知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10337号 判決 2014年9月29日
原告
株式会社カネハ
訴訟代理人弁護士
妹尾直人
被告
西中織物有限会社
被告
大建工業株式会社
両名訴訟代理人弁護士
松村信夫
塩田千恵子
坂本優
藤原正樹
永田貴久
主文
特許庁が無効2013-800025号事件について平成25年11月15日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
主文同旨。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,手続違反の有無(判断の遺漏),進歩性,新規性判断の当否である。
1 特許庁における手続の経緯
本件特許(特許第4251954号。特許の名称「縁なし畳及びその製法」)は,被告西中織物有限会社(被告西中)によって,平成15年10月15日に出願され,平成21年1月30日に設定登録がなされたものであるが,平成23年4月25日に被告大建工業株式会社(被告大建)に権利の一部が移転され,現在,被告らが特許権者である(甲30,乙2)。
原告は,平成25年2月19日,本件特許について,被告らに対し,無効審判を請求したところ(無効2013-800025号事件。甲31),特許庁は,平成25年11月15日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決(謄本)は,同月25日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし5に記載された発明(本件発明)は次のとおりである(甲30。以下,請求項の番号に応じて,例えば「本件発明1」などと表記する。)。
【請求項1】
畳床の一面に畳表を四辺に余部を残して接着し,余部を他面に折り返して接着した縁なし畳において,余部をホットメルト糊によって畳床の側面は全高にわたって非接着状態に残して接着したことを特徴とする縁なし畳。
【請求項2】
余部のコーナーを,畳床の厚み分だけは畳床の辺と平行にカットするとともに,それを過ぎると,約45°の斜め方向にカットした請求項1の縁なし畳。
【請求項3】
余部の畳床の辺と平行にカットした中に若干の非カット部分を残し,この非カット部分または適宜畳表の小片を継ぎ足して畳表が畳床のコーナーの稜線で口を開けた部分に押し付けて接着剤で固定した請求項1又は2の縁なし畳。
【請求項4】
請求項1~3いずれかの縁なし畳の製造方法であり,この製造方法が,畳床の一面に畳表を四辺に余部を残して接着し,この余部にホットメルト糊を塗布して畳床の他面に折り返し,折り返した余部を畳床の側面を規制しながら熱加圧してホットメルト糊を溶解させるとともに,熱加圧した個所に冷風を供給してホットメルト糊を冷却して接着を完成させることを特徴とする縁なし畳の製造方法。
【請求項5】
ホットメルト糊が,パウダー状,フィルム状,ネット状,メルトガンに収容されたもの,のいずれかである請求項4の縁なし畳の製造方法。
3 審決の整理した原告主張の無効理由
(1) 無効理由1(進歩性欠如)
本件発明1ないし3は,以下の理由で,進歩性を欠く。
本件発明1は,甲1及び4に記載された発明(甲1及び甲4発明)に基づいて,本件発明2は,甲1及び甲4発明並びに甲5に記載された発明(甲5発明)に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
甲1:実願平3-79085号(実開平5-32563号)のCD-ROM
甲4:特開2001-115633号公報
甲5:特開2003-129648号公報
(2) 無効理由2(新規性欠如)
ア 本件発明1ないし3について
甲6に掲載された商品「オクダケスーパー」(判決注:実際の商品名は「おくだけスーパー」)は,本件発明1ないし3の実施品である。
甲7ないし9に示されるように,原告は,本件出願前に,被告西中が製造し「ボウズ畳」の商品名で販売していた本件発明1ないし3の実施品を,被告西中から購入し,原告の取引先に転売した。
本件発明1ないし3は,その特許出願前に日本国内において公然知られた発明に該当し,特許法29条1 項1号により特許を受けることができない。
甲6:「「床・壁・天井/建築音響・気密関連製品」カタログ1/2001.8~2002.8/住宅用」被告大建発行の写し
甲7:被告西中から原告への「ボウズ畳」納品書(平成14年9月27日)及び領収書(平成14年10月29日)各写し
甲8:被告西中から原告への「ボウズ畳」納品書(平成15年7月11日)写し
甲9:原告から取引先(笠原畳店,太瀬畳工業)に対する「坊主畳」,「ヘリ無し畳」納品書控(平成15年8月1日及び同月7日)各写し
イ 本件発明4及び5について
本件発明4及び5は,原告代表者が平成15年8月24日に被告西中の製造工場で撮影した写真及びその説明書(甲10)に開示されている。各写真の説明が,概ね本件明細書の記載内容と一致しているのは,これらの写真に基づいて本件明細書が作成されたことの証左である。そして,これらの写真に示されるように,撮影当時,上記製造工場の内部は,近隣の住宅や通行人からも自由に覗き見ることができる状態にあった。
したがって,本件発明4及び5は,その特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明に該当し,特許法29条1 項2号により特許を受けることができない。
4 審決の理由の要点(争点と関係が薄い部分はフォントを小さく表記する。)
(1) 無効理由1について
ア 引用発明(甲1発明)の認定
「芯板(1)の表面に,畳表(2)のうちの畳表材(2a)を,畳表材(2a)と平行方向の相対向側端部(2c)を残して全面接着し,畳表材(2a)と直交する畳縁(5)側の相対向側端部(2d)は芯板(1)の側端に揃えて切断され,この畳縁(5)側の相対向側端部(2d)と芯板(1)の側端を畳縁(5)により被覆する,縁を有する簡易畳において,平行方向の相対向側端部(2c)を芯板(1)の側端部下面に巻込むように回し,芯板(1)の側端部下面に有する凹欠部(4)において芯板(1)下面より突出しないようにホットメルト系接着剤により芯板(1)に接着固定され,芯板(1)は,オレフィン系樹脂を主体とする熱可塑性樹脂の適度に腰のある板状発泡体からなり,発泡体は,比較的厚みが小さいものでも,強靱性が高く,適度に腰があってかつ耐圧縮強度および耐衝撃性,さらにはクッション性や復元性にも優れ,洋間等に敷いて使用した縁を有する簡易畳。」
イ 甲4発明の認定
「畳表6は床材2の裏面にまで及び,畳床に畳表6の裏面を,縫着やホッチキス止め等により固着する時に変形部材3を手や機械で保持してそのまま固着することにより,少なくとも1辺の床材2の側面と畳表6との間に変形部材3を挟み込み,変形部材3は,床材2より高さが低く,空間5が下方にできた縁なし畳。」
ウ 甲5発明の認定
「ボード部材2の側面側または裏面側の固定部で固定されて,表面側を覆うように張られた畳表1を有する縁無し畳において,ボード部材2に固定する際,畳表1の各角部を,ボード部材2の厚さ分だけ,ボード部材2の辺と平行にカットするとともに,その先を畳表1の重なり部分ができないように約45度にカットし,ボード部材に張った後の前記畳表内にカマチ部以外の対向する側面間にも引張り方向に応力が残留するように,畳表1を張力を掛けながらボード部材に張った縁無し畳。」
エ 本件発明1について
(ア) 本件発明1と甲1発明の対比
(一致点)
「畳床の一面に畳表を対向する二辺に余部を残して接着した畳において,対向する二辺に残された余部をホットメルト糊によって接着した畳。」
(相違点1)
畳表の余部が,本件発明1では,四辺に残されている縁なし畳であるのに対して,甲1発明では,畳表材(2a)と平行方向の相対向側端部(2c)を残すが,畳表材(2a)と直交する畳縁(5)側の相対向側端部(2d)は芯板(1)の側端に揃えて切断された縁を有する畳である点。
(相違点2)
本件発明1では,余部を他面に折り返して,ホットメルト糊によって畳床の側面は全高にわたって非接着状態に残して接着するのに対して,甲1発明では,平行方向の相対向側端部(2c)を芯板(1)の側端部下面に巻込むように回し,芯板(1)の側端部下面に有する凹欠部(4)において芯板(1)下面より突出しないようにホットメルト系接着剤により芯板(1)に接着固定されるが,余部を畳床の側面は全高にわたって非接着状態に残して接着したか否か不明である点。
(イ) 相違点2について
甲1発明と甲4発明は,体裁よく敷設使用できる畳という観点からみて,共通の課題を解決したものといえるが,両発明の前提とする畳床の材料を考慮に入れて更に技術的意義を検討すると,甲1発明は,芯板(1)を構成する発泡体として,比較的厚みが小さいものでも,強靱性が高く,適度に腰があって,耐圧縮強度,耐衝撃性,クッション性や復元性にも優れたものを用いることを前提とするのに対し,甲4発明は,床材2として,現場での変形はほぼ不可能なプラスチック製の床材や,ベニヤ等の剛性のあるものを用いたことを前提とするものであり,違いがある。したがって,積極的に甲1発明に甲4発明を適用する動機はない。
また,甲4発明の「変形部材を挟み込まない辺」の具体的構成が不明であるから,甲4には,上記相違点2に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲4発明を適用しても本件発明1の構成に至らない。仮に,甲4に記載された縁なし畳の「変形部材を挟み込まない辺」において,畳床と畳表6が非接着状態にあるとしても,その技術的意味を当業者が理解することは困難である。
(ウ) 相違点1について
畳の技術分野において,畳表の余部が四辺に残されている縁なし畳は,甲4,5に示されているように本件出願前に周知の技術事項であるから,当該周知技術事項を甲1発明に適用して,縁有りの構成を縁なしの構成にすることは,当業者が容易になし得たものである。
(エ) 小括
本件発明1は,甲1発明及び甲4発明に基づいて本件出願前に当業者が容易に発明できたものではなく,特許法29条2項に違反したものとはいえない。
オ 本件発明2及び3について
本件発明2及び3は,本件発明1の構成を含むものであるが,本件発明1が甲1発明及び甲4発明に基づいて当業者が容易に発明できないから,本件発明2及び3についても同様であって,特許法29条2項に違反したものとはいえない。
(2) 無効理由2について
ア 本件発明1ないし3の公知性
甲6の「おくだけスーパー」は,畳床(ボード)と畳表(ダイケン健やかおもて綾波)との間にクッション材を介在させた構成であるから,本件発明1の「畳床の一面に畳表を」「接着」する構成を備えないものである。そして,甲6には,畳表の畳床への固着手段について,記載も示唆もされていないから,甲6は,畳表が畳床に固着された後に,畳床の側面に対応する部分の畳表が,畳床側面にどのような状態で配置されているかの構成を明らかにしない。また,QC工程表写し(被告大建が平成12年11月30日に作成。本件における甲21)からすると,畳表が畳床に固着された後に,畳床の側面に対応する部分の畳表が,畳床側面に接着されていると解される蓋然性が高い。
したがって,甲6の「おくだけスーパー」は,本件発明1ないし3の「畳床の一面に畳表を」「接着」した構成,及び,「(畳表)余部をホットメルト糊によって畳床の側面は全高にわたって非接着状態に残して接着した」構成を備えないので,本件発明1ないし3と同一とはいえない。
また,甲7ないし9によって,本件発明1ないし3が備えるべき畳表の畳床への接着状態を認定できない。さらに,甲7及び8に示された「ボウズ畳」と,甲9に示された「坊主畳」あるいは「ヘリ無し畳」とが同一であるか否かも不明である。甲14の笠原畳店のAの陳述書,甲15の太瀬畳工業のBの陳述書によっても,畳表の畳床への接着状態を認定できないし,甲7ないし9に示された畳との同一性は不明である。甲20の公正証書における「ボウズ畳」と甲9の「坊主畳」との同一性も不明である。
以上によれば,甲7及び8の「ボウズ畳」と甲9の「坊主畳」あるいは「ヘリ無し畳」とが,本件発明1ないし3と同一の構成を備えるものとはいえない。
イ 本件発明1ないし5の公然実施性
甲10の写真が,本件出願のために,C弁理士に発明の内容を確認してもらう際に撮影されたものであることは,当事者間に争いがなく,本件出願の打合せのために,平成15年8月24日に被告西中が畳製造装置を用いて,本件発明4及び5の製造方法で,本件発明1ないし3の畳を試作したと認められる。そして,甲10の写真の中には,本件出願日以降に撮影された工場の屋外からの写真,具体的には,手前にある一般道とみられる位置から,離れた工場の外観を撮影したもの,工場に近づいた位置から,その外観を撮影したものが,含まれている。
本件発明4及び5が公然実施されたものというためには,本件発明4及び5の特徴である「ホットメルト糊」で接着し,畳床側面は非接着状態にすることが,理解される状態にあったことが必要であるが,当業者であっても,装置の近傍において,装置の各構成要素の一連の詳細な動きの一部始終とともに,作業員の畳表の畳床への接着の仕方や,余部の折り返し方や,糊の塗布方法といった一連の作業員の動作の一部始終を,詳細に観察しなければ,畳表側面の状態を理解できない。製造工場の内部を覗き見る程度では,本件発明4及び5の特徴に係る工程を観察することができないから,近隣住人や通行人は当然,出入り業者であっても,本件発明4及び5の特徴を理解できない。
したがって,本件発明4及び5が公然と実施されたものであるとはいえない。
第3原告主張の審決取消事由の要点
1 取消事由1-1(容易想到性判断の前提となる相違点2の認定の誤り)審決は,相違点2につき,甲1発明では,「余部を畳床の側面は全高にわたって非接着状態に残して接着したか否かが不明である点」を挙げるが,甲1発明は側面を非接着状態に残したものであり,甲1発明の認定を誤り,その結果,相違点2の認定を誤った。
2 取消事由1-2(容易想到性判断における相違点2の判断の誤り)審決は,甲4発明の甲1発明への適用の場面において,両発明の用途が異なることや,両発明の前提とする畳床の変形可能性が異なることを理由に,甲1発明に甲4発明を適用する動機がないと判断したが,畳の用途は明細書の記載に限られるものではなく,変形可能性も程度問題にすぎず,甲1発明に甲4発明を適用する動機は存在するから,審決の相違点2の判断は誤りである。
3 取消事由1-3(容易想到性判断における副引用例の認定及び引用発明との組合せの可否についての判断誤り)
審決は「甲4発明の「変形部材を挟み込まない辺」の具体的構成が不明であるから,甲4には,上記相違点2に係る本件特許発明1の構成が記載されているとはいえない。仮に,甲4に記載された縁なし畳の「変形部材を挟み込まない辺」において,畳床と畳表6とが非接着状態にあるとしても,その意義も含め技術的事項として理解することは,当業者であっても困難である。」と判断したが,甲4発明において,「変形部材を挟み込まない辺」の畳床と畳表とが非接着状態にあると推測されるし,畳の側面変形によって寸法誤差を吸収して,敷込み時における隣接する畳の隙間をなくすという技術的思想が呈されていることは明細書の記載から読み取れるから,甲4発明の認定及び引用発明への適用への可否に関する判断は誤りである。
4 取消事由1-4(本件発明2についての容易想到性の判断誤り)
本件発明2は,本件発明1の構成に「余部のコーナーを,畳床の厚み分だけは畳床の辺と平行にカットするとともに,それを過ぎると,約45°の斜め方向にカットした」構成を付加した点に特徴があるところ,付加した構成は,厚みのある部材を薄いシート材で被覆する際にシート材の重なり合いが生じないようにする場合の常套手段であって,単なる設計事項にすぎない。したがって,当該構成には進歩性はなく,進歩性を肯定した審決の判断には誤りがある。
5 取消事由2-1(公知性判断の前提となる甲6ないし9発明の認定の誤り)
(1) 甲6発明の認定の誤り
「建材畳床」には,芯材となる「タタミボード」のほか,「裏面材」も構成要素に含まれるから,「ボード」と「クッション材」は一体で「畳床」であると解すべきであって,甲6に「畳床の一面に畳表を」「接着」する構成がないとした審決の認定は誤りである。また,平成13年ころから被告西中に勤務していたDの供述(甲29の1,2)によれば,同被告が,QC工程表(甲21)どおりの製造をしていなかった蓋然性が高く,同表どおりの工程を経ていたとした審決の認定には誤りがある。
(2) 甲7ないし9発明の認定の誤り
審決は,甲20の「ボウズ畳」と甲9の「坊主畳」とが同一であるか否かが不明であるとの理由で,甲7及び8の「ボウズ畳」と甲9の「坊主畳」,「ヘリ無し畳」とは,本件発明1ないし3と同一ではないと判断した。しかしながら,甲9の「坊主畳」,「ヘリ無し畳」は,いずれも単発的な試供品であり,転売されないまま長期間にわたって保存されていたからこそ,各取引先の記憶が鮮明に残り,原告が取り寄せることができたのであって,同取引先の関係者の陳述書(甲14,15)は,信用性が極めて高いというべきである。両名がそろってあえて内容虚偽の供述をする理由も存在しない。しかも,甲14,15及び20の畳の年代を感じさせる外観からしても,甲9の「坊主畳」,「ヘリ無し畳」と甲20の「ボウズ畳」とが同一である蓋然性は極めて高い。よって,審決が,甲20の「ボウズ畳」が本件発明1ないし3と同一の構成を備えるか否かを検討しなかった点は,審理不尽である。
6 取消事由2-2(公然実施性判断の誤り)
本件発明4及び5の製造工程の特徴は,「畳床側面に接着剤を入れない」ということに尽きるのであって,少なくとも出入り業者などであれば,極めて容易に観察し得るというべきであるから,製造工場の内部を覗き見る程度では,本件発明4及び5の特徴に係る工程を観察できず,近隣住人や通行人は当然,出入り業者であっても本件発明4及び5の特徴を理解できないとした審決の判断には理由がない。
7 取消事由3(判断の遺漏)
原告は,無効審判請求において,本件発明3について,甲10を根拠とした新規性欠如の主張をしているにもかかわらず,審決は,この点を何ら判断しておらず,判断に遺漏がある。
第4被告の反論
1 取消事由1-1に対し
審決の相違点2に関する甲1発明の認定に誤りはない。
接着とは「くっつくこと」をいうが,甲1明細書の図4をみても,芯板の側面に空間はなく,芯板1の側面に畳表2がくっついている。また,図1及び図2における2Cの部分をホットメルト糊等で接着するとの記載があるが(段落【0029】),図1と図2の2Cは芯板1(畳床)の側面部を指しており,芯板の側面も畳表と接着させることが前提となっている。図3においても,芯板1の側面だけ接着剤を使用せず,芯板1の側面と畳表を非接着とすることは考えられない。
よって,甲1における芯板1の側面と畳表は接着されていると考えられ,芯板(畳床)の左右側面が全高にわたって非接着状態に残されているとはいえないから,審決の認定に誤りはない。
2 取消事由1-2に対し
(1) 甲1発明と甲4発明の用途が異なっていること
甲1発明は,部屋の寸法に影響を受けない用途に用いるものであり,部屋の寸法に合わせて敷く場合には,その発明の効果が発揮できない(甲1の【目的】欄,請求項1,段落【0045】)。これに対し,甲4発明は,「部屋に敷き詰め」られるものであって,主として部屋の寸法に合わせて敷くことが予定されている(甲4の【課題】欄)。
よって,甲1発明と甲4発明の用途は異なるとした審決の認定に,誤りはない。
(2) 積極的に甲1発明に甲4発明を適用する動機がないこと
甲4発明の畳の床材は,その変形性が低く,剛性が高いものが想定されており,甲4発明の「畳」は,床材2として,現場での変形が困難な,剛性のあるものを用いることを前提とし,畳床が変形不可能である前提で寸法誤差を吸収する手段を設けたものといえる(甲4の【課題】,段落【0004】,【0005】,【0008】,【0009】)。これに対し,甲1発明は,その芯板の選択において,曲げ強度や圧縮強度に代表される変形性が重視されており,それ自体変形可能な発泡体を畳床として使用することを前提とするものである(甲1の【請求項1】,段落【0014】,【0019】,【0020】)。
このように,甲4発明と甲1発明は,課題が全く異なっており,甲1発明に甲4発明を適用するための示唆や動機付けはないから,甲1発明に対する甲4発明の適用を容易とはいえないとの審決の判断に,誤りはない。
3 取消事由1-3に対し
(1) 甲4発明は,「少なくとも1辺の床材の側面と畳表の間に変形可能部材を挟み込んだことを特徴とする」(【請求項1】)ものであるところ,床材の側面と畳表の間に変形部材を挟み込んだ部分の構成は明らかにされているが,「変形部材を挟み込まない辺」の構成に関する記述はない。そうすると,「甲第4発明の『変形部材を挟み込まない辺』の具体的構成が不明である」との審決の認定に誤りはない。
(2) 甲4には,「変形部材を挟み込まない辺」についての言及はなく,その点について甲4発明に何らの技術的思想もないから,甲4発明は,「変形部材を挟み込まない辺」につき,本件発明1の技術的思想と同一のものを提示するものではない。
また,甲4発明と本件発明1の技術的思想は異なる。甲4発明は,実質的には畳床の側面を変形部材としたものといえ,畳表が畳床の側面ともいえる変形部材から離れることは想定されておらず,畳床の側面と畳表の間の空間の存在によって寸法誤差を吸収するという思想は開示されていない。一方,本件発明1において,寸法誤差を吸収するのは,畳表及び空間であって,畳床ではない。
したがって,仮に,甲4に記載された縁なし畳の「変形部材を挟み込まない辺」において,畳床と畳表6とが非接着状態にあるとしても,その技術的意義を理解することは,当業者であっても困難であり,同旨の審決の判断に誤りはない。
4 取消事由1-4に対し
本件発明2は,本件発明1の構成を含むものであるところ,本件発明1は,審決の認定及び上記のとおり,甲1発明及び甲4発明に基づいて当業者が容易に発明できないから,本件発明2も,同じ理由で当業者が容易に発明できない。
5 取消事由2-1に対し
(1) 甲6発明について
QC工程表(甲21)から明らかなように,「おくだけスーパー」は,ボード側面と畳表(表面材)とをホットメルトを用いて接着させていた。そして,カタログ(甲6)の記載から,「おくだけスーパー」の畳床の側面と畳表について非接着状態であったとは判断できない。したがって,本件発明1ないし3は,甲6の「おくだけスーパー」と同一とはいえないとした審決の認定に誤りはない。
原告は,Dの供述(甲29の1,2)を根拠に,被告西中が工程表どおりの製造をしていなかった蓋然性が高いと主張するが,誤りである。「おくだけスーパー」は,被告大建が製造・販売していた製品であり,被告西中は製造・販売に関与していない。QC工程表も被告大建の岡山工場のものである。被告西中が被告大建から縁なし畳の製造を委託されるようになったのは,「おくだけスーパーN」(甲23)という製品からである。
(2) 甲7ないし9発明について
原告の取引先の各関係者の陳述書(甲14,15)に添付されている写真の畳が,甲9の納品書に記載されている畳と同一であること自体が疑わしく,両名の供述には信用性がない。また,両名が原告の取引先であって利害関係があるから,虚偽供述の動機がある。10年以上前に納品された畳を両名が特定できたこと自体が不自然であるし,10年間も使用していた畳にしては状態が良いことも不自然である。
したがって,甲20で実験された「ボウズ畳」と,甲9に示された「坊主畳」とが同一であるか否かは不明であり,審決が甲20の「ボウズ畳」が本件発明1ないし3と同一の構成を備えるか否かを検討しなかった点に問題はない。
6 取消事由2-2に対し
本件発明4及び5が公然実施されたものといえるためには,本件発明4及び5の特徴である,ホットメルト糊で接着することと,畳床側面を非接着状態にすることが,第三者から理解される状態にあったことが必要であり,この点についての審決の認定・判断に誤りはない。
そして,仮に外部から工場内を覗く事ができたり,出入りの業者が工場内に入ったりしたとしても,折り曲げ機において畳表を折り曲げ熱圧着する際に,ホットメルト糊を畳床の側面部にホットメルト糊が入らないように散布すること等を理解できる程度に詳細に観察することなどできない。
本件発明4及び5の製造工程の特徴は,単に「畳床側面に接着剤を入れない」などという簡単なものではなく,折り曲げ機において作業する前の処理や,折り曲げ機の構成,目的,動作,作業員の動きや糊の撒布状況や糊の成分等を把握しなければ,本件発明4及び5を理解することなどできない。
以上より,本件発明4及び5の公然実施を否定した審決の認定判断に誤りはない。
7 取消事由3(判断の遺漏)
特に意見はない。
第5当裁判所の判断
事案の性質上,取消事由3について先に判断する。
1 審判手続の経過
一件記録によれば,審判手続の審理経過として,以下の事実が認められる。
(1) 審判請求書(甲31)
冒頭の「(1) 請求の理由の要約」欄(2頁以下)において,「請求項3」の右側「証拠」欄に「甲第10号証 請求人の代表者が平成15年8月24日,被請求人西中織物有限会社の製造工場において撮影した写真とその説明」という記載があるほか,請求項3の特徴である「非カット部分」に関し,「・写真1 左側前に立て掛けてある半製品の角部に非カット部分(イグサ繊維)がみられる」との記載がある(3頁)。そして,「理由の要点」欄には,請求項3について,「請求項3に係る発明は「縁なし畳」に関するものであるところ,その特許出願前に公然実施されていた(甲第10号証等)。」という記載がある(4頁)。
そして,無効理由を簡単にまとめた「(3) 無効審判請求の根拠」欄(5頁)には,「根拠Ⅰ」として,請求項1及び2につき,甲1及び4を引用例とする容易想到性の主張の記載があるほか,「根拠Ⅱ」として,「また,本件特許の請求項1ないし5に係る発明は,甲第6号証ないし甲第10号証に示されるとおり,出願前に公然知られた発明又は公然実施をされた発明と同一であり,また,仮に同一ではないとしても,甲第6号証ないし甲第10号証に示された事実に基いて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第1項第1号又は第2号若しくは同条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。」との記載があり,請求項1ないし5について,甲6ないし10を引用例とする公知,公然実施,容易想到の主張がなされていると認められる。確かに,請求項と引用例とする甲号証の関係は必ずしも明確とはいえないが,少なくとも請求項3について甲10を無効理由としていることを除外する趣旨とは解されない。
そして,「(4) 本件特許を無効にすべき理由」欄(6頁以下)では,無効理由が具体的に説明されているが,「根拠Ⅱについて」欄(9,11~12頁)には,請求項1ないし3が甲6ないし9により,請求項4及び5が甲10により公然実施であったと記載されているだけで,請求項3についての甲10を引用例とする無効理由に関する具体的な記載はない。
(2) 審判事件答弁書(甲32)
原告の主張について,上記「無効審判請求の根拠」と同様に理解した上で(2~3頁),反論している。原告の主張する「根拠Ⅱ」に関しては,甲6ないし9が本件発明の実施品ではないこと,甲10では公然性が認められないことを指摘するが(9,13頁),請求項との関係は判然とせず,試作品の製造に関する事実も主張されているが(11頁),事情としての主張か,無効理由に関する主張かその位置付けははっきりせず,どの請求項に関する主張かも不明確である。
もっとも,被告らの主張は,原告の主張を,上記「無効審判請求の根拠」と理解した上でのものであって,実質的に,請求項3についての甲10を引用例とする公然実施に関する反論といえる主張も含まれており,請求項3について,甲10を引用例とする公然実施の主張が,原告の主張に含まれないことを前提としたものとは解されない。
(3) 原告の口頭審理陳述要領書(甲33)
口頭審理陳述要領書は,本文と別紙の2つの構成から成る。
まず,本文では,「第4 根拠Ⅱについて」という表題が掲げられており(12頁),審判請求書における「根拠Ⅱ」が前提となっていることは明らかである。ただし,請求項と引用例との関係をより詳細に説明した記載はなく,内容に不明確な点があることは審判請求書と同様である。そして,「(3) 甲第10号証について」の部分(13頁以下)には,請求項4及び5に関する言及しかない(14頁)。
他方,別紙(21頁以下)では,審判請求書の「請求の理由の要約」欄が一部改変された。まず,請求項3について,具体的な書証として,「甲第6号証ないし甲第10号証」となったが(22頁),「非カット部」についての言及に変更はない(22頁)。「理由の要点」欄(23頁)は,「請求項3に係る発明は,「縁なし畳」に関するものであるところ,その特許出願前に公然実施されていた(甲第6号証ないし甲第10号証)。」と記載され,審判請求書では甲10以外は「等」とあるだけで不明確であった証拠の記載が具体化した。
(4) 被告らの口頭審理陳述要領書(甲34)
審判請求書に対応した「根拠Ⅱ」欄には,甲10に関する主張がある(5,6頁)。甲10に関する記載は,請求項との関係が不明確であるが,「本願発明の実施品を販売等していたという事実はない」という記載もあり,方法の発明(請求項4及び5)以外の物の発明(請求項1ないし3)に関する反論と読む余地があることは,審判事件答弁書と同様である。
(5) 第1回口頭審理調書(甲35)
原告の提出した証拠に関する主張の訂正に関して,要旨変更に該当する旨被告らから意見が述べられた点は,調書に記載されたが,審理対象となる無効理由の訂正,撤回についての記載はない。したがって,第1回口頭審理において,原告が,審判請求書記載の無効理由を訂正,撤回したとは認められない。
(6) 原告の上申書(甲36)
公正証書(甲20)を証拠として追加提出したことについての言及だけで,無効理由に関する記載はなく,従前の主張に変更はない。
(7) 被告の上申書(甲37)
審判請求書の「根拠Ⅱ」が前提となった反論であり(7頁),甲10に関する反論(7ないし9頁)は,請求項との関係が不明確であることも,従前と同様である。
(8) 審決
上記第2の3及び4のとおり,請求項3について甲10を引用例とする公然実施に関する無効理由を原告の主張として整理しておらず,その点の判断もない。
2 検討
上記認定事実によれば,審判請求書(甲31)の「本件特許を無効にすべき理由」欄に具体的な記載はないものの,審判請求書の「請求の理由の要約」欄には,請求項3について甲10を引用例とする公然実施に関する記載が明確に存在し,その後も,口頭審理陳述要領書(甲33)別紙において同趣旨の記載があり,しかも,証拠の記載が一部追加されていることからして,同主張が維持されていることが明白である。また,甲10が写真とその説明であることからすると,「請求の理由の要約」欄の「・写真1 左側前に立て掛けてある半製品の角部に非カット部分(イグサ繊維)がみられる」という記載によって,「非カット部分」と甲10という証拠との関係が特定されるとともに,甲10の証拠のうちの具体的にどの部分が「非カット部分」という請求項3独自の構成要件に当たるかの特定もなされている以上,無効理由として実質的な理由が記載されていると十分評価することができる。そして,その後の審判手続において同主張を撤回したと認められないことは,上記認定のとおりである。他方,被告らも,請求項3について甲10を引用例とする公然実施に関する記載がないことを前提に反論をしていたとは認められず,この点を審決が判断することが,被告らにとって不意打ちとなるものではない。
したがって,無効審判手続において,請求項3について甲10を引用例とする公然実施に関する主張があり,当事者双方でその点について攻防が尽くされたと認められるにもかかわらず,審決は,その点についての判断を何ら示さなかったことになる。
3 小括
以上によれば,審決には,無効請求不成立の判断をするに当たり,原告の無効理由に関する主張に関して判断を遺漏したという違法があることは明らかである。そして,この点は,審決の結論に影響を及ぼすおそれがあると認められる。
よって,原告の取消事由3は理由があり,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。
なお,審決は,原告が主張していない無効理由,すなわち,甲1を引用例とする請求項3についての進歩性欠如の無効理由の審理判断をしており(上記第2の4(1)オ),これについての通知及び意見申立ての機会が付与されていないから,手続が適正になされたとはいい難い(特許法153条2項参照)。また,無効理由の主張を具体的かつ明確にすることは,本来,審判請求人である原告自身の責務というべきであるが,本件のように,審判請求書に記載された原告の無効理由の主張の中に,「請求の理由の要約」欄には記載があるものの,その後の無効理由を詳細に記載した部分では具体的な主張がないものが散見される場合には,審判長は,記載要件に違反する不適法な審判請求で,補正が不可能でない限り,その違反又は不備の程度に応じて,補正を命じなければならず,あるいは釈明することが望まれる(特許法133条1項,134条4項,135条参照)。今後,審判手続において,原告の無効理由の主張を整理し,請求項ごとの無効理由とその証拠の関連を改めて明らかにした上で(例えば,請求項1及び2に関する甲10を引用例とする公然実施の主張は,審判請求書の「請求の理由の要約」欄中,「理由の要点」欄には記載があるが,請求項ごとの「証拠」欄に甲10が挙げられておらず,主張の意思があるか否か判然としない。また,請求項3に関する甲6ないし9を引用例とする公然実施の主張は,同「理由の要点」欄における「(甲第10号証等)」の「等」に含まれていたと解する余地があるが,甲6ないし9において「非カット部分」がどれに該当するかの具体的な主張がない。その他,請求項1ないし5に関する甲6ないし10を引用例とする進歩性の欠如の主張は,引用例の認定やそれを前提とした相違点の指摘がない。),整理された無効理由について,適切な判断が示されなければならない。
第6結論
以上のとおり,原告の請求には理由がある。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 新谷貴昭 裁判官 鈴木わかな)