなりの割合で浸透または拡散し,粒子または一片が膨張して,近年の硬化(加硫)ゴムまたはエラストマーの脱硫に関する考案で必要とされる条件よりかなり穏やかな条件下,たとえば大気の気温および圧力においても,かなりおよび不変に膨張し続けることが発見された。約30mm×10mmから約60mm×20mmサイズの廃タイヤの断片を,本発明で新たに発見された脱硫試薬の一つであるα‐テルピノール中で70℃および1.01×105パスカル(1.0atmまたは14.8lbs/in2)で約4時間加熱すると,手で引き裂くことができるようになった。該断片をその後約2週間α‐テルピノール中に放置したところ,ペースト状の塊に変形した。独立認定研究所で分析したところ,製品の全硫黄含有量は0.03重量%であった。上記の観察および結果の全てを総合すると,明らかに硫黄硬化または加硫されている再生使用済みゴムの断片が基本的に全体的に脱硫されていることを示唆している。限定されたサイズ,たとえば旅客タイヤのゴム部品であって寸法が幅約260mm,外径約660mmおよび内径約410mmのものを,前記脱硫試薬の1種類以上と約1週間から6週間の期間,約50℃から120℃の穏やかな温度で,約1.01×105パスカル(1.0atmまたは14.8lbs/in2)で保存しておくと,少なくとも一部または全部が脱硫され得ることが容易に予想されまたは推定される。さらに,同じ圧力で適度な高温,たとえば約150℃においては,使用済みタイヤの再生硬化(加硫)ゴム粉末粒子であって,サイズが約100メッシュ(0.15mm)から約10メッシュ(2mm)のものは,基本的に合計約12分以内に全て脱硫された。実際に,前記硬化(加硫)ゴムの粉末粒子の密度は約1.05から約0.90に減少した。1.05という値は,硬化SBR,天然ゴム,カーボンブラックおよび無機フィラーからなる典型的な乗用車用タイヤのゴム部品の重量平均密度に近似している。さらに,これはいつくかの種類の合成ゴムの公知のおよその密度でもある。150℃という温度は,少なくとも3.4×106パスカル(34.0atm)の圧力を必要とする近年の比較の発明(米国特許第6,992,116号明細書)によってこれまで報告された一番低い温度であるという点は指摘に値する。約300℃を超える温度は脱重合を引き起こし,低分子量でたとえば低品質の脱硫ゴムを産生するという事実が知られている。明らかに,穏やかな条件下では,本発明で新たに開示されたいずれの脱硫試薬も,ゴムの初めの微細構造を基本的に示し,比較的高分子量を維持できる脱硫ゴムを産生する。脱硫再生ゴムはその結果,元のまたは未使用ゴムと同じ形式の適用で使用することができる。

【0034】

本発明の脱硫試薬およびプロセスを利用することで,硬化(加硫)ゴムまたはエラストマーを,高圧力容器(反応槽),マイクロ波,超音波,触媒またはアルカリ金属や二酸化炭素のような追加の試薬を必要とすることなく簡単な方法で脱硫することができる。」

「【実施例】

【0036】

実施例1

本実施例では,α-テルピネオールを硬化(加硫)旅客タイヤの長方形の断片の脱硫試薬として用いた。典型的な旅客タイヤは名目上,約35重量%のスチレンブタジエンゴム(SBR)および約18重量%の天然ゴム(NR)を含み,残りはカーボンブラック,フィラー,硫黄を含む。前記の硬化旅客タイヤの長方形の断片のサイズは約60mm×20mmであった。初めに,重量が約38グラムの断片と,約400グラムの脱硫試薬を,直径58mmで容量250mlの容器に投入した。脱硫操作(実験)を,温度約70℃で1.01×105パスカル(1.0atmまたは14.7lbs/in2)よりやや低い圧力で約240分間行った。この圧力は脱硫操作(実験)を実施した場所の高度のため,すべての実施例において維持された。断片は実験終了時には約36%の脱硫試薬を吸収して手で引っ張ると裂けるようになった。これは硫黄架橋の結合の分解が基本的に終了したことを示している。

【0037】

実施例2

本実施例は基本的に実施例1と同一で,硬化(加硫)旅客タイヤの長方形の断片のサイズが30mm×10mmである点が異なっている。初めに,重量が約18グラムの断片と,約400グラムの脱硫試薬を,直径58mmで容量250mlの容器に投入した。脱硫操作(実験)を,温度約70℃で1.01×105パスカル(1.0atmまたは14.7lbs/in2)よりやや低い圧力で約240分間行った。前記試薬とともに容器内に約25℃で14日間放置した場合,断片はペースト状の塊に変形した。さらに塊中の硫黄含有量を独立認定研究所で分析したところ約0.03重量%であった。これは硬化(加硫)旅客タイヤの長方形の断片中の硫黄架橋の分解が基本的に終了したことを示している。硬化旅客タイヤの硫黄含有量は名目上は1.24重量%である。

【0038】

実施例3

本実施例では,実施例1および2と同様に,α-テルピネオールを脱硫試薬として用いた。しかし,硬化(加硫)旅客タイヤは粉末粒子形状であった。実施例1および2に示すとおり,典型的な旅客タイヤは名目上,約35重量%のスチレンブタジエンゴム(SBR)および約18重量%の天然ゴム(NR)を含み,残りはカーボンブラック,フィラー,硫黄を含む。粉末粒子のサイズは約100メッシュ(0.15mm)から約10メッシュ(2mm)であった。初めは,約5グラムの粉末粒子と約15グラムの脱硫試薬を直径1mmで容量約120mmの試験管に投入した。

粉末粒子は試験管の底で積み重なって山の形状になった。一連の脱硫操作(実験)が5種の温度,約16,45,65,96および150℃で行われた。すべて1.01×105パスカル(1.0atmまたは14.7lbs/in2)よりやや低い圧力であった。積み重なった山の4ヶ所の時点,約30,60,120および240分での増加率は,16℃でそれぞれ約1.0,1.05,1.08および1.38,45℃でそれぞれ約1.0,1.09,1.20および1.47,65℃でそれぞれ約1.16,1.35,1.44および1.46,96℃でそれぞれ約1.36,1.60,1.68および1.68であった。積み重なった山の4ヶ所の時点,約5,12,18および24分での増加率は,150℃でそれぞれ約1.44,1.88,2.13および2.25であった。積み重なった山の高さの増加率は初めは1と定義する。

【0039】

約16,45,65および96℃の温度において,脱硫の程度は,先に示した通り,4ヶ所の時点,約30,60,120および240分で測定を行った,積み重なった山の増加率と脱硫された硬化(加硫)ゴムの密度との間の,あらかじめ確立された関係から予測した。変換率は16℃でそれぞれ約0,15,24および87%,45℃でそれぞれ約0,23,46および89%,96℃でそれぞれ約69,94,97および100%であった。150℃では,これも先に示した通り,4ヶ所の時点,約5,12,18および24分での変換率を予測した。これらはそれぞれ約54,83,94および99%であった。

【0040】

この結果は,硬化(加硫)ゴムまたはエラストマーの脱硫試薬α-テルピネオールによる脱硫の程度または範囲は脱硫操作の温度と時間の操作によって容易に変化させることができることを示唆している。一部または全部が脱硫された硬化された旅客タイヤの粉末粒子は,処理から少なくとも2日間は膨張した状態を維持して,増加率にほとんど変化はなかった。この観察は粉末粒子の増加は単に物理的に脱硫試薬α-テルピネオールが粉末粒子内に浸透して膨張したことが原因ではないことを示している。言葉を換えれば,粉末粒子は実際に脱硫されたのである。この観察はさらに脱硫試薬の色が,もともとは完全に透明であるのが,処理時間の進行にしたがって暗く不透明になることからも確かめられた。そして温度が高いと,色の変化も大きかった。これは粉末粒子の空孔から出るカーボンブラックおよびフィラーに起因する。空孔のサイズと数は時間とともに拡大することが,顕微鏡観察によって明らかとなった。」

イ 「脱硫」に関する上記の記載された内容を検討すると,①いずれの実施例においても,1.01×105パスカルよりもやや低い圧力で加硫ゴムをテレピン溶液と共に加熱する「脱硫操作」が行われるのみで,機械的処理等追加の処理は行われておらず,特に,実施例1及び2では「脱硫操作」により「硫黄架橋の結合の分解が基本的に終了した」とされていること,②本願発明の方法で処理したゴムを「脱硫再生ゴム」(段落【0033】)と称していること,及び③背景技術の項において,「脱硫することによってリサイクルする」(段落【0002】),「脱硫の形態に再生する」(段落【0003】),及び「ゴムを再生する様々な脱硫方法」(段落【0004】)といった,「脱硫」と「再生」を区別せずに使用した表現があることによれば,本願明細書では,「脱硫」を「再生」と同義,すなわち,使用済みの加硫ゴムを再利用できる程度の可塑性及び粘着性を有する状態まで処理するという意味で用いているものと認められ,本願発明の「脱硫方法」も,そのような処理を行う方法であると解される。

(3)  甲2発明における脱硫

ア 引用文献には,「脱硫」に関して,次のとおりの記載がある(一部の漢字の書体を変更した。)。

「屑ゴムは普通ロールで粗砕きを行つた上更にロールに依り細く砕く,然る後油を加えて脱硫罐内に入れ加熱に依り可塑性と粘着性を與えた後再びロールに依つて再生ゴム中の粒子を微細に摺りつぶして一層可塑性と粘着性を増強する。

以上の3つのロール作業の呼稱が工場に依つて區々であり,譬えば脱硫後の粒子の潰し作業を或る工場では Grinding と稱し或る工場では Refining と稱している。・・・生じ易い。

故に再生ゴム分科會では粗砕きをCracking之を更に細く砕く作業をGrinding(細砕),脱硫後の潰し作業を Refining(精細)と呼び判然區別することゝなつたから之に一定せられることを希望する。」(123頁左欄下から11行~右欄5行)

「(ト) Refining

話は非常に前後するが Refining は前述の如く脱硫操作後の屑ゴム粒子をロールで更に細かく摺りつぶして可塑性と粘着性を一層附與する作業を云う。

然るに我が國では再生ゴム本来の性質は單に脱硫操作のみで得られるものと誤認し Refining は只脱硫した屑ゴムの取纏めにのみ役立つものなりとして之に重きを置かないものが甚だ多い。

今回の調査に於いて Refining に重點を置き之を丁寧に行っていた所は僅か1~2社あるのみで,出来上がった再生ゴムを他社と比較すると品質に非常な差異のあることが明確に證明せられた。

卽ち之をおろそかにしている工場の殆ど總ては屑ゴムの細砕に異常な努力を佛つているにも拘わらず出来上つた再生ゴムは粒子が粗く著しい見劣りが感ぜられた。・・・

更に屑ゴムの再生は脱硫操作のみによつて行われるものであるとの考えから油性法に於ては油の混和量を多くし加熱時間を長くするときは再生が充分に行われ従つて再生ゴムが練り易くなるとされて居り事實その通りであるが此の場合は抗張力の弱い所謂腰のない再生ゴムが得られるものである。之に反し脱硫を若くするときは腰の強い再生ゴムが得られるが非常に練り難いものになることは周知の通りである。併し此の際 Refining を充分に行えば練り難い缺點は除かれ,充分な可塑性と粘着性を有すると同時に抗張力の高い腰の强い再生ゴムが得られるのである。

卽ち再生は脱硫のみならずRefining に依つても行われるものであり,チューブ屑の如きはRefining のみに依り之を充分に行う事に依り立派に再生せられ,此の方が合理的でもある譯である。

・・・

何れにしてもRefining は斯くの如く重要なものであり,此の為には細砕ロールと同じ構造のロールを使用することが絶對に必要である。」(125頁右欄下3行~126頁左欄44行)

「3)脱硫

油法の脱硫剤としては現在専ら松根油及び松根タールが,用いられているが之は合成ゴムの再生にも最も有効である。松根油と松根タールの利害得失については明 確でなかつた。

油の添加量は大體次の通りであつた。

地下足袋級 0~2% 使用せざる場合多し

チューブ級 5~7%

タイヤトレッド級 8~12% 10%が最も多く最高は25%であった。タイヤトレッドに於て25%を使用する工場があつたが之は相當多過ぎるものと考 えられる。

合成ゴムチューブも大體5~7%程度が多かつたがGRIチューブについては成るべく少量の方が望ましい。

・・・

前述の如くRefining を完全に行えば脱硫は少し若くとも差支えがない。」(126頁右欄26行~127頁左欄3行)

イ 引用文献の上記記載のうち,特に,「脱硫後の粒子の潰し作業を或る工場ではGrinding と稱し或る工場では Refining と稱している。」,「脱硫後の潰し作業をRefining(精細)と呼び判然區別することゝなつたから之に一定せられることを希望する。」,「Refining は前述の如く脱硫操作後の屑ゴム粒子をロールで更に細かく摺りつぶして可塑性と粘着性を一層附與する作業を云う。」,「我が國では再生ゴム本来の性質は單に脱硫操作のみで得られるものと誤認し Refining は只脱硫した屑ゴムの取纏めにのみ役立つものなりとして之に重きを置かないものが甚だ多い。」,「再生は脱硫のみならず Refining に依つても行われるものであり」,及び「3)脱硫  油法の脱硫剤としては現在専ら松根油及び松根タールが,用いられているが之は合成ゴムの再生にも最も有効である。」から見て,引用文献では,松根油などの脱硫剤を用いた脱硫罐内での化学的処理のみを「脱硫」と称し,「脱硫」後に Refining を行って再利用可能な程度の可塑性及び粘着性を有する形態のゴムを得ることを「再生」と称していると認められる。

(4)  甲2発明の認定と本願発明との対比

ア 上記のとおり,本願では,「脱硫」を使用済みの加硫ゴムを再利用できる形態まで処理するという意味で用いているものと認められる。したがって,「脱硫方法」である本願発明と対比するために引用文献から認定される甲2発明は,引用文献でいうところの「脱硫」ではなく「再生」の方法であるべきで,本願発明と対比する際に認定されるべき甲2発明は,「屑ゴムの再生方法であって,硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムである屑ゴムを Cracking(粗砕)及び Grinding(細砕)する工程,脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程,Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程,を含む屑ゴムの再生方法。」というべきものである。

審決は,引用文献から,屑ゴムを砕き,化学処理する工程までの「脱硫」方法を認定したに留まり,再利用可能な可塑性及び粘着性を有するゴムを得るための「再生」方法全体を認定しなかった点で誤りである。

イ 本願発明の「テルピン溶液」は甲2発明の「松根油」に相当し,本願発明の「脱硫」は甲2発明の「再生」に相当するので,両者は,①甲2発明においては,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を含むのに対して,本願発明ではそのような工程を含むことが特定されていない点,②用いるテルピン溶液が,本願発明では54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量であるのに対して,甲2発明では量について特定がない点,及び,③本願発明では,「54~100%の」架橋を破壊しているのに対して,甲2発明では,架橋を破壊しているものの,架橋の破壊の程度について特定がない点,において相違する。

したがって,審決の相違点の認定には誤りがある。

2  取消事由4(本願発明の容易想到性判断の誤り)について

(1)  上記1(4)のとおり,本願発明と甲2発明との間には審決の認定しなかった相違点があるので,その点の容易想到性について検討する。

(2) 引用文献においては,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」については,「再生は脱硫のみならず Refining に依つても行われる」,「(Refining を)をおろそかにしている工場の殆ど總ては・・・出来上つた再生ゴムは粒子が粗く著しい見劣りが感ぜられた」,「何れにしても Refining は斯くの如く重要なもの」等とされており,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を重視すべきことが強調されている(甲2)。そうすると甲2発明に接した当業者は,再生(本願発明の「脱硫」)に際して「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を強化するべきことを想到するとしても,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を必須としない構成については,これを容易に想到し得ない。

(3)  本願発明の「54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテルピン溶液」とは,本願発明の意味での「脱硫」,すなわち,使用済みの加硫ゴムを再利用できる形態まで「再生」すること,を基本的に完了するに足りる量のテルピン溶液を意味すると解される。

一方,甲2発明の「再生方法」では,松根油と共に加熱する工程のみならず,可塑性及び粘着性を強める Refining 工程も必須であって,松根油と共に加熱する工程のみで「再生」が行われるわけではないから,松根油の量は,加硫ゴムを再利用できる可塑性及び粘着性を有する形態まで「再生」するのに十分な量であるとは認められない。むしろ,引用文献には,前記のとおり油の量を多くし加熱時間を長くすると再生ゴムの腰が弱くなるので,そうせずに Refining を十分に行うことで十分な可塑性と粘着性を有し,腰の強い再生ゴムが得られる旨が記載されているので,油の量を多くすることには阻害要因があるというべきである。

(4)  したがって,本願発明と甲2発明との間の上記各相違点に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから,審決の容易想到性判断には誤りがある。そして,この誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,原告主張の取消事由4は理由がある。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由3及び4には理由があり,結論に影響を及ぼす誤りがある。よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設楽隆一 裁判官 大須賀滋 裁判官 小田真治)

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