知財高等裁判所 平成26年(ネ)10132号 判決 2015年4月13日
平成26年(ネ)第10132号 損害賠償請求控訴事件
平成27年(ネ)第10004号 損害賠償請求附帯控訴事件
控訴人兼附帯被控訴人
株式会社トータルライフプランニング
(以下「控訴人」という。)
訴訟代理人弁護士
長澤格
同
石原大幹
同
山田敏之
訴訟復代理人弁護士
佐藤功治
被控訴人
医療法人敬晴会
(以下「被控訴人敬晴会」という。)
被控訴人兼附帯控訴人
株式会社O.T.A.
(以下「被控訴人O.T.A.」という。)
訴訟代理人弁護士
遠藤直哉
同
村谷晃司
同
佐藤公亮
同
川村覚
同
田島紘一郎
同
秦野晃一
同
渡邉潤也
同
吉原慎一
同
田村祥一
訴訟復代理人弁護士
石田卓遠
主文
1 控訴人の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人らは,控訴人に対し,各自3675万円及びこれに対する平成20年4月28日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
2 被控訴人O.T.Aの附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,控訴人と被控訴人敬晴会との間では,第1,2審を通じ,これを10分し,その3を控訴人の負担とし,その余を被控訴人敬晴会の負担とし,控訴人と被控訴人O.T.A.との間では,第1,2審を通じ,これを5分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人O.T.A.の負担とする。
4 この判決は,1(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人らは,控訴人に対し,各自2625万円及びこれに対する平成20年4月28日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中,被控訴人O.T.A.敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分につき,控訴人の被控訴人O.T.A.に対する請求を棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,被控訴人らとの間において,韓国における皮膚再生医療技術の独占的実施に関する業務委託等基本契約を締結したところ,同契約に掲げられた医療技術につき,韓国で特許取得の手続がされておらず,また,被控訴人敬晴会はその独占的実施を許諾する権限を有しなかったにもかかわらず,被控訴人らが韓国においてその独占的実施が可能であるかのように控訴人を欺罔して上記契約を締結させ,対価の一部5250万円を支払わせたことが不法行為に当たるとし,また,上記契約締結後も,被控訴人らが同技術について韓国での特許権取得のために必要な手続を行わなかったこと等が,上記契約上被控訴人らの負う義務の不履行に当たるとして,被控訴人らに対し,選択的に,不法行為又は債務不履行に基づき,5250万円の損害賠償及びこれに対する上記金員を支払った日である平成20年4月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
原審が,不法行為に基づく損害賠償として,被控訴人らに対し,2625万円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を命じ,その余の請求をいずれも棄却したことから,控訴人及び被控訴人O.T.A.が,それぞれ敗訴部分を不服として控訴した。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」の第2の1及び3並びに第3記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決3頁5行目の「特許協力条約」の次に「(「千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約」をいう。以下,同じ。)」を加える。
(2) 原判決7頁10行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「「第12条(契約の解除)
1 甲及び丙と乙は各号の一つに該当した場合,相手方は何らの通知・催告を要せず,直ちに本基本契約または個別契約の全部または一部を解除できるものとする。
(1) 本基本契約または個別契約に基づく債務を履行せず,その他本基本契約または個別契約に違反し,相手方が相当の期間を定めて催告したにもかかわらず,なお債務不履行その他の違反が是正されないとき。・・・」」
(3) 原判決7頁13行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「(5) 控訴人による甲1契約の解除の意思表示
控訴人は,被控訴人らに対し,平成24年11月8日の原審第3回弁論準備手続期日において,甲1契約第12条1(1)に基づき,甲1契約を解除する旨の意思表示をした。」
(4) 原判決8頁15行目の「原告に対し,」を「原告を欺罔し,」と改める。
(5) 原判決9頁6行目冒頭に「(1)」を加え,同頁14行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「(2) 甲1契約上,同契約における実施許諾の対象は,甲2発明のみに限定されておらず,他の技術やノウハウを含むものである。そして,控訴人もそのことを認識し,上記ノウハウ等を期待して契約を締結したものである。
そして,被控訴人O.T.A.は,控訴人に対し,甲2発明について韓国における出願期限を徒過していることを説明していた。
また,甲1契約の許諾の対象の範囲に含まれる,甲2発明の進化系であって,甲2発明の皮膚組織改善材を含む特願2006-354259号に係る発明(なお,同発明は,皮膚組織改善材を包含するから,同発明の存在だけで権利としては十分である。)は韓国において出願手続がとられており,控訴人もそのことを認識していた。
控訴人が,本件訴訟提起前に,甲2発明の韓国内における特許出願手続を問題視していなかったのは,控訴人にとって,甲2発明が韓国で特許登録され得るかどうかは問題ではなく,被控訴人らに登録をなすべき義務があるとも考えていなかったからである。
また,そもそも,名古屋大学は,特許権等に無効原因がないことを保証していない。
以上のとおり,控訴人は甲1契約の内容を十分認識しており,これは,被控訴人O.T.A.が十分に説明をした結果である。
したがって,被控訴人O.T.A.には何らの過失もない。」
(6) 原判決12頁6行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「(4) 被控訴人敬晴会の再実施許諾権について
被控訴人敬晴会は,以下のとおり,甲1契約締結当時,本件皮膚再生医療技術について再実施許諾権を有していた。
すなわち,名古屋大学,TES及び株式会社乳歯幹細胞バンク(以下「tcb」という。)は,平成20年4月8日付け「権利譲渡契約書」(丙15の1)及び同年5月1日付け「覚書」(丙15の2)を締結し,TESの代わりにtcbが名古屋大学からその有する特許権等の再実施許諾権を独占的に行使できることとなった(これは,同年6月30日付けのtcbと名古屋大学との間の「特許発明およびノウハウ実施許諾契約書」(甲19中の 2)-②)において,諸条件が正式に書面化されている。)。
また,tcbは,株式会社セルトラスト(以下「セルトラスト」という。)に対し,これらに先立つ同年3月7日,tcbが有する特許権等の再実施許諾権を付与した(甲19中の 3)-①)。この際には,TES,tcb及び名古屋大学の間で,上記の当事者の交代について内々に合意されていた。そして,セルトラストは,被控訴人敬晴会に対し,同年4月24日,セルトラストが有する特許権等の再実施許諾権を付与した(甲19中の 3)-②)。この特許権等には甲2発明が含まれていた。」
(7) 原判決15頁2行目冒頭から3行目末尾までを次のとおり改める。
「 控訴人は,知的財産権に関する専門的知識を有していない。
また,甲1契約上,被控訴人らが控訴人に対し本件皮膚再生医療技術に係る独占的実施を許諾すべき義務を負っていたのだから,その基となる権利の存否につき事前に確認する義務を負うのは控訴人ではなく,被控訴人らである。
しかも,被控訴人敬晴会には欺罔の故意又は重過失,被控訴人O.T.A.には欺罔の故意があった。
したがって,控訴人の過失割合は零か極めて軽微である。」
第3当裁判所の判断
当裁判所は,原判決と異なり,控訴人の請求は主文1(1)の限度で理由があるが,その余は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 事実の経過
次のとおり,原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」第4の1(原判決15頁5行目から22頁5行目まで。)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決17頁5行目の「ノウハウをいう」の次に「(1条3項)」を加え,同頁12行目の「契約持」を「契約時」と改める。
(2) 原判決18頁3行目の「被告敬晴会との間で,」の次に「名古屋大学が書面により承諾すること,被控訴人敬晴会が譲渡の対価を全て支払うこと等を条件として,」を,同頁4行目の「TESが」の次に「サブライセンシーと」を,それぞれ加え,同頁7行目の「その結果」から8行目末尾までを削る。
(3) 原判決18頁14行目冒頭から15行目の「譲渡されたことに伴い,」までを削る。
(4) 原判決19頁18行目の「計画し,」の次に「平成20年2月頃,」を,同頁23行目の「株式会社乳歯幹細胞バンク」の次に「(tcb)」を,それぞれ加える。
(5) 原判決20頁1行目の「被告敬晴会がTESの地位を承継し,」を「前記(3)アのとおり,平成20年4月10日,被控訴人敬晴会がTESの地位を承継する内容の契約(乙2)を締結し,」と改める。
(6) 原判決20頁5,6行目の「交渉を進めていたところ,」を「交渉を進め,平成20年4月11日には,名古屋大学のA教授が,Bに対し,この技術が韓国内では全く行われていない技術であることなどについて説明をする(丙8の1・2)などしていたところ,」と改める。
(7) 原判決21頁4行目冒頭から22頁2行目末尾までを次のとおり改める。
「エ Bとの交渉経過
控訴人は,平成20年4月24日に甲1契約を締結した後,Bと交渉を進めていたが,その過程において,一貫して,先方から,名古屋大学の保有する特許権に係る発明やノウハウについての独占的な再実施許諾を確実に受けることのできる保証を求められた(甲11)。
オ その後の被控訴人敬晴会の対応
控訴人は,甲1契約締結後,繰り返し,被控訴人敬晴会に対し,名古屋大学作成の保証書など,何らかの保証を求めた。しかし,被控訴人敬晴会からは,名古屋大学の保証書の交付等について,明確な回答を得ることができないまま推移した(甲27の1~65,28の1~23,控訴人代表者8,9頁,13ないし15頁)。
カ A教授との面会
控訴人は,被控訴人敬晴会との間で,上記エの求めに応じるため,上記オのやり取りをしていたが,名古屋大学からの再実施許諾に関する正式な書面が送られて来ないため,不安になり,平成20年8月以降ころ,名古屋大学のA教授を訪ね,同教授から口頭で「大丈夫だ」とのコメントをもらった。しかし,それ以上,名古屋大学からの許諾を確認できたわけではなかった(控訴人代表者本人33頁,被控訴人敬晴会代表者15頁)。
キ その後の被控訴人O.T.A.の対応
そのような中で,被控訴人O.T.A.は,平成21年2月から3月にかけて,甲1契約を合意解約することを前提として,被控訴人敬晴会に対し,5250万円の処理を提案し,一方,控訴人に対し,同年4月27日,残金の支払を免除する内容の善後策を提示した(甲16~18)。
被控訴人O.T.A.の提案する上記の内容では,甲1契約の合意解約に至らなかったが,控訴人は,同年4月に支払うべき1050万円の支払を留保した。
被控訴人O.T.A.は,同年5月ころ,控訴人の求めに応じ,一連の経過を説明するため,契約書の写しなどを整理したファイル(青色ファイル:甲19)を交付した。」
2 争点1(不法行為の成否/韓国内における独占的実施の許諾についての欺罔の有無)について
(1) 韓国における独占的実施権の帰趨
補正後の原判決「事実及び理由」第4の1記載の事実の経過(以下,単に「事実経過」という。)(1)のとおり,甲1契約に掲げられた甲2発明については,国際特許出願(PCT/JP2006/312871)がされたものの,所定の期間内に韓国における国内移行手続がとられておらず,したがって,甲1契約締結の時点において,甲2発明を韓国内で独占的に実施することはできないものとなっていたことが認められる。
控訴人は,不法行為として,甲1契約の締結に当たり,被控訴人らには,甲2発明について韓国において特許取得手続が行われていないことなどの情報を提供すべき義務があるのにこれを怠ったと主張する(争点1の【控訴人の主張】)ので,以下,この点について検討する。
(2) 不法行為の成否
ア 被控訴人らの情報提供義務について
(ア) 事実経過(3)のとおり,甲1契約は,被控訴人敬晴会が控訴人に対し,本件皮膚再生医療技術を韓国で独占的に展開するために必要なノウハウ及び情報等を提供するとともに,必要な知的財産権の実施を許諾(再実施許諾)することを内容とするものとされているから(第1条),実施許諾されるべき知的財産権は,上記再生医療を韓国で独占的に実施するために必要なものを指すと解される。
そして,第1条を受けた第2条において甲2発明が挙げられているのであるから,甲1契約において,甲2発明が上記の実施許諾されるべき必要な知的財産に含まれるものであることは明らかである。さらに,甲2発明は,甲1契約において具体的に挙げられた唯一の発明である上,本件皮膚再生医療技術に用いられる皮膚組織改善材等に係るものであって(事実経過(2)参照),その内容(乙8参照)に照らしても,本件皮膚再生医療技術の実施に当たっては当然必要となるものと認められる。
そうすると,甲1契約の趣旨及び甲2発明の内容に照らし,韓国において,本件ノウハウのみならず,甲2発明に係る技術を独占的に実施することができることは,甲1契約の当然の前提であると解される。
(イ) そして,上記の甲2発明に係る技術の独占的な実施は,韓国において特許権を取得することにより可能となること,甲1契約の契約書には,甲2発明について,出願番号が記載されているのみであるが,第2条において,「本基本契約において,「本件特許権等」とは,下記の特許権及び甲(判決注・被控訴人敬晴会)が今後所有権ないし実施権を取得する皮膚再生医療に関する特許権のすべてを指す。」とされた上で,甲2発明の出願番号が挙げられており,特許登録がされ得るものとして理解し得る記載となっていること,甲2発明が韓国において特許権となり得ないことが明らかなのであれば,同発明について甲1契約により実施の許諾を得る必要性もないことなどからすると,甲1契約においては,少なくとも,甲2発明について韓国において特許取得のための手続がとられ,特許登録がされる可能性のあるものであり,特許登録がされた場合には,その独占的実施許諾を受けられることを前提としているものと認めることができる。
そうすると,出願番号のみで表示された甲2発明が,韓国において特許登録され得るものかどうかに係る情報(例えば,韓国における審査の進捗状況など。)は,甲1契約の独占的実施の対象となる権利に関するものであり,契約の重要な部分に当たるものであって,控訴人が甲1契約を締結するか否かを判断するに当たって必要とする情報であったものということができる。
(ウ) 一方,被控訴人敬晴会は,甲1契約上,本件皮膚再生医療技術に関し,甲2発明を含む名古屋大学が有する特許権に係る発明について,控訴人に対し,再実施許諾をするという立場にある。そうすると,甲2発明が韓国において特許登録され得るものであるかどうかは,甲1契約の対象となる独占的実施権に関する重要な情報なのであるから,再実施許諾の義務を負う者としては,契約の相手方である控訴人に対し,これに関する情報を調査,提供する義務を負うものというべきである。
また,被控訴人O.T.A.は,甲2発明の実施許諾の主体ではないものの,甲1契約におけるコーディネーターとして,名古屋大学との関係も含めて関係者の調整をはかっていたものであって,甲1契約上も,第3条に掲げる事業支援を行うこととされ,これに対する対価を得る(第6条)こととなる以上,少なくとも,甲1契約の独占的実施権の対象である甲2発明が韓国において特許登録され得るものであるかどうかの点に関し,有している情報を提供する義務を負うものと解すべきである。そして,甲1契約における被控訴人ら相互の関係に鑑みると,被控訴人らは,控訴人に対し,共同して上記義務を負うものというべきである。
被控訴人らは,それぞれ上記義務を否定する主張をするが,それらの主張が採用できないことは,後記(3)及び(4)に説示するとおりである。
(エ) ところで,甲1契約の内容に加え,控訴人代表者の供述(控訴人代表者8,36ないし38頁)によれば,甲2発明に関する控訴人の認識も前記(ア)及び(イ)のようなものであったと認めることができる。
そして,控訴人は,被控訴人らから甲2発明の韓国における特許取得の手続に関する情報が提供されなかった結果,名古屋大学は,その開発した甲2発明などの皮膚再生医療技術について,韓国内においても独占的な権利を有し,あるいは,そのための手続をとり得る立場にあり,被控訴人敬晴会が,その再実施許諾権を有し,控訴人に対し,再実施許諾をするものと認識し,甲1契約を締結したものと認められる。
そうすると,事実経過(4)のとおりの甲1契約締結の経緯,甲1契約における上記(ア)及び(イ)の説示のとおりの甲2発明の位置付けに加え,控訴人代表者の供述(控訴人代表者8,36ないし38頁)によれば,控訴人は,上記情報の提供を受けていれば,甲1契約を締結しなかったものと認めることができる。
イ 欺罔の有無について
控訴人は,被控訴人らが,控訴人を欺罔して,前記ア(イ)の情報を告げずに,甲1契約を締結させた旨主張する(争点1の【控訴人の主張】)。
(ア) 被控訴人敬晴会代表者(Y1)について
Y1は,甲1契約締結時,甲1契約に示された甲2発明について,韓国における特許権の取得手続はされていたと考えていたと供述する(被控訴人敬晴会代表者46頁)。
そして,Y1については,同人が甲2発明に係る特許出願手続に関与していたことをうかがわせるような事情はなく,他に,上記供述の信用性を否定し,甲2発明の韓国内における特許権取得が不可能であることを知っていたとうかがわせる的確な証拠もないから,Y1が,被控訴人を欺罔する意思で,前記ア(イ)の情報を告げなかったものとは認めることはできない。
したがって,Y1について,欺罔行為を認めることはできない。
(イ) 被控訴人O.T.A.代表者(Y2)について
Y2は,甲1契約の際に,甲2発明について韓国内における特許権取得が不可能であることは知っており,そのことは控訴人にも説明しているはずである旨供述する(被控訴人O.T.A.代表者31頁)。
しかし,甲2発明について,控訴人が,韓国内における特許権取得が不可能であることを認識していたとすれば,そもそもその実施につき許諾を得ることは問題とならないことになる。それにもかかわらず甲1契約において,甲2発明のみが明示されているのは不自然である上,前記ア(ア)及び(イ)で説示した甲1契約の内容,控訴人代表者の供述内容(控訴人代表者46頁)に加え,Y2自身,甲2発明について韓国内における特許権取得が不可能であることを控訴人に説明したかどうかについては記憶がないとも述べていること(被控訴人O.T.A.代表者31頁)も併せ考えると,控訴人に対し,甲2発明につき韓国内における特許権取得が不可能であることを説明したとのY2の上記供述は採用することはできない。
もっとも,前記ア(ア)で説示したとおり,甲1契約の実施許諾の対象は甲2発明のみにとどまらず,本件ノウハウや他の発明も含み得るものであること,事実経過(4)イのとおり,甲1契約は,控訴人が,被控訴人らとBとの間の契約交渉を聞知し,自らその事業展開をすることを希望して,短期間のうちに締結されたものであり,証拠上,甲1契約に当たり,甲2発明の韓国内における特許取得手続の進捗状況等について,Y2が控訴人から説明を求められた形跡もないことに照らすと,Y2において,前記ア(エ)に説示した控訴人の認識を知りつつ,かつ,前記ア(イ)に説示の情報を告げなければならないことを認識しながら,控訴人を欺罔する意思で,あえて上記の情報を告げなかったとまで認めることはできない。
したがって,Y2についても,欺罔行為を認めることはできない。
ウ 被控訴人ら(その代表者両名)の過失の有無について
もっとも,事実経過において認められる本件の経緯及び前記アで説示した点に照らすと,被控訴人代表者らは,甲1契約の締結に当たり,少なくとも過失により,控訴人に対する前記ア(イ)の情報の提供義務を怠ったものということができる(争点1の【控訴人の主張】は,上記主張を含むものと解される。)。
したがって,被控訴人らは,控訴人に対し,共同不法行為により生じた損害を賠償すべき義務がある。
(3) 被控訴人敬晴会の反論について
ア 被控訴人敬晴会は,甲1契約の締結に当たり,被控訴人敬晴会において,特許取得手続に関する知識も能力も有していないと主張する(争点1の【被控訴人敬晴会の主張】)。
しかし,被控訴人敬晴会が,甲1契約上,甲2発明が韓国において特許を取得し得るものであるかどうかに関する情報を調査し,提供する義務を負うものであることは前記(2)アに説示のとおりであり,この判断は,被控訴人敬晴会の知識の有無等により左右されるものではない。
よって,被控訴人敬晴会の上記主張は採用することができない。
イ また,Y1は,陳述書(乙11)において,控訴人の韓国での事業が頓挫したのは,韓国法人との実施許諾に関する控訴人の契約交渉が円滑に行かず,時間がかかっている間に,韓国で類似の技術を使った事業が出てきてしまったからに過ぎないと述べる。
確かに,証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人とBとの間の交渉も金銭面を含めて難航していたことがうかがわれる。
しかし,事実経過(4)の事実によれば,控訴人の事業が進まなかった大きな要因は,被控訴人敬晴会が名古屋大学の許諾を証明することができなかった点にあると認められるのであって,Y1の上記陳述は採用することができない。
(4) 被控訴人O.T.A.の反論について
ア 被控訴人O.T.A.は,甲1契約は,本件皮膚再生医療技術に関するノウハウの提供及びその利用を最重視するものであり,現に控訴人代表者が理事長を務める医療法人は,被控訴人らから提供を受けたノウハウを利用し,韓国での事業を実現させていると主張し(争点1の【被控訴人O.T.A.の主張】(1)),丙2,丙3の1・2を提出する。
確かに,Bの経営する会社のウェブサイト(丙2)には,控訴人代表者が理事長を務める医療法人の表示がなされている部分があるが,これのみをもって直ちに,上記医療法人が,Bの運営する会社を通じて韓国で事業を行っているかどうかは判然としない。また,被控訴人敬晴会の運営する医療センター(丙3の2)と同様に,Bの経営する会社においても,皮膚再生医療を行っていることがうかがわれるが(丙3の1),このことから直ちに,Bの運営する会社が本件皮膚再生医療技術を用いているということもできない(前記(3)イのとおり,Y1は,韓国において,類似の技術を使った事業が出現したとも述べている。)。
そして,控訴人代表者のXが,被控訴人O.T.A.の上記主張を否定する供述をしていること(控訴人代表者49,50頁)に照らすと,上記丙号各証の記載をもって,控訴人代表者が理事長を務める医療法人が,被控訴人らから提供を受けたノウハウを利用し,韓国での事業を実現させているとの事実を認めることはできず,他に,これを認めるに足りる証拠はない。
なお,控訴人が関与するまでの間,被控訴人O.T.A.が,Bとの間で,交渉を進めていた事実が認められる(事実経過(4)ア)。しかし,その進展状況も不明であり,交渉が頓挫した可能性も否定できない以上,上記の事実をもって,被控訴人O.T.A.の主張を裏付けるものとはいえない。
よって,被控訴人O.T.A.の上記主張は採用することができない。
イ 次に,被控訴人O.T.A.は,①甲1契約上,同契約における実施許諾の対象は,甲2発明のみに限定されておらず,他の技術やノウハウを含むものであり,控訴人もそのことを認識し,これらのノウハウ等を期待して契約を締結している,②被控訴人O.T.A.は,控訴人に対し,甲2発明について韓国における出願期限を徒過していることを説明している,③甲1契約の許諾の対象の範囲に含まれる特願2006-354259号に係る発明が韓国において出願手続が取られているが,これは,甲2発明の進化系であって,甲2発明の皮膚組織改善材を含むものであり,控訴人もそのことを知っていた,④控訴人は,本件訴訟提起前,甲2発明の韓国内における特許出願手続を問題視していなかったが,これは,控訴人にとって,甲2発明が韓国で特許登録され得るかどうかは問題ではなく,登録をすべき義務があるとも考えていなかったからである,⑤そもそも,名古屋大学は,特許権等に無効原因がないことを保証していない,などの指摘をして,控訴人は甲1契約の内容を十分認識しており,これは,被控訴人O.T.A.が十分に説明をした結果であるから,被控訴人O.T.A.には,何らの過失もない旨主張する(争点1の【被控訴人O.T.A.の主張】(2))。
(ア) 上記①については,確かに,前提事実(3)及び(2)アのとおり,甲1契約における独占的実施許諾の対象として,その文言上,甲2発明に限られるものではなく,その他の特許権,本件ノウハウ等を含むものであり,これに含まれる特許も存在する(上記③の指摘)ことが認められる。
しかし,控訴人が甲2発明の独占的実施権がなくても他の権利があればよいと考えていたものとは,証拠上,認めることはできないし,前記(2)イ(イ)のとおり,被控訴人らは,契約上唯一明示されている甲2発明についてさえ,手続の状況等を説明したものとは認められないところ,それ以外の発明についての韓国における特許出願の状況を正しく説明した形跡もうかがうことはできない(被控訴人敬晴会代表者13頁,被控訴人O.T.A.代表者6頁)。
また,前記(2)アにおいて説示したとおり,少なくとも控訴人においては,甲1契約における甲2発明の意味合いが大きいものであることに変わりはないものと認められ,したがって,甲2発明以外の発明等が甲1契約の実施許諾の対象とされていたり,国際特許出願がされ韓国内で国内移行手続がとられているなどの事実があったとしても,これらの事実が直ちに前記(2)ア(エ)の認定を左右するものとはいえない。
(イ) 上記②について,被控訴人O.T.A.が,控訴人に対し,甲2発明について韓国における出願期限を徒過していることを説明しているとの主張が採用できないことは,前記(2)イ(イ)において説示したとおりである。
(ウ) 上記③については,特許番号第4247333号に係る発明(特願2006-354259号に基づいて優先権主張をしたもの。乙6)は,ヒト又は他の哺乳動物の歯槽粘膜由来の細胞又は組織片を培養して得られた培養物を主成分とする皮膚組織改善材等を内容とするものであり,ヒト又は他の哺乳動物の口腔内組織由来の繊維芽細胞等を含む皮膚組織改善材等を内容とする甲2発明とは範囲が異なるなど,両者の範囲は必ずしも合致しておらず,Y2も前者が後者の応用特許であると述べていること(被控訴人O.T.A.代表者32頁)にも照らすと,必ずしも被控訴人O.T.A.が主張するように,前者の発明が後者の発明を包含すると断ずることはできない。そして,控訴人が,甲1契約締結時に,特許番号第4247333号に係る発明について知っていたことを認めるに足りる証拠もない。
(エ) 上記④については,確かに,事実経過(4)及び(5)に照らすと,控訴人は,本件訴訟提起まで,名古屋大学の保有する特許権に係る発明やノウハウについての独占的再実施許諾について問題にしていたものの,韓国内における甲2発明に係る特許出願手続については特に問題としていなかったことがうかがわれる。
しかし,前記(2)アにおいて説示したところに加え,控訴人代表者の供述内容(控訴人代表者38,49頁)に照らすと,このことは,控訴人においては,甲2発明に係る特許出願手続が韓国内でとられていないとは考えておらず,これらの手続が当然とられていると信じた上で,名古屋大学の権利について,被控訴人敬晴会が独占的再実施許諾をすることができるのかどうかを心配していたことによるものと認められる。
したがって,控訴人が,甲1契約時に,韓国内における甲2発明に係る特許出願手続について特に問題としていなかったことが,前記(2)アの認定を左右するものとはいえない。
(オ) 上記⑤については,確かに,乙1契約(第10条)や名古屋大学とtcbとの間の契約(甲19中の 2)-②の第10条)には,本件特許権等及び本件ノウハウに無効原因がないことを保証しないとの約定があることが認められる。
しかし,甲1契約には上記と同旨の条項は置かれていない。また,この点をおくとしても,上記各条項は,実施許諾を受ける者において,その実施許諾を受けた特許を受ける権利等の出願が拒絶されたり,特許登録された後に無効となるリスクを甘受すべきことを定めたものと解される。そうすると,上記各条項は,甲2発明に関して,韓国での出願の国内移行手続が行われておらず,そもそも特許取得の手続をとる余地がない場合について規定したものではないというべきである。したがって,上記各条項の存在が前記(2)アの認定を左右するものではない。
(カ) よって,被控訴人O.T.A.の前記各主張(①ないし⑤)は,いずれも採用することができない。
ウ なお,その他被控訴人O.T.A.が種々主張する点は,いずれも前記(2)の認定判断を左右するものとはいえない。
(5) まとめ
以上のとおり,被控訴人らの主張はいずれも採用することができず,被控訴人ら(その代表者両名)は,控訴人を欺罔したものとまではいえないが,少なくとも過失により,甲1契約に当たって説明すべき事項を説明しなかったものであり,その結果,既に韓国において甲2発明を独占的に実施することはできないにもかかわらず,これができるものと考えて,控訴人が甲1契約を締結するに至ったものであるから,前記(2)ウのとおり,被控訴人らは,控訴人に対し,共同不法行為により,控訴人に生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。
3 争点2(債務不履行の有無/韓国内における特許権取得手続等の不履行の有無)について
次のとおり,原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」第4の3記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決27頁11行目冒頭から13行目末尾までを次のとおり改める。
「 前記2(2)アにおいて説示したところからすれば,甲1契約においては,甲2発明が韓国において特許登録手続をなし得ることが前提であったものと解される。
しかし,事実経過(1)のとおり,甲2発明に係る韓国内における出願手続は,甲1契約締結当時,既に期限を徒過しており,韓国内における特許権取得手続は不可能であったことが認められる。」
(2) 原判決27頁23行目の「や被告敬晴会」を削り,同頁25行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 また,被控訴人O.T.A.は,被控訴人敬晴会が,甲1契約締結当時,tcb及びセルトラストを通じて本件皮膚再生医療技術について再実施許諾権を有しており,名古屋大学からも内諾を得ていた旨主張する(争点2の【被控訴人O.T.A.の主張】(4))。
確かに,名古屋大学とtcbとの間の平成20年6月30日付け「特許発明およびノウハウ実施許諾契約書」(甲19中の 2)-②)によれば,同契約は対象として甲2発明ほかの発明及びノウハウを含み(第1条1項(1)),許諾される独占的実施権の範囲として,日本国内に加え,tcbが希望し名古屋大学が書面により同意した国が含まれる(第2条1項,2項)ものではある。しかし,tcbが第三者に対して上記契約の対象となる特許権やノウハウの再実施を許諾するためには名古屋大学の書面による事前の承諾を得た場合に限る(第2条3項)とされているにもかかわらず,これがなされたことを裏付ける証拠はない(甲19中の 1)-①(Y2作成の状況レポート)には,名古屋大学から書面による承諾を得たことをうかがわせる記載はないし,甲19中の 5)-①~⑧のメールにもそのような記載はない。)。しかも,仮に,被控訴人O.T.A.の主張するような形で被控訴人敬晴会が再実施許諾権を有していたとすれば,被控訴人敬晴会において,事実経過(3)ウのように乙13を作成する必要性はないはずであり,被控訴人敬晴会のこの行動は被控訴人O.T.A.の上記主張と整合しないものである。また,仮に,被控訴人O.T.A.主張のとおり,名古屋大学の内諾があればtcbが第三者に対して再許諾し得ると解する余地があるとしても,そのような内諾の存在を裏付ける客観的な証拠は提出されていない。
そうすると,被控訴人敬晴会が,甲1契約締結当時,tcb及びセルトラストを通じて本件皮膚再生医療技術について有効に再実施許諾権を得ていたと認めることはできず,被控訴人O.T.A.の上記主張は採用することができない。」
(3) 原判決28頁5行目の「甲1契約を解除し,」を「事実経過(5)のとおり,甲1契約を解除する旨の意思表示をしているが,この場合,」と改める。
4 争点3(損害発生の有無及び額)について
原判決「事実及び理由」第4の4記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決29頁1行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 その他被控訴人らが種々主張する点も,いずれも前記(1)の認定を左右するものではない。」
5 争点4(過失相殺)について
以上のとおりであるから,被控訴人らは,控訴人に対し,共同不法行為に基づき,同不法行為により控訴人が支払った5250万円について,連帯して損害を賠償すべき義務がある。もっとも,被控訴人らは,上記損害の発生については,控訴人に重大な過失があったから,過失相殺されるべきであると主張する(争点4の【被控訴人らの主張】)。
そこで検討すると,控訴人は,韓国において,甲2発明等を独占的に使用できるようにするためには,韓国においても特許の登録が必要であることは理解していたものの(控訴人代表者49頁),その根拠となる権利の存否,内容等についてあらかじめ説明を求めることも,自ら確認することもなく,被控訴人らとBとの交渉を聞知し,自らその事業展開をすることを希望して,極めて短期間のうちに,甲1契約の締結に至ったものであり(事実経過(4)イ),被控訴人らにおいて意図的にその説明を回避しようとしたものとも認められないことなどからすれば,上記損害の発生については,控訴人にも落ち度があったものと認めるのが相当であり,損害賠償の額を算定するにあたっては,過失相殺(民法722条2項)としてこれを考慮すべきものである。
そして,上記の経緯のほか,本件に現れた事情を総合考慮すると,控訴人の過失割合は30%と認めるのが相当である。
この点につき,控訴人は,知的財産権に関する専門的知識を有していなかったとか,被控訴人らが控訴人に対し本件皮膚再生医療技術に係る独占的実施を許諾すべき義務を負っていたのだから,その基となる権利の存否につき事前に確認する義務を負うのは控訴人ではなく,被控訴人らであるから,控訴人の過失は零であるか極めて軽微であるなどと主張する(争点4の【控訴人の主張】)。
しかし,控訴人は,韓国における特許権について上記のとおりの理解をしていたものであって,上記の事情に照らせば,損害の発生につき,控訴人にも過失が認められ,被控訴人敬晴会が控訴人に対し本件皮膚再生医療技術の独占的実施を許諾すべき義務を負うことを考慮しても,過失割合は上記説示のとおりとするのが相当である。
そうすると,被控訴人らは,控訴人に対し,不法行為により控訴人に生じた損害5250万円について,その30%を過失相殺した後の3675万円を,連帯して賠償すべき義務がある。
第4結論
以上によれば,控訴人の請求は,被控訴人らに対し,不法行為に基づき,連帯して損害金3675万円及びこれに対する平成20年4月28日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり,その余はいずれも理由がない。
よって,控訴人の請求を上記の限度で認容し,その余は棄却すべきところ,これと異なる原判決は一部失当であるから,控訴人の本件控訴に基づき,原判決を上記のとおり変更することとし,被控訴人O.T.A.の本件附帯控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井忠雄 裁判官 西理香 裁判官 神谷厚毅)