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知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10101号 判決 2015年1月22日

原告

被告

特許庁長官

指定代理人

吉野公夫

黒瀬雅一

藤本義仁

井上茂夫

根岸克弘

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2013-25925号事件について平成26年3月11日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は,平成24年12月4日,発明の名称を「暗記学習用教材,及びその製造方法」とする特許出願(請求項数9。特願2012-277387号。以下「本願」という。)をした(甲1)。

特許庁は,平成25年7月31日付けで拒絶理由を通知し(甲2),原告は,同年8月23日付け手続補正書により,本願の特許請求の範囲の補正をした(請求項数9。甲4)。

特許庁は,同年10月1日付けで拒絶理由を通知し(甲6),同年11月26日付けで拒絶査定をしたため(甲8),原告は,同年12月13日,これに対する不服の審判を請求した(甲9)。

(2)  特許庁は,これを不服2013-25925号事件として審理し,平成26年3月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月2日,原告に送達された。

(3)  原告は,平成26年4月18日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

平成25年8月23日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲4)。以下,上記補正後の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,その明細書(甲1)を,図面を含めて「本願明細書」という。

【請求項1】

原文文字列の一部を伏字とすることにより作成された暗記学習用虫食い文字列が表示された暗記学習用教材であって,

前記暗記学習用虫食い文字列は,

前記原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,

前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含み,

前記原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである,

暗記学習用教材。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本願発明は,何ら自然法則を利用したものではなく,「発明」に該当しないものであり,特許法29条1項柱書きに規定される「産業上利用することができる発明」に該当しないから,同項の規定により特許を受けることができず,②仮に,本願発明が「発明」に該当するとしても,本願発明は,本願の出願日前に頒布された刊行物である特開平9-160476号公報(以下「刊行物1」という。甲3)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本願は拒絶すべきものである,というものである。

(2)  本件審決が認定した刊行物1に記載された発明(以下「引用発明」という。),本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明

「熟語の一部をカナ文字とすることにより作成された暗記学習用カナ文字熟語が表示された暗記学習用教材であって,

前記暗記学習用カナ文字熟語は,

前記熟語を対象として作成され,第1のカナ文字部分が設けられた第1のカナ文字熟語と,

前記熟語を対象として前記第1のカナ文字熟語とは別に作成され,第1のカナ文字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2のカナ文字部分が設けられた第2の仮名文字熟語と,を含むものである,暗記学習用教材。」

イ 本願発明と引用発明との一致点

「原文文字列の一部を暗記すべき事項とすることにより作成された暗記学習用暗記すべき事項文字列が表示された暗記学習用教材であって,

前記暗記学習用暗記すべき事項文字列は,

前記原文文字列を対象として作成され,第1の暗記すべき事項部分が設けられた第1の暗記すべき事項文字列と,

前記原文文字列を対象として前記第1の暗記すべき事項文字列とは別に作成され,第1の暗記すべき事項部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の暗記すべき事項部分が設けられた第2の暗記すべき事項文字列と,を含むものである,

暗記学習用教材。」

ウ 本願発明と引用発明との相違点

(相違点1)

暗記すべき事項が,本願発明は,伏せ字であるのに対し,引用発明はカナ文字である点。

(相違点2)

原文文字列が,本願発明は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものであるのに対し,引用発明は,そのような特定がなされていない点。

第3当事者の主張

1  原告の主張

(1)  取消事由1(本願発明の発明該当性に係る判断の誤り)について

ア 本件審決は,①本願発明は,特定内容の文字列が表示された教材であると認められるが,文字列が表示された教材それ自体は,学習用教材として広く一般に知られているものであって,本願発明の学習用教材は,この点において,文字列の内容は別として,従来のものと何ら変わるところはないから,本願発明の創作的特徴部分は,「前記原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含み,前記原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである」との文字列の内容,すなわち,暗記学習に供する文字列の内容そのものにのみ存するということができるところ,暗記学習に供する文字列の内容をどのように表現し,暗記学習に適したものとするかは,人間の精神活動そのものに向けられたものというべきであって,それ自体は何ら自然法則を利用したものではないから,本願発明を,自然法則を利用した技術的思想であるということはできない,②「(文字列が表示された)暗記学習用教材」が自然法則を利用した発明に該当する余地が全くないわけではないが,本願発明は,教材そのものを技術的に改良したものではなく,その創作的特徴部分には自然法則が利用されておらず,単に既存の「自然法則を利用した技術により創作されたもの(教材)」が一部利用されているにすぎない,③本願発明は,特定の文字列を伏字として表示した教材に関するものであって,「情報の単なる提示」であるといえるから,「特許・実用新案審査基準」に照らしても,本願発明は「技術的思想でないもの」であり,「発明」に該当するものではないとして,本願発明は,「発明」に該当しないものであり,特許法29条1項柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明」に該当するものではない旨判断した。

イ しかしながら,以下のとおり,本件審決における本願発明の発明該当性に係る判断は誤りである。

(ア) 「発明」の定義に関する解釈の誤り

特許法2条1項は,「発明」を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定義しており,特許法は,「発明」に該当する要件として,「自然法則を利用した」,「技術的思想の創作」,「高度のもの」という三つの要件を規定しているといえる。

これに対し,本件審決は,「技術的思想」を解釈する中で,本願発明が自然法則を利用したものであるか否かについて言及していることから,「発明」の三要件のうち「自然法則を利用した」という要件と「技術的思想の創作」という要件とを峻別しない,不明確な解釈をしている。また,本件審決は,「人間の精神的活動を介在させた原理や法則,社会科学上の原理や法則,人為的な取り決め」が「自然法則を利用していない」旨述べるが,これらが自然法則を利用していないものであるとする理由については何ら言及されていない。

以上のとおり,本件審決は,「発明」の定義に関する解釈を誤っている。

(イ) 本願発明の解釈の誤り

本件審決は,従来技術と本願発明との形式上の相違点を本願発明の「創作的特徴部分」であると捉えた結果,「本願発明は「教材」という物品に関するものであるが,その創作的特徴部分は,暗記学習に供する文字列の内容そのものにあるということができる」と判断した。

しかしながら,新規な発明は,多くの場合,従来技術と形式上相違する部分が従来技術部分と協働し,そこから相乗効果が奏されるものであるから,発明の「創作的特徴部分」を抽出するに当たっては,発明を規定する文言を発明の構成ごとに分説して従来技術と対比するのみでなく,従来の構成と新規な構成との繋がり部分に潜む相乗的な構成ないし効果を看過することのないようにしなければならない。

本件審決は,創作的特徴部分の認定において,上記観点からの検討を怠った結果,本願発明における以下の創作的特徴部分を看過した。

a 本件審決は,本願発明の「暗記学習用虫食い文字列は,前記原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含み,前記原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである」との発明特定事項は,「いずれも教材に表示された文字列の内容を規定するものである」と認定した。

しかしながら,上記発明特定事項は,教材に表示された文字列の内容を規定するのみならず,第1の虫食い文字列と第2の虫食い文字列を有すること及び第1の虫食い文字列と第2の虫食い文字列が空間的に別々の場所に表示されていることも規定している。

そして,互いに異なる箇所が伏字とされた第1の虫食い文字列と第2の虫食い文字列が用意されていることにより,従来の虫食い文字列による「設問」では,学習効果を高めようとして伏字部分を多く設ける傾向があり,その結果,虫食い文字列の内容が漠然としてしまい,学習者が伏字部分にどのような種類の文字列を入れるべきなのかを把握しにくいものとなっていたのに対し,本願発明における暗記学習用虫食い文字列では,伏字部分を二つの文字列に振り分けて設けることができるため,それぞれの文字列の内容が漠然とすることなく,学習効果を高めることができるという効果を奏する構成となっているのであるから(本願明細書の段落【0031】),本願発明における上記発明特定事項は,従来技術にも存在する部分との協働による本願発明の創作的特徴部分であるといえる。

b 本件審決は,本願発明の創作的特徴部分は,「暗記学習に供する文字列の内容そのものにのみ存するということができる」と認定した。

しかしながら,本願発明においては,原文文字列として,「その内容があらかじめ定められたもの」である,著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物が用いられていることにより,学習者は,伏字部分の前後関係を契機として自分の記憶を辿り,伏字部分に入れるべき文字を決定することになる。すなわち,本願発明においては,伏字部分が伏字部分のみで機能するのではなく,原文文字列として用いられている著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物との協働によって,より活きたものに変容している。

これに対し,一部が伏字にされた文字列を有する従来の教材では,伏字部分に入れるべき語句又はその語句を書き換えた語句が,学習者の目に見える形で別途提示されており,学習者は,自分の記憶や思考とは無関係に伏字部分に文字を入れ,又は伏字部分は前後の文脈と無関係に機能し得るものとなっている。

以上のように,本願発明は,暗記学習に供する文字列の内容そのものにのみ特徴があるのではなく,文字列の内容と従来技術にも存在する部分との協働関係が成立しているところに,その創作的特徴がある(本願明細書の段落【0005】,【0006】)。

(ウ) 本願発明の発明該当性に係る判断の誤り

本件審決は,「発明」の定義に関する解釈を誤り,本願発明の創作的特徴部分を看過した結果,以下のとおり,本願発明の発明該当性の判断を誤った。

a 本件審決は,「暗記学習に供する文字列の内容をどのように表現し,暗記学習に適したものとするかは,人間の精神活動そのものに向けられたものというべきであって,それ自体は何ら自然法則を利用したものではないから,本願発明を,自然法則を利用した技術的思想であるということはできない」と判断した。

しかしながら,仮に,本願発明が人間の精神活動に関するものを含む場合であったとしても,請求項に記載された発明の構成が,人間の精神活動を支援する技術的手段を提供するものであるときは,「発明」に当たらないとしてこれを特許の対象から排除するべきではない。すなわち,暗記学習が「人間の精神活動」に該当するとしても,本願発明は,人間の精神活動を支援する技術的手段を提供するものといえるから,本願発明が「人間の精神活動」に該当することを理由として,特許法29条1項柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明」に該当しないとすることは許されない。

本願発明に関して,「人間の精神活動そのものに向けられたもの」があるとすれば,それは,本願発明の使用場面における学習者の行為であって,本願発明の構成が「人間の精神活動そのもの」であるかのように混同するのは誤りである。

b 本件審決は,「本願発明は教材そのものを技術的に改良したものでないことは明らかであって,その創作的特徴部分には自然法則が利用されておらず,単に既存の「自然法則を利用した技術により創作されたもの(教材)」が一部利用されているにすぎないものである」と述べている。

これによれば,本願発明は「自然法則を利用した技術により創作されたもの(教材)」を利用したものなのであるから,本願発明が「教材そのものを技術的に改良した」か否かに関わらず,本願発明は自然法則を利用したものといえる。

c 本件審決は,本願発明は,特定の文字列を伏字として表示した教材に関するものであって,「情報の単なる提示」であるといえるから,「特許・実用新案審査基準」に照らしても,本願発明は「技術的思想でないもの」であり,「発明」に該当するものではない旨判断した。

しかしながら,本願発明は,著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物の内容そのものを提示するものではなく,上記著作物を加工して不完全な情報として提示し,さらに,同じ著作物の別の箇所を加工してもうひとつの不完全な情報を作成し,これらを「対」として提示するものである。同じ原文文字列の互いに別の箇所を伏字とし,これらを「対」の文字列として提示することは,文字列の作成者において何らかの意図を有していることが明らかであり,本願発明が「情報の単なる提示」にすぎないといえないことは明らかである。

ウ 本願発明は,情報の加工過程において自然法則に基づいた技術が利用されており,二つの虫食い文字列の互いに異なる位置を伏字として相補的に設問及び解答を提供し合うという技術的思想が,概念の状態にとどまっているのではなく「教材」として具現化されているのであるから,「自然法則を利用した」,「技術的思想の創作」,「高度のもの」という「発明」の3要件(特許法2条1項)を満たし,特許法29条1項柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明」に該当するものであることは明らかである。

なお,被告は,本願発明における文字列の構成は人為的な取り決めにより成されたものであることを理由に本願発明の発明該当性を否定しているが,一般に,発明の構成は人為的な取り決めに基づくものであるから,これを理由として本願発明の発明該当性が否定されることはない。また,被告は,本願発明の作用効果が,同じ文章の異なる箇所に設けた伏字部分を見比べて学習することによって記憶を促すという,専ら人間の精神活動に基づくものであるとして,これを理由に本願発明の発明該当性を否定しているが,発明が自然法則を利用した技術的思想であるか否かを判断するに当たっては,その構成が第一に論じられるべきであり,作用効果が人間の精神活動に基づくものであるか否かは一義的な判断要素ではないし,仮に,作用効果が人間の精神的活動に基づくものであったとしても,そのことを理由として,発明の構成が自然法則を利用した技術的思想に当たらないと判断されるべきものではない。

エ 以上によれば,本件審決が,本願発明は「発明」に該当しないものであり,特許法29条1項柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明」に該当するものではないとした判断は誤りである。

(2)  取消事由2(本願発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

ア 本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り

(ア) 本件審決は,「引用発明の「カナ文字」は,暗記すべき事項との概念で,本願発明の「伏字」と共通する」として,本願発明と引用発明とは,前記第2の3(2)イの点で一致し,同ウの相違点1及び2の点で相違する旨認定した。

(イ) しかしながら,カナ文字は,その部分の文字が有する意味を隠すことなく表示方法を変更しただけのものであり,伏字とはいえない(甲10~12)。

本件審決は,本願発明と引用発明とを対比するについて,本願発明の「伏字」と引用発明の「カナ文字」を,「伏字」や「カナ文字」の上位概念に相当する「暗記すべき事項」という概念で捉えているが,対比すべき両発明の一方又は両方の語句を上位概念化して対比することは,一方又は両方の発明の要旨を不当に広く解することとなるので,許されないというべきである。

本願発明と対比すべきは,本件審決が「引用発明」として認定した,前記第2の3(2)ア記載の発明であって,ここには,「暗記すべき事項」という語句は存しないのである。

本件審決は,上位概念化を伴う対比を行うことで,本来は相違するものである「カナ文字」と「伏字」とが共通するかのように判断し,その結果,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤った。

(ウ) 本件審決の認定する相違点1及び2は,正しくは,以下のとおり認定すべきである。

(相違点1’)

本願発明では,原文文字列の一部が伏字とされているのに対し,引用発明には伏字が存在しない点。

(相違点2’)

本願発明は,原文文字列がこの特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものであるのに対し,引用発明は,原文文字列が熟語である点。

(エ) そして,本願発明は,相違点1’及び2’に係る構成を有することにより,伏字部分が単なる伏字であるだけでなく,伏字ではないその周辺部分との関わり合いが変容している。すなわち,本願発明は,原文文字列として著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物が用いられていることにより,学習者は,伏字部分の前後関係を契機として自分の記憶を辿り,伏字部分に入れるべき文字を決定することになるから,伏字部分に入れるべき語句がどこにも示されていなくても,伏字部分に入れるべき語句を解答することができる。

このような特徴は,学習者が解答すべき文字が「カナ文字」として示され,かつ原文文字列が単なる熟語である引用発明には存しない。

したがって,本願発明と引用発明とは,「本願発明は,伏字部分と,伏字とされていない原文文字列の部分との間に協働関係が成立する構成とされているのに対し,引用発明は,カナ文字と,原文の熟語部分との間に協働関係が成立する構成とされていない点。」(以下「相違点3」という。)においても相違するというべきであるが,本件審決は,相違点3を看過した。

イ 相違点に係る容易想到性判断の誤り

(ア) 相違点1(相違点1’)について

引用発明における「カナ文字」は,その部分の文字が有する意味を隠すことなく表示方法を変更しただけのものであって,伏字であるとはいえない。

刊行物1の図1における「カナ文字」を「伏字」にすると,例えば,同図の左欄の左上にある熟語は「■図」と記載され,右欄の対応する熟語は「縮■」と記載されることになる。「■図」の語句を見ても,設問の意図が分からず,「■」にどのような文字を入れるべきなのか見当がつかない。右欄の対応する位置に目を移すと,「縮■」と記載されていることから,学習者は,左欄の「■」に「縮」の文字を入れるべきであることを知ることができるが,これを知ったところで学習の用をなさない。つまり,このようなものは,設問としての体をなしておらず,暗記学習用教材とはいえない代物ということになる。

このような意味不明な資料を作成することには何らの意義を見出すことはできないから,当業者であっても,引用発明において「カナ文字」を「伏字」に変更する構成には容易に想到し得ない。

本願発明は,引用発明において「カナ文字」を「伏字」に変更しただけでは設問の体をなさないという問題点がある中で,相違点2(相違点2’)に係る構成を更に採用することによって,上記問題点を解消し,設問として意義あるものとしたものであるといえる。このような発想は,引用発明から容易に想到し得るものではないし,刊行物1中にもかかる構成に至る動機づけとなり得る記載はない。

したがって,本件審決が,引用発明において,カナ文字を空白,すなわち伏字表記とすること(相違点1に係る本願発明の構成とすること)は,当業者が容易になし得ることであると判断したのは誤りである。

(イ) 相違点2(相違点2’)について

本件審決は,「引用発明において,暗記すべき文字列の内容をどのような文字列とするかは,学習する内容に従って学習者が適宜に定めるべき設計的事項であって,本願発明において,原文文字列をこの特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものとした点に設計的事項の域を超える程の格別の技術的意義があるものとは認められない」と判断した。

しかしながら,原文文字列の題材が異なるということは,形式的な相違にとどまらない。すなわち,原文文字列が本願発明における著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物のように,公的に定まったものである場合には,学習者が暗記学習用虫食い文字列を見たときに,その伏字部分に入れるべき文字列の性質(原文文字列の概要)を把握することができるという作用が生じるが,原文文字列が作問者の意思により自由に設定できる引用発明では,このような作用は生じない。

引用発明に基づいて本願発明に想到し得るというためには,伏字部分に入れるべき文字列を特定することが本質的に可能となるように,少なくとも,原文文字列としては,あらかじめ内容が定まったものを採用する必要があるが,刊行物1には,原文文字列(作問の題材)としてあらかじめ公的に定められた文字列を採用すること,ましてや,著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物を採用することについては,開示も,示唆もない。むしろ,刊行物1の図1~3には,作問者が創作した文字列が設問として示されているから,この記載に接した当業者であれば,原文文字列として,作問者が自由に創作したものを用いることを想定するといえる。

したがって,当業者といえども,引用発明において,相違点2(相違点2’)に係る構成に容易に想到し得るとはいえない。

なお,刊行物1の段落【0023】には,「文章の一部を空白にして,そこを埋めさせる学習問題が一般に多用されているが,同じ文章を左右に二つ設置して異なる箇所を空欄にすれば,相互に解答を示しながら二箇所の空白部を学習させることができる。」との記載があるが,単に「同じ文章を左右に二つ設置して異なる箇所を空欄に」しただけの虫食い文字列は,設問として機能しない。本願発明は,単に原文文字列が共通する複数の虫食い文字列を並べただけではなく,原文文字列として,「この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むもの」を採用することにより,初めて「相互に解答を示しながら二箇所の空白部を学習させることができる」という効果が実現されるのである。刊行物1には,段落【0023】の記載はあるものの,「同じ文章を左右に二つ設置して異なる箇所を空欄に」した具体例は何ら示されておらず,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる暗記学習用教材を提供するという課題の示唆もないから,この記載に従って設問を作成しようとしても,原文文字列として著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物を採用することには想到し得ず,暗記学習用教材として役に立たないものが出来上がるだけであって,本願発明の構成には容易に想到し得ない。

以上のとおり,本件審決が,引用発明において相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易になし得ることであると判断したのは誤りである。

(ウ) 相違点3について

相違点3において,「協働関係が成立する構成」とは,学習者が第1の虫食い文字列又は第2の虫食い文字列のいずれか一方を見たときに,その伏字部分に入れるべき文字列の性質(原文文字列の概要)を把握したうえで,その文字列を想起することを試みることができる構成を意味する。

この「協働関係が成立する構成」とは,原文文字列の一部を伏字とし,かつ,原文文字列として著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物を採用することにより派生する構成である。

かかる構成は,原文文字列が「熟語」である引用発明においては生じ得ないし,引用発明に基づいて容易に想到し得るものでもない。

したがって,当業者といえども,引用発明において,相違点3に係る本願発明の構成とすることは容易に想到し得ないものである。

ウ 本願発明の効果

一般に,出願に係る発明の効果に関し,引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には,進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として当該有利な効果を参酌すべきである。

本願発明は,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができることに加え(本願明細書の段落【0006】),段落【0030】,【0031】,【0034】に記載されているように,①従来の暗記学習用教材では,「設問」を掲載した場所とは別の場所に「解答」を掲載すべき場所を確保することが必要であったが,本願発明に係る暗記学習用教材によれば,暗記学習用虫食い文字列を構成する双方の「設問」がそれぞれ他方の「解答」を兼ねているため,冊子体の紙面スペースを有効に活用することができる,②従来の虫食い文字列による「設問」では,学習効果を高めようとするあまり,伏字部分を多く設ける傾向があり,その結果,虫食い文字列の内容が漠然とし,学習者にとって,伏字部分にどのような種類の文字列を入れるべきなのかを把握しにくいものとなりやすかったが,本願発明に係る暗記学習用虫食い文字列では,伏字部分を二つの文字列に振り分けて設けることができるため,それぞれの文字列の内容が漠然とすることなく,学習効果を高めることができる,③従来の色付き透明シート等の用具が不要であるため,通常の読書をするとき等と同様に,片手が塞がっている状態でも学習することができて取扱い性に優れており,また,紙面を二色刷りとする必要もないため,低コストである,という効果を奏する。

本願発明における上記効果は,本願明細書の記載から明確に把握されるものであり,かつ,引用発明との比較において有利で異質な効果であるといえる。そして,本願発明における上記効果は,当業者が予測し得たものではない。

したがって,本願発明が奏する効果は,本願発明について進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌されるべきであり,本願発明は進歩性を有する。

エ 小括

以上によれば,本願発明は,引用発明及び刊行物1の記載事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められないから,本件審決における本願発明の容易想到性に係る判断は誤りである。

(3)  取消事由3(手続違背)について

原告は,平成25年8月6日に発送された第1回目の拒絶理由通知書(甲2)によって意見書を提出する機会を与えられたので,平成25年8月23日付けで手続補正書(甲4)及び第1回目の意見書(甲5)を提出した。その後,第2回目の拒絶理由通知書(甲6)が平成25年10月8日に発送されたことから,原告は再度,意見書を提出する機会を与えられ,平成25年10月22日付で第2回目の意見書(甲7)を提出したが,平成25年12月3日付で拒絶査定(甲8)が発送された。第2回目の拒絶理由通知書においては,原告が提出した第1回目の意見書に対する審査官の見解は何ら示されておらず,その後された拒絶査定においても,原告が提出した第2回目の意見書の内容について,僅かに形式的に触れられているのみであり,実質的な反論はされておらず,従前の見解が繰り返し述べられているのみである。このような審査官の審査過程における対応は,原告の意見を蔑ろにするものであり,特許法50条に規定する手続を極めて形式的に運用したものであって,原告に実質的に意見書を提出する機会が与えられていたとはいえないというべきである。

そして,本件審判の審判合議体は,本願に係る審査の過程で原告に実質的に意見書を提出する機会が与えられていなかったことを見抜き,本件審判の手続において原告に意見書を提出する機会を与えるべきであったにもかかわらず,これを看過し,原告に意見書を提出する機会を与えないまま,本件審決をした。

ところで,特許法159条2項は,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に」同法50条を準用することとしているが,同法50条の趣旨に鑑みれば,原告に意見書を提出する機会を与えて原告の手続を保障することが審判遂行上適正な対応であったというべきであり,本件審判手続には,特許法159条2項,同法50条に違反する手続上の瑕疵があるというべきである。

なお,原告は,本件審判請求書(甲9)において,「そのような状況は,請求人が意見を述べる機会が実質的に保障されているとはいえず,特許法第159条第2項が準用する同法第50条の趣旨が蔑ろにされているといえる。」と主張しており,原告が審判請求の際,本願の審査手続の瑕疵について主張していなかった旨の被告の指摘は失当である。

(4)  まとめ

以上によれば,本件審決における,本願発明は特許法29条1項柱書きに規定される「産業上利用することができる発明」に該当しないから,同項の規定により特許を受けることができず,仮に,本願発明が「発明」に該当するとしても,本願発明は,刊行物1に記載された発明及び刊行物1に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本願は拒絶すべきものである旨の判断には誤りがあり,又は,本件審判手続には,特許法159条2項,同法50条に違反する手続上の瑕疵があり,これらの事由は本件審決の結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は,違法であるとして取り消されるべきである。

2  被告の主張

(1)  取消事由1(本願発明の発明該当性に係る判断の誤り)について

ア 「発明」の定義に関する解釈の誤りとの主張について

本件審決は,「ここでいう「技術的思想」とは,一定の課題を解決するための具体的な手段を提示する思想と解されるから,発明は,自然法則を利用した一定の課題を解決するための具体的な手段が提示されたものでなければならず,専ら,人間の精神的活動を介在させた原理や法則,社会科学上の原理や法則,人為的な取り決めのように,自然法則を利用していないものは,発明に該当しないというべきである。」と述べ,「技術的思想」とは,一定の課題を解決するための具体的な手段を提示する思想と解されるとしたのであって,「自然法則を利用した」及び「技術的思想の創作」の要件を混同したものではない。

また,「自然法則」は,自然事象の間に成り立つ反復可能で一般的な必然的関係,「自然」の領域(自然界)において経験によって見出される法則を意味すると解され,「人間の精神的活動を介在させた原理や法則」や,「社会科学上の原理や法則」,「人為的な取り決め」が,この「自然法則」を利用したものとはいえないことは明らかである。

イ 本願発明の解釈の誤りとの主張について

本件審決は,「原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含み,前記原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである」との事項を本願発明の創作的特徴部分であると認定しており,原告の主張する点,すなわち,「第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含」むこと,及び,「原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むもの」であることを,いずれも本願発明の創作的特徴部分として認定している。

また,本件審決は,創作的特徴部分を上記のように認定した上で,「暗記学習に供する文字列の内容をどのように表現し,暗記学習に適したものとするかは,人間の精神活動そのものに向けられたものというべきであって,それ自体は何ら自然法則を利用したものではないから,本願発明を,自然法則を利用した技術的思想であるということはできない」と判断したのであり,本願発明の認定に看過があったとする原告の主張は失当である。

ウ 本願発明の発明該当性に係る判断の誤りとの主張について

(ア) 本願明細書の段落【0005】,【0006】及び【0008】の記載によれば,本願発明は,教材において表示する文字列の構成に特徴があるものであるが,その文字列の構成は,段落【0008】に記載されている,第1の虫食い文字列をまず見て第1の伏字部分を学習し,その後,第2の虫食い文字列を見て第1の伏字部分の正解を確認した上で,第2の伏字部分を学習するという,人が予め定めた学習手順に沿って学習できるように,第1の虫食い文字列と第2の虫食い文字列を構成したものであって,この文字列の構成は人為的な取り決めにより成されたものであり,また,本願発明の作用効果も,同じ文章の異なる箇所に設けた伏字部分を見比べて学習することによって記憶を促すという,専ら人間の精神活動に基づくものである。

したがって,本件審決が「暗記学習に供する文字列の内容をどのように表現し,暗記学習に適したものとするかは,人間の精神活動そのものに向けられたものというべきであって,それ自体は何ら自然法則を利用したものではないから,本願発明を,自然法則を利用した技術的思想であるということはできない」と判断したことに誤りはない。

そして,本願発明の暗記学習用教材は,「紙媒体又は電子媒体により提供されるものであり」,「暗記学習用虫食い文字列又は暗記学習用虫食い表が,紙面に掲載され,又は,表示装置に電子文書として表示されているものである」(段落【0021】)が,当該「教材」としての紙面又は表示装置は,本願発明の創作的特徴部分である暗記学習用虫食い文字列からなる情報を掲示するための単なる媒体以上のものではなく,情報を掲示する媒体に技術的な工夫がされているものではないから,本願発明は,原告が主張するような,人間の精神活動を支援する「技術的手段」を提供するものではない。

(イ) 本件審決における「本願発明は・・・単に既存の「自然法則を利用した技術により創作されたもの(教材)」が一部利用されているにすぎない」との記載は,暗記学習用教材であっても,発明によっては「自然法則を利用した」ものとなり得ることを述べたにすぎず,本願発明が自然法則を利用したものであることを認めるものではない。

(ウ) 本件審決は,本願発明は,特定の文字列を伏字として表示した教材に関するものであって,「情報の単なる提示」といえることから,「特許・実用新案審査基準」に照らしても,本願発明は「技術的思想でないもの」であり,「発明」に該当するものでないことは明らかである旨判断した。

これは,学習する対象として特定の著作物を選定することは人が自由に取り決めることであり,その結果として選定された著作物の学習内容について,伏字部分の位置を変えた同じ文章を提示することは,何ら自然法則を利用した具体的手段を伴うものではなく,情報の単なる提示にすぎないから,本件審決における上記判断に誤りはない。

原告は,本願発明においては,「情報の加工過程において自然法則に基づいた技術が利用される」と主張するが,学習対象として選定した特定の著作物について,伏字部分の位置を変えた文章に加工することには,何ら自然法則に基づいた技術が利用されるとはいえず,失当である。

エ 小括

以上によれば,本件審決における本願発明の発明該当性に係る判断に誤りはなく,原告の取消事由1に係る主張は理由がない。

(2)  取消事由2(本願発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

ア 本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤りとの主張について

(ア) ことわざや慣用句等の定型的な言語表現,百人一首や平家物語,著名な漢詩等,伏字部分を設けた文章について,その伏字部分に入れるべき文字列を特定することが可能である。

加えて,刊行物1の段落【0023】には,「文章の一部を空白にして,そこを埋めさせる学習問題が一般に多用されている」こと,「同じ文章を左右に二つ設置して異なる個所を空欄にすれば,相互に解答を示しながら二個所の空白部を学習させることができる」ことが記載されており,種々の学習課題について,一方の虫食い文字列を見て伏字部分に入れるべき文字列を特定するような学習問題を作成することが従来から行われ,虫食い文字列を見て伏字部分に入れるべき文字列を特定することが可能であるといえる。

したがって,著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物でないと学習用教材の伏字部分に入れるべき文字列を特定することが不可能であるわけではない。

(イ) 本件審決は,本願発明の「伏字」と引用発明の「カナ文字」とは,それ自体同士では一致しないものの,「暗記すべき事項との概念」で共通するとしたものである。

本件審決の上記判断は,対比すべき発明同士の一方又は両方の語句を本来の意味と異なり広く解釈するものではないから,その認定に何ら誤りはない。

(ウ) 本件審決は,本願発明と引用発明との相違点1として「暗記すべき事項が,本願発明は,伏せ字であるのに対し,引用発明は,カナ文字である点。」を認定しており,相違点の認定に何らの誤りもない。

仮に,原告が主張するとおり,本願発明と引用発明との相違点として,「本願発明では,原文文字列の一部が伏字とされているのに対し,引用発明には伏字が存在しない点。」と認定すべきであるとしても,かかる認定の相違は,本件審決の結論に影響を与えるものではない。

(エ) 本件審決は,本願発明と引用発明との相違点2として「原文文字列が,本願発明は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものであるのに対し,引用発明は,そのような特定がなされていない点。」を認定しており,相違点の認定に何らの誤りもない。

仮に,原告が主張するとおり,本願発明と引用発明との相違点として,「本願発明は,原文文字列がこの特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものであるのに対し,引用発明は,原文文字列が熟語である点。」と認定すべきであるとしても,かかる認定の相違は,本件審決の結論に影響を与えるものではない。

(オ) 本件審決が,本願発明と引用発明との相違点として,原告が主張する相違点3を挙げなかったことに誤りはない。

仮に,原告が主張するとおり,本願発明と引用発明との相違点として,「本願発明は,伏字部分と,伏字とされていない原文文字列の部分との間に協働関係が成立する構成とされているのに対し,引用発明は,カナ文字と,原文の熟語部分との間に協働関係が成立する構成とされていない点。」(相違点3)が存するとしても,特定の著作物に限らなくても,文字列(文章)中の一部の語句から他の語句を連想できるものであり,刊行物1に記載されているように,一方の虫食い文字列を見て伏字部分に入れるべき文字列を特定するような学習問題を作成することは従来から行われている事項であるから,相違点3は,引用発明及び刊行物1に記載された事項から容易に想到し得るものであり,かかる相違点の看過は本件審決の結論に影響を与えるものではない。

イ 相違点に係る容易想到性判断の誤りとの主張について

(ア) 相違点1(相違点1’)について

原告は,引用発明の「カナ文字」を「伏字」に変更した場合,設問としての体をなさず,学習用教材としては使えない代物となるだけであるから,引用発明において,カナ文字を空白,すなわち伏字表記とすることは,当業者が容易になし得ることではない旨主張する。

しかしながら,言葉というものは,文字列中の一部の語句から他の語句も連想できるものであり,学習用問題であっても,刊行物1の段落【0023】に,同じ文章の異なる部分を空欄にして,その空欄を埋めさせる学習問題が記載されているように,問題箇所を伏字とした場合に学習用教材としては使えないというようなことはない。

そして,学習課題の内容により,カナか伏字のうち,適した方を選択することは,当業者が学習効率を考慮して決定する設計的事項であって,引用発明において,カナ文字を伏字表記とすることは,当業者が容易になし得ることである。

したがって,引用発明において,相違点1(又は相違点1’)に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易になし得ることである。

(イ) 相違点2(相違点2’)について

原告は,原文文字列が本願発明のように公的に定まったものである場合には,学習者が暗記学習用虫食い文字列を見たときに,その伏字部分に入れるべき文字列の性質(原文文字列の概要)を把握することができるという作用が生じるが,原文文字列が作問者の意思により自由に設定できる引用発明では,このような作用は望めない旨主張する。

しかしながら,学習教材の課題の対象は,学習者の必要に応じて設定されるものであって,学習者にとって暗記学習が必要な課題が著作権法13条各号に規定されるような著作物の記述である場合には,その記述を用いて暗記学習を行うことが普通であり,引用発明の教材の学習課題として,著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を選択することは,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項である。

しかも,学習者にとってみれば,暗記学習が必要な課題を念頭に置いて学習教材を見ているから,当然,空欄(伏字部分)に入れるべき文字列の内容を理解した上で学習しており,本願発明のように特定の著作物に限らず,学習課題がどのような文字列であっても,伏字部分に入れるべき文字列の性質(概要)を,ある程度予測し把握することが可能であるはずである。

したがって,本願発明は,伏字部分に入れるべき文字列の性質(原文文字列の概要)を把握することができるという作用が生じるが,原文文字列が作問者の意思により自由に設定できる引用発明では,当該作用は望めないとする原告の上記主張は失当である。

そして,学習用の教材の形式は,例えば,漢字の学習であれば,熟語の一部を空欄にして補充する形式,歴史や法律用語の学習であれば,文章中の空欄を補充する形式等のように,学習する課題の内容や学習効果を考慮して,当業者が適宜決定するものであり,刊行物1の段落【0021】~【0023】にも,様々な問題の形式を取り得ることが示唆されているから,引用発明の熟語の問題を,必要に応じて著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものから構成することは当業者が容易になし得ることである。

以上のとおり,引用発明において,相違点2(又は相違点2’)に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易になし得ることである。

(ウ) 相違点3について

仮に,本願発明と引用発明との相違点として,原告が主張する相違点3が存するとしても,刊行物1の段落【0023】には,同じ文字列の異なる部分を空白にして,そこを埋めさせる学習問題が従来より知られ,そのような問題による学習が可能であることが記載されている上,本願発明の相違点3に係る構成による作用,効果も格別なものであるとはいえない。

したがって,引用発明において,相違点3に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易になし得ることである。

ウ 本願発明の効果について

原告の主張する本願発明の効果は,引用発明及び刊行物1の記載事項から当業者が予測し得る範囲内のものであるといえる。

エ 小括

以上によれば,本願発明は,引用発明及び刊行物1に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,本件審決における本願発明の容易想到性に係る判断に誤りはないから,原告の取消事由2に係る主張は理由がない。

(3)  取消事由3(手続違背)について

ア 審判請求に至る手続の経緯

原告は,平成25年7月31日付け拒絶理由通知に対し,同年8月23日付けで手続補正書を提出するともに,意見書を提出した。

これに対し,審査官は上記手続補正書と意見書を踏まえ検討した上で,特許法29条1項柱書の規定に係る拒絶理由(理由1)を追加し,平成25年10月1日付けで,再度,拒絶理由を通知した。

原告は,平成25年10月22日付けで意見書を提出したが,審査官は,その意見書を参酌しても同月1日付けの拒絶理由通知に記載した理由1及び2の拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせないとして,その理由を示して,同年11月26日付けで拒絶査定を行った。

イ 以上のとおり,原告は本願の審査の過程において,意見書を提出する機会を2回得て,実際に意見書を提出して意見を述べるとともに,手続補正書を提出している。

また,審査官は,2度の拒絶理由通知及び拒絶査定において,それぞれ拒絶の理由を示しており,原告において拒絶理由を理解し,これに対応することを可能にしていたといえる。

さらに,原告は,本件審判請求の際,本願の審査手続についても意見を述べることができたが,審査段階での手続の瑕疵について格別の主張をしていない。

したがって,本件審判手続において,原告に実質的に意見書を提出する機会が与えられていなかったなどということはなく,本件審判手続には手続上の瑕疵は存しないから,原告の取消事由3に係る主張は失当である。

(4)  まとめ

以上によれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。

第4当裁判所の判断

1  本願明細書の記載

本願明細書(甲1)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については,別紙の本願明細書図面目録を参照。)。

(1)  技術分野

「本発明は,暗記学習用教材,及びその製造方法に関する」(段落【0001】)

(2)  背景技術

「従来,学力試験や資格試験のための学習において,教材の紙面に掲載された暗記すべき事項を隠しながら記憶を反芻することにより当該事項の暗記の良否を確認するという暗記学習が行われている。このような暗記学習を行うための教材としては,暗記すべき事項を色刷りとした二色刷りの紙面に対して,同色透明のシートを被せて暗記すべき事項を隠すものが一般に知られている(例えば,特許文献1(判決注・特開2007-322943号公報)参照)。」(段落【0002】)

「他方,暗記学習用の教材として,紙面に掲載された文字列の一部を空欄にすることにより所謂“虫食い”の文字列を作成すると共に,空欄に入れるべき文字列を紙面の別の場所に解答として掲載するものが知られている(例えば,特許文献2(判決注・実用新案登録第3085866号公報)参照)。」(段落【0003】)

(3)  発明が解決しようとする課題

「上記教材のうち,色付き透明シートを用いて暗記すべき事項を隠すものは,紙面を二色刷りとする必要があるためコスト高となり,また,紙面を構成する教材とは別物品である色付き透明シートを用いること自体が煩わしいものとなっている。他方,紙面に掲載された文字列の一部を空欄にした教材にあっては,学習者が空欄に入れるべき文字列を思い出すことに汲々として空欄以外の文字列には注意が向かない傾向があり,前後の文脈の中で空欄に入れるべき文字列を意識する姿勢に欠けやすいものとなっている。」(段落【0005】)

「そこで本発明は,簡素で取扱い性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる暗記学習用教材,及びその製造方法を提供することを目的とする。」(段落【0006】)

(4)  課題を解決するための手段

「本発明の暗記学習用教材は,原文文字列の一部を伏字とすることにより作成された暗記学習用虫食い文字列が表示された暗記学習用教材であって,暗記学習用虫食い文字列は,原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,原文文字列を対象として第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含む。」(段落【0007】)

「この暗記学習用教材を用いた学習として,学習者はまず,色付き透明シート等の用具を用いることなく第1の虫食い文字列を見て,これに設けられた第1の伏字部分に入れるべき文字列(以下,「第1の正答文字列」と呼ぶ場合がある。)を思い浮かべる。学習者は次に,第2の虫食い文字列を見る。すると,第2の虫食い文字列では,第1の虫食い文字列において第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所が伏字とされていないため,第1の伏字部分に入れるべきであった文字列を確認することができ,これにより先程自分が思い浮かべた内容が正しかったかどうかを知ることができる。またここで,第2の虫食い文字列では,第1の虫食い文字列において第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられているため,学習者は引き続き,第2の伏字部分に入れるべき文字列(以下,「第2の正答文字列」と呼ぶ場合がある。また,これと上記「第1の正答文字列」とを併せて単に「正答文字列」と呼ぶ場合がある。)を思い浮かべる。そして学習者は,第1の虫食い文字列に戻る。すると,第1の虫食い文字列では,第2の虫食い文字列において第2の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所が伏字とされていないため,第2の伏字部分に入れるべきであった文字列を確認することができ,これにより先程自分が思い浮かべた内容が正しかったかどうかを知ることができる。このような一連の動作により,この暗記学習用教材を用いた暗記学習が進められる。ここで学習者は,与えられた文字列のうち,伏字部分のみならず,伏字とされていない箇所についても意識して読む癖をつけなければ両方の伏字部分に正答することが難しいことから,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習をするようになる。つまり,この暗記学習用教材によれば,簡素で取扱い性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる。」(段落【0008】)

「原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものであってもよい。これらの著作物は一般に,注意深い精読が求められるものであるため,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる本発明を適用するのに特に好適である。」(段落【0012】)

「上記暗記学習用虫食い文字列,又は,上記暗記学習用虫食い表は,紙面に掲載され,又は,表示装置に電子文書として表示されているものが好ましい。現代において文字等を表示する媒体として広く普及しているのは,言うまでもなく紙及び表示装置である。従って,上記暗記学習用虫食い文字列,又は,上記暗記学習用虫食い表が,紙面に掲載され,又は,表示装置に電子文書として表示されることは,学習者の便宜がよく,暗記学習用教材の普及にも資する。」(段落【0015】)

(5)  発明の効果

「本発明によれば,簡素で取扱い性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる暗記学習用教材,及びその製造方法を提供することができる。」(段落【0019】)

(6)  発明を実施するための形態

「本発明の暗記学習用教材は,紙媒体又は電子媒体により提供されるものであり,以下に説明する暗記学習用虫食い文字列又は暗記学習用虫食い表が,紙面に掲載され,又は,表示装置に電子文書として表示されているものである。以下,本発明の好適な実施形態として,紙媒体たる冊子体を例にして詳細に説明する。なお,参照する図面においては同一部分又は相当部分には同一符号を付し,重複する説明は省略する。」(段落【0021】)

「[第1の実施形態]

図1に示されるように,冊子体としての暗記学習用教材1は,共通の原文文字列から作成された第1の虫食い文字列10A及び第2の虫食い文字列20Aを含む暗記学習用虫食い文字列2Aを有している。第1の虫食い文字列10Aは,冊子体の見開きページの左側のページ(図1では第26ページを例としている。)に掲載されており,第2の虫食い文字列20Aは,冊子体の見開きページの右側のページ(図1では第27ページを例としている。)のうち,第1の虫食い文字列10Aが掲載された位置の真横にあたる位置に掲載されている。」(段落【0022】)

「ここで,「原文文字列」とは,暗記学習用文字列2Aを作成するための原文である文字列であって,例えば,伏字とされた部分のない(つまり虫食い部分のない)文字列をいう。原文文字列は暗記学習用教材1には現れていないが,図1に示された例の原文文字列を参考のために示すと,日本国の特許法第一条,すなわち「第一条 この法律は,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」なる文字列である。」(段落【0023】)

「図2(a)に示されるように,第1の虫食い文字列10Aは,その一部が第1の伏字部分12Aとして伏字とされて構成されている。この第1の虫食い文字列10Aは,原文文字列を対象として作成されたものであり,原文文字列のうち「発明の保護及び利用」の部分を矩形枠を用いて伏字とすることにより作成されたものである。」(段落【0024】)

「図2(b)に示されるように,第2の虫食い文字列20Aは,その一部(2箇所)が第2の伏字部分22A,22Aとして伏字とされて構成されている。この第2の伏字部分22A,22Aは,原文文字列のうち第1の虫食い文字列10Aにおいて第1の伏字部分12Aが設けられた箇所に対応する箇所(後述する第1の正答文字列14Aを含んでいる箇所)とは異なる箇所に設けられている。この第2の虫食い文字列20Aは,原文文字列を対象として作成されたものであり,原文文字列のうち「発明を奨励」及び「産業の発達」の部分を矩形枠を用いてそれぞれ伏字とすることにより作成されたものである。」(段落【0025】)

「ここで,第2の虫食い文字列20Aでは,第1の虫食い文字列10Aにおいて伏字とされた「発明の保護及び利用」なる語句が伏字とされておらず,これを第1の正答文字列14Aとして含んでいる。翻って,第1の虫食い文字列10Aでは,第2の虫食い文字列20Aにおいて伏字とされた「発明を奨励」及び「産業の発達」なる語句が伏字とされておらず,これらを第2の正答文字列24A,24Aとして含んでいる(図2(a))。つまり,第1の虫食い文字列10A及び第2の虫食い文字列20Aは,伏字とされた部分を相互に補い合う,いわば“相補的な”関係にある。」(段落【0026】)

「以上のように構成された暗記学習用教材1を用いた学習として,学習者はまず,第1の虫食い文字列10Aを見て,第1の伏字部分12Aに入れるべき文字列を思い浮かべる。学習者は次に,第2の虫食い文字列20Aを見る。すると,第2の虫食い文字列20Aでは,第1の虫食い文字列10Aにおいて第1の伏字部分12Aが設けられた箇所に対応する箇所が伏字とされておらず,第1の正答文字列14Aとして含んでいるため,第1の伏字部分12Aに入れるべきであった文字列を確認することができ,これにより先程自分が思い浮かべた内容が正しかったかどうかを知ることができる。」(段落【0027】)

「またここで,第2の虫食い文字列20Aでは,第1の虫食い文字列10Aにおいて第1の伏字部分12Aが設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分22A,22Aが設けられているため,学習者は引き続き,第2の伏字部分22A,22Aに入れるべき文字列を思い浮かべる。そして学習者は,第1の虫食い文字列10Aに戻る。すると,第1の虫食い文字列10Aでは,第2の虫食い文字列20Aにおいて第2の伏字部分22A,22Aが設けられた箇所に対応する箇所が伏字とされておらず,第2の正答文字列24A,24Aとして含んでいるため,第2の伏字部分22A,22Aに入れるべきであった文字列を確認することができ,これにより先程自分が思い浮かべた内容が正しかったかどうかを知ることができる。」(段落【0028】)

「このような一連の動作により暗記学習用教材1を用いた暗記学習が進められる。この暗記学習用教材1を用いた学習によれば,学習者は,第1の虫食い文字列10A及び第2の虫食い文字列20Aにおいて,伏字部分のみならず,伏字とされていない箇所についても意識して読む癖をつけなければ両方の伏字部分に正答することが難しいことから,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習をするようになる。また,学習者が一方の虫食い文字列から他方の虫食い文字列に目を移し,つい先刻見たはずの,伏字部分にいれるべき文字列を答えることができない場合,学習者は,先の一方の文字列を見ていたときには伏字部分に入れるべき文字列を思い出すことに汲々としており伏字部分以外の文字列には注意が向いていなかったことが原因である,と,自省することになるであろう。このとき学習者は,自らの浅はかさ,乃至,愚かさを実感すると同時に,学習姿勢を改善しようとするに違いない。上記のことから,この暗記学習用教材1によれば,学習姿勢を改善するきっかけを得ることができるとともに,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる。」(段落【0029】)

「また,上記一連の動作からも理解されるとおり,第1の虫食い文字列10A及び第2の虫食い文字列20Aは,それぞれ第1の伏字部分12A及び第2の伏字部分22A,22Aが設けられているため,学習者にとってはいずれの虫食い文字列10A,20Aも,伏字部分12A,22A,22Aに入れるべき語句を考える「設問」として機能する。また同時に,いずれの虫食い文字列10A,20Aも,互いの伏字部分12A,22A,22Aに入れるべき文字列である正答文字列24A,24A,14Aを含んでいるため,相互に「解答」としても機能する。このため,従来の暗記学習用教材では,「設問」を掲載した場所とは別の場所に「解答」を掲載するべき場所を確保することが必要であったが,本実施形態の暗記学習用教材1によれば,暗記学習用虫食い文字列2Aを構成する双方の「設問」がそれぞれ他方の「解答」を兼ねているため,冊子体の紙面スペースを有効に活用することができる。」(段落【0030】)

「また,従来の虫食い文字列による「設問」では,学習効果を高めようとするあまり,伏字部分を多く設ける傾向があり,その結果,虫食い文字列の内容が漠然とし,学習者にとって,伏字部分にどのような種類の文字列を入れるべきなのかを把握しにくいものとなりやすかった。これに対し,本実施形態における暗記学習用虫食い文字列2Aでは,伏字部分を二つの文字列(第1の虫食い文字列10A及び第2の虫食い文字列20A)に振り分けて設けることができるため,それぞれの文字列の内容が漠然とすることなく,学習効果を高めることができる。」(段落【0031】)

「また,図1に示された例の原文文字列は,上記のとおり日本国の特許法第一条である。法律の条文は一般に,資格試験等の学習において注意深い精読が求められるものであるため,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる本実施形態の暗記学習用教材1に掲載する暗記学習用虫食い文字列2Aの題材として,このような法律の条文は,特に好適であるといえる。」(段落【0033】)

「また,この暗記学習用教材1では,従来の色付き透明シート等の用具が不要であるため,通常の読書をするとき等と同様に,片手が塞がっている状態でも学習することができる。すなわち,この暗記学習用教材1は,取扱い性に優れているといえる。加えて,紙面を二色刷りとする必要もないため,低コストである。」(段落【0034】)

「また,上記の他にも,伏字部分を表す態様としては,他の記号,文字,図形等を使用してもよい。」(段落【0039】)

「以上,本発明の好適な実施形態について説明したが,本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではない。例えば,図7に示されるように,上記第1の実施形態と第2の実施形態の特徴を混合したものとしてもよい。すなわち,図7に示される暗記学習用虫食い表2Cは,第1の虫食い表10C及び第2の虫食い表20Cを含み,それぞれの表において,第2の実施形態のように一部のセル内の文字列全体が「(^o^)/」の顔文字により伏字とされ伏字部分12C,22Cが作成されているとともに,第1の実施形態のように文字列の一部が「■」の記号により伏字部分12C,12C,22Cとされている。そして第1の虫食い表10C及び第2の虫食い表20Cは,それぞれ第2の正答文字列24C,24C及び第1の正答文字列14C,14Cを含んでおり,伏字とされた部分を相互に補い合う,いわば,“相補的な”関係にある。」(段落【0048】)

「また,上記実施形態では第1の虫食い文字列10A及び第2の虫食い文字列20A,又は,第1の虫食い表10B及び第2の虫食い表20Bが冊子体の見開きページの左右にそれぞれ掲載されている態様を示したが,学習の効果や冊子体の編集の都合により,適宜掲載場所を変更してもよい。例えば,これらが同一ページ内に掲載されている態様であってもよく,また,見開き関係にない別々のページに掲載されている態様であってもよい。ここで,「同一ページ内に掲載されている態様」の場合は,例えば同一ページ内で上下又は左右に並べられることが挙げられる。「見開き関係にない別々のページに掲載されている態様」の場合は,例えば紙の表裏の関係にあるページに掲載したり,冊子体の前半部分と後半部分にそれぞれ掲載したりすることが挙げられる。」(段落【0049】)

「また,上記実施形態では,暗記学習用虫食い文字列2A及び暗記学習用虫食い表2Bがそれぞれ二つの(第1及び第2の)虫食い文字列10A,20A及び虫食い表10B,20Bを有している態様を示したが,これらはそれぞれ三つ以上の虫食い文字列及び虫食い表を有している態様であってもよい。」(段落【0050】)

「また,上記実施形態では,暗記学習用教材1が冊子体(書籍,雑誌,ムック,ノート等)である態様を示したが,一枚物のチラシ,リーフレット,パンフレット等であってもよい。また,暗記学習用虫食い文字列2A及び暗記学習用虫食い表2Bは,紙面に掲載されたもののほか,コンピュータに接続されたモニタ,携帯電話やスマートフォンの画面等の表示装置に電子文書として表示されたものであってもよい。表示装置に表示されたものとしては,例えば,アプリケーションソフトとして提供されるコンテンツや,インターネットを介して提供されるウェブページ,動画コンテンツ等が挙げられる。更にまた,本発明が具現化可能であればどのような媒体に表示されたものでもよい。」(段落【0051】)

「また,上記実施形態では,原文文字列又は原文表として特許法,実用新案法,意匠法,商標法の内容を利用した態様を示したが,原文文字列又は原文表はこのほか,この特許出願の出願日において施行されている著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を利用したものであってもよい。ここで「利用したもの」とは,当該著作物の文字列そのもの,当該著作物の文字列を含むもの,及び,当該著作物の大意を変更しない程度に文字列が変更されたもの等をいう。また,原文文字列又は原文表は,漢字の学習や英語の学習等の学習全般において暗記を必要とするものであれば,どのようなものであってもよい。」(段落【0052】)

(7)  産業上の利用可能性

「本発明は,例えば,学力試験や資格試験のための学習において利用可能である。」(段落【0053】)

2  取消事由1(本願発明の発明該当性に係る判断の誤り)について

(1)  原告は,本件審決が,本願発明の創作的特徴部分は,暗記学習に供する文字列の内容そのものにのみ存するということができるところ,暗記学習に供する文字列の内容をどのように表現し,暗記学習に適したものとするかは,人間の精神活動そのものに向けられたものというべきであって,それ自体は何ら自然法則を利用したものではないから,本願発明を,自然法則を利用した技術的思想であるということはできないなどとして,本願発明は,「発明」に該当しないものであり,特許法29条1項柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明」に該当するものではない旨判断したのに対し,本願発明は,情報の加工過程において自然法則に基づいた技術が利用されており,二つの虫食い文字列の互いに異なる位置を伏字として相補的に設問及び解答を提供し合うという技術的思想が,概念の状態にとどまっているのではなく「教材」として具現化されているのであるから,「自然法則を利用した」,「技術的思想の創作」,「高度のもの」という「発明」の3要件(特許法2条1項)を満たし,特許法29条1項柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明」に該当するものであることは明らかであって,本件審決の判断は誤りである旨主張する。

(2)  特許法2条1項所定の「発明」の意義について

特許制度は,新しい技術である発明を公開した者に対し,その代償として一定の期間,一定の条件の下に特許権という独占的な権利を付与し,他方,第三者に対してはこの公開された発明を利用する機会を与えるものであり,特許法は,このような発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とする(特許法1条)。また,特許の対象となる「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいい(特許法2条1項),一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。

そうすると,請求項に記載された特許を受けようとする発明が特許法2条1項に規定する「発明」といえるか否かは,前提とする技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。

そして,「発明」は,上記のとおり,「自然法則を利用した」技術的思想の創作であるから,単なる人の精神活動,抽象的な概念や人為的な取り決めそれ自体は,自然界の現象や秩序について成立している科学的法則とはいえず,また,科学的法則を利用するものでもないから,「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当しないことは明らかである。

したがって,請求項に記載された特許を受けようとする発明に何らかの技術的手段が提示されているとしても,前記のとおり全体として考察した結果,その発明の本質が,人の精神活動,抽象的な概念や人為的な取り決めそれ自体に向けられている場合には,「発明」に該当するとはいえない。

以上の観点から,本願発明の発明該当性について,以下において検討する。

(3)  本願発明の技術的意義について

ア 前記1の本願明細書の記載事項によれば,本願明細書には,次の点が開示されていることが認められる。

(ア) 本願発明の技術的課題

従来,学力試験や資格試験のための学習において,教材の紙面に掲載された暗記すべき事項を隠しながら記憶を反芻することにより当該事項の暗記の良否を確認するという暗記学習が行われており,このような暗記学習を行うための教材としては,暗記すべき事項を色刷りとした二色刷りの紙面に対して,同色透明のシートを被せて暗記すべき事項を隠すものや(段落【0002】),紙面に掲載された文字列の一部を空欄にすることにより,いわゆる「虫食い」の文字列を作成すると共に,空欄に入れるべき文字列を紙面の別の場所に解答として掲載するものが知られていた(段落【0003】)。

上記教材のうち,色付き透明シートを用いて暗記すべき事項を隠すものは,紙面を二色刷りとする必要があるためコストが高くなり,また,紙面とは別物品である色付き透明シートを用いること自体が煩わしいという問題があり,紙面に掲載された文字列の一部を空欄にした教材は,学習者が空欄に入れるべき文字列を思い出すことに汲々として,空欄以外の文字列には注意が向かない傾向があり,前後の文脈の中で空欄に入れるべき文字列を意識する姿勢に欠けやすいという問題があった(段落【0005】)。

そこで,本願発明は,従来の暗記学習用教材に存する上記問題の解決を課題として,簡素で取扱性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる暗記学習用教材を提供することを目的とする。

(イ) 課題を解決するための技術的手段の構成

本願発明は,前記(ア)の課題を解決するための技術的手段として,前記第2の2の特許請求の範囲(請求項1)記載のとおり,

「原文文字列の一部を伏字とすることにより作成された暗記学習用虫食い文字列が表示された暗記学習用教材であって,

前記暗記学習用虫食い文字列は,

前記原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,

前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含み,

前記原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである,

暗記学習用教材。」という構成を採用した。

すなわち,本願発明は,従来から原文文字列の一部を空欄(伏字の一態様である。)にすることにより作成された暗記学習用虫食い文字列が表示された暗記学習用教材が知られているが(段落【0003】参照),前記(ア)の課題を解決するために,このような暗記学習用教材において,

① 暗記学習用虫食い文字列は,原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,同じ原文文字列を対象として第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列とを含み,

② 原文文字列は,本願の特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである,という構成を採用したものである。

したがって,本願発明は,暗記学習用教材という媒体に表示される暗記学習用虫食い文字列の表示形態(上記①)及び暗記学習の対象となる文字列自体(上記②)を,その課題を解決するための技術的手段の構成とするものであると認められる。

(ウ) 採用した技術的手段の構成から導かれる効果

本願発明の暗記学習用教材は,「暗記学習用虫食い文字列は,原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,原文文字列を対象として第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列とを含む」という構成を採用したことにより,次の効果を奏する。

すなわち,本願発明の暗記学習用教材を用いた学習によれば,学習者は,まず,色付き透明シート等の用具を用いることなく,第1の虫食い文字列を見て第1の伏字部分に入れるべき文字列(第1の正答文字列)を思い浮かべ,次に,第2の虫食い文字列を見ると,第2の虫食い文字列では,第1の虫食い文字列において第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所が伏字とされていないため,第1の伏字部分に入れるべきであった文字列を確認することができ,これにより,先程自分が思い浮かべた内容が正しかったかどうかを知ることができる。またここで,第2の虫食い文字列では,第1の虫食い文字列において第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられているため,学習者は引き続き,第2の伏字部分に入れるべき文字列(第2の正答文字列)を思い浮かべ,第1の虫食い文字列に戻ると,第1の虫食い文字列では,第2の虫食い文字列において第2の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所が伏字とされていないため,第2の伏字部分に入れるべきであった文字列を確認することができ,これにより,先程自分が思い浮かべた内容が正しかったかどうかを知ることができる。このような一連の動作により,本願発明の暗記学習用教材を用いた暗記学習が進められるが,学習者は,与えられた文字列のうち,伏字部分のみならず,伏字とされていない箇所についても意識して読む癖をつけなければ両方の伏字部分に正答することが難しいことから,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習をするようになるため,本願発明の暗記学習用教材によれば,簡素で取扱い性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる(以上につき段落【0008】)。

さらに,本願発明の暗記学習用教材は,「原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである」という構成を採用したことにより,次の特徴を有する。

すなわち,上記著作物は,一般に,注意深い精読が求められるものであるため,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うのに好適である(段落【0012】)。

本願発明によれば,簡素で取扱性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる暗記学習用教材を提供することができるという効果を奏する(段落【0019】)。

イ 以上によれば,本願発明は,暗記学習用教材という媒体に表示される暗記学習用虫食い文字列の表示形態及び暗記学習の対象となる文字列自体を課題を解決するための技術的手段の構成とし,これにより,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができるという効果を奏するとするものであるから,本願発明の技術的意義は,暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものにあるといえる。

ウ なお,本願明細書では,本願発明の効果として,本願発明の暗記学習用教材は「簡素で取扱い性に優れている」との点も挙げられている(段落【0019】)。本願発明が,色付き透明シートを用いて暗記すべき事項を隠す暗記学習用教材では,紙面を二色刷りとする必要があるためコストが高くなり,また,紙面とは別物品である色付き透明シートを用いること自体が煩わしいという問題があることを解決課題としていること及び本願明細書の段落【0008】に「この暗記学習用教材を用いた学習として,学習者はまず,色付き透明シート等の用具を用いることなく第1の虫食い文字列を見て,・・・,この暗記学習用教材によれば,簡素で取扱い性に優れながら,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができる。」と記載されていることからすれば,上記「簡素で取扱い性に優れている」とは,「紙面を二色刷りとせず,かつ,色付き透明シートを用いないこと」を意味するものと解される。しかし,「紙面を二色刷りとせず,かつ,色付き透明シートを用いない」暗記学習用教材自体は,従来から用いられていたものであり(段落【0003】参照),かつ,前記イ記載の本願発明における課題を解決するための技術的手段の構成から導かれる効果であるともいえないから,「紙面を二色刷りとせず,かつ,色付き透明シートを用いないこと」に本願発明の技術的意義があるとはいえない。

エ また,本願発明は,暗記学習用教材に関するものであって,特許請求の範囲(請求項1)記載のとおり,「暗記学習用教材」,すなわち「教材」という媒体をも,その構成とするものである。

しかしながら,本願明細書に「上記暗記学習用虫食い文字列,又は,上記暗記学習用虫食い表は,紙面に掲載され,又は,表示装置に電子文書として表示されているものが好ましい。現代において文字等を表示する媒体として広く普及しているのは,言うまでもなく紙及び表示装置である。従って,上記暗記学習用虫食い文字列,又は,上記暗記学習用虫食い表が,紙面に掲載され,又は,表示装置に電子文書として表示されることは,学習者の便宜がよく,暗記学習用教材の普及にも資する。」(段落【0015】),「本発明の暗記学習用教材は,紙媒体又は電子媒体により提供されるものであり,以下に説明する暗記学習用虫食い文字列又は暗記学習用虫食い表が,紙面に掲載され,又は,表示装置に電子文書として表示されているものである。以下,本発明の好適な実施形態として,紙媒体たる冊子体を例にして詳細に説明する。」(段落【0021】),「また,上記実施形態では,暗記学習用教材1が冊子体(書籍,雑誌,ムック,ノート等)である態様を示したが,一枚物のチラシ,リーフレット,パンフレット等であってもよい。また,暗記学習用虫食い文字列2A及び暗記学習用虫食い表2Bは,紙面に掲載されたもののほか,コンピュータに接続されたモニタ,携帯電話やスマートフォンの画面等の表示装置に電子文書として表示されたものであってもよい。表示装置に表示されたものとしては,例えば,アプリケーションソフトとして提供されるコンテンツや,インターネットを介して提供されるウェブページ,動画コンテンツ等が挙げられる。更にまた,本発明が具現化可能であればどのような媒体に表示されたものでもよい。」(段落【0051】)と記載されているように,本願発明においては,「教材」という媒体自体の種類や構成を特定ないし限定していないのであるから,本願発明の技術的意義が「教材」という媒体自体に向けられたものでないことは明らかである。

(4)  本願発明の発明該当性について

上記(3)で認定した本願発明の技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義を総合して検討すれば,本願発明は,暗記学習用教材という媒体に表示される暗記学習用虫食い文字列の表示形態及び暗記学習の対象となる文字列自体を課題を解決するための技術的手段の構成とし,これにより,文字列全体の文脈に注意を向けた暗記学習を効率よく行うことができるという効果を奏するとするものである。そうすると,本願発明の技術的意義は,暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものにあるといえるから,本願発明の本質は,専ら人の精神活動そのものに向けられたものであると認められる。

したがって,本願発明は,その本質が専ら人の精神活動そのものに向けられているものであり,自然界の現象や秩序について成立している科学的法則,あるいは,これを利用するものではないから,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作には該当しない。

以上によれば,本願発明は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないものである。

(5)  原告の主張について

ア 原告は,本願発明の「暗記学習用虫食い文字列は,前記原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,前記原文文字列を対象として前記第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列と,を含み,前記原文文字列は,この特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである」との発明特定事項は,教材に表示された文字列の内容を規定するのみならず,第1の虫食い文字列と第2の虫食い文字列を有すること及び第1の虫食い文字列と第2の虫食い文字列が空間的に別々の場所に表示されていること,原文文字列として「その内容があらかじめ定められたもの」である,著作権法13条各号のいずれかに該当する著作物を用いることも規定しており,これにより,本願発明における暗記学習用虫食い文字列では,伏字部分を二つの文字列に振り分けて設けることができるため,それぞれの文字列の内容が漠然とすることなく,学習効果を高めることができ,また,学習者において,伏字部分の前後関係を契機として自分の記憶を辿り,伏字部分に入れるべき文字を決定し得るものとなっているのであるから,本願発明は,暗記学習に供する文字列の内容そのものにのみ特徴があるのではなく,文字列の内容と従来技術にも存在する部分との協働関係が成立しているところに,その創作的特徴がある旨主張する。

本願発明が,従来から用いられている原文文字列の一部を空欄にすることにより作成された暗記学習用虫食い文字列が表示された暗記学習用教材において,①暗記学習用虫食い文字列は,原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,同じ原文文字列を対象として第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列とを含み,②原文文字列は,本願の特許出願の出願日において施行されている日本国の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)第13条各号のいずれかに該当する著作物の一部又は全部を含むものである,という構成を採用したものであり,暗記学習用教材という媒体に表示される暗記学習用虫食い文字列の表示形態(上記①)及び暗記学習の対象となる文字列自体(上記②)を,技術的手段の構成とするものであると認められることは,前記(3)ア(イ)記載のとおりである。

そして,これらの構成のみならず,前記(3)で認定した本願発明の技術的課題,その構成から導かれる効果等の技術的意義を総合して検討すれば,本願発明の技術的意義は,暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものにあるといえ,本願発明の本質は,専ら人の精神活動そのものに向けられたものであると認められることは,前記(4)記載のとおりである。

原告が主張するように,本願発明が上記①及び②の構成を有することにより,本願発明における暗記学習用虫食い文字列では,それぞれの文字列の内容が漠然とすることなく,学習効果を高めることができ,また,学習者において,伏字部分の前後関係を契機として自分の記憶を辿り,伏字部分に入れるべき文字を決定し得るものとなっているとしても,かかる効果は,暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものに向けられたものであるというべきであり,本願発明の本質が,専ら人の精神活動そのものに向けられたものであるとの上記認定を左右するものではない。

イ 原告は,仮に,本願発明が人間の精神活動に関するものを含む場合であったとしても,請求項に記載された発明の構成が,人間の精神活動を支援する技術的手段を提供するものであるときは,「発明」に当たらないとしてこれを特許の対象から排除するべきではなく,本願発明は,「自然法則を利用した技術により創作されたもの」すなわち「教材」を利用しており,また,情報(原文文字列)の加工過程において自然法則に基づいた技術が利用されているから,「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当する旨主張する。

しかしながら,本願発明は,「教材」という媒体をその構成とするものであるが,「教材」という媒体自体の種類や構成を特定ないし限定しておらず,本願発明の技術的意義が「教材」という媒体自体に向けられたものであるとはいえないことは,前記(3)エ記載のとおりである。本願発明における「教材」という媒体をその構成として含む意義は,暗記学習の対象となる事項を記録し,表示するために一般に用いられている媒体を利用するにすぎず,このような内容を付加するにすぎない場合には,全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作には該当するということはできない。

また,原告は,「情報(原文文字列)の加工過程において自然法則に基づいた技術が利用されている」旨主張するものの,「自然法則に基づいた技術」が利用されていると抽象的に述べるのみで,本願発明における,暗記学習用虫食い文字列は,原文文字列を対象として作成され,第1の伏字部分が設けられた第1の虫食い文字列と,同じ原文文字列を対象として第1の虫食い文字列とは別に作成され,第1の伏字部分が設けられた箇所に対応する箇所とは異なる箇所に第2の伏字部分が設けられた第2の虫食い文字列とを含むようにするという過程に,いかなる「自然法則に基づいた技術」が利用されているものかを具体的に主張するものではない。本願発明は,原文文字列に伏字部分を設けることにより作成された暗記学習用虫食い文字列から成る構成を有するものであるが,かかる構成を含め,本願発明の技術的課題,課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義を総合して検討すれば,本願発明の技術的意義は,暗記学習用教材という媒体に表示された暗記すべき事項の暗記学習の方法そのものにあるといえ,本願発明の本質は,専ら人の精神活動そのものに向けられたものであると認められることは,前記(4)記載のとおりである。

(6)  小括

以上によれば,本件審決が,本願発明は,何ら自然法則を利用したものではなく,「発明」に該当しないものであり,特許法29条1項柱書きに規定される「産業上利用することができる発明」に該当しないから,同項の規定により特許をすることができないとした判断に誤りはなく,原告の取消事由1に係る主張は理由がない。

3  取消事由3(手続違背)について

(1)  原告は,本件審判の審判合議体は,本願に係る審査の過程で原告に実質的に意見書を提出する機会が与えられていなかったことを見抜き,本件審判の手続において原告に意見書を提出する機会を与えるべきであったにもかかわらず,これを看過し,原告に意見書を提出する機会を与えないまま,本件審判をしたから,本件審判手続には,特許法159条2項,同法50条に違反する手続上の瑕疵があるというべきである旨主張する。

(2)  本願の審査経過等について

証拠(甲1ないし9)によれば,次の事実を認めることができる。

ア 原告は,平成24年12月4日,発明の名称を「暗記学習用教材,及びその製造方法」とする特許出願をした(甲1)。

イ 特許庁審査官は,原告に対し,平成25年7月31日付け拒絶理由通知書(甲2)により,平成25年8月23日付け手続補正書による補正前の特許請求の範囲に記載されたものについて,①請求項1及び8に係る発明については,刊行物1(甲3)を挙げ,特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができない,②請求項2,6及び9に係る発明については,刊行物1を挙げ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,③請求項3,4,5及び7に係る発明については,刊行物1及び特開平7-200577号公報(以下「刊行物2」という。)を挙げ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由及び意見書の提出期間を通知書の発送の日から60日以内とすることを通知した。

ウ これに対し,原告は,平成25年8月23日付け手続補正書(甲4)により,本願の特許請求の範囲の補正をすると共に,前記イの拒絶理由に対して,同日付け意見書(甲5)を提出した。

エ 特許庁審査官は,原告に対し,平成25年10月1日付け拒絶理由通知書(甲6)により,平成25年8月23日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲に記載されたものについて,①請求項1ないし7に記載されたものは,提示される情報の内容にのみ特徴を有し,情報の提示手段等には何らの自然法則に基づく技術的特徴を有するものではないから,情報の単なる提示にすぎず,自然法則を利用した技術的思想の創作であるとは認められないから,特許法29条1項柱書きでいう発明に該当しない,請求項8及び9に記載されたものは,「暗記学習用教材の製造方法」に関するものであるが,自然法則とは無関係の人為的な取り決めにすぎず,全体としてみても,自然法則を利用した技術的思想の創作ではないから,特許法29条1項柱書きでいう発明に該当しない,②請求項1,2及び8に係る発明については,刊行物1を挙げ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,③請求項3,4及び7に係る発明については,刊行物1及び2を挙げ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由及び意見書の提出期間を通知書の発送の日から60日以内とすることを通知した。

オ これに対し,原告は,前記エの拒絶理由に対して,平成25年10月22日付け意見書(甲7)を提出した。

カ 特許庁審査官は,平成25年11月26日付けで,同年10月1日付け拒絶理由通知書に記載した理由(前記エの①ないし③)によって,本願は拒絶すべきものである旨の拒絶査定をした(甲8)。

なお,拒絶査定(甲8)の備考欄には,おおむね次のとおり記載されている。

(ア) 理由1について

(請求項1-7に対して)

出願人は意見書において,請求項1-7に記載されたものは,共通の原文文字列の一部が伏字とされた一対の文字列を有し,伏字とされた部分を設問及び解答として相互に提示して補い合う,いわば「相補的な」関係にあるものであるから,特許法29条1項柱書きでいう発明に該当する旨主張している。

しかしながら,出願人が主張する,請求項1-7に記載された事項は,結局,情報の単なる提示にすぎず,何らの自然法則に基づく技術的特徴を有するものではないから,発明に該当しない。

(請求項8-9に対して)

出願人は意見書において,請求項8-9に記載されたものは,「暗記学習用教材」を具現化する際に,自然法則に基づいた技術が使われる旨主張している。

しかしながら,平成25年10月1日付け拒絶理由通知書に記載したとおり,請求項8-9には,自然法則とは無関係の人為的な取り決めが記載されているにすぎず,自然法則を利用した技術的思想の創作が請求項に記載されているわけではないから,発明に該当しない。

(イ) 理由2について

(請求項1-4,7-8に対して)

出願人は意見書において,刊行物1には,原文文字列として著作権法13条を用いる点が記載されていない旨を主張しているが,刊行物1に記載された発明において,原文文字列をどのようにするかは,当業者が任意に決めることが出来る事項である。

キ 原告は,平成25年12月13日,これに対する不服の審判を請求した(甲9)。

(3)  本件審決における理由の要旨は前記第2の3記載のとおりであるが,前記(2)の認定事実によれば,本件審決における本願を拒絶すべきとする理由は,平成25年11月26日付け拒絶査定の理由と異なるものであるとは認められない。

したがって,本件は,特許法159条2項の定める「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たらないから,本件審判手続において,特許法50条の規定を準用し,改めて「特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない」ものではなく,本件審判手続に原告の主張する手続違背があるとはいえない。

なお,原告は,本願に係る審査の過程で原告には実質的に意見書を提出する機会が与えられていなかったなどと主張するが,前記(2)認定のとおり,特許庁審査官は拒絶理由とともに,原告に対して意見書を提出する期間を通知し,意見書を提出する機会を与え,原告は,いずれの拒絶理由通知に対しても現に意見書を提出していたのであって,原告には意見書を提出する機会が実質的に与えられていなかったとの上記主張も失当である。

原告の取消事由3に係る主張は理由がない。

第5結論

以上の次第であるから,取消事由2(本願発明の容易想到性に係る判断の誤り)について判断するまでもなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 柵木澄子)

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