知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10318号 判決 2014年9月11日
原告
オスラム オプト セミコンダクターズ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
訴訟代理人弁護士
加藤義明
同
木村育代
同
松永章吾
同
原澤敦美
訴訟代理人弁理士
星公弘
同
高橋佳大
被告
特許庁長官
指定代理人
中田誠
同
相崎裕恒
同
稲葉和生
同
堀内仁子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2012-23385号拒絶査定不服審判事件について平成25年7月16日にした審決を取り消す。
第2前提となる事実
1 特許庁における手続の概要(争いがない。)
原告は,発明の名称を「ルミネセンス変換層を備えた発光ダイオード光源を製造するための方法」とする発明について,平成20年6月17日,特許出願(特願2008-158177号。平成15年10月21日を国際出願日とする特許出願(特願2004-547408号。優先権主張・平成14年10月30日)の分割出願である。以下「本願」という。)をし,平成23年9月5日付けの手続補正書により,特許請求の範囲の補正をした。原告は,同年11月10日付けで拒絶理由通知(最後)を受けたので,平成24年5月15日付けの手続補正書により,特許請求の範囲の補正をしたが,同年7月25日付けで,同補正が却下されるとともに,拒絶査定を受けたことから,同年11月27日,拒絶査定に対する不服の審判(不服2012-23385号事件)を請求するとともに,同日付けの手続補正書により,特許請求の範囲の補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,平成25年7月16日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし,その謄本を,平成25年7月29日,原告に送達した。
2 本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の特許請求の範囲(請求項の数13)の請求項1の記載は,次のとおりである(甲5。平成23年9月5日付けの補正後のもの。以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」といい,本件補正前の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)。
「チップから放射される一次ビームの少なくとも一部がルミネセンス変換材料によって変換される,発光ダイオード光源を製造するための方法において,
表側の電気的なコンタクトを電気的なコンタクト面の形状で有するチップを準備するステップと,
前記表側の電気的なコンタクトを前記電気的なコンタクト面に導電性材料を被着させることにより厚くするステップと,
前記チップを前記ルミネセンス変換材料でもってコーティングするステップとを有し,
前記一次ビームを放射するチップは複数の別の同種のチップと共にウェハ結合体に存在し,
前記チップを前記ルミネセンス変換材料でもってコーティングする前に,個々のチップ間の切断線に沿って溝を形成し,該溝を,後続のチップのコーティングの際に,少なくとも部分的に前記ルミネセンス変換材料でもって充填し,
続いて前記チップをウェハ結合体から発光ダイオード光源に個別化することを特徴とする,発光ダイオード光源を製造するための方法。」
3 本件補正後の特許請求の範囲
本件補正後の特許請求の範囲(請求項の数10)の請求項1の記載は,次のとおりである(甲11。以下,同請求項に記載された発明を「本願補正発明」という。補正部分には下線を付した。)。
「チップから放射される一次ビームの少なくとも一部がルミネセンス変換材料によって変換される,発光ダイオード光源を製造するための方法において,
表側の電気的なコンタクトを電気的なコンタクト面の形状で有するチップを準備するステップと,
前記表側の電気的なコンタクトを前記電気的なコンタクト面に導電性材料を被着させることにより厚くするステップと,
前記チップを前記ルミネセンス変換材料でもってコーティングするステップとを有し,
前記一次ビームを放射するチップは複数の別の同種のチップと共にウェハ結合体に存在し,
前記チップを前記ルミネセンス変換材料でもってコーティングする前に,個々のチップ間の切断線に沿って溝を形成し,後に前記ルミネセンス変換材料でもってチップをコーティングする際に,前記溝を少なくとも部分的に前記ルミネセンス変換材料でもって充填し,
前記チップのコーティング後に,前記発光ダイオード光源の色位置(CIEカラーチャート)の調節を実施し,前記発光ダイオード光源の色位置を,前記ルミネセンス変換材料からなる層の薄層化によって,該ルミネセンス変換材料からなる層の厚さを介して調節し,
続いて前記チップをウェハ結合体から発光ダイオード光源に個別化することを特徴とする,発光ダイオード光源を製造するための方法。」
4 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。要するに,①本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に当たるところ,本願補正発明は,特開2002-64112号公報(甲14。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び特開2001-177158号公報(以下「刊行物2」という。)の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第5項(以下,単に「特許法17条の2第5項」という。)において準用する同法126条5項の規定に違反するので,却下すべきものである,そして,②本願発明は,本願補正発明と引用発明との相違点に係る本願補正発明の特定事項を除いたものに相当すると認められるから,刊行物1に記載された発明というべきであり,特許法29条1項3号の発明に該当し,特許を受けることができない,というものである。
5 審決が認定した引用発明の内容及び本願補正発明との一致点・相違点
(1) 引用発明の内容
「青色領域の光を発する光電子部品素子が複数形成され,当該光電子部品素子各々の電極上に接続電極としてのバンプが形成された基板表面に半導体基板の厚みの半分程度の深さを有する溝を形成する溝形成工程と,前記溝が形成された基板表面に透明樹脂を塗布する第1塗布工程と,第1塗布工程で基板表面に塗布した樹脂を研磨して前記接続電極を露出させる研磨工程と,前記基板の裏面に透明樹脂を塗布する第2塗布工程と,前記溝が形成された位置を切断して個々の光電子部品に分離する分離工程とを有する光電子部品の製造方法において,前記溝は,前記基板に形成された光電子部品素子間に形成され,前記透明樹脂は,前記光電子部品素子から発せられる光の少なくとも一部を吸収し波長変換して発光する蛍光物質を含む光電子部品の製造方法。」
(2) 本願補正発明と引用発明の一致点
「チップから放射される一次ビームの少なくとも一部がルミネセンス変換材料によって変換される,発光ダイオード光源を製造するための方法において,
表側の電気的なコンタクトを電気的なコンタクト面の形状で有するチップを準備するステップと,
前記表側の電気的なコンタクトを前記電気的なコンタクト面に導電性材料を被着させることにより厚くするステップと,
前記チップを前記ルミネセンス変換材料でもってコーティングするステップとを有し,
前記一次ビームを放射するチップは複数の別の同種のチップと共にウェハ結合体に存在し,
前記チップを前記ルミネセンス変換材料でもってコーティングする前に,個々のチップ間の切断線に沿って溝を形成し,後に前記ルミネセンス変換材料でもってチップをコーティングする際に,前記溝を少なくとも部分的に前記ルミネセンス変換材料でもって充填し,
続いて前記チップをウェハ結合体から発光ダイオード光源に個別化する,発光ダイオード光源を製造するための方法。」
(3) 本願補正発明と引用発明の相違点
「本願補正発明は,『前記チップのコーティング後に,前記発光ダイオード光源の色位置(CIEカラーチャート)の調節を実施し,前記発光ダイオード光源の色位置を,前記ルミネセンス変換材料からなる層の薄層化によって,該ルミネセンス変換材料からなる層の厚さを介して調節』するのに対して,引用発明は,かかる調節を行うものかどうか不明である点」
第3原告の主張する取消事由
1 取消事由1(本願補正発明と引用発明との一致点の認定誤り)
本願補正発明と引用発明とは,以下の3点で明らかに異なるから,審決の一致点の認定は誤りであり,審決は,誤った判断に基づいて本件補正の却下を行ったものであるから,取り消されるべきである。
(1) 個別化工程の順番の相違(取消事由1の1)
ア 本願補正発明では,溝は各チップが個別化される前に形成され,この溝にルミネセンス変換材料を充填した後で,各チップに個別化されるので,チップの縁部でも変換光が放射できるチップを簡単に大量に製造できるという効果がある(本願明細書の【0021】【0031】)。
イ 一方,審決は,引用発明についても,各LEDチップを分離(個別化)する前に溝を形成し,透明樹脂を塗布し,最後に各LEDチップを分離(個別化)すると認定しているが,その根拠は,刊行物1の【0034】の「しかしながら,半導体基板10の厚みの半分程度の深さを有する溝を形成し,透明樹脂28を塗布して硬化させ,バンプ18,20が露出するまで透明樹脂28を研磨した後,半導体基板10の裏面を,形成した溝の底が露出するまで研磨して研磨した半導体基板10の裏面に透明樹脂30を塗布するようにしてもよい。」との記載であると推定される。
ウ しかし,「溝の形成が半導体基板の厚さの半分程度」とする構成以外の引用発明と本願補正発明との一致点についての審決の認定は,刊行物1の【0011】~【0031】,すなわち図4(c),図5,図6に開示された発明と本願補正発明とを比較して認定したものであるところ,これらの図の各LEDチップは,ウエハ的には完全に分離(個別化)されたものであり,分離後の各LEDチップにシートを貼り付けて各LEDが四散することを防止した上で,透明樹脂が塗布されている。一方,本願補正発明では,コーティングした後,各LEDを最後に個別化するから,本願補正発明と,刊行物1の【0011】~【0031】記載の発明とでは,個別化(分離工程)の順序が明らかに相違する。
エ 審決が,引用発明の各LEDチップの個別化が最後に実行される根拠としたのは,前記のとおり刊行物1の段落【0034】の記載であるが,【0034】記載の技術では,次のとおり,本願補正発明の作用効果を得ることはできない。
(ア) まず,前提として,本願補正発明と引用発明では,研磨面が相違する。すなわち,本願明細書の【0005】【0021】,図1Eによれば,本願補正発明の「表側」とは放射光が放射される方向である。一方,刊行物1の図9(a)によれば,引用発明では,接続用ボール32が放射側と反対側に存在することが理解でき,この事実をもとに図4(c)を参照すると,放射側と反対側から溝が形成され,【0024】,図5(c)から,研磨されている面が,放射面とは反対側の面であり,本願補正発明の研磨(調整)面とは反対側の面であることが理解できる。
なお,被告は,本願明細書の段落【0036】に基づいて,本願補正発明は,「電気的なコンタクト」が形成される側の反対側から放射されるものとを排除するものではないと主張する。しかし,仮に被告の主張どおりであるとすると,放射光の放射側にあるルミネッセンス変換材料からなる層を薄層化することに何ら障害はないこととなり,本願明細書の段落【0001】~【0035】の記載は全て意味のない記載となってしまう。段落【0036】は,表側が,光が放射される側の反対側であるなどとは記載しておらず,表側が透明基板11の,半導体層列10とは反対側であると記載しているだけであり,半導体層列10から放射された光6は,透明基板11を通過し,半導体層列10とは反対側に放射されるものと解すれば,段落【0001】~【0035】の記載と矛盾することはない。
(イ) そして,刊行物1の段落【0034】の前記記載によれば,【0034】では,放射面側の反対側から,半導体基板10の厚みの半分程度の溝を形成することになる。しかし,引用発明は,放射面側の反対側から放射光が放射されることはないので,反対側から溝を半導体基板の半分の厚さに形成しても,縁部方向の変換光を得ることはできない。一方,本願補正発明では,前記アのとおり,チップの縁部でも変換光が放射できるという効果が得られるのであるから,引用発明では,本願補正発明の作用効果を得ることができない。
オ また,刊行物1の【0034】の記載の技術は,溝を形成した後,基板を放射側から半分も研磨して消失させるというものであるところ,このように研磨された半導体基板は,正常に光を放射できないから,【0034】記載の技術は,公知技術としての資格を有さない。
カ したがって,刊行物1には,既に分離(個別化)された各LEDチップに透明樹脂を塗布し,バンプに塗布された透明樹脂を研磨で取り除く技術が開示されているだけである。一方,本願補正発明では,各LEDチップはウェハ結合体として最後まで分離されず,研磨による色調整後に最後の工程で個別化することにより,LEDチップの縁部から変換光を得ることができる発光ダイオード光源を,シートなど使用せず,簡単に大量に製造できるものであるから,刊行物1に開示されている発明と,本願補正発明とは,個別化工程の順序という点で相違する。
(2) 電気的なコンタクトの位置の相違(取消事由1の2)
本願補正発明と引用発明とでは,電気的なコンタクト(アノード端子)の位置が異なり,その結果,研磨する目的及び研磨する面が異なるという相違点がある。
すなわち,前記のとおり,本願補正発明において,「表側」とは,放射光が放射される側であるから,本願明細書の図1Eのとおり,放射光6が放射される表側に,導電性材料3が存在する。そして,LEDチップから放射されたLED光を変換光に変換するためのルミネセンス変換材料も放射側にコーティングするから,表側に電気的なコンタクト(導電性材料3)が存在することによって,薄いコーティングができないという課題が存在する。
一方,引用発明では,刊行物1の図9(a),図4~6において,放射側に電気的なコンタクトは存在せず,放射側と反対側に電気的なコンタクトが存在する。したがって,変換光を形成するルミネセンス変換材料を含む層の薄層化の障害となる電気的なコンタクトが放射側に存在しない引用発明には,本願補正発明の上記課題は発生しない。
(3) 塗布(コーティング)工程と研磨工程の順番の相違(取消事由1の3)
ア 引用発明には,溝が形成された基板表面に透明樹脂28を塗布する第1塗布工程と,第1塗布工程で基板表面に塗布した透明樹脂28を研磨して接続電極を露出させる研磨工程と,前記基板の裏面に透明樹脂30を塗布する第2塗布工程が存在する。そして,前記(1)エ(ア)のとおり,第1塗布工程とは,LEDの放射光が放射される面とは反対側の面に対する透明樹脂28の塗布のことであり,研磨工程では,当該透明樹脂を,接続電極を露出させるために研磨しており,その後に主たる,放射光が放射される面に透明樹脂30を塗布する第2塗布工程がある。したがって,研磨後に塗布される透明樹脂30が研磨されておらず,色調整もなされていないことは明らかである。
イ 一方,本願補正発明では,前記(1)エ(ア)のとおり,LEDの放射光が放射される面に被着されたルミネセンス変換材料からなる層を研磨しているから,放射光が放射される面にルミネセンス変換材料をコーティングする工程は,引用発明の第2塗布工程に相当する。
ウ したがって,本願補正発明と引用発明とでは,塗布工程と研磨工程との順番が異なり,引用発明では,放射側のルミネセンス変換材料のコーティングを薄くすることができず,層の厚さ調整による色位置調整は存在しないという相違点がある。このような順番の相違は,本願補正発明と引用発明の研磨面及び研磨の目的が異なるために生じるものである。
2 取消事由2(本願補正発明との相違点についての容易想到性の判断の誤り)
(1) 審決は,引用発明は,第1塗布工程で基板表面に塗布した樹脂を研磨する研磨工程を備えるところ,刊行物2には,「波長変換用の蛍光物質を含有する樹脂材料の研磨量を調整することで発光色の色調の調整も自在に行える」との知見が開示されているから,引用発明の上記「研磨工程」を行う際に,研磨量を調整することで発光色の色調の調整を行うことは,当業者が容易になし得ると判断している。
(2) しかし,前記1(3)アのとおり,引用発明の第1塗布工程とは,放射側とは反対側の面に対する透明樹脂28の塗布であり,研磨工程とは,第1塗布工程によって電気的なコンタクトに塗布された透明樹脂を除去するための研磨である。一方,刊行物2における研磨は,放射面の蛍光物質を含む樹脂材料を研磨している。したがって,絶縁性の透明樹脂を除去するために,放射面と反対側を研磨する引用発明の研磨に,放射面の樹脂材料の研磨である刊行物2を適用するとの判断は誤りである。
また,仮に刊行物1の半導体基板10が全方向に発光したとしても,接続電極の露出のための研磨の際に,外部に出射されることもない,接続電極側の変換光を形成する透明樹脂28の色調整の研磨を行っても,主たる変換光を形成する透明樹脂30の色調整が行わなければ光電子部品の変換光の色調整が実現できないから,本願補正発明の主たる変換光の色調整の動機付けとなることはない。
(3) さらに,仮に引用発明と刊行物2の研磨する面が同じであったとしても,両者の研磨目的は異なっており,電気的なコンタクトの導電性を確保するため絶縁性の透明樹脂を除去するための研磨を,発光色の色調の調整のために蛍光物質を含む樹脂材料の厚さを調整する研磨に置き換える発想自体,当業者といえども容易に導き出せるものではないし,引用発明の電極露出のための研磨と,刊行物2の色むら補正の研磨との組合せを思いつくことはなく,審決は,本願補正発明を知った上での後知恵による発想であり,誤っている。
(4) また,刊行物2には,発光色に色むらが発生しないように波長変換層を均一に研磨すること及び研磨によって発光色の色調整をすることが開示されている。したがって,層厚が均一であるならば色むらに問題なく,薄層化までは開示されていない。発光色も目的の色で実現できれば,薄層化する必要はない。したがって,審決は,本願補正発明の薄層化の問題を看過している。
(5) なお,被告は,刊行物1の段落【0020】を根拠とするが,同段落には,望みの発光色を,蛍光物質を適宜選択することで形成できるという一般論が開示されているだけである。
3 取消事由3(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)
仮に,本件補正却下が正当であったとしても,本願発明にも,色位置調整のための薄層化以外の工程は存在するので,本願発明についての審決の判断にも,前記取消事由1の1ないし3の誤りが存在する。
4 取消事由4(手続違背)
本願の審査においては,1回目の拒絶理由通知では,特開2002-261325号公報(甲16)を主引用例とされ,2回目の拒絶理由通知では,まったく異なる刊行物1が主引用例とされたのに,2回目の拒絶理由通知は,補正に制限が課される最後の拒絶理由とされた。また,審判請求時の補正も,請求項の補正には制限を課されており,審判官は,審査段階の誤った審査手続を正すために,審判段階で,請求項の補正に制限のない拒絶理由通知を改めて通知すべきであったのに,通知することなく審決をした。
このように,被告は,まったく新しい拒絶理由を通知したにもかかわらず,特許請求の範囲の補正に制限を課すという違法な手続を行い,原告には,審決までに特許請求の範囲の補正に制限のない反論の機会が与えられなかった。したがって,審決には,原告が正当な反論をする機会を失われたという手続違背があり,取り消されるべきである。
第4被告の反論
1 取消事由1(本願補正発明と引用発明との一致点の認定誤り)について
(1) 個別化工程の順番の相違(取消事由1の1)について
ア 原告は,①本願補正発明の「表側」が放射光が放射される方向であることが明らかであるのに対し,②引用発明では,研磨される面が本願補正発明の研磨面とは反対側であり,引用発明において,放射側の反対側の面から放射光が放射されることはなく,同面側から溝を形成しても縁部方向の変換光を得ることはできないことを前提として,取消事由1の1についての主張をしている。
しかし,以下のとおり,原告の前提とする上記①②の主張は,本願補正発明の構成及び本願明細書又は刊行物1の記載に基づかないものであって,失当である。
(ア) まず,本願補正発明の特許請求の範囲には,「表側」が,放射光が放射される方向であることは記載されていない。
また,本願明細書の段落【0036】には,「実施例に基づく本方法の説明は,勿論本説明をこれに制限するものとしてみなすべきではない。例えばチップの表側は,基板における半導体層列側とは反対の側でも良く,これは例えばフリップチップ実装のために設けられているLEDチップの場合である。」との記載がある。同記載によれば,「本願補正発明」の「チップ」は,「フリップチップ実装のために設けられているLEDチップ」を含むことは明らかである。そして,一般に,「フリップチップ実装のために設けられているLEDチップ」においては,チップの基板側,すなわち電極を有する側とは反対側から光を取り出すことになる(乙2)。
そうすると,本願補正発明においても,「電気的なコンタクト」が形成される側の反対側から,光を取り出すことになる。本願補正発明の特許請求の範囲によれば,「電気的なコンタクト」は「表側」にあるとされているから,本願補正発明は,「表側」とは反対側から放射光が放射されるものを排除するものではなく,放射光の放射される方向が「表側」に特定されるものではない。
(イ) 一方,刊行物1の段落【0006】ないし【0009】によれば,引用発明の課題は,電極を有する側の反対側から光を取り出すLEDチップを前提とするものではない。そして,刊行物1の段落【0031】によれば,引用発明の光電子部品素子は,全方向に光を発するものである。
しかるところ,特開2001-127347号公報(乙2)の段落【0007】,【0008】の記載にみられるように,電極を有する側から光を取り出すLEDチップ及び電極を有する側の反対側から光を取り出すLEDチップは,ともに本願の優先日当時周知の技術である。
上記各事実によれば,引用発明は,放射光が放射される方向が,電極が形成された側である光電子部品素子及びその反対側である光電子部品素子のいずれにも適用可能なものと理解でき,光電子部品素子を,電極が形成された側の反対側を放射光が放射される方向とするものと解釈しなければならない理由はない。また,引用発明の光電子部品素子は,全方向に光を発するものであって,縁部方向にも光を発するから,引用発明に溝を形成しても縁部方向の変換光を得ることはできないということはできない。
イ 原告は,刊行物1の段落【0034】記載の技術は公知技術としての資格を欠くとも主張するが,特開2000-68556号公報(乙3)の段落【0004】の記載によれば,半導体基板の厚みの半分程度の深さに形成した溝の底が露出するまで半導体基板を研磨しても光の放射に格別の支障がないことは明らかである。
ウ したがって原告の主張は,根拠を欠くものであって,失当である。
(2) 電気的なコンタクトの位置の相違(取消事由1の2)について
原告の主張は,本願補正発明の「表側」は,放射光が放射される方向であり,引用発明では,放射側と反対側に電気的なコンタクトが存在することを前提とするものであるが,前記(1)イのとおり,原告の主張は前提において失当である。
(3) 塗布(コーティング)工程と研磨工程の順番の相違(取消事由1の3)について
原告の主張は,本願補正発明の「表側」は,放射光が放射される方向であり,引用発明では,放射側と反対側に電気的なコンタクトが存在することを前提とするものであるが,前記(1)イのとおり,原告の主張は前提において失当である。
2 取消事由2(本願補正発明との相違点についての容易想到性の判断の誤り)について
刊行物1の段落【0031】の記載によれば,引用発明において,光電子部品素子は,電極が形成された基板表面からも光が発せられ,その光が,蛍光物質が混合された透明樹脂を通過して波長変換されるものであり,さらに,電極が形成された基板表面から発せられた光も含め,全方向に発せられた光が,蛍光物質が混合された透明樹脂を通過して波長変換されることにより,所望の色調の光が得られるというものである。そして,刊行物1の段落【0020】の記載によれば,引用発明は,発光色をしかるべきものとすることを念頭においた発明であるといえるから,引用発明の「第1塗布工程で基板表面に塗布した樹脂を研磨して前記接続電極を露出させる研磨工程」を行う際に,刊行物2に開示された知見を適用して,研磨量を調整することで発光色の色調の調整を行うことは,当業者が容易になし得る程度のことである。
したがって,審決には,原告の主張する判断の誤りはない。
3 取消事由3(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について
原告の主張は,前記1のとおり失当であり,審決の本願発明と引用発明との一致点の認定に誤りはない。
4 取消事由4(手続違背)について
審決の理由は,査定の理由と異なるものではないから,特許法上,拒絶理由通知を行うべき規定はなく,原告に対し,意見書の提出又は補正の機会を与えることなく審決をした審判手続に何ら違法はない。
どのような補正を行うかは,原告自ら決定すべきところ,原告は,第2回目の拒絶理由通知に対する応答の際及び審判請求の際に,補正の制限に対する反論を含めて意見を提出することが可能であったから,「正当な反論をする機会が失われたという手続違背がある」との原告の主張は,失当である。なお,原告の主張は,第1回目の拒絶理由通知と第2回目の拒絶理由通知の主引用発明が異なる場合には,請求項の補正に制限が課せられないことを前提とするものと思われるが,根拠を欠くというべきである。したがって,審決には原告が主張する違法はない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告の各取消事由の主張には理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 取消事由1(本願補正発明と引用発明との一致点の認定誤り)について
(1) 本願補正発明の要旨
本願明細書(甲1)記載によれば,本願補正発明は,次のとおりのものであると認められる。
従来,動作時に一次ビームを放射する「半導体チップ」と,この一次ビームの一部を別の波長の光に変換して通過させる「ルミネセンス変換素子」とを有する構成素子によって,変換されていない一次ビームと変換されたビームの二つのビームを重畳させ,白色光等を放出する発光ダイオード光源を形成することができる構成素子は公知であったところ(【0002】,【0003】),色的に十分に均一な合成ビームを得るためには,ルミネセンス変換素子を通過する一次ビームの光路長差は可能な限り小さいものとなることが好適であり,それは,例えば,ルミネセンス変換材料を一定の厚さの薄い均質な層の形状で発光ダイオードチップ表面に被着させることで可能となるものであった(【0004】)。しかしながら,薄いルミネセンス変換層を簡単に被着することは,使用される発光ダイオードチップが表側(すなわち放射方向に向いている側)において電気的なコンタクト層を有する場合には,容易に実現することができず,そのようなチップの表面をコーティングする場合には,電気的な接触能力が保証されたものであることを顧慮しなければならない(【0005】)という問題があった。
本願補正発明は,このような問題に鑑みて,表側の電気的なコンタクトを有する発光ダイオードチップの簡単且つ廉価なコーティングが実現される方法を提供することを課題とするものである(【0006】)。そして,そのような課題を解決するために,本願補正発明は,発光ダイオード光源を製造するための方法として,表側に電気的なコンタクトを電気的なコンタクト面の形状で有するチップの当該電気的なコンタクト面に,導電性材料を被着させて厚くした上で,複数の別の同種チップと共にウェハ結合体上にあるチップをルミネセンス変換材料でコーティングするが,①コーティング前に個々のチップ間の切断線に沿ってウェハ結合体に溝を形成し,②その上で,ルミネセンス変換材料でチップをコーティングすることによって,溝を少なくとも部分的にルミネセンス変換材料で充填し,③コーティング後に,ルミネセンス変換材料からなる層の薄層化によって発光ダイオード光源の色位置を調節し,④最後に,前記チップをウェハ結合体から発光ダイオード光源に個別化するというステップ(個別化のステップ)をとること(特許請求の範囲,【0016】,【0021】)を特徴とするものである。このようなステップをとることによって,複数の発光ダイオード光源を同時に,簡単かつ廉価にコーティングして製造することができる(【0008】【0011】)。また,上記ルミネセンス変換材料からなる層の薄層化によって,発光ダイオード光源の色位置を簡単に制御することが可能となる(【0009】【0016】)とともに,チップ上の電気端子(電気的なコンタクト)が少なくとも部分的に露出されるので(【0015】,電気的な接触能力が保証されることになるものである。さらに,発光ダイオードチップは,表側だけではなく側方からも放射することができるところ,本願補正発明によれば,チップ間の溝にルミネセンス変換材料が充填された後で,各チップに個別化されるので,チップの縁部にもルミネセンス変換材料がコーティングされ,変換光が放射できるという効果を有する(【0021】)。
(2) 引用発明について
ア 刊行物1には,以下の記載があることが認められる(甲14。図4,図5,図7及び図9は別紙のとおり。)。
(ア) 「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,光電子部品の製造方法に係り,特にLED(Light Emitting Diode:発光ダイオード)等の発光素子,及びフォトダイオード等の受光素子を封止して光電子部品を製造する光電子部品の製造方法に関する。」
(イ) 「【0005】ところで,LEDは優れた単色性ピーク波長を有するが故に白色系等の発光波長を発光することができない。そこで,青色領域の光を発するLEDチップと蛍光物質とを用いてLEDチップから発せられる光を他の色に変換することによって,種々の色を発するLEDが案出されている。このLEDを用いると,単一のLEDによって例えば白色光を発光させることができる。」
「【0007】【発明が解決しようとする課題】ところで,従来の技術では上述したように,リードフレームの先端に設けられたカップ上にLED素子を配置して,リードフレームの一部,カップ,及びLED素子を一括して封止していたため,LED素子の外形形状が必然的に大きくなるという問題があった。また,主としてLEDの指向特性を制御するために,LED素子を封止する樹脂の上部形状を半円形形状に形成してレンズの機能をもたせているが,上述のようにリードフレームの一部,カップ,及びLED素子を一括して封止する封止形態であるとレンズの形状も大きくなり,LEDの厚さ(LED素子から発せられる光の光軸方向の長さ)が厚くなるという問題があった。」
「【0008】・・・今後,LEDは種々の用途で用いられることが予想に難くないが,LEDを集積化して用いることも必要になると考えられる。かかる場合には,LEDの外形形状を小型化するとともに,厚みを薄くすることが要求されると考えられる。
【0009】本発明は,上記事情に鑑みてなされたものであり,小型且つ厚みの薄い光電子部品を安価に且つ単位時間に大量に製造することができる光電子部品の製造方法を提供することを目的とする。」
(ウ) 「【0011】【発明の実施の形態】・・以下の説明においては,LED(LightEmitting Diode:発光ダイオード)チップを封止して光電子部品を製造する場合を例に挙げて説明する。」
「【0012】まず,本実施形態において,光電子部品を製造するには,図2に示した複数のLEDチップ12が形成された半導体基板10を用いる。」
「【0014】図3及び図4(a)に示したように,本実施形態では,各LEDチップ12の負電極14と正電極16とが半導体基板10の表面側に形成されており,半導体基板10の厚み方向における負電極14と正電極16との位置が異なる構造のLEDチップ12を例に挙げて説明する。・・・」
「【0015】処理が開始すると,半導体基板10上に複数形成されたLEDチップ12の負電極14及び正電極16上に接続電極としてのバンプを形成する工程が行われる(工程S10)。」
「【0016】バンプ18,20を形成する処理が終了すると,次に個々のLEDチップ12間に溝を形成する工程が行われる(工程S12)。図4(c)は,LEDチップ12間に溝を形成する様子を示す断面図である。溝を形成するにあたり,まず半導体基板10の裏面にシート22を貼付する。このシート22は,半導体基板10に溝を形成した際に半導体基板10が個々に離散するのを防止するとともに,半導体基板10の表面に樹脂を印刷により塗布する際に,塗布した樹脂の漏れを防ぐために半導体基板10の裏面に貼付される。」
「【0017】半導体基板10の裏面にシート22を貼付した後,切断機24を用いてLEDチップ12間に溝が形成される。・・・切断機24を用いて半導体基板10に溝を形成する訳であるが,図4(c)に示した例では,半導体基板10の表面から半導体基板10の裏面に貼付したシート22に至る溝26が形成される。尚,図3に示したように個々のLEDチップ12の形状は矩形形状であり,溝26はLEDチップ12の4辺全てに形成され,個々のLEDチップ12の周囲を取り囲むように形成される。」
「【0018】半導体基板10に溝26が形成されると,溝26が形成された半導体基板10を図示しない樹脂印刷機に設けられたチャンバ内に配置し,真空下においてバンプ18,20及び溝26が形成された半導体基板10表面に対して透明樹脂28を印刷により塗布する工程が行われる(工程S14)。」
「【0019】・・・本実施形態で用いる透明樹脂28は液状のものであり,硬化後に半導体基板10の反りが極めて少なくなるよう抑えられるものが好ましい。尚,本実施形態では,LEDチップ12が青色領域の光を発し,LEDチップ12から発せられた光の少なくとも一部を吸収し波長変換して発光する光電子部品を製造する場合を例に挙げて説明している。ここで,波長変換を行うための蛍光物質が透明樹脂28に混合されている。」
「【0020】ここで,蛍光物質とは,少なくともLEDチップ12から発せられた可視光で励起されて可視光を発光する蛍光物質をいう。LEDチップ12から発せられた可視光と,蛍光物質から発せられる可視光とが補色関係などにある場合やLEDチップ12からの可視光とそれによって励起され発光する蛍光物質の可視光がそれぞれ光の3原色(赤色領域の光,緑色領域の光,青色領域の光)に相当する場合,LEDチップ12から発せられる光と蛍光物質から発せられる光とを混色表示させると白色系の発光色表示を行うことができる。また,蛍光物質を適宜調整したり,LEDチップ12から発せられる光の波長を選択することにより光電子部品から発せられる光を,白色を含め電球色等の任意の色調にすることができる。」
「【0024】透明樹脂28の印刷が終了すると,印刷した透明樹脂28を硬化させ,硬化後に半導体基板10の裏面に貼付されたシート22を剥離して,バンプ18,20が露出するまで透明樹脂28を研磨する工程が行われる(工程S16)。図5(b)はは【判決注:原文のママ】,透明樹脂28を研磨してバンプ18,20が露出した様子を示す断面図である。透明樹脂28がバンプ18,20を覆っていると,LEDチップとマザーボード等の外部の回路とを電気的に接続することができないため,接続電極としてのバンプ18,20を露出させる目的でこの工程が設けられる。」
「【0026】以上の工程が終了すると,次に半導体基板10の裏面に透明樹脂30を塗布する工程が行われる(工程S18)。・・・この透明樹脂30は,前述した透明樹脂28と同様に液状のものであり,波長変換を行うための蛍光物質が混合されている。」
「【0029】最後に,透明樹脂28及び透明樹脂30を切断することによりLEDチップ12を個々に分離して光電子部品38を形成する工程が行われる(工程S24)。」
「【0031】・・・図6(c)及び図7から分かるように,光電子部品38は,上下及び4側面が全て透明樹脂28,30によって封止されている構造である。前述したように,透明樹脂28,30には蛍光物質が混合されており,この透明樹脂28,30は光電子部品38の上下及び4側面を全て取り囲んでいるた【判決注:原文のママ】。よって,LEDチップ18から全方向に発せられた光が,蛍光物質が混合された透明樹脂28,30を通過して波長変換されるため,所望の色調の光を得る際に好都合である。」
(エ) 「【0033】以上,本発明の一実施形態による光電子部品の製造方法について説明したが,本発明は上記実施形態に制限されず,本発明の範囲内で自由に変更が可能である。例えば,上記実施形態における工程S12では,図4(c)に示したように,半導体基板10の裏面にシート22を貼付して切断機24により,半導体基板10の表面からシート22に至る溝26を形成していた。」
「【0034】しかしながら,半導体基板10の厚みの半分程度の深さを有する溝を形成し,透明樹脂28を塗布して硬化させ,バンプ18,20が露出するまで透明樹脂28を研磨した後,半導体基板10の裏面を,形成した溝の底が露出するまで研磨して研磨した半導体基板10の裏面に透明樹脂30を塗布するようにしてもよい。」
(オ) 「【0042】【発明の効果】以上説明したように,本発明によれば,小型且つ厚みの薄い光電子部品を安価に且つ単位時間に大量に製造することができるという効果がある。」
イ 刊行物1の前記記載によれば,引用発明は,以下のとおり,審決の認定した内容(前記第2の5(1))のものであると認められる。
すなわち,LEDチップと蛍光物質とを用いてLEDチップから発せられる光を他の色に変換することによって,種々の色を発するLEDが案出されており,このLEDを用いると,単一のLEDによって白色光等を発光させることができるが(【0005】),従来技術では,LED素子の外形形状が必然的に大きくなるという問題や,LEDの厚さ(LED素子から発せられる光の光軸方向の長さ)が厚くなるという問題があった(【0007】)。引用発明は,このような事情に鑑みて,小型且つ厚みの薄い光電子部品を安価に且つ単位時間に大量に製造することができる製造方法を提供することを目的とするものである(【0009】)。
そして,引用発明は,このような課題を解決する発光素子を製造する光電子部品の製造方法として,青色領域の光を発するLEDチップ12(光電子部品素子)が複数形成され(【0019】),当該各LEDチップ12の電極上に接続電極としてのバンプ18,20が形成された基板表面(【0015】)に,①半導体基板の厚みの半分程度の深さを有する溝を,各LED間に形成し(以下「溝形成工程」という。【0034】),②溝が形成された基板表面に,各LEDチップ12から発せられる光の少なくとも一部を吸収し波長変換して発光する蛍光物質を含む,透明樹脂28を塗布した上(以下「第1塗布工程」という。【0018】【0019】),③当該透明樹脂28を研磨して接続電極を露出させ(以下「研磨工程」という。【0024】),④その後に,前記基板の裏面に,透明樹脂28と同じく蛍光物質を含む透明樹脂30を塗布し(以下「第2塗布工程」という。【0026】),⑤最後に,前記溝が形成された位置で透明樹脂28,30を切断して個々の光電子部品に分離する(以下「分離工程」という。【0029】,【0030】)という内容を有するものである。引用発明には,小型かつ厚みの薄い光電子部品を安易にかつ効率良く大量に製造することができるという効果がある。
2 取消事由1の1(個別化工程の順番が一致するとの認定誤り)について
(1) 個別化工程の順番の相違(取消事由1の1)について
ア 前記認定のとおり,引用発明は,本願補正発明と同じく,①透明樹脂の塗布の前に半導体基板表面に溝を形成し(溝形成工程),当該溝が形成された基板表面に透明樹脂28を塗布した後(第1塗布工程),最後に透明樹脂28及び透明樹脂30を切断して各チップを半導体基板から個別化する(分離工程)という製造方法であるから,引用発明と本願補正発明のこれらの個別化工程の順番が一致するとの審決の認定に誤りはない(なお,刊行物1の段落【0034】の実施例によれば,溝形成工程,第1塗布工程,研磨工程を経た後,「半導体基板10の裏面を,形成した溝の底が露出するまで研磨」してから(以下「裏面研磨工程」という。),当該裏面に透明樹脂30を塗布する(第2塗布工程)とされており,溝の底が露出するまで裏面研磨をすれば,その時点で各LEDチップは個別化されるから,分離工程ではなく,裏面研磨工程が,本願補正発明の「チップをウエハ結合体から発光ダイオード光源に個別化する」ステップに当たると解する余地もあるが,その場合であっても,引用発明と本願補正発明の個別化工程の順番自体が一致することに変わりはなく,審決の結論は左右されない。)。
イ これに対し,原告は,引用発明では,光の放射側と反対側から溝が形成され,当該反対側の面が研磨されているため,刊行物1の段落【0034】記載のとおりに溝を形成して,樹脂を塗布しても,当該溝を形成した面から放射光が放射されることはないので,チップの縁部でも変換光が放射できるという本願補正発明の有する効果を得られないと主張する。
しかし,以下のとおり,引用発明の溝は,本願補正発明の溝と同じく,放射光が放射される面に形成されるものであるから,原告の主張を採用することはできない。
(ア) まず,本願補正発明において溝が形成され,研磨がされる「表側」とは,原告の主張するとおり,放射光が放射される面であると認められる。
すなわち,本願補正発明の特許請求の範囲の記載自体からは,溝が形成される「表側」については,電気的なコンタクトが存するとされる以外は,当該「表側」が放射光が放射される側(面)であるのか否かは明らかではないが,本願補正発明は,電気的なコンタクト層に,薄いルミネセンス変換材料を被着することが困難であるという課題を解決するために,電気的なコンタクト層に簡単かつ廉価なルミネセンス変換材料のコーティングを実現するための発明であること,ルミネセンス変換材料は,これを通過する光の波長を変換し,白色光等を放出する光源を形成するためのものであるから,ルミネセンス変換素子を塗布した「表側」の面から光が放射されることは当然の前提と考えられること,本願明細書の段落【0005】にも,従来技術の問題点として「薄い層を簡単に被着することは,使用される発光ダイオードチップが表側(すなわち放射方向に向いている側)において電気的なコンタクト層を有する場合には容易に実現することができない」と記載されており,表側が「放射方向に向いている側」と明記されていること,段落【0021】にも,「発光ダイオードチップは表側においてだけでなく側方からも放射する」旨の記載があることを参酌すれば(特許法70条2項),本願補正発明における「表側」とは,電気的なコンタクトが存するというだけではなく,放射光が放射される面を意味すると解するのが合理的である。
これに対し,被告は,本願明細書の段落【0036】に,「実施例に基づく本方法の説明は,勿論本発明をこれに制限するものとしてみなすべきではない。例えばチップの表側は,基板における半導体層列側とは反対の側でも良く,これは例えばフリップチップ実装のために設けられているLEDチップの場合である。」との記載があることを根拠として,フリップチップ実装の場合には電気的なコンタクトがある側の反対側が光の放射面となるから,放射光の放射される方向が「表側」に特定されるものではないと主張する。
しかし,上記のとおり,本願補正発明は,電気的コンタクトの存在するLEDチップの「表側」から放射光が放射されることを前提として,そのような構成が有する問題点を解決課題とする発明であること,段落【0036】は1つの実施例について言及したものにすぎず,その具体的実装形態も必ずしも明らかではないことからすれば,段落【0036】の記載内容にかかわらず,同記載によって,「表側」について上記解釈と異なる解釈をすることはできず,被告の主張を採用することはできない。
(イ) 一方,引用発明においても,溝が形成される「半導体基板表面」とは,放射光の放射される面であると認められる。
すなわち,引用発明により製造される光電子部品は,光電子部品の上下及び4側面の全てを蛍光物質が混合された透明樹脂で取り囲まれている構成であり,LEDチップから光が全方向に発せられ,透明樹脂を通過して波長変換されるものである(刊行物1の段落【0031】)。したがって,引用発明によって製造されたLEDチップは,6面すべてに光を放射するものであるから,引用発明によって溝が形成され,第1塗布工程において透明樹脂28が塗布される面である「半導体基板表面」からも,放射光が放射されるものであることは明らかである。
この点,原告は,刊行物1の図9(a)においては,光電子部品の電気的コンタクト(接続電極)のある面が放射光の放射側と反対側に存在することを理由として,引用発明においては,光電子部品の電気的コンタクトがある面は,放射側と反対側であると主張する。
しかし,図9(a) (別紙のとおり)は,引用発明により製造された光電子部品(LEDチップ)を,電気的なコンタクト(接続電極であるバンプ18,20)のある面(バンプ18,20上に接続用ボール32が固着されている。)を回路基板側に向けて実装した場合の,いわゆるフリップチップ実装(フェイスダウン実装)を示した図である。確かに,フリップチップ実装をした場合には,電気的なコンタクトのある面からも光は放射されるものの,回路基板に遮られるため,放射光の主な放射面(光の取出し口)は,電気的なコンタクトのある面(電極と接した面側)とは反対側の面となるが,LEDチップの実装形態としては,このような「フリップチップ実装」のほかに,電気的なコンタクト面を上にして,放射光の主な放射面(取出し口)が電気的なコンタクトのある面となる実装形態(フェイスアップ実装)も,当業者にとって周知の実装形態である(甲16,弁論の全趣旨)。そして,引用発明により製造される「光電子部品」の実装形態を,フリップチップ実装に限定することを示唆する記載は刊行物1にはなく,かえって,引用発明により製造されたLEDチップは,すべての面から放射するという構造を有しており,フェイスアップ実装にもフリップチップ実装にも適用できるものであるから,刊行物1に開示されている実施例を根拠として,引用発明によって製造される光電子部品がフリップチップ実装のみを想定して製造されるものと解することはできず,電気的なコンタクトの存する面が放射光の放射される面とはならないということはできない。したがって,原告の主張を採用することはできない。
(ウ) なお,原告は,刊行物1の【0034】記載のように放射側から半分も研磨(裏面研磨工程)して消失させた半導体基板は,正常に光を放射できないから,同記載は公知技術としての資格を有さないとも主張するが,引用発明のLEDチップには例えばサファイア基板が使われているところ(刊行物1の【0012】【0013】),特開2000-68556号公報(乙3)によれば,サファイア基板を研削により半分以下の厚みにしても光の放射に支障はないと認められるから,原告の主張は理由がない。
(エ) 以上によれば,引用発明の溝も,本願補正発明と同じく,放射光の放射される面に形成されるものであり,引用発明によっても,本願補正発明と同じく,溝に塗布された透明樹脂によって,チップの縁部でも変換光が放射されるという効果を得られるから,原告の主張は採用することができない。
(2) 取消事由1の2(電気的なコンタクトの位置の相違)について
原告は,刊行物1の図9(a),図4~6に基づいて,引用発明の電気的なコンタクトは放射光の放射側と反対側に存在するから,本願補正発明と引用発明の電気的なコンタクトの位置は相違する旨主張する。
しかし,前記(1)イ(イ)説示のとおり,刊行物1の図9(a)は,引用発明により製造されたLEDチップをフリップチップ実装した場合の実施例にすぎないところ,引用発明により製造されたLEDチップの実装方法はフリップチップ実装に限定されておらず,フェイスアップ実装も含まれ,引用発明により製造された光電子部品は,その構成上,電気的なコンタクトが存在する面を含むすべての面から光が放射される(フェイスアップ実装された場合には,電気的なコンタクトが存在する面側が主たる放射光の放射面となる。)のであり,電気的なコンタクトが存する面は,本願補正発明と同じく,放射光が放射される面であるから,原告の主張は理由がない。
(3) 取消事由1の3(塗布(コーティング)工程と研磨工程の順番の相違)について
原告は,引用発明の第1塗布工程は,放射光の放射面とは反対側の面に対する透明樹脂の塗布であり,研磨工程も同じく光の放射面とは反対側の面に対する研磨であるから,引用発明と本願補正発明の塗布工程と研磨工程の順番は相違すると主張する。
しかし,前記(1)イ(イ)説示のとおり,引用発明において,第1塗布工程において透明樹脂が塗布される面及び研磨工程において研磨される面である電気的コンタクトを有する「半導体基板表面」は,放射光が放射される面(フェイスアップ実装された場合には,主たる放射光の放射面)であるから,原告の主張は理由がない。
3 取消事由2(本願補正発明との相違点についての容易想到性の判断の誤り)について
(1) 本願補正発明と引用発明との相違点は,審決の認定(前記第2の5(3))のとおりである。すなわち,両発明は,いずれも電気的なコンタクトを有し,かつ,放射光を放射する面に塗布したルミネセンス変換材料を,同じ工程段階(溝形成工程及び当該面への塗布工程後で,個別化工程前)で研磨するという点で一致するものであるが,本願補正発明は研磨によって,電気的なコンタクトの露出により外部回路との電気的な接触能力を保証するということだけではなく,併せて発光ダイオード光源の色位置を調整するという目的を有し(前記1(1)),これを構成要件の一部としているのに対し,引用発明は,外部回路との電気的な接続の確保のために電気的なコンタクト(接続電極)を露出させるという目的のみで研磨しているという点で相違する。
(2) しかし,一方,刊行物2(甲15)には,フリップチップ型の発光素子の周りを蛍光物質を含む樹脂パッケージ等で封止し,発光素子からの青色発光を蛍光物質によって波長変換して白色発光が可能となる半導体装置を製造する場合,発光素子の周囲全体を包み込む金型をセットし,この金型に樹脂を注入して樹脂パッケージを形成するという製造方法によると(【0005】,【0008】),発光素子の主光取出し面を被膜する樹脂の厚さはある程度一様化できるものの,表面に凹凸ができたりして一様な平坦度が得られず,蛍光物資を含む樹脂の厚さは波長変換率に大きく影響するので,純粋な白色発光の製品の製造に支障がでるという問題があるため(【0010】,【0028】),p側及びn側の両電極を発光素子の基板の導通基板側に搭載し,その反対側である基板の上を向いた側(主光取出し面)を含む発光素子の周りを波長変換用の蛍光物質を含有する樹脂材料によって塗布又は金型によって被膜した上,樹脂材料の上面を前記基板の主光取出し面と平行となるように研磨し,樹脂材料を所望の色度となる厚さにする(【0030】,【0031】)という製造方法を採用することにより,主光取出し面上の波長変換層(樹脂層)の厚さを均一化できるので,主光取出し面からの色度のむらのない発光が得られ,また,波長変換層(樹脂層)の厚さを所望の色度座標の値に対応した厚さによって調整するので,層厚を任意に設定でき,色度も自在に調節できるという技術が開示されている(【0034】)ことが認められる。
(3) 前記認定事実によれば,刊行物2の技術は,引用発明と同じ,発光素子の周りを波長変換用の蛍光物質を含有する樹脂材料によって被膜するという白色光の発光ダイオード光源の製造方法に関するものであり,引用発明と同じく,透明樹脂の塗布工程の次に存する,ルミネセンス変換材料(透明樹脂)の厚みを研磨により調整するという工程に関するものであるから,引用発明と全く同一の技術分野ないし対象物に関するものである。また,刊行物2の技術は,樹脂層の研磨調整により,所望の色度に調節できるという機能を有するものであるところ,引用発明も,光電子部品というものの性質上,発せられる光を任意の色調とすることが前提として必要とされている(刊行物1の【0022】)。
そうすると,刊行物2の記載に接した当業者であれば,引用発明における光の放射面側に塗布された透明樹脂を研磨して接続電極を露出させる工程である「研磨工程」が,接続電極を露出させることに加えて,透明樹脂の層の厚さを調整して,所望の色度を得る手段にもなり得ることを理解するといえ,同一の技術分野及び製造工程を有する引用発明においても,製造する光電子部品を任意の色調とするために,「研磨工程」を行う際の研磨量を調整して色度の調整を行うことは,当業者であれば容易になし得ることであるといえる。また,刊行物2記載の技術は,フリップチップ実装用の光電子部品について,その電気的コンタクト(接続電極)の存しない面(放射光が主に放射される側の面)を研磨するものであるが,このことが,引用発明の半導体基板表面(放射光の放射される面)に刊行物2記載の技術を適用することについての阻害要因になるとも認められない(原告からもその旨の具体的な主張はない。)。
以上によれば,引用発明に,刊行物2記載の技術を組み合わせることにより,引用発明と本願補正発明の相違点の構成を想到することは容易であると認められるから,この点に関する審決の結論に誤りがあるとは認められない。
(4) 原告の主張について
ア 原告は,引用発明の第1塗布工程は,放射側とは反対側の面に対するものであり,研磨工程も同じく光の放射面とは反対側の面に対するものであるから, 放射面側の樹脂材料についての研磨である刊行物2の技術を適用するとの判断は誤りであると主張する。しかし,引用発明の第1塗布工程及び研磨工程が放射光の放射される面に対するものであることは前記1のとおりであるから,原告の主張を採用することはできない。
イ 原告は,仮に刊行物1の半導体基板10が全方向に発光するものだとしても,接続電極の露出のための研磨の際に,外部に出射されることもない,接続電極側の変換光を形成する透明樹脂の色調整の研磨を行っても,主たる変換光を形成する透明樹脂30の色調整が行わなければ光電子部品の変換光の色調整が実現できないから,本願補正発明の主たる変換光の色調整の動機付けとなることはないと主張する。
しかし,原告の主張は,引用発明によって製造された光電子部品(LEDチップ)がフリップチップ実装されることを前提とするものであるところ,前記(1)イ(イ)説示のとおり,引用発明はフリップチップ実装のみのための光電子部品を製造するものではないから,原告の主張は前提を欠き,採用をすることができない。
ウ 原告は,引用発明と刊行物2の技術の研磨面が同じであるとしても,両者の研磨目的は異なっているから,絶縁性の透明樹脂を除去するための研磨を,色調整のために厚さを調整する研磨に置き換えることは当業者によって容易ではないし,両方の研磨の組み合わせを思いつくこともなく,審決は誤っている旨主張する。
しかし,研磨目的が異なっていても,刊行物2の色調整のための研磨は,電気的コンタクトの露出のための研磨と技術的に相反するものではなく(電気的コンタクトの露出のための研磨は,露出のための必要最小限度の研磨さえすれば良く,その後の色調整のための研磨の程度によってその効果が左右されるものではない。),当業者は,一方の目的での研磨をするために,他方の目的での研磨と置き換えなければならないものではないし,両方の研磨の目的を組み合わせることが当業者にとって容易に想到されることは前記(3)のとおりであるから,原告の主張は採用することができない。
エ 原告は,刊行物2には,ルミネセンス変換材料の薄層化までは開示されておらず,層圧が均一であり,発光色の色調整が不要であれば薄層化の必要性もないと主張する。
しかし,そもそも本願補正発明の特許請求の範囲自体,「色位置を,前記ルミネセンス変換材料からなる層の薄層化によって・・・層の厚さを介して調節し」とするのみで,色位置の調節と無関係にルミネセンス変換材料からなる層を必ず薄層化することが本願補正発明の構成要件に含まれるとは解されない。また,この点を措くとしても,引用発明自体が,「厚みの薄い」光電子部品を製造することを課題とするものであるから,引用発明において,透明樹脂28を研磨する際に,その厚みを薄くする目的で研磨することも,当業者が容易に想到しえたものと認められる。したがって,原告の主張を採用をすることはできない。
4 取消事由3(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について
原告は,本件補正却下が正当であったとしても,本願発明についての審決の認定にも前記取消事由1の1ないし3の誤りが存在すると主張する。
しかし,前記取消事由1の1ないし3がいずれも理由がないことは前記説示のとおりであるから(なお,本願発明には,そもそも研磨工程が存在しないのであるから(前記第2の2),塗布工程と研磨工程の順番の相違をいう取消事由1の3は,本願発明については当たらないことが明らかである。),本願発明についての原告の主張も理由がない。
5 取消事由4(手続違背)について
原告は,1回目と2回目の拒絶理由通知の主引用発明が異なるのに,被告が,2回目の拒絶理由通知においては,請求項の補正に制限が課せられる最後の拒絶理由を通知し,原告に,審決までに特許請求の範囲の補正に制限のない反論の機会を十分に与えなかったことは,違法な手続であると主張する。
しかし,特許請求の範囲の補正に制限が課せられることをもって,原告に拒絶理由通知に対する反論の機会が十分に与えられなかったということはできないし,現に原告は,最後の拒絶理由通知後及び審判請求後にも意見書等(甲7,13)を提出しているから,反論の機会を与えられなかったとの原告の主張には理由がない。
仮に原告の主張が,請求項の補正に制限が課されたこと(最後の拒絶理由通知をされたこと)自体を違法な手続であるというものであるとしても,本件における最後の拒絶理由通知が違法であるとは認められない。すなわち,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第4項は,「拒絶理由通知を受けた後更に拒絶理由通知を受けた場合」(同条第1項3号)及び「拒絶査定不服審判を請求する場合」(同項第4号)にする特許請求の範囲の補正については,その範囲を制限し,一定の事項を目的とするもののみを許容することとしているところ,その趣旨は,拒絶理由通知の度に特許請求の範囲の拡張,変更等を伴う補正が自由にされると,審査対象が変更され,その度に新たな審査を行わざるを得なくなり,出願間の取扱いの公平性及び迅速な権利付与の観点から弊害が生じるため,一定の時期以降は,既に行われた審査結果を有効に活用することが可能な範囲内での補正のみを許容することとしたものである。そのような趣旨からすれば,特許法17条の2第1項3号の「更に拒絶理由通知を受けた場合」とは,最初の拒絶理由通知後,これを受けて出願人がした応答時の補正によって更に通知することが必要となった拒絶理由のみを内容とする拒絶理由通知を受けた場合をいうと解すべきである。
この点,本件の経緯をみると,原告は,平成23年3月3日付けの拒絶理由通知において,特許法36条6項2号〔明確性要件〕のほか,請求項1,2,8ないし13については,特開2002-261325号公報(甲16)を引用例として,同法29条1項3号〔新規性〕及び同法29条2項〔容易想到〕の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由を通知されたため(甲3),同年9月5日付けで特許請求の範囲についての手続補正をしたところ(甲5),同年11月10日,補正後の請求項1,2,5,6,10,11に係る発明について,これらは,刊行物1に記載された発明と相違しないから,特許法29条1項3号〔新規性〕及び同法29条2項〔容易想到〕の規定により特許を受けることができないし,先願明細書に記載された発明とも相違しないから,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないこと等を理由とする拒絶理由通知(最後)を受けた(甲6)ものである。
そうすると,平成23年11月10日付けの請求項1等についての拒絶理由は,同年3月3日付けの拒絶理由とは異なる引用文献によるものであるが,その内容は,同日付けで通知された拒絶理由に対応して原告が補正をしたため,補正後の請求項について,更に通知することが必要となった拒絶理由のみを述べるものであるから,最初の拒絶理由通知を受けたことによってした補正によって更に通知することが必要となった拒絶理由のみを通知するものである。したがって,被告が,平成23年11月10日付けの拒絶理由通知を,特許法17条の2第1項3号の最後の拒絶理由通知に当たるとしたことは違法な手続とはいえないし,最後の拒絶理由通知を受けた後であっても,補正の範囲が制限されるのみで,補正自体ができなくなるわけではないことからすれば(拒絶査定不服審判を請求する場合には,審判請求時にも可能である。),そのような規定を適用することが手続上の正義に反するともいえない。
したがって,原告の主張を採用することはできず,審決を取り消すべき違法な手続があったとは認められない。
6 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由は,いずれも理由がなく,審決を取り消すべき違法があるとは認められない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 大寄麻代)
裁判官 大須賀滋は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 設樂隆一
file_2.jpg別紙