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知財高等裁判所 平成26年(ネ)10083号 判決 2015年4月23日

控訴人兼附帯被控訴人

訴訟代理人弁護士

金子晃

島津守

梅津有紀

栗田祐太郎

福田恵太

被控訴人兼附帯控訴人

株式会社リコー

訴訟代理人弁護士

竹田稔

長谷川卓也

服部謙太朗

主文

1  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2  原判決主文1項中「746万7573円」とあるを「746万7574円」と更正する。

3  控訴費用は控訴人兼附帯被控訴人の負担とし,附帯控訴費用は被控訴人兼附帯控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人兼附帯被控訴人

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人兼附帯控訴人は,控訴人兼附帯被控訴人に対し,金5000万円及びこれに対する平成22年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人兼附帯控訴人

(1)  原判決中被控訴人兼附帯控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  控訴人兼附帯被控訴人の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人兼附帯控訴人(以下「被告」という。)の従業員であった控訴人兼附帯被控訴人(以下「原告」という。)が,被告に在籍中,被告の業務範囲に属し,かつ,原告の職務に属する「選択信号方式の設定方式」に関する発明をし,その特許を受ける権利を被告に承継させたとして,被告に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下「旧35条」といい,特許法は,単に「法」という。)3項に基づく相当の対価の一部として,5億円及びこれに対する催告の日の翌日である平成22年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原判決は,被告に対し,746万7574円(更正後)及びこれに対する平成22年5月20日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で,原告の請求を認容し,その余の原告の請求を棄却した。

これに対し,原告は,5000万円及びこれに対する平成22年5月20日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で原判決の変更を求めて一部控訴し,被告は,原判決中被告の敗訴部分を取り消し,原告の請求を棄却することを求めて附帯控訴した。

2  争いのない事実(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実を含む。)

(1)  当事者

被告は,光学機器,事務用機器,音響機器,電気機器,その他一般機械器具等の製造,販売,設置工事等を目的とする株式会社である。

原告は,昭和57年3月31日,被告に入社し,同年10月にファクシミリ事業部の設計部署に配属されて,プリンタの開発(ヒーターを制御する電気回路等の設計開発)に携わり,その後,昭和58年からビジネス用小型普通紙ファクシミリ装置の操作部の電気回路設計を担当するようになり,昭和59年頃には,ビジネス用ファクシミリ装置のNCU(ネットワークコントロールユニット:網制御装置)の電気回路設計を担当していた(乙3,5,弁論の全趣旨)。

原告は,平成14年4月に設計部門から知財部門に異動して知財業務を担当した後,平成22年3月31日に被告を退職した(甲62,弁論の全趣旨)。

(2)  原告の職務発明

原告は,昭和60年,被告の業務範囲に属し,かつ,原告の職務に属する「選択信号方式の設定方式」に関する発明(後記の本件発明)をし,そのころ,被告の発明取扱規定(乙44の1。以下「本件取扱規定」という。)に基づいて,これの特許を受ける権利を被告に承継した(弁論の全趣旨)。

(3)  本件発明に係る特許

ア 特許登録

被告は,昭和60年11月12日,発明の名称を「選択信号方式の設定方式」とし,特許請求の範囲を後記(ア)のとおりとする特許発明(請求項の数1)について特許出願をし(以下「本件特許出願」といい,この請求項に係る発明を「補正前発明」という。出願当時の明細書及び図面を「出願時明細書等」という。),昭和62年5月23日に公開,平成6年10月19日に公告がなされた。平成7年1月20日,平成6年法律第116号による廃止前の特許付与前異議が申し立てられ(以下「本件異議申立て」という。),被告は,同年10月4日付けの手続補正書により,特許請求の範囲を後記(イ)のとおりとすることを含む手続補正をし(上記補正書を「本件補正書」,この補正を「本件補正」という。),平成9年5月9日,設定登録を受けた(特許第2129298号。請求項の数1。以下「本件特許」といい,本件補正による補正後の請求項に係る特許発明を「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書及び図面(甲1),本件補正書(甲2)を合わせて「本件明細書等」という。)。(甲1,2,乙22の1・2,23,89の2,弁論の全趣旨)

(ア) 補正前発明の特許請求の範囲

「【請求項1】

電話回線を伝送回線として用いる通信装置の選択信号方式の設定方式において,複数の異なる信号方式の選択信号を発生する選択信号発生手段と,電話回線上のダイアルトーンを検出するダイアルトーン検出手段を備え,装置設置時に,上記選択信号発生手段から異なる種類の信号方式の選択信号を順次発生させ,その都度上記ダイアルトーン検出手段がダイアルトーンを検出しているかどうかを判別し,ダイアルトーンが検出されていないときに発生させた選択信号の信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定することを特徴とする選択信号方式の設定方式。」

(イ) 本件発明の特許請求の範囲(下線部は補正箇所)

「【請求項1】

電話回線を伝送回線として用いる通信装置の選択信号方式の設定方式において,複数の異なる信号方式の選択信号を発生する選択信号発生手段と,電話回線上のダイアルトーンを検出するダイアルトーン検出手段を備え,装置設置時に,上記選択信号発生手段から異なる種類の信号方式の選択信号を順次発生させ,その都度上記ダイアルトーン検出手段がダイアルトーンを検出しているかどうかを判別し,ダイアルトーンが検出されていないときに発生させた選択信号の信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定するとともに,いずれの信号方式の選択信号を発生させてもダイアルトーンが検出され続けた場合には,あらかじめ設定された所定の信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定することを特徴とする選択信号方式の設定方式。」

イ 本件発明の構成要件の分説

本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞれの記号に従い「構成要件A」などという。甲1,2)。

A 電話回線を伝送回線として用いる通信装置の選択信号方式の設定方式において,

B1 複数の異なる信号方式の選択信号を発生する選択信号発生手段と,

2 電話回線上のダイアルトーンを検出するダイアルトーン検出手段を備え,

C1 装置設置時に,上記選択信号発生手段から異なる種類の信号方式の選択信号を順次発生させ,

2 その都度上記ダイアルトーン検出手段がダイアルトーンを検出しているかどうかを判別し,

D  ダイアルトーンが検出されていないときに発生させた選択信号の信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定するとともに,

E  いずれの信号方式の選択信号を発生させてもダイアルトーンが検出され続けた場合には,あらかじめ設定された所定の信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定することを特徴とする

F  選択信号方式の設定方式。

(4)  被告と各社とのライセンス契約

被告は,原判決第2,2(4)記載のA社ないしE社の各社との間でそれぞれライセンス契約(以下,上記各社の略語に応じて,それぞれ「A社ライセンス契約」などといい,上記5社との各ライセンス契約を併せて「本件各ライセンス契約」という。)を締結した。このうちA社ライセンス契約,B社ライセンス契約及びE社ライセンス契約は,いずれも被告と相手方との包括クロスライセンス契約であり,C社ライセンス契約及びD社ライセンス契約は,いずれも被告から相手方に対する本件特許に係る有償ライセンス契約である。

本件各ライセンス契約に係る各契約書の記載事項及び同契約の内容は,原判決第2,2(4)のとおりである。

(5)  本件発明に係る対価の支払

被告は,原告に対し,本件取扱規定に基づいて,本件発明に関する報償金として,少なくとも合計555万7000円を支払った。その内訳は,原判決第2,2(5)アないしカのとおりである。

(6)  職務発明対価の請求

原告は,平成22年5月19日,被告に対し,本件発明についての特許を受ける権利の承継に係る相当の対価の支払を請求した(甲3の1,2)。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

争点及び争点についての当事者の主張は,以下の(1)のとおり,補正し,以下の(2)のとおり,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2,「3 争点」及び「第3 争点に関する当事者の主張」欄記載のとおりである。

(1)  補正

原判決第3中にある「法35条」をいずれも「旧35条」と改める。

(2)  当審における当事者の主張

ア 争点(3)ア(被許諾企業による本件発明の実施の有無・構成要件Eのクレーム解釈)

(原告の主張)

(ア) 「いずれの信号方式の選択信号を発生させても」(構成要件E)の意義

原判決が,構成要件Eの「いずれの信号方式の選択信号を発生させても」を「全ての信号方式の選択信号を発生させても」と解釈すべき旨判断したのは,以下のとおり,誤りである。

a 原判決は,「本件明細書等には,構成要件AないしDの効果として,『通信装置の設置作業における選択信号の設定を省略できる』こと(甲2・3項)が記載されていることに照らしても,上記請求項1の構成要件AないしDの記載は,複数の異なる信号方式を全て発生させて,それぞれの信号方式の適用の可否を調査し,その中から適用できる信号方式を判別して,それを当該電話回線における信号方式として設定することを規定しているものと解される。」と述べるところ,「選択信号の設定を省略できる」という事実から直ちに「すべての選択信号の設定を省略できる」という結論が導かれるわけではない。「選択信号の設定を省略できる」ことを本件発明の効果と考えた場合,それは構成要件AないしDの効果ではなく,構成要件AないしEの効果であることから,構成要件Eによって最後に「所定の信号方式を設定する」ため,少なくとも当該「所定の信号方式」で選択信号を送出する必要はない。すなわち,すべての信号方式で選択信号を送出しなくても,「通信装置の設置作業における選択信号の設定を省略できる」ことから前記判示には誤りがある。本件特許について「複数の異なる信号方式を全て発生させて,それぞれの信号方式の適用の可否を調査し,その中から適用できる信号方式を判別」するものと解釈するのは,不当な限定解釈である。

b そもそも,構成要件Eの効果は,「信号方式が何も設定されない事態を回避できる」ことであり,すべての信号方式で選択信号を送出しなくてもその効果を奏することができるから,この意味でも原判決は誤りである。

c 原判決は,「『例えば,なんらかの原因で選択信号が正常に送出されなかった場合』(甲2・3項),『選択信号が正常に出力されなかった場合であるので,・・・かかる異常を表示し』(甲1・第5欄49行ないし第6欄1行)と記載されているところ,複数の異なる信号方式のうちの一部を発生させただけでは,ダイアルトーンが検出され続けたとしても,それが通信装置から選択信号が正常に出力されなかった場合(異常な場合)に当たるのか,あるいは,単に発生させた信号方式が電話回線に適用できないものであったにすぎないのかを区別することはできないのであるから,上記記載は,通信装置が発生し得る全ての信号方式を発生させた上で,選択信号が正常に出力されないなどの異常な場合であるか否かを判定することを前提としているものと解される。」と認定するところ,両者を区別できないのであれば,異常な場合であるか否かの判定ができないため,論理が矛盾する。

d 原判決は,本件明細書等において「さらに16ppsのダイアルパルスを試す処理を『追加』することが記載されているにすぎないのであって,これらの4種類の信号方式のうちの一部の信号方式の発信を省略することは何ら記載されていないというべきである。」として,「すべての信号方式で選択信号を送出する」との解釈を導き出しているところ,この点についても,必ずしもそのような解釈が一義的に導かれるわけではない。旧日本電信電話公社の「技術基準」によれば,他国のダイアルパルス方式である16ppsは国内では使用できず,その使用も禁止されているため,自動設定機能を日本国内で使用する場合,16ppsで選択信号を送出することはないから,すべての信号方式で選択信号を送出する必要はない。

(イ) 「あらかじめ設定された所定の信号方式を・・・設定」(構成要件E)の意義

a 原判決は,「ユーザーによって選択される信号方式は,ダイアルトーンが検出され続けることが判別された時点よりも前に設定されていたものではない」と認定し,「あらかじめ設定された所定の信号方式を・・・設定」に該当しないとするが,誤りである。「ユーザーによって選択される信号方式」(ユーザーによってまだ選択されていない信号方式)は,ダイアルトーンが検出され続けることが判別されたときにユーザーが選択できるように装置の画面に表示する信号方式であり,本件特許のように回線自動設定のプログラムが動作開始する時点,すなわち,「ダイアルトーンが検出され続けることが判別された時点よりも前」には,画面に表示する信号方式として既に決まっていた(設定されていた)信号方式である。

また,「所定の信号方式」の「所定」については「一つ」という意味はなく,複数であっても「所定」であるため,「あらかじめ設定された所定の信号方式」を一つの信号方式に限定解釈する理由はない。

b 原判決は,「そもそも,手動による設定は技術的範囲に含まれない。」旨述べ,さらに,「本件発明においては,従来の手動設定の手間やユーザーに手動設定が困難であることを従来技術の不都合と捉えて,本件発明がその不都合を『解消』するもの,すなわち手動設定を要しないこととするものとされていることは明らかである。」とする。しかし,本件特許は,使用できる信号方式を自動で判別する発明であるところ,何らかの原因で自動判別がうまくいかない場合にはユーザーに手動で信号方式を選択させたとしても,このような事態は極めて稀であるため,ほとんどの場合について設定の手間を解消するということに変わりはない。したがって,手動による設定は技術的範囲に含まれないと限定解釈するのは相当でない。

(被告の主張)

(ア) 「いずれの信号方式の選択信号を発生させても」(構成要件E)の意義について

原判決の認定は正当であって,原告の主張(ア)はいずれも失当である。

(イ) 「あらかじめ設定された所定の信号方式を・・・設定」(構成要件E)の意義について

a 原告の主張(イ)は失当である。

b 本件発明の特許請求の範囲において,「設定」,「所定」といういずれも定めるという意味を含む用語をあえて重ねて用いた上で,本件明細書等では,10ppsという特定の信号方式に事前に設定する実施例のみが開示されており,設定される信号方式が可変であることを示唆する記載は一切ないから,このような実施例の記載を踏まえた上で,実施例の記載とクレームの記載内容とを一体的に解すべきであり,原判決のようにこれらを別個に検討すべきではない。

イ 争点(3)イ(被許諾企業による本件発明の実施の有無・構成要件充足性)

(原告の主張)

上記アを踏まえると,原判決別紙「訴訟物リスト」記載の465機種のすべてが本件特許の技術的範囲に属するといえる。

(被告の主張)

上記アのとおりであるから,原判決が本件発明の構成要件を充足するとした製品のうち,B社製品すべてとD社●●●60及びE社の●●●●●●7は,本件発明の構成要件を充足しない。

ウ 争点(4)ア及びイ(A社(又はB社)ライセンス契約における利益の額)

(原告の主張)

(ア) 原判決は,A社(又はB社)ライセンス契約における本件特許の寄与率を定めるに当たり,「相手方に提示されていない特許,すなわち,契約締結時に相手方が実施していない特許は,契約締結に対して直接的に有意な貢献をしたと評価できないため,その他の多数の特許群の一つと同じ価値しかない」旨判断した。

しかし,A社(又はB社)ライセンス契約の対象特許には,例えば①「契約締結時に相手方が実施していない特許」であっても「契約締結後に相手方が実施するようになる特許」,あるいは,②「契約締結時に相手方が実施している」ことが「契約締結後に知られることになる特許」が含まれるものであり,このような特許が存在する可能性を前提とした上でなお,A社(又はB社)と被告とは,互いに支払うべき実施料の総額が均衡するものとみなして上記契約を締結した。そうすると,契約交渉時に相手方に提示されていない特許であっても,契約締結後に相手方が実際に実施していることが明らかになった特許については,「本来相手方から支払を受けるべきであった実施料」を観念することが可能である。

したがって,相手方が実施していることが明らかになった特許について,単にそれが「提示特許」ではないことのみを理由に,実施されているか否かが定かではない他の特許群と同じ扱いにする原判決の判断には誤りがある。

(イ) 本件特許は,C社,D社及びE社とのライセンス契約においては提示特許であるから,これらの契約における本件特許の寄与率をA社(又はB社)ライセンス契約における寄与率の参考にすることができ,①C社及びD社との実施許諾契約(●●●分野)における本件特許の寄与率,及び②E社とのクロスライセンス契約(●●●●分野)における本件特許の寄与率を,A社(又はB社)との包括クロスライセンス契約における本件特許の寄与率として使用することができる。

(ウ) A社(又はB社)ライセンス契約は,●●●●●●●●●●●●包括クロスライセンス契約であり,かつ,提示特許について技術論争がなされたことが窺えないほど簡単な契約内容であることからすれば,特定の特許が提示されない包括クロスライセンス契約であったと見るのが自然である。したがって,原判決が,A社ライセンス契約について,お互いの特許を提示せずに契約締結に至ったものとは考え難いと認定したのは誤りである。

また,A社ライセンス契約が●●●年●月●日に締結された後,本件特許が最初に実施されたのは平成9年であり,同年以降A社ライセンス契約は,提示特許なく●●●●され,B社ライセンス契約も同様に,●●●年に締結された後,平成9年に提示特許なく●●●●されている。

このように特定の特許が提示されない包括クロスライセンス契約の場合,その特許群を構成する一つ一つが契約締結に直接貢献しているものの,各特許の寄与率が契約締結時には不明であるというにすぎないから,契約締結後に当該特許の実施が明らかになれば,その貢献が明らかになるというべきである。よって,「仮に何らかの理由で,A社ライセンス契約の交渉過程では特定の特許が提示されなかったとしても,そのことを理由として,他の特許と同様に契約締結時に提示されていない本件特許がその契約締結に直接の貢献をしたことになるわけではなく,また,特許群を構成する他の多数の特許に比べてその寄与率が高くなるということもできない。」とする原判決の判断も誤りである。

さらに,提示特許がある包括クロスライセンス契約の場合,提示特許が寄与したのは実施料(バランス金)支払に係る契約部分であり,その余の包括クロスライセンス部分に寄与したのは非提示特許である特許群である。すなわち,提示特許の寄与による当該契約に対する貢献は契約時の実施料の支払により既に精算されていることからすれば,非提示特許(特許群)の寄与度を算出する際には提示特許の寄与度を考慮する必要はない。したがって,非提示特許の寄与度は提示特許等による寄与度を除いた部分にすぎないとの判示は,提示特許を含んだライセンス契約全体に対して述べたものであればその論理は正しいものの,提示特許等の寄与による貢献は既に精算されていることからすれば,非提示特許についても「契約締結に対する何らかの寄与度」を超える寄与度を観念することが可能であるため,原判決の結論は誤りである。

(エ) 本件特許の機能や製品に占める重要性に関し,既に技術的に陳腐化している●●●の中核機能と比べ,本件特許が,それまで存在しなかった当該双方向通信を可能とする機能を備えているということは,その活用の程度が限定的であったとしても,その機能に係る技術的意義を低く評価すべきではない。したがって,本件発明の寄与率を件数分の1とすることは不当である。

(オ) 以上により,A社ライセンス契約において,本件発明の「使用者が受けるべき利益の額」は「本来相手方から支払を受けるべきであった実施料」に等しく,本件特許の寄与率を5万5568分の1ではなく,1(100%)とすべきである。

また,B社ライセンス契約においても,本件特許の「使用者が受けるべき利益の額」の算定に当たっては,寄与率を6万1691分の1ではなく,1(100%)とすべきである。

(被告の主張)

(ア) 原告の主張(ア)に対し

原判決が判示するように,包括クロスライセンス契約ではその契約締結に具体的に寄与したと考えられる提示特許や代表特許に高い寄与度が認められるべきであり,非提示特許に関しては,それらが包括クロスライセンス契約の許諾対象特許に含まれる以上,その許諾対象特許の総体を構成するものとして,同契約締結に対する何らかの寄与度を観念することができるとはいい得るとしても,それは上記提示特許等による寄与度を除いた部分にすぎず,また,非提示特許の数が極めて多いことが通常であることからすると,個々の非提示特許の寄与度は極めて小さいというべきであり,しかも,相手方がこれを具体的に評価して契約締結に至ったわけでない以上,仮に一つの非提示特許が存在しなかったとしても,結果的に同じ条件でライセンス契約が締結されたと考えられるのであるから,それらの個々の非提示特許については,当該ライセンス契約締結に対して直接的に有意な貢献をしたと評価することはできないのが原則である。

原告が主張する,ライセンス契約締結後にA社の対象製品で本件特許が実施されているという点については,原判決の述べるように,相手方は,既にライセンス契約によって使用が許諾されている特許の一つであったからこれを使用したにすぎないと考えられるのであり,この点について過大視する必要はない。

また,原判決は,本件特許のようなライセンス契約締結後に対象製品に実施されていることが明らかになった特許について対象特許件数分の1の寄与率を認めているのに対し,実施されているかが定かではない特許群については,「包括クロスライセンス契約に対する特段の寄与度を認めるまでの必要はない」として,両者の取扱いを異にする以上,これらを同等に扱うとする原告の主張は誤りである。

(イ) 原告の主張(イ)に対し

原判決のとおり,C社,D社及びE社とのライセンス契約とA社(又はB社)ライセンス契約とは,相手方,契約内容,契約時期等が異なる契約であり,契約における本件特許の位置付けも異なる以上,これをもって寄与率を算定することは不可能である。

(ウ) 原告の主張(ウ)に対し

●●の包括クロスライセンス契約であるとなぜ代表特許等が存在しないことになるのか,理解不能であり,原告の主張は失当である。

また,包括クロスライセンス契約においては提示特許や代表特許の議論等を通じて条件が設定されるのであり,提示特許はバランス調整金の算定のみならず,包括クロスライセンス部分にも寄与しており,原告の主張は失当である。

(エ) 原告の主張(エ)に対し

本件発明の技術的意義は,選択信号の信号方式を自動設定する際に,いずれのダイアルトーンを検出し続けた際に可及的に誤設定を回避するとの効果を有するにすぎないこと,対象製品のうち,●●●●●●●●●●においては電話回線との接続はデジタル放送の有料番組や視聴者参加番組のデータ送信のために用いられるものの,そのような機能は●●●●において重要性は低く,また,平成9年から平成17年当時デジタル放送の視聴率は高くなく,そこでの電話回線を用いたデータ送信の活用の程度はごく限定的であった。このような包括クロスライセンス契約における本件特許の位置付けや,本件発明の技術的意義を鑑みても,寄与率を件数分の1程度とした原判決の認定は正当である。

エ 争点(4)ウ(C社ライセンス契約における利益の額)

(原告の主張)

C社ライセンス契約において本件特許をC社に許諾することの対価として,被告が相手方から付与されたグラントバックの価値は,受領した実施料の1割というのは余りに少なく,少なくとも被告が受領した実施料と同額とされるべきである。被告製品がC社のグラントバック特許を実施していることは,甲45及び63で立証済みである。

(被告の主張)

原判決が述べるとおり,上記グラントバックについて,原告は具体的に主張立証していないため,C社がこれを実施しているとは認められず,原判決は正当である。

オ 争点(4)エ(D社ライセンス契約における利益の額)

(原告の主張)

(ア) 前記エで述べたのと同様に,被告がD社ライセンス契約において本件特許をD社に許諾することの対価として相手方から付与されたグラントバックの価値は,少なくとも受領した実施料と同額とされるべきである。

(イ) 被告は,原告に対し,D社ライセンス契約に関し,2回目の報償金●●●●●●●円を支払っており,このことは,被告がC社から継続実施料として●●●●●円を受領したことを示すものであるから,この分を実施料●●●●●円及びグラントバックに加算すべきである。

(被告の主張)

(ア) 原告の主張(ア)に対し

前記エにおいて述べたとおりである。

(イ) 原告の主張(イ)に対し

被告が原告に支払った追加の報償金の支払は,過誤払いである。D社ライセンス契約は,●●●●●●●●●●●に生産等を行った製品に対してのみ実施料を支払うものであって,●●●●●にD社から被告に対し実施料が支払われるはずがない。

カ 争点(4)オ(E社ライセンス契約における利益の額)

(原告の主張)

(ア) 原判決は,E社ライセンス契約の交渉過程において,E社は,被告の本件特許及び●●●●●●特許を考慮して●●●●●●●円を減額したと判断したが,E社は,上記の減額において●●●●●●特許を考慮しておらず,専らその減額に寄与したのは本件特許である。すなわち,甲38の1の●●●●●●,●●●●及び●●●●●●●の売上額が国内におけるものに限られているように,被告とE社との間で実施料算出の基礎とされたのは,日本国内における製品売上額のみであるから,上記の●●●●●●●円の減額には,●●●●●●特許の対応米国特許(以下「●●●●●●外国特許」という。)が一切寄与していないことは明らかである。また,甲38の2において,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との記載があること,原告は,Aから「●●●●分野における製品において●●●●●●特許の過去分(のE社による実施)がほとんどない」との報告を受けていること(甲62)から,●●●●●●外国特許は,過去分の被告及びE社が相互に支払うべき実施料の額には影響を及ぼさない。さらに,●●●●●●特許が,甲30に記載されたことのみをもって契約交渉時に評価されていたということはできない上,●●●●●●外国特許の海外の売上額についての実施料を被告からE社に対して明示的に要求していない以上,減額に寄与することはあり得ない。

また,原判決は,上記減額について,その交渉過程におけるE社の一方的な提示額であるから,これをそのまま実施料額として認められないとして,本件特許の実施料を●●円と認定した。

しかし,被告は,甲38の1にあるように,E社に対して支払う過去分の実施料を●●●円(●●●●円×●●●%×●●分)と試算していたが,実際にE社から当初提示された実施料は,過去分につき●●●●●●万円,2度目に提示された実施料は●●●●●●●円と,被告の試算よりもかなり低額であったことを考慮すると,本件特許による●●●●●●●円の減額は,交渉の駆引きの結果によるものではなく,E社が実際に本件特許に対し支払ってもよいと考えて提示した額であるといえる。

(イ) 原判決は,本件特許について,デジタル放送の有料番組や視聴者参加番組のデータ送信のための電話回線との接続との機能は,●●●又は●●●●●●の中核的な機能に比して重要性が高いとはいえないこと,デジタル放送の視聴割合は高くなく,そこでの電話回線を用いたデータ送信の活用の程度はごく限定的であったことなどと認定する。しかし,通常,実施料が「特許製品の売上額×実施料率」によって算出することから明らかなように,当該特許が実施されている製品の売上額で決まるものであり,当該特許に係る「中核的な機能に比して重要性が高いか否か」,あるいは,「ユーザーが使用する頻度」については実施料の算出において考慮されることはない。

(ウ) E社による●●●●●●●円の減額は,甲38の1の6頁に「●●●●●●●●●●●●●●●●●」とあるとおり,過去●●間のE社●●●●●●●の売上額を基に算出されたものであることからすれば,少なくとも,契約締結時に精算されていない製品,すなわち,契約締結後に相手方の特許実施が明らかになった製品(当該●●間を除いた年度の●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●の実施料は,上記に含まれていない。したがって,この部分を「売上額×実施料率×寄与率(100%)」により加算すべきである。

(エ) 被告の主張(エ)に対し

前記(ア)のとおり,上記の減額に寄与したのは本件特許のみであるから,●●●●●●特許のみが寄与したとの被告の主張は当たらない。

また,前記(ア)のとおり,本件特許による減額は,交渉の駆け引きとしてされたものではない。

さらに,E社製品が本件特許を実施していないとの被告の主張は,前記ア及びイにおいて述べたとおり,失当である。

被告は,本件特許の実施料として,当初●●●円を要求し,これをE社に対する減額分と考えていたところ,E社が提示した●●●●●●●円の減額に対して,その減額幅を更に大きくしようとしていたから(甲38の2の「●●●●」付け以降の交渉経過),E社が提示した●●●●●●●円の減額分が上がることはあったとしても,減額幅が下がることは到底考えられない。

(被告の主張)

(ア) 原告の主張(ア)に対し

減額に寄与した特許は,後記(エ)のとおり,本件特許ではなく,●●●●●●特許である。

また,原判決が判示するとおり,ライセンス交渉の過程において一方から他方に提示される金額は,両者間で客観的に評価されて合意された金額ではなく,あくまで一方的な要求額として提示されるものであり,ライセンス条件の交渉は諸般の事情を総合的に考慮しつつ進められるものである。したがって,減額したものが,E社が支払ってもよいとした額であるということはできない。

(イ) 原告の主張(イ)に対し

E社ライセンス契約においては,国内特許だけではなく,全世界の特許が許諾対象特許となっていることからも,●●●●●●外国特許をE社が考慮していることは明らかである。被告とE社のような全世界で事業を行う者同士がライセンス契約を締結する際,外国特許を考慮しないなどということはあり得ない。国内売上高をベースに実施料の計算を行ったのは,計算の便宜のためにすぎない。

(ウ) 原告の主張(ウ)に対し

本件特許はE社に提示した直後の平成19年11月に存続期間が満了しており,契約締結時には既に消滅していて何らの排他的効力もないことからすると,E社との契約において本件特許の独占の利益の有無については,過去の実施料の精算の算定のためにどの程度寄与したかを検討すれば十分である。この点,被告から本件特許や●●●●●●特許の提示を受けたE社としては,実施料の減額に際して,過去分についてすべての期間の売上等を考慮した上で減額提示をしているのであり,過去●●分についてのみ精算がされているにすぎないとの原告の主張は失当である。

(エ) 被告の主張

●●●●●●●円の減額に対して本件特許が寄与した割合を考慮した原判決の手法は正当であるが,減額に寄与したカウンター特許は,●●●●●●特許のみであって,本件特許は含まれないというべきであるから,本件特許の寄与度を●●円とした原判決の判断は誤りである。

すなわち,E社は,被告から本件特許をカウンター特許として提示を受けているにもかかわらず,甲38の2に,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」(「●●●●●●●●」参照)とあるとおり,本件特許を契約対象とすることは不要と判断しており,また,乙43でも,E社は,「4.」において●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●旨述べ,本件特許を評価していないことを再度言明している。このように,E社が本件特許を評価していない以上,同社とのライセンス契約において本件特許の寄与は小さいといえる。

また,原判決は,E社製品について,代替技術が実施されている特許がある一方,本件特許が実施されている製品もあると判断しているが,前記のとおり,構成要件Eの誤った解釈に基づくものであり,E社が本件特許を実施している製品は存在しない。

さらに,E社から最初の金額提示がされたのは平成●●年●●月●●日で,原判決が着目した金額提示は,E社からの2度目の条件提示である。ライセンス交渉の実務では初回の条件提示(実施料の提示)に際しては,交渉の余地を持つために相手方からの減額要求がされることを見越して目標額に上乗せした金額を提示するのが常識であることに照らすと,このような条件交渉の初期段階での実施料の減額は主として交渉の駆け引きとしてされたものであり,本件特許を評価してされたものではない。

加えて,E社とのライセンス契約の対象製品では,電話回線との接続が必要な機能は対象製品において重要でなく,実際に平成17年当時このような機能を用いていた程度はごく限定的である。

以上によれば,E社とのライセンス契約において,本件特許が実施料の減額に寄与したのは,せいぜい●●●円である。

キ 争点(5)(使用者貢献度)

(原告の主張)

(ア) 原判決が挙げる被告の作業(ライセンス契約締結,特許登録対応,日々の知財活動)は,いずれも被告の知財部門が通常行う業務内容であり,それがなければ契約締結や特許登録ができなかったといえるような貢献が一切ない以上,原告の本件発明に係る貢献に対する被告の貢献が19倍にも及ぶということは,およそ考えられない。

したがって,本件特許に係る原告の貢献度が5%ということはあり得ない。

(イ) 原判決は,構成要件Eを追加する補正案(以下「本件補正案」という。)を考えたのはAである旨認定したが,以下のとおり,Aの証言は信用することができず,かかる事実認定は誤りである。

すなわち,本件特許に係る業務は,Aにとって非常に印象に残るはずの重大案件であったにもかかわらず,Aは引例との相違点を発見したことを憶えていないこと,重要な相違点である「エラー表示」については原告が送信した甲26の2のメールに一切記載がない上,明細書の実施例の当該箇所に○印もついていないことについて説明がないこと,上記メールの2及び3は補正の対象とはなり得ず,また,どのように原告に実験を依頼したのか明らかでないこと,Aが最初の検討の際には相違点を発見できなかったのに,2回目に発見できた合理的な説明がなされていないこと,AがB弁理士に対し本件補正を指示する連絡書(乙90)において,本件明細書等に記載されていない複数の作用効果の記載があるところ,これをAがどのように知り得たのかという点が明らかになっていないこと等からすれば,Aの証言は信用できない。Aが「相違点として,このポイントがいいよと言ったのは,もしかすると発明者さんかもしれないしというところは疑義があるかなとは思います。」(証人A28頁)と述べるのは,構成要件Eに係る相違点を自らが発見していなかったからにほかならない。甲26の2のメールについて,項目1が構成要件Eと他の構成要件A~Dとが一体となった実施態様で,しかも,最初に報告されているのに対して,項目2及び3は単独で2番目及び3番目として報告されていることからすると,当該メール以前には既に構成要件Eで補正することが決まっていたこと,すなわち,構成要件Eが実施されていることが判明していたことを示すものである。

これに対して,上記連絡書の記載と原告第2準備書面4頁10~14行の記載が同じであることなどからすれば,本件補正案を原告が考えたとの原告の供述を裏付けるものであり,原告の供述に不自然な点はないから,これらの証拠評価において,原判決には誤りがある。

(ウ) 原判決が挙げるNCUの技術的蓄積については,原告が被告に入社した際に既に公知となっていた技術であり,被告が独自に開発した技術ではないことから,被告の貢献として考慮に入れるべき性質のものではない。

(エ) 旧35条に基づく「強制承継」と「相当の対価」は対をなすものであるため,「強制承継」が本件取扱規定で規定されている以上,同じく本件取扱規定で規定されている「当該発明についての発明行為,権利化及び権利行使等に対する会社の貢献の程度」は,旧35条の「貢献」に相当するものといえる。

被告が定めた「発明外要素貢献度算出基準」は,発明者及び会社の貢献度を算出する際に,それぞれの評価項目についてその割合を明確に規定していることからすれば,原判決よりも評価できる指標であり,発明者から事実上強制的に発明の譲渡を受けられるという旧35条の内容に鑑みれば,法と本件取扱規定とで貢献度を評価する基準を異ならせるときは,特許権の承継を認めることが不合理となるから,使用者が自ら定めた貢献度に関する基準は,裁判上もこれを基礎とされるべきである。

(被告の主張)

(ア) 原判決が述べるとおり,使用者の貢献度の認定に際しては,使用者側に特段の貢献があった点のみを考慮すべきではなく,広く使用者側の貢献事情を考慮すべきである。

(イ) 本件補正案を考えたのが,Aであるとの原判決の事実認定に誤りはない。Aの証言は,出願時明細書等に記載された二重丸等の記載や,乙89の1と合致するもので,合理的である。むしろ,原判決が認定するように,①原告は,自宅で行ったという実機実験の内容も明らかにできず,尋問後に提出した陳述書では実験は自宅ではなく会社で行ったと供述を変遷させていることからすると,原告が自分で引用例との差異を見つけて他社●●●の実機試験を行ってその抵触性を確かめてAに電話で伝えたとの供述は信用し難いこと,②原告は,平成7年9月26日に構成要件Eを付加するとの案を含む三つの補正案に関して甲26の2に係る実機試験の結果をAにメールで報告しているところ,原告が本件補正案を考えてAに補正を指示したのであれば,その後になって改めてこのような実機試験を行う必要はないこと,③乙89の1のAのコメントの記載を原告が補正案として考えたのであれば,Aが原告に対してこのような文言で補正内容を報告することは不自然であることなど,原告の主張・供述には不合理な点がありこれを信用することができない。

(ウ) 被告の貢献度は,原判決の認定よりも高く,97%とすべきである。すなわち,C社製品は,本件特許の技術的範囲に属していないにもかかわらず,被告が実施料の支払を受けることができたのは,被告のライセンスグループの努力のおかげであること(実際には,前述のとおりB社やE社の対象製品も本件特許を実施していない。),本件特許は,本件異議申立ての際,Aが本件補正案を考えていなければ取り消されていたはずだが,Aと被告がファクシミリ分野に関する出願を集中的に依頼していたB特許事務所のおかげで特許を維持できたこと,原告の提案する当初のクレームはファクシミリに限定されていたのを,特許事務所又は知財担当者の主導で通信装置まで権利範囲を広げたこと,E社ライセンス契約において本件特許以外の特許群の寄与が大きく,また,交渉開始から約●年もの長期の交渉の結果,契約締結に至ったことは,より高く評価されるべきである。

第3当裁判所の判断

当裁判所も,原告の被告に対する請求を,746万7574円(更正後)及びこれに対する平成22年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認めた原判決の認定判断は,正当であると判断する。その理由は,以下の1項に原判決を付加訂正し,2項において当審における当事者の主張に対する判断を示すほか,原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」に記載のとおりである。

1  原判決の付加訂正

(1)  原判決別紙「A社実施料計算表」を本判決別紙「A社実施料計算表(更生後)」に,原判決別紙「B社実施料計算表」を本判決別紙「B社実施料計算表(更生後)」にそれぞれ改め,原判決中の「別紙『A社実施料計算表』」をいずれも「別紙『A社実施料計算表(更生後)』」に,「別紙『B社実施料計算表』」をいずれも「別紙『B社実施料計算表(更生後)』」にそれぞれ改める(なお,別紙「A社実施料計算表(更正後)」の各網掛部分に相当する「A社実施料計算表」記載部分に誤記,誤算があることは,原判決第4,5(3)イ(イ)の記載自体から,また,「B社実施料計算表(更正後)」の各網掛部分に相当する「B社実施料計算表」記載部分に誤記,誤算があることは,原判決第4,6(2)イの記載自体から明らかである。)。

(2)  原判決第4中にある「法35条」をいずれも「旧35条」に改める。

(3)  原判決94頁2行目「設置作用」を「設置作業」と改める。

(4)  原判決96頁23,24行目「異常な場合であるか否かを判定することを前提としているものと解される。」の次に,「このことは,本件異議申立てに対する答弁書(乙23)において,『なんらかの原因で選択信号が正常に送出されず,全ての信号方式について正常な判定動作を行えなかった場合は,あらかじめ設定された信号方式が選択信号の信号方式として設定され,その結果,選択信号の方式を誤設定するという事態を回避でき・・・』との記載があることからも明らかである。」を加える。

(5)  原判決98頁12,13行目「当該選択信号が正常に送出されなかったと判定されるべきことになるが,このような判定が技術的に誤りであることは明らかである。」を「当該選択信号が正常に送出されなかったと判定されるべきことになるが,このことは,当該選択信号は正常に送出されたにもかかわらず,当該電話回線に適合する信号方式の選択信号でなかった場合が含まれるのであるから,このような判定が技術的に誤りであることは明らかである。」と改める。

(6)  原判決103頁18行目「あらかじめ一つを所定のものとして選択された信号方式」を「上記基準時(すべての信号方式の選択信号を発生させたにもかかわらずダイアルトーンが検出され続けることが判別された時点)よりも前に選択された一つの信号方式」と改める。

(7)  原判決105頁1行目「必ずしも一つのものに定まり」を「必ずしも当初から一つのものに定まり」と改める。

(8)  原判決105頁22,23行目「『所定の信号方式』が特定の信号方式でなければならないと主張する。」を「『所定の信号方式』が製品出荷時において特定の信号方式でなければならないと主張する。」と改める。

(9)  原判決106頁3行目「『所定の信号方式』が特定のものでなければならない」を「『所定の信号方式』が製品出荷時において特定のものでなければならない」と改める。

(10)  原判決109頁12行目「エラーが表示され,」を削除する。

(11)  原判決126頁21行目「証拠(甲54の2)」を「証拠(甲54の2,61の1・2)」と改める。

(12)  原判決127頁11,12行目「平成17年(2005年)までの合計額は,1兆3568億0473万8168円」を「平成17年(2005年)までの合計額は,1兆3568億2328万6168円」と改める。

(13)  原判決127頁22,23行目「平成17年までの国内売上高は,合計1兆4332億5583万8168円」を「平成17年までの国内売上高は,合計1兆4332億7438万6168円」と改める。

(14)  原判決130頁16,17行目「平成17年までの各年の売上高(その合計額は,1兆4332億5583万8168円。)」を「平成17年までの各年の売上高(その合計額は,1兆4332億7438万6168円。)」と改める。

(15)  原判決130頁19,20行目「その合計額は,64万4820円」を「その合計額は,64万4829円」と改める。

(16)  原判決136頁7,8行目「平成17年(2005年)までの合計額は,8554億2953万4768円」を「平成17年(2005年)までの合計額は,8554億4808万2768円」と改める。

(17)  原判決138頁10,11行目「平成8年から平成17年の各年の売上高(その合計額は,8554億2953万4768円。)」を「平成8年から平成17年の各年の売上高(その合計額は,8554億4808万2768円。)」と改める。

(18)  原判決138頁13,14行目「その合計額は,34万6658円」を「その合計額は,34万6666円」と改める。

(19)  原判決169頁22行目,170頁9,10行目,同18行目,同20,21行目の各「法35条4項の『使用者等の貢献の程度』をそれぞれ「旧35条4項の『使用者等が貢献した程度』」と改める。

(20)  原判決170頁25,26行目「A社ライセンス契約につき64万4820円,B社ライセンス契約につき34万6658円」を「A社ライセンス契約につき64万4829円,B社ライセンス契約につき34万6666円」と改める。

(21)  原判決171頁2,3行目「これらの合計額は,2億6049万1478円」を「これらの合計額は,2億6049万1495円」と改める。

(22)  原判決171頁6行目「被告から受けるべき相当対価の額は,1302万4573円」を「被告から受けるべき相当対価の額は,1302万4574円」と改める。

(23)  原判決171頁8行目「その残額は746万7573円」を「その残額は746万7574円」と改める。

2  当審における当事者の主張に対する判断

(1)  争点(3)ア(被許諾企業による本件発明の実施の有無・構成要件Eのクレーム解釈)

ア 「いずれの信号方式の選択信号を発生させてもダイアルトーンが検出され続けた場合」(構成要件E)について

(ア) 原告は,「選択信号の設定を省略できる」(甲2,3項)ことを本件発明の効果と考えた場合,それは構成要件AないしDの効果ではなく,構成要件AないしEの効果であることから,構成要件Eによって最後に「所定の信号方式を設定する」ため,少なくとも当該「所定の信号方式」で選択信号を送出する必要はない,すなわち,すべての信号方式で選択信号を送出しなくても,「通信装置の設置作業における選択信号の設定を省略できる」ことから,原判決の判示には誤りがあると主張する。

そこで,検討するに,本件補正は,本件発明の特許請求の範囲を前記第2,2,(3)ア(ア)から(イ)に補正(構成要件Eを付加)するものであり,これに伴って,その構成や効果について,以下のaの出願時明細書等の記載を以下のbのとおり補正するものである。

a 出願時明細書等の記載

「[効果]

以上説明したように,本発明によれば,通信装置の設置時に,異なる種類の信号方式の選択信号を順次発生させて電話回線に送出するとともに,その都度交換機からダイアルトーンが送出されているかどうかを判別し,ダイアルトーンが送出されなくなったときの信号方式を,当該電話回線における選択信号の信号方式として設定しているので,通信装置の設置作業の手間を軽減することができるという利点を得る。」(甲1,第6欄)

b 本件補正書の記載

「以上説明したように,本発明によれば,電話回線を伝送回線として用いる通信装置の選択信号方式の設定方式において ,複数の異なる信号方式の選択信号を発生する選択信号発生手段と ,電話回線上のダイアルトーンを検出するダイアルトーン検出手段を備え ,装置設置時に,上記選択信号発生手段から異なる種類の信号方式の選択信号を順次発生させ,その都度上記ダイアルトーン検出手段がダイアルトーンを検出しているかどうかを判別し,ダイアルトーンが検出されていないときに発生させた選択信号の信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定するようにしているので,通信装置の設置作業における選択信号の設定を省略することができ,かかる設置作業の手間を軽減することができるという効果を得る。

また,さらに,いずれの信号方式の選択信号を発生させてもダイアルトーンが検出され続けた場合には,あらかじめ設定された所定の信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定するようにしているので,例えば,なんらかの原因で選択信号が正常に送出されなかった場合には,あらかじめ設定された信号方式が選択信号の信号方式として設定されるので,選択信号の信号方式を誤設定するという事態を回避できるという効果も得る。」(甲2,3項)

そして,出願時明細書等の実施例及び【第2図】には,複数の異なる信号方式の選択信号を順次発生させ,それぞれの信号方式の適用の可否をダイアルトーンの検出の有無によって判別し,この段階で適合する信号方式が判別できれば,当該信号方式に設定することができ,すべての信号方式の選択信号を順次発生させたにもかかわらず,それでもダイアルトーンが検出された場合に,「…この場合には処理 112を実行し,選択信号の信号方式を最も可能性のある10ppsのダイアルパルス方式に設定する。」(第6欄1行ないし同欄3行)ことが記載されている。

以上の記載及びその他の本件明細書等の記載から明らかなように,従来,通信装置を設置する際には,通信装置の設置工事を行うサービスマンが,接続する電話回線にいずれの信号方式が適用できるのかを調査し,その選択信号の信号方式を手動で設定するという手間がかかり,さらに,通信装置を移動したときなどには再度サービスマンによる調整が必要となるという課題があったことから,本件発明は,これらの不都合を解消して通信装置の設置作業の手間を軽減することができる選択信号方式の設定方式を提供することを目的として,構成要件AないしDの構成をとったことにより,通信装置の設置作業における選択信号の設定を省略することができ,設置作業の手間を軽減することができるという効果を得るとともに,仮にいずれの信号方式の選択信号を発生させてもダイアルトーンが検出され続けた場合には,あらかじめ設定された所定の最も可能性のある信号方式を当該電話回線における選択信号の信号方式として設定すること(構成要件E)によって,選択信号の信号方式を誤設定するという事態を可及的に回避するという効果を得ようとした発明である。

したがって,原告が指摘する「通信装置の設置作業における選択信号の設定を省略すること」ができる効果を奏する構成には,本件補正後の請求項1に記載された構成要件Eは含まれておらず,「通信装置の設置作業における選択信号の設定を省略すること」ができるのは,本件補正前の請求項1に記載されていた構成要件AないしDから導かれる効果であることが理解でき,この効果が構成要件AないしEの効果であるとする原告の主張はその前提を欠いており,構成要件Eの効果を考慮に入れて原判決を論難する原告の上記主張は失当である。

(イ) 原告は,構成要件Eの効果は,「信号方式が何も設定されない事態を回避できる」ことであり,すべての信号方式で選択信号を送出しなくてもその効果を奏することができるため,すべての信号方式で選択信号を送出する必要はないと主張する。

しかし,本件発明は,前記(ア)のとおり,構成要件Eにより,選択信号の信号方式を誤設定するという事態を可及的に回避できるという効果をも奏するものであるところ,一部の信号方式で選択信号を送出した後に,あらかじめ設定された所定の信号方式を設定するだけでは,その一部の信号方式以外の信号方式が当該電話回線において適合する信号方式である可能性を含んでいるから,誤設定するという事態を可及的に回避することはできず,上記効果を奏することができない。

したがって,「すべての信号方式で選択信号を送出する必要はない」という原告の主張は採用できない。

また,原告は,原判決の解釈が不当な限定解釈である旨主張するが,原判決第4,3(2)ア及びイ(ア)において述べたとおりであって,原告の主張は採用できない。

(ウ) 原告は,原判決が,「ダイアルトーンが検出され続けたとしても,それが通信装置から選択信号が正常に出力されなかった場合(異常な場合)に当たるのか,あるいは,単に発生させた信号方式が電話回線に適用できないものであったにすぎない場合に当たるのかを区別できない」というのであれば,それが異常な場合であるか否かの判定ができないため,原判決の論理が矛盾する旨主張する。

しかし,原告の指摘する原判決説示部分は,原告の主張のとおり,複数の異なる信号方式のうちの一部の信号方式による選択信号を発生させる場合も含むとの立場に立った場合には,ダイアルトーンが検出され続けたとしても,それが通信装置から選択信号が正常に出力されなかった場合に当たるのか,あるいは,単に発生させた信号方式が電話回線に適用できないものであったにすぎないのかを区別することはできない旨指摘し,そのような立場は採らないことを明らかにしているのであるから,論理矛盾はなく,原告の主張は原判決を正解しないものであって,失当である。

(エ) さらに,原告は,前記第2,3(2)ア(ア)dのとおり主張するが,原判決は,原告指摘部分から,当該解釈を一義的に導いたものとはいえないから,原告の主張は当たらない。また,原告は,16ppsは国内では使用できず,その使用も禁止されているため,自動設定機能を日本国内で使用する場合,16ppsで選択信号を送出することはないから,すべての信号方式で選択信号を送出する必要はないと主張する。

しかし,本件明細書等には,「ところで,上述した実施例では,選択信号の信号方式が,DTMF,10pps,20ppsの3種類であったが,16ppsのダイアルパルスを用いている交換機を使用している国もあり,かかる国において同様の効果を得るためには,16ppsのダイアルパルスを発生する手段を追加して,このダイアルパルスを試す処理をテストプログラムに追加すればよい。」(甲1・第6欄15ないし21行)と記載されており,この記載は,日本国以外で使用される交換機に関する記述であるから,原告の主張は採用できない。

(オ) 原告は,その他,縷々主張するが,いずれも原判決を正解せずに論難するものにすぎず,採用の限りではない。

イ 「あらかじめ設定された所定の信号方式を・・・設定」(構成要件E)について

(ア) 原告の主張について

原告は,「ユーザーによって選択される信号方式」(ユーザーによってまだ選択されていない信号方式)は,ダイアルトーンが検出され続けることが判別されたときにユーザーが選択できるように装置の画面に表示する信号方式であり,本件特許のように回線自動設定のプログラムが動作開始する時点,すなわち,「ダイアルトーンが検出され続けることが判別された時点よりも前」には,画面に表示する信号方式として既に決まっていた(設定されていた)信号方式である旨,及び,複数の信号方式であっても「所定」といえるため,「あらかじめ設定された所定の信号方式」を一つの信号方式に限定解釈する理由はない旨主張する。

確かに,「所定」とは,定まっていること,定めてあることを意味するものであり(乙27),その語義からは,直ちに一つに定まることを意味するものとは解されない。

しかし,上記の原告主張のように解した場合,「所定の信号方式」とは,単に,通信装置が発生し得る信号方式としてプログラムに設定されている複数の信号方式をいうにすぎないこととなり,本件発明の効果である「選択信号の信号方式を誤設定するという事態を回避」するための構成が得られないことになる。また,本件明細書等には,あらかじめ設定された所定の信号方式が複数であることは記載がなく,本件発明の構成要件Eにおいて,複数の所定の信号方式からどのようにして一つの所定の信号方式を設定するのかも理解することができない。

本件発明は,すべての信号方式の選択信号を発生させたにもかかわらず,ダイアルトーンが検出され続けることが判別された場合に,最も可能性のある信号方式に設定することで可及的に誤設定するという事態を回避できるという効果を有するものであることに照らせば,本件発明における構成要件Eの「あらかじめ設定された所定の信号方式」は,すべての信号方式の選択信号を発生させたにもかかわらず,ダイアルトーンが検出され続けることが判別された時点を基準として,それまでに一つに定まるものであると解釈するのが自然である。したがって,上記基準時において,ユーザーが選択すべき信号方式が複数残されていることを認める原告の上記解釈は採り得ない。

また,原告は,ユーザーに手動で信号方式を選択させる場合も「あらかじめ設定された所定の信号方式」に当たると主張するが,ユーザーによる手動設定は,上記基準時よりも後に行われるものであるから,「あらかじめ設定された」ということができない上,本件発明の技術的意義からすれば,手動で設定する場合を含むものとは解し難い。

したがって,原告の主張は採用できない。

(イ) 被告の主張について

被告は,本件発明の特許請求の範囲において,「設定」,「所定」といういずれも定めるという意味を含む用語をあえて重ねて用いた上で,本件明細書等において,10ppsという特定の信号方式を事前に設定する実施例のみが開示されており,設定される信号方式が可変であることを示唆する記載は一切ないから,このような実施例の記載を踏まえた上で,クレーム文言の解釈をすべきであり,原判決のようにこれらを別個に検討すべきではない旨主張する。

しかし,10ppsという特定の信号方式を事前に設定することは,単なる実施例の記載にすぎない。また,本件明細書等(第6欄2行ないし同欄3行)には,「…最も可能性のある10ppsのダイアルパルス方式に設定する。」と記載されているのみであって,その設定を通信装置の出荷前に行うのか,あるいは,出荷後に行うのか等,設定のタイミングや設定方法について限定した記載はない。したがって,上記実施例の記載を踏まえるとしても,被告の主張する解釈が直ちに導かれるものではない。

そして,本件補正書の3項に記載されている「誤設定するという事態を回避できるという効果」は,前記のとおり,最も可能性のある信号方式に設定することで可及的に誤設定を回避するとの効果であると解されるところ,これは,出荷前に設定を行う以外にも,例えば,ごく近接した範囲で設置場所を移動させる場合などを考慮して,直近に設定されていた信号方式と同じ信号方式を設定するようにしておくなど,出荷後に設定されることも考えられ,本件明細書等において,出荷前に設定を行う以外の設定方法を採用できないとする記載もない。

そうすると,本件発明においては,「最も可能性のある信号方式に設定する設定方法であって,誤設定するという事態を回避できるという効果を得ることができるもの」であれば,特定の信号方式に事前に固定的に設定する必要はなく,可変であってもよいといえる。

したがって,被告の主張は採用できない。

(2)  争点(3)イ(被許諾企業による本件発明の実施の有無・構成要件充足性)前記(1)において述べたとおり,原判決の構成要件Eのクレーム解釈に誤りはないから,これに誤りがあることを前提とする原告及び被告の主張は,いずれも採用できない。

(3)  争点(4)ア及びイ(A社(又はB社)ライセンス契約における利益の額)

ア 原告は,A社(又はB社)ライセンス契約における対象特許には,①「契約締結時に相手方が実施していない特許」であっても「契約締結後に相手方が実施するようになる特許」,及び,②「契約締結時に相手方が実施している」ことが「契約締結後に知られることになる特許」が含まれることを前提として,契約交渉時に相手方に提示されていない特許であっても,契約締結後に相手方が実際に実施していることが明らかになった特許については,「本来相手方から支払を受けるべきであった実施料」を観念することは可能であるから,相手方が実施していることが明らかになった特許について,単にそれが「提示特許」ではないことのみを理由に,実施されているか否かが定かではない他の特許群と同じ扱いにする原判決の判断には,誤りがあると主張する。

しかし,原判決は,個々の非提示特許については,包括クロスライセンス契約に対する特段の寄与を認めるまでの必要がないことを原則としつつ,包括クロスライセンス契約締結当時において相手方が実施していたこと,又は,実施せざるを得ないことが認められるような特許(「実施特許」)については,代表特許・提示特許に準じるとしており,原告の上記②の場合を「実施されているか否かが定かではない他の特許群と同じ扱いにする」ものではないから,上記主張は失当である。また,原告主張の①「契約締結後に相手方が実施するようになる特許」については,その内容が必ずしも明らかではないが,契約締結時に実施していないが,実施せざるを得ないことが認められる特許について,原判決は,上記の「実施特許」として,代表特許・提示特許に準じるとしているのであるから,上記に述べたことが同様に当てはまる。さらに,当該特許が,契約後に相手方が実施を開始した特許をいうのであれば,包括クロスライセンスの対象特許に当該特許が含まれており,実施を許諾されているために実施をしたにすぎない場合もある上,原判決第4,4に判示したとおり,代替特許も存したのであるから,当該特許がライセンス契約締結に有意な貢献をしたということはできず,これを評価すべき旨の原告の主張は採用できない。

そして,原判決は,A社(又はB社)ライセンス契約締結後に,その契約期間中であって,かつ,本件特許の存続期間中に,A社(又はB社)が実際に本件発明を実施している事実を認め,本件特許をA社(又はB社)ライセンス契約の許諾対象特許群を構成する特許の一つとして,原判決第4,5(1)オで説示した基準に基づいて,被告が受けるべき利益の存在を認めており,契約後に実施が明らかになった特許については,その寄与度を,A社(又はB社)に対する各許諾対象特許の件数で除して算定しているのに対し,実施されていない特許には原則として寄与度を認めず,両者の間に差を設けているのであるから,その判断には合理性があるというべきである。

イ また,原告は,本件特許は,C社,D社及びE社との関係においては提示特許であるから,これらの契約における寄与率をA社(又はB社)ライセンス契約における寄与率の参考にすることができる旨主張する。

しかし,A社ライセンス契約時点からC社・D社ライセンス契約締結までは●年,E社ライセンス契約までは●●年であり,B社ライセンス契約からC社・D社ライセンス契約締結までは●年,E社ライセンス契約までは●●年であって,契約時期を大きく異にする上,その相手方,契約内容,交渉経過が異なり,契約における本件特許の価値も異なるのであるから,これらの契約を参考にすべき合理的事情があるとはいえず,原告の上記の主張は採用できない。

ウ さらに,原告は,A社(又はB社)ライセンス契約が特定の特許が提示されない包括クロスライセンス契約であったと主張するが,原判決の認定に誤りがあるとはいえない上,仮に,原告主張のとおりであったとしても,A社(又はB社)ライセンス契約における本件特許の寄与度が原判決以上の価値となることについて合理的説明がなされておらず,上記主張は,原判決の認定を左右するものではない。

なお,原告は,本件特許がA社において最初に実施されたのは平成9年であるところ,同年●●月●●日の経過をもって,A社ライセンス契約が提示特許なく●●●●されているため,「提示特許ではない特許は多数の特許群の一つとしての価値しかない」との原判決の認定は前提を欠く旨主張する。

上記の主張は,必ずしも明らかでないものの,A 社ライセンス契約後に本件特許が実施されたことを看過しているとの趣旨であるならば,原判決は,上記に述べたように,本件特許がA社においてライセンス契約締結後に実施されたことを評価して被告の利益算定を行っており,特段の寄与度を認めない非提示特許として扱ったものではないから,その前提に誤りはない。そして,包括クロスライセンス契約については,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●するに際し,従前の主要な条件を維持して,当初契約後の実施を実施料として改めて評価しない場合があり,A社ライセンス契約もそのような事例であったと解されるところ,その場合,被告の利益,すなわち,実施料に直接貢献したのは,当初契約における代表特許等であるから,本件特許を実施特許として再評価しなかった原判決の判断に誤りがあるとはいえない。原告のB社ライセンス契約に係る同旨の主張についても,同様である。

エ また,原告は,提示特許がある包括クロスライセンス契約の場合,提示特許が寄与したのは実施料(バランス金)支払に係る契約部分であり,その余の包括クロスライセンス契約部分に寄与したのは非提示特許である特許群であることを前提に縷々主張する。

しかし,包括クロスライセンス契約においては,代表特許,提示特許を中心として,相手方の製品の当該特許に抵触するおそれの有無,抵触するおそれがある製品の売上高,当該特許の有効性,技術的価値等を確認した上で,互いに保有する特許の件数等を比較して,包括クロスライセンス契約の諸条件が定められ,その調整の一環としてバランス金等が支払われるのであるから,提示特許が寄与するのは実施料(バランス金)のみであるとする合理的根拠はない。原告の主張は,その前提において独自の見解であって採用の限りではない。

(4)  争点(4)ウ(C社ライセンス契約における利益の額)

原告は,被告においてグラントバック特許を実施しているから,その価値は,原判決の認定した実施料の1割よりも高い旨主張し,甲45及び63がその実施の証左である旨主張する。

しかし,甲45は,被告製品であるパーソナル機器関連事業のウェブサイト,甲63は,被告製品であるDVDドライブの仕様書であるところ,これらの証拠によっても,グラントバック特許を被告製品において使用しているか否かは明らかでなく,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって,原告の上記主張は採用できない。

(5)  争点(4)エ(D社ライセンス契約における利益の額)

ア 原告は,D社ライセンス契約におけるグラントバックが有する価値は,被告が同特許を実施していることから,原判決の認定した実施料の1割よりも高い旨主張するが,前記(4)と同様,被告による実施を認めるに足りる証拠はなく,原告の主張は採用できない。

イ また,原告は,D社ライセンス契約について,被告から原告に対して2回目の報償金●●●●●●●円が支払われていることは,C社が被告に支払った継続実施料が●●●●●円であることを示すものであり,この継続実施料額を被告が得た利益の額として加算すべきであると主張し,これに対し,被告は,平成15年4月に原告に支払われた特別報償金は過誤払いであって,被告がこれに係る利益を得たものではない旨主張する。

そこで検討するに,証拠(甲14の4・6)によれば,被告が,原告に対し,●●●●●●●●●●,本件特許に係る本件取扱規定に基づく特別報奨金として●●●●●●●円を支払う旨通知し,原告の給与振込口座に振り込んだこと,原告は,本件特許に係る実施料を被告が得たとの情報を掴んでいないことから,不思議に思いメールで被告に問い合わせたところ,担当者が,D社ライセンス契約に関し,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●から,特別報奨金の対象となった旨メールで回答したことが認められる。

しかし,D社の知的財産部長の陳述書(乙42)には,平成●●年●月●日に締結されたD社ライセンス契約は,●●●●●●●●●●●●に生産,譲渡等したものについて被告から非独占的通常実施権の許諾を受け,これに対し実施料●●●●●円の支払をしたもので,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●旨の陳述がある。そして,この陳述は,上記陳述に係るD社ライセンス契約の内容について当事者間に争いがないこと,上記のメール回答にあるとおり,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●ことや,上記の問合せメールにおいて,原告が被告が実施料を獲得した事実は掴んでおらず,なぜもらえたのか不思議に思う旨を述べた事実と整合するものであることに照らすと,十分に信用することができる。

そうすると,契約締結前の使用等を対象とするD社ライセンス契約に基づく●●●●●円の支払がなされた後に,●●●●●に実施料が支払われたわけではないから,●●●●●に原告に支払われた報奨金は,被告がD社ライセンス契約に基づく実施料の支払を受けていないにもかかわらず過誤払いをしたものと認められる。よって,原告の主張は採用できない。

(6)  争点(4)オ(E社ライセンス契約における利益の額)

ア 原告は,E社が,E社の特許に対する実施料過去分として当初提案した●●●●●●●円の請求を,被告が●●●●特許,●●●●●●特許及び本件特許をカウンター特許として示した後に●●●●●●●円に減額したことに関し,その差額●●●●●●●円がすべて本件特許の実施料であると主張し,●●●●特許及び●●●●●●特許は一切減額に寄与していないと述べる。これに対し,被告は,上記減額に本件特許は寄与しておらず,減額分はすべて●●●●●●特許の寄与によるものであると主張するので,以下検討する。

E社ラインセンス契約のための社内検討資料である甲30には,被告社内においてE社ライセンス契約の締結に貢献した度合いが高いと思われる特許が列挙されているところ,ここには,本件特許や●●●●●●の国内特許及び●●●●●●外国特許が挙げられている。そして,当該契約の経過報告書である甲38の2によれば,E社は,平成●●年●●月当時,E社の特許に係る実施料として過去分●●●●●●●円を提示したのに対し,被告は,カウンター特許として,平成●●年●月●●日に●●●●特許を提示し,更に遅くとも同年●月ころまでに本件特許を提示しているところ,●●●●特許については,E社から●●●●●●●●●●などして技術論争がなされ,E社から●●●●特許は評価しない旨明示的に述べられていたのに対し,本件特許についてはそのような技術論争が行われた形跡がないこと,その後,同年●●月までの間に,被告から,上記二つのカウンター特許に加え,●●●●●●特許が示され,このころ,E社は,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」と前回の提案である●●●●●●●円から●●●●●●●円の減額提案をしていること,最終的に,これらの三つのカウンター特許が契約対象に盛り込まれていること,一方で,E社は,●●●●特許は別に交渉するとし,最終的には●●●●特許も契約対象に入ったものの,平成●●年●月においても,●●●●特許は評価しないという立場であったことに照らすと,E社は,●●●●特許を評価せず,本件特許及び●●●●●●特許を併せて考慮した上で,●●●●●●●円の減額となる提案をしたものと認められる。

そうすると,原判決のとおり,E社による減額には,本件特許及び●●●●●●特許(●●●●●●外国特許を含む。)の両方が寄与したものと認めるのが相当である。

イ この点,原告は,E社との特許紛争に関する報告書である甲38の1に記載されるとおり,被告とE社との間で実施料算出の基礎とされたのは日本国内における製品売上額のみであり,上記の●●●●●●●円の減額に,●●●●●●外国特許は一切寄与していないと主張する。

しかし,甲30には,被告社内においてE社ライセンス契約の締結に貢献した度合いが高いと思われる特許として,本件特許や●●●●●●の国内特許とともに,●●●●●●外国特許が挙げられていること,甲38の1は,平成●●年●月●●日までの交渉経過に基づいて,被告がE社から支払を受けるべき実施料及び被告のカウンター特許から得るべき実施料を国内における製品売上額を基礎に試算したものにすぎず,この額がそのまま相手方との交渉において提示されたとの事実は窺われないこと,実際に成立したE社ライセンス契約が,その対象特許について,E社及び被告ともに対象製品に関する全世界の特許権及び実用新案としていることなどに照らすと,上記の減額には,●●●●●●外国特許も考慮されたものと認められる。

また,原告は,原判決が,本件特許のデジタル放送の有料番組や視聴者参加番組のデータ送信のための電話回線との接続との機能は,●●●又は●●●●●●の中核的な機能に比して重要性が高いとはいえないこと,デジタル放送の視聴割合は高くなく,そこでの電話回線を用いたデータ送信の活用の程度はごく限定的であったと認められるとしたことにつき,通常,実施料が「特許製品の売上額×実施料率」によって算出することから明らかなように,当該特許が実施されている製品の売上額で決まるものであり,当該特許に係る「中核的な機能に比して重要性が高いか否か」,あるいは,「ユーザーが使用する頻度」については実施料の算出において考慮されることはない旨主張する。

しかし,包括クロスライセンス契約に当たり,相手方の持つカウンター特許について,自社製品の侵害の有無,侵害とされる可能性の程度に加え,当該特許の技術的意義,機能,当該特許の実施が製品の顧客吸引力に占める程度,代替特許の有無など様々な事情が考慮されるのであるから,当該特許の機能等をカウンター特許による減額の程度を検討する上で斟酌した原判決に誤りはなく,原告の上記主張は採用できない。

さらに,原告は,上記●●●●●●●円の減額で考慮されたのは,甲38の1に「●●●●●●●●●●●●●●●●●」とあるとおり,過去●年間のE社●●●●●●●の売上額にすぎないから,少なくとも,契約締結時に精算されていない製品,すなわち,契約締結後に相手方の特許実施が明らかになった製品(当該●年間を除いた年度の●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)の実施料を加算すべきであると主張する。

しかし,E社ライセンス契約の対象製品には,原告の主張する上記製品が含まれていること,本件特許は平成17年11月に消滅するに至っていることからすれば,E社ライセンス契約においては,過去分すべての売上を含めて考慮した上で減額が提示されたというべきであって,E社による●●●●●●●以外の実施が後に判明したからといって,別途本件特許に基づく実施料を取得できる契約上の根拠はないのであるから,被告が本件特許により得た利益は,上記の●●●●●●●円の範囲内というべきであり,原告の上記主張は採用できない。

ウ 被告は,甲38の2の平成●●年●●月●●日の欄にある,E社が「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との記載を,上記減額において本件特許が寄与していない証左と主張するが,同記載部分は,被告においてE社の行動を予測し,これに対し被告が採るべき方針が記載されたものと解されるから,上記記載の要求を実際にE社が行ったかどうかは定かではない。

また,被告は,E社は,本件特許を実施していないから,E社ライセンス契約における本件特許の寄与は小さい旨主張する。しかし,原判決第4,4記載のとおり,実際にはE社は本件特許を実施したと認められ,しかも,前記のとおり,E社は,●●●●特許を評価しない旨繰り返す一方で,本件特許を実施してないから同契約から外すよう要求していなかったことに照らすと,E社は,自社製品が本件特許の技術的範囲に属するか否かにつき懐疑的であったことを考慮したとしても,本件特許を一定程度評価していたものと認めるのが相当である。

そして,E社は,●●●●特許を評価しないとしつつ,これら三つのカウンター特許を対象特許とした上で,最終的に被告がE社に対し●●円を支払うとの内容の契約が成立したことに照らすと,更なる減額部分にも●●●●●●特許及び本件特許は寄与したものと解され,そうすると,本件特許の対象が過去の損害分にとどまることや,原判決第4,9(2)イに述べたように技術的にその機能が限定的であることを考慮したとしても,その寄与は●●円と認めるのが相当であって,これを下回るとする被告の主張は採用できない。

(7)  争点(5)(被告の貢献度)

ア 事実認定上の問題

まず,原告は,本件異議申立てにおける引例との相違点及び本件補正案を考えたのは原告であるのに,これらをAが行った旨認定した原判決の事実認定は誤りであると主張し,Aの証言について,本件特許に係る業務は,Aにとって非常に印象に残るはずの重大案件であったにもかかわらず,引例との相違点を発見したことを憶えていないことや,本件補正案に基づく実験依頼の経緯等についての記憶がないのは不自然であることから,信用性がない旨主張する。

しかし,Aは,被告の知的財産部員であって,常時,複数の案件を担当していたところ,本件補正は,証人尋問時から約18年前に行われたものであり,本件特許が単独でライセンス契約の対象となるに至ったのは平成●●年になってからであることに照らすと,これらが検討された平成7年当時において,本件特許に係る業務が被告やAにとって格別の重大案件であったと認めることはできず,原告指摘の点についてAの証言が曖昧であったり,これらを明確に記憶していなかったりすることが,さほど不自然であるとは解されない。

また,原告は,Aが「相違点として,このポイントがいいよと言ったのは,もしかすると発明者さんかもしれないしというところは疑義があるかなとは思います。」(証人A28頁)と述べるのは,構成要件Eに係る相違点をA自らが発見していなかったからにほかならないと主張する。しかし,上記部分は,Aが書いた連絡票について,その内容はAが作成した事実を示すか否かを尋ねる趣旨の質問に対し,連絡票からは直ちに分からない旨を回答した経緯でなされた証言であって,原告の主張に沿う証言がなされたものと評価することはできず,上記主張は採用できない。

さらに,原告は,甲26の2のメールについて,メールにおける項目1が構成要件Eと他の構成要件A~Dとが一体となった実施態様で最初に報告されているのに対して,項目2及び3は単独で,しかも,上記項目1に次いで報告されていることからすると,当該メール以前に既に構成要件Eを追加する補正が決まっていたことを示す旨主張する。しかし,その記載の順番から,直ちに原告の主張のように解することはできない。かえって,甲26の2は,その体裁からして,原告が送信した当該メールに先立って何らかの方法で原告に対する問合せがあり,これに対応して原告が回答をしたものと推測できるところ,ここに三つの補正案に対する実験結果が回答されていることに照らすと,この段階では,まだ補正案が本件補正に決定されていなかったと解するのが自然であり,当該メールの存在は,三つの補正案に対して原告に回答を求めた旨の被告の主張に沿うものといえる。

加えて,そもそも,原判決は,本件異議申立てに対しては,被告の知的財産部の従業員がB弁理士とともに対応に当たり,構成要件Eを付加する本件補正及びこれに基づく反論を行うことによって,本件特許出願が特許登録に至った旨を認定しているのであり,すべてをAが行った旨を認定しているものではないから,原告が,これらをAが一人で行った旨認定したものと理解して,そのことを前提に原判決を論難する部分については,失当である。

その他,原告の陳述及び供述,並びにAの証言,陳述についての証拠評価は,原判決第4,10(3)エ,オにおいて述べたとおりであり,原告の主張は,上記説示を左右するものではない。

そうすると,原判決において認定した諸事情は,すべて認定の基礎とすることができ,これらを考慮すると,被告の貢献度としては95%と認めるのが相当である。

イ 原告の主張について

原告は,原判決にいうNCU技術は,原告が入社した際には,既に公知となっている技術であり,被告が独自に開発した技術ではないことから,被告の貢献として考慮に入れるべき性質のものではない旨主張する。

しかし,旧35条4項の趣旨は,職務発明から生ずる権利や利益を,資金や資材等の提供者である使用者と技術的思想の提供者である従業員との間で衡平に分配し,互いの利益を調整することであると解され,使用者の貢献について,原告の主張する「特段の貢献」である必要がないことは,原判決第4,10(3)アの述べるとおりである。したがって,原告が,原判決認定のとおり,被告社内でNCUの設計開発に携わり,公知の技術を含めた被告におけるNCU技術の蓄積に接する中で本件発明が完成されたことは,被告の貢献度を示す一事情となることが明らかであるから,原告の上記主張は採用できない。

また,原告は,被告が定めた「発明外要素貢献度算出基準」は,発明者及び会社の貢献度を算出する際に,それぞれの評価項目についてその割合を明確に規定していることからすれば,原判決よりも評価できる指標であり,発明者から事実上強制的に発明の譲渡を受けられるという旧35条の内容に鑑みれば,法と本件取扱規定とで貢献度を評価する基準を異ならせるときは,特許権の承継を認めることが不合理となるから,使用者が自ら定めた貢献度に関する基準は,裁判上もこれを基礎とされるべき旨主張する。

しかし,「発明外要素貢献度算出基準」における「会社の貢献度」は,被告社内における特別報奨金を定めるに当たって用いられるもので,旧35条4項における「相当の対価」の算定とは必ずしも合致するものではなく,ここにおける「貢献度」を旧35条4項における「使用者等が貢献した程度」と同義とすべき理由はない。また,旧35条4項は,社内に報奨金支給規定がある場合でも,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項に基づいてその不足する額に相当する対価の支払を求めることができるものであるから,原告の上記主張は,失当である。

ウ 被告の主張について

被告は,B社,C社及びE社は,本件特許を実施しておらず,それにもかかわらず実施料を獲得できたのは,被告のライセンスグループの貢献によるものである旨主張するが,本件特許の実施については,原判決第4,4において述べたとおりであって,これに反する被告主張部分は採用できない。そして,原判決の判断は,C社について,原判決第4,4において述べた10機種について非実施であることを考慮に入れた上でのものであり,その他,被告が前記第2,(2)キ(被告の主張)(ウ)で述べるところをすべて考慮に入れたとしても,被告の貢献度としては,95%とするのが相当であるから,被告の主張は採用できない。

第4結論

以上によれば,原告の請求は,被告に対し,746万7574円及びこれに対する平成22年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないから,その限度で原告の請求を認容した原判決は相当であり,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がなく,これらを棄却すべきである。なお,別紙「A社実施料計算表(更正後)」及び「B社実施料計算表(更正後)」の各網掛部分に相当する原判決別紙「A社実施料計算表」及び同別紙「B社実施料計算表」の記載部分に誤記,誤算があることにより,原判決主文1項に「746万7573円」とあるのは,「746万7574円」の誤りであることが,原判決の理由自体から明白であるから,民訴法257条により,原判決主文1項中「746万7573円」とあるのを「746万7574円」と更正し,その旨を明らかにすることとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)

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