知財高等裁判所 平成26年(ネ)10130号 判決 2015年5月25日
当事者
別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,3285万円及びこれに対する平成22年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 当事者(争いがない)
(1) 控訴人は,建築設計を主たる業とする株式会社である。
(2) 被控訴人有限会社松下(以下「被控訴人会社松下」という。),同Y2,同Y3(以下「被控訴人Y3」という。),同Y4(以下「被控訴人Y4」という。),同Y5(以下「被控訴人Y5」という。),同Y6(以下「被控訴人Y6」という。),同Y7(以下「被控訴人Y7」という。),同Y8(以下「被控訴人Y8」という。),同Y9(以下「被控訴人Y9」という。),同Y10(以下「被控訴人Y10」という。)及び同Y11(以下,被控訴人会社松下,被控訴人Y2,被控訴人Y3,被控訴人Y4,被控訴人Y5,被控訴人Y6,被控訴人Y7,被控訴人Y8,被控訴人Y9,被控訴人Y10,被控訴人Y11を併せて,「被控訴人Y2ら」という。)は,東京都渋谷区<以下略>の宅地(以下「本件土地」という。)のもと共有者であり,同土地上にかつて存在した「A」と称するマンション(以下「A」という。)の区分所有者であった。
(3) 被控訴人日神不動産株式会社(以下「被控訴人日神」という。)は,ビル,マンション等を企画,開発,販売することを主たる業とする株式会社である。
(4) 被控訴人株式会社飛鳥設計(以下「被控訴人飛鳥設計」という。)は,建築設計等を業とする株式会社であり,被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)はその代表者である。
2 本件は,控訴人が,被控訴人Y1は,被控訴人Y2ら及び被控訴人日神と共同して,控訴人が作成した設計図(以下「控訴人図面」という。)に依拠してAの建て替え後の建物(以下「本件建物」という。)の設計図(以下「被控訴人図面」という。)を制作し,もって控訴人が有する控訴人図面の著作権(複製権ないし翻案権)を侵害したと主張して,(1)被控訴人Y1に対しては,著作権侵害の不法行為の実行行為者として民法709条に基づき,(2)被控訴人飛鳥設計に対しては,被控訴人Y1の著作権侵害の不法行為について会社法350条に基づき,(3)被控訴人Y2ら及び被控訴人日神に対しては,被控訴人Y1の著作権侵害行為の共同不法行為者として民法719条に基づき,連帯して,上記共同不法行為と相当因果関係のある設計料相当額である損害金3285万円及びこれに対する共同不法行為の後の日であるとする平成22年10月6日(被控訴人日神が建築確認済証の交付を受けた日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は,控訴人が控訴人図面の創作性として主張する点は,いずれも控訴人図面の作図上の工夫ということはできず,控訴人図面を精査しても,他に表現の創作性といえるような作図上の工夫があると認めることはできない,さらに,控訴人が控訴人図面と被控訴人図面との共通点であると主張する点は,いずれもアイデアが共通であるにすぎず,これらの点につき,控訴人図面における作図上の工夫や図面による表現それ自体に創作性に係るものがあるとは認められないから,著作物性があるとはいえない,と判断して,控訴人の請求をいずれも棄却した。原判決を不服として,控訴人が本件控訴をした。
3 前提事実(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1) Aの建替えの経緯
ア 平成18年4月頃,本件土地上には,昭和49年5月頃に建築されたAが存した。同マンションは,5階建て,総戸数16戸であった。
イ 平成18年4月頃に,被控訴人Y2らはAの建替えを計画し,これを等価交換事業(地権者が土地持分を,ディベロッパー〔共同事業者〕が資金をそれぞれ出資し,出資比率に応じて新たに建築する建物の専有面積を取得する事業)として行うこととした。同計画には,共同事業者として複数の企業が参加を希望し,各社が建替事業案を提案したが,被控訴人Y2らは検討の上,そのうち株式会社東急コミュニティー(以下「東急コミュニティー」という。)と建替事業を進める方針であった。しかし,平成20年7月頃,同社が経済事情により建替計画から撤退することになったため,被控訴人Y2らは新たに共同事業者の選定を開始し,平成21年6月頃には,控訴人の紹介により,有楽土地株式会社(以下「有楽土地」という。)が候補者の1人となった(乙4)。
(2) 控訴人による図面の作成及び被控訴人Y2らへの提示
ア 控訴人は,Aの建替計画当初から,東急コミュニティーとともに同計画に関わり,平成18年8月頃から複数の設計図面を製作して,被控訴人Y2らに提示していた(甲2,4,11,乙3)。しかし,東急コミュニティーが計画から撤退したため,前記のとおり自ら共同事業者の候補者として有楽土地を被控訴人Y2らに紹介し,その後は有楽土地に協力することとした。控訴人は,有楽土地の依頼を受けて,控訴人代表者であるC(以下「C」という。)において,平成21年6月9日付け「A建替え計画」と題する図面(甲6。控訴人図面)を制作し,これを,同日,有楽土地を通じ,有楽案として,被控訴人Y2らに提示した。
イ 控訴人図面は,表紙及び「2009/6/8面積表」と題する面積計算部分のほか,「1,2階平面図」,「3,4階平面図」,「5,6階平面図」,「7~9階平面図」及び「断面図」という5枚の図面から構成されている基本設計図である(甲6)。
(3) 被控訴人らによる設計図面の作成及び新マンション建築の経緯等
ア しかし,被控訴人Y2らは,平成21年6月頃,有楽土地の提案した事業計画を不服として,有楽土地へのAの建替えの依頼は見合わせることとし(乙7,弁論の全趣旨),同年11月頃,新たに他から被控訴人日神の紹介を受け,平成22年に至り,Aの建替えを被控訴人日神に依頼することとした。
イ 被控訴人飛鳥設計は,平成22年4月頃,被控訴人日神からAの建替えのための新マンションの設計図面の制作を依頼され,被控訴人Y2らとの協議を踏まえた上,同社の代表者である被控訴人Y1において,その後,工事名称を「B 新築工事」と題する設計図面(乙8。被控訴人図面)を制作した。
被控訴人図面は,「1階平面図」ないし「7階平面図」とする各階平面図のほか,「8・9階平面図」,「R階平面図」,「南西立面図」,「北西側立面図」,「北東側立面図」,「南東側立面図」,「A-A断面図」,「B-B断面図」という少なくとも15枚の図面から構成されている実施設計図(実測設計図)である。
ウ 被控訴人日神は,同年,建築主として上記新マンションについての建築確認申請を行い,平成22年10月6日建築確認済証の交付を受けたが,その建築確認申請に際しては,被控訴人図面が添付されていた。被控訴人日神は,同年11月,被控訴人Y2らの本件土地の持分を交換により取得したうえで上記新マンションの建築を開始し,同建物(本件建物)は,平成23年11月25日に完成した。
本件建物は被控訴人図面に基づき建築された9階建ての区分所有建物であり,専有部分の建物は,1階部分の店舗を含め30戸である。
エ 被控訴人日神は,本件建物に「B」の名称を付し,平成23年12月,被控訴人Y2らに対し,区分所有建物部分を交換に基づき譲渡するとともに,他の区分所有建物部分を一般に販売した(乙8)。
4 本件の争点及び争点に関する当事者の主張は,控訴人図面の創作性についての当事者の主張を次のとおり補充するほか,原判決の「事実及び理由」第2の3及び第3の1ないし3摘示のとおりであるから,これを引用する(以下,原判決を引用する場合は,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴人」と,「株式会社東急コミュニティ」を「東急コミュニティー」と,それぞれ読み替える。)。
(控訴人図面の創作性についての補充主張)
(1) 控訴人
設計者が建物を計画する場合,10案又はそれ以上の計画案を作成し,検討を重ね,地権者と打合せを繰り返して実施設計可能な基本設計図面にたどり着くものであり,他人が作製した図面がそのような基本設計図面と同一あるいは同様の建物の柱間寸法・柱本数・柱位置・エレベーターや階段の位置,1階の施設の配置等になることはあり得ない。控訴人図面の創作性について,Aの建替計画の競合他社である宮田建築事務所の設計図(甲7。以下「宮田図面」という。)及び長谷工コーポレーションの図面(乙13。以下「長谷工図面」という。)と比較して,さらに具体的に述べると,以下のとおりであり,控訴人図面が著作権法上保護される著作物であることは明らかである。
ア 建物階数・建物配置について
本件建物を9階建てとすることは,法令上の制限からくる必然的な結果ではない。宮田図面は10階建てだが,控訴人図面よりも南西面住戸数が少ない。一定の容積率の下で建物を高層化した場合,一階当たりの建築面積は減少し,住戸数も減少するため,控訴人は,9階建てとすることが敷地の最大利用,容積率,建築費抑制の観点からもっとも優れていると判断したものである。
イ 柱位置・柱数・柱間寸法について
柱に関するこれらの要素は,建物の形状を決する基本的な要素である。控訴人図面の柱に関する創作性は,①既存杭を避けた位置設定(経済性),②居住性,経済性及び安全性を考慮した柱本数(11本)及び柱位置(柱の本数が増えれば工事費が増し,住戸も使い勝手が悪くなるが,本数が少ないと構造上柱と梁の骨格を太くせざるを得ず,工事費が増大するほか,これらが壁や天井にせり出し,居住環境が悪化する。),③可能な限り各住戸室内に柱が出ない配置(柱と柱を結ぶ直線を設定するに際し,柱を通り芯より外部側へ出すことを選択した。),④別紙図面のうち控訴人図面のX2Y1柱からX2Y4柱までの柱の位置(本件建物のX2Y2柱の左側面の延長線をX2Y4柱の右側面に一致させ,同延長線がその中間にあるX2Y3柱の中心を通るように設計し,廊下の有効幅を確保し,南西側住戸面積の最大化を図った。)に表現されている。
このことは,宮田図面の柱本数は10本,長谷工図面の柱本数が13本であり,これらの図面は柱が室内に出ることに無頓着であることからも明らかである。
ウ 住戸配置について
控訴人図面の住居配置は,①住戸で内部廊下を挟み,南西面をすべて住戸とし北東面住戸数を最小化する(日照性),②建物南西面を第1種住居地域にまたがることなくすべて商業地域内にまとめ,最上階まで建物を後退させずに直立させる(建築費,外観意匠),③南西面住戸,北東面住戸ともエレベーターと隣接しないように配置して住戸の騒音を低減する(居住性)に特徴があり,これらの点は宮田図面と大きく異なる。
エ バルコニーについて
控訴人図面は,採光,日照及び眺望の居住性を意識して,①北東面住戸のバルコニーは全階,南西面住戸のバルコニーについては7階部分まで,はね出し形式とし,②また,バルコニーを可能な限り広くし,出寸法を延床面積に参入される基準の限度に近い1900mmとした点に特徴がある。長谷工図面のバルコニーは,すべてインナー形式である。
オ エレベーター・階段について
控訴人図面は,①避難階段を一箇所とするために屋外に設置し,敷地の有効利用を図った,②日照の良い南西面住戸の個数を確保するために階段とエレベーターを建物北東部に配置し,エレベータ―と住戸の間に空間を設け騒音の最小化を図った,③階段を,建物正面の意匠に取り込む配置とした点に特徴がある。宮田図面は,エレベーターと階段の配置が敷地の有効利用を損ない,同時に,建物北西端に位置する点において避難の利便性に難がある。
カ 1階配置について
控訴人図面は,①防犯(私道からの直接の出入りとする。)及び工事費抑制の観点から診療所を1階に設けたこと,②診療所については店舗に隣接させず身障者用駐車場に近接する北西部に設けて私道から直接出入りを可能とし,身障者を含む利用者の利便性を高めたこと,③私道側からの建物入口(サブエントランス)を私道から直進して入ることができる位置に設けた点に特徴がある。宮田図面及び長谷工図面には,上記②及び③の配慮はなく,診療所は建物内に入らなければ利用できず,サブエントランスも駐車場を迂回して利用しなければならない。
(2) 被控訴人ら
控訴人が控訴人図面の創作性として主張する上記アないしカの点は,いずれも控訴人図面の対象である本件建物に具現化された控訴人の設計思想にすぎず,著作権法による保護の対象となるものではない。したがって,控訴人の主張には理由がない。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,被控訴人図面は,控訴人図面の著作権を侵害する複製物ないし翻案物に当たるとは認められず,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 認定事実については,原判決の第4の1(1)(原判決28頁16行目から31頁14行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
2 上記認定事実に基づいて,検討する。
(1) 著作権法は,著作権の対象である著作物の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しており,当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならないと解される。
また,当該作品等が創作的に表現されたものであるというためには,厳密な意味での作成者の独創性が表現として表れていることまでを要するものではないが,作成者の何らかの個性が表現として表れていることを要するものであって,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作成者の個性が表現されたものとはいえず,創作的な表現ということはできないというべきである。
そして,控訴人図面は,本件建物の設計図面であるから,著作権法10条1項に例示される著作物中の「地図又は学術的な性質を有する図面,図表,模型その他の図形の著作物」(著作権法10条1項6号)にいう「学術的な性質を有する図面」に該当するものと解されるところ,建築物の設計図は,設計士としての専門的知識に基づき,依頼者からの様々な要望,及び,立地その他の環境的条件と法的規制等の条件を総合的に勘案して決定される設計事項をベースとして作成されるものであり,その創作性は,作図上の表現方法やその具体的な表現内容に作成者の個性が発揮されている場合に認められると解すべきである。もっとも,その作図上の表現方法や建築物の具体的な表現内容が,実用的,機能的で,ありふれたものであったり,選択の余地がほとんどないような場合には,創作的な表現とはいえないというべきである。
(2) これを本件についてみると,まず,作図上の表現方法については,一般に建築設計図面は,建物の建築を施工する工務店等が設計者の意図したとおり施工できるように建物の具体的な構造を通常の製図法によって表現したものであって,建築に関する基本的な知識を有する施工担当者であれば誰でも理解できる共通のルールに従って表現されているのが通常であり,作図上の表現方法の選択の幅はほとんどないといわざるを得ない。そして,控訴人図面をみても,その表現方法自体は,そのような通常の基本設計図の表記法に従って作成された平面的な図面であるから,表現方法における個性の発揮があるとは認められず,この点に創作性があるとはいえない。
次に,控訴人設計図における具体的な表現内容をみると,控訴人図面に係るマンションは,通常の住居・店舗混合マンションであり,しかも旧マンションを等価交換事業として建て替えることを予定したものであるところ,このようなマンションは,一般的に,敷地の面積,形状,予定建築階数や戸数,道路,近隣等との位置関係,建ぺい率,容積率,高さ,日影等に関する法令上の各種の制約が存在し,また,等価交換事業としての性質上,そのような制約の範囲内で,敷地を最大限有効活用するという必要性がある上,住居スペースの広さや配置等は旧マンションにおける住居面積,配置,住民の希望や,建築後の建物の日照条件等に依ることもあり,建物形状や配置,柱や施設の配置を含む構造,寸法等に関する作図上の表現において設計者による独自の工夫の入る余地は限られているといえる。
特に,本件においては,前記認定事実(原判決第4の1(1)イ)によれば,控訴人図面は,平成21年6月頃までの被控訴人Y2らとの協議結果に基づいて,①本件建物を9階建てとすること,②被控訴人Y2らの住戸位置,階数は原則としてAの状態を踏襲すること,③エレベーター,階段は北側に設置し,エレベーターは住戸に接しないことを設計与条件として作成されたものであると認められる(控訴人図面以降の平成22年2月に作成された競合相手である長谷工図面も,これらの諸条件を前提として作成されている〔乙13〕。)そして,建替え前のAは,敷地の形状に沿って,南西面の方が長く北東側の方が短いL字形の形状で,1階及び5階を除き,内部廊下を挟んで南西面に各3戸の住戸,北東面に各1戸の住戸が配置され,1階には診療所と飲食店が配置されていたものであり(乙1),上記②の条件のとおり本件建物においてもこれらの住戸位置や階数は原則として踏襲することとされ,住戸面積についても各住民の希望があったこと(甲8,弁論の全趣旨)からすれば,もともと控訴人図面に表現される建物の全体形状,寸法及び敷地における建物配置並びに建物内部の住戸配置については,選択の幅は限られたものであるというべきである。また,杭の位置は,建物の形状に関わるものであるが,Aには合計17本の既存杭が配置されていたため,同杭を避けた場所に建替後のマンションの杭を配置することが合理的であり,控訴人図面作成時点では,これが前提となっていたところ(弁論の全趣旨),新たに配置する杭の本数は,建物の安全性を確保できる範囲内ではできる限り少ない方が財政面・住環境面等から望ましいことからすれば,上記住民の希望に沿った建物の全体形状,寸法及び敷地における建物配置並びに建物内部の住戸配置,既存杭を前提とした場合の合理的な位置の選択の幅は狭いというべきである。
もっとも,上記住民の希望に沿った建物の全体形状,寸法及び敷地における建物配置並びに建物内部の住戸配置,既存杭を前提とした場合の合理的な位置の選択の幅は狭いとはいえ,各部屋や通路等の具体的な形状や組合せ等も含めた具体的な設計については,その限定的な範囲で設計者による個性が発揮される余地は残されているといえるから,控訴人の一級建築士としての専門的知識及び技術に基づいてこれらが具体的に表現された控訴人図面全体については,これに作成者の個性が発揮されていると解することができ,創作性が認められる。ただし,以上に説示したところからすれば,本件においては設計者による選択の幅が限定されている状況下において作成者の個性が発揮されているだけであるから,その創作性は,その具体的に表現された図面について極めて限定的な範囲で認められるにすぎず,その著作物性を肯定するとしても,そのデッドコピーのような場合に限って,これを保護し得るものであると解される。
そこで,次に,控訴人図面と被控訴人図面とを具体的に比較検討する。
(3) 控訴人図面と被控訴人図面の各階における部屋や通路等の具体的な形状及び組合せを対比すると,両図面は,以下の点において類似し,又は,相違する(乙14)。
ア 1階平面図 診療所及び店舗の位置及び概略形状は類似するが,これらの具体的な寸法は相違するし,これら以外の管理室,ゴミ保管庫,メールコーナーは,配置も形状も異なり,サブエントランスや正面エントランスの形状も異なるため,1階全体の具体的な間取りは相違する。
イ 2階平面図 跳ね出し式の幅190cmのバルコニーが南西側と北東側にあり,内部廊下を挟んで両側に住戸部分が配置されているという点では類似するが,被控訴人図面では,南西側に配置されている住戸数が少なく(控訴人図面は3戸,被控訴人図面は2戸),かつ,南西側と北東側の住戸が一部接しているため,各住戸の具体的な寸法,面積,形状が異なるし,ルーフバルコニーの有無や,内部廊下の形状も異なる。
ウ 3階平面図 跳ね出し式の幅190cmのバルコニーが南西側と北東側にあり,内部廊下を挟んで南西側に3戸,北東側に1戸の住戸部分が配置されているという点では類似するが,南西側の3戸の界壁の位置が異なり,また,被控訴人図面では,南西側の2戸の住戸が内部廊下部分を遮ってせりだす形状で,また,北東側の住戸が一部バルコニーにせり出しているため,各住戸及び廊下の具体的な寸法,面積,形状が相違する。
エ 4階平面図 跳ね出し式の幅190cmのバルコニーが南西側と北東側にあり,内部廊下を挟んで南西側に3戸,北東側に1戸の住戸部分が配置されているという点では類似するが,南西側の3戸の界壁の位置が異なり,また,被控訴人図面では,南西側の2戸の住戸及び北東側の住戸がそれぞれ内部廊下部分にせりだす形状であるため,各住戸及び廊下の具体的な寸法,面積,形状が相違する。
オ 5階平面図 跳ね出し式の幅190cmのバルコニーが南西側と北東側にあり,内部廊下を挟んでその周囲に住戸部分が配置されているという点では類似するが,控訴人図面では,全部で4戸あるのに対し,被控訴人図面では,3戸しかなく,うち1戸が南西側と北東側にわたる大きな住戸となっており,また,南西側の別の1戸も内部廊下を遮ってせりだす形状であり,バルコニーの形状も異なるため,各住戸及び廊下の具体的な寸法,面積,形状が相違する。
カ 6階平面図 跳ね出し式の幅190cmのバルコニーが南西側と北東側にあり,内部廊下を挟んで両側に住戸部分が配置されているという点では類似するが,南西側が控訴人図面では3戸であるのに対し,被控訴人図面では1戸であり,それが内部廊下を遮ってせり出す形状であり,南西側及び北東側のバルコニーの具体的な形状も住戸部分がせり出すなどして異なるため,各住戸及び廊下の具体的な寸法,面積,形状が相違する。
キ 7階 内部廊下を挟んで南西側に3戸,北東側に1戸の住戸部分が配置されているという点では類似するが,南西側の3戸の界壁の位置が異なり,また,被控訴人図面では,南西側の2戸の住戸及び北東側の住戸がそれぞれ内部廊下部分にせりだす形状であること,また,南西側のバルコニーはそもそも張り出し式ではなく,長さも各戸の全辺にわたらない短い形状となっているため,各住戸及び廊下の具体的な寸法,面積,形状が相違する。
ク 8,9階平面図 内部廊下を挟んで南西側に3戸,北東側に1戸の住戸部分が配置されており,南西側の2戸の住居が内部廊下を遮る形でせりだす形状であること,南西側の各戸がインナーバルコニーを備えていることやその位置という点では類似するが,南西側の3戸の界壁の位置が異なり,また,北東側のバルコニーの形状が異なるため,各住戸及び廊下の具体的な寸法,面積,形状が相違する。
(4) 以上のとおり,控訴人図面と被控訴人図面とを比較すると,建物の全体形状に所以する各階全体の構造や,Aと基本的に同様の配置とすることに所以する内部の各部屋の概略的な配置は類似するものの,各部屋や通路等の具体的な形状及び組合せは異なる点が多くあり,もともと控訴人図面の各部屋や通路の具体的な形状及び組合せも,通常のマンションにおいてみられるありふれた形状や組合せと大きく相違するものではないことを考慮すれば,控訴人図面及び被控訴人図面が実質的に同一であるということはできない。そうすると,控訴人図面と被控訴人図面とが,その基本となる設計与条件において共通する点があるとしても,具体的に表現された図面としては異なるものであるといわざるを得ず,被控訴人図面が控訴人図面の複製権又は翻案権を侵害しているとは認められない。
3 控訴人の主張について
(1) 以上に対し,控訴人は,控訴人図面に具体的に創作性がある点として,前記第2の4(1)のアないしカのとおり主張する。
しかし,アの本件建物を9階建てにすることについては,前記認定のとおり,控訴人図面を作成する際の設計与条件となっていたものであり,これを控訴人図面に表現したことをもって創作性があるとはいえないし,9階建てにすることが諸条件の中でもっとも適切であると考えて,最初に被控訴人Y2らに提案したのが控訴人であるとしても,そのこと自体はアイデアというべきであり,著作権法上の保護の対象となるものではない。したがって,その後,被控訴人Y2らが被控訴人飛鳥設計に依頼するに当たって,同様に9階建てとすることを希望することや,これに沿う被控訴人設計図を作製することが,著作権侵害に当たるとはいえないことは明らかである。
イの柱位置・柱数・柱間寸法については,①既存杭を避けて新たな杭を配置するということも,前記のとおり,控訴人図面を作成する際の設計与条件となっていたものであり,この点を控訴人図面に表現したことをもって創作性があるとはいえないし,そのような提案をAの建替計画に関わった当初に最初にしたのが控訴人であったとしても,そのこと自体はアイデアであり,著作権の保護の対象となるものではない。したがって,被控訴人Y2らが被控訴人飛鳥設計に依頼するに当たって経済性の観点から同様に既存杭を避ける設定とすることを希望することや,これに従って被控訴人設計図を作成することが著作権侵害に当たるということはできない。また,②及び③の柱本数及び柱位置ないし柱配置については,確かに,既存杭を避けることをもって一義的に決まるものではなかったと考えられるが,一方で,受注の際に競合し,平成22年2月に作成された長谷工図面(乙13)と比較しても,Y方向柱間寸法は,控訴人図面とほぼ一致しているし,X1X2間寸法は,被控訴人図面とほぼ一致していることからすれば(甲13。なお,宮田図面〔甲7〕は,控訴人図面が作成されるよりも前の平成21年2月に作成されたもので,被控訴人Y2らとの協議を経た上で作成されたものであるかも不明であり,建物形状がL字形ではなく,南西側に3戸の配置ができないもので,Aの住戸配置を基本とするとの被控訴人Y2らの要望に沿ったものではないから,そもそも前提が異なる。),本件建物の全体形状や内部配置を前提とした場合の合理的な柱本数及び柱位置ないし柱配置の選択の幅は限られていたというべきであり,控訴人図面と被控訴人図面の柱の位置がすべて同一とはいえないことをも考慮すれば,この点の類似性をもって,被控訴人図面が控訴人図面の複製又は翻案物であるとはいえないというべきである。なお,④の別紙図面の控訴人図面のX2Y1柱からX2Y4柱までの各柱の具体的な位置については,仮にこの点に特徴があり,創作性があるとしても,被控訴人図面においてはそもそもX2Y2柱の左側面の延長線上にX2Y4柱の右側面が一致するものとも,同延長線がX2Y3柱の中心を通っているものとも認められないから(甲9。別紙被控訴人図面のとおり),類似しているとはいえず,④の点についての著作権侵害があるとはいえない。
ウの住戸配置及びオのエレベーター・階段の配置については,前記のとおり,控訴人図面が作成された平成21年6月の時点では被控訴人Y2らとの協議により控訴人図面の設計与条件となっていたものであり(平成22年2月に作成された長谷工図面も,控訴人図面と同様の住戸,エレベーター,階段の配置となっている〔乙13〕。),この点を控訴人図面に表現したことをもって創作性があるとはいえないし,このような配置とすることを最初に提案したのが控訴人であるとしても,いずれもアイデアであり,著作権の保護の対象となるものではない。そして,被控訴人図面も,同希望を踏まえて作成されたものであるから,これらの点で被控訴人図面と一致していることが控訴人図面の著作権の侵害に当たるとはいえない。
エのバルコニーについても,跳ね出し形式とするかどうかの選択はアイデアというべきである上,バルコニーの形式として特異なものとはいえず,バルコニーの幅員は,設計図に表現された具体的な形状の一部として創作性を基礎付けるものとなるとしても,バルコニーの全体形状自体はごく普通の直線的なものにすぎず,控訴人図面と被控訴人図面とで前記のとおりの相違があることからすれば,幅員のみが一致することをもって,著作権侵害に当たるとはいえない。
オのエレベーター・階段のうち,①及び②については,前記のとおりであり,③の外部意匠に当たるとする屋外階段の骨格を外部に露出させる点については,控訴人も,このような外部意匠が建物の側面や裏面に設けられていることは少なくない旨を自認しており(甲33),これが建物の正面にある,という位置が特徴的であると主張しているところ,証拠(乙17の1ないし8)によれば,同様に屋外階段の骨格を建物の正面に外部に露出させることも,ありふれたものと認められるから,この点に創作性があるものとも認められない。
カの1階配置についても,①ないし③はアイデアであるというべきであるし,同アイデアを踏まえた具体的な1階平面図に表現された形状や組合せには前記のとおりの相違点があることからすれば,被控訴人図面が控訴人図面の著作権を侵害しているものとはいえない。
(2) 上記のほか,控訴人は,控訴人図面は,基本設計において作成する図面の一部で,全体像を概略的に示す程度のものではなく,これを基礎として実施設計図面に移行する程度に十分な技術的検討を行い,完成度を備えた図面であり,控訴人の専門的知見に基づく知識と技術に基づく種々の配慮がなされたものであるから,著作物性があるというべきであると主張する。
この点,控訴人図面が,控訴人の専門的知識に基づき,控訴人からの提案や被控訴人Y2らからの要望の聞き取り及び協議を経て設計事項が決定され,一級建築士としての控訴人の技術に基づいて具体的に作成されたものであることは控訴人の主張するとおりであり,控訴人図面に著作物性が認められることは前記のとおりである。しかし,そのような過程を経て決定された設計事項は,本件では設計与条件とされたものであり,また,それ自体はアイデアの範疇に入るものであるから,これらの点が被控訴人図面と共通していることをもって著作権侵害が成立するものではなく,控訴人の上記主張事実は前記判断を左右するものとはいえない。
第4以上のとおり,控訴人の請求には理由がないから,その請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 設楽隆一 裁判官 大寄麻代)
裁判官 平田晃史は,転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 設楽隆一
file_3.jpg別紙