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知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10119号 判決 2015年7月09日

原告

オプティス ワイヤレス テクノロジー,リミテッド・ライアビリティ・カンパニー

訴訟代理人弁理士

亀谷美明

松本一騎

辰川肇

被告

特許庁長官

指定代理人

菅原道晴

山本章裕

稲葉和生

根岸克弘

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2013-8855号事件について平成25年12月24日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  テレフオンアクチーボラゲット エル エム エリクソン(パブル)(以下「エリクソン」という。)は,平成18年5月17日,発明の名称を「複数の補完的なフィードバックメカニズムを有する自動再送要求(ARQ)プロトコル」とする特許出願(請求項数47。特願2008-513431号。パリ条約の例による優先権主張日:平成17年5月23日,優先権主張国:米国。以下「本願」という。)をした(甲10,11,22,弁論の全趣旨)。

(2)  特許庁は,平成23年9月6日付けで拒絶理由を通知し(甲12),エリクソンは,同年12月13日付け手続補正書により,本願の特許請求の範囲及び明細書の補正をした(請求項数21。甲13)。

特許庁は,平成24年5月31日付けで拒絶理由を通知し(甲15),平成25年1月9日付けで拒絶査定をしたため(甲17),エリクソンは,同年5月15日,これに対する不服の審判を請求するとともに(甲18),同日付け手続補正書により,本願の特許請求の範囲の補正をした(以下「本件補正」という。請求項数19。甲19)。

(3)  特許庁は,これを不服2013-8855号事件として審理し,平成25年12月24日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,平成26年1月14日,エリクソンに送達された。

(4)  原告は,エリクソンから,本願の特許を受ける権利を承継し,平成26年5月7日,特許庁に出願人名義変更届を提出した。

(5)  原告は,平成26年5月12日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  本件補正前(平成23年12月13日付け手続補正書(甲13)による補正後のもの。以下同じ。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。

以下,本件補正前の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,その明細書(平成23年12月13日付け手続補正書による補正後のもの。甲10,13,22)を図面も含め,「本件明細書」という。

「【請求項1】

無線通信システム内において使用される,受信されたデータユニットの再送を制御するよう機能する受信機の動作方法であって,前記方法は,

それぞれのデータユニットがシーケンス番号を含む,複数の前記データユニットを送信機から受信するステップと,

前記複数のデータユニットのそれぞれの受信に応じて,ぞれぞれの前記データユニットの復号を試みるステップと,

前記データユニットの復号が成功した場合は,前記受信機による前記データユニットの復号が成功したことを前記送信機に通知する肯定応答(ACK)メッセージを前記送信機に送信するステップと,

前記データユニットの復号が成功しなかった場合は,前記受信機による前記データユニットの復号が成功しなかったことを前記送信機に通知する否定応答(NACK)メッセージを前記送信機に送信するステップと,

前記複数のデータユニットに対応する1以上のシーケンスポジション識別子を含むステータスメッセージを,前記送信機に送信するステップと,を含み,

前記ACKあるいはNACKは,第1無線チャネルで前記送信機に送信され,

前記ステータスメッセージは,第2無線チャネルで前記送信機に送信される,方法。」

(2)  本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部は補正箇所である。甲19。)。以下,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願補正発明」という。

「【請求項1】

無線通信システム内において使用される,受信されたデータユニットの再送を制御するよう機能する受信機の動作方法であって,前記方法は,

それぞれのデータユニットがシーケンス番号を含む,複数の前記データユニットを送信機から受信するステップと,

前記複数のデータユニットのそれぞれの受信に応じて,ぞれぞれの前記データユニットの復号を試みるステップと,

前記データユニットの復号が成功した場合は,前記受信機による前記データユニットの復号が成功したことを前記送信機に通知する肯定応答(ACK)メッセージを前記送信機に送信するステップと,

前記データユニットの復号が成功しなかった場合は,前記受信機による前記データユニットの復号が成功しなかったことを前記送信機に通知する否定応答(NACK)メッセージを前記送信機に送信するステップと,

前記複数のデータユニットに対応する1以上のシーケンスポジション識別子を含むステータスメッセージを,前記送信機に送信するステップと,

を含み,

前記ACKあるいはNACKは,第1無線チャネルで前記送信機に送信され,

前記ステータスメッセージは,第2無線チャネルで前記送信機に送信され,前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する,

方法。」

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件補正は,本願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において,本願発明の「第1無線チャネル」及び「第2無線チャネル」について,「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」と限定し,特許請求の範囲を減縮するものであるが,本願補正発明は,本願の優先権主張日前に外国において頒布された刊行物である米国特許出願公開第2004/0004954号明細書(甲1。以下「刊行物1」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,独立して特許を受けることができないから,本件補正を却下し,②本願発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本願は拒絶すべきものであるというものである。

(2)  本件審決が認定した刊行物1に記載された発明(以下「引用発明」という。),本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明

「無線通信システム内において使用される,受信されたプロトコルデータユニット(PDU)の再送を制御するよう機能する受信機の動作方法であって,前記方法は,

それぞれのプロトコルデータユニット(PDU)が伝送シーケンス番号(TSN)を含む,複数の前記プロトコルデータユニット(PDU)をノードBから受信することと,

前記プロトコルデータユニット(PDU)の伝送が成功した場合は,前記プロトコルデータユニット(PDU)の伝送が成功したことを前記ノードBに通知する肯定応答(ACK)メッセージを前記ノードBに送信することと,

前記プロトコルデータユニット(PDU)の伝送が成功しなかった場合は,前記プロトコルデータユニット(PDU)の伝送が成功しなかったことを前記ノードBに通知する否定応答(NACK)メッセージを前記ノードBに送信することと,

前記複数のプロトコルデータユニット(PDU)に対応する1以上の伝送シーケンス番号(TSN)を含むTSNステータスレポートメッセージを,前記ノードBに送信することと,

を含み,

前記ACKあるいはNACKは,TTIの第1タイムスロットで前記ノードBに送信され,

前記TSNステータスレポートメッセージは,TTIの第2及び第3タイムスロットで前記ノードBに送信される,

方法。」

イ 本願補正発明と引用発明との一致点

「無線通信システム内において使用される,受信されたデータユニットの再送を制御するよう機能する受信機の動作方法であって,前記方法は,

それぞれのデータユニットがシーケンス番号を含む,複数の前記データユニットを送信機から受信するステップと,

前記データユニットの伝送が成功した場合は,前記データユニットの伝送が成功したことを前記送信機に通知する肯定応答(ACK)メッセージを前記送信機に送信するステップと,

前記データユニットの伝送が成功しなかった場合は,前記データユニットの伝送が成功しなかったことを前記送信機に通知する否定応答(NACK)メッセージを前記送信機に送信するステップと,

前記複数のデータユニットに対応する1以上のシーケンスポジション識別子を含むステータスメッセージを,前記送信機に送信するステップと,を含み,

前記ACKあるいはNACKは,第1無線チャネルで前記送信機に送信され,

前記ステータスメッセージは,第2無線チャネルで前記送信機に送信される,

方法。」

ウ 本願補正発明と引用発明との相違点

(相違点1)

本願補正発明は「前記複数のデータユニットのそれぞれの受信に応じて,ぞれぞれの前記データユニットの復号を試みるステップ」なる構成を有するのに対して,引用発明は当該構成が明らかにされていない点。これに伴い,本願補正発明は「肯定応答(ACK)メッセージ」が「前記受信機による前記データユニットの復号が成功したことを前記送信機に通知する」ものであり,「否定応答(NACK)メッセージ」が「前記受信機による前記データユニットの復号が成功しなかったことを前記送信機に通知する」ものである点。

(相違点2)

本願補正発明は「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」のに対し,引用発明は当該構成が明らかにされていない点。

4  取消事由

(1)  本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性判断の誤り(取消事由1)

(2)  手続違背(取消事由2)

第3当事者の主張

1  取消事由1(本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,本願補正発明と引用発明との相違点2について,①刊行物1の[0048]の記載に照らせば,引用発明のACK/NACKは,1ビットの情報であるため,誤って解釈される可能性があり,同期フィードバックを前提とするものであって,ACK/NACKシグナリングを伝送する伝送ステータスフィールドの再送はされないことは自明であるから,信頼性の低い伝送方法を利用するものであるといえる(以下「①の判断」という。),②これに対し,刊行物1の[0043]の記載に照らせば,引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,ACK/NACKをバックアップするものであり,[0050]の記載に照らせば,TTIの第2及び第3スロットの2つのタイムスロットで送信され,刊行物1の[0044],[0051],[0052],[0055],図7及び図8の記載に照らせば,複数回再送され得るものであることは当業者に自明であるから,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法が利用されていると解されるし,そのようにすることは当業者にとって容易である(以下「②の判断」という。)として,相違点2は格別でない旨判断し,さらに,③NACKが誤ってACKと解釈されることによる問題を解決するために送信するRevert情報をNACKよりも高い電力で送信することは周知であること(例えば,甲5,6)にも鑑みれば,相違点2は当業者が容易に想到し得ることにすぎない(以下「③の判断」という。)旨判断した。

しかしながら,本件審決における上記判断は,以下のとおり,誤りである。

(2) 引用発明の技術内容の誤認(②の判断の誤り)(取消事由1-1)

ア 本件審決における前記(1)②の「引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,複数回再送され得るものである」との認定は,以下のとおり,引用発明の技術内容を誤認した上でされた誤った判断であり,その根拠を欠いている。

(ア) 本件審決が上記認定の根拠としたと考えられる刊行物1の[0050]の「TSNフィールドは,9ビットの情報を収容し,2つのタイムスロットで送信される」との記載の主語は,「TSNフィールド」であって,「TSNステータスレポートメッセージ」ではない。また,[0051]の「TSNフィールドは,2TTI毎に繰り返すことができ,又はUEがTSNステータスレポートメッセージを送りたいときにだけ現れることができる」との記載の主語も,「TSNフィールド」であって,「TSNステータスレポートメッセージ」ではない。

さらに,刊行物1の図7及び図8では,TSNフィールドに相当するタイムスロットが常に2つ連続する例が示されているが,ここで連続しているのはTSNフィールドに相当するタイムスロットであってTSNステータスレポートメッセージではない。

(イ) 引用発明における「TSNステータスレポートメッセージ」は,[0042]の記載によれば,欠落したTSN(伝送シーケンス番号)を識別するものであり,[0045]の記載によれば,TSNのためのXビットと再要求キュー識別子のためのYビットとの和である「X+Y」ビットの長さを要する。また,[0022]の記載によれば,通常の運用では,再送に先立って数百のPDUがスケジューリングされ得るのであるから,TSNは少なくとも10ビット程度を要すると理解される。そうすると,1つのTSNステータスレポートメッセージの長さ「X+Y」ビットは,少なくとも十数ビットに達すると考えられる。

また,刊行物1の[0046]において,各フィールドがタイムスロットのシーケンス番号により示されると説明されていることからすれば,1つのフィールドの単位は1つのタイムスロットに等しく,また,[0027]の記載のとおり,タイムスロットは,「伝送ステータスフィールド」,「CQIフィールド」,「TSNフィールド」の3種類に分類される。

以上を踏まえれば,刊行物1の[0050]の「TSNフィールドは,9ビットの情報を収容し,2つのタイムスロットで送信される」との記載は,1つのTSNフィールドが9ビットの情報を収容し,2つの(連続する)タイムスロットがTSNフィールドとして扱われることを意味していると理解される。

そして,2つのTSNフィールドの長さは合計で(9×2=)18ビットに達し,2つの連続するTSNフィールドにおいて十数ビットに達する1つのTSNステータスレポートメッセージを送信することができる。よって,刊行物1の図7及び図8においてTSNフィールドが連続する2つのタイムスロットを占めていることは,TSNステータスレポートメッセージが複数回再送され得るというような認定の根拠にはならない(複数のTSNステータスレポートメッセージを送信するためには2つのタイムスロットでは足りない)。

仮に,引用発明のTSNステータスレポートメッセージが,図7の1つのタイムスロットに収まる9ビット内のものであったとしても,第2スロットで送信したTSNステータスレポートメッセージに応答して再送されるPDU(もとの欠落PDU)が,第2スロットの直後に続く第3スロット以前に届くはずはないから,第2スロットに続けて「同じ内容のTSNステータスレポートメッセージ」を第3スロットで再送するという構成はリソースの無駄であって,このような構成を,当業者において,適宜採用するはずはない。したがって,TSNステータスレポートメッセージがTTIの第2及び第3スロットの2つのタイムスロットで送信され得ることは,同じ内容のTSNステータスレポートメッセージが複数回再送されることの根拠にはなり得ない。

また,刊行物1の図7及び図8では,TSNフィールドがいくつかのTTIおきに繰り返されているが,これも単に,TSNフィールドが周期的に予約されていることを示しているにすぎず,「同一のTSNステータスレポートメッセージが複数回再送され得る」という認定の根拠にはなり得ない。

刊行物1の図7及び図8において,TSNフィールドとACK/NACK用の伝送ステータスフィールドとで個数の割合は等しく,TSNフィールドがTSNステータスレポートメッセージの再送という冗長的な送信のために特段多く予約されているということもない。

イ 本件審決は,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法が利用されていると解される理由として,TSNステータスレポートメッセージがACK/NACKをバックアップするものであることを挙げる。そして,被告は,この点に関し,①バックアップのために,あえて,より信頼性の低い伝送方法を用いることは不自然であること,②刊行物1の[0022]や[0041]の記載によれば,バックアップの情報の信頼性が低ければさらなる遅延が生じることとなり,そのような事態は,引用発明の目的に反することなどから,引用発明において,バックアップの情報に,より信頼性の高い伝送方法を用いるようにすることは容易に想到し得ることである旨主張する。

しかしながら,上記①については,他の条件が同じであるならば,信頼性の異なる2つの無線チャネルが存在している状況において,ACK/NACKを,より信頼性の高い方の無線チャネルに,TSNステータスレポートメッセージを,残りの無線チャネルに割り当てることを当業者が選択したとしても不思議ではない。

また,上記②の点については,ACK/NACKの信頼性がより低ければ,バックアップに頼る回数が多くなって遅延が多数集積するようになり,その集積する遅延の総和と比較して,TSNステータスレポートメッセージの信頼性を高めたことに起因する遅延の減少分が上回るとはいえないから,バックアップの情報の信頼性に起因する遅延のみを取り上げて,より信頼性の高い無線チャネルをACK/NACKの伝送ではなくTSNステータスレポートメッセージの伝送に用いるべきであるとはいえない。

したがって,「TSNステータスレポートメッセージがACK/NACKをバックアップするものであること」は,TSNステータスレポートメッセージに,より信頼性の高い伝送方法を用いるようにすることを記載又は示唆するものであるとはいえない。

ウ 以上のとおり,本件審決における「TSNステータスレポートメッセージが複数回再送され得るものである」との認定は根拠がなく,「TSNステータスレポートメッセージがACK/NACKをバックアップするものであること」も,TSNステータスレポートメッセージに,より信頼性の高い伝送方法を用いるようにすることを記載又は示唆するものではないから,本件審決における,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法を利用されていると解されるし,そのようにすることは当業者にとって容易であるとの判断は誤りである。

エ また,本件審決は,甲2ないし4を根拠として「無線通信技術分野において,タイムスロットは物理的な無線チャネルであること」を技術常識であると認定したが,甲2ないし4は,無線通信技術分野においてタイムスロットが物理的な無線チャネルであると認識される場合があることを示すものにすぎない。

どういったリソースの単位を「チャネル」と定義し得るかは個々の技術の事情に応じて判断されるべきものであり,刊行物1においては,「伝送ステータスフィールド」,「チャネル修飾識別子(CQI)フィールド」及び「TSNフィールド」を含む「アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)」を1つのチャネルとして定義していることは明らかである([0027])。

そして,1つのチャネル上で同じ信号が再送されるかされないかは,通常チャネルの定義に影響を及ぼすことではないから,仮に,引用発明におけるTSNステータスレポートメッセージが「複数回再送され得る」ものであったとしても,刊行物1において「TSNフィールド」が「伝送ステータスフィールド」とは別のチャネルであると判断する理由にはならない。

したがって,引用発明において,「第1無線チャネル」,「第2無線チャネル」という相違点2に係る本願補正発明の構成を想起し得るとはいえない。

オ 被告の主張について

被告は,引用発明のTSNステータスレポートメッセージが伝送シーケンス番号(TSN)を含むことから,フィードバックの送信に関して厳密なタイミングが要求されないことに起因して,再送が不可能ではないことや,刊行物1の図7及び図8に空きの第2及び第3タイムスロットが存在しており,これを再送のために使用し得ることから,TSNステータスレポートメッセージは複数回再送され得るものである旨主張する。

ここで,「再送」の手法としては,「盲目的再送」(メッセージの送信時に複製を記憶しておき,異なるタイミングでその複製を盲目的に送信する手法)が考えられるが,リソースの無駄の問題があり,当業者が採用するとは考え難い。また,「不達確認後の再送」(メッセージの送信後,送信したメッセージの不達を何らかの仕組みで検出し,その検出に応じて同じメッセージを再度送信する手法)については,刊行物1にはTSNステータスレポートメッセージの不達を確認する仕組みの実装に関し何らの記載も示唆もない。そうすると,引用発明において,当業者が採用し得ると考えられる手法は,「偶然的再送」(何らかのメッセージ送信条件に基づいてメッセージを生成した結果,過去に送信したメッセージと同内容のメッセージが生成され,結果的に同内容のメッセージが再度送信される手法)ということになる。

しかしながら,上記「偶発的再送」においては,UEもその通信相手も,2度目のTSNステータスレポートメッセージが一度目のTSNステータスレポートメッセージと同一であることを技術的には認識せず,これらが個々に独立した「最新の」メッセージであることを認識するだけであるから,包含されるTSNが結果的に同じになったとしても,これら2つのメッセージの意味合いは同一とはいえない。

したがって,2度目のTSNステータスレポートメッセージの送信は,最新の欠落PDUの状況を反映したメッセージの送信であって,TSNステータスレポートメッセージの「再送」であるとはいえないし,TSNステータスレポートメッセージが同じ内容で偶然的に複数回送信される可能性があることは,TSNステータスレポートメッセージの伝送の信頼性をACK/NACKに対して相対的に高めることを示唆するものでもない。

(3) 引用発明の技術内容の誤認(①の判断の誤り)(取消事由1-2)

ア 本件審決における前記(1)①の「引用発明のACK/NACKは,1ビットの情報であるため,誤って解釈される可能性があり,同期フィードバックを前提とするものであって,ACK/NACKシグナリングを伝送する伝送ステータスフィールドの再送はされないことは自明であるから,信頼性の低い伝送方法を利用するものである」との認定は,以下のとおり,その根拠を欠いている。

(ア) 相違点2に係る本願補正発明の構成は,「(ACKあるいはNACKが送信される)第1無線チャネル」が「(ステータスメッセージが送信される)第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」ことを規定している。

したがって,相違点2の判断において問題とされるべきは,ACK/NACKシグナリングの絶対的な信頼性の程度ではなく,TSNステータスレポートメッセージの伝送と比較した場合の相対的な信頼性の程度である。

引用発明において,ACK/NACKシグナリングの再送がされないことは本件審決が認定するとおりであるが,前記(2)ア記載のとおり,刊行物1はTSNステータスレポートメッセージが再送されることを何ら開示していないから,ACK/NACKシグナリングが再送されないこと自体は,引用発明においてACK/NACKシグナリングがTSNステータスレポートメッセージよりも信頼性の低い伝送方法を利用するものである,という認定の根拠にはなり得ない。

(イ) 刊行物1の[0048]の記載によれば,ACK/NACKが伝送される伝送ステータスフィールドは1フィールド当たり1ビット程度の情報を含むものである。

これに対し,[0050]の記載によれば,TSNステータスレポートメッセージが伝送されるTSNフィールドは1フィールド当たり9ビットの情報を含む。

そして,本願の優先権主張日当時,「同じ時間リソースを用いてより少ない情報量のみを伝送すればよい場合には,伝送される信号は雑音や干渉に対してより強くなり,通信の信頼性はより高まること」は技術常識であったから(甲9),むしろ刊行物1の[0048]及び[0050]の記載は,引用発明において,1フィールド当たりの所要ビット数のより少ないACK/NACKがTSNステータスレポートメッセージよりも高い信頼性で送信されることを示唆しているともいえる。

(ウ) 刊行物1の[0041]には,引用発明において「遅延を低減し及びPDUの再送の信頼性を改善するため」に「アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)」上でTSNステータスレポートメッセージがフィードバックされることが記載されている。

ここでの「信頼性」は,TSNステータスレポートメッセージの信頼性ではなくACK/NACKをTSNステータスレポートメッセージが補完することによって総合的に達成される「PDUの再送の信頼性」を意味する。

すなわち,上記記載は,ACK/NACKと同じチャネル上でのTSNステータスレポートメッセージの追加的な採用によって,PDUの再送の信頼性が向上されることを意味しており,本願補正発明のような「ACK/NACKの信頼性はさておいてステータスメッセージの信頼性をACK/NACKよりも高くする」という着想を何ら示唆するものではない。

「同じ(又はやや劣る)信頼性での単なる冗長化でもバックアップの用をなし得ること」は,当該技術分野に限られない技術常識であって,「PDUの再送の信頼性」を向上させるという引用発明の目的は,TSNステータスレポートメッセージの信頼性が,ACK/NACKの信頼性と変わらないか,又はやや劣っていても達せられる。

イ 以上によれば,本件審決における「引用発明のACK/NACKは信頼性の低い伝送方法を利用するものであるといえる」との判断は,相対的な信頼性に言及しているのであれば,その根拠を欠くものであり,絶対的な信頼性に言及しているのであれば,相違点2に係る本願補正発明の構成の容易想到性を判断したものとはいえない。

(4) 本願補正発明の特徴の認定の誤り(取消事由1-3)

ア 出願当初の特許請求の範囲の請求項1には「無線チャネル」という用語は使用されていなかったこと(甲10)及び本件明細書の記載(段落【0007】,【0013】,【0014】,【0024】,【0025】)によれば,本願補正発明(本願補正発明は,「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」とし,「第1チャネル」,「第2チャネル」ではなく,あえて「第1無線チャネル」,「第2無線チャネル」という用語を用いている。)の特徴は,フィードバックの同期/非同期よりも,むしろ,「無線状態」に関して再送を考慮しない個々のメッセージの信頼性の高低を実現することを指向したものであると認定されるべきである。

イ しかしながら,本件審決における相違点2に係る容易想到性判断は,本願補正発明の特徴を,フィードバックの同期(ACK/NACK)/非同期(ステータスメッセージ)を指向したものと誤認した上でされたものであり,誤りである。

すなわち,当業者において,刊行物1における「タイムスロット」や「フィールド」を,「チャネル」と再定義したとしても,物理層において1つの物理チャネルに集約される複数の「論理チャネル」を導くにすぎない。

これに対し,本願補正発明は,機器内部の論理的なフィードバックメカニズムよりも,むしろ送受信機間の物理的な「無線状態」に関する信頼性の高低に着目したものである。

したがって,相違点2に係る本願補正発明の構成は,引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得る範囲を超えている。

(5) 周知技術の認定の誤り(③の判断の誤り)(取消事由1-4)

本件審決における前記(1)③の「NACKが誤ってACKと解釈されることによる問題を解決するために送信するRevert情報をNACKよりも高い電力で送信することは周知であること(例えば,甲5,6)にも鑑みれば,相違点2は当業者が容易に想到し得ることにすぎない」旨の判断は誤りである。

すなわち,本件審決は,「NACKが誤ってACKと解釈されることによる問題を解決するために送信するRevert情報をNACKよりも高い電力で送信すること」は周知であるとするが,本件審決がその根拠として挙げる甲5及び甲6は,Philips社という一企業が有する「Revert情報」の送信に関する単一の技術について開示した2つの文献にすぎないから,甲5及び甲6を根拠に,「Revert情報をNACKよりも高い電力で送信すること」が周知であったとはいえない。

さらに,本願補正発明と甲5及び甲6に記載された発明とは,①本願補正発明の構成が,ある信号が成功裏に受信される可能性を高めるという目的の下で信頼性の高いチャネルを伝送用に選択するという手法を開示するものであるのに対し,甲5及び甲6に記載された発明は,ある信号が成功裏に受信される可能性を高めるという目的の下でより高い送信電力を使用するという手法を開示するものである点,②本願補正発明における「ステータスメッセージ」や引用発明における「TSNステータスレポートメッセージ」がシーケンスポジション識別子(伝送シーケンス番号)を含むものであるのに対し,甲5及び甲6に記載された「Revert情報」は,ACK/NACKと同じビット数の(シーケンス番号などを含まない)簡易な信号である点で相違する。

したがって,TSNステータスレポートメッセージと甲5及び甲6に記載されたRevert情報とは,その内容や情報量が異なるにもかかわらず,TSNステータスレポートメッセージ単独の信頼性を高めることを何ら示唆していない(むしろ,その信頼性がACK/NACKよりも劣ることも許容している)刊行物1に接した当業者において,引用発明に甲5及び甲6に記載された「Revert情報をNACKよりも高い電力で送信する」という技術を適用することは容易に想到し得ない。

仮に,当業者において,引用発明に甲5及び甲6に記載された「Revert情報をNACKよりも高い電力で送信する」という技術を適用することを想起し得たとしても,なお本願補正発明とは上記①の点で相違するから,本願補正発明に係る構成に容易に想到し得たとはいえない。

(6) 小括

以上によれば,当業者において,引用発明に基づいて相違点2に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得たとは認められないから,本件審決における本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性の判断は誤りである。

したがって,本件審決が,独立特許要件を欠くとして本件補正を却下したのは誤りであるから,本件補正を却下した上で,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとして本願を拒絶すべきものであるとした本件審決の判断も誤りであって,本件審決は違法なものとして取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

(1) 本件審決は,〔原告の主張〕(1)記載の①の判断及び②の判断を併せて,本願補正発明と引用発明との相違点2の容易想到性を判断したものであり,①の判断では,単に引用発明のACK/NACKは,その伝送態様に基づいて信頼性の低い伝送方法を利用するものであるといえることを述べ,②の判断では,TSNステータスレポートメッセージは,その役割及び伝送態様に基づいてACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法が利用されていると解されるし,そのようにすることは容易であると判断したものである。

すなわち,本件審決は,引用発明のTSNステータスレポートメッセージが,ACK/NACKをバックアップするものであることや,図7及び図8等に示される伝送態様によれば複数回再送され得るものであることを総合的に判断して,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法が利用されていると解されるし,そのようにすることは当業者にとって容易であると判断したものであって,TSNステータスレポートメッセージが「複数回再送され得る」ことのみをもって信頼性の高低を判断しているわけではない。

また,本件審決において,③の判断は,「なお書き」にすぎない。

(2) 取消事由1-1(引用発明の技術内容の誤認(②の判断の誤り))について

ア 引用発明のTSNステータスレポートメッセージが「複数回再送され得るものである」との本件審決における認定には,以下のとおり誤りはない。

(ア) 刊行物1の[0045]の記載によれば,TSNステータスレポートメッセージは,TSNのために用いられるXビットとTSNが宛てられる特定の再要求しているキューの識別子のために用いられるYビットとの「X+Y」ビットからなるものである。

また,[0047],[0050],[0051]の記載によれば,TSNフィールドは,9ビットの情報を収容し,3つのタイムスロットからなるTTIのうち第2及び第3の2つのタイムスロットで送信されるものであり,UEがTSNステータスレポートメッセージをノードBにフィードバックするために使用されるものである。

さらに,図7を参照すると,実際に1つの「TSNステータスレポートメッセージ」が送信されている2つのタイムスロットが1つの「TSNフィールド」に対応することが理解できるから,TSNフィールドの送信によりノードBにフィードバックされるTSNステータスレポートメッセージの「X+Y」ビットは,2つのタイムスロットで送信されるTSNフィールドの9ビット内のものであると解するのが自然である。

そして,「TSNフィールドの送信」により「TSNステータスレポートメッセージ」がフィードバック(送信)されるのであるから,TSNステータスレポートメッセージは,TTIの第2及び第3スロットの2つのタイムスロットで送信されるものである。

(イ) この点につき,原告は,複数のTSNステータスレポートメッセージを送信するためには2つのタイムスロットでは足りない旨主張する。

しかしながら,以下のとおり,原告の上記主張は理由がない。

a 刊行物1の説明は,全体として,実際の運用ではなく簡易的な例示に基づくものである。実際の運用において数百のPDUに対応するのに必要なのであれば,図7及び図8のタイムスロット構成や各フィールドのビット数を適宜変更し得ることは当然に予測される範囲内のことにすぎず,この点に係る原告の主張は,説明のための簡易的な例示と実際の運用とを混同するものであり失当である。

なお,刊行物1の図9には「並べ替えバッファR1-R3」が示されているが,4つまでのキューの識別は2ビットで可能であり,残り7ビットあれば,各キュー毎に128個までのPDUを区別することができるから,4つのキューで512個までのPDUを識別可能である。このことは,ノードBがNACKをACKと間違って解釈してTSNが欠落した場合に当該欠落したTSNを含むTSNステータスレポートメッセージを送信するのであれば,「数百のPDU」に対応し得るものであることを意味する。

b 刊行物1には,「TSNステータスレポートメッセージ」の具体的ビット数は明記されていないが,図7の左から4番目,8番目のTTIではTSNフィールドが送られていないことから,2番目,6番目の各TTIだけで,それぞれ1つのTSNステータスレポートメッセージの送信が完結しているとみるのが自然である。そのように理解しなければ,送るべきTSNステータスレポートメッセージの断片が残っているにもかかわらず,何も送らない期間を置いていることになり,不自然である。したがって,1つのTSNフィールド/2タイムスロット/1TTIの9ビットで,1つのTSNステータスレポートメッセージが送られると解するのが自然である。

原告は,刊行物1の[0046]の記載を根拠に,1つのフィールドの単位は1つのタイムスロットに等しいなどと主張するが,上記記載は,ノードBが情報のフィールドを識別できるようにタイムスロットのシーケンス番号により示された予め設定されたフィールドの位置のパターンを双方で知っておくことが記載されているにすぎず,1つのフィールドの単位が1つのタイムスロットに等しいとする根拠となるものではない。

(ウ) 前記(ア)のとおり,引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,TSNフィールドを使用してノードBに送信されるものであり,TSNフィールドは,9ビットの情報を収容し,第2及び第3の2つのタイムスロットで送信されるものである。

そして,TSNステータスレポートメッセージは,当該9ビットに伝送シーケンス番号(TSN)を含むことから,フィードバックの送信に関して厳密なタイミングが要求されないことに起因して,再送が不可能ではないことは明らかである。

また,必ずしも全てのPDUについてTSNが欠落するわけではなく,刊行物1の図7及び図8には,CQIフィールドともTSNフィールドともされていない空きの第2及び第3タイムスロットが存在しており,図7の例では,TSNフィールドは,第2及び第3タイムスロットが2TTI毎に繰り返されるCQIフィールドの伝送のために使用されていないときに送られること([0051])をも考慮すれば,少なくともCQIフィールドともTSNフィールドともされていない第2及び第3スロットを,例えば新しいメッセージがない場合に,TSNステータスレポートメッセージの再送のために使用し得ることも明らかである。さらに,刊行物1のTSNフィールドは,UEがTSNステータスレポートメッセージを送りたいときにだけ現れることもできるのであるから,図7及び図8におけるTSNフィールドは,単に用意されているというのではなく,実際にTSNステータスレポートメッセージが送信されていると解するのが自然である。そして,必ずしも全てのPDUについてTSNが欠落するわけではないことに鑑みれば,例えば,図7及び図8において,ACK/NACKのフィールドと同じ数のTSNフィールドまで使えることでTSNステータスレポートメッセージを多数回再送し得る。

以上のとおり,TSNステータスレポートメッセージがTTIの第2及び第3スロットの2つのタイムスロットで送信されることや刊行物1の図7及び図8の記載は,TSNステータスレポートメッセージが複数回再送され得るものであることと整合する。

イ 本件審決は,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法が利用されていると解される理由として,TSNステータスレポートメッセージが,再送され得ることのみではなく,ACK/NACKをバックアップするものであることも挙げている。

一般に,伝送される各種情報をそれぞれどのようなフォーマットで伝送するかは,各情報の情報量や重要性,伝送路の容量やエラー率,伝送遅延などを考慮して,当業者が適宜定めるべき設計的事項であるが,引用発明において,TSNステータスレポートメッセージは,ACK/NACKをバックアップするものであることから,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法が利用されていると解される。

すなわち,刊行物1の[0043]によれば,引用発明は,ACK/NACK検出に失敗が起こる場合のバックアップとして,TSNが欠落したときにTSNステータスレポートメッセージを送信するものであるが,TSNステータスレポートメッセージは,伝送シーケンス番号(TSN)を含むことから,フィードバックの送信に関して厳密なタイミングが要求されないことに起因して,再送が不可能ではないことは明らかであるし,TSNステータスレポートメッセージがノードBに正しく受信されなければ,TSNは欠落したままであるから,再度TSNステータスレポートメッセージが送信されることは,普通に考えられることである。

また,TSNステータスレポートメッセージの送信は,ACK/NACKの誤検出のバックアップとして実行されるものであるという刊行物1のバックアップの意義からすれば,バックアップのために,あえて,より信頼性の低い伝送方法を用いることは不自然であるし,刊行物1の[0022]や[0041]の記載によれば,バックアップの情報の信頼性が低ければさらなる遅延が生じることとなり,そのような事態は,引用発明の目的に反することは明らかである。

したがって,引用発明において,バックアップの情報に,より信頼性の高い伝送方法を用いるようにすることは,当然に,あるいは容易にされることにすぎない。

ウ 原告は,刊行物1では,「伝送ステータスフィールド」,「チャネル修飾識別子(CQI)フィールド」及び「TSNフィールド」を含む「アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)」を1つのチャネルとして定義しているから,仮に,引用発明におけるTSNステータスレポートメッセージが「複数回再送され得る」ものであったとしても,刊行物1において「TSNフィールド」が「伝送ステータスフィールド」とは別のチャネルであると判断する理由にはならない旨主張する。

しかしながら,一つの上位チャネル内に複数の下位「チャネル」が含まれることは普通のことであるから,「伝送ステータスフィールド」,「チャネル修飾識別子(CQI)フィールド」及び「TSNフィールド」が,「アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)」なる上位の1つの物理的なチャネルに含まれることは,「TSNフィールド」と「伝送ステータスフィールド」とが別々のチャネルであると理解することの妨げにはならない。

そして,本願補正発明は,「無線チャネル」が「物理的」か「論理的」かを規定していないところ,引用発明の「伝送ステータスフィールド」,「チャネル修飾識別子(CQI)フィールド」及び「TSNフィールド」は,それぞれ異なる種類の情報を伝送するフィールドであって,少なくとも「論理的」なチャネルとしては別々のチャネルであるといえる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(3) 取消事由1-2(引用発明の技術内容の誤認(①の判断の誤り))について

ア 本件明細書の段落【0020】には「第1フィードバックメカニズムは,ACK/NACKフィードバックを送信するために用いられ,・・・比較的信頼性の低いフィードバックフォーマットを利用する。第2フィードバックメカニズムは,明示的なフィードバックメッセージ(ステータスメッセージ)に基づく追加的なフィードバックを送信するために用いられ,より信頼性の高いフィードバックフォーマットを利用することが好ましい。」と記載され,段落【0013】には,「フィードバックフォーマット」について,「さらに,前述の2つ(あるいはそれ以上)のフィードバックフォーマットは,受信機の状態を示すために異なる手段を用いてもよい。以下に例を示す。1.HS-DSCHあるいはE-DCH内の同期およびバイナリ(ACK/NACK)フィードバック;このメカニズムは,データ伝送と対応するフィードバックとの間の固定のタイミング関係に依存する。2.RLC内の非同期および明示的フィードバック;ステータスメッセージは,そのフィードバックが示すデータユニットを明示的に決定する識別子を含む。前述の識別子はシーケンス番号であってもよいし,あるいは明示的なタイミングリファレンス(timing reference)であってもよい。」と記載されている。そして,段落【0021】及び【0025】の記載によれば,上記段落【0013】のフィードバックフォーマットが伝送方法の信頼性に影響していることは明らかである。

また,本件補正後の特許請求の範囲の請求項9が「前記ステータスメッセージは・・・巡回冗長検査(CRC)値を含む」との限定をしていることから,そのような限定を含まない本願補正発明は,巡回冗長検査(CRC)値を含まないものを包含していることは明らかである。

そうすると,本願補正発明の「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」は,具体的には,実施例に記載された第1無線チャネルはシングルビットによる同期フィードバックという伝送方法を利用し,第2無線チャネルはシーケンスポジション識別子を含む,厳密なタイミングが要求されない伝送方法を採用することを含むといえる。

一方,引用発明では,ACK/NACKは,典型的に誤りを検査する能力を前提としない物理チャネルで伝送されるものであって(刊行物1の[0023],[0024]),1ビットで通知される(刊行物1の[0048])と解するのが自然であり,本願補正発明におけるACKあるいはNACKの伝送と同様に,対応するデータの伝送に対して時間的に整合が取れている必要があるために再送は不可能であると解されるのに対し,TSNステータスレポートメッセージは,伝送シーケンス番号(TSN)を含むから,本願補正発明のステータスメッセージの伝送と同様に,フィードバックの送信に関して厳密なタイミングが要求されないものであることに起因して,再送し得るものであることは明らかである。

そうすると,引用発明においても,ACK/NACKは同期フィードバックであるのに対して,TSNステータスレポートメッセージは非同期フィードバックであることに起因して,本願補正発明と同様に,ACK/NACKの伝送はTSNステータスレポートメッセージの伝送よりも信頼性が低い伝送方法が用いられているといい得ることは明らかである。

イ 原告は,「同じ時間リソースを用いてより少ない情報量のみを伝送すればよい場合には,伝送される信号は雑音や干渉に対してより強くなり,通信の信頼性はより高まること」は技術常識であったから,刊行物1の[0048]及び[0050]の記載は,引用発明において,1フィールド当たりの所要ビット数のより少ないACK/NACKが,TSNステータスレポートメッセージよりも高い信頼性で送信されることを示唆しているともいえる旨主張する。

本願補正発明の第1無線チャネルは,実施例では1ビットのACK/NACKを伝送するのに対し,第2無線チャネルは,シーケンスポジション識別子を含むために1ビットよりも多くのビット数を要することが明らかなステータスメッセージを伝送するものであるから,原告が主張する上記技術常識によれば,本願補正発明においても,第1無線チャネルより多く時間リソースを第2無線チャネルに割り当てない限りは,「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の高い伝送方法を利用する」ことになるはずである。そうであるにもかかわらず,本願補正発明は,第1無線チャネルは第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用するものであるから,本件明細書の段落【0023】を参酌しても,フィードバックの送信に時間的な整合性が必要でないことが,本願補正発明における信頼性の高低を決する支配的な理由であることは明らかであるといえる。

また,そもそも,引用発明のTSNステータスレポートメッセージは多数回再送し得るものであるから,TSNステータスレポートメッセージが使用する「時間リソース」は,再送回数が増えるに応じて任意に増加できるものであって,「同じ時間リソースを用いて」いるとはいえない。

以上によれば,原告の上記主張は理由がない。

ウ 原告は,刊行物1の記載は,ACK/NACKと同じチャネル上でのTSNステータスレポートメッセージの追加的な採用によって,PDUの再送の信頼性が向上されることを意味しており,本願補正発明のような「ACK/NACKの信頼性はさておいてステータスメッセージの信頼性をACK/NACKよりも高くする」という着想を何ら示唆するものではない旨主張する。

しかしながら,引用発明において,ACK/NACKの送信に利用される伝送方法は,本願補正発明の「第2の無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法」に含まれることは明らかであるし,総合的に達成される「PDU再送の信頼性」をより高くするために,バックアップであるTSNステータスレポートメッセージに信頼性の高い伝送方法を利用することは当然に,あるいは容易にされることにすぎない。

また,原告は,「同じ(又はやや劣る)信頼性での単なる冗長化でもバックアップの用をなし得ること」は,当該技術分野に限られない技術常識であって,「PDUの再送の信頼性」を向上させるという引用発明の目的は,TSNステータスレポートメッセージの信頼性が,ACK/NACKの信頼性と変わらないか,又はやや劣っていても達せられる旨主張するが,バックアップの信頼性が高いほど望ましいのは自明であって,新たに第2のフィードバックを設けて,信頼性の劣るTSNステータスレポートメッセージを送る意味は無いと考えるのが自然である。

以上によれば,原告の上記主張はいずれも理由がない。

エ なお,前記(1)記載のとおり,本件審決は,①の判断及び②の判断を併せて,本願補正発明と引用発明との相違点2の容易想到性を判断したものである。

すなわち,「(ACK/NACKが送信される)第1無線チャネル」と「(ステータスメッセージが送信される)第2無線チャネル」の双方の信頼性の検討があって,初めて相対的な信頼性が導き出されるのであるから,TSNステータスレポートメッセージの信頼性の検討をする前に,①の判断で,単に「引用発明のACK/NACKが信頼性の低い伝送方法を利用するものであるといえること」に言及するについて「相対的な信頼性」を述べる必然性はない。

(4) 取消事由1-3(本願補正発明の特徴の認定の誤り)について

ア 原告は,本願補正発明の特徴が,フィードバックの同期/非同期よりも,むしろ,「無線状態」に関して再送を考慮しない個々のメッセージの信頼性の高低を実現することを指向した点にある旨主張する。

しかしながら,本願補正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,「前記ACKあるいはNACKは,第1無線チャネルで前記送信機に送信され,前記ステータスメッセージは,第2無線チャネルで前記送信機に送信され,前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」というものであって,「伝送方法」が無線特有の伝送方法であること,「伝送方法」が無線状態の良否等の「無線チャネル自体の信頼性」に関するものであることは規定していない。

したがって,本願補正発明は,ACK/NACKを送信する第1無線チャネルでは,例えばシングルビット伝送という同期的な伝送方法が利用され,ステータスメッセージを送信する第2無線チャネルでは,複数のデータユニットに対応する1以上のシーケンスポジション識別子を含むステータスメッセージとして伝送するという伝送方法が利用されることを含むものである。

原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当である。

イ さらに,本件明細書には,原告が主張するように,本願補正発明の特徴を「無線状態」に関して再送を考慮しない個々のメッセージの信頼性の高低を実現することを指向した点にあると限定的に解釈すべき開示もない。

(5) 取消事由1-4(周知技術の認定の誤り(③の判断の誤り))について

ア 前記(1)記載のとおり,③の判断は,本件審決が「なお,更にいえば,・・・」と記載しているように,当業者における本願の優先権主張日前の技術常識からみて,刊行物1に基づく容易想到性の判断が正しいことをより明らかにするために,技術常識の根拠となる周知文献を「なお書き」として参考までに付加的に提示したにすぎない。

イ 甲5と甲6とは,独立した別個の文献であり,記載内容も同一ではない。同じ企業による文献であること,作成時期が近いこと,あるいは,一部に類似する内容が含まれることから,直ちに「NACKが誤ってACKと解釈されることによる問題を解決するために送信するRevert情報をNACKよりも高い電力で送信すること」の周知性が否定されるわけではない。

上記技術は,甲5及び甲6のほかにも,例えば乙2,乙3及び乙4にも示されているように,周知である。

ウ 本願補正発明は,「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」と規定するのみであるから,第2の無線チャネルには,より高い送信電力を用いるものも包含されることは明らかであり,本願補正発明と上記周知技術とは,ある信号が成功裏に受信される可能性を高めるという目的の下で採用される手法の点で相違しない。また,「Revert情報」は,ACK/NACKの誤解釈を補完する点で,本願補正発明の「ステータスメッセージ」及び引用発明の「TSNステータスレポートメッセージ」と共通するものである。

そして,NACKが誤ってACKと解釈されることによる問題を解決するために,送信する情報をNACKよりも信頼性の高い方法で送信する周知技術に基づく技術常識を考慮して,引用発明において,相違点2に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることにすぎない。

したがって,本件審決における判断に誤りはない。

(6) 小括

以上によれば,当業者において,引用発明に基づいて相違点2に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得たと認められるから,本件審決における本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性の判断に誤りはない。

そうすると,本件審決が独立特許要件を欠くとして本件補正を却下した点に誤りはなく,本件補正を却下した上で,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから本願を拒絶すべきものであるとした本件審決の判断にも誤りはない。

したがって,原告の主張する取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(手続違背)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決における本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性判断は,実質的には,引用発明に甲5及び甲6に記載の公知技術を適用すれば相違点2に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得るとするものであるといえる。

そして,甲5及び甲6は,本願補正発明の進歩性を否定する論理付けの根幹をなすものであるが,本件審決において初めて公知文献として提示された文献であるから,本件審決における上記判断は,本件審決前に出願人に対して提示されたいずれの公知文献とも異なる引用文献を用いた新たな理由をもって,本願補正発明の進歩性を否定するものであるというべきである。

したがって,出願人に対し,上記理由について意見を述べる機会も補正の機会も与えないまま本件補正を却下した点において,本件審判手続は,特許法159条2項が準用する同法50条の規定する出願人の防御権の保障を欠いた手続違背があるというべきである。

なお,本件補正は,新規事項を追加するものではなく,かつ補正の目的要件にも適合するものであるから,本件補正を却下せずに新たな拒絶理由を通知したとしても,繰り返し審査の回避による審査処理の促進という拒絶査定不服審判請求時の補正に50条但書を準用する趣旨にも反することはない。

(2) また,本件審決における本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性の判断は,要するに,引用発明においては,ACK/NACKが再送されないのに対してTSNステータスレポートメッセージは複数回再送され得るものであることに基づくものであるといえる。

上記論旨は,平成25年6月21日付け審尋(甲20)の論旨,すなわち,ステータスメッセージがバックアップとしての機能を持つことに基づく論旨とは,実質的に異なるものである。本件審決における上記判断理由に関しては,出願人に補正の機会も意見を述べる機会も与えられなかった。

したがって,出願人に対し,本件審決における上記判断理由について意見を述べる機会も補正の機会も与えないまま本件審決をした点において,本件審判手続は,特許法159条2項が準用する同法50条の規定する出願人の防御権の保障を欠いた手続違背があるというべきである。

(3) 小括

前記(1)及び(2)の手続違背は,本件審決の結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

(1) 原告の主張は,本件審決の「なお書き」部分を,異なる引用文献による新たな論理付けであるとする前提において失当である。

本件審決は,本願補正発明と引用発明との相違点2について,刊行物1の記載に基づき,引用発明において,相違点2に係る本願補正発明の構成とすることは容易に想到し得るとしたものであり,拒絶理由通知に提示された証拠に基づいて判断したものであるから,違法ではない。

前記1〔被告の主張〕(4)記載のとおり,甲5及び甲6は,当業者における本願の優先権主張日前の技術常識からみて,刊行物1に基づく容易想到性の判断が正しいことをより明らかにするために,技術常識の根拠となる周知文献を「なお書き」として参考までに付加的に提示したにすぎないから,本件審判手続に手続違背とされるべき点はない。

(2) 審尋は,審査官が作成した前置報告書を参考までに提示して,それに対する意見を述べる機会を提供するものであって,審尋の内容(甲20)は拒絶理由ではない。

本件審決における判断理由と前置報告書の論理とが異なるからといって,新たに拒絶理由を通知する必要はないのであって,仮に,本件審決における判断内容が,審尋と異なるものであったとしても,本件審判手続に手続違背とされるべき点はない。

もっとも,ステータスメッセージがバックアップ機能を持つことは,本件審決においても検討されている事項であり,審尋と本件審決とで論理の差し替えがあるわけでもない。

(3) 小括

以上のとおり,本件審判手続に手続違背とされるべき点はないから,原告の主張する取消事由2は理由がない。

第4当裁判所の判断

1  本願補正発明について

(1)  本願補正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2(2)に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲10,13,22)には,本願補正発明について,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については,別紙1の本件明細書図面目録を参照。)。

ア 技術分野

「本発明は,概して無線通信に関し,特に伝送プロトコルに関する。」(段落【0002】)

イ 背景技術

「多くのリンクレイヤープロトコルは,失敗した伝送に関して再伝送を行うことによって,信頼性の高いデータ伝送を維持している。失敗した伝送は,自動再送要求(ARQ:Automatic Repeat reQuest)プロトコルに従い,肯定応答(ACK:ACKnowledgement)メッセージおよび否定応答(NACK:Non‐ACKnowledgement)メッセージ等のフィードバックメッセージによって通知される。ARQメカニズムは,無線搬送媒体にとって特に重要であるが,有線のリンクにも用いられる。無線チャネルで作動するARQメカニズムの例としては,GPRS(General Packet Radio Service)および広域CDMA(WCDMA:WidebandCode Division Multiple Access)に関するRLCプロトコル(RLC:Radio Link Control),および,HSDPA(High‐Speed Downlink PacketAccess)に関するMAC-hs(Medium Access Control high-speed)内のHARQ(Hybrid ARQ)プロトコルが挙げられる。前述のプロトコルの問題点は,それらのプロトコルが高速で信頼性の高いフィードバックと無線資源の有効利用とを必ずしも提供しない点である。」(段落【0003】)

「いくつかの従来技術のプロトコルは,データフレームの受信が成功したかどうかを示す簡単で高速なACK/NACKの概念を利用している。それらのプロトコルはフィードバック内でシーケンス番号を提供しないが,その代わりに,送信機および受信機が,固定のタイミング関係を利用することによって特定の伝送にフィードバックを暗黙的に関連付ける。このことは,同期フィードバック(synchronous feedback)とよく呼ばれる。この手法の利点は,伝送資源の消費が比較的低いため,これらの短い信号は頻繁に送信可能である点である。しかし,それぞれのACKまたはNACKがシングルビットである場合,符号化利得(coding gain)の達成は不可能であるか,あるいは制限される。このように,前述のようなシングルビットのACKまたはNACKは,受信機において誤って解釈される危険がある。フェージングディップ(fading dip)によってエラー確率はさらに高くなり,非常に低いエラー率の達成には,「最悪の場合の」ディップを補う非常に多くの資源を消費することがありうる。したがって,非常に低いエラー率が要求される場合,伝送電力を増すか,または情報を再送するかのいずれかの方法を用いないと達成できないため,前述のような信号送信も資源の消費が大きい。しかし,それぞれのフィードバックメッセージは,対応するデータの伝送に対して時間的に整合が取れている必要があるため,それぞれのフィードバックメッセージの更新あるいは再送は不可能である。」(段落【0004】)

「他の階層のプロトコルは,フィードバックユニットまたは制御ユニット(これらは,ときどきステータスメッセージと呼ばれることもある)を用いる。そのようなメカニズムは,ウィンドウベースのARQプロトコルに関して適応される。フィードバックユニットは,シーケンス番号およびチェックサムを明示的に含んでもよく,そうすることでフィードバックメッセージの信頼性が確実なものとなりうる。正しく受信されなかったフィードバックメッセージは利用されず,データ送信者側で破棄される。更新されたフィードバックの伝送あるいは再送は,フィードバックの受信を確実とするために利用される。データユニットにシーケンス番号を付番し,フィードバックユニット内でそのシーケンス番号を参照するため,前述のフィードバックユニットは,対応するデータユニットに対してどのような時間的な整合も取れている必要が無いという点に注意されたい。この種のフィードバックメカニズムは非常に信頼性が高いという利点があるが,同期ACK/NACKフィードバックメカニズムと比較すると一般的に非常に遅い。」(段落【0005】)

ウ 発明が解決しようとする課題

「したがって,技術的に求められているものは,従来のACK/NACKプロトコルの効率を達成し,一方,同時に明示的なフィードバックメッセージの信頼性を実現する,統合された伝送プロトコルである。前述の統合された伝送プロトコルは,単一のプロトコルエンティティ(protocol entity)内で実行されうるものであることが好ましく,同じプロトコルデータユニット,プロトコルステート(protocol state)およびロジックに基づいていることが好ましい。」(段落【0006】)

エ 課題を解決するための手段

「従来技術の課題を解決するために,本発明は,無線通信内でデータユニットの再送を効果的に制御する,送信機および受信機に組み込まれた方法を提供する。本発明の原理によれば,再送を制御するために複数の補完的なフィードバックメカニズムが用いられる。一般に,受信機は,複数のデータユニットの受信に応じてそれぞれのデータユニットの復号を試みる。データユニットの復号が成功した場合,受信機は,送信機に肯定フィードバックを送信する。肯定フィードバックは,受信機によるデータユニットの復号が成功したことを送信機に通知する。データユニットの復号が成功しなかった場合,受信機は,送信機に否定フィードバックを送信する。否定フィードバックは,受信機によるデータユニットの復号が成功しなかったことを送信機に通知する。全ての場合において,受信機は,フィードバックを送信するために少なくとも第1および第2フィードバックメカニズムを用いる。」(段落【0007】)

「第1および第2フィードバックメカニズムは,第1および第2無線チャネルを用いる。第1および第2無線チャネルは共通の搬送周波数を共有してもよい。第1無線チャネルは,狭帯域チャネルであってもよいし,信頼性の低い伝送方法を用いてもよい。第2無線チャネルは,信頼性の高い伝送方法を用いることが好ましい。」(段落【0008】)

「肯定フィードバックには肯定応答(ACK:ACKnowledgement)メッセージを含んでもよく,否定フィードバックには否定応答(NACK:Non-ACKnowledgement)メッセージを含んでもよい。肯定および否定フィードバックは,さらに,ステータスメッセージを含んでもよい。ステータスメッセージは,複数のデータユニットのうち1つのデータユニットを識別する1以上のシーケンス番号あるいはポジション識別子を含む。ステータスメッセージは,例えば,受信が成功した複数のデータユニットのうち最大の番号を有するデータユニットを示すシングルシーケンス番号であってもよいし,あるいは,正しく受信されたそれぞれのデータユニットに関するシーケンス番号あるいは正しく受信されなかったそれぞれのデータユニットに関するシーケンス番号のいずれか,または両方を含んでもよい。ステータスメッセージは,例えば,あらかじめ決められた個数のデータユニットを受信したときに自動的に送信されてもよい。あるいは,ステータスメッセージは,送信機からの要求に応じて送信されてもよい。前述の要求は,例えば,1つのデータユニット内のフラグであってもよい。」(段落【0009】)

「例示された実施形態においては,ACKおよびNACKメッセージはシーケンス番号を含まず,信頼性の低い伝送方法を用いて第1無線チャネルで送信され,ステータスメッセージは信頼性の高い伝送方法を用いて第2無線チャネルで送信される。ACKおよびNACKメッセージは,例えばシングルデータビットであってもよいし,複数のデータユニットのそれぞれの受信に応じて,無条件で送信されてもよい。送信機は,前記データユニットが搬送されなかったか,あるいは復号が成功しなかったことを示すNACKメッセージあるいはステータスメッセージの受信に応じてデータユニットを再送することが好ましい。送信機は,ACKの受信時にデータユニットを送信バッファ(send buffer)から削除するのではなく,受信機によるデータユニットの復号が成功したことを示すステータスメッセージの受信に応じて,データユニットを送信バッファから削除する。ステータスメッセージは,ステータスメッセージが正しく受信されたかどうかを送信機が検証するための巡回冗長検査(CRC:CyclicRedundancy Check)値を含んでもよい。」(段落【0010】)

オ 発明を実施するための最良の形態

「本発明は,1つのプロトコル内に複数のフィードバック信号送信概念の利点を兼ね備える。このことは,特に分散型のアクセスネットワークアーキテクチャにおいて,例えば,自動再送要求(ARQ:Automatic Repeat reQuest)プロトコルが基地局(あるいはアクセスポイント)および端末内で終了するときに可能である。集中型のアクセスネットワークアーキテクチャ内においては,本発明の利点は,例えば,リレーARQ概念と組み合わされて達成される。(参照:H. Wie-mann, M. Meyer, R. Ludwig, C.O.P., A Novel Multi-Hop ARQ Concept, IEEE 61st Semiannual Vehicular Technology Conference (VTC), May 30 - June 1, 2005.前述の文献は本書に参照として取り入れられる。)本発明は,2つ(あるいはそれ以上)の特定のフィードバックメカニズム上で2つ(あるいはそれ以上)の特定のフィードバックフォーマットを用いて,1つのプロトコルとして実装されることが好ましい。本書で後述されるように,フィードバックメカニズムは,信頼性,資源の消費,および遅延に関して,異なるチャネル特性を有してもよい。さらに,前述の2つ(あるいはそれ以上)のフィードバックフォーマットは,受信機の状態を示すために異なる手段を用いてもよい。以下に例を示す。

1.HS-DSCHあるいはE-DCH内の同期およびバイナリ(ACK/NACK)フィードバック;

このメカニズムは,データ伝送と対応するフィードバックとの間の固定のタイミング関係に依存する。

2.RLC内の非同期および明示的フィードバック;

ステータスメッセージは,そのフィードバックが示すデータユニットを明示的に決定する識別子を含む。前述の識別子はシーケンス番号であってもよいし,あるいは明示的なタイミングリファレンス(timing reference)であってもよい。」(段落【0013】)

「両方のフィードバックメッセージフォーマットは,同じプロトコルエンティティからの受信機情報を示しており,同じプロトコルデータユニット,プロトコルステート,およびロジックに関している。2つの異なるフィードバック通知メカニズムを用いる利点は,高速で,信頼性が高く,無線資源の利用効率が高いフィードバックの交換を達成するために,瞬時の無線状態および送信エラー状況に合わせて操作を調整することができる点である。」(段落【0014】)

「図1を参照すると,本発明の原理に基づく統合された再送プロトコルの概略図が示されている。データユニットは送信機102から受信機103に送信され101,送信機102および受信機103のそれぞれは,それ自身のプロトコルステートを維持するプロトコルの終点を定義する。双方向のデータ送信は,それぞれの方向において一対になった,1つの再送プロトコル送信機/受信機を用いることによって可能となる。図示されたように,受信機のプロトコルステートを示すために,2種類のフィードバックメカニズムが用いられる。それらのメカニズムは,肯定応答(ACK)/否定応答(NACK)自動再送要求(ARQ)メカニズム104とステータスメッセージメカニズム105である。再送プロトコルは,それぞれのプロトコルデータユニットにシーケンス番号を割り当てるウィンドウベースのARQプロトコルであると仮定される。シーケンス番号は,それぞれのプロトコルデータユニットを明確に識別し,どのデータユニットが正しく受信されどのデータユニットが再送される必要があるかを信号によって伝えるために用いられる。」(段落【0015】)

「ACK/NACKフィードバックメカニズムに関しては,1つのタイムインタバルにつき2以上のデータユニットが存在する(MIMO等)場合がある。前述のような実施形態においては,1つのデータユニットにつき1ビットのフィードバックであってもよいし,あるいは,あらかじめ決定された個数のデータユニットにつき1ビットであってもよい。あるいは,同期フィードバックであれば),1つのデータユニットにつき1ビットより多くのビットを用いてもよい。」(段落【0016】)

「次に,図1を参照しながら,図2を参照する。図2には,受信機103に関する再送プロトコルの概略的な方法を示したフロー図が示されている。以下に前述の方法を要約する。複数のデータユニットの受信に応じて(ステップ201),受信機103はそれぞれのデータユニットの復号を試みる(ステップ202)。その後,前述の復号に応じて,送信機102にフィードバックを送信する(ステップ204)。データユニットの復号が成功した場合(ステップ203)は,受信機は送信機に肯定フィードバックを送信する(ステップ204a)。このとき,前述の肯定フィードバックは,受信機によるデータユニットの復号が成功したことを送信機に通知する。データユニットの復号が成功しなかった場合(ステップ203)は,受信機は否定フィードバックを送信機に送信する(ステップ204b)。このとき,前述の否定フィードバックは,受信機によるデータユニットの復号が成功しなかったことを送信機に通知する。後述されるように,全ての場合において,受信機103はフィードバックメカニズムを選択し(ステップ205),2以上のフィードバックメカニズムのうち1つを用いてフィードバックを送信する(ステップ206a,および206b)。」(段落【0017】)

「次に,(図1および図2も参照し続けながら,)図3および図4を参照する。図3および図4は,送信機102と受信機103のそれぞれに関して,本発明の原理に基づく統合された再送プロトコルの実施形態例を示したフロー図である。再送の遅延を減じるために,送信機102は,送信が成功したか否かをできる限り早く知ることが望ましい。したがって,好適な実施形態においては,送信機102によって送信されたそれぞれのデータユニット(ステップ101)に対して,受信機103はフィードバックを送信する(ステップ204)。この実施形態においては,同期ACK/NACKフィードバックは,各々のデータユニットの受信ごとに受信機103によって送信される(ステップ401)。受信機はデータユニットを復号しようと試みた後(ステップ202),復号に成功すればACKを送信し(ステップ204a),復号が成功しなければそのことを示すNACKを送信する(ステップ204b)。送信機102はNACKを受信した(ステップ301)場合,対応するデータユニットを再送する(ステップ302)。しかし,このとき,送信機は,そのデータユニットを送信機内の送信バッファから削除しない。」(段落【0018】)

「いくつかのARQプロトコルは,データユニットのシーケンス番号を明示的に送信せず,フィードバックがどの送信に属するかを送信機が知るための固定されたタイミング構造に依存する。例えば,フレーム長が固定されていると仮定すると,送信機はフレームxにおいて送信されたデータユニットに対して,フレームx+4においてフィードバックが送信されると予期する。フィードバック情報は,フィードバックが送信される時間に関連付けられているため,与えられたデータユニットに関するステータスは1度しか示すことができず,消失したかあるいはエラーとなったフィードバック信号を回復するために,再度指示することはできない。」(段落【0019】)

「本発明の原理によれば,第1フィードバックメカニズムは,ACK/NACKフィードバックを送信するために用いられ,非常に狭帯域で(無線資源に関して)ローコストであるが比較的信頼性の低いフィードバックフォーマットを利用する。第2フィードバックメカニズムは,明示的なフィードバックメッセージ(ステータスメッセージ)に基づく追加的なフィードバックを送信するために用いられ,より信頼性の高いフィードバックフォーマットを利用することが好ましい。図4に示されるように,受信機103は,それぞれの受信データユニットに対するACK/NACKメッセージの送信に加えて,定期的なステータスメッセージも送信する(ステップ402)。」(段落【0020】)

「それぞれのステータスメッセージは,1以上のシーケンスポジション識別子を含んでいる。シーケンスポジション識別子は,受信機による伝送が試みられたタイムインタバルを参照する明示的なタイミングリファレンス,あるいはそれぞれの特定のデータユニットに関連付けられたシーケンス番号であってもよい。前述のようなステータスメッセージは,前述されたポジション識別子によって識別されるデータの受信状態について,送信機に通知する。リファレンスポイントとしてシーケンス番号あるいは明示的なタイミングリファレンスを用いる利点は,フィードバックの送信に関して厳密なタイミングが要求されない点である。この非同期ステータスメッセージはリファレンスポイントを含んでいるため,数フレーム遅延したとしても,送信機102によって解釈されうる。このことは,連続するステータスメッセージが同じデータユニットについての情報を含む場合は,ステータスメッセージの消失は追加的な遅延を引き起こすだけであるため,そのことがプロトコルの信頼性を高める,ということを暗示している。」(段落【0021】)

「ステータスメッセージは,例えば,明示的に与えられたシーケンス番号あるいは送信時点までに,全てのデータユニットが正しく受信されたことを示してもよい。そのようなステータスメッセージは,累積型送達確認(cumulative acknowledgement)と呼ばれることがある。また,ステータスメッセージは,正しく受信された,あるいは正しく受信されなかったデータユニットのリストを含んでもよい。データユニットのリストは,さらに効率的な伝送のために,ビットマップ形式で圧縮されてもよい。さらに,正しく受信されたステータス情報が送信ウィンドウ操作のために用いられることを確実とするために,ステータスメッセージは,巡回冗長検査(CRC)値を含んでもよい。送信機102は,1以上のデータユニットの復号が成功したことを示すステータスメッセージを受信すると(ステップ303),その後,識別されたデータユニットを送信機の送信バッファから削除する(ステップ304)。」(段落【0022】)

「実施形態の一例においては,メッセージが長いため,ステータスメッセージは,より効果的な符号化を利用する第2無線チャネルで送信される。しかし,時間的な整合性は必ずしも必要ではない。さらに,これらのメッセージのエラー率は,第1チャネルで送信されるエラー率と異なっていてもよい。」(段落【0023】)

「本発明に特有の利点は,両方のフィードバックメカニズムが1つのプロトコルエンティティによって提供され,同じプロトコルステートに基づくことができる点である。このことは,フィードバックの送信に最低限の資源しか消費せずに,少ない遅延と高い信頼性の両方が達成できることを意味する。さらに,無線の状態および/またはエラーパターンに依存して,フィードバック方法を適応させることができる。このことは,本発明以外の方法では,複雑なレイヤー間通信を用いなければ可能とならない。統合された再送プロトコルは,同期ARQプロトコルと比較して低いエラー率と,非同期ウィンドウベースのプロトコルと比較して速いエラー修正を可能とする。両方の利点が,フィードバックに関して低レベルの資源しか消費せずに達成されうる。」(段落【0024】)

「両方のフィードバックメッセージが同じプロトコルステートに属する情報を信号送信するため,同期NACK信号は再送を引き起こすために用いられる可能性があるが,ACKは送信機の送信バッファからのデータの削除を引き起こさない。これは,1ビットのACK/NACKメッセージは信頼性が高くない,すなわち,送信機102は簡単にNACKをACKと解釈する可能性があることに起因する。送信機102が,前述のような誤解釈に基づいて,送信ウィンドウを進める(advance)か,あるいは送信バッファからデータユニットを削除すると,結果として修復不可能なデータの消失が起こる。したがって,信頼性の高いステータスメッセージが,送信機の送信バッファからのデータユニットの削除を引き起こすために用いられる(図3;ステップ303およびステップ304)。このことは図5に図示されている。」(段落【0025】)

「図5は,送信機の送信バッファに関する本発明の操作を示している。送信機102は,送信されたデータユニットを保持する送信バッファを備えている。図示されたように,データユニットD1が最初に送信され,続けてデータユニットD2,D3,およびD4が送信される。それぞれのデータユニットは,送信されると,送信バッファ内に格納される。このように,データユニットD4の送信後に,データユニットD1~D4が送信バッファ内に格納される。受信機においては,それぞれのデータユニットが復号され,ACKあるいはNACKが送信機に返信される。例えば,図5に示されるように,データユニットD1は復号に成功し,したがって肯定応答(ACK)A1が送信機に返信される。しかし,データユニットD2は復号に成功しなかったため,否定応答(NACK)N2が送信機に返信され,N2がデータユニットD2の再送を引き起こす。データユニットD3およびD4も復号に成功し,したがって,ACK A3およびA4が送信機に返信される。この時点で,データユニットD1~D4はまだ送信バッファ内に存在する。次にステータスメッセージ501が受信される。ステータスメッセージはデータユニットD1,D3およびD4の成功した復号のステータスを肯定応答(A)として識別し,データユニットD2の成功しなかった復号のステータスを否定応答(N)として識別する。ステータスメッセージは,信頼性が高いという特性を有するため,送信機は,この時,データユニットD2のみを残し,データユニットD1,D3およびD4を送信機の送信バッファから削除する。図示された例では,再送されたデータユニットD2の復号は成功し,ACK A2が送信機に送信される。しかし,データユニットD2の復号が成功したことを示すステータスメッセージ502が続けて受信されるまで,データユニットD2は送信バッファから削除されない。図示された例では,ステータスメッセージ502が受信された後,送信バッファは空となる。」(段落【0026】)

「両方のフィードバックメッセージが同じプロトコルステートに属する情報を信号送信するが,NACK信号が再送を引き起こすために用いられうる。一方,ACKは送信バッファからの対応するデータユニットの削除を引き起こさない。これは,1ビットのACK/NACKメッセージは信頼性が高くないことに起因する。送信機によってNACKがACKであると誤解釈された場合,送信機は,送信ウィンドウを進めるか,あるいは送信バッファからデータユニットを削除し,その結果,修復不可能なデータの消失が起こる。このことを避けるため,信頼性の高いステータスメッセージが送信機の送信バッファからのデータの削除を引き起こすことが好ましい。」(段落【0027】)

「前述のように,ACKおよびNACKフィードバックは1ビットであってもよい。しかし,シングルビットの肯定応答メッセージを用いることの潜在的な問題は,NACKが誤ってACKとして受信される可能性がある点である。すなわち,受信機103は,データユニットを正しく受け取らずNACK信号で応えるが,送信機102は,この信号をACKとして解釈し,データが正しく受信されたと誤解するのである。プロトコルが非同期で操作されたと仮定すると(すなわち,NACKの受信との固定されたオフセットを用いずに再送が行われたとすると),受信機103は,正しく受信されなかったデータユニットの予期される再送がいつ起こるかを知ることができない。このように,NACKからACKへのエラーが起こったことを,受信機が即座に検出することは不可能である。この問題を解決するために,受信機のタイマーが利用されてもよい。受信機のタイマーは,送信が成功しなかったデータユニットの受信時に開始される。あるいは,タイマーは,対応するNACKが送信された時,または同様の関連したイベント発生時に開始されてもよい。タイマーは,予期される再送データユニットが受信され,そのデータの復号に成功した場合に,停止される。しかし,再送データユニットが受信されてもそのデータがまだ復号できない場合,すなわち,送信エラーが続く場合は,タイマーは再度開始される。フィードバックの送信におけるエラーは,予期される再送データユニットが受信される前にタイマーが期限切れとなることによって示される。そのようなエラーの場合は,フィードバックは第2フィードバックメカニズムを用いて再送される。さらに,予期される再送データユニットではなく新しいデータが受信された場合は,受信機は第2フィードバックフォーマットを用いてフィードバックを再送し,タイマーを停止する。」(段落【0028】)

「本発明の原理は,ある種の追加的な特長に基づいて修正されうる。別の一実施形態においては,第2フィードバックフォーマットは高い信頼性を要求するデータ(フロー)に関してのみ送信されてもよい。また別の一実施形態においては,ステータスメッセージの送信は,ACK/NACKフィードバックの信頼性に依存して起こってもよい。ACK/NACKフィードバックの復号に基づいて,送信機は,ACK/NACKメッセージの信頼性を決定してもよい。非常に信頼性の高い(“確からしい”)ACKに関しては,どの様なステータスメッセージも送信する必要は無い。そのような場合,送信機と受信機のウィンドウは,どの様な高水準のステータスメッセージも用いずに,進められる。しかし,“不確かな”ACK/NACKの受信時には,さらに信頼性の高いフィードバックを用いてそのプロトコルステートを更新するために,送信機は,ステータスメッセージに関する要求を送信してもよい。一実施形態においては,ステータスメッセージに関する“ポーリング(poll)”は,ステータスに関する速い要求を達成するために,ARQに関する信号送信内において(例えば,アウトバンド信号送信を用いて)実現される。また,そのポーリングは,データユニット内のフラグによって指示されてもよい。」(段落【0031】)

「NACKが受信されたとき,遅延を最小限に抑えるために,対応するデータユニットは,即座に再送されることが好ましい。しかし,(復号メトリックから決定されうる)NACKメッセージの信頼性が低い場合は,再送が不要であり,効率の低減をまねく危険がある。この問題を扱うために,受信されたNACKの信頼性が特定の閾値より高い場合だけ,受信機は,即座に再送を行ってもよい。信頼性が閾値より低い場合は,データユニットを再送すべきかどうかに関する信頼性の高い指示を含む信頼性の高いステータスメッセージを受信するまで,データユニットはバッファに格納される。この特性は,信頼性の低いACKに関する前述されたポーリング特性と組み合わせられ,適時のステータスメッセージの送信を達成する。資源が限られている場合,システムに高負荷がかかっている間はさらに信頼性の高い閾値が用いられるように,“不確かな”フィードバックに基づく再送処理に関する閾値は,システム負荷に適応されてもよい。」(段落【0032】)

「ACK/NACKおよびステータスメッセージの両方のフィードバックメッセージが同じデータユニットについての情報を提供するので,同じデータユニットの複数の再送が行われる危険がある。ACK/NACKフィードバックが特定のデータユニットの再送を引き起こす場合には,受信機によってステータスメッセージが送信された時点において送信機による再送が完了していない可能性がある。(あるいは,データユニットが再送されても,まだ受信機によって受信されておらず,処理されていない可能性がある。)この場合は,同じプロトコルデータユニットが,ステータスメッセージによって2度目の再送を要求され,不必要な再送が行われる可能性がある。この問題は,ステータスメッセージ内にタイムリファレンス(例えば,フレーム番号)を含むことによって解決される。タイムリファレンスは,ステータスメッセージが送信された時点で,どの時点まで(すなわち,どのフレームまで)データユニットが受信されたとみなされるかを示す。ステータスメッセージを受信したときに,示された時間(すなわちフレーム)より後に再送された(あるいはACK/NACKフィードバックによって再送要求された)あらゆるデータユニットがステータス通知(status report)内で要求された場合,送信機は,そのデータユニットを再送すべきでないと決定することができる。」(段落【0033】)

「最後に,両方の種類のフィードバックメッセージが同じプロトコルステートに関するので,受信に成功したステータスメッセージフィードバックと比較することで,ACK/NACKフィードバックのエラー率を評価することができる。ACK/NACKフィードバックに関して決定されたエラー率は,例えば送信電力およびダイバーシティ等の伝送パラメータを適応することによって信号送信を修正すべきかどうかの指標として利用されてもよい。」(段落【0034】)

(2)  前記(1)の記載によれば,本願補正発明の構成及びその特徴は以下のとおりであると認められる。

ア 本願補正発明は,無線通信の伝送プロトコルに関する(段落【0002】)。

多くのデータユニット転送のためのプロトコルは,失敗した伝送に関して再伝送を行うことによって,信頼性の高いデータ伝送を維持している。いくつかの従来技術のプロトコルは,データユニットの受信が成功したかどうかを示す簡単で高速なACK/NACKの概念,すなわち,自動再送要求(ARQ)プロトコルに従い,肯定応答(ACK)メッセージ及び否定応答(NACK)メッセージ等のフィードバックメッセージによって受信が成功したかどうかを送信機に通知するという手法を利用している。これらのプロトコルは,フィードバック内でシーケンス番号を提供しない代わりに,送信機及び受信機が,固定のタイミング関係を利用することによって,特定の伝送にフィードバックを暗黙的に関連付ける(同期フィードバック)。この手法は,伝送資源の消費が比較的低いため,短い信号は頻繁に送信可能であるという利点を有するが,それぞれのACK又はNACKがシングルビットである場合,ACK又はNACKは,受信機において誤って解釈される危険がある上,それぞれのフィードバックメッセージは,対応するデータの伝送に対して時間的に整合が取れている必要があるため,それぞれのフィードバックメッセージの更新あるいは再送は不可能であり,低いエラー率が要求されるときは,伝送電力を増すか又は情報を再送するかのいずれかの方法を用いなければならず,無線資源の消費が大きいという問題点があった(段落【0003】,【0004】)。

また,ARQプロトコルに関して適用される従来からの他の階層のプロトコルは,フィードバックユニット(ステータスメッセージ)を用いる。フィードバックユニットは,シーケンス番号を明示的に含むことで,フィードバックメッセージの信頼性を確実なものとすることができ,また,データユニットにシーケンス番号を付し,フィードバックユニット内でデータユニットに付されたシーケンス番号を参照することができるようにしているため,フィードバックユニットは対応するデータユニットに対して時間的な整合が取れている必要も無いから,このフィードバックメカニズムは,非常に信頼性が高いという利点を有するが,同期ACK/NACKフィードバックメカニズムと比較すると一般的に非常に遅いという問題点があった(段落【0005】)。

イ 本願補正発明は,前記アの従来技術の問題点に鑑み,従来のACK/NACKプロトコルの効率を達成し,同時に,明示的なフィードバックメッセージの信頼性を実現する統合された伝送プロトコルを提供することを課題とし(段落【0006】),その解決手段として,前記第2の2(2)記載の構成を採用した。

ウ 本願補正発明によれば,①2つの異なるフィードバック通知メカニズムを用いることにより,高速で,信頼性が高く,無線資源の利用効率が高いフィードバックの交換を達成し,瞬時の無線状態及び送信エラー状況に合わせて操作を調整することができる(段落【0014】),②両方のフィードバックメカニズムが1つのプロトコルエンティティによって提供され,同じプロトコルステートに基づくことができるため,フィードバックの送信に最低限の資源しか消費せずに,少ない遅延と高い信頼性の両方が達成でき,さらに,無線の状態及び(又は)エラーパターンに依存して,フィードバック方法を適応させることができることから,同期ARQプロトコルと比較して低いエラー率と,非同期ウィンドウベースのプロトコルと比較して速いエラー修正を可能とし,しかも,フィードバックに関して低レベルの資源しか消費せずに達成され得る(段落【0024】)という利点を有する,「従来のACK/NACKプロトコルの効率を達成し,同時に,明示的なフィードバックメッセージの信頼性を実現する統合された伝送プロトコル」を提供することができる。

2  引用発明について

(1)  引用発明が,前記第2の3(2)アに記載のとおりであることについては,当事者間に争いがない。

刊行物1(甲1)には,引用発明について,概略,次のような記載がある(摘記箇所については,当事者間に争いのない本件審決における訳文,原告の提出に係る平成26年6月19日付け準備書面の第2に記載の訳文及び乙6による。また,下記記載中に引用する図面については,別紙2の刊行物1図面目録を参照。)。

ア 発明の分野

「本発明は無線通信の分野に関する。特に,本発明は,伝送誤りを検出し訂正するためにプロトコルデータユニット(PDUs)に割り当てられた伝送シーケンス番号(TSNs)をモニタリングするシステム及び方法に関する。」([0002])

イ 背景

「データブロックの配達を確実にするために,H-ARQプロセスはデータブロックが成功裏に配達されたことを確認又は否定するメッセージを用いる。肯定応答(ACK)メッセージはデータブロックの伝送が成功したことを示し,一方,否定応答(NACK)はデータブロックの伝送が失敗したことを示す。伝送に成功したデータブロックがあると,ACKが生成され,それ以上の行動は起こされない。データブロックの伝送の失敗があると,NACKが生成され,それに応答して各データブロックが再送される。」([0004])

「H-ARQプロセスの欠点の1つは,通常,受信機により生成される,ACK及びNACKメッセージは,しばしば間違って解釈されることである。もしもNACKメッセージがACKメッセージとして間違って解釈されると,物理レベルでは検出されることなく,失敗が生じる。もしもACKメッセージがNACKとして間違って解釈されると,データブロックは不必要に再送される。」([0005])

「図5に示したように,TSN=3を伴うPDUの再送は,ノードBバッファ内のキューの末端で待機しなければならず,TSN=6~9を伴うPDUが送信された後にのみ送信されるであろう。UE内のPDUは,全てのPDUが順序通り受信されるまで,上位レイヤへ転送されることができない。この場合,TSN=3を伴うPDUは,全てのPDUが成功裏に送信されると仮定すると,後続のPDUの上位レイヤへの転送(即ち,TSN=4~9)を引き留める。なお,図4及び図5の例は11個のPDUのみを反映しているが,通常の運用では,再送されるデータPDUに先立って他のRLCエンティティからのPDUと共に数百のPDUがスケジューリングされるかもしれず,これはさらに送信の遅延及びデータバッファリングの課題を悪化させる。」([0022])

「バッファによる遅延のほかに,従来技術のハイブリッドARQプロセスには,もう1つ重要な欠点がある。ハイブリッドARQプロセスのシグナリングは物理チャネルを介して行われる。当業者が理解するように,物理チャネルは特定の定義されそして前もって決定されたチャネルである。これらチャネルは典型的に誤りを検査する能力を前提としない。その結果,高い確率でシグナリングの破損による結果として誤解釈が生じ得る。例えば,UEによって伝送されたACKが伝送中に破損してNACKであるとノードBによって判定されるかもしれない。結果として,データは不必要に,それによって無線リソースを浪費して,再送されるであろう。」([0023])

「あるいは,NACKがACKと誤解釈されるかもしれない。この場合,伝送の失敗はハイブリッドARQプロセスによって検出されないであろう。これが発生すると,物理層のメカニズムでは,データを回復できない。そして,より上位の階層,例えば無線リンク制御(RLC)層が,失われたデータを回復するメカニズムを開始する。」([0024])

ウ 要約

「TSNステータスレポートメッセージは,アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)上で送信され得る。DPCCH-HSは,次のものを含む3つのフィールドを伴う構造を有する(i)ACK/NACK情報を搬送するための伝送ステータスフィールド;(ii)チャネル修飾識別子(CQI)フィールド;(iii)TSNフィールド。各フィールドは,DPCCH-HSの送信時間間隔(TTI)の1つ以上のタイムスロット内に位置し得る。TSNステータスレポートメッセージは,並び替えキューインジケータを含み得るものであり,並び替えキューインジケータは,キュー内の特定の位置に再送されるデータブロックを格納するために使用される。本発明は,冗長的なエラー検出を提供し,過去に(不正確に)ACKであると解釈された信号は,後に実際はNACKであると判定され得る。」([0027])

エ 好適な実施例についての詳細な説明

「UE605は,期待されるTSN(例えば,TSN=5)を有するデータブロックが受信されなかったと判定するまで,第1の送信620を介してTSN1,2,3…を有する複数のデータブロックを受信する。MAC-hsエンティティ608は,期待されるTSNが受信されなかったことを示すTSNステータスレポートメッセージ625を生成する。ノードB615内のMAC-hsエンティティ635は,TSNステータスレポートメッセージ625を受信し,TSNステータスレポートメッセージ625への応答として第2の送信630を介してUE605へ期待されるTSN(TSN=5)に関連付けられるデータブロックを再送し,再送されたデータブロックは,TSNステータスレポートメッセージ625により指定されたキュー610内の特定の位置に格納される。」([0040])

「遅延を低減し及びPDUの再送の信頼性を改善するために,UE605内のMAC-hsエンティティ608は,アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)を介して,ノードB615のMAC-hsエンティティ635へTSNステータスレポートメッセージ625をフィードバックする。TSNステータスレポートメッセージ625がUE605から一度受信されると,ノードB615のMAC-hsエンティティ635は,欠落したTSNと同じTSNを伴うPDUの複製をUE605へ再送する。ノードB615が時にはスケジューリングの理由(例えば,より優先度の高い優先型H-ARQプロセスを伴うPDU)で意図的に送信を放棄することには留意すべきである。そうした場合には,MAC-hsエンティティ635は,単純にTSNステータスレポートメッセージ625を見過ごすことができる。」([0041])

「本発明の好適な実施形態によれば,TSNステータスレポートメッセージ625は,UE605により期待されたものの受信されなかった,欠落したTSNを識別する。具体的には,欠落したTSNは,UE605によりPDUが受信されなかったためにUE605がノードB615へNACKで応答した当該PDU,に対応する。」([0042])

「前述の通り,ノードBがNACKをACKと間違って解釈することが生じると,ノードBがPDUの送信が成功していないときに成功したものと誤って認識することを引き起こす。しかし,本発明のシステムによれば,UE605は,TSNが欠落したときに,TSNステータスレポートメッセージを生成し,ノードB615に送信する。UE605は,欠落したTSNのTSNステータスレポートメッセージ625を介してノードBに知らせ,再要求しているキュー識別子を提供する。ノードBは伝送誤りが生じた(例えば,検出したACKは実はNACKだった。)ことを気付かされ,欠落したTSNが2度目の伝送を介して伝送され,再要求しているキュー識別子に応じてキュー610に置かれる。このように,冗長的な誤り検出スキームが提供され,そこではもしACK/NACK検出に失敗が起こると,バックアップとしてTSNステータスレポートメッセージ625が実行される。」([0043])

「TSNステータスレポートメッセージ625を生成することについて問題の1つは,物理チャネル内でTSNステータスレポートメッセージ625を知らせるためには現在3G標準で規定されている物理制御ビットが不足していることである。これ以降に詳細に説明するように,1つの実施形態において,TSNステータスレポートメッセージ625により提供される情報がACK/NACK又はチャネル品質測定値を含み得るシグナリングに組み込まれ,それにより,複数のスロットにわたって稼動し得る拡張された1つのリターンフィードバックチャネルが生み出される。これは,1つのスロットのみを用いる従来のフィードバックメカニズムと相違する。」([0044])

「TSNステータスレポートメッセージ625は「X+Y」ビットのシグナリングを要する;ここで,XビットはTSNのために用いられ,YビットはTSNが宛てられる特定の再要求しているキューの識別子のために用いられる。」([0045])

「当業者に理解されるように,例えばACK/NACK情報やチャネル品質識別子(CQI)情報等,アップリンクDPCCH-HS上で運ばれる他の情報も存在する。ノードBが情報のフィールドを識別できるようにするいくつかの異なる方法が用いられ得る。好適な実施形態では,タイムスロットのシーケンス番号により示された予め設定されたフィールドの位置のパターン(例えば,周期的なパターン1,2,3,4,5,6,1,2...)が,UE605及びノードB615の双方に知られている。周期的なパターンがUE605及びノードB615の双方に知られていると,ノードBは必要とする情報(すなわち,ACK/NACK,CQI,TSN。)のための特定のタイムスロットをみるだけでよい。例えば,ACK/NACK,CQI,TSNレポートの周期的なパターンは,1つの特定のスロット上でCQI又はTSNレポートのどちらかが送信され得るものでも良い。単一ビットを追加することにより,ノードBはそのフィールドがCQI又はTSNレポートのいずれが含まれているかを識別することができる。」([0046])

「図7は,欠落したTSNの状態を運ぶDPCCH-HS構造の好適な実施形態を示す。各TTIは3つのタイムスロットからなり,アップリンクDPCCH-HS内で伝送される3つのフィールド:1)ACK/NACKシグナリングを伝送する伝送ステータスフィールド,2)CQIを伝送するCQIフィールド,3)TSNステータスレポートメッセージを伝送するTSNフィールドが存在する。」([0047])

「伝送ステータスフィールドは,DPCCH-HS構造の1タイムスロット内で伝送される1ビットの情報を収容するACK又はNACKを含む。PDUが伝送されると,UEは伝送に応答して妥当性としてACK又はNACKのどちらかを伝送する。」([0048])

「CQIフィールドは,UEが周期的にチャネル品質を送信側(すなわち,ノードB。)にフィードバックするために使用される。フィードバックする期間は,典型的に,予め設定され,受信側(すなわち,UE。)及び送信側(すなわち,ノードB。)の双方に知られている。CQIフィールドは2つのタイムスロットで伝送され,CQIフィールドの繰り返し期間は多様である。各期間内でCQIフィールドが何度も現れることも可能である。繰り返し期間及び繰り返し期間内のCQIフィールドの発生回数は,上位階層によってシグナリングされ,それは本発明のスコープ外のものである。しかし,UE及びノードBの双方は,CQIフィールドの位置を承知している。」([0049])

「TSNフィールドは,UEがTSNステータスレポートメッセージをノードBにフィードバックするために使用される。TSNフィールドは,9ビットの情報を収容し,2つのタイムスロットで送信される。」([0050])

「図7に戻り,TTIの第1タイムスロットはACK/NACKシグナリング又は空のどちらかのために使用される。第2及び第3タイムスロットは,CQIフィールド又はTSNフィールドのどちらかのために使用される。図7の実施形態では,CQIフィールドは2TTI毎に繰り返され,繰り返し期間内に一度だけ現れる。TSNフィールドは,タイムスロット(すなわち,予め設定されている。)がCQIフィールドの伝送のために使用されていないときに送られる。TSNフィールドは,2TTI毎に繰り返すことができ,又はUEがTSNステータスレポートメッセージを送りたいときにだけ現れることができる。もしもシグナリングが予め設定されていないと,ノードBはDPCCH-HSの継続的なモニタリングを要する。TSNフィールドは,第2及び第3タイムスロットで送られる。」([0051])

「代替の実施形態では,TSNステータスレポートメッセージのフィードバックは,ノードB615にフィードバックすべき欠落の範囲を示す予め決められたウィンドウに依存することができる。これは,明示的な範囲のシグナリング又は複数の欠落TSNを知らせるためのビットマップ(各TSNに付き1ビット)のどちらかを含めることによりなされる。」([0052])

「TSNステータスレポートメッセージのフィードバックは,欠落したTSNがノードBにフィードバックされる前に期限切れを示すタイマに基づくこともできる。各TSNの伝送に対して,H-ARQプロセスを介してTSN伝送が正確に伝送されることを待つ間,タイマがUE及び/又はノードBで用いられる。タイマが期限切れになると,UEは欠落したTSNに関連するPDUを待つことを止め,他の全てのPDUを(RLCレイヤといった)上位レイヤに進める。その後,UEは欠落したTSNをもはや待っていないので,ノードBは欠落したTSNを削除する。」([0053])

「しかしながら,NACKが誤ってACKと解釈されると,タイマーはノードBには役に立たず,UEはタイマーを維持する。例えば,もし期限切れタイマーが400msに設定され,TSNステータスレポートメッセージは300ms後に送信される必要があると,ノードBにとって,100ms後にUEが欠落したTSNに基づいてタイムアウトすることが知らされるので,有益である。」([0054])

「図8の第2の実施形態を参照すると,TTIの第1タイムスロットは,ACK/NACK又は空のどちらかのためのものである。第2及び第3タイムスロットは,CQIフィールド又はTSNフィールドのどちらかのために使用される。この場合,ノードBは,TSNフィールドのために使用されているTTI,ACK/NACK及びCQIフィールドのために使用されているTTIの位置を予め知らされている必要があり,又は異なる目的のTTIsを識別するための1ビットが要求される。」([0055])

(2)  前記(1)の記載によれば,刊行物1には,引用発明の構成及びその特徴に関し,以下のとおり開示されていると認められる。

ア 引用発明は,無線通信の分野に関し,特に,伝送誤りを検出し訂正するためにプロトコルデータユニット(PDUs)に割り当てられた伝送シーケンス番号(TSNs)をモニタリングするシステム及び方法に関する([0002])。

従来からデータブロックの配達を確実にするために,H-ARQプロセスは,データブロックが成功裏に配達されたことを確認又は否定するメッセージ(ACK/NACK)を用いている。この方法では,伝送に成功したデータブロックがあると,ACKが生成され,それ以上の行動は起こされないが,データブロックの伝送の失敗があると,NACKが生成され,それに応答して各データブロックが再送される([0004])。

しかしながら,この従来の方法では,通常,受信機により生成される,ACK及びNACKメッセージは,しばしば間違って解釈され,NACKメッセージがACKメッセージとして間違って解釈されると,物理レベルでは検出されることなく,失敗が生じ,ACKメッセージがNACKとして間違って解釈されると,データブロックは不必要に再送されるという問題があった([0005],[0023],[0024])。また,データブロックの伝送の失敗があると,UE内のPDUが,全てのPDUが順序通り受信されるまで上位レイヤへ転送されることができないため,送信の遅延及びデータバッファリングの課題を悪化させるという問題があった([0022])。

引用発明は,従来の方法の上記問題点の解決手段として,前記第2の3(2)ア記載の構成を採用したものである([0041])。

イ 引用発明によれば,ユーザ装置(UE)とベースステーション(ノードB)との間のシグナリングによるデータ転送において,①H-ARQプロセスにより,伝送に成功したデータブロックがあるとACKが生成され,データブロックの伝送の失敗があるとNACKが生成され,NACKに応答して各データブロックが再送され,②さらに,UEは,データが受信されずTSN(伝送シーケンス番号)が欠落したときに,期待されるTSNが受信されなかったことを示すTSNステータスレポートメッセージを生成して,ノードBへTSNステータスレポートメッセージをフィードバックし,再要求しているキュー識別子を提供し,ノードBは,TSNステータスレポートメッセージをUEから受信すると,欠落したTSNと同じTSNを伴うPDUの複製をUEへ再送し,再送されたデータブロックは,TSNステータスレポートメッセージにより指定されたキュー内の特定の位置に格納され,③上記ACK/NACKを伝送する伝送ステータスフィールドは,DPCCH-HS(アップリンク専用物理制御チャネル-高速)の3つのタイムスロットからなる送信時間間隔(TTI)の第1タイムスロットで送信され,TSNステータスメッセージを伝送するTSNフィールドは,DPCCH-HSのTTIの第2及び第3タイムスロットで送信される([0040],[0041],[0042],[0043],[0047],[0048],[0050],[0051])。

ウ ノードBがNACKをACKと間違って解釈することが生じると,ノードBがPDUの送信が成功していないときに成功したものと誤って認識することを引き起こすが,引用発明によれば,UEは,TSNが欠落したときに,TSNステータスレポートメッセージを生成し,ノードBに送信し,欠落したTSNのTSNステータスレポートメッセージを介してノードBに知らせ,再要求しているキュー識別子を提供するから,ノードBは伝送誤りが生じた(例えば,検出したACKは実はNACKだった。)ことを気付かされ,欠落したTSNが2度目の伝送を介して伝送され,再要求しているキュー識別子に応じてキューに置かれることにより,冗長的な誤り検出スキームが提供され,そこでは,もしACK/NACK検出に失敗が起こると,バックアップとしてTSNステータスレポートメッセージが実行される([0043])。

3  取消事由1(本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について

(1)  原告は,本件審決が,引用発明においては,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法を利用されていると解されるし,そのようにすることは当業者にとって容易であるから,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でないとした判断は誤りである旨主張するので,以下において検討する。

(2)  相違点2の容易想到性について

ア 本願補正発明について

(ア) 本願補正発明は,前記1(2)によれば,データユニット転送のためのプロトコルにおいて,①ACK/NACKの概念は,フィードバック内でシーケンス番号を提供しない代わりに,送信機及び受信機が固定のタイミング関係を利用する同期フィードバックであるが,この手法は,伝送資源の消費が比較的低いため,頻繁に送信可能であるという利点を有するものの,それぞれのACK又はNACKがシングルビットである場合,ACK又はNACKは,受信機において誤って解釈される危険があり,しかも,対応するデータの伝送に対して時間的に整合が取れている必要があるため,それぞれのフィードバックメッセージの更新あるいは再送は不可能であることから,低いエラー率が要求されるときは,伝送電力を増すか又は情報を再送するかのいずれかの方法を用いなければならず,無線資源の消費が大きいという問題点があり,②フィードバックユニット(ステータスメッセージ)を用いる方法は,フィードバックユニットがシーケンス番号を明示的に含むことで,フィードバックメッセージの信頼性を確実なものとすることができ,また,対応するデータユニットに対して時間的な整合が取れている必要も無いから,このフィードバックメカニズムは非常に信頼性が高いという利点を有するものの,ACK/NACKフィードバックメカニズムと比較すると一般的に非常に遅いという問題点があったことから,これら従来技術の問題点に鑑み,従来のACK/NACKプロトコルの効率を達成し,同時に,明示的なフィードバックメッセージの信頼性を実現する統合された伝送プロトコルを提供することを課題とするものである。

そして,本願補正発明は,その構成により,①2つの異なるフィードバック通知メカニズムを用いることにより,高速で,信頼性が高く,無線資源の利用効率が高いフィードバックの交換を達成し,瞬時の無線状態及び送信エラー状況に合わせて操作を調整することができ,②両方のフィードバックメカニズムが1つのプロトコルエンティティによって提供され,同じプロトコルステートに基づくことができるため,フィードバックの送信に最低限の資源しか消費せずに,少ない遅延と高い信頼性の両方が達成でき,さらに,無線の状態やエラーパターンに依存して,フィードバック方法を適応させることができることから,同期ARQプロトコルと比較して低いエラー率と,非同期ウィンドウベースのプロトコルと比較して速いエラー修正を可能とし,しかも,フィードバックに関して低レベルの資源しか消費せずに達成され得るという利点を有する,「従来のACK/NACKプロトコルの効率を達成し,同時に,明示的なフィードバックメッセージの信頼性を実現する統合された伝送プロトコル」を提供することができるという効果を奏するものである。

(イ) 本願補正発明の相違点2に係る構成の意義等

a 本願補正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,ACKあるいはNACKを送信機に送信する第1無線チャネルとステータスメッセージを送信機に送信する第2無線チャネルについて「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」というものであって,無線チャネルで利用される「伝送方法」の信頼性の高低を規定するものであると認められる。

b 本件明細書には,本願補正発明における「伝送方法」について,明示的な定義は存しないが,一般に,データの「伝送方法」とは,電気信号であるデータを送り伝える仕方,仕組み,手段などを意味し,具体的には,伝送データ形式,伝送データ長,伝送速度,伝送タイミング(同期/非同期),誤り制御方式などからなるものであり,データをどのようなデータ長,形式で送るのかを示す「データフォーマット」も「伝送方法」に含まれる。

そして,本願補正発明が,前記(ア)記載のとおり,従来技術であるACK/NACKを用いる方法,フィードバックユニット(ステータスメッセージ)を用いる方法が,それぞれ有する問題点(前者の問題点は,伝送資源の消費が比較的低いため,頻繁に送信可能であるという利点を有するものの,受信機において誤って解釈される危険があるという点,後者の問題点は,シーケンス番号を明示的に含むことで,フィードバックメッセージの信頼性を確実なものとすることができ,また,対応するデータユニットに対して時間的な整合が取れている必要も無いから,フィードバックメカニズムの信頼性も非常に高いという利点を有するものの,一般的に非常に遅いという点)に鑑み,「従来のACK/NACKプロトコルの効率を達成し,同時に,明示的なフィードバックメッセージの信頼性を実現する統合された伝送プロトコルを提供するもの」であること及び前記1(1)の本件明細書の記載(段落【0003】ないし【0005】,【0007】ないし【0010】,【0013】,【0027】等)によれば,本願補正発明における伝送方法の「信頼性の高低」とは,伝送方法によってフィードバック情報の内容が正しく送られる確率が高いか低いかという,フィードバック情報の伝送における伝送方法の信頼性の高低を意味すると解される。

そうすると,本願補正発明における「伝送方法の信頼性の高低」は,伝送データ形式,伝送データ長,伝送速度,伝送タイミング(同期/非同期),誤り制御方式などからなる,フィードバック情報の伝送の仕方相互間における,フィードバック情報の内容が正しく送られる確率の相対的な高低を意味するものと解される。

c ところで,本件明細書には,フィードバック情報を伝送するために用いられる「フィードバックフォーマット」の「信頼性」に関し,「本発明は,2つ(あるいはそれ以上)の特定のフィードバックメカニズム上で2つ(あるいはそれ以上)の特定のフィードバックフォーマットを用いて,1つのプロトコルとして実装されることが好ましい。・・・さらに,前述の2つ(あるいはそれ以上)のフィードバックフォーマットは,受信機の状態を示すために異なる手段を用いてもよい。以下に例を示す。1.HS-DSCHあるいはE-DCH内の同期およびバイナリ(ACK/NACK)フィードバック;このメカニズムは,データ伝送と対応するフィードバックとの間の固定のタイミング関係に依存する。2.RLC内の非同期および明示的フィードバック;ステータスメッセージは,そのフィードバックが示すデータユニットを明示的に決定する識別子を含む。前述の識別子はシーケンス番号であってもよいし,あるいは明示的なタイミングリファレンス(timing reference)であってもよい。」(段落【0013】),「本発明の原理によれば,第1フィードバックメカニズムは,ACK/NACKフィードバックを送信するために用いられ,非常に狭帯域で(無線資源に関して)ローコストであるが比較的信頼性の低いフィードバックフォーマットを利用する。第2フィードバックメカニズムは,明示的なフィードバックメッセージ(ステータスメッセージ)に基づく追加的なフィードバックを送信するために用いられ,より信頼性の高いフィードバックフォーマットを利用することが好ましい。」(段落【0020】)などと記載されている。

上記記載によれば,本件明細書には,本願補正発明について,ACK/NACKフィードバックを送信するために用いられる「信頼性の低いフィードバックフォーマット」が,「同期およびバイナリ」として構成された「データ伝送と対応するフィードバックとの間の固定のタイミング関係に依存する」ものであり,一方,明示的なフィードバックメッセージ(ステータスメッセージ)に基づく追加的なフィードバックを送信するために用いられる「信頼性の高いフィードバックフォーマット」が,「非同期および明示的」に構成された「フィードバックが示すデータユニットを明示的に決定するシーケンス番号を含む」ものであるという実施例が記載されていることが認められる。

そして,上記の実施例において前者の伝送方法は,ACK又はNACKが1ビットでシーケンス番号が付加されず,それをデータユニットに対し同期で送る方法であるから,フィードバックの遅延や一部の欠損による時間的な不整合が発生すると,再送すべきデータユニットについてフィードバック情報が正しく伝達されず受信機での誤解釈につながり,その結果,フィードバック情報の内容が正しく送られる確率が相対的に低いということであり,一方,後者の伝送方法は,データユニットにシーケンス番号を付し,ステータスメッセージ内でそのシーケンス番号を参照できるようにステータスメッセージにシーケンス番号を含み,それをデータユニットに対し非同期で送るという方法であるから,データユニットとステータスメッセージの関係を明示するシーケンス番号の付加というデータ送信形式と,非同期というデータユニットとステータスメッセージの間の送信タイミング制御によって,フィードバックの遅延や時間的な不整合が発生しても,再送すべきデータユニットに係るフィードバック情報が正しく伝達されることになり,その結果,フィードバック情報の内容が正しく送られる確率が相対的に高いということであると理解される。

以上によれば,本願補正発明における「伝送方法の信頼性の高低」には,上記実施例に示された信頼性の高低が含まれる。

イ 本願補正発明と引用発明との相違点2について

(ア) 引用発明においては,前記2(2)記載のとおり,ユーザ装置(UE)とベースステーション(ノードB)との間のシグナリングによるデータ転送において,H-ARQプロセスにより,①伝送に成功したデータブロックがあるとACKが生成され,データブロックの伝送の失敗があるとNACKが生成され,NACKに応答して各データブロックが再送され,②さらに,UEは,データブロックが受信されずTSN(伝送シーケンス番号)が欠落したときに,期待されるTSNが受信されなかったことを示すTSNステータスレポートメッセージを生成して,ノードBへTSNステータスレポートメッセージをフィードバックし,再要求しているキュー識別子を提供し,ノードBは,TSNステータスレポートメッセージをUEから受信すると,欠落したTSNと同じTSNを伴うPDUの複製をUEへ再送し,再送されたデータブロックは,TSNステータスレポートメッセージにより指定されたキュー内の特定の位置に格納され,③上記ACK/NACKを伝送する伝送ステータスフィールドは,DPCCH-HS(アップリンク専用物理制御チャネル-高速)の送信時間間隔(TTI)の第1タイムスロットで送信され,TSNステータスメッセージを伝送するTSNフィールドは,DPCCH-HSのTTIの第2及び第3タイムスロットで送信される。

(イ) ここで,刊行物1に「ノードBがNACKをACKと間違って解釈することが生じると,ノードBがPDUの送信が成功していないときに成功したものと誤って認識することを引き起こす。しかし,本発明のシステムによれば,UE605は,TSNが欠落したときに,TSNステータスレポートメッセージを生成し,ノードB615に送信する。UE605は,欠落したTSNのTSNステータスレポートメッセージ625を介してノードBに知らせ,再要求しているキュー識別子を提供する。ノードBは伝送誤りが生じた(例えば,検出したACKは実はNACKだった。)ことを気付かされ,欠落したTSNが2度目の伝送を介して伝送され,再要求しているキュー識別子に応じてキュー610に置かれる。このように,冗長的な誤り検出スキームが提供され,そこではもしACK/NACK検出に失敗が起こると,バックアップとしてTSNステータスレポートメッセージ625が実行される。」([0043])と記載されていることからすれば,引用発明においては,「ACK/NACK」と「TSNステータスレポートメッセージ」とでは,「TSNステータスレポートメッセージ」を「ACK/NACK」よりも,フィードバック情報としての信頼性が高いものと位置付けているものと認められる。

そして,引用発明において,「TSNステータスレポートメッセージ」が,「ACK/NACK」よりもフィードバック情報としての信頼性が高いものと位置付けられるのは,「ACK/NACK」が,データユニットのための伝送シーケンス番号(TSN)を有さず,データユニットの送信と同期して送信されるものであるのに対し(伝送ステータスフィールドは,DPCCH-HS構造の1タイムスロット内で伝送される1ビットの情報を収容するACK/NACKを含み[0048],刊行物1の図7において,TTIの第1タイムスロットはACK/NACKシグナリング又は空のどちらかのために使用される[0051]。),「TSNステータスレポートメッセージ」は,データユニットが期待どおり受信されなかったことを示す伝送シーケンス番号(TSN)を有することで,欠落したTSNに対応したデータユニットを特定することができ,データユニットの送信と同期して送信される必要がなく,データユニットの送信から遅延して送信されたとしても,再送信すべきデータユニットを特定することができることによるものであると認められる。

さらに,引用発明における「ACK/NACK」の送信及び「TSNステータスレポートメッセージ」の送信については,刊行物1の記載によれば,ACK/NACKは,「1ビットの情報を収容する」ものであって,「1タイムスロット」による「伝送ステータスフィールド」に含まれて伝送されるものであるのに対し([0048],[0051]),TSNステータスレポートメッセージは,「X(TSN用)+Y(キュー識別子用)」という多ビットの信号として「2つのタイムスロット」による「TSNフィールド」を用いて伝送されるものであり([0045],[0050],[0051]),「伝送ステータスフィールド」と「TSNフィールド」は,相互に異なるタイムスロットを用いて,異なる種類の情報を伝送するものであるから,異なる「無線チャネル」によるものであるといえる。

(ウ) 以上によれば,引用発明において,「ACK/NACK」の送信のために用いられる伝送方法は,伝送に失敗したデータユニットをシーケンス番号で特定・識別することができず,データユニットの送信と同期して送信されないと伝送の失敗したデータユニットの再送をすることができないという点において,「TSNステータスレポートメッセージ」の送信のために用いられる伝送方法よりも,「信頼性」の低い伝送方法であると認められる。

(エ) そして,前記ア(イ)記載のとおり,本願補正発明における「伝送方法の信頼性の高低」には,ACK又はNACKが1ビットでシーケンス番号が付加されず,それをデータユニットに対し同期で送る方法は,フィードバックの遅延や一部の欠損による時間的な不整合が発生すると,再送すべきデータユニットについてフィードバック情報が正しく伝達されないのに対し,ステータスメッセージがシーケンス番号を含み,それをデータユニットに対し非同期で送る方法は,フィードバックの遅延や時間的な不整合が発生しても,再送すべきデータユニットに係るフィードバック情報が正しく伝達されるという信頼性の高低を含むから,引用発明の構成は,本願補正発明における相違点2に係る構成に含まれるものと認められる。

したがって,引用発明においては,TSNステータスレポートメッセージの伝送にはACK/NACKの伝送よりも信頼性の高い伝送方法が利用されているものと認められるから,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でないとした本件審決における判断に誤りはない。

(3)  原告の主張について

ア 取消事由1-1(引用発明の技術内容の誤認(②の判断の誤り))について

(ア) 原告は,本件審決が「引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,複数回再送され得るものである」と認定し,かかる認定に基づき,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でない旨判断したのは誤りである旨主張する。

ところで,本件審決は,刊行物1の[0050]の記載に照らせば,引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,TTIの第2及び第3スロットの2つのタイムスロットで送信され,[0044],[0051],[0052],[0055],図7及び図8の記載に照らせば,複数回再送され得るものであることは当業者に自明であるとするものである(審決書15頁5行ないし8行)。

ここで,引用発明において,TSNステータスレポートメッセージが,TTIの第2及び第3スロットの2つのタイムスロットで送信されるものであることは,前記2(2)記載のとおりである。

しかしながら,本件審決の挙げる刊行物1の[0044] ,[0051],[0052],[0055],図7及び図8には,「TSNステータスレポートメッセージが複数回再送され得るものであること」についての記載はない。また,これらの記載が開示するのは,「TTIの第2及び第3タイムスロットは,CQIフィールド又はTSNフィールドのどちらかのために使用され,CQIフィールドの伝送のために使用されていないときは,TSNフィールドのために使用し得る」ということにとどまり,引用発明においてTSNステータスレポートメッセージが複数回再送されるものであることや,あるいは,複数回再送され得るものであることを開示しているとは認められない。さらに,TSNステータスレポートメッセージが複数回再送され得るものであることについて刊行物1に記載も示唆もないにもかかわらず,これが当業者にとって自明であったと認めるに足りる証拠はない。

以上によれば,本件審決の挙げる刊行物1の上記記載から,「引用発明のTSNステータスレポートメッセージが複数回再送され得るものであることが当業者にとって自明である」と認めることはできないから,本件審決における引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,複数回再送され得るものであるとの認定は誤りであるというべきである。

しかしながら,前記(2)記載のとおり,引用発明において,「ACK/NACK」の送信のために用いられる伝送方法は,伝送に失敗したデータユニットをシーケンス番号で特定・識別することができず,データユニットの送信と同期して送信されないと伝送の失敗したデータユニットの再送をすることができないという点において,「TSNステータスレポートメッセージ」の送信のために用いられる伝送方法よりも,「信頼性」の低い伝送方法であると認められ,これは本願補正発明における相違点2に係る構成に含まれるものと認められるから,本件審決が,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でないとした判断に誤りはなく,「引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,複数回再送され得るものである」との認定の誤りは,本件審決の結論に影響しないものである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(イ) 原告は,本件審決は「引用発明のTSNステータスレポートメッセージは,ACK/NACKをバックアップするものであること」を理由に,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でない旨判断したが,引用発明のTSNステータスレポートメッセージがACK/NACKをバックアップするものであることは,TSNステータスレポートメッセージに,より信頼性の高い伝送方法を用いるようにすることを記載又は示唆するものではないから,本件審決における上記判断は誤りである旨主張する。

引用発明において,TSNステータスレポートメッセージが,ACK/NACKをバックアップするものであることは,直ちに,TSNステータスレポートメッセージの伝送方法に,ACK/NACKの伝送方法よりも信頼性の高い伝送方法が用いられることを意味しないことは,原告が指摘するとおりである。

しかしながら,刊行物1の記載によれば,引用発明においては,「ACK/NACK」と「TSNステータスレポートメッセージ」とでは,「TSNステータスレポートメッセージ」を「ACK/NACK」よりも,フィードバック情報としての信頼性が高いものと位置付けているものと認められるところ,これは,「ACK/NACK」が,伝送シーケンス番号(TSN)を有さず,データユニットの送信と同期して送信されるものであるのに対し,「TSNステータスレポートメッセージ」は,伝送シーケンス番号(TSN)を有することで,欠落したTSNに対応したデータユニットを特定することができ,データユニットの送信と同期して送信される必要がなく,データユニットの送信から遅延して送信されたとしても,再送信すべきデータユニットを特定することができることによるものであると認められるから,かかる点において,「ACK/NACK」の送信のために用いられる伝送方法は,「TSNステータスレポートメッセージ」の送信のために用いられる伝送方法よりも,「信頼性」の低い伝送方法であると認められることは,前記(2)イ記載のとおりである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(ウ) 原告は,刊行物1においては,「伝送ステータスフィールド」,「チャネル修飾識別子(CQI)フィールド」及び「TSNフィールド」を含む「アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)」を1つのチャネルとして定義していることは明らかであり,1つのチャネル上で同じ信号が再送されるかされないかは,通常,チャネルの定義に影響を及ぼすことではないから,引用発明において,「TSNフィールド」が「伝送ステータスフィールド」とは別のチャネルであるとは判断せず,「第1無線チャネル」,「第2無線チャネル」という相違点2に係る本願補正発明の構成を容易に想起し得るとはいえない旨主張する。

しかしながら,引用発明において,「伝送ステータスフィールド」及び「TSNフィールド」の伝送に用いられる「アップリンク専用物理制御チャネル-高速(DPCCH-HS)」は,個々のTTIの中に異なるタイムスロット(第1ないし第3タイムスロット)を有し,ACK/NACKを伝送する「伝送ステータスフィールド」は,TTIの第1タイムスロットで送信され,TSNステータスレポートメッセージを伝送する「TSNフィールド」は,TTIの第2及び第3タイムスロットで送信されるから,ACK/NACKの伝送及びTSNステータスレポートメッセージの伝送において,第1タイムスロットと第2及び第3タイムスロットが共通して用いられることはない。

したがって,引用発明における第1タイムスロットと第2及び第3タイムスロットとは,少なくともデータ伝送の論理チャネルとしては別のチャネルであると認められる。

そして,本願補正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2(2)記載のとおりであって,「無線チャネル」が「物理チャネル」であるか「論理チャネル」であるかを規定しておらず,本件明細書にも,本願補正発明における「無線チャネル」が「物理チャネル」に限定される旨の記載や示唆は存しないから,本願補正発明の規定する「無線チャネル」には,無線通信における「物理チャネル」のみならず「論理チャネル」も含まれるものと認められる。

したがって,当業者において,刊行物1の「TSNフィールド」と「伝送ステータスフィールド」とが別のチャネルであるとは通常判断しないなどとはいえないから,原告の上記主張は理由がない。

イ 取消事由1-2(引用発明の技術内容の誤認(①の判断の誤り))について

(ア) 原告は,本件審決が「引用発明のACK/NACKは,1ビットの情報であるため,誤って解釈される可能性があり,同期フィードバックを前提とするものであって,ACK/NACKシグナリングを伝送する伝送ステータスフィールドの再送はされないことは自明であるから,信頼性の低い伝送方法を利用するものである」と認定し,かかる認定に基づき,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でない旨判断したのは誤りである旨主張する。

しかしながら,刊行物1の記載によれば,引用発明においては,「ACK/NACK」と「TSNステータスレポートメッセージ」とでは,「TSNステータスレポートメッセージ」を「ACK/NACK」よりも,フィードバック情報としての信頼性が高いものと位置付けているものと認められるところ,これは,「ACK/NACK」が,伝送シーケンス番号(TSN)を有さず,データユニットの送信と同期して送信されるものであるのに対し,「TSNステータスレポートメッセージ」は,伝送シーケンス番号(TSN)を有することで,欠落したTSNに対応したデータユニットを特定することができ,データユニットの送信と同期して送信される必要がなく,データユニットの送信から遅延して送信されたとしても,再送信すべきデータユニットを特定することができることによるものであると認められるから,かかる点において,「ACK/NACK」の送信のために用いられる伝送方法は,「TSNステータスレポートメッセージ」の送信のために用いられる伝送方法よりも,「信頼性」の低い伝送方法であると認められることは,前記(2)イ記載のとおりである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(イ) 原告は,引用発明において,ACK/NACKが伝送される伝送ステータスフィールドは1フィールド当たり1ビット程度の情報を含むものであり,TSNステータスレポートメッセージが伝送されるTSNフィールドは1フィールド当たり9ビットの情報を含むものであるが,本願の優先権主張日当時,「同じ時間リソースを用いてより少ない情報量のみを伝送すればよい場合には,伝送される信号は雑音や干渉に対してより強くなり,通信の信頼性はより高まること」は技術常識であったから(甲9),むしろ刊行物1は,引用発明において,1フィールド当たりの所要ビット数のより少ないACK/NACKがTSNステータスレポートメッセージよりも高い信頼性で送信されることを示唆しているともいえる旨主張する。

しかしながら,引用発明においては,ACK/NACKを伝送する「伝送ステータスフィールド」は,TTIの第1タイムスロット(1つのタイムスロット)で送信され,TSNステータスレポートメッセージを伝送する「TSNフィールド」は,TTIの第2及び第3タイムスロット(2つのタイムスロット)で送信され,同じ時間リソースを用いるものではないから,原告の主張する上記技術常識とは,そもそも前提が異なる。

そして,刊行物1の記載によれば,引用発明において,「ACK/NACK」の送信のために用いられる伝送方法は,「TSNステータスレポートメッセージ」の送信のために用いられる伝送方法よりも「信頼性」の低い伝送方法であると認められることは,前記(ア)記載のとおりである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(ウ) 原告は,刊行物1における「信頼性」は,「PDUの再送の信頼性」を意味し,「PDUの再送の信頼性」を向上させるという引用発明の目的は,TSNステータスレポートメッセージの信頼性がACK/NACKの信頼性と変わらないか,又はやや劣っていても達せられるから,引用発明において,本願補正発明のような「ACK/NACKの信頼性はさておいてステータスメッセージの信頼性をACK/NACKよりも高くする」という構成を容易に着想し得ない旨主張する。

しかしながら,引用発明において,「ACK/NACK」の送信のために用いられる伝送方法は,伝送に失敗したデータユニットをシーケンス番号で特定・識別することができず,データユニットの送信と同期して送信されないと伝送の失敗したデータユニットの再送をすることができないという点において,「TSNステータスレポートメッセージ」の送信のために用いられる伝送方法よりも,「信頼性」の低い伝送方法であると認められるところ,かかる点における「信頼性」の高低は,本願補正発明における相違点2に係る構成に含まれるものと認められることは,前記(2)イ記載のとおりである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

ウ 取消事由1-3(本願補正発明の特徴の認定の誤り)について

原告は,本件明細書の記載によれば,本願補正発明の特徴は,フィードバックの同期/非同期よりも,むしろ,「無線状態」に関して再送を考慮しない個々のメッセージの信頼性の高低を実現することを指向したものであると認定されるべきであるとして,当業者において,刊行物1における「タイムスロット」や「フィールド」を,「チャネル」と再定義したとしても,物理層において1つの物理チャネルに集約される複数の「論理チャネル」を導くにすぎず,相違点2に係る本願補正発明の構成は,送受信機間の物理的な「無線状態」に関する信頼性の高低に着目した引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得る範囲を超えている旨主張する。

しかしながら,本願補正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,ACKあるいはNACKを送信機に送信する第1無線チャネルとステータスメッセージを送信機に送信する第2無線チャネルについて「前記第1無線チャネルは,前記第2無線チャネルよりも信頼性の低い伝送方法を利用する」というものであって,無線チャネルで利用される「伝送方法」のうち,「無線状態」に関する信頼性の高低のみ特に規定したものであるとは認められない。

また,本件明細書には,本願補正発明が「無線状態」に関する信頼性の高低のみを特に指向したものであることを示す記載や示唆は存しない。

したがって,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載に基づかないものであるといわざるを得ず,原告の上記主張は理由がない。

エ 取消事由1-4(周知技術の認定の誤り(③の判断の誤り))について

原告は,本件審決における「NACKが誤ってACKと解釈されることによる問題を解決するために送信するRevert情報をNACKよりも高い電力で送信することは周知であること(例えば,甲5,6)にも鑑みれば,相違点2は当業者が容易に想到し得ることにすぎない」旨の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら,上記の判断の当否にかかわらず,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でないとした本件審決における判断に誤りがないことは,前記(2)記載のとおりである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(4)  小括

以上のとおり,本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性判断の誤りをいう原告主張の取消事由1は理由がない。

4  取消事由2(手続違背)について

(1)  原告は,本件審決における本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性判断は,実質的には,引用発明に甲5及び甲6に記載の公知技術を適用すれば相違点2に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得るとするものであるとして,本件審決における上記判断は,本件審決前に出願人に対して提示されたいずれの公知文献とも異なる引用文献を用いた新たな理由をもって,本願補正発明の進歩性を否定するものであるといえるから,本件審判手続には,特許法159条2項が準用する同法50条の規定する出願人の防御権の保障を欠いた手続違背があるというべきである旨主張する。

しかしながら,そもそも,拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求と同時にされた補正を却下するにつき,拒絶理由を通知しなければならないものとは規定されていない(特許法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項による却下の決定をする場合において,同法159条2項において読み替えて準用する同法50条ただし書)。

また,この点を措いても,審決書によれば,本件審決において,甲5及び甲6は,「Revert情報をNACKよりも高い電力で送信する」という周知技術を示す文献として挙げられたものにすぎず,「NACKが誤ってACKと解釈されることによる問題を解決するために送信するRevert情報をNACKよりも高い電力で送信することは周知であること(例えば,甲5,6)にも鑑みれば,相違点2は当業者が容易に想到し得ることにすぎない」旨の判断も,引用発明に甲5及び甲6に記載の公知技術を適用することを述べたものであるとは解されないから,原告の上記主張はその前提において理由がない。

さらに,本件審決における上記判断の当否にかかわらず,本願補正発明と引用発明との相違点2は格別でないとした本件審決における判断に誤りがないことは,前記3(2)記載のとおりである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(2)  原告は,本件審決における本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性の判断は,引用発明においては,ACK/NACKが再送されないのに対してTSNステータスレポートメッセージは複数回再送され得るものであることに基づくものであるが,上記論旨は,平成25年6月21日付け審尋(甲20)の論旨,すなわち,ステータスメッセージがバックアップとしての機能を持つことに基づく論旨とは,実質的に異なるものであるにもかかわらず,本件審決における上記論旨について意見を述べる機会も補正の機会も与えないまま本件審決をした点において,本件審判手続は,特許法159条2項が準用する同法50条の規定する出願人の防御権の保障を欠いた手続違背があるというべきである旨主張する。

しかしながら,そもそも,拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求と同時にされた補正を却下するにつき,拒絶理由を通知しなければならないものとは規定されていないことは,前記(1)記載のとおりであって,本件補正を却下するにつきその理由を通知しなかった点に手続違背と評されるべき点はない。

なお,本願発明については,原告に対し,刊行物1に記載された発明に基づいて新規性を欠如するとの拒絶理由及び刊行物1に基づいて進歩性を欠如するとの拒絶理由が通知され(甲15),原告には,かかる拒絶理由に対して意見を述べる機会が与えられていた(甲16)のであるから,本件審決が,本件補正を却下した上で,本願発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした点にも,手続違背と評されるべき点はない。

原告は,本件審決における本願補正発明と引用発明との相違点2に係る容易想到性の判断の論旨は,平成25年6月21日付け審尋(甲20)の論旨と実質的に異なるとして,この点を問題とするが,上記審尋は,審査官による前置審査(特許法162条)において作成された前置報告書(同法164条3項)を提示し,これに対する意見を述べる機会を与えるものであって(なお,実際に,原告は,回答書(甲21)において,本願補正発明は,刊行物1に記載された発明を主引用発明とした進歩性の欠如により,特許出願の際,独立して特許を受けることができないものである旨の前置報告書の内容に対して意見を述べている。),前置報告書の提示は,拒絶理由の通知とは異なるものである。したがって,上記審尋の内容と審決の判断内容とに異なる点があったからといって,これを通知し,意見書を提出する機会を与えなければならないというものではない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(3)  小括

以上によれば,本件審判手続の手続違背をいう原告主張の取消事由2は理由がない。

第5結論

以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 田中芳樹 裁判官 柵木澄子)

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