知財高等裁判所 平成26年(ネ)10045号 判決 2015年4月28日
控訴人
東レ・デュポン株式会社
訴訟代理人弁護士
増井和夫
同
橋口尚幸
同
齋藤誠二郎
被控訴人
宇部興産株式会社
訴訟代理人弁護士
尾崎英男
同
上野潤一
同
日野英一郎
同
今田瞳
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載のポリイミドフィルムを製造し,譲渡し,又は譲渡の申出をしてはならない。
第2事案の概要
本判決の略称は,原判決に従う。
1 本件は,発明の名称を「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」とする特許第4777471号(本件特許権)の特許権者である控訴人が,被控訴人の製造に係る原判決別紙物件目録記載の厚さ35μmのポリイミドフィルム(ユーピレックス35SGAV1。「被告製品」)は,本件発明1(本件特許権の請求項9・「ポリイミドフィルム」の発明)の技術的範囲に属し,被控訴人がこれについて製造,譲渡又は譲渡の申出(以下「製造等」という。)をすることは本件特許権を直接侵害すると主張し,さらに,被告製品は,本件発明2(本件特許権の請求項1・本件発明1のポリイミドフィルムを基材とし銅張積層体を有する「COF用基板」の発明)に係るCOF用基板の生産に用いる物であって,本件発明2による課題の解決に不可欠なものであり,被控訴人において本件発明2が特許発明であること及び被告製品が本件発明2の実施に用いられることを知っていたことから,これを製造等する行為は特許法101条2号の間接侵害に当たると主張して,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品の製造等の差止めを求める事案である。
原判決は,被控訴人の製造等に係る被告製品は本件発明1の技術的範囲に属するものの,本件発明1は,被控訴人が平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に製造等した厚さ25μmのポリイミドフィルム(先行製品)のうち,原判決別表先行製品一覧表の「本件発明1との一致の有無」欄に○印と記載された先行発明の技術的範囲に属する28本のポリイミドフィルムのうち,「出荷年月日及び出荷先(本件発明1と一致するものに限る)」欄に出荷年月日等の記載のある銅張積層体メーカーに譲渡された19本に係る先行発明によって,本件特許権の優先日(平成16年3月30日。以下「本件優先日」ということがある。)前に公然実施をされた発明であり,本件発明1に係る特許は,特許法29条1項2号の新規性欠如を理由として特許無効審判により無効にされるべきものであり,また,被告製品は,本件発明2に係るCOF用基板の生産に用いる物に当たるということはできないし,本件発明2は,本件優先日前に公然実施をされた上記19本のポリイミドフィルムに係る先行発明に,乙32(本件刊行物)に記載された発明(本件刊行物発明)を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができた発明であり,本件発明2に係る特許は,特許法29条2項の進歩性欠如を理由として特許無効審判により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3第1項により,控訴人は被控訴人に対し本件特許権を行使することができない旨判断して,控訴人の請求を全部棄却したため,控訴人が,これを不服として控訴したものである。
2 前提事実
原判決の「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
次のとおり,直接侵害による請求に関する争点(1)④(ア)(本件発明1に係る特許について新規性の欠如),間接侵害による請求に関する争点(2)②(被告製品が本件発明2に係るCOF用基板の生産に用いる物に当たるか)及び争点(2)⑤(ア)(本件発明2に係る特許について進歩性の欠如)について,当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」の第2の2及び3記載のとおりであるから,これを引用する。
〔当審における控訴人の主張〕
(1) 争点(1)④(ア)(本件発明1に係る特許について新規性の欠如)について
ア 原判決は,被控訴人は,平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に,先行発明の技術的範囲に属する原判決別表先行製品一覧表の「本件発明1との一致の有無」の欄に○印の記載された28本のフィルム(ロール状)の先行製品を製造したのであって,先行発明には反復可能性があるから,被控訴人が平成16年3月30日以前に先行発明を完成させていたことは明らかである旨判示した。
しかし,原判決別表先行製品一覧表の「本件発明1との一致の有無」の欄に○印の記載された28本のフィルムのうち,同別表の「証拠等」の欄に「推認」との記載があるロット番号62BLK,62BM5,62BMN,62BOC,62BP8,62BPL,633VHは,熱膨張係数を含めたフィルム特性の測定が行われていない。これら測定されなかったロットの熱膨張係数が,前後のロットの平均値になると推定する根拠はない。これらのロット番号における○印の9個分を除くと,同別表に記載された全部で89本のフィルム(1本は,製造された幅の1/3の幅のもの)のうち,一応,本件発明1の熱膨張係数の範囲の測定値があるものは,19本にすぎない。
したがって,本件発明1に使用されるフィルムの熱膨張係数を満足するフィルムは,部分的偶発的に生じていたにすぎず,先行発明が発明として完成していたとは言い難い。
イ 原判決は,先行製品の提供先に関し,「被告は,平成14年ころから,銅張積層体メーカーと共にCOF用基板を開発するために,αTDをαMDより低くした先行製品を製造していたことが認められる」と認定した。
しかし,被控訴人は,住友金属鉱山株式会社(以下「住友金属鉱山」という。)から,従来の等方性25S(熱膨張係数12ppm/℃)よりも熱膨張係数が低い等方性のフィルム(熱膨張係数9ppm/℃程度)を求められ,同依頼に応じてフィルムを製造しようとしたが,6期工場の試作では,熱膨張係数がMDは高すぎ,TDは低すぎるフィルムとなったにすぎない。先行製品に含まれるαTDとαMDが本件発明1の範囲を充足するポリイミドフィルムの部分は,被控訴人が等方性で9ppm/℃の熱膨張係数を有するポリイミドフィルムを開発するための作業において,偶発的かつ部分的に生じたものにすぎないのであって,本件発明1の技術思想を表すものではない。このように,被控訴人は,「αTDをαMDより低くした先行製品」を意図し,COF用基板に適する材料として製造し,サンプル提供したのではないから,原判決の上記認定は誤りである。
ウ 原判決は,先行発明の公然実施について,東レ株式会社(以下「東レ」ということがある。)との関係において「証拠(乙47)によれば,前記銅張積層体メーカーの1社である東レ株式会社が平成15年1月に発行された業界紙に投稿した論文には,αTDをαMDより低くしたポリイミドフィルムがCOF用に適している旨の記載があることが認められ,この事実に照らすと,被告や前記銅張積層体メーカーが相互に守秘義務を負っていたとは考え難い。」と認定した。
しかし,乙47は,東レが銅張りポリイミドフィルムの平成14年(2002年)当時の状況について概説した論文であるが,その中で,東レは,2層タイプのCOF用基板を使用する例が増えていることに言及しつつ,東レとしては安価な3層タイプでいくことを述べているだけで,本件発明2である2層タイプCOF用基板について具体的な記載はなく,ましてαMDやαTDについての言及はどこにも見出されない。強いて推測すれば,原判決は,乙47の表6及び7に「寸法変化率」としての数値が,MDとTDについて記載されているのを,「熱膨張係数」の記載と誤解したのかもしれないが,数値の大きさを見ればわかるように,「寸法変化率」は0.04%程度であるのに対し,「熱膨張係数」は10ppm/℃前後の数値であるから,両者が全く異なるデータであることは明らかであり,上記認定は明白な誤りである。
(2) 争点(2)②(被告製品が本件発明2に係るCOF用基板の生産に用いる物に当たるか)について
原判決は,本件発明2の間接侵害につき,被告製品が厚さ1~10μmの銅を形成させた銅張積層体とされる点につき立証がないとして,侵害を否定した。
しかし,被控訴人は,住友金属鉱山の依頼を受けて被告製品を開発し,これを住友金属鉱山に納入した。そして,被告製品は,住友金属鉱山により厚さ8μmの銅層を設けた銅張積層体に加工され,住友金属鉱山からCOF用基板として,COF製造企業に納入されている。
したがって,被告製品は,本件発明2に係るCOF用基板の生産に用いる物に当たり,原判決の上記認定は誤りである。
(3) 争点(2)⑤(ア)(本件発明2に係る特許について進歩性の欠如)について
ア 本件発明2の進歩性
(ア) 本件優先日当時,COF用基板には等方性ポリイミドフィルムを用いることが,しかも両方向の熱膨張係数は銅層に近づけることが,当業者の技術常識であった(甲31の1~7)。特に,実用化が進んでいた携帯機器用途では,縦横双方向に入り組んだ複雑な配線になり,基板自体も複雑な形状が必要となるので,熱膨張係数などの物性にも等方性が当然に要求される(甲32の1)。他方,銅層とポリイミド層との間に極端な熱膨張係数の相違が存在すると境界面のひずみによる寸法変化が予想されたため,TDの熱膨張係数をガラスやシリコンに近づけた異方性ポリイミドフィルムを用いるには,阻害事由があった。
(イ) 被控訴人の先行製品は,平均的に,MDの数値がTDの数値よりも大きいとはいえるかもしれないが,ロット間でも,1ロットのフィルム上の位置によっても,熱膨張係数が大きく異なり,MDでも9ppm/℃を下回る場合があり,TDでも10ppm/℃を上回る場合が存在するのであるから,異方性を持たせてTDとMDをそれぞれ一定の範囲に数値を収めることは意図されていなかったと見ざるを得ない。また,被控訴人が,サンプルを提供したと主張する住友金属鉱山,東洋メタライジング株式会社(以下「東洋メタライジング」という。),東レとの連絡あるいはサンプル提供先の公表論文のいずれにおいても,先行製品の熱膨張係数が異方性を有することを利点として言及したものは見出されない。
したがって,先行製品には,TDの熱膨張係数を7ppm/℃以下に限定しようとする技術思想は認められず,先行製品に含まれるαTDとαMDが本件発明2の範囲を充足するポリイミドフィルムの部分は,平成14年~平成15年の短期間に,被控訴人が等方性で低熱膨張係数のポリイミドフィルムを開発する試行錯誤において,偶発的かつ部分的に生じたものにすぎない。
(ウ) これに対して,本件発明2は,COF用基板に用いるポリイミドフィルムは等方性であることが必要と考えられていた技術常識に反し,あえて熱膨張係数をMDとTDで特定の数値範囲とする異方性フィルムをCOF用基板に使用するときは,MDのカールを防止しつつ,TDでは狭ピッチ配線を可能にするという顕著な作用効果を奏することを本質とするものである。
したがって,先行製品が公然実施されたという事実だけでは,本件発明2の要件を充足するフィルムを選択して,COF用基板に使用することは容易ではなく,また,先行製品のうち本件発明2の熱膨張係数を有するフィルムを使用したCOF用基板が製造された事実は認められないから,本件発明2の有する上記の顕著な作用効果を予測することもできないというべきであって,本件発明2は進歩性を有する。
イ 原判決の誤り
原判決は,先行製品(先行発明)の実施態様として,「被告は,本件特許権の優先日に係る特許出願前に,先行発明のうちαTDが3.5ppm/℃以上のものを公然と実施したものである」と認定した上で,乙32(本件刊行物)に「ポリイミドフィルムを基材とし,この上に厚みが8μmの銅を形成させた銅張積層体を有する(2e’)COF用基板(2f’)」の発明(本件刊行物発明)が記載されているとして,先行発明と本件刊行物発明の組合せにより,本件発明2は容易に想到されると判断した。
しかし,先行製品は,1本のフィルムにおいて,測定点ごとに熱膨張係数がばらつき,本件発明2の範囲に入る部分と入らない部分が混在しているものがほとんどであって,そのようなフィルムでは,COF用基板製造のためのベースフィルムとして使用可能とは解し難く,COF用基板製造用に使用することには強い阻害事由がある。被控訴人が公然実施したのは,本件発明2の数値範囲を満足する異方性のポリイミドフィルムではなく,熱膨張係数の変動幅が大きく,本件発明2の数値範囲を満足するフィルムは,部分的にしか含まないフィルムにすぎない。
また,本件刊行物には,被控訴人のユーピレックス25Sの物性値について,9.0ppm/℃と一方向のみが記載され,開発されたCOF用基板は,MDとTDでの熱膨張係数の差は意図されておらず,厳密に等方性のユーピレックス25Sフィルムを使用したものとしか解されない。当業者は,本件刊行物から,熱膨張係数の低いポリイミドフィルムとして,COF用基板のベースフィルムとなるものは,等方性で9ppm/℃という一定の熱膨張係数を有するものであると理解する。そうすると,先行製品に接した当業者は,先行製品のフィルムは,大きな異方性を有し,TDにもMDにも本件刊行物のフィルムとは熱膨張係数が大きく異なり,寸法安定性に欠陥があるものと判断するから,COF用基板とすることには阻害事由がある。
したがって,原判決の上記認定判断は誤りである。
〔当審における控訴人の主張に対する被控訴人の主張〕
(1) 争点(1)④(ア)(本件発明1に係る特許について新規性の欠如)について
ア 控訴人の主張(1)アについて
被控訴人は,フィルムの製造条件が同じ場合には,応力緩和後熱膨張係数の測定は,原則として3つのマザーロット番号毎に1回行っている。製膜工程では連続的に製膜が行われており,巻き取りの便宜上,一定の長さごとにロットが更新されるが,前後のロットで基本的に応力緩和後熱膨張係数は異ならないと考えられるので,計測が行われない製品の応力緩和後熱膨張係数には,直前のロットの測定値が用いられる。
このように,被控訴人は,連続生産されるロットの3本に1本ずつ熱膨張係数を測定しているのであり,直接測定されなかったロットの熱膨張係数を,前後のロットの平均値と推定した原判決の認定に特段の不合理はない。
イ 控訴人の主張(1)イについて
先行製品は,銅張積層体メーカーである住友金属鉱山との共同開発によりCOF用基板の基材の用途として,従来の被控訴人のポリイミドフィルム製品であるユーピレックス25Sをベースに,TDの熱膨張係数がMDに比べて小さい異方性を有するように,6期工場(6FP)という専用の工場で,意図してTDに延伸する方法で製造されたフィルムである。その目的は,MDに比べて低いTDの熱膨張係数を有するポリイミドフィルムの製造であり,試作により偶然できたものではなく,量産品では,製造工程が確立し十分に安定していた。
(2) 争点(2)②(被告製品が本件発明2に係るCOF用基板の生産に用いる物に当たるか)について
被告製品が,住友金属鉱山により厚さ8μmの銅層を設けた銅張積層体に加工されているとの点は,住友金属鉱山が加工した銅張積層体が具体的に特定されていないため,住友金属鉱山に納入された被告製品の一部に厚さ約8μmの銅層を設け銅張積層体に加工されていることは認めるが,その割合や数量については不知。住友金属鉱山によりCOF用基板としてCOF製造企業に納入されているとの点は,COF製造企業が不明なため不知。
(3) 争点(2)⑤(ア)(本件発明2に係る特許について進歩性の欠如)について
ア 控訴人の主張(3)アについて
(ア) 甲31の1~7のうち,COF用基板に特化したフィルムに関するものは,本件優先日後の被控訴人の特許出願である甲31の6・7だけで,本件優先日以前の出願に係る文献でCOF用基板に関するものは存在しない。甲31の1~5は,等方性の熱膨張係数を有することを特徴とするポリイミドフィルムの発明に関するもので,COF用基板の基材に関するものではない。甲31の2にはCOFの記載があるが,COF用基板に関する技術常識を記載するものではない。甲31の6・7については,高解像度の大型液晶表示パネルに使用されるCOF用基板のポリイミドフィルムに対する顧客の需要には,等方性と異方性の両方があり,被控訴人は,現在でも,等方性と異方性の両方の製品を販売しているが,このうち,自社の製造・販売する等方性の製品に関する特許出願をしたものにすぎない。
甲32の1の小型携帯機器のCOF用フィルムは,MD,TDの方向が意味を持たず,本件発明2のような長尺フィルムとは異なり,先行発明をはじめとする大型液晶表示パネルのCOF用フィルムではないから,本件発明2のCOF用基板にとって,このような携帯機器用途のポリイミドフィルムに求められる等方性の要求が技術常識であるはずがない。
そして,熱膨張係数の異方性は,それ自体がカールや歪みの原因となるものではない。ただ,異方性が大きいと,方向によって銅との熱膨張係数の差が大きくなり,それによってカールが大きくなる可能性があるにすぎない。被控訴人の先行発明のポリイミドフィルムはTDの熱膨張係数が小さいので,銅の熱膨張係数との差が小さくない。しかし,実際には,COFの銅配線は櫛状に形成され,TDには連続していないから,フィルムと銅の熱膨張係数の差は,TDでは問題にならない。
したがって,本件優先日当時,COF用基板に用いられるポリイミドフィルムは等方性であることが必要であるとの技術常識は存在しないから,COF用基板に用いられるポリイミドフィルムとして異方性のものを用いることに阻害事由があったということはできない。本件優先日前に,被控訴人が,本件発明2に含まれるポリイミドフィルムと同じ異方性を有する先行製品を,COF用基板の銅張積層体メーカーに譲渡し,銅張積層体メーカーが異方性の熱膨張係数を有するポリイミドフィルムを使用してCOF用基板を製造することを認識していたことは,本件優先日当時,上記技術常識が存在しなかったことを裏付けるものである。
(イ) 先行製品は,銅張積層体メーカーである住友金属鉱山との共同開発によりCOF用基板の基材の用途として,従来の被控訴人のポリイミドフィルム製品であるユーピレックス25Sをベースに,TDの熱膨張係数がMDに比べて小さい異方性を有するように,6期工場(6FP)という専用の工場で,意図してTDに延伸する方法で製造されたフィルムである。その目的は,MDに比べて低いTDの熱膨張係数を有するポリイミドフィルムの製造であり,偶々生じた結果などではない。また,量産品では,製造工程が確立し,十分に安定した生産になっていた。
(ウ) 引用例としての公知の先行発明と本件発明2とは,熱膨張係数が一致しているから,この点は一致点として評価され,先行発明のTDの熱膨張係数を7ppm/℃以下に限定する技術思想までが認められる必要はない。
本件発明2は,ポリイミドフィルムのTDとMDの熱膨張係数の数値範囲を規定しているが,先行製品のポリイミドフィルムは,本件発明2のTDの熱膨張係数の数値範囲と,MDの熱膨張係数の数値範囲を同時に充足する。したがって,本件発明2の容易想到性の問題は,当該COF用としても公知のポリイミドフィルムの上に,乙32(本件刊行物)に記載されている,厚さ8μmの銅層を設けてCOF用基板とすることが容易かどうかだけであって,先行製品自体が,本件発明2の熱膨張係数の数値範囲までを示している必要はない。そして,先行製品のポリイミドフィルムは,実際には,COF用基板に用いる目的で開発され,熱膨張係数も当該目的により選定されているのであるから,公知技術であるCOF用基板用の先行製品を,本件刊行物発明にしたがってCOF用基板とすることに何らの障害もない。
また,本件発明2の数値範囲内の熱膨張係数を有するポリイミドフィルムがCOF用基板に用いられた時に,顕著な作用効果を奏するものであるとしても,公知技術である先行発明のポリイミドフィルムの熱膨張係数が本件発明2の所定の熱膨張係数を有しており,公知のポリイミドフィルムをCOF用基板とすることに何らの困難性がない以上,本件発明2は,COF用としても公知のポリイミドフィルムと本件刊行物から容易に想到される。
イ 控訴人の主張(3)イについて
控訴人の主張は,本件発明2の容易想到性を,技術思想としての本件発明2を想到することの容易性ではなく,本件発明2のCOF用基板の実施品を現在の製品レベルで安定的に品質良く製造することの容易性とすり替えて主張するものにすぎない。また,先行製品のうち本件発明2のポリイミドフィルムの熱膨張係数の範囲内に完全に入っているものが多数あり,被控訴人は,これらを1つの製品として,多数の第三者に有償又は無償で譲渡している。そして,被控訴人は,フィルムを裁断する前の原反の状態のものを譲渡しているのではなく,原反から裁断した後のポリイミドフィルム自体を1つの製品として譲渡しているのであり,かかる製品が本件発明2のポリイミドフィルムの熱膨張係数の範囲内に完全に入っているのである。
また,乙32(本件刊行物)は,住友金属鉱山による銅張積層体の開発に関する一般論文であり,ポリイミドフィルムを主題とする論文ではない。したがって,本件刊行物が,フィルムの異方性の技術の詳細に踏み込んで説明をしていないことは不自然ではなく,被控訴人のユーピレックス25Sの熱膨張係数が,控訴人のカプトン150ENのそれに比べて小さいことを示したものであり,ユーピレックス25Sの熱膨張係数9ppm/℃との記載は,被控訴人が住友金属鉱山に提供したサンプルであるRun119の熱膨張係数TDの約13ppm/℃とMDの約5ppm/℃の平均値が記載されたものである。本件刊行物は,ポリイミドフィルムを基材とするCOF用基板の構造を記載するもので,ポリイミドフィルムが先行発明のフィルムであった場合に,COF用基板の基材として使用できないものではないから,阻害要因は存在しない。
第3当裁判所の判断
1 事案に鑑み,まず争点(1)④(ア)(本件発明1に係る特許について新規性の欠如)について検討するに,当裁判所も,本件発明1は,本件優先日前に公然実施をされた発明であり,本件発明1に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきであると判断する。その理由は,次のとおりである。
(1) 本文中に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,低熱膨張係数化した先行製品の開発の経緯等について,次の事実が認められる。
ア(ア) 被控訴人は,遅くとも平成12年以降,業として,「ユーピレックス(UPILEX)-25S」との名称の厚さ25μm,TD及びMDの熱膨張係数がいずれも12ppm/℃の等方性のポリイミドフィルム(先行製品)の製造等をしていた。
ところで,ポリイミドフィルムはその置かれている温湿度環境下で寸法が変化し,その変化量は熱膨張係数,吸水膨張係数等で規定されるところ,COF用基板に使用されるポリイミドフィルムは,微細ピッチの配線ではかなりの高温にさらされることから,通常の場合,熱負荷時のポリイミドの伸び量を考慮して予め配線パターンが形成され,実装時の位置合わせが行われるが,液晶パネルの高精細化に伴い,配線ピッチが40μm以下のような狭ピッチになると,位置合わせ精度が厳しくなるため,熱膨張係数の大きなポリイミドフィルムは,実装に不利となることが予想されていた。
そこで,銅張積層体メーカーである住友金属鉱山は,被控訴人に対し,上記のようなCOF用基板の狭ピッチ化に対応すべく,COF用基板に使用する熱膨張係数の低いポリイミドフィルムの開発を依頼し,被控訴人は,平成14年1月頃から,住友金属鉱山との共同開発により,「ユーピレックス(UPILEX)-25S」をベースとして,熱膨張係数の低いフィルムの試作を開始した。(甲4,6,乙9,32)
(イ) 被控訴人と住友金属鉱山とは,平成14年3月20日に共同開発に係るポリイミドフィルムについて打合せを行い,被控訴人から住友金属鉱山に対し,6期工場の3月の試作結果について,「厚み(Max-Min)について。レンジ1/0μm程度。」,「CTE(判決注:熱膨張係数を意味する。)小さい。(TDで顕著)」との説明がされ,また,被控訴人から尾池工業株式会社(以下「尾池工業」という。)に対して3月22日に試作品を出荷し,尾池工業において4月初めにスパッタリング加工をした後,住友金属鉱山において4月中旬にメッキ加工をした上で,被控訴人に対してその結果の報告をすることや,被控訴人から住友金属鉱山に対して試作品としてロット番号Run119の左列,中央列,右列の3本のポリイミドフィルムをグレード名「25SS」の名称で4月初めに供試することなどが取り決められた。
被控訴人は,上記打合せに基づき,平成14年4月5日,住友金属鉱山に対し,試作品としてロット番号Run119の左列,中央列,右列の3本のポリイミドフィルムを提供した。このうち,Run119の左列のTD及びMDの熱膨張係数は,原判決別表先行製品一覧表の「Run119」欄記載のとおりである。
また,被控訴人は,平成15年1月15日,住友金属鉱山を需要家(ユーザー)として,関西尾池工業株式会社に対して,ロット番号62BOJの左列及び中央列の2本のポリイミドフィルムを譲渡した。62BOJの左列及び中央列のTD及びMDの熱膨張係数は,原判決別表先行製品一覧表の「62BOJ」欄記載のとおりである。(乙8,13~15,22,25の14,乙31,33)
(ウ) 被控訴人は,平成14年7月22日,銅張積層体メーカーである東洋メタライジングに対し,試作品としてロット番号Run131の2本のポリイミドフィルムを提供した。Run131のTD及びMDの熱膨張係数は,原判決別表先行製品一覧表の「Run131」欄記載のとおりである。
これに対して,東洋メタライジングは,平成14年8月7日,被控訴人に対して,「貴社”ユーピレックス”使いCOF用途品の評価が進み遅くとも今年中にはスペックイン出来るのではと考えています。つきましては,”ユーピレックス”について関係者の共通認識と知識を深める事を目的として1.5~2.0Hrの説明/講演会を実施頂ければ幸いです。具体的内容については次の事項を希望します。 ・”ユーピレックス”の歴史と生産能力など ・特徴(製法,分子設計,等方性,寸法変化,吸水性など)」などと記載されたメールを送信した。
被控訴人,東洋メタライジング及び同じく銅張積層体メーカーである東レは,平成15年1月22日,打合せを行い,その中で,「市場トレンドはカプトン→ユーピレックス」,「東レ,東メタで技術情報,営業情報を共有」,「6FP(判決注:被控訴人の6期工場を意味する。)11月品の中から平均レベルのものを選定 サンプル出荷済み(Run167-L) →東メタでの加工性評価は未了 →評価スケジュールは後日三宅様より連絡もらう」ことなどが確認された。
被控訴人は,平成15年2月21日,東洋メタライジングに対し,同日以前に同社に譲渡したロット番号62BP8の中央列(62BP800200)及び右列(62BP800100)の2本のポリイミドフィルムの特性を記載したメールを送信した。これに対して,東洋メタライジングは,同年4月21日,被控訴人に対し,従前,被控訴人から譲り受けたロット番号Run167の左列(Run167-L)及び62BP8の右列(62BP800100)の各ポリイミドフィルムについて,「今回行いました2ロットの加工結果を添付にてご報告いたします。今回,1ロットは○,1ロットは○~△とこれまでのものよりは良好な加工が見られましたが,今後の弊社量産化に対しては以下の点で懸念されます。1.再現性 2.長尺化における加工性 従いまして今後については次回,残62BP800200,さらには別ロットでの加工再現性から長尺化を含めた納入規格を取り交わすようお打ち合わせをさせていただきたいと考えております。」と記載したメールを送信した。なお,ロット番号62BP8の中央列及び右列並びにロット番号Run167の左列のTD及びMDの熱膨張係数は,原判決別表先行製品一覧表の「62BP8」及び「62BNH(Run167)」欄記載のとおりである。(乙11,25の3,乙30,34,36,49,56)
(エ) 被控訴人は,平成14年8月9日,東レに対し,ロット番号Run120のポリイミドフィルムの物性表をメールで送信し,同月12日には,3層COF対応の用途で,試作品としてロット番号Run120の左列,中央列及び右列の3本のポリイミドフィルムを提供した。ロット番号Run120の左列,中央列及び右列のTD及びMDの熱膨張係数は,原判決別表先行製品一覧表の「Run120」欄記載のとおりである。(乙10,25の15,乙35,39の1・2)
(オ) 前記のとおり,被控訴人は,開発のベースとなるポリイミドフィルムを「ユーピレックス(UPILEX)-25S」とし,また開発に係るポリイミドフィルムの製造を,すべて被控訴人の6期工場において行った。また,被控訴人は,当初製作した試作品については,原判決別表先行製品一覧表のロット番号欄の「Run117」~「Run154」のようにロット番号に「Run」の名称を付して,銅張積層体メーカー等に提供していたが,平成14年11月頃からは,これを製品化することにより量産を開始し,この製品化されたポリイミドフィルムについては,原判決別表先行製品一覧表のロット番号欄の「62BLB」~「63424」のような製品ロット番号を付して,銅張積層体メーカー等に譲渡した。
被控訴人は,上記試作品及び製品化された量産品については,製膜工程中のキュア工程において,ガイドレールの間隔を広く設定することによって,従来の等方性のユーピレックス25Sと比較して,フィルム幅が約60mm広くなるようにTDにより延伸を加えるようにした。そして,上記のとおり,被控訴人は,平成14年11月に,低熱膨張係数化したポリイミドフィルム製品を量産化するに至ったが,それ以降,TDに低熱膨張係数化するためのキュア工程のレール幅という延伸の設定条件については殆ど変更していない。
また,6期工場におけるTDに低熱膨張係数化したポリイミドフィルム製品は,製膜工程においては連続的に製膜され,一連の製膜工程において,使用される製膜の装置や投入される原材料は全く同じであり,また,製膜条件も,一定の管理幅において微調整を行うことはあっても,上記のとおり,殆ど変わらないものであった。そのため,上記ポリイミドフィルム製品は,巻き取りの便宜上,一定の長さごとにロット番号が更新されるものの,連続的に製膜される一連の製品であることから,被控訴人は,ロット番号3本につき1本のみ当該製品の熱膨張係数その他の物性値を計測し,当該計測値をもって残り二本のロット番号の製品の物性値とみなすとの取扱いをしていた。(乙38,50,51の1~4,乙52)
(カ) こうして,被控訴人は,原判決別表先行製品一覧表のとおり,平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に,PPDと(1a’1),BPDAと(1a’2)を使用して製造されるポリイミドフィルムであって(1a’3),セイコー電子株式会社製TMAを使用し,測定温度範囲:35~370℃,昇温速度:20℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが別表の「αMDと構成要件1C1のαMDとの一致の有無」欄記載の各数値であり,前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが別表の「αTDと構成要件1C2のαTDとの一致の有無」欄記載の各数値であるポリイミドフィルム(1d’)を31回製造した(乙23,原判決別表先行製品一覧表の「証拠等」欄記載の各証拠並びに弁論の全趣旨)。
イ なお,前記ア(カ)の原判決別表先行製品一覧表のうち,ロット番号62BLK,62BM5,62BMN,62BOC,62BP8,62BPL,633VHのポリイミドフィルムについては,熱膨張係数を含めたフィルムの物性値の測定が行われていないが,前記ア(オ)認定のとおり,被控訴人の6期工場において製造されたTDに低熱膨張係数化したポリイミドフィルム製品は,製膜工程においては連続的に製膜され,一連の製膜工程において,使用される製膜の装置や投入される原材料は全く同じであり,また,製膜条件も殆ど変わらないものであったため,被控訴人において,ロット番号3本につき1本のみ当該製品の熱膨張係数その他の物性値を計測し,当該計測値をもって残り二本のロット番号の製品の物性値とみなすとの取扱いをしていたというのであって,かかる取扱いも一定の合理性を有するものということができる。そうすると,物性値の測定が行われていないロット番号62BLK,62BM5,62BMN,62BOC,62BP8,62BPL,633VHのポリイミドフィルムの左端,左中,右中,右端のTD及びMDの各熱膨張係数については,現に熱膨張係数の測定が行われている直前及び直後のポリイミドフィルム製品の左端,左中,右中,右端のTD及びMDの各熱膨張係数の値と連続するものと推認することも合理性を有するというべきである。
したがって,上記熱膨張係数の測定が行われていないロット番号のポリイミドフィルムの左端,左中,右中,右端のTD及びMDの各熱膨張係数については,いずれも,現に熱膨張係数の測定が行われている直前及び直後のポリイミドフィルム製品の左端,左中,右中,右端のTD及びMDの各熱膨張係数の差の平均値を,現に熱膨張係数の測定が行われている直前のポリイミドフィルム製品の各熱膨張係数の値にそれぞれ割り付けることによって,これを算出するのが相当である。
(2) また,証拠(甲11,28,乙16,17,18の1・2,乙21,24の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原判決別表先行製品一覧表記載の先行製品は,すべて易滑化剤として日産化学工業株式会社が製造するコロイダルシリカ(製品名:DMAC-ST-ZL(ジメチルアセトアミドシリカゾル))が添加され,上記コロイダルシリカは,遠心沈降法で測定したコロイダルシリカの粒度分布に基づいて算出された平均粒子径がすべて0.09~0.11μmの範囲内にあり,また,被控訴人のポリイミドフィルムの重合工程において,易滑化剤のコロイダルシリカは,重合槽の原料液内で十分撹拌され,均一に分散されていることから,製膜されたポリイミドフィルムにおいてもコロイダルシリカが均一に分散されており,さらに摩擦係数はおよそ0.5前後であることが推認される。
このように,上記先行製品に係るポリイミドフィルムは,遠心沈降法で測定した粒度分布から算出した平均粒子径が0.09~0.11μmであるコロイダルシリカを摩擦係数が0.5前後となる程度に含み(1b’),同コロイダルシリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルム(1d’)であった。
(3) 先行発明の完成について
ア 先行発明の完成
前記(1)及び(2)認定の事実によれば,原判決別表先行製品一覧表記載のロット番号記載のポリイミドフィルムのうち,「本件発明1との一致の有無」欄に○印の記載された28本は,αMDが10.1~14.4ppm/℃(1c’1),αTDが3.2~7.0ppm/℃であるから(1c’2),被控訴人は,平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に,PPDと(1a’1),BPDA(1a’2)を使用して製造されるポリイミドフィルムであって(1a’3),該ポリイミドフィルムが,遠心沈降法で測定した粒度分布から算出した平均粒子径が0.09~0.11μmであるコロイダルシリカを含み,摩擦係数が0.5前後であって(1b’),セイコー電子株式会社製TMAを使用し,測定温度範囲:35~370℃,昇温速度:20℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10.1~14.4ppm/℃であり(1c’1),前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3.2~7.0ppm/℃であり(1c’2),前記コロイダルシリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルム(1d’)に係る発明(以下「先行発明」という。)を順次完成させたものと認められる。
イ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は,先行製品は1ロットの中ですら,αMDが10ppm/℃未満であったり,αTDが7ppm/℃超であったりして,本件発明1の構成要件1C1及び2と一致しないものであり,被控訴人が先行発明を完成させていないことは,①被控訴人やその譲渡先が公表していたウェブサイト,論文等に先行発明に関する記載がないこと,②厚さ約35μmのポリイミドフィルムについては,αTDをαMDと等しくしたものとαMDより低くしたものに別の名称を付しているのに対し,厚さ25μmの先行製品については,別の名称を付していないこと,③被控訴人がαTDをαMDより低くしたポリイミドフィルムに関する発明を特許出願したのは,平成20年6月であることから明らかである旨主張する。
確かに,先行製品は,原判決別表先行製品一覧表記載のとおり,1ロットの中でも,αMDが10ppm/℃未満であったり,αTDが3ppm/℃未満や7ppm/℃超であったりして,本件発明1の構成要件1C1及び2と一致しないものが含まれているものの,弁論の全趣旨によれば,それは,被控訴人が,本件発明1の内容を知らず,αMDを10ppm/℃以上,αTDを3~7ppm/℃とすることを目標にしていなかったからにすぎないことが認められるのであって,前記アのとおり,被控訴人は,平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に,先行発明の技術的範囲に属する28本の先行製品を反復継続して製造しているのであるから,1ロットの中に本件発明1の構成要件1C1及び2と一致しないものが含まれ,あるいは製品ごとに熱膨張係数についてTD及びMDにそれぞればらつきがあるからといって,それだけでは,先行発明が完成していないことになるものではない。
そして,上記①及び②については,前記(1)認定のとおり,被控訴人は,平成14年1月頃から,COF用基板の狭ピッチ化に対応すべく,COF用基板に使用する熱膨張係数の低いポリイミドフィルムを銅張積層体メーカーと共同開発するために,αTDをαMDより低くした先行製品を製造していたのであるから,被控訴人やその譲渡先が公表していたウェブサイト,論文等に先行発明に関する記載がなく,また,先行発明の技術的範囲に属する先行製品に別の名称を付していないとしても,そのこと自体,格別不自然であるということはできない。また,上記③については,証拠(甲15)によれば,被控訴人が平成20年6月に特許出願した発明は,αTDをαMDより低くしたポリイミドフィルムの連続製造方法に係る発明であって,上記ポリイミドフィルムに係る発明ではないことが認められる。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ) 控訴人は,被控訴人は,住友金属鉱山から,従来の等方性25S(熱膨張係数12ppm/℃)よりも熱膨張係数が低い等方性のフィルム(熱膨張係数9ppm/℃程度)を求められ,同依頼に応じてフィルムを製造しようとしたが,6期工場の試作では,熱膨張係数がMDは高すぎ,TDは低すぎるフィルムとなったにすぎず,先行製品に含まれるαTDとαMDが本件発明1の範囲を充足するポリイミドフィルムの部分は,被控訴人が等方性で9ppm/℃の熱膨張係数を有するポリイミドフィルムを開発するための作業において,偶発的かつ部分的に生じたものにすぎないのであって,被控訴人は,「αTDをαMDより低くした先行製品」を意図し,COF用基板に適する材料として製造し,サンプル提供したのではない旨主張する。
しかし,被控訴人が先行発明を完成させるに至った経緯は,前記(1)認定のとおりである上,原判決別表先行製品一覧表によれば,同表記載の先行製品については,試作品及び量産品を含め,熱膨張係数については,MDに比べてTDが有意に低い値に設定されていることが明らかである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 先行発明と本件発明の同一性について
ア 先行発明の本件発明1の構成要件1A1~3,1C1,2の該当性先行発明の1a’1~3の構成は,本件発明1の構成要件1A1「パラフェニレンジアミン」,1A2「3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物」,1A3と一致する。
そして,証拠(乙26)によれば,セイコー電子株式会社製TMAを使用し,測定温度範囲:35~370℃,昇温速度:20℃/minの条件で測定したαMD及びαTDは,島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したαMD及びαTDとほぼ等しいことが認められるから,先行発明の1c’1及び2の構成は,本件発明1の構成要件1C1の「島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMD」と10.1~14.4ppm/℃の範囲内で,構成要件1C2の「前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTD」と3.2~7.0ppm/℃の範囲内でそれぞれ一致する。
イ 先行発明の本件発明1の構成要件1B,1Dの該当性
本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,「ポリアミック酸溶液は,フィルムの易滑性を得るため必要に応じて,酸化チタン,微細シリカ…などの化学的に不活性な有機フィラーや無機フィラーを,含有することができる。この中では特に粒子径0.07~2.0μmである微細シリカをフィルム樹脂重量当たり0.03~0.30重量%の割合でフィルムに均一に分散されることによって微細な突起を形成させるのが好ましい。粒子径0.07~2.0μmの範囲であれば該ポリイミドフィルムの自動工学検査システムでの検査が問題なく適応できるので好ましい。」(段落【0025】)と記載され,また,本件発明1の実施例として,摩擦係数が0.35~0.95のポリイミドフィルムが挙げられている(段落【0061】,【0063】~【0065】)。これらを総合すれば,構成要件1Bは,ポリイミドフィルムが,粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを易滑性が得られる程度に含むことを意味し,少なくとも摩擦係数が0.35ないし0.95のポリイミドフィルムはこれに含まれることが認められる。
先行発明に係るポリイミドフィルムは,遠心沈降法で測定した粒度分布から算出した平均粒子径が0.09~0.11μmであるコロイダルシリカを摩擦係数が0.5前後の易滑性となる程度に含むものであるから(1b’),先行発明の1b’は,本件発明1の構成要件1Bの「粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含」むものに当たる。また,先行発明に係るポリイミドフィルムは,コロイダルシリカがフィルムに均一に分散されているから(1d’),先行発明の1d’は本件発明1の構成要件1Dと一致する。
ウ そうすると,先行発明は,本件発明1に含まれ,本件発明1と同一のものであることが認められる。
(5) 先行発明の公然実施について
被控訴人は,平成14年4月5日から平成16年3月12日までの間に,複数の銅張積層体メーカーに対し,原判決別表先行製品一覧表の「本件発明1との一致の有無」欄に○印と記載された先行発明の技術的範囲に属する28本の先行製品のうち,「出荷年月日及び出荷先(本件発明1と一致するものに限る)」欄に出荷年月日等の記載のある,αMDが10.1~14.4ppm/℃であり,αTDが3.5~7.0ppm/℃である19本のポリイミドフィルムの全部又は一部を譲渡した。そして,被控訴人や上記銅張積層体メーカーが当該譲渡について相互に守秘義務を負っていたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,被告は,本件優先日(平成16年3月30日)前に,先行発明のうちαTDが3.5ppm/℃以上のものを公然と実施したものということができる。
(6) 小括
したがって,本件発明1は,本件優先日前に公然実施をされた発明であり,本件発明1に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものである。
2 次に,事案に鑑み,争点(2)⑤(ア)(本件発明2に係る特許について進歩性の欠如)について検討するに,当裁判所も,本件発明2は,先行発明に乙32(本件刊行物)に記載された発明(本件刊行物発明)を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができた発明であるから,本件発明2に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであると判断する。その理由は,次のとおりである。
(1) 本件発明2の進歩性について
ア 先行発明の公然実施
前記1(3)において認定したとおり,被控訴人は,平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に,先行発明を順次完成させたところ,先行発明の1a’1~3,1b’及び1d’の構成は,本件発明2の構成要件2A1「パラフェニレンジアミン」,2A2「3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物」,2A3,2B及び2Dと一致し,先行発明の1c’1及び2の構成は,本件発明2の構成要件2C1「島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMD」と10.1~14.4ppm/℃の範囲内で,構成要件2C2「前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTD」と3.2~7.0ppm/℃の範囲内で,それぞれ一致する。そうすると,先行発明は,本件発明2の一部に相当する。
また,前記1(5)において認定したとおり,被控訴人は,平成14年4月5日から平成16年3月12日までの間に,複数の銅張積層体メーカーに対し,原判決別表先行製品一覧表の「本件発明1との一致の有無」欄に○印と記載された先行発明の技術的範囲に属する28本の先行製品のうち,「出荷年月日及び出荷先(本件発明1と一致するものに限る)」欄に出荷年月日等の記載のある,αMDが10.1~14.4ppm/℃であり,αTDが3.5~7.0ppm/℃である19本のポリイミドフィルムの全部又は一部を譲渡し,当該譲渡について,被控訴人や上記銅張積層体メーカーが相互に守秘義務を負っていたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被控訴人は,本件優先日前に,本件発明2の一部に相当する先行発明を完成させたとともに,先行発明のうちαTDが3.5ppm/℃以上のものを公然と実施したということができる。
イ 本件発明2の容易想到性
そこで,公然実施された前記アの先行発明を引用例として,これに本件刊行物発明を組み合わせることにより,本件発明2を容易に想到できるかについて検討する。
(ア) 本件発明2と上記先行発明との相違点は,本件発明2が「ポリイミドフィルムの上に厚みが1~10μmの銅を形成させた銅張積層体を有することを特徴とするCOF用基板」であるとの構成要件2E及び2Fに係る構成を有するのに対し,先行発明が上記構成を備えていない点である。
(イ) 本件刊行物発明について
a 証拠(乙32)によれば,平成14年6月25日に発行された本件刊行物353及び355頁には,次の記載がある。
「1 はじめに
フレキシブルプリント基板の材料として広範に使用されている銅ポリイミド基板は,銅箔とポリイミドフィルムを接着剤で接着する3層基板と,接着剤を使用しない2層基板に分けられる。…
近年,COF(Chip On Film あるいは Chip On Flex)という実装方法が提案され,TFT液晶の薄型化,大型化,高精細化の実現に寄与している。COF方式では,液晶駆動用のドライバICを,直接銅ポリイミド基板上に実装し,液晶パネルに接続して使用される。…
COF基板は屈曲した状態で使用されるため,優れた折り曲げ性が要求される。また,液晶パネルの高精細化,ドライバICの小型化に伴い,配線はより狭ピッチになることが予想される。そのためには,銅箔が薄いこと,銅箔表裏面が平滑であることを必要とする。」
「3-3 折り曲げ性
…S’PERFLEXはポリイミド厚さ37.5μm,銅厚8μmの基板から…50μmピッチの…テストピースを作成し,±135°の折り曲げであるMIT試験と180°の折り曲げであるハゼ折り試験を行い,折り曲げ性の評価とした。」
b 前記a認定の事実によれば,本件刊行物には,「ポリイミドフィルムを基材とし,この上に厚みが8μmの銅を形成させた銅張積層体を有する(2e’)COF用基板(2f’)」という発明(以下「本件刊行物発明」という。)が記載されていると認められる。
(ウ) 容易想到性について
先行発明と本件刊行物発明は,COF用ポリイミドフィルムとこれを基材としたCOF用基板という密接に関連した技術分野に属するから,当業者は,先行発明に本件刊行物発明を容易に組み合わせ,これにより,前記(ア)の相違点に係る本件発明2の構成に想到することができたものと認められる。
(2) 控訴人の主張について
ア(ア) 控訴人は,この点について,本件優先日当時,COF用基板には等方性ポリイミドフィルムを用い,しかも両方向の熱膨張係数は銅層に近づけることが,当業者の技術常識であり,TDの熱膨張係数をガラスやシリコンに近づけた異方性ポリイミドフィルムを用いるには,阻害事由があったこと,被控訴人の先行製品は,ロット間でも,1ロットのフィルム上の位置によっても,熱膨張係数が大きく異なり,異方性を持たせてTDとMDをそれぞれ一定の範囲に数値を収めることは意図されておらず,TDの熱膨張係数を7ppm/℃以下に限定しようとする技術思想は認められないのであって,先行製品に含まれるαTDとαMDが本件発明2の範囲を充足するポリイミドフィルムの部分は,被控訴人が等方性で低熱膨張係数のポリイミドフィルムを開発する試行錯誤において,偶発的かつ部分的に生じたものにすぎないこと,これに対して,本件発明2は,COF用基板に用いるポリイミドフィルムは等方性であることが必要と考えられていた上記技術常識に反し,あえて熱膨張係数をMDとTDで特定の数値範囲とする異方性フィルムをCOF用基板に使用するときは,MDのカールを防止しつつ,TDでは狭ピッチ配線を可能にするという顕著な作用効果を奏することを本質とするものであり,先行製品が公然実施されたという事実だけでは,本件発明2の要件を充足するフィルムを選択して,COF用基板に使用することは容易ではなく,また,本件発明2の有する上記の顕著な作用効果を予測することもできないから,本件発明2は進歩性を有する旨主張する。
(イ) そこで,控訴人が,本件優先日当時,COF用基板には等方性ポリイミドフィルムを用い,両方向の熱膨張係数は銅層に近づけることが,当業者の技術常識であったことの根拠とする甲31の1~7及び甲32の1について,以下検討する。
a 甲31の1(特開平5-237928号公報。優先日:平成3年10月30日)
(a) 甲31の1には,概ね,次の記載がある。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,銅箔を代表とする金属箔または金属薄膜が積層された電気配線板の支持体として使用されるポリイミドフィルムと,その製造方法に関する。より具体的には力学的性質およびその面内等方性に優れ,さらに改良された寸法安定性を有する二軸配向ポリイミドフィルムと,その製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】ポリイミドフィルムは高耐熱性,高電気絶縁性を有することから耐熱性を必要とする電気絶縁用素材として広範な産業分野で使用されており,特に銅箔が積層された電気配線板の支持体としての用途においては例えばIC等の電気部品と銅箔との接続にハンダを使用することができ,電気配線の小型軽量化が可能となった。またポリイミドフィルムを支持体とする電気配線板は折り曲げが可能であり,長尺の電気配線板が作成できることからこのポリイミドフィルムは電気絶縁用支持体として重要な位置を占めるに至った。しかしながら電気配線板の用途の多様化と共に配線数の高密度化の進展に伴って電気絶縁用支持体としての力学的性質およびその面内等方性や寸法安定性の改善がより求められるようになり,これまでにポリイミドフィルムの延伸による力学的性質の改善,共重合ポリイミドによる寸法安定性の改善等が提案されている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,改善された寸法安定性を有すると共に優れた面内等方性を有する力学的性質が改善されたポリイミドフィルムと,そのための方法を提供することを目的とするものである。
【0063】
【発明の効果】本発明はポリイミドフィルムの力学的性質およびその面内等方性と同時に寸法安定性を改善することにより,ポリイミドフィルムに銅箔を代表とする金属箔または金属薄膜を積層した電気配線板用途の多様化と配線数の高密度化の進展に適応できるポリイミドフィルムの提供を可能にしたものである。」
(b) 前記(a)によれば,甲31の1には,電気配線板の用途の多様化と共に配線数の高密度化の進展に伴って,面内等方性や寸法安定性の改善がより求められるようになっていることから,改善された面内等方性や寸法安定性を有する二軸配向されたポリイミドフィルムの製造方法が記載されているということができる。
b 甲31の2(特開2003-176370号公報。優先日:平成13年9月28日)
(a) 甲31の2には,概ね,次の記載がある。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,その表面に金属配線を施してなる可撓性の印刷回路,80μmピッチ以下の高精細配線が構成される高精細COF(Chip on Film)回路,CSP(Chip Size Package),高精細FPC(Flexible Printed Circuits),BGA(Ball Grid Array),TAB(Tape Automated Bonding)などがある。特にHDD(Hard DiskDrive)用基板,IC(Integrated Circuit)カード用基材,PDP(Plasma Display Panel)用基材,太陽電池用基材,ビルドアップ基材またはテープ自動化接合(Tape Automated Bonding)テープ(TABテープ)用の金属配線板基材として使用される場合に,高弾性率,アルカリエッチング性,低湿度膨張係数,さらに製膜性に優れたポリイミドフィルム,その製造方法及び前記ポリイミドフィルムを基材とする可撓性の印刷回路,COF,CSPまたはテープ自動化接合テープ用の金属配線板,そのカバーレイまたは裏打ち用フィルム(スティフナー)及びリードフレーム押さえテープ用フィルムに関する。
【0007】また近年の技術革新により,配線の高精細化は従来の80μmから,60μmピッチまたは40μm,更には20μm化へと移りつつある。それに伴い配線幅は約40μmから,約30μmまたは約20μm,更には約10μmへと移りつつある。これらの要望に伴い構成されるポリイミドフィルム,接着剤および銅箔は薄くなりつつある。例えば,接着剤および銅箔を薄くしたCOF(化工日報新聞,2002年4月24日発行,第11頁記載)および蒸着二層タイプの配線板基材も展開されようとしている。
【0025】しかしながら,上記の従来方法では,金属配線板基材として使用される場合に,高弾性率,低湿度膨張係数,アルカリエッチング性,平面性および等方性を同時に満たすポリイミドフィルムを得ることができず,さらなる改良が求められていた。
【0026】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,上述した従来技術における問題点の解決を課題として検討した結果達成されたもので,製膜時の延伸倍率を大きくすることによりフィルムのヤング率,平面性および等方性が改良される。このため高倍率延伸の可能なフィルム組成で,所望のヤング率を持つフィルムを提供する。その表面に金属配線を施してなる可撓性の印刷回路,高精細FPC,高精細COF,CSP,BGA,HDD用基板,ICカード用基材,PDP用基材,太陽電池用基材,ビルドアップ基材またはテープ自動化接合(Tape AutomatedBonding)テープ(TABテープ)用の金属配線板基材に適用した場合に,高弾性率,低湿度膨張係数,銅の熱膨張係数と同程度の熱膨張係数であり,アルカリエッチング性,および製膜性に優れたポリイミドフィルム,その製造方法及びそれを基材としてなる金属配線板を提供することを目的とするものである。
【0039】本発明のポリイミドポリマにより,高精細用の可撓性の印刷回路,CSP,COF,BGAまたはテープ自動化接合(TapeAutomated Bonding)テープ(TABテープ)用の金属配線板基材に適用した場合に,適当な高弾性率,アルカリエッチング性,製膜性および等方性を均衡して高度に満たすポリイミドフィルムを実現することができる。」
(b) 前記(a)によれば,甲31の2には,技術革新により配線の高精細化に対応すべく,ポリイミドフィルムの平面性及び等方性等の改良が求められていたことから,その表面に金属配線を施してなる可橈性の印刷回路,高精細COFその他の基板用の金属配線板基材について,平面性及び等方性等を同時に満たすポリイミドフィルム,その製造方法及びそれを基材としてなる金属配線板が記載されているということができる。
c 甲31の3(特開2004-211071号公報。優先日:平成14年12月31日)
(a) 甲31の3には,概ね,次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,電子回路,電子デバイスなどを支持または固定するための誘電性組成物として有用なポリイミド基板に一般的に関する。さらに,これらの基板は,電気的に絶縁性のテープまたはベルトとして使用されるフィルム形態とすることができる。より具体的に言うと,本発明の芳香族ポリイミド基板は:(i)より低コストの「非剛直性」モノマーから誘導され,同時に別の方法では,より高コストの「剛直性」モノマーから(非常に広範囲に)誘導されるポリイミドと関連する平面度,等方性および熱寸法安定性能をもたらすことができ;または(ii)慣用量のこのような(より高コストの)剛直性モノマーから誘導でき,かつ,改良された平面度,熱寸法安定性および等方性に関連する性能を有する。
【0007】
概要
…あるいはまた,本発明の方法を,フィルム性能,特に,平面度,寸法安定性および等方性に関する性能を改良するための(以前から知られておらず,かつ予期されていない)方法として慣用のモノマー系に適用できる。
【0037】
本発明は,ポリイミドフィルムの(「面内配向の」)等方性を改良することを指向し,ここで,鎖軸の整列の度合いは,平均して,先行技術によって予測されるものよりも(フィルム面の各方向において)バランスが保たれている。このようなポリイミド鎖の(フィルム面内の)整列は,フィルムを乾燥および部分的にイミド化するときに,その端でフィルムに適用される外力(例えば,張力)の量によって大部分は制御される。
【0085】
…本発明のフィルムが,高度の等方性(すなわち,縦および横方向の両方を含むx-y平面の全ての方向において,実質的に同量の分子配向を含む)を有することが非常に望ましい。このような高度に等方性のフィルムは,別の方法では高温の加工処理が,不要なフィルムの歪をもたらす可能性があるエレクトロニクスタイプの用途のための加工を一般的に容易にする。…」
(b) 前記(a)によれば,甲31の3には,電子回路,電子デバイス等を支持又は固定するための誘電性組成物であるポリイミド基板一般に関して,ポリイミドフィルムの平面度,寸法安定性及び等方性に関する性能を改良することを指向したポリイミド基板が記載されているということができる。
d 甲31の4(特開2002-154168号公報。出願日:平成12年11月17日)
(a) 甲31の4には,概ね,次の記載がある。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,連続成形によりその幅方向に特性の差異を生じやすいポリイミドフィルムにおいて,幅方向の等方性を改善し特性を均一化したポリイミドフィルム,およびその製造方法,等方性調整方法に関する。
【0002】
【従来の技術】ポリイミドのような溶融加工の困難な高分子の場合,製造方法の代表的な例として,以下のような連続成形方法が用いられる。すなわち,高分子材料の非プロトン性極性溶媒等の溶媒溶液状態に,脱水剤,種々の触媒等の硬化剤を加えた後,ダイキャスト法や塗布方等の方法で,ベルトまたはドラムなどの支持体上に流延または塗布し,フィルムとしての自己支持性をもたせるため,加熱・反応・乾燥を行う。その後,支持体からフィルムを引き剥がし,引き続きピン等で両端を固定した後該フィルムを搬送しながら,加熱炉を通過させることにより,最終的なフィルムを得るという工程である。
【0003】ところが,上記のような工程において,加熱炉通過前に,完全に乾燥されていないフィルムを加熱する場合,フィルムの両端を固定しつつ加熱炉での加熱が行われると,フィルムの乾燥・硬化状態に部分的に差ができ,フィルム内に収縮力が生じる。これは,分子鎖の面内配向に異方性が生じることが原因である。この分子内の面内配向の異方性は,フィルムの有するその他の物性に生じる異方性,特に,線膨張係数・湿度膨張係数・弾性率等の方向による特性の差に密接に関係する。このようなフィルム面内における特性の差は,フィルム加工時において,フィルム面内の場所・方向による品質差,特に寸法変化の差を生む原因となり,精密部品等の用途において,例えば,回路形成のベース材や記録媒体等の用途においては,大きな問題となっており,フィルム面内の特性の等方性を確保するための改善が要求されていた。」
(b) 前記(a)によれば,甲31の4には,従来技術において,ポリイミドフィルムのフィルム面内における異方性,特に熱膨張係数・湿度膨張係数・弾性率等の方向による特性の差は,回路形成のベース材や記録媒体等の用途においては大きな問題となっており,フィルム面内の特性の等方性を確保するための改善が要求されていたことが記載されているということができる。
e 甲31の5(特開2003-165850号公報。出願日:平成13年11月30日)
(a) 甲31の5には,概ね,次の記載がある。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,面内等方性に優れ,さらに改良された寸法安定性を有するポリイミドフィルムおよびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】ポリイミドフィルムは,耐熱性,絶縁性,耐溶剤性および耐低温性等を備えており,コンピュータ並びにIC制御の電気・電子機器部品材料の支持体として広範に用いられている。
【0003】近年,コンピュータ並びにIC制御の電気・電子機器の小型化・軽量化が進み,配線基板やICパッケージ材料も小型化・軽量化が求められるようになっている。これらに施される配線パターンも細密になり,フレキシブルプリント配線板やTAB用キャリアテープ等に用いられるポリイミドフィルムについてもより高い寸法安定性が求められるようになってきてきた。
【0008】本発明は,上述の従来技術での問題点の解決を課題とした結果達成されたものである。すなわちテンター方式で熱処理する際に生じる,フィルム収縮力の部分差を抑えるだけでなく,前駆体であるポリアミド酸,脱水剤および閉環触媒の混合溶液が支持体上へキャストされてから引き剥がされるまでの硬化/乾燥工程での収縮力を最小限に抑え,面内等方性に優れたポリイミドフィルムとその製造方法を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】本発明者らは,…面内等方性に優れたポリイミドフィルムが得られることを見出し本発明に至った。すなわち本発明は,以下の構成からなる新規なポリイミドフィルムおよび製造方法を提供するものでありこれにより上記目的が達成される。…」
(b) 前記(a)によれば,甲31の5には,面内等方性に優れたポリイミドフィルムとその製造方法が記載されているということができる。
f 甲31の6(特開2006-124685号公報。優先日:平成16年9月29日)
(a) 甲31の6には,概ね,次の記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とp-フェニレンジアミンとを各々主成分として熱イミド化によって製造されるポリイミドからなるフィルムであって,フィルムに添加する前の無機フィラ-が平均粒径1μm以下でありこれより大きい平均粒径の無機フィラ-に起因する突起を有さず,厚みが25~35μm であるCOF用ポリイミドフィルム。
【請求項2】
フィルム表面にシランカップリング剤によって表面処理されてなる請求項1に記載のCOF用ポリイミドフィルム。
【請求項4】
3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とp-フェニレンジアミンとを各々主成分として製造されるポリイミドからなるフィルムであって,1)フィルム幅方向における厚み精度に関してTmax-Tminが1μm以下であり,2)フィルムに添加する前の無機フィラーが平均粒径1μm以下でありこれより大きい平均粒径の無機フィラーに起因する突起を有さず,厚みが25~35μmであるCOF用ポリイミドフィルム。
【請求項9】
フィルムが,MDおよびTDとも10×10―6~17×10―6cm/cm/℃のCTE(線膨張係数)を有し,CTE(TD)-CTE(MD)が0以上で5×10―6cm/cm/℃以下である請求項4に記載のCOF用ポリイミドフィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,COF用ポリイミドフィルムおよび積層体に関し,さらに詳しくは3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とp-フェニレンジアミンとを各々主成分として製造されるポリイミドからなるフィルムであって,厚みが25~35μmであるCOF用ポリイミドフィルムおよび該ポリイミドフィルムに直接導電性金属層を形成したCOF用の積層体に関するものである。
【0023】
上記のようにして得られた芳香族ポリイミドフィルムを,好適には低張力下あるいは無張力下に200~400℃程度の温度で加熱して応力緩和処理して,巻き取って,フィルム厚みが30~35μmでって,好適には50~200℃におけるCTE(線膨張係数)(MD)およびCTE(TD)が10×10―6~17×10―6cm/cm/℃で,かつCTE(TD)-CTE(MD)が0以上で5×10―6cm/cm/℃以下であり,…
【実施例1】
【0030】
…厚み精度
Tmax=35.4μm
Tmin=34.7μm
CTE(MD):14.5×10-6cm/cm/℃
CTE(TD):16.3×10- 6cm/cm/℃…
【実施例3】
【0033】
…厚み精度
Tmax=35.5μm
Tmin=34.8μm
CTE(MD):12.7×10-6cm/cm/℃
CTE(TD):13.7×10-6cm/cm/℃…
【実施例4】
【0034】
…厚み精度
Tmax=33.4μm
Tmin=32.7μm
CTE(MD):11.4×10-6cm/cm/℃
CTE(TD):13.0×10-6cm/cm/℃…」
(b) 前記(a)によれば,甲31の6には,COF用ポリイミドフィルム及び積層体に関し,フィルムが,MD及びTDとも10×10―6~17×10―6cm/cm/℃のCTEを有し,CTE(TD)-CTE(MD)が0以上で5×10―6cm/cm/℃以下であるCOF用ポリイミドフィルムが記載されているということができる。
g 甲31の7(国際公開第2009/017073号。優先日:平成19年7月27日)
(a) 甲31の7には,概ね,次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,特にCOF用フィルムとして好適な,カールが制御されたポリイミドフィルムに関する。さらに,本発明は,このポリイミドフィルムを用いた配線基板に関する。
【0002】
ポリイミドフィルムは,熱的性質および電気的性質に優れているため,電子機器類の用途などに広く使用されている。近年,ICチップの実装はCOF(チップ・オン・フィルム)方式で行われるようになってきており,COF用に,ポリイミドフィルムに銅層を積層してなる銅積層ポリイミドフィルムが使用され始めている(特許文献1など)。
【0009】
特許文献5には,化学閉環法により得られる二軸配向ポリイミドフィルム,特にはピロメリット酸二無水物と4,4’-ジアミノジフェニルエーテル,および3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とパラフェニレンジアミンの組み合わせから化学閉環法により得られる二軸配向ポリイミドフィルムにおいて,十分に配向されていることにより平均面内熱膨張係数が小さくなり,また走行方向と幅方向の延伸倍率比を調整して面内異方性指数を小さくすることによりフレキシブル銅張板のカールを小さくすることができることが記載されている。
【特許文献1】特開2006-124685号公報(判決注:甲31の6)
【特許文献5】特開平5-237928号公報(判決注:甲31の1)
【0054】
COF用フィルムとしては,線膨張係数が銅の線膨張係数に近いことが好ましく,具体的には,MDおよびTDともに5×10-6cm/cm/℃~25×10-6cm/cm/℃であることが好ましく,10×10-6cm/cm/℃~25×10-6cm/cm/℃であることがより好ましく,12×10-6cm/cm/℃~20×10-6cm/cm/℃であることが特に好ましい。」
(b) 前記(a)によれば,甲31の7には,特にCOF用フィルムに好適なカールが制御されたポリイミドフィルム及びポリイミドフィルムを用いた配線基板に関するもので,面内異方性指数を小さくすることによりフレキシブル銅張板のカールを小さくすることや,MDとTDの熱膨張係数が銅の熱膨張係数に近く,12~20ppm/℃の範囲内が特に好ましいことが記載されているということができる。
h 甲32の1(報告書)
甲32の1には,控訴人が,平成12年に発売されたパナソニック製の携帯電話「P502i」を分解したところ,COF用基板は,液晶画面と縦方向及び横方向の両方向で接続され,また,COF用基板上のLSIは縦方向及び横方向の両方向から銅配線が伸びており,COF用基板上では縦横双方向に入り組んだ複雑な配線となっていたことから,「P502i」等の小型携帯機器に使用されるCOF用基板では,ベースとなるポリイミドフィルムについて,熱膨張係数等の物性も等方性であることが要求されることが報告されている。
(ウ) 前記(イ)の甲31の1~6によれば,本件優先日当時,汎用の回路基板用ポリイミドフィルムの物性は,等方性が好ましいとされていたことが認められる。
しかしながら,甲31の2には,技術革新により配線の高精細化に対応すべく,ポリイミドフィルムの平面性及び等方性等の改良が求められていたことから,その表面に金属配線を施してなる可橈性の印刷回路,高精細COFその他の基板用の金属配線板基材について,平面性及び等方性等を同時に満たすポリイミドフィルム,その製造方法及びそれを基材としてなる金属配線板が記載されているものの,それだけでは,本件優先日当時,熱膨張係数に異方性があるポリイミドフィルムはCOF用基板に用いることができないとの技術常識があったことを認めるには足りない。また,甲31の6には,COF用ポリイミドフィルム及び積層体に関し,熱膨張係数について等方性のポリイミドフィルムの発明が記載されているが,それだけでは,本件優先日当時,熱膨張係数に異方性があるポリイミドフィルムはCOF用基板に用いることができないとの技術常識があったことの証拠となるものではない。また,甲31の7は,本件優先日から3年以上後の日を優先日とする出願であって,本件優先日当時の技術常識を認定するに適当な資料とはいい難い。さらに,甲32の1によれば,携帯電話機器に使用するCOF用基板に用いるポリイミドフィルムには等方性が要求されるとしても,その他の機器に使用するCOF用基板においても,熱膨張係数に異方性のあるポリイミドフィルムを使用することができないとの技術常識があったことを認定する証拠とはなり得ない。
かえって,前記1(1)認定のとおり,被控訴人は,平成14年1月頃から,銅張積層体メーカーである住友金属鉱山との共同開発により,COF用基板に使用する熱膨張係数の低いポリイミドフィルムの試作を開始し,同じく銅張積層体メーカーである東洋メタライジング等とも打合せを重ねるなどして,平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に,原判決別表先行製品一覧表のとおり,試作品及び量産品を含めて,TDの熱膨張係数がMDの熱膨張係数に比べて有意に低く設定された先行製品のポリイミドフィルムを製造し,これを複数の銅張積層体メーカーに対して,当該ポリイミドフィルムの熱膨張係数等の物性値のデータとともに提供・譲渡し,銅張積層体メーカー又はCOF用基板メーカーにおいて,COF用基板の用途としての評価をしていたのであるから,本件優先日当時,COF用基板に使用するための熱膨張係数に異方性のあるポリイミドフィルムは公知であったというべきであり,このことからすれば,むしろ,本件優先日当時,COF用基板に用いるポリイミドフィルムは熱膨張係数が等方性であること,換言すれば,熱膨張係数に異方性があるポリイミドフィルムはCOF用基板に用いることができないとの技術常識の不存在をうかがわせるところである。
以上によれば,本件優先日当時,一般に,COF用基板等の回路基板に用いられるポリイミドフィルムの物性は等方性が好ましいとされていたとはいえるものの,熱膨張係数に異方性があるポリイミドフィルムはCOF用基板に用いることができないとの技術常識があったことまでは認めることができない。そうすると,熱膨張係数に異方性があるポリイミドフィルムを,COF用基板に採用することに阻害事由があったということはできない。
(エ) 控訴人は,被控訴人の先行製品が,ロット間でも,1ロットのフィルム上の位置によっても,熱膨張係数が大きく異なり,異方性を持たせてTDとMDをそれぞれ一定の範囲に数値を収めることは意図されておらず,先行製品に含まれるαTDとαMDが本件発明2の範囲を充足するポリイミドフィルムの部分は,被控訴人が等方性で低熱膨張係数のポリイミドフィルムを開発する試行錯誤において,偶発的かつ部分的に生じたものにすぎない旨主張するが,同主張に理由がないことは,前記1(3)イ(ア)及び(イ)において説示したとおりである。
そして,本件発明2と公然実施された先行発明とを対比すると,両者は「熱膨張係数αMDが10.1~14.4ppm/℃」「熱膨張係数αTDが3.5~7.0ppm/℃」の範囲において,MDとTDの熱膨張係数がそれぞれ一致する以上,この点は一致点であって,先行発明に,本件発明2と同じくTDの熱膨張係数を7ppm/℃以下に限定するとの技術思想が開示されているかどうかは,先行発明と本件発明2との相違点である構成要件2E及び2Fについて,先行発明に基づいて本件発明2の構成に至ることが容易か否かを判断する上で,何らの影響を与えるものではない。
(オ) そして,先行発明と本件発明2との相違点である構成要件2E及び2Fについては,前記(1)認定のとおり,公然実施された先行発明はCOF用基板に使用するために開発されたポリイミドフィルムであるから,公然実施された先行発明を用いてCOF用基板を製造すること,その際に,銅層の厚さを1~10μm程度とすることは,本件刊行物発明により,当業者にとって極めて容易であるから,本件発明2は公然実施された先行発明に基づいて容易に想到できたものというべきである。
また,シリコンの熱膨張係数が約4ppm/℃であること(甲18の405頁),液晶基板用ガラスの熱膨張係数が通常約4~5ppm/℃であること(甲19の40頁Table2),銅の熱膨張係数が約16ppm/℃であること(甲18の944頁)は,いずれも本件優先日当時の技術常識というべきであるから,公然実施された先行発明をCOF用基板として使用したときに,MDのカールが防止されるとともに,TDでは狭ピッチ配線を可能にするとの効果も,当業者が予測できない格別顕著な作用効果ということはできない。
(カ) 以上のとおりであるから,控訴人の前記(ア)の主張は採用することができない。
イ 控訴人は,本件刊行物には,被控訴人のユーピレックス25Sの物性値について,9.0ppm/℃と一方向のみが記載されているため,当業者は,本件刊行物から,熱膨張係数の低いポリイミドフィルムとして,COF用基板のベースフィルムとなるものは,等方性で9ppm/℃という一定の熱膨張係数を有するものであると理解し,先行製品に接した当業者は,先行製品のフィルムは,大きな異方性を有し,TDにもMDにも本件刊行物のフィルムとは熱膨張係数が大きく異なり,寸法安定性に欠陥があるものと判断するから,これをCOF用基板とすることには阻害事由がある旨主張する。
しかし,証拠(乙32)によれば,本件刊行物の356頁には,熱膨張係数が9.0ppm/℃の先行製品を基材としたCOF用基板を開発した旨の記載があるが,この記載は,基材とするポリイミドフィルムの一例を挙げる趣旨にすぎないことが認められるから,本件刊行物発明に先行発明との組合せを阻害する事由があるということはできない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 小括
以上によれば,本件発明2は,先行発明に本件刊行物発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができた発明であるから,本件発明2に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものである。
3 結論
以上のとおり,本件発明1及び2に係る特許は,いずれも特許無効審判により無効にされるべきものであって,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する特許法100条1項に基づく差止請求は理由がないというべきである。
そうすると,控訴人の本訴請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相当である。よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中芳樹)