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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10281号 判決 2014年11月13日

原告

株式会社松風

訴訟代理人弁理士

西浦嗣晴

出山匡

山田朋彦

被告

特許庁長官

指定代理人

江塚尚弘

斉藤孝恵

橘崇生

堀内仁子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告が求めた判決

特許庁が不服2011-3126号事件について平成25年9月9日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実

1  特許庁における手続の経緯等(争いがない)

(1)  原告は,平成20年6月30日,意匠に係る物品を「人工歯」とする別紙1の本願意匠目録記載の意匠(上顎中切歯用の人工歯に係る意匠である意願2008-016902号の意匠のうち,歯の切縁部付近の部分の形態に係る部分意匠。以下「本願意匠」という。)の登録出願をしたが(意願2008-016914号),平成22年11月9日,特許庁から拒絶査定を受けたので,平成23年2月10日,不服審判請求をした。特許庁は,上記請求を,不服2011-3126号事件として審理をした結果,平成24年2月14日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をし,その謄本を,同月24日,原告に送達した。

(2)  原告は,平成24年3月23日,知的財産高等裁判所に対し,前審決を取り消すことを求める審決取消訴訟を提起したところ,同裁判所は,同年11月26日,前審決を取り消す旨の判決(以下「前件判決」という。)をし,その後,同判決は確定した。

(3)  特許庁は,不服2011-3126号事件について,再度審理をした結果,平成25年9月9日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同月20日,原告に送達した。

2  前件判決の理由(甲150)

前件判決は,概ね以下のとおりの判断をして,前審決を取り消した。

(1)  人工歯を用いて義歯等を調整するのは歯科技工士であるから,人工歯の需要者はまずは歯科技工士であり,歯科技工士に発注する歯科医も間接的な需要者である。これら人工歯の需要者は,天然歯の形状を出発点として,咬合やそしゃくの機能に合致するか否かの観点を第一次的に念頭に置き,製造業者や販売業者から供給される人工歯を観察するが,第二次的には施術の容易性や義歯床への接合具合,審美性の観点,そして意匠上の観点ではないが材質も考慮に入れながら,供給される人工歯を観察する。天然歯の持つ形態に由来する基本的特徴部分は,以上の観点からみて,人工歯に係る意匠の類否判断において,共通点としての位置付けは小さいものというべきである。

(2)  本願意匠の願書に添付した写真のうち左右の側面図及び端面図から,本願意匠の切縁部近傍の舌側面の一部には側面視で直線状の部分(背面視で平面状の部分)があり,舌側面の下端付近に小さな噛み合せ平面であるファセット面が設けられていることが認められる。一方,意匠登録第1197533号公報記載の引用意匠のうち,本願意匠の意匠登録を受けようとする部分に相当する部分には,かかるファセット面(側面視で直線状の部分)は設けられていない。

(3)  本願意匠は,歯科治療の専門家である歯科医等の需要者に対し,咬合調整の容易化を目指した機能的部分が設けられていることに伴う印象,美感を生じさせるものであるし,需要者が歯科治療,咬合調整の際に強く着目する部分に関する事柄であることにかんがみれば,天然歯の模倣を基調とする人工歯の意匠にあっても,かかる印象は,基本的構成態様を含む,本願意匠と前件引用意匠部分の共通点から生じる印象に埋没することがない。したがって,審決が摘示する他の相違点も合わせて考えれば,本願意匠と意匠登録第1197533号公報記載の引用意匠は,需要者に対して異なる美感を生じさせ,両意匠は類似しない。

3  審決の理由

(1)  審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。その要旨は,別紙1の本願意匠目録記載の各写真において緑色に着色された部分以外の部分(以下「本願部分」という。同別紙の各端面図においては,実線で表された部分が,本願部分である。)は,意匠登録第1213948号の意匠(別紙2の引用意匠目録記載の意匠。以下「引用意匠」という。)のうち,本願部分との対比の対象となる部分(別紙3及び4の「引用部分」の各写真のうち,緑色に着色された部分以外の部分。以下,同部分を「引用部分」という。なお,別紙3及び4の「引用部分」の各写真は,本願部分と同様の向きとなるよう,別紙2の引用意匠目録の各写真が左右反転されたものであり,引用部分は,引用意匠の左右が反転されたものの切縁部付近の部分である。)に類似するから,本願意匠は,意匠法3条1項3号に掲げる意匠に該当し,同条同項柱書の規定により,意匠登録を受けることができないというものである。

(2)  審決が認定した本願部分及び引用部分の形態は,以下のとおりである。

【本願部分の形態】

(1)  正面視すると,

(1-1)全体の輪郭形状は,略扁平逆台形状であって,正面全面は,底面図を参酌すれば,左右方向に連続する,四つのやや山状の部分と三つのやや谷状の部分とを交互に組み合わせた若干低い凹凸面状を呈し,

(1-2)切縁部の左辺から下辺にかけて,やや大きなアール状を呈し,

(1-3)切縁部の右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し,子細に観察すると,右辺の上端から,右辺の上下略中間位置まで略垂直直線状であって,それに連接して下辺までなだらかな凸弧状を呈し,

(1-4)下辺は,全体がやや右下がり状を呈し,子細に観察すると,三つのやや山状の部分と二つのやや谷状の部分とを交互に組み合わせた極低い略波状を呈している。

(2)  右側面視すると,

(2-1)全体は,略逆三角形状であって,

(2-2)左辺(唇側)は,僅かに膨出する凸円弧状であって,

(2-3)右辺(舌側)は,本願部分の全高の約2分の1の高さの傾斜する直線部と,その上方に連接する僅かな高さの略垂直直線部から構成され,当該略垂直直線部の後方(左側面側)には,小さな略倒直角台形状部が表れ,左辺と右辺の成す角度(以下,「先端部角度」という。)は,90度弱の鋭角であって,

(2-4)先端部は,本願部分の最大左右幅の約5分の1の半径の円弧状を呈しており,当該円弧状部分に連接する直線部下端は,先端部からやや離れているように看取される。

(3)  左側面視すると,

(3-1)全体は,右側面視の全体形状の略左右対称状を呈し,

(3-2)左辺は,本願部分の全高の約5分の4の高さの直線部と,その上部に連接する僅かな高さの略垂直直線部から構成され,当該直線部の中央やや上方寄りの後方(右側面側)に,極わずかな突出部が認められる。

(4)  底面視すると,

(4-1)全体は,略扁平台形状であって,略上部3分の2の領域には,正面全面の左右方向に連続する極低い凹凸面状が現れ,上辺は,極低い略波状を呈し,左右辺は,略「( )」状を呈し,下辺には,倒略扁平「〔」状の窪み部が形成されている。

(5)  背面視すると,

(5-1)全体は,略扁平逆台形状であって,

(5-2)平坦部の形状は,左右側面図及び底面図を参酌すれば,請求人の提出した手続補足書に添付した参考資料7-2に示されたオレンジ色の部分(判決注:別紙4の「本願部分」の背面図上に示されたオレンジ色の部分。以下「本願原告着色部分」という。)の形状と認められる。

すなわち,平坦部の形状は,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる形状であって,切縁部下辺にほぼ接して設けられ,子細に観察すれば,右側の高さが左側の高さより僅かに高い。

なお,当該平坦部の左端付近は,A-A線端面図及び左端付近の短い略垂直太線状のややぼやけた白いハイライト部の存在により,その輪郭形状をおおよそ認識することができるものの,B-B線端面図及びC-C線端面図によれば,当該平坦部が存在すると認められる部分は,いくつかの異なる曲率の曲線から構成され,A-A線端面図に表されたような直線部は認識できず,したがって,当該平坦部の左端付近を除く,その他の輪郭形状は,背面図において明確に認識できない。

【引用部分の形態】

(1)  正面視すると,

(1-1)全体の輪郭形状は,略扁平逆台形状であって,正面全面は,略平坦面状を呈し,

(1-2)切縁部の左辺から下辺にかけて,やや大きなアール状を呈し

(1-3)切縁部の右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し,子細に観察すると,右辺の上端から,右辺の上下中間位置よりやや下方まで,やや内側に傾斜する直線状であって,それに連接して下辺までなだらかな略4分の1円弧状を呈し,

(1-4)下辺は,全体がやや右下がり状を呈している。

(2)  右側面視すると,

(2-1)全体は,略逆三角形状であって,

(2-2)左辺(唇側)は,僅かに膨出する凸円弧状であって,

(2-3)右辺(舌側)は,引用部分の全高の約3分の2の高さの傾斜する直線部と,その上方に連接する僅かな高さの垂直に近い傾斜部から構成され,先端部角度は,90度弱の鋭角である。

(2-4)先端部は,引用部分の最大左右幅の約7分の1の半径の円弧状を呈しており,当該円弧状部分に連接する直線部下端は,先端部にほぼ接しているように看取される。

(3)  左側面視すると,全体は,右側面視の全体形状の略左右対称形状を呈している。

(4)  底面視すると,

(4-1)全体は,略扁平台形状であって,略上部3分の2の領域は,略平坦面状であって,上辺は,ほぼ水平であり,左右辺は,略「( )」状を呈し,下辺には,倒略扁平「〔」状部の窪み部が形成されている。

(5)  背面視すると,

(5-1)全体は,略扁平逆台形状であって,正面視と左右対称形状を呈し,

(5-2)平坦部の形状は,左右側面図及び底面図を参酌すれば,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる赤い破線で表した形状(判決注:別紙4の「引用部分」の背面図に示された,赤い破線で囲まれ,オレンジ色で着色された部分。以下「引用被告着色部分」という。)であって,切縁部下辺にほぼ接して設けられているものと認められる。

(3) 審決が認定した本願部分と引用部分の形態の共通点は,以下のとおりである。

A 正面視すると,全体は,左右非対称の略扁平逆台形状であって,切縁部の左辺から下辺にかけて,やや大きなアール状を呈し,右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し,下辺は全体がやや右下がり状を呈している点

B 右側面視すると,全体は,略逆三角形状であって,左辺(唇側)は,僅かに膨出する凸曲面を呈し,右辺(舌側)は,傾斜する直線部が大部を占め,先端部角度は,90度弱の鋭角であって,左側面視においても,ほぼ左右対称状に同様の態様を呈している点

C 底面視すると,全体は,略扁平台形状であって,左右辺は,略「( )」状を呈し,下辺には,略倒扁平「〔」状の窪み部が形成されている点

D 背面視すると,切縁部の舌側面に,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる輪郭形状の平坦部が,切縁部下辺にほぼ接して設けられている点

(4)  審決が認定した本願部分と引用部分の形態の相違点は,以下のとおりである。

a 正面視において,

a-1 正面全面が,本願部分は,左右方向に連続する,四つのやや山状の部分と三つのやや谷状の部分とを交互に組み合わせた若干低い凹凸面状を呈しているのに対して,引用部分は,略平坦面状を呈している点

a-2 下端辺は,本願部分が,三つのやや山状の部分と二つのやや谷状の部分とを交互に組み合わせた極低い略波状形状を呈するのに対して,引用部分は,ほぼ直線状である点

a-3 全体が略「J」の字状を呈する右辺につき,子細に観察すると,本願部分は,右辺の上端から,右辺の上下略中間位置まで略垂直直線状であって,それに連接して下辺までなだらかな凸弧状を呈しているのに対して,引用部分は,右辺の上端から,右辺の上下中間位置よりやや下方まで,やや内側に傾斜する直線状であって,それに連接して下辺までなだらかな略4分の1円弧状を呈している点

b 左右側面視において,

b-1 直線部の長さを子細に観察すると,本願部分は,左側面図に現れる直線部の長さが,右側面図のそれよりも若干長いのに対して,引用部分は,左右側面図に現れる直線部の長さがほぼ同じである点

b-2 切縁部の先端の円弧状の半径につき,本願部分は,本願部分の最大左右幅の約5分の1であるのに対して,引用部分は,引用部分の最大左右幅の約7分の1である点

b-3 切縁部の舌側の直線部下端が,本願部分は,先端部からやや離れているように看取されるのに対して,引用部分は,切縁部にほぼ接しているように看取される点

c 底面視において,本願部分は,略上部3分の2の領域には,正面全面の左右方向の連続する極低い凹凸面状が現れ,上辺は,極低い略波状を呈しているのに対して,引用部分は,略上部3分の2の領域は,略平坦面状であって,上辺は,ほぼ水平である点

d 背面視において,

d-1 本願部分は,平坦部の左端付近に,短い略垂直太線状のややぼやけた白いハイライト部が存在するのに対して,引用部分には,そのようなハイライト部が存在しない点

d-2 子細に観察すれば,本願部分の平坦部は,右側の高さが左側の高さより僅かに高いのに対して,引用部分の平坦部は,左右ほぼ同高である点

d-3 平坦部の輪郭形状につき,本願部分の左端付近の輪郭形状は,おおよそ認識することができるのに対して,引用部分は,全体の輪郭形状を明確に認識できない点

(5)  審決の本願意匠と引用意匠の類比判断は,以下のとおりである。

本願意匠と引用意匠は,意匠に係る物品が一致し,また両部分の用途及び機能並びに位置,大きさ及び範囲が一致し,本願部分と引用部分の形態についても,①特に左右側面視すると,舌側の辺に,傾斜する直線部が大部を占めている点(共通点B),②背面視すると,切縁部の舌側面に,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる輪郭形状の平坦部が,切縁部下辺にほぼ接して設けられている点(共通点D)は,引用意匠の出願前には見受けられない両意匠のみに見られる特徴ある共通する態様であって,需要者である歯科医等であれば特に注目する部分であって,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものであり,両部分のその他の共通点ともあいまって,看者に強い共通感を与えるのに対し,両部分の相違点が相乗して生じる視覚効果は,上記共通感を覆すほどのものではないから,両意匠は,意匠全体として類似する。

第3原告主張の取消事由

審決は,以下のとおり,本願部分及び引用部分の形態の認定を誤り,その結果,両部分の共通点及び相違点の認定を誤り,類否判断を誤ったものであるから,違法であり,取り消されるべきである。

1  本願部分の形態の認定の誤り

本願部分の形態についての審決の認定のうち,1-4,2-3,5-2の認定は誤りである。

(1)  1-4(正面視の下辺の形状)の認定について

審決は,本願部分の切縁部の下辺の形状について,「下辺は,全体がやや右下がり状を呈し・・」と認定した。

しかし,下図の青い実線(本願部分の切縁部の下辺の傾斜を示した線)で示すように,切縁部は,下辺の中央やや右側の位置を屈折点として,左右両端に向かい上方に傾斜している(なお,赤い実線は,本願部分の切縁部の下辺に沿って引いた線である。)。したがって,審決の上記認定は,誤りである。

file_2.jpg(2)  2-3(右側面視の先端部角度)の認定について

審決は,本願部分の右側面図の先端部について,「・・・左辺と右辺の成す角度(先端部角度)は,90度弱の鋭角であって・・」と認定した。

しかし,下図の赤い破線(本願部分の切縁部の舌側面と唇側面とに沿って引いた線)で示すように,本願部分の切縁部の右側面視における唇側面(左辺)は曲線となっており,舌側面と唇側面との間の角度を一元的に特定するのは無理がある。仮に,無理に角度を特定した場合であっても,青い実線(2本の破線の成す角度を示した線)が示すように,その角度は90度弱といえるものではなく,約60度程度の角度である。したがって,審決の上記認定は,誤りである。

file_3.jpg(3)  5-2(背面視の平坦部の形状)の認定について

審決は,本願部分の背面の平坦部の形状について,①「左右側面図及び底面図を参酌すれば」,本願原告着色部分の形状と認められる,②平坦部は,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる形状であって,「切縁部下辺にほぼ接して」設けられ,「子細に観察すれば,右側の高さが左側の高さより僅かに高い」,③A-A線端面図及び左端付近の短い略垂直太線状のややぼやけた白いハイライト部の存在により,その輪郭形状をおおよそ認識することができるものの,「B-B線端面図及びC-C線端面図によれば,当該平坦部が存在すると認められる部分は,いくつかの異なる曲率の曲線から構成され,A-A線端面図に表されたような直線部は認識できず,したがって,当該平坦部の左端付近を除く,その他の輪郭形状は,背面図において明確に認識できない。」と認定した。

ア しかし,審決のいう「平坦部」は,「ファセット面」に対応する部分を意味するものと推察されるところ(「ファセット面」とは,総義歯に必要な対向する人工歯〔上顎の人工歯であれば,下顎の人工歯〕との咬合関係を容易に確立させるために,切縁部にあらかじめ削合調整を施して形成された面である。),本願部分のファセット面の形状は,本願意匠の出願時の願書に添付した各写真(右側面図,左側面図,底面図)及び図面(A-A線端面図,B-B線端面図及びC-C線端面図)によって明確に認識することができる。

まず,下図1-1の各端面図の青い実線(切縁部の舌側面に沿って引いたもの)のとおり,本願意匠のA-A線端面図及びC-C線端面図の切縁部の舌側面側にはほぼ直線状の部分があり,この部分がファセット面である。また,B-B線端面図の切縁部の舌側面側には直線状の部分は少なく,ほぼ曲線であるが,これはB-B線端面図の位置のファセット面の面積が小さいためである。したがって,各端面図からは,本願意匠のファセット面は,切縁部の中央付近(B-B線の位置)でファセット面の面積が小さくなり,切縁部の両隅側の位置(A-A線及びC-C線の位置)でファセット面の面積が大きくなることを認識することができる。

file_4.jpg図1-1

次に,下図1-2が示すように,本願意匠の右側面図における直線部分の上端の位置と下端の位置は,右側面側のファセット面の最も上側の位置と最も下側の位置とほぼ一致しており,左側面図における直線部分の上端の位置と下端の位置は,左側面側のファセット面の最も上側の位置と最も下側の位置とほぼ一致している。したがって,右側面図及び左側面図によって,右側面側及び左側面側のファセット面の上端の位置と下端の位置とを認識することができる。

file_5.jpgAgme Aa図1-2

上記のとおり,右側面図及び左側面図だけでなく,3つの端面図によって,本願部分のファセット面の位置を特定したことにより,下図1-3のとおり,計5カ所のファセット面の位置を特定することができ,線ではなく,面としてファセット面の形状を認識することができる。

file_6.jpg図1-3

さらに,下図1-4の左側の図のとおり,本願意匠の底面図においては,矢印で示した部分が,他の部分よりも色が淡い部分,または他の部分と色の濃淡が変化している部分であるところ,本願原告着色部分の位置を示す右側の図とを対比すれば,矢印で示した部分が,ファセット面とその他の部分を分ける境界であることは明白である。したがって,底面図によって,特に中央付近及び右端付近(底面図における左側,左側面側)のファセット面の輪郭形状を認識することができる。

file_7.jpg図1-4

上記のとおり,本願部分のファセット面(平坦部)の形状は,左右側面図及び底面図のみでなく,各端面図を含めて総合的に判断して特定されるものであるところ,審決は,左右側面図及び底面図のみを基礎としてファセット面(平坦部)を特定している点で誤っており,また,底面図によって,中央付近及び左側面側のファセット面の形状も認識することができるから,本願部分のファセット面(平坦部)の輪郭形状を明確に認識できないとの審決の前記認定は,誤りである。

なお,審決の相違点d-3についての判断も,上記誤った本願部分の認定に基づいており,相違点であること自体に誤りはないが,同認定の限度で誤っている。

イ また,下図1-5の青い実線(ファセット面の左側面側〔同図における右側〕の最高点に接するように引いた線)が示すように,本願部分のファセット面(平坦部)の左側面側(同図における右側)の高さは,右側面側の高さよりも明らかに高い。また,赤い矢印が示すように,本願部分の切縁部の下辺とファセット面(平坦部)の下辺との間には,はっきりと視認できる「間隔」がある。この「間隔」は,本願部分においては,切縁部の先端が,エッジ部を含まない湾曲した形状を有しているために,当然にして現れるものである。また,上記アのとおり,底面図によって中央付近及び左側面側のファセット面の輪郭形状を認識することができるため,ファセット面の下端の位置を特定することは可能であり,これによっても,切縁部の下辺と平坦部の下辺との間に間隔があると認定できる。

したがって,本願部分のファセット面は,「右側の高さが左側の高さより僅かに高い」,「切縁部下辺にほぼ接して設けられ(ている)」との審決の認定は誤っている。

file_8.jpg図1-5

2  引用部分の形態の認定の誤り

引用部分の形態についての審決の認定のうち,1-3,2-3,2-4,5-2の認定は誤りである。

(1)  1-3(正面視の下辺右隅の形状)の認定について

審決は,引用部分の切縁部の正面視右隅の形状について,「切縁部の右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し」,「下辺までなだらかな略4分の1円弧状を呈し」と認定した。

しかし,下図(引用意匠の正面図を左右反転させたもの)の赤い実線(切縁部の正面視右隅の輪郭に沿って引いた線)が示すように,正面視右隅の形状は,円弧状ではなく,角のある(エッジが付いた)形状である。したがって,上記審決の認定は,誤りである。

file_9.jpgなお,審決の相違点a-3についての判断も,上記誤った引用部分の認定に基づいており,相違点であること自体に誤りはないが,同認定の限度で誤っている。

(2)  2-3(右側面視の先端部角度)の認定について

審決は,引用部分の右側面図の先端部について,「・・先端部角度は,90度弱の鋭角である。」と認定している。

しかし,下図の赤い破線(切縁部の舌側面と唇側面とに沿って引いた線)が示すように,引用部分の切縁部の右側面視における唇側面(左辺)は曲線となっており,舌側面(右辺)と成す角度を特定するのは困難である。したがって,審決の上記認定は誤りである。

file_10.jpg(3)  2-4(右側面視の先端部形状)の認定について

審決は,引用部分の右側面視の先端部について,「引用部分の最大左右幅の約7分の1の半径の円弧状を呈しており・・」と認定した。

しかし,下図の赤い実線(切縁部の先端の形状パターンを表すために引いた線)が示すように,引用部分の切縁部の先端の形状は,角のある(エッジが付いた)形状である。したがって,審決の上記認定は,誤りである。

file_11.jpgなお,審決の相違点b-2についての判断も,上記誤った引用意匠の認定に基づいており,相違点であること自体に誤りはないが,同認定の限度で誤っている。

(4)  5-2(背面視の平坦部の形状)の認定について

審決は,引用部分の背面の平坦部の形状について,引用被告着色部分のとおりの形状であると認定した。

ア しかし,引用意匠の図面には本願意匠のように端面図が含まれておらず,引用意匠が掲載された意匠公報のいずれの図面からも,引用被告着色部分の形状を認識することはできないから,同部分は,被告が恣意的に断面を想定して定めたものである。このことは,下図のとおり,着色していない引用意匠の背面図(左右反転図)と引用被告着色部分とを並べて比較すれば明らかである。

file_12.jpgaidなお引用意匠の出願時には,本願意匠の出願時のようにファセット面の存在が特徴であることを説明する,意匠の特徴記載書も提出されていない。

イ 被告は,左右側面図から引用部分の平面部(平坦部)の形状を認定するが,背面図上で,右側面図及び左側面図の切縁部の舌側面側の直線部にそれぞれ対応すると推定される位置は,下図のとおり,青い実線が示す線である(赤い破線は,右側面図及び左側面図の切縁部の舌側面側の直線部の両端を通るように引いた線である。)。

file_13.jpgすなわち,引用意匠の底面図の左右にそれぞれ見られるほぼ同じ高さを有しているであろうと思われる隆起部の頂上の稜線に相当する部分が,側面から見て直線状に見える部分であると推定すべきであり,同推定は,被告が着色した平坦部の領域の推定よりも,引用意匠の図面のみから判断して当業者が妥当であると判断する推定である。

上記図及び底面図から明らかであるように,引用意匠の左右側面図の切縁部の舌側面側の直線部と対応している背面図の部分は,面ではなく,隆起部の頂上の稜線である。そのため,これらの舌側面側の直線部により特定できるのは,引用意匠の背面図における,右側面側及び左側面側の平面部(平坦部)の上端の位置と下端の位置程度であり,引用部分の平面部(平坦部)の形状自体を特定することはできない。また,底面図からは,どの部位が引用被告着色部分と一致しているのか不明であるし,そもそも底面図は,表面が平坦な面であるか,曲面であるかを判別できるように撮影された写真ではない。

ウ また,被告は引用意匠の底面図の舌側面の形状によって,平面部(平坦部)の形状を認定しているが,審決が認定した「下辺には,倒略扁平「〔」状部の窪み部が形成されている。」という引用意匠の底面図の舌側面の形状は,前歯の人工歯においてはありふれた形状である(甲122の8,122の14,122の15)。このようなありふれた引用意匠の底面図の舌側面の形状によって,平面部(平坦部)の形状を特定した場合,引用部分の平面部(平坦部)の形状を特徴ある態様であると評価することはできない。

本願部分については,前記のとおり,背面図の左側にみられるハイライト部,左右側面図だけではなく3つの端面図によって特定される合計5か所のファセット面の位置及び底面図の色の濃淡が変化している部分によって,ファセット面の形状を明確に特定できるのに対し,引用部分については,これらの情報はなく,両意匠では平坦部を特定するための情報量には圧倒的な差があり,本願意匠からファセット(平坦部)の存在及び形状を特定できたとしても,引用意匠からは平坦部の存在及び形状は特定できない。

したがって,上記審決の認定には重大な誤りがある。

3  共通点の認定の誤り

(1)  共通点A(正面視の形状)について

審決は,共通点Aとして,正面視の形状が,①「右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し」,②「下辺は全体がやや右下がり状を呈している」と認定した。

しかし,前記原告の主張2(1)のとおり,引用部分の正面視右隅の形状は,「右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し」とは認定できない。一方,本願部分の切縁部の正面視右隅の形状はアールのついた形状であり,審決の認定どおり「右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し」た形状である。

また,前記原告の主張1(1)のとおり,本願部分の切縁部の下辺は,「全体がやや右下がり状を呈している」とは認定できない。一方,引用部分の切縁部の下辺は,審決の認定どおり「全体がやや右下がり状を呈している」形状である。

したがって,審決の上記共通点Aの認定は,相違点として認定されるべきものを共通点として認定したものであって,誤りである。

(2)  共通点D(背面視の平坦部の形状)について

審決は,共通点Dとして,「背面視すると,切縁部の舌側面に,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる輪郭形状の平坦部が,切縁部下辺にほぼ接して設けられている点」と認定した。

ア しかし,前記原告の主張2(4)のとおり,引用被告着色部分の形状を認識することはできないから,本願部分のファセット面(平坦部)の形状と,引用部分の平面部(平坦部)の形状とを対比することは不可能である。

イ 仮に,被告が主張するように,引用被告着色部分が,引用部分の平面部(平坦部)の輪郭形状を示しているとしても,前記原告の主張1(3)イのとおり,本願原告着色部分(ファセット部)の左側面側の高さは,右側面側の高さよりも明らかに高く,また,切縁部の下辺とファセット面の下辺との間には,はっきりと視認できる「間隔」があるのに対し,引用被告着色部分の左側面側と右側面側の高さはほぼ同じであり,また,切縁部の下辺とファセット面の下辺との間には間隔がないから,本願原告着色部分の輪郭形状と,引用被告着色部分の輪郭形状は,明確に相違している。

したがって,審決の共通点Dの認定は,誤りである。

4  類否判断の誤り

(1)  共通点の評価の誤り

審決は,①共通点Bの「左右側面視すると,舌側の辺に,傾斜する直線部が大部を占めている点」と,②共通点Dの「切縁部の舌側面に,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる輪郭形状の平坦部が,切縁部下辺にほぼ接して設けられている点」が類否判断に大きな影響を及ぼすと判断した。

しかし,①の点は,審決が認定する相違点b-1「直線部の長さを子細に観察すると,本願部分は,左側面図に現れる直線部の長さが,右側面図のそれよりも若干長いのに対して,引用部分は,左右側面図に現れる直線部の長さがほぼ同じである点」に埋没するものであり,共通点Bは,類否判断において大きな影響を与えるものではない。

また,②については,引用部分の平面部(平坦部)の形状を対比することは不可能であり,仮に,対比できるとしても形状が明確に相違しているから,共通点Dはそもそも共通点ではないことは前記のとおりである。

(2)  相違点の評価の誤りについて

ア 相違点a-1(正面視の凹凸面形状)について

審決は,相違点a-1については,「・・本願部分の凹凸の深さは僅かなものであり」と評価した。

しかし,同相違点は,明瞭に視認できる大きな相違点であるから,類否判断に強い影響を与えるものである。

この点,被告は,本願部分の凹凸面状の起伏は,部分意匠である本願意匠の特徴部分とは到底認定できないと主張するが,部分意匠であるからといって,特徴といえる形態(平坦部)と特徴といえない形態とに分けて,特徴といえない形態を実質的に無視して類否を判断するという手法は誤りであり,類否判断は,平坦部(ファセット部)とそれ以外の部分の形態とを総合的に観察して行うべきである。

イ 相違点a-2(切縁部の下端辺の略波状形状)について

審決は,相違点a-2については,「格別顕著な視覚効果を生じているとは言い難(い)」と評価した。

しかし,同相違点は,明瞭に視認できる大きな相違点である。また,本願部分の下端辺の正面視の形状(三つのやや山状の部分と二つのやや谷状の部分とが交互に現れる略波状形状を呈している。)は,本願意匠が「高齢者の歯,すなわち長年使用されて各部が磨耗した歯であることをイメージ」していることの一つの現れであるのに対し,引用部分の下端辺の正面視の形状(中央部分がほぼ直線)は,引用意匠が,「加齢により磨耗した歯ではなく,磨耗していない若年者の歯をイメージ」していることの一つの現れである。

切縁先端(下端辺)は,食物を切断するという前歯の役割の中心を担う部分であるため,切縁先端が略波状形状をしている否かは,明確な相違点であり,類否判断に強い影響を与えるものである。

ウ 相違点a-3(正面視右隅の形状)について

審決は,相違点a-3について,「子細に観察して認識できる程度の態様の差異であること」から,相違点aの,正面視についての各相違点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は,微弱である,と評価した。

しかし,相違点a-3は明瞭に視認できる大きな相違点である。また,本願部分の切縁部の正面視右隅の形状(アールのついた形状)は,本願意匠が「高齢者の歯,すなわち長年使用されて各部が磨耗した歯であることをイメージ」していることの一つの現れであるのに対し,引用部分の切縁部の正面視右隅の形状(前記原告の主張2(1)のとおり,角のある〔エッジが付いた〕形状)は,「加齢により磨耗した歯ではなく,磨耗していない若年者の歯をイメージ」していることの一つの現れである。

本願部分及び引用部分の右側は近心側であり,本願意匠及び引用意匠のような中切歯においては,歯列の中央に位置する部位である。したがって,切縁部の正面視右隅の形状がアールのついた形状をしている否かは,明確な相違点であり,類否判断に強い影響を与えるものである。

エ 相違点b-1(左右直線部の長さの相違)について

審決は,相違点b-1について,「本願部分の左右直線部の長さの相違は僅かなものであって,この点が,本願意匠の特徴ある態様とは到底言え(ない)」と評価した。

(ア) しかし,相違点b-1は明瞭に視認できる大きな相違点である。本願部分の切縁部の舌側面の平面部は,遠心側の平面部の縦方向の長さが近心側の平面部の縦方向の長さより長くなっているところ,これは本願意匠が「高齢者の歯,すなわち長年使用されて各部が磨耗した歯であることをイメージ」していることの一つの現れである。これに対して,開示されている側面図から認定できる範囲において,引用部分の切縁部の舌側面の平面部は遠心側と近心側の平面部の縦方向の長さが同じであり,これは引用意匠が,「加齢により磨耗した歯ではなく,磨耗していない若年者の歯をイメージ」していることの一つの現れである。

(イ) また,相違点b-1は,本願部分の平面部がファセット面として機能するものであるのに対して,引用部分の平面部はファセット面として機能するものではないことから生じる相違である。

すなわち,総義歯を作製する際の咬合調整においては,上顎中切歯の人工歯の咬合小面(対向する位置の人工歯と接触する面)の形状は,遠心側の咬合小面の縦方向の長さが近心側の咬合小面の長さよりも長くなるように調整される(甲8,9)。これは総義歯において理想的な上顎中切歯の人工歯と対向する位置の人工歯との噛み合わせが,このような形状において達成されるからである。本願意匠のような高齢者の歯を意識した上顎中切歯の人工歯においては,遠心側のファセット面の縦方向の長さは,近心側のファセット面の縦方向の長さよりも長いものであり,引用意匠のように遠心側と近心側のファセット面の縦方向の長さが同じであるようなことはありえない。したがって,遠心側と近心側の平面部の縦方向の長さが同じである引用部分の切縁部の舌側面の平面部は,「下顎歯と噛み合わせを予定した小さな平面部」ではないため,ファセット面であると需要者から認識されることはない。

よって,相違点b-1は,本願部分の平面部と,引用部分の平面部が,需要者からファセット面として認識されるか否かという点に関わる明確な相違点であり,類否判断に強い影響を与える。

オ 相違点b-2(切縁部先端の円弧状の半径)について

審決は,相違点b-2について,「両部分ともに,天然歯に由来するありふれた形状と認められることから,本願部分の切縁部の先端の形状が,格別特徴あるものとは言え(ない)」と評価した。

しかし,相違点b-2は明瞭に視認できる大きな相違点である。また,本願部分の切縁部の先端の側面視の形状がアールまたは丸みのついた形状であるのは,本願意匠が「高齢者の歯,すなわち長年使用されて各部が磨耗した歯であることをイメージ」していることの一つの現れであるのに対し,引用部分の切縁部の先端の側面視の形状が角のある(エッジが付いた)形状であるのは,引用意匠が,「加齢により磨耗した歯ではなく,磨耗していない若年者の歯をイメージ」していることの一つの現れである。

切縁部の先端は,食物を切断するという前歯の役割の中心を担う部分であるため,切縁部の先端がアールのついた形状をしている否かは,明確な相違点であり,類否判断に強い影響を与えるものである。

カ 相違点b-3(切縁部の舌側の直線部下端)について

審決は,相違点b-3について,「子細に観察して認識できる程度の態様の差異であることから,左右側面視についてのこれらの点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は,微弱である。」と評価した。

(ア) しかし,同相違点は明瞭に視認できる大きな相違点である。また,本願部分の舌側面の直線部は下端辺から離れた位置に設けられており,切縁部の先端には,エッジ部が存在しないことを示しているところ,これは本願意匠が「高齢者の歯,すなわち長年使用されて各部が摩耗した歯であることをイメージ」していることの一つの現れである。これに対して,開示されている側面図から認定できる範囲において,引用部分の舌側面の直線部は下端辺まで延びていて先端にエッジ部を形成している先端があり,両側面図にそれぞれエッジ部が見えるということは,切縁部の先端に所定の長さのエッジ部が形成されていることを意味するところ,これは引用意匠が「加齢により磨耗した歯ではなく,磨耗していない若年者の歯をイメージ」していることの一つの現れである。

(イ) また,相違点b-3は,本願部分の平面部がファセット面として機能するものであるのに対して,引用部分の平面部はファセット面として機能するものではないことから生じる相違である。

すなわち,総義歯を作製する際には,上顎中切歯の人工歯は対向する位置の人工歯と切縁部の舌側面でのみ接触し,下端辺の近傍では接触しないように,上顎中切歯の人工歯と対向する位置の人工歯との位置関係が調整される(甲8,9)。これは総義歯において理想的な上顎中切歯の人工歯と対向する位置の人工歯との噛合せが,このような位置関係において達成されるからである。上顎中切歯の人工歯において,ファセット面は磨耗して丸くなった下端辺から少し離れた位置に設けられるものであり,下端辺まで延びるようにファセット面を形成することはありえない。

また,上顎中切歯の人工歯の一般的な形状は,切縁部が先細りになっている。そのため,上顎中切歯の人工歯の厚みが最も薄くなる下端辺の近傍で対向する位置の人工歯と接触するような位置関係にしてしまうと,上顎中切歯の人工歯の切縁部が破損しやすくなるという問題が生じる。したがって,下端辺を含む位置に設けられた引用部分の舌側面の直線部は,「下顎歯と噛み合わせを予定した小さな平面部」によって形成されるものではないため,ファセット面であると需要者(歯科技工士や医師)から認識されることはない。

よって,相違点b-3は,明確な相違点であり,類否判断に強い影響を与えるものである。

キ 相違点c(底面視の凹凸面状及び略波状)について

審決は,相違点cについて,「その差異が,格別顕著な視覚効果を生じているとは言い難く,この点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は,微弱である。」と評価した。

しかし,同相違点は明瞭に視認できる大きな相違点であるから,類否判断に強い影響を与えるものである。

ク 相違点d-1(背面視左側のハイライト部)について

審決は,相違点d-1について,「(本願部分の)ハイライト部は,撮影時の照明の角度によってたまたま表れたものであって,創作者の意図によって積極的に白色部分を形成したものとは認められないことから,その差異が,格別顕著な視覚効果を生じているとは言い難く,」と評価した。

しかし,同相違点は明瞭に視認できる大きな相違点であるから,類否判断に強い影響を与えるものである。

ケ 相違点d-2(平坦部の左右の高さの違い)について

相違点d-2については,相違点b-1と同様の理由により,明確な相違点であり,類否判断に強い影響を与えるものである。

(3)  デザインコンセプトと主な用途の相違

本願意匠の特徴は,歯科技工士や歯科医師が総義歯を各患者用に調整するに際して,総義歯作製効率と調整効率を高めることを目的として切縁部にあらかじめファセット面を付与していることにある。ファセット面を付与した効果が最大限に発揮される用途は総義歯に用いる場合であり,本願意匠は,総義歯に用いることを主な用途として開発され,主な患者として想定しているのは,総義歯を使用する高齢者である。そのため,ファセット面以外の部分の形状も,略波状形状やアールのついた形状をしており,全体として磨耗が進んだ印象を生じさせるものである。

これに対し,引用意匠は,前記原告の主張4(2)エ,カのとおり,審決が認定する平坦部はファセット面として機能していない(相違点b-1,b-3)。切縁部の舌側面の平面部以外の形状としては,下端辺の中央部分がほぼ直線であり,切縁部の正面視右隅(引用意匠の正面図の左右を入れ替えた右隅)の形状及び切縁部の先端の側面視形状は角のある(エッジが付いた)形状である(相違点a-2,a-3,b-2)。そのため,引用意匠は全体としてシャープな磨耗が進んでいない印象を生じさせているところ,これは,引用意匠の人工歯を用いる主な患者として想定されているのが若年者であり,若々しい印象を生じさせるためのものである。相違点a-2,a-3,b-2における引用意匠の形状も,加齢により磨耗した天然歯のイメージではなく,生え出したままで一切磨耗していない仮想の天然歯のイメージで開発がされているものである。

また,引用部分の切縁部の先端が極めて先細りの形状をしていることも,引用意匠の人工歯を用いる主な患者として想定されているのが若年者であることを示している。引用部分は,そのような先細りの形状をしているため,非常に破損しやすい形状になっているところ,これは,食物を切断するために用いられる頻度が少なく,対向する位置の人工歯または天然歯と接触しないように用いられることを想定しているからである。すなわち,引用意匠の人工歯の主な用途は,高齢者の加齢による全ての天然歯の欠損を補うための本願意匠のような総義歯としての用途ではなく,若年者の事故等による部分的な少数の歯の欠損を補う場合の部分床義歯としての用途であり,まだ患者の口内に天然歯が多数残留している状態で用いることを想定している。このような状態で用いられる人工歯は,残留している天然歯により食物を切断する役割がなされることを前提としており,人工歯が食物を切断する役割を負うことはない。また,このような状態で用いられる人工歯は,総義歯のように口腔内において常に安定し,維持されるための設計よりも,残留している天然歯の形状との見た目のバランスに違和感が生じない形状とすることが優先される。そのため,総義歯に人工歯を用いる場合のような咬合調整は重要ではなく,引用意匠のような上顎中切歯の人工歯においては,対向する位置の天然歯又は人工歯とはなるべく接触しないように位置調整がなされている。

したがって,本願部分と引用部分とは,対象とする患者,主な用途,全体として生じさせる印象が異なり,この違いを人工歯の需要者である歯科技工士や歯科医師が看過することはあり得ない。そして,本願意匠の上記デザインコンセプトは,上記主張のとおり,本願意匠の各写真及び図面から読み取ることが可能である。

審決は,「仮に,本願の人工歯が高齢者の歯をイメージして創作されたものであるとすれば,本願部分のそれぞれ丸みを帯びた形状及び直線部下端が切縁部の先端部からやや離れているように看取される態様は,高齢者の天然歯に由来するありふれた形状ないし態様と言え,格別本願部分のみに見られる特徴ある形状ないし態様とは言い難い」とも判断した。しかし,天然歯の形状は,個人毎に異なるものであるから(甲121),個人の数だけ天然歯の形状があり,また,加齢によって,より個人差が大きくなるものであるのに,具体的な天然歯の形状を示すこともなく,近似する形状の天然歯が存在する可能性のみで,審決が本願意匠の形状を「高齢者の天然歯に由来するありふれた形状ないし態様」としたことは,客観的な資料に基づかない不合理な評価手法である。

(4)  まとめ

以上のとおり,各相違点が相まって生じる本願意匠の美感は,審決が認定した共通点から生じる引用意匠の美感を凌駕することは明らかである。したがって,両意匠が類似するとの審決の認定判断は誤っている。

第4被告の反論

1  本願部分の形態の認定の誤りについて

(1)  1-4(正面視の下辺の形状)の認定について

下図に示すとおり,本願部分の下辺を「下に凸の円弧状の形状」とするならば,下辺の中央やや右側の位置を屈折点として,左右両端が上方に向かって傾斜していたとしても,「下に凸の円弧状の形状」が全体としてやや右下がりとなることは明らかである。したがって,審決が,本願部分の下辺の形状を,「全体がやや右下がり状を呈し」とした点に誤りはない。

file_14.jpg(2)  2-3(右側面視の先端部角度)の認定について

下図に示すとおり,唇側面の円弧状の頂点部における接線と舌側面の直線状部分のなす角度を測れば,その角度は約82度である。したがって,審決が,本願部分の右側面視の形状を,「左辺と右辺の成す角度は,90度弱の鋭角であって」とした点に誤りはない。

file_15.jpg(3)  5-2(背面視の平坦部の形状)の認定について

ア 原告のいうところのファセット面,つまり平坦部の左端付近は,A-A線端面図及び左端付近にある短い略垂直太線状のややぼやけた白いハイライト部の存在により,その輪郭形状を認識することができるものの,B-B線端面図及びC-C線端面図において,各切断箇所の平坦部の形状は,下図に示すとおり,曲線状に表れているため,これらの端面図から各切断箇所における平坦部の上端及び下端の位置を特定することはできない。したがって,審決が,当該平坦部の左端付近を除く,その他の輪郭形状は,背面図において明確に認識できないとした点に,誤りはない。

file_16.jpgé y ‘ ay | ~ W . Were J Yesroen» Shins Dass: [x-asvame) = [p— Bam) = [~ cH)イ また,原告は,本願部分のファセット面の左側面側の高さは,右側面側の高さよりも明らかに高いと主張する。しかし,原告は,拡大して表示された図面をもって「明らかに高い」と主張しているところ,実際の人工歯においては高さの差異は僅かであって,言う程の大きな差ではなく,審決のように,「子細に観察すれば僅かに高い」と認定すべきである。

さらに,原告は,本願部分の切縁部の下辺とファセット面の下辺との間には,はっきりと視認できる「間隔」があると主張する。しかし,本願部分の平坦部は,B-B線端面図及びC-C線端面図において,曲線状に表れていることより,平坦部の下端の位置を特定することはできず,切縁部の下辺と平坦部の下辺との間に,「間隔」があるというほどの認定はできないし,仮に「間隔」があったとしても,僅かな隙間であるため,審決が,本願部分の平坦部は「切縁部下辺にほぼ接して設けられ」ていると認定した点に誤りはない。

2  引用部分の形態の認定の誤りについて

(1)  1-3(正面視の下辺右隅の形状)の認定について

原告は,引用部分の正面視右隅の形状は,角のある(エッジが付いた)形状であると主張する。しかし,そもそも人工歯においては,各角部にはエッジを設けず,なだらかに形成するものであるところ,引用意匠の底面図において,切縁部の正面視右隅部分の形状を確認してもエッジの存在は認められないから,審決が,該部位を「下辺までなだらかな略4分の1円弧状を呈し」とした点に,誤りはなく,切縁部右辺部分を,「切縁部の右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈し」とした点にも,誤りはない。

(2)  2-3(右側面視の先端部角度)の認定について

下図に示すとおり,唇側面の円弧状の頂点部における接線と舌側面の直線状部分のなす角度を測れば,その角度は約81度であるため,審決が,引用部分の右側面視の形状を,「左辺と右辺の成す角度は,90度弱の鋭角であって」とした点に誤りはない。

file_17.jpg(3)  2-4(右側面視の先端部形状)の認定について

下図に示すとおり,引用意匠の底面図において,切縁部の先端の形状を確認してもエッジの存在は認められず,切縁部の先端を,角のある形状であると認定することは,相当でない。

file_18.jpgまた,下図に示すとおり,引用部分の先端部は,引用部分の最大左右幅の約7分の1の半径(つまり,引用部分の最大左右幅の約7分の2の直径)の円弧状である。したがって,審決が,引用部分の切縁部の先端の形状を,「引用部分の最大左右幅の約7分の1の半径の円弧状を呈しており」とした点に,誤りはない。

file_19.jpg(4)  5-2(背面視の平坦部の形状)の認定について

ア 別紙4の「引用部分」の対比図に示すとおり,引用意匠の左右側面図の平坦部の部位には直線部分が明瞭に現れており,これに背面図及び底面図を合わせると,舌側面切縁部にやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる形状の平坦部が形成されていることが認定できる。

イ 原告は,左右側面図の舌側面側の直線部と対応している背面図の部分は,面ではなく,隆起部の頂上の稜線であり,左右側面図の直線部により特定できるのは,引用意匠の背面図における,右側面側及び左側面側の平面部(平坦部)の上端の位置と下端の位置程度であり,引用部分の平坦部の形状自体を特定することはできないと主張する。

しかし,引用意匠の底面図における該部位の形状を確認すると,平担な面として表わされている。したがって,引用部分には平坦部が存在し,その形状も各図面から認定することができるものであって,本願意匠との対比の関係から導きだしたものではないから,原告の主張は理由がない。

3  共通点の認定の誤りについて

(1)  共通点A(正面視の形状)について

上記被告2(1)の主張のとおり,引用部分の正面視右隅の形状は,右辺から下辺にかけて,略「J」の字状を呈したものであるから,審決の認定どおり,本願部分と引用部分の正面視右隅の形状は共通している。

また,上記被告の主張1(1)のとおり,本願部分の切縁部の下辺は,全体がやや右下がり状を呈しているものであるから,審決の認定どおり,本願部分と引用部分の切縁部の下辺も,「全体がやや右下がり状を呈している」もので共通している。

よって,審決の共通点Aの認定に誤りはない。

(2)  共通点D(背面視の平坦部の形状)について

前記被告の主張2(4)のとおり,引用意匠の左右側面図及び底面図から,引用部分の平坦部が引用被告着色部分のような形状であることは認定できるため,本願部分と引用部分の平坦部の形状を対比することは可能である。そして,本願部分と引用部分の平坦部の形状は,いずれも舌側面切縁部にやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる形状であって,両端部の高さについても取り立てて言う程の違いはなく,これを両意匠の共通点として認定することに誤りはないし,上記被告の主張1(3)のとおり,本願部分の切縁部の下辺と平坦部の下辺との間に「間隔」があると言うほどの認定はできず,仮にあったとしても,僅かな隙間であるため,本願部分の平坦部は,引用部分と同様に「切縁部下辺にほぼ接して設けられて」いるとした点に誤りはない。

よって,審決の共通点Dの認定には誤りはない。

4  類否判断の誤り

(1)  共通点の評価の誤り

共通点Bについては,舌側面に傾斜する直線部が大部を占めている共通点は,目につきやすい部位にあるものであるのに対し,相違点b-1は,子細に観察した際に判明する微差にすぎないものである。したがって,共通点Bが相違点b-1に埋没するという原告の主張は,失当である。

共通点Dについては,前記被告の主張2(4)のとおり,引用部分の平坦部が引用被告着色部分のような形状であることは認定できるため,本願部分及び引用部分の平坦部の形状を対比することは可能である。そして,本願部分と引用部分の平坦部の形状における相違は,両意匠の共通点に埋没する僅かなものにすぎない。

よって,審決の共通点の評価には誤りはない。

(2)  相違点の評価の誤りについて

ア 相違点a-1(正面視の凹凸面形状)について

本願部分の唇側面側全体に現れる山状及び谷状の僅かな起伏は,意匠登録を受けようとする部分とそれ以外の部分の境界線により,途中で分断され,まとまりのある創作の一単位とならないような態様で現されている。このため,該部位は,部分意匠である本願意匠の特徴部分とは到底認定できないものである。

したがって,人工歯全体あるいは人工歯の唇側面部分全体について意匠登録を受けようとする場合に,当該凹凸面形状が類否判断に強い影響を及ぼすことはあっても,部分意匠である本願部分においては,その凹凸面形状は意匠登録を受けようとする部分に一部が切り取られた形で現されたものであって,具体的な類否判断の対象となるものではなく,明確な相違点として大きく評価されることはない。

よって,相違点a-1は,本願意匠の主たる特徴とは言えず,この起伏の深さも僅かなものであるから,審決の評価に誤りはない。

イ 相違点a-2(切縁部の下端辺の略波状形状)について

まず,歯を損失,欠損する原因は,主に加齢によるものが多く,そもそも人工歯の主たるユーザーは高齢者が中心と考えられることから,「引用意匠は,加齢により磨耗した歯ではなく,磨耗していない若年者の歯をイメージしている」との原告の主張は,根拠が不明であり,失当である。

次に,本願部分と引用部分には,切縁部の下端辺が略波状形状をしているか否かの僅かな相違は認められるものの,切縁部の下端辺を略波状形状としたものは,その模倣の対象とする天然歯や先行する人工歯において既に存在し,普通に見られるものであるから,該部位の形状には新規な特徴がない。

また,部分意匠制度は,独創的で特徴ある物品の部分の創作を保護することを目的とするものであり,単に,物品全体の中のごく細部のほとんど特徴となり得ないような細かい形態についてまでが,保護の対象となるものではない。部分意匠だからといって,ことさら小さな部分における微差を過大評価し,両意匠は非類似と判断してしまうと,いたずらに小さな権利を量産することになり,特徴ある部分の創作を保護することにより意匠権の強化を図ろうとする部分意匠制度の趣旨を逸脱することとなる。したがって,相違点a-2のような違いがあるとしても,その部分は人工歯においてなんら新規な特徴を持つ部分とは認められない以上,格別顕著な視覚効果を生じているとは言い難く,審決の評価に誤りはない。

ウ 相違点a-3(正面視右隅の形状)について

引用意匠が若年者の歯をイメージしているとの原告の主張の根拠が不明であることは,前記イのとおりである。また,本願部分における切縁部の正面視右隅の形状は,ごく普通に見られるアールのついた形状であって,格別新規な特徴があるものとは言えず,部分意匠として特徴ある創作部分であるとは認めることはできないし,引用部分の切縁部の正面視右隅の形状も,アールのついた形状である上に,その形状の差異も詳細に観察して認識できる程度の態様の差異にすぎないものである。

したがって,審決の評価に誤りはない。

エ 相違点b-1(左右直線部の長さの相違)について

引用意匠が若年者の歯をイメージしているとの原告の主張の根拠が不明であることは,前記イのとおりである。また,切縁部の舌側面における平坦部の遠心側と近心側の平面部の縦方向の長さの違いにより,平坦部がファセット面か否か判明するとの点はともかくとして,現された形態が類似するか否かを評価する意匠の類否判断においては,本願部分の平坦部における左右直線部の縦方向の長さの相違は,僅かなものであって,平坦部のこの点を本願意匠の特徴ある態様とは到底言うことはできない。したがって,審決の評価に誤りはない。

オ 相違点b-2(切縁部先端の円弧状の半径)について

引用意匠が若年者の歯をイメージしているとの原告の主張の根拠が不明であることは,前記イのとおりである。また,切縁部の先端の形状は,天然歯に由来し,部分意匠として特徴ある創作の部分であるとは言えず,本願部分の切縁部の先端の形状もごく普通に見られるアールのついた形状であって,格別新規な特徴があるものとは認めることはできない。

また,本願部分及び引用部分の先端の形状は,曲率が相違するもののいずれもアールのついた形状である上に,その形状の差異も微差にすぎないものである。

したがって,本願部分及び引用部分の先端の形状に明確な相違点は認められず,審決の評価に誤りはない。

カ 相違点b-3(切縁部の舌側の直線部下端)について

引用意匠が若年者の歯をイメージしているとの原告の主張の根拠が不明であることは,前記イのとおりである。また,本願部分の平坦部は,B-B線端面図及びC-C線端面図において,曲線状に表されていることにより,その輪郭形状が明確ではなく,先端部からやや離れているように看取されるとしてもその隙間は僅かなものにすぎない。したがって,審決の評価に誤りはない。

キ 相違点c(底面視の凹凸面状及び略波状)について

本願部分の唇側面側全体に現れる山状及び谷状の僅かな起伏は,意匠登録を受けようとする部分とそれ以外の部分の境界線により,途中で分断され,創作の一単位とならないような態様で現されている。このため,該部位は,本願意匠(部分意匠)の特徴部分とは到底認定できないものである。

したがって,人工歯全体あるいは人工歯の前面部分全体について意匠登録を受けようとする場合に,当該凹凸面形状が類否判断に強い影響を及ぼすことはあっても,本願部分においては,その凹凸面形状は,意匠登録を受けようとする部分に一部が切り取られているのみで具体的な類否判断の対象となるものではなく,明瞭な相違点として大きく評価されることはない。

よって,唇側面側の切縁部における該部位は,本願意匠(部分意匠)の主たる特徴とは言えず,この起伏の深さも僅かなものであり,格別顕著な視覚効果を生じているとは言い難いから,審決の評価に誤りはない。

ク 相違点d-1(背面視左側のハイライト部の有無)について写真の撮影方法により容易に形成できるハイライト部の有無は,本願部分自体の形態ではないため,その存在が相違点として評価されるべきではないし,両意匠の類否判断に影響を与えるものでもない。

したがって,審決の評価に誤りはない。

ケ 相違点d-2(平坦部の左右の高さの違い)について

上記被告の主張エのとおり,平坦部の左右の高さは,子細に観察して認識できる程度の僅かな差異であるから,審決の評価に誤りはない。

(3)  デザインコンセプトと主な用途の相違について

引用意匠が若年者の歯をイメージしているとの原告の主張の根拠が不明であり,理由がないことは,前記(2)イのとおりである。原告が主張する本願意匠と引用意匠のデザインコンセプトや主な用途の違いは,本願の願書及び願書に添付された図面代用写真や,引用意匠の意匠公報からは把握できないものであり,かつ具体的な根拠を欠くものであって,本願意匠と引用意匠との類否判断に何ら影響を与えるものではない。

また,意匠権は,その形態がどのようなコンセプトや機能に基づいて創作されたものかを参酌することはあるものの,物品の形態がもたらす美感により,新たな創作に権利を付与するものであるから,現された形態が類似するか否かを評価する意匠の類否判断においては,実際に両意匠に表れる形態を純粋に評価すれば足りる。

したがって,創作当初のデザインコンセプトが相違したとしても,その創作の結果物である意匠において,本願意匠は,引用意匠と類似するものである。

さらに,原告は,審決が,「高齢者の天然歯に由来するありふれた形状ないし態様」と判断したことが不合理な評価手法であると主張する。しかし,人工歯の創作は,天然歯の形態を模倣することでなされるものであり,本願部分の切縁部に形成された平坦部も,上の歯と下の歯の咬み合わせによって摩耗することで生じる咬合小面を基にして形成されたにすぎないものである。このような,既に存在する天然歯の形状に基づいて創作されたことが明らかな本願部分の形状を,審決が,ありふれた形状ないし態様といえ,格別本願部分のみに見られる特徴ある形状ないし態様とはいい難い,と評価した点に,何ら誤りはない。

本願は人工歯の下方約1/4の範囲について意匠登録を受けようとする部分意匠の出願であり,本願の部分意匠としての主な特徴部分は,背面側に形成された平坦部に他ならない。したがって,平坦部以外の本願の特徴とはいえない形態については,評価の重みを低くとらえて類否判断することが,部分意匠として出願された本願についての正しい類否判断手法である。

そうすると,本願部分の平坦部と引用部分の平坦部は,その美感が共通するものであり,その他の部分における相違点は,類否判断にほとんど影響を与えるものでないとした審決は妥当なものであって,審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告の主張はいずれも理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  本願部分の形態の認定の誤りについて

(1)  1-4(正面視の下辺の形状)の認定について

原告は,本願部分の切縁部は,下辺の中央やや右側の位置を屈折点として,左右両端に向かい上方に傾斜しているから,「下辺は,全体がやや右下がり状を呈し(ている)」との審決の認定は誤りであると主張する。

しかし,本願部分の下辺が原告の主張するとおり曲線状の形状であるとしても,正面視した場合の下辺の左端の高さよりも右端の高さの方が低いことからすれば(被告の反論1(1)の図参照),下辺全体としてみたときには,下辺はやや右下がりとなっているということができるから,審決の上記認定が誤りであるとは認められない。したがって,原告の主張は理由がない。

(2)  2-3(右側面視の先端部角度)の認定について

原告は,本願部分の右側面視の左辺は曲線であるから,左辺と右辺の成す角度(先端部角度)を特定することはできず,仮に特定したとしても約60度程度であるから,これを90度弱と認定した審決は誤りであると主張する。

しかし,先端部を構成する一方の辺が曲線であるとしても,同曲線と円弧状の頂点部において直角に接する線と,他方の辺(直線)との間の角度を特定することは可能であり,審決は,厳密な先端部の角度ではなく,両辺同士の相互の位置関係を示すために,このようにして特定した角度を「先端部角度」と認定したものと解されるところ,そのようにして特定した本願部分の先端部角度は約82度であると認められるから(被告の反論1(2)の図参照),審決の認定が誤りであるとは認められない(なお,後記のとおり,引用部分の先端部角度もほぼ同様の角度であるから,審決が約82度の角度をもって,「約90度弱の鋭角」と評価したことが類否判断に影響を及ぼすものとは認められない。)。したがって,原告の主張は理由がない。

(3)  5-2(背面視の平坦部の形状)の認定について

ア 原告は,本願部分の舌側面の平坦部の左側部分(右側面側)だけではなく,中央付近及び右側部分(左側面側)の輪郭形状も,本願意匠の端面図,左右側面図及び底面図によって本願原告着色部分のとおり特定できるから,これらの輪郭形状を明確に認識できないとの審決の認定は誤りであると主張する。

しかし,そもそも,本願原告着色部分は,原告が審判時に提出した本願意匠の背面図に参考として記入した形状にすぎず(甲7の1・2),本願意匠の背面図自体からは,本願部分の舌側面の中央付近及び右側(左側面側)に,本願原告着色部分のような形状をしている平坦部(背面視で平面状の部分)が存在することは看取できない。そして,本願意匠の左側面図及び右側面図によれば,それぞれの舌面側の一部に側面視で直線状の部分があること,A-A線端面図によれば,背面からみて左側部分の端面の舌面側にも,短い直線状の部分があることが認められるものの,B-B線端面図及びC-C線端面図には,これを子細に看ても,明確な直線状の部分があるとは認められない。したがって,これらの図面によっても,本願部分の背面の中央付近及び右側の平坦部の形状は明確ではない。もっとも,本願意匠の底面図によれば,本願部分の全高の下端から略3分の1よりも下の高さの範囲には光の濃淡がある部分があり,そのうち,概ね,下図1-4(原告の主張1(3)の図1-4と同じ)の右側の図のピンク色の着色部分に相当する部分が,他の部分よりも白っぽく映っていること(ただし,同図の左端から右端方向へ向かうにつれて白っぽい部分と他の部分との境界は徐々にぼやけていっており,特に右端部分では,ピンク色の着色部分のような輪郭となっていることまで明確に読み取ることはできない。)が認められるから,同白っぽい部分の形状及び上記左側面視で直線状の部分の存在を併せ考慮すれば,本願部分の背面の右側(底面図の左側)にも,概ね,やや肉厚の皿の立ち上がり部分の断面形状のような平坦部が存在し,これと連続して,中央付近にも帯状(やや肉厚の皿の平面部分の断面形状)の平坦部が存在することを認めることができる。

file_20.jpg図1-4

しかし,上記底面図は,本願部分全体を底面側から撮影した写真であるから,上記平坦部の正確な奥行(切縁部から歯頸部方向へ向けての長さ)は不明であるし,左側面図から看取される側面視で直線状の部分は,上記平坦部内の線であると推認されるが,その正確な位置を特定することは困難である上,同線のみによっては背面の右側の平坦部全体の形状は特定できない。また,そもそも,上記のとおりB-B線端面図及びC-C線端面図には明確な直線状の部分は認められないことからすれば,背面部中央付近及び右側の平面部の表面は,クリアカットな面ではなく,少なくとも一部においては周囲の面との境界が明確ではない,緩やかな曲面であると認められる(本願意匠の背面図においても,右側は,切縁部から本願部分の上端までほぼ同一の色合いとなっており,原告の主張する本願原告着色部分とそれ以外の部分とで陰影の変化等は生じていないことからすれば,平坦部とそれ以外の部分との境界線上で,明確な高さの変化は生じていないことが窺われる。)。そうすると,本願意匠の背面図,左右側面図,端面図及び底面図によっても,本願部分の背面の平坦部の中央付近及び右側部分(左側面側)の明確な輪郭形状は不明であり,これらの部分が本願原告着色部分のとおりの輪郭形状であるとまでは特定できないというべきである。

したがって,この点についての審決の認定に誤りがあるとは認められず,原告の主張は理由がない。

イ 原告は,本願原告着色部分のとおり,本願部分の唇面側の平坦部の右側の高さは左側の高さよりも明らかに高く,また,平坦部と切縁部下辺との間には「間隔」があるから,「(右側の方が)僅かに高い」,「(平坦部が)切縁部下辺にほぼ接して」設けられている,との審決の認定は誤っているなどと主張する。

この点,本願部分の左側面図の直線状の部分は右側面図の直線状の部分よりも長く,底面図から見ても,平坦部の右側の方が奥行がある様子がうかがえることからすれば,平坦部の右側の高さ(切縁部から歯頸方向への長さ)の方が左側の高さよりも高いものと推認することができる。しかし,上記アのとおり,左右側面図の直線状の部分の平坦部内の位置を正確に特定することは困難であり,平坦部の右側の輪郭形状が本願原告着色部分のとおりであるとまで特定することができないことからすれば,平坦部の左右の高さの違いの程度が明確であるとはいえないし,左側面図の直線状の部分と右側面図の直線状の部分の差から推認される左右平坦部の高さの違いは,平坦部全体の高さと比べれば相対的に小さいものであるといえるから,右側の高さが左側の高さより「僅かに高い」と評価した審決の認定が誤っているとは認められない。

また,本願部分の平坦部の中央付近及び右側部分が本願原告着色部分のとおりの輪郭形状をしているとまで特定できないことは上記アのとおりであり,同輪郭形状を前提として本願部分の切縁部の下辺と平坦部の下辺との間の「間隔」の存在を認定することはできない。そして,少なくとも本願意匠の背面図の左側の略垂直状のハイライト部分(平坦部の左側の輪郭形状を示していると認められる。)は,切縁部にほぼ接しているように看取されること,右側面視した場合の先端部の円弧状部分に連接する直線部下端も先端からやや離れているようにしか看取されず(審決の本願部分の形態の認定2-4),左側面視した場合の先端部の円弧状部分に連接する直線部下端やA-A線端面図から視た場合の先端部の円弧状部分に連接する直線部下端も同様であり,B-B線端面図やC-C線端面図では平坦部に当たる曲面と下端部に当たる曲面との明確な区別もできないことからすれば,平坦部は,少なくともその一部においては切縁部とほぼ接する位置に設けられているものと推認されるから,「ほぼ接して設けられている」との審決の認定に誤りがあるとは認められない。

2  引用部分の形態の認定の誤りについて

(1)  1-3(正面視の下辺右隅の形状)の認定について

原告は,引用部分の正面視右隅の形状は,円弧状ではなく,角のある(エッジが付いた)形状であると主張する。

しかし,引用意匠の正面図及び背面図(いずれも左右反転図)を見ても,正面視下辺右隅はなだらかな円弧状となっており,正面視の形状に「角」があると認めることはできないから,審決の認定が誤りであるとは認められない。

(2)  2-3(右側面視の先端部角度)の認定について

原告は,引用部分の右側面視の左辺は曲線であるから,左辺と右辺の成す角度(先端部角度)を特定することは困難であり,審決の認定は誤りであると主張する。

しかし,前記1(2)のとおり,先端部を構成する一方の辺が曲線であるとしても,円弧状の頂点部において同曲線と直角に接する線と,他方の辺(直線)との間の角度を特定することは可能であり,審決は,両辺同士の相互の位置関係を示すために,このようにして特定した角度を「先端部角度」と認定したものと解されるところ,同認定が誤りであるとは認められない(なお,被告の主張によっても,このようにして特定した引用部分の正確な先端部角度は81度であるが,前記1(2)のとおり,これは本願部分の先端部角度とほぼ同様の角度であるから,審決がこれを「約90度弱」と評価した点が類否判断に影響を及ぼすものとは認められない。)。したがって,原告の主張は理由がない。

(3)  2-4(右側面視の先端部形状)の認定について

原告は,引用部分の切縁部の先端の形状は,円弧状ではなく,角のある(エッジが付いた)形状であると主張する。

確かに,引用意匠の右側面図によれば,右辺(舌側)の直線部下端は,先端部にほぼ接しているように看取されるが(審決の引用部分の形態の認定2-4),同図自体から,引用部分の切縁部の先端に,明確な角がある(エッジが付いた形状である)ことまでは看取できないし,別紙5の引用意匠の底面図と左右側面図との対比のとおり,底面図のほぼ中央に位置する略水平線状のハイライト部が,ほぼ左右側面図の先端部に位置すると認められるところ(同図上の下側の水平な青い補助線参照),同ハイライト部は,ある程度の幅がある線として現れていることをも考慮すれば,右側面視される切縁部の先端の形状が角のある(エッジが付いた)形状であるとは認められず,審決の認定が誤りであると認められない。

(4)  5-2(背面視の平坦部の形状)の認定について

原告は,引用意匠の左右側面図から特定できるのは,引用部分の背面における,左右側面側の平面部(平坦部)の上端の位置と下端の位置程度であり,引用意匠のいずれの図面からも,引用被告着色部分の形状は認定できないと主張する。

確かに,引用意匠の左右側面図によれば,それぞれの舌面側の一部に側面視で直線状の部分があることが認められるだけであるから,引用部分の背面に平坦部があることや,その形状は認定できない(なお,審決が相違点d-3について「引用部分は,全体の輪郭形状を明確に認識できない」と認定しているとおり,審決においても,引用被告着色部分は,平坦部のおおよその形状を示すものであって,厳密な形状を示すものとして認定されているものではない。)。しかし,一方,引用意匠の底面図によれば,底面図のほぼ中央に看取される略水平線状のハイライト部の下部(底面視で,舌側面の領域)に,下辺が倒略扁平「〔」状に窪み,中央付近が帯状で,左右に,略左右対称状で中央付近よりも上下の幅が広い皿の立ち上がりの断面形状のような領域があり,同領域内はほぼ同一の光沢度合い(光の反射の程度が同じ)であること(ただし,上記ハイライト部は,左右の端ではぼやけており,上記左右の領域の光沢度合も,周辺では徐々にぼやけているため,上記領域の左端及び右端の境界線や正確な形状は不明である。)が認められる。そして,前記(3)のとおり,上記ハイライト部は,ほぼ引用部分の先端部に位置すると認められるところ,別紙5の引用意匠の左右側面図と底面図との対比のとおり,左右側面図から看取される直線部の上端と下端は,それぞれ,上記中央付近が帯状で,左右が略対称状の領域内に存し,概ねその上端と下端に相当すると認められるから(底面図と左右側面図とを通る水平な二本の青色の補助線参照),仮に上記各直線部が稜線であるのであれば,底面図の上記領域内には,稜線の部分に,ハイライトが生じると考えられるところ,そのようなハイライトは看取されない。そうすると,左右側面図から看取される直線部は,その左右に異なる角度の平面が存する「稜線」ではなく,連続した高さの平面状の部分(平坦部)内にあり,同平坦部は,これと同一の光沢度合い(光の反射度合い)となっている帯状の中央付近の部分とも連なっていると推認するのが相当であるから,底面図及び左右側面図を併せ考慮すれば,引用部分の背面にも,切縁部下部にほぼ接して,概ね中央付近が帯状で,左右に略左右対称状で中央付近よりも上下の幅が広い皿の立ち上がりの断面形状のような平坦部(全体としてみると,略左右対称状のやや肉厚の浅い皿の断面形状を想起させる形状の平坦部)が設けられているものと認められる。

したがって,引用部分の背面に,引用被告着色部分のような形状の平坦部が設けられているとの審決の認定が誤りであるとは認められない。

なお,原告は,引用意匠の底面図の舌側面の形状は前歯の人工歯においてはありふれた形状であり,これを根拠として平面部の形状を特定した場合,引用部分の平坦部の形状を特徴ある態様であると評価することはできないと主張する。しかし,原告が指摘する公知の人工歯の意匠(甲122の8,122の14,122の15)は,いずれも左右側面図において直線部が看取されず,したがって,そもそも背面に平坦部が存するとは認められない意匠であるから,引用部分の底面図に表れた形状が,これらの意匠の底面図に表れた形状と類似しているとしても(なお,これらの公知の人工歯は,底面図からみたときの先端部の位置も,引用部分とは異なり唇面側にあり,甲122の14・15の意匠については,倒略扁平「〔」状の窪みの具体的形態も異なる。),引用部分の背面の形状が,これらの公知意匠と同様のありふれた形状であるということはできない。したがって,原告の主張は理由がない。

3  共通点の認定の誤りについて

(1)  原告は,本願部分及び引用部分の形態についての審決の認定には前記原告の主張1(1),2(1)のとおりの誤りがあることを前提として,共通点Aの認定が誤っていると主張する。しかし,これらの形態の認定が誤っているとは認められないことは,前記1(1),2(1)で判断したとおりであるから,共通点Aの認定が誤りであるとは認められない。

(2)  原告は,引用部分及び本願部分の形態についての審決の認定に前記原告の主張2(4),1(3)イのとおりの誤りがあることを前提として,共通点Dの認定が誤っていると主張する。しかし,これらの形態の認定が誤っているとは認められないことは,前記2(4),1(3)イで判断したとおりであるから,共通点Dの認定が誤りであるとは認められない。

4  類比判断の誤りについて

(1)  共通点の評価の誤りについて

原告は,①共通点Bは,相違点b-1に埋没し,類否判断に大きな影響を与えない,②共通点Dはそもそも共通点ではないと主張する。

しかし,②の主張に理由がないことは,前記3(2)で判断したとおりである。

また,①の主張については,切縁部下辺の背面に平坦部が設けられており(共通点D),そのため,左右側面視をしたときの舌側の辺に,傾斜する直線部が大部を占めている点(共通点B)は,引用意匠の出願前の公知の人工歯の意匠には見受けられない(原告も争っていない。),本願部分と引用部分の特徴ある態様であり,したがって,人工歯の需要者である歯科医等であれば,特に注目する部分であるといえること,本願部分と引用部分の左右側面視において,直線部が舌面側の辺に占める割合は大きく,本願部分と引用部分の各背面に存在する本願原告着色部分と引用被告着色部分が占める割合も大きいことからすれば,共通点D及びこれに起因する共通点Bが需要者に与える影響は大きいというべきであり,両意匠に共通する美感を強く生じさせているものといえる。これに対し,本願部分の左右側面視したときの直線部の長さの違い(審決の形態の認定2-3,3-2によれば,それぞれ,全高の約2分の1と全高の約5分の4の高さ)は,これが舌面側の辺全体において占める割合は大きいものとはいえないことからすれば(なお,本願部分を左側面視したときには,直線部の中央やや上方寄りの後方にわずかな突出部が目に入ることにより,視覚的にも側面視での直線部の長さの違いが大きく目を惹く態様となっていない。),共通点Bが相違点b-1に埋没するものであるとは認められない。

(2)  相違点の評価の誤りについて

ア 相違点a-2,a-3,b-1,b-2,b-3について

原告は,上記各相違点は,明確に視認できる大きな相違点であり,特に,相違点a-2(切縁部の下端辺の略波状形状),a-3(正面視右隅の形状),b-1(左右直線部の長さの相違),b-2(切縁部先端の円弧状の半径),b-3(切縁部の舌側の直線部下端)は,本願意匠が「高齢者の歯,すなわち長年使用されて各部が磨耗した歯であることをイメージ」しているのに対し,引用意匠が「生え出したままで一切磨耗していない仮想の天然歯のイメージ」で開発がされていることの現れであり,本願意匠と引用意匠とは,対象とする患者,主な用途,人工歯の需要者に対して全体として生じさせる印象が異なると主張する。

しかし,引用意匠も,意匠に係る物品を「総義歯,部分床義歯又はインプラント」において用いられる人工歯とするものであるところ,一般的に,高齢者の歯の形態の特徴が原告の主張するようなものであることや,引用意匠がこれとは異なり若者の歯の形態の特徴を備えており,したがって若年者を主な患者として想定していることを認めるに足りる証拠はなく,上記各相違点から,原告の主張するようなイメージの差や用途の差が生じるとは認められない。

そして,相違点b-1の左右直線部の長さの相違が,舌面側の辺全体において占める割合は大きいものとはいえず,目を惹くものとなっていないことは前記(1)のとおりであるし,相違点a-2(切縁部の下端辺の略波状形状),a-3(正面視右隅の形状)も,本願部分と引用部分との視覚的な差異は極めて小さく,原告の主張する人工歯の部位等の特徴を考慮しても,前記(1)の各共通点が需要者に強く生じさせる共通する美感を超えて,需要者の目を惹くものとは認められない。また,相違点b-2,b-3については,確かに,これらの相違点により,本願部分の先端部の方が,引用部分の先端部よりもやや丸みを帯びた印象を与え,引用部分の先端部の方がややシャープな印象を与えているということができるが,引用部分の先端がエッジを備えているとまでは認められないことは前記2(3)のとおりであるから,その丸みの程度の差は大きいとはいえないし,本願部分と引用部分の唇側と舌側の両辺がなす先端部角度(両辺の位置関係)自体はほぼ同じであることとも相まって,相違点b-2,b-3が,前記のとおりの共通点B,Dが与える両意匠の共通の印象を凌駕し,全体として看者に対して,異なる印象を与えるとまでは認められない。

イ 相違点b-1,b-3,d-2について

原告は,相違点b-1(左右直線部の長さの相違),d-2(平坦部の左右の高さの違い)の相違は,平面部の遠心側の縦方向の長さ(高さ)が近心側の長さ(高さ)より長い(高い)かどうかの違いを意味し,また相違点b-3(切縁部の舌側の直線部下端)の相違は,平坦部が切縁では接触しないような位置に設けられているかどうかの違いを意味し,これらは,平面部が需要者からファセット面として認識されるか否かという明確な違いを生じさせるものであるから,類否判断に強い影響を与えるとも主張する。

しかし,相違点b-1,d-2については,そもそも本願部分の平坦部の左右の高さの違いの程度も明確ではなく,相対的には僅かであることは前記1(3)イのとおりであるし,引用部分の左右側面視の直線状の部分はほぼ同じ「長さ」ではあるものの,別紙5の引用意匠の左右側面図と背面図との対比によれば,右側面図(遠心側の面。左右反転すれば,本願部分の左側面図に相当する。)の直線状の部分の上端の位置の方が,左側面図の直線状の部分の上端の位置よりもやや高いことが看取できることからすれば(同別紙の左右側面図及び背面図の水平の青色の補助線参照),これらの各直線状の部分の平坦部内の正確な位置を特定することはできないため平坦部の左右いずれの方が高いとまでは認定できないものの,左右側面視の直線状の部分がほぼ同じ「長さ」であることをもって,看者が引用部分の平坦部はファセット面ではないと認識するとまでは認められない。

また,相違点b-3についても,そもそも本願部分も平坦部全部が下端辺と明確に間隔が空いているとまでは認められないことは前記1(3)イのとおりであるし,引用部分の平坦部の全体形状が明確ではないことからすれば,左右側面視で見える直線状の部分が切縁部にほぼ接しているように看取されることをもって,看者が引用部分の平坦部はファセット面ではないと認識するとも認められない。

したがって,相違点b-1,b-3,d-2によっても,前記のとおりの共通点B,Dが与える両意匠の共通の印象を凌駕し,全体として看者に対して,異なる印象を与えるとまでは認められない。

ウ 相違点a-1(正面視の凹凸面形状),c(底面視の凹凸面状及び略波状)について

原告は,正面視及び底面視から看取される唇側面の凹凸面形状の有無は,明瞭に視認できる大きな相違点であると主張する。しかし,本願意匠が,人工歯の切縁部付近に関する部分意匠であることにかんがみると,本願部分と引用部分の全体を総合して類否を判断する手法を採っても,需要者の注意を強く惹くのは,当該部分意匠の範囲内で全体として一つの意匠的なまとまりを形成する部分であるというべきである。そして,本願部分の唇側面の凹凸面形状は,その全体意匠においては,正面視で切縁部から歯頸部までの長さの約2分の1以上にわたっているところ(甲150),本願部分は,そのうち約2分の1程度(歯全体の下方約4分の1)の範囲のみの切縁部付近を対象とした部分意匠であるから,凹凸面形状は1つの意匠的なまとまりを形成しているものとはいい難く,本願部分を看た需要者の注意を強く惹く部分とはいえない。

したがって,相違点a-1,cが,前記のとおりの共通点B,Dが与える両意匠の共通の美感を凌駕し,全体として看者に対して異なる印象を与えるものとは認められない。

エ 相違点d-1(背面視左側のハイライト部の有無)について

本願意匠は,人工歯に係る意匠であるところ,背面視左側のハイライト部は,当該人工歯自体に付された色や模様ではなく,写真撮影の際の光の具合により,写真上において生じたにすぎないものと解されるから,ハイライト部の有無自体をもって,本願部分と引用部分との間に相違点が存するということはできない。よって,相違点d-1によって,類否判断が左右されないとの審決の判断に誤りがあるとは認められない。

オ 上記アないしエの相違点を総合して考慮しても,これらが,本願部分及び引用部分の前記各共通点が需要者に対して与える強い共通感を覆し,異なる印象を生じさせるものとは認められない。

したがって,審決の相違点の評価及び類否判断が誤っているとの原告の主張を採用することはできず,審決に取り消すべき事由があるとは認められない。

5  結論

以上のとおり,原告の取消事由の主張にはいずれも理由がなく,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設楽隆一 裁判官 大寄麻代 裁判官 平田晃史)

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