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知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10051号 判決 2014年10月22日

原告

住友不動産株式会社

訴訟代理人弁護士

大野聖二

小林英了

被告

特許庁長官

指定代理人

西山昇

手島聖治

星野昌幸

稲葉和生

堀内仁子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2010-26862号事件について平成25年12月9日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成13年1月29日,名称を「ビル改修受注用情報処理装置および方法」とする発明につき,特許出願(特願2001-20371号。甲1)をしたが,平成22年8月24日付けで拒絶査定(甲9)を受けたので,同年11月29日,これに対する不服の審判を請求する(甲10)とともに,同日付け手続補正書(甲11)により特許請求の範囲を変更する手続補正をし,さらに,平成25年4月19日,特許請求の範囲を変更する手続補正(本件補正。甲16)をした。

特許庁は,平成25年12月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,平成26年1月27日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本願発明に係る明細書(甲1)及び手続補正書(甲11,16。以下,甲1と併せて「本願明細書」という。)によれば,本件補正後の本願発明の請求項1は,以下のとおりである。

「ビル全体を新築同様の状態へと改修する全体新築化改修依頼の情報であって,前記ビル全体の規模を含むビル改修依頼情報が入力される改修依頼入力部と,

単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報であって,ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定されており,前記ビル全体の規模に応じた複数の単位改修価格情報が記憶される記憶部と,

前記改修依頼入力部より前記ビル改修依頼情報が入力され,前記ビル全体の規模に対応する前記単位改修価格情報を前記記憶部から読み出し,前記ビル全体の規模と前記単位規模あたりの改修価格とに基づいて改修価格を算出する改修価格算出部と,

前記改修価格を含む改修引受情報を出力する引受情報出力部と,

を含み,

前記記憶部には,単位規模あたりの改修工期が固定された固定制改修工期基準を示す単位改修工期情報であって,ビル全体を新築するための標準全体新築工期と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修工期との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定されており,前記ビル全体の規模に応じた複数の単位改修工期情報が記憶され,

さらに,前記改修依頼入力部より前記ビル改修依頼情報が入力され,前記ビル全体の規模に対応する前記単位改修工期情報を前記記憶部から読み出し,前記ビル全体の規模と前記単位規模あたりの改修工期とに基づいて改修工期を算出する改修工期算出部を含み,前記引受情報出力部は,前記改修工期を含む改修引受情報を出力すること

を特徴とするビル改修受注用情報処理装置。」

3  審決の理由の要点

本願発明は,以下の引用例1発明,引用例2発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(1)  引用発明について

引用例1(特開平7-91083号公報,甲2)には,以下の引用発明(以下「引用例1発明」という。)が記載されている。

「建物の企画や既設建物の評価に当たって,建築工事費の試算を行うデータ評価システムであって,

記憶装置(データベース),入力・操作装置,演算処理装置,補助記憶装置,CRT及びプリント出力装置を含んで構成され,

データベースに複数の建築物の建築物工事費データを記憶し,これを延べ面積のグレードで区分化し,各区分における単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)を算出し,

オペレータが希望する物件(試算建物)の延べ面積を指定すると,当該物件に対応するグレードの単位面積当たりの工事費に物件の延べ面積を乗じることにより,概算工事費を算出し,出力する,

データ評価システム。」

(2)  本願発明との一致点及び相違点

【一致点】

「ビル全体の規模を含むビル工事依頼情報が入力される工事依頼入力部と,

単位規模あたりの工事価格が固定された定価制工事価格基準を示す単位工事価格情報であって,

ビル全体の規模に応じた複数の単位工事価格情報が記憶される記憶部と,

工事依頼入力部よりビル工事依頼情報が入力され,ビル全体の規模に対応する単位工事価格情報を記憶部から読み出し,ビル全体の規模と単位規模あたりの工事価格とに基づいて工事価格を算出する工事価格算出部と,工事価格を含む情報を出力する情報出力部と,を含む

ビル工事受注用情報処理装置。」

【相違点1】

本願発明は,「記憶部には,単位規模あたりの工事工期が固定された固定制工事工期基準を示す単位工事工期情報であって,ビル全体の規模に応じた複数の単位工事工期情報が記憶され,さらに,工事依頼入力部よりビル工事依頼情報が入力され,ビル全体の規模に対応する単位工事工期情報を記憶部から読み出し,ビル全体の規模と単位規模あたりの工事工期とに基づいて工事工期を算出する工事工期算出部を含」む点。

【相違点2】

「情報出力部」が,本願発明は,工事価格と「工事工期」を含む「引受情報」を出力する「引受情報出力部」であるのに対し,引用例1発明は,「情報出力部」である点。

【相違点3】

本願発明の「ビル工事受注用情報処理装置」は,「ビル全体を新築同様の状態へと改修する全体新築化改修依頼」,すなわち,ビルの「改修工事」を対象とした「ビル改修受注用情報処理装置」であって,「単位改修価格情報」が,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」された価格の情報であり,また,「単位改修工期情報」が,「ビル全体を新築するための標準全体新築工期と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修工期との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定」された工期の情報であるのに対し,引用例1発明の「ビル工事受注用情報処理装置」は,「建物の企画や既設建物の評価に当たって,建築工事費の試算を行うデータ評価システム」であり,ビルの「改修工事」を対象とすることは明示されておらず,したがって,「単位改修価格情報」及び「単位改修工期情報」について特定されていない点。

【相違点4】

本願発明は,「ビル工事依頼情報」,「工事依頼入力部」,「工事価格」,「定価制工事価格基準」,「単位工事価格情報」及び「工事価格算出部」が,それぞれ「ビル改修依頼情報」,「改修依頼入力部」,「改修価格」,「定価制改修価格基準」,「単位改修価格情報」及び「改修価格算出部」であり,また,「工事工期」,「固定制工事工期基準」,「単位工事工期情報」及び「工事工期算出部」が,それぞれ「改修工期」,「固定制改修工期基準」,「単位改修工期情報」及び「改修工期算出部」であるのに対し,引用例1発明は,前記各発明特定事項の名称に「改修」の用語が用いられていない点。

(3)  相違点についての判断

ア 相違点1,2について

一般に,新築工事であるか改修工事であるかにかかわらず,「工事」が所定の「工期」を伴うことは技術常識であり,建築工事などにおける顧客との受注契約に当たり,「工事工期」を算出し提示することは,例えば,引用例2(特開平7-334578号公報。甲3)に記載された発明(以下「引用例2発明」という。)からも明らかなように,商慣習として一般に行われていることであり,引用例1発明における「建物の企画や既設建物の評価」において,概算工事費に加え「工事工期」についても算出し提示していることは,記載されているに等しい事項ということができる。

引用例2には,「面積や階数等の建物の概要や工事の概要等を入力することによって,各工事の日数計算を行い,入力した基本データ等及び計算データに基づいて,着工日から竣工日までの標準工期を算出し,全工期日数を含むネットワーク工程表を作成する,標準工期ネットワーク工程表作成システム」の発明(引用例2発明)が記載されており,「面積や階数等の建物の概要」,すなわち,「建物の規模」に基づいて工事工期を算出することが開示されている。

引用例1発明において,概算工事費の算出に当たり,「データベースに複数の建築物の建築物工事費データを記憶し,これを延べ面積のグレードで区分化し,各区分における単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)を算出し,オペレータが希望する物件(試算建物)の延べ面積を指定すると,当該物件に対応するグレードの単位面積当たりの工事費に物件の延べ面積を乗じることにより,概算工事費を算出」する構成を採用していることからすれば,上記「工事工期」を算出する場合においても,同様に,データベースに複数の建築物の建築物工期データを記憶し,これを延べ面積のグレードで区分化し,各区分における単位面積当たりの工期を算出し,オペレータが希望する物件の延べ面積を指定すると,当該物件の延べ面積と物件に対応するグレードの単位面積当たりの工期に基づいて,工事工期を算出」する構成とすること,すなわち,相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

引用例1発明は,「CRT及びプリント出力装置」を備え,「概算工事費を算出し,出力する」ものであることからすれば,上記算出された「工事工期」を含む,受注契約に係る「引受情報」を出力する構成とすることは,当業者が適宜なし得る設計事項である。相違点2は,格別のことではない。

イ 相違点3について

引用例1発明は,「建物の企画や既設建物の評価に当たって,建築工事費の試算を行うデータ評価システム」であって,試算対象として,既設建物の「改修工事」を排除するものではないことは明らかである。

また,ビルの新築工事に限らず,「改修工事」においても,顧客との受注契約に当たり,顧客に概算工事費等を提示することは,例えば,特開平8-77233号公報(甲4。以下,「周知例」という。)に,従来から,住宅のリフォームにおいて,新築用のCAD積算システムを利用して見積りの作成が行われていたことが記載されているように,通常の商慣習と認められる。

これらのことから,引用例1発明の「データ評価システム」(ビル工事受注用情報処理装置)を,「ビル全体を新築同様の状態へと改修する全体新築化改修依頼」に用いることは,当業者が容易に想到し得たことである。

また,「単位改修価格情報」を,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」し,「単位改修工期情報」を,「ビル全体を新築するための標準全体新築工期と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修工期との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定」した点は,専ら,ビル全体の改修工事の方が新築の場合よりメリットがあることを顧客に説明し,契約を円滑に進めるための商業上の都合によるものであり,これらを特定した点に格別の技術的意義は認められない。

「単位改修価格情報」や「単位改修工期情報」の設定に当たり,標準全体新築費用あるいは標準全体改修工期に対する「割合」を用いることが特定されているところ,概算工事費等を,所定の標準値に対する「割合」により算出する構成とすることは常とう手段である。

これらのことから,引用例1発明を「ビル全体を新築同様の状態へと改修する全体新築化改修依頼」に適用するに当たり,「工事価格」(改修価格)及び「工事工期」(改修工期)を,所定の標準値との「割合」に応じて,「新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」し,あるいは,「新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定」することは,当業者が適宜なし得る設計事項である。

したがって,相違点3に係る構成は,引用例1発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得たことである。

ウ 相違点4について

相違点1~3に係る構成が想到容易である以上,その結果得られた「ビル改修受注用情報処理装置」において,「ビル工事依頼情報」,「工事依頼入力部」,「工事価格」,「定価制工事価格基準」,「単位工事価格情報」,「工事価格算出部」,「工事工期」,「固定制工事工期基準」,「単位工事工期情報」,「工事工期算出部」などを,その目的ないし用途に対応して,「ビル改修依頼情報」,「改修依頼入力部」,「改修価格」,「定価制改修価格基準」,「単位改修価格情報」,「改修価格算出部」,「改修工期」,「固定制改修工期基準」,「単位改修工期情報」,「改修工期算出部」などと呼称することは任意であり,その技術的意義に影響しない。

相違点4は,格別のことではない。

エ これらの相違点を総合的に勘案しても,本願発明の奏する作用効果は,引用例1発明,引用例2発明及び周知技術の奏する作用効果から予測される範囲内のものであり,格別顕著なものということはできない。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(本願発明と引用例1発明との相違点の認定の誤り)

審決は,引用例1発明における「『単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)』は,本願発明の表現を用いれば,『単位規模あたりの価格が固定された定価制価格基準』ということができるとともに,本願発明における,『単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報であって,・・・ビル全体の規模に応じた複数の単位改修価格情報』に対応する『単位工事価格情報』ということができる」と認定する。

しかし,引用例1発明における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」は,適宜変動される値であって固定されておらず,本願発明の「単位規模あたりの価格が固定された定価制価格基準」とは明らかに異なる。

引用例1においては,段落【0028】~【0030】に記載されているように,オペレータの検索により抽出された物件群(小母集団)において,区分化が行われた後,当該区分における工事費を重み付き平均により算出することで,「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」が算出される。すなわち,引用例1における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」は,オペレータの検索条件,オペレータにより適宜選択されるグレードによる区分化に応じて適宜変動するのであって,固定されたものではなく,本願発明の「単位規模当たりの価格が固定された定価制価格基準」に対応するものではない。

そして,引用例1では,段落【0037】にあるように,シミュレーションにおいて,面積尺度データと環境尺度データ(地下尺度データ比率,施工場所尺度データ比率など)に基づいて,複数の推定工事費を算出し,これら推定工事費の最大値を概算工事費として最終的に算出することが記載されている。

ここで,面積尺度データと環境尺度データとが固定されているのであれば,これらを乗じた値を比較して,その最大値を検出し,これに延べ面積を乗じて概算工事費を算出すれば足り,個々の推定工事費をあえて求める必要はない。しかるに,引用例1において,面積尺度データと環境尺度の各尺度データ比率に基づき推定工事費を個別に算出しているのは,面積尺度データと環境尺度の各尺度データ比率が固定された値ではないために他ならない。引用例1において,どの面積尺度データと環境尺度データに基づき概算工事費(最終値)が得られるのかは,実際に推定工事費を求めなければ分からないのである。

このように,引用例1では,シミュレーションによる概算工事費(最終値)を算出するに当たり,どの面積尺度データと環境尺度データに基づき算出されるのかは不確定であって,これらは固定された値ではないから,引用例1には,「単位規模当たりの価格が固定された定価制価格基準を示す単位改修価格情報」は開示されていない。

したがって,審決は,引用例1発明における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」が,本願発明の「単位規模当たりの価格が固定された定価制価格基準」に相当すると認定した点において,本願発明と引用例1発明との一致点の認定に誤りがある。

また,本願発明における「単位改修価格情報」は,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模当たりの新築価格より小さく設定され」るものであるところ,引用例1における面積尺度データ(及び環境尺度データ)は,新築費用と改修費用との割合に応じて設定されるものではないから,この相違点を看過したものである。

よって,本願発明の「単位規模当たりの価格が固定された定価制価格基準」が引用例1発明に開示されていることを前提に,本願発明を引用例1発明に基づき容易想到であるとした審決の認定は,明らかに誤りである。

2  取消事由2(相違点1に関する容易想到性の判断の誤り)

(1)  引用例1では,「建物の企画や既設建物の評価を行うときには,資料に基づき推定で建築工事費の試算が必ず行われる」(【0002】)と記載されているとおり,引用例1発明は,建物の企画,既設建物の評価を行う場合において,建築工事費の試算を行う発明であり,建築工事を行うことを前提としてその工事費を算出する発明ではない。

したがって,引用例1について,「概算工事費に加え『工事工期』についても算出し提示していることは,記載されているに等しい」とする審決の認定は,前提において誤りである。

(2)  また,審決では,引用例2には,建物の規模に基づいて工事工期を算出することが開示されており,「上記『工事工期』を算出する場合においても,同様に,データベースに複数の建築物の建築物工期データを記憶し,これを延べ面積のグレードで区分化し,各区分における単位面積当たりの工期を算出し,オペレータが希望する物件の延べ面積を指定すると,当該物件の延べ面積と物件に対応するグレードの単位面積当たりの工期に基づいて,工事工期を算出』する構成とすること,すなわち,相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである」と認定する。

しかし,前述したとおり,引用例1には,「単位規模当たりの改修価格が固定された定価制改修価格基準」に相当する構成は開示されていないのであり,また,引用例2には,「単位規模当たりの改修工期が固定された固定制改修工期基準」に相当する構成は開示されていないのであるから,引用例1に引用例2を組み合わせたとしても,本願発明の「単位規模あたりの工事工期が固定された固定制工事工期基準を示す単位工事工期情報」の構成,すなわち,相違点1に係る構成を想到することはできない。

したがって,審決の上記認定は誤りである。

3  取消事由3(相違点3に関する容易想到性の判断の誤り)

(1)  審決は,「引用例1発明は,『建物の企画や既設建物の評価に当たって,建築工事費の試算を行うデータ評価システム』であって,試算対象として,既設建物の『改修工事』を排除するものではないことは明らかである」とする。

しかし,引用例1発明は,建物の企画,既設建物の評価に当たり,建築工事費の試算を行うという発明であり,ビル改修工事における改修価格の算定を行うというものではなく,また,その示唆も見られない。

(2)  引用例1には建築物工事費の記載があり,仮に,引用例1発明に記載の「建物の企画」が,建物の工事を含む概念であると理解されるとしても,それは,建物の新築工事を意味するものであって,ビル改修工事については何ら記載がない。

引用例1では,段落【0035】にあるとおり,地業(建物の基礎工事)と地下階数が固定されておらず,これらを適宜選択できることを前提として,これら地業及び地下階数が工事費に大きな影響を与えることが,明示的に記載されている。一方,本願発明のように,ビルの改修工事を行うことを念頭に置く場合,当該ビルは現存しており,基礎工事部分及び地下階数は常に固定されているのであるから,これら地業及び地下階数が工事費に影響を与えることはない。この点は,本件明細書(甲1)の図3において,新築工事の場合に「土工事,杭工事」の費用割合が「10」となっているのに対して,ビル改修の場合は「0」となっていることからも明らかである。

このように,引用例1発明は,建物の新築工事における建築工事費の試算を行うことのみが開示されているのである。そして,引用例1において,建物の新築においてのみ適用される(すなわち,ビル改修工事の場合には想定し得ない)地業及び地下階数が,工事費に大きな影響を与えると明記されているのであるから,引用例1発明がビル改修工事に適用されることを示唆する記載は,引用例1にはなく,むしろ除外されているというべきである。

したがって,引用例1発明が既設建物の改修工事を排除するものではないとする審決の認定は,誤りである。

(3)  審決は,引用例1発明には,比率に基づき所望の要因に対応する工事費を評価することが記載されており,「引用例1発明を『ビル全体を新築同様の状態へと改修する全体新築化改修依頼』に適用するに当たり,『工事価格』(改修価格)及び『工事工期』(改修工期)を,所定の標準値との『割合』に応じて,『新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定』し,あるいは,『新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定』することは,当業者が適宜なし得る設計事項である」と認定している。

しかし,審決が摘示する引用例1の段落【0010】には,「特定区分の単位面積当たりの工事費の重み付き平均値と,全データの単位面積当たりの工事費の重み付き平均値との比率」に基づき工事費を評価することが記載されているものの,本願発明の「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合」とは異なるものである。

また,審決が摘示する特開平8-123861号公報(甲5)では,「施工場所等の項目が建築費用へ与える影響度合いを数値化した要因係数」を用いて建築費用が算出されることは記載されているものの(甲5,【目的】欄),これも,本願発明の「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合」とは異なるものである。

このように,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合」に応じて,単位改修価格が定められるという,本願発明の構成は,審決で摘示されたいずれの文献にも開示されておらず,また,その示唆も見られない。

審決の上記認定は,相違点3の具体的内容を捨象し,何らかの標準値を定めて,当該標準値に基づき改修費用を定めていれば,相違点3に係る構成を導き出せるというものであり,論理的思考を伴わない後付けの議論であり,容易想到性の判断の過程において排除されるべきである。

したがって,相違点3に係る構成が設計事項であるとする審決の認定は,誤りである。

4  取消事由4(相違点4に関する容易想到性の判断の誤り)

前述したとおり,相違点1及び3に係る構成が容易想到であるとはいえない以上,相違点4に係る構成も容易想到であるとはいえないから,相違点4に係る審決の認定は誤りである。

第4被告の反論

1  取消事由1に対し

本願明細書(甲1)の段落【0011】,【0013】,【0037】,【0040】,【0051】の記載によれば,改修価格は,ビルの規模に単位規模当たりの改修価格,すなわち,「単位規模当たりの改修価格が固定された定価制改修価格基準」を掛けた値であること,及び「固定」,「定価」の用語の一般的意味から,本願発明に特定された「単位規模当たりの価格が固定された定価制価格基準」とは,換言すれば概略,前もって決めてある単価ということができる。

一方,引用例1の段落【0028】~【0030】,【0035】~【0037】の記載によれば,まず,オペレータが大母集団から物件群(小母集団)を抽出し,小母集団のデータをオペレータが適宜選択した尺度を区分化し,それぞれの区分内で重み付き平均を算出することにより,尺度データとして「m2当たり単価」(単位面積当たり単価)が算出される。オペレータが概算工事費算出を希望する物件の面積尺度及び環境尺度のグレードを指定すると,指定されたグレードの尺度データ「m2当たり単価」が出力され,さらに,試算建物の延べ面積を入力すると,尺度データ「m2当たり単価」と試算建物の延べ面積に基づいてシミュレーションが行われ,概算工事費が算出される。すなわち,引用例1発明においては,前もって,区分化されたグレードごとの尺度データ「m2当たり単価」が算出され,その後に行われるシミュレーションによる概算工事費の算出においては,当該前もって算出され区分化されたグレードごとの尺度データが用いられるのであり,区分化されたグレードごとの尺度データを改めて算出することは予定しておらず,「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」は,前もって決めてある単価であり,固定された値である。

そうすると,本願発明における「単位規模当たりの価格が固定された定価制価格基準」及び引用例1発明における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」は,いずれも前もって決めてある単価であり,固定された値であるから,原告の指摘する審決の認定部分に誤りはない。

2  取消事由2に対し

(1)  取消事由2(1)に対し

引用例1には,「従来の技術」として,「建物の企画や既設建物の評価を行うときには,資料に基づき推定で建築工事費の試算が必ず行われる。」(【0002】)と記載されており,ここで,「建物の企画」が,建築工事を行うことを前提としていることは,当業者にとって自明であるから,「建物の企画や既設建物の評価を行う場合において,建築工事費の試算を行う発明であって,建築工事を行うことを前提としてその工事費を算出する発明ではない」との原告の主張は,失当である。

段落【0012】にあるように,新築工事であるか改修工事であるかにかかわらず,建築工事が所定の「工期」を伴うことは技術常識であることからすれば,引用例1に「工事工期」を算出し提示することが明示されていないからといって,引用例1に開示された事項を記載された事項のみに限定的に解釈する理由はない。むしろ,建築工事などにおける顧客との受注契約に当たり,工事費とともに「工事工期」を算出し提示することが商慣習として一般に行われていること,また,引用例1の図10の入力画面に「工期」の入力欄があることに鑑みれば,「引用例1発明における『建物の企画や既設建物の評価』において,概算工事費に加え『工事工期』についても算出し提示していることは,記載されているに等しい事項ということができる。」とした,審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2(2)に対し

上記1のとおり,引用例1における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」は,本願発明の「単位規模当たりの価格が固定された定価制価格基準」に対応するものであり,また,上記(1)のとおり,引用例1発明における「建物の企画や既設建物の評価」において,概算工事費に加え「工事工期」についても算出し提示していることは,記載されているに等しい事項ということができるから,「上記『工事工期』を算出する場合においても,同様に,データベースに複数の建築物の建築物工期データを記憶し,これを延べ面積のグレードで区分化し,各区分における単位面積当たりの工期を算出し,オペレータが希望する物件の延べ面積を指定すると,当該物件の延べ面積と物件に対応するグレードの単位面積当たりの工期に基づいて,工事工期を算出する構成とすること,すなわち,相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得たこと」とした審決の判断に誤りはなく,前記「単位面積当たりの工期」が,「単位規模当たりの工事工期が固定された固定制工事工期基準を示す単位工事工期情報」に相当することは,当業者にとって自明である。

したがって,審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3に対し

(1)  引用例1には,「従来の技術」として,「建物の企画や既設建物の評価を行うときには,資料に基づき推定で建築工事費の試算が必ず行われる。」(【0002】)と記載されており,「既設建物の評価」における「建築工事費の試算」に,ビル改修工事における改修価格などの試算が含まれることは,当業者にとって技術常識というべき事項である。

(2)  引用例1において,図12に「地業の種別」と「地下階数」が表示された尺度指定入力画面が示され,当該「地業の種別」及び「地下階数」が工事費を大きく左右する要因であることが記載されているとしても,同図は,尺度指定入力画面の一例として示されたものであるとともに,引用例1に記載された技術は,「建物の企画」,すなわち,建物の新築工事についても対象としていることからすれば,図12に,環境尺度として「地業の種別」,「地下階数」が固定項目として表示された画面が例示されているとしても自然なことであり,それをもって,引用例1発明がビル改修工事に適用されることを除外しているということはできない。

(3)  審決は,「概算工事費等を,所定の標準値に対する『割合』により算出する構成とすること」が常とう手段であることを裏付けるために,引用例1及び特開平8-123861号公報(甲5)の記載事項を例示したものであり,これらの文献に「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合」に応じて単位改修価格を定めることが明示的に記載されていないとしても,「概算工事費等を,所定の標準値に対する『割合』により算出する構成とすること」が常とう手段であることを否定する理由にはならない。

(4)  したがって,審決のした相違点3に係る容易想到性の判断に誤りはない。

4  取消事由4に対し

前記1~3に述べたとおり,相違点1~3に関する容易相当性判断に誤りはないから,相違点4に関する容易相当性の判断にも誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明と引用例1発明との相違点の認定の誤り)

原告は,審決が,引用例1発明における「『単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)』は,本願発明の表現を用いれば,『単位規模あたりの価格が固定された定価制価格基準』ということができるとともに,本願発明における,『単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報であって,・・・ビル全体の規模に応じた複数の単位改修価格情報』に対応する『単位工事価格情報』ということができる」と認定したのは誤りであり,相違点の看過がある旨主張する。

(1)  そこで,まず,本願発明における「単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準」について検討する。

ア 本願発明について

甲1によれば,本願発明は,以下のとおりのものである。

本願発明は,ビル改修工事の受注業務を支援する情報処理装置に関し,特に,ビル全体を新築同様の状態にする工事を低価格かつ短期間で提供できるようにする装置に関するものである(【0001】)。

従来一般に,ビルの改修は,その寿命が経過するまでの間,必要に応じて改修を受けるなど,部分的に行われていたが,このような従来の改修とは抜本的に異なる改修として,ビル全体を一度に改修することが考えられる。これにより,新築同様の状態を復元できるという多大なメリットが得られるが,このようなビル全体の改修工事は,これまで行われていない(【0002】,【0003】)。

その主な理由は,①ビル改修価格や工期は,部分的な改修の集積であり,高額に達し,工期が長くなると考えられていること(【0004】,【0006】),②ビル保有者にとって,改修価格や工期の予測も困難であるため,ビル全体を改修しようという動機を起こさせないこと(【0005】,【0007】),③受注が成立する前の段階で,ビル保有者との打合せ,改修の設計や完成予想モデルの作成,見積りの作成などの作業が繰り返されるなど,不動産会社などによるビル改修業務のための各種関連作業の費用と手間による影響も大きいこと(【0008】)などである。

そこで,本願発明は,ビル全体を改修する工事を低価格及び短期間で提供でき,かつ,価格及び工期がビル保有者にとって簡単かつ明確に分かるようにして,これにより,ビルを新築同様の状態にできるなどの全体改修の利点をビル保有者等が容易に享受できるようにすることを目的とし,ビル改修の受注業務のために用いられる情報処理装置を提供するものである(【0009】,【0010】)。

本願発明のビル改修受注用情報処理装置のうち,改修価格算出部は,改修依頼入力部に入力された坪数に対応する改修価格をテーブルから読み取ることによって,改修価格を求め,改修工期算出部は,改修依頼入力部に入力された坪数に対応する改修工期をテーブルから読み取ることによって,改修工期を求めるものであり,ビル全体の改修の価格及び工期を,定価制改修価格基準及び固定制工期基準に基づいて算出する機能を持つ(【0037】~【0048】)。そして,この定価制改修価格基準及び固定制工期基準は,改修の場合に,躯体,土工事及び杭工事の費用は,新築よりも大幅に安く,給排水,空調,電気,エレベータ,仮設(足場),外構の費用も削減されることになることから,結果的に,改修費用は新築費用の半分程度になる(【0047】)場合があることに着目して,新築と改修の全体費用の差に応じて単位規模当たりの改修価格を設定し,同様に,単位規模当たりの改修工期を,単位規模当たりの新築工期より小さい値に設定したものである(【0012】,【0014】)。

このように設定することにより,ビル全体を新築同様の状態にする改修価格は,新築価格と比べて低価格になり,改修工期は,新築工期や,部分ごとの改修の積み重ねによる全体改修工期と比較しても短くなることから,ビル保有者にとっては,全体改修を行うことの判断が容易になるとの効果を奏する(【0084】,【0086】)。

また,定価制価格基準及び固定制工期基準を採用することにより,ビル改修関連の業務を大幅に簡素化でき,不動産会社などのビル改修業務の関連費用を大幅に削減できるとの効果を奏する(【0085】,【0087】)。

イ 本願発明の「単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報」等について

甲1の「改修価格算出部22は,ビル全体の改修を想定して単位規模当たりの改修価格が固定された定価制改修価格基準に基づいて,ビル全体の規模の情報から全体新築化の改修価格を算出する。全体新築化の改修価格は,ビルの規模に単位規模当たりの改修価格を掛けた値である。」(【0037】),「改修価格は坪数に坪単価を掛けた値であり,改修工期は坪数に一坪当たりの工期を掛けた値である。改修価格算出部22は,改修依頼入力部20に入力された坪数に対応する改修価格をテーブルから読み取ることによって,改修価格を求める。」(【0042】)との記載に照らせば,本願発明の「単位規模あたりの価格が固定された定価制価格基準」,「単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報であって,・・・単位改修価格情報」は,坪などの面積で表される単位規模当たりの工事価格(単位工事価格)を意味し,改修価格算出部がビル全体の規模を乗じることによって改修価格を算定する基準となるものである。

そして,段落【0043】に「なお,本実施形態では,単純に坪単価および一坪当たりの工期が坪数に掛けられている。しかし,本発明はこれに限定されない。本発明の範囲内で,調整された値が用いられてもよい。例えば,坪単価に坪数を掛けた値に,諸費用等の価格が付加されてもよい。工期についても同様である。このような値は,好ましくは,図2のテーブル内に予め書き込まれている。あるいは,テーブルを使わず,改修価格算出部22および改修工期算出部24の処理にて,このような値が価格および工期に盛り込まれてもよい。」との記載から窺われるように,この改修価格は,ビルの規模と面積で表される単位規模当たりの工事価格を乗じることのみによって算定されるものではなく,適宜,単位規模当たりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報に,面積と単位規模当たりの工事単価以外の調整を加えることを排除するものではない。

(2)  次に,引用例1発明における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」について検討する。

ア 引用例1に記載された特許発明及び引用例1発明について

引用例1(甲2)に記載された特許発明は,データ評価システム,特に複数の要因から決定されるデータ群を統計処理して所望のデータ値を得る装置に関するものである(【0001】)。

従来,建物の企画や既設建物の評価を行うときには,資料に基づき推定で建築工事費の試算が必ず行われ,特に企画の時には,具体的な図面や仕様の決まらない段階でこの試算が行われるが,この試算により以後の事業予算の大枠が決定されてしまうことがあるので,正確な試算を行うことは極めて重要である(【0002】)。そして,建築工事費は延べ面積や施工場所などの複数の要因によって決定されるため,試算時にはこれらの要因を的確に把握し,過去のデータから試算を行う必要があるが,建築物の概算工事費等のような種々の要因から決定される複数のデータに基づき,所望の要因(例えば延べ面積が**m2で地下がある物件等)に対応する最も確からしいデータ値(工事費)を評価する場合には,統計データに含まれる雑音要因をできるだけ排除して精度を上げることが考えられるが,このようなデータの排除は統計処理すべきデータ数の減少を招いてしまうことになるとの問題があった(【0003】【0005】)。

そこで,引用例1に記載された特許発明は,データ数を減少させず,かつ,簡易に複数のデータから所望の要因に対応する確定値を評価することが可能なデータ処理装置を提供することを目的とするものである。そのうち,請求項2記載のデータ評価システムは,延べ面積を含む要因から決定される複数の建築物工事費データを統計処理して所望の延べ面積を含む所望の要因を有する建築物の工事費を評価するデータ評価システムであって,複数の建築物の建築物工事費データを記憶する記憶手段と,延べ面積及び前記延べ面積以外の要因を所定のグレードで区分化して前記記憶手段に記憶された建築物工事費データを分類する区分化手段と,所望の延べ面積を含む所望の要因を入力する入力手段と,入力された所望の延べ面積に該当する特定区分の単位面積当たりの工事費の重み付き平均値,及び入力された延べ面積以外の要因に該当する特定区分の単位面積当たりの工事費の重み付き平均値と,前記全データの単位面積当たりの工事費の重み付き平均値との比率に基づき前記所望の延べ面積を含む所望の要因に対応する工事費を評価する演算手段とを有することを特徴とするものである(【0006】【0010】)。

そして,審決は,このうち,「建物の企画や既設建物の評価に当たって,建築工事費の試算を行うデータ評価システムであって,記憶装置(データベース),入力・操作装置,演算処理装置,補助記憶装置,CRT及びプリント出力装置を含んで構成され,データベースに複数の建築物の建築物工事費データを記憶し,これを延べ面積のグレードで区分化し,各区分における単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)を算出し,オペレータが希望する物件(試算建物)の延べ面積を指定すると,当該物件に対応するグレードの単位面積当たりの工事費に物件の延べ面積を乗じることにより,概算工事費を算出し,出力する,データ評価システム。」を引用例1発明として認定したものであり,この認定自体は当事者間に争いがない。

イ 引用例1(甲2)には,「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」及び工事費算定に関する以下の記載がある。

【0028】以下,これら各システムについてより詳細に説明する。図2には検索システムが起動された時の検索フローチャートが示されており,図3にはそのときの画面表示例が示されている。この検索システムは,データベース10に格納されたデータ(母集団)からオペレータが所望する条件に該当する物件群(小母集団)を抽出するものである。大母集団から小母集団を抽出する要因は種々考えられるが,本実施例では建物用途,躯体構造,建設地方,竣工年を基に抽出している。すなわち,まず,建物用途を大項目から選択する(S101)。大項目は図3に示されるように,1.住居,2.福祉,3.教育,4.図書館,5.医療,6.余暇,7.宿泊,8.宗教,9.芸術,10.芸能,11.集会,12,展示,13.商業,14.業務,15.産業,16.農水業,17.流通,18.交通の18項目に分類されている。これらの分類の中から所望の用途を入力・選択装置を用いて選択する。大項目の選択を行うと,次に小項目の選択に移行する(S102)。この小項目は,例えば大項目として14.業務が選択された場合,画面表示が切り替わり,予め14.業務に対して設定されている事務所,庁舎,銀行,郵便局,放送施設,研究施設等の小項目が表示され,いずれかの項目を選択することができる。建物用途の選択が終了すると,画面に表示された選択項目を順次選択する処理に移行する(S103-S107)。すなわち,躯体構造の種別の指定(S103),建設地方の指定(S104),対象となる建設地方の指定(S105),竣工年の指定(S106),対象となる竣工年期間の指定(S107)である。これらの項目が指定された後,CPU14はデータベース10にアクセスして該当する物件データを検索する(S108)。

【0029】概算工事費を算出する際の基本となる統計データがこのようにして検索され,小母集団が抽出されたのち,この小母集団を用いて所望の延べ面積さらには所望の条件(地下階の有無,施工場所が繁華街等)を満たす建物の概算工事費を評価するための基本となる尺度システムの設定に移行する。この尺度システムは前述したように,基本尺度(本実施例では延べ面積をこの基本尺度に採用しているため,以後これを面積尺度という)及び環境尺度の2つの尺度から構成される。そして,検索システムで抽出された小母集団がこれらの尺度で区分化され,それぞれの区分内で重み付き平均値が算出される。面積尺度は任意に指定された刻み間隔により区分化され,環境尺度は任意の関心ある項目または数値を刻みとして区分化される。以下,面積尺度,環境尺度それぞれについて詳細に説明する。

【0030】面積尺度は延べ面積の単位を持ち,小母集団のデータを延べ面積のグレードで区分化する。延べ面積のグレードはオペレータが適宜選択するようになっている。図4には面積尺度システムのフローチャートが示されている。まず,面積尺度の刻み間隔,すなわちピッチを入力・操作装置から指定する(S201)。なお,ピッチ指定の画面は前述の図3の画面の下方に「面積尺ピッチ」として示されている。面積尺のピッチが決定された後,検索された小母集団のデータをこの面積尺度で分類し,区分化する(S202)。これにより,小母集団内の全てのデータがいずれかの区分に分類される。ここで,同一区分内に分類されるデータは延べ面積という観点からは同一グレードを有することになるが,他の要因,例えば地下階の有無や施工場所に関しては,種々のグレードを含んでいることになる。そして,小母集団の区分化が行われた後,各区分内に含まれるデータの延べ面積当たりの工事費(いわゆるm2当たり単価)が重み付き平均により算出される(S203)。重み付き平均の工事費は,例えば面積尺度のグレードai に含まれる物件データをa,b,cとし,各物件の延べ面積及び工事費をそれぞれ(Aa ,Ma ),(Ab ,Mb ),(Ac ,Mc )とした場合,m2当たり単価P=(Ma +Mb +Mc )/(Aa +Ab +Ac )により算出される。

【0031】一方,環境尺度の方はオペレータが種々の尺度を設定可能であり,例えば建設地の特性(一般市街地,繁華街,郊外),敷地条件(平坦地,傾斜地),地下階(地下階の有無,地下1階を持つ,地下2階を持つ),入札条件(競争入札,特命,設計施工),建物の形状(整形,やや複雑,複雑),外壁率(延べ面積当たりの外壁の量),開口率(外壁面積当たりの窓,出入口面積の比率)等が設定される。図5には環境尺度システムのフローチャートが示され,図6~図10には環境尺度入力画面表示例が示されている。自社作品の統計データから構成される自社データベースの場合には,環境尺度は概念として入力される項目と数値として入力される項目に分かれる。これらの環境尺度を設定する場合,まず図6に示されるメインメニューで「共通データの設定」の項目を選択する。なお,このメインメニューは尺度システムを起動すると最初にCRTに表示される画面である。「共通データ」が選択されると,次に図7に示される画面が表示される。この画面には仕様の変更,工種名の変更,経費率の変更,地方・経年指数の入力,環境尺度キー設定,フロッピードライブ名の変更などの項目が用意され,これらの設定によりシミュレーション時の基本的な環境を設定することができる。この画面で「環境尺度キー設定」を選択すると,画面は図8のように切り替わる。この図8に示された画面はオペレータ(ユーザ)が重要と考える環境尺度のキー項目を入力する画面であり,概念としての項目キーは大項目とその内容の小項目に分かれ,数値としての項目キーは大項目のみで入力できる。図9にはこれらの項目を入力した一例が示されており,概念としては施工場所(小項目は市街地,郊外,その他),敷地状況(平坦,傾斜,造成),平面(整形,やや複雑,複雑),立面(整形,やや複雑,複雑),グレード(普通,やや上,上)が入力され,数値としては開口率,外壁率,吹抜,ピロティ,バルコニーの比率や面積が入力される。」

【0034】そして,このように尺度が指定された後,各項目による小母集団の区分化が行われる(S301)。例えば,地下の有無及び建設地特性を環境尺度に設定した場合,地下を有するデータと地下を有しないデータに2分され,また,一般市街地のデータと繁華街のデータと郊外のデータに3分されることになる。もちろん,地下の有無を尺度とした場合,地下を有する物件データには種々の延べ面積を有するデータが含まれることになる。そして,環境尺度による小母集団の区分化が行われた後,各区分内に含まれるデータの延べ面積当たりの工事費(いわゆるm2当たり単価)が前述の面積尺度と同様に重み付き平均により算出される(S302)。

【0035】面積尺度及び環境尺度により区分化され,各区分内における重み付き平均が算出された後,概算工事費の算出,すなわちシミュレーションシステムに移行する。図11にはシミュレーションシステムのフローチャートが示されている。まず,求める面積尺度及び環境尺度を指定する(S401,S402)。これは,オペレータが所望する建物の延べ面積が含まれる面積尺度のグレード,及び所望する建物の環境尺度のグレードを指定することにより行われる。図12には自社統計データの尺度指定画面の一例が示されている。面積尺度及び環境尺度それぞれを指定するようになっており,前述のようにユーザが設定した環境尺度は自社統計尺度指定画面の「その他の環境尺度」の項目選択として出力される。なお,この自社統計尺度指定画面では面積尺度と環境尺度の内「地業の種別」,「地下階数」が固定項目として表示されているが,これはこれらの項目が工事費を大きく左右する要因であることに基づいている。そして,これらの項目以外を指定する場合には前述の項目選択の内,所望の項目を指定し,入力すればよい。図13にはその他の環境尺度を指定した場合の画面表示例が示されている。図13において,*印の項目が指定された項目であることを示している。一方,図14には他社統計データの尺度指定画面の一例が示されている。設定された環境尺度の各グレードが表示され,いずれかを選択できるようになっている。

【0036】オペレータが概算工事費算出を希望する物件の面積尺度及び環境尺度の指定が終了した後,各尺度データを出力する(S403)。ここで,尺度データとは,面積尺度のグレードのうち指定されたグレードの重み付き平均の値,及び環境尺度のグレードのうち指定されたグレードの重み付き平均の値を意味しており,単位面積当たり単価であるからその単位は千円/m2である。図15には自社統計データの尺度出力画面の一例が示され,図16には他社統計データの尺度出力画面の一例が示されている。自社統計データの項目は,面積尺度及び環境尺度の各項目に対応して,延べ面積,地業,地下階数,敷地状況,平面,外壁率であり,他社統計データの項目は,延べ面積,地下,施工場所,注文者,契約方法,設計者である。また,出力項目は,自社及び他社両データとも0.件数,1.請負金額,2.工事原価,3.純工事費,4.建築純工事費,5.設備純工事費,6.土工・地業,7.躯体工事費,8.仕上工事費であり,同時にこれらから算出される諸経費や一般管理費などの割合も同時に出力される。

【0037】尺度データを出力した後,これらの尺度データをシミュレーション画面に転送し(S404),さらに試算建物の延べ面積を入力した後(S405),シミュレーションを行う(S406)。このシミュレーションは,面積尺度データに,環境尺度データを合計の重み付き平均データで除算して得られる比率を乗ずることにより行われる。すなわち,面積尺度データと環境尺度の地下尺度データ比率とが乗じられて概算工事単価が算出され,さらに入力された延べ面積と乗じて推定工事費が算出される。また,同様にして面積尺度データと環境尺度の施工場所尺度データ比率とが乗じられ,さらに入力された延べ面積と乗じて推定工事費が算出される。以下,同様にして,面積尺度データと環境尺度の各尺度データ比率に基づき推定工事費が算出され,これらの推定工事費のうちの最大値が最終的な概算工事費として算出される。図17及び図18にはそれぞれ自社,他社統計データのシミュレーション画面の一例が示されている。

以上の記載によれば,引用例1発明における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」とは,シミュレーションシステムが,延べ面積を乗じることによって概算工事費を算出する基準となる,平方メートルなどの面積で表される単位規模当たりの工事価格(単位工事価格)を意味するものと解される。

(3)  以上によれば,引用例1発明の「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」と,本願発明の「単位規模あたりの価格が固定された定価制価格基準」,「単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報であって・・・単位改修価格情報」とは,平方メートルや坪などの面積で表される単位規模当たりの価格(単位工事価格)を意味するとともに,工事の対象となる建物の面積と掛け合わせることにより,工事価格を算出するために用いられる点において一致するといえる。

すると,審決が「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」は,本願発明の表現を用いれば,「単位規模あたりの価格が固定された定価制価格基準」ということができるとともに,本願発明における,「単位規模あたりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報であって,ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定されており,ビル全体の規模に応じた複数の単位改修価格情報」に対応する「単位工事価格情報」ということができる。」と認定した点に誤りはない。

(4)  原告は,引用例1における「単位面積当たりの工事費(m2当たり単価)」は,オペレータの検索により抽出された物件群(小母集団)において,区分化が行われた後,当該区分における工事費が重み付き平均により算出されるものであり,オペレータの検索条件,オペレータにより適宜選択されるグレードによる区分化に応じて適宜変動する値であって固定されていないと主張する。

しかし,引用例1発明において,オペレータの検索により小母集団が検索される点については,本願発明においても,甲1の段落【0036】,【0039】,【0040】,【0042】に示されるように,改修依頼情報を入力してこれに対応する改修価格をテーブルから読み取って検索するものであり,また,この際に面積以外のパラメータが使用される場合もあるから,この点において,両発明は,共通している。また,引用例1発明は,区分化が行われた後,当該区分における工事費が重み付き平均により算出され,区分化に応じて変動するとの点についても,本願発明において,単位規模当たりの改修価格は,改修の坪単価があらかじめ設定されているということのみであって,その設定方法について特定するものではないから,引用例1発明における工事費が区分の上で算出されるものであったとしても,あらかじめ定まった値に基づいて算出される点において,同様である。さらに,引用例1発明はもちろん,本願発明においても,前記(1)に記載したとおり,ビルの規模と面積で表される単位規模当たりの工事価格を乗じることによって改修価格を算出するものに限定されるわけではなく,適宜,単位規模当たりの改修価格が固定された定価制改修価格基準を示す単位改修価格情報に,面積と単位規模当たりの工事単価以外の調整を加えることを排除するものではないから,両者ともに,面積規模以外の要因による調整は可能であることは一致している。

したがって,原告の主張には理由がない(なお,審決は,引用例1発明として,環境区分による区分化を除いて,面積区分による区分化のみを認定しているのであるから,原告が,環境尺度がオペレータの選択によって変動するという点をもって,「適宜変動する値」であると主張するのであれば,引用例1発明とは別異の発明と本願発明とを対比して論難するものであって,失当である。)。

また,原告は,引用例1における面積尺度データ(及び環境尺度データ)は,本願発明と異なり,新築費用と改修費用との割合に応じて設定されるものではないから,相違点を看過している旨主張する。

しかし,この点について,審決は,相違点3を「本願発明の・・・「単位改修価格情報」が,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」された価格の情報であり・・・引用例1発明の「ビル工事受注用情報処理装置」は・・・「単位改修価格情報」・・・について特定されていない点。」と認定した上で,相違点3についての判断の中でその相違点を検討しているのであるから,原告の主張は採用できない(なお,審決は,引用例1発明として,環境尺度データを用いる構成を認定していないから,この点に係る原告の主張は失当である。)。

(5)  以上によれば,取消事由1には理由がない。

2  取消事由2(相違点1に関する容易想到性の判断誤り)について

(1)  原告は,引用例1発明は,建物の企画,既設建物の評価を行う場合において,建築工事費の試算を行う発明であり,建築工事を行うことを前提としてその工事費を算出する発明ではないから,引用例1において,概算工事費に加え「工事工期」についても算出し提示していることは,記載されているに等しいとした審決の判断は前提において誤りがある旨主張する。

しかし,引用例1には,従来の技術として「建物の企画や既設建物の評価を行うときには,資料に基づき推定で建築工事費の試算が必ず行われる。特に企画の時には,具体的な図面や仕様の決まらない段階でこの試算が行われる。そして,この試算により以後の事業予算の大枠が決定されてしまうことがあるので,正確な試算を行うことは極めて重要である。」(【0002】)とあるように,建築工事費の試算により,事業予算の決定を行う場合をも想定しているのであり,引用例1発明は,建築工事を行うことを前提とした建築工事の見積りにも用いられるものといえる。

そして,顧客との受注契約などにおいて提示される建築工事の見積りとして,概算工事費に加えて,工事の工期を提示することが,商慣習として一般的に行われていることからすれば,引用例1において,概算工事費に加え「工事工期」についても算出し提示していることは,記載されているに等しいとした審決の判断に誤りはない。

したがって,原告の主張は採用できない。

(2)  また,原告は,引用例1には,「単位規模当たりの改修価格が固定された定価制改修価格基準」に相当する構成は開示されていないのであり,また,引用例2には,「単位規模当たりの改修工期が固定された固定制改修工期基準」に相当する構成は開示されていないのであるから,引用例1に引用例2を組み合わせたとしても,本願発明の「単位規模あたりの工事工期が固定された固定制工事工期基準を示す単位工事工期情報」の構成,すなわち,相違点1に係る構成を想到することはできないと主張する。

しかし,前者の点については,前記1において述べたとおりであって,原告の主張は採用できない。そして,後者の「単位改修工期情報」が特定されていないという点については,本願発明と引用例1発明との相違点3として検討されており,相違点1に係る構成を導くのに必要とされるものではないから,原告の上記主張は失当である。

そして,引用例2には,「面積や階数等の建物の概要や工事の概要等を入力することによって,各工事の日数計算を行い,入力した基本データ等及び計算データに基づいて,着工日から竣工日までの標準工期を算出し,全工期日数を含むネットワーク工程表を作成する,標準工期ネットワーク工程表作成システム。」(引用例2発明)が記載されていることに争いはないところ,引用例1発明は,上記のとおり建物の規模を示す延べ面積に基づいて,建築工事の見積りを提示するために用いられるものであるから,建築工事の見積りとして,上記のとおり商慣習として一般的に行われる工事の工期についても提示するために,「工事工期を算出する工事工期算出部を含」めることは,当業者が適宜なし得ることにすぎない。また,工事工期が,建物の延べ床面積などの工事の規模と,単位規模当たりの工事工期に基づいて算出できることは技術常識であるから,「工事工期算出部」が,工事工期を算出する具体的な構成として,「記憶部には,単位規模あたりの工事工期が固定された固定制工事工期基準を示す単位工事工期情報であって,ビル全体の規模に応じた複数の単位工事工期情報」を記憶しておき,「工事依頼入力部よりビル工事依頼情報が入力され」ると,「ビル全体の規模に対応する単位工事工期情報」を記憶部から読み出して,工事工期算出部が「ビル全体の規模と単位規模あたりの工事工期とに基づいて工事工期を算出する」構成とすることに,格別の困難性は認められない。

したがって,引用例1発明及び引用例2発明から,相違点1に係る構成は,当事者が容易に想到し得たことであるとした審決の判断に誤りはない。

よって,取消事由2には理由がない。

3  取消事由3(相違点3に関する容易想到性の判断誤り)について

(1)  原告は,引用例1発明は,建物の企画,既設建物の評価に当たり,建築工事費の試算を行うという発明であり,ビル改修工事における改修価格の算定を行うというものではなく,また,その示唆も見られず,むしろ,改修価格の算定は除外されていると主張する。

しかし,建物の建築工事には,新築工事に加え,既設建物の改修工事が存在することは明らかであり,既設建物の改修工事においても,建築工事費の試算・見積りがされることは,通常の商慣習である。したがって,「建物の企画」には,新築建物の試算・見積りだけでなく,改修工事の試算・見積りを含むことは明らかであり,また,既設建物の評価は,過去に新築された当時の建築工事費を基準とするものに限られるわけではなく,新築工事費を基礎として,既存建物の改修工事費を推定して試算することも,必要に応じてなし得るものである。

そうすると,引用例1には,ビル改修工事における改修価格の算定を行うことも含まれているというべきであり,原告の上記主張は採用できない。

(2)  原告は,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合」に応じて,単位改修価格が定められるという,本願発明の構成は,審決で摘示されたいずれの文献にも開示されておらず,また,その示唆も見られないから,審決が「引用例1発明を「ビル全体を新築同様の状態へと改修する全体新築化改修依頼」に適用するに当たり,「工事価格」(改修価格)及び「工事工期」(改修工期)を,所定の標準値との「割合」に応じて,「新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」し,あるいは「新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定」することは,当業者が適宜なし得る設計事項である」と判断したのは誤りであると主張する。

本願発明において,「単位改修価格情報」を,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」したのは,改修工事として標準的な工事内容を想定した場合には,改修費用は,新築費用よりも小さくなることに着目して,新築工事と改修工事の全体費用の差に応じて単位規模当たりの改修価格を設定し,同様に,単位規模当たりの改修工期を,単位規模当たりの新築工期より小さい値に設定したものである。

ここで,建物の改修工事は,既設建物のうち再利用可能な部分については,再利用することを前提とするものであるから,一定程度の再利用可能な部分を有する建物に対する標準的な改修工事においては,躯体,土工事,杭工事の費用が新築工事よりも大幅に安く,給排水,空調,電気,エレベータ,仮設(足場),外構の費用も削減されることは,明らかといえる。

一方,著しく老朽化した建物など,再利用可能な部分が極めて少ない建物に対する改修工事においては,改修費用が,新築費用よりもむしろ大きくなり,工期も長くなる場合があり得る。

建物の状況によっては,上記両用の場合があり得るにもかかわらず,本願発明において,「単位改修価格情報」を,改修工事の対象となる建物の個別の状況を反映することなく,「ビル全体を新築するための標準全体新築費用と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修費用との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」し,「単位改修工期情報」を,「ビル全体を新築するための標準全体新築工期と,既存ビル全体を新築同様の状態へと改修するための標準全体改修工期との割合に応じて,新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定」したのは,審決が認定するように,「専ら,ビル全体の改修工事の方が新築の場合よりメリットがあることを顧客に説明し,契約を円滑に進めるための商業上の都合によるもの」と認められる。

そして,顧客との契約を円滑に進めるために,顧客に対する契約の提示者が,価格などについて,商業上の都合により設定すること,及びその価格設定に際して,標準的な費用を算出して価格設定の根拠として用いることは,適宜なし得ることといえる。また,概算工事費等を算出する場合において,単位規模当たりの工事費,工期を算出しようとする際,所定の標準値を算出した上で,標準値に対する「割合」を用いて算出することは,常とう手段である。

以上によれば,引用例1発明を「ビル全体を新築同様の状態へと改修する全体新築化改修依頼」に適用するに当たり,「工事価格」(改修価格)及び「工事工期」(改修工期)を,所定の標準値との「割合」に応じて,「新築ビルの単位規模あたりの新築価格より小さく設定」し,あるいは,「新築ビルの単位規模あたりの新築工期より小さく設定」することには,格別の技術的意義は認められず,当業者が適宜なし得る設計事項であるといえ,この旨判断した審決の判断に誤りはない。

したがって,取消事由3には理由がない。

4  取消事由4(相違点4に関する容易想到性の判断の誤り)について

前記のとおり,相違点1~3に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものであるから,取消事由4には理由がない。

第6結論

以上によれば,原告主張の取消事由にはいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)

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