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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10339号 判決 2014年9月25日

原告

訴訟代理人弁理士

江森健二

吉田雅一

被告

株式会社ブリヂストン

訴訟代理人弁護士

田中成志

板井典子

山田徹

杉本賢太

訴訟代理人弁理士

江藤聡明

野村悟郎

高橋修平

倉脇明子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2012-800210号事件について平成25年11月19日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)被告は,発明の名称を「透明フィルム」とする特許第4768217号(平成15年7月7日出願,平成23年6月24日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。

原告は,平成24年12月25日,特許庁に対し,本件特許を無効にすることを求めて審判の請求をし,特許庁は,この審判を,無効2012-800210号事件として審理した。被告は,この過程で,平成25年3月25日,本件特許の特許請求の範囲及び明細書について訂正(以下「本件訂正」という。)の請求をした。

特許庁は,平成25年11月19日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。」との審決をし,審決の謄本を,同月28日,原告に送達した。

原告は,同年12月20日,上記審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

2  特許請求の範囲

(1)  本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2ないし8に係る発明を「本件発明2ないし8」といい,これらの発明を総称して「本件発明」という。ただし,いずれも,請求項5及び6を除く。また,本件訂正後の本件特許の明細書を,以下「本件明細書」という。)。

【請求項1】

エチレン/酢酸ビニル共重合体,及び該共重合体中に分散された受酸剤粒子を含む透明フィルムであって,

受酸剤粒子が,金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物であり,

受酸剤粒子の含有量が共重合体に対して0.01~0.5質量%で,且つ受酸剤粒子の平均粒径が5μm以下であり,そして

エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が20~36質量%であり,エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに

架橋剤により架橋されており,さらに当該透明フィルムは太陽電池用封止膜又はガラスと透明フィルムとの間に蒸着金属膜を挿入した熱線反射用の合わせガラス用透明接着剤層として使用されることを特徴とする透明フィルム。

【請求項2】

受酸剤粒子の含有量が0.01~0.2質量%である請求項1に記載の透明フィルム。

【請求項3】

受酸剤粒子が,MgO,Pb3O4,Ca(OH)2,Al(OH)3,及びFe(OH)2から選択される少なくとも1種である請求項1に記載の透明フィルム。

【請求項4】

ヘイズが2以下である請求項1~3のいずれかに記載の透明フィルム。

【請求項5】

(削除)

【請求項6】

(削除)

【請求項7】

エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋助剤により架橋されている請求項1~4のいずれかに記載の透明フィルム。

【請求項8】

エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらにシランカップリング剤を含んでいる請求項7に記載の透明フィルム。

(2)  本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載は,次のとおりである(これらの発明を総称して,以下「本件訂正前発明」という。また,本件訂正前の本件特許の明細書を,以下「本件訂正前明細書」という。)。

【請求項1】(これに係る発明を,以下「本件訂正前発明1」という。)

エチレン/酢酸ビニル共重合体,及び該共重合体中に分散された受酸剤粒子を含む透明フィルムであって,

受酸剤粒子が,金属酸化物,金属水酸化物又はこれらの混合物であり,

受酸剤粒子の含有量が共重合体に対して0.5質量%以下で,且つ受酸剤粒子の平均粒径が5μm以下であり,そして

エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が20~36質量%であり,さらに

当該透明フィルムは太陽電池用封止膜又は合わせガラス用透明接着剤層として使用されることを特徴とする透明フィルム。

【請求項2】

受酸剤粒子の含有量が0.2質量%以下である請求項1に記載の透明フィルム。

【請求項3】

受酸剤粒子が,MgO,ZnO,Pb3O4,Ca(OH)2,Al(OH)3,及びFe(OH)2から選択される少なくとも1種である請求項1に記載の透明フィルム。

【請求項4】

ヘイズが2以下である請求項1~3のいずれかに記載の透明フィルム。

【請求項5】

水による沸騰加熱還流により抽出される酢酸が200ppm以下である請求項1~4のいずれかに記載の透明フィルム。

【請求項6】

エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋剤により架橋されている請求項1~5のいずれかに記載の透明フィルム。

【請求項7】

エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋助剤により架橋されている請求項6に記載の透明フィルム。

【請求項8】

エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらにシランカップリング剤を含んでいる請求項6又は7に記載の透明フィルム。

3  審決の理由

(1)  審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本件訂正に係る訂正の請求は,特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正ないし明瞭でない記載の釈明を目的とし,特許法134条の2第9項の規定により準用する同法126条4項ないし6項の規定に適合する,②本件発明は,特開平9-27633号公報(甲1。以下「甲1文献」という。)に記載された発明ではないから,特許法29条1項3号に該当するとはいえない,③本件発明は,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,また,甲1発明に特開平9-207280号公報(以下「甲2文献」という。),特開平1-234436号公報(以下「甲3文献」という。),特開2002-80652号公報(以下「甲4文献」という。)及び特開昭63-189462号公報(以下「甲5文献」という。)に記載された事項を組み合わせたとしても,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法29条2項に該当するとはいえない,④本件発明が発明の詳細な説明に記載されていないということはできないから,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないとはいえない,⑤本件発明に係る請求項の記載が明確でないとはいえないから,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないとはいえない,⑥本件明細書の記載が特許法36条4項1号に規定する実施可能要件を満たしていないとはいえない,というものである。

(2)  審決が上記②及び③の結論を導くに当たり認定した甲1文献に記載された発明(以下「甲1発明」という。)の内容,本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 甲1発明の内容

「太陽電池用セルと透明板又は該セルとバックカバーとの間に介装される太陽電池用封止材膜であって,難燃剤を添加したエチレン-酢酸ビニル共重合体膜からなることを特徴とする太陽電池用封止材膜。」

イ 一致点

「エチレン/酢酸ビニル共重合体を含むフィルムであって,

当該フィルムは太陽電池用封止膜又はガラスと透明フィルムとの間に蒸着金属膜を挿入した熱線反射用の合わせガラス用透明接着剤層として使用されることを特徴とする透明フィルム。」である点。

ウ 相違点

(ア) 相違点1

フィルムについて,本件発明1は,「受酸剤粒子」を含むとともに,当該受酸剤粒子について「受酸剤粒子が,金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物であり,

受酸剤粒子の含有量が共重合体に対して0.01~0.5質量%で,且つ受酸剤粒子の平均粒径が5μm以下であり」との限定を有するのに対し,甲1発明は,「受酸剤」を含むとの限定を有していない点。

(イ) 相違点2

エチレン/酢酸ビニル共重合体について,本件発明1は,「酢酸ビニル含有率が20~36質量%であり,さらに架橋剤により架橋されて」いるものに限定されているのに対し,甲1発明は,そのような限定を有していない点。

(ウ) 相違点3

フィルムについて,本件発明1は,「透明」フィルムに限定されているのに対し,甲1発明は,そのような限定を有していない点。

第3原告の主張

審決には,本件訂正の適法性判断の誤り(取消事由1),本件発明の認定の誤り(取消事由2),本件発明の新規性,進歩性判断の誤り(取消事由3),本件発明のサポート要件具備に関する判断の誤り(取消事由4),本件発明の明確性要件具備に関する判断の誤り(取消事由5)及び本件発明の実施可能要件具備に関する判断の誤り(取消事由6)があり,これらの誤りはいずれも審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。

1  取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り)

被告は,本件訂正において,いわゆる「除くクレーム」による訂正を行い,本件訂正前の請求項1の「金属酸化物」を「金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く)」と訂正している(この訂正事項を,審決に倣い,以下「訂正事項(a)」という。)が,このような訂正は,次の理由から認められるべきではない。

(1)  訂正事項(a)は,特開平8-259279号公報(以下「甲16文献」という。)に基づく進歩性欠如の無効事由を回避するために,同文献の請求項7等に機能性超微粒子として記載された金属酸化物を除いたものであるが,同文献の実施例において用いられているATO(導電性アンチモン含有スズ酸化物)超微粒子には,アンチモン酸化物が相当量含まれている。そうすると,訂正事項(a)によっては,同文献に記載された金属酸化物を本件訂正前発明から全て除いたことにはならない。

このように除かれていない金属酸化物が存在する以上,本件訂正は,従来技術と重なる範囲を全て除いて差別化する場合に認められる訂正の趣旨を逸脱するものである。

(2)  本件訂正前明細書の【発明の実施の形態】に記載された金属酸化物は,MgO,ZnO及びPb3O4のみであり,【実施例】に記載された金属酸化物は,MgO及びZnOのみである。

これに対し,訂正事項(a)による訂正の結果,本件発明における受酸剤としての金属酸化物として,周期律表を考慮すると73種類のものが具体的に該当することとなる。そして,その中には,エチレン/酢酸ビニル共重合体の加水分解を助長する強アルカリ成分の金属酸化物であるLiO,NaO,KO,RbO等の物質や,極めて科学的に安定で所定の受酸効果を発揮するとは考え難い酸化金,猛毒であり受酸剤として使用することができない酸化水銀が含まれることになる。

よって,本件訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の制限を逸脱して新たな技術的事項を導入するものである。

(3)  本件訂正前明細書の記載によれば,本件訂正前発明において受酸剤として使用できる金属酸化物は,MgO,ZnO及びPb3O4のみと考えるのが極めて自然であり,被告は,訂正事項(a)による訂正の結果,本件発明における受酸剤に該当することになった相当数の金属酸化物については,受酸効果を発揮することを確認しておらず,受酸剤として使用できることを認識していなかった。

よって,かかる金属酸化物につき機能上等価であることに関する技術的事項が導き出せない以上,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものである。

(4)  訂正事項(a)による訂正は,本件訂正前発明が甲16文献に記載された発明とは技術的思想が顕著に異なり明確に差別化されるような発明ではないにもかかわらず,同文献を引用例とする進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたものである。

よって,本件訂正は,新規性等の確保のために従来技術と重なる範囲を除くためにのみ認められるべき訂正の手法を逸脱しており,これによって明細書等の記載を信じた第三者が不測の不利益を被る可能性があり,特許法134条の2の趣旨にも反する。

2  取消事由2(本件発明の認定の誤り)

前記1のとおり本件訂正が認められるべきではない以上,本件訂正が認められることを前提に審決がした本件発明の認定は誤っている。

3  取消事由3(本件発明の新規性,進歩性判断の誤り)

(1)  甲1発明の認定の誤り

審決は,甲1発明として,甲1文献の請求項1に記載された発明を認定した。これは,甲1文献のその他の記載事項を排除し,本件発明1との間に相違点1ないし3が存在するように恣意的に行われた認定であり,誤っている。

(2)  相違点の認定の誤り

本件発明1と甲1発明との間に審決の認定する相違点は存在せず,本件発明1が甲1発明に対して新規性を有するとの審決の判断には誤りがある。そうである以上,本件発明2ないし8の新規性についての審決の判断にも誤りがある。

ア 相違点1について

審決は,甲1文献には受酸剤粒子について記載も示唆もなく,受酸剤粒子の材質,含有量及び粒径が個々に知られているとしても,それだけでは,甲1文献にこれらの要件を同時に満足するものが記載されているとはいえないとして,本件発明1と甲1発明とは,相違点1において相違すると認定した。

しかしながら,甲1文献には,これらの三つの要件のそれぞれを満足することが直接的あるいは実質的に記載されており,それらを同時に満足することが積極的に除外されているわけではないから,当業者は,甲1文献の記載から,上記三つの要件を同時に満足する場合を把握することができる。よって,審決の上記認定は誤りである。

(ア) 受酸剤粒子の材質については,甲1文献には,難燃化助剤として三酸化アンチモンが,無機難燃剤として水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウムなどの水酸化無機塩が記載されており,これらは金属酸化物及び金属水酸化物に該当し,本件発明における受酸剤粒子に当たる。特に,水酸化カルシウムや水酸化マグネシウム等の金属水酸化物は,難燃剤としても受酸剤としても効果を有することが周知であったから,甲1文献に難燃剤として水酸化マグネシウム等を含む金属水酸化物を用いることが記載されている以上,当業者としては,太陽電池モジュールにおいて,難燃化ないし不燃化のみならず,金属水酸化物に受酸剤としての効果を発揮させて腐食防止を図ることも黙示の課題であるといえる。

このように,甲1文献には,「受酸剤粒子」という文言は記載されていないものの,受酸剤粒子そのものが記載されており,本件発明1の課題と共通する黙示の課題もあるから,審決の上記判断は誤りである。

(イ) 受酸剤粒子の含有量については,審決は,甲1文献の「EVA樹脂100重量部に対して70重量部以下,好ましくは1~50重量部で十分である」との記載は,本件発明1の含有量要件を満足する範囲(0.01~0.5質量%)を除外するものであると判断した。

しかし,「1~50重量部」との記載はあくまで好ましい範囲についてのものであって,本件発明1の受酸剤粒子の含有量は甲1文献の「70重量部以下」に客観的に含まれるから,甲1文献に記載された難燃剤の含有量の範囲は,本件発明1における受酸剤粒子の含有量の範囲を除外するものではない。

(ウ) 受酸剤粒子の粒径に関しては,甲1文献には,太陽電池用封止材膜を光透過性とすることを推奨する記載があり,光透過性を高める観点からは,光波長の散乱を防止するよう,光波長よりも小さいミクロン単位の平均粒径を有する水酸化マグネシウムを用いるのが技術常識である。また,甲3文献ないし甲5文献は,受酸剤として機能する難燃剤の平均粒径として5μm以下の場合があることを明確に示しており,特に平均粒径が5μm以下の場合に限って臨界的意義を発現するという事実も見いだせない。したがって,相違点1に係る本件発明1の構成のうち,平均粒径は周知慣用技術にすぎない。

イ 相違点2及び3について

甲1文献には,太陽電池用封止材膜に酢酸ビニル含有率が10ないし50重量%のエチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂が好適に用いられることや,当該共重合体樹脂に耐候性の観点から架橋構造を持たせることが好ましいこと,当該封止材膜は太陽光を透過させる必要があるから光透過性にすることを推奨することが記載されている。よって,本件発明1と甲1発明とが相違点2及び3において相違するとはいえず,審決によるこれらの相違点の認定には誤りがある。

(3)  進歩性判断の誤り

ア 仮に本件発明1と甲1発明との間に発明の同一性が認められないとしても,前記(2)ア(ア)のとおり,甲1発明において当業者にとって周知慣用の金属水酸化物等が用いられている以上,受酸効果の発揮による腐食の防止という黙示の課題を容易に想到することができるし,本件発明1において用いられるエチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂の酢酸ビニル含有量や受酸剤の種類,配合量等は,いずれも甲1文献に明確に記載されている。さらに,本件発明1の構成による受酸効果や透明性向上効果についても,当業者であれば容易に想到できることである。

よって,本件発明1は,甲1発明に基づいて当業者が容易に想到できる。

イ また,甲2文献は,難燃剤でもあり受酸剤でもある水酸化アルミニウムをエチレン/酢酸ビニル共重合体100に対して0.1添加する場合が実際にあることを示すことを主な目的とした文献であり,甲3文献ないし甲5文献は,本件発明1の粒径要件が周知技術であることを示す文献である。

よって,当業者であれば,甲1発明に甲2文献ないし甲5文献に記載された事項を組み合わせれば,本件発明1を容易に想到することができる。

ウ 本件発明2ないし8についても,本件発明1と同様,甲1発明及び甲2文献ないし甲5文献に記載された事項に基づき,当業者が容易に想到できるから,これらの進歩性も否定される。

4  取消事由4(本件発明のサポート要件具備に関する判断の誤り)

仮に本件訂正が認められるとすると,本件発明における受酸剤としての金属酸化物として,73種類のものが具体的に該当することとなり,その中には,技術常識から判断して受酸剤として使用することができないLiO,NaO,KO,RbO等の物質が多数存在する。このことは,金属水酸化物についても同様である。

また,請求項3及び本件明細書【0015】に記載されたAl(OH)3及びFe(OH)2は,特開2009-40951号公報(以下「甲7文献」という。)に,受酸効果が得られないことが示されている。

よって,本件発明はサポート要件を具備していない。

5  取消事由5(本件発明の明確性要件具備に関する判断の誤り)

審決は,本件発明における受酸剤の平均粒径について,上限だけを示せば開示として十分であると判断した。

しかし,甲7文献【0031】には,受酸剤粒子の平均粒子径が0.01μm未満であると受酸剤が凝集しやすく,均一に分散させるのが困難になるおそれがあると記載されている。

したがって,受酸剤粒子の平均粒径が小さければ小さいほどよいという審決の指摘は事実と異なることから,発明の範囲を明確にすべく,受酸剤粒子の平均粒径の下限値を規定する必要があり,下限を特定していない本件発明は明確性に欠ける。

6  取消事由6(本件発明の実施可能要件具備に関する判断の誤り)

原告は,本件明細書には前記4のとおり受酸効果が得られないものが受酸剤として記載されているから,本件発明は実施可能要件を具備していないと主張したが,審決は,この点について判断を示していない。

なお,被告は,甲7文献によっても,Al(OH)3及びFe(OH)2の受酸効果は否定されないと主張するが,厳しい環境条件の方が受酸効果を発揮しやすいのであるから,被告の主張は技術常識に反する。

第4被告の主張

1  取消事由1について

本件訂正は,次のとおり適法であり,これを認めた審決の判断に誤りはない。

(1)  訂正事項(a)によって,甲16文献に記載された金属酸化物は全て除外されている。すなわち,甲16文献にはSb(アンチモン)単独の酸化物を機能性超微粒子として用いるとの記載はなく,訂正事項(a)においてSn(スズ)を含む金属酸化物を除いたことで,少なくともSnの酸化物が含まれるATOも除外されたと解される。

(2)  「受酸剤粒子」は,本件特許の出願当時,その機能及び特性が当業者に慣用されているものであるから,被告が本件特許出願の際に「受酸剤粒子」として記載した金属酸化物及び金属水酸化物には,その当時当業者が「受酸剤粒子」として把握できる金属酸化物及び金属水酸化物が含まれる。

そして,訂正事項(a)は,このような受酸剤粒子としての金属酸化物及び金属水酸化物のうち,特許第3135477号公報及び甲16文献に全く異なる用途で開示されていた金属酸化物を除外したものであり,新たな技術的事項を導入するものではなく,これによって,当業者が,通常受酸剤粒子として使用しない金属酸化物が受酸剤粒子に含まれるに至ったと把握することはあり得ない。

よって,本件訂正により,受酸剤としての使用が考え難い金属酸化物や,被告が意識せず,機能上等価であることが確認されていない金属酸化物が,本件発明における受酸剤粒子に含まれるに至ったということはできない。

(3)  訂正事項(a)は,甲16文献に記載された先行技術と技術的思想において顕著に異なり,本来進歩性を有する発明である本件発明から,たまたま同先行技術と重複する部分を除いたものであるから,訂正の手法を逸脱したものではないし,新たな技術的事項を導入するものではない以上,これによって第三者が不測の不利益を被る可能性もなく,特許法134条の2の趣旨に反するともいえない。

2  取消事由2について

本件訂正が適法にされたものであることは前記1のとおりであり,これを前提とする審決による本件発明の認定に誤りはない。

3  取消事由3について

(1)  甲1発明の認定の誤りについて

原告は,審決が甲1文献の請求項1の記載のみから甲1発明を認定したのは誤りであると主張する。しかし,審決は,甲1文献の記載事項を十分に考慮した上で論理的に甲1発明を認定しており,結果的に請求項1の文言と一致したのであって,かかる認定に誤りはない。

(2)  相違点の認定の誤りについて

ア 相違点1について

次のとおり,本件発明1と甲1発明とは相違点1において相違するとの審決の認定に誤りはない。

(ア) 受酸剤と難燃剤とは,機能,特性が全く異なり,いずれも樹脂組成物の技術分野において当業者に慣用されているものであるから,新規性判断において,これらの用語は通常の発明特定事項として扱われるべきである。

(イ) 甲1文献によれば,太陽電池モジュールの透明板側の封止材膜においては,光透過性を考慮して,難燃剤として有機難燃剤を用い,無機難燃剤や難燃化助剤は用いず,上記封止材膜を光透過性を考慮する必要のないバックカバー側に用いる場合にのみ,難燃剤として無機難燃剤や難燃化助剤を用いることが把握できる。

したがって,甲1文献には,「透明フィルム」に難燃剤として無機難燃剤である水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウム等の水酸化無機塩を配合することは実質的に記載されていない。

(ウ) 甲1文献には,難燃剤の含有量について,エチレン/酢酸ビニル共重合体100重量部に対して70重量部以下,好ましくは1~50重量部で十分であると記載されている。一般的にも,エチレン/酢酸ビニル共重合体に難燃剤として水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウム等の水酸化無機塩を用いる場合,該共重合体樹脂100部に対し130部,あるいは樹脂組成物中に55重量%などと比較的多量に配合することが技術常識である。

これに対して,本件発明1の受酸剤粒子の含有量は共重合体に対して0.01~0.5質量%であって,上記のような難燃剤の配合量とは大きく異なる。

(エ) 甲1文献には,無機難燃剤の粒径に関する記載は一切ない。

イ 相違点2及び3について

審決は,甲1文献の記載事項を十分に考慮し,論理的に甲1発明の認定をした上で,本件発明1と対比しており,審決における相違点2及び3の認定に誤りはない。

(3)  進歩性判断の誤りについて

次のとおり,本件発明1が甲1文献ないし甲5文献の記載から当業者が容易に発明をすることができたものではないとの審決の判断に誤りはなく,本件発明1の特定事項を全て含む本件発明2ないし8の進歩性についての審決の判断にも,誤りはない。

ア 難燃剤と受酸剤は,機能,特性が全く異なるものとして当業者に慣用されている。そして,難燃剤は比較的多量に含有させなければ効果は得られず,難燃剤として水酸化無機塩を用いる場合は,樹脂100部に対して130部などと多量に配合することが技術常識である。

これに対し,受酸剤として水酸化無機塩を用いる場合は,用途や想定される酸の発生量に応じて,その酸を中和するために必要な含有量を調整するものと解され,本件発明1では共重合体に対して0.01~0.5質量%と規定されている。

このように,水酸化無機塩は,難燃剤として用いる場合と受酸剤として用いる場合とでは全く作用効果が異なり,配合する含有量の範囲等も全く異なるから,甲1文献に難燃剤の一例として水酸化無機塩の記載があっても,受酸剤に関する記載が一切ない以上,受酸剤を使用するべき課題は示唆されておらず,甲1発明と,受酸剤に関する技術常識を組み合わせる動機付けは何ら存在しない。むしろ,水酸化無機塩の量を減らすことで難燃剤として機能しなくなることからすれば,組み合わせることに阻害事由がある。

さらに,甲1文献には,フィルムの透明性を低下させる水酸化無機塩を難燃剤として透明フィルムに配合することの動機付けも一切なく,フィルムの透明性を低下させないように,その含有量を極めて少量に設定することは,難燃性の向上という甲1発明の目的に反するから,その含有量を本件発明1の規定する範囲に設定することに阻害事由がある。

イ 甲2文献に記載された耐熱保護フィルムにおける接着剤層と甲1文献の太陽電池用封止材膜とは用途が異なるし,甲2文献には,フィルムや接着剤層の透明性に関する記載は一切なく,示唆もない。

したがって,甲1発明に甲2文献に記載された事項を組み合わせる理由はなく,仮に当業者が甲1発明に甲2文献に記載された事項を組み合わせたとしても,甲2文献には,甲1発明において,難燃剤を水酸化無機塩に限定すること,難燃剤の含有率を共重合体に対して0.01~0.5質量%とすること,難燃剤を粒子状のものに限定するとともに,平均粒径を5μm以下に限定することについて,動機付けとなるような記載や示唆はない。

甲3文献ないし甲5文献についても,甲2文献と同様,甲1発明と組み合わせる理由はなく,相違点1に係る本件発明1の構成を導き出すことはできない。

4  取消事由4について

特開2002-12813号公報及び審決の引用する公知文献によれば,種々の金属酸化物又は金属水酸化物が受酸剤として同様の作用効果を有すると当業者に認識されており,また,少なくとも受酸剤として用いられる金属酸化物及び金属水酸化物がいずれも塩基として酸と作用することは技術常識である。

本件発明の技術的思想は,太陽電池用封止膜等に用いる透明フィルムに,出願時に用いられていなかった受酸剤粒子を用いるために,受酸剤粒子の含有量及び平均粒径を調整したことにある。したがって,受酸剤粒子として用いられる金属酸化物又は金属水酸化物のうちのいずれかの物質の作用が認められれば,受酸剤粒子として用いられる金属酸化物及び金属水酸化物までは,拡張ないし一般化できると考えられる。

そして,本件明細書の実施例には,受酸剤粒子として金属酸化物であるMgOが開示され,平均粒径1μm,3.5μm及び5.5μmのMgO粒子を用いた透明フィルムを評価した結果に基づいて,受酸剤粒子の平均粒径の上限及び受酸剤粒子の含有量の上限を規定しており,これについて発明の作用効果が認められることからすれば,本件発明1において,受酸剤粒子について,「金属酸化物(ただし,一部の物質を除く。),金属水酸化物又はこれらの混合物」まで拡張ないし一般化した記載とすることは許されるべきものである。

さらに,技術常識に照らせば,当業者が,本件発明1における受酸剤粒子について,通常は受酸剤粒子として使用しない金属酸化物や金属水酸化物まで含まれると把握することはない。

よって,本件発明は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたもので,サポート要件を具備しており,この点に関する審決の判断に誤りはない。

5  取消事由5について

本件発明1における受酸剤粒子の平均粒径については,上限値「5μm以下」の規定が重要であり,本件明細書の記載からも,平均粒径が小さいほど,本件発明1の効果が得られることは明らかである。そして,本件発明1が「受酸剤粒子を含む」ものである以上,透明フィルム中に,ある平均粒径を有する受酸剤「粒子」が含まれていることは明確である。

したがって,本件発明1において,受酸剤粒子の平均粒径の上限値だけを示すような数値範囲の限定であっても,発明の範囲は明確であり,この点に関する審決の判断に誤りはない。

6  取消事由6について

受酸剤の種類によって本件発明の効果に差があって,配合量等を調整することは,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や高度な実験等を行う必要があるものではなく,当業者の通常の創作能力の発揮である。

したがって,本件発明は実施可能要件を具備している。

そして,審決は,甲7文献における耐久性試験の条件は,本件発明における実施例に記載された条件よりもはるかに厳しく過酷なものであるから,甲7文献の条件で効果が低かった金属水酸化物(Al(OH)3,Fe(OH)2)が,本件発明における実施例の条件でも受酸効果がないとはいえないと判断しており,実施可能要件に関して判断の遺脱はない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告の主張する取消事由は理由がないものと判断する。その理由は次のとおりである。

1  取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り)について

(1)  本件訂正の適法性について

特許法134条の2第1項ただし書は,特許無効審判の被請求人による訂正請求は,①特許請求の範囲の減縮,②誤記又は誤訳の訂正,③明瞭でない記載の釈明,若しくは④他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること,を目的とするものに限ると規定している。そして,特許法134条の2第9項が準用する同法126条5項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,ここにいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

本件訂正における訂正事項(a)は,本件訂正前発明1に係る請求項1の「金属酸化物」を「金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く)」と訂正するものである(甲10)。そして,「受酸剤粒子が,金属酸化物…であり」との請求項1の記載に照らすと,本件訂正の前後を通じて,この「金属酸化物」は受酸剤として使用される金属酸化物を意味すると解されるところ,訂正事項(a)は,このように受酸剤として使用される金属酸化物から,その一部である「Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物」を除外するものであると認められる。

ここに,「受酸剤」とは,酸を捕捉(吸収ないし中和)する作用を有する物質を意味するから,本件発明1において受酸剤として使用される金属酸化物とは,そのような機能を有する金属酸化物であれば種類を問わないと解され,訂正事項(a)は,そのような性質を有する金属酸化物のうち具体的に列挙された一部の金属酸化物を除外するものであると解される。そして,除外されるもののみが受酸剤として何らかの特有の性質を有するとか,除外後に残ったもののみが受酸剤として何らかの特有の性質を有するなど,本件訂正の前後で,受酸剤粒子として使用される「金属酸化物」の技術的内容を変更するような事情は見当たらない。

したがって,訂正事項(a)は,特許請求の範囲に記載された「金属酸化物」の種類を訂正前より限定するものであり,これによって新たな技術的事項を導入するものではないから,これに係る訂正は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,訂正事項(a)によって,甲16文献に記載された金属酸化物を全て除いたことにはならないから,訂正の趣旨を逸脱すると主張する(前記第3の1(1))。

かかる原告の主張は,本件訂正によっても本件発明1は甲16文献との関係で新規性を欠き,独立特許要件を具備しないとの主張とも解される。しかし,甲16文献にはエチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率及び架橋剤による架橋についての開示はなく(甲16),本件発明1は,少なくともこれらの点において,甲16文献に記載された発明に対して新規性を有することとなるから,本件訂正によって甲16文献に記載された金属酸化物が全て除かれたかどうかを問わず,原告の上記主張は採用することができない。

イ 原告は,訂正事項(a)による訂正により,受酸剤として作用するとは考え難く,あるいは,本件訂正前明細書に受酸剤として挙げられたMgO,ZnO及びPb3O4と機能上等価であると確認されていない相当数の金属酸化物が,「金属酸化物」に含まれることになるから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであると主張する(前記第3の1(2)及び(3))。

しかしながら,本件訂正の前後を問わず,「金属酸化物」とは,受酸剤としての作用を有するものであることが前提であることは前であり,原告の上記主張は採用することができない。

ウ 原告は,本件訂正は進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたものであるから訂正の手法を逸脱しており,これによって第三者が不測の不利益を被る可能性があるなどと主張する(前記第3の1(4))。

しかるに,訂正は,特許法134条の2第1項ただし書に掲げる事項を目的とし,これによって新たな技術的事項を導入するものではなく,訂正後の発明がいわゆる独立特許要件(特許法134条の2第9項の準用する同法126条7項)を具備するなどの所定の要件を満たす場合に許容されるものであり,進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたか否かはそれ自体として訂正の適否を左右するものではない。そして,訂正事項(a)による訂正の結果,本件発明1における金属酸化物の種類に関して,受酸剤として用いられる金属酸化物の中から特定の種類のものが除かれたと容易に理解することができるから,これによって第三者が不測の不利益を被るともいえない。

したがって,原告の上記主張も採用することができない。

(3)  小括

以上によれば,審決における本件訂正の適法性判断に,原告の主張する誤りがあるということはできない。

2  取消事由2(本件発明の認定の誤り)について

前記1のとおり,審決における本件訂正の適法性判断に原告の主張する誤りがあるということはできないから,その誤りを前提として,審決がした本件発明の認定に誤りがあるとの原告の主張(前記第3の2)は,採用することができない。

3  取消事由3(本件発明の新規性,進歩性判断の誤り)について

(1)  甲1文献の記載

内容原告は,審決には甲1発明の認定に誤りがあり,これを前提とする本件発明1との相違点の認定や相違点に係る進歩性の判断に誤りがあると主張する(前記第3の3)。

そこで,審決による甲1発明の認定及び本件発明1との相違点の認定の適否について判断するため,甲1文献の記載内容を検討する。

甲1文献(甲1)は,発明の名称を「太陽電池用封止材膜及び太陽電池モジュール」とする発明の公開特許公報であり,次の記載がある。

「【特許請求の範囲】

【請求項1】太陽電池用セルと透明板又は該セルとバックカバーとの間に介装される太陽電池用封止材膜であって,難燃剤を添加したエチレン-酢酸ビニル共重合体膜からなることを特徴とする太陽電池用封止材膜。」

「【発明の詳細な説明】

【0002】

【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】

【0003】しかしながら,従来の太陽電池モジュールは,…太陽電池用セル1と白板ガラス板2及び耐候性バックカバー3との間にこれらを接着,封止させるためにEVA樹脂(エチレン-酢酸ビニル共重合体)封止材膜4をそれぞれ介装することが行われていたが,この太陽電池用モジュール内でセルとガラスの接着材等に使用されているEVA樹脂封止材膜が可燃であり,太陽電池モジュール燃焼試験時にEVA樹脂が加熱されて滴下し,このEVA樹脂が燃焼するため,直接屋根材として使用できないのが現状であった。

【0004】本発明は上記事情に鑑みなされたもので,難燃・不燃化された太陽電池モジュール用封止材膜及びこれを積層することで直接屋根材等として使用することが可能な太陽電池モジュールを提供することを目的とする。

【0005】

【課題を解決するための手段及び発明の実施の形態】本発明は,上記目的を達成するため,太陽電池用セルと透明板又は該セルとバックカバーとの間に介装される太陽電池用封止材膜であって,分子内にハロゲン原子を1つ以上含む有機難燃剤や水酸化アルミニウム,赤リン等の無機難燃剤といった難燃剤を添加したエチレン-酢酸ビニル共重合体膜からなることを特徴とする太陽電池用封止材膜,及び太陽電池用セルとこれを被覆する透明板及びバックカバーとの間のいずれか一方又は双方に上記の封止材膜を介装した太陽電池モジュールを提供する。

【0006】本発明によれば,このように難燃乃至は不燃化したエチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA樹脂)を用いるので,燃焼試験時に樹脂の滴下が防止され,その燃焼が防止されて,太陽電池モジュールが難燃乃至は不燃化されるもので,これにより太陽電池モジュールを屋根材として使用することを可能にしたものである。

【0007】以下,本発明につき更に詳しく説明すると,本発明の太陽電池モジュール用封止材膜は,難燃剤が添加されたEVA樹脂膜からなるものである。ここで,本発明に用いられるEVA樹脂は,酢酸ビニル含有率が10~50重量%であることが好ましく,より好ましくは15~40重量%である。また,本発明で用いられるEVA樹脂は,メルトフローレートが0.7~20であることが好ましく,より好ましくは1.5~10である。

【0008】このEVA樹脂には,架橋構造を持たせることが,耐候性の点から好ましい。架橋構造を持たせる方法としては,予めEVA樹脂に有機過酸化物を添加し,その後100~200℃程度に加熱して架橋する方法が好ましい。EVA樹脂に添加する有機過酸化物としては,100℃以上でラジカルを発生するものであればいずれでも使用可能であるが,配合時の安定性を考慮にいれれば,半減期10時間の分解温度が70℃以上であることが好ましく,例えば…等を用いることができる。これらの有機過酸化物の配合量はEVA樹脂対比(100重量部当り,以下同様)5重量部又はそれ以下,好ましくは1~3重量部で十分である。」

「【0011】更に,EVA樹脂のゲル分率を向上させ,耐久性を向上するためにEVA樹脂に架橋助剤を添加できる。…これらの架橋助剤は配合量としてはEVA樹脂対比10重量部以下,好ましくは1~5重量部で十分である。」

「【0014】本発明において,上記EVA樹脂に対して,ハロゲン原子,好ましくは塩素原子や臭素原子を分子中に1個以上含む有機難燃剤や無機難燃剤を添加する。ここで有機難燃剤の例としては,塩素化パラフィン,塩素化ポリエチレン,…トリス(2,3-ジブロモプロピル)イソシアヌレート等…が挙げられる。また,無機難燃剤の例としては,水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウムなどの水酸化無機塩,リン酸アンモニウム,リン酸亜鉛などのリン酸化物,赤リンなどが挙げられる。これらの難燃剤の配合量は,EVA樹脂100重量部に対して70重量部以下,好ましくは1~50重量部で十分である。

【0015】更に上記EVA樹脂には,必要により難燃化助剤として膨張黒鉛を配合することができる。この場合その配合量は封止膜全体の20重量%以下,好ましくは1~15重量%で十分である。また,上記EVA樹脂には,更に必要により難燃化助剤として三酸化アンチモンを配合することもできる。

この場合,その配合量は封止材膜全体の10重量%以下,特に2~8重量%である。

【0016】本発明の太陽電池モジュールは,図1(判決注:右のとおり)にその一例を示したように,太陽電池用セル11と透明板12との間及び該セル11とバックカバー13との間に上記難燃剤を添加したEVA封止材膜14をそれぞれ介装したものである。

file_2.jpguw…なお,光線透過率の点から,セル11と透明板12との間には三酸化アンチモンや膨張黒鉛などを含まない光透過性の封止材膜を介装し,セル11とバックカバー13との間には,必ずしも光透過性でなくともよく,光不透過性であってもよいので,難燃性の向上の点から三酸化アンチモンや膨張黒鉛を含む封止材膜を介装することが推奨される。…」

さらに,甲1文献には,実施例1ないし9が挙げられており(【0017】ないし【0023】),実施例1,3,6及び8は透明板側配設シートとして,その余の実施例はバックカバー側配設シートとして,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂組成物が調製されている。それぞれの実施例においては,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂100重量部に対して,①難燃剤として,実施例1ないし4には塩素化パラフィン10重量部,実施例5には赤リン5重量部,実施例6ないし9にはトリス(2,3-ジブロモプロピル)イソシアヌレート4又は5重量部がそれぞれ配合されるとともに,②難燃化助剤として,実施例2及び4には三酸化アンチモン4又は5重量部,実施例5には膨張黒鉛10重量部がそれぞれ配合されたとの記載がある。

そして,実施例のシートを用いたサンプル及び比較例(難燃剤を含まないエチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂組成物)のシートを用いたサンプルをそれぞれガスバーナーで加熱したところ,実施例のシートを用いたサンプルについてはエチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂が同時に融け出し,良好な難燃性を示したのに対し,比較例のシートを用いたサンプルについては,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂が容易に燃焼したと記載されている(【0022】)。

(2)  甲1発明の認定の誤りについて

ア 前記(1)のとおり,審決が認定した甲1発明の内容は,甲1文献の請求項1の記載と一致するところ,原告は,かかる認定は甲1文献のその他の記載事項を排除し,相違点1ないし3が存在するように恣意的に行われた誤った認定であると主張する(前記第3の3(1))。

この点,引用発明の認定は,本件発明との対比及び判断を誤りなく行うことができるように行うべきであるから,引用文献に記載された事項及び記載されているに等しい事項からひとまとまりの技術的思想として把握することができる限り,本件発明において特定された構成と対比すべき構成については,これを遺漏なく引用発明の構成として認定すべきである。

イ そこで,甲1文献が,甲1発明の内容に関して,請求項1において特定され審決が認定した構成のほかに,本件発明1と対比すべき構成を開示しているか否か検討する。

(ア) エチレン/酢酸ビニル共重合体に添加される物質の特定について

本件発明1は,エチレン/酢酸ビニル共重合体中に含まれる受酸剤粒子が「金属酸化物(ただし,…を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物」であるのに対し,甲1文献には,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂封止材膜に添加される難燃剤として,塩素化パラフィン,塩素化ポリエチレン等の有機難燃剤や,水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウムのような水酸化無機塩等の無機難燃剤が挙げられている(【0014】)。

そうすると,本件発明1と甲1発明とは,それぞれエチレン/酢酸ビニル共重合体に添加される物質を特定しており,その中には,水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウムなどの水酸化無機塩のように一致するものもあるから,この点を甲1発明の構成として認定すべきである。

(イ) 受酸剤ないし難燃剤の配合量について

a 本件発明1は,受酸剤粒子の含有量を共重合体に対して0.01ないし0.5質量%であると特定しているのに対し,甲1文献には,難燃剤の配合量に関して,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂100重量部に対して70重量部以下,好ましくは1ないし50重量部で十分であるとの記載がある(【0014】)ことから,この点に係る構成を甲1発明の構成として認定すべきである。

b この点,甲1文献の上記記載の内容を理解するに当たっては,以下のとおりの難燃剤についての技術常識を参酌すべきである。

すなわち,熱可塑性樹脂に配合する無機難燃剤の配合量について,甲3文献ないし甲5文献には,次の記載がある。

甲3文献(甲3)には,無機難燃剤として熱可塑性樹脂に配合する水酸化マグネシウムの配合量に関して,〔従来の技術〕の項に,熱可塑性樹脂55ないし25重量%に対して45ないし75重量%,あるいは熱可塑性樹脂に対して40重量%以上配合していたことが記載されるとともに,〔実施例〕の項に,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂100部に対し130部配合することが記載されている。

また,甲4文献(甲4)には,エチレン・不飽和カルボン酸アルキルエステル共重合体及びエチレン/酢酸ビニル共重合体を樹脂成分とし,これに水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウムなどの難燃性無機化合物を配合した難燃性樹脂組成物に関して,難燃性無機化合物が樹脂成分100重量部に対して25ないし250重量部,特に30ないし200重量部の量で存在することが好ましいとの記載がある(【請求項3】,【0035】,【0037】)。

さらに,甲5文献(甲5)には,アルミニウム及び/又はマグネシウムの水酸化物を,熱可塑性重合体70ないし20重量%に対して30ないし80重量%含有する(合計で100重量部となる。),自消性(自己消火性を意味する。)樹脂組成物の発明が記載されている(請求項1)。

以上の各文献の記載に照らすと,本件特許の出願当時,エチレン/酢酸ビニル共重合体のような熱可塑性樹脂を難燃性のものとするため,水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウム等の無機難燃剤を含む難燃剤を配合する場合には,樹脂に対して少なくとも数十%以上,場合によっては樹脂よりも多量に用いることが技術常識であったと認められる。

c 前記bの技術常識を参酌すると,前記aの甲1文献の記載は,甲1発明における難燃剤の配合量は1ないし50重量部とするのが好ましい反面,これを1重量部未満のごく少量とすることは好ましいものではないとの趣旨であると理解される。

よって,当業者が,技術常識を参酌して甲1文献から把握することができる甲1発明における難燃剤の配合量は,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂100重量部に対し1ないし50重量部と認められる。

(ウ) エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率について

本件発明1は,エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率を20ないし36質量%と特定しているのに対し,甲1文献には,エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率について,10ないし50重量%であることが好ましく,より好ましくは15ないし40重量%であるとの記載がある(【0007】)から,この点を甲1発明の構成として認定すべきである。

(エ) エチレン/酢酸ビニル共重合体の架橋について

本件発明1は,エチレン/酢酸ビニル共重合体が架橋剤により架橋されていると特定しているのに対し,甲1文献にも,該共重合体樹脂に有機過酸化物を添加して架橋構造を持たせるとの記載がある(【0008】)から,この点を甲1発明の構成として認定すべきである。

(オ) 太陽電池用封止膜の光透過性について

本件発明1は透明フィルムに関する発明であるのに対し,甲1文献には,太陽電池用セルと透明板との間に介装される太陽電池用封止膜は光線透過率の観点から光透過性とすることが推奨されるとの記載がある(【0016】)から,この点を甲1発明の構成として認定すべきである。

ウ 以上を踏まえ,本件発明1と対比される引用発明として甲1文献の記載から認定すべき甲1発明は次のとおりであり,これと異なる審決による甲1発明の認定は,本件発明1と対比すべき構成を遺漏なく認定していない点で,誤っているというべきである。

「太陽電池用セルと透明板との間に介装される太陽電池用封止材膜であって,光透過性であり,該太陽電池用封止材膜が難燃剤を添加したエチレン-酢酸ビニル共重合体膜からなり,難燃剤が水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウムなどの水酸化無機塩等の無機難燃剤であり,難燃剤の含有量がエチレン-酢酸ビニル共重合体樹脂100重量部に対して1ないし50重量部であり,エチレン-酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が10ないし50重量%,より好ましくは15ないし40重量%であり,エチレン-酢酸ビニル共重合体が架橋剤により架橋されていることを特徴とする太陽電池用封止材膜。」

(3)  相違点の認定の誤りについて

原告は,本件発明1と甲1発明との間に審決の認定する相違点は存在しないと主張する(前記第3の3(2))。そこで,その適否について検討する。

ア 相違点1について

(ア) 前記(2)ウのとおり認定した甲1発明の内容に照らせば,本件発明1と甲1発明とは,エチレン/酢酸ビニル共重合体に水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウム等の水酸化無機塩が添加される点で一致するというべきである。

一方,両発明は,その配合量の点で相違するほか,甲1文献には,難燃剤の形状が粒子状であることやその粒径について何ら記載や示唆はないから,両発明は,添加される物質の形状及び粒径の点で相違すると認められる。

(イ) 以上によれば,相違点1は次のとおり認定されるべきである(以下「相違点1’」という。)。

「エチレン/酢酸ビニル共重合体に添加される水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウム等の金属水酸化物について,本件発明1は,その配合量が共重合体に対して0.01ないし0.5質量%であり,その形状が粒子状であり,かつその平均粒径が5μm以下であるのに対し,甲1発明は,その配合量がエチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂100重量部に対し1ないし50重量部であり,その形状及び平均粒径が特に限定されていない点。」

(ウ) これに対し,審決は,相違点1を「フィルムについて,本件発明1は,「受酸剤粒子」を含むとともに,当該受酸剤粒子について「受酸剤粒子が,金属酸化物(ただし,…を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物であり…」との限定を有するのに対し,甲1発明は,「受酸剤」を含むとの限定を有していない」と認定している。

しかしながら,本件発明1において受酸剤として添加される物質に,甲1発明において難燃剤として添加される物質と同一のものが含まれている以上,当該物質が添加される点において両発明の構成に差異はなく,当該物質の受酸剤としての作用・機能は,それ自体としては当該物質の未知の属性に基づく新たな機能であるということはできない(甲29ないし32参照)から,当該物質の作用・機能が異なることをもって,本件発明1の甲1発明に対する新規性を肯定することはできない。

よって,審決が,受酸剤ないし難燃剤という作用・機能の相違に着目して,相違点1を上記のとおり認定したのは誤りである。

(エ) 原告は,本件発明1における受酸剤粒子の含有量は甲1文献における難燃剤の含有量に含まれるから,本件発明1と甲1発明とは含有量の点で一致すると主張する(前記第3の3(2)ア(イ))。

しかしながら,技術常識を参酌して甲1文献から把握することができる甲1発明における難燃剤の配合量は,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂100重量部に対し1ないし50重量部と認められ,1重量部未満を含むと認めることができないのは前記(2)イ(イ)のとおりである。

(オ) 原告は,受酸剤粒子の粒径に関して,甲1文献では太陽電池用封止材膜の光透過性の観点から,光波長の散乱防止のため光波長よりも小さいミクロン単位の平均粒径のものを用いるのが技術常識であり,また,平均粒径を5μm以下とすることは周知慣用技術にすぎないと主張する(前記第3の3(2)ア(ウ))。

しかしながら,甲1文献には無機難燃剤の粒径についての記載や示唆がないのは前記(ア)のとおりであり,光波長の散乱防止の点を踏まえても,その粒径を5μm以下とすることが一義的に導かれるものではない。

また,甲3文献ないし甲5文献の記載を見ても,甲3文献(甲3)では,粒度分布1μ以下の割合に着目して水酸化マグネシウムを特定しており,平均粒径を5μm以下とすることが明示されているわけではなく,また,甲4文献(甲4)には,「平均粒径が0.05~20μm,とくに0.1~5μm程度のものを使用するのが望ましい。」(【0036】)との記載があり,甲5文献(甲5)には,「平均粒径が一般に0.1~20μ,好ましくは0.2~2μ,特に好ましくは0.5~1μのものが分散性の点でよく,」(3頁左上欄最終行ないし同頁右上欄2行目)との記載があるものの,これらの一義的とは言い難い数値範囲の記載から,難燃剤の粒径を5μm以下とすることが周知慣用技術であると認めることは困難である。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

(カ) 被告は,受酸剤と難燃剤とは,機能,特性が全く異なるなどとして,これらの用語は通常の発明特定事項として扱われるべきであると主張する(前記第4の3(2)ア(ア))。

しかしながら,本件発明1と甲1発明とで,エチレン/酢酸ビニル共重合体に添加される物質に同一のものが含まれている以上,その作用・機能に相違があることを理由に両発明の相違点とすることができないのは前記(ウ)のとおりであり,被告の上記主張は採用することができない。

(キ) 被告は,甲1文献には透明フィルムに難燃剤として水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウム等の水酸化無機塩を配合することは実質的には記載されていないと主張する(前記第4の3(2)ア(イ))。

しかるに,甲1文献には,太陽電池用セルと透明板との間には,光線を透過させるために三酸化アンチモンや膨張黒鉛を含ませない光透過性の封止材膜を介装し,太陽電池用セルとバックカバーとの間には,光不透過性であってもよいため三酸化アンチモンや膨張黒鉛を含む封止材膜を改装させるとの記載があり(【0016】),実施例においてもこれらの物質は透明板側配設シートには配合されていないものの,これらの物質はいずれも難燃化助剤であり,難燃剤として列挙された物質については,有機難燃剤であると無機難燃剤であるとを問わず,光透過性の観点から透明板側の封止材膜には配合させない旨の記載や,これを示唆する記載はない。なお,エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂に無機難燃剤を配合した実施例である実施例5においては,赤リンをバックカバー側配設シートに配合しているが,これのみをもって,甲1文献には透明板側に無機難燃剤を配合することが実質的には記載されていないということはできない。

よって,被告の上記主張は採用することができない。

イ 相違点2及び3について

前記(2)ウのとおり認定した甲1発明の内容に照らせば,本件発明1と甲1発明とは,エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が20ないし36質量%であること,共重合体が架橋剤により架橋されていること,フィルムが透明(光透過性)であることにおいて一致する。

よって,両発明の間に相違点2及び3があるとした審決の認定には,誤りがあるというべきである。

(4)  本件発明1の容易想到性について

前記(2)及び(3)のとおりの審決による甲1発明の認定の誤り及び本件発明1との相違点の認定の誤りが審決の結論に影響するか否かに関し,相違点1’に係る構成の容易想到性について検討する。

この点,前記(2)イ(イ)bのとおり,樹脂を難燃性のものとするために無機難燃剤を配合する場合には樹脂に対して少なくとも数十%以上,場合によっては樹脂よりも多量に用いるとの技術常識を踏まえると,甲1発明における難燃剤の配合量を,甲1文献に好ましい配合量として記載された範囲の配合量よりも低い0.01ないし0.5質量%まで低減させることには阻害事由があるというべきである。

また,甲1文献には,難燃剤の平均粒径についての記載や示唆はなく,これを5μm以下とすることの動機付けを見出すこともできない。

したがって,相違点1’に係る本件発明1の構成は,甲1文献の記載及び技術常識を考慮しても,当業者が容易に想到し得るものとは認められない。

(5)  原告の主張について

ア 原告は,甲1文献には本件発明における受酸剤粒子に当たる水酸化マグネシウム等の金属水酸化物が難燃剤として記載されており,これらの物質は難燃剤としても受酸剤としても効果を有することが周知であったから,甲1文献には,受酸剤粒子そのものが記載されており,受酸剤としての効果を発揮させて腐食防止を図るという黙示の課題も存在すると主張する(前記第3の3)。

しかしながら,甲1文献は,太陽電池モジュールを難燃化して屋根材等として使用することができるようにするよう,太陽電池用封止材膜に難燃剤を添加したエチレン/酢酸ビニル共重合体を用いるという技術的思想を開示するものであり,水酸化マグネシウム等の水酸化無機塩は,多数列挙された難燃剤のうちの一つにすぎず,ことさらそれに着目して難燃作用以外の作用まで検討する理由はない。よって,甲1文献に原告の主張する黙示の課題が存在するということはできない。

イ 原告は,甲2文献は難燃剤であり受酸剤でもある水酸化アルミニウムをエチレン/酢酸ビニル共重合体100重量部に対して0.1重量部添加することを示していると主張する(前記第3の3(3)イ)。

しかるに,甲2文献(甲2)は,回路基板などの保護を目的とする耐熱保護フィルムにおいて,フィルムの少なくとも一面にエチレン/酢酸ビニル共重合体を主成分とする熱硬化性接着剤層を設けたものに関する発明を開示するものであり,太陽電池用封止材膜については直接の記載も示唆もない。また,甲1発明や,前記(2)イ(イ)bの技術常識の裏付けとなる甲3文献ないし甲5文献においては,エチレン/酢酸ビニル共重合体を不燃あるいは難燃性のものとするために難燃剤が配合されるのに対し,甲2文献においては,耐熱保護フィルムの要求特性の一つに難燃性が挙げられているとして,難燃剤を有効量添加すると記載されている(【0020】)ものの,当該フィルムを甲1発明に係る太陽電池用封止材膜と同程度に難燃性のものとすることが想定されているとは認め難い(甲2文献では,フィルムの耐熱性について,実施例において,耐熱耐久性について85℃,湿熱耐久性について60℃,冷熱サイクル耐久性に関して-30℃ないし70℃の各条件でそれぞれ信頼性評価試験が行われている(【0030】,【0032】,【0033】)が,フィルムの難燃性や不燃性については,特段の評価試験は行われていない。)。

よって,前記(2)イ(イ)bのとおり,樹脂を難燃性のものとするために無機難燃剤を配合する場合には樹脂に対して少なくとも数十%以上,場合によっては樹脂よりも多量に用いるとの技術常識に照らしても,甲2文献における難燃剤の配合量についての記載を甲1発明と組み合わせる動機付けに乏しいというべきである。

(6)  小括

以上によれば,甲1発明を主たる引用発明として本件発明1,さらには本件発明2ないし8の進歩性をいずれも肯定した審決の判断は,その結論において相当であり,これに反する原告の主張は採用することができない。

4  取消事由4(本件発明のサポート要件具備に関する判断の誤り)について

(1)  原告は,本件訂正の結果,本件発明における受酸剤としての金属酸化物や金属水酸化物として,技術常識から判断して受酸剤として使用することができない物質が多数含まれることになるから,本件発明はサポート要件を具備しないと主張する(前記第3の4)。

しかしながら,本件発明1に係る請求項1の「受酸剤粒子が,金属酸化物(ただし,…を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物であり」との記載に照らすと,ここにいう金属酸化物や金属水酸化物は受酸剤として作用し得るものであることが前提であり,原告の指摘するような,技術常識に照らして受酸剤として使用することができない物質が含まれているということはできない。

(2)  原告は,本件発明における受酸剤として挙げられたAl(OH)3及びFe(OH)2は,甲7文献において受酸効果が得られないことが示されているから,本件発明はサポート要件を具備しないと主張する(前記第3の4)。

甲7文献(甲7)は,Mg(OH)2からなる受酸剤を含有する太陽電池用封止膜の製造方法に関する発明を開示するものであり,実施例1ないし4として,エチレン/酢酸ビニル共重合体に受酸剤としてMg(OH)2を配合して太陽電池用封止膜を作製する一方,比較例2及び3として,エチレン/酢酸ビニル共重合体に受酸剤としてAl(OH)3又はFe(OH)2を配合して太陽電池用封止膜を作製し,これらを用いて作製された耐久試験用モジュールをそれぞれを温度121℃,湿度100%RHの環境下に240時間放置した後の酢酸量を計測したところ,実施例1ないし3についてはいずれも600ppm未満,実施例4については600ppm以上2000ppm未満であり,比較例2及び3についてはいずれも2000ppm以上であった旨の記載がある(【0080】ないし【0092】)。

しかるに,甲7文献は,受酸剤について,「金属酸化物,金属水酸化物,金属炭酸化物又は複合金属水酸化物が用いられ,発生する酢酸の量,及び用途に応じ適宜選択することができる。前記受酸剤として,具体的には,酸化マグネシウム,酸化カルシウム,水酸化マグネシウム,水酸化カルシウム,…,酸化アルミニウム,水酸化アルミニウム,水酸化鉄…などが挙げられる。これらは一種単独で用いられてもよく,二種以上を混合して用いてもよい。」(【0028】)としつつ,「本発明の方法では,電池内部の導線や電極の発錆を特に高く防止することができることから,前記受酸剤としては,Mg(OH)2からなるものを用いるのが最も好ましい。」(【0030】)と記載しており,水酸化アルミニウム及び水酸化鉄を含む様々な受酸剤において,特に水酸化マグネシウムの受酸効果が高いことに着目するものである。よって,甲7文献においては,水酸化アルミニウム及び水酸化鉄もある程度の受酸効果を有することが前提となっていると解される。

そして,実験条件が異なれば化学反応の進行も異なることは技術常識であるところ,甲7文献における実験条件は,耐久試験用モジュールを温度121℃,湿度100%RHの環境下に240時間放置するというものであり,太陽電池が使用される通常の条件よりも高温かつ高湿度であるから,かかる特定の条件下で行われた実験の結果,Al(OH)3及びFe(OH)2がMg(OH)2と比較して受酸効果が低かったとしても,これによって,太陽電池用封止膜に配合する受酸剤としてAl(OH)3及びFe(OH)2を用いることができないことが裏付けられたということはできない。

(3)  なお,原告は,取消事由6に関し,Al(OH)3及びFe(OH)2の受酸効果を否定する根拠として,甲7文献における厳しい環境条件の方が受酸効果を発揮しやすいにもかかわらず,これらの物質は受酸効果を発揮しなかった旨指摘する(前記第3の6)。

しかるに,原告からは,かかる指摘を裏付ける証拠の提出はない。そして,一般的に,高温下にある方が化学反応が進行しやすい傾向にあるから,遊離酢酸の発生量は増大する傾向にあり,受酸剤の受酸反応も進行しやすくなる傾向にあることを推認することはできるとしても,受酸剤と反応せずに残留する酢酸の量については,受酸剤の種類のみならず,用いられたエチレン/酢酸ビニル共重合体中の酢酸ビニル含有率や重合度,受酸剤の平均粒径,粒度分布,添加量などの様々な要因の影響を受けると考えられるから,原告の指摘のとおりに推認することは合理性に欠けるというべきである。

(4)  以上に加え,本件明細書には,受酸剤としてMgOを用いた実施例において,発明の効果が奏されたことが開示されており,これを踏まえ,請求項1に列挙された受酸剤としての機能を有する他の物質について,発明の効果を否定すべき理由も見当たらないことからすれば,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明に記載されたものではないということはできず,本件発明がサポート要件を具備しないとは認められない。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

5  取消事由5(本件発明の明確性要件具備に関する判断の誤り)について

原告は,受酸剤粒子の平均粒径が過度に小さい場合は発明の効果が発揮できないとして,平均粒径の下限を特定していない本件発明は,明確性に欠けると主張する(前記第3の5)。

しかしながら,発明の効果の有無は,発明の明確性を左右するものではなく,本件特許の請求項1の記載によれば,受酸剤粒子の平均粒径は5μm以下であればよいことが明確である。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

6  取消事由6(本件発明の実施可能要件具備に関する判断の誤り)について

原告は,審決には本件発明が実施可能要件を具備するか否かに関して判断の遺脱がある旨主張する(前記第3の6)。

しかるに,審決は,原告の,サポート要件違反の観点から本件発明の受酸剤は実施例で効果が確認されている酸化マグネシウムに制限すべきであるとの主張に関して,金属酸化物,金属水酸化物は受酸剤として知られており,酸化マグネシウムと同様に他の金属酸化物及び金属水酸化物も受酸剤としての機能を発揮することが明らかであると判断している(審決書24頁25行目ないし25頁12行目)。また,審決は,原告の,Al(OH)3及びFe(OH)2は受酸効果を発揮しないから本件発明はサポート要件を満たしていないとの主張に関して,甲7文献の記載に照らしても,Al(OH)3及びFe(OH)2が受酸剤としての効果を奏し得ないとはいえないと判断している(審決書27頁2行目ないし31行目)。

以上の審決の説示に照らすと,審決は,原告の主張する本件特許の実施可能要件不充足による無効事由について,実質的には判断を示しているということができるから,審決に,原告の主張する判断の遺脱はない。

なお,前記4において説示したところに照らすと,審決の上記判断に誤りはない。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

7  結論

以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井忠雄 裁判官 田中正哉 裁判官 神谷厚毅)

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