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知財高等裁判所 平成26年(ネ)10080号 判決 2016年3月30日

控訴人兼附帯被控訴人

(以下「控訴人」という。)

日揮触媒化成株式会社

訴訟代理人弁護士

鮫島正洋

髙見憲

山口建章

武内秀明

森田亮介

訴訟代理人弁理士

千葉博史

石崎剛

補佐人弁理士

渡辺久純

被控訴人兼附帯控訴人

(以下「被控訴人」という。)

三井金属鉱業株式会社

訴訟代理人弁護士

新保克芳

髙﨑仁

洞敬

井上彰

酒匂禎裕

主文

1  本件控訴に基づき,原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記取消部分につき,被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  本件附帯控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人(本件控訴)

主文第1,2項と同旨

2  被控訴人(本件附帯控訴)

(被控訴人は,原審における請求の趣旨第1項及び第2項を,主位的請求として下記(1)ア及びイのとおり変更した(内容的な変更はない。)上,当審において,下記(2)ア及びイ,同(3)ア及びイのとおり予備的請求を追加した。なお,上記請求の趣旨第2項を引用する同第3項についても,併せて下記(1)ウのとおり請求を変更するとともに,同(2)ウ及び同(3)ウのとおり請求を追加したものと解される。)

(1)  (主位的請求)

ア 控訴人は,別紙控訴人方法目録1記載の方法を使用してはならない。

イ 控訴人は,別紙物件目録1記載の製品を使用,譲渡又は輸出してはならない。

ウ 控訴人は,前項記載の製品を廃棄せよ。

(2)  (予備的請求1)

ア 控訴人は,別紙控訴人方法目録2記載の方法を使用してはならない。

イ 控訴人は,別紙物件目録2記載の製品を使用,譲渡又は輸出してはならない。

ウ 控訴人は,前項記載の製品を廃棄せよ。

(3)  (予備的請求2)

ア 控訴人は,別紙控訴人方法目録3記載の方法を使用してはならない。

イ 控訴人は,別紙物件目録3記載の製品を使用,譲渡又は輸出してはならない。

ウ 控訴人は,前項記載の製品を廃棄せよ。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,発明の名称を「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」とする特許(特許番号第4274630号。以下「本件特許」という。)の特許権者である被控訴人が,控訴人によるスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法(以下「控訴人方法」という。)は本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)の技術的範囲に属し,同発明に係る特許権を侵害するとして,控訴人に対し,①別紙控訴人方法目録1記載のスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法(以下「控訴人方法1」という。)の使用の差止め,②控訴人方法1により生産された別紙物件目録1記載のスピネル型マンガン酸リチウム(以下「控訴人製品1」という。)の使用等の差止め及び廃棄,並びに③実施料相当額の損害賠償の一部請求として,1億8000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年11月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原判決は,控訴人は本件発明1の技術的範囲に属する控訴人方法1を実施していると認められ,本件発明1に係る特許に特許無効審判により無効とされるべき理由はないなどとして,被控訴人の請求を,控訴人に対し,①控訴人方法1の使用の差止め,②控訴人製品1の使用等の差止め及び廃棄,並びに③実施料相当額の損害賠償として1億1166万円及びこれに対する不法行為後の日である平成25年11月1日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容し,被控訴人のその余の請求を棄却した。

控訴人は,原判決が被控訴人の請求を一部認容した部分を不服として,本件控訴を提起した。

被控訴人は,本件特許について訂正請求(以下,これに係る訂正を「本件訂正」という。)を行うとともに,附帯控訴により,[1]予備的請求1として,①本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「訂正発明1」という。)の技術的範囲に属する別紙控訴人方法目録2記載の方法(以下「控訴人方法2」という。)の使用の差止め並びに②控訴人方法2により生産された別紙物件目録2記載のスピネル型マンガン酸リチウム(以下「控訴人製品2」という。)の使用等の差止め及び廃棄の各請求を,[2]予備的請求2として,①本件特許の特許請求の範囲の請求項4に係る発明(以下「本件発明4」といい,本件訂正後の請求項4に係る発明を「訂正発明4」という。)の技術的範囲に属する別紙控訴人方法目録3記載の方法(以下「控訴人方法3」という。)の使用の差止め並びに②控訴人方法3により生産された別紙物件目録3記載のスピネル型マンガン酸リチウム(以下「控訴人製品3」という。)の使用等の差止め及び廃棄の各請求を,それぞれ追加した。

2  争いのない事実,争点及びこれに関する当事者の主張

原判決を次のとおり補正し,当審において追加された争点及びこれに関する当事者の主張を後記第3の1及び2のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1ないし3(原判決2頁20行目から同14頁6行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する(以下,略語については,本判決において特に定義するもののほか,原判決の定義したとおりとし,原判決の引用箇所における「原告」を「被控訴人」と,「被告」を「控訴人」と,それぞれ読み替える。)。

(1)  原判決3頁3行目の「願書に添付された明細書」を「願書に添付された明細書,特許請求の範囲及び図面」と,同頁4行目の「有している。」を「有していたが,本件特許権は,特許料の不納付により,平成26年3月13日の経過をもって消滅した。」とそれぞれ改め,同頁9行目末尾に,改行の上,「請求項の数6」を加える。

(2)  原判決3頁10行目の「請求項1」を「請求項1及び4」と改め,同頁11行目の「(以下,」から同頁12行目の「という。)」までを削り,同行目末尾に,改行の上,「【請求項1】」を加える。

(3)  原判決3頁20行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「【請求項4】

「請求項1乃至3のいずれか一項において,

上記二酸化マンガンとリチウム原料とのLi/Mnモル比が0.50~0.60であることを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」

(ただし,本件訴訟においては,請求項1に係るものに限る。)」

(4)  原判決3頁21行目の「本件発明」を「本件発明1及び4」と改め,同頁25行目末尾に,改行の上,「(本件発明1)」を加える。

(5)  原判決4頁10行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「(本件発明4)

4A  請求項1乃至3のいずれか一項において,

4B  上記二酸化マンガンとリチウム原料のLi/Mnモル比が0.50~0.60である

4C  ことを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。

(ただし,本件訴訟においては,請求項1に係るものに限る。)」

(6) 原判決4頁17行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「(4) 無効審判請求と被控訴人による訂正請求

ア 控訴人は,平成24年12月25日付けで,本件特許の請求項1ないし6に係る発明についての特許の無効審判請求をした。特許庁はこの請求を無効2012-800209号事件(以下「別件無効審判事件」という。)として審理し,平成25年7月18日,請求不成立審決をしたが,知的財産高等裁判所は,平成26年7月9日,同審決を取り消すとの判決をし(知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10239号審決取消請求事件),同判決は確定した。

被控訴人は,差し戻された後の別件無効審判事件において,平成26年9月18日付けで,本件特許の明細書及び特許請求の範囲を対象とする訂正請求を行った(本件訂正)。

本件訂正における訂正事項のうち,請求項1及び4についてのものは,次のとおりである(訂正箇所に下線を付した。)。

(ア) 訂正事項1

請求項1に「pHを2以上とする共に」とあるのを「pHを2以上7.5以下とすると共に」に訂正する。

(イ) 訂正事項2

請求項1に「上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム,マグネシウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の元素で置換」とあるのを「上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム元素で置換」に訂正する。

(ウ) 訂正事項3

請求項1に「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」とあるのを「スピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)の製造方法。」に訂正する。

(エ) 訂正事項9

請求項4に「請求項1乃至3のいずれか一項において,上記二酸化マンガンとリチウム原料とのLi/Mnモル比が0.50~0.60であることを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」とあるのを,「電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,電解二酸化マンガンとリチウム原料とのLi/Mnモル比が0.50~0.60であるようにリチウム原料と,上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,750℃以上の温度で焼成することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」と訂正する。

イ 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び4の記載は,次のとおりである。

【請求項1】

「電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,リチウム原料と,上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,750℃以上の温度で焼成することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)の製造方法。」

【請求項4】

「電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,電解二酸化マンガンとリチウム原料とのLi/Mnモル比が0.50~0.60であるようにリチウム原料と,上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,750℃以上の温度で焼成することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」

ウ 訂正発明1及び4を構成要件に分説すると,次のとおりである。

(訂正発明1)

A’ 電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,

B  リチウム原料と,

C’ 上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム元素で置換されるように当該元素を含む化合物と

D   を加えて混合し,750℃以上の温度で焼成する

E’ ことを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)の製造方法。(訂正発明4)

4A’  電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,

4B’  電解二酸化マンガンとリチウム原料とのLi/Mnモル比が0.50~0.60であるようにリチウム原料と,

4C’  上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム元素で置換されるように当該元素を含む化合物と

4D’  を加えて混合し,750℃以上の温度で焼成する

4E’ ことを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」

(7) 原判決4頁下から2行目から最終行にかけての「別紙被告方法目録記載の被告方法」を「控訴人方法1」と,同5頁9行目,11行目から12行目にかけて及び同行目の各「被告方法」をいずれも「控訴人方法1」と改める。

(8) 原判決5頁13行目の「本件発明」を「本件発明1」と改め,同頁20行目の「新規性欠如」の前,同頁21行目の「進歩性欠如」の前に,それぞれ「本件発明1の」を加える。

(9) 原判決6頁3行目,6行目,12行目,13行目,14行目,17行目,20行目,22行目,同7頁3行目,8行目,10行目,21行目,25行目,同8頁18行目,19行目の「本件発明」を,いずれも「本件発明1」と改める。

(10) 原判決7頁13行目の「新規性欠如」の前,同9頁15行目の「進歩性欠如」の前に,それぞれ「本件発明1の」を加える。

(11) 原判決9頁17行目から同10頁18行目までを,次のとおり改める。

「ア 乙11文献を主引例とし,乙15文献及び乙18文献を副引例とする進歩性欠如の主張について

(ア) 本件発明1と乙11文献記載の発明(以下「乙11発明」という。)は,「本件発明1が,電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンを用いるものであるのに対し,乙11文献にはこの点についての記載がない点」で相違する(この相違点を,以下「相違点1」という。)。

そして,本件明細書によれば,本件発明1は,非水電解質二次電池の正極材料として用いられるスピネル型マンガン酸リチウム(LiMn2O4)は,高温においてマンガンが溶出するため,高温での保存性(充電した電池を保存した後,電池の容量がどの程度低下するかを示すもの)やサイクル特性(充放電の繰り返しにより,電池の容量がどの程度低下するかを示すもの)等の高温での電池特性に劣ることを課題とし,充電時のマンガン溶出量を抑制し,高温保存性,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法を提供することを目的とするものである。

(イ) しかるところ,非水電解質二次電池の正極材料としてスピネル型マンガン酸リチウム(LiMn2O4)を用いた場合に,充電した電池の高温環境下での保存や充放電の繰返しによる電池容量の低下が,マンガンの溶出により生じることは,本件出願前の刊行物である乙16文献(特開平11-71115号公報),乙18文献,乙53文献(特開平11-71114号公報)及び乙54文献(特開平10-334918号公報)の記載からみて,本件出願時の技術常識である。したがって,本件発明1の課題である,マンガンの溶出を抑制することにより,高温保存性やサイクル特性(高温での充放電の繰り返しに限るものではない。)を向上させることは,本件出願時において,当業者にとって周知の課題であった。

そして,乙11発明は,LiMn1.85Li0.1Al0.05O4で表される非水電解液二次電池用正極材料の製造方法に関するものであり,LiMn2O4におけるマンガンの一部をリチウム及びアルミニウムで置換したスピネル型マンガン酸リチウムの一種であることは,その組成からも明らかであるから,このような乙11発明においても,マンガンの溶出量を抑制することにより高温保存性やサイクル特性を向上させるとの課題が存在することは,当業者にとって明らかである。

(ウ) 他方,乙18文献に記載のとおり,スピネル型マンガン酸リチウム又はこのマンガンを第3元素で置換した複合酸化物の結晶構造中に,ナトリウムが取り込まれることによってマンガンの溶出を抑制することができる,という手段が広く知られており,さらに,乙15文献に記載のとおり,水酸化ナトリウムで中和した電解二酸化マンガンにはナトリウムが含有されており,このような電解二酸化マンガンをリチウムマンガン複合酸化物の原料として用いた場合に,この電解二酸化マンガンに含有されていたナトリウムがリチウムマンガン複合酸化物の結晶構造中に取り込まれることも,広く知られていた。

そうすると,乙11発明において,マンガンの溶出を抑制して高温保存性やサイクル特性を向上させるという周知の課題を解決するために,乙18文献に記載の,マンガンの溶出を抑制してサイクル特性を向上させるための,ナトリウムを取り込むという広く知られた手段を用いることとし,その際,乙15文献に記載の,水酸化ナトリウムで中和することによってナトリウムを含有する(取り込む)ことが広く知られている電解二酸化マンガンを原料として利用することに着目し,これを原料として使用することでLiMn1.85Li0.1Al0.05O4の結晶構造中にナトリウムを取り込み,それによりマンガンの溶出を抑制することは,当業者が容易に想到することである。

また,電解二酸化マンガンについて,中和によりどの程度のpHとするか,また,ナトリウムの含有量をどの程度とするかは,ナトリウムの単なる量的条件の決定にすぎず,上記解決手段を具現化する中で適宜選択される最適条件にすぎないから,pHを2以上とするとともに,ナトリウムの含有量を0.12~2.20重量%とすることも,当業者が容易に想到することである。

(エ) 以上によれば,相違点1に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到し得るものであるから,本件発明1は,乙11発明に加え,乙15文献及び乙18文献に記載された事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができるものであり,進歩性がない。」

(12) 原判決11頁3行目,9行目,16行目,19行目,同12頁1行目,5行目から6行目にかけての「本件発明」を,いずれも「本件発明1」と改める。

(13) 原判決11頁13行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「(ア) 本件明細書の段落【0019】及び【0022】の記載並びに全ての実施例について初期放電容量と高温保存容量維持率の測定結果が開示されていること(【表1】)に照らして,本件発明1は,高温での電池特性の向上だけを課題とするものではなく,高い初期放電容量と高温特性の向上の両立を課題とし,その課題を中和条件や置換条件,焼成温度をコントロールすることによって解決するものである。

これに対し,控訴人は,本件発明1は高温下でのマンガン溶出による電池特性の劣化を課題とし,マンガンの溶出を抑制することにより高温保存性やサイクル特性を向上させることは,本件出願当時の当業者にとって周知の技術であったと主張するが,かかる課題の認識は誤りである。そして,控訴人が周知技術の存在を裏付けるとする乙16文献,乙18文献,乙53文献及び乙54文献のいずれにも,高い初期放電容量と高温特性の向上を両立させるという本件発明1の課題は示されていない。」

(14) 原判決11頁14行目冒頭に「(イ)」を加え,同頁22行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「そして,乙12文献に記載されたLi2MnO3や乙15文献に記載されたLi0.35MnO1.87の結晶構造と,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造とを比較すると,その相違は明らかであり(下図のとおり),水酸化ナトリウムで中和した電解二酸化マンガンを原料にすれば,乙15文献記載のリチウムマンガン複合酸化物の結晶構造中にナトリウムが取り込まれるからといって,原子配置や原子密度が異なるスピネル型においても同じようにナトリウムが取り込まれるとはいえないことは明らかである。

file_2.jpgZ12+15 LMO(AE #ILE) Z12:LizMnOs 375°C LiMn2Os 750°C KLE Z15:Lio ssMnO1.87 380°C (BARE) (RPAMOMRCM ARE)」

(15) 原判決12頁1行目の「異なるものである。また,」を,「異なるものであるし,控訴人が主張する結晶構造中にナトリウムを取り込む構成は,乙18文献の実施例3であるところ,そこでは遷移金属元素による置換は行われておらず,ナトリウムによる取り込みに限定されているから,そのような構成に,遷移金属元素で置換する乙11発明を組み合わせる動機付けに欠ける。さらに,」と改める。

(16) 原判決12頁16行目から20行目までを,次のとおり改める。

「控訴人は,本件発明1の技術的範囲に属する控訴人方法1あるいは控訴人方法2を使用し,さらに,本件発明4の技術的範囲に属する控訴人方法3を使用している。

よって,被控訴人は,控訴人に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,①主位的に,控訴人方法1の使用及び控訴人製品1の使用,譲渡又は輸出の差止め並びに控訴人製品1の廃棄を求め,②予備的(その1)に,控訴人方法2の使用及び控訴人製品2の使用,譲渡又は輸出の差止め並びに控訴人製品2の廃棄を求め,③予備的(その2)に,控訴人方法3の使用及び控訴人製品3の使用,譲渡又は輸出の差止め並びに控訴人製品3の廃棄を求める。」

(17) 原判決12頁22行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「本件特許権は,特許料の不納付のため,平成26年3月13日の経過により消滅したから,被控訴人の請求のうち差止等請求及び廃棄請求に係る部分については,理由がないことが明らかである。」

(18) 原判決13頁1行目の「被告製品」を「控訴人製品1ないし3」と改める。

(19) 原判決13頁7行目の「本件発明」を「本件発明1並びに訂正発明1及び4(以下「本件発明」と総称する。)」と改める。

(20) 原判決13頁20行目,21行目,23行目の「被告方法」をいずれも「控訴人方法」と改め,同頁22行目の「A~C」を削る。

第3当審において追加された争点及びこれに関する当事者の主張

1  当審において追加された争点

被控訴人の主張する主位的請求,予備的請求1及び予備的請求2に関しては,後記「第4 当裁判所の判断」の冒頭で述べる観点から,その争点を整理する。

(主位的請求に関し)

(1) 「混合」の意義及び控訴人方法が「混合」を充足するか(争点(6))

(2) 本件発明1に係る特許にサポート要件違反の無効理由があるか(争点(7))

(予備的請求1に関し)

(3) 訂正発明1に係る本件訂正の適法性(争点(8))

(4) 控訴人が控訴人方法2を使用しているか(争点(9))

(5) 控訴人方法2が訂正発明1の技術的範囲に属するか(争点(10))

(6) 訂正発明1に係る特許に進歩性欠如の無効理由があるか(争点(11))

(7) 訂正発明1に係る特許に明確性要件違反,実施可能要件違反及びサポート要件違反の無効理由があるか(争点(12))

(予備的請求2に関し)

(8) 控訴人方法3が訂正発明4の技術的範囲に属するか(争点(13))

(9) 訂正発明4に係る特許に進歩性欠如の無効理由があるか(争点(14))

(10) 訂正発明4に係る特許にサポート要件違反の無効理由があるか(争点(15))

2  追加された争点に関する当事者の主張

(1)  争点(6)(「混合」の意義及び控訴人方法が「混合」を充足するか)

(被控訴人の主張)

ア 「混合」が湿式と乾式の両方を含むこと

本件発明1の構成要件Dの「混合」とは,湿式及び乾式の両方を含むから,控訴人方法が混合に湿式のものを用いるものであったとしても,上記構成要件の「混合」を充足する。

すなわち,本件明細書には,本件発明1における混合工程を乾式のものに限定する記載はなく,発明の本質に照らしても,混合を湿式で行ってはならない理由はない。本件明細書の段落【0023】の「混合された原料は,…造粒してもよい。」との記載に続いて,段落【0024】に「本発明の造粒方法は,…湿式でも乾式でもよく」と記載されており,湿式で造粒する場合には,その前工程である混合も湿式で行うのが合理的であることは,当業者であれば当然に理解するところである。

イ 控訴人の主張に対し

控訴人は,「混合」が乾式の場合のみを意味し,湿式による混合の場合には発明の効果を奏しないと主張する。

しかしながら,被控訴人が行った実験によると,高温保存容量維持率は乾式の場合も湿式の場合も同じ値を示している(甲14,20)。そもそも乾式であっても,十分に混合すれば,湿式と同じレベルで各種原料の混合の均一性を達成することは可能であるから,両者を区別する意味はない。

したがって,控訴人の上記主張は誤りである。

(控訴人の主張)

ア 「混合」が乾式の場合のみを意味すること

本件発明1の構成要件Dの「混合」とは,水を用いた「湿式」のものを含まず,水を用いない「乾式」の場合のみを指す。

すなわち,本件明細書には,混合に用いられる電解二酸化マンガンについて,ナトリウム又はカリウム中和後,水洗したものを敢えて乾燥させて用いるとの記載がある(段落【0018】)のに対し,「混合」を湿式で(すなわち,水を用いて)行うことについての記載がない。また,本件明細書に記載された実施例1ないし26は,全て乾式で(すなわち,水を用いないで)混合を行っている。よって,本件明細書には,原料の混合方法について,乾式の混合のみが開示されている。

さらに,各種原料の混合を乾式ではなく湿式としたほかは本件明細書の実施例と同様の条件で作製したスピネル型マンガン酸リチウムについては,高温保存特性が向上するという発明の効果を奏しない(乙65)。

以上によれば,上記構成要件における「混合」は,乾式の混合を意味する。

イ 控訴人方法における「混合」は湿式のもののみであること

控訴人方法においては,水に各種原料を「溶解・分散」することで各種原料を混合させ,その後,「湿式粉砕」を行うことにより,各種原料をより均一に混合させることとなる。

したがって,控訴人方法における「混合」は湿式のものであるから,本件発明1の構成要件Dを充足しない。

ウ 被控訴人の主張に対し

被控訴人は,本件明細書には造粒方法について湿式でも乾式でもよいとの記載があり,湿式で造粒する場合は,その前工程である混合も湿式で行うのが合理的であると主張する。

しかしながら,本件明細書には,混合と造粒が別個の工程として記載されており,乾式で混合したものを湿式で造粒することに何ら不都合はないから,被控訴人の上記主張は誤りである。

(2)  争点(7)(本件発明1に係る特許にサポート要件違反の無効理由があるか)

(被控訴人の主張)

本件発明1に係る請求項において,「混合」は乾式のものに限定されていないが,湿式による混合は,本件出願当時から知られている手法である。そして,本件明細書には,湿式による混合の場合には高温保存特性が劣ることを示唆する記載はなく,そのような技術常識も存在しない。

したがって,当業者は,湿式による混合の場合であっても,本件明細書に記載された発明の作用効果を奏するものと認識することができるから,特許請求の範囲における「混合」が乾式の場合に限定されていないとしても,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号のサポート要件を充足する。

(控訴人の主張)

本件発明1に係る特許請求の範囲の記載上,「混合」は乾式のものに限定されていないのに対し,本件明細書には乾式で混合した実施例のみが記載され,比較例に比べて高温保存特性が向上していることが示されている。そして,湿式の場合においても高温保存特性が向上することは,本件明細書の記載に基づき当業者が認識できるものではなく,当業者の技術常識でもない。

実際に,各種原料の混合を乾式ではなく湿式としたほかは本件明細書の実施例と同様の条件で作製したスピネル型マンガン酸リチウムについては,高温保存特性が向上するという本件発明1の効果を奏しない(乙65)。

したがって,本件発明1の特許請求の範囲の記載上,「混合」は乾式の場合だけでなく湿式の場合も含まれるものの,湿式の混合によっては,発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づき,当業者が本件発明1の課題を解決できると認識することができず,実際にも解決できないから,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件を充足しない。

(3)  争点(8)(訂正発明1に係る本件訂正の適法性)

(被控訴人の主張)

ア 訂正事項3は特許請求の範囲の減縮を目的とすること

(ア) 訂正事項3は,先行技術に係る特定の技術的事項を除外するいわゆる除くクレームに訂正するものであり,平成26年9月18日付け訂正請求書に,「訂正の理由 特許請求の範囲の減縮」と明記されているとおり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。控訴人は,訂正事項3の訂正の目的が特定されていないと主張するが,誤りである。

(イ) 控訴人は,訂正事項3に係る「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との記載は技術的に不明確であるから,かかる訂正が特許請求の範囲の減縮に該当するということはできないと主張する。

しかしながら,上記訂正後の記載が明確性要件を欠くものではないことは争点(12)における被控訴人の主張のとおりであり,控訴人の上記主張は誤りである。

イ 訂正事項3は本件明細書に記載された事項の範囲内においてするものであること

(ア) 訂正事項3に係る構成の技術的意義

本件特許に係るスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法は,電解二酸化マンガンにおける中和化合物,その含有量,pH,マンガンの置換元素,その置換量,焼成温度をコントロールすることにより,中和工程を経た電解二酸化マンガンに残存するナトリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれず,主に非水溶性のナトリウム化合物の形態で,電解二酸化マンガンの表面に均一に分布して存在するというものであり,これによって得られたスピネル型マンガン酸リチウムを非水電解質二次電池の正極材料としたときに,初期放電容量と高温保存容量維持率のいずれにも優れるという効果を奏するものである。

そうすると,訂正発明1の方法で製造したスピネル型マンガン酸リチウムは,結晶構造中にナトリウムを実質的に含まないことから,いわゆる「除くクレーム」として,請求項1に「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」を加える訂正をするものである。

なお,「実質的に」とあるのは,製造条件によっては結晶に歪が生じるなどして,わずかのナトリウムが取り込まれる可能性がないわけではないこと,あるいは測定誤差として検出される可能性があることによる。

(イ) 本件明細書に,訂正事項3に係る技術的事項の開示があること

本件明細書の段落【0032】には,「…スピネル型マンガンリチウムを得た。置換した元素および置換基を「表1」に示す。」との記載があり,置換した元素と置換量を表1に示している(なお,表1から明らかなとおり,「置換基」は「置換量」の誤記である。)。同様に,段落【0063】にも,「…スピネル型マンガンリチウムの合成を行った。…置換した元素および置換量を「表2」に示す。」と記載されている。そして,表1と表2には,「置換元素」としてナトリウムやカリウムは記載されていないから,それらがスピネル型マンガン酸リチウムの「置換した元素」に含まれていないことは開示されている。

また,本件明細書では,中和剤として用いるナトリウムやカリウムは「含有量(重量%)」,置換するアルミニウムは「マンガン置換量(モル%)」と,明確に区別して記載されている。さらに,本件明細書には,乙15文献や乙18文献とは異なり,ナトリウムやカリウムを結晶構造中に取り込むといった記載は一切ない。

以上のとおり,本件明細書には,ナトリウムやカリウムが,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中の元素を置換するものではなく,結晶構造中に実質的に含まれないという技術的事項が開示されている。

実際にも,本件明細書に記載の製造方法に従ってナトリウム中和の電解二酸化マンガンを使用して製造したスピネル型マンガン酸リチウムに対し,水洗実験(以下「被控訴人実験(2)」という。)を行うと,ナトリウム含有量は,水洗前が0.18%であるのに対し,水洗後は0.018%となるのであり(甲12),ナトリウムは水洗によってほとんど除去される。また,同様の実験(以下「被控訴人実験(5)」という。)では,水洗前後で格子定数に変化は全くなく,ナトリウムは水洗によってほとんど消失していることから(甲18),実質的にナトリウムは結晶構造中に取り込まれていないことが確認できる。

したがって,本件明細書には,ナトリウムやカリウムが,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中の元素を置換したものではなく,結晶構造中に実質的に含まれていないという技術的事項が開示されており,それが所望の作用効果を奏するから,訂正事項3に係る訂正は,本件明細書に記載された事項の範囲内においてするものであり,新たな技術的事項を導入するものではない。

(ウ) 控訴人の主張に対し

a 本件発明1と訂正発明1とが解決課題を異にするものではないこと控訴人は,本件発明1と訂正発明1が,解決課題を異にすると主張する。

しかしながら,本件特許に係る発明は,本件訂正の前後を問わず,高い初期放電容量と高温特性の向上の両立を課題としており,解決課題を異にするものではない。

b 結晶構造中に取り込まれたナトリウムが水洗によって除去されないのは技術常識であること

控訴人は,結晶構造中に取り込まれたナトリウムは水洗によって除去されないという技術常識はないと主張する。

しかしながら,甲22文献(特開平10-188979号公報)には,スピネル型マンガン酸リチウムを水洗して不均一反応による副生物や未反応物といった不純物を除去する手法が開示されている。仮に,結晶構造中に取り込まれたものが水洗によって除去されるのであれば,結晶に変化が生じて電池特性が低下するので,水洗は行わないはずであり,同文献は,結晶構造中に取り込まれたものが水洗によって除去されないことが当然の前提になっている。同様のことは,甲23文献(“Electrochemical and Thermal Behavior of LiNi1-zMzO2 (M=Co, Mn, Ti)”)からもいえる。

したがって,結晶構造中に取り込まれたナトリウムが水洗によって除去されないことは,技術常識である。

c 乙18文献及び乙15文献を根拠に,ナトリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれるとはいえないこと

控訴人は,乙18文献及び乙15文献の記載に照らしても,ナトリウム又はカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることは周知技術であり,これに反する訂正事項3は新たな技術的事項を導入するものであると主張する。

しかしながら,乙18文献は,ナトリウムを添加剤として添加することが本質的要素となっており,この本質的要素を捨象して,マンガン酸リチウムにおいても,乙15文献記載の製造方法でナトリウムを結晶構造中に取り込ませることができると考えることはできない。さらに,乙18文献の実施例3記載のマンガン酸リチウムは,Li[Mn2-x(Na2SO4)x]O4と理解するほかないが,マンガン酸リチウムのMnサイトの一部にナトリウム化合物(Na2SO4)が置換することはあり得ない。

また,乙15文献記載のリチウムマンガン複合酸化物は,「LixMnOy(但し,原子比x,yは0.05≦x≦0.35,1.8≦y≦2.0を示す)」(【特許請求の範囲】,段落【0010】)であり,原子比xが規定範囲外であると構造が変化するため電池容量が低下するおそれがあり,さらに,原子比yが規定範囲外であると合成が不可能であると記載されているところ,乙11発明,乙18発明及び本件発明1のスピネル型マンガン酸リチウムは,全て,原子比xが上限値0.35を,原子比yが上限値2.0をそれぞれ超えている。

したがって,乙15文献が開示する技術的事項は,スピネル型マンガン酸リチウムに適用できないと考えるべきである。実際にも,スピネル型マンガン酸リチウムでは,通常,ナトリウムのイオン半径が大きすぎて,リチウムサイトに取り込まれないのであり,「ナトリウムはこの複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出サイトに取り込まれる」(段落【0004】)との乙15文献の記載は,結晶構造の異なるスピネル型マンガン酸リチウムには該当しない。

以上のとおりであるから,乙18文献や乙15文献を根拠に,ナトリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれるということはできない。

(控訴人の主張)

ア 訂正事項3につき,訂正の目的が特定されておらず,また,特許請求の範囲の減縮に当たらないこと

(ア) 被控訴人は,本件訂正に係る訂正請求書及びこれに係る手続補正書において,訂正事項3の訂正の目的を記載せず,その目的が特許法134条の2第1項ただし書所定のいずれであるかを特定しなかった。

したがって,訂正事項3は同項ただし書に違反するから,訂正発明1に係る訂正は不適法である。

(イ) また,訂正事項3が特許請求の範囲の減縮に当たるということができるためには,訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲がそれぞれ技術的に明確であることが必要である。

しかしながら,訂正事項3に係る「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との記載が技術的に不明確であることは,争点(12)における控訴人の主張のとおりであるから,訂正事項3に係る訂正は,特許請求の範囲の減縮に当たるということはできず,不適法である。

イ 訂正事項3が新規事項の追加に当たること

訂正事項3は,以下のとおり,本件明細書に開示のない新規事項の追加に当たり,特許法134条の2第9項の準用する同法126条5項に違反するから,訂正発明1に係る本件訂正は不適法である。

(ア) 本件明細書に,訂正事項3に係る構成の開示がないこと

本件明細書には,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」に関する記載はなく,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含まない」との技術的思想についても,本件明細書に一切開示がない。本件訂正前の本件明細書においては,原料として用いられる電解二酸化マンガンに関する「ソーダ中和された電解二酸化マンガン中には少量のナトリウムが残留する」(段落【0006】)との記載,及び,得られたスピネル型マンガン酸リチウムに関する「ナトリウム含有量」(段落【0031】等)との記載があるにすぎないから,せいぜい「ナトリウムを含有するスピネル型マンガン酸リチウム」との技術的思想のみが開示されているというほかなく,スピネル型マンガン酸リチウムを「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含まない」又は「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」という技術的事項によって区別するという技術的思想は何ら開示されていない。

さらに,本件明細書には,ナトリウムを実質的に含まないと判断するための基準も何ら示されておらず,マンガン酸リチウム中のナトリウムの存在形態(水洗で流される状態であるのか,流されない状態であるのか)や,これらの存在形態の相違による作用効果の違いについて全く記載されておらず,ナトリウムの存在形態については,本件出願時には全く認識されていなかったことが明らかである。

(イ) 本件発明1と訂正発明1の解決課題が異なること

本件発明1と訂正発明1の解決課題を見ても,本件発明1の解決課題が,マンガン溶出量を抑制することにより,高温保存,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させることにあるのに対し,訂正発明1の解決課題は,被控訴人の主張するところによれば,結晶構造中にナトリウムを含まないことにより,過度にマンガン溶出を抑制しないようにして初期放電容量の低下を防止するというものであり,本件発明1の解決課題とは異なる。

しかるところ,このような解決課題は,本件明細書には全く記載されていない。

(ウ) ナトリウム又はカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることは周知技術であること

ナトリウム又はカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることは,次のとおりの乙18文献及び乙15文献における各記載においても裏付けられた周知技術である。

すなわち,乙18文献においては,リチウム二次電池の正極活物質として用いられるLiMn2O4を作製する際に,原料物質を混合する段階で,ナトリウムの水酸化物,炭酸塩,硫酸塩などの添加剤を加えて焼成を行うことで,LiMn2O4の結晶構造中にナトリウムが取り込まれること,この場合,LiMn2O4に第3の元素を添加して,LiMn2-yXyO4(ただし,Xは遷移金属元素又はB,Mg,Al,Si,Pのいずれかを表し,yは0≦y≦1.0を満たす実数である。)としても良いことが記載されている。

また,乙15文献においては,酸性溶液中で生成した電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和することにより得られた二酸化マンガンは,ナトリウムを含有すること,このような二酸化マンガンを原料にしてリチウムマンガン複合酸化物を作製すると,二酸化マンガン中のナトリウムは,リチウムマンガン複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出サイトに取り込まれることが記載されている。

これらの周知技術の存在に照らせば,本件発明1に係る製造方法により得られるスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中にナトリウムが取り込まれることは明らかであり,これと異なる訂正事項3は,新規事項の追加に当たる。

(エ) 被控訴人の主張に対し

a 置換元素に関する本件明細書の記載について

被控訴人は,本件明細書において,中和に使用するナトリウムやカリウムを置換元素として記載しておらず,中和剤として用いているナトリウムやカリウムは「含有量(重量%)」として,アルミニウムは「マンガン置換量(モル%)」として記載していることから,本件発明 1 がナトリウムやカリウムをスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まないことが開示されていると主張する。

しかしながら,本件明細書の記載の仕方や出願人の主観により,科学的な事実が定まるということはあり得ないし,ナトリウムが結晶構造中に取り込まれることが明記されている乙18文献においても,化学式中に記載して置換元素である旨を明示していないから,被控訴人の主張は全くの失当である。

b 水洗実験について

被控訴人は,本件発明1の製造方法に従ってナトリウム中和の電解二酸化マンガンを使用して製造されたマンガン酸リチウムに対し,水洗実験を行うと,ナトリウムは水洗でほとんど除去されることから,本件明細書には,本件発明1はナトリウムやカリウムをマンガン酸リチウムの結晶構造に取り込むものではないことが開示されていると主張する。

しかしながら,ナトリウムが結晶構造中に取り込まれる乙18文献の実施例3のスピネル型マンガン酸リチウムを再現し,水洗前後のナトリウム含有率を比較する実験(以下「控訴人実験(2)」という。)では,水洗により相当程度の割合でナトリウムが除去される(乙60。ナトリウム含有率は,水洗前で0.273%,水洗後で0.0818%である。)。

そうすると,そもそも「結晶構造中に取り込まれていないナトリウムは水洗で除去され,結晶構造中に取り込まれているナトリウムは水洗しても残存する」という技術常識が存在するとはいえない。

また,本件明細書の実施例と同じ条件で行われた実験においても,ナトリウム含有率は,被控訴人実験(2)(甲12)では,水洗前で0.18%,水洗後で0.018%であり,控訴人実験(2)(乙60)では,水洗前で0.207%,水洗後で0.0656%であった。

そうすると,水洗後のナトリウム含有率は,その絶対値によっても,水洗前の値との比によっても,水洗しても残存するナトリウムが存在することを示すのに十分に高い値であるから,仮に,「結晶構造中に取り込まれているナトリウムは水洗しても残存する」とすれば,結晶構造中にナトリウムが取り込まれていることになる。この点,被控訴人による実験結果によっても,原子吸光分析の定量下限を考慮すれば,水洗後のナトリウム含有率をゼロとみなすことはできない。

したがって,これと矛盾する事項を追加する訂正事項3は,新たな技術的事項を導入するものに当たる。

(4)  争点(9)(控訴人が控訴人方法2を使用しているか)

(被控訴人の主張)

争点(1)及び(6)についての被控訴人の主張のとおり,控訴人は,本件発明1の技術的範囲に属する控訴人方法1を使用している。

そして,控訴人方法2は,控訴人方法1の内容に加え,①二酸化マンガンをナトリウム化合物で中和後のpHの上限を,「7.5以下」と特定し(以下「pH上限の特定事項」という。),②リチウム原料について,「電解二酸化マンガンとリチウム原料のリチウム/マンガン モル比が0.5~0.6であるように」と特定し(以下「リチウム原料の特定事項」という。),③製造されるスピネル型マンガン酸リチウムについて,「(結晶構造中にナトリウムを実質的に含むものを除く。)」ものに限定する(以下「除くクレームに係る特定事項」という。)ものである。

この点,控訴人方法は,次のとおり,pH上限の特定事項,リチウム原料の特定事項及び除くクレームに係る特定事項をいずれも充足するから,控訴人は控訴人方法2を使用していることとなる。

ア pH上限の特定事項について

控訴人の製造する製品のナトリウム含有率は約0.2wt%でpHは2.5~3.5と判断されるから,控訴人方法は,pHの上限が「7.5以下」を充足する。

イ リチウム原料の特定事項について

控訴人の製造する製品(マックス製リチウムイオン電池(以下「マックス電池」という。)に用いられているマンガン酸リチウム)のLi/Mnモル比は0.52である(甲13)。また,控訴人自身による「Li,Mn,Alの組成(モル比)」は「Li:Mn:Al=1.06:1.83:0.1」である旨の説明によれば,Li/Mnモル比は約0.58となる。

したがって,控訴人方法は,「電解二酸化マンガンとリチウム原料のリチウム/マンガン モル比が0.5~0.6であるように」との点を充足する。

ウ 除くクレームに係る特定事項について

控訴人の製造する製品(マックス電池におけるマンガン酸リチウム)に対して,水洗前後におけるナトリウムの含有量を測定する水洗実験(以下「被控訴人実験(3)」という。)を行ったところ,ナトリウム含有量は,水洗前が0.17%,水洗後は0.009%であった(甲13)。この実験結果は,控訴人の製造する製品では,ナトリウムは水洗で除去されること,すなわち,ナトリウムは結晶構造中に実質的に含まれていないことを示すものである。

したがって,控訴人方法により製造されたマンガン酸リチウムは,「(結晶構造中にナトリウムを実質的に含むものを除く。)」を充足するものに当たる。

エ マックス電池に用いられているマンガン酸リチウムが控訴人製造のものであること

マックス電池とは,マックス株式会社(以下「マックス社」という。)が製造販売する電動工具のバッテリーとして使用されている,株式会社GSユアサ(以下「GSユアサ」という。)が製造したリチウムイオン電池であり,控訴人がGSユアサに小型民生用電池用のマンガン酸リチウムを販売していることは,控訴人自身が認めるところである。また,マックス電池におけるマンガン酸リチウムは,粒子形状が球形のものであるところ,日本国内において,粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを販売しているのは控訴人だけである。これらに照らせば,マックス電池として使用されているGSユアサ販売のリチウムイオン電池におけるマンガン酸リチウムは,控訴人が製造したものである。

これに対し,控訴人は,粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを販売している会社は,控訴人のみならず,日亜化学工業株式会社(以下「日亜化学工業」という。),大研化学工業株式会社(以下「大研化学工業」という。)及びPOSCOES MATERIALS社(以下「POSCO社」という。)があるなどとして,マックス電池におけるマンガン酸リチウムが控訴人の製造する製品であるか定かではないと主張する。しかしながら,日亜化学工業販売のマンガン酸リチウムはその全てが三洋電機に納入されていること,大研化学工業販売のマンガン酸リチウムは2011年当時は販売実績がなかったこと,POSCO社によるマンガン酸リチウムの製造販売は2012年以降であることからすると,これらの会社のマンガン酸リチウムがマックス電池に用いられる余地はない。したがって,同電池に使用されているマンガン酸リチウムが控訴人の製品であることは明らかである。

(控訴人の主張)

控訴人によって製造されるスピネル型マンガン酸リチウムは「(結晶構造中にナトリウムを実質的に含むものを除く。)」(除くクレームに係る特定事項)を充足するものではないから,控訴人が控訴人方法2を使用しているということはできない。

すなわち,控訴人によるマンガン酸リチウムの製造方法が除くクレームに係る特定事項を充足する根拠である被控訴人実験(3)(甲13)において用いられたマックス電池におけるマンガン酸リチウムが,控訴人が製造したものであるかどうかは,次のとおり定かではない。そして,被控訴人は他に控訴人方法が除くクレームに係る特定事項を充足することの証拠を提出しないから,控訴人方法は同特定事項を充足するものではないというほかない。

ア GSユアサがマックス電池を製造販売しているとの立証がないこと

控訴人が,その製造するマンガン酸リチウムを小型民生用電池の材料としてGSユアサに販売していることは認めるが,GSユアサがマックス電池を製造販売しているかどうかは控訴人の知り得る事実ではなく,不知である。そして,GSユアサがマックス電池を製造販売していることの立証はない。

イ 粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを製造販売しているのは控訴人のみではないこと

被控訴人は,粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを製造販売しているのは控訴人のみであると主張するが,被控訴人は,国内でリチウムイオン二次電池用の正極活物質市場においてマンガン酸リチウムを販売している全ての会社のうち,粒子形状が球形のものを販売しているのが控訴人だけであることを立証していない。実際に,粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを製造販売している会社には,控訴人のほか,日亜化学工業,大研化学工業及びPOSCO社があるから,国内のリチウムイオン二次電池用のマンガン酸リチウムを製造販売している全ての会社のうち,控訴人のみが粒子形状が球形のものを販売しているという事実はない。

(5)  争点(10)(控訴人方法2が訂正発明1の技術的範囲に属するか)

(被控訴人の主張)

控訴人方法2は,次のとおり,訂正発明1の構成要件を全て充足し,同発明の技術的範囲に属する。

ア 構成要件A’について

控訴人方法2における電解二酸化マンガンは,「(電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムの含有量を0.12ないし1重量%としたもの)」であるから,構成要件A’を充足する。

イ 構成要件Bについて

控訴人方法2が,構成要件Bを充足することは明らかである。

ウ 構成要件C’について

控訴人方法2は,「上記マンガンの3ないし10モル%がアルミニウムで置換されるようにアルミニウム化合物とを加えて混合し」というものであるから,構成要件C’を充足する。

エ 構成要件Dについて

争点(1)及び(6)についての被控訴人の主張のとおり,控訴人方法1における「を加えて混合し,750℃以上の温度で焼成して,」が本件発明1の構成要件Dを充足する以上,これと同一内容の特定事項を有する控訴人方法2は,訂正発明1の構成要件Dを充足する。

オ 構成要件E’について

争点(9)についての被控訴人の主張のとおり,控訴人の製造する製品(マックス電池におけるマンガン酸リチウム)に対する被控訴人実験(3)の結果に照らして,控訴人によるマンガン酸リチウムの製造方法は,控訴人方法2の「スピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムを実質的に含むものを除く。)を製造する方法。」に当たり,訂正発明1の構成要件E’を充足する。

(控訴人の主張)

控訴人方法2は,次のとおり,訂正発明1の構成要件を充足せず,同発明の技術的範囲に属しない。

ア 構成要件Dについて

争点(6)についての控訴人の主張のとおり,控訴人方法1の「混合し」は本件発明1の構成要件Dを充足しない以上,これと同様に,控訴人方法2の「混合し」は,訂正発明1の構成要件Dを充足しない。

イ 構成要件E’について

争点(9)についての控訴人の主張のとおり,被控訴人実験(3)(甲13)において用いられたマックス電池におけるマンガン酸リチウムは,控訴人が製造したものであるかどうか定かではない。

したがって,控訴人方法は,控訴人方法2の「スピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムを実質的に含むものを除く。)を製造する方法。」に当たらず,訂正発明1の構成要件E’を充足しない。

(6)  争点(11)(訂正発明1に係る特許に進歩性欠如の無効理由があるか)

(控訴人の主張)

訂正事項1ないし3に係る訂正発明1の発明特定事項は,いずれも乙11文献に記載され,あるいは,同文献から容易に想到し得るものである。また,訂正発明1は当業者の予測し得ない顕著な効果を奏するものでもない。

したがって,訂正発明1は進歩性を欠く。

ア 訂正事項1について

「pHを…7.5以下とする」との点は,乙11文献に記載がないものの,電解二酸化マンガンについて,中和によりどの程度のpHとするかは,ナトリウムの単なる量的条件の決定にすぎず,乙11発明の解決手段を具現化する中で適宜選択される最適条件にすぎないから,pHを7.5以下とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。また,pHを7.5以下とすることに特段の技術的意義があるわけでもないから,pHの上限値を規定することは,当業者が適宜行うことができることにすぎない。

イ 訂正事項2について

「アルミニウム元素」で置換することは,乙11文献の表1の実施例に記載されており,訂正発明1と乙11発明との一致点である。

ウ 訂正事項3について

訂正事項3は,被控訴人が,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを含むものを除く。)」とせずに「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」としていることや,被控訴人が,「本件発明の製造方法に従ってナトリウム中和の電解二酸化マンガンを使用して製造したマンガン酸リチウム」について,結晶構造中に取り込まれるナトリウムが皆無でないことを認めていることからすると,訂正発明1は,ナトリウムを結晶構造中から排除するのではなく,むしろ,ナトリウムを(わずかな量でも)積極的に結晶構造中に取り込ませる発明であると解される。

そうすると,訂正発明1についても,本件発明1と同様に,スピネル型マンガン酸リチウムであって,その原料として電解二酸化マンガンを用いる乙11発明において,高温保存性やサイクル特性を向上させるために,ナトリウムを取り込むという広く知られた手段(乙18)を用いることとし,その際,水酸化ナトリウムで中和することによってナトリウムを含有することが広く知られている電解二酸化マンガンを原料として利用すること(乙15)に着目し,これを原料として使用することでLiMn1.85Li0.1Al0.05O4の結晶構造中にナトリウムを取り込み,それによりマンガンの溶出を抑制することは,当業者が容易に想到することであり,その際,結晶構造中のナトリウムの含有量を規定することは,高温保存性やサイクル特性の向上と他の特性等とを鑑み,当業者が適宜設定する事項である。

したがって,訂正事項3に係る訂正発明1の発明特定事項は,当業者が容易に想到し得る。

これに対し,被控訴人は,訂正発明1においては結晶構造中にナトリウムが全く含まれないことを前提に,訂正発明1に進歩性があると主張するが,本件明細書の実施例と同様にして行われた実験によれば水洗してもナトリウムが残存するから,その前提において誤りである。

エ 効果の顕著性について

本件明細書からは,訂正事項1ないし3に係る訂正発明1の発明特定事項により,当業者の予測し得ない顕著な効果が奏されることを,何ら読み取ることができない。

被控訴人は,自らの実験(甲14。以下「被控訴人実験(4)」という。)結果を根拠に,顕著な効果の存在を主張するが,進歩性判断においては,明細書に記載されていない作用効果の主張は参酌することができないから,被控訴人の上記主張は失当である。また,同実験における実験1は,ナトリウム含有率を0.2%としたほかは,本件明細書の実施例1ないし6及び比較例1と同様の条件において行われた実験であるが,初期放電容量及び高温保存容量維持率の点で,明らかに異常な値を示しており,到底参酌できない。

(被控訴人の主張)

ア 乙11発明に乙15文献及び乙18文献に記載された事項を組み合わせても,訂正発明1の構成に至らないこと

訂正発明1と乙11発明の間には,相違点1のほかに,「訂正発明1は,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く」のに対し,乙11発明はかかる事項を発明特定事項として有していない点」との相違点(この相違点を,以下「相違点2」という。)が存在する。

そして,訂正発明1は,結晶構造中にナトリウム又はカリウムを実質的に含まない(主に非水溶性のナトリウム化合物の状態で,原料である電解二酸化マンガンの表面に存在する。)ことを明確にしており,乙18文献記載の結晶構造中にナトリウム(Na2SO4)を取り込むとの技術的事項とは技術思想を異にする。

また,乙15文献の記載内容は,380℃程度の比較的低温で焼成される「LixMnOy(ただし,原子比x,yは0.05≦x≦0.35,1.8≦y≦2.0を示す)」に限った知見であり,これとは焼成温度も組成も明確に異なる,750℃以上で焼成されるスピネル型(Li0.5MnO2)マンガン酸リチウムに適用することはできない。さらに,乙15文献に記載されたLi0.35MnO1.87に対する水洗実験である被控訴人実験(2)では,水洗前後でナトリウムの含有量に変化はなく(いずれも0.18%),乙15発明においては,結晶構造中にナトリウムが取り込まれていることが示されている(甲12)。

したがって,訂正発明1は,結晶構造中にナトリウム又はカリウムを実質的に含まない点で乙15文献や乙18文献に記載された事項とは異なるから,乙11発明にこれらの文献に記載された事項を組み合わせても,相違点2に係る訂正発明1の構成に至ることはできない。

イ 訂正発明1が顕著な効果を奏すること

訂正発明1の実施例のマンガン酸リチウムと,マンガンの一部をアルミニウムで置換した乙11発明と乙18文献記載事項の組合せに係るマンガン酸リチウムとを比較した被控訴人実験(4)では,訂正発明1の初期放電容量は21~28%高く,高温保存容量維持率は13ポイント高い結果となっている(甲14)。

このように,訂正発明1の効果は,乙11発明に乙18文献記載事項を組み合わせたものと比較しても非常に優れており,予測し得ない顕著なものである。

(7)  争点(12)(訂正発明1に係る特許に明確性要件違反,実施可能要件違反及びサポート要件違反の無効理由があるか)

(被控訴人の主張)

ア 訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載が明確性要件を充足すること「実質的に」という文言は,本質的な内容を示す等の目的で特許請求の範囲の記載に慣用されており,明確性要件が否定されずに特許が付与された請求項は多数存在する。そして,本件明細書の表1に,ナトリウムを置換元素としていないマンガン酸リチウムが示されているし,また,かかる構成を充足するかどうかは,水洗実験を用いる等の技術常識に基づいて判断することができるから,訂正発明1における「実質的に」との文言は明確である。

したがって,訂正発明 1 の請求項に「実質的に」との記載があることを理由に,明確性要件を充足しないとの控訴人の主張は誤りである。

イ 本件明細書は,訂正発明 1 につき実施可能要件を充足すること

本件明細書によれば,表1に記載された各実施例のマンガン酸リチウムは,結晶構造中にナトリウム又はカリウムを実質的に含むものを除くマンガン酸リチウムであることが理解でき,その製造方法は,本件明細書の段落【0030】ないし【0050】に記載されているから,本件明細書には,訂正発明1を実施することができる程度に明確かつ十分な記載がある。

ウ 訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足すること

訂正発明1の特許請求の範囲における「混合」の記載がサポート要件を充足することは,争点(7)についての被控訴人の主張と同様である。

(控訴人の主張)

ア 訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載が明確性要件を充足しないこと訂正発明1は,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との発明特定事項を有するが,「実質的に含む」というあいまいな文言について,本件明細書には定義もなく,いかなる方法により結晶構造中に含まれるナトリウム等の量を測定し,いかなる量であれば「実質的に含む」に該当するのかを説明する記載もないから,第三者は,「実質的に含む」の意義を全く理解できない。

したがって,上記発明特定事項を含む訂正発明1に係る請求項の記載は,特許法36条6項2号所定の明確性要件を充足しない。

イ 本件明細書は,訂正発明1につき実施可能要件を充足しないこと

訂正発明1は,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との発明特定事項を有するが,いかなる方法により結晶構造中に含まれるナトリウム等の量を測定し,いかなる量であれば「実質的に含む」に該当するのかについて,本件明細書の発明の詳細な説明の欄には何ら記載がない。

そうすると,当業者は,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」に該当するスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法を使用できないから,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

したがって,本件明細書は,訂正発明1につき特許法36条4項(平成6年改正法)の実施可能要件を充足しない。

ウ 訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足しないこと

訂正発明1の特許請求の範囲における「混合」の記載がサポート要件を充足しないことは,争点(7)についての控訴人の主張と同様である。

(8)  争点(13)(控訴人方法3が訂正発明4の技術的範囲に属するか)

(被控訴人の主張)

控訴人方法3は,控訴人方法1の内容に加え,二酸化マンガンをナトリウム化合物で中和後のpHの上限を「7.5以下」と特定し(pH上限の特定事項),リチウム原料について「電解二酸化マンガンとリチウム原料のリチウム/マンガン モル比が0.5~0.6であるように」と特定する(リチウム原料の特定事項)ものである。

この点,控訴人の製造する製品のナトリウム含有率がpH上限の特定事項を充足すること,また,控訴人方法がリチウム原料の特定事項を充足することは,争点(9)についての被控訴人の主張のとおりであるから,控訴人は控訴人方法3を使用している。

そして,控訴人方法3は,訂正発明4の構成要件を充足し,同発明の技術的範囲に属する。

ア 構成要件4A’について

控訴人方法3における電解二酸化マンガンは,「(電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムの含有量を0.12ないし1重量%としたもの)」であるから,構成要件4A’を充足する。

イ 構成要件4B’について

控訴人方法3は,「電解二酸化マンガンとリチウム原料のリチウム/マンガンモル比が0.5~0.6であるようにリチウム原料と」というものであるから,構成要件4B’を充足する。

ウ 構成要件4C’について

控訴人方法3は,「上記マンガンの3ないし10モル%がアルミニウムで置換されるようにアルミニウム化合物とを加えて混合し」というものであるから,構成要件4C’を充足する。

エ 構成要件4D’及び4E’について

争点(1)及び(6)についての被控訴人の主張と同様に,控訴人方法3は,訂正発明4の構成要件4D’及び4E’を充足する。

(控訴人の主張)

争点(6)についての控訴人の主張と同様に,訂正発明4の構成要件4D’の「混合」は乾式のもののみを指すから,湿式の混合のみを用いる控訴人方法3は,訂正発明4の構成要件4D’を充足しない。

したがって,控訴人方法3は,訂正発明4の技術的範囲に属しない。

(9)  争点(14)(訂正発明4に係る特許に進歩性欠如の無効理由があるか)

(控訴人の主張)

訂正発明4は,本件発明4の発明特定事項に,「pHを2以上とする」を「pHを2以上7.5以下とする」とする限定及び「アルミニウム,マグネシウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の元素」を「アルミニウム元素」とする限定を加えたものである。

そして,訂正発明1と同様,「pHを…7.5以下とする」との点は,当業者が適宜行うことができることにすぎず,「アルミニウム元素」で置換することは,訂正発明4と乙11発明との一致点である。加えて,「pHを…7.5以下とする」との発明特定事項により,当業者の予測し得ない顕著な効果が奏されることは,本件明細書からは何ら読み取ることができない。

したがって,訂正発明4は,乙11発明を主引例として,当業者が容易に発明をすることができたものである。

これに対し,被控訴人は,訂正発明4においては結晶構造中にナトリウムが全く含まれないことを前提に,訂正発明1と同様,訂正発明4に進歩性があると主張する。

しかしながら,被控訴人は,Li/Mnモル比を0.50~0.60とすると結晶構造中にナトリウムを取り込まないことについて,何ら立証しておらず,本件明細書の実施例と同様にして行われた各種実験によれば,水洗してもナトリウムが残存する。

したがって,被控訴人の上記主張は,その前提において誤りである。

(被控訴人の主張)

訂正発明4は,マンガンに対してリチウム・リッチ(Li/Mnモル比が0.5以上)であるとの発明特定事項を有するところ,マンガン酸リチウムの製造をリチウム・リッチの状態で行うと,焼成時に,電解二酸化マンガンとリチウムが十分に反応するので,ナトリウムが反応して結晶構造中に取り込まれる余地がなくなる。すなわち,訂正発明4も,訂正発明1と同様,実質的には結晶構造中にナトリウムを含まないことを明確化するものである。

したがって,訂正発明1が,争点(11)についての被控訴人の主張のとおり,乙11発明を主引例として当業者が容易に発明をすることができたものではない以上,訂正発明4も,訂正発明1と同様,乙11発明を主引例として当業者が容易に発明をすることができたものではない。

加えて,訂正発明4は,Li/Mnモル比が0.50~0.60に限定されているので,Li/Mnモル比が0.05~0.35という低い領域で規定され,ナトリウム中和の電解二酸化マンガンからナトリウムが結晶構造中のリチウムサイトに取り込まれると考えられる乙15発明との相違は,より一層明確になっている。

(10)  争点(15)(訂正発明4に係る特許にサポート要件違反の無効理由があるか)

(被控訴人の主張)

訂正発明4の特許請求の範囲における「混合」の記載がサポート要件を充足することは,争点(7)についての被控訴人の主張と同様である。

(控訴人の主張)

訂正発明4の特許請求の範囲における「混合」の記載がサポート要件を充足しないことは,争点(7)についての控訴人の主張と同様である。

第4当裁判所の判断

被控訴人は,本件特許について本件訂正を行ったことに伴い,従前の特許発明に基づく請求を維持したまま,限定的減縮を行った訂正後の発明に基づいて予備的請求を行うところ,特許権者が自らの意思に基づいて訂正請求等を行う以上,特許権に基づく侵害訴訟においても,これを訂正の再抗弁として位置付けて,訂正後の発明に基づく請求のみを審理判断すべきものと解されるが,本件では,後記のとおり訂正発明1に係る訂正自体が不適法であることから,予備的請求1だけでなく主位的請求についても審理判断することとする。なお,予備的請求2については,被控訴人の主張のとおり,訂正後の請求項4に基づく請求を,訂正の再抗弁として位置付けて審理判断する。

そして,当裁判所は,主位的請求については,控訴人は本件発明1の技術的範囲に属する控訴人方法1を使用していると認められる(争点(1)及び(6))が,本件発明1に係る特許には新規性欠如の無効理由はない(争点(2))ものの,進歩性欠如の無効理由がある(争点(3))と判断する。また,予備的請求1については,訂正発明1に係る本件訂正は不適法であり許容されない(争点(8))上,控訴人が控訴人方法2を使用しているとは認め難い(争点(9))と判断する。さらに,予備的請求2については,控訴人方法3は訂正発明4の技術的範囲に属すると認められる(争点(13))ものの,訂正発明4に係る特許にも進歩性欠如の無効理由がある(争点(14))と判断する。

以上の次第で,その余の争点について判断するまでもなく,被控訴人の主位的請求並びに予備的請求1及び2はいずれも理由がない。

その理由は,次のとおりである。

1  本件明細書及び乙11文献の記載事項

(1)  本件明細書の記載事項

本件明細書には,次の記載がある(甲1の2)。

【0001】

【発明の属する技術分野】

本発明はスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法に関し,詳しくは,非水電解質二次電池用正極材料とした時に,マンガンの溶出量を抑制し,高温保存特性,高温サイクル特性等の電池の高温特性を向上させたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法に関する。

【0002】

【従来の技術および発明が解決しようとする課題】

近年のパソコンや電話等のポータブル化,コードレス化の急速な進歩によりそれらの駆動用電源としての二次電池の需要が高まっている。その中でも非水電解質二次電池は最も小型かつ高エネルギー密度を持つため特に期待されている。上記の要望を満たす非水電解質二次電池の正極材料としてはコバルト酸リチウム(LiCoO2),ニッケル酸リチウム(LiNiO2),マンガン酸リチウム(LiMn2O4)等がある。これらの複合酸化物はリチウムに対し4V以上の電圧を有していることから,高エネルギー密度を有する電池となり得る。

【0003】

上記の複合酸化物のうちLiCoO2,LiNiO2は理論容量が280mAh/g程度である。

これに対し,LiMn2O4は148mAh/gと小さいが原料となるマンガン酸化物が豊富で安価であることや,LiNiO2のような充電時の熱的不安定性がないことから,EV用途に適していると考えられている。

【0004】

しかしながら,このスピネル型マンガン酸リチウム(LiMn2O4)は,高温においてMnが溶出するため,高温保存性,高温サイクル特性等の高温での電池特性に劣るという問題がある。

【0005】

以上述べた事情に鑑み,本発明は,非水電解質二次電池用正極材料とした時に,充電時のマンガン溶出量を抑制し,高温保存性,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法および該マンガン酸リチウムからなる正極材料,並びに該正極材料を用いた非水電解質二次電池を提供することを課題とする。

【0006】

【課題を解決するための手段】

スピネル型マンガン酸リチウムは,マンガンもしくはリチウムの一部をさまざまな元素で置換することにより高温での電池特性改善がなされている。このスピネル型マンガン酸リチウムは,一般的にマンガン原料,リチウム原料に置換する元素を含む化合物を加え,混合,焼成して得られている。また,電解二酸化マンガンは安価,豊富であることから,スピネル型マンガン酸リチウムのマンガン原料として好適である。

通常,電解二酸化マンガンは電解後に,マンガン乾電池用途にはアンモニア中和を,アルカリマンガン電池用途にはソーダ中和がそれぞれ施される。ソーダ中和された電解二酸化マンガン中には少量のナトリウムが残留することが知られており,このナトリウム量は中和条件に依存する。また,ナトリウムで中和する代わりにカリウムで中和を行った場合も同様に電解二酸化マンガン中には少量のカリウムが残留し,このカリウム量は中和条件に依存する。

【0007】

本発明者らは,電解二酸化マンガンの中和条件と,置換する元素に着目し,これらを特定することにより,得られたスピネル型マンガン酸リチウムが上記目的を達成し得ることを知見した。

【0008】

かかる知見に基づく第1の発明によるスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法は,電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上とする共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,リチウム原料と,上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム,マグネシウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,750℃以上の温度で焼成することを特徴とする。

【0014】

【発明の実施の形態】

以下,本発明のスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法を詳細に説明する。

【0015】

本発明において,スピネル型マンガン酸リチウムのマンガン原料として,電解二酸化マンガンを用いる。

【0016】

本発明における電解二酸化マンガンは,次の方法によって得られるがこれに限定されるものではない。例えば,電解液として所定濃度の硫酸マンガン溶液を用い,陰極にカーボン板,陽極にチタン板を用い,加温しつつ,一定の電流密度で電解を行い,陽極に二酸化マンガンを電析させる。次に,電析した二酸化マンガンを陽極から剥離し,所定粒度,好ましくは平均粒径5~30μmに粉砕するのが好ましい。

【0017】

ここで,平均粒径を5~30μmとするのは,非水電解質二次電池では,正極材料が膜厚100μm程度の厚膜に加工されるため,粒度が大きすぎるとひび割れ等を発生し,均一な厚膜が形成しにくかり,平均粒径として5~30μmの電解二酸化マンガンを原料としてスピネル型マンガン酸リチウムを合成すると,追加の粉砕なしに,製膜に適した正極材料となり得るからである。

こうして微粒の電解二酸化マンガンをナトリウムもしくはカリウムにて中和すると,ナトリウムもしくはカリウムがより均一に分布しやすくなるものと推定される。

【0018】

この所定粒度に粉砕された電解二酸化マンガンは,ナトリウムもしくはカリウム中和後,水洗,乾燥する。ナトリウムもしくはカリウム中和としては,具体的にはそれぞれの水酸化物または炭酸塩で中和される。なお,粉砕,中和の順序は特に限定されず,中和後,粉砕してもよい。

【0019】

中和された電解二酸化マンガンのpHは2以上,好ましくは2~7.5,さらに好ましくは2~5.5とするのがよい。これはpHが高いほど,高温でのマンガン溶出量は低減されるが,初期放電容量が減少するので,pHを7.5程度とするのがよく,一方pHが2未満ではその効果は不十分であるからである。

【0020】

本発明では,この電解二酸化マンガン,リチウム原料にマンガンの一部をアルミニウム,マグネシウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の置換する元素を含む化合物を加え混合し,焼成してスピネル型マンガン酸リチウムを得る。この電解二酸化マンガンとリチウム原料だけを混合した場合や,この電解二酸化マンガン以外のマンガン原料,例えばアンモニア中和した電解二酸化マンガンなどと,リチウム原料とマンガンの一部を置換する元素を含む化合物を加え混合,焼成したスピネル型マンガン酸リチウムではその効果は不十分である。

【0021】

リチウム原料としては,炭酸リチウム(Li2CO3),硝酸リチウム(LiNO3),水酸化リチウム(LiOH)等が挙げられる。電解二酸化マンガンとリチウム原料のLi/Mnモル比は0.50~0.60が好ましい。

【0022】

マンガンの一部を置換する元素を含む化合物としては,アルミニウム,マグネシウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,の酸化物もしくは水酸化物が挙げられる。また,その置換量は,マンガンの0.5~15モル%である。これは置換量が15モル%を超える場合には,高温でのマンガン溶出量は低減されるが,初期容量が減少するので,好ましくなく,一方置換量が0.5モル%未満では効果は十分ではないからである。

【0023】

これら電解二酸化マンガン,リチウム原料およびマンガンの一部を置換する元素を含む化合物は,より大きな反応面積を得るために,原料混合前あるいは後に粉砕することも好ましい。また,秤量,混合された原料はそのままでもあるいは造粒してもよい。

【0024】

本発明の造粒方法は,特に限定されるものではないが,湿式でも乾式でもよく,押し出し造粒,転動造粒,流動造粒,混合造粒,噴霧乾燥造粒,加圧成型造粒,あるいはロール等を用いたフレーク造粒でもよい。

【0025】

このようにして得られた原料は焼成炉内に投入され,750~1000℃で焼成することによって,スピネル型マンガン酸リチウムが得られる。

単一相のスピネル型マンガン酸リチウムを得るには500℃程度でも十分であるが,焼成温度が低いと粒成長が進まないので,本発明では750℃以上の焼成温度,好ましくは850℃以上の焼成温度が必要となる。ここで用いられる焼成炉としては,例えばロータリーキルンあるいは静置炉等が例示される。

また,焼成時間は均一な反応を得るため1時間以上,好ましくは5~20時間とするのがよい。

【0026】

このようにして異種元素を置換したスピネル型マンガン酸リチウムが得られる。この異種元素を置換したスピネル型マンガン酸リチウムは非水電解質二次電池の正極材料として用いられる。

【0027】

本発明の非水電解質二次電池では,上記正極材料とカーボンブラック等の導電材とテフロンバインダー等の結着剤とを混合して正極合剤とし,また,負極にはリチウム合金,またはカーボン等のリチウムを吸蔵,脱蔵できる材料が用いられ,非水系電解質としては,六フッ化リン酸リチウム(LiPF6 )等のリチウム塩をエチレンカーボネート-ジメチルカーボネート等の混合溶媒に溶解したもの,あるいはそれらをゲル状電解質にしたものが用いられるが,特に限定されるものではない。

【0028】

本発明の非水電解質二次電池は充電状態でのマンガンの溶出を抑制することができるので,高温保存,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させることができる。

【0029】

【実施例】

以下,実施例等に基づき本発明を具体的に説明するが,本発明は特にこれに限定されるものではない。

【0030】

[実施例1]

マンガンの電解度として,硫酸濃度50g/l,マンガン濃度40g/lの硫酸マンガン水溶液を調製した。この電解液の温度を95℃となるように加温して,陰極にカーボン板,陽極にチタン板を用いて,60A/m2の電流密度で電解を行った。次いで,陽極に電析した二酸化マンガンを剥離し,7mm以下のチップに粉砕し,さらにこのチップを平均粒径約20μmに粉砕した。

【0031】

この二酸化マンガン10kgを20リットルの水で洗浄し,洗浄水を排出後,再度20リットルの水を加えた。ここに水酸化ナトリウム30gを溶解し,攪拌しながら24時間中和処理し,水洗,濾過後,乾燥(50℃,12時間)した。得られた粉末について,JIS K 14677-1984に従って測定したpHおよびナトリウム含有量を「表1」に示す。

【0032】

この平均粒径約20μmの二酸化マンガン950gに水酸化アルミニウム41.7g(マンガンの5モル%を置換)を加え,さらにLi/Mnモル比が 0.54となるように炭酸リチウムを加えて混合し,箱型炉中,850℃で20時間焼成してスピネル型マンガン酸リチウムを得た。置換した元素および置換基を「表1」に示す。

【0033】

このようにして得られたスピネル型マンガン酸リチウムを80重量部,導電剤としてカーボンブラック15重量部および結着剤としてポリ四フッ化エチレン5重量部を混合して正極合剤を作製した。

【0034】

この正極合剤を用いて図1に示すコイン型非水電解質二次電池を作製した。すなわち,耐有機電解液性のステンレス鋼製の正極ケース1の内側には同じくステンレス鋼製の集電体3がスポット熔接されている。集電体3の上面には上記正極合剤からなる正極5が圧着されている。正極5の上面には,電解液を含浸した微孔性のポリプロピレン樹脂製のセパレータ6が配置されている。正極ケース1の開口部には,下方に金属リチウムからなる負極4を接合した封口板2が,ポリプロピレン製のガスケット7を挟んで配置されており,これにより電池は密封されている。封口板2は,負極端子を兼ね,正極ケース1と同様のステンレス鋼製である。電池の直径は20mm,電池総高1.6mmである。電解液には,エチレンカーボネートと1,3-ジメトキシエタンを等体積混合したものを溶媒とし,これに溶質として六フッ化リン酸リチウムを1mol/リットル溶解させたものを用いた。

【0035】

このようにして得られた電池について充放電試験を行った。充放電試験は20℃において行われ,電流密度を0.5mA/cm2とし,電圧4.3Vから3.0Vの範囲で行った。また,この電池を4.3Vで充電し,80℃の環境下で3日間保存した後,これらの電池の放電容量を容量維持率として電池の保存特性を確認した。初期放電容量および高温保存容量維持率の測定結果を「表1」に示す。

(判決注・以下,段落【0036】ないし【0063】に,実施例2ないし26及び比較例1ないし3の内容についての記載があり,実施例1ないし16の結果が下記【表1】に,実施例17ないし26及び比較例1ないし3の結果が下記【表2】に示されている。)

【表1】

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【発明の効果】

以上説明したように,本発明の製造方法で得られたスピネル型マンガン酸リチウムを非水電解質二次電池用正極材料として用いることによって,充電時のマンガン溶出量を抑制し,高温保存特性,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させ,また電流負荷率を改善することができる。

(2)  乙11文献の記載事項

乙11文献には,次の記載がある(乙11)。

【特許請求の範囲】

【請求項1】一般式Li[Mn2-x-yLixMey]O4(0<x≦0.2,0<y≦0.2,Me:Al,Co,Cr,Fe,Ni,Mg,Ti)で表される非水電解液二次電池用正極材料。

【請求項2】一般式Li[Mn2-x-yLixMey]O4(0<x≦0.2,0<y≦0.2,Me:Al,Co,Cr,Fe,Ni,Mg,Ti)で表される非水電解液二次電池用正極材料の製造方法であって,まずLi以外の元素を含む原料を混合し,続いてLi塩を投入して再度混合することを特徴とする非水電解液二次電池用正極材料の製造方法。

【請求項3】請求項1記載の非水電解液二次電池用正極材料を用いた非水電解液二次電池。

【発明の詳細な説明】

【0001】

【産業上の利用分野】本発明は,リチウム二次電池で代表される,非水電解液二次電池に用いられる正極材料としてのLi-Mn複合酸化物,及びその製造方法及びこれを用いた電池に関するものである。

【0002】

【従来技術】近年,AV機器あるいはパソコン等の電子機器のポータブル化,コードレス化が急速に進んでおり,これらの駆動用電源として小型,軽量で高エネルギー密度を有する二次電池への要求が高い。このような要求に対し,非水系二次電池,特にリチウム二次電池は,とりわけ高電圧,高エネルギー密度を有する電池としての期待が大きい。これらの要求を満たすリチウム二次電池用の正極材料としてリチウムをインターカレーション,デインターカレーションすることのできるLiCoO2,LiNiO2あるいはこれらの酸化物に遷移金属元素を一部置換した複合酸化物などの層状化合物の研究開発が盛んに行われている。

【0003】また,層状構造を持たないが,LiCoO2等と同様の4V級の高電圧を有する安価な材料として,Li-Mn複合酸化物であるLiMn2O4が,また電圧は約3Vと若干低いLiMnO2の開発も進められている。しかし,これらLi-Mn複合酸化物をリチウム二次電池用の正極材料として用いた場合,従来のLiCoO2やLiNiO2を正極材料として用いた場合に比較してサイクル特性に劣るという問題があった。この対策として,Mnの一部をLiで置換したり,Alで置換するという方法も試みたが,ある程度の改善は得られるものの充分ではない。また,電池容量も小さいという問題があった。

【0004】

【発明が解決しようとする課題】本発明は,高容量でサイクル特性に優れた非水電解液二次電池用正極材料及びその製造法及びこれを用いた電池を提供することを目的とする。

【0005】

【課題を解決するための手段】よって,本発明は,一般式Li[Mn2-x-yLixMey]O4(0<x≦0. 2,0<y≦0.2,Me:Al,Co,Cr,Fe,Ni,Mg,Ti)で表される非水電解液二次電池用正極材料である。また,本発明は,一般式Li[Mn2-x-yLixMey]O4(0<x≦0. 2,0<y≦0.2,Me:Al,Co,Cr,Fe,Ni,Mg,Ti)で 表される非水電解液二次電池用正極材料の製造方法であって,まずLi以外の元素を含む原料を混合し,続いてLi塩を投入して再度混合することを特徴とする非水電解液二次電池用正極材料の製造方法である。また,本発明は,上記非水電解液二次電池用正極材料を用いた非水電解液二次電池である。

【0006】x値が0.2以上では,初期容量の低下が大きく,またy値が0.2以上でも同様に初期容量の低下が大きい。

【0007】

【実施例】以下,実施例,比較例に基づいて本発明を具体的に説明する。なお,本発明は以下に示す原料,電池構成等に限定されるものではない。

【0008】実施例1

電解二酸化マンガンと,水酸化アルミニウムをMn:Al=1.85:0.05となるように混合し,続いて,炭酸リチウムを,Li:Mn=1.1:1.85となるように秤量し,ボールミルで混合後,電気炉中で800℃で20時間焼成し,解砕してLi-Mn複合酸化物を生成した。このLi-Mn複合酸化物を正極材料としてコイン電池を作製し,放電試験を行い,初期容量及びサイクル特性を測定し,その結果を表1に示す。なお,コイン電池の正極合剤として,このLi-Mn複合酸化物85重量部に対して,アセチレンブラック10重量部およびフッ素樹脂系結着剤5重量部の割合で混合したものを加重3tで加圧成型してペレットとしたものを用いた。電解液としてはプロピレンカーボネートと1,2-ジメトキシエタンの1:1の混合溶媒中に1モル・/lになるようテトラフルオロホウ酸リチウム(LiBF4)を溶解したものを用い,セパレーターに含ませて使用した。負極材としては金属リチウムを用いた。

【0009】

【表1】

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【0015】

【発明の効果】以上説明したように,本発明によれば,高容量でサイクル特性に優れた非水電解液二次電池用正極材料及びその製造法及びこれを用いた電池を提供することができる。

2  争点(1)(ホウ酸添加工程を伴う製造方法の構成要件D及びEの充足性)について

原判決を次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第3の1(原判決14頁10行目から17頁6行目まで)記載のとおり,控訴人方法1は本件発明1の構成要件D及びEを充足すると認められるから,これを引用する。

(1)  原判決14頁10行目,同頁20行目,同頁22行目,同15頁5行目,同頁11行目,同頁16行目,同16頁13行目,同頁22行目から23行目にかけて,同17頁2行目の「本件発明」を,いずれも「本件発明1」と改める。

(2)  原判決15頁12行目の「被告方法」を「控訴人方法」と,同行目の「被告製品」を「控訴人方法により生産されたスピネル型マンガン酸リチウム」とそれぞれ改める。

(3)  原判決17頁3行目及び同頁5行目の「被告方法」を「控訴人方法1」と,同頁6行目の「別紙被告製品目録記載の被告製品」を「別紙物件目録1記載のスピネル型マンガン酸リチウム(控訴人製品1)」とそれぞれ改める。

3  争点(6)(「混合」の意義及び控訴人方法が「混合」を充足するか)について

被控訴人は,本件発明1の構成要件Dの「混合」が湿式及び乾式の両方の方式を含むと主張するのに対し,控訴人は,上記「混合」は乾式のものを指し,湿式による混合のみを用いる控訴人方法は上記構成要件を充足しない旨主張する。

(1)  本件特許の特許請求の範囲の記載において,「混合」を湿式あるいは乾式のいずれかに限定する記載はない。

そして,証拠(甲1の2,14,20,乙45,65ないし72)及び弁論の全趣旨によれば,スピネル型マンガン酸リチウムを製造するに当たっての原料の混合方法には,電解二酸化マンガンや水酸化アルミニウム,炭酸リチウムを乾燥状態のまま混合する方式(乾式)と,イオン交換水に水酸化リチウムを加え,撹拌しながら酸化アルミニウムや電解二酸化マンガンなどを加えて混合する方式(湿式)があることが認められるところ,本件出願当時,これらの方式のいずれかが原料の混合の際に通常用いられるものであるとか,これらの方式のいずれかが他方よりも混合方式として優れているといった技術常識が存在したことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,どちらの方式も,原料の混合方法として一般的に用いられ,当業者においてスピネル型マンガン酸リチウムの製造に当たって適宜選択される事項にすぎないものと認められる。

さらに,本件明細書の記載を見ても,原料の混合方法が乾式あるいは湿式のどちらかの方式に特に限定されるとか,どちらかの方式を採用した場合には発明の作用効果を奏しないなどといった記載は見当たらない。

以上によれば,上記特許請求の範囲における「混合」は,乾式及び湿式の双方を指すものと理解するのが相当であるから,控訴人方法における原料の混合方法が湿式のみであるとしても,上記「混合」に当たると認められる。

(2)  控訴人は,本件明細書には原料の混合方法について乾式の混合のみが開示されていること,湿式による混合では高温保存特性の向上という発明の効果を奏しないことから,構成要件Dにおける「混合」は乾式の混合を意味すると主張する。

ア 本件明細書には,【発明の実施の形態】として,所定粒度に粉砕された電解二酸化マンガンは,ナトリウム又はカリウム中和後,水洗,乾燥されること(段落【0018】),この電解二酸化マンガン,リチウム原料にマンガンの一部をアルミニウム等から選ばれる少なくとも1種以上の置換する元素を含む化合物を加え混合し,焼成してスピネル型マンガン酸リチウムを得ること(段落【0020】),秤量,混合された原料はそのままでもあるいは造粒してもよく(段落【0023】),造粒方法は特に限定されるものではないが,湿式でも乾式でもよいこと(段落【0024 】)などの記載がある。また,【実施例】として,二酸化マンガンを水で洗浄し,洗浄水を排出後,ここに再度水を加えて水酸化ナトリウムを溶解し,撹拌しながら中和処理し,水洗,濾過後,乾燥し,得られた二酸化マンガンに水酸化アルミニウム,炭酸リチウムを加えて混合し,焼成してスピネル型マンガン酸リチウムを得たこと,30の実施例及び3つの比較例の全てにおいて,上記と同様の方法によりスピネル型マンガン酸リチウムの合成を行ったことが記載されている(以上につき,段落【0030】ないし【0070】)。

しかしながら,本件明細書の上記記載に照らすと,中和処理した二酸化マンガンは他の原料との混合前に乾燥されるとの記載はあるものの,混合それ自体を乾式で行う旨が明記されているわけではない。そして,混合後の造粒については湿式でも乾式でもよいことが記載されていることに照らしても,混合を湿式で行うことが明らかに排除されているとは解し難い。

イ 控訴人従業員作成の試験報告書(乙65。これに係る実験を,以下「控訴人実験(3)」という。)には,各種原料の混合を乾式ではなく湿式としたほかは本件明細書の実施例と同様の条件で作製したスピネル型マンガン酸リチウムについて,高温保存容量維持率が向上しないことが確認された旨の部分がある。

しかしながら,上記実験結果は,本件出願当時の技術常識を示すものではなく,本件明細書には湿式の混合方式を採用した場合には発明の作用効果を奏しないなどといった記載が見当たらないのは前記のとおりである。したがって,本件発明1の構成要件Dの「混合」の意義を明らかにするに当たり,上記実験結果を参酌することは相当でないというべきである。

ウ 以上によれば,控訴人の上記主張は,いずれも採用することができない。

4  争点(2)(本件発明1の新規性欠如の有無)について

原判決を次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第3の2(原判決17頁8行目から同19頁9行目まで)記載のとおり,本件発明1は新規性を有するものであるから,これを引用する。

原判決17頁8行目から15行目までを,次のとおり改める。

「(1) 被控訴人は,控訴人方法が本件発明1の技術的範囲に属し,本件特許権を侵害すると主張するのに対し,控訴人は,特許無効の抗弁として,本件発明1に係る特許には新規性欠如の無効理由があると主張する。そこで,以下,この点について検討する。

この点,前記1(2)のとおりの乙11文献の記載内容(段落【0008】及び【表1】)に照らして,乙11文献には,次の発明が開示されているものと認められる(乙11発明)。

「電解二酸化マンガンと,水酸化アルミニウムをMn:Al=1.85:0.05となるように混合し,続いて,炭酸リチウムを,Li:Mn=1.1:1.85となるように秤量し,ボールミルで混合後,電気炉中で800℃で20時間焼成し,解砕するLiMn1.85Li0.1Al0.05O4で表される非水電解液二次電池用正極材料の製造方法。」」

5  争点(3)(本件発明1の進歩性欠如の有無)について

控訴人は,特許無効の抗弁として,本件発明1は,乙11文献を主引用例とし,乙15文献及び乙18文献を副引用例として,当業者が容易に発明をすることができたから,本件発明1に係る特許には進歩性欠如の無効理由があると主張する。そこで,以下,この点について検討する。

(1)  本件発明1と乙11発明との一致点及び相違点について

ア 本件発明1と乙11発明との一致点

原判決「事実及び理由」第2の1(2)イのとおりの本件発明1と,前記4のとおりの乙11発明とを対比すると,一致点は次のとおりである。

「電解二酸化マンガンに,炭酸リチウムと,上記マンガンの2.7モル%がアルミニウム置換されるように水酸化アルミニウムとを加えて混合し,800℃の温度で焼成するスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」

イ 本件発明1と乙11発明との相違点

本件発明1と乙11発明との相違点は,次のとおりである(控訴人主張の相違点1と同じ。)。

電解二酸化マンガンに関し,本件発明1は「電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした」ものであるのに対し,乙11発明はかかる事項を発明特定事項としていない点。

(2)  検討

ア 発明の課題について

前記1(1)のとおりの本件明細書の記載によれば,本件発明1は,非水電解質二次電池の正極材料として用いられるスピネル型マンガン酸リチウム(LiMn2O4)が,高温においてマンガンが溶出するため,高温保存性,高温サイクル特性等の高温での電池特性に劣るとの課題に対し,充電時のマンガン溶出を抑制し,高温保存性,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法を提供することを目的とするものである。

この点,次の公知文献の記載に照らすと,非水電解質二次電池の正極材料としてスピネル型マンガン酸リチウム(LiMn2O4)を用いた場合に,充電した電池の高温環境下での保存や充放電の繰り返しによる電池容量の低下が,マンガンの溶出により生じることは,本件出願当時の技術常識であったと認められる。したがって,マンガンの溶出を抑制することにより,高温保存性やサイクル特性等を向上させることは,当業者にとって周知の課題であったと認められる。

そして,乙11発明は,LiMn1.85Li0.1Al0.05O4で表される非水電解液二次電池用正極材料に関するものであり,LiMn2O4におけるマンガンの一部をリチウム及びアルミニウムで置換したスピネル型マンガン酸リチウムの一種であるから,マンガンの溶出量を抑制することにより高温保温性やサイクル特性を向上させるとの前記の周知課題が存在することは,当業者にとって明らかである。

(ア) 乙16文献(特開平11-71115号公報)

「…近年,LiMn2O4構造中のMnが,リチウム二次電池正極として充放電を行うと,有機電解液中で溶出することがわかった。さらに,本発明者らの実験では,電解液系の種類にもよるが,充放電を行わなくとも,有機電解液中でLiMn2O4を85℃で保存しただけでも構造中のMn量が1mol%程度も溶出し,溶出後には正極材料としての特性が著しく低下することがわかった。」(段落【0005】)

(イ) 乙18文献(特開平11-45702号公報)

「…LiMn2O4は充放電により結晶構造が歪んだ際に,Liイオンが安定な形で結晶構造の中に取り込まれてしまうため,充放電を繰り返すうちにLiイオンが放出されにくくなり,これがサイクル特性の劣化につながることが知られている。また,充放電を繰り返すことによりMn原子が電解質層に溶出する現象も知られている。そこで,添加元素を用いて結晶構造の安定性を高め,サイクル特性を改善することが提案されている。たとえば特開平2-278661号公報には,LiMn2O4のMn原子の一部をCo,Niなどの元素と置換する方法が開示されているが,必ずしも十分な改善効果を得るには至っていない。」(段落【0006】)

「【発明の実施の形態】本発明者らは,LiMn2O4にナトリウム,ナトリウム化合物,アンモニウム化合物から選ばれる少なくとも1種類の添加剤を添加した正極活物質を用いて正極を作製し,さらにこれを用いてリチウム二次電池を構成すると,添加剤を使用しない場合に比べてサイクル特性が著しく改善されることを見出し,本発明を提案するに至ったものである。この改善効果は,上記の添加剤がLiイオンの移動を容易にしたり,あるいはMnの溶出を抑制することに起因する。」(段落【0009】)

(ウ) 乙53文献(特開平11-71114号公報)

「…LiCoO2を代替する正極活物質として,LiNiO2で表されるリチウムニッケル複合酸化物,およびLiMn2O4で表されるリチウムマンガン複合酸化物が検討されている。…」(段落【0004】)

「しかしながら,リチウムマンガン複合酸化物を正極活物質として用いた二次電池は,充放電サイクル耐久特性が充分でない。すなわち,繰り返し充放電を行うと,電池の充放電電気容量が劣化するという難点がある。この現象は,…リチウムマンガン複合酸化物に関する以下の性質に由来するものと考えられる。」(段落【0005】)

「その第一は,特に電池の放電時に,電極表面において,下式の不均化反応

2Mn3+→Mn4++Mn2+

が生じ,その結果生成するMn2+イオンが電解液中へ溶出するという性質である。これは不可逆反応であり,従って,Mn2+イオンが電解液中へ溶出すると,リチウムマンガン複合酸化物結晶は劣化することになる。」(段落【0006】)

(エ) 乙54文献(特開平10-334918号公報)

「化学量論組成のLiMn2O4で表されるリチウムマンガン複合酸化物は,充放電時や保存時高温にさらされると,マンガンが溶出し結晶構造が破壊され,電池としての容量が低下する。これに対し,600~900℃の特定の焼成条件でマンガンの一部をリチウムで置換したものは,結晶が安定化し,マンガンの溶出が減少し高温でのサイクル時に容量の低下が少なくなる。」(【0007】)

イ 課題の解決手段について

(ア) 乙18文献には,次の記載がある。

「リチウム二次電池の正極活物質としては,…一般式LiMO2(Mは金属原子)で表される層状の複合酸化物や,一般式LiMn2O4で表されるスピネル構造の複合酸化物が提案されている。…これらの複合酸化物は,構成金属元素の炭酸塩,水酸化物,硝酸塩等を出発原料として,高温で焼成することにより合成することができる。」(段落【0003】)

「【発明の実施の形態】本発明者らは,LiMn2O4にナトリウム,ナトリウム化合物,アンモニウム化合物から選ばれる少なくとも1種類の添加剤を添加した正極活物質を用いて正極を作製し,さらにこれを用いてリチウム二次電池を構成すると,添加剤を使用しない場合に比べてサイクル特性が著しく改善されることを見出し,本発明を提案するに至ったものである。この改善効果は,上記の添加剤がLiイオンの移動を容易にしたり,あるいはMnの溶出を抑制することに起因する。」(段落【0009】)

「上記添加剤は,LiMn2O4と単に物理的に混合されていても構わないが,少なくとも一部がLiMn2O4の結晶構造中に取り込まれるようにしてもよい。単に物理的な混合物を調製する場合は,LiMn2O4の微粒子と添加剤とを均一に混合・分散させればよく,また添加剤をLiMn2O4の結晶構造中に取り込ませる場合には,LiMn2O4の原料物質を混合する段階で添加剤も加えてから焼成を行うとよい。添加剤は,正極活物質に対してナトリウム・イオンまたはアンモニウム・イオンが0.01~0.3モル%の濃度範囲で添加されていることが特に好適である。0.01モル%よりも少ないと所望の添加効果が得られず,0.3モル%を超えるとLiMn2O4の結晶構造が壊れやすくなったり,Liイオンの移動が妨げられやすくなるおそれが大きい。」(段落【0010】)

「上記ナトリウム化合物および前記アンモニウム化合物としては,水酸化物,炭酸塩,硫酸塩を用いることができるが,特に硫酸塩,すなわち硫酸ナトリウムと硫酸アンモニウムが好適である。これは,硫酸塩が充放電特性に影響を及ぼさず,また,非水電解質を分解する原因となる水分等の生成物と反応して分解を抑制するためである。」(段落【0011】)

「上記複合酸化物には,Li,Mn以外に結晶構造を安定化させるための第3の元素を添加しても良い。この場合の複合酸化物は一般式LiMn2-yXyO4で表され,Xは遷移金属元素またはB,Mg,Al,Si,Pのいずれかを表し,yは0≦y≦1.0を満たす実数である。」(段落【0013】)

「実施例3

本実施例では,正極活物質LiMn2O4と添加剤Na2SO4とを焼成混合し,LiMn2O4の結晶構造中にNa2SO4を取り込んだ正極を作製した。すなわち,LiOH・H2O,MnO2,Na2SO4の3者を,焼成後のLi:Mn:Naのモル比が1:1.98:0.02の割合となるように混合し,470℃,12時間の第1段階焼成と,750℃,24時間の第2段階焼成とを経てLiMn2O4とNaの焼成物を得た。この焼成物の平均粒径は3.0μm,最大粒径は8μmであった。」(段落【0025】)

(イ) 乙15文献(特開平9-73902号公報)には,次の記載がある。

「【従来の技術】…」(段落【0002】)「非水溶媒二次電池の正極活物質としては,従来よりバナジウム酸化物,コバルト酸化物,マンガン酸化物が用いられている。中でも,マンガン酸化物は,他の活物質に比べて環境汚染の恐れが少なく,豊富に存在し,かつ安価であるという理由から近年特に注目されている。」(段落【0003】)

「前記マンガン酸化物としては,二酸化マンガンに硝酸リチウムあるいは水酸化リチウムを反応させてこの二酸化マンガン中にリチウムを導入することにより得られるリチウムマンガン複合酸化物が知られている。前記二酸化マンガンは,酸性溶液中で生成した電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和することにより得られる。その結果,前記二酸化マンガンはナトリウムを含有する。このような二酸化マンガンを原料にしてリチウムマンガン複合酸化物を作製すると,前記二酸化マンガン中のナトリウムはこの複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出サイトに取込まれる。このため,二酸化マンガンの生成工程において中和剤をアンモニアに変更する等によりナトリウムが含まれてない二酸化マンガンを生成し,この二酸化マンガンからリチウムマンガン複合酸化物を作製することが行われている。前記ナトリウムを含まないリチウムマンガン複合酸化物を活物質とする正極を備えた非水溶媒二次電池は,充放電サイクル寿命が改善される。」(段落【0004】)

(ウ) 前記(ア)によれば,乙18文献には,リチウム二次電池の正極活物質として用いられるLiMn2O4を作製する際に,原料物質を混合する段階で,ナトリウムの水酸化物,炭酸塩,硫酸塩などの添加剤を加えて焼成を行うことで,LiMn2O4の結晶構造中にナトリウムが取り込まれ,それによりマンガンの溶出が抑制されること,この場合,LiMn2O4に第3の元素を添加して,LiMn2-yXyO4(ただし,Xは遷移金属元素又はB,Mg,Al,Si,Pのいずれかを表し,yは0≦y≦1.0を満たす実数である。)としてもよいことが記載されている。

また,前記(イ)によれば,乙15文献には,従来技術として,酸性溶液中で生成した電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和することにより得られた二酸化マンガンは,ナトリウムを含有すること,このような二酸化マンガンを原料にしてリチウムマンガン複合酸化物を作製すると,二酸化マンガン中のナトリウムは,リチウムマンガン複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出サイトに取り込まれることが記載されている。

ウ 相違点に係る本件発明1の構成の容易想到性について

前記イ(ウ)のとおり,マンガンの溶出を抑制することによって高温保存性やサイクル特性を向上させるという周知の課題について,スピネル型マンガン酸リチウム又はこのマンガンを第3元素で置換した複合酸化物の結晶構造中に,ナトリウムが取り込まれることによってマンガンの溶出を抑制することができる,という手段が知られており(乙18),さらに,水酸化ナトリウムで中和した電解二酸化マンガンにはナトリウムが含有されており,このような電解二酸化マンガンをリチウムマンガン複合酸化物の原料として用いた場合(乙15)に,この電解二酸化マンガンに含有されていたナトリウムがリチウムマンガン複合酸化物の結晶構造中に取り込まれることも,広く知られていたといえる。

そうすると,電解二酸化マンガンを原料に用いるスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法である乙11発明において,高温保存性やサイクル特性を向上させるという前記の周知課題の解決のために,ナトリウムを取り込むという広く知られた手段を用いることとし,その際,水酸化ナトリウムで中和することによってナトリウムを含有することが広く知られている電解二酸化マンガンを原料として利用すること(乙15)に着目し,これを原料として使用することでLiMn1.85Li0.1Al0.05O4の結晶構造中にナトリウムを取り込み,それによりマンガンの溶出を抑制することは,当業者が容易に想到することであると認められる。

また,電解二酸化マンガンについて,中和によりどの程度のpHとするか,また,ナトリウムの含有量をどの程度とするかは,ナトリウムの単なる量的条件の決定にすぎず,上記解決手段を具現化する中で適宜選択される最適条件にすぎないから,pHを2以上とするとともに,ナトリウムの含有量を0.12~2.20重量%とすることも,当業者が容易に想到することであるといえる。

(3)  被控訴人の主張について

ア 被控訴人は,本件発明1は高い初期放電容量と高温特性の向上の両立を課題としており,マンガンの溶出を抑制することにより高温保存性やサイクル特性を向上させる周知技術とは課題が異なると主張する。

しかしながら,前記1(1)によれば,本件明細書には,「…スピネル型マンガン酸リチウム(LiMn2O4)は,高温においてMnが溶出するため,高温保存性,高温サイクル特性等の高温での電池特性に劣るという問題がある。」(段落【0004】),「本発明は,非水電解質二次電池用正極材料とした時に,充電時のマンガン溶出量を抑制し,高温保存性,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法…を提供することを課題とする。」(段落【0005】),「本発明の製造方法で得られたスピネル型マンガン酸リチウムを非水電解質二次電池用正極材料として用いることによって,充電時のマンガン溶出量を抑制し,高温保存特性,高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させ,また電流負荷率を改善することができる。」(段落【0072】)などの記載があるから,これらの記載に照らし,本件発明1が,高温下におけるマンガンの溶出を抑制して高温保存性や高温でのサイクル特性等の向上を課題とすることは,明らかである。

一方,本件明細書には,「中和された電解二酸化マンガンのpHは2以上,好ましくは2~7.5,さらに好ましくは2~5.5とするのがよい。これはpHが高いほど,高温でのマンガン溶出量は低減されるが,初期放電容量が減少するので,pHを7.5程度とするのがよく,一方pHが2未満ではその効果は不十分であるからである。」(段落【0019】)との記載があり,全ての実施例及び比較例において,初期放電容量と高温保存容量維持率が測定され,その結果が【表1】に記載されている。

しかしながら,仮に,非水電解質二次電池の初期放電容量の低下を防ぐことが,本件発明1の課題に含まれていたとしても,当業者が,乙11発明において高温保存性やサイクル特性を向上させるという前記の周知課題の解決のために,ナトリウムで中和した電解二酸化マンガンを原料として利用することでLiMn1.85Li0.1Al0.05O4の結晶構造中にナトリウムを取り込み,それによりマンガンの溶出を抑制することに容易に想到することができる以上,本件発明1がそれとは別の課題をも有することは,かかる容易想到性の存否を左右するものではない。

したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

イ 被控訴人は,乙15文献に記載されたリチウムマンガン複合酸化物は,スピネル型マンガン酸リチウムとは結晶構造が相違する上,焼成温度も本件発明1のものとは異なるから,乙15文献記載のリチウムマンガン複合酸化物の結晶構造中にナトリウムが取り込まれるからといって,原子配置や原子密度が異なるスピネル型においても同じようにナトリウムが取り込まれるとはいえず,さらに,乙15文献記載の方法により作製されたリチウムマンガン複合酸化物において,初期放電容量と高温保存容量維持率がいかなる特性を示すのか不明であると主張する。

この点,乙15文献には,組成式をLixMnOy(ただし,原子比x,yは0.05≦x≦0.35,1.8≦y≦2.0を示す。)とするリチウムマンガン複合酸化物が開示され(【請求項2】,【請求項3 】),その原子比xを0.05未満にすると,前記複合酸化物の結晶構造が不安定なため,二次電池の充放電サイクル寿命が低下するおそれがあること,前記原子比xが0.35を越えると,前記複合酸化物の構造が変化するため,2V~3.4V電圧での電池容量が低下するおそれがあること,原子比yが上記範囲をはずれるリチウムマンガン複合酸化物は,合成が不可能であること(段落【0010】)などが記載されているほか,実施例に関して,「水酸化リチウム・一水塩(LiOH・H2O)とナトリウムを含有する二酸化マンガン(MnO2)をLiとMnのモル比が1:3となるように混合し,この混合物を110℃の温度で2時間脱水処理した後,これを380℃で20時間加熱することにより組成式がLi0.35MnO1.87で表されるリチウムマンガン複合酸化物を作製した。」(段落【0019】)などの記載がある。

これらの記載は,前記(2)イ(イ)のとおり引用した乙15文献の段落【0003】,【0004】から導かれる,酸性溶液中で生成した電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和することにより得られた二酸化マンガンは,ナトリウムを含有すること,このような二酸化マンガンを原料にしてリチウムマンガン複合酸化物(上記各段落には,これを特定の組成式のものに限定する記載はない。)を作製すると,二酸化マンガン中のナトリウムは,リチウムマンガン複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出サイトに取り込まれること,などの従来技術の存在を否定するものではなく,また,乙11発明にかかる従来技術を組み合わせることに当業者が想到することを阻害すべき事情とも認められない。

さらに,被控訴人は,乙15文献記載の方法により作製されたリチウムマンガン複合酸化物において初期放電容量と高温保存容量維持率がいかなる特性を示すのか不明であるとも主張するが,かかる事情もまた,乙11発明に上記従来技術を組み合わせることに当業者が想到することを阻害すべき事情とは認められない。

したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

ウ 被控訴人は,乙18文献に記載されているのはナトリウムを中和剤ではなく添加剤として用いる等の点で本件発明1の製法と異なるものであり,また,乙18文献記載の方法により作製されたスピネル型マンガン酸リチウムにおいて初期放電容量と高温保存容量維持率がいかなる特性を示すのか不明である,と主張する。

しかしながら,ナトリウムを添加剤として添加する場合と,電解二酸化マンガンの中和に用いる場合とで,焼成時のナトリウムの挙動に差異があることを示す技術常識が存在すると認めるに足りる証拠はない。そして,乙18文献及び乙15文献の開示を踏まえ,乙11発明のスピネル型マンガン酸リチウムの製造に際し,マンガンの溶出を抑制して高温保存性やサイクル特性を向上させるという周知の課題の解決のために,乙18文献に開示された,ナトリウムを添加剤として加えるという方法に代えて,電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和することによりナトリウムを含有させる方法を用いることは,格別の創意を要することではない。

さらに,被控訴人は,乙18文献記載のナトリウム添加量をもって,初期放電容量と高温保存容量維持率がいかなる特性を示すのか不明であるとも主張するが,かかる事情もまた,乙11発明に上記手段を組み合わせることに当業者が想到することを阻害すべき事情とは認められない。

したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

(4)  小括

以上によれば,本件発明1は,乙11発明に基づいて,これに乙18文献及び乙15文献に記載された事項を含む周知技術を適用して,当業者が容易に想到することができたものと認められるから,本件発明1に係る特許には,進歩性欠如の無効理由がある。

したがって,本件発明1に係る特許は無効にされるべきであるとの控訴人の抗弁は,理由がある。

6  争点(8)(訂正発明1に係る本件訂正の適法性)について

(1)  訂正事項3が本件明細書に記載された事項の範囲内のものであるかについて

本件発明1に係る特許に進歩性欠如の無効理由があることは,前記5のとおりであるが,この点につき,被控訴人は,本件訂正に係る訂正の再抗弁を主張し,控訴人方法2が,本件訂正後の請求項1の発明(訂正発明1)の技術的範囲に属すると主張する。

そして,被控訴人は,本件訂正における訂正事項3に係る「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との技術的事項は,本件明細書に開示されており,訂正事項3は,本件明細書に記載された事項の範囲内のものであると主張するのに対し,控訴人は,上記技術的事項は本件明細書に開示されておらず,訂正事項3はいわゆる新規事項の追加に当たるから,本件訂正は不適法であると主張する。

そこで,以下,この点について検討することとする。

ア 「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」の意義

訂正事項3は,本件発明1の請求項1に「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」とあるのを「スピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)の製造方法。」に訂正するものであり,スピネル型マンガン酸リチウムのうち結晶構造中にナトリウム又はカリウムを実質的に含むものは,本件発明1の製造方法により製造されるスピネル型マンガン酸リチウムから除かれることを明らかにするものである。

ここに「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」とは,LiMn2O4の結晶構造中に,ナトリウムやカリウムが,結晶構造中の原子と置換されるなどの態様により,「実質的に」存在する形態を指すと解される。一方,かかる「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」形態を除くスピネル型マンガン酸リチウムにおいて,電解二酸化マンガンの中和に用いられたナトリウムやカリウムがどのような形態で存在するのかについては,これを確定するに足りる証拠はなく,これについての何らかの技術常識があるとも認められないものの,LiMn2O4の結晶構造の外側に,ナトリウムやカリウムが何らかの形で存在する形態を指すものと一応解される。

イ 本件明細書の記載について

前記1(1)によれば,本件明細書には,二酸化マンガンの中和のために用いられるナトリウム又はカリウムが,中和後,二酸化マンガンとともに存在することについて,「通常,電解二酸化マンガンは電解後に,マンガン乾電池用途にはアンモニア中和を,アルカリマンガン電池用途にはソーダ中和がそれぞれ施される。ソーダ中和された電解二酸化マンガン中には少量のナトリウムが残留することが知られており,このナトリウム量は中和条件に依存する。また,ナトリウムで中和する代わりにカリウムで中和を行った場合も同様に電解二酸化マンガン中には少量のカリウムが残留し,このカリウム量は中和条件に依存する。」(段落【0006】),「…微粒の電解二酸化マンガンをナトリウムもしくはカリウムにて中和すると,ナトリウムもしくはカリウムがより均一に分布しやすくなるものと推定される。」(段落【0017】)と記載され,また,「本発明」の実施例1ないし26及び比較例1ないし3について,中和処理後の二酸化マンガンにおけるナトリウムやカリウムの含有量(重量%)が,【表1】及び【表2】に記載されている。

しかしながら,本件明細書には,スピネル型マンガン酸リチウムの製造過程において用いられる電解二酸化マンガンにおけるナトリウム又はカリウムの存在形態,あるいは,「本発明」における製造方法により得られるスピネル型マンガン酸リチウムにおけるナトリウム又はカリウムの存在形態を具体的に特定する記載や,これを示唆する記載は一切見当たらない。

したがって,本件明細書には,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」形態を除くスピネル型マンガン酸リチウムについて,少なくとも明示的な記載はないと認められる。

ウ 「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との事項が,本件明細書の記載から自明な事項であるか否か

次に,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との事項が,本件明細書の記載から自明な事項であるか,すなわち,本件出願時の技術常識に照らして,本件明細書に記載されているも同然であると理解することができるか否かについて検討する。

(ア) 本件発明1は,電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物又はカリウム化合物で中和し,所定のpH及びナトリウム又はカリウムの含有量とした電解二酸化マンガンに,リチウム原料と,アルミニウムその他特定の元素のうち少なくとも1種以上の元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,所定の温度で焼成して作製することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法であるところ,このような製造方法で製造したスピネル型マンガン酸リチウムにおいて,原料として用いられた電解二酸化マンガンの中和に用いられたナトリウム又はカリウムがどのような形態で存在するかについては,本件出願当時,少なくともこれがLiMn2O4の結晶構造中ではなく,その外側に存在するとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。

(イ) 一方,前記5(2)イ(ウ)及び同ウのとおり,乙18文献の記載に照らして,リチウム二次電池の正極活物質として用いられるLiMn2O4を作製する際に,ナトリウム,ナトリウム化合物,アンモニウム化合物などの添加剤を混合して焼成することにより,LiMn2O4の結晶構造中にナトリウムが取り込まれ,それによりマンガンの溶出が抑制されることが知られていたと認められ,また,乙15文献の記載に照らして,電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和することにより得られた二酸化マンガンは,ナトリウムを含有すること,このような二酸化マンガンを原料にしてリチウムマンガン複合酸化物を作製すると,二酸化マンガン中のナトリウムは,リチウムマンガン複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出サイトに取り込まれることが,広く知られていたと認められる。

そして,本件出願当時,中和剤あるいは添加剤として用いられたナトリウムが,焼成後のリチウムマンガン複合酸化物やスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることなく存在する場合があることや,その場合のナトリウムの具体的な存在形態を示す知見を認めるに足りる証拠はない。

(ウ) これらの事情に加え,ナトリウムを添加剤として添加する場合と,電解二酸化マンガンの中和に用いる場合とで,焼成時のナトリウムの挙動に差異があることを示す技術常識が存在すると認めるに足りる証拠はないことに照らせば,スピネル型マンガン酸リチウムの製造工程において用いられる電解二酸化マンガンをナトリウム又はカリウムで中和処理するとの本件明細書の記載に接した当業者は,中和処理に用いられたナトリウムやカリウムが,焼成後に得られるスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることをごく自然に理解するというべきである。これに対し,本件明細書の記載から,本件発明1の製造方法により製造されたスピネル型マンガン酸リチウムにおいて,ナトリウムやカリウムがLiMn2O4の結晶構造中ではなくその外側に存在することを,本件明細書に記載されているのも同然の事項として理解することは,到底できないというべきである。

さらに,「本発明」におけるスピネル型マンガン酸リチウムの製造の際に用いられる原料や製造工程の具体的な内容を含む本件明細書の記載を見ても,上記の理解を否定すべき事情は見当たらない。

エ 「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との技術的事項の開示の有無について

以上のとおり,本件明細書には,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」形態を除くスピネル型マンガン酸リチウムについて明示的な記載はなく,また,これが本件明細書の記載から自明な事項であるということもできないから,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との技術的事項が,本件明細書に記載されているということはできない。

したがって,訂正事項3に係る本件訂正は,本件明細書に記載された技術的事項の範囲内においてするものであるということはできない。

(2)  被控訴人の主張について

ア 被控訴人は,本件明細書中の置換元素に関する記載に照らして,本件明細書には訂正事項3に係る技術的事項の開示があると主張するとともに,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中にナトリウムが取り込まれていないことは,水洗実験によっても裏付けられると主張する。

この点,本件明細書に,ナトリウムやカリウムが置換元素として記載されていないこと,中和に用いられるナトリウムやカリウムの量は「含有量(重量%)」,置換するアルミニウムの量は「マンガン置換量(モル%)」として記載されていることは,被控訴人の指摘するとおりである。

しかしながら,前記(1)ウのとおり,中和剤あるいは添加剤として用いられたナトリウムが,焼成後のリチウムマンガン複合酸化物やスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることが知られており,それとは逆に結晶構造中に取り込まれることなく存在する場合があるとか,その存在形態が具体的にどのようなものであるかを示す知見を認めるに足りる証拠はないから,単にナトリウムやカリウムを置換元素として記載せず,「含有量(重量%)」により示したからといって,かかる記載に接した当業者が,ナトリウムやカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に実質的に含まれていないことを,記載されているのも同然のこととして理解するとはいえない。

また,被控訴人が指摘する水洗実験である被控訴人実験(2)及び(5)(甲12,18)については,これらの実験結果自体は事後的な検証であって,本件出願当時の技術常識を示すものではないから,これに基づいて,本件明細書に,ナトリウムやカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に実質的に含まれていないことが開示されていると理解することはできない。

したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

イ 被控訴人は,乙18文献及び乙15文献を根拠に,ナトリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれるとはいえないと主張する。

(ア) 乙18文献記載のスピネル型マンガン酸リチウムの製法は,ナトリウムを添加剤として用いる点で,本件明細書に開示されたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法とは異なるものである。

しかしながら,ナトリウムを添加剤として添加する場合と,電解二酸化マンガンの中和に用いる場合とで,焼成時のナトリウムの挙動に差異があることを示す技術常識が存在すると認めるに足りる証拠はないこと,中和剤あるいは添加剤として用いられたナトリウムが,焼成後のリチウムマンガン複合酸化物やスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることなく存在する場合があることや,その場合のナトリウムの具体的な存在形態を示す知見を認めるに足りる証拠はないことは前記のとおりであり,これらの事情に照らせば,本件明細書の記載に接した当業者において,中和処理に用いられたナトリウムやカリウムが,焼成後に得られるスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることを,ごく自然に理解するものといわざるを得ない。

これに対し,被控訴人は,乙18文献に,「正極活物質LiMn2O4と添加剤Na2SO4とを焼成混合し,LiMn2O4の結晶構造中にNa2SO4を取り込んだ正極を作製した。」(段落【0025】)との記載があるところ,マンガン酸リチウムのMnサイトの一部にナトリウム化合物(Na2SO4)が置換することはあり得ないとも主張する。

しかしながら,同段落には,上記記載に続けて,「すなわち,LiOH・H2O,MnO2,Na2SO4の3者を,焼成後のLi:Mn:Naのモル比が1:1.98:0.02の割合となるように混合し,470℃,12時間の第1段階焼成と,750℃,24時間の第2段階焼成とを経てLiMn2O4とNaの焼成物を得た。」(下線は当裁判所にて付した。)との記載がある。そして,乙18文献には,従来技術に関し,「添加元素を用いて結晶構造の安定性を高め,サイクル特性を改善することが提案されている。たとえば特開平2-278661号公報には,LiMn2O4のMn原子の一部をCo,Niなどの元素と置換する方法が開示されているが,必ずしも十分な改善効果を得るには至っていない。」(段落【0006】)との記載があり,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造の安定性を高めるため,添加元素を用いること,例えば,結晶構造を成す原子の一部を他の元素で置換する手法への言及があることや,結晶構造を成す元素イオン間の距離に照らして,結晶構造中に取り込まれるのは化合物そのものではなく元素であると考えるのが極めて自然であることからすれば,「LiMn2O4の結晶構造中にNa2SO4を取り込んだ」との記載に関しては,文言どおりではなく,LiMn2O4の結晶構造中に取り込まれるのはNa原子であると理解するのが合理的である。

したがって,上記の記載があることをもって,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中にナトリウムが取り込まれるものではないことが乙18文献に開示されているということはできず,被控訴人の上記主張は採用することができない。

(イ) 次に,スピネル型マンガン酸リチウムは,乙15文献に開示された「LixMnOy(但し,原子比x,yは0.05≦x≦0.35,1.8≦y≦2.0を示す)」に当たるものではない(スピネル型マンガン酸リチウムの組成式は,LiMn2O4すなわちLi0.5MnO2であり,上記原子比のyは充足するがxを充足しない。)ものの,そうであるからといって,前記5(2)イ(イ)のとおり引用した乙15文献の段落【0003】,【0004】から導かれる従来技術に関する記載を踏まえ,本件明細書の記載に接した当業者において,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中にナトリウムやカリウムが取り込まれるものとごく自然に理解することは,何ら否定されるものではない。

なお,乙15文献には,「…二酸化マンガン中のナトリウムはこの複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出サイトに取込まれる。」(段落【0004】)との記載があるところ,被控訴人は,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中のリチウムサイトにナトリウムが取り込まれることは不可能であると指摘する。

しかしながら,乙15文献の上記記載は,リチウムマンガン複合酸化物のマンガンサイトにナトリウムが取り込まれる可能性を否定する趣旨とは解されないから,当業者において,乙15文献の上記記載をもって,スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中にナトリウムが取り込まれる可能性が皆無であると予測することはできないというべきである。

したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

(3)  小括

以上のとおりであり,訂正事項3に係る本件訂正は,特許法134条の2第9項が準用する同法126条5項の要件を充足せず,不適法であるから,これが適法であることを前提とする,控訴人方法2が訂正発明1の技術的範囲に属するとの被控訴人の再抗弁は,理由がない。

7  争点(9)(控訴人が控訴人方法2を使用しているか)について

以上のとおり,訂正発明1に係る本件訂正は不適法であるが,被控訴人は,予備的請求1に係る再抗弁として,控訴人が控訴人方法2を使用しており,これが訂正発明1の技術的範囲に属する旨主張するので,以下,念のため検討する。

この点,控訴人方法2は,控訴人方法1に,pH上限の特定事項,リチウム原料の特定事項及び除くクレームに係る特定事項を加えたものであるところ,控訴人が控訴人方法1を使用していると認められることは,前記2のとおりである。そこで,控訴人方法が,pH上限の特定事項,リチウム原料の特定事項及び除くクレームに係る特定事項を充足するか否かについて,以下に検討する。

(1)  pH上限の特定事項について

控訴人従業員による実験(乙45。以下「控訴人実験(1)」という。)によれば,控訴人方法によってスピネル型マンガン酸リチウムを製造する際のNaによる中和処理後の二酸化マンガンのpHは,2.5ないし4.8であると認められるから,控訴人方法は,pH上限の特定事項,すなわち,pHの上限が「7.5以下」であるとの点を充足すると認められる。

(2)  リチウム原料の特定事項について

控訴人実験(1)(乙45)によれば,控訴人方法によってスピネル型マンガン酸リチウムを製造する際のLi,Mn,Alの組成(モル比)は,Li:Mn:Al=1.06:1.83:0.1と認められ(3頁の表1参照),これによれば,Li/Mnモル比は,1.06/1.83≒0.58となる。

したがって,控訴人方法は,リチウム/マンガンのモル比が0.5~0.6の数値範囲内にあると認められ,リチウム原料の特定事項,すなわち「電解二酸化マンガンとリチウム原料のリチウム/マンガン モル比が0.5~0.6であるように」との点を充足すると認められる。

(3)  除くクレームに係る特定事項について

ア 被控訴人は,控訴人の製造する製品が除くクレームに係る特定事項を充足するとの主張に沿う証拠として,被控訴人実験(3)の証明書(甲13)を提出する。そして,同証明書には,「マックス製リチウムイオン電池」(型式:JP-L719A,購入日:2011年10月6日)から正極活物質のサンプルを採取し,これを水洗する前のNaについて元素分析を行った上,これを水洗した後のLi,Mn,Al及びNaについてそれぞれ元素分析を行ったところ,その含有率は,Liが3.78%,Mnが57.38%,Alが1.41%,水洗前のNaが0.17%,水洗後のNaが0.009%とそれぞれ算出されたこと,これを前提に,リチウムとマンガンのモル比を算出すると,0.52となることなどが記載されている。

また,被控訴人は,マックス製リチウムイオン電池(マックス電池)に用いられている正極活物質中のマンガン酸リチウムが控訴人作成のものであるとの主張に沿う証拠として,被控訴人従業員作成の2012年10月16日付け報告書(甲2。以下「甲2報告書」という。),同日付け実験成績証明書(甲3。以下「被控訴人実験(1)証明書」という。)及び2015年10月13日付け報告書(甲34。以下「甲34報告書」という。)を提出する。

そして,甲2報告書には,国内のリチウムイオン二次電池用の正極活物質市場においてマンガン酸リチウムを販売している主な会社には,控訴人及び被控訴人のほかに日本電工株式会社及び戸田工業株式会社があるところ,これらの会社のうち粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを販売している会社が控訴人だけであること,マックス電池には球形のマンガン酸リチウムが使われているので,控訴人が製造販売したマンガン酸リチウムを用いて製造されていると思うこと,マックス電池は控訴人(製造販売)のマンガン酸リチウムを用いてGSユアサが製造販売したものと聞いていること,などの記載がある。

また,被控訴人実験(1)証明書には,「マックス製リチウムイオン電池」(型式:JP-L719A,購入日:2011年10月6日)の正極材を分析したところ,粒子形状が球形であること,スピネル構造のマンガン酸リチウムを含有することなどが確認されたとの記載がある。

さらに,甲34報告書には,①GSユアサ主体のリチウムエナジージャパン社(2007年設立)が使用するマンガン酸リチウムは,GSユアサが当時採用していた控訴人の製品を使用することに決定した旨の業界情報や,2004年のGSユアサのニュースリリースで,マックス社が電動工具のバッテリーとしてGSユアサのリチウムイオン電池「LM4」の採用を検討している旨の報告がされていること,控訴人が自らのホームページで紹介していたリチウムイオン二次電池正極材の名称は「LM-4」であり,GSユアサの資料にも「LM4」の名称のリチウムイオン電池を販売した旨の記載があることなどに照らして,マックス電池に使用されているマンガン酸リチウムは控訴人がGSユアサに販売したものであることは間違いないと思うこと,②株式会社富士経済の調査報告書によると,控訴人が球状のマンガン酸リチウムを販売していると述べる会社のうち,日亜化学工業のマンガン酸リチウムは三洋電機向け100%であること,大研化学工業はシェア欄に数値の記載がなく,当時は販売実績がなかったこと,POSCO社による量産開始は2012年以降と推測でき,それ以前に販売されているマックス電池には使用できないことから,これら3社製のマンガン酸リチウムがマックス電池に使用されていたことはないと思うこと,などの記載がある。

イ しかるに,控訴人が,GSユアサに対して小型民生用リチウムイオン電池の材料としてマンガン酸リチウムを販売していることに争いはないとしても,GSユアサによるマンガン酸リチウムの購入元が控訴人のみであるかどうかは定かではなく,また,被控訴人が被控訴人実験(1)証明書や被控訴人実験(3)の証明書に記載された分析のために入手したマックス電池として用いられているリチウムイオン電池が,GSユアサの製造販売したものであるかどうかについても,これを直接裏付ける証拠はない。

また,マンガン酸リチウムの粒子形状が球形であるとの点についても,かかる球形のマンガン酸リチウムを製造販売していたのが控訴人のみであったかどうかは,上記の証拠のみでは依然として定かではない。この点,甲34報告書には,株式会社富士経済作成の「電池関連市場実態総調査」の2012年版及び2013年版(同報告書に添付のもの)の記載内容に照らすと,球形のマンガン酸リチウムを製造する会社として控訴人が指摘する日亜化学工業,大研化学工業及びPOSCO社製造に係るマンガン酸リチウムがマックス電池に用いられる余地はないとする部分がある。しかしながら,そもそも粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを製造するのが,控訴人のほか上記3社のみであるかどうかについての確たる立証がない(控訴人の主張は,粒子形状が球形のマンガン酸リチウムを製造する会社として3社を例示するものであって,これら3社と控訴人に限られるとするものではない。)以上,甲34報告書の記載内容に照らしても,マックス電池に用いられていたとされる球形のマンガン酸リチウム(被控訴人実験(1)証明書参照)が,控訴人製造のものであることが十分に立証されたとはいえない。

ウ さらに,マンガン酸リチウムの結晶構造中にナトリウムが実質的に取り込まれているか否かが,水洗実験によるナトリウムの含有率の変動から直ちに判明するかどうかはさておくとしても,被控訴人実験(3)によれば,正極活物質のサンプル中のNaの含有率は,水洗後であっても0.009%と算出されており(甲13),微量ながらも依然としてナトリウムが残存していると認めることができる。そして,マンガン酸リチウムにおけるナトリウムの存在形態自体についての確たる立証がないことに照らしても,上記の含有率をもって,マンガン酸リチウムの結晶構造中にナトリウムが実質的に含まれていないと認めることは,困難であるといわざるを得ない。

エ したがって,被控訴人の提出する証拠によっては,控訴人によるスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法が,除くクレームに係る特定事項,すなわち「(結晶構造中にナトリウムを実質的に含むものを除く。)」を充足すると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(4)  小括

以上によれば,控訴人が控訴人方法2として特定される製造方法を用いてスピネル型マンガン酸リチウムの製造を行っていることが立証されたとはいえないから,この点からも,予備的請求1は理由がない。

8  争点(13)(控訴人方法3が訂正発明4の技術的範囲に属するか)について

被控訴人は,本件発明4を訂正発明4のとおり訂正することを前提とする訂正の再抗弁を主張し,控訴人方法3が訂正発明4の技術的範囲に属すると主張するのに対し,控訴人は,控訴人方法3の使用については明らかに争わないものの,同方法は訂正発明4の技術的範囲に属しないと主張する。

この点,訂正発明4の構成要件は,原判決「事実及び理由」第2の1(4)ウ(当審における補正後のもの)のとおりであり,別紙控訴人方法目録3のとおり特定された控訴人方法3と対比すると,控訴人方法3は訂正発明4の構成要件を全て充足し,その技術的範囲に属すると認められる。

9  争点(14)(訂正発明4に係る特許に進歩性欠如の無効理由があるか)について

控訴人は,再々抗弁として,訂正発明4もまた,乙11発明を主引例として当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する。そこで,以下,この点について検討する。

(1)  訂正発明4と乙11発明の一致点及び相違点

訂正発明4の内容は,原判決「事実及び理由」第2の1(4)イ(当審における補正後のもの)のとおりであり,これと前記4のとおりの乙11発明とを対比すると,一致点は次のとおりである。

「電解二酸化マンガンに,電解二酸化マンガンと炭酸リチウムとのLi/Mnモル比が0.59であるように炭酸リチウムと,上記マンガンの2.7モル%がアルミニウム置換されるように水酸化アルミニウムとを加えて混合し,800℃の温度で焼成するスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」

また,訂正発明4と乙11発明の相違点は,次のとおりである。

(相違点1’)

電解二酸化マンガンに関し,訂正発明4は,「電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした」ものであるのに対し,乙11発明はかかる事項を発明特定事項としていない点。

(2)  相違点1’に係る訂正発明4の構成の容易想到性について

前記5(2)ウのとおり,スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法であって,その原料として電解二酸化マンガンを用いる乙11発明において,高温保存性やサイクル特性を向上させるという周知課題の解決のために,ナトリウムを取り込むという広く知られた手段を用いることとし,その際,水酸化ナトリウムで中和することによってナトリウムを含有することが広く知られている電解二酸化マンガンを原料として使用すること(乙15)に着目し,これを原料として使用することでLiMn1.85Li0.1Al0.05O4の結晶構造中にナトリウムを取り込み,それによりマンガンの溶出を抑制することは,当業者が容易に想到することであると認められる。

また,電解二酸化マンガンについて,中和によりどの程度のpHとするか,ナトリウムの含有量をどの程度とするかは,ナトリウムの単なる量的条件の決定にすぎず,上記解決手段を具現化する中で適宜選択される最適条件にすぎないのも前記5(2)ウのとおりであるから,pHを2以上7.5以下とするとともに,ナトリウムの含有量を0.12~2.20重量%とすることも,当業者が容易に想到することであると認められる。

(3)  被控訴人の主張について

被控訴人は,訂正発明4は,マンガンに対してリチウム・リッチ(Li/Mnモル比が0.5以上)であるとの発明特定事項を有することにより,ナトリウムが結晶構造中に取り込まれる余地がなくなるから,訂正発明1と同様,実質的には結晶構造中にナトリウムを含まないものであるとし,訂正発明1と同様,乙11発明を主引用例とし,ナトリウム中和の電解二酸化マンガンからナトリウムが結晶構造中のリチウムサイトに取り込まれるとする乙15文献に記載された事項等を適用して,当業者が容易に発明をすることができたものではないと主張する。

しかしながら,Li/Mnモル比を0.5以上とすることにより,焼成時に,電解二酸化マンガンとリチウムが十分に反応し,ナトリウムが反応して結晶構造中に取り込まれる余地がなくなることを裏付けるに足りる証拠や,本件出願当時,かかる技術常識が存在したことを示す証拠はないから,被控訴人の上記主張は,その前提において採用することができない。

(4)  小括

以上によれば,訂正発明4は,乙11発明に基づいて,これに乙18文献及び乙15文献に記載された事項を含む周知技術を適用して,当業者が容易に想到することができたものと認められる。

したがって,訂正発明4に係る特許は進歩性欠如の理由により無効とされるべきであるとの控訴人の再々抗弁は,理由がある。

10  結論

以上の次第であるから,被控訴人の主位的請求並びに予備的請求1及び2は,いずれも理由がない。

よって,本件控訴に基づき,原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,同取消部分につき,被控訴人の請求をいずれも棄却するとともに,本件附帯控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 田中正哉)

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