知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10093号 判決 2014年10月29日
原告
株式会社葱善
訴訟代理人弁理士
佐藤富徳
被告
特許庁長官
指定代理人
梶原良子
堀内仁子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が不服2013-7870号事件について平成26年2月28日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,商標登録出願拒絶査定に対する不服審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。
争点は,①商標法3条1 項3号該当性の有無,及び②同法4条1項16号該当性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成24年9月6日,下記の本願商標につき,登録出願をした(商願2012-72363号。甲1)が,平成25年2月8日付けで拒絶査定を受けたので,同年4月28日,不服審判請求をする(不服2013-7870号)とともに,指定商品につき同年11月15日付けで補正をした。
特許庁は,平成26年2月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年3月17日に原告に送達された。
【本願商標】
江戸辛味大根(標準文字)
【指定商品(補正後。以下「本願指定商品」という。)】
第31類
「辛味大根,果実,あわ,きび,ごま,そば,とうもろこし,ひえ,麦,籾米,もろこし,うるしの実,コプラ,麦芽,ホップ,未加工のコルク,やしの葉,食用魚介類(生きているものに限る。),海藻類,獣類・魚類(食用のものを除く。)・鳥類及び昆虫類(生きているものに限る。),蚕種,種繭,種卵,飼料,釣り用餌,糖料作物,辛味大根の種子類,木,草,芝,ドライフラワー,辛味大根の苗,苗木,花,牧草,盆栽,生花の花輪,飼料用たんぱく」
2 審決の理由の要点
(1) 商標法3条1項3号該当性について
標準文字である「江戸辛味大根」は,取引者,需要者をして,「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた伝統野菜である辛味大根」ほどの意味合いを認識し得るものといえることから,本願指定商品中の「辛味大根,辛味大根の種,辛味大根の苗」に使用するときは,前記意味合いの商品であることを看取,理解させるにとどまり,商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標というべきである。
したがって,本願商標は,商標法3条1項3号に該当する。
(2) 商標法4条1項16号該当性について
本願指定商品の「果実,あわ,きび,ごま,そば,とうもろこし,ひえ,麦,籾米,もろこし」が,「辛味大根」を含む「野菜」と,「苗木,花,牧草,盆栽」が,「辛味大根の苗」を含む「苗」と,生産部門・販売部門などを同じくする場合も少なくないといえることからすると,本願商標は,これらの商品に使用するときは,あたかも「辛味大根」又は「辛味大根の苗」であるかのごとく,商品の品質に誤認を生じさせるおそれがあるものというべきである。
したがって,本願商標は,商標法4条1項16号に該当する。
(3) 以上によれば,本願商標は,商標として登録を受けることはできない。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性判断の誤り)
本願商標からは,審決の認定した「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた伝統野菜である辛味大根」との一義的意味合いを生じるものとはいえない。すなわち,本願商標は,上記意味合いとともに,原告が使用する意味合いである「江戸時代に浅草道光庵の庵主が流行らした蕎麦の(香辛料としての)辛味大根」との観念も生じ,さらに,単に「東京産の辛味大根」,「江戸(江戸時代の旧都市名)で栽培されていた辛味大根」,「江戸時代から栽培されている辛味大根」,「江戸時代に江戸で流行った辛味大根」,「江戸時代に江戸(例えば浅草)で栽培されていたがその後廃れてしまい,今復活しようとしている辛味大根」など,他にも様々な意味合いが生じるものである。したがって,本願商標から特定の具体的な意味合いを生じるものではない。
してみると,本願商標を「辛味大根,辛味大根の種,辛味大根の苗」に使用しても,これに接する取引者,需要者は,直ちに商品の産地・販売地を表示したものとは,理解,認識し得ず,本願商標は,自他商品識別標識としての機能を十分に果たし得るものである。
したがって,本願商標は,商標法3条1項3号に該当することはなく,この該当性を認めた審決の判断は,」誤りである。
2 取消事由2(商標法4条1 項16号該当性判断の誤り)
辛味大根と他の指定商品,例えば「果実」は,野菜とそれぞれ場所を分けて販売されるのが一般的であり,品質誤認が生じることはない。
また,辛味大根は賞味期限の短い商品であり,取引者,需要者は,辛味大根を手にとって,スペック及び賞味期限を確認し,更に辛味大根の実際の姿を見てチェックした上で購入するのが通常であり,果実についても同様であるから,果実と江戸辛味大根を間違えて購入することは考えられない。ネット販売においても,スペックを慎重に見た上で「品名」「品番」を記入して注文する必要があり,品質誤認が生じることはあり得ない。
さらに,本願指定商品の「苗木」の意味は,「樹木の苗,移植するために育てた若い木」(「デジタル大辞泉」)であり,「苗」の意味は,「種から芽を出して間のない草や木」(「デジタル大辞泉」)であるから,両語の意義を統合すると,「苗木」は「幼木」,すなわち,「木」と解され,辛味大根の「木」が存在しない以上,品質誤認は生じない。同様に,辛味大根の「盆栽」,「牧草」は存在しないから,「盆栽」,「牧草」について品質誤認は生じない。また,本願指定商品の「花」について,江戸辛味大根の花は,畑に存在するが,観賞用の花として流通過ほどに置かれることはないので,品質誤認は生じない。
したがって,本願商標が商標法4条1項16号に該当することはないから,これに該当するとした審決の判断は,誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
(1) 本願商標は,「江戸辛味大根」の文字からなるところ,野菜の名称である「辛味大根」の文字に冠した「江戸」の文字は,「東京の旧名。吉原・深川あたりで内神田・日本橋辺を指していった称。」の意味を有するところ,「江戸」の文字を含む一般に知られた語をみると,「江戸」の文字は,「江戸時代」及び「地名としての江戸」程度の意味合いを認識させるものである。そして,「江戸」の伝統にかかわる商品について,「江戸時代から江戸周辺において(伝統的に)生産,製造された○○」程度の意味合いを理解させる「江戸○○」の文字が広く使用されている。
このような実情のもとに,本願指定商品の分野についてみると,江戸時代から,江戸(周辺)において栽培されていた野菜が,近年,「江戸野菜」として,都内各地でも栽培され,市場に流通していることが認められる。そうすると,「江戸野菜」の文字は,その取引者,需要者に,「江戸時代から江戸(周辺)で栽培されていた野菜」の意味を表すものとして認識されて,使用されているものである。また,日本各地で伝統的に生産されている野菜について,「加賀野菜」,「飛弾・美濃伝統野菜」等のように,地域の旧国名やその別称等を表す文字と野菜の名称との組合せが,伝統的な野菜の品質を表示するものとして取引されていることは,よく知られている。
そして,本願商標の構成中,「辛味大根」の文字は,日本各地で生産されている野菜の一種を表すものである。
(2) 以上のとおり,地域の伝統的な商品について,その特徴,品質を記述する際に,旧国名や別称を利用することは,広く行われていることであり,野菜の分野においても,旧国名等の表示と野菜の名称とが結合して,その品質を表している。
そして,「江戸○○」の文字は,野菜を含め,一般に,「江戸時代から(に)江戸で,作られていた○○」を理解させるといえるものであり,また,「辛味大根」は,野菜の名称であって,本願指定商品には,「辛味大根,辛味大根の種子類,辛味大根の苗」が含まれている。
そうすると,「江戸」の文字と野菜の名称を結合したものにすぎない「江戸辛味大根」の文字は,これに接する取引者,需要者に,「江戸時代から江戸で作られていた辛味大根」の意味合いを容易に理解させるものであるから,本願商標について,審決が判断した「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた伝統野菜である辛味大根」をも認識し得るものである。
したがって、本願商標は,これをその指定商品中,「辛味大根,辛味大根の種子類,辛味大根の苗」に使用した場合,取引者,需要者をして,「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた伝統野菜である辛味大根及び辛味大根の種子類並びに辛味大根の苗」であることを認識させるものであり,商品の品質を表示するものとして理解されるに止まる。そして,本願商標は,標準文字で表してなるものであるから,その構成態様も格別,顕著というものではない。
以上のとおり,本願商標は,その指定商品中,「辛味大根,辛味大根の種子類,辛味大根の苗」の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり,商標法3条1項3号に該当するから,審決の認定,判断に誤りはない。
2 取消事由2に対し
本願商標は,前記1のとおり,その指定商品との関係において,取引者,需要者に,江戸時代から江戸近郊で栽培されていた伝統野菜である「辛味大根」の意味を理解させ,指定商品中,「辛味大根,辛味大根の種子類,辛味大根の苗」の品質を表示するものとして認識されるものであり,また,当該「辛味大根,辛味大根の種子類,辛味大根の苗」とそれ以外の指定商品は,いずれも,主に農産物及び海産物であって,需要者や販売場所,用途等を共通にする商品である。
したがって,本願商標は,これをその指定商品中,「辛味大根,辛味大根の種子類,辛味大根の苗」以外の商品に使用するときは,その取引者,需要者をして,あたかもこれらの商品が「辛味大根」や,その種子類,苗など,辛味大根に関連する商品であるかのように,商品の品質について誤認を生ずるおそれがある。
よって,本願商標は,商標法4条1項16号にも該当するから,審決の認定,判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性判断の誤り)について
(1) 本願商標は,「江戸辛味大根」の文字を標準文字で横書きにしてなるものであり,「江戸」の文字と「辛味大根」の文字とを組み合わせた構成からなるものである。その指定商品は,前記第2,1に記載したとおりのものであり,「辛味大根,辛味大根の種,辛味大根の苗」を含む。
本願商標を構成する「江戸」の文字は,広辞苑(第6版。乙1)によれば,「東京の旧名。」「吉原・深川あたりで内神田・日本橋辺を指していった称。」を意味するものである。また,証拠(甲3,乙1~22)により認められる「江戸」を含む語を使用した例からすれば,「江戸」との冠は,「江戸時代」に起源を有し,あるいは,「江戸時代」に生産されたものや,東京の旧名として東京近郊を示すものとしても用いられているものと認められる。そして,「辛味大根」とは,「普通の大根より小ぶりで辛味が強く,水分が少ない大根の総称」(乙28~30)をいうものであり,その字義からも,「辛味」のある野菜である「大根」を認識することは極めて容易である。
以上に照らすと,「江戸辛味大根」という文字は,「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた辛味大根」,「江戸時代から栽培されていた辛味大根」又は,「東京近郊で栽培される辛味大根」の意味合いを有するものと認められる。そうすると,前記の本願指定商品「辛味大根,辛味大根の種,辛味大根の苗」との関係においては,江戸時代から栽培された,あるいは,江戸(東京)地方を産地とする「辛味大根」を示すものとして,全体として商品の「品質」を記述するものであることが明らかである。
したがって,本願商標を,本願指定商品中の「辛味大根,辛味大根の種,辛味大根の苗」に使用するときは,これに接する取引者,需要者は,一般的に,その「品質」を普通に用いられる方法の範囲で表示されていると理解,認識するに止まるものと解され,これが自他商品の識別標識としての機能を果たしている商標とは認識しないというべきである。
したがって,商標法3条1項3号に該当するとした審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告の取消事由には理由がない。
(2) 原告の主張について
原告は,本願商標からは,「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた伝統野菜である辛味大根」とともに,原告がその意味合いで使用している「江戸時代に浅草道光庵の庵主が流行らした蕎麦の(香辛料としての)辛味大根」,単に「東京産の辛味大根」,「江戸(江戸時代の旧都市名)で栽培されていた辛味大根」等の様々な意味合いが生じるのであり,審決のいうような「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた伝統野菜である辛味大根」との一義的意味合いを認識し得るものではないと主張する。
しかし,上記に原告が述べているような観念はいずれも,「江戸」に関し,「江戸」(周辺)の地域,あるいは,「江戸」時代を示すものであって,これらと関連を有する「辛味大根」といった程度の意味合いを有することを自認しているものである。よって,上記のとおり,「江戸時代から江戸近郊で栽培されていた辛味大根」,「江戸時代から栽培されていた辛味大根」又は「東京近郊で栽培される辛味大根」との観念を否定するものではなく,これらが,生産地又は生産開始時期に特徴を有する辛味大根という野菜の商品としての特性,すなわち,「品質」を表したものとすることには変わりがなく,上記主張は,前記の認定を左右するものではない。
また,原告は,「江戸時代に浅草道光庵の庵主が流行らした蕎麦の(香辛料としての)辛味大根」との意味合いで本願商標を使用していると主張し,審決の認定した意味合いが生じないかのように主張する。
しかし,商標法3条1項3号の規定の趣旨は,商品の産地,販売地その他の特性を表示記述する標章は,取引に際し,必要適切な表示として何人も使用を欲するものであるから,特定人による独占的使用を認めるのは公益上適当でなく,また,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないことから,当該商標を不登録としたものである。そうすると,その該当性は,当該標章に接した取引者,需要者がいかなる観念を有するかによって判断されるべきものであって,出願人の使用に際しての意図は,同項3号該当性の判断と関連するものでなく,上記主張は失当である。また,本願指定商品の取引者,需要者は,一般の消費者であると解されるところ,これらの者が,本願商標を原告主張のような特殊な意味合いで認識するものと認めるに足りる証拠はなく,いずれにしても原告の主張は採用できない。
さらに,原告は,江戸辛味大根が,伝統野菜としての「江戸野菜」に含まれないことに拘泥して審決を論難する。
しかし,上記に述べた商標法3条1項3号の趣旨からすれば,冠した地域名とこれと結合した野菜名の文字に接した取引者,需要者は,当該地域を中心として生産された野菜,特に,旧都市名を冠している場合には,伝統的な野菜を認識するものと解されるから,実際に「江戸辛味大根」が,過去に「江戸野菜」と呼ばれていた野菜の範疇に入っていたか否かとは関連性を有するものではない。
原告は,その他縷々主張するが,いずれも,相互に矛盾する主張であるか,取消事由を根拠付けるものとはいえないものであり,上記認定を左右するに足りないものであるから,採用できない。
2 取消事由2(商標法4条1項16号該当性判断の誤り)について
(1) 上記のとおり,「江戸辛味大根」は,前記に示した程度の意味合いを有するものであるから,本願商標を本願指定商品中の「果実,あわ,きび,ごま,そば,とうもろこし,ひえ,麦,籾米,もろこし」に使用したときは,野菜,果実等が生鮮品として同じ場所で販売されることが多いことに照らすと,これに接した取引者,需要者は,野菜としての「辛味大根」を表示するものとして,「品質」を誤認するおそれがあることは明らかである。また,「苗木,花,牧草,盆栽」について使用されたときは,その販売場所の共通性やその形状等から,辛味大根(の苗や花)に関連する商品であるかのように誤認するおそれがあることも明らかである。
したがって,上記に使用するときは,商標法4条1項16号に該当するとした審決の判断に誤りはなく,取消事由2にも理由がない。
(2) 原告の主張について
原告は,審決の指摘する本願指定商品中,「苗木」,「盆栽」,「牧草」は,辛味大根について存在せず,「花」が流通に置かれることがないから,品質を誤認することはない旨主張する。
しかし,商標法4条1項16号の規定は,商標が表する観念と当該商標を付した商品とが符合しないために,取引者,需要者が錯誤に陥ることを防止して,取引者,需要者の保護を図る趣旨のものである。したがって,「商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標」に該当するというためには,その商標によって表されるような品質の商品が現実に製造,販売されていることを必要とするものではなく,取引者,需要者が,その商標を付した商品に接したならば,当該標章が意味するところの商品に関連する商品として,当該商品の品質効能等の特性を誤認するおそれがあれば足りるというべきであるから,上記主張は失当であって採用できない。
第6結論
以上によれば,審決の判断に誤りはないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)