知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10297号 判決 2014年10月29日
原告
X
訴訟代理人弁理士
鮫島信重
被告
特許庁長官
指定代理人
渡邊真
同
二ツ谷裕子
同
千葉成就
同
窪田治彦
同
根岸克弘
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2012-25338号事件について平成25年9月30日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成23年6月25日,発明の名称を「超小型節電冷暖房装置」とする特許出願(請求項数1。特願2011-141270号。以下「本願」という。)をした(甲13)。
特許庁は,平成24年8月7日付けで拒絶理由を通知し(以下「本件拒絶理由通知書」という。甲5),原告は,同年9月27日付け手続補正書により,本願の願書に添付した特許請求の範囲及び明細書(甲13)の補正をした(請求項数1。甲7)。
特許庁は,平成24年10月31日付けで拒絶査定をしたため(甲8),原告は,同年12月21日,これに対する不服の審判を請求するとともに(甲9),同日付け手続補正書により特許請求の範囲及び明細書の補正をした(以下「本件補正」という。請求項数1。甲10)。
(2) 特許庁は,これを不服2012-25338号事件として審理し,平成25年9月30日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年10月19日,原告に送達された。
(3) 原告は,平成25年11月5日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件補正前(平成24年9月27日付け手続補正書(甲7)による補正後のもの。以下同じ。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。
以下,本件補正前の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,その明細書(甲7,13)を,図面を含めて「本願明細書」という。
「【請求項1】
ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,前記二つの流れは冷気と暖気となり,これらを同時に且つ別々に得ることを特徴とする超小型節電冷暖房装置。」
(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部は補正箇所である。甲10)。以下,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願補正発明」という。
「【請求項1】
ファンの回転軸の軸方向に直接冷熱素子を設け,前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,前記二つの流れは冷気と暖気となり,これらを同時に且つ別々に得ることを特徴とする超小型節電冷暖房装置。」
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件補正のうち,特許請求の範囲についてする事項は,特許請求の範囲の減縮,請求項の削除,誤記の訂正,又は明りょうでない記載の釈明のいずれをも目的とするものとは認められないから,本件補正を却下し,②本願発明は,本願の出願日前に頒布された刊行物である特表2008-533414号公報(以下「引用例」という。甲1)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本願は拒絶すべきものであり,③念のため本願補正発明についても検討すると,引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,進歩性を有するものとはいえない,というものである。
(2) 本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。),本願発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明
「外気を吸引しうる入口開口部を備えた頂端部を有し,かつ上方部分および下方部分,並びに底端部を有し,さらに前記底端部の近くに,低温出口および高温出口を有するハウジングと,
前記ハウジングの上方部分に取り付けられ,前記入口開口部を通して外気を吸引し,ハウジングの下方部分内に空気を流入させるブロワーと,
下方部分内に取り付けられ,前記ハウジングの底端部まで延び,前記ハウジングの高温側と低温側との間にシールされた壁を形成する熱電気デバイスとを備え,
上記ブロワーは,軸方向翼タイプであり,ブロワーモータと,多数のインペラーブレードを有し,
上記熱電気デバイスは,1対の薄い金属製ベースプレートの間に挟持されるペルチエ効果モジュールであり,
上記インペラーブレードの回転軸の軸方向に上記熱電気デバイスが設けられ,
前記外気は,ヒートポンプ内に吸引され,低温側で冷却され,熱は,高温側まで移動し,冷却された空気は,低温出口から流出し,加熱された空気は,高温出口から流出されるようになっている熱電気ヒートポンプ。」
イ 本願発明と引用発明の一致点
「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,前記二つの流れは冷気と暖気となり,これらを同時に且つ別々に得る節電冷暖房装置。」である点。
ウ 本願発明と引用発明の相違点
節電冷暖房装置が,本願発明では,超小型であるのに対し,引用発明では,超小型か否か定かでない点。
第3当事者の主張
1 原告の主張
(1) 取消事由1(本件補正を却下する決定の誤り)
ア 本件審決は,本件補正は,本願発明(本件補正前の請求項1に記載された発明)について,①「ファンの回転軸の軸方向に」と「冷熱素子を設け」との間に「直接」を追加し(以下「補正事項(ア)」という。),②「冷熱素子を設け,」と「前記ファンからの」との間の「且つ」を削除すること(以下「補正事項(イ)という。」を内容とする補正事項を含むものであるところ,補正事項(ア)については,「直接」を追加した本願補正発明における「直接冷熱素子を設け」るという特定事項は,冷熱素子を何か対象物に対してじかに接して設けることを意味するものと解されるが,「軸方向」とは,方向を表す用語であって冷熱素子を設ける対象物とはなり得ず,冷熱素子を「直接」何に設けるのか不明であって,「直接」を追加することで発明を特定するために必要な事項をどのように限定しようとするものであるのか明確でないから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえず,また,補正事項(イ)も,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえないことは明らかであり,さらに,補正事項(ア)及び(イ)が,請求項の削除,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれにも該当しないことも明らかであるから,不適法であるとして,本件補正を却下した。
さらに,本件審決は,念のためとして,本件補正が「特許請求の範囲の減縮」に該当したとしても,本願補正発明は,引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性を有する発明とはいえず,本件補正は不適法であるとした。
イ 本件補正は特許法17の2第5項の規定に違反するものではないこと(取消事由1-1)
(ア) 補正事項(ア)における「直接」が何を意味するものであるかは,本願明細書の【図10】及び段落【0025】に,「ファン8の回転軸14に対してペルティエ素子7が直接且つ垂直方向に取り付けられている。」ことが記載されていることから,一目瞭然であるといえる。
そして,補正事項(ア)は,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」という本件補正前の請求項1の記載では,「ファンの回転軸の軸方向」に「冷熱素子」がどのような態様で設けられているのか明確でないので,これを明確にするために本願明細書の【図10】~【図16】の図面に忠実に補正するものであり,「明りようでない記載の釈明」(特許法17条の2第5項4号)に該当することは明らかである。
(イ) 被告の主張に対する反論について
a 被告は,【図10】には,冷熱素子7とファン8との間に,ファン8を取り囲む二重線で示されるファンケース下面が存在し,冷熱素子7とファン8とはファンケース下面により離隔していることが明らかである旨主張するが,「ファンケース」は存在しておらず,冷熱素子7とファン8とは直接接合しているから,被告の指摘は当たらない。
b 被告は,直接冷熱素子を設ける対象物がファンの回転軸であると善解したとしても,この場合,冷熱素子自体がファンの回転軸とともに回転する構成となり,回転によって温風と冷風とが混合してしまい,その結果,本願補正発明が冷熱機能を発揮することを阻害してしまう旨主張するが,冷熱素子は回転しない。
(ウ) したがって,本件補正のうち,請求項1の記載に係る補正は,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるから,特許法17条の2第5項の規定に違反するものではなく,本件審決が本件補正を却下したのは誤りである。
仮に,「直接冷熱素子を設け」という補正(補正事項(ア))が「明りようでない記載の釈明」には該当しないとしても,本件補正は,「特許請求の範囲の減縮」に該当する。
ウ 本願補正発明は独立特許要件を備えるものであること(取消事由1-2)
本願補正発明は,引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものではないから,独立特許要件を備えるものであって,本件審決が,本件補正が「特許請求の範囲の減縮」に該当したとしても,本願補正発明は引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性を有する発明とはいえず,本件補正は不適法であるとしたのは誤りである。
(2) 取消事由2(本願発明と引用発明との相違点の看過及び容易想到性判断の誤り)について
ア 本件審決は,本願発明と引用発明とが,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,前記二つの流れは冷気と暖気となり,これらを同時に且つ別々に得る節電冷暖房装置。」である点で一致し,節電冷暖房装置が,本願発明では,超小型であるのに対し,引用発明では,超小型か否か定かでない点で相違するとした上で,本願明細書の段落【0001】の記載から,本願発明でいう「超小型」とは,人が携帯できる程度の大きさを意味するものと認められるところ,引用例の段落【0056】には,引用発明は,人が身につける他の物品,例えばヘルメット,ベストなどにも使用できる旨が記載されていることから,引用発明の熱電気ヒートポンプを,人が携帯できる程度の大きさ,すなわち超小型とすることは,当業者が容易に想到し得たことであり,本願発明は,引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとする。
イ 本願発明と引用発明との一致点,相違点に係る認定の誤りについて
(ア) 本願発明の特徴等
a 本願発明では,別紙1参考図Aにあるように,ファン1が,冷熱素子4と垂直に且つ固着して取り付けられている。ファン1の回転軸は,モータの軸と一体構造になっており,その結果,ファン1が回転すると,風3,3′はファン1と冷熱素子4により分離され,それぞれ冷熱面5,放熱面5′に風を送る。本願発明の場合,ファン1と冷熱素子4が完全に一体結合されているので,それぞれの面に他方の風が混ざり合うことはない。
以上のとおり,本願発明の特徴は,ファンの風を冷熱素子に直接吹き付ける構成をとっているので,①ファンから送られた空気を二つの流れに完全に分離することができるものであり,しかも,温風側と冷熱側とで風が混ざり合うことはなく,②構成が簡単になり,且つ超小型化が可能になり,その結果,効率のよい超小型の冷暖房装置を提供することができるというものである。
本願発明は,「ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離」することにより,ファンからの空気流を冷熱素子に直接当てている。このことは,本願明細書の【図10】及び段落【0025】の記載からも明らかである。
b 引用例の【図3】に記載された装置は,インペラーブレード74と熱電気デバイス80との間にブロワー70を設けており,このため,インペラーブレード74の送風を熱電気デバイス80に直接当てることはできないものである。
すなわち,引用発明では,別紙1参考図Bにあるように,ファン1からの風が双方の面に独立に且つ完全に分離された状態で流れることはない。冷熱素子4はファン1とは固着して取り付けられていないので,冷熱面5に流れる風6,7と放熱面5′に流れる風6′,7′とは完全に分離されることはなく,双方の風が10と10′に示すように混ざってしまう。
(イ) 以上のとおり,本願発明と引用発明とはその特徴が異なるものであるから,本件審決が,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し」を本願発明と引用発明との一致点として認定したのは誤りであり,本願発明と引用発明とは,本願発明が,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離」する構成を有するのに対し,引用発明はこのような構成を有しない点(以下「相違点(ア)」という。)においても相違する(以下,本件審決が認定した相違点を「相違点(イ)」という。)。
ウ 容易想到性判断の誤りについて
(ア) 相違点(ア)について
引用例の【図3】には,熱電気デバイス80にブロワー70から風を送る技術が開示されている。ブロワー70の構成は明らかではないが,モータとファンからなり,ファンで発生した風を熱電気デバイス80に送っていることは明らかである。引用例の段落【0028】には,「ブロワー70は(1対の支持ストラット73によって保持された)ブロワーモータ72と,多数のインペラーブレード74を有している。」と記載されていることから,本願発明の「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,」という構成をとることはできない。
引用発明では,熱電気デバイス80と単一ブロワー70を少しでも離間して配置すると,必ず空気の乱流が発生し,冷風と温風が混ざるので,冷気と暖気の効率的な送風をすることができない。これに対し,本願発明は,相違点(ア)に係る構成を有することにより,ファンの風を冷熱素子に直接吹き付けることで,ファンから送られた空気を二つの流れに完全に分離することができるものであり,しかも,温風側と冷熱側とで風が混ざり合うことはなく,その結果,効率のよい冷暖房装置を提供することができるという作用効果を奏する。
したがって,当業者であっても,引用発明から,本願発明の「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,」との構成を容易に想到することはできない。
(イ) 相違点(イ)について
引用発明は,ブロワー70からの風を熱電気デバイス80に送風するものであり,ブロワー70が存在しているため,本願発明に示すような,例えば3㎝×3㎝×4㎝という超小型の冷暖房装置を想到し,実現することはできない。
本願発明における「超小型化」は,3㎝×3㎝×4㎝という一般的な常識を遙かに超える小型化であり,冷熱素子とファンとを直接接合させるという本願発明の構成により初めて実現することのできるものである。
(ウ) 以上のとおり,当業者であっても,引用発明から,本願発明を容易に想到し得たものではないから,本件審決が,本願発明は引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとしたのは誤りである。
(3) 以上によれば,①本件補正は,特許法17条の2第5項4号の「明りようでない記載の釈明」に該当するものであり,仮に,本件補正が「明りようでない記載の釈明」に該当しないとしても,同項2号の「特許請求の範囲の減縮」に該当し,かつ,本願補正発明は独立特許要件を備えるものであるから,本件補正を却下した本件審決の判断は,いずれにせよ誤りであり,②仮に,本件補正が却下されるべきものであるとしても,本願発明が引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの本件審決の判断は誤りであり,本件審決は違法であるから,取り消されるべきものである。
2 被告の主張
(1) 取消事由1(本件補正を却下する決定の誤り)について
ア 取消事由1-1(本件補正は特許法17の2第5項の規定に違反するものではないこと)について
(ア) 本件補正は,以下のとおり,「明りようでない記載の釈明」及び「特許請求の範囲の減縮」には該当しない。
a 特許法17条の2第5項4号の「明りようでない記載の釈明」は,「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」に限られる。
そして,本件拒絶理由通知書(甲5)において,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」なる記載が不明確である旨の指摘はされていないので,「直接冷熱素子を設け」という補正(補正事項(ア))は,「明りようでない記載の釈明」に該当しない。
原告自身,その準備書面で,本件補正前の請求項1の記載(本願発明)は,「明確な構成となっている。」と述べるように,本件補正前において,本願発明の特許請求の範囲は「明確な」構成となっていることからも,本件補正は,「明りようでない記載の釈明」には該当しないことが明らかである。
b 本件審決は,「直接冷熱素子を設け」という補正の意味について,本願明細書には「直接」という文言は記載されておらず,また,「直接」に関する説明等もないから,本願明細書からは「直接」という文言が何を意味するか特定されないことを示し,続いて,広辞苑第六版(乙1)によれば「直接」とは「中間に隔てるものがなく,じかに接すること」を意味するところ,本願補正発明の「軸方向」は,単に方向を表す用語であって冷熱素子を設ける対象物とはなり得ないから,「直接」を上記のように解釈しても冷熱素子を設ける対象物が特定されないことを示した上で,補正事項(ア)においては,発明を特定するために必要な事項をどのように限定して特許請求の範囲を減縮するのか示されていないから,補正事項(ア)は「特許請求の範囲の減縮」に該当しないことを説示するものであり,上記説示にも誤りはない。
c 原告は,本願明細書の【図10】及び段落【0025】の記載から,「直接冷熱素子を設け」という補正の意味は一目瞭然である旨主張する。
しかしながら,【図10】及び段落【0025】を参酌するとしても,【図10】には,冷熱素子7とファン8との間に,ファン8を取り囲む二重線で示されるファンケース下面が存在し,冷熱素子7とファン8とはファンケース下面により離隔していることが明らかであって,この実施例では本願補正発明の「ファンの回転軸の軸方向に直接冷熱素子を設け」という要件を充足しない。
したがって,原告の指摘する図面や明細書の記載を参酌しても,冷熱素子を「直接」何に設けるのかいよいよ特定されないものであって,「釈明」には該当しない。
なお,直接冷熱素子を設ける対象物がファンの回転軸であると善解したとしても,この場合,冷熱素子自体がファンの回転軸とともに回転する構成となり,回転によって温風と冷風とが混合してしまい,その結果,本願補正発明が冷熱機能を発揮することを阻害してしまうから,やはり,「釈明」には該当しない。
(イ) 本件補正は,上記のとおり,「明りようでない記載の釈明」及び「特許請求の範囲の減縮」には該当せず,また,請求項の削除,誤記の訂正にも該当しないから,特許法17条の2第5項の規定に違反するものである。
イ 取消事由1-2(本願補正発明は独立特許要件を備えるものであること)について
前記アのとおり,本件補正は却下されるべきものであり,本件審決に誤りはないが,本件審決は,補正事項(ア)が「ファンと近接して冷熱素子を設けること」を意味し,本件補正の目的が「特許請求の範囲の減縮」に該当すると仮定した場合について,本願補正発明が独立特許要件を備えるものであるかについて検討を加え,引用発明において,インペラーブレード74と近接して熱電気デバイス80を設けることは,当業者が容易になし得たことであるなどとして,本願補正発明は,引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるとした。
本件審決の上記判断に誤りはなく,本願補正発明は独立して特許を受けることができないものである。
ウ 以上のとおり,本件審決が本件補正を却下した点に誤りはない。
(2) 取消事由2(本願発明と引用発明との相違点の看過及び容易想到性判断の誤り)について
ア 相違点の看過について
(ア) 原告は,本願発明が,ファンの風を冷熱素子に直接吹き付ける構成を有することを前提として,本願発明は,ファンの風を冷熱素子に直接吹き付けるので,ファンから送られた空気を二つの流れに完全に分離することができるものであり,しかも,温風側と冷熱側とで風が混ざり合うことはない点に引用発明とは異なる特徴を有するとして,本願発明と引用発明とは,本願発明が,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離」する構成を有するのに対し,引用発明はこのような構成を有しない点(相違点(ア))においても相違する旨主張する。
しかしながら,そもそも冷熱素子の配置に関して,本願発明においては,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し」たことのみを構成要件とし,ファンからの空気流を冷熱素子に直接当てることを発明の構成とするものではないから,引用例の【図3】に示される形態において,送風を熱電気デバイス80に直接当てることができるかどうかにかかわらず,本願発明と引用発明とに,原告主張の相違点(ア)が存するとはいえない。
原告の上記主張は,本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
(イ) 本願発明の「ファン」は,本願明細書の【図10】において図番8により示される部材である。
本件審決は,引用例の【図3】のインペラーブレード74について,「外気を吸引し,下方部の熱電気デバイスに空気を流入させるものであることから,上記「多数のインペラーブレード」は,本願発明の「ファン」に相当する。」ことを示し,「引用発明の「熱電気デバイス」は,「下方部分内に取り付けられ,ハウジングの底端部まで延び,前記ハウジングの高温側と低温側との間にシールされた壁を形成する」ものであり,また,ブロワーにより入口開口部を通して吸引された外気は,低温出口及び高温出口から流出するものであるから,上記「熱電気デバイス」自体は,本願発明でいう「ファンからの一つの空気流を」「二つの流れに分離」するものである。」ことを示した上で ,本願発明と引用発明の一致点として「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し」を含む一致点を認定している。
上記のように,本件審決は,本願発明の特許請求の範囲の記載に即して本願発明と引用発明との一致点,相違点を適切に認定しており,本件審決には相違点の看過はない。
(ウ) 原告の主張について
引用例の【図3】に記載された熱電気ヒートポンプにおいては,「ブロワーモータ72」と「インペラーブレード74」との配置上,「インペラーブレード74」と「熱電気デバイス80」とが,本願明細書の【図10】に記載されたものと比較して離れた位置となっている。
これに対し,本願明細書の【図10】においても,吸気13は下方向へ流れて冷熱素子7で分割されており,ファン8と冷熱素子7との間に空間が設けられている。
すなわち,本願明細書の【図10】と引用例の【図3】のものはいずれも,ファンと冷熱素子との間に空間が存在しているが,技術常識に鑑みて,この空間はファンと冷熱素子とが相対回転するために不可避のものであり,程度の差こそあれ,温風側と冷風側とで風がある程度は混ざり合うことになる。
このファンと冷熱素子との間の空間は,原告が自身の主張に用いる別紙1の参考図においても存在している。なお,上記参考図はよどみ点における空気の流れが不自然であり,本願発明では風が混ざり合うことはないという原告の主張は技術常識に反するものであって,誤りである。審尋の回答書(甲12)における「熱電気デバイス80と単一ブロワ―70を少しでも離間して配置すると必ず空気の乱流が発生する」との原告の主張とも矛盾するものである。
イ 容易想到性の判断について
(ア) 原告は,本願発明は,ファンの風を冷熱素子に直接吹き付けるので,①ファンから送られた空気を二つの流れに完全に分離することができるものであり,しかも,温風側と冷熱側とで風が混ざり合うことはなく,②構成が簡単になり,且つ超小型化が可能になり,その結果,効率のよい超小型の冷暖房装置を提供することができる点で,引用発明とは異なる特徴を有する旨主張する。
(イ) しかしながら,そもそも冷熱素子の配置に関して,本願発明の特許請求の範囲には「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」と特定されているにすぎず,ファンの風を冷熱素子に直接吹き付けることは特定されていないから,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
(ウ) 「超小型化」について
a 原告は,本願発明は,「構成が簡単になり,且つ超小型化が可能になる」との効果を奏する旨主張する。
構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成そのものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するというべきである。
構成を簡単にして装置を小型化することは,斯界において一般的な技術課題であって,本願発明において,超小型化が可能になるという効果も,引用例及び周知技術から予想することのできない格別な効果であるとはいえない。
b 本件審決が説示するとおり,本願発明にいう「超小型」とは人が携帯できる程度の大きさを意味するが,引用例には人が身につける他の物品にも使用できる旨が記載されているのであるから,引用発明は,本願発明でいう「超小型」にも適用できることが明らかである。
c したがって,本願発明における「超小型化が可能になるという効果」は,予想されるところと比べて格段に異なる効果であるとはいえないから,本件審決が,超小型とすることは当業者が容易に想到し得たことであると判断した点に誤りはない。
(エ) なお,原告が主張するように,ファンとモータとを一体構造とした形態の送風機を用いることも,例えば乙第2号証や第3号証に示されるように周知の事項であるから,引用発明においては,このような形態の送風機も当然に採用し得るものである。
ウ 以上のとおり,本件審決に原告主張の相違点の看過はなく,また,容易想到性の判断にも誤りはない。
(3) 以上によれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正を却下する決定の誤り)について
(1) 原告は,本件補正のうち,請求項1の記載に係る補正は,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるから,特許法17条の2第5項の規定に違反するものではなく,また,仮に,上記補正が明りょうでない記載の釈明に該当しないとしても,特許請求の範囲の減縮に該当し,しかも,本願補正発明は,引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものではないから,独立特許要件を備えるものであって,本件審決が本件補正を却下したのは誤りである旨主張するので,以下において判断する。
(2) 取消事由1-1(本件補正は特許法17の2第5項の規定に違反するものではないこと)について
ア 本件補正の内容
本件補正は,前記第2の2(1)記載のとおりの本件補正前の請求項1の記載(本願発明)について,前記第2の2(2)記載のとおりとする補正,すなわち,本件補正前の請求項1の記載について,①「ファンの回転軸の軸方向に」と「冷熱素子を設け」との間に「直接」を追加する補正事項(補正事項(ア)),②「冷熱素子を設け。」と「前記ファンからの」との間の「且つ」を削除する補正事項(補正事項(イ))を含むものである。
イ 原告は,補正事項(ア)は,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」という本件補正前の請求項1の記載では,「ファンの回転軸の軸方向」に「冷熱素子」がどのような態様で設けられているのか明確ではないので,これを明確にするために補正するものであり,「明りようでない記載の釈明」(特許法17条の2第5項4号)に該当する旨主張する(なお,原告は,補正事項(イ)については,特許法17条の2第5項に掲げる事項のうちいずれを目的とするものかについて,何らの主張もしていない。)。
(ア) 本件補正は,拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求と同時されたもの(特許法17条の2第1項4号)であり,補正事項(ア)及び(イ)は,特許請求の範囲についてするものであるから,同条第5項に掲げる,「第36条5項に規定する請求項の削除」(1号),「特許請求の範囲の減縮」(2号),「誤記の訂正」(3号),又は「明りようでない記載の釈明」(4号)を目的とするものでなければならない。
そして,同法17条の2第5項4号は,「明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定し,明りょうでない記載の釈明を目的とする補正を,拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに制限している。
(イ) 本願に係る特許庁における手続の経緯は,前記第2の1記載のとおりであり,特許庁は,平成24年8月7日付けで拒絶理由を通知しているが,本件拒絶理由通知書(甲5)に記載された拒絶理由は,請求項1に係る発明は,下記引用文献等に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができず(理由1),下記引用文献等に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない(理由2),というものであり,本件拒絶理由通知書の備考欄には「引用文献1には,p型熱電半導体221・n型熱電半導体222の低温側スリット入電極露出板224と高温側スリット入電極露出板223を同時に送風し,更に冷風と暖風を冷風ノズル25・電気絶縁材煙突26に分離して排出させることにより冷風と暖風を得る卓上冷房装置21などが開示されている。本願請求項1に係る発明と比較しても差異が認められない。引用文献2~5にも,本願の冷暖房装置と同様のものが開示されている。」と記載されている。
記
1 特開2004-332954号公報
2 特開2000-034601号公報
3 特表2008-533414号公報
4 特開平07-265173号公報
5 実願昭60-201348号(実開昭62-108717号)のマイクロフィルム
(ウ) 前記(イ)のとおり,本件拒絶理由通知書において,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」との請求項の記載が不明確である旨の指摘は何らされていないので,補正事項(ア)は,拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものとは認められない。
したがって,補正事項(ア)は「明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」(特許法17条の2第5項4号)には該当しないから,原告の上記主張は理由がない。
ウ 次に,補正事項(ア)が,特許法17条の2第5項の掲げる他の事項(1号ないし3号)を目的とするものに該当するか否かについて検討する。
(ア) 補正事項(ア)は,本件補正前の請求項1の「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」の「ファンの回転軸の軸方向に」と「冷熱素子を設け」との間に「直接」を追加し,「ファンの回転軸の軸方向に直接冷熱素子を設け」と補正するものである。
しかしながら,本件補正後の請求項1の記載は,「ファンの回転軸の軸方向に直接冷熱素子を設け,前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,前記二つの流れは冷気と暖気となり,これらを同時に且つ別々に得ることを特徴とする超小型節電冷暖房装置。」というものであって,本願発明において「ファンの回転軸の軸方向に設け」としていた冷熱素子を設ける態様を,「直接」の語を追加することによって,いかなるものに補正しようとするものであるのか明らかであるとはいえない。
したがって,補正事項(ア)は,「ファンの回転軸の軸方向に」と「冷熱素子を設け」との間に「直接」を追加することにより,発明を特定するために必要な事項を限定するものであるのか,あるいは,どのように限定するものであるのか明らかであるとはいえないから,補正事項(ア)が「特許請求の範囲の減縮」(特許法17条の2第5項2号)に該当するとは認められない。
(イ) 補正事項(ア)に係る補正が,「第36条5項に規定する請求項の削除」(特許法17条の2第5項1号)及び「誤記の訂正」(同項3号)に該当するものでもないことは明らかである。
エ 原告の主張について
原告は,補正事項(ア)における「直接」の意味内容は,本願明細書の【図10】及び段落【0025】に,「ファン8の回転軸14に対してペルティエ素子7が直接且つ垂直方向に取り付けられている。」ことが記載されており,一目瞭然であるから,補正事項(ア)に係る補正は,「明りようでない記載の釈明」に該当する旨主張する。
しかしながら,前記イ(ウ)のとおり,補正事項(ア)に係る補正は,本件拒絶理由通知書に記載された事項についてするものではないから,「明りようでない記載の釈明」に該当せず,原告の主張は,その点において前提を欠くものである。
次に,原告の主張の趣旨を「特許請求の範囲の減縮」に関するものと考えたとしても,前記ウ(ア)のとおり,本件補正後の「ファンの回転軸の軸方向に直接冷熱素子を設け」との記載は,冷熱素子を設ける態様をいかなるものに補正しようとするものであるか明らかではないから,補正事項(ア)に係る補正が,本願発明における冷熱素子を設ける態様を本願明細書の【図10】及び段落【0025】に示される実施例3の態様に限定するものであることが明らかであるとはいえない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
なお,原告は,本願明細書の【図10】及び段落【0025】に示される実施例3において,「ファン8の回転軸14に対してペルティエ素子7が直接且つ垂直方向に取り付けられてい」ても,「冷熱素子7は回転しない。」と主張するものの,上記の場合にペルティエ素子7が回転しない理由やその機序については何ら説明しておらず,その主張の意味するところは,結局のところ判然としないといわざるを得ない。
オ 以上のとおり,本件補正のうち,補正事項(ア)は,特許請求の範囲の減縮,請求項の削除,誤記の訂正,又は明りょうでない記載の釈明のいずれをも目的とするものとは認められないから,本件審決が本件補正を却下した点に誤りはない。
(3) よって,その余の点(取消事由1-2)について判断するまでもなく,原告の主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本願発明と引用発明との相違点の看過及び容易想到性判断の誤り)について
(1) 原告は,本件審決は,本願発明と引用発明との対比において,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し」を一致点として認定したが,本願発明は,ファンの風を冷熱素子に直接吹き付ける構成をとっているので,①ファンから送られた空気を二つの流れに完全に分離することができるものであり,しかも,温風側と冷熱側とで風が混ざり合うことはなく,②構成が簡単になり,且つ超小型化が可能になり,その結果,効率のよい超小型の冷暖房装置を提供することができるというものであるのに対し,引用例の【図3】に記載された装置は,インペラーブレード74と熱電気デバイス80との間にブロワー70を設けており,このため,インペラーブレード74の送風を熱電気デバイス80に直接当てることはできないものであるから,上記一致点の認定は誤りであり,本願発明と引用発明とは,本件審決が認定した,節電冷暖房装置が,本願発明では,超小型であるのに対し,引用発明では,超小型か否か定かでない点(相違点イ)のみならず,本願発明が,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離」する構成を有するのに対し,引用発明はこのような構成を有しない点(相違点(ア))においても相違するにもかかわらず,本件審決は上記相違点(ア)を看過した旨主張する。
そして,原告は,本願発明と引用発明とは,相違点(ア)及び(イ)において相違し,引用発明において,相違点(ア)及び(イ)に係る本願発明の構成に想到することは容易であるとはいえず,また,本願発明は,相違点(ア)及び(イ)に基づいて,引用発明にはない顕著な効果を奏するものであるから,本願発明は,引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない旨主張する。
(2) 本願明細書の記載事項等
ア 本願発明の特許請求の範囲の請求項1の記載は,前記第2の2(1)のとおりである。
イ 本願明細書(甲7,13)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については,別紙2の本願図面目録を参照。)。
(ア) 技術分野
「本発明の技術分野は,節電超小型でコンピュータ使用者が机上で使用したり携帯出来る事を特徴とした超小型節電冷暖房装置に関する。」(段落【0001】)
(イ) 背景技術
「・・・先行技術の冷暖房装置は,機械的な動力を用いている点において,節電は難しくその上機器の大型化および大型化に伴う高価格化が問題となる。」(段落【0003】)
(ウ) 発明が解決しようとする課題
「先行技術の冷暖房装置に比べ,小型で節電効果の高い超小型節電冷暖房装置を創る。」(段落【0004】)
(エ) 課題を解決するための手段
「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離し,前記二つの流れは冷気と暖気となり,これらを同時に且つ別々に得ることを特徴とする。」(段落【0005】)
(オ) 発明の効果
「使用エネルギーが少なく節電ができる。より効率が良いので超小型になり,安価に製造できる。AC 電源はもとより,USB やリチウムバッテリなどの様々な電源を使用出来る。コンピュータの USB を使い机上で使用できる。又オフィスで AC 電源により使用できる。家庭でバッテリにより携帯用として外出先で使用できる。服につけて体を冷却又は暖房出来るなど,従来のエアコンではできなかった個人空間用エアコン,携帯エアコン,机上エアコン,頭脳向上,健康促進が出来る上,節電もできるという画期的な究極の超小型で節電エアコンである。座って又は寝ながら人体に用いて頭寒足熱により健康を良くし,頭の働きを良くする。」(段落【0006】)
(カ) 発明を実施するための形態
「【実施例1】
図4は本発明の超小型節電冷暖房装置の断面図である。1は冷風送風菅,2は冷風出口,3は暖風送風菅,4は暖風出口,5は筐体,6はゴム足,7はペルティエ素子,8はファン,9は吸気窓,10は電源ケーブル,11は USB 端子,12は暖冷仕切り板,13吸気,14はモータ,15は冷風送風,16は暖風送風,17は冷却面,18は放熱面,19は冷風,20は暖風,21は冷風,22は暖風である。」(段落【0008】)
「まず,USB 端子11を机の上などのパソコンにあるUSB差込口に差し込むと,USB端子11から電源ケーブル10へ直流電流が供給される。モータ14への直流電流の供給によりファン8は回転し,空気は筐体5の中へゴム足6で浮いた空間を通り,ファン8のケース32の下側の吸気窓9から吸気13される。ファン8により,送風15,16が行われる。直流電流の供給により,ペルティエ素子7は放熱面18で放熱を行い,冷却面17で冷却を行う。放熱面18を冷やす空気は暖風20となる。冷却面17により冷やされた空気は冷風19となる。暖風20は暖風送風菅3により暖風出口4へ送られて暖風20となって,暖風出口4から排出される。冷風19は冷風送風管1により冷風出口2へ送られて,冷風出口2から排出される。暖冷仕切り板12は熱せられた空気と冷やされた空気が混じらないためにある。ゴム足6は超小型節電冷暖房装置を支え,滑り止めであると同時に,筐体5の下のファン8のファンケース32の吸気窓9から吸気13を行うための隙間を提供する。」(段落【0012】)
「図5は本発明の超小型節電冷暖房装置の実施例1の図3(判決注・図4の誤記と解される。)を直角方向から見た断面図である。ファンケース32とペルティエ素子7のサイズが合わない場合に,冷却が暖却とミックスする事を防止する暖冷仕切り板12とペルティエ素子7により,筐体5は放熱面18の側と冷却面17の側に完全に分けられ,冷熱効率が最高になって熱せられた空気と冷やされた空気が有効に混じらないようになって排出される。」(段落【0014】)
「図6は本発明の超小型節電冷暖房装置の実施例1の上面図である。筐体5,暖冷仕切り板12,ペルティエ素子7,冷風送風菅1,暖風送風菅3,ファン8の関係が判る説明図である。この図からも暖冷仕切り板12とペルティエ素子7による壁により,筐体5は冷却面17の側と放熱面18の側に完全に分けられ,熱せられた空気と冷やされた空気が混じらないようになっている。筐体5の冷却面17の側の冷風19がファン8により冷風送風菅1を通って冷風出口2から排出される。筐体5の放熱面18の側の暖風20がファン8により暖風送風菅3を通って暖風出口4から排出される。」(段落【0015】)
「実施例1で実施したペルティエ素子7は30×30mmであり,冷風送風菅1,暖風送風菅3,冷風出口2,暖風出口4の内径は8mmФとした。USB から5V を供給する。30×30mmを超える大きさのペルティエ素子7を使用し,電圧および電流とも大きくなり,USB端子による電源では足りなくなる場合は,本発明の他の実施例に示す。」(段落【0018】)
「【実施例2】
図8は本発明の超小型節電冷暖房装置の実施例2の断面図であり,実施例1の図5に対応する。ペルティエ素子7とファン8と筐体5のサイズを合わせることにより,実施例2では暖冷仕切り板12を無くして,ペルティエ素子7のみで仕切り板を兼用し,筐体5を冷却面17と放熱面18に暖冷仕切り板12無しに完全に分けて,冷却された空気と放熱された空気が混じらないようにするので暖冷仕切り板12による放冷放熱の熱損失が少なく,且つ筐体5も小さくなり,熱効率向上,小型化,コストダウン,般帯客器,転置,在庫保利となる実施例である。」(段落【0019】)
「図9は本発明の超小型節電冷暖房装置の実施例2の上面図であり,実施例1の図6に対応する。筐体5,ペルティエ素子7,冷風送風菅1,暖風送風菅3,ファン8である。この図からもペルティエ素子7とファン8と筐体5の寸法を同じにする事により,筐体5は冷却面17と放熱面18が完全に分けられ,熱せられた空気と冷やされた空気が混じらないようになっている。筐体5の冷却17の側の冷風19がファン8により冷風送風菅1を通って排出される。筐体5の放熱面18の側の暖風20がファン8により暖風送風菅3を通って排出される。」(段落【0020】)
「先行技術から分かるように冷暖房の技術は,放熱と冷却が同時に発生する技術であるので,冷却面17と放熱面18を如何に効率的に冷却,放熱ができるかが重要なポイントとなる。したがって,筐体5をペルティエ素子7またはペルティエ素子7及び暖冷仕切り板12を用いて,筐体5を冷却面17の側と放熱面18の側に完全に分けて,熱せられた空気と冷やされた空気が混じらないように急速に除去することは,熱効率が良い節電ができ,小型化ができる冷暖房装置を得る効果がある。」(段落【0021】)
「実施例2で実施したペルティエ素子7は30×30mmであり,冷風送風菅1,暖風送風菅3,冷風出口2,暖風出口4の内径は13mmФである。」(段落【0022】)
「【実施例3】
図10は本発明の超小型節電冷暖房装置の実施例3の断面図である。29は冷風出口,30は暖風出口,38はリチウムバッテリ,39はバッテリケース,下板40である。実施例3では冷風送風菅1と暖風送風菅3を無くして,筐体5の側面下部に冷風出口29と暖風出口30を設けている。実施例1および実施例2よりも携帯性が良くなっている。ファン8の位置を上下逆にし,筐体5の下側にバッテリケース39を設けて,その中にリチウムバッテリ38を入れる。リチウムバッテリ38をバッテリケース81にパッチリ入れると,リチウムバッテリ38がペルティエ素子7とファン8に並列接続されて,ファン8が回転し,ペルティエ素子7が冷却面18で冷却を始め,放熱面17で放熱を始める。ファン8の回転により,上部の吸気窓9から吸気13を行い,冷却面17で冷却された空気が,冷風送風15により,冷風出口29に押し出され,冷風21となって排出される。同時にファン8の回転により,吸気窓9から吸気13を行い,放熱面18で放熱された空気が,暖風送風16により,暖風出口30に押し出され,暖風22となって排出される。」(段落【0025】)
「図11は本発明の超小型節電冷暖房装置の実施例3の見取図である。ファン8の回転により,吸気13が行われ,冷却面17で冷却された空気が,冷風送風15により,冷風出口29に押し出され,冷風21となって排出される。また,ファン8の回転により,吸気13を行い,放熱面18で放熱された空気が,暖風送風16により,暖風出口30に押し出され,暖風22となって排出される。」(段落【0026】)
「実施例3に示すペルティエ素子7は30×30mmであり,冷風出口29,暖風出口30のサイズは幅28mm高さ10mmとした。人は局所的に冷たい風を体に当てることで体をひやすことができる。また,人は局所的に暖かい風を体に当てることで体をあたためることもできる。実施例3の超小型節電冷暖房装置は小型で携帯性が良いので,本発明装置を手に持ち,冷風出口29からの風を顔31に当てると涼しくなるし,暖風出口30を身体の冷えた部分に当てれば暖かくなる。又,持ち運んで必要な場所に冷風21や暖風22を送風できる効果がある。」(段落【0027】)
「本発明の実験では8.3×8.3×2.4mmの小さいペルティエ素子7で十分な効果が得られた本装置を本発明者は試作し,縦30mm横30mm高さ30mm,容積27㎝3,重さ41gの世界最小,最軽量のエアコンで冷却温度14.5℃でこれは大型エアコンを24℃に設定した時の冷風出口と同じ温度であり,しかも6畳用エアコンが400ワットの電力が必要なのに対し,本発明は僅か4ワット即ち百分の一の電力で同じ効果を持ち得る画期的発明である。」(段落【0031】)
「本発明の超小型節電冷暖房装置の実施例1,実施例2および実施例3に共通しているところは,ペルティエ素子7により,筐体5は冷却面17の側と放熱面18の側に完全に分けられ,冷やされた空気と熱せられた空気が混じらないようになっていることと,ペルティエ素子7の冷却面17と放熱面18に垂直に送風15,16がなされて,細い冷風出口2および暖風出口4からそれぞれ冷風21および暖風22が排出出されるという特徴である。この構造により,冷風21と暖風22を排出させる送風15と送風16の役割と,とペルティエ素子7の放熱の役割を兼ねることができ,ペルティエ素子7を用いて上記に説明したような効果的な超小型節電冷暖房装置が可能となる。」(段落【0039】)
(キ) 産業上の利用可能性
「節電して冷暖房出来,しかも超小型で安価なので,コンピュータと共にオフィスや工場や自宅でくつろで快適に,衣服につけて野外で冷暖房が快適に,又,医学上健康維持,治療,勉強や頭を使う人の頭脳活性化など広い範囲に手軽に小型,軽量,安価の上,節電によりエアコンが出来る画期的発明である。」(段落【0044】)
ウ 前記ア及びイの記載によれば,本願発明の構成及びその特徴は以下のとおりであると認められる。
(ア) 先行技術の冷暖房装置は,機械的な動力を用いている点において,節電が難しく,その上,機器の大型化及びそれに伴う高価格化が問題となる。
(イ) 本願発明は,先行技術の冷暖房装置の上記課題を解決することを目的とし,節電効果の高い,超小型でコンピューター使用者が机上で使用したり,携帯することができたりすることを特徴とする超小型節電冷暖房装置に関するものであり,その解決手段として,ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つファンからの一つの空気流を冷熱素子自体で二つの流れに分離し,分離された二つの空気流が冷熱素子の冷却面により冷やされた空気流(冷気)と放熱面により熱せられた空気流(暖気)となり,これらを同時に且つ別々に得るという構成を採用した。
(ウ) 本願発明においては,使用エネルギーが少なく節電が可能で,より効率が良いので超小型になり,安価に製造することができるという効果を奏する。様々な電源を用いることができるので,従来のエアコンでは実現することができなかった,個人空間用エアコン,携帯エアコン,机上エアコンといった超小型の節電エアコンを実現することができる。
(3) 引用例の記載事項等
ア 引用例(甲1)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については,別紙3の引用例図面目録を参照。)。
(ア) 「【請求項1】
外気を吸引しうる入口開口部を備えた頂端部を有し,かつ上方部分および下方部分,並びに底端部を有し,さらに前記底端部の近くに,低温出口および高温出口を有するハウジングと,
前記ハウジングの上方部分に取り付けられ,前記入口開口部を通して外気を吸引し,ハウジングの下方部分内に空気を流入させるブロワーモータと,
下方部分内に取り付けられ,前記ハウジングの底端部まで延び,前記ハウジングの高温側と低温側との間にシールされた壁を形成する熱電気デバイスと,
前記ハウジングの底端部にわたって取り付けられ,前記ハウジングの高温側および低温側に広がり,前記低温側から高温側まで凝縮物を移動させるための凝縮物トラップとを備え,
前記外気は,前記ヒートポンプ内に吸引され,低温側で冷却され,熱は,高温側まで移動し,冷却された空気は,低温出口から流出し,加熱された空気は,高温出口から流出し,凝縮物は,低温側から高温側まで移動し,加熱出口から蒸発されるようになっている熱電気ヒートポンプ。」
(イ) 技術分野
「本発明は,ユーザーによって選択的に冷却または加熱することができるクッションまたは他の装置,並びにかかる用途で使用するための改良された熱電気ヒートポンプに関する。」(段落【0001】)
(ウ) 背景技術
「米国で販売されている多くの高級車では,空調付シートが現実のものとなっている。・・・これらのシートは,・・・,満足に作動するが,良好に冷却し,省エネおよび省スペースで作動するように,使用されるヒートポンプの作動効率,およびコンパクトさについて,改善する努力が進められている。」(段落【0002】)
(エ) 発明が解決しようとする課題
「シート内の空気の温度,およびシートカバーを通過する流出量を単に下げるだけではなく,ユーザーの快適性を高めるために,空気の相対的湿度を下げることも望ましい。これを行うには,空気を露点以下に冷却し,その結果生じる凝縮物を廃棄し,シート内部に分散させるために,より快適な温度(かつ相対的に低い湿度)となるよう,空気を再加熱しなければならない。凝縮物を,シート外の大量の空気内に蒸発させることにより,凝縮物を廃棄することが望ましい。同時に,ヒートポンプのための必要な電力を低減し,かつポンプに必要なスペースの容積を少なくすることが望ましい。」(段落【0003】)
「これらの目的は,今日の空調されたシートの冷却要素を大幅に改善する本発明によって達成される。」(段落【0004】)
(オ) 課題を解決するための手段
「本発明による改良された熱電気ヒートポンプは,頂端部に入口開口部を有するハウジングと,ハウジングの上方部分に取り付けられ,空気を内部に吸引し,ハウジングの下方部分内への空気流を生じさせるブロワーモータとを備えている。ハウジング内には,熱電気デバイスが取り付けられており,このデバイスは,ハウジングの下方部分の低温側と高温側との間にシールされた壁を形成し,ハウジングを通過するように流れる空気流のチャンネルとして働く」(段落【0008】)
「熱電気デバイスは,第1ステージおよび第2ステージを有するマルチステージのペルチエ効果モジュールであることが好ましい。・・・」(段落【0010】)
(カ) 発明を実施するための最良の形態
「次に図2図3をも参照して,改良されたヒートポンプ50,およびその部品について説明する。ヒートポンプ50は,頂部端部54および入口開口部56を有するハウジング52を備えている。このハウジング52の前方側面58は,出口開口部60と,後述する目的のための出口開口部60に組み込まれた口62とを有する。ハウジング52の後部側面64も,出口開口部66を有する。」(段落【0025】)
「ハウジング52の上方部分68の内部には,一体的な単一ブロワー70が設けられている。このブロワー70は(1対の支持ストラット73によって保持された)ブロワーモータ72と,多数のインペラーブレード74を有している。単一の軸方向翼タイプのブロワー70が示されているが,別のタイプの,または別の数のブロワーまたは加圧空気源も使用できる。」(段落【0028】)
「ハウジング52の下方には,熱電気デバイス80,好ましくはペルチエ効果モジュールが設けられている。このモジュールは,1対の薄い金属製ベースプレート85の間に挟持されており,これらベースプレート85は,上方シール82および下方シール84と共に,かつこれらシールに沿って,ハウジング52の下方部分69の低温側86(メイン熱交換器)と,高温側87(補助熱交換器)との間に壁を形成している。」(段落【0029】)
「ヒートポンプ50,100または120は,ユニット自身の上にある制御装置によって,直接,または配線された制御装置,もしくはリモコン(図示せず)により,ターンオンされる。ブロワーモータ70は,インペラー74を回転させ,入口開口部56を通して,ハウジングの上方部分68内に周辺空気を吸入する。」(段落【0049】)
「空気は,低温側86(メイン熱交換器)または高温側87(補助熱交換器)のいずれかのハウジングの下方部分69内に連続して下方へ移動し,熱交換器のフィン88を通過する。低温側にある空気は,ユニット内のペルチエモジュール80または110のタイプに応じて,約-18~1.1°C(約18~35°F)だけ冷却され,高温側87の空気は,約4.4~10°C(約40~50°F)だけ加熱される。」(段落【0050】)
「より低温の,より乾燥した空気が,低温出口60からダクト94,95または96を通ってクッション30内に流入する。凝縮物トラップ92内の湿分は,ユニットの底部端部90に沿って,より乾燥した高温側87内に移動し,ここで,通過中の高温の空気は,湿分を高温の出口66から外側周辺空気内に蒸発させる。」(段落【0052】)
「上に説明した実施例は,自動車のシートに載せるための温度可変クッション30に関するものであったが,本明細書に示した技術は,冷却された(または加熱された)マットレスパッド,布団または人が身につける他の物品,例えばヘルメット,ベストなどにも使用できる。」(段落【0056】)
イ 引用例に,前記第2の3(2)アのとおりの引用発明が記載されていることは当事者間に争いがない。
そして,上記アの引用例の記載事項によれば,引用例には,次の点が開示されていることが認められる。
(ア) 自動車のシートに載せるための空調付シートについては,ヒートポンプのために必要な電力を低減し,かつポンプに必要なスペースの容積を少なくすることが望ましく,ヒートポンプの作動効率やコンパクトさを改善する努力が進められている。
(イ) 引用例に記載された発明は,クッション又は他の装置,並びにかかる用途で使用するための改良された熱電気ヒートポンプに関するものであり,上記課題を解決することを目的とし,その解決手段として,前記ア(ア)記載の請求項1の構成を採用した。
引用発明に相当する実施例における熱電気ヒートポンプは,外気を吸引しうる入口開口部を備えた頂端部を有し,かつ上方部分および下方部分,並びに底端部を有し,さらに前記底端部の近くに,低温出口および高温出口を有するハウジングと,前記ハウジングの上方部分に取り付けられ,前記入口開口部を通して外気を吸引し,ハウジングの下方部分内に空気を流入させるブロワーと,下方部分内に取り付けられ,前記ハウジングの底端部まで延び,前記ハウジングの高温側と低温側との間にシールされた壁を形成する熱電気デバイスとを備え,上記ブロワーは,軸方向翼タイプであり,ブロワーモータと,多数のインペラーブレードを有し,上記熱電気デバイスは,1対の薄い金属製ベースプレートの間に挟持されるペルチエ効果モジュールであり,上記インペラーブレードの回転軸の軸方向に上記熱電気デバイスが設けられ,前記外気は,ヒートポンプ内に吸引され,低温側で冷却され,熱は,高温側まで移動し,冷却された空気は,低温出口から流出し,加熱された空気は,高温出口から流出されるようになっている。
(ウ) 引用例に記載された発明は,自動車のシートに載せるための温度可変クッションのみならず,マットレスパッド,布団又は人が身につける他の物品,例えばヘルメット,ベストにも使用することができる。
(4) 原告の主張する相違点(ア)の存否について
ア 前記(3)によれば,引用発明においては,ブロワーモータ70によってインペラーブレード74が回転することにより,周辺空気がハウジングの頂端部54に形成された入口開口部56を介してハウジングの上方部分68内に吸引され,吸引された空気は,低温側86又は高温側87のいずれかのハウジングの下方部分69内に連続して下方へ移動し,低温側86にある空気は,ユニット内の熱電気デバイス80(ペルチエ効果モジュール)によって冷却されてから低温出口60から排出され,高温側87にある空気は,熱電気デバイス80(ペルチエ効果モジュール)によって加熱され,高温出口66から排出されるようになっている。
ここで,引用発明における「インペラーブレード74」は,本願発明における「ファン」に相当し,引用発明における「熱電気デバイス80(ペルチエ効果モジュール)」は,本願発明における「冷熱素子」に相当するものであり,「下方部分内に取り付けられ,ハウジングの低端部まで延び,ハウジングの高温側と低温側との間にシールされた壁を形成する」ものであるから,引用発明は,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離」する構成を有するものと認められる。
したがって,本件審決が,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離」する点を本願発明と引用発明の一致点と認定したことに誤りはなく,本願発明と引用発明とが,本願発明が「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け,且つ前記ファンからの一つの空気流を前記冷熱素子自体で二つの流れに分離」する構成を有するのに対し,引用発明はこのような構成を有しない点(相違点(ア))において相違するとはいえない。
イ 原告の主張について
原告は,本願発明では,「ファンの風を冷熱素子に直接吹き付ける」,すなわち,別紙1参考図Aにあるように,ファン1が,冷熱素子4と垂直に且つ固着して取り付けられており,ファン1と冷熱素子4が完全に一体結合されているので,冷熱面5,放熱面5′に送られた風は完全に分離され,相互に混ざり合うことはないのに対し,引用発明では,インペラーブレード74と熱電気デバイス80との間にブロワー70を設けているから,インペラーブレード74の送風を熱電気デバイス80に直接当てることはできない,すなわち,別紙1参考図Bにあるように,冷熱素子4はファン1とは固着して取り付けられていないから,冷熱面5,放熱面5′に送られた風が完全に分離されることはなく,相互に混ざり合ってしまうとして,本願発明と引用発明とは相違点(ア)の点で相違する旨主張する。
しかしながら,本願発明は,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」というものであるから,冷熱素子がファンの回転軸の軸方向に配置されていれば足りるのであり,原告の主張するところの「冷熱素子がファンに固着して取り付けられている態様」に限定されるものではない。したがって,本願発明が上記「冷熱素子がファンに固着して取り付けられている態様」に限定されることを前提に,引用発明との相違を述べる原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであるといわざるを得ない。
また,原告が主張する実施例についてみても,本願明細書の【図5】,【図8】,【図11】からも明らかなように,ファン8とペルティエ素子7との間には空間が必ず存在するのであって,冷熱面5,放熱面5′に送られた風が完全に分離されるということができないことは明らかである。
なお,原告の主張の趣旨は必ずしも明らかではないが,引用発明においても,ハウジングの上方部分68の壁面とブロワー70のブロワーモータ72との間に形成される空間は,ハウジングの下方部分69の熱電気デバイス80の低温側86に接する空間及び熱電気デバイス80の高温側87に接する空間に連続して繋がっていることから,インペラーブレード74からの送風を熱電気デバイス80に直接吹き付けることになるのであって,引用発明が,この点において,本願発明と異なるとは認められない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(5) 本願発明の容易想到性について
ア 前記のとおり,本願発明と引用発明とが,原告の主張する相違点(ア)において相違するとはいえないから,本願発明の容易想到性の判断の誤りに係る原告の主張のうち,相違点(ア)が存することを前提とする主張は理由がない。
イ 相違点(イ)について
(ア) 本願発明と引用発明とは,本件審決が認定したとおり,節電冷暖房装置が,本願発明では,超小型であるのに対し,引用発明では,超小型か否か定かでない点(相違点(イ))において相違する。
前記(2)ウ記載の本願発明の構成及び特徴によれば,本願発明における「超小型」は,「節電冷暖房装置の使用者が机上で使用したり,携帯することができる程度に小型」であることを意味するものと解される。
そして,前記(3)イ記載のとおり,引用例には,引用発明を「人が身につける他の物品,例えばヘルメット,ベストにも使用することができる」ことが開示されているから,当業者において,引用発明の節電冷暖房装置を,人が携帯することができる程度に小型のものとに係る本願発明の構成とすることは容易であると認められる。
(イ) 原告の主張について
a 原告は,引用発明は,ブロワー70からの風を熱電気デバイス80に送風するものであり,ブロワー70が存在しているため,本願発明に示すような,例えば3㎝×3㎝×4㎝という超小型の冷暖房装置を想到し,実現することはできない旨主張する。
しかしながら,そもそも,本願発明において,「超小型」とは,「節電冷暖房装置の使用者が机上で使用したり,携帯することができる程度に小型」を意味するものと解されることは,前記(ア)のとおりであり,「3㎝×3㎝×4㎝」という程度の大きさのものに限られるものではない。
引用発明における節電冷暖房装置を,人が携帯することができる程度に小型のものとするため,ブロワー70を含め引用発明を構成する部材を適宜の大きさのものとすることは,当業者が通常になし得ることであるといえる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
b 原告は,本願発明における「超小型化」は,冷熱素子とファンとを直接接合させるという本願発明の構成により初めて実現することのできるものである旨主張する。
しかしながら,本願発明は,「ファンの回転軸の軸方向に冷熱素子を設け」というものであり,ファンの回転軸の軸方向に配置されていれば,原告の主張するところの「冷熱素子がファンに固着して取り付けられている態様」に限定されるものではないから,本願発明が上記「冷熱素子がファンに固着して取り付けられている態様」に限定されることを前提に,引用発明との相違を述べる原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであるといわざるを得ない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(6) 以上によれば,本件審決に原告が主張する相違点(ア)の看過は認められず,本件審決における容易想到性の判断についても誤りがあるとは認められない。
したがって,本件審決が,本願発明は,引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本願は拒絶すべきものであるとしたのは相当であって,原告主張の取消事由2は理由がない。
第5結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 柵木澄子)
file_2.jpg別紙