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知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10079号 判決 2014年11月26日

原告

三洋電機株式会社

訴訟代理人弁護士

尾崎英男

日野英一郎

弁理士

廣瀬文雄

豊岡静男

被告

日亜化学工業株式会社

訴訟代理人弁護士

古城春実

牧野知彦

堀籠佳典

加治梓子

弁理士

蟹田昌之

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

特許庁が無効2012-800038号事件について平成26年2月20日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,①行政事件訴訟法33条1項違反の有無,②進歩性の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,名称を「窒化ガリウム系発光素子」とする発明の特許権者である(特許4033644号,平成13年7月3日特許出願,優先権主張番号:特願2001-202726号,優先日:平成12年7月18日,平成19年11月2日特許登録,請求項の数は7。甲11)。

原告は,平成24年3月30日,請求項1,3~7について無効審判請求(無効2012-800038号)をしたところ,特許庁は,同年11月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(第1次審決)をした。そこで,原告は,第1次審決の取消しを求める訴えを提起した(平成24年(行ケ)第10435号)ところ,平成25年9月19日,第1次審決は取り消された(第1次判決)。

その後,特許庁は,平成26年2月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(第2次審決)をし,その謄本は同月28日,原告に送達された。

なお,この判決において,単に「審決」という場合には,「第2次審決」を指す。

2  本件発明の要旨

本件明細書(甲11)によれば,本件特許の請求項1,3~7に係る発明(以下,これらを総称して「本件発明」ということがある。)は,以下のとおりである。【請求項1】(本件発明1)

「ストライプ状の発光層の両端面に,光出射側鏡面と光反射側鏡面を持つ共振器構造を有する窒化ガリウム系発光素子において,

光出射側鏡面には,窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜が,該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層され,該光出射側鏡面に接した第1の低反射膜が,ZrO2,MgO,Al2O3,Si3N4,AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種から成り,

光反射側鏡面には,ZrO2,MgO,Si3N4,AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種からなる単一層の保護膜が接して形成され,かつ,該保護膜に接して,低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層してなる高反射膜が形成されてなる窒化ガリウム系発光素子。」

【請求項3】(本件発明3)

「前記低反射膜が,前記第1の低反射膜に接しており,かつSiO2からなる第2の低反射膜を有する請求項1に記載の窒化ガリウム系発光素子。」

【請求項4】(本件発明4)

「前記低屈折率層がSiO2からなり,前記高屈折率層がZrO2又はTiO2からなる請求項1乃至3のいずれか1つに記載の窒化ガリウム系発光素子。」

【請求項5】(本件発明5)

「前記高反射膜は,前記低屈折率層と前記高屈折率層とを交互に繰り返して2ペア以上5ペア以下の積層膜とする請求項1乃至4のいずれか1つに記載の窒化ガリウム系発光素子。」

【請求項6】(本件発明6)

「前記低反射膜の膜厚は,λ/4n(λは発振波長,nは低反射膜の屈折率)とする請求項1乃至5のいずれか1つに記載の窒化ガリウム系発光素子。」

【請求項7】(本件発明7)

「前記低反射膜を2層以上とした第1の低反射膜の膜厚は,λ/2n(λは発振波長,nは低反射膜の屈折率)とする請求項1乃至5のいずれか1つに記載の窒化ガリウム系発光素子。」

3  原告が主張する無効理由

(1)  無効理由1

本件発明1,3~7は,甲1(特開2000-49410号公報)に記載された引用発明及び甲2(特開平3-142892号公報)に記載された甲2発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)  無効理由2

本件発明4及び5は,引用発明及び甲2発明並びに甲5(特開平8-191171号公報)及び甲6(特開平9-129983号公報)に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

4  審決の理由の要点

なお,本件の取消事由と関連しない部分は記載を省略した。

(1)  引用発明

「窒化物半導体レーザダイオードと,窒化物半導体レーザダイオードのレーザ端面に設けられた保護層とを有し,

保護層は,

窒化物半導体レーザダイオードが発振する光に対して透明であるAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)からなり,窒化物半導体レーザダイオードは,

InuGa1-uN/InvGa1-vN(0≦u,v≦1)からなる多重量子井戸活性層を有し,

保護層に接して,窒化物半導体レーザダイオードが発振する光を反射する反射層を更に有し,

反射層は,屈折率が互いに異なる第1および第2層が交互に積層された積層構造を有し,

第1層および第2層は,それぞれ.SiO2およびTiO2,または窒化物半導体レーザダイオードが発振する光に対して透明であり,且つ屈折率が互いに異なる2種類のAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)からなる,窒化物半導体レーザ装置であって,

窒化物半導体レーザダイオードが,

アンドープのIn0.02Ga0.98N/In0.15Ga0.85Nからなる多重量子井戸活性層を有し,

多重量子井戸活性層の前面及び後面に保護層が形成され,

後面に設けられた保護層の上に,SiO2層及びTiO2層が交互に5対積層された反射層が形成された,窒化物半導体レーザ装置。」

(2)  甲2発明

「一対の対向する共振器端面のうち少なくとも一方の共振器端面が,該共振器端面上に形成された放熱用誘電体膜と,該放熱用誘電体膜上に形成されたパッシベーション膜とを備えており,

該放熱用誘電体膜は,該パッシベーション膜の熱伝導率よりも高い熱伝導率を有し,

該パッシベーション膜は,該放熱用誘電体膜よりも高い耐水性を有した半導体レーザ素子(請求項1を参照)であって,

放熱用誘電体膜がAlN膜である(請求項2を参照),

半導体レーザ素子。」

(3)  本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

【一致点】

「発光層の両端面に,光出射側鏡面と光反射側鏡面を持つ共振器構造を有する窒化ガリウム系発光素子において,光出射側鏡面に,膜が形成され,光反射側鏡面には,単一層の保護膜が接して形成され,かつ,該保護膜に接して,低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層してなる高反射膜が形成されてなる窒化ガリウム系発光素子。」

【相違点1】

発光層の形状に関し,本件発明1は,「ストライプ状」であるのに対して,引用発明は,ストライプ状であるか否か不明である点。

【相違点2】

光出射側鏡面の膜に関し,本件発明1は,「窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜が,該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層され,該光出射側鏡面に接した第1の低反射膜が,ZrO2,MgO,Al2O3,Si3N4,AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種から成」るのに対して,引用発明は,窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜が,光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層されてはおらず,AlNを含む「Al1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)」(以下,この式を,「一般式」ともいう。)からなる層である点。

【相違点3】

光反射側鏡面の単一層の保護膜の材料に関し,本件発明1は,「ZrO2,MgO,Si3N4,AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種」であるのに対して,引用発明は,AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)である点。

(4)  相違点に関する判断

ア 相違点1

省略

イ 相違点2

(ア) 光出射側鏡面の膜の材料について

甲2に記載された半導体レーザ素子のAlN保護層は,熱伝導性が良いという観点から選択されたものである。これに対して,引用発明の保護層の材料は,熱伝導性が良いという観点ではなく,従来の保護層(SiO2又はTiO2)に比べ,窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数が整合するという観点から選択されたものであって,かかる観点からAlN保護層が選択されるとは直ちにいえない。

また,AlN保護層は熱伝導性は良いものの,大気雰囲気中の水分と反応して分解,変質することを防ぐためのパッシベーション膜を必要とするところ,上記一般式で表される保護層の材料はAlNに限られないから,引用発明において,パッシベーション膜という付加的な構成要素を必要とするAlNを選択する動機は見当たらない。

してみると,引用発明において,本件発明1の【相違点2】に係る構成のうち,「光出射側鏡面に接する第1の低反射膜を,窒化ガリウムより低い屈折率を有し,ZrO2,MgO,Al2O3,Si3N4,AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種から成るものとする。」との構成を備えることは,当業者が甲2の記載に基づいて容易に想到し得たこととは認め難い。

(イ) 光出射側鏡面に接する膜に,該膜より屈折率の低い膜を積層する点について

甲2によれば,引用発明において光出射側鏡面に接する膜の材料としてAlNを選択する場合には,該膜の上にパッシベーション膜を備えるものとすることが想定されるが,パッシベーション膜の材料は,AlN層の水分からの保護の観点で選択されるのであって,屈折率は考慮されていない。

そして,甲2によれば,該パッシベーション膜は,Al2O3膜以外に,SiO2,TiO2,ZrO2,Si3N4でもよいものと認められる。AlN層の屈折率は2.0であるところ,技術常識に照らすと,上記パッシベーション膜の材料として例示された5種類のうち,2種類の屈折率はAlNの屈折率より低く,1種類の屈折率はAlNの屈折率と同程度であり,2種類の屈折率はAlNの屈折率より高いものと推認される。

してみると,引用発明において,光出射側鏡面に接する膜の材料としてAlNを選択したとして,該膜の上にパッシベーション膜を備えるものとすることを想定しても,光出射側鏡面に接する膜(AlN層)に,該膜より屈折率の低い膜を積層することを,必ずしも導けない。

したがって,引用発明において,相違点2に係る本件発明1の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たとはいえない。

ウ 相違点3

前記イ(ア)で述べたのと同様に,引用発明において,本件発明1の上記【相違点3】に係る構成を備えることを,当業者が甲2の記載に基づいて容易に想到し得たとは認め難い。

(5)  本件発明3~7について

本件発明3~7は,本件発明1の特定事項をすべて含むものであるから,上記と同様の理由で容易に発明することができたものではない。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(行政事件訴訟法33条1項違反及び一致点の認定の誤り)

(1)  第1次判決は,引用発明において,保護層の材料としてAlNが開示されていると認めることはできないした第1次審決の判断について,「引用発明には,保護層の材料としてAlNが除外されているとはいえず,AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1(一般式)からなる材料が開示されていると認められる」と認定して,第1次審決を取り消した。

そうすると,第2次審決では,上記第1次判決において取消しの理由となった事実の認定に従って,本件発明1と引用発明の一致点,相違点を認定すべきであったのに,光出射側鏡面に接する第1の低反射層と,光反射側鏡面の保護膜の各材料が,いずれもAlNであることを「一致点」として認定しておらず,第2次審決は,第1次判決の実体的拘束力に違反したものである。

すなわち,行政事件訴訟法33条1項は,「処分又は裁決を取り消す判決は,その事件について処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」と規定し,取消判決の拘束力は,「判決主文が導出されるのに必要な事実認定及び法律判断」に及ぶものである(最高裁昭和63年(行ツ)第10号・平成4年4月28日最三小判判決・民集46巻4号245頁)。

第1次判決は,「甲1において,保護層の材料として『AlN』が除外されているとはいえず,甲1には,レーザ光に対して透明であり,かつ,AlNを含む一般式からなる材料が開示されていると認められる。」とするが,これが,第1次判決が第1次審決を取り消す判決主文を導出するのに必要とされた事実認定である。

しかるに,第2次審決の上記の一致点の認定は,第1次審決における一致点の認定と全く同一である。第1次審決は,第1次判決が指摘するように,「甲1に,保護層の材料として『AlN』が開示されていると認めることはできない」と認定していたのであり,そのような引用発明の認定を前提として,本件発明1との一致点を認定していたのである。それにもかかわらず,第2次審決は,本件発明1と引用発明の一致点に関して,第1次審決と同じ認定を行っているのであるから,第2次審決の一致点の認定が,行政事件訴訟法33条1項違反の誤った認定であることは明らかである。

(2)  行政事件訴訟法33条1項により拘束される第1次判決の事実認定によれば,本件発明1と引用発明の一致点には,「該光出射側鏡面に接した低反射膜が,窒化ガリウムより低い屈折率を有するAlNであり,該光反射側鏡面に接して形成される単一層の保護膜がAlNである」ことが認定されねばならなかった。

しかし,第2次審決は,この認定を誤った結果,相違点2及び相違点3の認定を誤っている。光出射側鏡面及び光反射側鏡面に接する膜がAlN層であることは,一致点であるから,本件発明1と引用発明との相違点は,①光出射側鏡面の低反射膜が2層以上積層されていること,及び,②光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように積層することの2点である。

そこで,これを前提に,進歩性について検討すると,これらの相違点は,本件明細書に特段の作用効果の記載がないことからわかるように,本件発明1の特徴とはいえない構成である。

そして,甲2は,光出射側鏡面にAlN膜とAl2O3膜が積層された構成を記載しているところ,AlN膜とAl2O3膜の積層構成は,上記①,②の構成要件を充たす一例である。また,甲2には,保護層としてのAlN膜上に,パッシベーション膜としてのAl2O3膜を重ねることにより,AlN膜の劣化を防ぐ発明(甲2発明)が記載されている。この意味でも,当業者にとっての光出射側鏡面に甲2発明を適用して,上記①,②の構成を有する本件発明を想達する動機付けが存在することは明らかである。

したがって,審決の上記一致点,相違点の認定の誤りは,結論に影響を及ぼすといえる。

2  取消事由2(相違点2及び3の認定誤り)

仮に,審決の一致点の認定を前提としても,審決が行った相違点2と相違点3の認定が誤っていることは明らかである。

すなわち,審決は,本件発明1の光出射側鏡面及び光反射側鏡面の膜がAlNであるのに対して,引用発明は「AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)である点」が相違点であると認定しているところ,本件発明1のAlNと,引用発明の「AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)」では,AlNにおいて一致しているのであり,相違点ではない。

したがって,これが相違することを前提とする相違点2及び3の認定は誤りである。

3  取消事由3(本件発明1の容易想到性判断の誤り)

(1)  一般式からAlNを選択することの容易性について

第1次判決は,「AlNがレーザ光に対して透明であることは当事者間に争いがなく,上記一般式においてx=y=z=0を代入した場合には,保護層の材料が『AlN』となることは明らかである。そして,【0039】には,Alを含有した窒化物半導体材料を用いることが開示されており,刊行物1中において,特段,x=y=z=0を代入することを阻む事情についての記載はない。また,刊行物1には,窒化物半導体レーザダイオードの活性層及び従来の保護層の熱膨張係数について,『例えば,上述のMQW活性層64の熱膨張係数(3.15×10-6K-1)と保護層69の熱膨張係数(1.6×10-7K-1)とは大きく異なる。』(【0009】)との記載及び『保護層20aおよび20bを形成するGaNの熱膨張係数は3.17×10-6K-1であり,MQW活性層14の熱膨張係数(3.15×10-6K-1)と非常に近い』(【0033】)との記載があり,また,AlNの熱膨張係数については,文献(甲14,乙3~6)によってばらつきがあるものの,2.227×10-6K-1ないし6.09×10-6K-1の範囲に収まっているから,いずれの数値をとるにせよ,AlNの熱膨張係数は,従来の保護層の熱膨張係数(1.6×10-7K-1)と比較して,活性層の熱膨張係数(3.15×10-6K-1)に近く,そのことからも,一般式において,x=y=z=0を代入した材料であるAlNからなる保護層は,従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも窒化物半導体レーザダイオードと熱膨張係数の整合がとれているといえる。さらに,AlNが窒化物系半導体であることから,前記のとおり,従来の保護層(SiO2又はTiO2)に比べて窒化物半導体レーザダイオードの活性層との格子整合がとれることも明らかである。」と述べる。

第1次判決が上記で述べるとおり,AlNがレーザ光に対して透明であること,従来技術と比較して,AlNが熱膨張係数や格子整合性に優れていることなどから,AlNは保護層の材料として当業者に理解できるように甲1に開示されている。

したがって,当業者であれば,AlNを保護層とする発明を甲1から認識することができるのであるから,引用発明の保護層としてAlNを選択することは容易である。

(2)  AlNを選択した場合の引用発明と甲2の間に,審決の認定するような,組合せの阻害事由,動機の欠如は存在しないこと

審決は,甲2のAlN保護層は,熱伝導性が良いことを理由に選択されているのに対し,引用発明においては,保護層の材料は,従来の保護層に比べ,窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数が整合するという観点から選択されており,このような観点からは引用発明においてAlN保護層が選択されるとは直ちにいえないと判断した。

しかし,AlNは,引用発明においては,従来技術と比較して熱膨張係数や格子整合性に優れていることから選ばれている一方,甲2では,熱伝導性の良さにより選ばれているからといって,引用発明に甲2の技術を組み合わせることが阻害されるものではない。引用発明(甲1)には,保護層の材料として熱伝導性が良好な材料は適当でないとの記載があるわけでもない。熱膨張係数や格子整合性に優れていることと,熱伝導性が良好なことは,保護層の材料として両立する性質である。

したがって,引用発明の保護層の材料としてAlNを選択し,甲2の技術と組み合わせることに何ら障害はない。

また,甲2のAlN保護層にパッシベーション膜を付加する技術は,AlN保護層を更に保護する改良技術であるが,AlN保護層は,引用発明においてパッシベーション膜なしでは機能し得ないというものではなく,甲1にパッシベーション膜の記載がないことから,引用発明においてAlN膜が選択されないという審決の論理は成り立たない。むしろ,引用発明のAlN層には,甲2のパッシベーション膜を付加して改良する動機が存在する。

(3)  被告の主張に対し

ア 被告は,被告の反論3(3)において,阻害事由を主張するが,甲1において,保護層をMO-CVD法あるいはMBE法で形成することは,請求項1を引用する請求項4の構成であって,好ましい実施形態として記載されたものにすぎない。

したがって,甲1は保護層をスパッタリング法で形成することを排除するものではない。

さらに,そもそも,本件発明と引用発明の相違点で,甲2の記載に基づいて参照されている事項は,①光出射側鏡面の低反射膜を2層以上積層することと,②その場合の各層の屈折率の関係である。これらの事項は,半導体レーザ素子において一般的に適用し得る事項である。

したがって,甲1に甲2の上記①,②の技術を適用することに阻害要因がないことは明らかである。

イ また,被告は,被告の反論3(2)のとおり主張するが,甲2に窒化物半導体の記載がないのは,甲2が平成1年の特許出願の公開公報であり,窒化物半導体レーザ素子が発明される前に記載された文献であるからにすぎない。半導体レーザ素子において,①光出射側鏡面の低反射膜を2層以上積層し,②その場合,各層が所定の屈折率の関係を満たすようにすることは,半導体の種類によらず取り得る構成であり,そのことは当業者にとって自明である。被告の主張は,上記の技術常識を無視するものであり明らかに誤っている。

第4被告の反論

1  取消事由1に対し

(1)  第2次審決は,一致点の認定について,第1次審決と同じ認定をしているところ,第1次判決は,「引用発明と本件発明1との一致点・相違点について見ると,一致点及び相違点1については審決が認定したものと同一である」としている。

したがって,当該一致点の認定が第1次判決の認定に反していないことは明らかである。

(2)  第1次判決は,引用発明に開示されている保護層は「AlNを含む一般式」と認定したものであって,原告の主張するように「保護層がAlNからなる発明」が開示されているとは認定していない。そして,第1次判決が第1次審決を取り消した理由は,第1次審決が「AlNが開示されていると認めることはできない」としたのに対して,第1次判決は一般式に含まれるという限度でAlNは開示されていると認定したからであって(すなわち,第1次審決が甲1の保護層を「GaN」としたことに対し,AlNを含む一般式の発明が開示されているとしたものである。),第1次判決が甲1にAlNという個別具体的な保護層にかかる発明が開示されていると認定したからではない。加えて,第1次判決は,第2次審決が認定したとおりの相違点2及び3を挙げ,引用発明にAlNの保護層からなる発明が開示されていないことを前提とした容易想到性の検討課題を述べている。

このように,第1次判決は,引用発明に一般式で示される保護層からなる発明が開示されていると判断しただけであって,AlNの保護層からなる発明が開示されていると認定したのではないから,保護層の点は一致点ではない。

よって,これに沿った第2次審決の一致点の認定は第1次判決の拘束力に反しておらず,行政事件訴訟法33条1項違反は認められない。

2  取消事由2に対し

一般式で開示された引用発明がある場合に,直ちにその一般式の中の一つの組成のみによって特定された発明が開示されているとはいえないことは,特許・実用新案審査基準第2章1.5.3(3)に記載のとおりである。そして,第1次判決は,引用発明に開示されているのは「AlNを含む一般式」の保護層にかかる発明であると認定し,特定の組成であるAlNの保護層にかかる発明は開示されていないと判断したのであるから,当該認定に従えばAlNが一致点となるはずがない。

したがって,原告の主張は失当である。

3  取消事由3に対し

甲1には,一般式の保護層にかかる発明しか記載されていないのであるから,そのような一般式の保護層に代えて(あるいは,当該一般式の中から),AlNという特定組成の保護層を採用することが容易想到といい得るためには,それを導くための積極的な理由・動機が必要不可欠である。このことは,上記一般式が「AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)」であり,この中にはまさに無限の組合せが含まれることからも明らかである。

しかるところ,以下で述べるとおり,このような理由・動機は,甲1にも,他の引用例にも,全く記載も示唆もされていないのであるから,相違点2及び3は容易想到とはいえない。

(1)  まず,甲1の実施例1~6の記載を見ると,具体的な組成からなる保護層としては,活性層と非常に格子定数や熱膨張係数が近いGaN(InGaN)の保護膜からなる発明しか記載されておらず,その他にもAlNを選択するための動機となる記載は存在しないのであるから,甲1の開示に基づいて,引用発明における「一般式の保護層」を「AlNの保護層」とすることは容易とはいえない。

(2)  次に,甲1(引用発明)と甲2発明の組合せに基づき,引用発明の一般式からAlNという特定の保護層からなる発明を想到することが容易かについて検討したとしても,審決が述べるとおり(前記第第2,4,(4)イ(ア)),甲2は熱伝導性の観点から選択されたものであるが,引用発明の保護層は,従来の保護層(SiO2又はTiO2)に比べ,窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数が整合するという観点から選択されたものであって,かかる観点からAlN保護層が選択されるとは直ちにいえない。AlN保護層は熱伝導性は良いものの,大気雰囲気中の水分と反応して分解,変質することを防ぐためのパッシベーション膜を必要とするところ,上記一般式で表される保護層の材料はAlNに限られないから,引用発明において,パッシベーション膜という付加的な構成要素を必要とするAlNを選択する動機は見当たらない。

また,甲2は,窒化物半導体レーザダイオードではなく,AlGaAs系,InGaAlP系,及びInGaAsP系の半導体レーザに関する発明である。これらの材料においてAlNを使用することが知られているからといって,直ちに,これとは格子定数も熱膨張係数も異なる窒化物半導体レーザダイオードに関する引用発明に適用できる,とすることもできない。

(3)  原告が引用発明におけるAlNの選択の容易性を基礎付けるとして指摘する第1次判決の引用部分は,単にAlNが一般式の中から除外されていないことの根拠を述べているにすぎず,引用発明に記載されている無数の保護層の材料の中で特にAlNが格子定数及び熱膨張係数の整合性に優れているというようなことは何も述べておらず,動機付けについて言及されているとはいえない。

(4)  さらに,引用発明と甲2発明を組み合わせることには,阻害事由もある。

すなわち,引用発明は,従来技術において保護層を形成するために用いられていたスパッタリング法や電子ビーム蒸着法に課題があるため,保護層を「MO-CVD法あるいはMBE法」というダメージを与えない方法で形成することを一つの特徴とする発明である。

しかるところ,甲2は,甲1が課題としているスパッタリング法によって保護層を形成する技術であるから,この点からして,引用発明と甲2発明を組み合わせることには阻害要因があることが明らかである。

(5)  また,相違点3について,甲2発明は,AlN保護膜の上にAl2O3パッシベーション膜を形成するものであるから,引用発明に甲2発明を適用するのであれば,光反射側鏡面についても,光出射側鏡面と同様に,これにAlN保護膜が形成されたその上にAl2O3パッシベーション膜が形成されるというべきであって,甲2発明を適用するに当たり,AlN膜のみを抜き出して適用することはできない。そして,引用発明の光反射側鏡面にAlN保護膜とAl2O3パッシベーション膜とが形成されると,「AlN保護膜」と「低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層してなる高反射膜」との間に「Al2O3パッシベーション膜」が形成されることになるため,保護膜に接して上記高反射膜が形成される本件発明1とは別個の発明が想到されることになる。

したがって,組合せの容易性以前の問題として,そもそも,引用発明と甲2発明とを組み合わせても本件発明1は想到されない。

第5当裁判所の判断

1  本件発明1について

本件明細書(甲11)によれば,本件発明1につき以下のことを認めることができる。

本件発明1は,発光ダイオードやレーザダイオードに使用される,高出力で信頼性に優れた窒化ガリウム系発光素子に関するものである(【0001】)。

従来の窒化物半導体発光素子は,光反射側の鏡面にSiO2とTiO2との積層膜を複数積層した高反射膜を形成して,発振光を光出射側の鏡面から効率的に取り出せるようにしているが(【0002】),高出力で動作させると,光反射側の鏡面において端面破壊が起きやすくなり,寿命が低下するという問題があり,また,高出力で動作させる場合,スロープ効率が低いと,駆動電流が大きくなってしまうという問題もあった(【0003】)。

そこで,本件発明1は,高出力動作時における端面破壊を抑制して寿命を向上させ,かつ,スロープ効率の高い,高信頼性の窒化物半導体発光素子を提供することを目的とし(【0004】),ストライプ状の発光層の両端面に,光出射側鏡面と光反射側鏡面を持つ共振器構造を有する窒化ガリウム系発光素子において,光出射側鏡面に,窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜を,該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層しているので,光出射側鏡面から発振光が直接空気中に取り出される場合に比べ,発振光の反射が抑制され,光出射側鏡面から取り出される発振光の割合を増加させることができる。また,光出射側鏡面に接した第1の低反射膜を,ZrO2,MgO,Al2O3,Si3N4,AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種の材料で形成したので,動作時における窒化ガリウムと低反射膜との反応による光出射側鏡面の劣化を抑制することができるため,発光素子の寿命を向上でき(【0006】,【0017】~【0019】),さらに,スロープ効率と寿命を向上させることができ,高出力で高信頼性の発光素子を提供できる(【0115】)。

また,光反射側鏡面に,ZrO2,MgO,Si3N4,AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種からなる単一層の保護膜を接して形成し,かつ,該保護膜に接して,低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層してなる高反射膜を形成するようにしたので,端面破壊を抑制して高出力作動時における寿命を向上させることができる(【0023】,【0024】,【0118】)。

2  引用発明について

甲1によれば,引用発明について,以下のとおり認められる。

引用発明は,窒化物半導体レーザ装置に関するものである(【0001】)。

従来の窒化物半導体レーザ装置では,レーザダイオードの両端面にSiO2又はSiNからなる保護層を設けてレーザ端面の劣化を防ぐ構造(【0003】)や,レーザダイオードの側端面(後面)に,SiO2層とTiO2層が交互に複数対積層された反射層を設ける一方,発振光が取り出される前側端面(前面)には,SiO2の保護層を設ける構造が採用されていた(【0005】)。

しかし,このような従来の窒化物半導体レーザ装置では,寿命,特に高出力時の寿命が短いという問題があった(【0007】)。

その原因は,(1)レーザダイオードは複数の結晶層から構成されているのに対し,保護層や反射層はSiO2あるいはTiO2で形成されているのでアモルファス層であり,両者は格子定数が異なるので,界面において格子不整合が起こり,結晶層中に格子欠陥が生じることや,(2)レーザダイオードを構成する複数の結晶層の熱膨張係数と,保護層及び反射層の熱膨張係数が異なるために,動作中(特に高出力動作中)に結晶層に歪みが発生し,結晶欠陥が発生又は増加することにある(【0008】,【0009】)。

そこで,引用発明は,従来よりも寿命が長い高信頼性を有する窒化物半導体レーザ装置を提供することを目的とする(【0010】)。

引用発明は,窒化物半導体レーザダイオードと,窒化物半導体レーザダイオードのレーザ端面に設けられた保護層とを有し,保護層は,窒化物半導体レーザダイオードが発振する光に対して透明であるAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)からなり(【0011】,【0024】,【0026】,【0039】),窒化物半導体レーザダイオードは,InuGa1-uN/InvGa1-vN(0≦u≦1,0≦v≦1,)からなる多重量子井戸活性層を有し(【0041】),保護層に接して,窒化物半導体レーザダイオードが発振する光を反射する反射層を更に有し,反射層は,屈折率が互いに異なる第1及び第2層が交互に積層された積層構造を有し,第1層及び第2層は,それぞれ.SiO2及びTiO2(【0059】),又は窒化物半導体レーザダイオードが発振する光に対して透明であり,かつ,屈折率が互いに異なる2種類のAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)からなる,窒化物半導体レーザ装置であって,窒化物半導体レーザダイオードが,アンドープのIn0.02Ga0.98N/In0.15Ga0.85Nからなる多重量子井戸活性層を有し(【0027】),多重量子井戸活性層の前面及び後面に保護層が形成され,後面に設けられた保護層の上に,SiO2層及びTiO2層が交互に5対積層された反射層が形成された(【0059】),窒化物半導体レーザ装置であって,このような構造とすることによって,従来の保護層に比して,保護層と窒化物半導体レーザダイオードが格子整合し,また,両者の熱膨張係数も整合するため(【0024】),上記の目的が達成されるというものである。

3  取消事由1(行政事件訴訟法33条1項違反及び一致点の認定の誤り)について

(1)  原告は,第2次審決における一致点の認定は,第1次判決において取り消された第1次審決の認定と同一であり,引用発明における保護層として,「AlN」が開示されているとした第1次判決の認定に反するものであるから,行政事件訴訟法33条1項に違反し,また,一致点の認定を誤っていると主張する。

しかし,原告の主張は,第1次判決を正解しないものであって,失当である。

すなわち,第1次判決は,第1次審決が,引用発明における保護層の認定において,すべての実施形態において保護層の組成として「GaN」が記載されているにとどまり,「AlN」は開示されていないとしたのに対し,その認定の誤りを指摘し,甲1において,「保護層の材料として『AlN』が除外されているとはいえず,甲1には,レーザ光に対して透明であり,かつ,AlNを含む一般式からなる材料が開示されている」と認定したものである。その上で,同判決は,「上記に認定した引用発明と本件発明1との一致点・相違点について見ると,一致点及び相違点1については審決が認定したものと同一である」とし,正しく認定した相違点2”及び3”について,第2次審決の認定とほぼ同じ認定(なお,相違点2に関して,第2次審決では,第1次判決で判示された相違点2”の「…引用発明は,窒化ガリウムより低い屈折率を有する膜が,…」を「…引用発明は,窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜が,…」と,相違点2”の「膜」を「低反射膜」に変更した上で,相違点2を認定しているが,これは,相違点2の認定において,本件発明1に関する記載が「光出射側鏡面の膜に関し,本件発明1は,「…低反射膜が…」…のに対して,」となっていることから,対応関係にある引用発明の「膜」を「低反射膜」に変更して表記を統一したものであると認められ,実質的な記載内容を変更するものではない。)をした上で,「そうすると,相違点2”に関し,引用発明における保護層としてAlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)からなる層」の中から『AlN』を選択することについての容易想到性の有無,並びに保護層の材料として『AlN』を選択したとして,それを積層すること及び光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層することについての容易想到性の有無について検討し,同様に相違点3”に関する本件発明1の構成についての容易想到性,さらには,相違点1に関する本件発明1の構成についての容易想到性の有無を判断して,本件発明1が引用発明から容易に発明することができたか否かの結論に至る必要がある。」としている。

そして,第2次審決は,上記判示を踏まえ,第1次判決が指摘するとおりに,一致点,相違点2及び3を認定したものであるから,第2次審決に行政事件訴訟法33条1項の違反がないことは明らかである。

(2)  また,原告は,本件発明1と引用発明の一致点には,「該光出射側鏡面に接した低反射膜が,窒化ガリウムより低い屈折率を有するAlNであり,該光反射側鏡面に接して形成される単一層の保護膜がAlNである」ことが認定されねばならなかったと主張する。

しかし,第1次判決の説示は,上記に記載したとおりであって,引用発明には,「レーザ光に対して透明であり,かつ,AlNを含む一般式からなる材料」が開示されているとしたものであって,「AlN」からなる材料が開示されているとはしていない。このことは,今後,「引用発明における保護層としてAlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)からなる層」の中から「AlN」を選択することについての容易想到性の有無」を検討する必要があることを指摘していることから十分に理解できることである。

したがって,原告の上記主張は採用できない。

(3)  さらに,原告は,甲1の保護層がAlNであることの認定ではなかったとすれば,GaNの保護層のみが記載されているとした第1次審決の認定が誤っていても,審決の結論に影響を及ぼす誤りとはいえず,第1次審決は,取り消されなかったはずであると主張する。

しかし,この点についても,第1次判決は,上記記載の今後の検討課題について指摘した上で,「ここまで至って,引用発明を主たる公知技術としたときの本件発明1の容易想到性を認めなかった審決の結論に誤りがあるか否かの判断に至ることができる」とした上で,当事者の主張立証対応を指摘し,これに鑑みて,「このような主張立証の対応は,特許庁の審決の取消訴訟で一般によく行われてきた審理態様に起因するものと理解されるので,当裁判所としては,当事者双方の主張立証が上記のようにとどまっていることに伴って,主張立証責任の見地から,本件発明1の容易想到性の有無についての結論を導くのは相当でなく,前記のとおりの引用発明の認定誤りが審決にあったことをもって,少なくとも審決の結論に影響を及ぼす可能性があるとして,ここでまず審決を取り消し,続いて検討すべき争点については審判の審理で行うべきものとするのが相当と考える。」としており,審決の結論に影響を及ぼす「可能性」を前提に第1次審決を取り消したものであるから,上記主張は採用できない。

以上からすれば,取消事由1に理由がないことは明らかである。

4  取消事由2(相違点2及び3の認定誤り)

原告は,AlNと,引用発明の「AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,かつ,0≦x+y+z≦1)」では,AlNにおいて一致しているのであるから,審決のした相違点2及3の相違点の認定は,誤りであると主張する。

しかし,「『AlN』を含む一般式」と「AlN」とは異なっており,「AlN」が本件発明1と引用発明との一致点とならないことは,前記3のとおりであるから,原告の主張は採用できない。取消事由2には理由がない。

5  取消事由3(本件発明1の容易想到性判断の誤り)について

(1)  引用発明の一般式の中からAlNを選択することの容易想到性について原告は,原告の主張3(1)のとおり,第1次判決を引用した上で,AlNがレーザ光に対して透明であること,従来技術と比較して,AlNが熱膨張係数や格子整合性に優れていることなどから,AlNは保護層の材料として当業者に理解できるように甲1に開示されており,甲2等を参酌するまでもなく,AlNの選択は容易に想到し得ると主張する。

しかし,第1次判決の上記説示部分は,甲1には,保護層として,GaNのみが開示されており,AlNが除外されているとの第1次審決の判断に対して,AlNが甲1における一般式から除外されていないことを示す理由を述べた部分にすぎず,上記の事実は,容易想到性を裏付ける事実の一部になり得るとしても,それのみで直ちにAlNを選択することの容易想到性を基礎付けるものではない。

また,引用発明における活性層は,InuGa1-uN/InvGa1-vN(0≦u,v≦1)からなる多重量子井戸活性層であり,この認定に関して当事者間に争いはないところ,上記組成による活性層を有する引用発明において,保護層としてAlNを選択することについての容易想到性につき,原告は具体的に説明をしていない。Al1-x-y-zGaxInyBzNに示される一般式から無数に考えられる組合せの中から,上記のとおり,格子定数や熱膨張係数との整合性が一つの選択基準として甲1(特に,【0024】,【0039】,【0042】,【0043】等)に示される中で,あえて,上記活性層に含まれるGaやInを一切含まない保護層であるAlNを選択することについて,十分な動機付けが示されたものということはできない。

したがって,原告の上記主張は採用できない。

(2)  仮に,一般式からAlNを選択することを容易に想到し得ることと解したとしても,以下に述べるとおり,甲1と甲2の組合せにより,相違点2及び3に係る構成が容易に想到し得たものということはできない。

ア 前提として,甲2によれば,甲2発明につき,以下のとおり認められる。

甲2発明は,高出力動作時でも端面が劣化することのない信頼性の高い半導体レーザ素子に関するものである(1頁左下欄)。

従来,半導体レーザ素子では,活性層の対抗する一対の共振面端面に,熱伝導性に優れた結晶質AlN膜からなる保護膜を形成して,端面の酸化低減や放熱性の確保を図っていたが,AlN保護膜には,大気雰囲気中の水分と反応することにより,分解し,変質してしまうことがあり,分解し,変質してしまったAlN膜は,もはや充分に半導体レーザ素子の端面を保護することができないという技術課題が存した。

甲2発明は,上記の課題を解決するためになされたものであり,その目的とするところは,大気雰囲気中で高出力動作を行っても端面劣化が生じにくい信頼性の高い半導体レーザ素子を提供することにある(以上,2頁左上欄~右下欄)。

そのため,甲2発明の半導体レーザ素子は,一対の対向する共振器端面のうち少なくとも一方の共振器端面が,該共振器端面上に形成されたAlN等からなる放熱用誘電体膜と,該放熱用誘電体膜上に形成されたAl2O3等からなるパッシベーション膜とを備えており,該放熱用誘電体膜は,該パッシベーション膜の熱伝導率よりも高い熱伝導率を有し,該パッシベーション膜は,該放熱用誘電体膜よりも高い耐水性を有しているところ,このような構造を採用することにより,上記の目的が達成される(2頁右下欄~3頁左下欄)。

イ 以上を前提として検討する。

まず,甲1の一般式の中から,AlNを選択することを想到した上で,AlNを保護膜として使用した場合に,大気雰囲気中の水分と反応することにより,分解し,変質するとの課題があることに着目し,更にそれを解決するための構成としてAl2O3により構成されるパッシベーション膜を採用するというのは,引用発明から容易に想到し得たものを基準にして,更に甲2記載の技術を適用することが容易であるという,いわゆる「容易の容易」の場合に相当する。そうすると,引用発明に基づいて,相違点2及び3に係る構成に想到することは,格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるとはいえない(加えて,AlNを保護膜として使用する場合に上記の課題があることは,甲1の記載からは明らかでないところ,仮に,そのような課題が自明の課題であると解した場合には,そのような課題があるにもかかわらず甲1の一般式からあえてAlNを選択すること自体が,容易でないことに帰着する。)。

ウ なお,原告の審判段階における主張には,甲1に甲2発明を組み合わせることにより,甲2のAlNを保護膜として選択することが容易である旨主張したと窺われる記載(審決5頁中段)があることから,引用発明に甲2を組み合わせてAlNを選択し,これと同時にパッシベーション膜として甲2の実施例であるAl2O3を選択することにより,相違点2及び3に係る構成に至るとの点についても検討する。

(ア) 甲1は,窒化物半導体レーザ装置に関し,レーザダイオードの両端面における劣化を防ぎ,従来のよりも寿命が長い高信頼性を有する窒化物半導体レーザ装置を提供することを技術課題とするものである。一方,甲2発明は,半導体レーザ素子に関するものではあるが,前提となっている半導体材料の材質は,AlGaAs系,InGaAlP系,InGaAsP系(5頁左上欄17~20行)である。

そして,甲1には,保護層を「AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)からなる層」とすることによって,保護層と窒化物半導体レーザダイオードが格子整合し,両者の熱膨張係数も整合するとの課題解決原理が記載されているところ,この一般式では,いかなる数字を代入しても,必ず「N」が組成に含まれることになり,「窒化物半導体レーザ装置」における活性層に常に「N」が含まれていることに照らすと,窒化物系の結晶についての格子整合が考慮に入れられたものと推測できる。そうすると,窒化物系レーザ装置に関する引用発明に,甲2における「N」を活性層に含まない半導体素子の端面に用いられる保護層を採用することが,容易に想到されるとはいい難い。

したがって,甲1における保護層として,直ちに甲2の保護膜を適用するとの動機付けがあるとは認められない。

この点につき,原告は,甲2に窒化物半導体の記載がないのは,甲2が平成1年の特許出願の公開公報であり,窒化物半導体レーザ素子が発明される前に記載された文献であるからにすぎないと主張する。しかし,保護層として,甲2で前提とされたAlGaAs系,InGaAlP系,InGaAsP系の半導体素子に用いられる保護層と同じ材料を窒化物半導体において同様に使用できることが技術常識であると認めるに足りる証拠は提出されていないことからすれば,上記主張は,上記判断を左右するものでない。

(イ) 上記(ア)の点に加えて,上記保護膜とパッシベーション膜を同時に採用した場合には,以下の問題がある。すなわち,AlNの屈折率は,甲1の【0053】及び甲2の記載(3頁左下欄14~16行)によれば,2.0であるところ,Al2O3の屈折率は,約1.6であるから,光出射側鏡面については,相違点2に係る「該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層され」との構成を満たす。しかし,光反射側鏡面に関しては,高い屈折率を持つAlNの外側(発光層でない側)にそれよりも低い屈折率のAl2O3が接する構造となる。そうすると,引用発明に上記保護膜とパッシベーション膜を同時に適用したとしても,「光反射側鏡面には,…単一層の保護膜が接して形成され,かつ,該保護膜に接して,低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層」するという本件発明1の構成に至らない。

以上によれば,いずれにせよ,甲1発明から相違点2及び3に係る構成を容易に想到するということはできない。

したがって,原告の主張は採用できず,取消事由3には理由がない。

なお,本件発明3~7の容易想到性判断も,本件発明1についてのそれを前提とするものであり,これについても本件発明1に関する判断と同様である。

第6結論

以上によれば,原告主張の取消事由には理由がない。よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)

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