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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10323号 判決 2014年10月09日

原告

ナンテロ,インク.

訴訟代理人弁理士

廣江武典

西尾務

服部素明

橋本哲

谷口直也

廣江政典

隅田俊隆

吉田哲基

中山公博

被告

特許庁長官

指定代理人

豊永茂弘

瀬良聡機

内山進

主文

1  特許庁が不服2011-21024号事件について平成25年7月16日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)

原告は,発明の名称を「電子製造プロセス内で使用するための塗布器液体」とする発明について,平成17年5月26日に国際出願(特願2007-515322号(パリ条約による優先権主張 平成16年6月3日)。以下「本願」という。請求項の数は当初46であったが,後に17に補正された。)をしたが,平成23年5月26日付け(同月31日発送)で拒絶査定を受けたので,同年9月29日,これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は,この審判を,不服2011-21024号事件として審理した結果,平成25年7月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(併せて,出訴期間として90日を附加した。),審決の謄本を,同年8月5日,原告に送達した。

原告は,同年11月30日,上記審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

2  特許請求の範囲

本願の特許請求の範囲における請求項1の記載は次のとおりである(この請求項に係る発明を,以下「本願発明」という。また,本願の明細書を,以下「本願明細書」という。)。

【請求項1】

溶媒と複数のナノチューブとを含んだ塗布器液体であって,

該塗布器液体は,ポリマーも界面活性剤も含んでおらず,

前記ナノチューブの濃度が10mg/L以上であり,

複数の該ナノチューブは互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,前記塗布器液体中に分散されて,少なくとも1週間は分離状態を維持でき,その金属不純物レベルを約1×1018原子/cm3未満のレベルにまで低減させており,

前記塗布器液体は約500nm以上の粒子径を有した粒子を含有していないことを特徴とする塗布器液体。

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりであり,要するに,本願発明は,特開2002-255528号公報(甲1。以下「引用例1」という。)等の公知文献に記載の発明及び本願優先権主張日前に周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本願は,その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく拒絶すべきであるというものである。

(2)  審決が,上記結論を導くに当たり認定した,引用例1記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 引用発明の内容

「溶媒(比誘電率46.68のジメチルスルホキシドまたは比誘電率39.1のγ-ブチロラクトン)と複数のカーボンナノチューブとを含んだ『精製された分散液IまたはK』であって,

該『精製された分散液IまたはK』は,ポリマーも界面活性剤も含んでおらず,

複数の該カーボンナノチューブは互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,『精製された分散液IまたはK』中に分散されて,分離状態を維持でき,

アーク放電法により作製されたカーボンナノチューブの不純物が除去されている,『精製された分散液IまたはK』。」

イ 一致点

「溶媒と複数のナノチューブとを含んだ塗布器液体であって,

該塗布器液体は,ポリマーも界面活性剤も含んでおらず,

複数の該ナノチューブは互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,前記塗布器液体中に分散されて,長い時間分離状態を維持でき,

ナノチューブの不純物が除去されている,塗布器液体。」である点。

ウ 相違点

(ア) 相違点1

本願発明では,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」るのに対して,引用発明では,『精製されていない分散液IまたはK』の時間t0(1000分以上)よりも長い時間分離状態を維持できるものの,上記の特定がなされていない点。

(イ) 相違点2

本願発明では,「その金属不純物レベルを約1×1018原子/cm3未満のレベルにまで低減させており,塗布器液体は約500nm以上の粒子径を有した粒子を含有していない」のに対して,引用発明では,カーボンナノチューブの不純物が除去されているものの,上記の特定がなされていない点。

(ウ) 相違点3

本願発明では,「ナノチューブの濃度が10mg/L以上であ」るのに対して,引用発明では,カーボンナノチューブを含んでいるものの,上記の特定がなされていない点。

第3原告主張の取消事由

審決には,①相違点1についての判断の誤り(取消事由1),②相違点2についての判断の誤り(取消事由2)及び③本願発明の顕著な効果の看過(取消事由3)があり,これらは,いずれも審決の結論に影響するものであるから,審決は取消しを免れない。

1  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)

(1)  審決は,引用発明において,精製された分散液中に凝集体が浮遊し始めるまでの時間t0が1000分よりも長い時間であることと,本願発明において,「塗布器液体中に分散されて,少なくとも1週間は分離状態を維持でき」ることとは,「塗布器液体中に分散されて,長い時間分離状態を維持でき」るという点で共通すると認定した。

しかしながら,引用例1には,精製後の塗布器液体を長い時間(少なくとも1週間)放置した際の分離状態について何ら言及がないこと,引用発明の「1000分(約16.67時間)以上」と本願発明の「少なくとも1週間」とを「長い時間」として一括りにすること自体が常識的ではないことからすると,審決の上記認定は失当である。

(2)  審決は,一般に,電気(電子)用途のカーボンナノチューブを溶媒中に分散させ,1か月経過後にも良好な分散状態を維持することは,例えば特開2004-162203号公報(以下「甲4文献」という。)に記載があるとおり,本願優先権主張日前に普通に行われている事項であり,また,特開2003-176117号公報(以下「引用例2」という。)には,引用発明の溶媒よりも低い比誘電率(分散能)をもつエタノール,アセトンを溶媒として用いたときに,酸化黒鉛の薄膜状粒子が溶媒中で分離状態を維持できる時間が10日以上であることが示されており,これらによれば,引用発明においてカーボンナノチューブが溶媒中で分離状態を維持できる「時間t0(1000分以上)よりも長い時間」は,1週間若しくは1週間よりも長くなっているとみることができるから,引用例1には相違点1に係る本願発明の構成が記載されているということができるとして,相違点1は実質的な相違ではないと判断した。

しかしながら,審決の上記判断は,以下の点で誤りである。

ア 甲4文献記載の技術は,ポリマーをカーボンナノチューブに重合させることを前提としており,塗布器液体にポリマーも界面活性剤も含んでいない本願発明や引用発明とは相容れない。また,本願発明や引用発明の電子用途では,カーボンナノチューブ表面への高分子不純物(ポリマー又は界面活性剤)の付着が,カーボンナノチューブ薄膜の電子特性を阻害することが問題となるのに対し,甲4文献記載の技術における電気用途では,そのような問題はないから,両者の用途は明確に区別される。

すなわち,引用発明と甲4文献に記載された事項との間に共通性はなく,本願発明及び引用発明の電子用途において,ポリマーも界面活性剤も含んでいない塗布器液体にカーボンナノチューブを分散させ,1か月経過後にも良好な分散状態を維持することは,普通に行われている事項ではない。

イ 引用例2は,溶媒中の酸化黒鉛の薄膜状粒子を10日以上かけて沈殿させることにより,薄膜状粒子の大きな積層集合体を得ることを特徴とするものである。そして,同文献における「10日以上沈降しない」は,多数の分散した粒子が沈殿して積層集合体を形成するまでの時間であり,粒子が溶媒中で互いに「分離状態を維持できる時間」を意味するものではない。このことは,引用例2で定義された「分散液」が,溶媒中に粒子が一様に分散した溶媒だけでなく,粒子が凝集して部分的に沈降した溶媒を含んでいることからも裏付けられているが,このような沈降気味の粒子を含む分散液は,一様なカーボンナノチューブ薄膜を形成することを阻害し,本願発明及び引用発明のような高純度のカーボンナノチューブ薄膜を形成する電子用途には適していない。

また,溶媒中の粒子の分離時間は粒子の形状によって大幅に異なるため,たとえ,引用例2における酸化黒鉛の薄膜状粒子が分離状態を維持できる時間が10日以上であるとしても,その事実によって,引用発明におけるカーボンナノチューブ分散液が1週間以上の分離状態を維持できるという結論に論理的に到達することはできない。

2  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)

(1)  審決は,一般に,アーク放電法で作製されたカーボンナノチューブの不純物の除去について,非晶質炭素,グラファイト等の微小な球状粒子や,金属触媒とその炭化物を取り除くことは,例えば特開平8-198611号公報(以下「甲5文献」という。)に記載があるとおり,本願優先権主張日前に周知の事項であるから,引用発明に上記の周知の事項を適用することは,当業者であれば容易に想起し得ることであり,その際,金属不純物の濃度のレベル及び含有させない粒子の粒子径のレベルをどれくらいにするかは,適宜決定する設計事項であるとして,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者であれば容易になし得ると判断した。

(2)  しかしながら,審決の上記判断は,以下の点で誤りである。

ア 甲5文献の未精製カーボンナノチューブは,金属触媒とその金属の炭化物を不純物として含むことを前提としており,アーク放電法で作製したカーボンナノチューブを対象としていない。これに対し,引用発明は,その実施例において,アーク放電法で作製したカーボンナノチューブのみを実質的に開示しており,不純物としての触媒粒子が混在することを避けるべく,金属触媒でカーボンナノチューブを作製することを意識的に除外している。

そうすると,引用発明に甲5文献に記載された事項を採用することには阻害事由がある。

イ 本願発明では,金属不純物レベルを約1×1018原子/cm3未満のレベルまで低減させ,塗布器液体が約500nm以上の粒子径を有した粒子を含有していないことが,ナノチューブの濃度が10mg/L以上のナノチューブが少なくとも1週間は分離状態を維持できることに貢献しており,これらの金属不純物の濃度及び粒子径の数値的要件は,技術的意義を有している。これに対し,引用例1及び甲5文献には,金属不純物の濃度のレベル及び粒子径のレベルが具体的に開示されておらず,相違点2に係る本願発明の構成を示唆する記載は存在しない。

したがって,当業者であっても,引用例1に開示された結果から,1週間以上の分離状態を維持する分散液を作製すべく,相違点2に係る本願発明の構成に想到することはできないのであり,これが単なる設計事項であるということはできない。

3  取消事由3(本願発明の顕著な効果の看過)

(1)  審決は,本願明細書には「ナノチューブの濃度が10mg/L以上であり」,「金属不純物レベルを約1×1018原子/cm3未満のレベルにまで低減させる」,及び「塗布器液体は約500nm以上の粒子径を有した粒子を含有していない」という数値限定された各構成要件を組み合わせることによる相乗効果についての具体的な記載があるとはいえないと判断した。

(2)  しかしながら,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。

すなわち,本願明細書の「例えば,ここで説明した所定のレベル未満まで,金属および粒子状不純物レベルを低減するために前処理したナノチューブは,様々な溶媒内で安定なナノチューブ分散を形成できることが意外にも発見されている。」(【0041】)との記載によれば,本願発明の塗布器液体は,「金属不純物レベルを約1×1018原子/cm3未満のレベルにまで低減させる」及び「塗布器液体は約500nm以上の粒子径を有した粒子を含有していない」という数値限定を組み合わせた結果として,商業的に意義あるレベルを満たす「ナノチューブの濃度が10mg/L以上であり」,かつ,長期間の分散が求められる産業環境で使用可能であるように「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」ることを特徴とする。すなわち,本願発明における数値限定された各構成要件及びこれらの組合せには技術的意義があり,これらは互いに連関している。

そして,本願発明の塗布器液体は,高純度のカーボンナノチューブ薄膜が求められる電子製造プロセスにおいて,ナノチューブ分散液が数日間,数週間,さらに数か月間安定であることを必要とする産業環境で使用可能であるという,従来にない顕著な効果を奏するものである。

第4被告の反論

1  取消事由1について

引用例1には,炭素微粒子が擬一次元形状をしている場合の凝集のしやすさの問題と該炭素微粒子の密度の低さによる成膜性の問題が記載されているから,精製後の塗布液にも精製前の分散液と同レベルの特性が得られていることが前提である。また,t0が1000分以上との記載は,t0が0~3分である分散液と区別する関係上,1000分という区切りのよい下限を設けただけで,当業者がその記載に接すれば,1000分を超えたときに凝集体が浮遊し始めるなどとは理解せず,分散液を各種用途に使用可能な程度に分散が継続すると理解するのは当然である。

一方,本願発明の「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」るという特定は,本願明細書の「現在では,ナノチューブは,少なくとも1時間,または少なくとも24時間,またはさらに少なくとも1週間,実質的な沈殿,凝集または他の巨視的相互作用なしで,溶媒媒体内に分散されたまま留まることが望ましい。」(【0020】)との記載を根拠とするものであり,少なくとも1週間以上の分離状態を維持するための解決手段は何ら示されていないことに照らせば,本願発明において,1週間という下限には,より好ましい範囲としての意味以上のものはない。

そうすると,審決による,本願発明と引用発明とが「塗布器液体中に分散されて,長い時間分離状態を維持でき」るという点で共通するとの一致点の認定が失当であるとはいえず,相違点1が実質的な相違ではないとの審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  引用例1には,アーク放電法で作製したカーボンナノチューブの分散液を精製し,皮膜形成に用いることが示されている。一方,アーク放電法でカーボンナノチューブを作製する場合も金属触媒を用いて行うのであって,甲5文献の実施例においても,アーク放電法により作製したカーボンナノチューブから,作製時に使用した金属触媒とカーボンナノチューブ以外の炭素物質等の不純物を遠心分離等で除去することが記載されており,このことは技術常識である。

よって,引用発明に甲5文献に記載された事項を適用することに,原告の主張する阻害事由はない。

(2)  金属不純物レベルについての約1×1018原子/cm3未満という上限は,例えば半導体デバイス自体の用途では金属不純物濃度として1010~109原子/cm3のレベルが求められるように,電子製造プロセスに利用するための金属不純物の上限としては当然満たしていなければならないものであり,また,「塗布器液体は約500nm以上の粒子径を有した粒子を含有していない」という特定は,引用例1においてほぼ球状の微粒子とされるポリナノヘドロンの大きさが数ないし数十nmであることから,単に炭素微粒子を除去すれば当然満たされなければならない条件を示したものである。

また,本願明細書では,金属不純物の濃度レベルは,電子素子の性能との関係で,製造されたナノチューブがその観点から使用できることを記載しているのみであり,粒子状不純物の粒子径は,半導体業界の標準化されたレベルに基づいて規定されたことが示されているのみである。ナノチューブの濃度及び分離状態の維持期間についても,電子業界内の実際の用途に役立つという程度で特定されたものである。

実際に,ナノチューブの濃度を高め,不純物濃度を下げたのは精製を行ったからであって,分離状態の維持期間については検証すらされていない。

したがって,パラメータ間の相関関係や貢献をいう原告の主張には何ら理由はなく,相違点2の数値限定は,当業者が周知技術を基に適宜設計できたものである。

3  取消事由3について

本願発明における金属不純物の濃度レベル,粒子状不純物の粒子径及びナノチューブの濃度が,当業者であれば適宜設定する設計事項であることは,前記2のとおりであり,これによって得られる効果は当業者の予測の範囲内にすぎない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,審決には相違点1についての判断に誤りがあり(取消事由1),この誤りは審決の結論に影響するものであるから,他の取消事由について判断するまでもなく,審決は取消しを免れないと判断する。その理由は以下のとおりである。

1  公知文献の記載内容について

原告は,審決が,本願発明と引用発明とはカーボンナノチューブを分散させた分散液について長い時間分離状態を維持できる点で共通すると認定したのは誤りであり,甲4文献に記載された事項は引用発明には妥当せず,また,引用例2の記載から引用発明の分散液が1週間以上の分離状態を維持できるということはできないから,相違点1が実質的な相違ではないとの審決の判断は誤りであると主張する(前記第3の1)。

そこで,引用例1,引用例2及び甲4文献の各記載内容を検討する。

(1)  引用例1について

引用例1(甲1)には,次の記載がある。

「【0003】…スピント型エミッタの問題を解決するための新しいエミッタ材料として,カーボンファイバー,カーボンナノチューブおよびグラファイトナノファイバーのように炭素六員環構造,すなわちグラファイト構造を含む炭素微粒子が注目されている…。これらの炭素微粒子は一方向に長い擬一次元形状をしており,電界放出の際にその端部に電界集中するため電子放出が容易に起こる。また,化学的に安定で,機械的にも強靭であることが,従来のスピント型の問題点を解決するエミッタ材料として,有望視されている。」

「【0005】また,上述の炭素微粒子の懸濁液を作製する場合,有機溶媒が一般的に使用され,その一例としてエーテル,ベンゼン,酢酸エチル,クロロホルム,イソプロピルアルコール,エタノール,アセトン,トルエン(…),ジエチルエーテル(…)の使用が有効であることが開示されている。

…【0006】

【発明が解決しようとする課題】…炭素微粒子の懸濁液を作製する場合,上記の有機溶媒を使用しても炭素微粒子を充分分散できないという問題があった。炭素微粒子が擬一次元形状をしているために,微粒子間で互いに絡み易く,凝集し易いという理由からである。その現象の一例を挙げると,超音波を微粒子と溶媒の混合液に照射しても全く分散しなかったり,超音波を照射している間は分散できても照射を終えると直ちに凝集が始まったり,微粒子の濃度が薄い場合では分散できても高い濃度の場合ではいくら分散を試みても凝集体が残ってしまう,などである。…」

「【0011】本発明は,上記の課題を解決するためになされたものであって,その目的は,凝集し易いカーボンナノチューブやグラファイトナノファイバーなどのように擬一次元形状を有する微粒子を均一に分散した分散液およびその製造方法,効率の良い微粒子の精製方法,…を提供することである。…

【0012】

【課題を解決するための手段】上記目的を達するため,請求項1の発明の微粒子分散液は,双極性非プロトン溶剤を少なくとも含んだ有機溶剤に形( マ状マに)微粒子を分散したことを特徴とするものであり,双極性非プロトン溶剤を少なくとも含んだ有機溶剤に分散することにより,従来例の有機溶剤では凝集し易かった微粒子でも均一に分散できる。」

「【0047】

【発明の実施の形態】…【0048】(実施の形態1)アーク放電法で作製した単層カーボンナノチューブを20~50%含む黒色固形物:200mgを試薬瓶に入れた各種有機溶剤(100ml)に混合し,周波数:45kHzの超音波を30分間照射して,分散液の作製を試みた。但し,ここで使用したカーボンナノチューブの形状は,直径:数nm,長さ:0.1μm~10μmである。そして,分散の良さの度合を評価するために,超音波照射終了後から液中に凝集体が浮遊し始める迄の時間t0を調べた。その結果を,使用した溶液の双極子モーメントと比誘電率の値と併せて(表1)に示す。

【0049】

【表1】file_2.jpgame REFS SY mame wa Bb bib 1.25 224 0 A BAYT EN 62 4.83 0 B AYFOEW? VAIL 56 1862 05 c IFNI NA) 48 (2455 05 D AFLP IW 57 32,70 1 f Feb 97 20.70 a F THES IL 13.1 35.95 1000L.b G N,N AF LALA PSE 129 37.0 10002. H DAF IAM ELE 132 4668 = 1000Et i] AEGAFI ART SE 18.0 296 © 1000RE J y— FFAS 137 301 1000kL.E K」

「【0053】(表1)より,ナノチューブを含む微粒子を溶液中に均一分散する上で分かることは,(1)誘電率の大きい溶液ほど分散に優れる,(2)プロトン(H+)供与性の溶剤(エチルアルコール,メチルアルコールなどのアルコール類)の場合は誘電率が大きくても分散は余り良くない,(3)非プロトン性の溶剤((表1)に於てアセトン~γ-ブチロラクトン間の溶剤)の使用が好ましいが,特に双極子モーメントの大きい双極性非プロトン溶剤の使用が特に好ましい,ということである。…

【0054】次に比較のために,カーボンナノチューブを含まない,フラーレンやポリナノヘドロンからなる黒色固形物を使って,上記と同様の実験を行った。結果を(表2)(判決注・省略)に示す。」

「【0056】(表2)の結果より,ほぼ球状の等方的形状を有するフラーレンやポリナノヘドロンの場合は,プロトン性溶媒,非プロトン性溶媒に関わりなく,溶剤の誘電率が大きければ均一に分散できることが判明した。(表1)との差は,微粒子形状にあると思われる。つまり,球状の等方的形状であれば,互いに絡み難く,凝集しにくいためと思われる。…」

「【0065】(実施の形態3)実施の形態2(判決注・「実施の形態1」の誤記と解される。)で作製した分散液A~Kを使って,カーボンナノチューブの精製を行った。精製手順の一例である手順aを以下に示す。

【0066】(手順a1)分散液を5000rpm,5~30分間遠心分離する

(手順a2)遠心分離後の上澄み液を12000rpm~15000rpm,5~30分間遠心分離する

(手順a3)遠心分離後の上澄み液を除去し,沈殿物を集める各分散液に於いて,精製処理後のカーボンナノチューブの含有率を電子顕微鏡(SEM)を使って調べた。…」

「【0075】(実施の形態5)…以下に,図1(判決注・省略)を参照しながら,電子放出素子100や電界放出型面発光装置1000の構成や製造方法を説明する。」

「【0077】次に,実施の形態1で作製した分散液Gを,実施の形態3と同様に手順aに従って精製し,第1の導電性電極102上に滴下した。…次に,分散液塗布後,空気中または減圧下で有機溶剤を揮発,乾燥した。…続いて,溶剤の沸点以上(…)でガラス基板101を加熱し,余分な溶剤を乾燥した。このようにしてカーボンナノチューブを主成分とする微粒子皮膜103を形成した。」

「【0084】(実施の形態6)実施の形態1にて作製した分散液H~Kについて,実施の形態5と同様に電界放出型面発光装置1000を構成したところ,実施の形態5と同様に低動作電圧,高動作電流,低電流変動,均一な輝度分布を確認できた。」

(2)  引用例2について

引用例2(甲2)には,次の記載がある。

「【請求項1】 黒鉛を酸化して得られ,厚さが0.4nm~10nm,平面方向の大きさが20nm以上であり,比誘電率が15以上の液体に親液性がある炭素からなる骨格を持つ薄膜状粒子が,複数個で積層かつ互いに結合して形成される,液体中に孤立して存在することが可能な,厚さが10nm以上,平面方向の大きさが100nm以上の積層集合体。

【請求項2】 薄膜状粒子を多数含む分散液を静置して,薄膜状粒子を沈降,互いに結合させることで自発的に集合体を形成させる,請求項1に記載の積層集合体の合成方法。」

「【0006】

【発明の実施の形態】本発明に用いる酸化黒鉛の薄膜状粒子には,…不純物が少なく,層構造が発達した結晶性の高い黒鉛を原料として,化学的または電気化学的な酸化を行い,さらに小さなイオンなどをできるだけ除去して,層の分離を進めたものを用いる。

【0007】薄膜状粒子の大きさは,厚さが0.4nm~10nm,望ましくは0.4nm~5nmであり,平面方向の大きさが20nm以上,望ましくは200nm以上,さらに望ましくは1μm以上である。

【0008】薄膜状粒子の合成が終了した段階において,薄膜状粒子の形態は水を分散媒とする分散液である。この分散液の分散媒を,水から,水以外のメタノール,エタノール,アセトン,2-ブタノンなどの比誘電率で約15以上の高極性の液体に交換することが可能である。…

【0011】本発明では,この沈降気味の分散液を静置して薄膜状粒子を沈降させ,複数の薄膜状粒子の間に結合を生じさせることで,薄膜状粒子の積層集合体を合成する。…

【0012】薄膜状粒子の分散液を静置する期間は,重力のみで沈降させるなら10日以上,望ましくは30日以上となる。また,遠心力で沈降させるなら,その後の放置はより短い期間でもよい。ただし,沈降が速すぎると,複数の粒子が沈降するまでに互いに接触するなどの影響で,きれいな積層が困難となって,乱れ気味の集合体となる。」

(3)  甲4文献について

甲4文献(甲4)には,【請求項1】として,「アゾ基又は/及びペルオキシ基を有するポリマーがラジカル分解され,該ラジカル分解したポリマーがカーボンナノ繊維のグラフェンシート表面に結合してなる変性カーボンナノ繊維。」と記載され,当該カーボンナノ繊維がカーボンナノチューブを含むこと(【0002】),実施例において上記変性カーボンナノ繊維をトルエン中に分散させたところ,1か月経過後にも良好な分散状態を保持していたこと(【0042】,【0049】),上記変性カーボンナノ繊維は,種々の溶媒中において,良好な分散性を安定して維持することができること(【0058】)が,記載されている。

2  相違点1についての検討

(1)  前記1(1)のとおり,引用例1の【発明の実施の形態】には,アーク放電法で作製した単層カーボンナノチューブを各種有機溶剤に混合し,所定の周波数の超音波を照射して,分散液I(有機溶剤がジメチルスルホキシドであるもの)及びK(有機溶剤がγ-ブチロラクトンであるもの)を含む精製前の分散液を作製したこと(【0048】,【0049】),これらの分散液について,分散の良さの度合(分散性)を評価するために,超音波照射終了後から液中に凝集体が浮遊し始めるまでの時間t0(分)を調べたところ,分散液I及びKについては,いずれも1000分以上であったこと(【0048】,【0049】),分散液I及びKを精製し,導電性電極上に塗布してカーボンナノチューブを主成分とする微粒子皮膜を形成したこと(【0065】,【0066】,【0075】,【0077】,【0084】)が記載されている。

そして,ここにt0が「1000分以上」であったとは,分散液の観察を1000分まで行った結果,少なくとも1000分は液中に凝集体が浮遊し始めることがなかったことを意味するものであることは,当業者にとって明らかである。

しかるに,引用例1には,上記の精製前の分散液I及びKを精製したもの,すなわち,「精製された分散液IまたはK」については,t0の測定結果が示されておらず,これが具体的にどの程度であるのかについて何ら記載がない。また,分散液を精製してカーボンナノチューブに含まれる不純物を除去することにより,精製前の分散液と同等又はそれ以上の分散性が得られることが,本願優先権主張日前に知られていたと認めるに足りる証拠はないから,精製前の分散液I及びKのt0が1000分以上であったとしても,「精製された分散液IまたはK」のt0も1000分以上であるということはできない。

さらに,「精製された分散液IまたはK」のt0が少なくとも1000分であると仮定したとしても,そのt0が,その10倍を超える時間である少なくとも1週間であるかどうか,すなわち,分散液中のカーボンナノチューブが,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」るかどうかについて,引用例1には何ら記載や示唆がない。

(2)  前記1(2)のとおり,引用例2には,酸化黒鉛の薄膜状粒子を,メタノール,エタノール,アセトンなどの高極性の液体に分散させ,この分散液を静置して,薄膜状粒子を沈降させ,互いに結合させることで,自発的に集合体を形成させること(【請求項1】,【請求項2】,【0006】ないし【0008】,【0011】),薄膜状粒子の分散液を静置する期間は,沈降が速すぎると,複数の粒子が沈降するまでに互いに接触するなどの影響で,きれいな積層が困難となり,乱れ気味の集合体となるため,重力のみで沈降させるなら10日以上,望ましくは30日以上とすること(【0012】)が記載されている。

そうすると,引用例2には,薄膜状粒子を分散させた分散液を静置し,薄膜状粒子を重力のみで沈降させて集合体を形成する場合には,きれいな積層とするために,薄膜状粒子を10日以上(望ましくは30日以上)かけてゆっくりと沈降させることが記載されているにすぎず,複数の薄膜状粒子が互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,分散液中に分散されて,少なくとも10日(又は30日)は分離状態を維持できることが記載されているわけではない。すなわち,引用例2に記載されているのは,薄膜状粒子を所定の時間をかけてゆっくりと沈降させるということだけであり,その所定の時間が経過する前であっても,薄膜状粒子の一部が,既に沈降したり,凝集したりしていることは,当業者であれば容易に理解することができるというべきである。

そして,薄膜状粒子を分散させた分散液を静置して,薄膜状粒子を所定の時間かけて沈降させるということと,複数の薄膜状粒子が互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,分散液中に分散されて,所定の時間は分離状態を維持できるということとは,異なる概念である。したがって,両者を同一視することはできない。

以上のとおり,引用例2の記載は,複数の薄膜状粒子が互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,分散液中に分散されて,少なくとも10日(又は30日)は分離状態を維持できることを示すものとはいえない。したがって,このような引用例2の記載をもって,引用発明における分散液中のカーボンナノチューブが,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」るということはできない。

(3)  また,仮に,引用例2の記載をもって,複数の薄膜状粒子が互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,分散液中に分散されて,少なくとも10日(又は30日)は分離状態を維持できることを示すものと解することができたとしても,それによって,引用発明における分散液中のカーボンナノチューブが,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」ると理解することができるものではない。

すなわち,引用例1には,カーボンナノチューブ等の炭素微粒子は,一方向に長い擬一次元形状をしているために,互いに絡み易く,凝集し易いため,このような炭素微粒子を溶媒に分散して懸濁液を作製する場合,一般的に使用されている有機溶媒を使用しても,炭素微粒子を十分に分散できないこと(【0003】,【0005】,【0006】),カーボンナノチューブ等の擬一次元形状を有する炭素微粒子を分散する溶剤については,比誘電率の大きい溶液ほど分散に優れるが,プロトン性溶媒よりも双極子モーメントの大きい双極性非プロトン溶剤(アセトン,ジメチルスルホキシド,γ-ブチロラクトン等)の使用が好ましいこと(【0053】),一方,フラーレンやポリナノヘドロン等のほぼ球状の等方的形状を有する炭素微粒子は,互いに絡み難く,凝集しにくいため,プロトン性溶媒,非プロトン性溶媒に関わりなく,溶剤の比誘電率が大きければ均一に分散できること(【0056】)が記載されている。

以上の引用例1の記載によれば,有機溶媒に微粒子を分散させる場合,微粒子の形状により,その分散性が異なり,カーボンナノチューブ等の擬一次元形状を有するものは,互いに絡み易く,凝集し易いため,ほぼ球状の等方的形状を有するものよりも,分散性が劣ることは,技術常識であるということができる。

このような技術常識に照らせば,引用例2によって,複数の薄膜状粒子が互いに分離されており,沈降あるいは凝集することなく,分散液中に分散されて,少なくとも10日(又は30日)は分離状態を維持できることが知られていたと仮定しても,この薄膜状粒子は,擬一次元形状を有するカーボンナノチューブとはその形状が大きく異なるから,その分散性も大きく異なると理解することができる。そして,むしろ薄膜状粒子のほうが,擬一次元形状を有するカーボンナノチューブよりも,分散性が優れていることが予想されるから,このような引用例2を参照しても,引用発明における複数のカーボンナノチューブが,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」ると結論付けることはできない。このことは,引用例2において使用される有機溶媒(メタノール,エタノール,アセトン等)の比誘電率が,引用発明において使用される有機溶媒(ジメチルスルホキシド,γ-ブチロラクトン)の比誘電率よりも低い(引用例1の表1)ために,使用される有機溶媒の点からは,引用例2のほうが分散性が劣る(引用例1【0053】)としても,変わるものではない。

(4)  前記1(3)のとおり,甲4文献には,ラジカル分解したポリマーがカーボンナノ繊維に結合してなる変性カーボンナノ繊維の発明が記載され,このような変性カーボンナノ繊維は,種々の溶媒中において,良好な分散性を安定して維持できること,当該変性カーボンナノ繊維をトルエン中に分散させたところ,1か月経過後にも良好な分散状態を保持していたことが記載されている。

しかし,上記の変性カーボンナノ繊維は,ポリマーを利用することにより良好な分散性を維持するものであり,ポリマーも界面活性剤も含まない引用発明とは異なるものである。よって,このような甲4文献を参照しても,引用発明における複数のカーボンナノチューブが,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」るということはできない。

(5)  以上に加え,引用発明における分散液中のカーボンナノチューブが,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」ると認めるに足りる証拠は他に見当たらないことに照らすと,引用発明における分散液中のカーボンナノチューブが,「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」るかどうかは,明らかではないといわざるを得ない。

そうすると,本願発明と引用発明との間の相違点1について,実質的には相違はないということはできないから,これを実質的な相違点ではないとした審決の判断は,誤りである。

3  被告の主張について

(1)  被告は,炭素微粒子の形状に起因する凝集のしやすさの問題やその密度の低さによる成膜性の問題についての引用例1の記載に照らせば,精製後の塗布液にも精製前の分散液と同レベルの特性が得られていることが前提であると主張する(前記第4の1)。

しかしながら,被告の指摘する引用例1の記載からは,精製後の塗布液に一定程度の分散性が必要であることが理解されるにとどまり,これによって,精製後の塗布液の分散性と精製前の塗布液の分散性との関係は明らかではない。よって,精製後の塗布液にも精製前の塗布液と同程度の分散性があることが裏付けられるとはいえない。

(2)  被告は,当業者がt0が1000分以上との記載に接すれば,分散液を各種用途に使用可能な程度に分散が継続すると理解するのは当然であり,本願発明において,1週間という下限には,より好ましい範囲としての意味以上の技術的意義はない,として,審決による,本願発明と引用発明とが「塗布器液体中に分散されて,長い時間分離状態を維持でき」るという点で共通するとの認定や相違点1が実質的な相違ではないとの判断に,誤りはないと主張する(前記第4の1)。

しかしながら,これらの被告の主張を踏まえても,引用例1における「1000分以上」という記載から,引用発明における分散液中のカーボンナノチューブが「少なくとも1週間は分離状態を維持でき」ると結論付けることを相当とすべき事情があるということはできない。

(3)  よって,被告の上記主張はいずれも採用することができない。

4  結論

以上によれば,審決には相違点1の判断に誤りがあり(取消事由1),この誤りは審決の結論に影響するものであるから,他の取消事由について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。

よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井忠雄 裁判官 田中正哉 裁判官 神谷厚毅)

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