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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10271号 判決 2014年11月10日

原告

株式会社JKスクラロースジャパン

訴訟代理人弁護士

小笠原耕司

松野英

片倉秀次

田村有加吏

弁理士

稲葉良幸

小林綾子

赤堀龍吾

訴訟復代理人弁護士

山崎臨在

被告

三栄源エフ・エフ・アイ株式会社

訴訟代理人弁護士

田中千博

溝内伸治郎

小林幸夫

坂田洋一

弁理士

三枝英二

中野睦子

宮川直之

主文

1  特許庁が無効2012-800145号事件について平成25年8月27日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告が求めた判決

主文同旨

第2事案の概要

本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,①明細書の記載要件(実施可能要件),②特許請求の範囲の記載要件(サポート要件)及び③進歩性についての各判断の当否である。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,平成7年2月20日,名称を「アルコール飲料の風味向上剤及び風味向上法」とする発明につき,特許出願をし,平成16年3月5日,設定登録を受けた(特許第3530247号。甲42)。

原告が,平成24年9月6日付けで本件特許について無効審判請求をした(無効2012-800145号。甲43)ところ,被告は,同年12月3日付け訂正請求書(甲45,甲46)により,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の変更を内容とする訂正請求をした(以下「本件訂正請求」という。)。

特許庁は,平成25年8月27日,本件訂正請求は認められないとした上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年9月5日,原告に送達された。

2  本件特許に係る発明の要旨

本件特許に係る発明の要旨は,以下のとおりである。

【請求項1】

「シュクラロースからなることを特徴とするアルコール飲料の風味向上剤。」

【請求項2】

「アルコール飲料にシュクラロースを添加することを特徴とするアルコール飲料の風味向上法。」

【請求項3】

「アルコール飲料に含まれるエチルアルコール100部に対してシュクラロースを0.0001~2.0部添加する請求項2記載のアルコール飲料の風味向上法。」

【請求項4】

「アルコール飲料に含まれるエチルアルコール100部に対してシュクラロースを0.001~2.0部添加する請求項2記載のアルコール飲料の風味向上法。」

(以下,各請求項に記載された発明を「本件発明1」,「本件発明2」などといい,各請求項に記載された発明をすべて併せて「本件発明」という。)

3  本件審決の理由の要点(審決取消事由に関するものに限る。)

(1)  原告が主張した無効理由

ア 無効理由1(明細書の記載要件〔実施可能要件〕違反及び特許請求の範囲の記載要件〔サポート要件〕違反)

(ア) 明細書の記載要件(実施可能要件)違反

以下のとおり,本件特許の発明の詳細な説明は,平成6年法律第116号附則6条2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「平成6年改正前特許法」という。)36条4項の要件を満たさず,本件発明は,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきである。

a 無効理由1-1 用語

本件特許に係る特許公報(甲42。以下「本件特許公報」という。)に掲載されている明細書(以下「本件明細書」という。)中,アルコールに起因する「バーニング感」や「焼け感」という用語及び「アルコールの軽やか風味を生かした」という用語は,いずれも一般的なものではなく,本件明細書の記載を参酌しても,本件発明がどのような風味を改善しようとするものであるか,不明確である。

b 無効理由1-2 シュクラロースの添加量の範囲

本件明細書の実施例には,①アルコール水溶液にシュクラロース等の甘味料を加えて,「苦み」及び「焼け」の各抑制効果を評価して比較した結果,②レモンライムなど3種類のアルコール飲料に様々な濃度のシュクラロースを加えて,甘味度及び苦味抑制効果を評価した結果が記載されているにとどまり,他の多種多様なアルコール飲料において,どのような範囲でシュクラロースを加えれば風味が改善されるかは,不明である。

c 無効理由1-3 試行錯誤

当業者は,本件明細書の記載内容及び出願時の技術常識を参酌しても,多様な味を有する種々のアルコール飲料の風味をシュクラロースによって改善できると考えることはできず,相当の試行錯誤を重ねても,本件発明の実施は困難である。

(イ) 特許請求の範囲の記載要件(サポート要件)違反(無効理由1-4 一般化)

当業者は,本件発明の課題を解決するために,本件明細書の記載内容及び出願時の技術常識を考慮しても,発明の詳細な説明に開示された内容を本件発明の全範囲にまで拡張又は一般化することはできない。

したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないから,平成6年改正前特許法36条5項1号の要件を満たさず,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきである。

イ 無効理由2(進歩性の欠如)

当業者は,出願当時において,甲1号証に記載された発明(以下「引用発明」という。)について,甲2号証から甲5号証に記載された発明に基づき,ソーマチンの代わりにシュクラロースを用いて本件発明を容易に想到し得たといえるから,本件発明は,特許法29条2項により特許を受けることができないものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきである。

甲1号証 大橋司郎ほか「フレーバーエンハンサーとしてのソーマチンの特性と応用」月刊フードケミカル 1985-10 株式会社食品化学新聞社発行 40頁から47頁

甲2号証 I. KNIGHT, “ The development and applications of sucralose, a newhigh-intensity sweetener” Canadian Journal of Physiology and Pharmacology NRCResearch Press vol.72, 1994  p435-p439

甲3号証 特開昭57-186459号公報

甲4号証 特公平5-34943号公報

甲5号証 特開昭63-173572号公報

(2)  本件審決の判断

ア 無効理由1(明細書の記載要件〔実施可能要件〕違反及び特許請求の範囲の記載要件〔サポート要件〕違反)について

以下のとおり,本件特許については,平成6年改正前特許法36条4項違反(明細書の記載要件〔実施可能要件〕違反)及び同条5項1号違反(特許請求の範囲の記載要件〔サポート要件〕違反)のいずれも認められない。

(ア) 無効理由1-1(用語)に係る実施可能要件違反について

① アルコールを飲食した際に口腔内やのどに焼けるような感覚を覚えることは,誰もが経験するところであること,②本件明細書記載の実験例1(以下「実験例1」という。)において,アルコール濃度5%の水溶液につき,「焼け」感,すなわち,「バーニング感」の有無が評価されていることから,この感覚は,味覚パネルであれば,上記の濃度のアルコール水溶液においても評価可能なものといえることなどに鑑みれば,「バーニング感」や「焼け感」という用語は,一般的な用語ではないとしても,アルコールを飲用する者であれば誰もが分かる感覚といえ,特段不明瞭な点はない。

「アルコールの軽やか風味を生かしたアルコール飲料の風味を向上する」(本件明細書【0024】)の趣旨は,「苦味」や「バーニング感」が抑制される結果,アルコールが本来有している「アルコールの軽やか風味が生か」され,「風味が向上する」ものと理解され,「アルコールの軽やか風味」という用語の意味するところは明瞭といえる。

(イ) 無効理由1-2(シュクラロースの添加量の範囲)及び1-3(試行錯誤)に係る実施可能要件違反並びにサポート要件違反(無効理由1-4 一般化)について

① 本件明細書には,(i)アルコール/シュクラロース水溶液につき,アルコール濃度が5%のもの,10%のもの,20%のもの及び40%のもののいずれにおいても,シュクラロース添加による苦味抑制効果が同添加に係る広い濃度範囲について認められたことが,【表2】から【表5】に示されており,(ⅱ)また,バーニング感及び苦味の抑制効果が確認された実施例が2例(【0011】から【0013】,【表1】,【0022】,【0023】)示されていること,②シュクラロースの添加量の範囲を決めるに当たっては,シュクラロースをアルコール飲料に添加して味を確かめることで足り,格別困難な実験を要しないこと,③シュクラロースの濃度は,当該アルコール飲料が甘味を楽しむものか,甘味が嗜好を妨げるものかという観点に立ち,嗜好も考慮に入れて,適宜決め得るものであることから,当業者は,本件明細書の記載に基づき,過度の試行錯誤を強いられることなく,多種多様なアルコール飲料においてシュクラロースの添加量を決めることができるものといえる。

イ 無効理由2(進歩性の欠如)について

(ア) 引用発明

「不快な苦味,渋味,アルカリ味,臭いを緩和する効果を有するソーマチン。」

(イ) 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点(以下「一致点及び相違点」という。)

【一致点】

「甘味料からなることを特徴とする苦味を抑える作用を有する風味向上剤。」

【相違点1】

風味向上剤の成分である甘味料が,本件発明1においては「シュクラロース」であるのに対して,引用発明においては「ソーマチン」である点。

【相違点2】

風味向上剤の適用対象が,本件発明1においては「アルコール飲料」であるのに対して,引用発明においては特に限定していない点。

【相違点3】

風味向上剤の「風味」が,本件発明1においては「アルコール飲料のアルコールに起因する苦味」を抑え,「アルコールの軽やか風味を生かす」ものであるのに対して,引用発明においては,アルコールに限らず「不快な苦味」を「緩和する効果」を有するものである点。

【相違点4】

風味向上剤の「風味」が,本件発明1においては「アルコール飲料のアルコールに起因する」「バーニング感を抑え」,「アルコールの軽やか風味を生かす」ものであるのに対して,引用発明においては,そのような作用の有無は不明である点。

(ウ) 相違点についての検討

シュクラロースがバーニング感抑制効果を有することは,甲1号証から甲5号証のいずれにも記載されておらず,また,出願時の技術常識を参酌しても,導くことはできない。

仮に,甲1号証及び甲5号証に記載されている「刺激」をもって「バーニング感」と理解する当業者が存在したとしても,甲1号証はソーマチン,甲5号証は糖アルコールに係る発明であり,いずれもシュクラロースに係る発明ではないことから,上記当業者において,ソーマチン又は糖アルコールによってバーニング感が抑制されたことから,シュクラロースもバーニング感抑制効果を有することを導くことは,困難である。

以上によれば,当業者が,引用発明から本件発明を容易に想到し得たとはいえず,本件発明が進歩性を欠き,特許法29条2項に反するとは認められない。

ウ 結論

以上によれば,本件発明は,無効理由1及び2のいずれによっても,無効とすることはできない。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(用語に係る実施可能要件違反〔平成6年改正前特許法36条4項違反〕に関する判断の誤り)

以下のとおり,本件明細書記載の「バーニング感」又は「焼け感」及び「アルコールの軽やか風味」という用語の意味は,いずれも不明瞭であり,本件特許の発明の詳細な説明は,実施可能性を欠くものといえるから,上記用語のいずれについても不明瞭な点はないという本件審決の判断は,誤りである。

(1)  取消事由1-1「バーニング感」又は「焼け感」

ア 本件審決は,本件特許出願前である1990年1月20日に発行された小学館ランダムハウス英和大辞典パーソナル版(全1巻)第16刷(株式会社小学館発行。以下「小学館英和辞典」という。)の349頁から350頁(甲21)の「burn」の項において,「The whiskey burned in his throat. ウイスキーがのどに火のように熱かった。」という用例が示されていることを指摘し,「burn」という用語は,本件特許出願前から,アルコール飲料について使用されており,したがって,その現在分詞形である「バーニング」という表現をアルコールについて使用することにつき,何ら違和感はない旨説示する。

(ア)a しかしながら,小学館英和辞典における上記用例は,英語においては「burn」という用語がウイスキーについて用いられ得ることを示すものにすぎず,これをもって,「アルコールに起因するバーニング感」という用語の意味が明瞭であるということはできない。

さらに,小学館英和辞典の「burn」の項には,前記用例の前に「(味などが)ぴりっとくる,ひりひりする(cause to smart or sting)」と記載されているところ,「sting」は,針などで刺された感覚を意味する用語であり,小学館英和辞典の「sting」の項にも,「<植物などが>(触れて)<舌・鼻などに>刺すような痛みを感じさせる;<味が><舌などを>ぴりっと刺激する」などと記載されている(甲63)。このことから,小学館英和辞典によれば,英語の「burn」で表される感覚は,「針で刺されるようなぴりっとする刺激」を指すものと解することができる。

他方,被告は,本件明細書において「バーニング感」を「焼け」又は「焼け感」と言い換えているところ(【0013】,【0023】等),後述するとおり,アルコール飲料の風味について用いられる「バーニング感」や「焼け感」という用語の意味は不明瞭であるものの,一般に,「焼け感」,すなわち,「焼けるような感覚」は,皮膚等のある程度の広さを有する面が高熱にさらされて生じる感覚をいい,先の鋭くとがったもので一点に圧力を掛けられて生じる感覚を意味する「針で刺されるような刺激」とは,異質のものである。

b したがって,本件審決が判断の根拠とした小学館英和辞典と,本件明細書の記載との間には,「バーニング感」という用語の解釈についての矛盾が存在するといえ,このことは,同用語の意味が不明瞭であることを裏付けるものといえる。

(イ)a 本件特許出願よりも前に公開された特許文献に,「バーニング感」という用語を使用したものはなく,現時点においても,一千万件を超える特許文献中,アルコールについて「バーニング感」という用語を使用しているものは,本件特許の出願公開公報及び本件特許公報を含む被告の出願に係るもの5件,本件特許の出願公開公報など被告の出願に係る特許文献を引用したもの14件,被告の出願に係る特許文献を参照した可能性が高いもの1件にとどまり,いずれにおいても,「バーニング感」という用語の具体的意味は説明されていない。

検索エンジン「Google」を用いて「バーニング感」という用語の使用例を検索した結果も,アルコールについて同用語を使用しているのは,前述した被告の出願に係る特許文献,同特許文献を引用した特許文献,被告の出願に係る特許文献を参照した可能性が高い特許文献,被告の従業員が著した文献など,被告が作成した文献やその記載を引用したもの,参照した可能性が高いものであることを示している。

b 現時点において,一千万件を超える特許文献中,アルコールについて「焼け感」という用語を使用しているものは,本件特許の出願公開公報及び本件特許公報のみである。

検索エンジン「Google」を用いて,「焼け感」及び「酒」を含むもの,「焼け感」及び「アルコール」を含むものを,それぞれ検索した結果,アルコールに起因するバーニング感に関連するものと思われる2件の記載(甲60の12,13)の他は,本件特許の出願公開公報を引用するもの以外,アルコールに起因するバーニング感の意味で「焼け感」という用語を使用するものは見当たらない。

さらに,本件特許出願前に出版された「広辞苑」(甲61の1)並びに最新の「広辞苑」(甲61の2)及び「大辞林」(甲62)のいずれにも,「バーニング感」及び「焼け感」という用語は掲載されておらず,また,「焼く」及び「焼ける」の各項において,これらがアルコール飲料の風味や感覚に用いられる旨の記載は見られない。

c 以上によれば,本件特許出願当時,「バーニング感」又は「焼け感」という用語が,アルコール飲料の風味を表現するものとして明瞭であったことを認める根拠はなく,現在においても,これらの用語がアルコール飲料について使用されることはまれであるといえる。

イ 本件審決は,実験例1において,アルコール水溶液について「バーニング感」の有無が味覚パネルによって評価されたことを指摘するが,前記アのとおり,アルコール飲料について「バーニング感」や「焼け感」という用語を使用するのは,ほぼ被告の内部に限られるといえ,この点に鑑みれば,上記味覚パネルによる評価をもって,アルコールに起因する「バーニング感」や「焼け感」という用語の意味が当業者に明瞭であるということはできない。

ウ 実験例1において,5%という低濃度のアルコール飲料についてバーニング感(焼け感)が評価されていることから,「バーニング感」という用語の意味が明瞭であるというためには,5%以下の低濃度のアルコール飲料についても「バーニング感」を知覚できるという技術常識が存在しなければならない。

しかしながら,後記のとおり,乙2号証には,エチルアルコールの味覚域値について約5vol%になると灼熱感が出てくる旨記載されているが,同記載は,100年前の文献から引用したものであり,内容も個人の経験を記したものにすぎない。他に,本件証拠中,低濃度のアルコール飲料についてバーニング感が知覚されることを示すものはない。

以上によれば,本件証拠上,低濃度のアルコール飲料についても「バーニング感」を知覚できるという技術常識の存在は認められない。

エ 被告は,「バーニング感」は,温覚受容器によってとらえられる感覚である旨主張するが,以下のとおり,同主張は根拠を欠く。

すなわち,乙7号証(中原徳昭ほか「本格焼酎の基本味を識別する脂質膜センサ」日本食品科学工学会誌 第52巻 第8号 2005年8月 355頁から365頁)記載のエタノール溶液の「温度感」を評価した結果によれば,エタノール濃度10%の溶液について,ほぼ「冷たい」という感覚を示す数値が表れている。したがって,「バーニング感」が温覚受容器によってとらえられる感覚であるとすれば,実験例1においてアルコール濃度5%の水溶液について確認された「焼け」感とは,「冷たい」感覚を指すことになり,同感覚は,「バーニング感」とはかけ離れたものといえる。また,乙8号証によれば,温覚受容器は30度から45度までに反応する旨記載されているところ,実験例1も含む本件明細書記載の実施例における水溶液及び飲料は,それよりも低温であったものと考えられる。さらに,アルコールが温覚受容器と反応することを示す証拠はない。

オ 以上によれば,「バーニング感」や「焼け感」という用語は,アルコールを飲用する者であれば誰もが分かる感覚といえ,不明瞭な点はない旨の本件審決の判断は,客観的な証拠によらない,審判合議体の主観的な感覚のみに基づくものといえ,誤りである。

(2)  取消事由1-2 「アルコールの軽やか風味」

ア 本件審決は,本件発明1につき,アルコールの「苦味」や「バーニング感」が抑制されると,必ず「アルコールの軽やか風味」が生かされ,その結果として必然的に風味が向上する旨解しているものと思料される。

イ しかしながら,本件発明1において,アルコール飲料の「苦味」や「バーニング感」を抑制すること及び「アルコールの軽やか風味を生かす」ことは,互いに独立した評価項目であり,これらの両方の実現をもって,「風味向上」したと判断されるべきである。この点は,本件明細書【0007】の記載からも明らかといえる。

本件明細書には,上記のとおり「苦味」や「バーニング感」の抑制とは独立した評価項目に係る,「アルコールの軽やか風味」の意義を説明する記載はなく,これが生かされるという,本件発明の効果を具体的に裏付ける記載もない。また,本件明細書には,「香り」についての記載はなく,被告の主張するように「軽やか風味」を「香り」と解することはできない。

以上に鑑みると,当業者において,アルコール飲料にシュクラロースを添加することによって「アルコールの軽やか風味」が生かされるか否かを判断することは不可能であり,「アルコールの軽やか風味」の意味するところは明瞭といえる旨の本件審決の判断は,誤りである。

2  取消事由2(シュクラロースの添加量及び試行錯誤に係る実施可能要件違反〔平成6年改正前特許法36条4項違反〕並びに一般化に係るサポート要件違反〔同条5項1号違反〕に関する判断の誤り)

以下のとおり,シュクラロースの添加量に関し,本件特許の発明の詳細な説明は,実施可能性を欠き,また,本件発明は,サポート要件に反するものといえるから,当業者は,本件明細書の記載に基づき,過度の試行錯誤を強いられることなく,多種多様なアルコール飲料においてシュクラロースの添加量を決めることができるという本件審決の判断は,誤りである。

(1)  前記1のとおり,アルコールの「バーニング感」や「軽やか風味」という用語の意味が不明瞭である以上,当業者がアルコール飲料の「風味向上」のために添加すべきシュクラロースの量を決定することは,不可能である。

(2)  仮に,アルコールの「バーニング感」や「軽やか風味」という用語の意味が明らかであったとしても,以下のとおり,当業者は,シュクラロースの添加量を決定することはできない。

ア(ア) シュクラロースの添加量は,「シュクラロースが風味向上効果を発現される濃度とシュクラロースの持つ甘味によりアルコール飲料の嗜好が低下する濃度とによって定められる」(本件明細書【0007】)ものであるところ,苦味抑制効果については,シュクラロースの濃度が高いほど強い効果が得られること(本件明細書記載の実験例2。以下「実験例2」という。)から,甘味が嗜好を低下させるアルコール飲料においては,風味向上効果を発現し,かつ,アルコール飲料の嗜好を低下させないシュクラロースの濃度は,極めて狭い範囲のものに限られるか,存在しないものと考えられる。

また,本件明細書において,「バーニング感」を評価した実施例は,実験例1及び実施例3のみであり,これらから,シュクラロースの添加量とバーニング感が抑制される程度との関係を理解することはできない。さらに,「軽やか風味を生かす」ためのシュクラロースの添加量については,本件明細書に全く記載されていない。

以上のとおり,シュクラロースの添加量と,①「バーニング感」の抑制との相関関係及び②「軽やか風味を生かす」こととの相関関係については,いずれも本件明細書に記載されておらず,また,本件特許出願時における技術常識であったと認めることもできない。

(イ) 本件審決は,「(シュクラロースの濃度が)アルコール飲料の種類に応じた好ましいとする濃度を超えた場合であっても,甘味が付いたアルコール飲料としてそれを好む者もいるだろうし,好ましいとする濃度を超えたからといって『苦味やバーニング感を抑え,アルコールの軽やか風味を生かしたアルコール飲料の風味を向上する』という効果が奏されないと述べているわけでもない。」という見解を示すが,シュクラロースの濃度が「アルコール飲料の種類に応じた好ましいとする濃度を超えた場合」は,仮にそれを好む者がいたとしても,もはや風味が向上したとはいえないと解するべきである。

イ 本件発明3及び本件発明4においては,添加するシュクラロースの量がエチルアルコールに対する濃度比の範囲によって示されているところ,その上限である「エチルアルコール100部に対してシュクラロース2.0部」については,本件明細書記載の実験例において効果が確認されていない。

しかも,本件発明3におけるシュクラロースの添加量の範囲,すなわち,「エチルアルコール100部に対してシュクラロースを0.0001~2.0部」には,実験例2において苦味抑制効果を奏さなかった添加量が含まれている。

加えて,前記のとおり,シュクラロースの添加量と,①「バーニング感」の抑制との相関関係及び②「軽やか風味を生かす」こととの相関関係は,いずれも不明である。

ウ 以上によれば,当業者は,本件発明において,多種多様なアルコール飲料の「アルコールに起因するバーニング感を抑え,アルコールの軽やか風味を生か」し,かつ,嗜好を低下させないようにシュクラロースの添加量を決定することは,相当の試行錯誤によっても不可能であるから,本件特許の発明の詳細な説明は,実施可能性を欠くものといえる。

また,本件特許の発明の詳細な説明に開示された内容を,本件発明の全範囲にまで拡張又は一般化できるとは認められないことから,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず,サポート要件に反する。

3  取消事由3(進歩性の欠如〔特許法29条2項違反〕に関する判断の誤り)

(1)  引用発明の認定の誤り

甲1号証には,不快な味や臭いを緩和するというソーマチンの特性の例として,「苦味」を緩和する効果とともに,チューハイにおける「アルコールの臭いと刺激の緩和」という効果が記載されていることから,引用発明は,「不快な苦味,渋味,アルカリ味,臭いを緩和し,アルコールの刺激も緩和するソーマチン」と解するのが相当である。

本件審決は,上記記載にもかかわらず,引用発明につき,アルコールの刺激の緩和という効果を認定しなかった点において,誤りである。

(2)  一致点及び相違点の認定の誤り

ア 前述したとおり,アルコール飲料の「バーニング感」という用語の意味は不明瞭であるが,実験例1及び本件明細書の実施例3(以下「実施例3」という。)において味覚パネルがバーニング感を評価していることを考慮すれば,アルコール飲料には,シュクラロースを加えることによって抑制される何らかの風味が存在するものと考えることもできる。

そして,被告が出願した,発明の名称を「バーニング感抑制剤及びバーニング感抑制方法」とする発明に係る出願公開公報(甲64)には,「バーニング感とも呼ばれる口腔から喉にかけて感じられる焼けるような刺激感が」と記載されていること(【0004】)などから,上記「何らかの風味」,すなわち,アルコールに起因する「バーニング感」をあえて解釈すれば,アルコールの「刺激」と同一のものと解するのが相当である。

イ 以上を前提とすると,一致点及び相違点は,以下のとおりであり,これらについての本件審決の認定は,誤りである。

【一致点】

「甘味料からなることを特徴とする,対象不特定の苦味と,アルコール飲料のバーニング感,すなわち,刺激とを抑制する作用を有する風味向上剤。」

【相違点1】

風味向上剤の成分である甘味料が,本件発明1においては「シュクラロース」であるのに対して,引用発明においては「ソーマチン」である点。

【相違点2】

苦味の抑制の適用対象が,本件発明1においては「アルコール飲料のアルコールに起因する苦味」であるのに対して,引用発明においては不特定である点。

【相違点3】

風味向上剤の「風味向上」が,本件発明1においては「アルコール飲料のアルコールに起因する苦味やバーニング感を抑制し,アルコールの軽やか風味を生かす」ものであるのに対して,引用発明においては,「対象不特定の苦味やアルコールのバーニング感を抑制する」ものであって,「アルコールの軽やか風味を生かす」作用の有無は不明である点。

(3)  相違点についての判断の誤り

ア(ア) 相違点2について

甲1号証には,ソーマチンが様々な食品の苦味を抑制することが,甲3号証には,甘性クロロデオキシ糖がある種の甘味剤に関連した苦味性をマスクすることが,甲4号証には,麦芽飲料にアスパルテームを添加すると後苦さが少なくなることが,それぞれ記載されていること,甘味料によって苦味を低減させることは,古来周知の事実であることから,引用発明において,苦味の抑制の対象としてアルコール飲料を選択することは,当業者が容易に想到するものといえる。

(イ) 相違点3について

前述したとおり,「アルコールの軽やか風味」という用語の意味は不明瞭であること,シュクラロースによって「アルコールの軽やか風味」が生かされたことは,本件明細書に具体的に示されていないことから,「アルコールの軽やか風味を生かす」作用の有無をもって,本件発明1と引用発明との相違点ととらえることはできない。

(ウ) 相違点1について

甲1号証の記載によれば,ソーマチンによってアルコールの苦味及びバーニング感を抑制することは,当業者にとって自明の事項といえるところ,①ソーマチンとシュクラロースは,いずれも高甘味度甘味料(低カロリー甘味料)に分類されること,②高甘味度甘味料は,砂糖を代替するものとして開発されたことに鑑みると,甘味を付与する対象に応じて最適な高甘味度甘味料を選択するために高甘味度甘味料同士を代替することは,当業者において容易に想到するものと考えられる。

さらに,甲5号証には,「口腔及び喉に対する焼酎などの蒸留酒のアルコールの刺激を緩和」することを課題とし,蒸留酒に一定の特徴を有する糖アルコールを有意量添加することによって同課題を解決したことが記載されているところ,上記「口腔及び喉に対する焼酎などの蒸留酒のアルコールの刺激」は,アルコールの「バーニング感」に相当するものと解される。

したがって,本件特許出願の当時,引用発明のソーマチンに加え,甲5号証記載の発明(以下「甲5発明」という。)に係る糖アルコールも,アルコールに起因する「バーニング感」を抑制することが知られていたということができる。そして,この事実,すなわち,高甘味度甘味料であるソーマチンに加え,低甘味度甘味料である糖アルコールも,「バーニング感」の抑制効果を有することに接した当業者において,甘味度の高低にかかわらず,他の甘味料についても「バーニング感」の抑制効果の有無を試してみることは,当然に行うことといえる。さらに,甲2号証記載のとおり,シュクラロースがアルコール飲料に加えられることが知られていたことを併せ考えれば,引用発明のソーマチンに代えてシュクラロースを用い,アルコールの苦味及びバーニング感(刺激)を抑制できることを見出すことは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(エ) 小括

以上によれば,本件発明1は,引用発明及び甲2号証から甲5号証の記載に基づき,当業者が容易に想到し得たものといえる。

イ(ア) 本件審決は,①甲1号証における「チューハイ:アルコールの臭いと刺激の緩和」という記載に接した当業者は,焼酎の刺すような刺激を思い浮かべるのが自然であり,上記「刺激」を「バーニング感」と理解するものとはいえない,②甲5発明における「アルコールの刺激緩和」については,焼酎が有する刺すような刺激が,長期熟成によりまろやかになったと理解するのが自然であり,バーニング感が抑制されたとまでは認識できない旨の判断を示している。

しかしながら,小学館英和辞典の「burn」の項及び「sting」の項における記載等によれば,「バーニング感」は,舌を刺すような刺激を意味するものと解され,これをチューハイの刺激と区別することはできないから,本件審決の前記判断は誤りである。

(イ) 本件審決は,仮に,甲1発明及び甲5発明の「刺激」をもって「バーニング感」と理解する当業者が存在したとしても,甲1発明はソーマチン,甲5発明は糖アルコールに係る発明であり,いずれもシュクラロースに係る発明ではないことから,上記当業者において,ソーマチン又は糖アルコールによって,「刺激」,すなわち,「バーニング感」が抑制されたことをもって,シュクラロースもバーニング感抑制効果を有することを導くことは困難である旨の判断をしている。

しかしながら,前記のとおり,当業者は,引用発明のソーマチンに代えてシュクラロースを用いることを容易に想到し得たものといえるから,本件審決の前記判断は誤りである。

(4)  進歩性の有無についての判断の誤り

ア 前述したとおり,本件発明1は,引用発明及び甲2号証から甲5号証の記載に基づき,当業者が容易に想到し得たものといえ,本件発明2から本件発明4についても,同様である。

イ そして,本件明細書において,バーニング感及び苦味の抑制が評価されたのは,実験例1及び実施例3のみであり,しかも,いずれにおいても,軽やか風味が生かされたことは記載されていないことから,本件発明1が,格別に顕著な効果を奏するものと認めることはできず,本件発明2についても,同様である。

本件発明3及び本件発明4においては,アルコール飲料に添加するシュクラロースの量がエチルアルコールに対する濃度比の範囲によって規定されているが,同添加量を特定の数値の範囲内とすることは,単なる数値範囲の好適化にすぎない。また,本件明細書において,シュクラロースの添加量との関係が示されているのは,苦味の抑制のみである。これらに鑑みると,上記規定に係る範囲内のシュクラロースをアルコール飲料に添加しても,「アルコールに起因する苦味やバーニング感を抑え,アルコールの軽やか風味を生かす」ことと定義される「風味向上」について,格別顕著な効果が得られるとは認められない。

ウ 以上によれば,本件発明は進歩性を欠くものといえるから,本件発明の進歩性を肯定した本件審決の結論は,誤りである。

第4被告の反論

1  取消事由1(用語に係る実施可能要件違反〔平成6年改正前特許法36条4項違反〕に関する判断の誤り)について

(1)  取消事由1-1 「バーニング感」又は「焼け感」について

ア 甲12号証(Australian Society of Viticulture and Oenology のウェブサイト)には,13%から14%のアルコールを含むワインについて「熱い」と,後記の乙2号証には,5vol%のエタノールについて「灼熱感」と,乙3号証(「日・仏・英・伊 4ヶ国ワイン用語集」(初版)平成19年10月25日 飛鳥出版株式会社発行)には,ワインについて「熱さのある」と,乙4号証(「ワイン6カ国語辞典」(初版)1997年1月15日 株式会社柴田書店発行)には,ワインについて「温かい」,「焼けつくような」などと,それぞれ記載されていることなどから,「バーニング感」とは,①アルコールが有する,「温かい」,「熱い」,「焼ける」などという,口腔内の温度感を伴う感覚であり,温刺激を受容する温覚受容器によってとらえられるものであること,②5%程度の低濃度のアルコールにおいても生じる感覚であることは明らかといえる。

また,上記記載に加え,小学館英和辞典の「burn」の項において前述したウイスキーに関する用例が掲げられていることなどによれば,「バーニング感」又はこれを言い換えた「焼け感」という感覚は,アルコールを飲用した者であれば誰もが感じる一般的なものといえ,しかも,これらの用語は,辞書を含む各種文献にも記載されており,一般的な用語である。

イ 以上によれば,「バーニング感」又は「焼け感」の意味について特段不明瞭な点はなく,当業者にとって明瞭なものといえるから,これらの用語に関し,本件特許の発明の詳細な説明が実施可能性を欠くとはいえず,本件審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由1-2 「アルコールの軽やか風味」について

ア 「アルコールの軽やか風味」とは,混合物であるアルコール飲料の風味ではなく,アルコール,すなわち,エチルアルコールという単物質の有する風味を指し,このことは,文言自体から明らかである。そして,アルコールが単物質である以上,その風味は1つであり,「アルコールの軽やかな風味」とは,その単一の風味を形容した呼称にすぎない。

イ そして,アルコールは,「エーテル様の快香」(甲32),「特有の香りと味」(乙11),「上立ち香」(乙12)を有することが,当業者に経験上広く知られており,このようなアルコールの風味を,その性質に鑑みて「軽やか風味」と形容したにすぎない。なお,風味には,「食品を口内に入れたときのきゅう覚」(甲28)が含まれ,これは,口腔内から鼻に抜ける香りを意味するものであるから,「風味」を「香り」と解することにつき,不都合な点はない。

ウ(ア) 「アルコール飲料の風味を改善する方法としては,(中略)希釈(中略)等の方法が採られているが,アルコールの濃度を低下させることなく苦味やバーニング感をやわらげる方法は確立されていない。」(本件明細書【0003】),「本発明は上記課題に鑑みなされたものであり,」(同【0004】)の各記載によれば,従来技術においては,希釈によってアルコール飲料の濃度を低下させ,苦味やバーニング感といった不快な感覚を抑制していたが,その際,アルコール自体も希釈されてアルコールの風味も低下してしまうことから,本件発明は,希釈せず,すなわち,アルコールの風味を低下させずに,上記不快な感覚のみを特異的に抑制することを課題とした発明であるといえる。

そして,「苦味やバーニング感を抑える」ことと,「アルコールの軽やか風味を生かす」こととの間には,前者の結果として後者がもたらされるという関連性が存在する。

(イ) したがって,「アルコールの軽やか風味を生かしたまま,アルコールに起因する苦味やバーニング感を抑えて風味を向上させる」(同【0007】)とは,「アルコールの軽やか風味」,すなわち,単物質であるアルコールの単一の風味を希釈等により損なうことなく,苦味やバーニング感という不快な感覚のみを特異的に抑えて,その結果として,アルコール飲料全体の風味を向上させることを意味するものといえ,その内容は,明瞭である。当業者も,「アルコールの軽やか風味を生かす」ことは,すなわち,「苦味やバーニング感などの不快な感覚を抑制又は除去してアルコール本来の風味を生かす」ことを意味するものと,容易に理解できるはずである。

エ 以上によれば,「アルコールの軽やか風味」という用語に関しても,不明瞭な点はなく,本件審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2(シュクラロースの添加量及び試行錯誤に係る実施可能要件違反〔平成6年改正前特許法36条4項違反〕並びに一般化に係るサポート要件違反〔同条5項1号違反〕に関する判断の誤り)について

(1)  本件明細書においては,シュクラロースの添加量に関し,以下の記載がある。

すなわち,「バーニング感」の抑制効果は,実験例1及び実施例3によって実際に確認されている。また,「バーニング感」と同列に扱われている「苦味」の抑制効果も,実施例によって確認されており,アルコールの濃度及びシュクラロースの添加量ひいては甘味度と,苦味抑制効果との間には,広範囲において相関関係が存在することが,本件明細書の記載上も裏付けられている。

しかも,実験例1及び実施例3においては,苦味及びバーニング感が同時に抑制されており,これらの結果に係る記載は,苦味及びバーニング感が同時に抑制され得るものであることを示唆するものといえる。

さらに,本件明細書は,アルコール飲料を,ウイスキー等の甘みが嗜好を妨げるものと,カクテル等の甘みを楽しむものとに分け,前者については,シュクラロースの甘味がアルコール飲料の嗜好を低下させないよう,後者に比して添加量を少なくすべきことを,具体的な数値を掲げて明示している。

(2)  加えて,風味向上の効果の有無を判定するには,基本的には味を確かめれば足り,性質上,過度の試行錯誤を要するものではない。

(3)  以上に鑑みると,当業者は,本件明細書の記載に接すれば,過度の試行錯誤を強いられることなく,アルコール飲料に適宜の量のシュクラロースを添加して風味向上の効果の有無を確認し得るから,当業者が本件明細書の記載に基づいて多種多様なアルコール飲料においてシュクラロースの添加量を決めることができるという本件審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3(進歩性の欠如〔特許法29条2項違反〕に関する判断の誤り)について

(1)  一致点及び相違点の認定の誤りについて

ア 「バーニング感」は,前述のとおり,温覚受容器によってとらえられる感覚であるのに対し,アルコールの「刺激」は,痛みを感じる痛覚によってとらえられる感覚であり,これら2つは,明らかに異なる感覚として区別できるものといえる。また,「バーニング感」と同義である「焼け感」という用語と,「刺激」という用語とは,語義,語感とも全く異なるものである。

本件明細書上も,「バーニング感」又は「焼け感」が,アルコールの「刺激」と同一のものであるということは,記載されておらず,示唆もされていない。

イ 本件審決は,「バーニング感」又は「焼け感」と,アルコールの「刺激」とは,異なる感覚であることを前提として一致点及び相違点を認定しており,上記アによれば,同認定に誤りはない。

(2)  相違点についての判断の誤りについて

ア 前述のとおり,本件明細書に記載された「バーニング感」は,甲1号証及び甲5号証に記載されたアルコールの「刺激」とは,異質のものである。

したがって,甲1号証から甲5号証のいずれにおいても,シュクラロースによるアルコール飲料の「バーニング感」又は「焼け感」の抑制については,記載も示唆もされておらず,これらの引用例から本件発明を想到することは不可能である。

イ 仮に,当業者が,甲1号証及び甲5号証に記載されているアルコールの「刺激」を,「バーニング感」又は「焼け感」と同じものと理解したとしても,甲1号証からは,ソーマチンに上記「刺激」を抑制する効果があることが認識されるにとどまり,これをもって,ソーマチンとは構造や物性等を異にするシュクラロースに適用する動機付けは認められない。

同様に,甲5号証からは,糖アルコールに上記「刺激」を抑制する効果があることが認識されるにとどまり,これをもって,糖アルコールとは全く異質なシュクラロースに適用する動機付けも認められない。

ウ 以上によれば,引用発明に甲2号証から甲5号証を組み合わせて本件発明を想到することは容易ではなく,本件発明に進歩性欠如の無効理由がないという本件審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(用語に係る実施可能要件違反〔平成6年改正前特許法36条4項違反〕に関する判断の誤り)について

本件明細書によれば,本件発明の目的は,「アルコール飲料のアルコールに起因する苦味やバーニング感を抑え,アルコールの軽やか風味を生かしたアルコール飲料の風味向上剤及び風味向上法を提供すること」(【0004】)であるから,「バーニング感」及び「アルコールの軽やか風味」という用語の意味の明瞭性が,実施可能要件に関して問題となる。

(1)  取消事由1-1 「バーニング感」又は「焼け感」について

ア(ア) 本件明細書には,「バーニング感と称される口腔内が焼け付くような感覚」という記載がある(【0003】)。また,実験例1における嗜好性の評価項目の説明中にも,「焼け:バーニング感があるとしたパネルの数。」という記載が存在する(【0013】)。

(イ) 上記記載によれば,本件明細書において,「バーニング」は,「焼け」と同義の用語として使われていることが明らかであり,この点に鑑みると,英語の「burning」の読みを片仮名表記したものと認められる。

「burning」に関し,小学館英和辞典には,「burn(中略)1(物が)燃える,燃焼する(be on fire)(中略)6(火に触れたように)ひりひりした痛みを与える,ぴりぴりした感覚を与える;(味などが)ぴりっとくる,ひりひりする(cause to smartor sting):-The whisky burned in his throat.ウイスキーがのどに火のように熱かった.」,「burning(中略)1 燃えている,焼けている(aflame,on fire)(中略)2 焼けるように熱い,火のような(very hot fiery)(中略)4 燃える(焼ける)ような,ひりひりする,かっかとほてる:-a burning pain 焼けつくような痛み,-a burning taste ぴりぴりする味」という記載がある(甲21)。

(ウ) 以上によれば,「バーニング感」及びこれと同義で用いられている「焼け感」とは,「火による燃焼を連想させるような強い感覚」をいうものと思料される。

イ(ア) この点に関し,本件特許出願前に公刊された文献において,以下のとおりの記載がある。

a 本山荻舟「飲食事典」全一巻 初版(第23刷)1985年3月25日発行 株式会社平凡社 19頁(甲32)「アルコール (中略)無色透明,揮発性中性の液で,エーテル様の快香と,灼くような味をもち,」

b 「無水エタノール」第十二改正 日本薬局方 初版 平成3年4月20日発行 第一法規出版株式会社 850頁(乙1)

「無水エタノール(中略)

本品は15°でエタノール(C2H6O)99.5v/v%以上を含む(比重による).

性状  本品は無色澄明の液で,特異なにおい及びやくような味がある.」

c 冨田寛ほか「アルコールと味覚」(1976年)日本釀造協會雑誌 第71巻第3号 公益財団法人日本醸造協会発行 141頁から142頁(乙2)

「アルコールの舌に対する局所作用

1) エチルアルコールの味と域値

エチルアルコールの味覚域値について,HALLENBERG(1914)はおよそ0.009vol/%と報告しているが,鼻をつまんで味わうと2.6vol/%と悪くなるという。(中略)約5vol%になると灼熱感が出て来ると報告している。

DIAMANT(1963)らは,13例について報告している。アルコールの味についての申告は非常にまちまちであり,その域値もバラツキが大きいが,中央値は0.5Mであった。(中略)3Mを越える濃度においては,全例が刺すような,あるいは灼けるような感覚を受けた。」

(イ) また,実験例1においては,各種甘味料を含有したアルコール5%(重量百分率)水溶液をそれぞれ調製し,これらの水溶液につき,蔗糖1%を含有するアルコール5%水溶液を比較対象として,味覚パネル20名が,2点比較法による官能評価を行った。結果は,下表のとおりである。嗜好性の「苦み」欄,「焼け」欄には,それぞれ,苦みがあるとしたパネルの数,バーニング感があるとしたパネルの数が記載されている(【0011】~【0013】)。

file_2.jpgme | Heh TO ee oT YarFa-2 0. 0025% o| of@eu RM 0. 75% 4] is] aziae RES 1. 2596 S| 1s | teats FRAMFHL 0. 01M 5] 20 | aa mney REET 0. 007% 26) 20] as1e50 trader hen 0. 00a5%l 20] 20] aaedウ ①小学館英和辞典の「burn」の項に,「The whisky burned in his throat.ウイスキーがのどに火のように熱かった.」という用例が掲げられていること,②本件特許出願前の公刊物において,アルコールの味につき,「灼く(やく)ような味」(甲32,乙1),「灼熱感」,「灼けるような感覚」(乙2)と表現されていることによれば,本件特許出願当時において,アルコールの味覚を火による燃焼を連想させる言葉で表現することは,少なくともアルコールに接する者の間ではさほど珍しいことではなく,「バーニング感」及び「焼け感」は,そのような言葉の一例であったものと推認できる。

そして,実験例1の結果によれば,20名の味覚パネルが,5%という比較的低濃度のアルコール水溶液について「焼け」,すなわち,「バーニング感」の有無を「苦み」の有無と明確に区別して評価していたことが認められ,このことから,「バーニング感」又は「焼け感」は,アルコール度数の高いものに限らず,多くのアルコール飲料において,特段の困難を伴うことなく知覚し得るものといえる。

以上に鑑みれば,本件審決が,「バーニング感」や「焼け感」という用語は,アルコールを飲用する者であれば誰もが分かる感覚といえ,特段不明瞭な点はないと判断した点に誤りはないと思料する。

エ(ア)a 原告は,本件審決が判断の根拠とした小学館英和辞典によれば,英語の「burn」で表される感覚は,「針で刺されるようなぴりっとする刺激」を指すものと解され,本件明細書において「バーニング感」と同義とされる「焼け感」とは異質のものであるとして,小学館英和辞典と本件明細書の記載との間には,「バーニング感」という用語の解釈についての矛盾が存在する旨主張する。

b しかしながら,前記のとおり,小学館英和辞典には,「burn」の項において,「(物が)燃える,燃焼する(be on fire)」,「(火に触れたように)ひりひりした痛みを与える」,「-The whisky burned in his throat.ウイスキーがのどに火のように熱かった.」という記載があり,「burning」の項において,「燃えている,焼けている(aflame,on fire)」,「焼けるように熱い,火のような(very hot fiery)」,「燃える(焼ける)ような」という記載がある。

これらの記載によれば,小学館英和辞典は,「burn」又は「burning」で表される感覚には,「焼け感」が含まれると解しているのは明らかであり,したがって,本件明細書の記載との間において,「バーニング感」という用語の解釈についての矛盾は存在しない。当該辞典が,「burn」の訳として,「焼け感」だけでなく,これとはややニュアンスの異なる「ぴりっとする刺激」をも解説しているとしても,それは,複数の訳を提供する専門的な辞典として一般的なことであり,このことにより本件明細書との間に矛盾が生じるものではない。

以上によれば,原告の前記主張は,採用できない。

(イ) 原告は,本件特許出願当時,「バーニング感」又は「焼け感」という用語が,アルコール飲料の風味を表現するものとして明瞭であったことを認める根拠はない旨主張する。

しかしながら,小学館英和辞典の「burn」の項に掲げられた前記用例,甲32号証,乙1号証及び乙2号証におけるアルコールの味に関する前記の記載を考慮すると,本件特許出願当時,「バーニング感」又は「焼け感」という用語でアルコール飲料の味覚を表現することは,少なくともアルコールに接する者の間では珍しいことではなかったものと推認でき,味覚は「風味」に含まれるから(甲28),原告の前記主張は,採用できない。

(ウ) 原告は,アルコール飲料について「バーニング感」や「焼け感」という用語を使用するのは,ほぼ被告の内部に限られることから,実験例1における味覚パネルの評価をもって,「バーニング感」や「焼け感」という用語の意味が当業者に明瞭であるということはできない旨主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件特許出願当時,「バーニング感」又は「焼け感」という用語でアルコール飲料の味覚を表現することは,少なくともアルコールに接する者の間では珍しいことではなかったものと推認でき,被告の内部に限られていたとはいえないから,原告の前記主張は,採用できない。

(エ)a 原告は,「バーニング感」という用語の意味が明瞭であるというためには,5%以下の低濃度のアルコール飲料についても「バーニング感」を知覚できるという技術常識が存在しなければならないところ,本件証拠上,そのような技術常識の存在は認められない旨主張する。

b しかしながら,前述したとおり,本件特許出願当時,「バーニング感」という用語でアルコール飲料の味覚を表現することは,少なくともアルコールに接する者の間では珍しいことではなかったものと推認できる。このことから,当業者は,原告主張に係る技術常識の存在の有無にかかわらず,本件発明の目的の一部であるシュクラロース添加によるバーニング感抑制効果(本件明細書【0004】)の有無を確認することは可能といえ,したがって,「バーニング感」という用語に関しては,実施可能な程度に「明確」なものというべきであるから,原告の前記主張は,採用できない。

(オ) 原告は,「バーニング感」が温覚受容器によってとらえられるという被告の主張は,根拠を欠く旨主張する。

しかしながら,本件審決が,「バーニング感」が口腔内の温覚受容器によってとらえられる感覚であることを前提として明瞭性及び実施可能要件を判断しているとは,解されない。したがって,原告の前記主張は,本件審決の認定の誤りを指摘する主張として,前提を欠くものといえ,採用できない。

(2)  取消事由1-2「アルコールの軽やか風味」について

ア 位置付け

本件明細書には,「アルコール飲料にはアルコールの軽やかな風味とともにアルコールに起因する苦味,バーニング感と称される口腔内が焼け付くような感覚が存在する。」という記載(【0003】)があり,同記載の趣旨は,その文言自体から,アルコール飲料には,「アルコールの軽やかな風味」(本件明細書においては,「軽やか風味」とも表記されている。以下においては「軽やか風味」に統一する。)並びにアルコールに起因する「苦味」及び「バーニング感」が併存しているというものと認められる。

そして,本件発明は,「アルコール飲料にシュクラロースを添加することにより,アルコールの軽やか風味を生かしたまま,アルコールに起因する苦味やバーニング感を抑えて風味を向上させることができる」というものであるところ(本件明細書【0007】),アルコール飲料にシュクラロースという異物を添加すれば,これによって,アルコールに起因する「苦味」及び「バーニング感」のみならず,これらと併存する「アルコールの軽やか風味」も影響を受ける可能性がある。

この点に鑑みると,当業者は,本件発明の実施に当たり,アルコール飲料にシュクラロースを添加することによって,アルコールに起因する「苦味」及び「バーニング感」を抑える一方,「アルコールの軽やか風味」については「生かしたまま」,すなわち,減殺することなく,アルコール飲料全体の風味を向上させられるか,という点を確認する必要がある。そして,この確認のためには,「アルコールの軽やか風味」の意味を明らかにすることが不可欠というべきである。

イ 「アルコールの軽やか風味」の意味

(ア) 本件明細書中,「アルコールの軽やか風味」の意味を端的に説明する記載は,見られない。

(イ)a 本件明細書中,シュクラロースを添加したアルコール水溶液又はアルコール飲料に関し,以下の記載がある。

⒜ 事前にシュクラロースをアルコールに溶解したものを用いて飲料に調製したとき,味覚の柔らかな,苦味のない,アルコールの焼け感のない飲料が得られた(【0009】)。

⒝ 実験例1においては,前記のとおり,シュクラロース0.0025%を含有したアルコール5%水溶液につき,蔗糖1%を含有するアルコール5%水溶液を対象として,味覚パネル20名による官能評価を実施したところ,「苦み」があるとしたパネル数はゼロ,「焼け」,すなわち,「バーニング感」があるとしたパネル数もゼロであった。「(アルコール飲料としての)甘味についての評価」は,前記2つの水溶液の間に,「差なし」というものであった(【0011】から【0013】)。

⒞ 実験例2において,アルコール/シュクラロース水溶液(アルコール5%,10%,20%,40%)を調製し,甘味度については,砂糖水溶液(アルコール無添加)を,苦味抑制効果については,同濃度のアルコール水溶液(砂糖,シュクラロース無添加)を,それぞれ比較対象として,味覚パネル10名による官能評価を行った。結果として,シュクラロースの甘みを感じない添加量についても,アルコールの苦味抑制効果が認められた(【0014】から【0019】)。

⒟ 実施例1において,シュクラロースを加えたレモンライムは,「清涼で好ましいもの」となった(【0020】,【0021】)。

⒠ 実施例2において,シュクラロースを加えた果汁入りアルコール飲料は,「果汁感があり,清涼な甘味を持つ良好な飲料であった」(【0021】)。

⒡ 実施例3において,シュクラロースを加えた梅フィズは,「苦みがなく,焼け感がない良好な飲料であった」(【0022】,【0023】)。

b 上記のとおり,本件明細書には,シュクラロースを添加したアルコール水溶液又はアルコール飲料が示した好ましい味として,「味覚の柔らかな,苦味のない,アルコールの焼け感のない(飲料)」,「清涼で好ましい(もの)」,「果汁感があり,清涼な甘味を持つ良好な(飲料)」などが記載されている。

しかしながら,本件明細書の記載のすべてを参酌しても,これらの「好ましい味」が「軽やか風味」に該当するものと直ちにいうことはできず,両者の関係は不明といわざるを得ない。

ウ(ア) 被告は,アルコールが単物質である以上,その風味は1つであり,「アルコールの軽やか風味」とは,その単一の風味を形容した呼称にすぎない旨主張する。

しかしながら,本件特許出願の前に公刊されていた文献においては,アルコールの風味に関し,①「灼くような味」(甲32),②無水エタノールには,「やくような味がある。」(乙1),②「申告された(アルコールの)味質は,甘味,酸味,苦味,またはその混合であった。」(乙2)などの記載が見られる。このことから,アルコールが複数の風味を有することは,本件特許出願当時,当業者に周知されていたといえ,したがって,被告の前記主張は採用できない。

(イ)a 被告は,アルコールが「エーテル様の快香」等の香りを有することは,当業者に経験上広く知られており,このようなアルコールの風味を,その性質に鑑みて「軽やか風味」と形容したにすぎない旨主張する。

b 確かに,「風味」は,一般に,「食品を口内に入れたときの味覚,きゅう覚などの総合的感覚」として定義付けされるものの(甲28),本件明細書上,香り又はにおいに関する記載は,一切見られない。

また,本件明細書中の「アルコール飲料にはアルコールの軽やかな風味とともにアルコールに起因する苦味,バーニング感と称される口腔内が焼け付くような感覚が存在する。」という記載(【0003】)によれば,「軽やかな風味」は,「苦味」及び「バーニング感」と並列的に扱われているものとみることができる。そして,「苦味」は味覚であり,「バーニング感」も「口腔内が焼け付くような感覚」であることから,「軽やかな風味」についても,味覚に関わるものと解するのが自然である。

以上に鑑みると,「アルコールの軽やか風味」について「香り」と解することはできず,被告の前記主張は採用できない。

(ウ)a 被告は,①「アルコールの軽やか風味を生かしたまま,アルコールに起因する苦味やバーニング感を抑えて風味を向上させる」(本件明細書【0007】)とは,「アルコールの軽やか風味」,すなわち,単物質であるアルコールの単一の風味を希釈等により損なうことなく,苦味やバーニング感という不快な感覚のみを特異的に抑えて,その結果として,アルコール飲料全体の風味を向上させることを意味するものといえ,その内容は,明瞭である,②当業者も,「アルコールの軽やか風味を生かす」ことは,すなわち,「苦味やバーニング感などの不快な感覚を抑制又は除去してアルコール本来の風味を生かす」ことを意味するものと,容易に理解できるはずである旨主張する。

b しかしながら,前記(ア)のとおり,アルコールは,甘味,苦味,酸味,その混合,「灼く(やく)ような味」など複数の風味を有するところ,本件明細書においては,シュクラロースの添加がアルコールの苦味及びバーニング感を抑えることは確認されているものの,アルコールの有する複数の風味のうちそれら2つの風味のみを特異的に抑えることまでは確認されておらず,しかも,「アルコールの軽やか風味を生かしたまま」であるか否かは明らかにされていない。

また,前記アのとおり,本件明細書は,「アルコールの軽やか風味」を,アルコールに起因する「苦味」及び「バーニング感」と併存するものとして位置付けているものと認められるところ,本件明細書上,これらの関係は不明であり,したがって,「苦味」及び「バーニング感」の抑制によって,「アルコールの軽やか風味を生かす」という効果がもたらされるか否かも,不明といわざるを得ない。被告は,「苦味」及び「バーニング感」を抑制することが「アルコールの軽やか風味」の向上であるかのような主張をするが,これは,本件明細書の客観的記載に反する解釈である。

以上によれば,被告の前記主張は,採用できない。

エ 小括

以上によれば,「アルコールの軽やか風味」という用語の意味は,不明瞭といわざるを得ない。そして,前述のとおり,当業者は,本件発明の実施に当たり,「軽やか風味」については「生かしたまま」,すなわち,減殺することなく,アルコール飲料全体の風味を向上させられるか,という点を確認する必要があるところ,「軽やか風味」の意味が不明瞭である以上,上記確認は不可能であるから,本件特許の発明の詳細な説明は,「アルコールの軽やか風味」という用語に関し,実施可能性を欠くというべきである。

したがって,「アルコールの軽やか風味」の意味するところは明瞭といえる旨の本件審決の判断は,誤りである。

2  取消事由2(シュクラロースの添加量及び試行錯誤に係る実施可能要件違反〔平成6年改正前特許法36条4項違反〕並びに一般化に係るサポート要件違反〔同条5項1号違反〕に関する判断の誤り)について

前記1において前述したとおり,「アルコールの軽やか風味」という用語の意味が不明瞭であることから,当業者において,「アルコールの軽やか風味を生かしたまま,アルコールに起因する苦味やバーニング感を抑えて,アルコール飲料の風味を向上する」ために必要なシュクラロースの添加量を決めることは不可能といわざるを得ない。

したがって,本件明細書は,添加量に関して実施可能性を欠くものといえるから,当業者は,本件明細書の記載に基づき,多種多様なアルコール飲料についてシュクラロースの添加量を決めることができるという本件審決の判断は,誤りである。

第6結論

以上のとおり,原告主張の審決取消事由1-2及び2のうちシュクラロースの添加量に係る実施可能要件違反の点は,いずれも理由があるから,本件審決は,取消しを免れない。

よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 新谷貴昭 裁判官 鈴木わかな)

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