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知財高等裁判所 平成25年(行コ)10001号 判決 2013年9月10日

控訴人(原告)

アイピーコム ゲゼルシャフト

ミット ベシュレンクテル ハフツング

ウント コンパニー コマンディートゲゼルシャフト

訴訟代理人弁護士

片山英二

服部誠

岩間智女

補佐人弁理士

相田義明

蟹田昌之

被控訴人(被告)

代表者法務大臣

処分行政庁

特許庁長官

指定代理人

加藤誠一

玉田康治

佐藤一行

上田智子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  特許庁長官が,特願2011-027458号について,平成23年6月2日付け(発送日同月16日)でした出願却下の処分を取り消す。

第2事案の概要

1  控訴人(原告)は,平成12年2月15日,ドイツ特許庁を受理官庁として,同日にされた特許出願とみなされる国際出願(本件原々出願)をした後,平成22年6月8日,本件原々出願の一部を新たな特許出願(本件原出願)とし,さらに,本件原出願の特許査定の謄本の送達があった後である平成23年2月10日に至って,本件原出願の一部を新たな特許出願とする出願(本件出願)をした。

本件出願につき,特許庁長官は,平成18年法律第55号(平成18年改正法)による改正前の特許法44条(平成14年法律第24号<平成14年改正法>による改正後のもの。旧44条)1項に規定する期間の経過後にされた出願であるとして出願却下の本件却下処分をした。本件は,控訴人が本件却下処分の取消しを求めるものである。

原判決は,本件却下処分に違法はないとして,控訴人の請求を棄却した。

2  本件却下処分までの経緯等は次のとおりである。

(1)  控訴人は,平成12年2月15日,ドイツ特許庁を受理官庁として本件国際出願をした。

(2)  本件国際出願は,千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約4条(1)(ⅱ)の指定国に日本国を含むものであるから,特許法184条の3第1項により,本件国際出願日にされた特許出願(特願2000-604634号。本件原々出願)とみなされる。

(3)  特許庁長官は,平成22年1月8日,控訴人に対し,本件原々出願について,拒絶理由を通知した。

(4)  控訴人は,同年6月8日,本件原々出願の一部を新たな特許出願(特願2010-130883号。本件原出願)とした。

(5)  特許庁長官は,平成23年1月28日,本件原出願について特許査定をした。上記査定の謄本の送達は,工業所有権に関する手続等の特例に関する法律5条1項本文,同法施行規則23条の4第10号により電子情報処理組織を使用して行われ,同日,控訴人の特許出願代理人の使用に係る電子計算機に備えられたファイルに記録がされた(同法5条3項,4項により,同日に,上記謄本が控訴人に送達されたものとみなされる。)。

(6)  控訴人は,同年2月10日,本件原出願の一部を新たな特許出願(特願2011-027458号。本件出願)とした。

(7)  特許庁長官は,同月28日付けで,控訴人に対し,本件出願が旧44条1項に規定する期間の経過後にされた出願であることを理由に,出願却下となる旨を通知した(却下理由通知書発送日平成23年3月2日)。

(8)  控訴人は,同年4月1日,弁明書を提出した。

(9)  特許庁長官は,同年6月2日付けで,控訴人に対し,上記弁明書の弁明の内容を考慮しても本件出願は不適法であり,上記(7)の却下理由を覆す根拠は見いだせないとして,本件却下処分をした(発送日同月16日)。

(10)  控訴人は,本件却下処分を不服として,同年8月12日付けで,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,特許庁長官は,同年12月26日付けで同申立てを棄却する決定をし,同決定は同月28日に控訴人の特許出願代理人に送達された。

3  関係法令は,原判決2頁以下の第2の1に示されているとおりである。

4  本件の争点は,本件出願が本件原出願からの分割出願として可能な期間内にされたか否かである。すなわち,この分割可能期間を平成18年改正後の特許法44条(新44条)1項によって律するのか,同改正前の旧44条1項によって律するのかが争点である。

第3控訴人の主張

1  平成18年改正後の特許法44条(新44条)は,分割出願をするには,改正前には,原出願の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面について補正できる期間内である必要があったのを,原出願の特許査定の謄本の送達があった日から30日までとした。

本件原々出願は,平成18年改正法の施行より前にされているが,本件原出願と本件出願のいずれも現実の出願は,同年改正法の施行より後にされている。控訴人は,以下の根拠により本件出願には新44条が適用されると主張するものであるところ,本件出願は本件原出願の謄本の送達があったとみなされる平成23年1月28日から起算して30日以内である同年2月10日にされたので,適法にされたものである。

2  平成18年改正法附則3条1項に定める「この法律の施行後にする特許出願」とは,その文理上,平成18年改正法の施行後にした「現実の出願」をいうものと解釈するのが素直である。そして,新44条1項は,特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる要件を定めたものであり,分割出願は同項に基づいてなされる独立した特許出願であることからすると,当該出願が分割出願である場合には,「この法律の施行後にする特許出願」とは,平成18年改正法の施行後になされた分割出願を指すと解すべきである。

このことは,以下の点からも裏付けられる。すなわち,平成18年改正法附則3条1項に挙げられている条文(44条を除く)は,それぞれ,補正(特許法17条の2,17条の3,53条),特許出願(特許法36条の2),優先権主張(特許法41条),実用新案登録に基づく特許出願(特許法46条の2),拒絶査定・拒絶理由の通知(特許法49条から50条の2),拒絶査定不服審判(特許法159条,163条)に関する規定であり,いずれも特許査定前の手続に関する規定である。これらは,分割出願を含む特許出願一般について定めた規定であるから,これらの規定との関係では,平成18年改正法附則3条1項にいう「この法律の施行後にする特許出願」は,各手続の対象となる特許出願を指し,当該特許出願が分割出願である場合であっても,その原出願を指すのではないことに疑問の余地はない。

3  上記のように,平成18年改正法附則3条1項の「この法律の施行後にする特許出願」該当性を,現実の出願日を基準に判断した場合,新44条1項に基づき分割された分割出願には,分割制度の濫用防止のために改正された平成18年改正後の特許法17条の2,50条の2,53条等が必ず適用されることになるから,分割出願の時期的要件を緩和するとともに分割制度の濫用を防止しようとした平成18年改正法の趣旨に反するものではない。むしろ,平成18年改正法は旧法下のプラクティスで生じていた手続の無駄を解消しつつ,出願人の実効的な権利取得を支援することを目的としたものであるから,旧法下で行われた出願に由来する出願であっても,旧法下で行われた手続の法的安定性を害するなどの弊害が生じない限りは,旧法の弊害を排除すべく,改正法の適用を広く認めることが望ましいといえる。

4  百歩譲って,平成18年改正法附則3条1項にいう「この法律の施行後にする特許出願」は,分割に係る「もとの特許出願」をいうと考えたとしても,本件においては,本件出願に係る「もとの特許出願」が平成18年改正法施行後になされた本件原出願であるから,本件原出願は同項にいう「この法律の施行後にする特許出願」に該当することになる。そうすると,さらに,「分割出願は,当然に,あるいは新44条2項(または旧44条2項)により,原出願の時にしたものとみなされる。そして,現実の出願が平成18年改正法施行後になされた特許出願であっても,その出願が同法施行前になされたとみなされるものであれば,附則3条1項にいう『この法律の施行後にする特許出願』にあたらない。」ことが成り立たねば,本件却下処分はやはり違法とされるべきである。

分割出願が「この法律の施行後にする特許出願」に該当するか否かを判断する場合に,新44条2項(あるいは旧44条2項)を適用して遡及した出願日を基準に判断すると,次のような不都合が生ずる。すなわち,新44条2項は,「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす。」と定めて,新44条1項の要件を満たす場合に限って出願日の遡及を認め(旧44条2項も同旨),新44条1項は「特許出願人は,次に掲げる場合に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と定めているから(旧44条1項も同旨),出願日の遡及が認められるためには,分割出願が「二以上の発明を包含する特許出願の一部」であるという実体的要件を満たすことが必要である。しかしながら,実体的要件の判断はしばしば容易ではなく,また補正によって要件が満たされることとなったり,満たされないこととなったりすることがある。そうすると,分割出願が実体的要件を満たすか否かの判断の如何によって,改正後の手続規定が適用されたり適用されなかったりするのでは,著しく手続の安定を欠き,出願人に不利益を負わせることになるとともに,第三者の監視負担を増加させることにもなりかねない。特に,本件のように,平成18年改正法施行前になされた出願(親出願)に基づいて同法施行後に分割出願(子出願)がなされ,さらに子出願に基づいて分割出願(孫出願)がなされた場合,当該孫出願が適法であるか否かを判断するにあたって,問題となっている孫出願とは全く関係がない子出願の分割要件が問題になるが,子出願が分割要件を満たすか否かによって,孫出願の分割要件に関する適用法を変える実質的な理由は全くない。

原判決は,本件原出願に新44条2項を適用して,本件原々出願時への遡及効果を認めた上で,本件原々出願時は,平成18年改正法の施行日(平成19年4月1日)前であることを理由に旧44条1項を適用しているところ,本件出願が新44条1項(又は旧44条1項)の要件に適合するか否かを判断するに先立って,本件出願に新44条2項(又は旧44条2項)を適用することは,許されない。平成18年改正法は44条1項と2項を同時に改正しており,また,新44条2項は新44条1項を受けて「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす。」と定めているので,新44条2項は新44条1項とあわせて適用されるべきものだからである。

第4被控訴人の主張

1  本件原出願は,平成18年改正法の施行日(平成19年4月1日)前にされた本件原々出願からの分割出願であるから,特許法44条2項により本件原々出願の時にしたものとみなされる。そして,平成18年改正法附則3条1項の規定により,本件原出願からの分割出願の時期に関しては,新44条1項の規定は適用されず,旧44条1項の規定が適用される。

本件原出願については,拒絶理由の通知(特許法50条)がされることなく特許されたのであるから,本件出願をすることができるのは,補正をすることができる期間の終期である本件原出願の特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に限られる。控訴人は,本件原出願の特許査定の謄本の送達を受けた後に本件出願をしたのであるから,本件出願は,分割出願をすることができる期間の経過後にされた不適法な特許出願である。

2  特許法44条は,既にされた特許出願を原出願として,当該原出願に係る発明を分割することができる時期や要件を定めた規定であり,分割に係る「もとの特許出願」(原出願)を規定の対象としていることを踏まえれば,その経過措置規定である平成18年改正法附則3条1項でいう「特許出願」は,新44条の規定への適用場面においては,分割に係る「もとの特許出願」のことを指していることは明らかであり,分割に係る「新たな特許出願」を指しているわけではない。

また,平成14年改正法附則3条1項が,「新特許法…の規定は,…施行日…以後にする特許出願(施行日以後にする特許出願であって,特許法第44条第2項…の規定により施行日前にしたものとみなされるもの…を含む。)について適用し,施行日前にした特許出願(施行日前の特許出願の分割等に係る特許出願を除く。)については,なお従前の例による。」と規定し,「施行日…以後にする特許出願」との語句の後に,特許法44条2項の規定により施行日前にしたものとみなされる出願を含める旨の括弧書きを特に置き,平成14年改正法の施行日以後にする分割出願に関し,平成14年改正法の施行日前にされた特許出願を原出願とする分割出願であって,平成14年改正法の施行日前にされたものとみなされるものであっても,平成14年改正法を適用する旨規定している。これに対して,平成18年改正法附則3条1項における「この法律の施行後にする特許出願」については,このような括弧書きは置かれていないのであるから,この両者の規定振りの相違からすれば,新44条1項の規定は,平成18年改正法の施行日以後にされた特許出願を原出願とする分割出願について適用され,平成18年改正法施行日前にしたものとみなされる特許出願を原出願とする分割出願は含まれないことは明らかというべきである。

なお,平成18年改正法附則3条1項が経過規定について定めている特許法17条の2は,特許出願に係る明細書,特許請求の範囲又は図面について,補正をすることができる時期や範囲を定めた規定であり,特許法36条の2は,外国語でなされた特許出願について翻訳文を提出することができる時期を定めた規定であるのに対し,特許法44条は,上記のとおりの規定であって,同条の規定が対象としている特許出願は,分割に係るもとの特許出願であるから,特許法17条の2や36条の2等とは,規定の趣旨や構造が異なる。したがって,平成18年改正法附則3条1項の新44条の規定への適用について,特許法17条の2や同36条の2等の規定との関係と同様に解するのは相当ではなく,控訴人の主張は,失当である。

3  特許法44条の関係においては,平成18年改正法の附則3条1項の「特許出願」は,分割に係るもとの特許出願を指すことから,平成18年改正法の附則3条1項の適用については,分割に係る新たな特許出願が特許法44条1項に規定する要件を満たすか否かの判断に左右されない。ただ,本件原出願のように,平成18年改正法施行前の特許出願を原出願とする分割出願が平成18年改正法施行後に出願された場合,かかる原出願(本件でいう本件原々出願)からの分割が適法か否かは旧44条1項により判断されるところ,仮にその分割要件を満たさなければ,適法な分割出願とはいえず,さらに当該特許出願(不適法な子出願)を原出願とする分割出願が孫出願として出願されたとしても,当該特許出願(不適法な子出願)自体が「分割に係るもとの特許出願」として取り扱われるにすぎない。その場合,あえて平成18年改正法附則3条1項の関係において,当該特許出願(不適法な子出願)の出願時を原出願の出願時まで遡って取り扱う必要などはないから,この意味では,分割要件を満たす場合に限り,新44条2項により,原出願の出願時まで遡るというのが正しいというべきである。

親出願,子出願,孫出願の手続がそれぞれ別個独立の手続であるとしても,孫出願の出願日の遡及の利益の享受は,あくまで子出願の出願日の利益の享受であって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われることを前提とするものであり,孫出願の出願日が子出願と無関係に本来の分割可能な時期から離れて無限定に親出願の出願日まで遡及するものではない。それゆえ,本件出願の出願日が本件原々出願の出願日まで遡るかどうかが問題となっている本件において,本件出願の分割要件の適用法が,新44条1項となるのか旧44条1項となるのかが,本件原出願が分割要件を満たすか否かによって左右されるとしても,何ら不合理とはいえない。実際,本件のような改正法をまたがない一般の親出願,子出願,孫出願のなされている事案についてみても,出願人は,孫出願の出願日を親出願の出願日まで遡及される効果を欲して,子出願を原出願とした分割出願(孫出願)を特許出願するのであるから,子出願が親出願との関係で,分割要件を満たしているかどうかを出願人自ら判断した上で,分割出願として特許出願することには変わりないから,本件の場合において殊更,出願人が不安定な立場に立つなどとはいえない。

4  控訴人は,新44条1項の適用に関する平成18年改正法附則3条の解釈に先立って新44条2項を適用した原判決には論理の誤りがあると主張する。しかし,原判決は,本件出願は,平成18年改正法の施行の日前にしたものとみなされる本件原出願を分割に係るもとの特許出願とするものであるから,平成18年改正法附則3条1項前段の新44条1項が適用される特許出願の場合には該当しないとしているだけであり,控訴人の主張は当たらない。

第5当裁判所の判断

1  当裁判所も,本件原出願から分割出願をすることができるのは,時期的制限を緩和した平成18年改正法によるのではなく,平成14年改正法によるべきであって,本件原出願についての特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に限られ,当該送達後になされた分割出願である本件出願は時期的制限を徒過した不適法なものであるから,本件出願を却下した本件却下処分に違法はなく,控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

2  平成18年改正法は,従前,特許出願の一部を新たな特許出願とする分割出願ができる時期につき,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる期間内,すなわち,特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に制限されていたのを,旧44条1項の改正により,特許査定謄本の送達後30日以内の期間にも可能となるよう時期的制限を緩和した。

本件出願は,本件原出願の一部を新たな出願とする分割出願であるから,本件出願が,分割をすることができる時期的制限内に行われたか否かが本件の争点である。すなわち,平成22年にされた本件原出願からの分割出願に新44条1項が適用されるならば,控訴人による本件出願は分割出願の時期的制限内に行われたものとして適法となり,新44条1項が適用されないならば,分割出願の時期的制限を徒過したものとして,不適法となるという関係にある。

3  平成18年改正法附則3条1項は,同法による改正に伴う経過措置として,「第2条の規定による改正後の特許法第17条の2,第17条の3,第36条の2,第41条,第44条,第46条の2,第49条から第50条の2まで,第53条,第159条及び第163条の規定は,この法律の施行後にする特許出願について適用し,この法律の施行前にした特許出願については,なお従前の例による。」旨を規定する。

新しい法令を制定し,あるいは既存の法令を改廃する場合において,旧法秩序から新しい法秩序に移行する際には,社会生活に混乱を招いたり,不公平な適用となったりすることのないよう,一定の期間,既存の法律関係を認め,円滑に新しい法秩序に移行すべく,改正の趣旨や社会生活や法的安定性に与える影響等,種々の事情を勘案の上,経過規定が定められる。したがって,経過規定の解釈に当たっては,当該改正法の立法趣旨及び経過措置の置かれた趣旨を十分に斟酌する必要がある。一方で,その解釈には法的安定性が要求され,その適用についても明確性が求められることはいうまでもない。

そこで,検討するに,平成18年改正法の主たる改正点は,技術的特徴が異なる別発明への補正の禁止(特許法17条の2第4項,41条,49条ないし50条の2,53条,159条,163条),分割制度の濫用防止(特許法17条の2,50条の2,53条),分割の時期的制限の緩和(特許法44条1項,5項,6項),外国語書面出願の翻訳文提出期間の延長(特許法17条の3,36条の2,44条2項,46条の2)であったところ,平成18年改正法附則3条1項は,これらの各条文の適用に当たり,審査の着手時期等によって適用される制限や基準が区々となり,手続継続中に基準が変更されて審査実務や出願人等が混乱することのないよう,各種手続の基礎となり,その時期が明確である「特許出願」を基準として,「この法律の施行後にした特許出願」に新法を適用することとしたものと解される。

そして,上記改正後の特許法44条1項は,「特許出願人は,次に掲げる場合に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。…」と規定し,原出願の「特許出願人」が,原出願の「特許出願の一部を…新たな特許出願」とできる時期的制限や実体的要件を定めたものであるから,この規定が規律しているのは原出願である特許出願の分割についてであることが明らかである。そうすると,平成18年改正法附則3条1項にいう「この法律の施行後にする特許出願」とは,「新たな特許出願」を指すものではなく,新44条1項が規律の対象としている原出願を指しているものと考えるのが自然である。

また,もとの特許出願の審査において既に拒絶理由通知がなされた発明をそのままの内容で再度分割するなどして,権利化時期を先延ばしにすることや,別の審査官により異なる判断がなされることを期待して同じ発明を繰り返し分割出願するといった分割制度の濫用への懸念に配慮して,同改正法は,出願人の利益を図って分割出願の時期的要件を緩和する一方で,分割制度の濫用防止のための方策を同時に改正していることから,分割の時期的要件の緩和と濫用防止策は同時に適用の移行がされることが望ましいのであり,特許法17条の2,44条,50条の2,53条について上記の経過措置を一律に制定した趣旨はこの点にある。

なお,平成18年改正法に先立つ平成14年改正法附則3条1項が,「新特許法…の規定は,…施行日…以後にする特許出願(施行日以後にする特許出願であって,特許法第44条第2項…の規定により施行日前にしたものとみなされるもの…を含む。)について適用し,施行日前にした特許出願(施行日前の特許出願の分割等に係る特許出願を除く。)については,なお従前の例による。」と規定しているのに対し,平成18年改正法附則3条1項には,平成14年のときのように,「この法律の施行後にする特許出願」に「施行日以降にする特許出願であって,特許法44条第2項…の規定により施行日前にしたものとみなされるもの…を含む。」旨の記載はない。両者の改正附則を比較すれば,平成18年改正法附則3条1項の「この法律の施行後にした特許出願」に,新44条1項にいう「新たな出願」である分割出願が含まれるものでないことが明らかである。

以上からすれば,平成18年改正法附則3条1項の「この法律の施行後にする特許出願」とは,新44条1項にいう「新たな特許出願」ではなく,「二以上の発明を包含する特許出願」(44条1項),すなわち,分割のもととなる原出願を指すものと解すべきである。

4  本件においては,本件原出願からの分割出願が適法な時期的制限内になされたか否かが問題となるところ,平成22年にされた本件原出願自体は平成18年改正法の施行日(平成19年4月1日)以降になされているものの,本件原出願は平成12年にされた本件原々出願からの分割出願である。そして,控訴人は,本件原々出願の出願日の遡及の利益を求めて本件出願をしているものであり,本件原出願が本件原々出願の時に出願したものとみなされて特許査定されたことを当事者双方とも当然の前提としているところ,本件原々出願が,平成12年2月15日にしたものとみなされる国際出願であり,平成18年改正法の施行前にした出願であるから,本件原出願は本件原々出願のこの出願の時にしたものとみなされる。したがって,本件出願は,平成18年改正法の施行後にする「特許出願」からの分割ではないので,結局,本件出願について同改正法は適用されないことになる。

本件原出願の出願日が遡及するか否かについて,控訴人は,分割出願の実体的要件の有無如何によって,改正後の手続規定の適用の有無が決まるのでは,著しく手続の安定を欠き,出願人に不利益を負わせる等と主張する。しかし,本件は,子出願と孫出願がともに平成18年改正後にされた特殊な事例であり,本件出願(孫出願)は,子出願(本件原出願)が親出願(本件原々出願)からの分割出願として実体的に適法であることを前提にしている。平成18年改正法附則の上記解釈によれば,子出願である原出願には平成18年改正による新44条の時期的な制限緩和の適用はないのであるが(原出願についてはこの解釈に沿って同改正前の期間制限に従って原々出願からの分割がされている。),原々出願からの分割についての実体的要件が具備している結果として,原出願の出願日が原々出願の出願日に遡ってしたものとみなされたことになるにすぎない。本件出願はその原出願についての実体的に見て有利な効果を踏まえてのものであるが,そのような法適用のよってきたる効果から逆に推して,政策的に分割出願の時期的制限を緩和した平成18年改正に関する附則3条1項に関する前記解釈に疑義が生じることはないというべきである。

第6結論

以上のとおり,本件出願には,新44条1項の時期的制限緩和の適用はなく,旧44条1項所定の出願期間経過後にされたものとして不適法であって,本件却下処分に違法はない。よって,控訴人の請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)

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