知財高等裁判所 平成26年(ネ)10084号 判決 2014年11月26日
控訴人
X
訴訟代理人弁護士
野中信敬
同
安田修
同
橋本幸子
同
辻美和
同
川見友康
被控訴人
日本電信電話株式会社
訴訟代理人弁護士
升永英俊
同
江口雄一郎
補佐人弁理士
佐藤睦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,100万円及びこれに対する平成26年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,考案の名称を「テレホンカード」とする実用新案権の設定登録(実用新案登録第2607899号。以下,この実用新案権を「本件実用新案権」という。)を受けた控訴人が,被控訴人が本件実用新案権の実用新案登録出願の出願公開後その設定登録前である平成12年6月30日から設定登録日である平成22年4月2日までの間に被控訴人が原判決別紙物件目録記載の製品(以下「被控訴人製品」という。)を製造販売し,本件実用新案権に係る考案を実施したとして,被控訴人に対し,平成5年法律第26号による改正前の実用新案法(以下「旧実用新案法」という。)13条の3第1項に基づく補償金の一部請求として100億円の一部である100万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,本件実用新案権の実用新案登録出願は,分割出願であり,その出願は原出願の時にしたものとみなされるので,本件実用新案権が有効に成立していたとしても,旧実用新案法15条1項により,控訴人が補償金請求権が発生したとする出願公開日前に本件実用新案権の存続期間が満了したことになり,控訴人が出願公開日以降において本件実用新案権に係る考案につき実用新案登録出願をしたことに基づく権利行使をする余地はおよそなかったというべきであるから,控訴人の主張する補償金請求権の行使は認められないとして,控訴人の請求を棄却した。
控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。
1 前提事実
(1) 控訴人は,平成11年12月20日,A(以下「A」という。)及びBと共同して,昭和59年9月5日に出願された実用新案登録出願(実願昭59-134611号。以下「本件原々出願」という。)の分割出願である実用新案登録出願(実願平6-5675号。以下「本件原出願」という。)の一部を分割して,新たな実用新案登録出願(実願平11-9646号。以下「本件出願」という。)をした(甲1,6,7,11,14ないし16)。
本件出願については,平成12年6月30日に出願公開がされ,平成22年4月2日,本件実用新案権として設定登録されたが,同月21日,本件実用新案権の登録は,平成11年9月5日存続期間満了を原因として抹消された(甲1,11)。
(2) 本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,請求項1に係る考案を「本件考案」という。甲1)。
「1.電話機に差し込むことにより電話がかけられるテレホンカードにおいて,このカード本体の一部に,電話機に差し込む方向を指示するための押形部から成る指示部を設けて成り,前記指示部は縦軸または横軸の一方が長く形成される形状の平面を呈し,前記カード本体の外周縁から前記カード本体の内方向にくぼんでいると共に,前記カード本体の直交する2つの中心軸線の夫々から一側にずれ且つ前記カード本体面内で前記平面の長く形成される縦軸または横軸が中心軸線の一にほぼ平行若しくは直交して前記カード本体に配置されており,且つ,前記指示部は目の不自由な者が前記カード本体を電話機に差し込む際,目の不自由な者の指が触れ,前記カード本体の前記電話機に差し込む方向及び表裏を確認し得る位置に配置されていることを特徴とするテレホンカード。」
(3) 控訴人とAは,平成11年,被控訴人に対し,被控訴人が製造販売するテレホンカードが本件原々出願の実用新案権(実用新案登録第2058104号)及び本件原出願の実用新案権(実用新案登録第2150603号)に係る各考案の技術的範囲に属するとして,不当利得返還請求の一部請求として570億円の一部である125億円及び遅延損害金の支払を求める訴訟(東京地方裁判所平成11年(ワ)第24280号不当利得返還請求事件。以下「別件訴訟」という。)を提起したが,東京地方裁判所は,平成12年7月26日,控訴人らの請求を棄却する旨の判決をし,同判決は,その後,確定した(甲10,弁論の全趣旨)
2 本件に関する実用新案法の定め
前記1(1)のとおり,本件出願は,平成11年12月20日,本件原々出願(実願昭59-134611号)の分割出願である本件原出願(実願平6-5675号)の更なる分割出願として出願されたものであり,実用新案法11条1項において準用する特許法44条2項本文の規定により,本件原々出願の出願の時にしたものとみなされるから,本件出願の出願日は本件原々出願の出願日である昭和59年9月5日となる。
そして,平成5年法律第26号改正附則4条1項は,同法律の施行の際現に特許庁に係属している実用新案登録出願については,上記改正附則3条の規定により改正前の実用新案法の規定が,上記法律の施行後もなおその効力を有する旨規定しており,本件出願には旧実用新案法13条の3及び15条が適用される。また,本件出願については,平成6年法律第116号の施行前に出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達がされていないので,平成6年法律第116号改正附則9条1項により出願公告をしないものとされ,旧実用新案法13条の3第1項,2項及び4項については上記改正附則9条4項(平成15年法律第47号による改正後のもの)の委任を受けた特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号。ただし,平成15年政令第356号による改正後のもの)により「出願公告」及び「当該実用新案登録出願の出願公告」とあるのはそれぞれ「実用新案権の設定の登録」と読み替えられ,旧実用新案法15条1項については上記改正附則9条3項により「出願公告の日」とあるのは「その設定の登録の日」とされたことにより,次のとおり規定されていることになる(以下,旧実用新案法13条の3ないし15条というときは,以下の読替え後のものをいう。)。
(1) 旧実用新案法13条の3
ア 1項
実用新案登録出願人は,出願公開があつた後に実用新案登録出願に係る考案の内容を記載した書面を提示して警告をしたときは,その警告後実用新案権の設定の登録前に業としてその考案を実施した者に対し,その考案が登録実用新案である場合にその実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の補償金の支払を請求することができる。当該警告をしない場合においても,出願公開がされた実用新案登録出願に係る考案であることを知って実用新案権の設定の登録前に業としてその考案を実施した者に対しては,同様とする。
イ 2項
前項の規定による請求権は,当該実用新案権の設定の登録があつた後でなければ,行使することができない。
ウ 3項
第1項の規定による請求権の行使は,第12条第1項の権利又は第41条において準用する特許法第159条第3項若しくは第161条の3第3項において,若しくは第45条において準用する特許法第174条第1項において準用する同法第159条第3項において,それぞれ準用する同法第52条第1項の権利及び実用新案権の行使を妨げない。
エ 4項
第28条,特許法第105条,特許法等の一部を改正する法律(平成15年法律第47号)第1条の規定による改正後の特許法(以下「平成15年改正特許法」という。)第65条第4項,民法第719条及び第724条(不法行為)の規定は,第1項の規定による請求権を行使する場合に準用する。この場合において,当該請求権を有する者が実用新案の設定の登録前に当該実用新案登録出願に係る考案の実施の事実及びその実施をした者を知ったときは,民法第724条中「被害者又ハ其法定代理人ガ損害及ビ加害者ヲ知リタル時」とあるのは,「実用新案登録出願ノ設定ノ登録ノ日」と読み替えるものとする。
(2) 旧実用新案法15条1項
実用新案権の存続期間は,その設定の登録の日から10年をもって終了する。ただし,実用新案登録出願の日から15年をこえることができない。
(3) 平成15年改正特許法65条
ア 1項
特許出願人は,出願公開があつた後に特許出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して警告をしたときは,その警告後特許権の設定の登録前に業としてその発明を実施した者に対し,その発明が特許発明である場合にその実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の補償金の支払を請求することができる。当該警告をしない場合においても,出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知って特許権の設定の登録前に業としてその発明を実施した者に対しては,同様とする。
イ 4項
出願公開後に特許出願が放棄され,取り下げられ,若しくは却下されたとき,特許出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定したとき,第112条第6項の規定により特許権が初めから存在しなかつたものとみなされたとき(更に第112条の2第2項の規定により特許権が初めから存在していたものとみなされたときを除く。),又は第125条ただし書の場合を除き特許を無効にすべき旨の審決が確定したときは,第一項の請求権は,初めから生じなかつたものとみなす。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり原判決を訂正し,当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」の第2の3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決の訂正
ア 原判決5頁7行目の「原出願及び原々出願」を「本件原出願の実用新案権及び本件原々出願の実用新案権」と,同8行目の「不当利得返還請求訴訟」を「別件訴訟」とそれぞれ改める。
イ 原判決5頁9行目の「原出願及び原々出願」を「本件原出願及び本件原々出願」と,同10行目の「上記訴訟」を「別件訴訟」とそれぞれ改める。
ウ 原判決5頁14行目の「補償金請求権」の前に「控訴人による本件考案の実施について」を加える。
(2) 当審における当事者の主張
ア 控訴人の主張
原判決は,本件実用新案権につき存続期間が満了していることを理由に,原告主張の補償金請求権の行使を否定したものであるが,原判決の判断は,以下のとおり,誤りである。
(ア) 補償金請求権と実用新案権は法的性質が異なる別個の権利であること
補償金請求権は,実用新案登録出願を行ったこと自体に基づいて認められる権利ではなく,実用新案登録出願の公開を行ったことの効果として,強制的な公開に対する代償を行うべく法が認めた権利であり,実用新案権が発生するに至らない時期の公開に対し保護を与えるべく,旧実用新案法13条の3で新たに創設された権利である。
旧実用新案法13条の3第3項は,補償金請求権の行使は,実用新案権の行使を妨げないと規定しており,補償金請求権は,出願公開から実用新案権の設定登録までの間における実施に対して生じるものであって,実用新案権の設定登録後の実施には何ら関係がない。
また,法的性質からも,補償金請求権は,法が特に認めた特別の請求権とする説あるいは不法行為の一態様と捉える説のいずれに立った場合であっても,実用新案権そのものとは全く性質が異なるものである。
したがって,補償金請求権は,旧実用新案法13条の3によって創設された実用新案権とは別個の権利であり,実用新案権に係る存続期間を補償金請求権に適用すべき理由はない。
(イ) 補償金請求権の行使を否定する根拠規定を欠くこと
旧実用新案法13条の3第4項において準用する平成15年改正特許法65条4項は,「出願公開後に特許出願が放棄され,取り下げられ,若しくは却下されたとき,特許出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定したとき,第112条第6項の規定により特許権が初めから存在しなかつたものとみなされたとき(更に第112条の2第2項の規定により特許権が初めから存在していたものとみなされたときを除く。),又は第125条ただし書の場合を除き特許を無効にすべき旨の審決が確定したときは」,補償金請求権が初めから生じなかったものとみなす旨規定している。
旧実用新案法12条3項は,実用新案につき登録すべき理由がなく,登録自体がそもそも無効であり,あるいは登録時に遡及して無効となる場合を限定列挙し,これらの場合には,補償金請求権が初めから生じなかったものとみなす旨規定したものである。
ところで,平成15年改正特許法65条4項(現行特許法65条5項に相当)は,同条1項の補償金請求権は,最終的に特許権の設定登録がある場合以外は,初めから存在しなかったとみなされる旨規定したものと解されており,このことは,特許権の設定登録自体が有効である場合には,特許権の放棄や後発的無効理由により特許権が消滅しても,補償金請求権は消滅しないことを意味するものである(甲12,13)。これを敷衍すれば,仮に登録と同時に特許権を放棄したり,後発的無効理由が生じたりすることにより,登録直後から当該発明について独占権が認められない場合であっても,登録自体が有効である場合には,補償金請求権は消滅しないことを意味する。かかる結論は,観念的にどれほど特許権の放棄や後発的無効理由の発生が登録と時的に近接しており,特許権が瞬時に消滅する場合であっても同じであり,登録以前に出願を放棄したりしたものではない以上,特許権が発生後直ちに消滅したとしても,補償金請求権は消滅しないはずである。この理は実用新案権にも妥当するものであり,旧実用新案法13条の3第4項及び12条3項が定める事情がなく,本件出願が登録に値する価値があるものとして有効に設定登録まで至っている以上,たとえ補償金請求権の発生直後に存続期間満了により本件実用新案権が消滅したとしても,補償金請求権自体は消滅しないというべきである。
一方で,旧実用新案法には,同法15条の実用新案権の存続期間が満了したときに補償金請求権が初めから生じなかったものとみなす旨の規定は存在しない。
旧実用新案法13条の3第4項及び12条3項が,同法15条が定める存続期間の満了という,実用新案権自体に明確に組み込まれ,当然に予想される終了事由をあえて規定していないのは,補償金請求権の行使期間は同法13条の3第4項の定める消滅時効により規律することとする趣旨である。補償金請求権の行使期間は,消滅時効により限定することにより,出願人と第三者の利益衡量が図られているため,これとは別個に,補償金請求権について実用新案権の存続期間による制約を課し,利益衡量を行う必要は存しない。のみならず,補償金制度は,出願人に保護を与える一方で,実用新案権そのものほど強力な権利を与えておらず,このことによっても,第三者の利益との調和が図られている。
(ウ) 分割出願の考案及び公開は,原出願とは別個のものであること
分割出願した考案は,原出願とは別個の手続の対象とされており,実用新案の公開も,分割出願のたびごとに行われる。旧実用新案法13条の2は,出願公開につき,実用新案登録出願の日から1年6月を経過したもので,出願公告を行ったものを除くすべてを対象としていたのであり,出願公開前に出願自体が取下げ,却下,放棄,拒絶査定が確定した場合等は格別として,実用新案権の存続期間が満了していても出願公開の対象となるものであり,これにより,新規に公開がされる以上,公開に対する代償は,公開の都度個別に行われる必要が存する。
仮に実用新案権の存続期間満了後は登録によっても,実用新案権のみならず,補償金請求権をも認められないとすれば,存続期間が満了した考案につき,そもそも分割出願を認める意味はない。審査の過大な負担にもかかわらず,存続期間満了後の分割出願による実用新案登録に何らの法的効果も伴わないのであれば,存続期間満了後は分割自体を認めないのが合理的であるが,分割出願の時期的要件を定める旧実用新案法9条1項,特許法44条1項は,存続期間満了後の分割出願につき何ら制限していない。旧実用新案法が,既に存続期間が満了している考案につき,長期にわたり,人的物的資源を投じて分割要件につき審査を行うのは,単に出願人の主観的満足のためではなく,登録により補償金請求権が発生するからである。
出願人が出願料金及び出願審査料金をも支払った上,実用新案登録に値する新規性を有する原出願とは別個の新たな出願につき公開が行われているにもかかわらず,かかる公開に対し,存続期間満了を理由に何らの保護も行われないとすれば,不当である。
(エ) 本件実用新案権の設定登録が存続期間満了後であったことにつき控訴人に帰責性はないこと
出願人が分割出願できる場合は,旧実用新案法9条1項,特許法44条1項により限定されており,控訴人は,本件出願は,本件原出願に対する拒絶査定不服審判請求に合わせて分割出願したものであり,本件原出願の審査の経過に付随して必然的にこの時期にならざるを得なかったものである。そして,本件原出願の審査期間の長短は,控訴人において決し得るものではなく,控訴人が本件原出願の分割出願の時機を失したのは,特許庁が本件原出願の審査に多大な時間を要したためであり,控訴人には何ら責任はない。そもそも,補償金請求権は,審査に多大な時間を要する間,必然的に行われる公開によって,出願の内容が強制的に開示されることにより,登録後の権利行使では取り返しがつかない模倣盗用の被害を被る出願人を保護するための制度であるにもかかわらず,本件のように本件原出願の審査の遅滞により登録までに時間を要し,本件出願について長い出願公開の末,存続期間が満了した場合に,補償金請求権を認めないのは制度趣旨に反する。
そして,本件実用新案権は最終的に登録に至っているにもかかわらず,実用新案権の存続期間が満了したことにより実用新案権を行使し得なくなったことは,控訴人には左右し得ない事由である本件原出願の審査の遅滞が原因であることに加えて,控訴人が,更に補償金請求権まで認められないとすれば,特許庁の審査遅滞により二重の不利益を被ることとなり,甚だ不合理である。
(オ) 小括
以上によれば,控訴人は,被控訴人に対し,被控訴人による本件考案の実施について旧実用新案法13条の3第1項に基づく補償金請求権を有しており,その権利行使を妨げるべき理由はないから,その権利行使を否定した原判決は誤りである。
イ 被控訴人の主張
(ア) 実用新案登録出願は,その出願公開(旧実用新案法13条の2)により,一般公衆に強制的に開示され,第三者は,実用新案権の発生前に実用新案登録出願の内容を知り,実施することが可能となる。そこで,旧実用新案法13条の3は,出願人の利益と第三者の利益の均衡を図るため,実用新案権が有効に成立していることを前提として,出願公開から実用新案権の設定登録までの間における第三者の実施に対し,実用新案登録出願人に実施料相当額の補償金の請求を認め,実用新案登録出願人の不利益を補填することとした補償金請求の制度を設けた。
したがって,実用新案登録が無効である場合や,実用新案権が設定登録の時点でその存続期間が満了している場合は,当該前提を欠くので,仮に実用新案権が登録されたとしても,その補償金請求権は,そもそも,発生しないというべきである。
そして,実用新案法が,出願された考案に独占権を付与した期間経過後の,誰もが自由に考案を実施できる期間(パブリックドメインとなって以降の期間)に,第三者が当該考案を実施したとしても,実用新案登録出願人の不利益は,そもそも存在しない。
また,旧実用新案法は,実用新案権が初めから存在しなかったとみなされたときは,補償金請求権も初めから生じなかったとみなしている(旧実用新案法13条の3第4項において準用する平成15年改正特許法65条4項)。
実用新案登録出願の日から15年を超えた日以降,実用新案権が存在することはないから(旧実用新案法15条1項),実用新案登録出願の日から15年以内に実用新案権の登録がない場合,実用新案権は出願された当初から一瞬たりとも存在することはなく,実用新案権が初めから存在しない場合は,補償金請求権も生じない。
したがって,控訴人主張の補償金請求権は発生していない。
(イ) 控訴人は,分割出願に係る考案は原出願とは別個であること,補償金請求権に消滅時効が認められていることなどを縷々述べて,原判決の判断に誤りがある旨主張している。
しかしながら,原判決は,分割出願に係る考案について,誰もが自由に実施できる期間(パブリックドメインとなって以降の期間)に,第三者が当該分割出願に係る考案を実施したことに対して,補償金請求権は発生しない旨を判示したものであり,補償金請求権の行使が,考案がパブリックドメインとなって以降も許されることは,補償金請求権が生じる対象期間が,考案がパブリックドメインとなって以降の期間を含むことを意味するものではない。
したがって,原判決の判断に誤りはなく,控訴人の上記主張は理由がない。
なお,控訴人は,控訴人の帰責性について縷々主張しているが,原判決は,補償金請求権の行使を認めない理由として,控訴人に帰責性があることを挙げてはいないから,控訴人の帰責性の有無は,無関係である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(補償金請求権の有無)について
(1) 旧実用新案法15条1項ただし書は,実用新案権の存続期間は,実用新案登録出願の日から15年をこえることができないと規定している。
実用新案制度は,考案を公開した者に対し,その利用についての独占的な権利である実用新案権を付与することにより,考案を奨励するとともに,第三者に対しても,この公開された考案を利用する機会を与え,もって産業の発達に寄与することを目的とする制度であること(旧実用新案法1条参照)から,旧実用新案法は,その目的を達成するために必要かつ合理的な期間として,実用新案権の存続期間を設け,その存続期間が満了した後は,何人でも自由にその考案を利用することができるようにしたものと解される。
一方で,旧実用新案法13条の3第1項は,早期に考案を公開するという社会的利益を目的とする出願公開制度により公開された考案が,第三者によって実施されることによって出願人が被る不利益を救済するために,その考案が登録実用新案である場合に,その設定登録前の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の補償金請求権を法が特に出願人に認めたものと解される。
そうすると,旧実用新案法13条の3第1項の補償金請求権に係る考案は,登録実用新案として保護を受けるべき考案であることを前提としているといえるから,補償金請求権を取得できる期間は,実用新案権の存続期間の範囲内であると解される。
これを本件についてみるに,前記第2の1(1)によれば,本件出願は,平成11年12月20日,本件原々出願(出願日昭和59年9月5日)の分割出願である本件原出願の更なる分割出願として出願され,平成12年6月30日に出願公開がされ,平成22年4月2日,本件実用新案権として設定登録されたものであり,本件出願は適法な分割出願と認められ,本件実用新案権の設定登録に至ったものであるから,実用新案法11条1項において準用する特許法44条2項本文の規定により,本件出願は,本件原々出願の出願の時にしたものとみなされ,本件出願の出願日は本件原々出願の出願日である昭和59年9月5日となる。
そうすると,本件実用新案権の存続期間は,旧実用新案法15条1項ただし書の規定により,本件出願の出願日である昭和59年9月5日から15年を経過した平成11年9月5日をもって満了する。そのため,本件実用新案権の登録は,平成22年4月21日,平成11年9月5日存続期間満了を原因として抹消されたことは,前記第2の1(1)のとおりである。
上記事実関係の下においては,本件出願は,その現実の出願日である平成11年12月20日の時点で,本件考案が実用新案登録された場合であっても既に実用新案権の存続期間は満了しており,実用新案権を行使することができなかったものであるから,控訴人は,上記存続期間の満了日の後に,本件考案に係る補償金請求権を取得することはできないというべきである。
したがって,控訴人が被控訴人に対し被控訴人による平成12年6月30日から平成22年4月2日までの間の本件考案の実施について旧実用新案法13条の3第1項に基づく補償金請求権を有しているものと認めることはできない。
(2) 控訴人は,これに対し,①補償金請求権と実用新案権は法的性質が異なる別個の権利であること,②実用新案権の設定登録が有効にされた場合に実用新案権の存続期間が満了したことを理由に補償金請求権の行使を否定する根拠規定を欠くこと,③分割出願した考案は,原出願とは別個の手続の対象とされており,実用新案権の存続期間が満了していても出願公開の対象となり,その出願公開により新規に公開がされる以上,公開に対する代償は公開の都度個別に行われる必要が存すること,④仮に実用新案権の存続期間満了後は登録によっても,実用新案権のみならず,補償金請求権をも認められないとすれば,存続期間が満了した考案につき,そもそも分割出願を認める意味はなく,存続期間満了後は分割自体を認めないのが合理的であるが,分割出願の時期的要件を定める旧実用新案法9条1項,特許法44条1項は,存続期間満了後の分割出願につき何ら制限していないこと,⑤本件実用新案権の設定登録が存続期間満了後であったことにつき控訴人に帰責性はないことなどを挙げて,控訴人は,被控訴人に対し,被控訴人による本件考案の実施について旧実用新案法13条の3第1項に基づく補償金請求権を有している旨主張する。
しかしながら,前記(1)認定のとおり,旧実用新案法13条の3第1項の補償金請求権は,法が特に出願人に認めたものであり,実用新案権とは別個の権利であるが,上記補償金請求権に係る考案は,登録実用新案として保護を受けるべき考案であることを前提としているといえるから,補償金請求権を取得できる期間は,実用新案権の存続期間の範囲内であると解される。
また,本件出願は,その現実の出願日である平成11年12月20日の時点で,本件考案が実用新案登録された場合であっても既に実用新案権の存続期間は満了し,実用新案権を行使することができなかったものであるから,第三者によって本件考案が実施されたとしても出願人である控訴人が不利益を被る関係にあるものと認めることはできないものであって,本件出願の出願公開により,保護を受けるべき考案が公開されたものとはいえず,控訴人が不利益を被ることはおよそ想定し得ないものであり,本件出願の出願公開に基づいて,控訴人に旧実用新案法13条の3第1項の補償金請求権を認める合理性は認められない。
したがって,控訴人が挙げる①ないし⑤の諸点は,いずれも控訴人に補償金請求権を認める根拠となるものではないから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
(3) 以上によれば,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
2 結論
以上の次第であるから,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 柵木澄子)