知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10283号 判決 2014年11月27日
原告
日本信号株式会社
訴訟代理人弁理士
阿部美次郎
被告
特許庁長官
指定代理人
藤井昇
同
田村嘉章
同
井上茂夫
同
堀内仁子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2013-2423号事件について平成25年9月3日にした審決を取り消す。
第2前提事実
1 特許庁における手続の経緯等(争いがない。)
原告は,発明の名称を「車上/地上間情報伝送装置」とする発明につき,平成20年6月11日を出願日とする特許出願(特願2008-153252号。以下,「本願」という。)をし,平成24年9月3日に特許請求の範囲について補正をするなどしたが(以下「拒絶査定前補正」という。),平成24年11月5日付けで拒絶査定を受けたため,平成25年2月7日付けで拒絶査定に対する不服の審判(不服2013-2423号)を請求するとともに,同日付けの手続補正書により,特許請求の範囲についての補正を行った(以下「本件補正」という。甲1,2,8,10)。
特許庁は,平成25年9月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年9月18日,原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載(甲2)
(1) 本件補正前の本願の特許請求の範囲(請求項の数は4である。)の請求項1の記載は,以下のとおりである(甲10。以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。また,本願の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)。
「【請求項1】
少なくとも1つの連続するループアンテナを含む車上/地上間情報伝送装置であって,
前記ループアンテナは,複数nのアンテナ部分を有し,車両の走行路に沿って敷設されており,
前記複数nのアンテナ部分の少なくとも1つは,
コイル状であって,ループ敷設長さ方向の一端部に設けられており,
前記走行路の異なる位置において,車上側に対して,他のアンテナ部分とは異なる受信レベルを生じさせ,前記異なる受信レベルのそれぞれを論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いる,
車上/地上間情報伝送装置。」
(2) 本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(甲2。以下,「本願補正発明」という。なお,下線を付した範囲が本件補正による補正部分である。)。
「【請求項1】
少なくとも1つの連続するループアンテナを含む車上/地上間情報伝送装置であって,
前記ループアンテナは,複数nのアンテナ部分を有し,車両の走行路に沿って敷設されており,
前記複数nのアンテナ部分の少なくとも1つは,
前記ループアンテナの一部をターンさせたコイル状であって,ループ敷設長さ方向の一端部に設けられており,
前記走行路の異なる位置において,車上側に対して,他のアンテナ部分とは異なる受信レベルを生じさせ,前記異なる受信レベルのそれぞれを論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いる,
車上/地上間情報伝送装置。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本願補正発明は,本願出願前に頒布された特開2007-237762号公報(甲3。以下「引用例1」といい,そこに記載された発明を「引用発明」という。),引用例1に記載された示唆,特開2000-114852号公報(甲5。以下「引用例3」という。)に例示される慣用手段,特開平10-264817号公報(甲4。以下「引用例2」という。)に例示される周知の事項及び常套手段に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって,特許法29条2項により特許を受けることができないものであるから,本件補正は,特許法17条の2第6項,126条7項に反し,同法159条1項,53条1項の規定により却下する,②本願発明も,本願補正発明と同様の理由から当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
審決が認定した引用発明の内容,本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。
(1) 引用発明の内容
「少なくとも1つのループコイル5を介して車上装置3と情報を授受する情報送受信装置6と車上アンテナ12及び車上装置3であって,
前記ループコイル5は,複数の制御情報を送信又は列車情報を受信する各ループコイル5a,5b,5c及び各ループコイル5a,5b,5c以外の部分を有し,レール4に沿って敷設されており,
前記複数の各ループコイル5a,5b,5c及びループコイル5の各ループコイル5a,5b,5c以外の部分の内のループコイル5bは,
3ターンしたコイルであって,定位置停止領域に設けられており,
前記レール4に沿って定位置停止領域と定位置停止領域でない領域において,車上アンテナ12及び車上装置3の受信レベル測定部8に対して,他の各ループコイル5a,5c及びループコイル5の各ループコイル5a,5b,5c以外の部分とは異なる受信レベルを生じさせ,前記異なる受信レベルにより,列車の位置が定位置停止領域か否かを判定する車上装置3の列車位置判定部9を含む,
ループコイル5を介して車上装置3と情報を授受する情報送受信装置6と車上アンテナ12及び車上装置3。」
(2) 一致点
「少なくとも1つのループアンテナを含む車上/地上間情報伝送装置であって,
前記ループアンテナは,複数nのアンテナ部分を有し,車両の走行路に沿って敷設されており,
前記複数nのアンテナ部分の少なくとも1つは,
ターンさせたコイル状であって,ループ敷設長さ方向の所定箇所に設けられており,
前記走行路の異なる位置において,車上側に対して,他のアンテナ部分とは異なる受信レベルを生じさせ,前記異なる受信レベルのそれぞれを,情報として用いる,
車上/地上間情報伝送装置。」である点。
(3) 相違点
<相違点1>
「ループアンテナが,本願補正発明では,「連続する」のに対し,引用発明では,接続点があるか否か特定されていない点,及び,複数nのアンテナ部分の少なくとも1つに関して,本願補正発明では,「ループアンテナの一部をターンさせた」コイル状であるのに対して,引用発明では,「ターンさせたコイル状」ではあるものの,それ以上の特定はなされていない点。」
<相違点2>
「複数nのアンテナ部分の少なくとも1つは,ループ敷設長さ方向の所定箇所に設けられていることに関して,「所定箇所」が,本願補正発明では,「一端部」であるのに対して,引用発明では,「定位置停止領域」である点。 」
<相違点3>
「異なる受信レベルのそれぞれを,情報として用いることに関して,本願補正発明では,「論理値『0』又は『1』に対応させ,論理情報」として用いるのに対して,引用発明では,列車の位置が定位置停止領域か否かを判定するものの,それ以上の特定はなされていない点。」
第3原告主張の取消事由
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)
審決は,引用発明の「ターンさせたコイル状」とした「ループアンテナのアンテナ部分」に引用例3の慣用手段を適用して,相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が適宜なし得たものと判断したが,以下のとおり誤りである。
(1) 引用例3は,「携帯無線機用アンテナ」を開示するものであって,本願発明の「車上/地上間情報伝送装置」におけるループアンテナとでは,国際分類も異なり,技術分野が全く異なるから,慣用手段とはいえず,これを引用発明に適用することはできない。
(2) また,引用発明の「ターンさせたコイル状」とした「ループアンテナのアンテナ部分」は,地上装置を構成し,車両の走行路に沿って敷設され,互いに別々のアンテナ部分として,個別的に動作するところ,引用例3は,「ターンさせたコイル状」にしてある二つの部分が,一つの正方形ループアンテナを構成し,正方形ループアンテナの一部として動作するものであるから,引用発明に,引用例3を適用しても,引用発明の各ループを,「ターンさせたコイル状」にしてある二つの部分を有する一つの正方形ループアンテナによって置き換えた構造になるに過ぎない。
(3) さらに,引用例1に開示されている技術思想は,「ループコイルを複数設置するかわりに,一つのループコイルの内部に,複数のループ(5a,5b,5c)を設けることにより,それぞれに異なる車上誘起電圧を発生させる」点にとどまり,そこからさらに踏み込んで「そのループ(5a,5b,5c)を簡単な手法によって設けるには如何にすべきか」については,全く示唆されていない。
(4) 加えて,引用例1の明細書等の記載(【0015】並びに図1及び図4)からすれば,所定間隔を隔てて設けられる複数のループ(5a,5b,5c)は,平行2線のループコイル5の間に,互いに電気的に並列になるように接続したものと解されるところ,引用例3はループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状とするものであるから電気的に直列に接続するものであって,引用例3の考え方を引用例1に持ち込む余地はない。
(5) なお,被告は,「ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすること」が慣用手段であることの証拠として,特開昭54-7968号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)及び特公昭44-12281号公報(乙2。以下「乙2公報」という。)を提出するが,これらの文献は,審査・審判手続において,一度も審理の対象とされたことがなく,従前から周知技術として示されていた引用例3を実質的に変更するものであるから,本件訴訟において,乙1公報及び乙2公報を新たに証拠として提出することはできない。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)
審決は,複数の閉塞区間の列車進入側の境界部分(一端部)に,列車の進入を検出するためのループを敷設することは,引用例2に例示されるように本願の出願前に周知の事項であったと判断した。
しかし,引用例2に記載されていても,列車の進入を検出するため,境界部分にループを敷設することが,本願の出願前に周知の事項であったということはできない。
また,引用例2においては,境界部分に設けられるCHループ10及びCHループ20は,ATCループ30から独立しているから,列車の位置と走行方向を検出する定点領域(必要な箇所)にループコイルを設けるという引用例1に記載の示唆に基づいて,引用例2を適用したとしても,ループコイルから独立した状態で,CHループ10及びCHループ20を付加することになるに過ぎず,相違点2に係る構成を想到することはできない。
3 取消事由3(相違点3の判断の誤り)
審決は,「得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いるようにすることは当業者にとっては常套手段にすぎない。」とした。
しかし,引用発明には,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いることは一切記載がなく,また車上/地上間情報伝送装置において,そのような処理が常套手段であるという根拠はない。
また,引用例1の技術思想は,車両の到達位置情報を,受信レベル差により,スポット的に単純に判定するにとどまるのに対し,本願補正発明は,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いることにより,「その論理値の配列により,入線番号情報,カーブ情報及び勾配情報を,地上側から車上側に与える」ことができるのであるから,車両の到達位置情報をスポット的に単純判定する引用例1の開示内容から,本願補正発明の得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いることという相違点3に係る構成を導くことはできない。
4 取消事由4(手続違背)
引用例3は,審査・審判手続において,一度も審理の対象とされたことがなかったにもかかわらず,審決の基礎として用いられた。引用例3は,本願補正発明及び引用発明の属する車両位置検知技術の分野においては,慣用手段といえるものではなく,審判手続において,審判請求人(原告)に対し,拒絶の理由を通知し,意見書を提出する機会を与えるべきであったにもかかわらず,その機会を付与しなかったのであるから,審決には手続違背があり,この手続違背は審決の結論に影響を及ぼすものである。
被告は,特許法17条の2第1項4号に係る補正(審判請求時の補正)については拒絶理由を通知することを必要としないと主張する。しかし,「複数nのアンテナ部分の少なくとも1つは,ループアンテナの一部をターンさせた」コイル状であることは,拒絶査定前補正における特許請求の範囲の請求項2に記載されており,請求項1に「前記複数nのアンテナ部分の少なくとも一つはコイル状」であると記載されているのであるから,特許請求の範囲の記載として見る限り,上記事項は,審判請求時の補正により新たに追加された事項ではない。審決は,請求項1及び2の技術的に重複する一つの発明特定事項について,引用例1及び2から容易想到であるとした拒絶査定の理由とは異なり,引用例1及び3から容易想到であるという結論を導いたのであるから,意見書を提出する機会を与えるべきである。なお,被告は,拒絶査定と審決の理由は,いずれもループアンテナをターンさせることは当業者が適宜なし得るというもので実質的に異ならない旨主張するが,仮にそうであれば引用例3を引用する必要はない。
以上によれば,審決には,手続違背があり,取り消されるべきである。
第4被告の反論
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)に対し
(1) 原告は,引用例3の技術分野と引用発明の技術分野が異なるから,これらを組み合わせることはできないと主張する。しかし,審決は,「ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすること」が慣用手段であることを示すために,引用例3を例示したものにすぎず,このような技術が慣用手段であることは,「車上/地上間情報伝送装置」の技術分野に属する文献である乙1公報及び乙2公報からも裏付けられる。また,いずれにしても,引用例3と本願補正発明のアンテナは,「通信用のループアンテナ」である点で共通するものである。
なお,乙1公報及び乙2公報は,「ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすること」が,ループアンテナに係る技術分野において本願出願前に慣用されていることを示したにすぎないから,引用例3に関わる技術事項を変更するものではない。
したがって,原告の主張は理由がない。
(2) また,原告は,引用発明に引用例3を適用しても,相違点1に係る構成とならない旨主張する。しかし,引用発明のループコイル5は,複数のターンさせたコイル状のアンテナ部分であるループ5a,5b,5cを有するループアンテナであるから,引用発明の「ターンさせたコイル状」とした「ループアンテナのアンテナ部分」の具体化手段として,ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にする引用例3(甲5)に例示された慣用手段を採用すれば,相違点1に係る構成となるのであって,これを採用することは,当業者にとって何ら困難性はないから理由がない。
(3) さらに,原告は,引用発明は,複数のループ(5a,5b,5c)を平行2線のループコイル5の間に並列的に設置している旨主張する。しかし,機器装置の設置性,簡素化及びコスト削減等の観点に鑑みれば,引用例1(甲3)の図1,図4のものは,そもそもループ5a,5b,5cをループコイルに電気的に直列に設けたものと解するのが自然であるから,その前提を欠く。
(4) したがって,相違点1の判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)に対し
引用発明の各ループ5a~5cは,少なくとも列車の位置検出を目的として,レールに沿って敷設されたループコイル5のループ敷設長さ方向の範囲内に設けられるものであって,その設定位置は特に制限されていない。
そして,引用発明におけるループをループ敷設長さ方向の「一端部」に配置することは,引用例2に例示される周知の事項(複数の閉塞区間の列車進入側の境界部分(一端部)で列車の進入を検出するためにループを敷設すること)に接した当業者にとって何ら困難なことではない。
なお,ある技術が周知であるか否かは,単にその技術を記載した刊行物の数のみによって決まるものではなく,複数の閉塞区間の列車進入側の境界部分(一端部)で列車の進入を検出するためにループを敷設することは,乙2公報,特開昭52-35015号(以下「乙3公報」という。)及び特開平8-244614号公報(乙4)のとおり,周知の事項である。
したがって,相違点2の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点3の判断の誤り)に対し
車上/地上間情報伝送装置において,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いること(論理値の配列として扱うことを含む。)は,極めてよく知られた技術である(乙1,5ないし7)。
また,本願補正発明は,「異なる受信レベルのそれぞれを論理値『0』又は『1』に対応させ,論理情報として用いる」としているのであって,「論理値の配列」として用いることは特定していないから,車両の到達位置情報をスポット的に単純判定するものを含んでおり,「その論理値の配列により,入線番号情報,カーブ情報及び勾配情報を,地上側から車上側に与える」との機能は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
したがって相違点3の判断に誤りはない。
4 取消事由4(手続違背)に対し
(1) 原告は,本件補正により,発明を特定するために必要な事項である「コイル状」を「ループアンテナの一部をターンさせたコイル状」と,限定して補正したところ,その意図は,「ループアンテナの一部をターンさせたコイル状」とすることによって,複数nのアンテナ部分を有し「連続する」ループアンテナについて,複数nのアンテナ部分の少なくとも一つはループアンテナの一部をターンさせたもので,別途作成したループを接続したものではないものに限定することであった。
そこで,審決は,本件補正によって新たに生じた本願補正発明の発明特定事項を相違点1として認定し,当該技術は,一般的なループアンテナの技術分野において本願出願前に慣用された技術であると判断して,その慣用技術を示す一例として引用例3を用いたものである。
(2) 審決は,特許法17条の2第1項4号に係る補正(審判請求時の補正)であって上記のように特許請求の範囲の減縮を目的としていると認められる本件補正について,独立特許要件に反するとして却下したものであるところ(同法159条1項,53条1項,17条の2第1項4号,17条の2第6項,126条7項),この場合には,拒絶理由を通知することを必要としない(同法159条2項後段,50条ただし書,17条の2第1項4号)。
(3) 以上によれば,審決は,特許法上,拒絶理由を通知する必要はない手続である本件補正について,当業者が当然知り得る慣用技術を例示するにすぎないことから改めて拒絶理由を通知しなかったものであり,手続違背はない。
(4) なお,原告は,「複数nのアンテナ部分の少なくとも1つは,ループアンテナの一部をターンさせた」コイル状であることは,拒絶査定前補正における特許請求の範囲の請求項2に記載されていた旨主張する。しかし,本件補正は,本件拒絶査定前補正における請求項1を削除して請求項2を請求項1に繰り上げたものではなく,構成の同一性もない上,いずれにしても,拒絶査定と審決の理由は,ループアンテナをターンさせることは当業者が適宜なし得るというもので実質的に異ならないから,原告の主張は理由がない。
第5当裁判所の判断
1 本願補正発明,引用発明について
(1) 本願補正発明の要旨
本願明細書(甲10)によれば,本願補正発明は,モノレールや,新交通システムなどにおいて適用される車上/地上間情報伝送装置に関するもので(【0001】),従来技術については,地上側から車上側に車両位置を報知する構成,車両側で自己の車両位置を検知する構成などが挙げられるが,地上子を使う必要があったり,構成が複雑化したりするなどの課題があった(【0003】【0006】【0008】)。本願補正発明は,少なくとも一つの連続するループアンテナを含み,そのループアンテナは,複数nのアンテナ部分を有して車両の走行路に沿って敷設され,複数nのアンテナ部分の少なくとも一つは走行路の異なる位置において,車上側に対して他のアンテナ部分とは異なる受信レベルを生じさせるという構成をとることで,車上側における受信レベルの変化から当該車両が特定の地点に位置することを検知したり,異なる受信レベルをそれぞれ論理値「0」,「1」に対応させて論理情報として用いたりすることができるものであって(【0011】ないし【0014】),地上子を用いることなく,ループアンテナとして用いられるケーブル線をコイル化するという簡単な手法によって,車両位置情報及び他の情報を車上側に送信したり,送受信レベルを容易に設定し又は変更したりすることができるという効果が生じるものである(【0009】【0010】【0017】【0020】)。
(2) 引用発明について
ア 引用例1には,次のとおりの記載がある(甲3。図1及び4については,別紙引用例1図面目録参照)。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
地上装置と列車に搭載した車上装置及び車上アンテナを有し,
前記地上装置は,所定の区間でレールに沿ってレール間に敷設したループコイルと,ループコイルを介して列車と情報を授受する情報送受信装置を有し,前記ループコイルは巻き数が異なる複数のループが所定間隔を隔てて設けられ,
前記車上装置は,送受信部と受信レベル測定部及び列車位置判定部を有し,前記送受信部は,前記車上アンテナを介して列車情報を前記ループコイルに送信するとともに前記情報送受信装置から前記ループコイルを介して送られる制御情報を受信し,前記受信レベル測定部は前記ループコイルを介して送られる制御情報を前記車上アンテナで受信しているときに前記車上アンテナに生じる誘起電圧を測定し,前記列車位置判定部は前記受信レベル測定部で測定している前記車上アンテナの誘起電圧により列車の位置を判定することを特徴とする情報伝送装置。」
「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,地上と列車の間で情報を授受する情報伝送装置,特に列車を定位置に停止させるときの停止位置検出精度の向上に関するものである。」
「【発明が解決しようとする課題】」
「【0007】
この発明は,・・・簡単な構成で列車の位置を列車及び列車と地上の両方で精度良く判定することができる情報伝送装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明の情報伝送装置は,地上装置と列車に搭載した車上装置及び車上アンテナを有し,地上装置は,所定の区間でレールに沿ってレール間に敷設したループコイルと,ループコイルを介して列車と情報を授受する情報送受信装置を有し,ループコイルは巻き数が異なる複数のループが所定間隔を隔てて設けられ,車上装置は,送受信部と受信レベル測定部及び列車位置判定部を有し,送受信部は,車上アンテナを介して列車情報をループコイルに送信するとともに情報送受信装置からループコイルを介して送られる制御情報を受信し,受信レベル測定部はループコイルを介して送られる制御情報を車上アンテナで受信しているときに車上アンテナに生じる誘起電圧を測定し,列車位置判定部は受信レベル測定部で測定している車上アンテナの誘起電圧により列車の位置を判定することを特徴とする。」
「【発明の効果】
【0011】
この発明は,所定の区間でレールに沿ってレール間に巻き数が異なる複数のループを有するループコイルを敷設し,各ループから送信される制御情報を車上アンテナで受信しているときに車上アンテナに生じる誘起電圧の変化を検出して列車の位置を判定することにより,簡単な構成で列車の位置を高精度に制御することができる。」
「【0013】
さらに,車上アンテナから送られる列車情報をループコイルで受信しているときにループコイルに生じる誘起電圧の変化を検出して列車の位置を判定することにより,地上でも列車の停止位置を高精度に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
図1はこの発明の情報伝送装置の構成を示すブロック図である。情報伝送装置は、列車1を駅の定位置停止領域に停止させるものであり、地上装置2と列車1に搭載された車上装置3を有する。
【0015】
地上装置2は、定位置停止領域を含む所定の区間でレール4に沿ってレール4間に敷設したループコイル5と、ループコイル5を介して車上装置3と情報を授受する情報送受信装置6を有する。ループコイル5は定位置停止領域とその前後の所定の領域に、巻き数が異なる複数のループ、例えば3つのループ5a,5b,5cが所定間隔を隔てて設けられている。この3つのループ5a,5b,5cの巻き数は、ループコイル5のループ5a,5b,5c以外の部分が1ターンの場合、例えばループ5aは2ターン、ループ5bは3ターン、ループ5cは4ターンになっており、ループ5bは定位置停止領域に設けられている。」
「【0023】
前記説明では車上装置3で列車1の停止位置を検出する場合について説明したが、図4のブロック図に示すように、地上の情報送受信装置6に、情報処理部13と送受信部14と受信レベル測定部15及び列車位置判定部16を設け、車上装置13の送受信部7から車上アンテナ12を介して送信される列車情報をループコイル5のループ5a,5b,5c以外の部分で受信したとき及びループ5a,5b,5cで受信したときの受信レベルの変化を受信レベル測定部15で測定して列車位置判定部16で列車1の位置を判定するようにしても良い。このようにして情報送受信装置6でも列車の停止位置を高精度に判定することができる。
【0024】
また,前記説明では駅の定位置停止領域を含む近傍にループコイル5を設けた場合について説明したが,駅の定位置停止領域以外で列車の位置と走行方向を検出する定点領域にループコイル5を設けても良い。」
イ 上記記載からすれば,引用発明は,地上と列車の間で情報を授受する情報伝送装置,特に列車を定位置に停止させるときの停止位置検出精度の向上に関するもので(【0001】),簡単な構成で列車の位置を列車及び列車と地上の両方で精度良く判定することができる情報伝送装置を提供することを目的としている(【0007】)。引用発明によれば,所定の区間でレールに沿ってレール間に巻き数が異なる複数のループを有するループコイルを敷設することで,各ループから送信される制御情報を車上アンテナで受信しているときに車上アンテナに生じる誘起電圧の変化を検出して車上側で列車の位置を高精度に判定したり,車上アンテナから送られる列車情報をループコイルで受信しているときにループコイルに生じる誘起電圧の変化を検出して地上側で列車の位置を高精度に判定したりすることができ,これらによって列車の停止位置を高精度に制御することができる(【0008】【0011】【0013】)。
2 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について
(1) 引用例3及び乙1公報で開示されている技術について
ア 引用例3について
(ア) 引用例3には,次のとおりの記載がある(甲5)。
「【発明の名称】 ループアンテナ」
「【要約】
【課題】 本発明は、従来の小形ループアンテナが入力 VSWR 特性の狭帯域性能に起因して、所定の周波数帯域において複数の周波数チャネルを用いるシステムの携帯無線機に使用できない問題を解決するためになされたもので、インピーダンス整合特性(入力 VSWR の帯域特性)などの性能を劣化させることなく小形化して携帯無線機に使用可能なループアンテナを提供することを目的とする。
【解決手段】 長さが約 N 波長(ここで N は整数)の導体をループ状に形成すると共に所要部に給電手段を備えたループアンテナであって、前記ループ状導体の所定部をコイル状に構成することにより、前記ループ状導体により囲まれる面積が小さくなるように小形化したことを特徴とするループアンテナである。」
(イ) 上記記載によれば,引用例3には,ループアンテナのループ状導体の所定部をコイル状に構成することによって,携帯無線機に使用可能な小型のループアンテナを提供するという技術が開示されており,これを実現する際,ループアンテナを連続した単一の部材(線状導体)から構成することも開示されている。
イ 乙 1 公報について
(ア) 乙1公報には,次のとおりの記載がある(乙1。第2図については,別紙乙 1 公報図面目録参照)。
「発明の名称 移動体位置検知用誘導無線線路」
「発明の詳細な説明
本発明は移動体の位置を誘導無線を用いて地上側で検知する方式において使用される誘導無線線路に関するものである。」(1頁左下段17行目~20行目)
「1本の導線でコイルループを形成し,誘電線を構成でき,各ピッチの異なる誘導線群の帰線を共通に出来るので,布設工事も簡単になる。」(2頁左上欄14~16行目)
「第2図の実施例において移動体100に搭載されている送信機111およびアンテナ121より送信された信号は,誘導無線線路で受信され,2本の対導線のうち1本を基準ピッチ毎にコイルループに形成してある基準回線200の受信信号位相と,2本の対導線のうち1本を各ピッチ毎にコイルループに形成してある各位置検知線20,21―――2nにおける受信信号位相を比較し,同位相であれば2進数の“1”に対応させ,異位相であれば2進数の“0”に対応させることにより,コイルピッチPごとの位相を表現できる。」(2頁左上欄19行目~右上欄9行目)
「従来の交差形誘導線に比し,本発明のコイルループ形誘導線は,コイルループの巻数を変えられるので,状況に応じた受信感度にすることができる。」(2頁左下欄14行目~17行目)
(イ) 上記によれば,乙1公報には,移動体位置検知用誘導無線線路に関する技術分野において,ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすることで敷設工事が簡単になるとともに,コイルループの巻数を変えることで状況に応じた受信感度にすることができるという技術が開示されている。また,併せて,車上/地上間情報伝送装置において,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いることが記載されている。
(2) 相違点1の判断について
ア 審決は,引用発明の「ターンさせたコイル状」とした「ループアンテナのアンテナ部分」に引用例3の慣用手段を適用して,相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が適宜なし得たものと判断した。これに対し,原告は,引用例3は技術分野が全く異なるから,これを引用発明に適用することはできない,引用発明に,引用例3を適用しても,引用発明の各ループを,「ターンさせたコイル状」にしてある二つの部分を有する一つの正方形ループアンテナによって置き換えた構造になるに過ぎないと主張する。
確かに,前記1(2)認定のとおり,引用発明は,手段としてループアンテナを用いてはいるものの,その課題は列車の位置を精度よく判定することであって,属する技術分野は,専ら,運輸,鉄道交通に関するものであると認められる。一方,前記(1)ア認定のとおり,引用例3は,携帯無線機に使用可能な小型のループアンテナを提供することを目的とするもので,属する技術分野は,専ら,電気,空中線(アンテナ)に関するものであると認められるから,両者の技術分野は異なるというべきである。
しかし,審決は,「ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすることは,引用例3に例示されるように本願の出願前において慣用されている。」と摘示しており,「ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすること」が慣用手段であることの例として引用例3を用いたにすぎず,引用発明に引用例3を適用したわけではない。そして,移動体の位置を検知する分野においても,昭和44年に刊行された乙2公報(第2図)に,ループアンテナの一部をターンさせて一巻きのコイル状にする状態が記載され,前記(1)イ認定のとおり,昭和54年に刊行された乙1公報によれば,ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にするということが行われていることからすると,約29年経過した本願の出願当時,当業者であれば,これを技術常識として認識していると認めることができる。
そうすると,当業者であれば,引用発明に一本の導線をターンさせてコイル化するという慣用手段を用いることで,相違点1に係る構成に容易に想到することができたというべきである。
したがって,審決が慣用手段の例として引用例3を用いたとしても,そのこと自体は審決の結論を左右するものではなく,取消事由1は理由がない。
イ 原告の主張について
(ア) 引用例1に開示されている技術思想は,「ループコイルを複数設置するかわりに,一つのループコイルの内部に,複数のループ(5a,5b,5c)を設けることにより,それぞれに異なる車上誘起電圧を発生させる」点にとどまり,そこからさらに踏み込んで「そのループ(5a,5b,5c)を簡単な手法によって設けるには如何にすべきか」については,全く示唆されていないと主張する。
しかし,前記判示したとおり,複数のループを設ける手段としては,ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすることが慣用手段として用いられてきたと認められるから,引用発明に,複数のループを設ける手段が記載されていないことは,前記認定判断を左右しない。
したがって,原告の主張は理由がない。
(イ) また,原告は,引用例1の記載(【0015】並びに図1及び図4)からすれば,所定間隔を隔てて設けられる複数のループ(5a,5b,5c)は,平行2線のループコイル5の間に,互いに電気的に並列になるように接続したものと解されるから,電気的に直列に接続する考え方を引用発明に持ち込む余地はないと主張する。
しかし,引用例1の【0015】には電気的に直列か並列かを示す記載はない。また,引用例1の図1及び図4は,情報伝送装置の構成を示すブロック図にすぎず,電気回路図でもないから,これらは複数のループが電気的に直列であるか並列であるかを明らかにするものではない。
したがって,原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。
(ウ) さらに,原告は,乙1公報及び乙2公報については,審査・審判手続において,一度も審理の対象とされたことがなく,従前から周知技術として示されていた引用例3を実質的に変更するものであるから,本件訴訟において,新たに証拠として提出することはできない旨主張する。
しかし,乙1公報及び乙2公報は,「ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすること」が慣用手段であるという本願の出願当時における当業者の技術常識を立証するために提出されたものであって,審査・審判手続において一度も審理の対象とされていなくとも,これを用いて,当該技術常識を認定することは許されるというべきである。
したがって,原告の主張は理由がない。
(3) 小括
以上によれば,取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
(1) 引用例2,乙2公報及び乙3公報について
ア 引用例2には,次のとおりの記載がある(甲4。図1については別紙引用例2図面目録参照)
「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,新交通システムに対応した列車検知装置に関し,特に,列車を連続的に検知する列車検知装置に関する。」
「【0009】【発明の実施の形態】以下,本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。図1は,本実施形態の列車検知装置の構成を示すブロック図である・・・図1において,本列車検知装置は,地上側の構成として,複数の閉塞区間(ここでは1つの閉塞区間Tを代表して説明する)の列車進入側の境界部分に進入側短小ループとしてのCHループ10が敷設され,閉塞区間Tの列車進出側の境界部分に隣接する進出側短小ループとしてのCHループ20が敷設され,また,閉塞区間T全体(進入側境界部分から進出側境界部分まで)にわたってATCループ30が敷設される。・・・」
イ 乙2公報には,次のとおりの記載がある(乙2。第2図については別紙乙2公報図面目録参照)。
「この発明は鉄道,自動車道のような移動体通路を移動体制御のため,適当な距離区間に区分し,そのうちの特定区間を移動体上(以下,車上という)で確実に検出する移動体通路の特定区間検出方式に関するものであります。」(1頁左欄35行目~右欄1行目)」
「第2図は車上で検出すべき特定区間Pを特に図示したものであります。移動体通路Yは境界線R1およびR2ではさまれた部分で,区間O,P,Qなどに分割されているものとし,区間Pを車上で検出する場合について述べます。区間Oには移動体通路Yに添張された疎結合部Liならびに区間OおよびPの境界(以下,この地点を区間Oの脱出端という。)に進入信号の密結合部Li’を設け,かつ区間Pの脱出端には脱出信号の結合部Loを設けます。」(1頁右欄26行目~35行目)
ウ 乙3公報には,次のとおりの記載がある(乙3)。
「1 発明の名称
列車検知方式
2 特許請求の範囲
列車の走行路に沿って閉そく区間ごとに区間長に亘る如きループアンテナと区間の境界ごとに短小のループアンテナとを布設し,地上において2種の周波数の信号を閉そく区間ごとに交互となる如く前記区間長に亘るアンテナに送信し,列車上の前頭部および後尾部に設けた装置により前記2種の信号を受信選別して閉そく区間の境界を通過の際,所定の時間信号を発生させ,この信号を上記短小アンテナで受信して前記所定の時間自動的に列車を検知することを特徴とする列車検知方式。」(1頁左下欄2行目~15行目)
エ 上記アないしウによれば,いずれも本願の出願前に刊行された引用例2,乙2公報及び乙3公報においては,いずれも,複数の閉塞区間の列車進入側の境界部分(一端部)で,地上側で列車の進入を検出するためにループを敷設していることが認められる。
(2) 相違点2の判断について
ア 審決は,複数の閉塞区間の列車進入側の境界部分(一端部)に列車の進入を検出するためにループを敷設することは,引用例2に例示されるように本願の出願前において周知の事項にすぎないと判断した。これに対し,原告は,列車の進入を検出するために境界部分にループを敷設することは本願の出願前において周知の事項ということはできないと主張する。
しかし,前記(1)で認定した事実によれば,車両の位置を検知するという技術分野においては,列車の進入を検知するために,複数の閉塞区間の列車進入側の境界部分にループを敷設することは,本願の出願当時において,当業者にとって周知の事項であったと認められる。
したがって,原告の主張は理由がない。
イ また,原告は,引用発明に引用例2を適用したとしても,ループコイルから独立した状態で,CHループ10及びCHループ20を付加することになるに過ぎないと主張する。
しかし,前記1(2)のとおり,引用例1の記載によれば,引用発明の複数のループ5a~5cは,敷設されたループコイル5の一端部から他端部の範囲内のいずれの位置でも設け得るものであって,列車の位置と走行方向を検出する定点領域にループコイルを設けることにより,列車の位置等を検出すること(【0024】)も記載されている。このような引用発明に,複数の閉塞区間の列車進入側の境界部分(一端部)に列車の進入を検出するためにループを敷設するという周知の事項を適用すれば,相違点2に係る構成に容易に想到することができるというべきである。
したがって,原告の主張は理由がない。
(3) 以上によれば,取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(相違点3の判断の誤り)について
(1) 特開昭52-94155号公報(乙5。以下「乙5公報」という。)について
ア 乙5公報には,次のとおりの記載がある(乙5。第3図(A)及び(C)については別紙乙5公報図面目録参照)。
「1 発明の名称 走行体の位置検知方法」
「第3図は・・・2線式誘導線を3組走行路に沿つた同一平面上に設け,絶対位置の検出精度を高めたものである。まず第3図(A)において3組の2線式誘導線1’,1”,1”’はすべて同一の線間隔D0を有し・・・ている。
7a,7b,7cはそれぞれ周波数fa,fb,fcに同調した扁平ループコイルで,それぞれの誘導線に沿つた幅がl1,2l1,4l1であるとする。さて誘導線路を長さl1毎に等分した②~⑧の各区間においてはこの誘導線に沿って移動する走行体に設けられ誘導線1’,1”,1”’のそれぞれに結合する3個のピックアップコイルまたはすべての誘導線に結合する1個の幅がl1より狭いピックアップコイル(共に図示省略)の合成検出出力は第3図(C)の表のように変化することは第2図の説明からも推定できる。ただしこの表の“0”はピックアップコイルの出力レベルに急増点がないこと,“1”は急増点が検出されることを示し,走行体ではループの合成出力からfa,fb,fcのそれぞれの周波数選択回路によって各周波数毎のレベル急増の有無を検出することができる。またこの表から明らかなように各周波数毎の検出の有無は2進法の順に列べられるのでコードコンバータ,表示器などを用いればその地点①~⑧の順に番地として表示を行わせることもできる。」(2頁右下欄5行目~3頁左上欄12行目)
イ 上記記載によれば,乙5公報には,車上/地上間情報伝送装置において,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いるようにすることが開示されている。
(2) 相違点3の判断について
ア 審決は,「得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いるようにすることは当業者にとっては常套手段にすぎない。」とした。これに対し,原告は,引用発明には,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いることは一切記載がなく,また車上/地上間情報伝送装置において,そのような処理が常套手段であるという根拠はないと主張する。
しかし,前記2(1)及び4(1)のとおり,乙1公報及び乙5公報によれば,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いることが常套手段であることは明らかであって,このことは,車上/地上間情報伝送装置の分野においても異なることはなく,当業者であれば,引用発明に上記常套手段を採用し,相違点3に係る構成に容易に想到することができると認められる。
したがって,原告の主張は理由がない。
イ また,原告は,本願補正発明は,得られた信号を論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いることにより,「その論理値の配列により,入線番号情報,カーブ情報及び勾配情報を,地上側から車上側に与える」ことができるのであるから,車両の到達位置情報をスポット的に単純判定する引用例1の開示内容から,相違点3に係る構成を導くことはできないと主張する。
しかし,本願補正発明は,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1については,「異なる受信レベルのそれぞれを論理値「0」又は「1」に対応させ,論理情報として用いる」と記載されているにすぎず,論理情報として用いる情報については限定されていないのであるから,引用発明の位置情報に関して上記常套手段を用いた構成は,相違点3に係る構成と認められる。
したがって,原告の主張は理由がない。
(3) 小括
以上によれば,取消事由3は理由がない。
5 取消事由4(手続違背)について
原告は,引用例3は,審査・審判手続において,一度も審理の対象とされたことがなかったにもかかわらず,審決の基礎として用いられたことから,審決には手続違背がある旨主張する。
しかし,審決は,本願補正発明に関する相違点1の判断において引用例3を用いたところ,相違点1は原告が審判請求と同時に本件補正をしたために生じたものであるから,特許法上,拒絶理由を通知することを要求されるものではない(特許法159条2項後段,50条ただし書,17条の2第1項4号)。また,実質的に見ても,引用例3は,「ループアンテナを連続した単一の部材から構成し,ループアンテナの単一の部材からなる部分をターンさせてコイル状にすること」という技術常識を示す例として用いられたものにすぎず,当業者であれば上記技術常識を当然認識し得るものであるから,特に引用例3を摘示する必要はなかったものということができる。そうすると,審決において,引用例3を例示として用いたことは,原告の反論の機会を実質的に奪ったものと評価することはできない。
したがって,原告の主張は理由がない。
6 まとめ
以上のとおり,原告主張の取消事由にはいずれも理由がない。本願補正発明は,引用発明並びに慣用手段,周知の事項及び常套手段に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって,特許法29条2項により特許を受けることができないものであるから,本件補正は,特許法17条の2第6項,126条7項に反し,同法159条1項,53条1項の規定により却下するとした審決の判断に誤りはない。また,本願発明も,本願補正発明と同様の理由から当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないとした審決の判断にも誤りはない。
第6結論
よって,原告の請求は理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 設楽隆一 裁判官 大寄麻代 裁判官 平田晃史)
file_2.jpg別紙