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知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10016号 判決 2015年3月05日

16号事件原告・17号事件被告(以下「原告」という。)

バイオタージ・アクチボラゲット

訴訟代理人弁理士

深見久郎

森田俊雄

堀井豊

仲村義平

内山泉

16号事件被告・17号事件原告(以下「被告」という。)

シーイーエム・コーポレーション

訴訟代理人弁護士

鈴木修

末吉剛

弁理士

寺地拓己

中田尚志

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  被告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告(16号事件)

特許庁が無効2012-800091号事件について平成25年9月10日にした審決のうち「特許第4773695号の請求項2,10,11に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。

2  被告(17号事件)

特許庁が無効2012-800091号事件について平成25年9月10日にした審決のうち「特許第4773695号の請求項1,3ないし9に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が特許無効審判を請求したところ,特許庁が被告の請求する訂正を認めた上で,同訂正後の特許発明の一部を無効とし,その余を審判不成立とする審決をしたので,原告においては審判不成立部分の取消しを求めて(16号事件),特許権者である被告においては無効部分の取消しを求めて(17号事件),それぞれ,審決取消訴訟を提起した事案である。

争点は,①進歩性についての判断の当否及び特許請求の範囲の記載要件(サポート要件)についての判断の当否である。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,平成16年6月23日(優先権主張平成15年6月23日・米国。以下「本件優先日」という。)を国際出願日として,発明の名称を「マイクロ波利用のペプチド合成」とする発明につき,特許出願をし,平成23年7月1日,設定登録を受けた(特許第4773695号。以下「本件特許」という。16号事件甲16〔以下,16号事件において17号事件を併合する前に取り調べた甲号証及び同併合後に取り調べた甲号証のいずれも,単に「甲○」又は「甲○号証」と表記する。〕)。

原告は,平成24年5月31日付けで本件特許について無効審判請求(無効2012-800091号)をしたところ,被告は,同年9月24日付け訂正請求書(甲22。うち「請求の趣旨」及び「請求の理由」は,同年10月5日付け手続補正書(訂正請求書)〔甲23〕により,補正されている。以下,甲22と甲23とを併せて「本件訂正請求書」という。)により,特許請求の範囲につき,訂正請求をした(以下「本件訂正請求」という。)。

特許庁は,平成25年9月10日,本件訂正請求を認めた上で,本件特許の請求項1,3ないし9に係る発明についての特許を無効とし,請求項2,10,11に係る発明についての審判請求は,成り立たないとの審決をし(以下「本件審決」という。),その謄本は,同月20日,原告及び被告にそれぞれ送達された。

2  本件特許に係る発明の要旨

本件訂正請求後の本件特許に係る発明の要旨は,以下のとおりである(甲22,甲23)。

【請求項1】

ペプチドの固相合成を促進する方法であって:

Na-9-フルオレニルメチルオキシカルボニル(Fmoc)及びNa-t-ブトキシカルボニル(Boc)からなる群から選択された組成物で保護され,固相樹脂粒子に結合された第一アミノ酸のα-アミノ基を,マイクロ波透過性容器において該保護され結合されたアミノ酸を脱保護性溶液と混合し,該混合したアミノ酸及び溶液にマイクロ波を照射することにより,脱保護する工程;

第二アミノ酸及び活性化溶液を該同一容器に添加し,該第二アミノ酸を活性化させる工程;

該同一容器中の組成物にマイクロ波を照射しながら,該第二アミノ酸を該第一アミノ酸にカップリングさせる工程;及び

サイクルとサイクルとの間に該同一のマイクロ波透過性容器からペプチドを取り出すことなく,該同一の容器において連続的に前記脱保護工程,活性化工程,およびカップリング工程を行い,複数のアミノ酸をカップリングしてペプチドを形成する工程,

を含む方法。

【請求項2】

脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の任意の1つ以上の工程の間に容器を冷却して,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程を含む,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項3】

3つ以上のアミノ酸に関して脱保護工程,活性化工程及びカップリング工程を連続して周期的に繰り返すことにより,所望のペプチドを合成することを含む,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項4】

複数の周期の間にペプチドを固相樹脂から又は容器から取り出すことなく,連続する脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程を単一反応器において実施することを含む,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項5】

更に,脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の1つ以上の工程の間に,混合物を窒素気体により撹拌する工程を含む,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項6】

アミノ酸の側鎖を脱保護することを含む,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項7】

該アミノ酸の該側鎖を,t-ブチルをベースとする側鎖保護基を除去するのに適する組成物で脱保護することを含む,請求項6記載のペプチド合成方法。

【請求項8】

更に,カルボジイミド型のカップリング試薬を用いて,第二アミノ酸を in situで活性化させカップリングさせることを含む,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項9】

該同一容器内の組成物にマイクロ波を照射しながら第一アミノ酸に第二アミノ酸をカップリングさせる,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項10】

固相樹脂に結合されたペプチドを,該同一容器において切断性組成物と混合し,該組成物にマイクロ波を照射しながら,該結合ペプチドを該固相樹脂から切断する工程を含む,請求項1記載のペプチド合成方法。

【請求項11】

更に,トリフルオロ酢酸から成り,保護基及びリンカーから生ずる反応性カルボニウムイオンを消失させるための複数の掃去剤を含有する切断性組成物を用いることを含む,請求項10記載のペプチド合成方法。

(以下,各請求項に記載された発明を「本件発明1」,「本件発明2」などといい,各請求項に記載された発明をすべて併せて「本件発明」という。)

3  本件審決の理由の要点

(1)  原告が主張した無効理由(ただし,審決取消事由に関するものに限る。)

ア 無効理由1,2,4及び5(進歩性の欠如)

本件発明は,いずれも後掲の各甲号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきである。

(ア) 無効理由1

本件発明1及び3から9は,甲1号証,甲2号証又は甲3号証及び甲4号証に記載された発明(以下,甲1号証ないし甲10号証に記載された発明を「甲1発明」ないし「甲10発明」などという。ただし,「甲1発明」は「引用発明」ともいう。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明2は,甲1発明,甲2発明又は甲3発明,甲4発明及び甲5発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明10は,甲1発明,甲2発明又は甲3発明,甲4発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明11は,甲1発明,甲2発明又は甲3発明,甲4発明及び甲6発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(イ) 無効理由2

本件発明1から10は,甲1発明及び甲7発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明11は,甲1発明,甲6発明及び甲7発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(ウ) 無効理由4

本件発明1及び3から10は,甲1発明,甲2発明及び甲9発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明2は,甲1発明,甲2発明,甲5発明及び甲9発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明11は,甲1発明,甲2発明,甲6発明及び甲9発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(エ) 無効理由5

本件発明1及び3から10は,甲1発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明2は,甲1発明,甲5発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

本件発明11は,甲1発明,甲6発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 無効理由9(サポート要件違反等)

本件特許に係る特許公報(甲16)に掲載されている明細書(以下「本件明細書」という。)記載の発明の詳細な説明には,本件発明の課題を本件発明によって解決できることを確認した実験結果が示されておらず,また,上記解決が可能であることを出願時(判決注:正しくは,「本件優先日当時」とすべきである。)の技術常識から推認できるともいえない。

したがって,本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条4項1号及び同条6項1号の要件を満たさず,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきである。

甲1号証:CHAN and WHITE, "Fmoc solid phase peptide synthesis: A PracticalApproach"(「Fmocペプチド固相合成法 実践的アプローチ法」)OxfordUniversity Press, 2000, Reprinted 2004,chapters 2 and 13

甲2号証:ERDELYI M. et al. "Rapid Microwave-Assisted Solid Phase PeptideSynthesis"(「マイクロ波照射支援高速ペプチド固相合成」) Synthesis 2002 , No.11, Print; 22 08 2002,p1592-p1596

甲3号証:YU H-M et al. "Enhanced Coupling Efficiency in Solid-Phase PeptideSynthesis by Microwave Irradiation"(「マイクロ波照射によるペプチド固相合成におけるカップリングの高効率化」) The Journal of Organic Chemistry, Vol. 57,No. 18, AUGUST28,1992, p. 4781-p4784

甲4号証:DAGA M. C. et al. "Rapid microwave- assisted deprotection of N-Cbzand N-Bn derivatives"(「マイクロ波照射支援N-Cbz及びN-Bn誘導体高速脱保護」)Tetrahedron Letters, UNITED KINGDOM, Vol. 42(2001), No. 31, p 5191-p5194

甲5号証:米国特許第6,011,247号明細書(Date of Patent Jan.4,2000)

甲6号証:GERD.S et al. "FULLY AUTOMATIC SIMULTANEOUS MULTIPLEPEPTIDE SYNTHESIS IN MICROMOLAR SCALE - RAPID SYNTHESIS OF SERIES OFPEPTIDES FOR SCREENING IN BIOLOGICAL ASSAYS", Tetrahedron, Vol.45,No.24(1989), p7759-p7764

甲7号証:特表平11-504210号公報

甲9号証:VARANDA and MIRANDA, "Solid-phase peptide synthesis at elevatedtemperatures: a search for an optimized synthesis condition of unsulfatedcholecystokinin-12", J. Peptide Res., Vol.50(1997), p.102-p108

甲10号証:KAPPE, O. "Speeding up solid-phase chemistry by microwave irradiation:A tool for high-throughput synthesis"(「マイクロ波照射による固相合成の速度向上:ハイスループット合成の手段」) American Laboratory(May 2001) p13-p19

(判決注:上記甲号証の番号は,本件訴訟における甲号証の番号に対応する。)

(2)  本件審決の判断(ただし,前記(1)記載の無効理由についての判断に限る。)

ア 無効理由1,2,4及び5(進歩性の欠如)について

本件発明1及び3から9は,進歩性を欠き,特許法29条2項により特許を受けることができないものである。

他方,本件発明2,10及び11については,進歩性を欠くとはいえず,特許法29条2項により特許を受けることができないものとはいえない。

(ア) 無効理由5について

a 本件発明1

(a) 甲1号証記載の発明(引用発明)の認定

「ペプチドの固相合成方法であって:

α 位の N がFmocで保護され,固相ビーズレジンに結合された第一アミノ酸のα-アミノ基を,容器において該保護され結合されたアミノ酸をピペリジン/DMFと混合し,脱保護する工程;

第二のアミノ酸及び活性化試薬を含有する溶液を同一容器に添加し,該第二アミノ酸を活性化させる工程;

該第二アミノ酸を該第一アミノ酸にカップリングさせる工程;及び

サイクルとサイクルとの間に該同一の容器からペプチドを取り出すことなく,該同一の容器において連続的に前記脱保護工程,活性化工程,およびカップリング工程を行い,複数のアミノ酸をカップリングしてペプチドを形成する工程,を含む方法。」

(b) 本件発明1と引用発明との対比

(一致点〔以下「一致点1」という。〕)

「ペプチドの固相合成方法であって:

Na-9-フルオレニルメチルオキシカルボニル(Fmoc)の組成物で保護され,固相樹脂粒子に結合された第一アミノ酸の α-アミノ基を,容器において該保護され結合されたアミノ酸を脱保護性溶液と混合し,脱保護する工程;

第二アミノ酸及び活性化溶液を該同一容器に添加し,該第二アミノ酸を活性化させる工程;

該第二アミノ酸を該第一アミノ酸にカップリングさせる工程;及び

サイクルとサイクルとの間に該同一の容器からペプチドを取り出すことなく,該同一の容器において連続的に前記脱保護工程,活性化工程,およびカップリング工程を行い,複数のアミノ酸をカップリングしてペプチドを形成する工程,を含む方法。」

(相違点〔以下「相違点1」という。〕)

本件発明1では,脱保護工程及びカップリング工程において,マイクロ波透過性容器中の組成物に対してマイクロ波を照射し,ペプチドの合成を促進することが特定されているのに対し,引用発明では,そのような特定がなされていない。

(c) 相違点1についての検討

引用発明,甲9号証及び甲10号証は,いずれもFmoc保護基によって保護されたアミノ酸を用いたペプチドの固相合成に係るものであるところ,固相合成の反応には長時間を要し,これを短縮することは,当業者にとって自明の課題といえる。

当業者は,甲9号証に接して,反応温度を高めることによってペプチドの固相合成の脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮されることを認識するはずであり,このことから,引用発明においても,上記反応時間を短縮するために,反応温度を高める手段として甲10号証記載のマイクロ波照射を用いて所望の反応温度にすることは,容易になし得るといえる。その際,引用発明における「容器」をマイクロ波透過性のものにすることは,当然行うことである。

そして,本件発明1の効果は,マイクロ波照射によるペプチド合成の促進,すなわち,反応時間の短縮であり,これは,引用発明,甲9号証及び甲10号証から予測し得る範囲のものにすぎない。

以上によれば,本件発明1は,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものといえる。

b 本件発明2

(a) 本件発明2と引用発明との対比

(一致点)

一致点1

(相違点)

① 相違点1

② 相違点2

本件発明2は,「脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の任意の1つ以上の工程の間に容器を冷却して,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程を含む」ものであるのに対し,引用発明においては,そのような冷却により分解を防ぐ工程が設けられていない。

(b) 相違点についての検討

ⅰ 相違点1については,前記a(c)と同様である。

ⅱ 相違点2について

甲5号証には,マイクロ波照射を用いた合成等の化学的操作において,温度上昇に起因した望まない状況を回避するために冷却手段を設ける旨が記載されているものの,その目的は,容器内の試料の漏出の防止であって,相違点2に係る「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という目的とは顕著に異なるものである。

したがって,引用発明に甲5発明を組み合わせても,本件発明2の相違点2に係る構成を導き出すことはできない。

以上によれば,本件発明2は,引用発明,甲5発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

c 本件発明3

本件発明3と引用発明との間には,一致点1のほか,「3つ以上のアミノ酸に関して脱保護工程,活性化工程及びカップリング工程を連続して周期的に繰り返すことにより,所望のペプチドを合成することを含む」という一致点も存在する。

本件発明3と引用発明との間の相違点は,相違点1と同様である。

上記相違点についての検討は,前記a(c)と同様であるから,本件発明3は,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものといえる。

d 本件発明4

(a) 本件発明4と引用発明との対比

(一致点)

一致点1のほか,「複数の周期の間にペプチドを固相樹脂から又は容器から取り出すことなく,連続する脱保護工程,活性化工程及びカップリング工程を単一反応器において実施することを含む」という一致点も存在する。

(相違点)

① 相違点1

② 相違点3

本件発明4は,単一反応器において実施される工程として「切断工程」をも含むのに対し,引用発明には,切断工程をも単一反応器において実施することについては記載されていない。

(b) 相違点についての検討

ⅰ 相違点1については,前記a(c)と同様である。

ⅱ 相違点3について

甲1号証の記載に接した当業者であれば,脱保護工程やカップリング工程のみならず,これに続く切断工程についてもそのままの容器で実施することを,容易に想到し得たといえる。

したがって,本件発明4は,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

e 本件発明5

(a) 本件発明5と引用発明との対比

(一致点)

一致点1のほか,「更に,脱保護工程,活性化工程及びカップリング工程の1つ以上の工程の間に,混合物を不活性ガスにより撹拌する工程を含む」という一致点も存在する。

(相違点)

① 相違点1

② 相違点4

上記一致点に係る「不活性ガス」につき,本件発明5においては,「窒素気体」と特定されているのに対し,引用発明においては,そのような特定はされていない。

(b) 相違点についての検討

ⅰ 相違点1については,前記a(c)と同様である。

ⅱ 相違点4について

窒素気体は,当業者が「不活性ガス」の一例として直ちに想起するものの1つであるから,相違点4は,実質的な相違点とはいえない。

たとえ相違点4が実質的な相違点に該当するとしても,不活性ガスとして窒素気体を選択することは,当業者が適宜行う事項にすぎず,同選択によって予想外の効果が奏されるとも認められない。

したがって,本件発明5は,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものといえる。

f 本件発明6から9

(a) 本件発明6及び7と,引用発明との間には,①「アミノ酸の側鎖を脱保護することを含む」という一致点及び②「該アミノ酸の該側鎖を,t-ブチルをベースとする側鎖保護基を除去するのに適する組成物で脱保護することを含む」という一致点が存在する。

本件発明8と引用発明との間には,「更に,カルボジイミド型のカップリング試薬を用いて,第二アミノ酸を in situ で活性化させカップリングさせることを含む」という一致点が存在する。

本件発明9の発明特定事項は,本件発明1に含まれている。

(b) 本件発明6から9と,引用発明との間の相違点は,相違点1のみである。

上記相違点についての検討は,前記a(c)と同様であるから,本件発明6から9は,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものといえる。

g 本件発明10及び11

(a) 本件発明10及び11と,引用発明との対比

(相違点)

① 相違点1

② 相違点5

本件発明10は,「固相樹脂に結合されたペプチドを,該同一容器において切断性組成物と混合し,該組成物にマイクロ波を照射しながら,該結合ペプチドを該固相樹脂から切断する工程を含む」ものであるのに対し,引用発明には,マイクロ波を照射しながらペプチドを固相樹脂から切断する工程は,記載されていない。

本件発明10を引用する本件発明11についても,同様である。

(b) 相違点についての検討

ⅰ 相違点1については,前記a(c)と同様である。

ⅱ 相違点5について

甲9号証から把握される事項は,脱保護工程及びカップリング工程は高温で実施し,かつ,最後の切断工程は室温で実施することであるから,引用発明の切断工程に甲10号証記載のマイクロ波照射を施す動機付けがあるとはいえない。

したがって,本件発明10は,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

本件発明11は,本件発明10を引用するものであり,原告主張の無効理由に掲げられている甲6号証によっても,相違点5に係る構成を導くことはできない。

したがって,本件発明11は,引用発明,甲6発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(イ) 無効理由1

a 本件発明1

相違点1に関し,当業者は,甲4号証の記載から,マイクロ波照射によって,Cbz基は完全に除去され得るのに対し,Fmoc基は脱保護が難しいと認識するものであり,Fmoc基により保護されているアミノ酸の脱保護にマイクロ波照射が有効である旨を認識するとはいえず,したがって,Fmoc保護基の脱保護工程を有するペプチドの固相合成方法に関する引用発明につき,甲4号証記載のマイクロ波照射による脱保護を適用する動機付けがあったとは認められない。

また,甲2発明及び甲3発明は,いずれも固相樹脂に結合したアミノ酸を他のアミノ酸とカップリングする工程を含むペプチドの固相合成に係るものであり,脱保護工程にマイクロ波を照射することについては記載されていない。

以上によれば,本件発明1は,引用発明,甲2発明又は甲3発明及び甲4発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

b 本件発明2から11

本件発明2から11は,いずれも本件発明1を引用する方法に係る発明であり,かつ,相違点1を発明特定事項として含むものである。

そして,甲5号証,甲6号証及び甲10号証は,いずれも上記発明特定事項を導くための証拠として提出されたものではない。

したがって,本件発明2から11は,前記aにおいて前述した本件発明1と同様に,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

以上によれば,本件発明3から9は,引用発明並びに甲2発明又は甲3発明及び甲4発明に基づいて,本件発明2は,引用発明並びに甲2発明又は甲3発明,甲4発明及び甲5発明に基づいて,本件発明10は,引用発明並びに甲2発明又は甲3発明,甲4発明及び甲10発明に基づいて,本件発明11は,引用発明並びに甲2発明又は甲3発明,甲4発明及び甲6発明に基づき,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(ウ) 無効理由2

a 本件発明1

相違点1に関し,甲7号証には,マイクロ波照射を適用する反応が,Fmoc保護基の脱保護,アミノ酸の活性化及びカップリングの各工程を備えた特定のペプチド合成であることは具体的に記載されておらず,特に脱保護工程及びカップリング工程の両者にマイクロ波照射を行うことは,何ら示されていない。

このことから,引用発明と甲7発明との間には,技術分野における共通性又は密接な関連性があるとはいえず,甲7号証中の,装置構成に特徴のある発明におけるマイクロ波印加に関する一般的な記載を参酌して,これらの発明を組み合わせることを想到するとはいえない。

したがって,本件発明1は,引用発明及び甲7発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

b 本件発明2から11

本件発明2から11は,いずれも本件発明1を引用する方法に係る発明であり,かつ,相違点1を発明特定事項として含むものである。

そして,甲6号証は,相違点1を導くための証拠として提出されたものではない。

したがって,本件発明2から11は,前記aにおいて前述した本件発明1と同様に,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(エ) 無効理由4

a 本件発明1

甲2号証に記載されているマイクロ波照射は,カップリング工程に施されるにとどまるものである。また,甲9号証に記載されているカップリング工程及び脱保護工程における反応温度上昇のための手段として,甲2号証に記載されているマイクロ波照射を積極的に用いることは,示唆されていない。

したがって,甲9号証において,固相ペプチド合成を促進するために脱保護工程に加温されていても,当該工程にまでマイクロ波照射を用いる動機付けがあるとまではいえない。

以上によれば,本件発明は,引用発明,甲2発明及び甲9発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

b 本件発明2から11

本件発明2から11は,いずれも本件発明1を引用する方法に係る発明であり,かつ,相違点1を発明特定事項として含むものである。

そして,甲5号証及び甲6号証は,いずれも相違点1を導くための証拠として提出されたものではない。

したがって,本件発明2から11は,前記aにおいて前述した本件発明1と同様に,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 無効理由9(サポート要件等違反)

(ア) 特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たしているといえるためには,特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明において,発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていないことを要する。

もっとも,発明の詳細な説明から把握できる課題のすべてが解決されると認識できなければ,サポート要件を満たさないとすることは相当ではないので,サポート要件の判断における「発明の課題」とは,発明の詳細な説明から把握されるいずれかの課題であると解するのが相当である。

(イ) この点に関し,本件明細書の発明の詳細な説明には,「時間の長さ」及び「ペプチド配列の凝集」という課題が記載されている。

a 時間の長さ

発明の詳細な説明に具体的な実験結果が示されていなくても,当業者は,発明の詳細な説明の記載及び化学反応において熱を加えれば通常は反応速度が高まるという技術常識から,本件発明1において特定されているとおり,脱保護工程及びカップリング工程にマイクロ波照射を施すことによって,これらの各工程の反応速度が高まり,ペプチド合成の反応時間全体が,従来法によるものよりも短縮されることを認識できる。

したがって,本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明において,「時間の長さ」という発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていないものといえるから,サポート要件を満たしていないとまではいえない。

b ペプチド配列の凝集

凝集とは,「成長ペプチド分子内の水素結合によってくっつく傾向」を意味するものであり,高温になれば水素結合の減少に伴って凝集自体も減少することが理解される。したがって,温度を高める効果を本質的に有するマイクロ波照射を備えた本件発明は,凝集という課題を解決できるものと理解できる。

以上によれば,本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明において,「ペプチド配列の凝集」という発明の課題についても,当該課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていないものといえるから,サポート要件を満たしていないとまではいえない。

(ウ) したがって,本件特許請求の範囲の記載は,サポート要件に反するとはいえない。

なお,請求人(原告)は,特許法36条4項1号違反の点につき,具体的な主張をしていない。

ウ 結論

本件発明1及び3から9に係る特許は,無効理由5によって無効とすべきものである。他方,請求人(原告)の主張及び証拠によっては,本件発明2,10及び11に係る特許は無効とすることができない。

第3原告主張の審決取消事由(以下「原告主張取消事由」という。)

本件審決が,本件発明2,10及び11について審判不成立とした判断は誤りであり,取り消されるべきである。

1  原告主張取消事由1(本件発明2に関する無効理由5に係る判断の誤り)

(1)  本件発明2の「冷却」の意義

本件明細書の段落【0078】において,「このペプチドにおけるすべての反応に関して,マイクロ波出力は,はじめに50Wに設定し,次いで60℃未満の温度に保たれるように調節した。」と記載されていることから,本件発明2における「冷却」とは,(冷却手段を用いて)「容器の温度を下げる」ことではなく,(冷却手段を用いて)「容器の温度を所望の温度又はそれ以下に維持する」ことを意味するものと解される。この「冷却」には,空冷,すなわち,放冷も含まれる。

(2)  相違点2の認定の誤り

本件発明2は,「脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の任意の1つ以上の工程の間に容器を冷却して,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程」を含むものであるところ,「マイクロ波エネルギーから熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という点は,冷却の目的又は冷却による作用,効果にすぎず,技術手段を特定するものではないことから,上記工程は,「脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の任意の1つ以上の工程の間に容器を冷却する工程」と相違しない。

したがって,相違点2は,本件発明2は,「脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の任意の1つ以上の工程の間に容器を冷却する工程を含む」ものであるのに対し,引用発明においては,そのような工程が設けられていない点とすべきである。本件審決は,前述したとおり,本件発明2においては,「分解するのを防ぐ」という点は,冷却の目的又は作用ないし効果にすぎないにもかかわらず,この点を相違点2に加えたことにおいて誤りがある。

(3)  容易想到性の判断の誤り

以下のとおり,本件発明2は,引用発明,甲5発明,甲9発明(なお,本件訴訟においては,甲9号証の文献の部分訳である乙10号証が提出されていることから,以下,「甲9号証」には,乙10号証の記載も含めることとする。)及び甲10発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえるから,容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

ア 原告が主張する相違点2(以下「原告主張の相違点2」という。)について

(ア) 甲5号証には,マイクロ波による加熱手順の間,開放容器中の試料の沸騰又は蒸発による漏出を防ぐために,試料からの熱を効率的に吸収できるように設計された冷却チャンネルが設けられている旨が記載されている。

引用発明に上記冷却チャンネルを組み合わせれば,原告が主張する相違点2に係る構成が容易に導き出される。

(イ) 甲9号証には,カップリング工程,脱保護工程及び洗浄工程を高温で実施することが記載されている一方,最終段階における樹脂からの切断については「室温」で実施することが記載されていることから,切断工程において何らかの方法により高温から室温に冷却されていることは明らかである。

このことから,甲9号証には,「切断工程の間に(高温から室温に)容器を冷却する工程」が記載されているものといえ,これは,原告が主張する相違点2にほかならない。

イ 本件審決が認定した相違点2について

仮に,相違点2が本件審決の認定のとおりであったとしても,以下のとおり,容易想到性が認められる。

(ア)a 本件優先日当時,高温によって固相支持体又はペプチドが分解することは,公知であったことから,当業者において,上記分解を防ぐ目的で引用発明に甲5号証記載の冷却手段を組み合わせることは,容易にできたといえる。

b 甲5号証に記載されている冷却手段の目的の 1 つは,試料の沸騰又は蒸発による漏出の防止であるところ,以下の(a)及び(b)によれば,これは,本件審決が認定した相違点2における「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という目的と,顕著に異なるものではない。

この点に鑑みると,当業者は,引用発明に甲5号証記載の冷却手段を組み合わせれば,相違点2に係る構成を容易に想到し得たといえる。

(a) 本件明細書の段落【0010】には,固相支持体は,溶媒中に膨潤させることによって,ペプチド合成の実施に利用可能な状態になるものであり,当該溶媒が沸騰又は蒸発により漏出すると,上記の状態にならない可能性が示唆されている。

(b) 甲5号証においては,薄膜状の液体のチャンネル17という冷却手段を備えることにより,蒸気が凝縮されて戻され,開放容器内の試料の温度が沸点以上になることを防ぎ,ひいては,容器底部の固形分の分解を防ぐことができる。

一方,本件明細書中の実験例において,「60℃未満の温度に保たれるように調節した」(甲16【0078】)工程は,本件発明2の「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程」に相当するものと解される。

(イ) 以下によれば,甲9号証には,実質において,相違点2に係る構成が記載されている。

a 相違点2に係る構成について,本件明細書の記載に鑑みても,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解する場合と,「同時に高温が発生して,固相支持体及び反応混合物が変質する傾向があった」(甲16【0015]】)という従来の知見との差異を見出すことはできない。

すなわち,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積と,湯浴の加熱による熱の蓄積とは,いずれも熱エネルギーとして同じであり,固相支持体又はペプチドの分解に寄与することにつき,本質的な相違はない。

b(a) 本件発明2における「冷却」の程度については,本件明細書にも具体的に記載されておらず,明らかではないが,本件明細書記載の実験例における冷却工程は,「60℃未満の温度に保たれるように調節」するものと解釈できる。

(b) 他方,甲9号証には,①温度を75℃にすると,ペプチドが分解して純度が低下することから,60℃の方が好ましいこと,②実施例において,湯浴中,外気との熱交換によって60℃の温度が保持され,加熱と同時に空冷が行われていたことが記載されている。

したがって,甲9号証には,(冷却手段を用いて)「容器の温度を所望の温度に維持」し,ペプチドの純度低下を防ぐ工程,すなわち,相違点2における「冷却」が行われていたことが記載されているといえる。

c 前記ア(イ)のとおり,甲9号証には,「切断工程の間に(高温から室温に)容器を冷却する工程」が記載されているところ,室温に冷却された場合に高温時よりもペプチドの分解が抑制されることは,本件優先日当時において技術常識であったから,上記記載は,相違点2における「熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程」に相当する。

2  原告主張取消事由2(本件発明10に関する無効理由5に係る判断の誤り)

本件審決認定のとおり,引用発明,甲9号証及び甲10号証は,いずれもFmoc保護基により保護されたアミノ酸を用いたペプチドの固相合成という点において共通しているところ,固相合成の反応には長時間を要し,これを短縮することは,当業者にとって自明の課題である。

このことから,当業者は,甲10号証に接し,マイクロ波照射によりメリフィールド樹脂からの化合物の切断反応が高速化されることを認識すれば,引用発明において,切断工程の反応時間を短縮するために甲10号証記載のマイクロ波照射を行うことを容易に想到することができ,相違点5に係る構成を導き得たものといえる。

したがって,本件発明10は,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえるから,容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

3  原告主張取消事由3(本件発明11に関する無効理由5に係る判断の誤り)

前記2のとおり,本件発明11が引用する本件発明10については,容易想到性が認められる。

甲6号証には,ペプチドの合成に関し,「樹脂からの切断は・・・トリフルオロ酢酸/5%アニソールを300μL用いた10分間の処理が2回行われる。」旨が記載されているところ,例えば甲17号証によれば,アニソールが「反応性カルボニウムイオンを消失させるための掃去剤」として機能することは明らかといえる。

したがって,当業者であれば,引用発明及び甲6号証の記載に基づき,「切断性組成物」に「複数の掃去剤」を添加して,本件発明11における「更に,トリフルオロ酢酸から成り,保護基及びリンカーから生ずる反応性カルボニウムイオンを消失させるための複数の掃去剤を含有する切断性組成物を用いることを含む」を容易に想到し得るものといえる。

したがって,本件発明11は,引用発明,甲6発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえるから,容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

4  原告主張取消事由4(無効理由1に係る判断の誤り)

(1)  本件発明1に関する判断の誤り

ア 脱保護工程におけるマイクロ波照射

甲4号証(本件訴訟においては,甲4号証の文献の部分訳である乙9号証が提出されていることから,以下,「甲4号証」には,乙9号証の記載も含めることとする。)には,通常はFmocの脱保護が生じない系においても,10サイクルのマイクロ波照射を実施することによってFmocが脱離することが示されており,マイクロ波照射は,その照射方法によっては,Fmocの脱離に有効であることが示唆されている。

したがって,引用発明における脱保護工程において,甲4号証記載のマイクロ波照射の技術を用いてFmocの脱離の迅速化を試みることは,当業者であれば容易にできたことといえ,前記示唆は,前記マイクロ波照射の技術を引用発明に適用する十分な動機付けになるものといえる。

イ カップリング工程におけるマイクロ波照射

甲2号証及び甲3号証には,固相ペプチド合成におけるカップリングの際にマイクロ波照射を実施すること,その結果,カップリング及びペプチド結合の形成とも,マイクロ波を照射しない場合と比べて,かなり短い時間で完了したことが記載されている。

したがって,カップリング反応を早く進行させるために,甲2号証及び甲3号証に記載されている,カップリングの際にマイクロ波照射を実施する技術を引用発明に適用することは,当業者であれば容易にできたことといえる。

ウ 以上によれば,本件発明1は,引用発明,甲2発明又は甲3発明及び甲4発明に基づいて当業者が容易に発明できたものといえ,容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

(2)  本件発明2,10及び11に関する判断の誤り

ア 原告主張取消事由1において前述したとおり,本件発明2につき,相違点2に係る構成は,甲5号証の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

原告主張取消事由2において前述したとおり,本件発明10につき,相違点5に係る構成は,甲10号証の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

原告主張取消事由3において前述したとおり,本件発明11のうち「トリフルオロ酢酸から成り・・切断性組成物を用いること」は,甲6号証の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

イ 以上によれば,本件発明2,10及び11の容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

5  原告主張取消事由5(無効理由2に係る判断の誤り)

(1)  本件発明1に関する判断の誤り

固相ペプチド合成が,脱保護工程,アミノ酸の活性化及びカップリング工程を備えた合成であることは周知技術であり,甲7号証の記載に接した当業者であれば,生成物の反応を高めるためにすべての反応においてマイクロ波照射を試みるものと解される。

したがって,引用発明において,甲7号証の記載に基づき,脱保護工程及びカップリング工程においてマイクロ波照射を試みて相違点1に係る構成を導き出すことは,当業者であれば容易にできたことであると考えられるから,本件発明1は,引用発明及び甲7発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものといえ,本件発明1の容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

(2)  本件発明2,10及び11に関する判断の誤り

ア これらの発明に共通する相違点1については,前記(1)のとおり,当業者が容易に想到し得たといえる。

イ(ア) 本件発明2

甲7号証には,反応ブロックを冷却できる旨が記載されており,引用発明の各工程においてマイクロ波を照射する際,上記記載に基づき,同照射によって発生する熱を吸収するために冷却を実施することは,当業者において適宜できたことといえる。

したがって,当業者は,甲7発明に基づき,相違点2に係る構成に容易に想到し得たといえる。

(イ) 本件発明10

甲1号証には,「ペプチドのレジンからの切断,及び全側鎖の脱保護は,95%TFA溶液で行う。」という記載があり,「95%TFA溶液」が本件発明10の「切断性組成物」に相当するのは明らかといえる。このことから,本件発明10の構成のうち「固相樹脂に結合されたペプチドを,該同一容器において切断性組成物と混合し(結合ペプチドを固相樹脂から切断する工程)」は,甲1号証に記載されているといえる。

甲7号証には,マイクロ波を印加することによって生成物の反応を高めることができる旨が記載されており,当業者は,同記載に基づき,反応物の反応を高めるためにペプチドの固相合成における切断工程においてマイクロ波を印加し,本件発明10の構成のうち「該組成物にマイクロ波を照射しながら,該結合ペプチドを該固相樹脂から切断する工程」を容易に想到し得た。

(ウ) 本件発明11

本件発明11は,前記(イ)のとおり容易想到性が認められる本件発明10を引用するものであり,また,前記3のとおり,当業者であれば,引用発明及び甲6号証の記載に基づき,「更に,トリフルオロ酢酸から成り,保護基及びリンカーから生ずる反応性カルボニウムイオンを消失させるための複数の掃去剤を含有する切断性組成物を用いることを含む」を容易に想到し得るものといえる。

ウ 以上によれば,本件発明2及び10は,引用発明及び甲7発明に基づき,本件発明11は,引用発明,甲6発明及び甲7発明に基づき,いずれも当業者が容易に想到し得たものといえ,したがって,本件発明2,10及び11の容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

6  原告主張取消事由6(無効理由4に係る判断の誤り)

(1)  本件発明1に関する判断の誤り

甲2号証に記載されているマイクロ波照射が,加熱手段として,簡便性,温度上昇に要する時間等の点において有用なものであることは,本件優先日当時において技術常識であった。このことから,甲9号証に記載されているカップリング工程及び脱保護工程において,反応温度を上昇させるための手段として上記マイクロ波照射を用いる動機付けは,十分にあったものといえる。

以上によれば,当業者は,引用発明,甲2発明及び甲9発明に基づき,本件発明1を容易に想到し得たものといえるから,本件発明1の容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

(2)  本件発明2,10及び11に関する判断の誤り

ア(ア) 本件発明2

原告主張取消事由1において前述したとおり,相違点2に係る構成は,甲5発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(イ) 本件発明10

前記5(2)イ(イ)のとおり,本件発明10の構成のうち「固相樹脂に結合されたペプチドを,該同一容器において切断性組成物と混合し(結合ペプチドを固相樹脂から切断する工程)」は,甲1号証に記載されている。

甲2号証には,マイクロ波加熱が種々の有機反応において有利である旨の記載があり,当業者は,同記載に基づき,甲2号証のカップリング工程において実施するマイクロ波加熱を,固相ペプチド合成の反応を促進するためにその切断工程においても実施し,相違点5に係る構成を容易に想到し得たといえる。

(ウ) 本件発明11

原告主張取消事由3において前述したとおり,本件発明11のうち「トリフルオロ酢酸から成り・・切断性組成物を用いること」は,甲6号証の記載に基づいて当業者が容易に想到し得た。

イ 以上によれば,本件発明1及び10は,引用発明,甲2発明及び甲9発明に基づき,本件発明2は,引用発明,甲2発明,甲5発明及び甲9発明に基づき,本件発明11は,引用発明,甲2発明,甲6発明及び甲9発明に基づき,当業者が容易に想到し得たものといえるから,これらの発明の容易想到性を否定した本件審決の判断は,誤りである。

7  原告主張取消事由7(無効理由9に係る判断の誤り)

本件発明の課題は,固相ペプチド合成における「時間の長さ」及び「ペプチド配列の凝集」という2つの欠点をいずれも解決することにあると解される。

このうち,「ペプチド配列の凝集」についてみると,本件特許の発明の詳細な説明には,「凝集とは,成長ペプチドがそれ自体の上に折り畳まれてループを形成し,水素結合によってくっつく傾向をいう。これは,更なる鎖の伸長に関して明らかな問題を生む。理論的には,温度が高くなると水素結合が減少するので,折り畳みの問題が少なくなるが,そのように温度が高いと,熱に敏感なペプチドカップリング試薬に悪影響が及ぼされることがあるので,高温自体による欠点が生じることがある。」と記載されている(甲16【0016】)が,凝集が水素結合のみに由来するものであるか否かが不明である上,どの程度の高温にすれば凝集を防ぐことができるかも,明らかではない。このことから,当業者は,高温になると水素結合が減少するという技術常識に基づいても,マイクロ波照射により凝集を防げると認識することはできないものといえる。

以上によれば,本件特許の発明の詳細な説明においては,前記課題のうち,「ペプチド配列の凝集」という欠点を解決する,すなわち,同現象の発生を防ぐという課題については,本件発明によって解決可能であることを,当業者が認識し得るように記載されていないというべきであり,したがって,サポート要件違反を認めなかった本件審決の判断は,誤りである。

第4原告主張取消事由に対する被告の反論

1  原告主張取消事由1(本件発明2に関する無効理由5に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明2の「冷却」の意義について

以下によれば,本件発明2の「冷却」は,積極的な冷却を指し,単なる放冷や加熱のための出力の調整(例えば,マイクロ波のスパイキング)は,含まれない。

ア 本件明細書に挙げられている「冷却」の例も,積極的な冷却に該当するものに限られている(甲16【0052】,【0053】)。

イ マイクロ波照射による加熱は,双極子を有する物質の誘電損失によるものであり,マイクロ波照射が,双極子を有する物質に対し,選択的かつ直接に作用する。このことから,従来の加熱技術とは異なって,熱伝導が不要であり,マイクロ波のエネルギーが高い効率で熱に変換され,その結果,被加熱物の内部をも急速に加熱できる。

他方,マイクロ波照射による加熱においては,過剰な熱が蓄積した状態になり,熱暴走などを発生させるおそれもあるところ,放冷によってそのような状態を目的の状態に戻すには,長時間を要し,その間にペプチドの分解が進行してしまう。

この問題を解決するためには,積極的な冷却が有用といえる。

(2)  相違点2の認定の誤りについて

本件発明2における「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という点は,冷却の目的又は作用,効果のみならず,冷却の態様を特定するものでもあるから,相違点2に含めるべきであり,本件審決の認定に誤りはない。

(3)  容易想到性の判断の誤りについて

以下のとおり,原告主張の相違点2及び本件審決が認定した相違点2のいずれについても,容易想到性は認められず,本件審決の判断に誤りはない。

ア 原告主張の相違点2について

(ア) 甲5号証に記載されている「薄膜状の液体チャンネル17」に係る冷却の態様では,容器底部の固形分の分解を防ぐことはできない。すなわち,甲5号証においては,加熱手順の間,試料が開放容器内において沸騰又は蒸発して漏出するのを防ぐために,薄膜状の液体チャンネル17によって開放容器の端部を冷却し,気化した試料の一部を液化して開放容器の底部に戻すが,その際,同底部に残る液体の試料は加熱されたまま,冷却されない。固形分は,反応中も同底部にとどまるので,熱の蓄積は防止されず,分解も抑制されない。

したがって,甲5号証の「薄膜状の液体チャンネル17」をマイクロ波照射下における固相ペプチド合成に適用しても,「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」ことはできない。

(イ)a 甲9号証に記載されている冷却工程は,「切断工程の間に(高温から室温に)容器を冷却する工程」に限られず,カップリング工程,脱保護工程及び洗浄工程が終了した後に,容器を冷却し,同冷却の完了後に切断工程を実施するというものも,排除されてはいない。

この点に関し,本件発明2の「冷却」とは,「任意の1つ以上の工程が行われている間に容器を冷却すること」を意味し,ある工程の終了後に容器を冷却し,同冷却完了後に他の工程を実施するというのは,本件発明2の「冷却」に該当しない。

したがって,甲9号証記載の冷却工程は,本件発明2の「冷却」に相当するものではない。

b また,甲9号証においては,湯浴サーキュレータに接続された湯浴反応器内においてペプチド合成が行われたが,この装置の迅速な交換は困難であった。

この点に関し,前述したとおり,本件発明2の「冷却」は,積極的な冷却を指し,単なる放冷や加熱のための出力の調整は含まれないことから,上記湯浴反応器を湯浴の温度から室温にするために放冷したとしても,本件発明2の「冷却」に該当しない。

上記反応器を湯浴の温度から室温にするために放冷したとしても,前述したとおり,これは,積極的な「冷却」工程に該当しない。

c 以上によれば,引用発明に甲9発明を組み合わせても,原告主張の相違点2に係る構成が容易に導き出されるとはいえない。

イ 本件審決が認定した相違点2について

(ア) 甲5号証記載の「冷却した薄膜状の液体チャンネル17」は,試料の気化による漏出の防止を目的としており,その対象は,マイクロ波照射によって気化する溶媒等の成分である。他方,固相支持体及びペプチドは,マイクロ波照射によって気化する成分ではないから,「冷却した薄膜状の液体チャンネル17」の対象にならない。したがって,「冷却した薄膜状の液体チャンネル17」は,固相支持体及びペプチドなど,容器内に固体として存在する成分を対象としていない。

また,溶媒の気化及び液化は,可逆的な変化であり,溶媒の一部が気化によって失われても,その分を補充すれば足りる。一方,固相支持体及びペプチドの分解は,不可逆的な反応であり,分解して失われた場合,ペプチドを補充することはできず,固相支持体については,そのものを補充することはできるものの,ペプチド固相合成の途中で新たな固相支持体を補充しても,得られるのは補充後の配列であり,所望のペプチドの全配列を得ることはできない。

以上によれば,甲5号証記載の「冷却した薄膜状の液体チャンネル17」の目的は,相違点2の「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という目的とは全く異なるものであり,「冷却した薄膜状の液体チャンネル17」を,上記相違点2の目的に転用して引用発明に適用することは,当業者が容易に想到し得た事項ではない。

(イ)a 甲9号証において,相違点2に係る構成は記載されておらず,引用発明に適用しても,本件発明2を想到し得ない。

すなわち,甲9号証においては,湯浴サーキュレータによる通常の加熱が行われているにすぎず,マイクロ波は照射されていないことから,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積によって固相支持体又はペプチドが分解することは,起こり得ない。また,加熱の程度を調整し,場合によっては加熱を中断することによって温度を60℃に保持しているにすぎず,容器の冷却は行われていない。

b 本件審決は,甲9号証を専ら相違点1に関する判断に用いており,相違点2に関する判断においては,甲5号証のみを認定の用に供した。

この点に鑑みると,甲9号証を相違点2に関する判断に供することは,原告主張に係る無効理由5及び本件審決の認定,判断の枠組みから逸脱している。

2  原告主張取消事由2(本件発明10に関する無効理由5に係る判断の誤り)について

甲10号証は,マイクロ波照射下において安息香酸を樹脂から切断する技術を開示するものにすぎず,マイクロ波を照射しながらペプチドを固相樹脂から切断する工程は開示していない。

したがって,当業者は,引用発明に甲10号証記載の技術を適用しても,相違点5に係る構成を導くことは困難であり,本件発明10を想到し得ず,本件審決の判断に誤りはない。

3  原告主張取消事由3(本件発明11に関する無効理由5に係る判断の誤り)について

本件発明11は,本件発明10を引用しており,引用発明とは,相違点5において相違するところ,前記2と同様の理由により,容易想到性は認められず,本件審決の判断に誤りはない。

4  原告主張取消事由4(無効理由1に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明1に関する判断の誤りについて

ア 以下によれば,引用発明に対し,甲4号証記載のマイクロ波照射による脱保護を適用する動機付けがあったとは認められないという本件審決の判断に誤りはない。

(ア) 甲4号証は,イソプロパノール中における触媒移動水素化によるN-Cbz(アミンの保護基として窒素(N)に結合したベンジルカルバメート基)及びN-Bn(ベンジル基)の脱保護に関する論文であり,固相ペプチド合成とは全く異なる技術分野に属するものである。

(イ) 甲4号証においては,マイクロ波照射の4回のサイクルにより,Cbzは完全に除去されたのに対し,Fmocは脱保護されなかったなど,マイクロ波照射によるFmocの脱保護は,否定的に評価されている。

(ウ) 甲4号証において触媒として使用されたPd/C(活性炭に担持されたパラジウム)は,不均一触媒であり,固相ペプチド合成には適していない。すなわち,固相ペプチド合成においては,脱保護反応後に固体状態の触媒を反応容器から分離する必要があるところ,ペプチドを含有する担持粒子から固体触媒を分離することは,困難である。

イ 甲2号証及び甲3号証は,いずれも脱保護工程のマイクロ波照射とは関係がない。

ウ 以上によれば,本件発明1の容易想到性を否定した本件審決の判断に誤りはない。

(2)  本件発明2,10及び11に関する判断の誤りについて

本件発明2,10及び11と,引用発明との間には,少なくとも相違点1が存在するから,本件審決が,本件発明2,10及び11について本件発明1と同様の理由により容易想到性を否定したことに誤りはない。

5  原告主張取消事由5(無効理由2に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明1に関する判断の誤りについて

甲7号証には,マイクロ波照射についての一般的な記載があるにとどまり,固相ペプチドの合成も含め特定の反応に関するマイクロ波照射についての記載は,存在しない。しかも,上記一般的な記載の直後には,UV光照射も,マイクロ波照射と同列に掲げられている。

さらに,当業者は,マイクロ波照射によって反応系の温度が上昇することにより,特に脱保護工程に関して,同照射がアスパルチミド形成を促進する,側鎖保護基まで脱保護する,ペプチド中のアミノ結合を切断するなどの副反応が発生することを懸念していた。

以上によれば,当業者において,引用発明と甲7号証におけるマイクロ波印加の一般的な記載を組み合わせるとはいえず,本件発明1の容易想到性を否定した本件審決の判断に誤りはない。

(2)  本件発明2,10及び11に関する判断の誤りについて

ア 本件発明2,10及び11と,引用発明との間には,少なくとも相違点1が存在するから,本件審決が,本件発明2,10及び11につき,本件発明1と同様の理由により容易想到性を否定したことに誤りはない。

イ さらに,本件発明2,10及び11と,引用発明との間のその余の相違点についても,以下のとおり,容易想到性は認められない。

(ア) 本件発明2について

前記(1)において前述したとおり,甲7号証は,マイクロ波照射を適用したペプチド合成を具体的に開示しておらず,本件審決が認定した「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相指示体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程」とは関係がない。

たとえ,甲7号証記載の装置が,マイクロ波照射を適用したペプチド合成に利用されたとしても,甲7号証には,上記装置が備える「反応ブロック140」を冷却に使用することの有無及び使用時期についての記載がない。

以上によれば,当業者は,引用発明に甲7発明を適用しても,相違点2に係る構成を導くことを,容易に想到し得たとはいえない。

(イ) 本件発明10について

前記5(1)において前述したとおり,甲7号証には,ペプチド合成にマイクロ波照射を適用した具体的な技術は記載されていない。

したがって,当業者は,切断工程においてマイクロ波を印加して相違点5に係る構成を導くことを,容易に想到し得たとはいえない。

(ウ) 本件発明11について

前記3と同様である。

6  原告主張取消事由6(無効理由4に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明1に関する判断の誤りについて

甲2号証においてマイクロ波が照射されたのはカップリング工程のみであり,しかも,Fmoc脱保護工程は室温で行われていたことから,マイクロ波照射が想定されていなかったといえる。

甲9号証においては,湯浴サーキュレタによる通常の加熱が実施されていたにすぎない。

以上によれば,甲2号証及び甲9号証のいずれにも,マイクロ波照射下において脱保護工程を行うことは記載されておらず,相違点1に係る構成は開示されていないといえるから,当業者において,同構成を導くことを容易に想到し得たとはいえない。

(2)  本件発明2,10及び11に関する判断の誤りについて

ア 本件発明2,10及び11と,引用発明との間には,少なくとも相違点1が存在することから,本件審決が,本件発明2,10及び11について,本件発明1と同様の理由により容易想到性を否定したことに誤りはない。

イ さらに,本件発明2,10及び11と,引用発明との間のその余の相違点についても,以下のとおり,容易想到性は認められない。

(ア) 本件発明2について

前記1と同様である。

(イ) 本件発明10について

前述したとおり,甲2号証において,マイクロ波照射が行われたのはカップリング工程のみであり,マイクロ波照射は同工程についてのみ適切であることが開示されている。

したがって,当業者において,相違点5に係る構成を容易に導き得たとはいえない。

(ウ) 本件発明11について

前記3と同様である。

7  原告主張取消事由7(無効理由9に係る判断の誤り)について

本件発明の課題は,固相ペプチド合成における「時間の長さ」及び「ペプチド配列の凝集」のいずれかを解決することで足りる。

後記第5の2(2)のとおり,本件明細書記載の実施例のうち,特にペプチドGly-Asn-Ile-Tyr-Asp-Ile-Ala-Ala-Gln-Valは,凝集しやすく合成が困難なものであるにもかかわらず,本件発明においてはその合成に成功していることから,当業者は,本件明細書に接すれば,本件発明がペプチド配列の凝集という課題を解決できるものと認識し得る。

したがって,本件審決が,本件特許請求の範囲の記載はサポート要件に反するとはいえない旨判断したことにつき,誤りはない。

第5被告主張の審決取消事由(以下「被告主張取消事由」という。)

本件審決が,本件発明1及び3から9について進歩性を欠き,無効であるとした判断は誤りであり,取り消されるべきである。

本件発明1に係る取消事由は,以下のとおりであり,本件発明1を引用する本件発明3から9についても,同様である。

なお,被告は,「取消事由1(本件発明の認定の誤り)」として,本件審決が,「本件発明1は,脱保護工程及びカップリング工程において施す『マイクロ波照射』の条件が何ら特定されていない。」,「本件発明1は,実施例や乙第2号証(判決注:17事件甲23号証)の温度をはるかに超える高温域でのマイクロ波照射も幅広く含んでいるのであって,このようなマイクロ波照射の条件を特定していない本件発明1全般が,極めて制御されたマイクロ波照射等の条件により達成された純度と同等の効果が得られると推認することはできない。したがって,本件発明1全般が,予測し得ない顕著な効果を奏するとはいえない。」と認定した点は,誤りである旨主張するが,本件発明1において,マイクロ波照射に係る温度条件及び本件発明1の効果は,発明特定事項とされていない。

この点に鑑み,被告の前記主張は,後記の被告主張取消事由2(無効理由5につき予想外かつ顕著な効果を否定した誤り)として整理した。

1  被告主張取消事由1(無効理由5の相違点1に関する判断の誤り)

本件審決は,本件発明1に関する無効理由5について,引用発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた旨判断しているが,これは,誤りである。

(1)  甲9発明の認定の誤り

ア 本件審決は,甲9号証には,「27℃よりも温度を高めることにより,ペプチドの固相合成の脱保護工程及びカップリング工程の反応時間を短縮する発明」が記載されている旨認定しているが,これは誤りである。

以下によれば,甲9号証は,「スキーム2という特定の条件(カップリング試薬がDIC/DCM+HOBt(図1の「A」)の場合に限る。)下においては,60℃における純度が,45℃及び75℃における純度よりも高くなる」という発明を開示しているにすぎない。

(ア) 本件審決は,スキーム1のプロトコルに従って行われた27℃の実験(以下「スキーム1の実験」ともいう。)結果とスキーム2のプロトコルに従って行われた45℃,60℃及び75℃の実験(以下「スキーム2の実験」ともいう。)結果との相違が,上記反応温度の差によってもたらされた旨認定しているところ,両スキームは,溶媒など反応温度以外の条件をも異にしており,したがって,上記相違を反応温度の差によるものと結論付けることはできない。

a 溶媒が異なれば,生成物の収率及び純度も異なることから,溶媒が異なる系に係る実験結果を比較することはできない。

b t-Bocを保護基として使用した場合のカップリング反応の溶媒として,スキーム1においては,DCM,DCM/NMP又はNMPが,スキーム2においては,DMSO/トルエン又はNMPが用いられる。

①スキーム2において用いられるDMSOは,ペプチド固相合成を促進する溶媒として知られており(17号事件甲36),②現に,溶媒としてNMPを使用した場合の生成物の収率及び純度は,溶媒として25%DMSO/トルエンを使用した場合よりも劣ること(甲9)などによれば,スキーム2の実験において,スキーム1の実験に比して反応時間が短縮されたとしても,その短縮には,溶媒の違いも寄与しているものといえる。

(イ)a 反応時間の短縮の可否を明らかにするためには,反応時間に対する収率をプロットしなければならないところ,甲9号証には,反応が完了した時間を示す記載はなく,脱保護工程及びカップリング工程の反応時間を各スキームに設定されたものよりも短くした場合に収率及び純度に及ぶ影響については,開示されていない。

b 被告が実施した実験(17号事件甲38。以下「甲38実験」という。)によれば,スキーム1の条件下,すなわち,反応温度を27℃とした場合において,脱保護は3分間以内に完了した。

したがって,スキーム2の実験において,反応温度を上げたことにより,脱保護について有利な結果がもたらされたとはいえない。

イ 原告の反論に対し

甲9号証中の「図1(A)は,60℃が最も適した高い温度であることを示している」との記載は,固相ペプチド合成全体としての回収率及び純度に関するものであり,脱保護工程の短縮化との間においては,直接の関係はない。図1には,スキーム2の条件下における45℃,60℃及び75℃に係る回収率及び純度が記載されているが,これらの結果を比較しても,脱保護工程が短縮されたのか否かについて,結論を導くことはできない。

(2)  容易想到性の判断の誤り

ア(ア) 甲9号証においては,脱保護工程及びカップリング工程のいずれについても,マイクロ波照射は用いられていない。

また,甲10号証においては,固相ペプチド合成の全工程が開示されているわけではなく,そのうちのカップリング工程につき,マイクロ波照射下におけるカップリング反応が開示されているが,脱保護反応は,全く行われていない。

したがって,甲9号証及び甲10号証のいずれも,マイクロ波照射下における脱保護工程を開示しておらず,このことから,相違点1に係る構成を開示していないものといえる。

(イ) 相違点に係る構成が証拠上開示されていない場合,当該相違点が設計事項に該当するものでなければ,公知発明を組み合わせる動機付けについて検討するまでもなく,進歩性の存在が認められる。

相違点1は,設計事項に該当するものではなく,したがって,本件発明1の進歩性が肯定されることは,明らかである。

イ(ア) 特許法29条1項3号所定の「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明」とは,1つの刊行物に記載された発明を指し,「一方に存在しない技術を他方で補って併せて一つの引用発明とすることは,特段の事情のない限り,許されないものといわなければならない」(知財高裁平成18年(行ケ)第10174号・平成19年9月26日判決)。複数の先行技術の発明を組み合わせて作出された「引用発明」は,本件優先日当時に存在した発明ではないから,進歩性の判断に用いることはできない。

(イ) 本件審決は,甲9号証から「反応温度を高めることで脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮される」との発明を,甲10号証から「マイクロ波照射を用いて所望の温度とする」との発明を,それぞれ認定し,これら2つの発明を組み合わせて,相違点1に係る構成,すなわち,「マイクロ波照射を用いて反応温度を高めることで脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮される」との発明(「甲9+甲10発明」)を作出し,進歩性の判断に用いた。

しかしながら,「甲9+甲10発明」は,前記のとおり本件審決が複数の先行技術の発明を組み合わせて作出したものであり,本件優先日当時には存在しなかったものであるから,特許法29条1項3号所定の発明に該当しない。

したがって,本件審決の判断構造は,同条2項に反するものである。

(3)  甲9号証に係る阻害要因

ア 以下のとおり,本件優先日当時は,脱保護工程を室温で行うことが技術常識であり,同工程を室温よりも高温下において実施することは,技術常識に反していた。

したがって,当業者にとって,甲9号証におけるスキーム2の反応条件を変更し,通常の加熱に代えてマイクロ波照射を適用するという動機付けは,存在しなかった。

(ア) 甲1号証は,固相ペプチド合成に関する教科書であり,平成12年に発行されたものであるところ,脱保護工程を常温よりも高温下で行うことについては,一切記載されていない。甲2号証は,固相ペプチド合成に関する学術文献であり,平成14年に発行されたものであるが,同文献に記載されている実験においては,カップリング工程はマイクロ波照射の下で行われたものの,脱保護工程は,マイクロ波を照射されることなく,室温で行われた。

以上によれば,当業者は,本件優先日の直前の時期においても,脱保護工程は室温で行われるべきであるという認識を有していた。

(イ) 本件優先日当時,当業者は,室温よりも高温下において脱保護工程を実施することについては,以下のとおり,アスパルチミド形成の促進,側鎖保護基の脱保護,既に形成されたペプチド結合の切断などの副作用の発生を懸念していた。

a すなわち,本件優先日当時においては,高温になるほどアスパルチミドが形成されることが知られていた(17号事件甲25の表2,17号事件甲26の表1)。

b アミノ酸によっては,N末端のNH2基のみならず,側鎖にも反応性の高い官能基を有するものがあることから,同官能基にも保護基(側鎖保護基)を結合させ,ペプチド合成の過程を通じて同官能基の反応を抑制させている。側鎖保護基は,脱保護工程において脱保護されるべきNH2基の保護基(「一時的な(temporary)保護基」)とは異なり,上記抑制機能を果たさせるために,ペプチド合成の過程を通じて保持される必要があり,脱保護されてはならないもの(「永久的な(permanent)保護基」)である。

しかしながら,高温下においては,側鎖保護基まで脱保護されてしまうおそれがある。

c 既に形成されたペプチド結合が切断される事態は,防止しなければならないが,高温下においては,そのような事態が発生し得る。

イ 固相ペプチド合成においては,アミノ酸残基を1つずつ逐次的に付加することから,生成物の純度を十分に高める必要がある。

しかしながら,甲9号証においてt-Bocを保護基として合成されたACP65-74(以下「甲9ペプチド」という。)は,10個のアミノ酸残基からなるペプチドであるところ,当該生成物の純度は,約50%から60%であり(図1及び表1),更に長い配列のペプチド形成を考えると,不十分な純度である。このことから,当業者は,甲9号証に基づいて更に研究することを断念するものと考えられる。

ウ 原告の反論に対し

室温よりも高温下において脱保護工程が行われた例は,稀である。

また,甲26号証(本件訴訟においては,甲26号証の文献の部分訳である乙11号証が提出されていることから,以下,「甲26号証」には,乙11号証の記載も含めることとする。)については,室温よりも高温下で行われた実験において使用された溶媒が,室温下で行われた実験において使用されたものと異なることから,温度以外の要素も結果に影響を及ぼしたものといえる。また,甲27号証(本件訴訟においては,甲27号証の文献の部分訳である乙12号証が提出されていることから,以下,「甲27号証」には,乙12号証の記載も含めることとする。)においては,脱保護工程の時間は15分であり,甲9号証のスキーム1の条件下における脱保護工程に要した10分よりも長く,したがって,甲27号証は,室温よりも高温下において脱保護工程の時間が短縮したことを示すものではない。

2  被告主張取消事由2(無効理由5につき予想外かつ顕著な効果を否定した誤り)

(1)  本件発明1には,後記(2)及び(3)のとおり,①合成が難しい配列のペプチドの合成を可能とする,②通常の加熱による方法と比較して,より短時間でペプチドを合成できるという,予想外かつ顕著な効果があるにもかかわらず,本件審決は,これらの効果を否定しており,誤りである。

(2)  効果1-合成が難しい配列のペプチドの合成を可能とする。

ア 本件明細書記載の実施例において合成された2つのペプチド(甲16【0078】,【0083】)のうち,特にGly-Asn-Ile-Tyr-Asp-Ile-Ala-Ala-Gln-Val(甲16【0083】。以下「0083ペプチド」という。)の配列は,①10個のアミノ酸残基中,7個のアミノ酸残基,すなわち,アスパラギン(Asn),イソロイシン(Ile),アラニン(Ala),グルタミン(Gln)及びバリン(Val)がペプチドの凝集を促進するもの(以下「凝集促進残基」ともいう。)であることから,凝集しやすい,②脱保護工程においてアスパルチミドを形成しやすいアスパラギン(Asn)及びアスパラギン酸(Asp)の残基(以下「アスパルチミド形成残基」ともいう。)を含有するという特質を有するが,本件発明1の方法によって,合成することができた(甲16【0088】,図9)。

マイクロ波照射下においては,通常の加熱を行った場合と比較すると,より脱保護工程におけるアスパルチミドの形成が抑制されることは,乙22号証の実験からも,明らかといえる。

イ 本件審決は,「本件発明1は,脱保護工程及びカップリング工程において施す『マイクロ波照射』の条件が何ら特定されていない。」と判断した上で,甲2号証及び甲10号証の記載内容を根拠として,「マイクロ波照射を利用した固相合成反応では,110~200℃程度の反応温度を含むと理解される。」,「したがって,本件発明1は,実施例や乙第2号証の温度をはるかに超える高温域でのマイクロ波照射も幅広く含んでいる」と認定した。そして,「このようなマイクロ波照射の条件を特定していない本件発明1全般が,極めて制御されたマイクロ波照射等の条件により達成された純度と同等の効果が得られると推認することはできない。」と結論付けた。

しかしながら,以下のとおり,「ペプチドの固相合成を促進する方法」が,その方法にとって合理的な範囲の温度で行われることは,当業者にとって明らかであるところ,本件審決は,当業者が想定し得ない極端な照射条件を持ち出して,本件発明の予想外かつ顕著な効果を否定しており,その点において誤っている。

ウ(ア) すなわち,本件発明1は,「ペプチドの固相合成を促進する方法」に関するものであるところ,高温下において,①ペプチドは,凝集及び変質を起こしやすく,また,反応試薬にも悪影響が及ぶこと(甲16【0015】,【0016】),②脱保護工程においては,アスパルチミド形成などの副反応も生じやすいことから,「ペプチドの固相合成を促進する」という目的に照らし,自ずから温度についての制約は存在する。そして,「ペプチドの固相合成を促進する方法」は,ペプチドの長さ,ペプチド中のアミノ酸の種類,使用される試薬等の要素に応じて,当該方法にとって合理的な範囲の温度で行われるべきものである。

この合理的な範囲の温度は,各反応ごとに異なり得るものであり,当業者であれば,理解できる。

(イ)a 合理的な範囲の温度は,すべての系について一律に定まるわけではない。

(a) もっとも,固相ペプチド合成においては,反応に使用する試薬の分解を抑制する必要があり(甲16【0016】),試薬の安定性は,個別の試薬に応じて異なるところ,甲2号証記載のアゾベンゾトリアゾールは,温度が110℃を超えると分解が起きることから,同試薬を使用する場合は,110℃を大きく超える反応温度は望ましくない。

(b) また,反応温度は,溶媒の沸点を超えることはない。例えば,DMF(N,N-ジメチルホルムアミド)は,沸点が153℃であること,還流の際に徐々に分解することから,溶媒として使用する場合は,反応温度を153℃より低く設定することが望ましい。

さらに,試薬の沸点も考慮する必要がある。例えば,ピペリジンは,沸点が106℃であるから,これを試薬として使用する場合は,反応温度を106℃以下に設定する必要がある。

b これらに鑑みると,一般的には,甲10号証記載の200℃は,合理的な範囲の温度とはいい難く,他方,甲2号証記載の110℃は,合理的な範囲に入るといい得るものの,その範囲内において相当の高温といえる。

(3)  効果2-通常の加熱による方法と比較して,より短時間でペプチドを合成できる。

本件明細書記載の実施例において,脱保護工程は,マイクロ波を,最初の脱保護溶液中の30秒間及び次の脱保護溶液中の1分間の合計1分30秒間照射することによって完了した(甲16【0079】,【0084】)。

(4)  原告の反論に対し

ア アスパルチミド形成は,求核置換反応の一種であり,AspのC末端側に隣接するアミノ酸残基のN原子が,求核剤として,Aspの側鎖のカルボニル基炭素を攻撃し,側鎖保護基が脱離する。

Asp及びAsnは,いずれも側鎖にカルボン酸又はその誘導体を有しているが,前者はカルボン酸であるのに対し,後者はアミドである。

各種のカルボン酸誘導体については,求核置換反応の反応性の序列が知られており(乙17),同序列によれば,Aspは,Asnに比して,求核置換反応としてのアスパルチミド形成を起こしやすいものといえる。現に,乙21号証の実験において,Asp残基を含む配列では,有意な量のアスパラチミド副生成物が生じたのに対し,Asn残基を含む配列では,痕跡量のアスパラチミド副生成物しか生じなかった。また,甲1号証,17号事件甲25号証,17事件甲26号証といった文献においても,アスパルチミド形成に関し,Aspのみが取り上げられ,Asnについては,特段触れられていない。

以上のとおり,Aspは,Asnよりもアスパルチミドを形成しやすいところ,0083ペプチドの配列がAspを有しているのに対し,甲9ペプチドの配列はAspを有してないことから,前者は,後者よりも合成が難しいものといえる。

イ 原告指摘に係る後記の欧州特許出願は,マイクロ波照射下の脱保護工程における塩基をピペラジンに特定することによって,本件発明よりも更に副反応を抑制できるという発明に係るものである。被告は,上記欧州特許出願の出願経過において,上記改良点を説明しており,従来技術と比較して本件発明の効果を否定したのではない。

ウ 本件審決は,マイクロ波照射時の温度に関し,甲10号証の図4を引用しているが,図4aからc記載の各反応は,いずれも固相ペプチド合成に係る反応ではない。そして,反応温度は,目的とする反応に応じて決定されるものであるから,上記図4の温度条件は,固相ペプチド合成に係る本件発明において参考とされるべきものとはいえない。

しかしながら,本件審決は,甲10号証の図4において120℃及び200℃の反応温度が記載されていることを根拠の1つとして,「マイクロ波照射を利用した固相合成反応では,110~200℃程度の反応温度を含むと理解される。」などと認定しており,同認定は,合成の目的物を区別していないという点において誤っている。

第6被告主張取消事由に対する原告の反論

1  被告主張取消事由1(無効理由5の相違点1に関する判断の誤り)について

(1)  甲9発明の認定の誤りについて

以下によれば,本件審決が,甲9号証には,「27℃よりも温度を高めることにより,ペプチドの固相合成の脱保護工程及びカップリング工程の反応時間を短縮する発明」が記載されている旨認定したことにつき,誤りはない。

ア 甲9号証において,45℃,60℃および75℃の合成は,いずれもスキーム2に従って同一の条件によって実施され,60℃よりも45℃の方が反応効率は低いという結果が報告された(図1)。

当業者は,甲9号証に接すれば,上記実験結果に基づいて45℃よりも60℃の方が迅速にペプチドを得られる旨が記載されていると認識できる。

イ 甲9号証は,ペプチド合成の全工程の温度を上昇させた際における合成時間の短縮の可否について系統的に研究した学術論文であり,著者らは,実験結果に基づき,「60℃が最も適した高い温度であることを示しているが,その理由は,27℃での通常のSPPSと比較して,同等の収率でより純度の高い粗ペプチドが迅速に得られたからである。」と結論付けている。

したがって,当業者は,甲9号証に接すれば,全工程の温度上昇によりペプチドの固相合成の反応時間を短縮できるものと認識する。

(2)  容易想到性の判断の誤りについて

本件審決は,「甲9+甲10発明」を作出したものではなく,引用発明を認定した上で,本件発明1と引用発明との相違点(相違点1)を認定し,これを前提として,当業者が,甲9号証及び甲10号証の内容並びに技術常識から,引用発明に基づいて本件発明1に容易に想到できたことを論理付けている。この判断構造は,特許法29条2項に従ったものであり,誤りはない。

(3)  甲9号証に係る阻害要因について

本件優先日前,室温よりも高温下において脱保護工程を実施したことは,甲9号証の他,甲26号証,甲27号証など複数の文献に記載されており,高温下において脱保護工程を行うことは,公知の技術であった。

2  被告主張取消事由2(無効理由5につき予想外かつ顕著な効果を看過した誤り)について

本件審決は,本件発明1全般が,予測し得ない顕著な効果を奏するとはいえない旨の判断をしており,この点に誤りはない。

(1)  効果1(合成が難しい配列のペプチドの合成を可能とする)について

ア 0083ペプチドの配列が,理論上は合成が難しいものであったとしても,本件明細書においては,従来の方法による0083ペプチドの合成が困難であることは示されておらず,実際の難度は不明である。

加えて,以下によれば,少なくとも,0083ペプチドの配列は,甲9ペプチドの配列,すなわち,Val-Gln-Ala-Ala-Ile-Ser-Tyr-Ile-Asn-Glyと比較して,より合成が難しい配列であるとは認められない。

すなわち,①0083ペプチドの配列及び甲9ペプチドの配列は,いずれも凝集促進残基を7残基含んでいる。②また,各配列に含まれるアスパルチミド形成残基の数は,0083ペプチドが2残基,甲9ペプチドが1残基であり,大差はない(なお,甲1号証には,Aspのみならず,Asnもアスパルチミドを形成する旨が記載されている。)。③さらに,アスパルチミド形成残基は,脱保護工程においてアスパルチミドを形成しやすいことから,脱保護工程にさらされるサイクル数が多いほどアスパルチミド形成の機会も増えることが予想されるところ,Asn又はAspのC末端からの位置により,0083ペプチドは,甲9ペプチドよりも上記サイクル数が多い。

イ(ア) ①本件発明1は,0083ペプチドなど合成が難しい配列に限らず,すべての配列のペプチドを対象としたものであること,②本件明細書記載の実施例においては,0083ペプチドの合成に当たり,脱保護工程及びカップリング工程のいずれにおいても,それぞれ特定の溶媒条件及びマイクロ波照射条件を採用しているところ,本件発明1においては,そのような特定の条件が規定されていないことから,本件発明1全般の効果として,合成が難しいペプチドの配列を可能としたとはいえない。

(イ) 被告自身,自らの欧州特許出願に係るサーチレポート(甲24)において関連性がある文献として挙げられた本件特許の対応欧州出願の公開公報EP1491552A(D2)につき,欧州特許庁に宛てた平成24年11月19日付けの書簡(甲25)において,「このような合成において生じる問題は,厄介な副反応,特にアスパルチミド形成である。」と述べており,本件発明1全般が,望ましくない副反応,特にアスパルチミド形成を抑制できるものでないことを,認識していたといえる。

ウ 凝集に関し,①本件明細書に,出願当時の技術常識として「温度が高くなると水素結合が減少するので,折り畳みの問題が少なくなる」(甲16【0016】)と記載されていること,②甲9号証において「凝集ペプチドとして公知のアシルキャリアタンパク質(65-74)および非硫酸化8-コレシストキニンをモデルとした高温の固相ペプチド合成の系統的な研究が示される。」と記載されていることから,これらの技術文献には,高温にすることによって凝集の問題を解決できることが記載又は示唆されているものといえる。

このことから,本件発明1によって凝集の問題が解決したとしても,それは,高温にしたことによるものであり,マイクロ波照射特有の効果とは認められない。

エ 本件審決は,「マイクロ波照射を利用した固相合成反応では,110~200℃程度の反応温度を含むと理解される。」と説示しているが,これは,甲2号証及び甲10号証の記載に基づくものであるから,当業者が想定し得ない極端な照射条件には当たらない。

仮に,上記説示に係る内容が極端な照射条件に当たるとしても,被告が主張する「合理的な範囲の温度」は不明であり,したがって,その温度下における予想外かつ顕著な効果の発生の有無につき,判断することはできない。

なお,被告の主張するとおり,当業者にとって合理的な範囲の温度を決定できるのであれば,同決定は当業者の技術常識に属することになるから,本件発明1の進歩性は,否定される。

(2)  効果2(通常の加熱による方法と比較して,より短時間でペプチドを合成できる)について

ア 従来の方法による合成に要した時間が不明であることから,被告が指摘する実施例については,時間短縮の効果の有無は,明らかとはいえない。

イ 本件発明1の方法が,通常の加熱による方法に比べ,より短時間でペプチドを合成できるとしても,①甲10号証において,マイクロ波照射につき,標準的な加熱プロトコルと比較して反応速度の増加が有意である旨記載されていること,②本件明細書において,「別の研究者は,マイクロ波を用いてカップリング速度を速めることを報告したが」と記載されていること(甲16【0015】)から,上記時間短縮の効果は,当業者が予測し得るものといえる。

第7当裁判所の判断

1  前提事実

本件発明は,固相ペプチド合成(SPPS〔Solid Phase Peptide Synthesis〕)のためのマイクロ波利用技術に関するものである(甲16【0001】)ところ,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,固相ペプチド合成につき,以下の事実が認められる。

(1)  アミノ酸は,アミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)とを有する化合物であり,ペプチドは,一方のアミノ酸のアミノ基と他方のアミノ酸のカルボキシル基とを結合させた,2つ以上のアミノ酸からなる小さなタンパク質と定義される。ペプチドの一方の端は,アミノ基であり(「N末端」),他方の端は,カルボキシル基である(「C末端」)。ペプチドの合成においては,アミノ酸を他のアミノ酸又はペプチドに添加する工程が繰り返される(甲16【0004】)。

(2)  固相ペプチド合成は,不溶性固相担体にペプチド鎖を構築する合成方法であり(甲1),その基本原則は,カップリング相が完成したら切断できる固相粒子に,リンカー分子を介して,アミノ酸又はペプチドを固定し,これにアミノ酸を段階的に添加するというものである(甲16【0006】)。なお,固相粒子に固定されるアミノ酸又はペプチド,すなわち,新たなアミノ酸を添加する対象となるアミノ酸又はペプチドについては,以下,「成長ペプチド等」ともいう。リンカー分子の役割は,主として,成長ペプチド等と固相粒子との間に可逆的結合を構築することにある(甲1)。

ペプチドの合成には,①ペプチドのN末端のアミノ酸のアミノ基と新たなアミノ酸のカルボキシル基とを反応させる手法及び②ペプチドのC末端のアミノ酸のカルボキシル基と新たなアミノ酸のアミノ基とを反応させる手法があるところ,固相ペプチド合成においては,原則として,成長ペプチド等のC末端を不溶性固相担体に付着させることから(甲1),他方のN末端に新たなアミノ酸を添加する前者の手法が前提とされており,本件発明も,前者の手法に係るものといえる。

ペプチド固相合成の基本的工程は,以下のとおりである(甲16の図1)。

file_2.jpga i 8 u <m) a aay aeなお,前記図面のうち,「第二アミノ酸」と「第三アミノ酸」との位置関係は,明らかに誤りであり,逆が正しい。すなわち,本工程においては,第一アミノ酸のアミノ基に第二アミノ酸のカルボキシル基が反応して添加され,更に第二アミノ酸のアミノ基に第三アミノ酸のカルボキシル基が反応して添加され,以下,同様にして,ペプチド鎖が所望の長さに達するまで,順次アミノ酸が添加されていくというものであるから,「第一アミノ酸」に直接「第三アミノ酸」が添加されることはあり得ない。したがって,前記図面中のアミノ酸の位置関係は,右から順に,「第一アミノ酸」,「第二アミノ酸」,「第三アミノ酸」とすべきである。

(3)ア  第一アミノ酸(出発アミノ酸)10は,アミノ基の末端がN-α保護基11によって保護されている。この保護基は,第一アミノ酸10のアミノ基が,他のアミノ酸のカルボキシル基との間で,不所望又は有害な反応を起こすことを防ぐためのものである。

保護基としては,「Boc」(t-ブトキシカルボニル)に係るもの及び「Fmoc」(9-フルオレニルメチルオキシカルボニル)に係るものがある。

第一アミノ酸10には,側鎖保護基12も付着している。これは,反応性官能基を有する側鎖を,ペプチド合成時の反応条件の影響を受けない保護基で遮へいするものである。

樹脂14(以下「固相樹脂支持体14」という。)は,固相支持体である。通常,固相支持体相は,ポリスチレン懸濁液であるが,最近は,ポリアミド等のポリマー支持体も用いられている。

リンカー分子13は,固相樹脂支持体14に付着している。リンカー分子13は,後記オの切断により,カルボキシル基末端において,遊離酸又は遊離アミドを提供するように設計される(甲1,甲16【0006】,【0009】,【0010】,【0022】)。

イ  矢印15で示されている第一の工程においては,N-α保護基11及び側鎖保護基12によって保護された第一アミノ酸10のカルボキシル基が,リンカー分子13に付着し,これを介して固相樹脂支持体14に結合される。

矢印17で示されている第二の工程においては,N-α保護基11が除去される(「脱保護」)。これによって,第一アミノ酸10のアミノ基は,カップリングすべき他のアミノ酸のカルボキシル基と反応できる状態になる(甲16(【0006】,【0011】,【0022】)。

ウ  第一アミノ酸10とカップリングすべき第二アミノ酸20のカルボキシル基を,同カップリングのために,試薬を用いて活性化する(「活性化」)。これによって,第二アミノ酸20は,活性化されたカルボキシル基,すなわち,活性基22を有する状態になる。なお,第二アミノ酸20のアミノ基の末端は,第一アミノ酸10のアミノ基の末端と同様の理由(前記ア)により,N-α保護基11によって保護されている(甲16【0012】,【0022】)。

エ  矢印21で示されている次の工程において,第一アミノ酸10と第二アミノ酸20とは,前者の脱保護されたアミノ基と後者の活性基22とが反応して,カップリングされる(「カップリング」)。

カップリングの後,第一アミノ酸10と第二アミノ酸20は互いに接続され,これらは,リンカー分子13を介して固相樹脂支持体14と結合した構造になる。なお,第一アミノ酸10は側鎖保護基12により,第二アミノ酸20はN-α保護基11によって,それぞれ保護されている。

これら一連の各工程,すなわち,脱保護,活性化及びカップリングの各工程を繰り返してアミノ酸を添加し,ペプチド鎖を延長する(甲16【0014】,【0022】)。

オ  ペプチド鎖が所望の長さに達したら,すなわち,所望のアミノ酸の配列が得られたら,ペプチド鎖は,リンカー分子13において,固相樹脂支持体14から切断される(「最終切断」)。また,N-α保護基11及び側鎖保護基12も,除去される(甲16【0007】,【0013】,【0014】,【0023】)。

(4)  これらの事実を前提として,以下,本件事案の性質に鑑み,被告主張取消事由,原告主張取消事由の順に,検討,判断する。

2  被告主張取消事由1(無効理由5の相違点1に関する判断の誤り)について

(1)  本件発明1及び引用発明の認定並びに両者の一致点及び相違点は,以下のとおりであり,これらの点について,当事者間に争いはない。

ア 本件発明1の認定

本件発明1は,前記第2の2【請求項1】のとおりである。

本件明細書(甲16)の記載によれば,本件発明1は,マイクロ波には,組成物又は溶媒と即座に直接相互作用する傾向があり,マイクロ波による加熱は,有機合成を含む多様な化学反応に有利に作用することから,固相ペプチド合成にマイクロ波のエネルギーを活用したもの,すなわち,「マイクロ波のエネルギーを施用して,脱保護,活性化及びカップリングのサイクルを促進する工程を含む方法」である(甲16【0015】,【0017】)。

イ 引用発明の認定

前記ア及び甲1号証によれば,引用発明は,本件審決が認定したとおり(前記第2の3(2)ア(ア)a(a))である。

ウ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

いずれも,本件審決が,「一致点1」及び「相違点1」として認定したとおり(前記第2の3(2)ア(ア)a(b))である。

(2)  甲9発明の認定

ア 甲9号証は,高温下における固相ペプチド合成に関する文献である。

(ア) 実験条件

成長ペプチド等のアミノ基の末端の保護基としてt-Boc及びFmocを用いる。固相合成は,湯浴サーキュレータ(PolyScience 8001)に接続された湯浴反応器において行った。固相合成の手順は,スキーム1(従来からのSPPSの一般的なプロトコル[27℃])及びスキーム2(高温でのSPPSの一般的なプロトコル)に従った。

スキーム1においては,脱保護工程の反応時間が20分(50%TFA/DCM+1%アニソール)又は10分(20%ピペリジン/NMP)に,カップリング工程の反応時間が60分に,それぞれ設定されているのに対し,スキーム2においては,脱保護工程の反応時間が10分(50%TFA/トルエン+1%アニソール)又は3分(20%ピペリジン/トルエン)に,カップリング工程の反応時間が20分に,それぞれ設定されている。

(イ) 実験結果

t-Bocを保護基として,Boc-Gly-PAM上に10個のアミノ酸からなるペプチドであるACP65-74を固相合成する実験を,27℃(スキーム1),45℃,60℃及び75℃(スキーム2)の各温度下において行った。

45℃で行った固相合成においては,カップリング工程につき,スキーム2に設定されている20分の反応時間では足りず,「再カップリングがしばしば必要であった。」。

イ(ア) これらの甲9号証の記載によれば,脱保護工程及びカップリング工程のいずれについても,スキーム2においては,スキーム1と比較して,全体的により短い反応時間が設定されている。そして,ACP65-74の固相合成を,スキーム1に従って27℃で,スキーム2に従って45℃,60℃及び75℃で,それぞれ実験したところ,証拠上,45℃で行った固相合成の実験におけるカップリング工程を除き,各スキームに設定された反応時間を超過した工程があったことはうかがわれないことから,上記カップリング工程以外の工程は,各スキームに設定された反応時間以内に完了したものと推認できる。

以上によれば,甲9号証には,脱保護工程及びカップリング工程が,60℃及び75℃で固相合成を行った実験において,27℃で固相合成を行った実験に比べ,より短時間で完了したことが記載されているものと認められる。

(イ) 他方,前述したとおり,45℃で固相合成を行った実験においては,カップリング工程につき,スキーム2に設定されている20分の反応時間では足りず,「再カップリングがしばしば必要であった。」と記載されている。

しかしながら,上記工程の完了までに要した再カップリングの回数も反応時間も記載されておらず,したがって,45℃で固相合成を行った実験におけるカップリング工程の完了に,スキーム1にカップリング工程の反応時間として設定された60分を超える時間を要したか否かは,不明である。

加えて,甲9号証には,「ペプチドの固相合成(SPPS)において,カップリングの速度を速めるために高い温度を用いることへの関心は新しいものではない」と明記されていること,60℃及び75℃で固相合成を行った各実験の前記結果にも鑑みれば,当業者において,45℃で固相合成を行った実験におけるカップリング工程の前記結果をもって,27℃よりも反応温度を上げたことにより,カップリング工程の反応時間が長くなった旨認識するとは,考え難い。

(ウ) 以上に鑑みると,当業者は,甲9号証の記載に接すれば,固相ペプチド合成の反応温度を27℃よりも高めることによって,脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮されたことが,実験によって確認された旨を,認識するものと認められる。

したがって,本件審決が,「甲9号証に接した当業者であれば,ペプチドの固相合成の脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が,27℃よりも温度を高めた場合に短縮されることを認識する。」と認定したことに,誤りはないというべきである。

ウ(ア)a 被告は,スキーム1とスキーム2とは,反応温度のみならず,溶媒等の条件も異なることから,スキーム1に従って行われた27℃の実験の結果と,スキーム2に従って行われた45℃,60℃及び75℃の各実験の結果との相違を,反応温度の差によるものと結論付けることはできない旨主張する。

b しかしながら,甲9号証においては,各スキームの条件を記載した表の上部に「スキーム1 従来からのSPPSの一般的なプロトコル(27℃)」,「スキーム2 高温でのSPPSの一般的なプロトコル」という表題が,それぞれ付されており,これらの記載に鑑みれば,両スキームが専ら固相ペプチド合成の反応温度に着目したものであることは,明らかである。そして,各スキームは,それぞれが想定する反応温度,すなわち,スキーム1は,「27℃」,スキーム2は,より「高温」という条件下において,固相ペプチド合成の実験を行うことを主眼とし,溶媒や試薬などといった反応温度以外の条件については,同条件の差異が可能な限り実験結果に影響を及ぼさないよう配慮しつつ,各温度条件に合わせて,適切なものを選択し,設定したものと推認できる。また,甲9号証において,前記実験結果の相違が,反応温度の差以外の要因によるものであることは,うかがわれない。

c 被告は,前記のとおり,①スキーム2においてt-Bocを保護基として使用する場合にカップリング反応の溶媒とされるDMSOが,固相ペプチド合成を促進する溶媒として知られていること,②両スキームにおいて溶媒とされるNMPを使用した場合,生成物の収率及び純度が,溶媒として25%DMSO/トルエンを使用した場合よりも劣ることを指摘する。

この点に関し,確かに,DMSOについては,17号事件甲36号証中,「凝集系での固相ペプチド合成における優れた反応媒体であると判明するようであり,」,「非凝集配列において,DMFと比較して,速度論的に優れた反応媒体でもあるようであり,・・・脱保護反応速度も早める可能性がある。」などと記載されており,ほかの溶媒に比べ,固相ペプチド合成の反応速度を増大させるという特質を有するものと認められる。

しかしながら,前述したとおり,各スキームは,反応温度以外の条件について,同条件の差異が可能な限り実験結果に影響を及ぼさないよう配慮しつつ,設定したものと推認できる。このことから,スキーム2は,被告が指摘するDMSOについても,同様の配慮の下,前述した特質を踏まえた上で溶媒の1つとして選択し,濃度やt-Bocを保護基として使用する場合に限るなどといった条件を設定したものと考えられる。現に,前述したとおり,甲9号証において,前記実験結果の相違が,反応温度の差以外の要因によるものであることは,うかがわれないところである。

d 以上によれば,被告の前記主張は,採用できない。

(イ)a 被告は,①甲9号証には,反応が完了した時間を示す記載がないこと,②甲38実験によれば,スキーム1と同様に反応温度を27℃とした場合,脱保護は3分間以内に完了したことを指摘し,スキーム2の実験において,反応温度を上げたことにより,脱保護について有利な結果がもたらされたとはいえない旨主張する。

b ①の点については,本件明細書中,現在のSPPS技術において,「脱保護工程は30分以上かかることがある。」(甲16【0015】)と記載されていることに鑑みると,室温に近い27℃で行われたスキーム1の脱保護工程の完了には,20分又は10分に設定された反応時間のおおむね上限まで要したものと推認され,同工程が上記反応時間よりも相当に短時間で完了したとは,考え難い。

前述したとおり,スキーム2の脱保護工程は,同スキームに反応時間として設定された10分又は3分以内に完了したものと推認できることから,上記のとおり,20分又は10分に設定された反応時間のおおむね上限まで要したものと推認されるスキーム1の脱保護工程と比較して,より短時間で完了したものということができる。

②の点については,甲38実験の報告書である17号事件甲38号証には,スキーム1の実験を再現したものの,得られたACP65-74の純度が低く(LC-MSスペクトル:非常に低い粗生成物純度),ほかの実験結果と比較対照が不可能であったことから,カップリング試薬及びカップリング洗浄につき,スキーム1に設定された条件を変えて,カップリング工程及び洗浄工程を「改善」したこと,その後に行われた実験においては,3分間以内により高い純度のACP65-74を得られたことが記載されている。

同記載によれば,甲38実験は,スキーム1の再現実験に失敗したことから,カップリング試薬及びカップリング洗浄につき,スキーム1に設定された条件を変えて行われたこと,その結果,上記再現実験よりも,高い純度のペプチドを合成し得たことが認められ,この事実に鑑みると,脱保護が3分間以内に完了したという甲38実験の結果については,上記条件変更が影響した可能性を排除することは難しいといえるから,同結果が,そのまま直ちにスキーム1においても当てはまるとまではいい難い。

以上によれば,被告の前記主張も,採用できない。

(3)  容易想到性の判断

ア(ア) 本件明細書においては,「現在のSPPS技術」の「明確な欠点」として「所与のペプチドを合成するのに必要な時間の長さ」が筆頭に掲げられている(甲16【0015】)。

さらに,甲3号証は,「マイクロ波照射によるペプチド固相合成におけるカップリングの高効率化」と題する文献であるところ,ペプチド固相合成につき,「マイクロ波を照射しない室温での反応は30分を要し,相対的に遅いといえる。」と記載されており,また,甲10号証には,「マイクロ波および固相合成 通常,固相合成に関連した反応時間が比較的長いことから,数年前にマイクロ波支援ペプチド合成の適用例が報告されたときも特に驚きは無かった。」と,それぞれ記載されている。

これらの記載によれば,本件優先日以前において,固相ペプチド合成の反応時間が長いことは,当業者に広く知られており,同反応時間の短縮は,当業者にとって自明の課題であったものと認められる。

そして,前記(2)のとおり,当業者は,甲9号証の記載に接すれば,固相ペプチド合成の反応温度を27℃よりも高めた場合,脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮されることを認識する。

(イ) 甲10号証は,「マイクロ波照射による固相合成の速度向上:ハイスループット合成の手段」と題する文献であり,マイクロ波照射によって固相合成を支援することによって,「標準的な加熱プロトコルと比べて速度の優位な増加が観測されていた。」と記載されている。「マイクロ波支援固相合成の例」として図3の冒頭に掲げられている実例は,カップリング工程においてマイクロ波を6分間照射してペプチドを合成したものである。加えて,図4においては,ペプチドの合成ではないものの,固相合成における合成速度(Conversion rates in selected solid-phasetransformations)につき,「加熱:12時間,80℃,マイクロ波:5分,200℃」,「加熱:2時間,40℃,マイクロ波:30分,120℃)という,マイクロ波による加熱をした場合,通常の加熱をした場合に比して,大幅に反応温度が高まり,反応速度も増大した実例が示されている。

以上に鑑みれば,当業者は,甲10号証の記載から,①マイクロ波照射を固相合成に使用することにより,反応温度が高まって速度が増大すること,②固相ペプチド合成のカップリング工程においてマイクロ波を照射した実例があることを理解するものと認められる。

(ウ) 以上によれば,当業者は,固相ペプチド合成の反応時間の短縮という自明の課題に関し,甲9号証の記載に接して,①反応温度を高めれば,固相ペプチド合成の脱保護工程及びカップリング工程の反応時間を短縮し得る旨認識し,さらに,甲10号証の記載に接して,②マイクロ波照射が,固相合成の一種である固相ペプチド合成の上記両工程の反応温度を高める有用な手段である旨を認識するものと認定できる。

この点に鑑みれば,当業者は,固相ペプチド合成に係る引用発明において,上記認識に基づき,①脱保護工程及びカップリング工程にマイクロ波を照射することを容易に想到し,②さらに,前記1のとおり,脱保護工程及びカップリング工程の間に設けられ,これらと共に,アミノ酸添加のために繰り返される一連の工程をなす活性化工程にも,マイクロ波を照射することを容易に想到するというべきである。また,当業者は,マイクロ波照射に当たり,必須のこととして当然に,引用発明に係る「容器」を「マイクロ波透過性容器」とするものと考えられる。

したがって,当業者は,引用発明から,甲9号証及び甲10号証の記載を考慮して,相違点1,すなわち,「本件発明1では,脱保護工程及びカップリング工程において,マイクロ波透過性容器中の組成物に対してマイクロ波を照射し,ペプチドの合成を促進することが特定されているのに対し,引用発明では,そのような特定がなされていない。」に係る構成を容易に想到するものと認められ,同旨の認定をした本件審決の判断に誤りはない。

イ 被告の主張について

(ア) 被告は,相違点に係る構成が証拠上開示されていない場合,当該相違点が設計事項に該当するものでなければ,公知発明を組み合わせる動機付けについて検討するまでもなく,進歩性が肯定されるという見解を前提として,甲9号証及び甲10号証のいずれも,マイクロ波照射下における脱保護工程を開示しておらず,相違点1に係る構成を開示していないことから,本件発明1の進歩性が肯定される旨を主張する。

しかしながら,甲9号証に,固相ペプチド合成の反応温度を27℃よりも高めた場合,脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮されることが開示され,甲10号証に,①マイクロ波照射を固相合成に使用することにより,反応温度が高まって速度が増大すること及び②固相ペプチド合成のカップリング工程においてマイクロ波を照射した実例があることが開示されているのは,前記のとおりであるから,被告の主張は,採用できない。

(イ)a 被告は,相違点に係る構成を開示する引用発明は1つの刊行物に記載された発明でなければならないとの見解を前提として,本件審決は,甲9発明及び甲10発明という,複数の先行技術の発明を組み合わせて「甲9+甲10発明」を作出して進歩性の判断に供しているところ,そのような発明は,本件優先日当時において存在しなかったものであるから,特許法29条1項3号所定の発明に該当しないとして,本件審決の判断構造は,同条2項に反するものである旨主張する。

b この点に関し,一般に,ある特許された発明について,公知発明など特許法29条1項各号のいずれかに該当する発明である引用発明との間の相違点につき,それ自体の構成が1つの文献に開示されていない場合であっても,直ちに当該特許発明の容易想到性が否定されて進歩性が肯定されるわけではない。そのような場合は,当該相違点に係る構成を開示する複数の文献等(副引用例)の内容及び関連性を検討した上,引用発明を含めたそれぞれの副引用例の技術分野の関連性,技術課題や作用・機能の共通性,これらの引用発明及び副引用例を組み合わせることについての動機付けの有無などを総合して,容易想到性の存否を決めるべきものである。

以上によれば,被告の前記主張は,その前提において誤りがある。

c(a) そこで,検討するに,本件審決は,「甲第9号証に接した当業者であれば,ペプチドの固相合成の脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が,27℃よりも温度を高めた場合に短縮されることを認識する。」,「一方,総説である甲第10号証からは,マイクロ波照射が,ペプチド合成におけるFmoc保護基を有するアミノ酸を固相上のアミノ酸に付加する反応を含む種々の固相合成反応において利用できる当業者の周知の手段であること,マイクロ波照射が標準的な加熱プロトコルと比べて反応速度の有意な増加をもたらすことが理解できる。」,「ここで,引用発明1,甲第9号証及び甲第10号証は,いずれも,Fmoc保護基で保護されたアミノ酸を用いた,ペプチドの固相合成という点で共通するものであるところ,固相合成の反応時間が長く,これを短縮することは当業者に自明の課題である。」と述べた上で,「したがって,甲第9号証より,Fmoc保護基を用いたカップリングによるペプチドの化学合成において,反応温度を高めることで脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮されることを認識した当業者であれば,引用発明1においても,脱保護工程及びカップリング工程の反応時間を短縮すべく,反応温度を高めるための手段として,甲第10号証に標準的な加熱プロトコルと比較して反応速度の増加が有意であることが示されるマイクロ波照射を用いて所望の温度とすることは,容易になし得る事項である。」と結論付けている。

(b) 本件審決の上記説示の内容によれば,本件審決は,まず,甲9号証及び甲10号証の記載内容から当業者が認識又は理解する内容を認定し,さらに,長時間を要する固相合成の反応時間の短縮が当業者に自明の課題である旨を認定した上で,当業者は,上記課題を解決するために,「脱保護工程及びカップリング工程の反応時間を短縮すべく」,「引用発明1」において,甲9号証及び甲10号証の記載内容を考慮し,相違点1に到達することが容易であった旨の判断をしているものと認められる。上記説示の内容から,本件審決が,甲9発明と甲10発明とを組み合わせて,他の発明を作出したものとみることはできない。

以上によれば,本件審決の判断構造自体に,特許法29条2項に反する点はないというべきであり,被告の前記主張は,採用できない。

(4)  甲9号証に係る阻害要因について

ア 被告は,本件優先日当時は,脱保護工程を室温で行うことが技術常識であり,同工程を室温よりも高温下において実施することは,アスパルチミド形成の促進などの副作用の発生が懸念されたことから,技術常識に反していたとして,当業者にとって,甲9号証におけるスキーム2の反応条件を変更し,通常の加熱に代えてマイクロ波照射を適用するという動機付けは,存在しなかった旨主張する。

(ア)a 確かに,本件明細書には,「熱に敏感なペプチドカップリング試薬に悪影響が及ぼされることがあるので,高温自体による欠点が生じることがある。この理由から,SPPS反応は一般的に室温で行われ,特徴的に反応時間が延長される。」(甲16【0016】)との記載があり,また,甲2号証においては,脱保護工程は室温で行われた旨記載されている。さらに,17号事件甲25号証には,OtBu及び OMpe を側鎖保護基として使用した実験において,Fmocの脱保護を室温で行ったときよりも,45℃で行ったときの方が,アスパルチミド等の副生成物の量が多かったという実験結果が示されている。

b 他方において,甲27号証においては,「合成は,・・高温でのカップリングと脱保護反応(判決注:原文は,elevated temperatures for both thecoupling and deblocking reactions)・・を利用したFmoc法によって実行される。」との記載がある。また,「標準的なペプチド合成サイクル」として,「40℃での3回のピペリジン開裂(各5分間)」という記載もあり,これは,脱保護工程を40℃で15分間行ったことを意味する。

c(a) また,甲26号証においては,①固相ペプチド合成が,ウォータジャケットベッセルにおいて行われ,カップリング,洗浄,脱保護/中和のステップの間,高温(75℃)が維持されたこと,②製造された粗ペプチドは,室温において同様の条件(溶媒及び反応時間は異なる。)を用いて得られた調製物と比較して,「同等か又は優れた純度であるようであった。」ことが記載されている。17号事件甲25号証にも,OtBu/Hmb を側鎖保護基とした実験においては,Fmocの脱保護を室温で行ったとき及び45℃で行ったときのいずれにおいても,アスパルチミド等の副生成物は,検出されなかったとの記載がある。

側鎖保護基に関しては,甲1号証において,「N-Hmb 基を利用すると,ペプチド鎖集合時のアスパルチミド形成を完全に阻止することができ,」と記載されている。

(b) 以上の記載によれば,①副反応発生の可能性が高く,要注意とされるアスパルチミド(甲1)をはじめとする副生成物の形成は,脱保護工程時の反応温度のみならず,側鎖保護基の種類など反応温度以外の条件によっても左右されること,②反応温度を室温より高めても,必ずしも副生成物の量が増えるとは限らないことが認められ,これらの記載に接した当業者も,同旨を理解するものと推認される。

なお,17号事件甲26号証においては,脱保護を零下20℃で行ったときは,副生成物であるイミドの発生は,ほぼ無視し得る程度のわずかなものにとどまり,脱保護を0℃で行ったときよりも少ない旨記載されているが,零下20℃及び0℃は,いずれも通常の室温よりも相当に低いものであることから,当業者において,上記記載をもって,室温よりも高温になれば,イミドの発生が増える旨を認識するとは直ちに考え難く,同記載は,上記推認を左右するものではない。

d 被告は,当業者が本件優先日当時において懸念していた副作用の例として,アスパルチミド形成促進のほか,側鎖保護基の脱保護及び既に形成したペプチド結合の切断を挙げているところ,反応温度が一定の温度を超えれば,そのような副作用が生じ得ることは考えられるものの,反応温度が室温を超えると直ちに上記副作用が発生するとまではいい難い。

(イ) 以上によれば,本件優先日当時において,脱保護工程を室温で行うことが技術常識であったとまでは認めるに足りず,また,同工程を室温よりも高温下において実施することについて,同実施を避けるほど副作用の発生が強く懸念されていたとまでは認めるに足りないというべきであり,被告の前記主張は,採用できない。

イ 被告は,甲9ペプチドの純度が不十分であるとして,当業者は,甲9号証に基づいて更に研究することを断念するものと考えられる旨主張する。

確かに,被告が指摘するとおり,27℃,45℃,60℃及び75℃の各温度下において合成した甲9ペプチドの純度は,約50%から60%程度である(甲9図1,表1)。

しかしながら,甲9ペプチドの上記純度が比較的低いものといえるとしても,合成されたペプチドの純度と反応温度との関連性は,不明である。この点に鑑みると,甲9号証の記載に接した当業者において,反応温度を上げると生成物の純度が低くなるとの懸念を抱いて固相ペプチド合成の脱保護工程及びカップリング工程の反応温度を高めることを断念するとは,考え難い。

以上によれば,被告の前記主張は,採用できない。

3  被告主張取消事由2(無効理由5につき予想外かつ顕著な効果を否定した誤り)について

被告は,本件発明1につき,①合成が難しい配列のペプチドの合成を可能とする,②通常の加熱による方法と比較して,より短時間でペプチドを合成できるという,予想外かつ顕著な効果があるにもかかわらず,本件審決は,これらの効果を否定しており,その点において誤りがある旨主張する。

(1)  効果1(合成が難しい配列のペプチドの合成を可能とする)について

ア 本件明細書には,本件発明1が,被告主張に係る「合成が難しい配列のペプチドの合成を可能とする」効果を奏する旨を明示する記載は,見られない。

イ 確かに,本件明細書には,被告が合成困難な配列のペプチドの例として挙げる0083ペプチドを合成した実験例が記載されているものの(甲16【0083】から【0088】),従来技術に係る方法による0083ペプチドの合成については何ら言及されておらず,上記実験例の結果を,従来技術に係る方法により0083ペプチドを合成した場合の結果と比較対照できない。したがって,上記実験例1の結果から,従来技術とは異なる本件発明1の効果を直接導くことは,困難といわざるを得ない。

また,被告の主張するとおり,0083ペプチドは,配列に凝集促進残基及びアスパルチミド形成残基を含んでいることから,凝集しやすく,アスパルチミドを形成しやすいことが認められるとしても,証拠上,本件優先日当時において,従来技術に係る方法による0083ペプチド合成が極めて困難であるとする技術常識が存在したと認めるに足りない。

この点に関し,被告は,0083ペプチドは,Asnよりもアスパルチミドを形成しやすいAspを含んでいることから,これを含まない甲9ペプチドよりも合成が難しい旨主張するが,そのとおりであったとしても,直ちに,従来技術に係る方法によっては,0083ペプチドの合成が不可能又は困難であったということはできない。

なお,本件明細書中,前記実験例に係る記載を除き,0083ペプチドに言及する記載はない。

ウ 以上によれば,前述したとおり,本件明細書には,0083ペプチドを合成した実験例が示されているものの,従来技術に係る方法による0083ペプチド合成の可否及び難易度は不明であるから,上記実験例における0083ペプチドの合成をもって,本件発明1の効果と認めることはできない。

(2)  効果2(通常の加熱による方法と比較して,より短時間でペプチドを合成できる)について

ア 確かに,被告が主張するとおり,本件明細書記載の実施例においては,脱保護工程をマイクロ波中で合計1分30秒間行ったことが記載されており(甲16【0079】,【0084】),本件明細書中,従来技術につき,「脱保護工程は30分以上かかることがある。」(甲16【0015】)と記載されていることに鑑みると,脱保護工程の反応時間は,マイクロ波照射によってかなり短縮されたものと認められる。

イ しかしながら,前記2において前述したとおり,当業者は,引用発明から,甲9号証及び甲10号証の記載を考慮して,相違点1に係る構成を容易に想到するものと認められることから,本件発明1につき,その効果によって進歩性が肯定され得るのは,当該効果が,上記容易想到に係る構成を前提としても,当業者にとって予測し難い顕著なものである場合に限られるというべきである。

この点に関し,前記2において前述したとおり,当業者は,①甲9号証の記載に接すれば,固相ペプチド合成の反応温度を27℃よりも高めることにより脱保護工程及びカップリング工程の反応時間が短縮されたことが,実験によって確認された旨を認識すること,②甲10号証の記載から,マイクロ波照射を固相合成に使用することにより,反応温度が高まって速度が増大することを理解することが認められる。これらの事実に鑑みれば,被告が主張する効果は,当業者が甲9号証及び甲10号証から予測し得る範囲内のものにとどまるというべきである。

(3)  小括

以上によれば,本件発明1につき,本件優先日当時において,当業者にとって予測し難い顕著な効果を認めることはできず,本件審決が同旨の結論を出したことにつき,誤りはない。

(4)  被告の主張について

ア 被告は,効果1(合成が難しい配列のペプチドの合成を可能とする)に関し,本件審決が,甲2号証及び甲10号証の記載内容を根拠として,「マイクロ波照射を利用した固相合成反応では,110~200℃程度の反応温度を含むと理解される。」などと認定し,「このようなマイクロ波照射の条件を特定していない本件発明1全般が,極めて制御されたマイクロ波照射等の条件により達成された純度と同等の効果が得られると推認することはできない。」と結論付けたことについて,当業者が想定し得ない極端な照射条件を持ち出して,本件発明の予想外かつ顕著な効果を否定しており,その点において誤っている旨主張する。

イ(ア) 本件発明1において,反応温度は特定されていないものの,一般に,化合物の合成につき,温度に係る制約が全くないということは考え難く,合成すべき化合物の種類,溶媒や試薬の種類等の合成に係る条件などを考慮し,合理的な温度下において行うことは,当業者の技術常識というべきである。

この点に鑑みると,本件発明1におけるマイクロ波照射に係る反応温度も,固相ペプチド合成の反応温度として合理的な温度の範囲内にすべきことは,当業者にとって,上記技術常識から,自明のことといえる。

(イ) 固相ペプチド合成の合理的な反応温度は,合成すべきペプチドの種類,溶媒や試薬の種類等の条件などによっても異なり,一義的に決定されるものではないが,この点に関し,本件審決が根拠とした甲2号証は,「マイクロ波照射支援高速ペプチド固相合成」に関するものであるところ,マイクロ波照射下で行われたカップリングに関し,「アゾベンゾトリアゾール誘導体は,110℃まで温度の上昇にしたがってカップリング効果が増大した。」との記載がある。

他方,本件審決が根拠とした甲10号証の図4には,マイクロ波加熱による固相合成を200℃で行った例が複数示されているものの,いずれの例も,ペプチドを合成したものではないことから,これらの例をもって,直ちに,固相ペプチド合成が200℃の温度下においても行われるということはできない。

(ウ) 以上に加え,①高温下における固相ペプチド合成に関する文献である甲9号証においては,45℃,60℃及び75℃がスキーム2の「高温」と位置付けられていること,②甲26号証及び甲27号証は,いずれも固相ペプチド合成に関するものであるところ,前者においては「高温(75℃)が維持された。」との記載があり,後者においては「標準的なペプチド合成サイクル」として,40℃から55℃までの反応温度が記載されていること,③本件明細書において,固相支持体の適切な溶媒の例とされている「DMF」(甲16【0010】)は,ペプチド合成で最も多く使用されている溶媒の1つであり(甲1),その沸点は常圧下で153℃(乙15)であることに鑑みると,本件審決が,固相ペプチド合成に係る反応温度として,110℃程度を含むとしたことに誤りはないものの,これを大幅に超える200℃程度まで含むとしたことについては,合理的範囲を超える可能性を否定し切れない。

もっとも,本件審決は,前述したとおり,本件発明1について,予想し難い顕著な効果を奏することを認めなかったという結論において誤りはなく,上記の反応温度の範囲に係る点が誤りであるとしても,それは,本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。

4  被告主張取消事由の総括

以上によれば,本件発明1に係る被告主張取消事由は,いずれも理由がなく,本件発明1は,進歩性を欠く。

また,被告は,本件発明3から9についても,同様の取消事由を主張しているところ,本件発明3から9は,前記第2の2【請求項3】から【請求項9】のとおりであり,いずれも本件発明1を引用しているものであるから,上記取消事由についても理由はない。

5  原告主張取消事由1(本件発明2に関する無効理由5に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明2の認定

ア 本件発明2は,前記第2の2【請求項2】のとおりであるところ,「冷却」の意義につき,当事者間に争いがあるので,以下,検討する。

イ(ア) 本件明細書中,「冷却」に関して,「マイクロ波エネルギーの施用中及び施用と施用の間に,反応セル(判決注:反応容器を指す〔甲16【0029】〕。),したがってその内容物を冷却する工程」(甲16【0060】),「本方法は,マイクロ波エネルギーの施用中に容器とその内容物とを未然に冷却して」(同【0067】),「第二アミノ酸及び活性化溶液を同じ容器に添加しながら,この容器にマイクロ波を照射し,同時にこの容器を冷却して」(同【0072】),「結合されたペプチドを同一容器において切断性組成物と混合しながら,この組成物にマイクロ波を照射し,この容器を冷却して」(同【0074】)などの記載があり,これらの記載のいずれにおいても,「容器」を「冷却」することが記載されている。

(イ) また,「アミノ酸及びペプチドは過剰な熱に敏感であるので,上記の未然の冷却工程に加えて,マイクロ波エネルギーを施用する工程は,マイクロ波エネルギーの施用を比較的短い時間間隔に『スパイキング』し,」(同【0069】),「マイクロ波透過性容器において保護結合酸を脱保護性溶液と混合しながら,混合された酸及び溶液にマイクロ波を照射し,混合物を冷却して(または別法では,施用される出力を制御して,あるいはこれら両方により)」(同【0071】)の記載によれば,本件明細書は,「冷却」という語を,スパイキング(マイクロ波エネルギーの施用を,比較的短い時間間隔に制限すること〔同【0069】〕。)や出力制御とは,明確に区別して使用している。

(ウ) さらに,本件明細書中,「冷却」の具体的手段について,「同時冷却を実施するため,装置には,・・・冷却気体源(図示せず)が含まれる。活性冷却の間,冷却気体は,典型的にはソフトウェアで制御されるソレノイド123により,配管124を介して冷却ノズル125へと向けられ,更に冷却ノズル125により反応容器121へと向けられる。」(同【0052】),「反応セル周囲に冷凍液を循環させる液体冷却機構」(同【0053】)などの記載がある。また,段落【0063】には,「好ましい態様において,・・・脱保護溶液をポンプで反応セル中に送る。この方法は,マイクロ波エネルギーを施用することによって促進され,マイクロ波エネルギーにより発生する熱は,冷却機構によって最少限に抑えられる。・・・遊離アミノ酸の活性化は,マイクロ波エネルギーを施用することにより促進され,反応セル温度は,上記の冷却機構により制御される。この方法は,更に,方法を促進させるためにマイクロ波エネルギーを用いて,遊離アミノ酸(一種又は複数種)を脱保護された結合アミノ酸にカップリングさせ,ペプチドを形成させることを含む。上記のとおり,マイクロ波エネルギーにより発生する熱は冷却機構によって最少限に抑えられる。・・・切断性溶液を反応セルに加え,マイクロ波エネルギーを施用することによって切断を促進し,マイクロ波エネルギーによって生じる熱は,冷却機構によって最少限に抑える。・・・」と記載されている。

(エ) 以上によれば,本件発明2の「冷却」とは,容器とは別の冷却機構を設けて容器を冷やすことを意味するものというべきである。

ウ(ア) 原告は,本件明細書中の実験例において,「マイクロ波プロトコル」として,「マイクロ波出力は,はじめに50Wに設定し,次いで60℃未満の温度に保たれるように調節した。」(甲16【0078】)と記載されていることから,本件発明2の「冷却」は,「容器の温度を下げる」ことではなく,「容器の温度を所望の温度又はそれ以下に維持する」ことを意味するものと解され,空冷,すなわち,放冷も含まれる旨主張する。

(イ) 前記イ(ア)から(ウ)に加え,上記実験例は,脱保護工程及びカップリング工程においてマイクロ波を照射し,「冷却」はしない本件発明1等に係るものといえること(甲16【0079】から【0081】)から,本件発明2の「冷却」に,冷却機構によらない,空冷,すなわち放冷が含まれるという原告の主張は,採用できない。

なお,原告は,「容器の温度を下げる」の意義と,「容器の温度を所望の温度又はそれ以下に維持する」の意義とは,異なるという前提に立って前記主張をしているものと解されるが,加熱によって上昇した「容器の温度を下げる」ことによって,「容器の温度を所望の温度又はそれ以下に維持する」こともあり得ることに鑑みると,両者の意義は,必ずしも明確に区別できるものとはいえない。

(2)  引用発明及び本件発明2と引用発明との対比

引用発明の認定並びに両者の一致点及び一部の相違点は,以下のとおりであり,これらの点について,当事者間に争いはない。

引用発明は,前記2(1)において前述したとおりである。

両者の間には,本件審決が認定したとおり,「一致点1」が存在し,また,相違点として,少なくとも「相違点1」が存在する(前記第2の3(2)ア(ア)b(a))。

(3)  相違点2の認定

ア 本件発明2と引用発明との間には,「相違点1」のほか,本件審決が「相違点2」として認定したとおりの相違点(前記第2の3(2)ア(ア)b(a)),すなわち,「本件発明2は,『脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の任意の1つ以上の工程の間に容器を冷却して,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程を含む』ものであるのに対し,引用発明においては,そのような冷却により分解を防ぐ工程が設けられていない。」という相違点が存在するものと認められる。

イ(ア) 原告は,本件発明2のうち,「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程」につき,「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という点は,冷却の目的又は冷却による作用,効果にすぎないといえるから,上記工程は,本件発明2における「脱保護工程,活性化工程,カップリング工程及び切断工程の任意の1つ以上の工程の間に容器を冷却する工程」と相違せず,したがって,相違点2は,正しくは,本件発明2が同工程を含むものであるのに対し,引用発明においては,そのような工程が設けられていない点とすべきであるなどとして,本件審決2が,相違点2につき,上記の「分解するのを防ぐ」という点を加えたことは,誤りである旨主張する。

(イ) この点に関し,本件発明2のうち「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ工程」は,固相ペプチド合成が行われている「容器を冷却する」という手段を用いて,「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により」,当該容器内にある「固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という目的を果たすものであり,「脱保護工程の後,本方法は,この第二アミノ酸及び活性化溶液を同じ容器に添加しながら,この容器にマイクロ波を照射し,同時にこの容器を冷却して,マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又は混合組成物のうちのいずれかが分解するのを防ぐことにより,第二アミノ酸を活性化させる工程を含む。」(甲16【0072】)などの本件明細書の記載(甲16【0067】,【0071】から【0074】)に鑑みれば,上記目的は,上記手段,すなわち,「容器を冷却する」を特徴付けるものといえるから,発明特定事項の一部としてみるべきである。

以上によれば,原告の前記主張は採用できず,本件審決による相違点2の認定に誤りはないものというべきである。

(4)  容易想到性の判断

ア 甲5号証の記載

(ア) 甲5号証は,米国特許第6,011,247号明細書であり,発明の名称を「SYSTEM FOR OPEN AND CLOSED VESSEL MICROWAVE CHEMISTRY」(開放容器および密閉容器のマイクロ波化学反応のシステム」とする発明に係るものである。同発明は,分解,合成など実施に際してある程度の加熱を要するマイクロ波による化学反応の方法及び装置に関するものである。

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「典型的な手順では,開放容器3のサンプルは,マイクロ波オーブン1で加熱される。・・・加熱手順の間に試料は,開放容器3のそれぞれにおいて,沸騰または蒸発し始め,漏出しようとするが,漏出が続くと要素の損失をもたらすことになるであろう。このことは,冷却した薄膜状の液体チャンネル17(-実施形態では開放容器3のネック部分の周囲に設けられたジャケットであってもよい)によって防ぐことができる。蒸気は液体冷却チャンネル17と接触し,凝縮し,開放容器3の底に流れて戻る」

(イ)a 甲5号証には,開放容器内における化学反応の試料をマイクロ波によって加熱するシステムに設けられた冷却手段についての説明が記載されている。同冷却手段は,マイクロ波による加熱によって沸騰又は蒸発して気化した試料の蒸気が漏出することを防ぐ目的で,開放容器上部に設けられたものである。この蒸気の漏出は,密閉容器においては原則として生じないものといえるから,開放容器に特有の問題ということができる。

冷却の仕組みは,気化した試料の蒸気が開放容器内を上昇してきたとき,前記のとおり上部に設けられた冷却手段により冷却されて液化し,その液体が開放容器の底に流れ落ちて戻るというものである。

b 他方,相違点2に係る「冷却」は,マイクロ波による加熱によって容器内の試料(固相支持体又はペプチド)が分解することを防ぐことを目的として,同容器を冷却するというものである。試料が在中する容器の種類(開放,密閉の別など)及び冷却時の試料の状態(液体,気体の別など)については,特に限定していない。

(ウ) したがって,甲5号証記載の冷却手段と相違点2に係る「冷却」とは,①その目的が,前者は,開放容器に特有の問題といえる試料の漏出の防止であるのに対し,後者は,試料の分解の防止であり,容器の種類は特に限定していない点及び②冷却の仕組みが,前者は,気化した状態の試料を冷却して液化させるというものであるのに対し,後者は,試料の状態を特に限定することなく,容器を冷却するというものである点において,相違している。

イ 容易想到性の有無

(ア) 本件発明2と引用発明との間には,①本件発明2が引用する本件発明1と引用発明との相違点である相違点1及び②前記(3)のとおりの相違点2が存在するところ,前記2のとおり,相違点1については,当業者は,引用発明から,甲9号証及び甲10号証の記載を考慮して,相違点1に係る構成を容易に想到するものと認められる。

(イ) 相違点2についてみると,前記ア(ウ)(ウ)のとおり,甲5号証記載の冷却手段と相違点2に係る「冷却」とは,目的及び冷却の仕組みにおいて相違する。

前述したとおり,甲5号証記載の冷却手段が解決しようとする「試料の漏出」という問題は,開放容器特有の問題である。他方,相違点2に係る「冷却」が解決しようとする「試料の分解」という問題は,加熱により上昇した温度自体によって試料が分解するというものであるから,開放容器に限らず,密閉容器においても生じ得るものである。

また,甲5号証記載の冷却手段が,気体となった試料を冷却して液化させるというものであるのに対し,相違点2に係る「冷却」は,試料が液体,固体及び気体のいずれの状態にあるかにかかわらず,容器を冷却するというものである。

以上に鑑みれば,当業者において,前述のとおり相違点1に係る構成を想到した上で,甲5号証の記載に接したとしても,「試料の漏出」という開放容器特有の問題を解決する目的で,気体となった試料を冷却するという,同記載に係る「冷却手段」から,開放容器に限らず,密閉容器においても生じ得る「試料の分解」という問題を解決する目的で,試料が液体,固体及び気体のいずれの状態にあるかにかかわらず,容器を冷却するという相違点2に係る構成を想到することは,容易ではないというべきである。

ウ 原告の主張について

(ア)a 原告は,①本件優先日当時,高温によって固相支持体又はペプチドが分解することは,公知であったことから,当業者において,固相支持体又はペプチドの分解を防ぐ目的で,引用発明に甲5号証記載の冷却手段を組み合わせることは,容易にできたといえ,②さらに,甲5号証記載の冷却手段の目的と,相違点2における「マイクロ波エネルギーからの熱の蓄積により固相支持体又はペプチドが分解するのを防ぐ」という目的とは,顕著に異なるものではないとして,当業者において,引用発明に甲5号証記載の冷却手段を組み合わせれば,相違点2に係る構成を容易に想到し得たといえる旨主張する。

b 確かに,本件明細書には,「高温が発生して,固相支持体及び反応混合物が変質する傾向があった。」(甲16【0015】)と記載されていることに鑑みると,本件優先日当時,高温によって固相支持体又はペプチドが分解し得ることは,当業者において公知であったといえ,そのような事態が生じないよう,前記3(4)イにおいて前述したとおり,マイクロ波照射に係る反応温度を,固相ペプチド合成の反応温度として合理的な温度の範囲内にすべきことは,当業者にとって,自明のことである。

しかしながら,前述したとおり,甲5号証記載の冷却手段は,容器の上部に設けられ,加熱により気化した試料の蒸気を冷却して液化させるというものであり,必ずしも容器内の試料の反応温度を一定の範囲内に保つものとはいえない。例えば,容器内の試料の反応温度が合理的な範囲の温度を超え,当該試料について分解などの変質のおそれが生じても,試料が気化して容器の上部に設けられた冷却手段に達しない限り,同冷却手段は作用しない。

以上に鑑みると,当業者において,マイクロ波照射に係る反応温度を固相ペプチド合成の反応温度として合理的な温度の範囲内にすべきことは,自明のことといえるものの,甲5号証記載の冷却手段は,この点に関して有用な手段とはいえず,したがって,引用発明に甲5号証記載の冷却手段を適用する動機は,見出し難い。

c また,甲5号証記載の冷却手段の目的である「試料の漏出の防止」と,相違点2に係る「冷却」の目的である「試料の分解の防止」とは,試料が分解しても必ずしも容器外に漏出するとは限らないことにも鑑みると,両目的の相違は,明らかというべきである。したがって,冷却に関する目的も,引用発明に甲5号証記載の冷却手段を適用することを動機付けるものとはいえない。

d 加えて,前記イのとおり,当業者において,相違点1に係る構成を想到した上で,甲5号証の記載に接したとしても,相違点2に係る構成を想到することは,容易ではない。

e 以上によれば,原告の前記主張は,採用できない。

(イ) 原告は,甲9号証には,実質において,相違点2に係る構成が記載されている旨を主張する。

前記2(2)のとおり,甲9号証には,固相ペプチド合成の脱保護工程及びカップリング工程を,湯浴サーキュレータに接続された湯浴反応器において,45℃,60℃及び75℃で行った実験について記載されているところ,上記両工程の間,相違点2に係る「冷却」,すなわち,湯浴反応器とは別の冷却機構によって当該湯浴反応器を冷やしていたことは,証拠上,うかがわれない。

したがって,甲9号証には,相違点2に係る構成が記載されているとはいえず,原告の前記主張は,採用できない。

以上によれば,本件審決が,本件発明2は,引用発明,甲5発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に想到できたものとはいえない旨判断した点に,誤りはない。

6  原告主張取消事由2(本件発明10に関する無効理由5に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明10及び引用発明の認定並びに両者の相違点は,以下のとおりであり,これらの点について,当事者間に争いはない。

本件発明10は,前記第2の2【請求項10】のとおりであり,引用発明との間には,①本件発明10が引用する本件発明1と引用発明との相違点である相違点1及び②本件審決が認定したとおり(前記第2の3(2)ア(ア)g(a)),「本件発明10は,『固相樹脂に結合されたペプチドを,該同一容器において切断性組成物と混合し,該組成物にマイクロ波を照射しながら,該結合ペプチドを該固相樹脂から切断する工程を含む』ものであるのに対し,引用発明には,マイクロ波を照射しながらペプチドを固相樹脂から切断する工程は記載されていない。」という相違点5が存在する。

(2)  甲9号証について

ア 前記2(2)のとおり,甲9号証には,脱保護工程及びカップリング工程が,60℃及び75℃で固相ペプチド合成を行った実験において,27℃で固相ペプチド合成を行った実験に比べ,より短時間で完了したことが記載されているものと認められる。

イ(ア) 甲9号証記載の実験における最終切断工程についてみると,両スキームとも,ACP65-74を合成した場合,t-Boc法(アミノ基の末端をBoc基で保護する方法)においては0℃下で90分,Fmoc法(アミノ基の末端をFmoc基で保護する方法)においては室温で2時間にわたり,実施された。

前述したとおり,甲9号証記載の実験は,各スキームの条件に従って行われており,①スキーム1においては脱保護工程及びカップリング工程はいずれも27℃下において行うものとされ,反応時間については,前者が20分又は10分,後者が60分に設定されている。②45℃,60℃及び75℃で脱保護工程及びカップリング工程を行った実験は,スキーム2の条件に従ったところ,同スキームにおいては,脱保護工程の反応時間が10分又は3分,カップリング工程の反応時間が20分に設定されている。

(イ) 以上によれば,ACP65-74を合成した場合の最終切断工程は,t-Boc法による場合には,両スキームとも,脱保護工程及びカップリング工程の終了後,これらの両工程実施時の温度である27℃,45℃,60℃及び75℃を0℃まで下げ,各スキームの定める両工程の実施時間の合計を超える,90分という比較的長い時間をかけて行われた。

また,Fmoc法による場合には,最終切断工程は,スキーム1において脱保護工程及びカップリング工程を実施した27℃は,室温に近い温度といえるから,ほぼその温度を保ったものと推認され,スキーム2においては,両工程実施時の温度を室温まで下げ,2時間という相当長時間をかけて実施された。

ウ 以上に鑑みると,当業者は,甲9号証記載の実験における最終切断工程について,反応温度を室温に近い27℃に設定するスキーム1の実験をFmoc法により行った場合は,ほぼその温度を保ち,それ以外の場合は,脱保護工程及びカップリング工程終了後に,反応温度を,室温又は0℃という比較的低い温度まで下げた上で,長時間をかけて実施されたもので,高温下の実施により反応時間を短縮させた脱保護工程及びカップリング工程とは,明らかに異質なものと理解するはずである。

この点に関し,甲9号証の冒頭には,「ペプチドの固相合成(SPPS)において,カップリングの速度を速めるために高い温度を用いることへの関心は新しいものではない(1-3)。しかしながら,合成の全工程を高い温度で行なうとの発想は極めて最近のものである(4,5)。」と記載されているが,上記実験結果に鑑みると,当業者は,甲9号証における当該「合成の全工程」は,繰り返しアミノ酸を添加してペプチド鎖を伸長していく脱保護工程及びカップリング工程を指し,所望のペプチド鎖が得られた後の最終段階において行われる最終切断工程は含まない旨認識するものと考えられる。

以上によれば,甲9号証には,固相ペプチド合成の最終切断工程を高温下で行うことは,記載も示唆もされていないと解するのが相当である。

(3)  甲10号証について

ア 前記2(3)のとおり,甲10号証においては,マイクロ波照射によって固相合成の速度が増す旨が記載されており,図3の冒頭には,カップリング工程においてマイクロ波を6分間照射してペプチドを合成した例が掲げられている。また,図4のcは,「メリフィールド樹脂からの安息香酸の切断反応」について,通常の加熱をした際には2時間を要したのに対し,マイクロ波によって加熱した際には30分間で反応が完了し,「高速化が観測された」実例である。

イ(ア) もっとも,図3の冒頭の実例は,マイクロ波を最終切断工程に照射したものではなく,本件証拠上,上記実例以外に,ペプチドが合成された実例は示されていない。図4のcも,マイクロ波の照射を施したのは,安息香酸の切断反応であり,ペプチド合成の切断反応ではない。

(イ) また,甲10号証には,「報告された例にはペプチド合成・・が含まれていた・・・実際,報告された実験のほとんどが,・・・標準的な加熱プロトコルと比べて速度の有意な増加が観測された。」と記載されているが,ペプチド合成の工程のいずれについて速度の有意な増加が観測されたかは,特定されておらず,前述したとおり,「マイクロ波支援固相合成の例」としてマイクロ波をカップリング工程に照射した実例が掲げられていることに鑑みると,上記記載をもって,マイクロ波照射によりペプチド合成のカップリング工程の速度が増加したことを示唆するものと解するのが通常であり,最終切断工程の速度が増加したことを示唆するものと解することは困難である。

ウ 以上によれば,甲10号証には,固相ペプチド合成の最終切断工程にマイクロ波を照射することは,記載も示唆もされていないと解するのが相当である。

(4)  小括

以上のとおり,①甲9号証には,固相ペプチド合成の最終切断工程を高温下で行うことは,記載も示唆もされておらず,②甲10号証には,固相ペプチド合成の最終切断工程にマイクロ波を照射することは,記載も示唆もされていないことから,当業者において,引用発明に,甲9号証及び甲10号証の記載を考慮しても,相違点5に係る構成に想到することは難しいというべきであり,同旨の本件審決の認定に誤りはない。

7  原告主張取消事由3(本件発明11に関する無効理由5に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明11は,前記第2の2【請求項11】のとおりであり,本件発明10を引用するものであるから,引用発明との間には,相違点1及び相違点5が存在する。

そして,相違点1については,前記2のとおり,当業者において容易想到であるが,相違点5については,前記6のとおり,当業者において,引用発明に甲9号証及び甲10号証の記載を考慮しても,想到することは難しい。

(2)  甲6号証には,「樹脂からの切断はマイクロプレートの液相装置を用いて手動で行なわれる。」との記載があるものの,マイクロ波照射により反応温度を高めることに関しては,明示の記載は見当たらず,示唆がされているともいい難い。

(3)  以上によれば,当業者において,引用発明に,甲9号証及び甲10号証に加えて甲6号証の記載を考慮しても,相違点5に係る構成に想到することは,容易とはいえない。

したがって,本件発明11は,引用発明,甲6発明,甲9発明及び甲10発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない旨の本件審決の判断に,誤りはない。

8  原告主張取消事由4(無効理由1に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明1について

前記1から4のとおり,当業者は,引用発明から,甲9号証及び甲10号証の記載を考慮して相違点1に係る構成を容易に想到することが認められ,本件発明1は進歩性を欠く。

したがって,本件審決は,無効理由1において,本件発明1につき,引用発明,甲2発明又は甲3発明及び甲4発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断しているところ,その判断に係る誤りの有無は,本件発明1が進歩性を欠き,本件発明1に係る特許が無効である旨の本件審決の結論を左右するものではない。

このことから,本件発明1についての原告主張取消事由4は,本件審決の結論に影響を及ぼさないものというべきである(なお,本件審決が,当業者において,甲2号証又は甲3号証及び甲4号証によっては,引用発明から本件発明1を容易に想到し得ない旨判断したこと自体には,誤りはない。)。

(2)  本件発明2,10及び11について

本件審決は,本件発明1の容易想到性を否定したことを前提として,本件発明1を引用する本件発明2,10及び11についても,本件発明1と同様に,容易想到性を欠くとの判断をしているところ,前記5から7のとおり,本件発明2,10及び11は,いずれも容易想到性を欠くことから,本件審決の上記判断は,結論において正しい。

9  原告主張取消事由5(無効理由2に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明1について

前記8(1)と同様に,本件発明1についての原告主張取消事由5は,本件審決の結論に影響を及ぼさないものというべきである(なお,本件審決が,当業者において,甲7号証によっては,引用発明から本件発明1を容易に想到し得ない旨判断したこと自体に,誤りはない。)。

(2)  本件発明2,10及び11について

本件審決は,本件発明1の容易想到性を否定したことを前提として,本件発明1を引用する本件発明2,10及び11についても,本件発明1と同様に,容易想到性を欠くとの判断をしているところ,前記5から7のとおり,本件発明2,10及び11は,いずれも容易想到性を欠くことから,本件審決の上記判断は,結論において正しい。

10  原告主張取消事由6(無効理由4に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明1について

前記8(1)と同様に,本件発明1についての原告主張取消事由6は,本件審決の結論に影響を及ぼさないものというべきである(なお,本件審決が,当業者において,甲2号証及び甲9号証によっては,引用発明から本件発明1を容易に想到し得ない旨判断したことに,誤りはない。)。

(2)  本件発明2,10及び11について

本件審決は,本件発明1の容易想到性を否定したことを前提として,本件発明1を引用する本件発明2,10及び11についても,本件発明1と同様に,容易想到性を欠くとの判断をしているところ,前記5から7のとおり,本件発明2,10及び11は,いずれも容易想到性を欠くことから,本件審決の上記判断は,結論において正しい。

11  原告主張取消事由7(無効理由9に係る判断の誤り)について

(1)  原告は,本件発明の課題は,固相ペプチド合成における「時間の長さ」及び「ペプチド配列の凝集」という2つの欠点をいずれも解決することにあると解されるところ,本件特許の発明の詳細な説明においては,後者の課題につき,本件発明によって解決可能であることが当業者において認識し得るように記載されておらず,したがって,サポート要件違反を認めなかった本件審決の判断は,誤りである旨主張する。

(2)ア  特許請求の範囲の記載がサポート要件,すなわち,特許法36条6項1号の要件を充たすか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に対応する記載がなく,これを明確に示唆する記載がなくとも,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

イ(ア)  本件発明の課題についてみると,本件明細書においては,「現在のSPPS技術に関しては2つの明確な欠点が存在する。」との記載があり,「2つの明確な欠点」につき,「第一は,所与のペプチドを合成するのに必要な時間の長さである。(」甲16【0015】),「現在の技術の別の問題は,ペプチド配列の凝集である。」と説明されている(同【0016】)。

(イ) 「必要な時間の長さ」について,本件明細書の段落【0015】においては,「脱保護工程は30分以上かかることがある。上記のように各々のアミノ酸をアミノ酸鎖にカップリングさせるには,約45分必要であり,各々のアミノ酸の活性化工程は15~20分必要とし,切断工程では2~4時間必要とする。したがって,単に12個のアミノ酸からなるペプチドを合成するのに最大14時間かかることがある。」と,数値を交えて具体的に説明されている。

そして,「この問題を解決するために,ペプチド合成及びカップリングの代替的な方法をマイクロ波技術を用いて試みた。マイクロ波による加熱は,マイクロ波は組成物又は溶媒と即座に直接相互作用する傾向があることから,有機合成を含む多様な化学反応において有利である。初期の研究者は,キッチン型の電子レンジにおける単純なカップリング工程(完全なペプチド合成ではない)を報告している。しかしながら,そのような結果の再現は,放射線源として家庭用電子レンジでは限界があり,出力制御ができず,また電子レンジごとに再現性の問題があることから容易ではない。別の研究者は,マイクロ波を用いてカップリング速度を速めることを報告したが,同時に高温が発生して,固相支持体及び反応混合物が変質する傾向があった。工程間におけるサンプルの移動による欠点も生じた。」として,「必要な時間の長さ」という「問題を解決するために」,従前も,様々な試みが行われてきたものの,結果の再現が容易ではない,高温により固相支持体及び反応混合物が変質する傾向があるなどといった問題があり,好ましい結果を得られなかった旨が述べられている。

(ウ) 他方,「凝集」につき,本件明細書の段落【0016】には,「現在の技術の別の問題は,ペプチド配列の凝集である。凝集とは,成長ペプチドがそれ自体の上に折り畳まれてループを形成し,水素結合によってくっつく傾向をいう。これは,更なる鎖の伸長に関して明らかな問題を生む。理論的には,温度が高くなると水素結合が減少するので,折り畳みの問題が少なくなるが,そのように温度が高いと,熱に敏感なペプチドカップリング試薬に悪影響が及ぼされることがあるので,高温自体による欠点が生じることがある。この理由から,SPPS反応は一般的に室温で行われ,特徴的に反応時間が延長される。」と記載されている。

したがって,同段落においては,「凝集」の一般的定義が説明され,「凝集」がもたらす問題について,「更なる鎖の伸長に関して明らかな問題を生む。」と指摘されるが,具体的にどのような問題が生じるかは明らかにされていない。また,「この理由から,・・・特徴的に反応時間が延長される。」と記載されることから,同段落は,「凝集」の問題に触れながらも,固相ペプチド合成に長時間を要する理由という,「必要な時間の長さ」に関する事項を説明している。

なお,本件明細書中,段落【0016】以外,「凝集」に言及した記載はない。

(エ) 以上に鑑みると,本件明細書は,前記「2つの欠点」のうち,固相ペプチド合成の「必要な時間の長さ」の点を特に重視して本件発明の解決すべき主要な課題に据え,「凝集」の点は,副次的な課題として位置付けているとみるのが相当である。

ウ  本件特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであり,マイクロ波を照射しながら固相ペプチド合成を行うというものである。

(ア)a 本件明細書には,前述したとおり,「別の研究者は,マイクロ波を用いてカップリング速度を速めることを報告した」(甲16【0015】)との記載があり,同記載は,マイクロ波照射がカップリング工程の速度増加,すなわち,固相ペプチド合成の反応時間短縮に寄与することを示すものである。

さらに,本件明細書には,現在の固相ペプチド合成の技術において,「脱保護工程は30分以上かかることがある」,「カップリングさせるには,約45分必要であり」(甲16【0015】)と記載されているのに対し,マイクロ波を照射しながら脱保護工程及びカップリング工程を行った実験においては,脱保護工程を1分30秒間,カップリング工程を5分間行い,所与のペプチドを合成できたことが記載されている(甲16【0078】から【0088】)。同記載によれば,マイクロ波を照射しながら脱保護工程及びカップリング工程を行った実験において,固相ペプチド合成の反応時間が従前よりも大幅に短縮されたことは,明らかといえる。

b 以上によれば,当業者は,発明の詳細な説明の記載から,本件発明が,固相ペプチド合成の「必要な時間の長さ」という発明の課題を解決できることを認識し得る。

(イ) 「凝集」の点については,前述したとおり,本件明細書の段落【0016】において,「凝集とは,成長ペプチドがそれ自体の上に折り畳まれてループを形成し,水素結合によってくっつく傾向をいう。・・・理論的には,温度が高くなると水素結合が減少するので,折り畳みの問題が少なくなる」と記載されており,凝集を発生させる原因である水素結合が,高温下においては減少するという性質を有していることから,理論上は,反応温度が高まれば,凝集の発生が抑制されるということが明示されている。

したがって,当業者は,上記段落全体の記載から,本件発明において,カップリングへの悪影響に配慮しつつ,マイクロ波照射によって固相ペプチド合成の反応温度を高めれば,凝集が抑制されることを理解するものと認められる。

以上によれば,当業者は,発明の詳細な説明の記載から,本件発明が,「凝集」という副次的な発明の課題を解決できることも認識し得るものであり,具体的な反応温度や加熱時間等が明示されていないことによって,サポート要件が直ちに否定されるわけではない。

エ  したがって,本件特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たすものというべきであり,同旨の判断をした本件審決の認定に誤りはない。

12  原告主張取消事由の小括

以上のとおり,原告主張取消事由は,いずれも理由がなく,本件発明2,10及び11は,進歩性を欠くものとはいえない。また,サポート要件違反も認められない。

第8結論

以上によれば,原告の請求及び被告の請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,よって,主文のとおり,判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 新谷貴昭 裁判官 鈴木わかな)

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