知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10098号 判決 2015年4月16日
原告
株式会社コガネイ
訴訟代理人弁護士
小林幸夫
同
坂田洋一
同
河部康弘
訴訟代理人弁理士
筒井大和
同
小塚善高
同
青山仁
同
菅田篤志
同
筒井章子
被告
SMC株式会社
訴訟代理人弁護士
清永利亮
同
宮寺利幸
訴訟代理人弁理士
千葉剛宏
同
千馬隆之
同
仲宗根康晴
同
坂井志郎
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2013-800081号事件について平成26年3月25日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成12年9月6日,発明の名称を「吸着搬送装置およびそれに用いる流路切換ユニット」とする特許出願(特願2000-269677)をし,平成18年10月13日,設定の登録(特許第3866025号)を受けた(請求項数3。甲21。以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 被告は,平成25年5月8日,本件特許の請求項1及び3に係る発明について特許無効審判を請求し,無効2013-800081号事件として係属した。
(3) 原告は,平成25年12月27日,本件特許に係る特許請求の範囲請求項1及び2を削除するとともに明細書を訂正明細書のとおり訂正する旨の訂正請求をし,さらに平成26年2月20日,手続補正書により,上記訂正請求を補正した(甲25の1・2,甲27の1・2。以下,併せて「本件訂正」という。)。
(4) 特許庁は,平成26年3月25日,「請求のとおり訂正を認める。特許第3866025号の請求項3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月3日,原告に送達された。
(5) 原告は,平成26年4月16日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項3の記載は,次のとおりである。以下,請求項3に係る発明を「本件発明3」といい,本件訂正後の明細書(甲27の1及び甲25の1により訂正された後の甲21)を「本件明細書」という。
【請求項3】
上下動部材の先端に設けられた吸着具の吸着面にワークを吸着させてワークを搬送する吸着搬送装置に使用する流路切換ユニットであって,
正圧源に正圧流路を介して連通する正圧供給ポート,前記吸着具の着脱路に連通する出力ポート,真空源に真空流路を介して連通する真空供給ポート,前記着脱路に連通する真空ポート,および大気に開放され大気を前記着脱路に供給するとともに前記正圧供給ポートからの正圧空気の一部を排出する大気開放ポートが形成された流路ブロックと,
前記流路ブロックに設けられ,前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させる状態と前記正圧供給ポートを遮断する状態とに作動する真空破壊制御弁と,
前記流路ブロックに設けられ,前記真空ポートを前記真空供給ポートに連通させる状態と前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通させる状態とに作動する真空供給制御弁とを有し,
前記正圧源からの正圧空気を前記着脱路に連通させてワークの吸着を停止する際に,前記真空供給制御弁の前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通させ,前記真空破壊制御弁の前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて前記流路ブロックに形成された流路を介して前記大気開放ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させることを特徴とする流路切換ユニット。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明3と,下記アの甲2に記載された発明(以下「甲2の第2発明」という。)とは,後記(3)アの点で一致し,後記(3)イ~オの相違点1~4の点で相違するが,相違点1及び4は実質的な相違点ではなく,相違点2については,複数個の弁を流路を有するブロック状の部材に設けることは,下記イ~オの甲3~6記載の技術的事項が示す周知技術であって,甲2の第2発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり,相違点3については,甲2の第2発明における「真空電磁弁(21)の大気ポートと真空ポートとを連通させてカートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際」,「大気ポート」及び「真空電磁弁(21)」と,本件発明3における「正圧源からの正圧空気を着脱路に連通させてワークの吸着を停止する際」,「大気開放ポート」及び「真空供給制御弁」とは,表現が異なるだけで実質的に相違する点はなく,流路を流路ブロックに設けることは相違点2で説示するように格別に困難な事項ではないから,相違点3について,甲2の第2発明の構成に代えて本件発明3の構成とすることは当業者が容易に想到できた事項であるとして,結局,本件発明3についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである,というものである。
ア 甲2:特開平3-289420号公報
イ 甲3:特開2000-165094号公報
ウ 甲4:特開平9-4600号公報
エ 甲5:特開平5-26367号公報
オ 甲6:特開平8-309684号公報
(2) 本件審決が認定した甲2の第2発明は,次のとおりである。
「回転体(8)の回転により移動するアーム(52)の先端に設けられた吸盤(50)の吸着面にカートン(2)の下面側を吸着させ,吸引器(80)により拡開して前記カートン(2)をコンベア(14)に引き渡すカートン取出し装置に使用する流路切換装置であって,
エアコンプレッサ(25)に正圧流路を介して連通する正圧供給ポート,前記吸盤(50)の着脱路に連通する出力ポート,真空ポンプ(23)に真空流路を介して連通する真空供給ポート,前記着脱路に連通する真空ポート,および大気に開放され大気を前記着脱路に供給する大気ポートが形成され,
前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させる状態と前記正圧供給ポートを遮断する状態とに作動する圧縮空気電磁弁(24)と
前記真空ポートを前記真空供給ポートに連通させる状態と前記真空ポートを前記大気ポートに連通させる状態とに作動する真空電磁弁(21)とを有し,
前記真空電磁弁(21)の前記大気ポートと前記真空ポートとを連通させて前記カートン(2)を前記コンベア(14)に引き渡す際に,前記真空電磁弁(21)の前記真空ポートを前記大気ポートに連通させ,同時に,前記圧縮空気電磁弁(24)の前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置。」
(3) 本件発明3と甲2の第2発明との対比
本件審決が認定した本件発明3と甲2の第2発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 一致点
「運動部材の先端に設けられた吸着具の吸着面にワークを吸着させてワークを搬送する吸着搬送装置に使用する流路切換手段であって,
正圧源に正圧流路を介して連通する正圧供給ポート,前記吸着具の着脱路に連通する出力ポート,真空源に真空流路を介して連通する真空供給ポート,前記着脱路に連通する真空ポート,および大気に開放され大気を前記着脱路に供給する開放用ポートが形成され,
前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させる状態と前記正圧供給ポートを遮断する状態とに作動する真空破壊制御弁と,
前記真空ポートを前記真空供給ポートに連通させる状態と前記真空ポートを前記開放用ポートに連通させる状態とに作動する制御弁とを有し,
ワークの吸着を停止する際に,前記制御弁の前記真空ポートを前記開放用ポートに連通させ,前記真空破壊制御弁の前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記開放用ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換手段。」である点。
イ 相違点1
「大気に開放され大気を着脱路に供給する開放用ポート」が,本件発明3では,「大気に開放され大気を着脱路に供給するとともに正圧供給ポートからの正圧空気の一部を排出する大気開放ポート」であるのに対して,甲2の第2発明では,「大気に開放され大気を着脱路に供給する大気ポート」であり,また,「制御弁」が,本件発明3では,「真空ポートを真空供給ポートに連通させる状態と真空ポートを大気開放ポートに連通させる状態とに作動する真空供給制御弁」であるのに対して,甲2の第2発明では,「真空ポートを真空供給ポートに連通させる状態と真空ポートを大気ポートに連通させる状態とに作動する真空電磁弁(21)」である点。
ウ 相違点2
本件発明3の「流路切換ユニット」は,「正圧供給ポート」,「出力ポート」,「真空供給ポート」,「真空ポート」,「大気開放ポート」,及び「流路」が形成された「流路ブロック」を有しており,当該「流路ブロック」に「真空破壊制御弁」及び「真空供給制御弁」が設けられたものであるのに対して,甲2の第2発明の「流路切換装置」は,「流路ブロック」を有しておらず,「圧縮空気電磁弁(24)」及び「真空電磁弁(21)」が流路ブロックに設けられていない点。
エ 相違点3
「ワークの吸着を停止する際に,制御弁の真空ポートを開放用ポートに連通させ,真空破壊制御弁の正圧供給ポートを出力ポートに連通させることにより,出力ポートと真空ポートとを連通させて流路を介して開放用ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させる」ことが,本件発明3では,「正圧源からの正圧空気を着脱路に連通させてワークの吸着を停止する際に,真空供給制御弁の真空ポートを大気開放ポートに連通させ,真空破壊制御弁の正圧供給ポートを出力ポートに連通させることにより,出力ポートと真空ポートとを連通させて流路ブロックに形成された流路を介して大気開放ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させること」であるのに対して,甲2の第2発明では,「真空電磁弁(21)の大気ポートと真空ポートとを連通させてカートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際に,真空電磁弁(21)の真空ポートを大気ポートに連通させ,同時に,圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートを出力ポートに連通させることにより,出力ポートと真空ポートとを連通させて流路を介して大気ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させる」ことである点。
オ 相違点4
「運動部材」が,本件発明3では,「上下動部材」であるのに対して,甲2の第2発明では,「回転体(8)の回転により移動するアーム(52)」である点。
4 取消事由
(1) 甲2の第2発明の認定の誤り(取消事由1)
(2) 一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由2)
(3) 本件発明3の容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1 取消事由1(甲2の第2発明の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,甲2には「なお,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,圧縮空気電磁弁(24)は閉状態となっているが,真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させると,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくすることもできる」という教示があるところ,当該教示の「真空電磁弁(21)の閉成」とは,真空電磁弁(21)の大気ポートと真空ポートとを連通させることにほかならないし,上記教示の「閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させること」とは,圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートと出力ポートとを連通させることにほかならないから,上記教示のとおりに,真空電磁弁(21)の大気ポートと真空ポートとを連通させて,それと同時に,圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートと出力ポートとを連通させれば,大気ポートが流路を介して正圧供給ポートと着脱路とに連通する状態になることは明らかであるとして,甲2の第2発明について,前記第2の3(2)のとおり,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置」と認定した。
(2) しかし,甲2には,「圧縮空気電磁弁を一度開閉動作させる」ことが記載されているにすぎず,その効果も,「吸盤からカートンを開放しやすくする」ことが記載されているにすぎない。そして,甲2が,「開状態にする」,「閉状態にする」又は「連通させる」という用語と区別して,あえて閉状態の圧縮空気電磁弁を「一度開閉動作」するとの表現を用いていること,甲2に記載のとおり,圧縮空気電磁弁を「一度開閉動作」させる目的は,圧縮空気電磁弁(24)の近傍に配置された「吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」ことにあるが,吸盤内の弱い真空状態を解除し,吸盤内を大気圧と等圧にするには,一瞬の開閉動作で,わずかな圧縮空気を送出すれば十分であること,圧縮空気の圧力上がり過ぎを防止するために,甲2においては,「圧縮空気電磁弁を開状態にする」ことによって「大気ポート」と連通させて,「大気ポート」を二方向弁として(流路内が大気圧に達するまでは大気流入ポートとして,大気圧に達した後は圧縮空気排出ポートとして)作用させるのではなく,一瞬での閉状態への切り替えもセットにした圧縮空気電磁弁を「一度開閉動作」することによって,送出する圧縮空気の量を限定していることに照らせば,圧縮空気電磁弁の「一度開閉動作」は,閉状態から開状態にし,間隔を開けずに,瞬間的に再度閉状態に切り替えることを意味すると解釈すべきである。
そうすると,甲2の上記記載は,単に,「一度開閉動作」することにすぎず,流路を介した「出力ポート」「真空ポート」及び「大気ポート」を意図的に「連通させる」ことまでは全く記載されていないから,甲2の第2発明について,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置」との要旨を認定することは不可能である。また,甲2は,「一度開閉動作」によって,吸盤内に送出する圧縮空気を限定することを意図していると解されるから,甲2の上記記載から,「強制真空破壊に加えて,正圧供給ポートを流路を介して大気ポートにも同時に連通させることによって,真空破壊圧が大気圧以上に上がりすぎた時点で,流路内の圧縮空気の流れる方向が切り替わって,真空破壊時間の短縮と,真空破壊圧力の上がりすぎの防止を同時に実現する」という本件発明3の顕著な作用効果は認識できない。
(3) 甲2の圧縮空気電磁弁(24)が開閉動作するのは,基本的には,コンベア(14)に被包装物(5)がない状態のときであり,コンベア(14)に被包装物(5)があるときには,真空電磁弁(21)を閉じるだけで,圧縮空気電磁弁(24)を開閉動作させなくても,吸盤(50)をカートン(2)から開放することができる。
従来のカートン取出し装置では,カートンの非吸着時,すなわち,吸盤がカートン(2)に接触してもカートンを吸着させない時に,真空電磁弁を大気開放しているにもかかわらず,吸気管路内のフィルターの目詰まり等によって,カートンの非吸着時にも弱い真空が残留してしまうという課題があった。そこで,被包装物(5)がコンベアにない場合に,装置の運転を停止させないようにするために,圧縮空気電磁弁(24)を開閉動作させることによって,カートンの非吸着時における吸盤内の弱い真空状態を解除して大気圧と等圧となるようにして,マガジン(4)に保持されたカートン(2)を取り出さないようにした技術が甲2の第2発明である。このように,甲2の第2発明は,吸着したカートン(2)をコンベア(14)に引き渡すとき,つまりカートン(2)を吸盤(50)から開放するときの問題を解決した技術ではなく,カートン(2)の非吸着時の弱い真空状態を解除して大気圧と等圧となるようにし,吸盤(50)がカートン(2)を吸着しないようにした技術である。すなわち,本件発明3が吸着具がワークを吸着している状態からワークを離脱させる技術であるのに対して,甲2の第2発明は吸盤がカートンに接触してもカートンを吸着しないための技術である。甲2には,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際には,エア抜きと同時に,圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させると,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくすることができることが付記されているにすぎず,甲2の第2発明は,正圧空気の一部を排気するようにした技術ではない。
また,甲2には,「吸盤が大気開放により大気圧と等圧となることが必要である」(甲2の2頁左上欄1~3行),「吸盤内が充分に大気圧と等圧になりきらず,カートンの非吸着時にも弱い真空状態が発生していた」(甲2の2頁左上欄7~9行)との記載がみられるように,圧縮空気電磁弁(24)の一度開閉動作は,あくまで吸盤内の弱い真空状態を解除し,吸盤内を大気圧と等圧にするという限度のものにすぎず,大気圧と等圧にすることを超えて,それ以上の余剰な圧縮空気を送出することは,明細書上も想定されていないから,甲2の第2発明においては,圧縮空気の一部が,着脱路を介して吸盤(50)と連通した真空電磁弁(21)の大気ポートから排出されることはない。
本件審決は,上記の甲2の第2発明の根本を理解しないままに,わずかに記載されたなお書の記載(甲2の4頁左上欄8行以下)をもとに,甲2には記載や示唆すらない課題や構成を認定したものであり,誤りである。
(4) 甲2において,真空電磁弁(21)の構成としては,甲2の第4図に示した構成(以下「第4図の構成」という。)のほかに,第5図に示した構成(以下「第5図の構成」という。)にすることもできるとされ,第4図の構成と第5図の構成とが等価なものとして記載されている。
そして,第5図の構成については,回路切換とエア抜きとの両機能を備えた真空電磁弁(21a)を設けて圧縮空気電磁弁(24)と回路接続し,この真空電磁弁(21a)の閉成時にのみ圧縮空気電磁弁(24)と連通する構成とする旨が記載されており,出力ポートと真空ポートが共通であるため,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路に連通させる」との構成を有しない。
そうすると,第4図の構成と第5図の構成,とりわけ真空電磁弁(21)の構成について実施上は等価なものと明記された甲2から認定される甲2の第2発明の認定に当たり,本件審決のように,第4図の構成のみを採り上げて,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路に連通させる」との構成を認定したことは誤りであって,認定できるのは,第4図及び第5図の構成に共通の構成である,「真空電磁弁(21)の閉成と同時に,圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させ,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除する」ということにすぎない。
したがって,本件審決の前記(1)の認定は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 原告の主張(2)について
甲2の第2発明において,真空電磁弁(21)の大気ポートと真空ポートとが連通し,かつ圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートと出力ポートとが連通すると,圧縮空気電磁弁(24)の開閉動作の時間とは無関係に,必然的に,これらすべてのポートと着脱路とが連通状態になることは,甲2の第4図に示されている甲2の第2発明の流路の構造上,明らかである。また,甲2には,圧縮空気電磁弁(24)の開閉動作の時間については一切記載がなく,それが「瞬間的」,「一瞬」,「短時間」であるとの記載もない。
そして,甲2の第2発明において,「吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」(甲2の4頁左上欄11~14行)ことを確実にするためには,原告主張のように「一瞬の開閉動作で,わずかな圧縮空気を送出」する程度では不十分であり,圧縮空気電磁弁(24)を開くことによって相当量の高圧の圧縮空気を吸盤(50)内に送り込み,吸盤(50)内を大気圧以上にすることが必須であり,それを実現するような「一度開閉動作」であることが必要である上,甲2には,「高速運転時には短時間で真空状態と大気圧状態とに切換わらなければならない」,「カートンの非吸着時,吸盤に高圧のエアを送出して吸盤内の真空状態を解除し,高速かつ円滑なカートンの取り出しを行うことのできるカートン取出し装置を提供する」との記載があり,高速かつ円滑な動作を行うためには,相当量の高圧の圧縮空気を吸盤(50)内に送り込むことは必然である。このようにして吸盤内に相当量の高圧の圧縮空気を供給する際,大気ポートと吸盤(50)内とは着脱路を介して連通しているのであるから,出力ポートから吸盤へ供給される圧縮空気の一部が,着脱路を介して吸盤(50)内と連通している大気ポートからも排出されることは明らかである。
以上によれば,本件審決が,甲2の第2発明について,「「閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させること」とは,圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートと出力ポートを連通させることにほかならない」と認定するとともに,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置」と認定した点に,誤りはない。
(2) 原告の主張(3)について
甲2には,被包装物(5)がある場合において,吸引機構(10)がカートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際に,真空電磁弁(21)の閉成と同時に圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させるという技術事項について明確な記載があるから,原告の主張は失当である。
確かに甲2には,「カートンの非吸着時に,吸盤に高圧のエアを送出して吸盤内の真空状態を解除し,高速かつ円滑なカートンの取り出しを行うことのできるカートン取出し装置」(甲2の2頁右上欄6~9行)に係る技術事項が記載されているが,甲2には,このような技術事項に加えて,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際に,圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させることで,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくするという技術事項(甲2の4頁左上欄8行以下)についても明確に記載されている。
そして,甲2において,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際に圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させることにより吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を解除してカートン(2)を開放しやすくすることと,カートン非吸着時に圧縮空気電磁弁(24)を開閉動作させることにより吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を解除することとは,エアコンプレッサ(25)からの圧縮空気を用いる点で共通するし,圧縮空気電磁弁(24)を開閉動作させる点でも共通する。したがって,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際の圧縮空気電磁弁(24)の「一度開閉動作」によっても,カートン非吸着時と同様に,吸盤(50)内に「高圧のエア」(甲2の2頁右上欄6行以下)を送出して吸盤(50)内の真空状態を解除するものである。
また,「吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」(甲2の4頁左上欄11~14行)ことを確実にする観点からも,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際には,相当量の高圧のエアを吸盤(50)内に送り込み,吸盤(50)内を大気圧以上にすることは必須である。そして,甲2の第4図の構成では,真空電磁弁(21)の真空ポートと大気ポートとを連通させ,同時に,圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートと出力ポートとを連通させると,必然的に,大気ポートと正圧供給ポートとは,真空ポート,着脱路及び出力ポートを介して連通する状態が形成されることになるから,そのような連通状態において,上記のように吸盤(50)に「高圧のエア」(圧縮空気)が送出されると,圧力が高い所から低い所へと流体が流れるという流体力学の原理にしたがって,圧縮空気の一部が,着脱路を介して吸盤(50)と連通した真空電磁弁(21)の大気ポートからも排出されることは明らかである。
したがって,原告の主張は誤りである。
(3) 原告の主張(4)について
甲2には,第4図の構成と第5図の構成とが互いに別の実施形態として,どちらの構成とすることもできるという趣旨で記載されており,これら2つの構成が全く等価なものとして記載されているのではない。
むしろ,甲2の第4図の構成の真空電磁弁(21)については,「第4図に示された真空電磁弁(21)は,閉成時に大気と連通するエア抜き弁として構成されている」と説明されているのに対し,第5図の構成の真空電磁弁(21a)については,「回路切換とエア抜きとの両機能を備えた真空電磁弁(21a)を設けて圧縮空気電磁弁(24)と回路接続し(第5図参照)」と説明されていることから,両電磁弁は明らかに別の機能を備えた弁であると理解できる。また,甲2の第4図の構成は,真空電磁弁(21)と圧縮空気電磁弁(24)とが吸盤(50)に対して並列に接続されている構成であるのに対し,第5図の構成は,圧縮空気電磁弁(24)が,真空電磁弁(21a)を介して吸盤(50)に接続されており,実施上も流路構成としても等価ではない。
このように,甲2の第4図の構成と第5図の構成に関する説明及び構成上の相違からすれば,これら二つの構成は等価な構成ではなく,互いに独立した別の実施形態であるから,本件審決は,そのうち第4図の構成も甲2に記載があると認定しているのである。
したがって,原告の主張は誤りである。
2 取消事由2(一致点及び相違点の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 一致点の認定の誤り
本件審決は,本件発明3と甲2の第2発明の一致点の認定の中で,「ワーク」という用語に「カートン」が含まれることは,甲15及び16記載の技術的事項に示すように技術常識といえるから,甲2の第2発明の「カートン(2)」が,本件発明3の「ワーク」に相当する,と認定した。
しかし,本件発明3の「ワーク」の定義は,特許請求の範囲から一義的に明確ではないから,本件明細書の記載を参酌すべきところ,本件明細書の段落【0001】~【0009】によれば,本件発明3の「ワーク」は,正圧空気による吹き飛びや,これにより正確な位置決めができないことが問題となるような微小で軽量なICなどの「電子部品」であることが理解できる。
これに対して,甲2に記載された「カートン取出し装置」において,「カートン」は,相当程度の重量と体積を有し,正圧空気による吹き飛びや正確な位置決めが問題となるような物体ではないから,本件発明3の「ワーク」には相当しない。
したがって,「甲2の第2発明の「カートン(2)」が,本件発明3の「ワーク」に相当する。」とした本件審決の認定は誤りである。
(2) 相違点の認定の誤り
ア 本件審決は,本件発明3と甲2の第2発明との相違点3の認定の中で,甲2の第2発明が「真空電磁弁(21)の大気ポートと真空ポートとを連通させてカートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際に,真空電磁弁(21)の真空ポートを大気ポートに連通させ,同時に,圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートを出力ポートに連通させることにより,出力ポートと真空ポートとを連通させて流路を介して大気ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させること」と認定した(判決注:下線部は原告が誤りとして主張する部分である。)。
イ しかし,前記1〔原告の主張〕(2)のとおり,甲2の第2発明は,「圧縮空気電磁弁(24)の近傍に配置された吸盤内の弱い真空状態を解除するために,真空電磁弁(21)を閉状態にする際に,一瞬だけ圧縮空気電磁弁(24)を閉状態から開状態,そして再度閉状態へ切り換える開閉動作を行い,当該弱い真空状態を解除するに足りる圧縮空気を限定して吸盤内に送出する」発明であって,圧縮空気の送出量のコントロールは「開閉動作」,すなわち,圧縮空気電磁弁を開状態に保つ時間を短くすることにより行うのであって,「正圧供給ポート」,「出力ポート」及び「大気開放ポート」とを意図的に連通させて,「大気開放ポート」を二方向弁として作用させ,大気ポートを通じて圧縮空気の送出量のコントロールを行う発明ではない。
ウ また,前記1〔原告の主張〕(4)のとおり,甲2は,第4図の構成と第5図の構成,とりわけ真空電磁弁(21)を等価なものとしているから,甲2の第2発明の認定は,第4図及び第5図の構成に共通の構成である,「真空電磁弁(21)の閉成と同時に,この閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させる」というにとどまり,本件審決のように「前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通させ,…前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記大気開放ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路に連通させる」という本件発明3の構成と同一のものを認定することはできないのであって,この点を相違点として認定しなかった本件審決は誤りである。
エ 前記ウのとおり,甲2は,第4図の構成と第5図の構成を等価なものとして,第4図の構成に加えて,第5図の構成とすることもできるとしている以上,甲2に記載されている,吸盤(50)内の弱い真空状態を解除するための圧縮空気の送出とは,単に吸盤(50)内の弱い真空状態を完全に解除し大気圧と等圧にする程度のものであって,カートンが吹き飛ぶ程度のものではなく,そもそも余剰の圧縮空気を排出する必要のない程度のものである。加えて,甲2の第2発明においては,甲2に従来技術として引用されている特開昭63-162436号公報(甲24)に開示された構成と同様の構成を採るものと理解すべきところ,甲24においては,カートンはコンベアの送り爪に挟まれて搬送されるから,甲2の第2発明も同様に,コンベアへの引き渡しに際し,送り爪に挟まれて搬送されることにより,客観的に正圧空気による吹き飛びという課題が発生し得ない構成をとっている。したがって,上記の点を相違点として認定しなかった本件審決は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 一致点の認定に誤りはないこと
本件発明3を規定する特許請求の範囲の請求項3には,単に「ワーク」と記載されているにすぎず,重量・大きさ・種類等について何ら限定されていない。また,本件特許の出願当時,吸着搬送の対象物(被吸着物)は,カートンを含めて「ワーク」と呼ばれている上(甲15の段落【0004】,甲16の段落【0002】),本件発明3を特定する特許請求の範囲では,「ワーク」から「カートン」が除外されていないから,甲2の第2発明の「カートン」は,本件発明3の「ワーク」に相当する。
また,本件発明3の「ワーク」が「吸着搬送の対象物」という意味で用いられていることは,特許請求の範囲の「吸着具の吸着面にワークを吸着させてワークを搬送する」との記載から明らかである。したがって,本件発明3の「ワーク」の意味は「吸着搬送の対象物」という意味で一義的に明確であり,本件明細書を参酌すべき理由はない。仮に本件明細書を参照しても,段落【0009】では,ワークは「電子部品など」とされ,電子部品に限定されていない。
以上より,本件審決が,甲2の第2発明の「カートン(2)」が,本件発明3の「ワーク」に相当すると認定した点に誤りはないから,本件審決がした本件発明3と甲2の第2発明の一致点の認定に誤りはない。
(2) 相違点の認定に誤りはないこと
ア 原告の主張(2)イについて
前記1〔被告の主張〕(1)のとおり,本件審決が,甲2の第2発明について,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置」と認定した点に誤りはないから,このような甲2の第2発明の認定を前提に,本件審決が,本件発明3と甲2の第2発明との相違点3として,前記1〔原告の主張〕(2)アのとおり認定した点に誤りはない。
イ 原告の主張(2)ウについて
前記1の〔被告の主張〕(3)のとおり,甲2の第4図の構成と第5図の構成とは,互いに独立した構成であって,等価な構成ではないから,原告の主張は前提において誤りがある。
また,原告が適示する甲2の「真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させる」(甲2の4頁左上欄10~11行)との説明は,当該説明に先行する「開状態の真空電磁弁(21)が閉じ,大気開放されて真空状態が遮断され,吸盤(50)は起函されたカートン(2)を開放する」(甲2の3頁右下欄下から3~1行)ことに際して,圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させることもできるという趣旨の説明であると解すべきである。したがって,甲2文献の「真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させる」(甲2の4頁左上欄10~11行)との説明は,「大気開放」が可能な第4図の構成のみを対象とした説明である。第5図の構成の場合,そもそも「大気開放」がされない構造となっているからである。したがって,原告の主張は,「第4図と第5図に共通のものとして理解すべき」としている点においても,誤りがある。
また,甲2の第2発明の回路(甲2の第4図)では,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際に,真空電磁弁(21)の閉成と同時に圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させると,流路を介して大気ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させることになる。したがって,本件審決が,甲2の第2発明について,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路に連通させる」と認定したことは正当であり,この点を本件発明3との相違点として認定しなかったことに誤りはない。
ウ 原告の主張(2)エについて
甲2には,従来技術として「特開昭63-162436号公報」(甲24)の記載はあるものの,同公報の「カートンの吸着を解除してコンベアに引き渡す」(甲2の1頁右下欄14~15行)との構成の詳細についての記載はないし,甲2におけるカートン(2)をコンベア(14)に引き渡す構成が,同公報の構成と同一である旨の記載もない。
また,甲2の第2発明は,本件審決が認定したとおり,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路に連通させる」との構成を備えており,この構成において,本件発明3と甲2の第2発明には相違点はない。この点について容易想到性の検討対象となる相違点がない以上,原告が主張する「吹き飛びという課題」の有無を検討する必要はない。
したがって,原告の主張は誤りである。
3 取消事由3(本件発明3の容易想到性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件発明3は,ICなどの電子部品の迅速な離脱と,正確な位置決めを両立させるという課題を有し,「正圧供給ポート」,「出力ポート」及び「大気開放ポート」とを意図的に連通させて,「大気開放ポート」を二方向弁として作用させ,真空破壊の際に「正圧供給ポート」から送出する圧縮空気の流量を低下させることなく,かつ,当該圧縮空気を,「出力ポート」が大気圧に達すると逆に,「大気開放ポート」から逃がすという手段を採用することによって,上記課題を解決するという顕著な作用効果を有する発明である(本件明細書の段落【0006】~【0010】)。
これに対し,甲2の第2発明は,「カートン取出し装置」であり,本件発明3が対象とするICなどの電子部品とは,重量・体積等がはるかに大きい「カートン」を対象物とした発明であり,正確な位置決めや吹き飛びによる配置の正確性の低下という課題が生じないから,本件発明3の上記課題は認識され得ない。また,甲2においては,単に圧縮空気電磁弁(24)を「一度開閉動作」として,瞬間的に圧縮空気電磁弁(24)を開け閉めして,わずかな圧縮空気を吸盤(50)内に送出し,吸盤(50)内に残存する弱い真空状態を解除するとの手段が開示されているにすぎず,本件発明3の上記課題解決手段や課題解決原理を認識することはできない。
以上のとおり,甲2の第2発明(カートンの取出し装置)と,本件発明3のICなどの電子部品の吸着搬送装置とでは,技術分野が異なり,甲2の第2発明においては,ICなどの電子部品のような微細なワークの迅速な離脱と正確な位置決めの両立といった課題を認識することはできず,また,甲2の第2発明は,単に「一度開閉動作」として瞬間的に圧縮空気電磁弁(24)を開け閉めして,わずかな圧縮空気を吸盤(50)内に送出する手段を開示するにすぎず,本件発明3が課題解決原理として採用する,「正圧供給ポート」,「出力ポート」及び「大気開放ポート」とを意図的に連通させて,「大気開放ポート」を二方向に作用させ,真空破壊の際に「正圧供給ポート」から送出する圧縮空気の流量を低下させることなく,かつ,当該圧縮空気を,「出力ポート」が大気圧に達すると逆に,「大気開放ポート」から逃がすという手段とは根本的に異なるから,当業者であっても,甲2の第2発明から,本件発明3に想到することは不可能である。
したがって,これに反する本件審決の判断は誤りである。
(2) 本件審決は,甲2の「なお,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,圧縮空気電磁弁(24)は閉状態となっているが,真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させると,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくすることもできる」との記載を参照すると,圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートから着脱路を介在して吸盤(50)内に正圧空気が供給されて,吸盤(50)内が大気圧よりも低い状態から,大気圧以上の状態まで加圧されることを理解でき,甲2の第2発明の大気ポートは,大気圧程度の圧力といえるから,当該大気ポートが着脱路を介在して正圧供給ポートと連通して,正圧空気が供給されるとすれば,大気ポートが大気圧以上に加圧されることは当然といえるし,大気ポートが大気圧以上に加圧されれば,大気ポートから正圧空気の一部が排出されるとの本件発明3と同様の作用が生じることは必然である旨判断した。
しかし,甲2の「一度開閉動作」とは,「吸盤内に残留する弱い真空状態の解除」を目的として,瞬間的に真空電磁弁(21)を開け閉めして,わずかな圧縮空気を吸盤(50)内に送出する手段を開示するにすぎず,上記開示によっては,「大気ポートを大気圧以上に加圧する」とか,「大気ポートから正圧空気の一部が排出される」とか,それによって,「大気ポート」が二方向弁として働き,迅速な離脱と正確な位置決めを両立させるといった課題解決原理・本件発明3の顕著な効果を認識することはできない。
大気ポートとそれに至る流路まで大気圧そして大気圧以上として,圧縮空気の一部が大気ポートから排出されるようにするには,「一度開閉動作」することでは足りず,「正圧供給ポート」を「開状態にして」,「正圧供給ポート」,「出力ポート」及び「大気ポート」の全てを,一定時間連通状態にすることが不可欠である。「一度開閉動作」という記載からはこのような技術的事項が開示されているとはいえない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
(3) 本件審決は,本件発明3と同様に,甲2の第2発明は,カートンをコンベアに引き渡す際に正圧空気を着脱路に連通させ,大気ポートから正圧空気の一部が排出される作用が生じ,結果として,カートンが吹き飛ばされていないから,甲2において,ワークの吹き飛びを防止するという課題を明示的に認識するまでもなく,当該課題が解決されている旨判断した。
しかし,甲2の対象とする「カートン」は相当程度の体積重量を有し,圧縮空気を「一度開閉動作させ」て,わずかに送出した程度では吹き飛ばないし,搬送後の「カートン」は「送り爪」によって保持されることが常識であるから,甲2から,本件発明3と同様の意味においての「吹き飛び」や「正確な位置決め」の課題を認識することはできない。また,仮に課題を認識したとしても,甲2の第2発明は,瞬間的に圧縮空気電磁弁(24)を開け閉めして,わずかな圧縮空気を吸盤(50)内に送出するというものにすぎず,本件発明3の課題解決手段とは根本的に異なるから,甲2の第2発明を,本件発明3の課題解決手段として採用し,これを他の引用例や周知技術に組み合わせる動機付けを根本的に欠く。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 原告の主張(1)について
原告は,本件発明3と甲2の第2発明とは課題と作用効果が異なる旨主張する。しかし,原告の上記主張は,本件発明3のワークがIC等の電子部品に限定されることを前提としているが,この前提が誤りであり,吸着搬送の対象物が「ワーク」である点において,本件発明3と甲2の第2発明に差異がないことは,前記2の〔被告の主張〕(1)のとおりである。したがって,原告の上記主張は,誤った前提に基づくものであり失当である。
また,原告は,甲2の第2発明は本件発明3の課題解決手段を開示していない旨主張する。しかし,本件発明3の課題解決手段について検討するに,本件発明3は,ワークを搬送した後に迅速にワークを離脱させるとともに,所定の位置にワークを位置決めできるようにすることを目的とし(本件明細書の段落【0009】),その課題解決手段として,特許請求の範囲に記載のとおり,ワークの吸着を停止する際に,大気開放ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させる構成を採用したものである(本件明細書の段落【0012】)。そして,甲2の第2発明は,ワークの吸着を停止する際に,大気ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させる構成である。そうすると,甲2の第2発明は,本件発明3の上記課題解決手段を備えている。したがって,原告の上記主張は失当である。
(2) 原告の主張(2)について
原告は,甲2の第2発明について,大気ポートから正圧空気の一部が排出されるとの本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,前記1の〔被告の主張〕(1)のとおり,甲2の第2発明では,大気ポートから正圧空気の一部が排出されるのであるから,これに反する原告の主張は失当である。
(3) 原告の主張(3)について
原告は,甲2の第2発明において,カートンをコンベアに引き渡す際に正圧空気を着脱路に連通させ,大気ポートから正圧空気の一部が排出される作用が生じ,結果として,ワークの吹き飛びを防止するという課題を明示的に認識するまでもなく解決されているとの本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,前記(1)のとおり,甲2の第2発明は,本件発明3の課題解決手段を備えているから,当然に本件発明3の課題は解決されていることになる。すなわち,進歩性の有無の判断対象である発明と引用発明とを対比したとき,引用発明が対象発明の構成の主要部(課題解決手段)を備えるときは,殊更に対象発明の課題が採り挙げられて引用刊行物にこれが記載されていないことのみを理由に進歩性が肯定されるべきではない。原告の上記主張は失当である。
(4) 以上によれば,本件審決が,本件発明3が甲2の第2発明に基づいて容易想到であるとした判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 本件発明3について
(1) 本件発明3に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲27の1及び甲25の1により訂正された後の甲21)の発明の詳細な説明には,概ね,次の内容の記載がある。
「【0002】
【従来の技術】
半導体集積回路が形成されたICやLSIなどの電子部品を検査する場合,多数の電子部品を検査ボードに搭載し,それぞれの電子部品が所定の機能を有するか否かを検査している。その際にはそれぞれトレイなどに配置された電子部品を吸着搬送装置により検査ボードに搭載するようにしている。また,実装基板に電子部品を搭載する場合にも,チップマウンタとも言われる吸着搬送装置を用いて所定の順序で複数種類の電子部品を順次実装基板に搭載するようにしている。
【0003】
このような吸着搬送装置としては,X方向とY方向の2軸方向に水平移動自在の搬送部材つまり搬送ヘッドに上下動部材を設け,ワークを吸着する吸着面を有する吸着具を上下動部材の先端に設けたものがある。この吸着搬送装置にあっては,部品供給ステージで吸着具により吸着されたワークは,上昇移動した後に所定の位置まで水平移動し,次いで吸着具を下降移動することにより,所定の被搭載位置に搭載されることになる。
【0004】
吸着具には吸着面に開口する着脱路が形成され,着脱路には真空源と正圧源とがそれぞれ制御弁を介して連通するようになっており,吸着具によってワークを吸着する際および吸着して搬送する際には吸着面は着脱路を介して真空源に連通される。一方,ワークを吸着具から離脱させて所定の被搭載位置にワークを搭載する際には,吸着面と真空源との連通を遮断するとともに,正圧源を吸着面に着脱路を介して連通させて吸着面の真空を破壊することにより,ワークを確実に吸着具から離脱させるようにしている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
昨今,吸着搬送される被吸着物であるICなどの電子部品は,その形状がますます小さく,かつ軽くなってきており,被吸着物を吸着具から離脱させるために吸着具に真空破壊用の正圧空気を供給したときに,被吸着物が正圧空気によって吹き飛ばされて,所定の位置に正確に搭載することができない場合がある。
【0007】
流量調整用のニードル弁により正圧流路を絞ると,着脱路に供給される真空破壊用の正圧空気の流量を,圧力を変化させることなく,低下させることができるので,正圧流路を絞ったり,正圧空気の圧力を低下させると,真空破壊時に被吸着物であるワークが吹き飛ばされることを防止できる。
【0008】
しかしながら,真空破壊用の正圧空気の流量を低下させたり,圧力を低下させると,吸着具から被吸着物を離脱させるまでに時間がかかり,チップマウンタの場合には電子部品の搭載に要するタクトタイムが長くなり,生産性が低下してしまう。
【0009】
本発明の目的は,電子部品などをワークとして吸着具により搬送した後に迅速にワークを吸着具から離脱させることができるとともに,所定の位置にワークを位置決めすることができるようにすることにある。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明の流路切換ユニットは,上下動部材の先端に設けられた吸着具の吸着面にワークを吸着させてワークを搬送する吸着搬送装置に使用する流路切換ユニットであって,正圧源に正圧流路を介して連通する正圧供給ポート,前記吸着具の着脱路に連通する出力ポート,真空源に真空流路を介して連通する真空供給ポート,前記着脱路に連通する真空ポート,および大気に開放され大気を前記着脱路に供給するとともに前記正圧供給ポートからの正圧空気の一部を排出する大気開放ポートが形成された流路ブロックと,前記流路ブロックに設けられ,前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させる状態と前記正圧供給ポートを遮断する状態とに作動する真空破壊制御弁と,前記流路ブロックに設けられ,前記真空ポートを前記真空供給ポートに連通させる状態と前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通させる状態とに作動する真空供給制御弁とを有し,前記正圧源からの正圧空気を前記着脱路に連通させてワークの吸着を停止する際に,前記真空供給制御弁の前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通させ,前記真空破壊制御弁の前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて前記流路ブロックに形成された流路を介して前記大気開放ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させることを特徴とする。
【0013】
本発明にあっては,吸着具に吸着されたワークを吸着具から離反させる際には,吸着具の着脱路には大気開放ポートから大気圧の空気が供給されるとともに正圧源からの正圧空気が供給されるので,迅速にワークを離反させることができるとともにワークが吸着具から飛散することを防止でき,ワークを所定の位置に位置決めすることができる。
【0015】
図1は本発明の一実施の形態である吸着搬送装置を示す概略図であり,図2は吸着搬送装置によって電子部品を搬送する場合における搬送工程を示す工程図である。
file_2.jpg【0016】
電子部品であるワークWを吸着して搬送する吸着ビットつまり吸着具10は,図1に示すように,空気圧シリンダ11により上下動するピストンロッド12の先端に設けられており,吸着具10にはワークWを吸着する吸着面13に開口して着脱路14が形成されている。
【0017】
空気圧シリンダ11内にはピストンの両側に前進用空気圧室15aと後退用空気圧室15bとが形成されており,それぞれの空気圧室15a,15bに接続された空気圧流路16a,16bと圧縮空気圧源つまり正圧源17に接続された空気圧流路18との間には,シリンダ制御弁19が設けられている。このシリンダ制御弁19は,ソレノイドに対する給電により作動する5ポート電磁弁であり,ソレノイドに通電すると吸着具10はピストンロッドにより上昇移動し,通電を停止すると下降移動することになる。
【0018】
ワークWを吸着具10により吸着するために真空供給源つまり真空源20に接続された真空流路21と,着脱路14の真空状態を破壊するために正庄源17に接続された正圧流路22とがそれぞれ着脱路14に着脱路14aを介して接続され,正圧流路22にはこの正圧流路22を介して着脱路14に供給される正圧空気量を調整するために流量調整用のニードル弁つまり可変絞り弁23が設けられている。正圧源17は空気圧シリンダ11と着脱路14とに供給されるようになっており,正圧源17からの圧縮空気は,両方に共用して供給されるようになっている。
【0019】
吸着具10によりワークWを吸着する際に真空流路21を開き,吸着を停止する際に真空流路21を閉じる真空供給制御弁24が真空流路21に設けられており,吸着具10により吸着していたワークWの吸着を停止してワークWを離脱させる際に正圧流路22を開き,吸着する際に正圧流路22を閉じる真空破壊制御弁25が正圧流路22に設けられている。
【0020】
真空破壊制御弁25はソレノイドに対する給電により作動する2ポート電磁弁であり,ソレノイドに通電すると正圧流路22の正圧供給ポートPと出力ポートAとが連通状態となって正圧流路22は開かれ,通電を停止すると正圧供給ポートPは閉じられる。
【0021】
一方,真空供給制御弁24は真空源20に接続される真空供給ポートVSと,着脱路14に接続される真空ポートVと,大気に連通する大気開放ポートTとを有し,ソレノイドに対する給電により作動する3ポート電磁弁である。ソレノイドに通電すると真空供給ポートVSと真空ポートVは連通状態となり,通電を停止すると真空ポートVは大気開放ポートTと連通状態となって着脱路14は大気に連通した状態となる。
【0022】
この吸着搬送装置は,図2に示す手順によりワークの吸着搬送が行われる。図2は部品供給ステージ26に配置された電子部品つまりワークWを実装基板などの被搭載部27に吸着搬送する手順を示す。まず,図2(A)に示すように所定のワークWの真上に吸着具10を位置決めした状態のもとでシリンダ制御弁19に通電して吸着具10を下降移動させる。図2(B)に示すように,吸着具10の吸着面13がワークWに接触したら,真空供給制御弁24に通電して真空流路21を開くことにより,真空源20と着脱路14とを連通状態とする。これにより,ワークWは吸着具10により真空吸着される。
file_3.jpg【0023】
この状態のもとで,シリンダ制御弁19に対する通電を解いて,吸着具10を上昇移動した後に,図示しない搬送部材により空気圧シリンダ11を水平方向に搬送移動する。図2(C)は搬送移動している状態を示す。
【0024】
ワークWが被搭載部27の所定の位置まで搬送されたならば,シリンダ制御弁19に通電して吸着具10を図2(D)に示すように下降移動させて,ワークWを所定の位置に接触させる。この状態のもとで,真空供給制御弁24に対する通電を停止して真空ポートVと大気開放ポートTとを連通状態にするとともに,真空破壊制御弁25に対して通電する。
【0025】
大気開放ポートTが真空ポートVと連通状態となると,大気が大気開放ポートTから着脱路14を介して吸着面13に流れるとともに,正圧源17からの大気圧よりも高い正圧空気が吸着面13に流れることになる。つまり,着脱路14には,大気開放ポートTからは圧力を大気圧にする空気が流入し,正圧源17からは大気圧よりも高い圧力の空気が流入するので,吸着面13および着脱路14には2倍の流量の空気が流れることになる。
【0026】
このように,真空状態の着脱路14には大気圧の空気と正圧空気とが大気開放ポートTと正圧供給ポートPの両方から供給されることになり,迅速に所定の圧力に設定されることになる。着脱路14が大気圧以上となると,正圧供給ポートPからの正圧空気は着脱路14に流入するとともに,大気開放ポートTから一部が排気されることになるので,高い圧力の圧縮空気が大量にワークWに吹き付けられることが防止される。しかも,大気開放ポートTから大気を導入しないで,正圧空気のみを着脱路14に供給する場合には,着脱路14内の圧力と正圧空気の圧力との差圧が大きいので,吸着されているワークWには大きな衝撃力が作用することになるが,大気開放ポートTを着脱路14に連通させることによって,ワークの離脱動作を遅くすることなく,ワークの吹き飛びを確実に防止することができる。
【0027】
着脱路14および吸着面13の真空破壊は,真空供給制御弁24への通電停止と真空破壊制御弁25への通電とをほぼ同時に作動させるようにしても良く,真空供給制御弁24への通電停止を真空破壊制御弁25への通電よりも,たとえば,0.1秒程度早く行うようにしても良い。早く行うことによって,大気圧状態にまで真空破壊を行った後に正圧空気が供給されることになり,真空破壊が大気圧への復帰動作と大気圧以上への加圧動作との2段階の動作となり,ワークの吹き飛ばし発生を防止しつつ短いタクトタイムでワークの搭載を行うことができる。
【0038】
【発明の効果】
本発明によれば,吸着具に吸着されたワークを吸着具から離反つまり離脱させる際には,着脱路は大気開放ポートに連通するとともに正圧源に連通することになり,迅速にワークを離脱させることができる。これにより,電子部品を実装基板などの被搭載物に搭載するためのタクトタイムを短くすることができる。
【0039】
離脱時にはワークが吸着具から吹き飛ばされることがないので,ワークはずれることなく,所定の被搭載位置に高精度に位置決めしてワークを搭載することができる。」
(2) 前記第2の2の本件発明3の特許請求の範囲及び前記(1)の本件明細書の記載によれば,本件発明3は,従来技術の吸着搬送装置においては,吸着面に開口する着脱路に真空源と正圧源がそれぞれ制御弁を介して連通するようになっており,吸着面を真空源に連通させてワークを吸着し,所定の被搭載位置まで搬送した後,吸着面と真空源との連通を遮断するとともに,正圧源を吸着面に連通させて吸着面の真空を破壊することにより,ワークを離脱させるようにしていたところ(段落【0002】~【0004】),吸着搬送される被吸着物であるIC等の電子部品は,その形状が小さくかつ軽くなってきたため,被吸着物を吸着具から離脱させるために吸着具に真空破壊用の正圧空気を供給したときに,被吸着物が正圧空気によって吹き飛ばされて,所定の位置に正確に搭載することができない場合があり,一方,正圧空気の圧力を低下させるとワークの吹き飛ばしは防止できるが,被吸着物の離脱に時間がかかり,生産性が低下するという問題があったことから(段落【0006】~【0008】),電子部品等をワークとして吸着具により搬送した後に迅速にワークを吸着具から離脱させるとともに,所定の位置にワークを位置決めできるようにすることを目的とし(段落【0009】),この課題を解決する手段として,特許請求の範囲請求項3のとおり,正圧源からの正圧空気を着脱路に連通させてワークの吸着を停止する際に,大気開放ポートを正圧供給ポート及び着脱路に連通させる構成を採用することにより(段落【0012】),吸着具に吸着されたワークを離脱させる際には,吸着具の着脱路に大気開放ポートから大気圧の空気が供給されるとともに,正圧源から正圧空気が供給されるので,迅速にワークを離脱させることができ,さらに,着脱路が大気圧以上となると,正圧空気が着脱路に流入するとともに,大気開放ポートからも一部が排出されるので,ワークが吸着具から飛散することを防止でき,ワークを所定の位置に位置決めすることができる(段落【0013】,【0025】,【0026】,【0038】,【0039】)というものであることが認められる。
2 取消事由1(甲2の第2発明の認定の誤り)について
原告は,本件審決が甲2の第2発明について「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置。」と認定したことは誤りである旨主張するので,この点について検討する。
(1) 甲2には,概ね,次の記載がある。
「1.発明の名称
カートン取出し装置
2.特許請求の範囲
受け取り位置と引き渡し位置との間に往復作動される吸引機構端部に設けられ,カートンを積み重ねて収容するマガジン内から吸気によりカートンを1枚づつ吸着して取出し,コンベアに引き渡すカートン吸引手段を備えたカートン取出し装置において,上記カートン吸引手段に選択的にエアを圧送する高圧エア送出手段を接続したことを特徴とするカートン取出し装置。
3.発明の詳細な説明
〔産業上の利用分野〕
本発明は,扁平に折畳まれてマガジン内に収容されたカートンを1枚づつ取出してコンベアに引渡すカートン取出し装置に係り,特にカートンを吸着する吸引機構に関するものである。
〔従来の技術〕
カートン取出し装置は,マガジン内に,扁平に折畳まれた多数のカートンを積重ねて収容し,バキュームを用いた吸盤等のカートン吸引手段を備えた吸引機構がカム駆動により往復揺動して端部側から1枚づつ吸着し,取出してコンベアに引渡して搬送するものである。このカートンは,吸引機構による移送中またはコンベア上などにおいて起凾(外形をカートンの形状に拡げる)され,内容物が収納される。
従来のカートン取出し装置は,マガジンからカートンを取り出す際にはカートン吸引手段が真空電磁弁を介して真空源に接続されてカートンを吸着保持し,吸引機構によりコンベアに移送され,次にこのカートン吸引手段が上記真空電磁弁を介して大気開放されると,カートンの吸着を解除してコンベアに引き渡すように構成されている(特開昭63-162436号公報参照)。
〔発明が解決しようとする問題点〕
上述の如く,従来のカートン取出し装置では,被包装物(ワーク)がない場合,装置の運転を非常停止しなければならないだけでなくカートンの非吸着時には,カートン吸引手段としての吸盤が大気開放により大気圧と等圧となることが必要である。
特に高速運転時には短時間で真空状態と大気圧状態とに切換わらなければならないにもかかわらず,吸気管路内のフィルターの目詰まり,および管路容積に対する吸盤容積が大となる場合等,吸盤内が充分に大気圧と等圧になりきらず,カートンの非吸着時にも弱い真空状態が発生していた。
このため,カム駆動により受け取り位置と引き渡し位置との間で往復作動される吸引機構の端部に設けられた吸盤は,被包装物(ワーク)の有無にかかわららず,マガジン最下面のカートンに接触するとカートンを吸着し,被包装物が無い場合でもマガジン内のカートンを引き出そうとする。これが縁り返されると,カートンがマガジンの係合爪からはずれ,運転を停止しなければならないだけでなく,コンベアの引き渡しが円滑に行なわれない等の問題があった。
さらに,カートンの係合爪からの脱落を防ぐため,マガジンの係合爪を深くすると,カートンがマガジンから取り出しにくくなり,マガジン内に多数のカートンを収容できない等の問題があった。
本発明は,このような欠点を除くためになされたもので,カートンの非吸着時,吸盤に高圧のエアを送出して吸盤内の真空状態を解除し,高速かつ円滑なカートンの取り出しを行うことのできるカートン取出し装置を提供するものである。」(1頁左下欄2行~2頁右上欄9行)
「〔実施例〕
…第1図および第2図はそれぞれは本発明の一実施例に係るカートン取出し装置の正面図および断面図である。」(2頁左下欄4~8行)
file_4.jpgRake \ aerey ~~ tonifile_5.jpg「吸盤(50)は,アーム(52)の内部通路(54),レバー(48)の内部通路(56),支持軸(12)の軸方向通路(58)および半径方向通路(60)を介して,環状体(44)の内面に形成された環状溝(62)に連通している。この環状体(44)の環状溝(62)は,通路(64),チューブ(66),筒体(32)の通路(68)を介して筒体(32)内面の環状溝(70)に連通し,さらに,中央の固定軸(6)の通路(72)および軸方向通路(74)を介して,フィルタ(20)とコントローラ(26)に電気的に接続された真空電磁弁(21)と真空ポンプ(23)とに接続されている。
さらに,回転体(8)に支持された3個の吸引機構(10)の吸盤(50)は,筒体(32)に形成された3本の異なる環状溝(70),(76),(78)を通じて,それぞれ真空ポンプ(23)に接続されており,各真空電磁弁(21)により独立してバキュームを作用させまた遮断することができるとともに,この吸盤(50)は,上記コントローラ(26)と電気的に接続された圧縮空気電磁弁(24)を介して高圧エア送出手段としてのエアコンプレッサ(25)にも接続されており,この圧縮空気電磁弁(24)の開閉動作により吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を解除することができるようになっている。
上記コントローラ(26)はコンベア(14)と同期して搬送される被包装物(ワーク)(5)の有無を検出する検知センサ(27)を備えており,この検知センサ(27)の検出信号に基づいて上記各電磁弁(21),(24)を開閉制御することにより,吸盤(50)内を真空又は大気圧の状態に選択的かつ瞬間的に切換えるようにしている(第4図参照)。
また,第4図に示された真空電磁弁(21)は,閉成時に大気と連通するエア抜き弁として構成されているが,回路切換とエア抜きとの両機能を備えた真空電磁弁(21a)を設けて圧縮空気電磁弁(24)と回路接続し(第5図参照),この真空電磁弁(21a)の閉成時にのみ圧縮空気電磁弁(24)と連通する構成とすることもできる。」(3頁左上欄12行~左下欄8行)
「この時,検知センサ(27)が被包装物(5)を検出すると,検知センサ(27)の検知信号がコントローラ(26)に送出され,コントローラ(26)からの指令信号に基づき,圧縮空気電磁弁(24)は閉状態のまま真空電磁弁(21)が開き,吸盤(50)が真空ポンプ(26)に接続連通されてカートン(2)を吸着する。
その後,吸引機構(10)は,回転しつつアーム(52)の先端を僅かに内方へ振って,マガジン(4)からカートン(2)を取出す。カートン(2)は吸引機構(10)の吸盤(50)により下面側を吸着保持されたまま下降してゆく間に,吸引器(80)により拡開され,さらに図示しない起凾機構により起凾されてコンベア(14)に引き渡される。コンベア(14)に引き渡された時点で,コントローラ(26)からの指令信号に基づき開状態の真空電磁弁(21)が閉じ,大気開放されて真空状態が遮断され,吸盤(50)は起凾されたカートン(2)を開放する。
カートン(2)を開放した吸引機構(10)は,外方へ揺動されつつ回転し,再びカートン(2)を取り出すためにマガジン(4)へ向かう,3個所の吸引機構(10)が,上記作動を順次繰り返すことにより,マガジン(4)内に収容されたカートン(2)を起凾してコンベア(14)に引渡し,被包装物(5)の搬送と同期して連続して搬送を行なう。
なお,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,圧縮空気電磁弁(24)は閉状態となっているが,真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させると,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくすることもできる。
次に被包装物(5)がない場合について説明する。検知センサ(27)が被包装物(5)のないことを検出すると,検知センサ(27)の検知信号がコントローラ(26)に送出され,コントローラ(26)からの指令信号に基づいて閉状態の真空電磁弁(21)は閉じたままで圧縮空気電磁弁(24)が開閉動作され,吸盤(50)内は完全に真空が解除される。このため,吸盤(50)はマガジン(4)のカートン(2)に吸着保持することなく次の動作に移る。この時,真空電磁弁(21)は次にマガジンからカートンを吸着する動作に移るまで閉状態のままである。このため,被包装物(5)と同期して搬送を行うコンベア(14)にはカートン(2)が引き渡されることがない。」(3頁右下欄4行~4頁右上欄8行)
(2)ア 前記(1)の記載によれば,甲2に記載された発明は,少なくとも,吸盤(50)の吸着面にカートン(2)の下面側を吸着させ,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡すカートン取出し装置に使用する流路切換装置であって,正圧供給ポートを出力ポートに連通させる状態と正圧供給ポートを遮断する状態とに作動する圧縮空気電磁弁(24)と,真空ポートを真空供給ポートに連通させる状態と真空ポートを大気ポートに連通させる状態とに作動する真空電磁弁(21)とを有し,大気ポートと真空ポートとを連通させてカートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際に,真空電磁弁(21)の真空ポートを大気ポートに連通させる(大気開放させる)流路切換装置であることが認められる。
なお,下図は,甲2の第4図に,甲2の各構成要素の名称を付するとともに,本件発明3の構成要素に対応する名称を付したものである。
file_6.jpgw 4 @ (EERE ara seme SwoRRe Py Garensier a )_€ Hr aaah) — 7 Rama Co (Re (4 cr sa cee = cua 2 L_¢イ さらに,前記(1)のとおり,甲2には,「カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,圧縮空気電磁弁(24)は閉状態となっているが,真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させると,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくすることもできる」(甲2の4頁左上欄8行~同欄14行)ことが記載されている。甲2のこの記載は,図4に示される実施例と図5に示される実施例を前提とした記載であり,それぞれの実施例において,圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させることにより,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくすることも甲2には記載されているということができる。
そして,甲2の図4に示される実施例において,上記記載に基づき「圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させ」た場合に導き出される技術事項も,甲2の図5に示される実施例において,上記記載に基づき「圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させ」た場合に導き出される技術事項も,いずれも甲2に記載されている技術事項であるということができる。
原告は,この点について,第4図の構成と第5図の構成とは等価なものとして記載されているから,第4図の構成のみを採り上げて甲2の第2発明の要旨として認定することはできず,甲2には,第4図及び第5図の構成に共通の構成しか記載されているとはいえず,甲2の第2発明として認定できるものは,第4図及び第5図の共通の構成の限度である旨主張する。
しかし,甲2に接した当業者は,図4に示される実施例において「圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させ」た場合の構成と,図5に示される実施例において「圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させ」た場合の構成とが,同一の技術構成であると理解するものではなく,それぞれ別の構成を有する実施例であると理解することは自明であるから,図4に示される実施例において上記記載に基づいて「圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させ」た場合に導き出される技術事項を,甲2に記載されている技術事項として認定すること,すなわち,第4図の構成と第5図の構成のうち,第4図の構成を甲2の第2発明として認定することに誤りはないというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ そこで,甲2の図4に示される実施例について,前記イの甲2の記載に基づき,「カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,圧縮空気電磁弁(24)は閉状態となっているが,真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させ」た場合の構成について検討する。
圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させるのは,カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,真空電磁弁(21)の閉成と同時であるから,真空電磁弁(21)が閉成し,真空ポートと大気ポートとが連通したときである。
圧縮空気電磁弁(24)を開閉動作させると,まず,開動作によって圧縮空気電磁弁(24)の正圧供給ポートと出力ポートとが連通し,エアコンプレッサ(25)からの圧縮空気が着脱路に流れるようになる。このとき,真空電磁弁(21)の真空ポートと大気ポートとは連通し,真空ポートと着脱路とは連通しているから,結局,圧縮空気電磁弁(24)の出力ポートと真空電磁弁(21)の真空ポートとは着脱路を介して連通し,真空電磁弁(21)の大気ポートは圧縮空気電磁弁の正圧供給ポートと着脱路とに連通することになる。
そして,真空電磁弁(21)の閉成と同時に圧縮空気電磁弁(24)が開動作した直後の着脱路は,それまで真空電磁弁が開いて真空ポンプに連通していたことにより,負圧となっているから,エアコンプレッサ(25)からの圧縮空気は圧縮空気電磁弁(24)を介して着脱路へ流れ,真空電磁弁(21)の大気解放ポートから流入した空気も着脱路へ流れることになる。これは,前記1(1)の本件発明3に係る本件明細書の段落【0025】記載の「大気開放ポートTが真空ポートVと連通状態となると,大気が大気開放ポートTから着脱路14を介して吸着面13に流れるとともに,正圧源17からの大気圧よりも高い正圧空気が吸着面13に流れることになる。つまり,着脱路14には,大気開放ポートTからは圧力を大気圧にする空気が流入し,正圧源17からは大気圧よりも高い圧力の空気が流入する」のと同様の状態であると考えられる。
次に,圧縮空気電磁弁(24)が閉動作すると,圧縮空気電磁弁(24)の出力ポートと正圧供給ポートとは遮断されるから,大気ポートと正圧供給ポートは連通しなくなる。このとき着脱路は,着脱路と大気ポートとが連通しており,また先に圧縮空気電磁弁(24)が開動作で圧縮空気が供給されていたことによって,既に弱い真空状態が完全に解除され,カートン(2)がコンベア(14)へ引き渡された状態又は引き渡される直前の状態になっていると考えられる。そして,一度開閉動作する圧縮空気電磁弁(24)の閉動作が,着脱路の圧力が大気圧よりも高くなる前に行われるとすると,「吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」ことにはならないから,圧縮空気電磁弁(24)の閉動作は,「吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」ようにした後,すなわち,着脱路が大気圧より高くなった後であり,このような状態は負圧によって吸着されていたカートン(2)がコンベア(14)へ引き渡された状態又は引き渡される直前の状態であると考えられる。したがって,圧縮空気電磁弁(24)の閉動作は,着脱路が負圧状態から,大気圧以上に高くなった状態か,少なくとも大気圧以上になる圧縮空気が出力ポートから送出された後に行われるべきものであり,この閉動作が行われる直前においては,着脱路は大気圧以上になり,エアコンプレッサ(25)から流れた圧縮空気は,一部が着脱路へ流れ,残りは真空電磁弁(21)を介して大気ポートへ流れるか,少なくとも,圧縮空気電磁弁(24)が閉じられる前に出力ポートから送出された圧縮空気の一部が大気ポートへ流れることになる。これは,前記1(1)の本件発明3に係る本件明細書の段落【0026】記載の「着脱路14が大気圧以上となると,正圧供給ポートPからの正圧空気は着脱路14に流入するとともに,大気開放ポートTから一部が排気されることになるので,高い圧力の圧縮空気が大量にワークWに吹き付けられることが防止される。」のと同様の状態であると考えられる。
以上のとおりであるから,甲2には実質的に「出力ポートと真空ポートとを連通させて流路を介して大気ポートを正圧供給ポートと着脱路とに連通させる,流路切換装置」が記載されているということができる。
したがって,本件審決の甲2の第2発明の認定に誤りはない。
エ 原告の主張について
(ア) 原告は,この点について,甲2が,「開状態にする」,「閉状態にする」又は「連通させる」という用語と区別して,あえて閉状態の圧縮空気電磁弁を「一度開閉動作」するとの表現を用いていること,甲2において,吸盤内の弱い真空状態を解除し,吸盤内を大気圧と等圧にするには,一瞬の開閉動作で,わずかな圧縮空気を送出すれば十分であること,圧縮空気の圧力上がり過ぎを防止するために,甲2においては,「圧縮空気電磁弁を開状態にする」ことによって「大気ポート」と連通させて,「大気ポート」を二方向弁として作用させるのではなく,一瞬での閉状態への切り替えもセットにした圧縮空気電磁弁を「一度開閉動作」することによって,送出する圧縮空気の量を限定していることに照らせば,圧縮空気電磁弁の「一度開閉動作」は,閉状態から開状態にし,間隔を開けずに,瞬間的に再度閉状態に切り替えることを意味すると解釈すべきであって,甲2の第2発明について,「前記出力ポートと前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置」との要旨を認定することは不可能であり,また,甲2には,「吸盤が大気開放により大気圧と等圧となることが必要である」(甲2の2頁左上欄1~3行),「吸盤内が充分に大気圧と等圧になりきらず,カートンの非吸着時にも弱い真空状態が発生していた」(甲2の2頁左上欄7~9行)との記載がみられるように,圧縮空気電磁弁(24)の一度開閉動作は,あくまで吸盤内の弱い真空状態を解除し,吸盤内を大気圧と等圧にするという限度のものにすぎず,大気圧と等圧にすることを超えて,それ以上の余剰な圧縮空気を送出することは,明細書上も想定されていないから,甲2の第2発明においては,圧縮空気の一部が,着脱路を介して吸盤(50)と連通した真空電磁弁(21)の大気ポートから排出されることはない旨主張する。
しかし,甲2において,圧縮空気電磁弁の「一度開閉動作」の時間については一切記載がない。また,原告が指摘する「吸盤が大気開放により大気圧と等圧となることが必要である」(甲2の2頁左上欄1~3行),「吸盤内が充分に大気圧と等圧になりきらず,カートンの非吸着時にも弱い真空状態が発生していた」(甲2の2頁左上欄7~9行)との甲2の各記載は,いずれも従来技術に関する記載であって,甲2の第2発明の技術内容を直接規定するものではない上,前記ウのとおり,「吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」ためには,着脱路が大気圧と等圧になる程度では足りず,着脱路が大気圧より高くなることが必要であり,そのためには,着脱路に大気圧を上回る圧縮空気を相当量供給する必要があると解される。このことは,前記(1)のとおり,「カートンの非吸着時,吸盤に高圧のエアを送出して吸盤内の真空状態を解除し,高速かつ円滑なカートンの取り出しを行うことのできるカートン取出し装置を提供する。」との甲2の第2発明の目的(甲2の2頁右上欄6~9行)に照らしても首肯できるところである。そうすると,そのようにして出力ポートから吸盤内へと供給される圧縮空気の一部が,着脱路を介して連通する大気ポートからも排出されることは,甲2の第4図の構成上明らかである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また,原告は,甲2の第2発明は,従来のカートン取出し装置では,吸盤がカートンに接触してもカートンを吸着させない時に,真空電磁弁を大気開放しているにもかかわらず,吸気管路内のフィルターの目詰まり等によって,カートンの非吸着時にも弱い真空が残留してしまうという課題があったため,カートンの非吸着時の弱い真空状態を解除して大気圧と等圧になるようにし,吸盤がカートンを吸着しないようにした技術であり,吸着したカートンをコンベアに引き渡すとき,つまりカートンを吸盤から開放するときの問題を解決した技術ではないから,甲2には,カートンをコンベアに引き渡す際には,エア抜きと同時に,圧縮空気電磁弁を一度開閉動作させると,吸盤からカートンを開放しやすくすることができることが付記されているにすぎず,甲2の第2発明は,正圧空気の一部を排気するようにした技術ではない旨主張する。
しかし,前記イのとおり,甲2には,「カートン(2)をコンベア(14)に引き渡す際,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」ことも明記されているのであるから,これを前提として,甲2の第4図の実施例に基づき,本件審決が甲2の第2発明を前記第2の3(2)のとおり認定したことに誤りがないことは,前記ウで説示したとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,原告主張に係る取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(一致点及び相違点の認定の誤り)について
(1) 一致点の認定について
原告は,本件発明3の「ワーク」は,本件明細書の段落【0001】~【0009】の記載によれば,正圧空気による吹き飛びや,これにより正確な位置決めができないことが問題となるような微小で軽量なICなどの「電子部品」であるのに対して,甲2の「カートン取出し装置」における「カートン」は,相当程度の重量と体積を有し,正圧空気による吹き飛びや正確な位置決めが問題となるような物体ではないから,本件発明3の「ワーク」には当たらず,「甲2の第2発明の「カートン(2)」が,本件発明3の「ワーク」に相当する。」とした本件審決の認定は誤りである旨主張する。
そこで検討するに,前記1(1)の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明は被吸着物の吹き飛ばし防止等を課題とし,実施の形態に関する記載をみてもIC等の電子部品の吸着搬送が想定されていることが認められる。しかし,本件明細書の発明の詳細な説明の記載においても,ワークは「電子部品など」と記載されている上(段落【0009】),本件発明3の特許請求の範囲請求項3には,「ワーク」について,「上下動部材の先端に設けられた吸着具の吸着面にワークを吸着させてワークを搬送する吸着搬送装置に使用する流路切換ユニットであって」,「前記正圧源からの正圧空気を前記着脱路に連通させてワークの吸着を停止する際に」とのみ記載され,本件発明3の流路切換ユニットにおいて吸着具の吸着面に吸着され,搬送され,吸着を停止される対象物として特定されているだけであり,その種類,形状,大きさ,重さ等の限定はない。そして,本件発明3の特許請求の範囲請求項3に記載された「ワーク」を,本件明細書の従来技術において課題が生じるとされたIC等の電子部品のみに限定して解釈すべき理由もない。
したがって,本件発明3の流路切換ユニットが,その吸着具の吸着面に吸着し,搬送し,吸着を停止することが想定されるものであれば,本件発明3の「ワーク」に相当するというべきである。加えて,証拠(甲10~16)及び弁論の全趣旨によれば,機械装置による移動等の対象物がカートン(紙箱)を含めて「ワーク」と呼ばれていること,カートンには一辺が30~50㎜程度のものがある一方,電子部品にもこれと同程度の大きさのものがあることが認められる。
そうすると,本件発明3と甲2の第2発明とで,吸着搬送の対象物が相違するということはできず,「甲2の第2発明の「カートン(2)」が,本件発明3の「ワーク」に相当する。」とした本件審決の認定に誤りはない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 相違点の認定について
ア 原告は,甲2の第2発明については,「前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通させ,…前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記大気開放ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路に連通させる」という本件発明3の構成と同一のものを認定することはできないのであって,この点を本件発明3と甲2の第2発明との相違点として認定しなかった本件審決は誤りである旨主張するが,同主張に理由がないことは,前記2(2)ウで説示したとおりである。
イ また,原告は,甲2において,第4図の構成と第5図の構成を等価なものとして,第4図の構成に加えて,第5図の構成とすることもできるとしている以上,甲2に記載されている,吸盤内の弱い真空状態を解除するための圧縮空気の送出とは,単に吸盤内の弱い真空状態を完全に解除し大気圧と等圧にする程度のものであって,カートンが吹き飛ぶ程度のものではなく,そもそも余剰の圧縮空気を排出する必要のない程度のものであるから,この点を相違点として認定しなかった本件審決の判断は誤りである旨主張するが,同主張に理由がないことは,前記2(2)イで説示したとおりである。
ウ さらに,原告は,甲2の第2発明においては,甲2に従来技術として引用されている特開昭63-162436号公報(甲24)に開示された構成と同様の構成を採るものと理解すべきところ,甲24においては,カートンはコンベアの送り爪に挟まれて搬送されるから,甲2の第2発明も同様に,コンベアへの引き渡しに際し,送り爪に挟まれて搬送されることにより,客観的に正圧空気による吹き飛びという課題が発生し得ない構成をとっており,この点を相違点として認定しなかった本件審決は誤りである旨主張する。
しかし,前記2(2)ウで説示したとおり,本件審決が,甲2の第2発明について,「前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通させ,…前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記大気開放ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路に連通させる」という本件発明3の構成と同一のものを認定したことに誤りはないから,これを本件発明3と甲2の第2発明との一致点として認定し,相違点と認定しなかったことに誤りはない。原告の上記主張は,本件発明3の特許請求の範囲請求項3に記載がなく,そのため,本件発明3の発明特定事項ではない「正圧空気による吹き飛びという課題」の有無を相違点として挙げるものであって,採用することができない。
(3) 以上によれば,原告主張に係る取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(本件発明3の容易想到性の判断の誤り)について
(1) 原告は,甲2の第2発明と本件発明3とでは,技術分野が異なり,甲2の第2発明においては,ICなどの電子部品のような微細なワークの迅速な離脱と正確な位置決めの両立といった課題を認識できず,また,甲2の第2発明は,単に「一度開閉動作」として瞬間的に圧縮空気電磁弁(24)を開け閉めして,わずかな圧縮空気を吸盤(50)内に送出する手段を開示するにすぎず,本件発明3が課題解決原理として採用する,「正圧供給ポート」,「出力ポート」及び「大気開放ポート」とを意図的に連通させて,「大気開放ポート」を二方向に作用させ,真空破壊の際に「正圧供給ポート」から送出する圧縮空気の流量を低下させることなく,かつ,当該圧縮空気を,「出力ポート」が大気圧に達すると逆に,「大気開放ポート」から逃がすという手段とは根本的に異なるから,当業者であっても,甲2の第2発明から,本件発明3に想到することは不可能であり,さらに,甲2の対象とする「カートン」は相当程度の体積重量を有し,圧縮空気を「一度開閉動作させ」て,わずかに送出した程度では吹き飛ばないし,搬送後の「カートン」は「送り爪」によって保持されることが常識であるから,甲2から,本件発明3と同様の意味においての「吹き飛び」や「正確な位置決め」の課題を認識することはできない上,甲2の第2発明は,本件発明3の課題解決手段とは根本的に異なり,甲2の第2発明を,本件発明3の課題解決手段として採用し,これを他の引用例や周知技術に組み合わせる動機付けを根本的に欠くから,これに反する本件審決の容易想到性の判断は誤りである旨主張する。
しかし,本件発明3も甲2の第2発明も,いずれもワークを吸着,搬送し,吸着を停止し,ワークを開放する装置という点で共通しており,技術分野が異なるということはできない。
また,相違点3に係る構成については,甲2の第2発明において,「真空電磁弁(21)の閉成と同時にこの閉状態の圧縮空気電磁弁(24)を一度開閉動作させると,吸盤(50)内に残留する弱い真空状態を完全に解除して,吸盤(50)からカートン(2)を開放しやすくする」(甲2の4頁左上欄10~14行)ことは,吸盤に供給する空気の流量を増加させることによって達成するものであるから,本件発明3の「ワークとして吸着具により搬送した後に迅速にワークを吸着具から離脱させることができる」(本件明細書【0009】)ことと同一の課題及び課題解決手段を示すものであるとともに,前記2(2)ウのとおり,甲2の第2発明において,着脱路の圧力が大気圧以上になると,エアコンプレッサ(25)から流れた圧縮空気は,一部が着脱路へ流れ,残りは真空電磁弁(21)を介して大気ポートへ流れるか,少なくとも,圧縮空気電磁弁(24)が閉じられる前に出力ポートから送出された圧縮空気の一部が大気ポートへ流れることとなるから,ワークが吹き飛ばされるのを防止することになることも,その技術的構成からして自明であって,相違点3のうち,流路を流路ブロックに設ける点を除くその余の構成については,甲2の第2発明と本件発明3との間に実質的に相違する点はなく,さらに,甲2の第2発明に,複数個の弁を流路を有するブロック状の部材に設けるなどの周知技術を組み合わせて本件発明3の構成とすることは格別困難な事項ではないと認められる。
したがって,当業者が,甲2の第2発明に基づいて,各相違点に係る本件発明3の構成に至ることが容易であるとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 原告は,本件審決が,甲2の第2発明の大気ポートが着脱路を介在して正圧供給ポートと連通して,正圧空気が供給されるとすれば,大気ポートが大気圧以上に加圧されることは当然といえるし,大気ポートが大気圧以上に加圧されれば,大気ポートから正圧空気の一部が排出されるとの本件発明3と同様の作用が生じることは必然である旨判断したことについて,甲2の「一度開閉動作」とは,「吸盤内に残留する弱い真空状態の解除」を目的として,瞬間的に真空電磁弁を開け閉めして,わずかな圧縮空気を吸盤内に送出する手段を開示するにすぎず,上記開示によっては,本件発明3の課題解決原理・顕著な効果を認識することはできず,また,大気ポートとそれに至る流路まで大気圧そして大気圧以上として,圧縮空気の一部が大気ポートから排出されるようにするには,「正圧供給ポート」を「開状態にして」,「正圧供給ポート」,「出力ポート」及び「大気ポート」の全てを,一定時間連通状態にすることが不可欠であって,「一度開閉動作」という記載からはこのような技術的事項が開示されているとはいえないから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告の上記主張に理由がないことは,前記2(2)で説示したとおりである。
(3) 以上によれば,原告主張に係る取消事由3は理由がない。
5 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中芳樹)