大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10132号 判決 2015年3月26日

原告

訴訟代理人弁護士

宮嶋学

高田泰彦

柏延之

訴訟代理人弁理士

勝沼宏仁

中村行孝

横田修孝

浅野真理

小島一真

被告

昭和化成工業株式会社

被告

株式会社カネカ

被告ら訴訟代理人弁護士

平野惠稔

森本祐介

被告ら訴訟代理人弁理士

池内寛幸

李慶華

主文

1  特許庁が無効2013-800196号事件について平成26年4月14日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同じ。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  被告らは,平成19年2月15日,発明の名称を「硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物およびそれを用いた硬質医療用部品」とする特許出願(特願2007-35201号。以下「本件出願」という。)をし,平成25年6月14日,設定の登録(特許第5291294号)を受けた(請求項数7。甲34)。以下,この特許を「本件特許」という。

(2)  原告は,平成25年10月9日,本件特許の全てである請求項1ないし7に係る発明についての特許無効審判を請求した。

(3)  特許庁は,上記審判請求を無効2013-800196号事件として審理し,平成26年4月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。

(4)  原告は,平成26年5月23日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。以下,請求項1ないし7に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明7」といい,併せて「本件発明」という。また,本件発明に係る明細書(甲34)を「本件明細書」という。

【請求項1】

塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物であって,

JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質であることを特徴とする硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。

【請求項2】

前記組成物は,さらにシラン化合物が0.2~7重量部配合されており,前記可塑剤がシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤であり,前記シラン化合物が3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン及びビニルトリエトキシシランから選択される少なくとも1つである請求項1に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。

【請求項3】

前記可塑剤は,アルキルスルホン酸系可塑剤,又は,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤の両方である請求項1に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。

【請求項4】

前記組成物は,さらにシラン化合物が0.2~7重量部配合されている請求項1又は3に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。

【請求項5】

前記シラン化合物は,モノアルコキシシラン化合物,ジアルコキシシラン化合物,トリアルコキシシラン化合物,及びテトラアルコキシシラン化合物から選択される少なくとも一種である請求項4に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。

【請求項6】

前記樹脂組成物は,γ線照射前後のΔYIが20以下である請求項1~5のいずれか1項に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。

【請求項7】

請求項1~6のいずれか1項に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物を成形加工してなる硬質医療用部品。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,①本件発明1は,本件出願前に日本国内又は外国において頒布された,下記アの甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と相違するものであって,甲1発明ではないから,特許法29条1項3号に該当するものではない,②本件発明は,当業者が,甲1発明に,下記イ~タの甲2~9,10の1・2,甲11~16記載の事項を組み合わせることで容易に発明をすることができたものということはできず,特許法29条2項に該当するものではない,③本件発明は,当業者が,下記イの甲2に記載された発明(以下「甲2発明」という。)に,下記ア,ウ~ツの甲1,3~9,10の1・2,甲11~17,18の1・2記載の事項を組み合わせることで容易に発明をすることができたものということはできず,特許法29条2項に該当するものではない,④本件発明は,当業者が,下記ウの甲3に記載された発明(以下「甲3発明」という。)に,下記ア,イ,エ~ニの甲1,2,4~9,10の1・2,甲11~17,18の1・2,甲19~22記載の事項を組み合わせることで容易に発明をすることができたものということはできず,特許法29条2項に該当するものではない,⑤本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項1号に規定する要件(以下「実施可能要件」という場合がある。)に適合する,⑥本件特許の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という場合がある。)に適合するから,本件発明に係る本件特許を無効とすることはできない,というものである。

ア 甲1:国際公開2003/029339号公報

イ 甲2:特開2001-207002号公報

ウ 甲3:特開2007-2138号公報

エ 甲4:特開平7-102142号公報

オ 甲5:特開平2-43245号公報

カ 甲6:特表2006-508220号公報

キ 甲7:特公平5-75782号公報

ク 甲8:特公昭62-10535号公報

ケ 甲9:「プラスチックス」株式会社工業調査会発行,2004年5月号(Vol.55,No.5 第 85-94 頁)

コ 甲10の1・2:平成25年3月1日付けで特許庁に提出された刊行物等提出書及びその参考資料

サ 甲11:特開2004-323756号公報

シ 甲12:特開2004-131674号公報

ス 甲13:特開2000-302931号公報

セ 甲14:特公昭62-10257号公報

ソ 甲15:特開平5-98109号公報

タ 甲16:特開昭59-8744号公報

チ 甲17:特開2005-40397号公報

ツ 甲18の1・2:「Hexamoll DINCH(1,2-ジイソノニルシクロヘキサンジカボキシレート)」の製造・販売を行っているドイツのBASF社の2006年10月11日付けニュースリリース及びその日本語版

テ 甲19:「ふっ素樹脂ハンドブック」日本弗素樹脂工業会,1980年6月初版,2011年11月改訂12版の抜粋

ト 甲20:「ふっ素樹脂ハンドブック」日刊工業新聞社,1990年11月30日初版第1刷の抜粋

ナ 甲21:1999年12月30日付け「欧米におけるフタル酸エステル使用削減の動き」と題するインターネット上のウェブサイトの記事

ニ 甲22:「Technical Data Sheet Hexamoll(R)DINCH」と題する2005年12月にBASF社により発行されたDINCHの使用説明書

(2)  本件審決が認定した甲1発明及び本件発明1と甲1発明との対比は,次のとおりである。

ア 甲1発明

可塑剤としてのシクロヘキサンポリカルボン酸エステルをベースとするポリ塩化ビニル組成物であって,

フタル酸エステル可塑剤をベースとする組成物と同等のショア硬度および引張強度を有し,

フタル酸エステル可塑剤を使用する場合よりも必要とするポリ塩化ビニルの量が少なく,

ポリ塩化ビニル100部につき10~40部の可塑剤を含有し,

パイプ,幾つかのワイヤおよびケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される,

半硬質ポリ塩化ビニル樹脂組成物。

イ 本件発明1と甲1発明との対比

(ア) 一致点

塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を10重量部以上15重量部以下配合してなる組成物である,

塩化ビニル系樹脂組成物。

(イ) 相違点

a 相違点1

本件発明1は,「硬質医療用」と規定しているのに対し,甲1発明は,具体的用途として「血液バッグならびに医療用チューブ」の製造に使用される半硬質と規定しているのみで「硬質医療用」との規定を有していない点。

b 相違点2

本件発明1は,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」と規定しているのに対し,甲1発明は,そのような規定を有していない点。

(3)  本件審決が認定した甲2発明及び本件発明1と甲2発明との対比は,次のとおりである。

ア 甲2発明

1,2-シクロヘキサンジカルボン酸若しくはその無水物と,炭素数9の分岐鎖のアルコールを必須成分とする炭素数4~13の脂肪族一価混合アルコールとをエステル化反応して得られる1,2-シクロヘキサンジカルボン酸ジエステルであって,前記脂肪族一価混合アルコール中の炭素数9の分岐鎖のアルコールの含有率が70~97重量%であり,炭素数9の分岐鎖のアルコール以外のアルコールの含有率が3~30重量%である

1,2-シクロヘキサンジカルボン酸ジエステルを含有する塩化ビニル系樹脂組成物において,

1,2-シクロヘキサンジカルボン酸ジエステルの含有量は,塩化ビニル系樹脂100重量部に対し,1~100重量部であり,

該組成物を成形体に用いる,

塩化ビニル系樹脂組成物。

イ  本件発明1と甲2発明との対比

(ア) 一致点

塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を1重量部以上15重量部以下配合してなる,

塩化ビニル系樹脂組成物。

(イ) 相違点

a 相違点1

本件発明1は,「硬質医療用」と規定しているのに対し,甲2発明は,そのような規定を有していない点。

b 相違点2

本件発明1は,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」と規定しているのに対し,甲2発明は,そのような規定を有していない点。

(4) 本件審決が認定した甲3発明及び本件発明1と甲3発明との対比は,次のとおりである。

ア  甲3発明

塩化ビニル系樹脂100重量部およびEACO1~40重量部を含有し,JIS K7215で規定されるショアーD硬度が75°以上であることを特徴とする耐放射線性に優れた硬質塩化ビニル系樹脂組成物において,

ショアーD硬度を75°以上を維持する範囲で,可塑剤を,塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,15重量部以下含有し,

該組成物は,血液バッグ,輸液バッグ,廃液バッグ,輸液セット,輸血セット,成分採血システム,白血球除去フィルター,血液回路システム,人工透析回路,人工心肺システム,翼付針などの機械器具の連結部品,バルブ,サイドキャップなどとして使用される部品,あるいは真空採血管,注射器に使用される,

硬質塩化ビニル系樹脂組成物。

イ  本件発明1と甲3発明との対比

(ア) 一致点

塩化ビニル系樹脂100重量部に対して可塑剤を1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物である,

硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。

(イ) 相違点

a 相違点1

本件発明1は,可塑剤を「シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤」から選択されると規定しているのに対し,甲3発明は,そのような規定を有していない点。

b 相違点2

本件発明1は,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」と規定しているのに対し,甲3発明は,「JIS K7215で規定されるショアーD硬度が75°以上である」と規定している点。

4  取消事由

(1)  甲1発明の新規性判断の誤り(取消事由1)

(2)  甲1発明の進歩性判断の誤り(取消事由2)

(3)  甲2発明の進歩性判断の誤り(取消事由3)

(4)  甲3発明の進歩性判断の誤り(取消事由4)

(5)  実施可能要件及びサポート要件に関する判断の誤り(取消事由5)

第3当事者の主張

1  取消事由1(甲1発明の新規性判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決は,甲1発明を前記第2の3(2)アのとおり認定し,同認定を基に,本件発明1と対比し,前記第2の3(2)イのとおり,一致点並びに相違点1及び2を認定した上で,甲1には,半硬質組成物の具体的用途としての物品の例示として血液バッグ及び医療用チューブとの記載があるが,それが硬質医療用であるとの記載もないし,一般に血液バッグや医療用チューブは硬質なものではなく,また,甲1には,本件発明1において規定される「硬質医療用組成物」の具体的な物品として例示される「血液バッグ,輸液バッグ…の連結部品,バルブ,サイドキャップなどとして使用される部品」(本件明細書の段落【0049】)に相当する物品が例示されてもいないことからすると,本件発明1は甲1発明と相違点1において相違するものであるから,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明ではない,と判断した。

しかし,以下のとおり,本件審決による甲1発明の認定には誤りがあり,その甲1発明の認定を前提とする一致点及び相違点の認定にも必然的に誤りがあり,さらに,そこで認定された相違点1を実質的な相違点であるとした判断にも誤りがあり,かつ,これらの誤りはいずれも審決の結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は取消しを免れない。

(1) 甲1発明の認定の誤り

本件審決は,半硬質ポリ塩化ビニル樹脂組成物である甲1発明の用途を「パイプ,幾つかのワイヤおよびケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される」と認定した。

しかし,甲1には,「半硬質組成物は,典型的には,パイプ,幾つかのワイヤおよびケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される。…シクロヘキサンポリカルボン酸エステルは,血液バッグおよび医療用チューブなどの医療用物品の製造,ならびにおもちゃおよびボトルキャップやフィルムなどの食品接触用材料において特に有用であり」(訳文3頁9~15行)と記載されているように,甲1において,血液バッグ及び医療用チューブは医療用物品の単なる例示にすぎない。また,甲1には,「ポリ塩化ビニルはまた,血液バッグ,チューブおよびボトルキャップなどの医療用途でも使用され,更なる使用としては,履き物,パイプならびに樋材および布コーティングなども挙げられる。」(訳文1頁9~11行)と記載されていることから,甲1記載の「医療用物品」には,ボトルキャップのような硬度の比較的高いものも当然に含む趣旨と解釈するのが当然である。

したがって,甲1発明の用途は,より広く「医療用物品の製造,並びにおもちゃ及び食品接触用材料において用いられる」と認定すべきであるから,本件審決の甲1発明の認定は誤りである。

(2) 一致点及び相違点の認定の誤り

前記(1)のとおり,本件審決は,甲1発明を不当に狭く認定した誤りがあるから,それを前提とする一致点・相違点の認定にも誤りがある。すなわち,本件発明1と甲1発明との一致点は,「塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を10重量部以上15重量部以下配合してなる医療用組成物である,塩化ビニル系樹脂組成物」と認定されるべきであり,相違点1は,「甲1発明が「半硬質」と表現されているのに対し,本件発明1は「硬質」と表現されている点」と認定されるべきである。

(3) 相違点についての判断の誤り

ア 相違点1について

前記第2の3(2)ア及び前記(1)のとおり,甲1には「塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を10重量部以上40重量部以下配合してなる医療用組成物」が開示されているから,本件発明1と甲1発明との違いは「硬質」,「半硬質」という用語の違いのみである。

しかし,甲24の「塩化ビニル製品を配合により大別すると軟質,半硬質,硬質に分けられ,大体塩化ビニル樹脂100部に対し可塑剤が,軟質は50~100部,半硬質は20~30部,硬質は0~10部配合されているが厳密な区分ではない」との記載からも明らかなとおり,「硬質」,「半硬質」,「軟質」という堅さを表す用語は明確な定義があるわけではなく,特に上記区分のいずれにも当てはまらない可塑剤の添加量が10~20部の塩化ビニル製品は,ケースバイケースで「硬質」,「半硬質」いずれかとして表現されることがある(甲3,25~28)。本件においても,本件発明1では可塑剤の配合量1~10部の領域と併せて10~15部の領域も「硬質」と表現され,甲1発明では15~40部の領域と併せて10~15部の領域も「半硬質」と表現されているとの違いがあるにすぎず,同じく可塑剤DINCH(ジイソノニルシクロヘキシルジカルボキシレート)を10~15部配合した,本件発明1の「硬質」塩化ビニル樹脂組成物と,甲1発明の「半硬質」塩化ビニル樹脂組成物との間に「物」としての違いはない。

したがって,相違点1は実質的な相違点ではないから,この点に関する本件審決の判断は誤りである。

イ 相違点2について

ポリ塩化ビニルの硬さが可塑剤の配合量によって決まり,その用途(対象製品において必要とされる硬度)に応じてその添加量は適宜調整されるというのは技術常識である(甲2,24~28)。本件明細書にも,「シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を塩化ビニル系樹脂100重量部に対して1~15重量部以下の範囲で配合する。この範囲であれば,硬質医療用部品に要望される硬さを確保できる」(段落【0023】)との記載があるが,本件発明における「硬質」とは,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが35°以上である」ことを意味するから(段落【0018】),上記可塑剤のみを1~15重量部配合する場合には,特段の事情がない限り,「ロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」との要件を充足するものと考えられる。そして,可塑剤を本件発明1の上限である15重量部加えた実施例2及び4では,その硬度はそれぞれ68.0°及び74.7°であり,いずれも「ロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」という要件を充足する。したがって,甲1発明においてシクロヘキサン酸エステル系可塑剤,特にDINCH(これは,実施例2の可塑剤と完全に一致する)を10~15重量部用いた場合には,本件発明1の構成要件である「ロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」との要件を充足する。

以上によれば,甲1発明は,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」との構成要件を充足するから,相違点2は実質的な相違点ではない。

〔被告らの主張〕

(1) 甲1発明の認定について

甲1には,「本発明は,ポリ塩化ビニル100部につき10~40部…の可塑剤を典型的に含有する半硬質ポリ塩化ビニル組成物の生成に適用可能である。」(訳文3頁2~4行),「半硬質組成物は,典型的には…血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される。」(訳文3頁9~10頁)と記載されているから,本件審決が,甲1発明をその用途も含めて前記第2の3(2)アのとおり認定したことに誤りはない。

原告は,甲1の訳文3頁9~15行及び1頁9~11行には,甲1発明の半硬質組成物の用途として「ボトルキャップ」のような硬度の比較的高い医療用物品が記載されているから,本件審決の甲1発明の用途に関する認定は狭きに失し誤りである旨主張する。しかし,甲1の上記箇所には,従来技術として,フタル酸エステル類等の可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂の一般的な用途例が記載されているにすぎない。したがって,上記記載は,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤等の可塑剤を10~40重量部含むポリ塩化ビニル樹脂組成物についての用途例ではないから,原告の上記主張は失当である。

(2) 一致点及び相違点の認定について

本件審決は,甲1の「半硬質組成物は,典型的には…血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される。」(訳文3頁9~10頁)との記載に基づいて甲1発明を認定しており,その認定に誤りはない。加えて,甲1には「硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物」については記載も示唆もされておらず,また,後記(3)アのとおり,「硬質医療用塩化ビニル系樹脂」には「耐γ線性」という特有の課題があったから,「半硬質」と「硬質」は本質的な相違である。

したがって,本件審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。

(3) 相違点についての判断について

ア 相違点1について

甲1に「半硬質組成物は,典型的には…血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される。」(訳文3頁9~10頁)と記載された「血液バッグならびに医療用チューブ」は,本件明細書の段落【0003】に記載されているとおり,むしろ「軟質」に属するものである。そして,本件明細書の段落【0008】に記載されているとおり,軟質塩化ビニル系樹脂組成物は,γ線照射による変色問題を解決でき,耐放射線性に優れた素材として現在好適に使用されているのに対して,硬質塩化ビニル系樹脂組成物は,変色課題を解決できておらず,硬質医療用部品には耐γ線性が比較的良好なポリカーボネート樹脂やオレフィン樹脂等が使用されている。このように,「硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物」には「耐γ線性」という特有の課題があったから,塩化ビニル系樹脂組成物において,「硬質」と「半硬質」は本質的な相違である。加えて,甲1にはシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤等の可塑剤を10~40部含有する「半硬質」ポリ塩化ビニル系樹脂組成物と記載されていることから,甲1に接した当業者であれば,ポリ塩化ビニル系樹脂組成物の硬さを「硬質」ではなく「半硬質」にすると理解する。

したがって,本件審決がした相違点1に関する判断に誤りはない。

イ 相違点2について

原告は,甲1発明のシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤添加量は本件発明1と共通し,その結果,甲1発明のロックウェル硬さも本件発明1と共通することとなるから,相違点2は実質的な相違点ではない旨主張する。

しかし,可塑剤の配合量が同じであっても,可塑剤の種類,他の添加物の種類及び配合量等によって,塩化ビニル系樹脂組成物のロックウェル硬さが異なることは当然である。塩化ビニル系樹脂組成物のロックウェル硬さは,可塑剤の配合量によって決まるものではなく,塩化ビニル系樹脂組成物の組成によって決まる。

そして,甲1には,「半硬質組成物」と記載され,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤のみを10~15重量部添加するのではなく,その他の可塑剤や安定剤等の添加物を添加することが記載されているから,甲1に接した当業者であれば,技術常識として,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤以外の可塑剤や安定剤等を添加して「半硬質」にするものであると当然に理解する。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(4) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(甲1発明の進歩性判断の誤り)について

〔原告の主張〕

仮に本件審決の認定した相違点1が実質的な相違点として存在するとしても,以下のとおり,甲1発明その他公知技術を基に本件発明1の構成に至ることは極めて容易であるから,本件発明1に進歩性を認めた本件審決の判断は誤りであり,かつ,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は取消しを免れない。

(1) 甲1発明を基に本件発明1の構成に想到することが容易であること

甲1の出願がされた当時,フタル酸エステル系塩化ビニル用可塑剤は内分泌攪乱化学物質等のリスクから厳しい規制の対象とされ,特に高い安全性が求められる医療用途において,これに代わる新しい塩化ビニル系樹脂用可塑剤の開発は急務であった(甲17,21)。甲1は,このような背景において,DOP等のフタル酸エステル系可塑剤が有していた毒性の問題のない代替可塑剤としてDINCH等のシクロヘキサンポリカルボン酸エステルを提唱するものであるから,DOP等が可塑剤として用いられてきたあらゆる塩化ビニル系樹脂製医療用器具についてDINCHを代替利用することは,当業者であれば容易に思いつくことである。また,DOP等のフタル酸エステル系可塑剤が用いられてきたポリ塩化ビニル製の医療用器具としては,可塑剤の配合量が5~100重量部(本件発明1と重複する範囲でいえば,5~15重量部)の範囲で,硬質から軟質まで様々な硬度のものが存在し(甲4の段落【0011】,【0012】),その全てについて安全性の高い代替可塑剤が求められていた。そして,遅くとも2006年10月には,DINCHが従来のフタル酸エステル系可塑剤の代替可塑剤として必要な性能を備える上,あらゆる毒性試験で安全性が確認され,特に医療用途等のデリケートな用途に極めて適しており,現に世界市場において医療用器具に関してもDINCHが広く浸透していく流れとなっていた(甲18の1・2,甲46,47)。

以上のような本件出願日までの背景事情に照らせば,甲1記載のDINCHをはじめとするシクロヘキサンポリカルボン酸エステルについては,血液バッグ及び医療用チューブに限らず,可塑剤の配合量が5~15重量部のポリ塩化ビニル製医療用器具においても,これを用いる十分な動機付けが存在するのであって,仮に本件審決の認定した相違点1が実質的な相違点として存在するとしても,甲1発明その他公知技術等を基に本件発明1の構成に至ることは極めて容易である。

(2) 本件審決の相違点1に関する容易想到性の判断の誤り

本件審決は,甲1には,半硬質組成物の具体的用途として血液バッグ及び医療用チューブとの記載はあるが,「硬質医療用」との記載はないこと,甲1には,シクロヘキサンポリカルボン酸エステルがポリ塩化ビニル組成物中で可塑剤として使用される際に,紫外線安定性の向上をもたらすとの記載があるが,紫外線安定性と医療用で要求される耐γ線性とは異なるから,この記載をもって,当業者が,甲1発明を硬質医療用途に使用することが容易になし得るということはできないこと,甲1には,紫外線安定性の向上を意図した場合,可塑剤を20重量部以上配合した樹脂組成物とすることが好ましいことが記載されているから,甲1発明を硬質医療用に用いることには阻害要因があり,甲1発明から本件発明1を想到することは当業者といえど容易になし得ることではないこと,硬質医療用組成物でありながら耐γ線性に優れているという本件発明1が有する効果を予測することも困難であるから,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明に甲2~16に記載の事項を組み合わせることで容易に想到できるものではない,と判断した。

ア しかし,前記1の取消事由1の〔原告の主張〕(3)アのとおり,塩化ビニル系樹脂の硬度について,「硬質」,「半硬質」の用語には明確な定義は存在せず,本件明細書においても「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが35°以上であれは,硬質を意味する。」(段落【0018】)とされている。そして,本件明細書に記載のDINCHを15部以上含む実施例においてもロックウェル硬さが35°を大きく上回っていることを考慮すると,甲1において「半硬質」と規定される可塑剤10~40部を配合する範囲は,本件発明の「硬質」と規定するロックウェル硬さ35°以上の範囲と相当程度重複していることは明らかである。

イ また,可塑剤は,プラスチックを可塑化させるために配合されるものであって,耐放射線性は副次的な機能にすぎず,また耐放射線性の問題は可塑剤のみならず安定剤等によって主に解決が図られるものであるから,耐放射線性が分からなければ可塑剤として使う動機付けがないことにはならない。例えば,輸液セット(甲46)のように,チューブ等の比較的軟質の部材も,それらを接続するコネクター等の硬質の部材も同じ可塑剤を用いることが一般的であり,硬度に応じて可塑剤の種類を変えなければならないという技術常識もないから(甲3,4,46),甲1に基づいてDINCHを硬質医療用に用いることは,当業者であれば容易である。仮にDINCHという可塑剤の副次的な機能として耐γ線性が優れていることが本件明細書で初めて開示されたものだとしても,それはDINCHに内在する性質を発見したにすぎず,従来の技術では容易に想到できなかった構成に係る発明を新たに見出したことにはならない。

そして,遅くとも本件出願前の2006年10月には,耐γ線性が求められる医療用器具にDINCHが用いられていたのであるから(甲18の1・2),使用されている中で耐γ線性についても知られていたと考えるのが合理的である。さらに,紫外線による樹脂崩壊のメカニズムとγ線による樹脂崩壊のメカニズムは同様であるから(甲9),「紫外線安定性に優れていれば耐γ線性も同様に優れている」又は「両者に相関関係がある」という程度の推測は容易に成り立つものであり,甲1の記載からDINCHがDOPより紫外線安定性に優れていることが示されている以上,DINCHが耐γ線性においても優れた性能を備えることが合理的に推測できる。そうすると,DINCHを耐γ線性が求められる分野(硬質医療用器具の用途)に用いることの十分な動機付けとなり得る。

以上によれば,本件審決が,紫外線安定性と医療用で要求される耐γ線性との違いをもって甲1発明に対する動機付けがないと判断したことや,硬質医療用組成物でありながら耐γ線性に優れているという本件発明1が有する効果を予測することが困難であると判断したことは,いずれも誤りである。

ウ さらに,塩化ビニル系樹脂の崩壊メカニズムは紫外線とγ線とで同様とはいえ,野外用途の製品に求められる紫外線安定性と医療用器具に求められる耐γ線性とは,その程度(耐久性)が異なり,そのことは,それらが照射される時間の違いからも明らかである。また,甲1において可塑剤を20重量部以上配合するのが好ましいことが記載されている用途は,屋根材,テント,農業フィルム等,野外に置かれることを想定したものであり,医療用器具とは求められる性能や硬度の程度も異なるから,甲1の上記数値範囲が医療用器具にそのままあてはまると考える根拠もない。また,甲1には,上記数値範囲外(20重量部未満)の使用態様を否定するような記載や根拠となるデータは一切記載されていない。

したがって,甲1の上記記載が,本件発明1に至ることの阻害要因となり得ないことは明らかである。

〔被告らの主張〕

(1) 甲1発明を基にした容易想到性について

原告は,甲42,46,47,18の1・2を引用して,DOP等のフタル酸エステル系可塑剤が有していた毒性の問題のない代替可塑剤として,世界市場において医療用器具に関してもDINCHが広く浸透していく流れとなっていたとの本件出願時までの背景事情の下では,甲1発明その他公知技術等を基に,相違点1に係る本件発明1の構成に至ることは極めて容易である旨主張する。

しかし,甲42,46,47は審判段階では提出されていなかったから,本件審理において公知文献として扱うことはできない。仮にこれらを証拠として考慮するとしても,甲46にはDINCHや耐γ線性等についての記載がなく,甲47にはDINCHの配合量や耐γ線性についての記載がなく,甲42にも耐γ線性についての記載がなく可塑剤の一例としてDINCHが列挙されているのみである。また,甲18の1・2は,DINCHのニュースリリースにすぎず,DINCHの配合量や耐γ線性等の技術的事項については記載も示唆もない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(2) 容易想到性に関する本件審決の判断について

ア 原告は,甲1において「半硬質」と規定される可塑剤10~40部を配合する範囲は,本件発明の「硬質」と規定するロックウェル硬さ35°以上の範囲と相当程度重複している旨主張する。

しかし,前記1の取消事由1の〔被告らの主張〕(3)アのとおり,硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物において,「硬質」と「半硬質」とは本質的な相違であるから,甲1には「硬質医療用」に関する記載はないとした本件審決の認定に誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。

イ 甲1の訳文3頁18~24行の紫外線安定性に関する記載は,主に屋外の日光に起因する耐紫外線劣化の改善についての記載であって,硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物のγ線滅菌による色調変化という本件発明1の有する課題(本件明細書の段落【0005】,【0006】,【0008】)及び同課題を解決することの顕著な効果については,甲1には記載も示唆もない。

また,従来の硬質医療用部品には耐γ線性が比較的良好なポリカーボネート樹脂やオレフィン樹脂が使用されていたのであって,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を1~15重量部配合した硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物の耐γ線性が優れていることは,各公知文献には記載も示唆もない。

ウ そして,甲1には,塩化ビニル系樹脂100重量部に対してシクロヘキサンポリカルボン酸エステル可塑剤を10~40重量部含有させて半硬質樹脂とするが,紫外線安定性を向上させるため,可塑剤の添加量を多くし,可塑剤組成物を20~100重量部含有させることが記載されている。したがって,甲1発明は,本件発明1の可塑剤の含有量1~15重量部とは乖離した方向で紫外線安定性の効果を発揮させているのであり,紫外線安定性の向上を意図する場合,塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を1~15重量部用いた硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物にすることについては阻害要因がある。

(3) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(甲2発明の進歩性判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決は,甲2発明を前記第2の3(3)アのとおり認定し,同認定を基に,本件発明1と対比し,前記第2の3(3)イのとおり,一致点並びに相違点1及び2を認定した上で,甲2には,特定用途に関する記載も示唆もなく,甲1にも,硬質医療用に用いるとの記載も示唆もないから,甲2発明に甲1記載の事項を組み合わせたとしても本件発明1を想到することは当業者にとって容易ではないし,本件発明1の効果を予測することも困難であること,甲3~5,7,8等には,医療用においては耐放射線性が要求されることが記載されているところ,甲3~18にはシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤が塩化ビニル系樹脂100重量部に対して15重量部まで配合された場合において耐放射線性に優れているとの記載がないから,用途限定のない甲2発明を硬質医療用に用いる動機付けはないし,仮に硬質医療用に用いたとしても,得られたものが耐放射線性に優れていることの予測も困難である以上,甲2発明に甲3~18記載の事項を組み合わせることで本件発明1を想定することは当業者といえど容易ではないとして,相違点2について検討するまでもなく,甲2発明及び甲1,3~18に記載された事項に基づいて,本件発明1を想到することは当業者にとって容易ではない,と判断した。

しかし,以下のとおり,本件発明1は甲2発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものであって,本件審決の判断には誤りがあり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は取消しを免れない。

(1) 相違点1について

甲2の段落【0071】,【0072】は,シクロヘキサンジカルボン酸ジエステル系可塑剤を含有する塩化ビニル系樹脂組成物が,段落【0072】に明示された用途に限らず幅広い用途に用いられることを示唆する。これに対し,硬質部材を含め医療用器具において可塑剤を含有する塩化ビニル系樹脂組成物が利用されてきたことは周知の技術である(甲3~5,8,44~46)。また,医療用途であるか否か,医療用に用いられる場合に硬質部材か軟質部材かによって用いる可塑剤を変えなければならない理由はない。そうすると,甲2発明の塩化ビニル系樹脂組成物を硬質医療用途に用いることは当業者が容易になし得るものといえる。

また,甲2発明は,従来汎用されていたDOP等のフタル酸エステル系可塑剤の毒性に対する懸念があるため,新たな代替可塑剤が望まれていたという背景の下で,毒性の心配がなく可塑剤としての性能の総合バランスに優れたシクロヘキサンポリカルボン酸エステル系可塑剤を提供するものである。そして,DOP等のフタル酸エステル系可塑剤に代わる代替可塑剤の必要性は,他の分野と比較して医療分野が突出して大きかった(甲17,48)。また,甲2には,甲2の可塑剤は,DOPと比較して,耐熱性,耐寒性,耐候性等の性能において優れていることが示されている。さらに,甲2には,可塑剤の配合量として,塩化ビニル系樹脂100重量部に対して1~100重量部と記載され,医療用器具に用いる一般的な配合量である5~100重量部(甲4),2~20重量部(甲5),10重量部以下(甲42)と重複している。

以上の事情を考慮すれば,可塑剤の数値範囲としてこれらと重複する1~15重量部の範囲において,甲2の可塑剤含有塩化ビニル系樹脂組成物を硬質医療用として用いる十分な動機付けがあるから,相違点1に関する本件審決の判断は誤りである。

(2) 相違点2について

前記1の取消事由1の〔原告の主張〕(3)イのとおり,本件明細書によれば,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を塩化ビニル系樹脂100重量部に対して1~15重量部配合することにより硬質医療用部品に要望される硬さ(ロックウェル硬さが35°以上の硬質)を確保できる。そして,甲2の可塑剤がシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤に該当することに争いはない。

したがって,甲2発明において可塑剤の配合量を1~15重量部の範囲とした場合に本件発明の「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」という構成を充足することは明らかである。それゆえ,相違点2は実質的な相違点に該当しない。

〔被告らの主張〕

(1) 相違点1について

原告は,硬質部材を含め医療用器具において可塑剤を含有する塩化ビニル系樹脂が利用されてきたことは周知であり,本件発明1の顕著な効果は認められず,医療用部材に用いられる場合に硬質部材と軟質部材とで用いる可塑剤を変えなければならない理由もない旨主張する。

しかし,本件発明は,硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物には耐γ線性という特有の課題があることを見つけたものであって,原告はこのような課題を無視している。甲2発明は,硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物に関するものではなく,実施例には可塑剤が50重量部及び60重量部の例しかなく,軟質成形体やペーストゾルを指向するものであり,本件発明1の進歩性を否定する引用例にはならない。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(2) 相違点2について

原告は,可塑剤が1~15重量部であればロックウェル硬さも35°以上となり,それゆえ甲2発明において可塑剤の配合量を1~15重量部の範囲とした場合に本件発明の硬度要件を充足することは明らかであるから,相違点2は実質的な相違点に該当しない旨主張する。

しかし,前記1の取消事由1の〔被告らの主張〕(3)イのとおり,可塑剤の配合量が同じであっても,可塑剤の種類やその他の添加物の種類や配合量等によってロックウェル硬さは異なり,また,耐γ線性という課題は硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物に特有の課題であるから,硬質と半硬質は本質的な相違である。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(3) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由3は理由がない。

4  取消事由4(甲3発明の進歩性判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決は,甲3発明を前記第2の3(4)アのとおり認定し,同認定を基に,本件発明1と対比し,前記第2の3(4)イのとおり,一致点並びに相違点1及び2を認定した上で,甲3には,硬質医療用においては,耐放射線性が要求されることが記載されているところ,実施例1からEACOだけ除いた比較例1は耐放射線性に劣り,耐放射線性を向上させるためにはフタル酸ジ-2-エチルヘキシル等の特定の可塑剤を用いることが記載されていることからすると,甲3において,耐放射線性に優れた樹脂組成物を可塑剤として選択するとの観点から捉えた場合,ある特定の可塑剤を用いたときに,耐放射線性に優れたものが得られることが理解できるから,甲3にあえて可塑剤として例示すらされていないシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を採用する動機付けはないこと,甲2,4~22において,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を塩化ビニル系樹脂100重量部に対して15重量部まで配合させた場合に,耐放射線性を向上させることができるとの記載がないことからすると,得られたものが耐放射線性に優れていることの予測も困難であるから,相違点2について検討するまでもなく,甲3発明に甲1,2,4~22に記載の事項を組み合わせることで本件発明1を想到することは,当業者といえど容易ではない,と判断した。

しかし,以下のとおり,本件発明1は甲3発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものであって,本件審決の判断には誤りがあり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は取消しを免れない。

(1) 相違点1について

塩化ビニル系樹脂には,これまでフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOP)及びフタル酸ジイソノニル(DINP)に代表されるフタル酸エステル系の塩化ビニル用可塑剤が汎用的に使用されてきたが,化学物質の環境問題がクローズアップされている中で,可塑剤の分野では,非フタル酸エステル系の新しい可塑剤が求められていた。このような背景の中で,塩化ビニル用の可塑剤として開発され,2002年に市場導入されたのがDINCH(甲18の1・2,甲47)であり,DINCHは,医療用途に用いることが推奨されて販売され(甲22),遅くとも本件出願日前の2006年10月の時点で高い安全性が実証されていた(甲18の1・2)。

このように,医療分野を含めたあらゆる分野における塩化ビニル用可塑剤が,DOP等従来のフタル酸エステル系からDINCH(1,2-ジイソノニルシクロヘキサンジカルボキシレート)に置き換わっていくのは,世界的な趨勢からすれば必然の流れであり,甲3発明においてDOP等の従来のフタル酸エステル系可塑剤に代えてシクロヘキサンジカルボキシレート系のDINCHを用いるようにすることも,本件出願日前からの必然の流れであった。

以上のとおり,本件発明1については,その技術的課題や作用効果を検討するまでもなく甲3発明に対して進歩性が認められないことは上記の時代背景から明らかである。

(2) 相違点1に関する本件審決の判断の誤りについて

甲3において,比較例1はEACOが耐放射線性に寄与することを示すのみで,そこで用いられている可塑剤の耐放射線性を示すデータではない。また,特許請求の範囲にも,EACOや安定剤の記載はあるものの,可塑剤は一切記載されていないから,可塑剤は甲3発明において耐放射線性という課題を解決するための必須の構成とはされていない。加えて甲3の段落【0030】には,用いることができる可塑剤の例として,ほとんどの可塑剤が網羅的に記載されているから,耐放射線性に関しては,他の可塑剤に置換可能と考えるのが合理的である。さらにフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOP)を医療用途において規制する方向で,代替可塑剤の開発が急務とされていたことからしても(甲48),DOP等の従来の可塑剤の使用に固執する必然性はない。そして,硬質医療用塩化ビニル系樹脂の分野でDINCHが好適に用いられているのであるから(甲42),甲3発明においてDOP等の従来の可塑剤に代えてDINCHを用いることは極めて容易である。

また,耐放射線性についていえば,前記2の取消事由2の〔原告の主張〕(2)イのとおり,DINCHが本件出願前から医療分野で使用されている中でその耐γ線性についても当然に知られていたと考えるのが合理的であるし,甲1の記載からDINCHが耐γ線性においても優れた性能を備えていることを合理的に推測できるから,DINCHを耐γ線性が求められる分野で用いることの動機付けの一つとなり得る。そして,2006年10月のプレスリリース(甲18の1・2)を契機に,医療分野を含めたあらゆる分野において,従来のフタル酸エステル系からDINCHに置き換わっていくのが必然の流れであったから,当業者が,耐γ線性の測定すらせずにDINCHの使用を断念するとは考え難い。したがって,耐放射線性の観点からも,阻害要因とはならず,むしろ本件発明1の構成を採用する強い動機付けになる。

以上によれば,相違点1に関する本件審決の判断は誤りである。

(3) 相違点2について

ショアーD硬度が75°以上を示すふっ素樹脂のロックウェル硬度は概ね80°以上であり(甲19,20),このようなショアーD硬度とロックウェル硬度との関係は樹脂材料の種類によらず共通であるから,甲3発明の塩化ビニル系樹脂組成物においても,75°以上のショアーD硬度は概ね80°以上のロックウェル硬度に対応する。そうすると,甲3発明の硬質塩化ビニル系樹脂組成物は,本件発明1の「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」との要件を充足するから,相違点2は実質的な相違点に該当しない。

〔被告らの主張〕

(1) 相違点1について

ア 甲3の表1~表3の「実施例1~16」と「比較例1,2,4」とを比較すると,甲3発明は可塑剤と樹脂添加成分である「EACO」を併存させたときに耐γ線性が低く(実施例1~16),可塑剤のみ(比較例1,2,4)では耐γ線性は好ましくない。したがって,甲3において耐γ線性を充足させるにはEACOが必須であり,耐γ線性を充足させるために可塑剤を添加しているのではない。加えて,甲3は,EACOを加えることにより硬質塩化ビニル系樹脂組成物の耐γ線性の課題を解決したものであって,これ以上の改良は不要である。

これに対して本件発明1のシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を含む塩化ビニル系樹脂組成物は,耐γ線性の向上が認められ(表1の実施例1,2と比較例5),可塑剤を選択した技術的利点は明確である。

したがって,甲3に記載のフタル酸-n-エチルヘキシル等の可塑剤をシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤に置換することは困難である。

イ 前記アのとおり,甲3は,EACOを加えることにより硬質塩化ビニル系樹脂組成物の耐γ線性の課題を解決したものである。そして,甲3には「耐放射線性を向上するという観点から,フタル酸ジー2-エチルヘキシル(DEHP),トリメリット酸トリ2-エチルヘキシル(TOTM),トリメリット酸トリオクチルが特に好ましい。」(段落【0030】)と記載されており,耐放射線性を考慮した際にこれらの可塑剤を配合することは可能であるとしても,耐放射線性について何ら記載も示唆もないシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を配合する必要はない。

したがって,甲3発明にシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を適用する動機はない。

ウ 原告は,甲1からDINCHが耐γ線性において優れていることが合理的に推測でき,甲18の1・2からあらゆる分野においてDINCHに置き換わっていくのが必然の流れであった旨主張する。

しかし,甲1には紫外線安定性の向上のために,ポリ塩化ビニル100部につき1以上のシクロヘキサンポリカルボン酸エステルを可塑剤として含有する可塑剤組成物を20~100重量部含有させることが記載されているが,「硬質医療用」については記載も示唆もない。また,甲18の1・2は単なるプレスリリースにすぎず,DINCHの配合量や耐γ線性について記載も示唆もない。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(2) 相違点2について

原告は,甲1発明のシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤添加量は本件発明1と共通し,その結果,甲1発明のロックウェル硬さも本件発明1と共通することとなるから,相違点2は実質的な相違点ではない旨主張するが,同主張に理由がないことは,前記1の取消事由1の〔被告らの主張〕(3)イのとおりである。

(3) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由4は理由がない。

5  取消事由5(実施可能要件及びサポート要件に関する判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 実施可能要件違反について

ア 本件審決は,本件発明1は,JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが35°以上の硬質である硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物であるが,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1組成物の具体例として,本件発明1で規定する可塑剤を本件発明1で規定する配合割合で含有する例が複数記載されており,可塑剤量を変更した場合でも,その他の配合剤により硬度を調節できることの例示もあるところ,一般に,塩化ビニル系樹脂に配合する可塑剤の量を増やせば,硬度が低下することは,出願時の技術常識であり,実施例では,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を上限値(15重量部)配合した場合でも,ロックウェル硬さは68.0°,74.7°であるから,本件発明1が規定する可塑剤を,本件発明1が規定する配合割合で用いる場合において,本件発明1が規定する範囲の硬さとするために,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であるとまではいえない,として本件発明は特許法36条4項1号に規定する要件(実施可能要件)に違反しない旨判断した。

イ しかし,本件審決は,所望の硬度を有する硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物が製造できることをもって実施可能要件充足性を判断し,本件発明における主たる解決課題ないし作用効果である耐放射線性については一切検討していない。しかし,発明は所望の作用効果を奏することによって技術的課題を解決するためのものであるから,そのことを不問にして,単に当該発明にかかる物を作れて使用できさえすれば実施可能要件を満たすとするのは,特許法36条4項1号の解釈を誤るものである。そして,本件明細書記載の全ての実施例には,可塑剤とは別に安定剤が含まれているから,実施例での作用効果は,主に本件発明の構成にない安定剤に基づく効果であって,本件発明自体によって奏する作用効果は何ら示されていない。

また,実施例2ではDINCHが15質量部でΔYIの値が4.93であるのに対し,10質量部(実施例1)では14.96に上がっているから,1重量部以上10重量部未満の可塑剤の数値範囲全てにおいて,合格の基準とされる20以下の数値(段落【0055】)となるとも到底考えられない。このように,本件明細書の記載から本件発明の構成自体によって所望の耐放射線性という作用効果を奏するとは認められず,本件発明の構成に基づいて,かかる技術的課題を解決できることも読み取れない。

さらに,甲49の1・2(結果報告書及び試験報告書)によれば,本件発明の「(可塑剤を)1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物」であっても,耐γ線性及び溶出性について,作用効果を奏しないものを多分に包含しているばかりか,上記数値範囲外でも十分な作用効果を奏するものが存在するから,いかにして耐γ線性を保ちつつ溶出性も基準以下にすればよいのか,その方法が本件明細書からは読み取れない。そのため,本件発明の構成において所望の作用効果を奏するものとは認められず、発明の技術的課題に対する解決手段としての対応関係も全く示されていない。

以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を充足せず,この点についての本件審決の判断の誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は取消しを免れない。

(2) サポート要件違反について

ア 本件審決は,本件発明1は,JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物であるが,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の課題は,γ線照射滅菌しても変色を著しく低減し,耐放射線性に優れ,かつ硬さ,溶出性に優れた硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物及び当該組成物を成形した硬質医療用部品を提供することであること,錫系安定剤,シランカップリング剤を用いる具体例が記載されているとともに,耐放射線性を向上させる化合物として,ホスフェート類,βジケトン類も使用可能であるとの記載があることから,出願日当時の技術常識に照らせば,本件発明1の組成物に公知のその他の安定剤を付加することで,上記課題を達成できることが理解できるから,本件発明1の範囲まで,上記具体例を拡張ないし一般化できると認められる,として本件発明は特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)に違反しない旨判断した。

イ しかし,サポート要件の充足性は,あくまで「特許請求の範囲に記載された発明」を基準として,「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」が判断されるのであって,特許請求の範囲に他の要素を補って判断されるものではない。したがって,発明の詳細な説明には耐放射線性を向上させる化合物が記載されているから,本件発明1の組成物に公知のその他の安定剤を付加することで,上記課題を達成できることが理解できるなどとしてサポート要件の充足を認めた本件審決は,サポート要件の判断手法を誤るものである。

また,実施例2ではDINCHが15質量部でΔYIの値が4.93であるのに対し,10質量部(実施例1)では14.96に上がっているから,1重量部以上10重量部未満の可塑剤の数値範囲全てにおいて合格の基準とされる20以下の数値(段落【0055】)となるとも到底考えられない。この点について,被告は,「実施例5~18において,DINCHが1~8重量部の実験例で△YI値が20以下の数値になっているから,【0055】に記載の基準を合格している」旨主張するようであるが,実施例5~18は,本件発明1の構成にない安定剤に加えシラン化合物までが,化合物として配合されているから,上記実施例はいずれも本件発明1のサポートとはなり得ない。

さらに,甲49の1・2(結果報告書及び試験報告書)によれば,本件発明の「(可塑剤を)1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物」であっても,耐γ線性及び溶出性について,作用効果を奏しないものを多分に包含しているばかりか,上記数値範囲外でも十分な作用効果を奏するものが存在する上,安定剤やシラン化合物を配合しても作用効果を奏しない場合もあるのだから,本件発明の構成において所望の作用効果を奏するものとは認められず、発明の技術的課題に対する解決手段としての対応関係も全く示されていない。そうすると,「優先日当時の技術常識に照らせば、本件発明1の組成物に公知のその他の安定剤を付加することで、上記課題を達成できることが理解できる」とした本件審決の判断が誤りであることは明らかである。

以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,サポート要件を充足せず,本件審決の判断の誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は取消しを免れない。

〔被告らの主張〕

(1) 実施可能要件について

本件明細書の実施例1及び実施例2(DINCH+錫系安定剤)と比較例5(DINCHなし,錫系安定剤あり)を比較すると明らかなとおり,錫系安定剤だけでは耐γ線性は不合格であり,DINCHを加えることにより耐γ線性が合格している(本件明細書の表1)。加えて,実施例1~18において,DINCHを1~15重量部加えることにより耐γ線性が合格している(本件明細書の表1~3)。

また,本件発明1は,「1重量部以上15重量部以下のシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤のみ」とは記載されておらず,他の公知,周知ないしは技術常識の添加物を含むことを許容している(本件発明2,4及び5並びに本件明細書の段落【0038】~【0044】)。

したがって,本件明細書から,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤の効果は明瞭であり,本件発明の構成自体によって奏する作用効果であることは明らかである。

(2) サポート要件について

前記(1)のとおり,本件発明1は「1重量部以上15重量部以下のシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤のみ」を配合するとは記載されておらず,実施例1~18においてDINCHを1~15重量部加えることにより耐γ線性が合格している(本件明細書の表1~3)。また,本件明細書には,実施例で用いた熱安定剤やシラン化合物についてその配合量や耐放射線性,溶出性の関係について詳細に記載されている(段落【0026】~【0032】,【0038】~【0043】)。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,サポート要件を充足するものであるから,本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本件発明について

本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲34)の発明の詳細な説明には,概ね,次の内容の記載がある。

(1)  技術分野

「【0001】

本発明は,γ線または電子線による放射線滅菌方法に対して優れた変色安定性を有する硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物,およびそれを用いた硬質医療用部品に関するものである。」

(2)  背景技術

「【0002】

医療用部品は,(1)重金属等の溶出などによって人体に害を及ぼすことがないこと,(2)医療現場において使い勝手が良いこと,(3)使用時まで無菌性が保たれていること,(4)内部液の状況が確認できることなどが必要とされる。

【0003】

これらの性能を高度に満足する素材として軟質塩化ビニル系樹脂組成物が使用され,軟質医療部品,例えば,血液バッグ,輸液バッグ,透析回路チューブなどに塩化ビニル樹脂と可塑剤からなる軟質塩化ビニル系樹脂組成物が好適に使用されている。

【0004】

また,これらの軟質医療部品に接続される各種の部品,例えば,注射器,チューブ連結部材,分岐バルブ,速度調節部品などの硬質医療用部品には,ポリカーボネート,ポリオレフィンなどの硬質素材が使用されている。

【0005】

従来,これらの医療用部品は,高度に滅菌される必要性から,主にエチレンオキサイドガス(EOG)を用いて滅菌されてきた。しかしながら,滅菌後の残存EOGガスに発がん性があるために,安全性の観点からEOGガス滅菌に替えて,高圧蒸気滅菌へ移行している。これらEOG滅菌,高圧蒸気滅菌という滅菌方法では,包装品を一袋ごとに個々に滅菌する必要があり,滅菌作業に多大な手間と時間がかかるという問題があった。滅菌作業の迅速化を図るため,1980年以降,梱包後の滅菌が可能で,コスト低減につながるコバルト60-γ線滅菌(以下γ線滅菌)や,電子線滅菌といういわゆる放射線滅菌への転換が急速に進展してきている。放射線滅菌のうち,電子線滅菌は短時間に大量の部品を滅菌処理できるという利点があるが,透過力が小さく,滅菌が不均一になりがちであり,滅菌にロットぶれが発生し易いという問題がある。他方,γ線滅菌は照射時間が長いため,滅菌が均一に行われるという利点があるが,部品の色調変化が著しいという問題がある。

【0006】

これら放射線滅菌による色調変化は,変色のために医療用部品の色調を識別できなくなり,部品間違いなどの医療事故を誘発する原因になる可能性がある。そのため,放射線滅菌によって変色する材料は,医療用部品として使用することができなかった。」

(3)  発明が解決しようとする課題

「【0012】

本発明は,前記従来の問題を解決するため,放射線照射滅菌処理,特にγ線照射滅菌しても変色を著しく低減し,耐放射線性に優れ,かつ硬さ,溶出性に優れた硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物,及び前記組成物を成形した硬質医療用部品を提供する。」

(4)  課題を解決するための手段

「【0013】

本発明の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物は、塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物であって、JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが、35°以上の硬質であることを特徴とする。

【0014】

本発明の硬質医療用部品は、前記の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物を成形加工してなることを特徴とする。」

(5)  発明の効果

「【0015】

本発明の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物は,放射線滅菌(電子線滅菌,γ線滅菌)した際の変色が少なく,溶出性に優れ,前記組成物にて製品化された硬質医療用部品は,放射線滅菌(電子線滅菌,γ線滅菌)した際の変色が少なく,溶出性に優れた硬質医療用部品となる。」

(6)  発明を実施するための最良の形態

「【0016】

本発明者らは,耐放射線性(特に,耐γ線性)と配合剤との関連を検討し,塩化ビニル系樹脂と特定の可塑剤を必須成分とした硬質組成物であって,ロックウェル硬さを特定の範囲に選択することにより,耐放射線性と溶出性のバランスに極めて優れた硬質医療用組成物が得られることを見出し本発明を完成したものである。」

「【0018】

前記において,JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上であれば,硬質を意味する。

【0019】

可塑剤の中でもシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤および/またはアルキルスルホン酸系可塑剤が極めて溶出性と耐γ線性のバランスが優れ,また特に,前記組成物にシラン化合物を0.2~7重量部配合することにより,滅菌時の変色に対して極めて優秀な抵抗性を有する硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物および硬質医療用部品を提供する。」

「【0021】

本発明に用いられる塩化ビニル系樹脂とは,従来の公知の塩化ビニル系樹脂であって,…」

「【0023】

本発明において使用する可塑剤は,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を塩化ビニル系樹脂100重量部に対して1~15重量部以下の範囲で配合する。この範囲であれば,硬質医療用部品に要望される硬さを確保できる。成形性とのバランスを考慮すると,8~15重量部の範囲がさらに好ましい。

【0024】

中でも特に,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤が耐γ線性,溶出性のバランスの観点で極めて好適である。また,これを主たる可塑剤とし,他の可塑剤を従たる可塑剤にすることにより,耐放射線性と硬さと溶出性のバランスを優れた範囲にできる。ここで「主たる」とは,50重量%以上をいう。

【0025】

本発明で使用できるアルキルスルホン酸系可塑剤としては,例えば,アルキルスルホン酸フェニルエステル,N,n-ブチルベンゼンスルホンアミドなどが例示される。中でも,アルキルスルホン酸フェニルエステルが好適である。

【0026】

本発明に使用できるシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤としては,ジイソノニルシクロヘキサンジカルボキシレート,ジメチルシクロヘキサンジカルボキシレート,ジエチルシクロヘキサンジカルボキシレート,ジ-2-エチルヘキシルシクロヘキサンジカルボキシレートなどが例示される。中でも,ジイソノニルシクロヘキサンジカルボキシレート,ジ-2-エチルヘキシルシクロヘキサンジカルボキシレートが好適である。

【0027】

本発明に於いては,シラン化合物を併用することにより,耐放射線性(耐γ線性)と溶出性とのバランスをさらに改善することができ,…」

「【0033】

本発明に規定するロックウェル硬さ(Rスケール)とは,JIS K7202に規定されている硬さであり,前記JISに準拠して23℃の温度で測定した値であるが,硬質医療用部品を製造するには,前記硬さが35°以上となる組成物を使用する。特に前記硬さが60°以上の範囲が好適である。

【0034】

前記硬さが35°以上の組成物を硬質医療用部品に適用すると,部品が折れ曲がったりして,内容物の液流が妨げられるなどの不具合を発生することもなく,バルブ性能,チューブ連結作業性なども良好に維持される。

【0035】

また,前記ロックウェル硬さは,γ線照射前の硬さもγ線照射後の硬さも35°以上に維持されるのが良い。また硬さの変化(Δ硬さ)は,あまり大きな変化がない方が好ましく,特に限定されるものではないが20°以下であることが特に好ましい。

【0036】

本発明で耐放射線性の評価に用いたγ線照射前後のYI値の差(ΔYI)とは,実施例の「耐放射線性の評価」の項でさらに詳細に述べるが,シート状のテストサンプルにγ線を照射する前のYI値とγ線照射後のYI値の差を求めたもので,変色の程度を評価するパラメータとして定義したものである。」

「【0040】

本発明に添加し得る安定剤としては,従来医療用途に使用されている公知の安定剤を使用することができるが,特に好ましくは,有機錫安定剤が良く,中でも例えばメチル錫メルカプト,ブチル錫メルカプト,オクチル錫メルカプトなどの錫メルカプト系安定剤,オクチル錫マレエートなどの錫マレエート系安定剤などを好適に使用できる。特に,放射線滅菌時の変色をおさえる効果が顕著であるという観点から,オクチル錫メルカプト系安定剤が格段に好ましい。」

「【0043】

また,安定化助剤としては従来公知の助剤を使用でき,例えば,ジオクチルホスァイト,ジフェニルノニルフェニルホスファィト,トリフェニルホスファイト,トリス(ノニルフェニル)ホスファイト,トリデシルホスファイトなどのホスファイト類,トリアリルホスフェートなどのホスフェート類,ステアロイルベンゾイルメタン,ジベンゾイルメタンなどの β ジケトン類などを使用できる。中でも,ステアロイルベンゾイルメタン,ジベンゾイルメタンなどの β ジケトン類は好適であり耐γ線による変色抑制に好適である。」

「【0049】

本発明における医療用部品とは,薬事法第2条第4項および薬事法施行令第1条に定義され,別表第1に定められている機械器具のうち,特に,17,18,19,20,47,48,51,56などに定義される機械器具の連結部材,バルブなどを示す。具体的には,血液バッグ,輸液バッグ,廃液バッグ,輸液セット,輸血セット,成分採血システム,白血球除去フィルター,血液回路システム,人工透析回路,人工心肺システム,翼付針などの機械器具の連結部品,バルブ,サイドキャップなどとして使用される部品,あるいは真空採血管,注射器などを意味する。本発明の硬質医療用塩化ビニル樹脂組成物は,特に,血液バッグ,輸液バッグ,輸液セット,輸血セット,血液回路システムの連結部品,バルブ,サイドキャップにおいて極めて好適に使用される。」

(7)  実施例

「【0057】

(実施例1~4,比較例1~7)

表1の配合処方に基づき,硬質配合系での可塑剤添加効果を調べた。各成分を計量し,全ての成分を一括してハンドミキシングし,このブレンド物を表面温度160℃に制御した2本ロールに投入して,5分間混練した。得られたロールシートを所定の大きさに切断して,プレス成形機にて,所定の厚さのシートを作成した。プレス条件は,170℃予熱2分,加熱2分後,冷却プレスにて5分とした。得られたシートを耐放射線性などの各測定に供した。

【0058】

比較例1~2は,従来の硬質医療用塩化ビニル樹脂組成物として提案されているエポキシ系可塑剤を使用した配合系であるが,比較例1は,溶出性はギリギリ合格範囲であるが,ΔYIが不合格となり,比較例2は,ΔYIは合格,溶出性はギリギリ合格となるが,硬さが不合格となる。比較例3~5は,軟質医療部品に使用されている一般的な可塑剤であるDOPあるいはTOTMを各々10重量部,または可塑剤なし(無可塑)にした配合系であるが,ΔYI値が硬質用途範囲外となり不合格となった。

【0059】

実施例1,2は,ジイソノニルシクロヘキシルジカルボキシレートを使用し,実施例3,4は,アルキルスルホン酸フェニルエステルを使用した配合系であるが,溶出性にも優れ,耐γ線性にも優れ,ロックウェル硬さも医療用組成物としての性能を具備している。中でも,実施例1,2に用いたジイソノニルシクロヘキシルジカルボキシレートは,溶出性が抜群に優れており医療用組成物として優れていることが判る。

【0060】

また,比較例6,7は,ジイソノニルシクロヘキシルジカルボキシレートあるいはアルキルスルホン酸フェニルエステルを多量に添加した配合系であるが,19重量部以上添加すると,ロックウェル硬さを硬質組成物に要望される範囲を維持できなくなり不合格となった。

【0061】

以上の実験結果から,硬質医療用途に必要とされるロックウェル硬さを具備するには,可塑剤量は19重量部未満であることが判り,これら可塑剤の中でも,ジイソノニルシクロヘキシルジカルボキシレートとアルキルスルホン酸フェニルエステルが医療用組成物として好適であることが判った。

【0062】

以上の条件及び結果を表1にまとめて示す。表1中の材料の数値は重量部を示す。」

【表1】

file_2.jpgae) a be Tees “00700700 FER NPR ras pas |as PAPER} ER o2|oe}oe os fos} og oe fos | oe Se a TASERIAYRTE=NIATN ai Tae mE a [ayes ]s fc | c at | ae | em | om | om | oe WE] remanva 1492 1233] 12581295] 1285 at aa] re@maravia——2000 [1523 [zea | i528 foe | an. ‘& | mmeOR av | ice [400 | a9 | 265 | zis | ade at | ae | am | ae | ren | os: Rms] vmmannme | ior | 6x0) 007 | va7 | cn? [mere rs __ am | ae | ee | om | an | rae mit [FameeRS [oes | 620 | too | 7a ona mmo es) I-92 tT 60_t 0 tan It p2 of IREEBLEIE, Tay EMMEERRES, MOT 1, TORRUT ORE, of MEARE, Oy >eARSHOS WET, MSEC BSE FL TRE BITS,「【0064】

(実施例5~18,比較例8)

表2~3の配合処方に基づき,硬質配合系でのシラン化合物の種類,添加量効果を調べた。各成分を計量し,全ての成分を一括してハンドミキシングし,このブレンド物を表面温度160℃に制御した2本ロールに投入して,5分間混練した。得られたロールシートを所定の大きさに切断して,プレス成形機にて,所定の厚さのシートを作成した。プレス条件は,170℃予熱2分,加熱2分後,冷却プレスにて5分とした。得られたシートを耐放射線性などの各測定に供した。

【0065】

比較例8は,軟質樹脂の例である。シラン化合物(3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン)の添加量を18重量部と大巾に増やした配合系であるが,ΔYIは極めて小さくなって耐放射線性が改善されるものの,ロックウェル硬さが35°以下となり硬質ではなくなるうえ,溶出性が不合格となって硬質組成物として使用できないことが判る。

【0066】

3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシランの添加量を変化させた実施例5~14から,ロックウェル硬さと耐γ線性,溶出性のバランスを考慮し,シラン化合物の最適な添加範囲は0.2~7重量部であることが判る。

【0067】

実施例7,10,12の比較から,ロックウェル硬さはいずれも合格範囲で,耐γ線性,溶出性の観点で,ビニルトリエトキシシラン,テトラエトキシシランが優れ,特にビニルトリエトキシシランがこれらの性能バランス的に極めて優れていることが判る。

【0068】

実施例13~14は,可塑剤の配合を1重量%まで下げてもロックウェル硬さはいずれも合格範囲で,耐γ線性,溶出性を満足することが確認できた。

【0069】

実施例15~16は可塑剤の混合系,実施例17~18はさらにシラン化合物の混合系の配合を調べたが,いずれもロックウェル硬さはいずれも合格範囲で,耐γ線性,溶出性を満足することが確認できた。

【0070】

以上の条件及び結果を表2~3にまとめて示す。表2~3中の材料の数値は重量部を示す。」

【表2】

file_3.jpg【表3】

file_4.jpg13 | v4 | ts | 16 ie aE SIT 10 | 100] 160 | 100 FASS IAT MBER) 40 40 30 | a0, NX UWx=W) B2774F 03 O03 0s 03 FiWax 12 |13~f 12 | 12 MAU ENAN EAE 40 10 5.0 50 | 7ievanioA=ucas | - [= [a0 [30 SHHINATT Oe AVIRA EA ti A Eee a a = 15 25 a fies [iiss | tao [1150 7a 3 c [a] A es | ats | ats | aie Ban] eee ist | 164s | 13.66 | 1907 ee Cre 232 | 3559 | tno. | 1415 CADE a Ce A UE peo soil || am | “2a | 1 aaa RIES wa | a7 | wie] ors | i004 fe avs | am | ate | ats | aie “TaRR RARE 956 1 1058 [1035 | i034 1 cas [iRsintikom (aes) [2 | i [2s | ose |2  甲1発明について

甲1(国際公開2003/029339号公報)には,概ね,次の内容の記載がある。

「本発明は,改良型ポリ塩化ビニル組成物に関する。ポリ塩化ビニルは,様々な用途において広く使用されている。ポリ塩化ビニルは,一般的に,可塑剤との混合物において使用される。ポリ塩化ビニルの性状,可塑剤の性状および当該2つの材料の割合は,特定用途にとって望ましい特性を有するポリ塩化ビニル組成物を提供するように選択される。可塑化ポリ塩化ビニル組成物の主要な使用例としては,ワイヤおよびケーブルコーティング,プラグなどの他の電気的用途,フィルム,ホイルならびにシート,床材,壁紙,屋根材および膜などが挙げられる。他の使用としては,固定フィルム(stationary films),接着テープおよび農業用フィルムなどのフィルムが挙げられる。ポリ塩化ビニルはまた,血液バッグ,チューブおよびボトルキャップなどの医療用途でも使用され,更なる使用としては,履物,パイプならびに樋材および布コーティングなども挙げられる。」(訳文1頁2~11行)

「今般,我々は,ポリ塩化ビニル組成物においてシクロヘキサン酸エステルを可塑剤として使用することにより,フタル酸エステルを可塑剤として使用する際に得られる機械的性質と同等の機械的性質を有する組成物を生成するのに必要なポリ塩化ビニルの量を削減し得ることを見出した。」(訳文2頁20~23行)「本発明は,可塑化ポリ塩化ビニル材料の範囲にわたって適用可能である。

本発明は,ポリ塩化ビニル100部につき10~40部,好ましくは15~35部,より好ましくは20~30部の可塑剤を典型的に含有する半硬質ポリ塩化ビニル組成物の生成に適用可能である。本発明はまた,ポリ塩化ビニル100部につき40~60部,好ましくは44~56部,より好ましくは48~52部の可塑剤を典型的に含有する軟質ポリ塩化ビニル組成物,および,ポリ塩化ビニル100部につき70~110部,好ましくは80~100部,より好ましくは90~100部の可塑剤を典型的に含有する高軟質組成物にも適用可能である。部は重量部である。」(訳文3頁2~8行)

「半硬質組成物は,典型的には,パイプ,幾つかのワイヤおよびケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される。軟質組成物は,典型的には,シート,椅子張り,医療用チューブ,庭用ホース,プールライナー,ウォーターベッドなどの製造用に使用される。高軟質組成物は,張地,おもちゃ,靴底などの製造に使用される。シクロヘキサンポリカルボン酸エステルは,血液バッグおよび医療用チューブなどの医療用物品の製造,ならびにおもちゃおよびボトルキャップやフィルムなどの食品接触用材料において特に有用であり,これらにはフタル酸ジー2-エチルヘキシルが伝統的に使用されており,その毒性に関していくつかの懸念事項がある。」(訳文3頁9~16行)

「我々はまた,シクロヘキサンポリカルボン酸エステルが,ポリ塩化ビニル組成物中で可塑剤として使用される際に,紫外線安定性の向上をもたらすことを見出した。この安定性の向上は,特に日光に曝される環境下でのポリ塩化ビニル製材料の長寿命化につながる。本出願全体にわたって,紫外線安定性は,ASTM G53-84であるQUV試験において測定される。これは,可塑化ポリ塩化ビニル組成物が屋外用途に用いられる場合にとりわけ有用である。具体的に,これは,屋根材,ターポリンおよびテント,接着テープや農業用フィルムなどのフィルム類,靴ならびに自動車内装などの用途に有用である。

故に,更なる実施形態において,本発明は,1以上のシクロヘキサンポリカルボン酸エステルを可塑剤として含有する可塑剤組成物を,ポリ塩化ビニル100部につき20~100重量部,好ましくは30~90重量部,より好ましくは40~80重量部,より好ましくは50~70重量部含有する可塑化ポリ塩化ビニル組成物を提供するものであり,前記組成物は,QUV試験において,SOLVIC367ポリ塩化ビニル100部,可塑剤50部,Durca1炭酸カルシウム充填剤5部およびLZB320安定剤2部を含有する処方物中で456時間にわたり発色性が低いことによって表される紫外線安定性を有する。」(訳文3頁18~末行)

「BASFが最近発表したHexamo11DINCH製品は,本発明において使用可能なシクロヘキサンジカルボン酸エステルの一例である。米国特許第6,284,917号(BASF)は,これら材料を調製し得る1つの方法を例証している。」(訳文4頁2~4行)

「紫外線に対するフィルムの安定性をQUV(サイクル:UV(60℃×4時間),凝縮(50℃×4時間))において試験した。安定性の欠如は,フィルムサンプルの暗色化により表される。サンプルの色の評価は,試験の220時間後,456時間後,626時間後,794時間後および1056時間後に行った。

サンプルの色を表3に示す。シクロヘキサン酸エステルをベースとする処方物の方が,相当するフタル酸エステルをベースとする処方物よりも,経時的に暗色化しなかったことが分かる。

file_5.jpgie ey dou | eee | ce794時間後,フタル酸エステルとシクロヘキサン酸エステルとの差がなくなり始めるが,その試験時間の後でも,DEHCHおよびDINCHを含有するサンプルは,相当するフタル酸エステルを含有するフィルムよりも性能が優れていた。」訳文4頁16~末行)

3  取消事由1(甲1発明の新規性判断の誤り)について

(1)  甲1発明の認定について

本件審決は,甲1発明を前記第2の3(2)アのとおり認定し,甲1発明の用途について「パイプ,幾つかのワイヤおよびケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される」ものとしている。

しかし,前記2の甲1の記載内容によれば,上記用途は,ポリ塩化ビニル100部につき10~40部のシクロヘキサンポリカルボン酸エステル系可塑剤を含有する「半硬質組成物」の「典型的」な用途として列挙されたものであると認められる。しかして,上記用途は「典型的」なものとして列挙されているにすぎない上,前記2のとおり,甲1には,その他にも,硬度は記載されていないものの,シクロヘキサンポリカルボン酸エステル系可塑剤を含有し一定程度の硬度が認められるポリ塩化ビニル組成物の用途として,「ボトルキャップ」,「屋根材」及び「自動車内装など」にも有用であることが記載されており,甲1のシクロヘキサンポリカルボン酸エステル系可塑剤を含有するポリ塩化ビニル組成物は,一定程度の硬度のものも含めて広範な用途に使用できるものであることが明らかである。甲1には「硬質医療用」という本件発明の用途については明記されておらず,そのため,本件発明と甲1発明との相違点として,用途の点を採り上げて新規性及び進歩性の判断をする以上,前記2の甲1の記載内容にもかかわらず,甲1発明の用途を本件審決のように限定的に認定することは相当ではない。

したがって,甲1発明は,

「可塑剤としてのシクロヘキサンポリカルボン酸エステルをベースとするポリ塩化ビニル組成物であって,

フタル酸エステル可塑剤をベースとする組成物と同等のショア硬度および引張強度を有し,

フタル酸エステル可塑剤を使用する場合よりも必要とするポリ塩化ビニルの量が少なく,

ポリ塩化ビニル100部につき10~40部の可塑剤を含有し,

典型的には,パイプ,幾つかのワイヤおよびケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チューブの製造用に使用される,

半硬質ポリ塩化ビニル樹脂組成物。」(以下「甲1’発明」という。下線は本判決において付した。以下同じ。)と認定すべきである。

(2)  本件発明1と甲1’発明との対比について

そうすると,本件発明1と甲1’発明の一致点及び相違点(以下,本件審決の認定した相違点1に代わる相違点を「相違点1’」という。)は次のとおりである。なお,一致点及び相違点2は,本件審決が認定したものと同一である。

ア 一致点

塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を10重量部以上15重量部以下配合してなる組成物である,塩化ビニル系樹脂組成物。

イ 相違点

(ア) 相違点1’

本件発明1は,「硬質医療用」と規定しているのに対し,甲1’発明は,「半硬質ポリ塩化ビニル樹脂組成物」であって,「典型的には,パイプ,幾つかのワイヤおよびケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チューブの製造用」である点。

(イ) 相違点2

本件発明1は,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上の硬質である」と規定しているのに対し,甲1’発明は,そのような規定を有していない点。

(3)  新規性について

本件発明1の用途は,「硬質医療用」である。そして,本件明細書には,「硬質」について,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上であれば,硬質を意味する。」(段落【0018】),「本発明において…可塑剤を塩化ビニル系樹脂100重量部に対して1~15重量部以下の範囲で配合する。この範囲であれば,硬質医療用部品に要望される硬さを確保できる。」(段落【0023】)と記載され,「硬質医療用」部品の例としては,「注射器,チューブ連結部材,分岐バルブ,速度調節部品など」(段落【0004】)が記載されている。

これに対して,甲1’発明は,塩化ビニル系樹脂100重量部に対してシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を10~40部配合した「半硬質ポリ塩化ビニル樹脂組成物」であって,その典型的な用途として挙げられたもののうち医療用である「血液バッグ」及び「医療用チューブ」は,本件明細書の段落【0003】に記載されているように,通常,「軟質」塩化ビニル樹脂組成物と称される,柔軟性に富んだものであることから,可塑剤を上記配合量範囲の上限である40部に近い量を配合したものであると認められる。また,甲1’発明における典型的な用途として挙げられたもののうち,「パイプ」,「床タイル」及び「ブラインド」は,一定程度の硬度を有し,可塑剤を上記配合量範囲の下限である10部程度配合したものであると認められる。

ところで,塩化ビニル系樹脂の硬度については,一般的には,「大体塩化ビニル樹脂100部に対し可塑剤が,軟質は50~100部,半硬質は20~30部,硬質は0~10部配合されているが厳密な区分ではない。」(甲24)とされており,他の文献においても,甲26(特開昭61-73747号公報)の特許請求の範囲には,ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対して可塑剤5~30重量部含有したものを「半硬質」と,甲27(特開2000-94447号公報)の段落【0013】には,可塑剤の添加量が,0~10重量%のものを「硬質」,10~30重量%のものを「半硬質」,30重量%以上のものを「軟質」と,甲28(特開2012-167232号公報)の段落【0002】には,塩化ビニル系樹脂100質量部に対して,可塑剤0~10質量部のものを「硬質」,可塑剤10~50質量部のものを「半硬質」とそれぞれ定義している。

これに対し,甲25(特開昭58-152040号公報。278頁下段左欄下から5~末行)には,20重量部以下の可塑剤を使用したものを「硬質」と定義しており,硬質医療用についてみると,甲3(特開2007-2138号公報)の段落【0028】及び【0029】には,硬質塩化ビニル樹脂として用いる場合,塩化ビニル系樹脂100重量部に可塑剤1~15重量部以下であることが必要とし,甲5(特開平2-43245)では,Y字管のような医療用硬質構成部品に用いる場合,可塑剤は,約2~20phr(重量部)とすることが開示されている。

以上のとおり,塩化ビニル系樹脂の硬度に関する「硬質」,「半硬質」,「軟質」の用語例には明確かつ画一的な定義があるわけでなく,塩化ビニル系樹脂100重量部に配合する可塑剤が10~20重量部程度のものは「硬質」及び「半硬質」のいずれに表現されることもあることが認められる。

そこで,甲1に「硬質医療用」が記載されているか,又は記載されているに等しいとまでいえるかどうかについて検討する。

まず,甲1’発明における典型的な用途として挙げられたもののうち,「パイプ」,「床タイル」及び「ブラインド」用の樹脂組成物は,「硬質」と表現して差し支えないものであると考えられるものの,これらは,医療用ではない。また,前記2のとおり,甲1には,ポリ塩化ビニル組成物の一般的な用途として「血液バッグ,チューブおよびボトルキャップなどの医療用途」が記載されているところ,「ボトルキャップ」がどの程度の硬度のものであるかは,甲1からは必ずしも明らかではない。そして,甲1は,前記のとおり,「本発明は,ポリ塩化ビニル100部につき10~40部,好ましくは15~35部,より好ましくは20~30部の可塑剤を典型的に含有する半硬質ポリ塩化ビニル組成物の生成に適用可能である。」(訳文3頁2~4行)との記載はあるものの,硬質医療用については言及がないこと,可塑剤を10~40部配合する場合を半硬質とすることは,前記のとおり本件出願日当時の技術水準に沿うものであることからすると,甲1には,甲1’発明の用途として,「硬質医療用」については記載されているとも記載されているに等しいということも困難である。

(4)  以上のとおりであるから,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は甲1発明であるということはできず,原告主張の取消事由1は理由がない。

4  取消事由2(甲1発明の進歩性判断の誤り)について

本件審決は,本件発明1と甲1発明の2つの相違点のうち,相違点1の容易想到性を否定し,相違点2の容易想到性については検討することなく,本件発明1の進歩性を認める旨の判断をした。しかし,以下のとおり,本件審決の相違点1の容易想到性に係る判断には誤りがあるから,本件審決を取り消すのが相当である。

(1)  相違点1’について

ア 容易想到性について

まず,硬質塩化ビニル系樹脂を,硬質医療用として使用することについては,甲3の段落【0001】には,医療用の回路において分岐,連結用に用いる医療用硬質部品に硬質塩化ビニル系樹脂を用いることが,甲5(特開平2-43245号公報)の390頁下段右欄2~4行には,可撓性管材料用の硬質Y字管に硬質のプラスチックを用いることが,甲43(実開平6-5640号公報)の段落【0015】には,薬液注入容器の蓋(ボトルキャップ)に硬質塩化ビニル系樹脂を用いることが,甲44(実開平6-83042号公報)の段落【0011】には,術中胆道造影カテーテルのコネクター部及びキャップに硬質塩化ビニル樹脂を用いることが,甲45(特開平7-13301号公報)には,トラカール用挿入補助具の鍔及びキャップに硬質塩化ビニル樹脂を用いることが,それぞれ記載されているように,従来から硬質塩化ビニル系樹脂によって各種医療用部品が製造されてきていることは本件出願日当時の技術常識である。

そして,前記のとおり,甲3及び甲5においては,10~15重量部の範囲の可塑剤を配合する塩化ビニル樹脂を硬質医療用に用いているのであるから,当業者として甲1’発明を硬質医療用に適用することは容易であるといえる。

もっとも,前記1の本件明細書の記載によれば,本件発明の用途は「硬質医療用」であって(段落【0001】),具体的に「注射器,チューブ連結部材,分岐バルブ,速度調節部品など」が例示され(段落【0004】),これらは高度に滅菌される必要性から,主にエチレンオキサイドガスによる滅菌がされていたが,残存エチレンオキサイドガスの発がん性のため,高圧蒸気滅菌に移行しているものの滅菌作業に多大な手間と時間がかかり,滅菌作業の迅速化のため導入されたγ線滅菌や電子線滅菌といった放射線滅菌では部品の変色という問題が知られていたことから(段落【0005】,【0006】),本件発明は,可塑剤としてシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上を用いることにより,放射線滅菌による変色を著しく低減し,溶出性に優れた硬質医療用部品を提供するものであること(段落【0012】)が認められる。

そして,証拠(甲3,4,5,7,8)及び弁論の全趣旨によれば,本件出願日当時,医療用部品を硬質塩化ビニル系樹脂で製造することが行われていたものの,γ線等の放射線で滅菌すると変色するという問題点が広く認識されており,防止のための添加剤等が開発されていたことが認められる。しかし,前記甲3,4,5,7,8は,いずれも請求項において,甲5では「γ線への暴露により滅菌された」と記載され,放射線滅菌が必須とされており,また,甲3では「耐放射線性に優れた」と,甲4では「耐γ線性に優れる」と,甲7では「耐γ線性に優れた」と,甲8では「耐γ線性良好な」とそれぞれ記載されているのに対し,本件発明1の特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであって,請求項中に放射線滅菌されることが必須であると特定されたり,耐放射線性に優れたといった記載がされているものでもない。そして,本件発明1に係る硬質医療用部品について,必ず放射線滅菌されなければならないものではなく,手間と時間の問題があるとはいえ,上記のとおり,高圧蒸気滅菌という安全で変色の問題が特にない滅菌法が従来から行われている方法によることも可能であることからすると,上記の問題点は甲1’発明を硬質医療用に用いることについて阻害事由になるとはいえない。そうすると,甲1’発明を硬質医療用に用いることは,当業者にとって格別の創意工夫を要することであるということはできない。

イ 被告らの主張について

(ア) 被告らは,この点について,甲1の紫外線安定性に関する記載は,主に屋外の日光に起因する耐紫外線劣化の改善についての記載であって,硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物のγ線滅菌による色調変化という本件発明1の有する課題及び同課題を解決することの顕著な効果については,甲1には記載も示唆もないから,甲1に記載された塩化ビニル系樹脂組成物を硬質医療用に用いることは当業者にとって容易ではない旨主張する。

しかし,放射線滅菌による変色を抑制するという課題に着目するまでもなく,本件出願日当時の技術水準において,甲1の記載事項から本件発明1を推考することが当業者にとって容易であることは,前記アで説示したとおりである。

また,本件発明1の特許請求の範囲の請求項1では放射線滅菌されることが必須であると特定されているものではないから,放射線滅菌による変色を抑制することを本件発明1に特有の効果であるということはできない。したがって,本件発明1には放射線滅菌した際の変色が抑制されるという顕著な作用効果がある旨の被告らの上記主張は,本件発明の特許請求の範囲に基づかない主張であり理由がない。

以上のとおりであるから,被告らの上記主張は採用することができない。

(イ) 被告らは,甲1には,塩化ビニル系樹脂100重量部に対してシクロヘキサンポリカルボン酸エステル可塑剤を10~40重量部含有させて半硬質樹脂とするが,紫外線安定性を向上させるため,可塑剤の添加量を多くし,可塑剤組成物を20~100重量部含有させることが記載されており,本件発明1の可塑剤の含有量1~15重量部とは乖離した方向で紫外線安定性の効果を発揮させているから,紫外線安定性の向上を意図する場合,甲1の塩化ビニル系樹脂組成物を,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を1~15重量部用いた「硬質医療用」にすることについては阻害要因がある旨主張する。

しかし,前記2のとおり,甲1に記載された20~100重量部という可塑剤配合量は,特に日光に曝される環境下でのポリ塩化ビニル製材料の長寿命化の観点で記載されたものである。そして,前記3(3)のとおり,塩化ビニル系樹脂の硬度が可塑剤の配合量によって「硬質」,「半硬質」,「軟質」と区分されていることから明らかなように(甲3,25~28),可塑剤の配合量が塩化ビニル系樹脂組成物の硬度を左右することは本件出願日当時の技術常識であって,当業者であれば,樹脂組成物に求められる紫外線安定性と硬度との兼ね合いで,可塑剤の配合量を適宜調節することは容易であるというべきである。

したがって,被告らの上記主張は採用することができない。

ウ 以上によれば,相違点1’は容易想到というべきであって,本件審決の相違点1の容易想到性に係る判断には誤りがある。

(2)  相違点2について

前記のとおり,本件審決は,相違点2の容易想到性については判断していない。

しかし,①本件発明1と甲1’発明とでは,塩化ビニル系樹脂100重量部に対して配合する可塑剤の量が10~15重量部の範囲で重複すること,②本件明細書には,「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,35°以上であれば,硬質を意味する。」(段落【0018】),「本発明において…可塑剤を塩化ビニル系樹脂100重量部に対して1~15重量部以下の範囲で配合する。この範囲であれば,硬質医療用部品に要望される硬さを確保できる。」(段落【0023】)との記載があること,③塩化ビニル系樹脂の硬度は基本的に可塑剤の量に依存して変化するというのが本件出願日当時の技術常識であると認められること,④塩化ビニル系樹脂の硬度についての「硬質」,「半硬質」,「軟質」の用語例には明確かつ画一的な定義があるわけではなく,樹脂100重量部に配合する可塑剤が10~20重量部程度のものは「硬質」及び「半硬質」のいずれに表現されることもあること,などを考慮して,相違点2が実質的な相違点といえるのか否か又はその容易想到性について審理を尽くす必要がある。

したがって,さらに審理を尽くさせるために,本件審決を取り消すのが相当である。

5  結論

以上によれば,原告主張の取消事由2は理由があるから,その余の取消事由について検討するまでもなく,本件審決は取消しを免れない。

よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中芳樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例