知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10250号 判決 2015年4月28日
原告
宇部興産株式会社
訴訟代理人弁護士
尾崎英男
同
日野英一郎
訴訟代理人弁理士
伊藤克博
同
小野暁子
被告
東レ・デュポン株式会社
訴訟代理人弁護士
増井和夫
同
橋口尚幸
同
齋藤誠二郎
主文
1 特許庁が無効2012-800199号事件について平成25年7月30日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同じ。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は,平成17年3月25日,発明の名称を「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」とする特許出願(特願2005-88334。パリ条約による優先権主張日:平成16年3月30日,優先権主張国:日本。以下「本件原出願」という。)をし,平成22年8月11日,その一部につき分割出願をし(特願2010-180128),平成23年7月8日,設定の登録(特許第4777471号)を受けた(請求項数11。甲32。以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 原告は,平成24年11月30日,本件特許の全てである請求項1ないし11に係る発明についての特許無効審判を請求した(甲33)。
(3) 特許庁は,上記審判請求を無効2012-800199号事件として審理を行い,平成25年7月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年8月8日,原告に送達された。
(4) 原告は,平成25年9月4日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。以下,請求項1ないし11に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明11」といい,併せて「本件発明」という。また,本件発明に係る明細書(甲32)を「本件明細書」という。
【請求項1】
パラフェニレンジアミン(判決注:以下「PPD」ということがある。),4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテル(判決注:以下,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルと併せて「ODA」ということがある。)からなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物(判決注:以下「PMDA」ということがある。)および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物(判決注:以下「BPDA」ということがある。)からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルムであって,該ポリイミドフィルムが,粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含み,島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲にあり,前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあり,前記微細シリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルムを基材とし,この上に厚みが1~10μmの銅を形成させた銅張積層体を有することを特徴とするCOF用基板。
【請求項2】
島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが14ppm/℃以上18ppm/℃以下,前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあることを特徴とする請求項1記載のCOF用基板。
【請求項3】
微細シリカがフィルム樹脂重量当たり0.03~0.30重量%の割合でフィルムに均一に分散され,かつ表面には微細な突起が形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載のCOF用基板。
【請求項4】
微細シリカの平均粒子径が,0.10μm以上0.90μm以下であることを特徴とする請求項3記載のCOF用基板。
【請求項5】
微細シリカの平均粒子径が,0.10μm以上0.30μm以下であることを特徴とする請求項3記載のCOF用基板。
【請求項6】
微細シリカにより形成される突起数が1mm2当たり1×103~1×108個存在することを特徴とする請求項3~5のいずれかに記載のCOF用基板。
【請求項7】
パラフェニレンジアミン,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルムであって,該ポリイミドフィルムが,粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含み,島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲にあり,前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあり,前記微細シリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルムを基材とし,この上に厚みが1~10μmの銅を形成させたことを特徴とする銅張積層体。
【請求項8】
島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが14ppm/℃以上18ppm/℃以下,前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあることを特徴とする請求項7記載の銅張積層体。
【請求項9】
パラフェニレンジアミン,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルムであって,該ポリイミドフィルムが,粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含み,島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲にあり,前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあり,前記微細シリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルム。
【請求項10】
パラフェニレンジアミン,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して得られるフィルムを,140℃以下の温度で1.05~1.6倍の延伸倍率(MDX)で機械搬送方向に延伸し,機械搬送方向の延伸倍率の1.1~1.5倍の延伸倍率(TDX)で幅方向に延伸処理する工程を含むことを特徴とする,請求項1~6のいずれかに記載されたCOF用基板の製造方法。
【請求項11】
パラフェニレンジアミン,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して得られるフィルムを,140℃以下の温度で1.05~1.6倍の延伸倍率(MDX)で機械搬送方向に延伸し,機械搬送方向の延伸倍率の1.1~1.5倍の延伸倍率(TDX)で幅方向に延伸処理する工程を含むことを特徴とする,請求項9に記載されたポリイミドフィルムの製造方法。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,
① 本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明についての技術的な意義,本件発明に係るポリイミドフィルムを得るための一般的手段,4成分系のポリイミドフィルムについて具体的な実施例が各々記載されていて,本件発明における複数の選択肢の一つである4成分系のポリイミドフィルムの発明に関しては,特許法36条4項1号に規定する要件(以下「実施可能要件」ということがある。)を満足していることは明らかである上,本件発明の2成分系のポリイミドフィルムについても,発明の詳細な説明の記載及び本件原出願時の技術常識に基づいても実施できないという具体的な理由があるとまではいえないから,発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が理解し,実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を満足しているといえる,
② 本件発明に関しての本件明細書の記載に基づき,本件原出願時における当業者の技術常識を踏まえれば,ポリイミドフィルムを構成する樹脂組成には無関係に,ポリイミドフィルムのTD及びMDの熱膨張係数を特定値とすることで,本件特許発明の課題を解決できると理解できるものと認められ,2成分系を含む「パラフェニレンジアミン,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルム」についての本件発明が,当業者において,本件発明の課題を解決できると認識できるような記載があるといえるから,本件発明は,発明の詳細な説明に記載された発明であって,特許法36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」ということがある。)を満足しているといえる,
③ 本件発明10及び11における2成分系でのポリイミドフィルムの製造方法について,当業者が本件明細書の記載及び本件原出願時の技術常識に基づいても,その実施ができないという具体的な理由があるとまではいえず,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明10及び11を当業者が理解し,実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから,実施可能要件を満足している,
というものである。
4 取消事由
(1) 本件発明についての実施可能要件違反の判断の誤り(取消事由1)
(2) 本件発明についてのサポート要件違反の判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(本件発明についての実施可能要件違反の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,甲29の特許請求の範囲請求項1及び2の記載や,発明の詳細な説明の一部を引用して,PPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムについて,「具体的な製造方法が記載され,同じく発明の詳細な説明には,実施例として2成分系(3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物とパラフェニレンジアミン)でのTD方向の熱膨張係数αTDが12ppm/℃,MD方向の熱膨張係数αMDが14ppm/℃のポリイミドフィルム(実施例5)や2成分系(3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物とパラフェニレンジアミン)でのTD方向の熱膨張係数αTDが13ppm/℃,MD方向の熱膨張係数αMDが11ppm/℃のポリイミドフィルム(実施例4),及び,MD方向とTD方向の線膨張係数の比の調整方法についても具体的に記載されていることから,αTD及びαMDが本件特許発明のものと重複一致したポリイミドフィルムを開示する当該特許公告公報を知り得た当業者は,本件特許発明のPPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムを得ることができたと考えるのが自然である。」,PPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルム以外の,「その他の2成分系の本件特許発明のポリイミドフィルムについては,すべての証拠を検討しても,提示された証拠に記載されている2成分系のポリイミドフィルムから本件特許発明のポリイミドフィルムを得ることができたとはいえないが,本件原出願時において,当該提示された証拠のものしか存在せず,その他の2成分系のポリイミドフィルムが存在していなかったとまではいえないことから,当該主張をもって,本件原出願時の技術常識(熱膨張係数は,フィルムの厚みにより薄くなると低下する変化をすること,フィルムの熱処理により熱膨張係数が変化すること等)を有し,上記請求人による特公平4-6213号公報を知り得た当業者が,本件特許発明の特定のTD方向およびMD方向の線膨張係数を有するポリイミドフィルムを得ることができなかったとまではいえない。」とした上で,「本件特許発明における2成分系でのポリイミドフィルムについて,当業者が本件特許明細書の記載及び本件原出願時の技術常識に基づいても,その実施ができないという具体的な理由があるとまではいえない。」と認定・判断した。
(2) 延伸と熱膨張係数の関係
ア 本件特許の独立請求項は,請求項1(COF用基板),請求項7(銅張積層体)及び請求項9(ポリイミドフィルム)であるところ,請求項1と請求項7はいずれも請求項9に規定されたポリイミドフィルムの構成をそのまま含み,さらにそのポリイミドフィルムを基材にしていることから,その余の請求項はいずれも請求項9に規定された発明特定事項を含むことになる。
イ ポリイミドフィルムを一方向に延伸すると,延伸方向の熱膨張係数は減少するが,これと直角方向の熱膨張係数は増大する。このため,延伸後のMDとTDの熱膨張係数を平均した値は,延伸前の熱膨張係数の平均値とほとんど変わらない。本件発明9の規定する熱膨張係数の範囲は,TDが3~7ppm/℃で,MDが10~20ppm/℃である。そうすると,TDとMDの平均値は,最大で13.5ppm/℃(TDの最大値7ppm/℃とMDの最大値20ppm/℃の平均値),最小で6.5ppm/℃(TDの最小値3ppm/℃とMDの最小値10ppm/℃の平均値)となる。延伸をしてもTDとMDの平均値がほとんど変わらない以上,本件発明9の規定する熱膨張係数の範囲とするためには,延伸をしない状態の熱膨張係数が,6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の間となる必要がある(延伸しない状態で10ppm/℃程度の熱膨張係数を有するフィルムが,延伸によって,本件発明9のTDとMDの熱膨張係数の範囲の中央付近の数値となる。)。
被告は,この点について,甲10の Bifix フィルムと Free フィルムでは,熱イミド化の際に端部を固定するか否かで熱膨張係数が大きく異なる旨主張する。しかし,原告は,本件特許の実施例のようなある製造条件で製造された等方的熱膨張係数を有するポリイミドフィルムを,その後,一軸延伸することにより,異方性の熱膨張係数を有するポリイミドフィルムを得る場合の,延伸前の等方的熱膨張係数と,延伸後の延伸方向及びそれと直角方向の熱膨張係数の関係を主張しているのであって,フィルムの製造条件が異なる Bifix フィルムと Free フィルムのような2種類のフィルムの熱膨張係数の関係を主張したものではない。
また,被告は,本件明細書の比較例2及び3,乙3の結果をみても,延伸前後のMDTDの熱膨張係数の合計の平均値は大幅に変化している旨主張する。しかし,実験の再現性と熱膨張係数の測定精度を考慮すれば,熱膨張係数の測定データにはばらつきがあり,本件明細書の比較例2と3の熱膨張係数の違いは,1割を少し超える程度で僅かであるから,この結果は,むしろ平均値は概ね変わらないという原告の主張を裏付けている。また,乙3における未延伸フィルムは,ゲル膜を支持金枠に張り付けて固定しオーブンで加熱したものであるのに対し,延伸フィルムは製膜機で延伸・加熱しており,この二つのフィルムは,延伸の有無だけでなく,製膜機を用いて加熱するか,支持金枠に固定して加熱するかの製膜条件にも違いがあるから,乙3の数値を採用することはできない。
ウ 本件明細書は,芳香族ジアミン成分としてPPDとODAを,酸無水物成分としてPMDAとBPDAを,それぞれ特定の配合割合で用いた合計4成分からなる,化学イミド化法で製造される4成分系のポリイミドフィルムについて,具体的な製造方法,実施例及び表1にデータを開示している。上記の実施例におけるポリイミドフィルムの熱膨張係数を実現するためには,①延伸を行わない場合における該等方性のポリイミドフィルムの熱膨張係数が前記イの6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の間(例えば10ppm/℃)になるように成分組成を調整すること,②延伸によりTDとMDの熱膨張係数に異方性を持たせることの2段階の調整が必要である。
上記①について,ポリイミドフィルムの熱膨張係数は,芳香族ジアミン成分と酸無水物成分の組合せに大きく依存する。特に,芳香族ジアミン成分のうち,PPDは分子が直線構造で剛直であるのに対し,ODAは自由に回転できるエーテル結合(-O-)があるために自由に屈曲できる分子構造である。そのため,PPDを多く配合すると,熱膨張係数は小さくなり,ODAを多く配合すると熱膨張係数は大きくなるので,両者の配合割合による熱膨張係数の調整が可能となる。
これに対し,2成分系のポリイミドフィルムでは,ジアミン成分は1種類に限定されているから,ジアミン成分の配合比率を変えることによって熱膨張係数を調整することができない。PPD/BPDAの2成分系について化学イミド化法を用いたポリイミドフィルムの熱膨張係数は低いため,延伸をしない状態の熱膨張係数を6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の範囲とすることができず,そのため,本件明細書に基づきポリイミドフィルムの製造過程で延伸によって,本件発明9のMDとTDの熱膨張係数の範囲に調整することはできない。また,PMDA/ODAやODA/BPDAの2成分系では逆に熱膨張係数の値が大きすぎて,延伸をしない状態の熱膨張係数を6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の範囲とすることができず,そのため,延伸をしても,本件発明9のMDとTDの熱膨張係数の範囲に調整することはできない。
このように,2成分系のポリイミドフィルムの場合は,本件明細書に記載されている方法を用いて,本件発明9の熱膨張係数の値を得ることは,原理的にできない。
エ 甲36の20頁の図は,本件明細書の実施例,比較例のポリイミドフィルムの成分におけるPPDの組成比と,熱膨張係数のMD,TD平均値をプロットしたものである。上記図は,4成分系においてPPD成分が,熱膨張係数を低くする効果をもたらすことを示すが,そればかりでなく,PPDの割合を0%又は100%とすると,MDとTDの熱膨張係数の平均値(ほぼ等方性熱膨張係数の値)が,明らかに,6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の範囲を大きく逸脱することを示している。すなわち,本件明細書の実施例,比較例のポリイミドフィルムは,PPDの割合が0%(例えば,PMDAとODA,BPDAとODAの2成分系)の場合は熱膨張係数が高すぎて,PPDの割合が100%(例えば,PMDAとPPD,BPDAとPPDの2成分系)の場合は熱膨張係数が低すぎて,本件特許の異方性熱膨張係数の範囲内とすることはできないことを明確に示している。
(3) PPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムについて
ア PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムは,芳香族ジアミン成分としてはPPDのみで,酸無水物成分としてはBPDAのみである。どちらも,熱膨張係数を小さくする分子構造を有し,その組合せであるPPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムは,本質的に熱膨張係数が低く,甲8の図6では,熱イミド化により製造した場合の熱膨張係数は2.6ppm/℃であり,延伸をしない状態の熱膨張係数を前記(2)イの6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の範囲とすることができない。このような低い熱膨張係数を与えるPPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムの製造においては,製膜時に延伸操作を行っても,MDの熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下,かつ,TDの熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下という,本件発明9の熱膨張係数のポリイミドフィルムを得ることはできない。
そして,化学イミド化によるポリイミドフィルムは,熱イミド化による場合に比べて,熱膨張係数が小さくなることから(本件明細書の段落【0024】),甲8の図6の2.6ppm/℃よりもさらに数値が小さくなり,化学イミド化によっても,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムにおいて,本件発明9の熱膨張係数とすることはできない。
イ 甲10について
ポリイミドフィルムの熱膨張係数は様々な条件で異なる値となる。甲8の図6は,甲10の表1のデータを引用したものであるが,同表には,PPD/BPDA2成分系ポリイミドフィルムの熱膨張係数が,加熱時の収縮を防止するために固定して熱イミド化を行った Bifix の条件では2.6ppm/℃であるのに対し,固定して熱イミド化をしていない Freeの条件では19.0ppm/℃となる事実を示している。本件発明9は,熱膨張係数に関して,フィルムの機械搬送方向(MD)と幅方向(TD)が規定されていることから明らかなように,工業的な連続製膜条件を前提としており,その際には,加熱時の収縮を防止するために固定して熱イミド化を行う。そうしないと,出来上がったポリイミドフィルムの平面性が悪化するし,また,連続製膜ではフィルムを走行させる必要があり,走行させるためには,走行方向(本件特許でいうMDに相当)には一定の張力がかかり,Free にすることはできない。したがって,本件発明9の実施形態に近いのは Bifix フィルムの2.6ppm/℃である。甲10の Free フィルムのデータは,研究目的によるものであり,工業的生産に関するデータではないから,本件発明9の実施可能性とは無関係である。
ウ 甲20~22,26~29,31について
被告は,甲20~22(原告の販売製品),甲26~31(原告の特許出願)を根拠として,PPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として10~20ppm/℃を実現できることが技術常識であり,これらのポリイミドフィルムには様々な延伸倍率が適用可能であるから,本件発明9の熱膨張係数が実現可能である旨主張する。
しかし,原告のPPD/BPDAの2成分系の熱膨張係数が10~20ppm/℃であるポリイミドフィルムは,原告が独自に開発した熱イミド化法により製造され,その製造には,原告のした特許出願に記載されない多くのノウハウを必要とするから,原告の販売製品及び特許出願における熱膨張係数を,本件特許の優先日(以下「本件優先日」という。)当時の技術常識の根拠とすることはできない。
また,甲13によれば,熱イミド化されたポリイミドフィルムは,化学イミド化されたポリイミドフィルムと比べて,延伸に適さない性質を有するとともに(段落【0018】,【0019】),熱イミド化によるゲルフィルムの乾燥が進んで固形分濃度が60重量%以上になると延伸が困難になり,走行方向に1.05倍延伸すると後続の幅方向の延伸はゲルフィルムの破断のため不可能であるとされている(段落【0026】)。被告の引用する甲26~29,31は,いずれも熱イミド化法によってイミド化されたものであり,しかも,固形分濃度が60%以上であるから,本件明細書の実施例における,MDへの1.1~1.5倍という延伸倍率を適用して,本件発明9の熱膨張係数の範囲とすることはできない。
エ 乙2について
被告は,乙2によれば,PPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムにおいて,熱イミド化法の比較例1では熱膨張係数が23ppm/℃であり,化学イミド化法の比較例2は熱膨張係数が20ppm/℃である旨主張する。
比較例1は熱イミド化によるPPD/BPDAポリイミドフィルムの例であり,ポリアミド酸被膜をガラス板より剥がし,その塗膜を支持枠に固定して,熱イミド化のための加熱をしている。このように,ポリイミドフィルムを1枚ずつ固定枠に固定する方法は,固定の仕方によって得られるフィルムの熱膨張係数が変わりやすく,比較例1の熱膨張係数の値も,固定の仕方の影響を反映している可能性がある。
また,比較例2は,化学イミド化によるPPD/BPDAポリイミドフィルムの例であり,ガラス(支持体)上に流延したポリアミド酸溶液を途中でガラスから引き剥がすことなく化学イミド化したものであって,固定枠への固定はされていないが,比較例1と同じく,1枚ずつのポリイミドフィルムを製膜したもので,実験室における製膜である。化学イミド化によるポリイミドフィルムは,本件明細書の段落【0024】にもあるように,熱イミド化による場合に比べて,熱膨張係数が小さくなるにもかかわらず,20ppm/℃とあるのは,このフィルムの製膜条件が例えばフィルムの一部が加熱途中でガラス板から剥離するなどして甲8の Free フィルムに近いものであったことを推測させる。
しかし,本件発明9は,連続製膜され,工業的に使用可能な製膜条件で製膜されたフィルムであることを当然の前提としている。乙2の比較例1,2のポリイミドフィルムは,本件発明9のポリイミドフィルムと相容れない製膜条件で製膜されたものであって,その熱膨張係数の数値は,本件発明9の実施可能性とは無関係である。したがって,乙2は,当業者にとって,本件発明9の実施を可能とするものではない。
(4) ODA/PMDA,ODA/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムについて
ODA/PMDAの2成分系やODA/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムは,ODAが自由に回転できるエーテル結合があるため自由に屈曲できる分子構造であることから,本質的に熱膨張係数が高く,甲8の図6では,その熱膨張係数は,それぞれ21.6ppm/℃,45.6ppm/℃であり,延伸をしない状態の熱膨張係数を前記(2)イの6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の範囲とすることができない。このような高い熱膨張係数を与えるODA/PMDA及びODA/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムの製造においては,製膜時に延伸操作を行っても,MDの熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下,かつ,TDの熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下という,本件発明9の熱膨張係数のポリイミドフィルムを得ることはできない。
被告は,4成分系について実施可能性が認められるから,2成分系についても実施可能性が認められる旨主張するようであるが,本件発明9においては,4成分系のポリイミドフィルムの発明と,2成分系のポリイミドフィルムの発明は,別個の発明であり,2成分系の発明が4成分系の発明の実施態様に相当するような関係にはないから,2成分系の発明について,実施可能要件及びサポート要件が充たされなければならず,被告の上記主張は理由がない。
(5) 以上のとおり,本件発明9のうちの2成分系のポリイミドフィルムの発明及び同発明を含む全部の請求項の発明について,本件明細書が実施可能要件を充たしていないことから,本件特許は特許法123条1項4号の規定により無効とされるべきものである。本件審決は結論に影響を及ぼす誤りを含むものであるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1) 延伸と熱膨張係数の関係
ア 原告は,ポリイミドフィルムを一方向に延伸すると,延伸方向の熱膨張係数は減少するが,これと直角方向の熱膨張係数は増大し,MDとTDの熱膨張係数の平均値は,延伸前と後ではほとんど変わらない(一方向に延伸して熱膨張係数が増大した分だけ,直角方向の熱膨張係数は減少する)から,本件発明9の数値範囲とするには,MDとTDの平均値が,6.5~13.5ppm/℃の範囲にある必要がある旨主張する。
確かに,定性的に(特に一軸延伸の場合),延伸方向の熱膨張係数が減少する際に,これと直角方向の熱膨張係数が増大するという傾向は存在する。しかし,MD,TDとも適宜延伸倍率を選択するほか,溶媒量や温度等の延伸条件を選択することにより,MD,TDの熱膨張係数は,それぞれ大きく変動し得るのであり,フィルム製造条件が変わっても二方向の熱膨張係数の平均値が常に一定になるという定量的な関係は存在しない。甲10において,加熱・乾燥前の自立性フィルムは同一であるのに,熱イミド化の際に端部を固定するか否か(「Bifix」か「Free」)により,熱膨張係数が2.6ppm/℃から19.0ppm/℃の範囲で変動しており,また,本件明細書の比較例2及び3,乙3の結果をみても,延伸前後のMD及びTDの熱膨張係数の合計の平均値は大幅に変化している。延伸しないフィルムといっても,加熱時の条件によって張力を受けながらイミド化する場合もあり,張力を受けないでイミド化する場合もある。さらに,加熱が開始される時点の溶媒量や,加熱温度と時間が相違するなどの条件によって,熱膨張係数は変動するのであり,原告が本件発明9の異方性フィルムを得るために,延伸しないフィルムでどのような熱膨張係数が得られるべきかを問題にすること自体が適切ではない。
イ 原告は,本件特許の実施例及び比較例につきMDとTDの熱膨張係数の平均値をプロットした甲36の20頁の図を示した上で,PPDの割合が0%又は100%となると,MDとTDの熱膨張係数の平均値が6.5~13.5ppm/℃の範囲を大きく逸脱するので,本件特許の数値範囲が実施不可能である旨主張する。
しかし,数が限られたデータから,ジアミン成分であるPPDの割合が0%又は100%になった場合を推測するのは科学的に無理がある。甲36の20頁の図は,酸無水物成分としてBPDAを20mol%,PMDAを80mol%の割合で使用した場合である(比較例1のみBPDAを25mol%,PMDAを75mol%の割合で使用)。甲8の図6が示すとおり,同じジアミン成分を用いても,酸無水物成分が異なれば,熱膨張係数の値は異なる。したがって,酸無水物成分の比率が変われば,異なるプロットとなるのは明らかであるから,甲36の20頁の図から,ジアミン成分であるPPDの割合が0%又は100%になった場合を論じることはできない。
公知文献(甲8及び甲10,26~31,乙2)では,未延伸の状態において,PPD/BPDAの2成分系フィルム(すなわち,ジアミン成分PPDが100%,酸無水物成分BPDAが100%)の熱膨張係数が10~20ppm/℃程度となることが,多数報告されている。その上,延伸前後で熱膨張係数の平均値が一定との技術常識は存在しない(乙3)から,原告の上記主張には前提事実からして誤りがある。
(2) PPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムについて
ア 本件明細書においては,延伸倍率の変更によって熱膨張係数が調整されることを,一般的説明としても実施例・比較例としても詳細に説明している。そして,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムも,本件特許の4成分系のポリイミドフィルムについての実施例と同様,延伸倍率の調整によって熱膨張係数が調整されるのであり,本件明細書と技術常識からは想定し得ないような手段を要するものではない。
そして,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについては,本件特許出願前から原告により販売され,特別な延伸処理をしない場合の熱膨張係数が12~20 ppm/℃であることは周知であった(甲20~22)。また,原告の特許出願に係る甲26~31に示すとおり,本件特許出願時において,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの熱膨張係数として10~20ppm/℃程度を実現でき(甲26~29,31),かつ,これら文献に開示されたポリイミドフィルムには様々な延伸倍率が適用可能であった(甲30)。当業者は,これら公知文献を参照して,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドについて,本件発明9の熱膨張係数を有するフィルムとするためには,MDには延伸しないか又は僅かに延伸すればよく,TDについては,本件特許の教示に従い,MDよりは大きな延伸倍率を適用すればよいことを理解するものである。
イ 甲8の図6について
原告は,甲8の図6では,熱イミド化により製造した場合の熱膨張係数は2.6ppm/℃であり,このような低い熱膨張係数を与えるPPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムの製造においては,製膜時に延伸操作を行っても,本件発明9の熱膨張係数のポリイミドフィルムを得ることはできない旨主張する。
しかし,甲8のデータは,甲10を引用したものである。甲10は,熱イミド化に際し,二軸固定で加熱する製法である「Bifix」によるフィルムと,バネで保持して硬化収縮を可能にした「Free」のフィルムを開示しているところ,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの熱膨張係数は,「Bifix」では原告の引用する2.6ppm/℃であるのに対し,「Free」では19.0ppm/℃である。そうすると,甲8及び甲10により,当業者は,PPD/BPDAのフィルムの熱膨張係数が,熱イミド化の際に加える張力の調節(延伸の程度の調節)によって,少なくとも2.6~19.0ppm/℃の範囲で調節できることを理解する。したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ 乙2について
乙2の比較例1及び2は,パラフェニレンジアミン(PPD)と3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)を用いてフィルムを製造しており,熱イミド化法の比較例 1 では熱膨張係数が23ppm/℃であり,化学イミド化法の比較例2は熱膨張係数が20ppm/℃である。このように,PPD/BPDAフィルムの熱膨張係数として10~20ppm/℃程度の値は,原告のノウハウによるものではなく,甲10の Free のフィルムや乙2に見るとおり,一般的な値である。
エ 以上のとおり,原告の特許出願(甲26~31)のほか,PPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムにおいて,熱膨張係数が10~20ppm/℃であり得ることを記載した文献が存在し(甲10,乙2),MDとTDの熱膨張係数の平均値が一定であるとの技術常識はなく,両方向の延伸倍率を変えることにより熱膨張係数も別々にコントロールできるから,PPD/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムにおいても,延伸倍率を適宜選択することにより,本件発明9は実施可能であることが理解される。
(3) ODA/PMDA,ODA/BPDAの2成分系のポリイミドフィルムについて
ポリイミドフィルムについて最終的に得られる熱膨張係数は,延伸倍率に大きく影響されるほかに,延伸に際しての,溶媒含量,温度条件,延伸速度等多くの条件に影響される。またフィルムの厚さにも影響されることが甲9に記載されている。したがって,上記の2成分系について,甲8のデータのみに基づいて,本件発明9の熱膨張係数の数値範囲を実現することができないと断定することはできない。
また,本件発明9の熱膨張係数とならない2成分系ポリイミドフィルムが存在しても,それは,本件発明9の範囲には含まれず,本件発明9の実施品ではないから,そのような2成分系ポリイミドフィルムが存在することは,本件発明9が実施可能要件に違反することを意味するものではない。本件発明9は,COF用などのファインピッチ回路用基板に好適なポリイミドフィルムを提供することを課題とし,特定の範囲の異方性のある熱膨張係数を有するポリイミドフィルムによって課題を解決する発明である。熱膨張係数の特定が発明の本質であり,ポリイミド樹脂は公知のものであってよく,ポリイミドの製造に使用する化合物の選択に本質がある発明ではない。ポリイミドフィルムを製造するための原料の選択範囲は規定されているけれども,その選択範囲において,所定の数値範囲を充足するフィルムを得ることができれば実施可能要件を充足する。請求項記載の芳香族ジアミン成分と酸無水物成分のすべての材料の範囲について,所定の熱膨張係数が達成できることを充足する立証が必要であるとすることは合理的でない。
したがって,被告は,本件発明9の構成において,実施可能要件に関し,これらの2成分系ポリイミドフィルムについて本件発明9の範囲内の数値が得られる条件を解明し立証する必要はない。
2 取消事由2(本件発明についてのサポート要件違反の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本件発明に関しての本件明細書の記載に基づけば,本件原出願時における当業者の技術常識を踏まえれば,ポリイミドフィルムを構成する樹脂組成には無関係に,ポリイミドフィルムのTD及びMDの熱膨張係数を特定値とすることで,本件発明の課題を解決できると理解できるものと認められるとして,サポート要件が充足されると認定・判断した。
しかし,前記1の取消事由1の〔原告の主張〕のとおり,本件明細書が2成分系のポリイミドフィルムの本件発明を実施可能に記載していないのであるから,本件発明は,本件明細書によってサポートされていないことも明らかである。
したがって,サポート要件に関する本件審決の認定・判断は誤りであり,これが結論に影響を及ぼすものであることは明らかであるから,本件審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
サポート要件については,前記1の取消事由1の〔被告の主張〕のとおり,実施可能要件違反が成り立たないのと同様の理由により,本件特許が充足しているのは明らかであり,原告主張の取消事由2は理由がない。
第4当裁判所の判断
1 本件発明について
本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲32)の発明の詳細な説明には,概ね,次の内容の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,寸法安定性に優れ,ファインピッチ回路用基板,特にフィルム幅方向に狭ピッチに配線されるCOF(Chip on Film)用に好適なポリイミドフィルム及びそれを基材とした銅張積層体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フレキシブルプリント基板や半導体パッケージの高繊細化に伴い,それらに用いられるポリイミドフィルムへの要求事項も多くなっており,例えば金属との張り合わせによる寸法変化やカールを小さくすること,およびハンドリング性の高いことなどが挙げられ,ポリイミドフィルムの物性として金属並の熱膨張係数を有すること及び高弾性率であること,さらには吸水による寸法変化の小さいフィルムが要求され,それに応じたポリイミドフィルムが開発されてきた。
【0005】
ところで近年,配線の微細化への対応で,銅貼り積層体は接着剤を用いない2層タイプ(ポリイミドフィルム上に銅層が直接形成)が採用されている。これはフィルム上へのめっき法により銅層を形成させる方法,銅箔上にポリアミック酸をキャストした後イミド化させる方法があるが,いずれもラミネーション方式のような熱圧着工程ではなく,したがってフィルムのMDの熱膨張係数をTDより小さくする必要は無くなり,さらには2層タイプで主流をしめるCOF用途では,フィルムのTDに狭ピッチで配線されるパターンが一般的で,逆にTDの熱膨張係数が大きいとチップ実装ボンディング時等で配線間の寸法変化が大きくなり,ファインピッチ化要求への対応が困難であった。これに対応するにはフィルムの熱膨張係数をシリコンに近似させるほどに小さくさせるのが理想であるが,銅との熱膨張差異が生じるのでチップ実装のボンディング時をはじめとする加熱される工程によりひずみが生じるという問題がある。
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は,上述した従来技術における問題点の解決を課題として検討した結果なされたものであり,金属に近似した熱膨張係数を保持しつつ,フィルムTDの寸法変化を低減させることができるCOF用などのファインピッチ回路用基板に好適なポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張り積層体の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目標を達成するために,本発明のポリイミドフィルムは,フィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10~20ppm/℃,幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3~10ppm/℃であり,好ましくはαMDが14~18ppm/℃,αTDが3~7ppm/℃であることを特徴とする。
【0010】
また,本発明銅張積層体は,上記いずれかを特徴とするポリイミドフィルムを基材とし,この上に厚みが1~10μmの銅を形成させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明のポリイミドフィルムは,フィルムのTDへの配向を進ませることで,この方向の熱膨張係数を低く抑えることができ,かつMDの熱膨張係数は金属に近似した値を持ち,さらに加熱収縮率も低く,また高い引っ張り弾性率を保持している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のポリイミドフィルムを製造するに際しては,まず芳香族ジアミン成分と酸無水物成分とを有機溶媒中で重合させることにより,ポリアミック酸溶液を得る。
【0013】
上記芳香族ジアミン類の具体例としては,パラフェニレンジアミン,メタフェニレンジアミン,ベンジジン,パラキシリレンジアミン,4,4’-ジアミノジフェニルエーテル,3,4’-ジアミノジフェニルエーテル,4,4’-ジアミノジフェニルメタン,4,4’-ジアミノジフェニルスルホン,3,3’-ジメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタン,1,5-ジアミノナフタレン,3,3’-ジメトキシベンチジン,1,4-ビス(3メチル-5アミノフェニル)ベンゼンおよびこれらのアミド形成性誘導体が挙げられる。この中でフィルムの引っ張り弾性率を高くする効果のあるパラフェニレンジアミン,ベンジジン,3,4’-ジアミノジフェニルエーテルなどのジアミンの量を調整し,最終的に得られるポリイミドフィルムの引っ張り弾性率が4.0GPa以上にすることが,ファインピッチ基板用として好ましい。
【0014】
上記酸無水物成分の具体例としては,ピロメリット酸,3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸,3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸,2,3,6,7-ナフタレンジカルボン酸,2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エーテル,ピリジン-2,3,5,6-テトラカルボン酸およびこれらのアミド形成性誘導体などの酸無水物が挙げられる。
【0022】
こうして得られるポリアミック酸溶液は,固形分を5~40重量%,好ましくは10~30重量%を含有しており,またその粘度はブルックフィールド粘度計による測定値で10~2000Pa・s,好ましくは,100~1000Pa・sのものが,安定した送液のために好ましく使用される。また,有機溶媒溶液中のポリアミック酸は部分的にイミド化されていてもよい。
【0023】
次に,本発明のポリイミドフィルムの製造方法について説明する。
【0024】
ポリイミドフィルムを製膜する方法としては,ポリアミック酸溶液をフィルム状にキャストし熱的に脱環化脱溶媒させてポリイミドフィルムを得る方法,およびポリアミック酸溶液に環化触媒及び脱水剤を混合し化学的に脱環化させてゲルフィルムを作成しこれを加熱脱溶媒することによりポリイミドフィルムを得る方法が挙げられるが,後者の方が得られるポリイミドフィルムの熱膨張係数を低く抑えることができるので好ましい。
【0025】
なお,このポリアミック酸溶液は,フィルムの易滑性を得るため必要に応じて,酸化チタン,微細シリカ,炭酸カルシウム,リン酸カルシウム,リン酸水素カルシウムおよびポリイミドフィラーなどの化学的に不活性な有機フィラーや無機フィラーを,含有することができる。この中では特に粒子径0.07~2.0μmである微細シリカをフィルム樹脂重量当たり0.03~0.30重量%の割合でフィルムに均一に分散されることによって微細な突起を形成させるのが好ましい。…
【0029】
ポリアミック酸溶液からポリイミドフィルムを製造する方法としては,環化触媒および脱水剤を含有せしめたポリアミック酸溶液をスリット付き口金から支持体上に流延してフィルム状に成形し,支持体上でイミド化を一部進行させて自己支持性を有するゲルフィルムとした後,支持体より剥離し,加熱乾燥/イミド化し,熱処理を行う。
【0030】
上記ポリアミック酸溶液は,スリット状口金を通ってフィルム状に成型され,加熱された支持体上に流延され,支持体上で熱閉環反応をし,自己支持性を有するゲルフィルムとなって支持体から剥離される。
【0031】
上記支持体とは,金属製の回転ドラムやエンドレスベルトであり,その温度は液体または気体の熱媒によりおよび/または電気ヒーターなどの輻射熱により液体または気体の熱媒によりおよび/または電気ヒーターなどの輻射熱により制御される。
【0032】
上記ゲルフィルムは,支持体からの受熱および/または熱風や電気ヒータなどの熱源からの受熱により30~200℃,好ましくは40~150℃に加熱されて閉環反応し,遊離した有機溶媒などの揮発分を乾燥させることにより自己支持性を有するようになり,支持体から剥離される。
【0033】
上記支持体から剥離されたゲルフィルムは,通常回転ロールにより走行速度を規制しながら走行方向に延伸される。機械搬送方向への延伸倍率(MDX)は,140℃以下の温度で1.01~1.9倍,好ましくは1.05~1.6倍,さらに好ましくは1.05~1.4倍で実施される。搬送方向に延伸されたゲルフィルムは,テンター装置に導入され,テンタークリップに幅方向両端部を把持されて,テンタークリップと共に走行しながら,幅方法へ延伸される。この時フィルムの機械搬送方向(MD)の延伸倍率に比べ幅方向(TD)の延伸倍率を高く設定すること,具体的には幅方向の延伸倍率を機械搬送方向の延伸倍率の1.1~1.5倍に設定することによってフィルムTDに配向勝ったフィルムすなわちフィルムMDには金属に近似した熱膨張係数を保持しつつ,フィルムTDの熱膨張係数を低く抑えたフィルムを得ることができる。これら範囲内にて両者の延伸倍率の調整を行い,フィルムのTDの熱膨張係数αTDが3~10ppm/℃,フィルムのMDの熱膨張係数αMDが10~20ppm/℃の範囲にするのが好ましく,αTDが3~7ppm/℃,αMDが14~18ppm/℃の範囲がより好ましい。
【0034】
上記の乾燥ゾーンで乾燥したフィルムは,熱風,赤外ヒーターなどで15秒から10分加熱される。次いで,熱風および/または電気ヒーターなどにより,250~500の温度で15秒から20分熱処理を行う。
【0035】
また走行速度を調整しポリイミドフィルムの厚みを調整するが,ポリイミドフィルムの厚みとしては3~250μmが好ましい。これより薄くても厚くてもフィルムの製膜性が著しく悪化するので好ましくない。
【0036】
このようにして得られたポリイミドフィルムをさらに200~500℃の温度でアニール処理を行うことが好ましい。そうすることによってフィルムの熱リラックスが起こり加熱収縮率を小さく抑えることができる。…
【0039】
このようにして得られるポリイミドフィルム及びそれを基材とした銅張積層体は,フィルムのTDへの配向を進ませることで,この方向の熱膨張係数を低く抑えることができ,かつMDの熱膨張係数は金属に近似した値を持ち,さらに加熱収縮率も低く,また高い引っ張り弾性率を保持しているので,ファインピッチ回路用基板,特にフィルムのTDに狭ピッチに配線されるCOF(Chip on Film)用に好適である。
【実施例】
【0040】
以下,実施例により本発明を具体的に説明する。
【0041】
なお,実施例中PPDはパラフェニレンジアミン,4,4’-ODAは4,4’-ジアミノジフェニルエーテル,3,4’-ODAは3,4’-ジアミノジフェニルエーテル,PMDAはピロメリット酸二無水物,BPDAは3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物,DMAcはN,N-ジメチルアセトアミドをそれぞれ表す。
【0042】
また,実施例中の各特性は次の方法で評価した。
【0043】
(1) 熱膨張係数
島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定した。
【0044】
(2) 加熱収縮率
20cm×20cmのフィルムを用意し,25℃,60%RHに調整された部屋に2日間放置した後のフィルム寸法(L1)を測定し,続いて200℃60分間加熱した後再び25℃,60%RHに調整された部屋に2日間放置した後フィルム寸法(L2)を測定し,下記式計算により評価した。
加熱収縮率=-(L2-L1)/L1×100
【0045】
(3) 引っ張り弾性率…
【0046】
(4) 粒度分布…
【0047】
(5) 突起数…
【0048】
(6) 摩擦係数(静摩擦係数)…
【0049】
(7) 銅配線形成したフィルムの,半田浴処理前後の寸法変化率,及びカール
(i) 銅層形成…
【0050】
(ii)フォトレジストパターン形成…
【0053】
(iii) 銅エッチング
配線状にフォトレジストを形成した後…エッチング処理し,銅層を100μmピッチ(配線幅50μm/配線間隔50μm)にパターニングした。銅エッチング後,25℃×5分×2回浸漬+揺動水洗し,その後自然乾燥した。
【0054】
(iv) フォトレジスト除去…
【0055】
(v) 錫鍍金…
【0056】
(vi) 寸法変化率,及びカール測定
錫鍍金後,TD方向の寸法を測定(L3)した。次に,250℃の半田浴に30秒浸漬し,浸漬後に再びTD方向の寸法を測定(L4)した。半田浴による処理前後の寸法変化率を下記式により求めた。
寸法変化率(%)=(L4-L3)/L3×100
【0057】
また,カールについては,半田浴による処理後に平坦な場所にサンプルを静置し,サンプルの端部の床からの反り上がり量を「カール」として評価した。
【0058】
[実施例1]
500mlのセパルブルフラスコにDMAc239.1gを入れ,ここにPPD4.53g(0.042モル),4,4’-ODA21.53g(0.108モル),BPDA8.79g(0.030モル),PMDA26.06g(0.119モル)を投入し,常温常圧中で1時間反応させ,均一になるまで撹拌してポリアミック酸溶液を得た。
【0059】
続いて粒径0.08μm未満及び2μm以上が排除された平均径0.30μmのシリカのN,N-ジメチルアセトアミドスラリーを前記ポリアミド酸溶液に樹脂重量当たり0.03重量%添加し,十分攪拌,分散させた。
【0060】
その後このポリアミック酸溶液をマイナス5℃で冷却した後,ポリアミック酸溶液100重量%に対して無水酢酸15重量%とβ-ピコリン15重量%を混合した。
【0061】
この混合液を,90℃の回転ドラムに30秒流延させた後,得られたゲルフィルムを100℃で5分間加熱しながら,走行方向に1.1倍延伸した。次いで幅方向両端部を把持して,270℃で2分間加熱しながら幅方向に1.5倍延伸した後,380℃にて5分間加熱し,38μm厚のポリイミドフィルムを得た。このポリイミドフィルムを220℃に設定された炉の中で20N/mの張力をかけて1分間アニール処理を行った後,各特性を評価した。
フィルムMDの熱膨張係数αMD:15.8ppm/℃
フィルムTDの熱膨張係数αTD:4.8ppm/℃
【0062】
[実施例2~15]
実施例1と同様の手順で,芳香族ジアミン成分および芳香族テトラカルボン酸成分の原料及び比率,シリカの添加量,平均粒子径を表1,2,3に示すように反応させ,それぞれポリアミック酸溶液を得た後,横方向・縦方向の延伸倍率を表1,2,3のように行い実施例1と同じ操作で得られたポリイミドフィルムの各特性評価を行い,表1,2,3にその結果を示した。
【0063】
【表1】(判決注:別紙本件明細書の表の表1に示す)
【0064】
【表2】(判決注:別紙本件明細書の表の表2に示す)
【0065】
【表3】(判決注:別紙本件明細書の表の表3に示す)
【0066】
*表中のモル比は,全芳香族ジアミン成分中におけるモル%及び全芳香族テトラカルボン酸類成分中におけるモル%をそれぞれ示す。
【0067】
[比較例1~4]
実施例1と同様の手順で,芳香族ジアミン成分および芳香族テトラカルボン酸成分,シリカの添加量,平均粒子径を表4に示す割合でそれぞれポリアミック酸溶液を得た後,横方向・縦方向の延伸倍率を表4のよう行い実施例1と同じ操作で得られたポリイミドフィルムの各特性評価を行い,表4にその結果を示した。
【0068】
【表4】(判決注:別紙本件明細書の表の表4に示す)
【0069】
*表中のモル比は,全芳香族ジアミン成分中におけるモル%及び全芳香族テトラカルボン酸類成分中におけるモル%をそれぞれ示す。」
2 取消事由1(本件発明についての実施可能要件の判断の誤り)について
(1) 特許法36条4項1号(実施可能要件)は,発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと規定している。そして,物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(同法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を充足するということができる。
ところで,本件発明においては,請求項1(COF用基板),請求項7(銅張積層体)及び請求項9(ポリイミドフィルム)が独立請求項であるところ,請求項1及び7はいずれも請求項9に規定されたポリイミドフィルムの構成をそのまま含み,そのため,その余の請求項もいずれも請求項9に規定された発明特定事項を含むことになる。そこで,事案に鑑み,本件発明に共通して含まれる発明特定事項である本件発明9についての実施可能要件について検討する。
(2) ポリイミドを構成する成分と熱膨張係数との関係についての技術常識
ア 甲8(「一流企業実務者が明かす,最先端の“材料”と“技術” 最新エレクトロニクス実装大全集<上巻>」株式会社技術情報協会)には,次の記載がある。
「このような寸法安定性改善のため,ポリイミド層のCTE(判決注:熱膨張係数を意味する。)の最適化が検討されている。図6(判決注:別紙甲8の図の図6に示す。)にポリイミド骨格(酸無水物とジアミンの組み合あわせ)とCTEの関係の例を示す。銅箔のCTEは通常17~18ppm/℃程度であり,これに合わせたCTE設計が重要となるが,同じポリイミド骨格でもキャスト方式ではその乾燥法にCTEが依存することや,ラミネート方式ではCTEが40~60ppm/℃のTPIを使用するため,最終的な寸法安定性を良くするためにはそれを見込んだ設計が必要となる。」
イ 甲10(“Re-examination of the relationship between packing coefficient and thermal expansion coefficient for aromatic polyimides”(邦題:「芳香族ポリイミドのパッキング係数と熱膨張係数との関係の再検討」)POLYMER 1987,Vol 28,December,2282~2288 頁)には,次の記載がある。
「ワニスをガラス板上に塗布し,1時間100℃で乾燥させた。次に,得られたフィルムを剥がし,窒素ガス中,200℃で1時間,400℃で1時間加熱した。これにより,ポリイミドフィルムを得た。メチル又はメチレン基を有するポリイミドの場合には,その最終的な加熱は,400℃の代わりに,350℃で1時間とした。ポリアミック酸フィルムをガラス板から剥離した後に加熱するとき,溶媒蒸発およびイミド化による収縮を防止するため,フィルムを鉄フレームにしっかり固定する。(二方向固定キュア)か,硬化収縮を妨げないようにバネで保持した(フリーキュア)。」(訳文1頁)
そして,前記アの甲8の図6の熱膨張係数のデータの元となったことについて当事者間に争いがない「芳香族ポリイミドの熱膨張係数 (10-5×単位K-1)」との題名の表1(2284頁)には,PPD/BPDAの Bifix(二方向固定キュア。判決注:収縮を防止するためにフィルムを固定した場合)が2.6ppm/℃,free(フリーキュア。判決注:フィルムをバネで保持して収縮を妨げなかった場合)が19.0ppm/℃と,ODA/BPDAの Bifix が45.6ppm/℃,free が52.0ppm/℃と,ODA/PMDAの Bifix が21.6ppm/℃,free が47.8ppm/℃と,それぞれ記載されている。
ウ 前記ア及びイによれば,ポリイミドフィルムの技術分野においては,ポリイミドフィルムを構成する成分として,直線構造を有する化合物(例えば,PPD)を用いると熱膨張係数が小さくなるのに対し,屈曲構造を有する化合物や回転の自由度がある化合物(例えば,ODA)を用いると熱膨張係数が大きくなることが広く知られており,ポリイミドフィルムの熱膨張係数は,ポリイミドを構成するジアミン成分と酸無水物成分としてどのような化合物を組みあわせるかによって幅広く調節できることが上記技術分野における技術常識であったと認められる。
(3) 本件発明9のポリイミドフィルムの特徴等
ア 前記1の本件明細書の発明の詳細な説明によれば,本件発明9は,寸法安定性に優れ,ファインピッチ回路基板,特にフィルム幅方向に狭ピッチに配線されるCOF用に好適なポリイミドフィルムに関する。従来,フィルムのTDに狭ピッチで配線すると,TDの熱膨張係数が大きいとチップ実装ボンディング時等で配線間の寸法変化が大きくなり,これに対応するために,フィルムの熱膨張係数をシリコンに近似させるほどに小さくすると,銅との熱膨張差異のためチップ実装のボンディング時をはじめとする加熱される工程によりひずみが生じるという問題があった。この課題を解決するために,本件発明9は,金属に近似した熱膨張係数を保持しつつ,フィルムTDの寸法変化を低減させることができるCOF用等のファインピッチ回路用基板に好適なポリイミドフィルムを提供することを目的とするものである(段落【0002】,【0005】,【0007】)。
当該課題を解決する手段として,本件発明9は,フィルムのTDへの配向を進ませることで,この方向の熱膨張係数を低く抑えることができ,かつMDの熱膨張係数は金属に近似した値を持ち,「フィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲」かつ「幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲」とする構成を採用することにより,COF用等のファインピッチ回路用基板に好適なポリイミドフィルムとなるという効果を奏するものである(段落【0008】,【0011】,【0039】)。このように,本件発明9の特徴は,熱膨張係数αMDと熱膨張係数αTDをそれぞれ異なる特定の範囲とすることにあるということができる。
イ そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,ポリイミドフィルムを製造する方法について,芳香族ジアミン成分と酸無水物成分とを有機溶媒中で重合したポリアミック酸溶液を,熱的に脱還化脱溶媒させてポリイミドフィルムを得る方法である「熱イミド化」,または環化触媒及び脱水剤を混合し化学的に脱還化させてゲルフィルムを作成しこれを加熱脱溶媒することによりポリイミドフィルムを得る方法である「化学イミド化」によって,ポリイミドフィルムを得ることができるが,化学イミド化の方が熱膨張係数を低く抑えることができるので好ましいと記載されている(段落【0012】,【0024】)。
また,「化学イミド化」によりフィルムを製造する場合には,環化触媒及び脱水剤を含むポリアミック酸溶液を,スリット状口金を通して加熱した支持体上に流延し,支持体上で熱閉環反応させて,自己支持性を有するゲルフィルムとして支持体から剥離した後,当該ゲルフィルムを,MDに,140℃以下の温度で1.01~1.9倍延伸した後,TDには,この時のMDの延伸倍率の1.1~1.5倍高く設定した延伸を行うことにより,MDには金属に近似した熱膨張係数を保持しつつ,TDには低い熱膨張係数を有するフィルムを製造することができることが記載されている(段落【0029】~【0036】)。
そして,実施例として,化学イミド化により,PPD/4,4’-ODAとBPDA/PMDAの4成分(実施例1~10),または,PPD/3,4’-ODAとBPDA/PMDAの4成分(実施例11~15)を含むゲルフィルムとし,MDに1.1倍,TDに1.5倍延伸してポリイミドフィルムを製造したところ,本件発明9の熱膨張係数を満たし,「フィルムTDの寸法変化率」と「カール(サンプルを平坦な場所に静置した際の,サンプルの端部の床からの反り上がり量)」が少ないポリイミドフィルムであったことが示されている(段落【0058】~【0066】)。
比較例1,2では,化学イミド化により,実施例1~10と同じ4成分を用いて,各成分の比率や延伸倍率を変えてポリイミドフィルムを製造したところ,本件発明9の熱膨張係数を満たさないものとなり,その結果,フィルムTDの寸法変化率とカールが大きいことが示されている(段落【0067】~【0069】)。
ウ 以上の記載からみると,本件発明9の効果を達成するためには,「熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲」かつ「熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲」であるポリイミドフィルムを製造することを要し,上記熱膨張係数とするための原料として,実施例において用いられた5つの成分を選択肢とする「PPD,4,4’-ODAおよび3,4’-ODAからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,PMDAおよびBPDAからなる群から選ばれる1以上の酸無水物」が本件発明9において特定されたものであるということができる。
そうすると,本件発明9のポリイミドフィルムを当業者が製造することができるというためには,本件明細書の記載及び前記(2)ウの技術常識等に基づいて,本件発明9において特定された芳香族ジアミン成分から1以上,及び酸無水物成分から1以上を選択して組み合わせることにより,本件発明9所定の熱膨張係数を有するポリイミドフィルムを製造することができることを要するというべきである。
(4) PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについて
ア 熱イミド化による製造方法について
(ア) 前記(2)ア及びイのとおり,甲8の図6及び甲10の表1には,熱イミド化により製造したPPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの熱膨張係数について,自己支持性フィルムを加熱する際に,収縮を防止するためにフィルムを固定した場合(Bifix)は2.6ppm/℃,フィルムをバネで保持して収縮を妨げなかった場合(Free)は19.0ppm/℃であったことが記載されている。
したがって,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムは,自己支持性フィルムとした後の加熱時に固定するか,固定しないかによって,2.6~19.0ppm/℃の範囲で調節できることが理解できる。
(イ) 甲26~29,31,乙2の記載内容について
a 甲26(特許第3085529号公報。公開日:平成11年2月16日)には,概ね,次の記載があり,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として,11ppm/℃(実施例1)のポリイミドフィルムが得られたことが開示されている。
「【請求項1】3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸,ピロメリット酸,3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸,3,3’,4,4’-ジフェニルエ-テルテトラカルボン酸またはこれらの酸の二無水物のいずれかの芳香族テトラカルボン酸成分とp-フェニレンジアミン,またはp-フェニレンジアミンとジアミノジフェニルエ-テル,ジアミノジフェニルメタン,あるいは2,2-ビス(アミノフェニル)プロパンとの混合系から選ばれる芳香族ジアミン成分とから得られる,30~300℃の線膨張係数が0.4×10-5~2.0×10-5cm/cm/℃であるポリイミドフィルムを加熱し,金属薄膜を形成するに際し,(イ)200~600℃に加熱して真空蒸着するか,あるいは(ロ)200~450℃に加熱してスパッタリングすることによって,厚さ200~20000オングストロ-ムの金属薄膜を形成することを特徴とするポリイミドフィルムに金属薄膜を形成する方法。」
「【0014】
【実施例】以下にこの発明の実施例を示す。
実施例1
3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物およびp-フェニレンジアミンを等モル使用して,N-メチル-2-ピロリドン中,30℃で2時間重合して,対数粘度(濃度:0.5g/100ml溶媒,溶媒:N-メチル-2-ピロリドン,測定温度:30℃)が3.5の芳香族ポリアミック酸を生成させた。その重合液は,ポリマ-濃度が25重量%であり,100℃の溶液粘度が約3000ポイズであった。このポリアミック酸溶液を使用して,溶液流延法(製膜温度:90℃)で,支持体上に前記の溶液の薄膜を形成し,約110℃の温度で溶媒を徐々に蒸発して除去して,溶媒が約15重量%含有されている芳香族ポリアミック酸の固化膜を形成し,その固化膜を支持体から剥離して,約200℃の温度で30分間,約300℃で15分間,約450℃で15分間加熱してイミド化を行って,厚さ約50μmの芳香族ポリイミドフィルムを形成した。
【0015】この芳香族ポリイミドフィルムは,次の各物性値を有していた。
線膨張係数(30~300℃):1.1×10-5cm/cm/℃」
b 甲27(特許第3994696号公報。公開日:平成14年6月26日)には,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として,22.5ppm/℃(実施例1),22.3ppm/℃(実施例2),15.4ppm/℃(比較例1)のポリイミドフィルムがそれぞれ得られたことが開示されている。
c 甲28(特許第3355986号公報。公開日:平成9年11月11日)には,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として,12.0ppm/℃(実施例1),11.4ppm/℃(実施例2),12.3ppm/℃(実施例3),21.0ppm/℃(実施例4),19.5ppm/℃(実施例5)のポリイミドフィルムがそれぞれ得られたことが開示されている。
d 甲29(特公平4-6213号公報)には,概ね,次の記載があり,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として,18ppm/℃(MD)及び20ppm/℃(TD)(実施例1),16ppm/℃(MD)及び17ppm/℃(TD)(実施例2),10ppm/℃(MD)及び18ppm/℃(TD)(実施例3),11ppm/℃(MD)及び13ppm/℃(TD)(実施例4),14ppm/℃(MD)及び12ppm/℃(TD)(実施例5)のポリイミドフィルムがそれぞれ得られたことが開示されている。
「特許請求の範囲
1 ビフエニルテトラカルボン酸類とフエニレンジアミン類とを重合して生成したポリマーの溶液から得られた芳香族ポリイミド製のフイルムであり,そのポリイミドフイルムは,約 50℃から 300℃までの温度範囲での平均線膨張係数が,約 0.1×10-5~2.5×10-5cm/cm・℃であつて,しかもフイルムの長手方向(MD 方向)と横断方向(TD 方向)との線膨張係数の比(MD/TD)が,約1/5~4程度であり,さらに,常温から 400℃まで昇温し,400℃の温度に2時間維持する加熱を行つた前後の常温でのフイルムの寸法の変化率で示す熱寸法安定性が,約 0.3%以下であることを特徴とする寸法安定なポリイミドフイルム。
2 ビフエニルテトラカルボン酸類とフエニレンジアミン類とを有機極性溶媒中で重合して得られたポリマーの溶液を調製し,
次いで,そのポリマー溶液を使用して,支持体表面に,前記溶液の薄膜を形成し,その薄膜を乾燥して,前記溶媒及び生成水分が約 27~60 重量%残存している固化フイルム状体を形成し,
さらに,その固化フイルム状体を前記支持体表面から剥離し,100g/mm2 以下の低張力下および約 80~250℃の範囲内の温度で乾燥して,前記溶媒及び生成水分が約5~25 重量%の範囲内で含有されている固化フイルムを形成し,最後に,前記固化フイルムを,前記乾燥温度より高い 200~500℃の範囲内の温度で,少なくとも一対の両端縁を固定した状態で,乾燥・熱処理することを特徴とする寸法安定なポリイミドフイルムの製法。」(1頁1欄1行~2欄8行)
「[本発明の要件および作用効果]
…そのポリマー溶液から支持体表面に形成された薄膜などの乾燥を,支持体上と,支持体から剥離された後の固化フィルム状体の低張力下とで,二段階で行うことにより,特定の低線膨張係数,熱寸法安定性などを同時に有している優れた芳香族ポリイミドフィルムが得られることを見出し,この発明を完成した。」(2頁3欄20~35行)
「この発明の方法では,前述のドープ液の調製に続いて,
(a) 前記ドープ液を使用し,好ましくは連続的または断続的に,公知の溶液流延法などで,平滑な表面を有する金属製のドラムまたはベルトなどの支持体の表面に,均質な厚さの前記ドープ液の薄膜を形成し,
(i) 好ましくは約 40~180℃,特に好ましくは 50~150℃の乾燥温度で,薄膜の溶媒及び生成水分を徐々に蒸発させて,その薄膜を前記支持体上で乾燥して,
前記溶媒及び生成水分が,約 27~60 重量%,好ましくは 30~50重量%残存している固化フイルム状体を形成し,
(b) 次いで,その固化フイルム状体を,前記支持体の表面から剥離し,
(i) 100g/mm2 以下,好ましくは 80g/mm2 以下である『実質的にフリーな状態ないしは前記上限までの低張力下』,および
(ii) 約 80~250℃,好ましくは 100~230℃の範囲内の乾燥温度で,好ましくは約1~200 分間,特に2~100 分間乾燥して,
前記溶媒及び生成水分が,約5~25 重量%,好ましくは 10~23重量%の範囲内で含有されている固化フイルムを,好ましくは連続的または断続的に,形成するのである。
前述の第1段階の乾燥温度から第2段階の乾燥温度に昇温する際には,比較的短時間に昇温することが好ましく,例えば,10℃/分以上の昇温速度であることが好適である。
この発明の方法においては,前記の固化フイルム状体を支持体から剥離した後に乾燥する際に固化フイルム状体に対して加えられる張力を増大することによつて,最終的に得られるポリイミドフイルムの平均線膨張係数を小さくすることができ,この平均線膨張係数を前述の範囲内において希望する値に調節することができる。」(4頁7欄28行~8欄24行)
「実施例1
(ドープ液の調製)
50lの内容積の筒型重合槽に,…3,3’,4,4’-ビフエニルテトラカルボン酸二無水物…パラフエニレンジアミン…を徐々に添加し,…両成分を重合させてポリアミツク酸を生成した。…
(製膜)
このポリアミツク酸溶液を製膜用のドープ液として使用し,そのド-プ液をTダイ金型のスリツト…から約30℃で薄膜状に押出して,平滑な金属ベルト上に連続的にそのドープ液の薄膜を載置し,…第1段階の乾燥をして,固化フイルム状体を形成した。次いで,その固化フイルム状体をベルトから剥離して,縦横の長さ200mmに切断して,その固化フイルム状体の正方形片の片側の1辺をピンシートで枠に固定し、その反対側の辺の全幅にわたつてダンサーで均一に約35gの荷重を加える低張力下…にして,その状態で約30秒で190℃まで昇温し190℃の温度で5分間,第2段階の乾燥をして固化フイルムとなし,最後にその固化フイルムの正方形の四辺をピンテンターで保持し固定して,その固化フイルムを約10℃/min の昇温速度で昇温し,450℃で30分間,乾燥・熱処理(イミド化)して,厚さ25μmの芳香族ポリイミドフイルムを製造した。」(5頁10欄16行~6頁11欄6行)
「実施例2
実施例1と同様の方法で製造したポリアミツク酸溶液を製膜用のドープ液として使用し,そのドープ液をTダイ金型のスリツト(リツプ間隔;0.5mm,リツプ巾;650mm)から約 30℃で薄膜状に押出して,平滑な金属ベルト上に連続的にそのドープ液の薄膜を載置し,そのベルト上で約 120℃の熱風で薄膜を第1段階の乾燥をして,固化フイルム状体を連続的に形成し,次いで,その固化フイルム状体をベルトから剥離して,その固化フイルム状体をダンサーによる低張力下(第1表に示す)に縦型炉内(乾燥温度 180℃)へ供給し約4分間で通過させ,第2段階の乾燥をして固化フイルムを形成し,続いて,その固化フイルムを高温加熱炉内へ供給し,その炉内でフイルムの長手方向の両端縁を横型テンターで保持して移動させながら約 250 から 450℃までしだいに高くなる熱風で乾燥・熱処理およびイミド化して,芳香族ポリイミドフイルムを連続的に形成し,最後にそのフイルムを冷却しながらロール状に巻き取つた。」(6頁11欄19~38行)
「実施例3
製膜工程の第2段階の乾燥において,固化フイルム状体への張力を 40g/㎜2としたほかは,実施例2と同様の方法で製膜して,厚さ 25μmの芳香族ポリイミドフイルムを製造した。」(6頁12欄14~18行)
「実施例4
製膜工程の第2段階の乾燥において,固化フイルム状体の長手方向の両端縁を約 80g/㎜2になるように一定間隔で保持しながら,乾燥したほかは,実施例2と同様の方法で製膜して,厚さ 25μmの芳香族ポリイミドフイルムを製造した。」(6頁12欄33~38行)
「実施例5
高温熱処理炉内での横型ピンテンターの幅をしだいに広くし炉の最高温度ゾーンにおいて炉の入口の幅に対して約 1.04 倍としたほかは,実施例2と同様にして,芳香族ポリイミドフイルムを製造した。」(7頁14欄1~6行)
そして,比較例1,2も,実施例1と同じポリアミック酸を用いて製膜条件を種々変更してフィルムを製造したものであるが,実施例1~5及び比較例1,2のフィルムの熱膨張係数が,第1表(判決注:別紙甲29の表の第1表に示す。)に記載されている。
e 甲31(特許第3346228号公報。公開日:平成11年2月2日)には,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として,9.8ppm/℃(実施例1),12.3ppm/℃(実施例3),13.1ppm/℃(実施例5)のポリイミドフィルムがそれぞれ得られたことが開示されている。
f 乙2(特許第2573595号公報。公開日:昭和63年9月14日)には,概ね,次の記載があり,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として,23ppm/℃(比較例1)のポリイミドフィルムが得られたことが開示されている。
「比較例1 500ml 四つ口フラスコにパラフェニレンジアミン 26.78g を採取し,245.00g の N,N-ジメチルアセトアミドを加え溶解した。他方,100ml ナスフラスコに 3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸無水物 18.22g を採取し,前記パラフェニレンジアミン溶液中に固形状で添加した。さらに,このナスフラスコ内に付着残存する 3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を 10.00g の N,N-ジメチルアセトアミドで反応系(四つ口フラスコ)内へ流し入れた。引き続き3時間撹拌を続け,15 重量%のポリアミド酸溶液を得た。反応温度は,5-10℃に保った。但し以上の操作で 3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物の取り扱いおよび反応系内は乾燥窒素気流下に置いた。
次にこのポリアミド酸溶液をガラス板状に流延塗布し,100℃で 10分間乾燥後,ポリアミド酸塗膜をガラス板より剥し,その塗膜を支持枠に固定し,その後 100℃で約 30 分間,約 200℃で約 60 分間,約300℃で約 60 分間加熱し,脱水閉環乾燥後約 25 ミクロンのポリイミド膜を得た。この膜の特性を表1に示す。
比較例2 比較例1と同様にして得られたポリアミド酸溶液に,ポリアミド酸溶液のアミド結合1モルに対して,無水酢酸4モル,イソキノリン 0.5 モルを加え,より撹拌した後,ガラス板状に流延塗布し約 100℃で約 10 分間,約 250℃で約 10 分間,約 350℃で約5分間加熱し,その後ガラス板より剥離し,約 25 ミクロンのポリイミド膜を得た。この膜の特性を表1に示す。」(4頁8欄4~31行)そして,表1には,比較例1(熱イミド化)の線膨張係数が2.3×10-5(23ppm/℃),比較例2(化学イミド化)の線膨張係数が2.0×10-5(20ppm/℃)であることがそれぞれ記載されている。
(ウ) 前記(イ)によれば,熱イミド化によるPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数は,甲26~29,31にはおおよそ10~20ppm/℃であることが,また,乙2の比較例1には23ppm/℃であることが記載されている。
特に,前記(イ)dのとおり,甲29には,乾燥する際に固化フィルム状体へかけるMDとTDの張力等を調節して,熱膨張係数を1~25ppm/℃の範囲とし,熱膨張係数の比(MD/TD)を約1/5~4程度に制御することが記載され(特許請求の範囲),実施例3において,10ppm/℃(MD)及び18ppm/℃(TD)の異方性の熱膨張係数を有するフィルムを製造している。また,実施例5では,高温熱処理炉内で横型ピンテンターの幅をしだいに広くし炉の最高温度ゾーンにおいて炉の入口の幅に対して約1.04倍としたほかは,実施例2と同様にして製造した結果,実施例2の16ppm/℃(MD)及び17ppm/℃(TD)が,実施例5では14ppm/℃(MD)及び12ppm/℃(TD)と,両方向とも小さくなったことが記載されている。
そうすると,熱イミド化によりPPD/BPDAの2成分系フィルムを製造するに当たり,甲8及び甲10に記載されているように加熱時に固定化(Bifix)するかバネで保持するか(Free)という「見掛けの延伸操作」による調節,又は,甲29に記載されているように乾燥時にフィルムにかける張力をMD,TDそれぞれに調節することや熱処理中に横側ピンテンターの幅を広くすること等により,熱膨張係数を2.6~20ppm/℃又は23ppm/℃程度の範囲とすることは,本件優先日当時における周知の技術であったということができる。
したがって,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについて,熱膨張係数を2.6~20ppm/℃の範囲内の数値である,「熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲」かつ「熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲」とすることは,当業者が実施可能であったということができる。
イ 化学イミド化による製造方法について
前記ア(イ)fのとおり,乙2の比較例2には,化学イミド化によるPPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの熱膨張係数が20ppm/℃であることが記載されていることから,化学イミド化によるポリイミドフィルムも,熱イミド化によるものとおおよそ同程度の熱膨張係数を有するものを得ることができることが認められる。
そして,前記1のとおり,本件明細書には,化学イミド化によるフィルムは延伸を施すことにより熱膨張係数を小さくできることが具体的に記載されているから,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムを,化学イミド化により製造し,MD及びTDに適切な延伸を行うことにより本件発明9の熱膨張係数の範囲とすることは,当業者が実施可能であったというべきである。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は,延伸後のMDとTDの熱膨張係数を平均した値は,延伸前の熱膨張係数の平均値とほとんど変わらないから,本件発明9の規定する熱膨張係数の範囲とするためには,延伸をしない状態の熱膨張係数が,6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の間となる必要がある旨主張する。
しかし,延伸操作は,一軸延伸だけでなく,二軸同時延伸のように,MDとTDを同時に延伸する場合もあり,一軸延伸以外の延伸操作を行った場合においても,原告が主張するようにMDとTDの熱膨張係数を平均した値が,延伸前後でほとんど変わらないとする根拠を見出すことはできない。また,証拠(甲7の図4)によれば,PPD/BPDAについて,延伸倍率が大きくなるとMDとTDの熱膨張係数の平均値も大きくなっており,延伸前後で平均値が異なることが認められる。このように,延伸条件によって,MDとTDの熱膨張係数の平均値は変化する可能性があるから,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,甲8の図6及び甲10の表1のデータについて,本件発明9は,熱膨張係数に関して,フィルムの機械搬送方向(MD)と幅方向(TD)が規定されているため,工業的な連続製膜条件を前提としていて,加熱時の収縮を防止するために固定して熱イミド化を行うものであり,延伸の際の張力を緩める Free のような条件設定は行わないから,PPD/BPDAの2成分系フィルムの Free 条件で19.0ppm/℃という数値は,本件発明9の実施可能性とは関係がなく,加熱時に固定化した Bifix 条件の数値である2.6ppm/℃がPPD/BPDAの場合の数値である旨主張する。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明中には,本件発明9において「工業的な連続製膜条件」を行うとの特定はない。
また,本件発明9において「フィルム機械搬送方向(MD)」,「幅方向(TD)」との特定はあるものの,原告が出願した甲29において,前記ア(イ)dのとおり,線膨張係数の比(MD/TD)が特許請求の範囲で特定されているが,実施例1では,縦横長さ200㎜に切断した固化フィルム状体の正方形片を用いており,連続製膜条件で製造していないこと等からみても,ポリイミドフィルムの技術分野において,「フィルム機械搬送方向(MD)」,「幅方向(TD)」と特定したからといって,これによって製造されるフィルムが,直ちに「工業的な連続製膜条件」で製造されたものに限られると解することはできない。
また,前記ア(イ)aのとおり,甲26の実施例1では「溶媒が約15重量%含有されている芳香族ポリアミック酸の固化膜を形成し,その固化膜を支持体から剥離して,約200℃の温度で30分間,約300℃で15分間,約450℃で15分間加熱してイミド化を行って,厚さ約50μmの芳香族ポリイミドフィルムを形成した。」と記載され,特に加熱時に固定化を行ったとの記載はないから,甲10の Free 条件に近い状態で加熱を行っていると考えられる。
そうすると,ポリイミドフィルムを製造するに当たり,必ずしも延伸の際の張力を緩める「Free」のような条件設定は行わないということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は,乙2の比較例1(熱イミド化),比較例2(化学イミド化)についても,本件発明9が当然の前提とする「工業的な連続製膜条件」と相容れない製膜条件で製膜されたものであるから,その熱膨張係数の数値は,本件発明9の実施例可能性とは無関係である旨主張する。
しかし,前記(イ)のとおり,本件発明9において製造されるポリイミドフィルムが「工業的な連続製膜条件」で製造したものに限られるとする前提事実自体が認められないから,原告の上記主張は採用することができない。
(エ) 原告は,被告がPPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として10~20ppm/℃を実現できることが技術常識であることの根拠とする,甲20~22(原告の販売製品),甲26~31(原告の特許出願)は,原告が独自に開発した熱イミド化法により製造され,その製造には,原告のした特許出願に記載されない多くのノウハウを必要とするから,原告の販売製品及び特許出願における熱膨張係数を,本件優先日当時の技術常識の根拠とすることはできない旨主張する。
しかし,原告は,甲26~29,31の記載からは,各証拠に記載された熱膨張係数を有するポリイミドフィルムを製造できないことの理由として,原告のした特許出願に記載されない多くのノウハウを必要とすると主張するのみで,その具体的な内容について何らの主張立証もしない。そして,上記甲26~29,31の各公報には,熱膨張係数が10~20ppm/℃であるポリイミドフィルムを製造するための詳細な製造条件が記載されているから,これら公報の記載内容を本件優先日当時の技術常識とすることについて問題があるとすることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(オ) 原告は,甲13によれば,熱イミド化されたポリイミドフィルムは,化学イミド化されたポリイミドフィルムと比べて,延伸に適さない性質を有するとともに(段落【0018】,【0019】),熱イミド化によるゲルフィルムの乾燥が進んで固形分濃度が60重量%以上になると延伸が困難になり,走行方向に1.05倍延伸すると後続の幅方向の延伸はゲルフィルムの破断のため不可能であるとされているところ(段落【0026】),被告の引用する甲26~29は,いずれも熱イミド化法によってイミド化されたものであり,しかも,固形分濃度が60%以上であるから,本件明細書の実施例における,MDへの1.1~1.5倍という延伸倍率を適用して,本件発明9の熱膨張係数の範囲とすることはできない旨主張する。
そこで検討するに,甲13(特開平5-237928号公報)には,「【0018】熱閉環法は閉環触媒および脱水剤を含有せしめる設備を必要としない利点はあるが,自己支持性を有するゲルフィルムとするために支持体上で長時間加熱乾燥をする必要があり,支持体より剥離されたゲルフィルムの固形分の比率が大きくなりすぎ,安定した延伸ができないため,本発明に使用するには適当ではない。」,「【0019】一方化学閉環法はポリアミド酸の有機溶媒溶液に閉環触媒および脱水剤を含有せしめる設備を必要とするが,自己支持性を有するゲルフィルムが短時間で得られ,しかも支持体から剥離されたゲルフィルムの固形分の比率を小さく維持できることから高度の延伸ができ,本発明を実施するのに好適なポリイミドフィルムの製造方法である。閉環触媒および脱水剤の含有量を減少させた熱閉環法に近付いたポリイミドフィルムの製造方法は閉環触媒および脱水剤を含有せしめていることから化学閉環法といえる。」,との記載があり,これに続く記載はすべて化学閉環法に基づく製法が記載されているから,段落【0026】の「ゲルフィルムの延伸性はその固形分濃度に強く影響され,ゲルフィルムの乾燥が進んで固形分濃度が60重量%になると延伸が困難になり,走行方向に1.05倍延伸すると後続の幅方向の延伸はゲルフィルムの破断のため不可能であることから,成型されて支持体から剥離されたゲルフィルムの固形分濃度は50重量%以下にする必要があり,…。」との記載も,甲13の発明である化学イミド化によるポリイミドフィルムの製造方法に関する記載であることは明らかである。したがって,この段落【0026】の記載は,前記ア(イ)で説示した熱イミド化によるポリイミドフィルムの製造方法に関する甲26~29の該当部分に適用されるものではない上,実際に甲26~29,31において,熱イミド化により,PPD/BPDAの2成分系フィルムの熱膨張係数として10~20ppm/℃を実現できているのであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(オ) 原告は,本件明細書の実施例,比較例のPPDの組成比と熱膨張係数のMD,TDの平均値をプロットした甲36の20頁の図によれば,PPDの割合を0%又は100%とすると,明らかに6.5~13.5ppm/℃の範囲を大きく逸脱することから,本件発明9の熱膨張係数の範囲内とすることはできない旨主張する。
しかし,甲36の20頁の図は,本件明細書の実施例及び比較例において設定された条件下(化学イミド化,膜厚,酸無水物成分はPMDAとBPDAの2成分等)の熱膨張係数の数値を4点プロットしたものにすぎず,PPD/PMDA及びPPD/BPDA,又はODA/PMDA及びODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムを直接実験したものではないから,上記の図を根拠として,本件発明9の熱膨張係数の範囲にある2成分系ポリイミドフィルムを製造することができないとすることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5) ODA/PMDA,ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについて
ア 甲8及び甲10によれば,4,4’-ODA/PMDA,4,4’-ODA/BPDAから製造される熱イミド化によるポリイミドフィルムは,熱膨張係数が小さくなる Bifix の条件においても,熱膨張係数の数値は,それぞれ21.6ppm/℃,45.6ppm/℃であることが記載されている。
また,甲13には,4,4’-ODA/PMDAから化学イミド化によるポリイミドフィルムを製造した際に,延伸倍率やニップロール使用の有無等の条件を変えることにより,実施例1~3及び比較例1~3について,別紙甲13の表の表1のとおり,平均熱膨張係数として27.5~40.0ppm/℃であったことが記載されている(段落【0044】,【0047】~【0059】,【表1】)。
上記各文献に記載された熱膨張係数は,本件発明9の熱膨張係数の範囲と比べると相当程度大きい数値である。
イ そこで,特に熱膨張係数の数値の大きい4,4’-ODA/BPDA(前記アのとおり,甲8及び甲10によれば,Bifix の条件においても,熱膨張係数の数値は45.6ppm/℃である。)の2成分系ポリイミドフィルムについて検討する。
一般に,膜厚を薄くすると熱膨張係数が小さくなることが知られているから(甲9。訳文1頁),甲8及び甲10のような熱イミド化によるポリイミドフィルムにおいて,膜厚を薄くすることでさらに熱膨張係数を下げることが可能であるとはいえるものの,どの程度まで下げることができるのかについて,本件明細書には具体的な指摘がされていない。
また,熱イミド化によるポリイミドフィルムの場合には,固形分量が多くなり延伸することが困難とされている(甲13の段落【0018】)。そして,甲29の実施例5のように,約1.04倍程度の延伸が可能であるとしても,45.6ppm/℃の熱膨張係数を3~7ppm/℃という低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。
さらに,4,4’-ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムを化学イミド化により製造して,膜厚や延伸倍率等を調節したとしても,3~7ppm/℃という低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。
被告は,この点について,ポリイミドフィルムについて最終的に得られる熱膨張係数は,延伸倍率に大きく影響されるほかに,延伸に際しての,溶媒含量,温度条件,延伸速度等多くの条件に影響され,またフィルムの厚さにも影響されることが甲9に記載されているから,ODA/BPDAの2成分系について,甲8のデータのみに基づいて,本件発明9の熱膨張係数の数値範囲を実現することができないと断定することはできない旨主張する。しかし,本件明細書は,具体的に溶媒含量,温度条件,延伸速度等をどのように制御すれば熱膨張係数が本件発明9の程度まで小さくできるのかについて具体的な指針を何ら示していない。本来,実施可能要件の主張立証責任は出願人である被告にあるにもかかわらず,被告は,本件発明9の熱膨張係数の範囲を充足するODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの製造が可能であることについて何ら具体的な主張立証をしない。
したがって,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識を考慮しても,4,4’-ODA/BPDAの2成分系フィルムについては,本件発明9の熱膨張係数の範囲とすることは,当業者が実施可能であったということはできない。
ウ 被告は,この点について,本件発明9の熱膨張係数とならない2成分系ポリイミドフィルムが存在しても,それは,本件発明9の範囲には含まれず,本件発明9の実施品ではないから,そのような2成分系ポリイミドフィルムが存在することは,本件発明9が実施可能要件に違反することを意味するものではなく,請求項9記載の芳香族ジアミン成分と酸無水物成分のすべての材料の範囲について,所定の熱膨張係数が達成できることを充足する立証が必要であるとすることは合理的でなく,本件発明9の構成において,実施可能要件に関し,ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについて本件発明9の範囲内の数値が得られる条件を解明し立証する必要はない旨主張する。
しかし,本件発明9の請求項9における発明特定事項として,ポリイミドフィルムの原料を特定の群から選ばれる「1以上の芳香族ジアミン成分」と「1以上の酸無水物成分」を用いることを特定している以上,この請求項9の範囲内に含まれることが明らかであるODA/BPDAについて,本件発明9の熱膨張係数とできることが,実施可能要件を充足するために必要であるというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(6) 小括
以上によれば,2成分系ポリイミドフィルムのうち,少なくとも4,4’-ODA/BPDAについては,当業者が,本件明細書及び本件優先日当時の技術常識に基づいて製造することができるということはできないから,本件発明9のポリイミドフィルムは,実施が可能ではないものを含むことになる。そうすると,本件発明1~8,10,11についても,実施が可能ではないものを含むこととなるから,本件発明について,当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明が記載されているということはできない。
したがって,本件発明は実施可能要件を充足するとはいえないから,本件審決の判断には誤りがあり,原告主張の取消事由1は理由がある。
3 取消事由2(本件発明についてのサポート要件違反の判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載について,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることを要件とし,発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除しているのであるから,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(2) そこで,特許請求の範囲の記載と本件明細書の発明の詳細な説明の記載とを対比するに,本件発明9の特許請求の範囲の記載は前記第2の2の【請求項9】のとおりである。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記2(3)のとおり,本件発明9は,金属に近似した熱膨張係数を保持しつつ,フィルムTDの寸法変化を低減させることができるCOF用等のファインピッチ回路用基板に好適なポリイミドフィルムを提供することを目的とするものであり(段落【0002】,【0005】,【0007】),当該課題を解決する手段として,フィルムのTDへの配向を進ませることで,この方向の熱膨張係数を低く抑えることができ,かつMDの熱膨張係数は金属に近似した値を持ち,「フィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲」かつ「幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲」とする構成を採用することにより,COF用等のファインピッチ回路用基板に好適なポリイミドフィルムとなるという効果を奏するものであり(段落【0008】,【0011】,【0039】),実施例として,化学イミド化により,PPD/4,4’-ODAとBPDA/PMDAの4成分(実施例1~10),または,PPD/3,4’-ODAとBPDA/PMDAの4成分(実施例11~15)を含むゲルフィルムとし,MDに1.1倍,TDに1.5倍延伸してポリイミドフィルムを製造したところ,本件発明9の熱膨張係数を満たし,「フィルムTDの寸法変化率」と「カール」が少ないポリイミドフィルムであったことが示され(段落【0058】~【0066】),比較例1,2として,化学イミド化により,実施例1~10と同じ4成分を用いて,各成分の比率や延伸倍率を変えてポリイミドフィルムを製造したところ,本件発明9の熱膨張係数を満たさないものとなり,その結果,フィルムTDの寸法変化率とカールが大きいことが(段落【0067】~【0069】),それぞれ記載されている。
そして,PPD/ODAとBPDA/PMDAの4成分系ポリイミドフィルム,及び前記2(4)のとおり,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについては,当業者が,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づき,これを実施することができる。そうすると,PPD/ODAとBPDA/PMDAの4成分系ポリイミドフィルム及びPPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの構成に係る本件発明9は,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識により,当業者が本件発明9の上記課題を解決できると認識できる範囲のものということができ,サポート要件を充足するというべきである。
しかし,前記2(5)のとおり,少なくともODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについては,当業者が,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づき,これを実施することができない。そうすると,上記2成分系のポリイミドフィルムの構成に係る本件発明9は,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識によっては,当業者が本件発明9の上記課題を解決できると認識できる範囲のものということはできず,サポート要件を充足しないというべきである。
(3) 小括
以上によれば,2成分系ポリイミドフィルムのうち,少なくとも4,4’-ODA/BPDAの構成に係る本件発明9については,サポート要件を充足しないというべきであるから,本件発明9のポリイミドフィルムは,サポート要件を充足しないものを含むことになる。そうすると,本件発明1~8,10,11についても,サポート要件を充足しないものを含むこととなるから,本件発明については,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるということはできない。
したがって,本件発明はサポート要件を充足するとはいえないから,本件審決の判断には誤りがあり,原告主張の取消事由2は理由がある。
4 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由があるから,本件審決は取消しを免れない。
よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中芳樹)
file_2.jpg別紙