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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10328号 判決 2014年5月15日

原告

株式会社ニチワ

訴訟代理人弁護士

中村智廣

三原研自

訴訟代理人弁理士

久保健

佐々木功

川村恭子

被告

日鉄トピーブリッジ株式会社

訴訟代理人弁護士

清永利亮

訴訟代理人弁理士

柳野隆生

森岡則夫

関口久由

柳野嘉秀

小原英一

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2013-800026号事件について平成25年11月5日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等(争いがない。)

被告は,平成20年11月26日に出願(特願2008-300803号。平成19年3月14日に出願された特願2007-65247号の一部を新たな出願としたものである。)され,平成21年8月7日に設定登録された,発明の名称を「端面加工装置」とする特許第4354006号(以下「本件特許」という。請求項の数は7である。)の特許権者である。

原告は,平成25年2月19日,特許庁に対し,本件特許の請求項1について無効にすることを求めて審判の請求(無効2013-800026号事件)をした。特許庁は,平成25年11月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同月14日原告に送達した。

2  特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲10。

符号は審決の付したものに従う。以下,請求項1に係る発明を「本件特許発明」という。また,本件特許の明細書及び図面をまとめて「本件特許明細書」という。別紙1記載の図面は,本件特許明細書に記載された図面である。)。

「A.母材(Mf)のボルト取付孔(Mh)を貫通し,そしてナット(2)で固定されたトルシアボルト(1)の破断面(1c)に生じたバリ(1d)を除去するための端面加工装置において,

B.バリ除去用工具(10,10CA~10CK)と,

C.そのバリ除去用工具(10,10CA~10CK)を回転する回転機構(R,14,70)と,

D.円筒状のフード部(12,12A,12B)とを備え,

E.その円筒状のフード部(12,12A,12B)は金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)を有しており,

F.バリ除去用工具(10,10CA~10CK)は破断面(1c)のコーナー部(E)にエッジを形成しないように,破断面(1c)のコーナー部(E)を加工する部分(102C,103C,104C,41a,42a,43)は,コーナー部(E)以外の破断面(1c)を加工する部分(101C,104C,41b,42b,43)よりも,母材(Mf)に近い側に位置している

G.ことを特徴とする端面加工装置。」

3  審決の理由

(1)  審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,ア 本件特許発明は,特許第3017984号公報(甲1。以下「甲1公報」といい,甲1公報に記載された発明を「甲1発明」という。),特開2001-38622号公報(甲2。以下「甲2公報」という。)及び実願昭62-187003号(実開平1-92311号)のマイクロフィルム(甲3)にそれぞれ記載された発明,下記(ア)ないし(エ)の公報等に記載された従来周知の技術的事項,並びに下記(オ)及び(カ)の書面の記載事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものではない,イ 本件特許発明は,特許法36条6項1号の要件に違反して特許されたものではない,というものである。

(ア) 特開2005-133336号公報(甲4)

(イ) 特開2005-155768号公報(甲5)

(ウ) 日立電動工具2000,日立工機株式会社,平成12年3月,表紙,34頁ないし37頁及び裏表紙の写し(甲6)

(エ) 日立電動工具2002-9,日立工機株式会社,2002年9月,表紙,30頁ないし33頁及び裏表紙の写し(甲7)

(オ) 東京地裁平成24年(ワ)第3817号特許権侵害差止請求事件の訴状の写し(甲8)

(カ) 東京地裁平成24年(ワ)第3817号特許権侵害差止請求事件の被告準備書面(2)の写し(甲9)

(2)  上記(1)の結論を導くに当たり,審決が認定した甲1発明の内容,甲1発明と本件特許発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。

ア 甲1発明の内容(符号は審決の付したものに従う。)

「a1.眼鏡レンズ103の挿入孔108を貫通し,そしてねじ部装着部6で固定された切断したボルト9の先端95を面取りするための面取り加工具7において,

b1.面取り部73と,

c1.その面取り部73を回転する操作部76と,を備え,

f1.面取り部73は先端95の縁部96を面取りするように,先端95の縁部96を加工する部分は,縁部96を加工しない部分よりも,眼鏡レンズ103に近い側に位置している

g1.面取り加工具7。」

イ 一致点A

「「母材のボルト取付孔を貫通し,そしてナットで固定された切断ないし破断したボルトの断部を加工するための断部加工装置において,断部加工工具と,その断部加工工具を回転する回転機構と,を備え,断部加工工具は断部のコーナー部にエッジを形成しないように,断部のコーナー部を加工する部分は,断部のコーナー部を加工しない部分よりも,母材に近い側に位置している断部加工装置。」である点。」

ウ 相違点

(ア) 相違点1

「切断ないし破断したボルトが,本件特許発明では「トルシアボルト」であるのに対して,甲1発明では「切断したボルト9」である点。」

(2)  相違点2

「断部加工装置が,本件特許発明では,「端面加工装置」であって,「バリ除去用工具」を備えており,バリ除去用工具は,「コーナー部以外の破断面を加工する部分」を有しているのに対して,甲1発明では,「先端95を面取りするための面取り加工具7」であって,「面取り部73」を備えているものの,当該面取り部73は,コーナー部以外の先端95を加工する部分を有しているか不明な点。」

(3)  相違点3

「本件特許発明の装置は,「円筒状のフード部」を備え,「フード部は金属粉収集機構を有して」いるのに対して,甲1発明の装置は,フード部を備えていない点。」

第3原告主張の取消事由

審決は,次のとおり,甲1発明の認定を誤り,本件特許発明と甲1発明との一致点を看過した結果,相違点を誤認し,相違点についての容易想到性の判断を誤ったものであるので,違法なものとして取り消されるべきである。

1  甲1発明の認定の誤り

審決は,前記第2の3ア記載のとおりに甲1発明の認定をしている。しかし,甲1公報【0040】,【0041】及び【0044】の記載に照らすと,甲1公報には,「円筒状のねじ部装着具61」が記載されているといえ,また,「円筒状のねじ部装着具61」と「先端部63」とで「囲まれる部分」が構成されており,「囲まれる部分」も,有底の円筒状に形成されているといえる。以上によれば,甲1発明の「筒状部66,ファンネル部67及び筒状部68の内面及び先端部63の底面により囲まれる部分」は,本件特許発明の「円筒状のフード部(12,12A,12B)」と対比すべき極めて重要な部分であり,甲1発明は,前記第2の3ア記載の点に加え,「d1.筒状部66,ファンネル部67及び筒状部68の内面及び先端部63の底面により囲まれる部分と,」を付加して認定されるべきである。

2  一致点の看過

甲1発明の「筒状部66,ファンネル部67及び筒状部68の内面及び先端部63の底面により囲まれる部分」は,本件特許発明のフード部と機能が一致している。したがって,一致点Aは,「「母材のボルト取付孔を貫通し,そしてナットで固定された切断ないし破断したボルトの断部を加工するための断部加工装置において,断部加工工具と,その断部加工工具を回転する回転機構と,円筒状のフード部と,を備え,断部加工工具は断部のコーナー部にエッジを形成しないように,断部のコーナー部を加工する部分は,断部のコーナー部を加工しない部分よりも,母材に近い側に位置している断部加工装置。」である点。」と認定されるべきである。

3  相違点の認定の誤り

前記2記載のとおり,甲1発明の装置も円筒状のフード部を備えており,この点は一致点であるから,相違点3は,金属粉収集機構の有無のみにある。したがって,相違点3は,「本件特許発明の装置は,「金属粉収集機構を有して」いるのに対して,甲1発明の装置は,金属粉収集機構を備えていない点。」と認定されるべきである。

4  相違点1について判断の誤り(判断の遺脱)

(1)  審決は,相違点1に関し,甲1発明の「ねじ部装着具6」が本件特許発明のナットに相当することを前提とする限り,甲1発明における「切断したボルト9」に代えてトルシアボルトを適用することには阻害要因があり,当業者が容易に想到できたことではないと判断している。

(2)  しかし,原告は,審判手続において,ボルトをナットで固定する構成が周知技術ないし技術常識である点,及び,ボルトを何で固定するかは設計事項である点をも主張したのに,審決は上記各主張について何ら判断しておらず,この点において判断を遺脱している。

ボルトの締め付けに「ねじ部装着具6」ではなく周知技術ないし技術常識を構成するナットを用いれば,甲1発明のボルトに代えてトルシアボルトを用いたとしても,トルシアボルトとナットとの締め付け力が所定値に維持された状態で,そのナットとは別に,トルシアボルトの先端に「ねじ部装着具6」を螺着し,トルシアボルトの先端の加工を行うことができる。したがって,阻害要因は存在せず,当業者であれば,「切断したボルト9」に代えてトルシアボルトを適用することは容易である。

また,ボルトの先端を加工するに当たっては,ボルトは固定さえされていればよく,何で固定するかは,本件特許発明の本質に影響を与えるものではないので,設計事項である。したがって,「切断したボルト9」に代えてトルシアボルトを適用することに関して阻害要因は存在せず,当業者であれば,「切断したボルト9」に代えてトルシアボルトを適用することは容易である。

以上のとおり,審決には判断の遺脱があり,その結果,相違点1に関する容易想到性の判断を誤ったものである。

(3)  そもそも,トルシアボルトの切断面のバリ取りは,トルシアボルトの1本ずつについて行うものであるから,被告の主張する作業性は,阻害事由に当たるものではない。

また,甲第11号証の写真によれば,ボルトのねじ部がナットの先端から露出しており,螺着のための長さは十分に存在する。

5  相違点3についての判断の誤り

甲2公報には,集塵管26に圧縮空気を噴出することにより負圧を発生させて空気の流れを作り,この空気が粉塵を伴って集塵管26に流れることにより,排塵用チューブ5を介して集塵フィルタ3に粉塵を収集する構成が記載されているところ,このような構成は,本件特許発明における金属粉収集機構に相当するものである。

そして,甲2公報記載の上記収集機構は,甲1発明のねじ部装着具本体61に接続することが可能であり,甲1発明に上記収集機構を適用することに阻害要因は存在しない。

また,加工により生じた加工屑をまき散らかすことなく回収して処理することは,当業者であれば,容易に至る発想である。甲1発明では,面取り加工終了後にねじ部面取り装置5からねじ部94が取り外されるため(【0065】及び図30),かかる取り外し時に加工屑を散らかさないために取り外し前に加工屑を回収しておくことに意味があるので,甲1発明に甲2公報の収集機構を適用する動機付けが存在する。なお,甲1発明の実施例は,眼鏡レンズを貫通したボルトの先端を加工するものであって,比較的小さなものであるが,甲1発明はそもそもボルトについて限定のない発明であるから,加工対象のボルトは,眼鏡レンズを貫通したボルトのように小さなものには限られないし,大きさの大小を変えることは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。

以上によれば,甲1発明に甲2公報記載の収集機構を適用することは,当業者にとって容易である。

なお,甲1発明は,特許請求の範囲の請求項6及び【0003】の記載のとおり,ボルトについて限定のない発明であるから,切削屑が少量である場合に限られるものではない。

第4被告の反論

1  甲1発明の認定の誤りについて

原告は,審判請求書(甲17)において,「ねじ部装着具6がナットに相当する。」(8頁5行目)との主張をしており,審判請求書及び口頭審理において,ねじ部装着具6に本件特許発明の構成要件Dと対比されるべき事項があるという主張は全くしていない。

したがって,原告の主張は,本件特許の無効審判における自らの陳述内容に適合しないものであり,失当である。

審決は,当事者双方の主張及び証拠を踏まえて甲1発明の認定を正当に行っており,審決の甲1発明の認定に誤りはない。

2  一致点の看過について

前記1記載のとおり,審決の甲1発明の認定に誤りはなく,したがって,審決には,本件特許発明と甲1発明の一致点の認定における看過もない。また,原告の主張する点が審決の結論に影響を与えるものとはいえない。

3  相違点の認定の誤りについて

前記1記載のとおり,審決の甲1発明の認定に誤りはなく,また,前記2記載のとおり,審決における一致点の認定に看過はない以上,相違点の認定にも誤りはない。

4  相違点1についての判断の誤りについて

トルシアボルトを用いるのは作業性を向上させるためである。これに対し,甲1発明のねじ部装着具6を用いた場合には,トルシアボルトの1本ずつについて,ねじ部装着具6の螺着及び取り外しが必要になる。しかし,そのような作業性が低下する方法を当業者が採用することはあり得ない。したがって,当業者が,トルシアボルトとナットを締結してトルシアボルトのピンテールを破断した後に,甲1発明の「ねじ部装着具6」を本件特許発明のトルシアボルトに螺着し,トルシアボルトの破断面の加工を行うという発想をすることは考えられない。

また,本件特許明細書記載のとおり,ピンテールを破断した後は,ナットから露出しているボルトのねじ部の長さは短く,甲1発明のねじ部装着具6の装着は困難であるとともに,そもそも,甲1発明のような,切断されたボルト9の1本ずつに対して,すべり止めローレット70が形成されている操作部76を手で操作して,切断されたボルト9の縁部96の面取りを行う装置を,トルシアボルトのピンテール破断面の加工に用いることを当業者が想到するとは考えられない。

審決は,当事者双方の主張及び証拠を踏まえて甲1発明のねじ部装着具6をナットと認定し,本件特許発明のトルシアボルトの技術内容を正しく理解した上で,相違点1についての認定判断を行っており,審決の相違点1の判断に誤りはない。

5  相違点3についての判断の誤りについて

甲1発明のボルトのねじ部面取り装置5は,すべり止めローレット30が形成された操作部36を手で操作して雄型カッタ3を回転させることにより,小径ボルト9をせん断により切断してねじ部の長さ調整を行った後に使用される,切断された小径ボルト9の縁部96の面取りを行う装置である(図1ないし図4,図10ないし図13,図32,図33及び図35)。そして,この切断したボルトのねじ部面取り装置5は,ボルトのねじ部を長さ調整のために切断したねじ部先端部の鋭利な縁部の面取りを,面取り量が不足してねじ部にクラックが発生しやすくなることや,面取り量が多すぎてナットが外れやすくなることを防止するために(【0005】及び【0088】),簡単な操作で高精度の面取りを行うことを課題としている(【0006】)。したがって,このような面取りを行った際における切削屑は少量であるとともに飛散しないため,切削屑を収集する装置は不要である。

なお,甲1発明においては,ボルトのねじ部切断装置1により長さ調整を行ったボルト9の1本ずつに対して着脱を行いながら面取りを行うものである。

そして,小径ボルト9の縁部の面取り量を調整しながら微細な加工を行う性質上,切削屑は微細であるとともに少量ではあるが,1本のボルト9の面取りを行った後にボルトのねじ部面取り装置5はボルト9から必ず取り外されるので,その際に切削屑は取り除かれる。

したがって,甲1発明において,面取り加工終了後にねじ部面取り装置5からねじ部94を取り外す時に加工屑を散らかさないために,取り外し前に加工屑を回収しておく必要性は全くなく,甲1発明に,甲2公報記載の発明の圧縮空気式グラインダの収集機構を設けることの動機付けは存在しない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由には理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  甲1発明の認定について

(1)  甲1公報には以下の記載があることが認められる(甲1。ただし,誤記と認められる記載は括弧中に訂正した。また,図面は別紙2のとおりである。)。

ア 「【請求項6】 面取りするボルトのねじ部を螺合するねじ部装着具と,このねじ部装着具に相対的に回転自在に挿入し組み合わされる面取り加工具とを備え,

前記ねじ部装着具は,

前記面取り加工具を挿入する挿入穴部を形成した筒状のねじ部装着具本体と,

このねじ部装着具本体の先端に有底状に形成した先端部と,

この先端部に面取りするボルトのねじ部を螺合して面取りする部分を前記挿入穴部内に突出させるねじ孔と,

を有し,

前記面取り加工具は,

前記ねじ部装着具本体の挿入穴部に軸方向に対し偏動することなく相対的に回動自在に挿入される筒状の面取り加工具本体と,

この面取り加工具本体の先端部に形成され,前記ねじ部装着具本体のねじ孔と一致する位置であって,このねじ孔に螺合して前記ねじ装着具本体の挿入部内に突出した面取りする部分のねじ部分を係入して前記面取り加工具本体を前記ねじ部装着具に対し相対的に回動することによって面取りする面取り部と,

前記ねじ部装着具本体の挿入穴部に挿入し組み合わせた状態で前記面取り加工具本体を回動操作する操作部と,

を有することを特徴とする切断したボルトのねじ部面取り装置。」

イ 「【発明の属する技術分野】【0001】本発明はボルトのねじ部の切断及び切断したボルトのねじ部の面取りをそれぞれ行うボルトのねじ部切断装置及び切断したボルトのねじ部面取り装置に関する。」

ウ 「【0038】図10は本発明に係る切断したボルトのねじ部面取り装置の実施の形態を示す断面図である。

【0039】図10において,切断したボルトのねじ部面取り装置5は,面取りするボルトのねじ部を螺合するねじ部装着具6と,このねじ部装着具6に相対的に回転自在に挿入し組み合わされる面取り加工具7とを備えている。

【0040】前記ねじ部装着具6は,前記面取り加工具7を挿入する挿入穴部62を形成した筒状のねじ部装着具本体61と,このねじ部装着具本体61の先端に有底状に形成した先端部63と,この先端部63に面取りするボルトのねじ部を螺合して面取りする部分を前記挿入穴部62内に突出させるねじ孔64と,を有している。

【0041】前記面取り加工具7は,前記ねじ部装着具本体61の挿入穴部62に軸方向に対し偏動することなく相対的に回動自在に挿入される筒状の面取り加工具本体71と,この面取り加工具本体71の先端部72に形成され,前記ねじ部装着具本体61のねじ孔64と一致する位置であって,このねじ孔64に螺合して前記ねじ装着具本体61の挿入部内に突出した面取りする部分のねじ部分を係入して前記面取り加工具本体71を前記ねじ部装着具6に対し相対的に回動することによって面取りする面取り部73と,を有している。

【0042】また,前記面取り加工具7には,前記ねじ部装着具本体61の挿入穴部62に挿入し組み合わせた状態で前記面取り加工具本体71を回動操作する操作部74が設けられている。」

エ 「【0044】図11において,前記ねじ部装着具6は,面取り加工具7挿入側(背面側)の太径の筒状部66より所定角度で縮まるファンネル部67を経て細径の筒状部68につながる。第2の筒状部68の先端には先端部63が形成され,この先端部63にねじ孔64が形成されている。筒状部66,ファンネル部67及び筒状部68はねじ部装着具本体61を形成し,筒状部66,ファンネル部67,筒状部68の内面及び先端部63の底面により囲まれる部分は,前記面取り加工具7を挿入する挿入穴部62となっている。」

オ 「【0055】図16において,加工具7の先端部72に形成され(た)面取り部73は,球面状の凹部80の内側に複数の刃81,81…を形成したものである。刃81は,側方から見た場合,円弧状に形成される。」

カ 「【0058】図17において,先端部72の面取り部73には,複数の刃81,81…が正面から見て放射状に形成されている。このような構造でボルトのねじ部に対して加工具7を回転させることにより,ボルトのねじ部の先端の縁部を削ることができるようになっている。」

キ 「【0064】まず,図26に示すように,ねじ部装着具6を用意し,ねじ部装着具6の先端部63のねじ孔64に座金105の後方に突出したねじ部94を押し当て,ねじ部装着具6を右回りに回転させることによりねじ孔64にねじ部94を螺入する。この場合ねじ部装着具6を停止するまで回転させると,図27に示すように,眼鏡フレーム101,図18のワッシャ102,眼鏡レンズ103,図18のワッシャ104,座金105は,ボルト9のボルト頭92とねじ部装着具6の先端部63に挟まれて固定された状態となる。この後,図28に示すように,面取り加工具7を用意し,面取り加工具7の面取り加工具本体71を,ねじ部装着具本体61の挿入穴部62に挿入し,さらに,面取り加工具本体71の先端部72の面取り部73に,前記ねじ部装着具6のねじ孔64に螺合して突出したボルト9のねじ部94の切断部を押し当て,ねじ部装着具6と面取り加工具7を組み合わせる。この後,図29に示すように,ねじ部装着具6と面取り加工具7を組み合わせた状態で前記面取り加工具7の操作部76を回動操作(する)ことにより,ねじ部94の切断部の面取りを行う。・・・

【0065】この後,図30に示すように,ねじ部装着具6を左回りに回転させ,座金105の後方に突出したねじ部94からねじ部装着具6のねじ孔64を外す。これにより,ねじ部装着具6と面取り加工具7を組み合わ(せ)たねじ部面取り装置5からねじ部94が外される。これにより,切断したボルトのねじ部面取り装置5を用いたボルトのねじ部の面取り操作が完了する。

【0066】この後,図31に示すように,切断及び面取りが行われたボルト9のねじ部94にナット装置120を螺合して取り付け,ボルト締めを行うことにより,眼鏡フレーム101と眼鏡レンズ103とが取り付け固定する。」

ク 「【0068】図32において,眼鏡レンズ103の挿入孔108には,背面側からワッシャ104の挿入部111が挿入され,ボルト9のねじ部91は,表面側から眼鏡フレーム101の挿入孔106,ワッシャ102の挿入孔107,眼鏡レンズ103の挿入孔108,ワッシャ104の挿入孔109,座金105の挿入孔110に挿入し,雌型カッタ2の先端部23のねじ孔24に螺入し,先端がねじ孔24から先端部23の底面に突出した状態となって(い)る。」

ケ 「【0074】図35において,眼鏡フレーム101,ワッシャ102,眼鏡レンズ103,ワッシャ104,座金105は,ボルト9のボルト頭92とねじ部装着具6の先端部63に挟まれて固定された状態となっている。ねじ部装着具6の先端部63のねじ孔64から螺入したボルト9のねじ部94は,そのまま面取り加工具7の先端部72の面取り部73に挿入して複数の刃81に接触することになる。ねじ部装着具6と面取り加工具7とを組み合わせた状態で前記面取り加工具7を回動操作(する)ことにより,ねじ部94の先端95の縁部96が複数の刃81,81…により削られ,面取りが行われる。

【0075】図36は図35においてボルト9のねじ部94からねじ部装着具6を外した直後の状態を示す断面図である。

【0076】図36において,座金105から突出したボルト9のねじ部94は,先端95の縁部96が面取りされた丸まった状態となっている。」

(2)  上記(1)において認定したところに照らすと,甲1公報には,以下の内容の発明(甲1発明)が記載されているものと認められる。

a1.眼鏡レンズ103の挿入孔108を貫通し,そしてねじ部装着部6で固定された切断したボルト9の先端95を面取りするための面取り加工具7において,

b1.面取り部73と,

c1.その面取り部73を回転する操作部76と,

d1.筒状部66,ファンネル部67,筒状部68の内面及び先端部63とを備え,

f1.面取り部73は先端95の縁部96を面取りするように,先端95の縁部96を加工する部分は,縁部96を加工しない部分よりも,眼鏡レンズ103に近い側に位置している

g1.面取り加工具7。

(3)  被告は,原告が,甲1発明に本件特許発明の「円筒状のフード部」と対比されるべき事項があることを審判手続時に主張していなかった以上,本件訴訟における甲1発明の認定についての原告の主張は,原告の無効審判における主張内容に適合しないものであり,失当である旨主張する。

しかし,審判手続の段階で,原告は,甲1発明を含む発明から本件特許発明は容易になし得たものであるという主張をしているところ,甲1公報に前認定の事項が記載され,これらの記載から本件特許発明の「円筒状のフード部」と対比すべき構成が特定される以上,審判手続において原告が上記主張をしていなかったとしても,本件訴訟においてこれを認定すること自体は何ら問題がない。

よって,被告の上記主張を採用することはできない。

2  本件特許発明と甲1発明の一致点及び相違点について

(1)  上記1認定の甲1発明を本件特許発明と対比すると,甲1発明の「切断したボルト9」は,「切断ないし破断したボルト」という点で,本件特許発明の「トルシアボルト」と共通する。また,甲1発明の「ねじ部装着具6」は,「ボルト9」と螺合して「ボルト9」を固定する機能を有しているから,本件特許発明の「ナット」に相当する。そして,甲1発明の「眼鏡レンズ103」及び「挿入孔108」は,本件特許発明の「母材」及び「ボルト取付孔」に相当する。そして,甲1発明の「先端95の縁部96を面取りするように,先端95の縁部96を加工する部分は,縁部96を加工しない部分よりも,眼鏡レンズ103に近い側に位置している」ことは,「断部のコーナー部にエッジを形成しないように,断部のコーナー部を加工する部分は,断部のコーナー部を加工しない部分よりも,母材に近い側に位置している」という点で,本件特許発明の「破断面のコーナー部にエッジを形成しないように,破断面のコーナー部を加工する部分は,コーナー部以外の破断面を加工する部分よりも,母材に近い側に位置している」ことと共通する。また,甲1公報には明示的な記載はないものの,甲1発明の装置を使用すれば金属粉が発生することが明らかであるところ,甲1発明において,「筒状部66,ファンネル部67及び筒状部68の内面及び先端部63を備え」ることにより,金属粉がねじ部装着具6の外部に漏れ出し,周囲に拡散してしまうことはないのであるから,甲1発明の「筒状部66,ファンネル部67及び筒状部68の内面及び先端部63」は,本件特許発明の「円筒状のフード部」に相当する。

(2)  以上によれば,本件特許発明と甲1発明は,「母材のボルト取付孔を貫通し,そしてナットで固定された切断ないし破断したボルトの断部を加工するための断部加工装置において,断部加工工具と,その断部加工工具を回転する回転機構と,円筒状のフード部とを備え,断部加工工具は断部のコーナー部にエッジを形成しないように,断部のコーナー部を加工する部分は,断部のコーナー部を加工しない部分よりも,母材に近い側に位置している断部加工装置。」である点で一致し,

① 切断ないし破断したボルトが,本件特許発明では「トルシアボルト」であるのに対して,甲1発明では「切断したボルト9」である点,

② 断部加工装置が,本件特許発明では,「端面加工装置」であって,「バリ除去用工具」を備えており,バリ除去用工具は,「コーナー部以外の破断面を加工する部分」を有しているのに対して,甲1発明では,「先端95を面取りするための面取り加工具7」であって,「面取り部73」を備えているものの,当該面取り部73は,コーナー部以外の先端95を加工する部分を有しているか不明な点,

③ 本件特許発明の装置は金属粉収集機構を有しているのに対して,甲1発明の装置は金属粉収集機構を備えていない点,で相違するものと認められる。

3  相違点の判断について

(1)  相違点①の判断について

ア 証拠(甲4,5)によれば,トルシアボルトは周知なものであると認められる。しかし,甲1発明は,上記1認定のとおり,加工の対象を眼鏡に用いられるボルトとするものである。これに対し,トルシアボルトは,鋼構造建築物の構築に用いられるものであり(甲4,5),その用途は甲1発明とは大きく異なっている。そうすると,甲1発明におけるボルトに代えてトルシアボルトとすることを当業者において容易に想到することができるものとは解されない。

イ また,トルシアボルトは,ボルトとナットとの締め付け力が所定値に達した際にボルトのピンテールが破断するものであって,ボルトをナットで固定する際の締め付け力を所定値に規制するものである。したがって,ピンテール破断後はもはやナットを取り外すことは通常行わないものである(甲4,5,10)。

一方,甲1発明のねじ部装着具6は,面取り加工においてボルト9を固定してはいるものの,甲1公報【0065】及び【0075】の記載に照らすと,面取り加工の後にはボルト9から取り外されるものであるから,甲1発明の切断したボルト9は,面取り加工の後には別途のナットで固定する必要がある。

そうすると,甲1発明のねじ部装着具6が本件特許発明のナットに相当するとした場合,甲1発明の切断したボルト9に代えてトルシアボルトを適用するならば,面取り加工においてねじ部装着具6で固定する際,ねじ部装着具6によりピンテールを破断しかつ面取りを行えることを前提としたとしても,その締め付け力を所定値に規制することはできるものの,面取り加工の後にねじ部装着具6を取り外して別途のナットで固定する際には,ピンテールは既に破断済みであるため,その締め付け力を所定値に規制することはできないものと認められる。

したがって,この観点からみても,甲1発明のねじ部装着具6が本件特許発明のナットに相当するとした場合,甲1発明における切断したボルト9に代えてトルシアボルトを適用する動機付けがあるとは認められない。

ウ 原告は,甲1発明のねじ部装着具6が本件特許発明のナットに相当するとの主張のほかに,周知技術ないし技術常識を構成するナットを用いれば,甲1発明にトルシアボルトを適用することができる旨主張する。

しかし,甲1発明におけるボルトに代えてトルシアボルトとすることを容易に想到することができるとは解されないことは前記ア認定のとおりである。

その上,甲1発明では,面取りを行うために,ねじ部装着具6の先端部63のねじ孔64に切断したボルト9のねじ部94を螺入する必要がある上に,面取り後にナット装置120をさらに螺合して取り付けるため,切断したボルト9のねじ部94は上記作業のために一定程度の長さを有することが必要となるものと解される(甲1公報【0064】,【0066】,【0074】,図26,31,34,35)。他方,トルシアボルトの固定にナットを用いると,ナット取付けの際にピンテールが破断された後のトルシアボルトのねじ部はもはや短く(甲11,12),これに対して甲1発明におけるねじ部装着具6を用いることを想到することは困難である。

さらに,原告は,甲1発明のねじ部装着具6や周知技術ないし技術常識を構成するナットでなくとも,そもそも,ボルトは固定さえされればよく,何で固定するかは,本件特許発明の本質に影響を与えるものではないから,設計事項であるなどとも主張するが,その主張の趣旨がそもそも不明確であり,採用の限りではない。

以上によれば,ボルトの固定につき原告の上記各主張を前提としたとしても,甲1発明における切断したボルト9に代えてトルシアボルトを適用する動機付けがあるとは認められない。

よって,原告の上記各主張を採用することはできない。

(2)  相違点③の判断について

ア 甲2公報には,切断や切削等に伴って生じる多量の粉塵が,作業者の視界を遮って作業を困難にしたり,作業者に健康被害をもたらさないように,安価に防塵機構を一体化するという課題(【0002】,【0004】)を解決するための,コンプレッサなどを備えた空気吸引式の除塵装置が併用されている圧縮空気式工具について,①円筒状のカバー25は,扁平円筒形状の囲繞部25bを備え,②カバー25に一体に形成された集塵管26と,集塵管26の側方から内部に突出するように設けられた空気噴射管28と,集塵フィルタ3とを備えた集塵機構を有する構成が記載されている(【0014】,【0015】,【0018】,【0019】,図1)。そして,カバー25bは本件特許発明の円筒状のフード部に,集塵機構は本件特許発明の金属粉収集機構にそれぞれ相当する構成であるということができる。

しかし,甲1発明は,面取りするボルトのねじ部をねじ部装着具6のねじ孔64に螺合して挿入穴部62内に突出させ,挿入穴部に挿入した面取り加工具7の先端部72に形成された面取り部73で面取りを行うものであるから(【0039】ないし【0041】,図10,図16),面取りにより生じた金属粉はねじ部装着具6の外には飛散しない。そうすると,甲1発明においては切削等により生じる金属粉が周囲に飛散することを防止するという課題が見いだせないから,甲2公報に記載された円筒状のカバーを組み合わせる動機付けが存在するとみることはできない。

イ 原告は,加工により生じた加工屑をまき散らかすことなく回収して処理することは,当業者であれば,容易に至る発想であり,甲1発明では,面取り加工終了後にねじ部面取り装置5からねじ部94が取り外されるため,かかる取り外し時に加工屑を散らかさないために取り外し前に加工屑を回収しておくことに意味があるので,甲1発明に甲2公報記載の収集機構を適用する動機付けが存在する旨主張する。

しかし,前記1認定の甲1発明の構成に照らすと,甲1発明においては,面取りをすることにより発生する金属粉は,主として面取り加工具本体71の先端部72に形成される面取り部73とねじ部装着具本体61の先端に有底状に形成された先端部63との間の部分にとどまり,かつ,面取りに発生する金属粉の量がその部分に収まる程度の分量の限度であることが前提とされているものと解される。

そして,取り外しの際に金属粉が装置の外部に移動するとすれば,ねじ孔64を通じてであるものと解されるが,面取り後も上記の位置に金属粉が保持されることや,発生する金属粉の量にも照らすと,当業者において,ねじ孔64から金属粉が飛散するものと認識するものとは解し難い。

よって,原告の上記主張を採用することはできない。

4  まとめ

以上によれば,本件特許発明は甲1発明及び甲2公報記載の発明等に基づいて当業者が容易に発明できたものではない,とした審決の判断の結論に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。また,他に審決に取り消すべき違法もない。

第6結論

よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 神谷厚毅)

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