知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10139号 判決 2015年4月13日
平成26年(行ケ)第10139号 審決取消請求事件(甲事件)
平成26年(行ケ)第10085号 審決取消請求事件(乙事件)
甲事件原告
スキャンティボディーズ・ラボラトリー,インコーポレイテッド
乙事件原告
DSファーマバイオメディカル株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士
若林元伸
同
古庄俊哉
同
平井義則
上記両名訴訟代理人弁理士
高島一
同
鎌田光宜
上記両名訴訟復代理人弁理士
嶽小原幸
甲事件被告・乙事件被告
エフ.ホフマン-ラロシュアーゲー
訴訟代理人弁理士
津国肇
同
鈴木音哉
同
三宅俊男
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,甲事件については甲事件原告の負担とし,乙事件については乙事件原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求(甲事件・乙事件共通)
特許庁が無効2012-800004号事件について平成26年2月25日にした審決中,「特許第4132677号の請求項1ないし26に係る発明についての特許を無効とする。」及び「審判費用は,被請求人の負担とする。」との部分を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 甲事件原告は,発明の名称を「完全型副甲状腺ホルモンの測定方法ならびに副甲状腺疾患および慢性腎不全患者の骨状態の識別方法」とする特許第4132677号(平成12年1月13日国際出願(特願2000-593958号)。優先権主張日平成11年1月14日及び同年6月26日,いずれも米国。平成20年6月6日設定登録。設定登録時の請求項の数は27である。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
乙事件原告は,日本国内における本件特許の専用実施権者である。
(2) 被告は,平成24年1月26日,本件特許の請求項1ないし27に係る発明について特許無効審判を請求した。
乙事件原告は,同年9月12日,甲事件原告を補助するため上記審判に参加を申請し,同年11月19日,参加を許可するとの決定がされた。
特許庁は,平成25年1月17日,本件特許の請求項1ないし27に係る発明についての特許を無効とするとの審決をした。
甲事件原告は,同年5月22日,知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを求めて訴えを提起し(平成25年(行ケ)第10147号),同年7月16日,訂正審判を請求した(訂正2013-390100号)。
そこで,知的財産高等裁判所は,同年8月6日,平成23年法律第63号による改正前の特許法181条2項の規定に基づき,上記審決を取り消す旨の決定をした。
(3) その後,特許庁において,前記無効審判の審理が再開された。
甲事件原告は,平成25年9月13日,訂正請求をした(甲57。以下「本件訂正」という。)。
特許庁は,平成26年2月25日,「訂正を認める。特許第4132677号の請求項1ないし26に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との審決をし,同年3月6日,その謄本を原告らに送達した。
乙事件原告は同年4月4日に,甲事件原告は同年6月4日に,それぞれ上記審決のうち,前記第1記載部分の取消しを求めて本件各訴えを提起した。
2 特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲の請求項1ないし26は,本件訂正により訂正されたとおりのものであり,その請求項1の記載は次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1ないし26記載の発明を請求項の番号を付して「訂正発明1」のようにいい,訂正発明1ないし26をまとめて「訂正発明」という。また,本件訂正後の明細書(甲56の審判請求書添付の明細書)と図面(甲47の特許公報記載の図面)をまとめて「本件訂正明細書」という。)。
「【請求項1】ヒト完全型副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットであって,
a)Ser-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met(配列番号4)からなるヒト完全型副甲状腺ホルモンの初期ペプチド配列に特異的な第1の抗体又は抗体断片であって,該初期ペプチド配列中のSer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln((1~6)PTH)と反応し,かつ(1~6)PTHのうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする,標識された第1の抗体又は抗体断片と,
b)前記ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列34から84(配列番号3)を認識する第2の抗体又は抗体断片と
を含み,阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく,生物学的サンプル中のヒト完全型副甲状腺ホルモン量を測定するキット。」
3 審決の理由
(1) 審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は,原告ら主張の取消事由との関係では,訂正発明1は,第1優先日(平成11年1月14日)前に頒布された刊行物である“Lepage et al.,1998, Clin.Chem., 44(4):805~809”(甲8(訳文は甲38)。以下「甲8文献」という。)に記載された発明(以下「甲8発明」という。)及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
(2) 審決が認定した甲8発明の内容,訂正発明1と甲8発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 甲8発明の内容
「インタクトなヒト副甲状腺ホルモン(I-PTH)をアッセイするニコルス(NL),インクスター(IT)およびダイアグノスティックシステムラボラトリーズ(DSL)のアッセイキットであって,
a)125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体と
b)抗カルボキシ末端捕捉抗体
を含み,
尿毒症患者試料中のインタクトなヒト副甲状腺ホルモン(I-PTH)濃度を測定するキット。」
イ 一致点
「ヒト副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットであって,
a)所定のN末端側配列に結合する標識された第1の抗体又は抗体断片と,
b)所定のカルボキシ末端側を認識する第2の抗体又は抗体断片とを含み,
生物学的サンプル中のヒト副甲状腺ホルモン量を測定するキット。」
ウ 相違点1
「所定のN末端側配列に結合する第1の抗体等及びヒト副甲状腺ホルモンのアッセイするためのキットが,訂正発明1では「a)Ser-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met(配列番号4)からなるヒト完全型副甲状腺ホルモンの初期ペプチド配列に特異的な第1の抗体又は抗体断片であって,該初期ペプチド配列中のSer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln((1~6)PTH)と反応し,かつ(1~6)PTHのうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする,標識された第1の抗体又は抗体断片」であり,当該第1の抗体等が「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出すること」がない,「ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアッセイするためのキット」であるのに対して,甲8発明は,「125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体」であり,阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出してしまい,厳密にはヒト完全型副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットとはいえない点。」
エ 相違点2
「所定のカルボキシ末端側配列に結合する第2の抗体等が,訂正発明1では「前記ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列34から84(配列番号3)を認識する第2の抗体又は抗体断片」であるのに対して,甲8発明は,「抗カルボキシ末端捕捉抗体」ではあるが,アミノ酸配列34から84(配列番号3)を認識するか不明な点。」
第3原告ら主張の取消事由
審決は,相違点1の容易想到性の判断を誤り(取消事由1),訂正発明1の効果の参酌の判断を誤り(取消事由2),訂正発明2ないし26の容易想到性の判断を誤り(取消事由3),訂正発明の進歩性を否定したものである。以上の誤りは,いずれも審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法であり,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1の容易想到性の判断の誤り)
審決は,訂正発明1の発明特定事項の1つである「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味の解釈を誤った(取消事由1-1)ため,甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題の認定を誤り(取消事由1-2),相違点1の認定を誤り(取消事由1-3),その結果,相違点1の容易想到性の判断を誤った(取消事由1-4)。
(1) 取消事由1-1(「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味の解釈の誤り)
審決は,訂正発明1の発明特定事項である「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味について,拮抗物質(受容体に結合するが,PTHの生理活性であるアデニル酸サイクラーゼ活性化を示さないニュートラルアンタゴニスト)も阻害物質に含まれると解釈している。
しかし,以下のとおり,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」とは,副甲状腺ホルモン(以下「PTH」ともいう。)受容体のアンタゴニスト,すなわち,PTHと拮抗する物質ではなく,PTHとは逆の生理活性を有する物質,すなわち,いわゆるインバースアゴニストを意味するものであり,審決の上記解釈は誤りである。
ア 本件訂正明細書の【0012】では,「本発明は,(配列番号2[PTH3~84])から(配列番号3[PTH34~84])までの間のアミノ酸配列を有するペプチドであるところの或る大きな非w-PTHペプチド断片は,in vivoで,w-PTHの拮抗物質または阻害物質(PIN)の役割をするという発見を含む(図12参照)。」として,「拮抗物質」と「阻害物質」を区別して用いている(判決注・下線は原告らが付した。この項において以下同じ。なお,図12については,後記第5の1(1)コ参照。)。
イ ここで,「阻害物質」とは何を意味するのかが問題となるが,以下のとおり,当業者であれば,単に受容体を占有することでPTHの作用を遮断する物質ではなく,PTHとは逆の生理活性を有する物質,いわゆるインバースアゴニストであると当然に理解する。
すなわち,「生化学辞典(第3版)」(甲42。以下「甲42文献」という。)によれば,「アゴニスト(作動薬,作用薬)」とは,受容体の結合により受容体の構造変化をもたらし,続いて種々の生理作用を示す物質をいい,アゴニストの薬理作用と反対の作用を発現する薬物を「インバースアゴニスト(反作用薬)」ということ(甲42・11~12頁),また,「アンタゴニスト(拮抗薬,遮断薬)」とは,受容体に結合してアゴニストの効果を阻害するが,それ自体には受容体と結合しても阻害効果を発揮できない物質をいうものであること(甲42・109頁)が記載されている。
このように,受容体と結合してアゴニスト(本件においてはPTH(1~84))の効果を阻害するものとして,アンタゴニスト以外にインバースアゴニストがあることは周知である。
ウ かかる認識の下,本件訂正明細書の図12を見ると,本件訂正明細書には図12に関する詳細な説明はないが,【0012】の「in vino」なる記載から,何らかの動物体内におけるカルシウム濃度変化であることは明らかであるし,図中の凡例「PTH1-84のみ」,「PTH7-84のみ」との記載から,これらのPTH(断片)が内在のものではなく,外から投与されたものであることが分かる。そうであるとすれば,図中の「対照」は,いずれのPTH(断片)も投与していない群であると理解できる。
そうすると,PTH(7~84)のみを投与した場合,血中のカルシウム濃度は,何も投与しない対照よりも顕著に低下していることが分かる。PTH(1~84)のみを投与した場合には,カルシウム濃度が上昇することから,PTH(7~84)は,PTH(1~84)の薬理作用と反対の作用を発現する薬物,すなわち,反作用薬=インバースアゴニストであることが理解される。
そして,「拮抗物質」とは,それ自体には受容体と結合しても阻害効果を発揮できない物質と定義されるから,PTH(7~84)は,拮抗物質ではない。とすれば,「in vivoで,拮抗物質または阻害物質(PIN)の役割をするという発見を含む(図12参照)」との記載から,図12に示されるPTH(7~84)は「阻害物質」であると解されるので,「阻害物質」とは,反作用薬=インバースアゴニストを意味することは明らかである。
エ 審決は,「PINとは,PTH受容体に結合する阻害性の拮抗物質の総称と理解され,PTH受容体の阻害についてしか訂正明細書に規定されていないから,インバースアゴニストとしての作用は有さないアンタゴニスト,すなわち,PTH受容体結合拮抗物質もPINに含まれ得る。」と判断している(審決書45頁「7 阻害物質(PIN)の意味について」の項)。
しかし,拮抗物質はすべて「阻害性」であるとする審決の判断は,PTH(7~84)のインバースアゴニスト作用を示す図12をわざわざ引用して,「拮抗物質または阻害物質」として,両者を区別した【0012】の記載を無視するものであり,誤りである。
なお,【0012】には,「PTH結合部位が遮断されるという点で,PTHまたはPTH類似体に関してPTH受容体を阻害することができる」との記載がある。しかし,「PTH結合部位が遮断されるという点で」との限定が付されていることからも明らかなように,ここでいう「阻害する」は,薬理学的用語としてではなく,一般的な動詞として用いられており,PTHまたはPTH類似体とPTH受容体との結合を「妨げる」という意味にすぎない。したがって,「拮抗物質」と併存するものとして言及されている「阻害物質」の意味を変容させるものではない。
オ 訂正発明1の「第1の抗体」等は,もし,これが血清中に存在するのであれば,周知のニュートラルアンタゴニスト(拮抗物質)であるPTH(3~84)を測り込むと考えられる。そうすると,審決のように,単なる拮抗物質も阻害性の断片であると解した場合,訂正発明1は,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく」との発明特定事項を充足しないことになってしまい,矛盾を生じる。
カ 図12は,「in vivo」なる記載から,PTH(断片)を外から投与した場合の何らかの動物体内におけるカルシウム濃度を示すグラフであることは明らかである。動物に対して何の処置もしていない場合,対照群では,PTHとカルシトニンとのバランスにより,血中カルシウム濃度はほぼ一定に保たれるはずであるが,図12の対照群では,カルシウム濃度の低下が認められる。これは,内因性のPTHの干渉を排除するための処置(副甲状腺切除術)が施された動物を実験に用いたことにより,PTHとは反対の作用を示すホルモンであるカルシトニンの作用により,血中カルシウム濃度が低下したことを示している(甲43の図10右上のグラフ参照)。
これに対し,PTH(7~84)断片を単独で投与した場合,血中カルシウム濃度は,対照群よりもさらに低下していることが分かる。この結果は,PTH(7~84)断片自体が,血中カルシウム濃度低下作用を有していることを示すものである。
以上のとおり,カルシトニンによる血中カルシウム濃度低下作用を考慮したとしても,図12により,PTH(7~84)が,PTH(1~84)とは逆の生理作用(血中カルシウム濃度低下作用)を有するインバースアゴニストであることは,十分に裏付けられている。
(2) 取消事由1-2(甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題の認定の誤り)
審決は,甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題は,PTHの生理学的アンタゴニストとして作用するかもしれない,「最初のN末端アミノ酸の欠損したフラグメント」を検出しないことにあると認定した。
確かに,甲8文献に接した本件特許の優先日当時の当業者は,当時の技術常識を斟酌して,ヒト血中に存在する非(1~84)PTH断片は,ニュートラルアンタゴニストとして作用する可能性があるということは,予測し得たかもかれない。
しかし,当時の当該分野の専門家は,そのような可能性のあるニュートラルアンタゴニストを検出しない新たなアッセイシステムの構築よりもむしろ,不活性なPTH断片が腎不全患者において正常人より多く存在することを予め想定して,インタクトPTHアッセイにおけるPTHの目標値を,正常人における上限より高く設定することによって,問題を解決しようとした(甲44~46参照)。
このことからも分かるように,甲8文献の記載に接した当業者は,審決が述べるような非(1~84)PTH断片を測り込まないアッセイシステムの構築よりもむしろ,非(1~84)PTH断片を測り込むことを念頭において,インタクトPTHアッセイの目標値を健常者より高めに設定することを想起したと解するのが相当である。
したがって,甲8文献の記載は,完全型PTHのみを測定することの必要性を示唆するものではない。審決の上記認定は誤りである。
(3) 取消事由1-3(相違点1の認定の誤り)
審決は,文言上は,訂正発明1における第1の抗体等と,甲8発明の抗アミノ末端シグナル抗体との相違を正しく認定しているように見える。
しかし,前記(1)のとおり,審決は,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味を誤って解釈したため,実質的な意味において,訂正発明と甲8発明との相違点1における,訂正発明1の「第1の抗体等が「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出すること」がない」ということが真に意味するところを誤って解釈している。
(4) 取消事由1-4(相違点1の容易想到性の判断の誤り)
審決は,PTH(7~84)が有しておらず,PTH(1~84)のみが有する領域であるPTH(1~6)に注目して,PTH(1~6)に対する抗体を甲8発明の「125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体」とすることは,当業者にとって容易になし得たことといえるとして,相違点1に係る訂正発明1の構成とすることは容易想到であると判断した。
しかし,以下のとおり,審決の上記判断は誤りである。
ア 前記(2)のとおり,甲8文献に接した本件特許の優先日当時の当業者は,当時の技術常識を斟酌して,ヒト血中に存在する非(1~84)PTH断片は,ニュートラルアンタゴニストとして作用する可能性があるということは,予測し得たかもしれないが,甲8文献の記載は,完全型PTHのみを測定することの必要性を示唆するものではない。
イ 訂正発明1は,PTH(7~84)が,それ自体でPTH受容体に対してPTH(1~84)とは反対の生理活性を発現するという発見をしたことに基づいている。インバースアゴニストである阻害性の非(1~84)PTH断片の存在が想定されていなければ,それを検出しないアッセイ系を構築しようなどと課題が生じるはずはないし,逆に,いかなる物かは不明であるが,阻害性の非(1~84)PTH断片が存在するとなった場合に,何を除外すればいいのか全く分からない状況では,当業者といえども,どの公知技術を組み合わせればよいか見当もつかないはずである。
したがって,仮に,甲8文献が,従来のインタクトPTHアッセイキットがN末端のごく少数のアミノ酸を欠くPTH断片を検出するらしいことを示唆し,他の公知技術が,そのような大きなPTH断片が,in vivoで,PTH受容体に結合するがそれ自体では該受容体の生理作用を阻害できない不活性な断片として作用するかもしれないことを示唆していたとしても「阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しない」という目的のために,それらを組み合わせることにより,「PTH(1~8)の配列に特異的で,PTH(1~6)と反応し,かつPTH(1~6)のうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする抗体等」を,第1の抗体等として用いることに想到し得るとは,到底考えられない。甲8文献も,審決が引用する他の公知技術も,「阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しない」という目標に向けて甲8発明を改良しようなどとの動機を何ら与えていない。
ウ 審決は,甲8文献の図2について,標準として加えられた合成PTH(7~84)の位置付近から検出値が得られたというだけで,高速クロマトグラフィー(HPLC)で検出されたものが,PTH(7~84)とまではいえないと認めつつも,甲8文献に接した当業者であれば,患者血清にPTH(7~84)が存在するかもしれないという強い示唆を受けるものといえると判断した。
しかし,HPLCでピークがずれるということは,検出されたピークがPTH(7~84)であるとまではいえないが,そうであることを強く示唆するものなどでは決してなく,むしろ,当該ピークがPTH(7~84)以外の非PTH(1~84)断片であることを示唆するものであリ,そのため,甲8文献では,possibly,potentiallyという確率が低いことを意味する単語を用いて,血清サンプル中のマイナーピークとPTH(7~84)とが関係する可能性が低いことを示している。
したがって,審決の上記判断も誤りである。
2 取消事由2(訂正発明1の効果の参酌の判断の誤り)
(1) 審決は,訂正発明1の効果として次のア~オを認定し,いずれも甲8文献に接した当業者であれば予測し得るものであると判断した。しかし,後記のとおり,審決の同判断は誤りである。
ア 効果1
「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく,生物学的サンプル中のヒト完全型副甲状腺ホルモン量を測定する」(訂正発明1の発明特定事項)ことができる。
イ 効果2
「本発明は,副甲状腺機能亢進等の副甲状腺疾患の患者を,正常状態または非罹病状態と識別する」(【0001】)ことができる。
ウ 効果3
図7及び【0030】からみて,慢性尿毒症患者の診断に寄与することができる。
エ 効果4
非w-PTHペプチド断片の値と,w-PTHの値と,またはこれらの値の組み合せとのいずれかの値を比較するか,またはこれらを独立に使用することにより,副甲状腺および骨関連の疾患状態を識別すること,ならびにこのような状態と正常な状態とを識別する」(【0001】)ことができる。
オ 効果5
図12に,PTH(7~84)のみを加えた(■)のグラフが記載されおり,w-PTHであるPTH(1~84)を加えなくともカルシウムの変化が起きていることが把握できる。これは,PTH(7~84)がインバースアゴニスト活性を有していることを示すものである。
(2) 効果1及び5(阻害性PTH(7~84)を検出しないという効果)について
審決は,PTH(1~6)に対する抗体を甲8発明の「125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体」とすれば,抗体の特性からみて,阻害性PTH(7~84)を検出しないという効果が奏されることは明らかであると判断した。
しかし,甲8文献にも,審決の引用する刊行物A~H(甲24~31)にも,PTH(7~84)が,アンタゴニストではなく,インバースアゴニストであることは,開示も示唆もされていないから,阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しないという効果は,到底予測し得るものではない。
(3) 効果2ないし4について
PTH(3~84)は,PTH(1~84)に対して大過剰に存在しても,in vivoでは拮抗物質としてすらほとんど機能しないことが,甲43の実験結果から強く示唆されており,PTH(7~84)についても,優先日当時の当業者の認識は同様であったはずである。
してみれば,腎不全患者などのヒト血中に仮にPTH(7~84)のようなアンタゴニストが存在するとしても,PTH(7~84)等による拮抗阻害は無視してよく,当該断片の影響は,PTH値を2~2.5倍に高く見積もるだけであり,実際,甲7を初めとして,本件特許の優先日当時は,ほとんどの当業者は,腎不全患者などではインタクトPTHアッセイにおけるPTHの目標値を正常人より高く設定することで対処していた。このように,非(1~84)PTH断片がニュートラルアンタゴニストであるからという理由では,w-PTH値を総PTH値から減算することにより,拮抗性の非(1~84)PTH断片値を得ることの意義は薄かったといわざるを得ない。
ところが,PTH(7~84)が阻害性の断片であることを訂正発明の発明者が明らかにしたことによって,ヒト体内における真のPTH作用は,PTH(1~84)値と阻害性の非(1~84)PTH断片値との比率もしくは差分により評価するのが望ましいという新しい理論が生まれた。非(1~84)PTH断片は,単に腎不全患者などで上昇してPTH(1~84)値の測定を邪魔しているのではなく,PTH(1~84)と阻害性の非(1~84)PTH断片とが互いに逆方向にカルシウム代謝を制御しており,患者における副甲状腺機能の状態(亢進状態にあるか低下状態にあるか)は両者のバランスに依存している。したがって,PTH(1~84)値と阻害性の非(1~84)PTH断片値とを知ることによって,初めて患者の病態を正しく評価することが可能となるのである。
したがって,PTHの測定が,副甲状腺機能の診断,尿毒症患者の診断,骨関連の疾患状態の識別に用いられ得ることが知られていたとしても,阻害性断片を測り込むことなく完全型のPTHを測定することは,さらに完全型と阻害性断片とを含めた総PTH量を測定して,それによって阻害性断片量を求め,完全型と阻害性断片との量比もしくは差分から,より正確な上記診断や識別を可能にするという格別の効果を奏するのであって(甲63参照),そのような効果については,甲8文献や他の優先日当時の公知文献からは全く予測不可能である。
3 取消事由3(訂正発明2ないし26の容易想到性の判断の誤り)
審決は,訂正発明2ないし26について,甲8発明及び周知の事項により当業者が容易に想到できると判断した。
しかし,訂正発明1に係る取消事由1及び2は,訂正発明2ないし26にもそのままあてはまる。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
第4被告の主張
1 取消事由1(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
(1) 取消事由1-1(「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味の解釈の誤り)について
ア 原告らは,本件訂正明細書は,「拮抗物質」と「阻害物質」を区別して用いていると主張する。
しかし,本件訂正明細書には,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」,すなわち,【0012】記載のPINは「拮抗物質=アンタゴニスト」であるとする記載と,PINは「阻害物質」であるとする記載とが混在しており(【0011】,【0012】,【0014】,【0029】,【図2】),「拮抗物質=アンタゴニスト」と「阻害物質」とを区別して用いていないことは明らかである。
イ 甲42文献の109頁の「アンタゴニスト」の項には,「アンタゴニストには競合的拮抗薬(competitive antagonist)と非競合的拮抗薬(noncompetitive antagonist)とがあり・・・」と記載されている。また,同文献の11~12頁の「アゴニスト」の項には,「部分アゴニストを完全アゴニストと共存させると,部分アゴニストは完全アゴニストに対して拮抗作用を示す」と記載されている。
このように,アンタゴニストであっても,非拮抗的(noncompetitive)であるものもあれば,アゴニストであっても,拮抗作用を示すものもある。
したがって,「阻害物質」をインバースアゴニストであると一義的に規定することはできず,当業者が「阻害物質」をインバースアゴニストであると当然に理解するものとは認められない。
以上のとおり,甲42文献は,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の解釈において,阻害性を反作用性に限定して解釈する根拠にはならない。
ウ 上記ア及びイのとおり,本件訂正明細書において「拮抗物質」と「阻害物質」とは区別されておらず,また,「阻害」には,拮抗阻害と非拮抗阻害があることが技術常識であるから,「阻害性」とは,そのメカニズムは不明であるが,結果として,受容体の生理活性を低下させる作用を意味すると解される。
したがって,仮に,本件訂正明細書の図12に示されるPTH(7~84)がインバースアゴニストであったとしても,インバースアゴニストは,広義の阻害物質に含まれ,かつ,【0012】の記載から,PINは,PTH(7~84)のみを意味するとは解されないことから,「阻害物質」が「反作用薬=インバースアゴニスト」のみを意味するといえないことは明らかである。
また,図12については,そのデータを得るための実験に用いられた材料及び方法が,本件訂正明細書には全く記載されていない。例えば,図12に記載の「PTH(7-84)」は,ヒト,げっ歯類又は他の動物起源であることができるが,本件訂正明細書には,その起源については何らの開示もなく,実験に用いられた細胞又は動物について何ら記載されていない。
したがって,当業者といえども,図12からは,インバースアゴニスト的な性質が認識できるにすぎず,図12から,PTH(7-84)はインバースアゴニストであると判断することはできない。
エ 原告らは,拮抗物質はすべて「阻害性」であるとする審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,本件訂正明細書の【0011】,【0012】,【0014】,【0029】及び【図12】の記載に照らせば,PINとは,PTH受容体に結合する阻害性の拮抗物質の総称と理解され,PTH受容体の阻害についてしか本件訂正明細書には規定されていないから,インバースアゴニストとしての作用は有さないアンタゴニスト,すなわち,PTH受容体結合拮抗物質もPINに含まれ得ると理解される。
(2) 取消事由1-2(甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題の認定の誤り)について
原告らは,甲44ないし46を引用し,甲8文献の記載は,完全型PTHのみを測定することの必要性を示唆するものではないと主張する。
しかし,甲44には,「さてintact PTH測定法は本邦でもだいぶ普及してきたが,腎不全において[1-84]以外のフラグメンツが測定値に干渉していることをLepageらは3種類の測定法で比較している。比較検討したのはNichols社製(NL),Incstar社製(IT)とDiagnostic System Laboratories社製(DSL)で,NLはITに比し平均23%測定値は高く,DSLはITに比し,40pml/l以下では23%,それ以上では56%も測定値が高く出た。またこれらのキットが測定したPTH分子をHPLCで分析すると[1-84]以外にもう一つ大きなピークが存在し,その割合はNLで36%,ITで24%,DSLで25%を占めた。以上より,intact測定法といっても腎不全では不活性フラグメンツを相当量計り込んでいることから,慢性腎不全における至適PTH濃度の上限は健康人の正常上限の2~2.5倍におくべきとしている3)。」(甲44・1頁,左欄下から右欄にまたがる段落。判決中・下線は被告が付した。この項において以下同じ。)と記載されている。さらに,この著者は,上記引用部分に先立ち,「intact PTH測定法が84個アミノ酸がそろった分子のみを測定する(略)」と記載している。
したがって,甲44は,(1-84)PTHのみを測定する目的で開発されたintact PTH測定法であっても,(1-84)PTH以外にもう一つ大きなピークが存在するため,84個アミノ酸がそろった分子のみを測定するという本来の効果が得られないことから,問題点が解決されたキットが提供されるまでの暫定的な対処方法を記載しているにすぎないと解するのが相当である。
したがって,(1-84)PTHのみを測定することができるキットを提供することの重要性は,甲8文献が刊行された後においても,依然として存在していた。
そして,甲8文献の記載(判決注・以下において「甲8-数字」とあるものは,審決が甲8文献の記載事項を摘記するに当たり付した番号である。)から,尿毒症試料には,従来技術であるIntact法では,検出してしまう非hPTH(1-84)があること(甲8-1,甲8-2,甲8-6),hPTH(7-84)フラグメントがこの非hPTH(1-84)である可能性があること(甲8-2,甲8-5,甲8-8),そして非hPTH(1-84)を検出しないアッセイの開発が必要なこと(甲8-1,甲8-5,甲8-7)が理解される。
したがって,甲8文献の上記記載に接した当業者は,完全型PTHのみを測定することの必要性を当然に理解する。原告らの上記主張は理由がない。
(3) 取消事由1-3(相違点1の認定の誤り)について
前記(1)のとおり,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味に係る審決の解釈に誤りはないから,相違点1の認定にも誤りはない。
(4) 取消事由1-4(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
原告らは,甲8文献も,審決が引用する他の公知技術も,「阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しない」という目標に向けて甲8発明を改良しようなどとの動機を何ら与えていないと主張する。
しかし,甲8文献の図2の説明には,「hPTH(7-84)標準」と記載されており,天然物ではなく合成したhPTH(7-84)を標準として添加していることが理解される。
また,甲8文献の「合成hPTH(7-84)(おそらく非(1-84)PTHと関係する断片である)」(甲8-2),「PTHの2つのピークと反応した」及び「小さいほうのやや疎水性の低いピークは,hPTH(1-84)の前,hPTH(7-84)(左矢印)のすぐ前方で移動した」との記載を考慮すれば,当業者は,患者血清中には,PTHにピークは2つしかなく,一方が完全型PTH,すなわち,hPTH(1-84)であり,他方が,非PTH(1-84)断片,すなわちPTH(7-84)である可能性が高いことを理解し,PTH(7-84)が存在することを予測するのが自然である。
原告らが主張するように,標準としての合成PTH(7~84)の矢印と図2の左側の小さい方のピークがずれていることを理由に,当該ピークがPTH(7~84)ではないことを強く示唆していると理解するのであれば,図2の右側の大きい方のピークもw-PTHではないことを示唆することになり,この論文の趣旨に相違することになる。
したがって,hPTH(7-84)を標準として用いていることを考慮すれば,当業者は,少なくとも,hPTH(7-84)を左のピークの最優先の候補と考えるのが自然である。原告らの上記主張は理由がない。
2 取消事由2(訂正発明1の効果の参酌の判断の誤り)について
(1) 効果1及び5(阻害性PTH(7~84)を検出しないという効果)について
原告らは,訂正発明1において,「阻害性の非(1~84)PTH断片」を検出しないという効果が奏されることは予測し得ないと主張する。
しかし,前記1(1)のとおり,「PINとは,PTH受容体に結合する阻害性の拮抗物質の総称」であるとの審決の判断に誤りはないから,原告らの上記主張は理由がない。
また,前記1(4)のとおり,甲8文献は,尿毒症試料における非PTH(1~84)断片としてのPTH(7-84)の存在を強く示唆しており,この記載に接した当業者であれば,当然に,訂正発明1の構成を想到する。PTH(7-84)を検出しないことを目的として,訂正発明1を構成したのであるから,PTH(7-84)を検出しないという効果は,当然に予測される。
(2) 効果2ないし4について
原告らは,PTH(1~84)値と阻害性の非(1~84)PTH断片値とを知ることによって初めて患者の病態を正しく評価することが可能となるとした上で,PTHの測定が,副甲状腺機能の診断,尿毒症患者の診断,骨関連の疾患状態の識別に用いられ得ることが知られていたとしても,阻害性断片を測り込むことなく完全型のPTHを測定することは,より正確な上記診断や識別を可能にするという格別の効果を奏し,審決のいう効果2ないし4については,甲8文献や他の優先日当時の公知文献からは全く予測不可能であると主張する。
しかし,前記1(1)のとおり,「PINとは,PTH受容体に結合する阻害性の拮抗物質の総称」であるとの審決の判断に誤りはないから,原告らの上記主張は理由がない。
なお,腎不全患者の病態の評価については,社団法人日本透析医学会による「透析患者における二次性副甲状腺機能亢進症治療ガイドライン」(乙1)によれば,「PTHは通常intact PTHとして測定され,副甲状腺機能の指標となる。」と規定されており,wholePTHについては,「1-84PTHの測定系であるbio-intact PTH あるいはwhole PTH の測定値から以下の式によりintact PTHの値に概ね換算することができる。Intact PTH=1-84PTH×1.7」と脚注に記載されているにすぎない。この考え方は,改定された「慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常の診療ガイドライン」(乙2)においても,踏襲されている。したがって,原告らがいうような,PTH(1~84)値と阻害性の非(1~84)PTH断片値とを知ることによって初めて患者の病態を正しく評価することが可能となるとの事実はない。
3 取消事由3(訂正発明2ないし26の容易想到性の判断の誤り)について原告らは,訂正発明2ないし26の容易想到性に係る審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,訂正発明2は,訂正発明1と同じ抗体を構成として含む発明である。訂正発明3ないし12は,訂正発明1に従属する発明である。また,訂正発明13は,訂正発明1においてヒトであるものをラットに置換した発明である。さらに,訂正発明14ないし26は,訂正発明1と同じ抗体を使用する分析方法に係る発明である。
したがって,訂正発明2ないし26についても,訂正発明1と同様の理由により,当業者が容易に想到し得るものであり,審決の上記判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 取消事由1-1(「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味の解釈の誤り)について
原告らは,審決が,訂正発明1の発明特定事項である「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味について,拮抗物質(受容体に結合するが,PTHの生理活性であるアデニル酸サイクラーゼ活性化を示さないニュートラルアンタゴニスト)も阻害物質に含まれると解釈したことについて,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」とは,PTH受容体のアンタゴニスト,すなわち,PTHと拮抗する物質ではなく,PTHとは逆の生理活性を有する物質,すなわち,いわゆるインバースアゴニストを意味するものであると主張する(前記第3の1(1))。
そこで,以下,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味について,本件訂正明細書の記載を参酌して検討する。
(1) 本件訂正明細書の記載
本件訂正明細書には,次の記載がある。
ア 「【発明の詳細な説明】
【0001】 [技術分野]
本発明は,副甲状腺機能亢進等の副甲状腺疾患の患者を,正常状態または非罹病状態と識別する,斬新な方法および装置に関する。生物学的試料中の完全型副甲状腺ホルモン(以下,w-PTHと略す)すなわち非断片化PTH1~84,ならびにPTH拮抗物質の役割を果たすことができる非w-PTHペプチド断片を検出する。非w-PTHペプチド断片の値と,w-PTHの値と,またはこれらの値の組み合せとのいずれかの値を比較するか,またはこれらを独立に使用することにより,副甲状腺および骨関連の疾患状態を識別すること,ならびにこのような状態と正常な状態とを識別することが可能である。」
イ 「【0003】
[背景技術]
カルシウムは,細胞透過性,骨および歯の形成,血液凝固,神経インパルスの伝達,および通常の筋収縮において非常に重要な役割を果たす。血中カルシウムイオン濃度は,カルシトロールおよびカルシトニンと共に,主として副甲状腺ホルモン(PTH)により制御される。カルシウム取り込みおよび排泄は変化する可能性があるが,PTHは,フィードバック機構により細胞内および周囲の体液中における安定したカルシウム濃度の維持に役立つ。血清カルシウムが低下すると,副甲状腺はPTHを分泌し,貯蔵カルシウムの放出に影響を及ぼす。血清カルシウムが上昇すると,PTH分泌低下により,貯蔵カルシウム放出が阻害される。
【0004】
完全型のヒトPTH(本技術分野ではhPTHと呼ばれることもあるが,本発明では,完全型PTHまたはw-PTHと呼ぶ)は,図1に示す通り,独特の84アミノ酸ペプチド(配列番号1)である。このペプチドは,プロテインキナーゼC活性化に関与するドメイン(アミノ酸残基28~34)ならびにアデニル酸サイクラーゼ活性化に関与するドメイン(アミノ酸残基1~7)を含み,骨に対して同化作用を有することが研究で確認されている。しかし,腺内代謝または末梢代謝により生成される公算が高い様々な異化作用型の分解されたPTHペプチドまたは断片化PTHペプチドが循環内に存在する。たとえば,w-PTHは,アミノ酸34と35の間で切断されて,(1~34)PTHのN末端断片と(35~84)PTHのC末端断片が生じ得る。同様に,アミノ酸36と37の間または37と38の間で切断が起こり得る。最近,PTHのN末端付近で切り取られた「非(1~84)PTH」と呼ばれる大きなPTH断片が開示された。(・・・)。
【0005】
PTHの正確な測定が臨床上必要性ママなことは,十分に証明されている。血清PTHレベルは,以下の疾患を有する患者にとって最も重要な指標の1つである。それらは,家族性低カルシウム尿症,高カルシウム尿症,多発性内分泌腺腫症I型およびII型,骨粗鬆症,パジェット骨疾患,副甲状腺の過形成および腺腫に起因する原発性副甲状腺機能亢進,偽副甲状腺機能低下,および続発性副甲状腺機能亢進を引き起こす恐れがある腎不全である。
・・・
【0007】
人間において,生物学的に活性な循環しているPTHレベルの測定が行われてきた。1つの重大な問題は,PTHが,通常は10~65pg/mlという低レベルで存在することである。極めて循環レベルが低いことに加えて,PTHが不均質性であることおよびその多くの循環断片があるという問題がある。多くの場合,イムノアッセイは,循環PTH断片による実質的且つ有意な阻害に直面している。たとえば,幾つかの市販されているPTHキットは,非(1~84)PTH断片と,ほぼ100%の交差反応を示す(LePageの論文を参照)。
【0008】
PTHイムノアッセイは長い年月をかけて変化してきた。・・・
【0009】
PTH断片の阻害をなくすために,Nichol’s Institute of San Juan Capistrano,CaliforniaによるAllegro(登録商標)Intact PTHアッセイ等の,インタクトPTH(I-PTH)用の放射免疫測定法(IRMA)が導入された。1つの方式では,捕捉抗体がhPTHのC末端部分に特異的に結合し,標識抗体が捕捉されたhPTHのN末端に特異的に結合する。別の方式では,2つのモノクローナル抗体が使用され,その両者がhPTHのN末端部分に付着する。残念ながら,これらのアッセイでは,w-PTHペプチドと非w-PTHペプチド断片が測定されるが,両者が識別されないため,問題がある。非w-PTH断片の内因性濃度がかなり大きい副甲状腺機能亢進患者および腎不全患者では,このように識別不可能であることが表面化している。」
ウ 「【0011】
[発明の開示]
本発明は,副甲状腺疾患患者(たとえば,原発性副甲状腺機能亢進,続発性副甲状腺機能亢進,およびその時期)を,正常状態または非罹病状態と識別するため,治療中または治療後の副甲状腺の機能をモニタリングするため,すなわち,手術中および手術後の副甲状腺機能のモニタリングならびに治療,および副甲状腺関連の骨疾患および副甲状腺機能亢進症の治療効果のモニタリングを行うための斬新な方法および装置に関する。すなわち,生物学的な試料のw-PTHすなわち非断片化PTH,PTH拮抗物質の役割を果たすことができる非w-PTHペプチド断片,またはこれら2つの値の組み合せのいずれかの少なくとも1つという,3つの異なるパラメータの,血清中または血中レベルを検出する。これらの値の間の関係,ならびに値そのものが,健常者と副甲状腺疾患の患者との間で著しく異なるため,2つの値を比較するか,上記3つの値の1つを独立に試験することにより,副甲状腺および骨関連の疾患状態を識別し,疾患状態と正常な状態とを識別することができる。
【0012】
本発明は,(配列番号2[PTH3~84])から(配列番号3[PTH34~84])までの間のアミノ酸配列を有するペプチドであるところの或る大きな非w-PTHペプチド断片は,in vivoで,w-PTHの拮抗物質または阻害物質(PIN)の役割をするという発見を含む(図12参照)。換言すれば,w-PTHのPTH受容体への結合およびその後の生物学的活性は,このPINペプチド断片の存在による影響を受ける。PTH結合部位が遮断されるという点で,PTHまたはPTH類似体に関してPTH受容体を阻害することができる。w-PTH濃度とPIN濃度との関係はPTH関連疾患によって異なり,従って,これらの関係は疾患状態を示すものである。本発明は,PINの拮抗物質性が明らかになったことを考慮すると同様に役に立つ副甲状腺関連の骨疾患,および結果として生じる骨損失または増加をモニタリングするための斬新な方法および装置に関する。PINが増量することにより,PTHのカルシウム放出活性が阻害される。
【0013】
w-PTHを測定する際に,PINを測定することは望ましくない。血清,血漿または血液等の試料中のw-PTH量を測定する本発明の方法は,PTHペプチドSER-VAL-SER-GLU-ILE-GLN-LEU-MET(配列番号4)に特異的な第1の抗体を使用するか抗体断片を使用するかによって異なってもよく,少なくとも4つのアミノ酸を認識する抗体が,従来のイムノアッセイ形式におけるシグナル抗体または捕捉抗体のいずれかとしての,ペプチドの抗体反応部分の一部である一般的な様式を含む。(他の種に存在する類似したペプチド,たとえば,第1のアミノ酸セリンがアラニンで置換されているラットペプチドを使用することもできる)。シグナル抗体または捕捉抗体のいずれかとして使用する場合,存在する全てのw-PTHに結合させるのに十分な抗体を加える。次に,第1の抗体を,存在するあらゆるw-PTHに結合させ,それによって複合体を形成させる。複合体を,好ましくはw-PTHのC末端にて,標識するために,第2の抗体および従来のイムノアッセイ標識,たとえば化学発光剤,測色剤,エネルギー移動剤,酵素,蛍光剤,および放射性同位元素を含む特異的結合標識が使用され,また,第1の抗体と実質的に同時に,あるいは第1の抗体に続いて,加えることができる。最終的に,従来の技術を使用して標識複合体の量を測定し,それによって,試料中のw-PTHレベルを算出する。シグナル抗体を使用する場合,第1の抗体は依然としてN末端にて付着するが,第2の抗体はC末端にて付着する補足抗体の役割を果たす。
【0014】
PINを測定する際に,PINを直接測定することもでき,あるいは間接的に測定することもできる。最初にw-PTHを測定し,次いで総PTHを測定することにより,間接的測定を行うことができる。w-PTH値を総PTH値から減算することにより,PIN値が得られる。(本発明では,「総PTH」は,w-PTH(天然の主たるPTH受容体結合作動物質)とPIN(天然の主たるPTH受容体結合拮抗物質)との和を指す。)総PTHアッセイは,配列番号4ではなく,PTHのN末端を検出することにより,PINとw-PTHの両者を検出する。PTHのアミノ酸7~38を検出することにより,このアッセイは,両者を検出することができる。市販の総PTH用アッセイは,Scantibodies Laboratory,Inc.of Santee,Californiaから入手できる。・・・
【0015】
副甲状腺疾患状態と正常な状態とを識別するため,または副甲状腺疾患状態の治療効果をモニタリングするために,w-PTH値,PIN値,または総PTH(w-PTHとPINとの組み合せ)値の間の関係,換言すれば,PIN値と総PTH値,PIN値とw-PTH値,またはw-PTH値と総PTH値の間の関係を比較することができる。たとえば,w-PTHと総PTH,PINと総PTH,またはPINとw-PTHとの間の比率を使用することができる。(比較は,これらの全因子の神経回路網の形をとることさえ可能である。)選択される比較方法に関わらず,これらの値は,健常者と副甲状腺疾患患者との間で,また副甲状腺疾患の様々な時期の間で,有意に異なる。
【0016】
あるいは,副甲状腺疾患状態と正常な状態を識別するか,w-PTH,PIN,または総PTH単独のいずれかの値を独立に試験することによって副甲状腺疾患状態に対する治療効果をモニタリングすることができる。」
エ 「【0017】
[本発明を実行するための最良の形態]
本発明を開示するにあたって,多数のよく似た,種依存的PTH型が存在することを念頭に置かなければならない。hPTHのアミノ酸配列を図1に示す。しかし,たとえば,ラットPTH,ウシPTH,またはブタPTHの場合,hPTH配列のアミノ酸の幾つかに置換が見られる。本発明の場合,抗体または抗体断片を互換的に使用して,これらのPTHを測定することができるが,PTH測定が行われる種と一致する配列をもつPTHに特異的な抗体を使用することが好ましい。」
オ 「【0018】
[w-PTHイムノアッセイ]本発明の好ましい態様は,図2および3に示す,しばしばサンドイッチアッセイと呼ばれる放射免疫測定法(IRMA)である。このようなアッセイ(10)で使用される要素としては,固体支持体(14)に付着させた捕捉抗体(12),およびそれに付着させた,標識(18)を有するシグナル抗体(16)を含む。図2に示す通り,一般に,C末端断片(22)に特異的な捕捉抗体が選択され,標識抗体は,アデニル酸サイクラーゼ活性化用ドメイン(24)を含むw-PTH先端部分のペプチド配列に特異的である。しかし,図3に示す通り,これらの抗体の特異性を逆転させることも可能である。」
カ 「【0023】
[先端部分のw-PTH配列ペプチド]
上記アッセイにおけるシグナル抗体を作製するために,まず,hPTH(Ser-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met),ラットPTH(Ala-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met)のいずれかに対応する合成PTHペプチド,または共通配列における少なくとも先端部分の4つのアミノ酸を作製する。選択されたペプチドは,アッセイを行う上で,2つの役割を果たすことができる。第1に,ポリクローナル抗体あるいはモノクローナル抗体を作製する特異的な材料である。第2に,所望のシグナル抗体または捕捉抗体を単離するためのアフィニティ精製法の材料である。」
キ 「【0026】
[先端部分のアミノ酸配列を認識するw-PTH抗体]アフィニティ精製抗(1~6)PTH抗体を作製するために,先ず,上述の選択された先端部分のPTH配列ペプチドを,ヤギに注入する免疫原として使用する。このペプチドは,注射用免疫原として単独で,一般に約5,000~10,000,000の分子量をもつ非PTHペプチドに組み込んで,w-PTH完全配列の一部として,使用することができる。この免疫原を,同量のフロイント完全アジュバント(軽鉱油,Arlacelデタージェント,および不活化結核菌の混合物である)と混合する。このようにして得られた混合物をホモジナイズして水/油乳剤を作製し,これを,抗体を作製するために動物(一般にヤギ)に注入する。免疫原用量は約50~400μgである。以後毎月,同用量の免疫原複合体をフロイント完全アジュバントを除いてヤギに毎月注入する。免疫後約3ヶ月後から,ヤギから毎月採血する。遠心分離により血液から赤血球を分離し,(1~6)PTH抗体が多い血清(抗血清)を分離する。」
ク 「【0028】
[w-PTHアッセイと総PTHアッセイとの間の比較]
本発明のw-PTH IRMAアッセイと,従来のインタクトPTHすなわちI-PTHイムノアッセイ,Allegro Nichols Intact-PTHアッセイ(Nichols Institute Diagnostics of San Juan Capistrano社,California,U.S.Aにより市販および作製されている)とを,PTH正常者と慢性尿毒症罹患者との両者で比較した。このI-PTHイムノアッセイは,PINとPTHの間で100%交差反応性であるため,事実上,総PTHアッセイである(図10参照)。
【0029】
図5に,本発明のw-PTH IRMAアッセイおよび上記I-PTHアッセイの両方で測定した健常者からの正常なヒト血清試料34検体の結果を示す。各例で,IRMAにより検出されるw-PTHレベルは,I-PTHアッセイで報告されるw-PTHレベルより低く,本IRMAが,I-PTHアッセイで検出される阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しないことがわかる(図11参照)。図11は,このような阻害がいかにして発生するかを示す図である。本発明における,先端部分のPTHペプチド配列に特異的でないN末端のPTHに特異的なシグナル抗体を検出することができる。w-PTH(図6の上部)のみならず,PIN,非(1~84)PTH断片(図6の下部)も検出することができる。
【0030】
慢性尿毒症患者157例のアッセイ結果の比較を図7に示す。w-PTH IRMAおよび上記I-PTHを使用して,これらの患者からの血清試料を測定した。各例で,w-PTHレベルはI-PTH値より低い。」
ケ 「【0031】
[臨床使用]
188例を含む臨床状況で,本発明のw-PTHアッセイおよびPINアッセイを使用した。このグループには,健常な副甲状腺を有する31例および連続して透析を受けている慢性尿毒症患者157例が含まれていた。各人の血液試料を採取し,Scantibodies Laboratory,Inc.からのw-PTHアッセイ,ならびに総PTH値を与えるNichols InstituteからのI-PTHアッセイを使用して測定した。
・・・
【0040】
明らかに,これらの2群の中央値における統計学的な有意差から,これらのアッセイを単独で使用することにより,あるいはそれぞれの値を比較することにより2つを識別できることが分かる。
【0041】
【表3】
file_2.jpgBHO | RPTH | w-PT | PIN | PTH] woPT) @PTH 947 | (pein) | oH (po/mt) | cate | oH | eaee (g/m) PIN | avs | @PTH | orn SaReE | 300 Tee Tar | 46% 8% 55% (n=187) 158% | «31% Tommi <o om」
コ 「【図面の簡単な説明】
【図1】
ヒトw-PTHの線図である。
【図2】
本発明の抗体をトレーサーエレメントとして使用したw-PTHアッセイの線図である。
【図3】
本発明の抗体を捕捉エレメントとして使用したw-PTHアッセイの線図である。
・・・
【図6】
従来のI-PTHアッセイにおける,PINによる阻害を示す線図である。
【図7】
慢性尿毒症患者に関する,従来のI-PTHアッセイと本発明のw-PTHアッセイとと(ママ)を比較するグラフである。
・・・
【図9】
受容体レベルで,いかにして,PINがw-PTHの作用を遮断し,それによって,人間がw-PTHの生物学的作用に非感受性になるかを示す線図である。
【図10】
本発明で使用する総PTHアッセイにおける、w-PTHとPINの完全な交差反応性を示すグラフである。
【図11】
本発明で使用するw-PTHアッセイが,いかにPINを検出しないかを示すグラフである。
【図12】
PINが,いかにw-PTHのin vivoインヒビターであるかを示すグラフである。」
サ 図面
【図1】
file_3.jpg【図2】
file_4.jpgFIG. 2【図3】
file_5.jpgFIG. 3【図6】
file_6.jpg【図7】
file_7.jpgman FIG. 7 ao wD ao【図9】
file_8.jpgFIG. 9 \ SES “i【図10】
file_9.jpgFIG. 10【図11】
file_10.jpgoz b (opme 1000) FIG. 11【図12】
file_11.jpgFIG. 12 AUIDLORED (ma/d1 em 0)(2) 「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味について
ア 訂正発明1の概要
前記第2の2において認定した特許請求の範囲の請求項1の記載及び前記(1)において認定した本件訂正明細書の記載によれば,訂正発明1は,概要,次のとおりのものであると認められる。
(ア) 血中カルシウムイオン濃度は,カルシトロール,カルシトニンと共に,主としてPTH(副甲状腺ホルモン)により制御されている。血清カルシウムが低下すると,副甲状腺は,PTHを分泌し,貯蔵カルシウムを放出して血清カルシウムを上昇させ,一方,血清カルシウムが上昇すると,PTHの分泌を低下させ,貯蔵カルシウムの放出が阻害される(【0003】)。
完全型のヒトPTH(本技術分野では,「hPTH」と呼ばれることもあるが,本件訂正明細書では,「完全型PTH」又は「w-PTH」も同義。)は,84個のアミノ酸からなるペプチドであり,プロテインキナーゼC活性化に関与するドメイン(アミノ酸残基28~34)及びアデニル酸サイクラーゼ活性化に関与するドメイン(アミノ酸残基1~7)を含んでいる。
しかし,腺内代謝又は末梢代謝により生成される公算が高い様々な異化作用型の分解されたPTHペプチド又は断片化されたPTHペプチドが循環内に存在する(【0004】)。
そのため,生物学的に活性なPTHを正確に測定することが臨床上必要であることが知られていた(【0005】,【0007】)。
(イ) PTHの測定法について,従来,PTH断片の阻害をなくすために,hPTHのC末端部に特異的に結合する捕捉抗体と,hPTHのN末端部に特異的に結合する標識抗体という,2つの抗体に結合する物質を検出するサンドイッチアッセイ法とも呼ばれる,ニコルス社製のインタクトPTHアッセイ等の,インタクトPTH(I-PTH)用の放射免疫測定法(IRMA)が導入された。しかし,これらのアッセイでは,w-PTHとペプチドと非w-PTHペプチド断片が識別されないため,非w-PTH断片の内因性濃度がかなり大きい副甲状腺機能亢進患者及び腎不全患者では,両者を識別できないことが問題となっていた(【0008】,【0009】,【0018】)。
(ウ) そこで,訂正発明1は,w-PTHすなわち非断片化PTHと,PTH拮抗物質の役割を果たすことができる非w-PTHペプチド断片(PIN)を識別して検出でき,正確なw-PTHの量を測定できる抗体を含むキットを提供することを課題とするものである(【0001】,【0011】~【0016】)。
(エ) 訂正発明1は,上記課題を解決するために,a)Ser-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met(配列番号4)からなるヒト完全型副甲状腺ホルモンの初期ペプチド配列に特異的な第1の抗体又は抗体断片であって,該初期ペプチド配列中のSer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln((1~6)PTH)と反応し,かつ(1~6)PTHのうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする,標識された第1の抗体又は抗体断片と,b)前記ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列34から84(配列番号3)を認識する第2の抗体又は抗体断片とを含むキットとしたものである(【請求項1】,【0017】,【0018】)。
(オ) これにより,訂正発明1は,阻害性の非(1~84)PTH断片(PIN)を検出しないキットを提供するという効果を奏するものである(【0029】)。
イ 上記ア認定の訂正発明1が解決しようとする課題及び同発明が奏する効果に照らせば,訂正発明1にいう「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく,生物学的サンプル中のヒト完全型副甲状腺ホルモン量を測定するキット」における「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」とは,PTH拮抗物質の役割を果たすことができる非w-PTHペプチド断片(PIN)を意味するものであることが認められる。
(3) 原告らの主張について
原告らは,本件訂正明細書の【0012】において,「拮抗物質または阻害物質(PIN)の役割をするという発見を含む(図12参照)。」として,「拮抗物質」と「阻害物質」を区別して用いているところ,甲42文献によれば,受容体と結合してアゴニスト(作動薬,作用薬)の効果を阻害するものとして,アンタゴニスト(拮抗薬,遮断薬)以外にインバースアゴニスト(反作用薬)があることが周知であり,かかる認識の下,図12を見ると,図12に示されるPTH(7~84)は,PTH(1~84)の薬理作用と反対の作用を発現する薬物,すなわち,反作用薬=インバースアゴニストであることが理解され,「拮抗物質」とは,それ自体には受容体と結合しても阻害効果を発揮できない物質と定義されるから,PTH(7~84)は,拮抗物質ではなく,そうだとすれば,当業者であれば,図12と【0012】の上記記載から,PTH(7~84)は「阻害物質」であると理解するので,「阻害物質」とは,反作用薬=インバースアゴニストを意味することは明らかであると主張する(前記第3の1(1)アないしウ)。
しかし,以下のとおり,原告らの上記主張は採用することができない。
ア(ア) まず,甲42文献(平成10年10月8日発行)には,原告らが主張するように,「アゴニスト(作動薬,作用薬)」とは,受容体の結合により受容体の構造変化をもたらし,続いて種々の生理作用を示す物質をいい,アゴニストの薬理作用と反対の作用を発現する薬物を「インバースアゴニスト(反作用薬)」ということ(甲42・11~12頁),また,「アンタゴニスト(拮抗薬,遮断薬)」とは,受容体に結合してアゴニストの効果を阻害するが,それ自体には受容体と結合しても阻害効果を発揮できない物質をいうものであること(甲42・109頁)が記載されている。
上記記載によれば,原告らが主張するように,受容体と結合してアゴニストの効果を阻害するものとして,アンタゴニスト(拮抗薬,遮断薬)以外にインバースアゴニスト(反作用薬)があること,それ自体は周知であったものと認められる。
(イ) しかし,甲42文献には,「アンタゴニストには競合的拮抗薬・・・と非競合的拮抗薬・・・とがあり,前者はアゴニストの平衡定数Kmを変化させ,結合速度Vmaxを変化させずに,後者はKmを変化させずVmaxを変化させて,その阻害効果を示す」(甲42・109頁)との記載もあり,前記(ア)の記載とは反対に,アンタゴニスト(拮抗薬,遮断薬)が,阻害効果を示すものとして記載されている。
このような記載ぶりからすると,甲42文献は,「阻害効果」という語について,同一の意味を持つものとして首尾一貫した記載をしているものとはいえない。
また,甲42文献によれば,インバースアゴニストは,「反作用薬」と訳されており(同・11~12頁),「阻害薬」,「阻害剤」のように,「阻害」の語を含む訳は付されていない。
さらに,発明の名称を「副甲状腺ホルモン拮抗剤」とする特開昭63-313800号公報(審決が引用している刊行物C。甲26)の明細書には,「生体内でPTHを阻害するものの作用剤としては機能しない・・・がある。・・・N末端からアミノ酸2~6個が除かれたPTH類似体は,環状AMP濃度の変化を生じさせることなくペプチドホルモンレセプターと高親和性でなおも結合する阻害剤を提供することになる。」(甲26・明細書10頁18行~11頁10行)との記載があり,ここでは,拮抗薬として作用するものが「阻害剤」と表記されている。
以上のとおり,①生化学辞典である甲42文献ですら,「阻害効果」という語について,同一の意味を持つものとして首尾一貫した記載をしていないこと,②甲42文献において,「インバースアゴニスト」という語は,「反作用薬」と訳されており,「阻害薬」,「阻害剤」のように,「阻害」の語を含む語としては訳されていないこと,③特許公報において,拮抗剤として作用するものが「阻害剤」と表記されていることからすると,本件特許の第1優先日(平成11年1月14日)時点において,「阻害剤」の語は,「拮抗薬」ないし「拮抗剤」と異なる別の概念ではなく,「拮抗薬」ないし「拮抗剤」を含む概念であることが技術常識であったものと認められる。
イ 次に,本件訂正明細書の記載を見ると,確かに【0012】には,「拮抗物質または阻害物質(PIN)」として,「拮抗物質」と「阻害物質」が異なる物質であるかのように読める記載がある。
しかし,本件訂正明細書には,その他に,PINについて,「PINの拮抗物質性が明らかになった」(【0012】),「PIN(天然の主たるPTH受容体結合拮抗物質)」(【0014】)というように,PINを拮抗物質であるとする記載がある一方で,「阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しないことがわかる(図11参照)。図11は,このような阻害がいかにして発生するかを示す図である」(【0029】)との記載及び【図面の簡単な説明】における「【図11】本発明で使用するw-PTHアッセイが,いかにPINを検出しないかを示すグラフである」との記載や,【図面の簡単な説明】における「【図12】PINが,いかにw-PTHのin vivoインヒビターであるかを示すグラフである。」との記載のように,PINを阻害性の物質であるとする記載もある。
また,本件訂正明細書の【0012】には,「w-PTHのPTH受容体への結合およびその後の生物学的活性は,このPINペプチド断片の存在による影響を受ける。PTH結合部位が遮断されるという点で,PTHまたはPTH類似体に関してPTH受容体を阻害することができる」との記載があるところ,ここで記載されているPTH(7-84)すなわちPINの作用機序は,一般的な拮抗物質の作用機序と何ら異なるものではない。そして,本件訂正明細書には,他に,PINの作用機序が,一般的な拮抗物質の作用機序と異なるものであることを示す記載はない。
そして,前記アのとおり,本件特許の第1優先日(平成11年1月14日)時点において,「阻害剤」の語は,「拮抗薬」ないし「拮抗剤」と異なる別の概念ではなく,「拮抗薬」ないし「拮抗剤」を含む概念であることが技術常識であったことに照らして本件訂正明細書の上記のような記載ぶりを見ると,本件訂正明細書が,「インヒビター」ないし「阻害物質」を,「拮抗物質」とは異なる別の物質として記載しているものと認めることはできない。
そうすると,【0012】には,「拮抗物質または阻害物質(PIN)」として,「拮抗物質」の語と「阻害物質」の語が併記されてはいるものの,これらの語を併記することに格別の技術的意義があるとは認められず,「拮抗物質」の語の言い換えとして「阻害物質」の語が併記されているものと認めるのが相当である。
ウ 原告らは,受容体と結合してアゴニストの効果を阻害するものとして,アンタゴニスト(拮抗薬,遮断薬)以外にインバースアゴニスト(反作用薬)があることが周知であり,かかる認識の下,図12を見ると,図12に示されるPTH(7-84)は,反作用薬=インバースアゴニストであることが理解されると主張する。
しかし,本件訂正明細書には,図12について,【図面の簡単な説明】における「【図12】PINが,いかにw-PTHのin vivo インヒビターであるかを示すグラフである。」との記載及び「本発明は,・・・或る大きな非w-PTHペプチド断片は,in vivoで,w-PTHの拮抗物質または阻害物質(PIN)の役割をするという発見を含む(図12参照)。換言すれば,・・・PTH結合部位が遮断されるという点で,PTHまたはPTH類似体に関してPTH受容体を阻害することができる。・・・本発明は,PINの拮抗物質性が明らかになったことを考慮すると同様に・・・PINが増量することにより,PTHのカルシウム放出活性が阻害される。」(【0012】)との記載があるのみであり,図12の実験条件については何ら記載されておらず,また,図12に示されるPTH(7-84)がインバースアゴニストであることについては,明示の記載はもとより,これを示唆する記載もない。
そうすると,受容体と結合してアゴニストの効果を阻害するものとして,アンタゴニスト(拮抗薬,遮断薬)以外にインバースアゴニスト(反作用薬)があること自体は周知であるものの,本件訂正明細書に接した当業者が認識することは,図12に示されたPTH(7-84)が,本件訂正明細書におけるPINの一つであり,in vivoにおいて拮抗物質として作用するものであることにとどまり,原告らが主張するような,PTH(7-84)がインバースアゴニストであるということについては,その可能性があると認識することはあり得るとしても,当業者であれば,図12に示されるPTH(7-84)は明らかにインバースアゴニストであると認識するものとは到底いえない。
そうだとすると,当業者は,本件訂正明細書に記載されている「阻害物質」の語を,「拮抗物質」の語の言い換えとして併記されているものとの認識に基づき,図12に示されるPTH(7-84)は,本件訂正明細書に記載されている「拮抗物質」又はその言い換えとしての「阻害物質」に含まれるものであると理解するものと認められる。
したがって,図12に示されるPTH(7-84)が反作用薬=インバースアゴニストである可能性があると認識することはあり得るとしても,このことが,本件訂正明細書に記載の「阻害物質」が,反作用薬=インバースアゴニストのみを意味するものと解すべき根拠にはならない。
エ 原告らは,拮抗物質はすべて「阻害性」であるとする審決の判断は,PTH(7~84)のインバースアゴニスト作用を示す図12をわざわざ引用して,「拮抗物質または阻害物質」として,両者を区別した【0012】の記載を無視するものであり,誤りであると主張する(前記第3の1(1)エ)。
しかし,本件訂正明細書が,「インヒビター」ないし「阻害物質」を,「拮抗物質」とは異なる別の物質として記載しているものと認めることができないことは,前記イのとおりであり,審決の上記判断に誤りはない。原告らの上記主張は採用することができない。
オ 原告らは,訂正発明1の「第1の抗体」等は,もし,これが血清中に存在するのであれば,周知のニュートラルアンタゴニスト(拮抗物質)であるPTH(3~84)を測り込むと考えられるから,単なる拮抗物質も阻害性の断片であると解した場合,訂正発明は,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく」との発明特定事項を充足しないことになってしまい,矛盾を生じるとも主張する(前記第3の1(1)オ)。
しかし,本件訂正明細書に記載の「拮抗物質」が,これまで確認されている周知の拮抗物質のすべてを含むと解する根拠はない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
カ 原告らは,カルシトニンによる血中カルシウム濃度低下作用を考慮したとしても,図12により,PTH(7~84)が,PTH(1~84)とは逆の生理作用(血中カルシウム濃度低下作用)を有するインバースアゴニストであることは,十分に裏付けられていると主張する(前記第3の1(1)カ)。
しかし,図12に示されるPTH(7~84)が,反作用薬=インバースアゴニストであると理解することが可能であるとしても,このことが,本件訂正明細書に記載の「阻害物質」が,反作用薬=インバースアゴニストのみを意味するものと解すべき根拠にはならないことは,前記ウのとおりである。原告らの上記主張は採用することができない。
(4) 小括
以上のとおり,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味に係る審決の解釈に誤りはない。
2 取消事由1-2(甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題の認定の誤り)について
原告らは,審決が,甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題は,PTHの生理学的アンタゴニストとして作用するかもしれない,「最初のN末端アミノ酸の欠損したフラグメント」を検出しないことにあると認定したことについて,甲8文献の記載は,完全型PTHのみを測定することの必要性を示唆するものではなく,審決の上記認定は誤りであると主張する(前記第3の1(2))ので,以下,検討する。
(1) 甲8文献の記載
甲8文献には,次の記載がある(訳文は甲38。判決注・記載事項の冒頭に「(甲8-数字)」とあるものは,審決が甲8文献の記載事項を摘記するに当たり付した番号である。)。
ア(甲8-1)
「循環血中非(1-84)副甲状腺ホルモン(PTH)断片は,尿毒症患者試料におけるインタクトPTH市販用アッセイ測定を有意に妨害する」(805頁 標題)
イ(甲8-2)
「我々はこれまでに,インタクト副甲状腺ホルモン(I-PTH)に対するニコルスアッセイが,非(1-84)分子型のPTHと反応することを証明した。この型は,カルボキシ末端断片として挙動するとともに,腎不全において蓄積し,測定される免疫反応性の40-60%に相当する。我々は,これがその他の市販用の2部位I-PTHアッセイに共通した事象であるかどうかを確かめることを望んだ。こうして我々は,3つの市販用キット[ニコルス(NL),インクスター(IT),及びダイアグノスティクシステムラボラトリーズ(DSL)]の能力,すなわち112名の腎不全患者においてI-PTHを測定する能力,及び10-100pmol/LのI-PTH濃度の尿毒症患者から得たプール血清のHPLCプロファイル上のhPTH(1-84)と非(1-84)PTHを検出する能力を比較した。非(1-84)PTHと関連している可能性がある断片である合成hPTH(7-84)の挙動についても,3つのアッセイにおいてhPTH(1-84)と比較された。112名の腎不全患者において3つのアッセイで測定されたI-PTH濃度は,高度に相関し(r2≧0.89,P<0.0001),NLで測定された値は,平均で,ITよりも23%高かった。DSLで測定した値は,ITよりも,40pmol/L未満および40pmol/Lより高い値に対して,それぞれ23%および56%高かった。3つのアッセイは,4つの異なるプロファイルにおいてhPTH(1-84)及び非(1-84)PTHに相当する2つのHPLCピークを検出した。この後者のピークは,NLの免疫反応性の36±8.4%,ITの24±5.5%,DSLの25±2.8%を示した(NLvs IT or DSL:P<0.05)。これらの相違は,IT及びDSLのhPTH(7-84)に対する免疫反応性がhPTH(1-84)と比較して50%低いが,NLはそうではないことによることが確認された。これらの結果は,2部位I-PTHアッセイのほとんどは,非(1-84)PTH物質と交差反応することを示唆し,これは,骨病変の無い尿毒症患者において報告されている尿毒症のない被験者よりも2-2.5倍高いI-PTH濃度の半分について説明している。」(805頁本文左欄1行~同頁本文右欄9行)
ウ(甲8-3)
「ヒトインタクト副甲状腺ホルモン(I-PTH)に対する免疫放射性2部位アッセイの開発は,腎不全におけるPTH測定を大いに単純化した(1-4)。この単純化は,これらのアッセイの改良された特異性に起因している;すなわち,それらはインタクト(完全)で生物学的に活性型のホルモンとのみ反応し(5,6),腎不全において蓄積することが知られている不活性のホルモン断片とは反応しない(7,8)。しかしながら,尿毒症患者においては,これらの高度に特異的なアッセイが,健康な被験者と比べて2.5倍増加したI-PTHの非抑制性分画を測定していた(9-14)。さらに,尿毒症患者の血清において測定されたI-PTH濃度は,PTHに関連する骨異常をやはり2-2.5倍だけ明らかに過大評価していた(15)。PTHの循環血中阻害物質の存在が,これらの相違に対する潜在的な原因の1つとして提案されてきた(16,17)。
我々は,すでに,健常人及び尿毒症患者からの血清をHPLCで分画すると,2つの免疫反応性のピークがニコルス社の2部位I-PTHアッセイによって検出されうることを示している (18,19)。1つのピークは,合成hPTH(1-84)と共に移動することが示され,2つ目のより疎水性のピークは,腎不全において蓄積することが示され,健常人における10-20%と比較して,これらの患者においては全免疫反応性の40-60%を占めていた(18)。この研究の主たる目的は,この現象が別のI-PTHアッセイでも観察されるかどうか,さらに,これが,尿毒症患者において種々のI-PTHアッセイを比較した際に通常観察されるところの報告されている矛盾(2,16,17)のいくつかを説明できるかどうかを明らかにすることであった。」(805頁本文右欄10行~34行)
エ 「材料及び方法
被験者
この研究のために腎不全患者からの試料(112検体)が用いられた。全ての試料は,-70℃で保存され,同一日に同一の技術者によって,3つの異なるI-PTHアッセイでPTH測定を行うために1回だけ融解された。」(806頁本文左欄6行~12行)
オ(甲8-4)
「アッセイ
3つの市販用2部位I-PTHアッセイが試験された:アレグロインタクトPTH(ニコルス社),N-Tact PTH SP(インクスター社),及びアクティブインタクトPTH[ダイアグノスティクシステムラボラトリーズ社(DSL)]。これら3つのアッセイは,用いている捕捉及びシグナル抗体の型(アフィニティ精製ヤギポリクローナル,抗C末端捕捉抗体及び抗N末端シグナル抗体),トレーサー(125I),インキュベーション条件(室温で22時間),キャリブレーション物質(血清ベースの合成hPTH(1-84)),正確性(アッセイ内,アッセイ間の両方),参照値,その他色々に関して殆ど同一である。主な相違は,DSLアッセイは,プラスチックビーズの代わりに抗体をコートした試験管を用いている事と,感度が低いことである(0.6pmol/Lに対して,ニコルス及びインクスターアッセイがそれぞれ0.1及び0.07pmol/L)。各アッセイは,それら独自のキャリブレーション物質を用いて,製造者のプロトコールにしたがって実施された。試料の約2/3は,二重測定で実施された。1/3は,限られた血清容量のため一重測定で実施された。各アッセイの反応性は,合成hPTH(1-84)及びhPTH(7-84)(Bachem社)で補充された健常人プール血清でも試験された。」(806頁本文左欄13行~35行)
カ(甲8-9)
「クロマトグラフィー分離
類似したI-PTH濃度の最大5人の患者からのプール血清又は単一の個体からの血清は,Sep-Pak Plus C18カートリッジ(ウォーターズ社クロマトグラフ事業部)で抽出され,それから,前述したように(18-20),C18 μ-Bondapak分析カラム(ウォーターズ社)で,非連続のアセトニトリル勾配(1.0g/Lトリフルオロ酢酸中150-450mL/Lアセトニトリル)を用いて,クロマトグラフが行われた。蒸発濃縮及び凍結乾燥後,各1.5mLの分画を7.0g/Lウシ血清アルブミン又は健常人プール血清で再溶解した。その後,各分画のI-PTH含有量が,それぞれのキャリブレーション物質で値付けされた3つのアッセイを用いて測定された。」(806頁本文左欄36行~49行)
キ 「統計解析
HPLCプロファイルは,Origin 3.5 peak-fittingソフトウエア(Microcal Software社)を用いて面積測定法により解析された。標準回帰分析は,GRAPHPAD Instatソフトウエア(Graphpad Software社)を用いて実施された。3つのアッセイにおける尿毒症患者血清中のI-PTH濃度の差は,フリードマンのノンパラメトリック反復測定検定,つづいてダンの多重比較検定によって解析された。HPLC曲線下面積の差は,反復測定用ANOVA(Graphpad社)によって解析された。」(806頁本文左欄50行~同頁本文右欄7行)
ク 「結果
3つのアッセイのそれぞれにおいて得られた112名の尿毒症患者試料中のI-PTH濃度を図1にて比較する。アッセイ間で絶対値は異なるものの,結果は高度に相関した(r2≧0.89)。全般的に言えば,傾きの値によって略述されるように,ニコルスアッセイよりもDSLは高値を,インクスターは低値を示す傾向にあった。差は,測定範囲にわたって一様には分布していなかった。結果を,低域(<20pmol/L),中間域,及び高域(>40pmol/L)に分類した場合,ニコルスアッセイにおける低域及び高域の値は,インクスターアッセイにおける値よりも平均で29%高く(全域では+24%),一方,DSLアッセイにおける低域及び中間域の値は,インクスターアッセイにおける値よりも24%高く,高域では56%高かった(全域では+45%)。」(806頁本文右欄8行~807頁本文左欄6行)
(甲8-8)
「図2は,3つのアッセイにおいて2つの異なるI-PTH濃度(上のクロマトグラムは~60mol/L,下のクロマトグラムは~100pmol/L)で観察される典型的なHPLCプロファイルを示す。3つのアッセイは,免疫学的に反応性のPTHの2つのピークと反応した。大きいほうのより疎水性のピークは,合成hPTH(1-84)(右矢印)と共に移動した。一方,小さいほうのやや疎水性の低いピークは,hPTH(1-84)の前,hPTH(7-84)(左矢印)のすぐ前方で移動した。表2に示すように,非(1-84)ピークの曲線下面積の割合は,ニコルスアッセイにおいては~45%大きく(P<0.05),hPTH(1-84)に相当する面積は他の2つのアッセイよりも15%小さかった。
これらの差についてより良い理解を得るために,我々は次に,hPTH(1-84)及び非(1-84)PTHピークと構造的に関連する可能性があり商業的に入手できる分子であるhPTH(7-84)の免疫反応性を分析した。図3に示すように,hPTH(1-84)及びhPTH(7-84)は,ニコルスアッセイではほぼ等モルで反応した。一方,他の2つのアッセイでは,hPTH(7-84)は,hPTH(1-84)のたった1/2の強さであった。」(807頁本文左欄7行~同頁右欄12行)
ケ 「考察
我々は,すでに健常人(18)及び尿毒症患者(19)においてニコルスI-PTHアッセイと反応する非(1-84)PTH物質の存在を支持するデータを発表している。このことは,他者によって確認されている(16,17)。腎不全患者において異なるアッセイにより観察されるI-PTH値の差についてのこの発見の影響が,この研究の出発点を形作っている。
我々の結果は,最初に,尿毒症患者の血清を測定した時に,ニコルス,DSL,及びインクスターアッセイの間で有意な差があることを示した(図1及び表1)。アッセイは,厳密な条件下で実施された:すなわち,全ての測定は同じ試料のセットに対して,同一日に,同一の技術者によって,安定と認識されている条件下(-70℃,凍結融解1回)で予め保存され,新たに融解された同じ試料を用いて実施された。結果は,その計算が,報告されたPTH濃度においてバイアスを導かないことを保証するため,異なるアルゴリズム(スプライン,両対数)を用いて再計算された(結果示さず)。2つの別々の比較が,異なるロット番号のキットを用いて実施され,観察された結果においては差が無かった。全体としては,インクスターアッセイは,ニコルス又はDSLアッセイのそれぞれよりも全測定範囲に渡って低い値を示した。インクスターとニコルスアッセイの間の差は,尿毒症患者血清試料のHPLCによる分画後に観察される結果及び合成hPTH(1-84)断片との反応性と一致した。インクスターアッセイは,ニコルスアッセイよりもこのhPTH(7-84)に50%低く反応した(図3)。」(807頁本文右欄13行~808頁本文左欄9行)
(甲8-12)
「非(1-84)PTH物質は,尿毒症患者試料中の免疫反応性I-PTH全体の40-60%を構成し(19),非(1-84)ピーク中に見出された物質は,hPTH(7-84)と同様に反応すると仮定されることから,我々は,インクスターとニコルスアッセイの間には20-25%の差があると予想していた。これは,全測定範囲上の場合である(24%)。」(808頁本文左欄9行~16行)
「この時には明らかでない理由で,インクスターアッセイと同程度のhPTH(7-84)に対する反応性をもつDSLアッセイは,それにもかかわらず,>40pmol/Lの値に対して,インクスターより高く,ニコルスアッセイよりさえも高い結果を示した(表1)。キャリブレーション方法の違い及びマトリックス効果が要因であったかもしれない。hPTH(7-84)以外の非(1-84)PTHの分子型への反応性も役割を果たしていたかもしれない。」(808頁本文左欄16行~24行)
(甲8-5)
「アフィニティクロマトグラフィーによって精製されていたけれども,3つのアッセイにおいてシグナル及び捕捉抗体として使用されていたポリクローナル抗体は,理論上は,PTH分子のどちらの末端でも少数のアミノ酸を欠いたhPTH断片と反応する能力を有している。現在入手可能な,アミノ末端を明らかにする抗体の多くは,PTH分子の14-34領域に存在する1つ又はそれ以上のエピトープと反応する(21)。14-34領域から比較的離れた,PTHのアミノ末端の先端の数個のアミノ酸の切断は,それゆえに,これらのアッセイでの免疫反応性を妨げてはならない。それぞれの添付文書にしたがって,この研究で評価した3つのキットの交差反応性が,N末端の非常に多数のアミノ酸を欠いたPTH断片:すなわちhPTH-(39-84),hPTH-(53-84),hPTH-(39-68),及びhPTH-(44-68)を用いて確かめられた(5,6)。おそらく,上市の時点で商業的な入手可能性が限られていたことから,この研究で試験したhPTH(7-84)断片のように非常に最初のN末端アミノ酸を欠いた断片を用いて確認されたキットはどうやら無いらしい。」(808頁本文左欄25行~44行)
コ(甲8-6)
「I-PTHアッセイの非(1-84)PTHとの交差反応性の臨床的重要性は2要素ある。1つ目は,非(1-84)PTHピーク中で移動する分子の実体は,おそらく,アデニル酸シクラーゼの活性化に必要な非常に最初のN末端アミノ酸の少なくともいくつかを欠いていることである(22)。したがって,3つのPTHアッセイは,活性の無い断片を測定し,アッセイに応じて80-120%だけPTH分泌を多く見積もっていた。これは,おそらく,PTHが媒介する骨病変が無い尿毒症患者において観察される2から2.5倍高い「正常値」の一因となっている(15)。2つ目は,非(1-84)PTHピーク中で移動するhPTH物質は,おそらく,PTH受容体への結合能を保持していることである。PTHの結合部分及びPTHのアミノ末端に対する抗体を調製するための主要なエピトープは,PTH分子の同じ領域に存在している(21,22)。受容体と結合することによって,非(1-84)PTHは,それゆえに,PTHの生理的な拮抗物質として作用することができ,こうして,尿毒症患者において観察される明らかなPTH抵抗性(そしてPTH分泌の増加を伴う)の一因となっている(7-12)。この最後の点を解明し,種々のI-PTHアッセイによって大きな非(1-84)PTH断片が別に測定されたことを我々が示したところのキャリブレーション物質の違いの影響も評価するためには,さらなる研究が求められるであろう。」(808頁本文左欄45行~同頁右欄13行)
サ(甲8-7)
「PTHの一番端のN末端部位に対する抗体が生成され得ないと考える明らかな理由は無いことから,「本当の」I-PTHアッセイの開発が相変わらず望ましいゴールである。」(808頁本文右欄13行~16行)
シ(甲8-10)(807頁・図2)
file_12.jpgvemu {enol fection) - 2 8 23 | vera (fmol fraction) oo) ‘Acetonitrile (16) ‘Acctonitre (%) a8「図2 尿毒症サンプルの2つのプールにおける循環血中I-PTHのHPLCプロファイル
(上段;60pmo1/L,下段:100pmo1/L)
分析:Nichols(-),Incster(....),DSL(---)。
左矢印は,hPTH(7-84)標準;
右矢印は,hPTH(1-84)標準。」
ス(甲8-11)(807頁・表2)
「表2 3つのI-PTH商業アッセイを使用した4つの尿毒症PTHのHPLCのパラメトリック評価」
file_13.jpg‘Table 2. Planimetric evaluation of four wemic PTH HPLC pinfiles using thee FPTHcommerniel assays. of surface Range of PRfvaloes, © Assay pmol WPEHG=-82)— pon(i-e0PTA Nebols 14-98.8 641684 3596 84 Kester + 10.8-85 1686 55% 24.16 5.6" 11-108 5.09.28セ(甲8-13)(807頁・図3)
「file_14.jpg
図3 ニコルス,インクスター及びDSLアッセイにおけるhPTH(1-84)(実線)及びhPHT(7-84)(破線)の免疫放射活性」
(2) 甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題について
ア 前記(1)のとおり,甲8文献は,「循環血中非(1-84)副甲状腺ホルモン(PTH)断片は,尿毒症患者試料におけるインタクトPTH市販アッセイ測定を有意に妨害する」と題する論文であり,その中では,PTH(7~84)についても言及されている。
そこで,まず,インタクトPTHキット及びPTH(7~84)について,本件特許の第1優先日(平成11年1月14日)時点における技術常識を確認する。
(ア) インタクトPTH測定キットについて
本件特許の第1優先日より前に刊行された刊行物に次のとおりの記載がある。
a 「Immunoradiometric assay(IRMA)法によるヒト副甲状腺ホルモン(Intact PTH)測定用キットの使用経験」と題する論文(核医学25巻8号(昭和63年発行)813頁。甲39)には,以下の記載がある。
「血中PTH濃度を測定することにより,種々のカルシウム代謝異常の病態把握,診断にきわめて重要な情報がもたらされる。従来,血中PTH濃度の測定は,ラジオイムノアッセイ(RIA)によりなされてきた。現在臨床に用いられているPTH-RIAの大部分は,PTHのC端フラグメントや中間部フラグメントに特異的な抗体を用いている(C末端アッセイ)。ところが,このようなC端フラグメントや中間部フラグメントはPTHとしての生理活性を有さない。しかも,これらのフラグメントはいずれも,生理活性を有するPTH(1―84)(IntactPTH)の腎における末梢代謝産物である。・・・したがって,C端アッセイは高感度で多くの臨床病態において有用ではあるものの,腎臓におけるPTH代謝異常の影響を大きく受けるという欠点を有する。例えば,腎不全患者の副甲状腺機能をC端アッセイにより評価することは困難である。そこで,IntactPTH濃度を測定することが最も理想的であると考えられてきたが,・・近年まで簡便な測定法が存在しなかった。ところが最近,・・・高感度,高特異的かつ簡便なIntactPTHのimmuoradiometrix assay(IRMA)が開発され,二コルスInc.においてキット化され供給されるようになった。」(813頁左欄5行~814頁左欄11行)
「キットの構成
1)ヤギに免疫し,アフィニティ精製された抗PTH(39-84)固相化ポリエチレンビーズ 100個
2)ヤギに免疫し,アフィニティ精製された125I-抗PTH(1-34) 2バイアル」(814頁左欄下から12~7行)
b “Accumulation of a Non-(1-84)Molecular Form of Parathyroid Hormone(PTH) Detected by IntactPTH Assay in Renal Failure:Importance in the Interpretation ofPTH Values”(「腎不全におけるインタクトPTHアッセイにより副甲状腺ホルモン(PTH)の非(1-84)分子型の貯留:PTH値の解釈における重要性」)と題する論文(The Journal of Clinical Endocrinologyand Metabolism,平成8年(1996年)発行3923頁。甲7)には,以下の記載がある。
「インタクトPTH(I-PTH)2部位アッセイ・・・は,報告によればヒト(h)PTH-(1-84)とのみ反応する」(3923頁,本文左欄1行~7行)
上記各論文の記載によれば,本件特許の第1優先日時点において,インタクトPTH用測定キットは,断片化されていないPTH(1-84)を測定するために開発されたものであることは,技術常識であったことが認められる。
(イ) PTH(7~84)について
米国特許第5856138号明細書(発行日1999年(平成11年)1月5日。審決が引用している刊行物H。甲31)には,「ヒトPTH(7-84)(図2)・・・のような,N末端のアミノ酸配列を欠いたアンタゴニスト誘導体」(5欄41行~50行)との記載がある。
上記記載によれば,本件特許の第1優先日時点において,PTH(7-84)がアンタゴニスト(拮抗物質)であることは,周知であったことが認められる。
イ 前記(1)において認定した甲8文献の記載によれば,甲8文献には,インタクト測定用キットについて,概要,次の事項が記載されているものと認められる。
(ア) ニコルス社(NL),インクスター社(IT)及びダイアグノスティックシステムラボラトリーズ社(DSL)が製造しているインタクトPTH測定用キットは,いずれも,hPTH(1-84)を測定するために開発されたものである。これら3社の製造に係る3つの測定用キットを用いて,尿毒症患者の血清サンプルについてアッセイを行った。その結果,上記3つの測定用キットは,いずれも,HPLCプロファイル上で,hPTH(1-84)及び非(1-84)PTHに対応する2つのピークを検出した(図2)。この結果は,これらの測定用キットが,PTH(1-84)だけでなく非(1-84)PTHとも交差反応することを示唆している(前記(1)イ)。
(イ) 上記の非(1-84)PTHのピーク中で移動している分子の実体は,おそらく,アデニル酸シクラーゼの活性化に必要な非常に最初のN末端アミノ酸の少なくともいくつかを欠いている活性のない断片であり,また,おそらく,PTH受容体への結合能を保持しているものである。そのため,上記分子の実体は,PTHの生理的な拮抗物質として作用することができ,尿毒症患者において観察される明らかなPTH抵抗性(そしてPTH分泌の増加を伴う)の一因となっている可能性がある(同(1)コ)。
(ウ) 上記の非(1-84)PTHピーク中で移動している分子の実体は,PTH(7-84)と関連する可能性があり,実際に,前記3つの測定用キットでは,合成されたPTH(7-84)を検出するものであることが確認された(同(1)ケ,セ)。
ウ 本件特許の第1優先日時点において,前記ア認定の技術常識等を前提として,前記イ認定の甲8文献の記載事項に接すれば,当業者であれば,①インタクトPTH測定用キットは,断片化されていないインタクトなPTH(PTH(1-84))を測定するために開発されたものではあるものの,ニコルス社等3社の製造に係るインタクトPTH測定用キットは,いずれも,実際には,PTH(1-84)だけでなく,尿毒症患者の血清に含まれる非(1-84)PTH断片を検出してしまうこと,②非(1-84)PTH断片は,周知のアンタゴニスト(拮抗物質)であるPTH(7-84)と関連する可能性があり,実際,上記インタクトPTH測定用キットも合成PTH(7-84)を検出すること,そして,③尿毒症患者の血清に含まれる非(1-84)PTH断片は,PTHの生理的な拮抗物質として作用することができ,尿毒症患者において観察される明らかなPTH抵抗性(そしてPTH分泌の増加を伴う)の一因となっている可能性があることを理解するものと認められる。
その上で,甲8文献の末尾の,「PTHの一番端のN末端部位に対する抗体が生成され得ないと考える明らかな理由はないことから,「本当の」I-PTHアッセイの開発が相変わらず望ましいゴールである」との記載(前記(1)サ)に接すれば,当業者であれば,断片化されていないPTH(1-84)を測定するために開発されたキットであるインタクトPTH測定用キットが,非(1-84)PTH断片を検出してしまうことが判明したことから,非(1-84)PTH断片を検出しない「本当の」インタクトPTH測定用キットを開発するという課題があることを認識するものと認められる。
したがって,甲8文献は,非(1-84)PTH断片を検出しないインタクトPTH測定用キットを開発することを,解決すべき技術的課題として示唆しているものと認められる。
(3) 原告らの主張について
原告らは,本件特許の第1優先日当時の当業者は,審決が述べるようなニュートラルアンタゴニストを検出しない新たなアッセイシステムの構築よりもむしろ,不活性なPTH断片が腎不全患者において正常人より多く存在することを予め想定して,インタクトPTHアッセイにおけるPTHの目標値を,正常人における上限より高く設定することによって,問題を解決しようとしたのであり,このことからも分かるように,甲8文献に接した当業者は,審決が述べるような非(1~84)PTH断片を測り込まないアッセイシステムの構築よりもむしろ,非(1~84)PTH断片を測り込むことを念頭において,インタクトPTHアッセイの目標値を健常者よりも高めに設定することを想起したと解するのが相当であって,甲8文献の記載は,完全型PTHのみを測定することの必要性を示唆するものではないと主張する(前記第3の1(2))。
しかし,前記(2)ウの説示のとおり,甲8文献の末尾の,「PTHの一番端のN末端部位に対する抗体が生成され得ないと考える明らかな理由はないことから,「本当の」I-PTHアッセイの開発が相変わらず望ましいゴールである」との記載は,完全型PTHのみを測定するアッセイの必要性を示唆しているものと認められる。
原告らが主張するように,本件特許の第1優先日当時の当業者が実際にとった対応が,不活性なPTH断片が腎不全患者において正常人より多く存在することを予め想定して,インタクトPTHアッセイにおけるPTHの目標値を,正常人における上限より高く設定するということであったとしても,このことは,当業者が,完全型PTHのみを測定するアッセイの必要性がないと認識していたことを示すものではない。甲8文献の記載が,完全型PTHのみを測定するアッセイの必要性を示唆していることは,前記説示のとおりである。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(4) 小括
以上のとおり,甲8文献が示唆する解決すべき技術的課題に係る審決の認定に誤りはない。
3 取消事由1-3(相違点1の認定の誤り)について
原告らは,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味に係る審決の解釈には誤りがあるから,相違点1における,訂正発明1の「第1抗体等が「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出すること」がない」ということが真に意味するところを誤って解釈していると主張する(前記第3の1(3))。
しかし,前記1のとおり,「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片」の意味に係る審決の解釈に誤りはない。
したがって,原告らの上記主張は,前提を欠き,採用することができない。
4 取消事由1-4(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について
原告らは,審決が,PTH(7~84)が有しておらず,PTH(1~84)のみが有する領域であるPTH(1~6)に注目して,PTH(1~6)に対する抗体を甲8発明の「125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体」とすることは,当業者にとって容易になし得たことといえるとして,相違点1に係る訂正発明1の構成とすることは容易想到であると判断したことについて,審決の判断は誤りであると主張する(前記第3の1(4))ので,以下,検討する。
(1) 相違点1の容易想到性について
前記2において説示したとおり,甲8文献は,非(1-84)PTH断片検出しないインタクトPTH測定用キットを開発することを,解決すべき技術的課題として示唆しているものと認められる。
上記課題を解決するための手段として,尿毒症患者の血清に含まれる非(1-84)PTH断片を検出しない抗体を用いることが必要であることは,当業者にとって明らかであるところ,前記2(2)イ及びウのとおり,甲8文献には,上記の非(1-84)PTH断片は,PTH(7-84)と関連する可能性があること,及び,PTHの一番端のN末端部位に対する抗体が生成され得ないと考える明らかな理由はないことが記載されている。
そうすると,甲8文献には,PTH(7-84)には含まれないPTHの一番端のN末端部位に対する抗体を用いれば,PTH(7-84)を検出することのないインタクトPTH測定用キットを得ることができることが強く示唆されているものと認められる。
以上によれば,当業者であれば,甲8文献が示唆している上記の技術的課題を解決すべく,PTH(7-84)には含まれないPTHの一番端のN末端部位であるPTH(1-6)に対する抗体を実際に作成し,それを甲8文献に記載された抗アミノ末端シグナル抗体として用いることにより,PTH(7-84)を検出することのないインタクトPTH測定用キット,すなわち「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく,生物学的サンプル中のヒト完全型副甲状腺ホルモン量を測定する」キットとし,訂正発明1に係る相違点1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(2) 原告らの主張について
ア 原告らは,甲8文献の記載は,完全型PTHのみを測定することの必要性を示唆するものではないと主張する(前記第3の1(4)ア)。
しかし,前記2において説示したとおり,甲8文献は,非(1-84)PTH断片を検出しないインタクトPTH測定用キットを開発することを,解決すべき技術的課題として示唆しているものと認められる。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
イ 原告らは,訂正発明1の「阻害性の非(1~84)PTH副甲状腺ホルモン断片」がインバースアゴニストのみを意味することを前提として,仮に,甲8文献が,従来のインタクトPTHアッセイキットがN末端のごく少数のアミノ酸を欠くPTH断片を検出するらしいことを示唆し,他の公知技術が,そのような大きなPTH断片が,in vivoで,PTH受容体に結合するがそれ自体では該受容体の生理作用を阻害できない不活性な断片として作用するかもしれないことを示唆していたとしても,「阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しない」という目的のために,それらを組み合わせることにより,「PTH(1~8)の配列に特異的で,PTH(1~6)と反応し,かつPTH(1~6)のうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする抗体等」を,第1の抗体等として用いることに想到し得るとは考えられず,甲8文献も,審決が引用する他の公知技術も,「阻害性の非(1~84)PTH断片を検出しない」という目標に向けて甲8発明を改良しようなどとの動機を与えていないと主張する(前記第3の1(4)イ)。
しかし,訂正発明1の「阻害性の非(1~84)PTH副甲状腺ホルモン断片」がインバースアゴニストのみを意味するものといえないことは,前記1において判示したとおりである。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ 原告らは,審決が,甲8文献の図2について,標準として加えられた合成PTH(7~84)の位置付近から検出値が得られたというだけで,高速クロマトグラフィー(HPLC)で検出されたものが,PTH(7~84)とまではいえないと認めつつも,甲8文献に接した当業者であれば,患者血清にPTH(7~84)が存在するかもしれないという強い示唆を受けるものといえると判断したことについて,HPLCでピークがずれるということは,むしろ,当該ピークがPTH(7~84)以外の非PTH(1~84)断片であることを示唆するものであり,そのため,甲8文献では,possibly,potentiallyという確立が低いことを意味する単語を用いて,血清サンプル中のマイナーピークとPTH(7~84)とが関係する可能性が低いことを示していると主張する(前記第3の1(4)ウ)。
確かに,甲8文献には,「小さい方のやや疎水性の低いピークは,・・・hPTH(7~84)(左矢印)のすぐ前方で移動した」(前記2(1)ク)との記載があり,図2の2つのグラフ(同2(1)シ)においても,左側の小さい方のピークはPTH(7~84)と位置が少しずれているようにも見える。
しかし,図2の下図においては,大きい方のピークは,PTH(1~84)の位置と明らかにずれているにもかかわらず,PTH(1~84)に由来するピークであるとされていることが,同文献の上記記載の前後の記載から明らかである。
そうすると,小さい方のピークの位置がPTH(7~84)の位置と少しずれていることのみで,当該ピークがPTH(7~84)以外の非PTH(1~84)断片であることを示唆するものとはいえない。原告らの主張するように,甲8文献が,possibly,potentiallyという単語を用いて,血清サンプル中のマイナーピークとPTH(7~84)とが関係する可能性が低いことを示しているとしても,このことは,両者が関係する可能性自体を否定するものではないから,上記判断を左右するものではない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(3) 小括
以上のとおり,相違点1の容易想到性に係る審決の判断に誤りはない。
よって,原告ら主張の取消事由1は理由がない。
5 取消事由2(訂正発明1の効果の参酌の判断の誤り)について
原告らは,審決が,訂正発明1の効果1ないし5は,いずれも甲8文献に接した当業者であれば予測し得るものとであると判断したのは誤りであると主張する(前記第3の2)ので,以下,検討する。
(1) 効果1及び5(阻害性PTH(7~84)を検出しないという効果)について
原告らは,審決が,PTH(1~6)に対する抗体を甲8発明の「125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端抗体」とすれば,抗体の特性からみて,阻害性PTH(7~84)を検出しないという効果が奏されることは明らかであると判断したことについて,甲8文献にも,審決が引用する刊行物A~H(甲24~31)にも,PTH(7-84)が,アンタゴニストではなく,インバースアゴニストであることは,開示も示唆もされていないから,阻害性の非(1-84)PTH断片を検出しないという効果は,到底予測し得るものではないと主張する(前記第3の2(1),(2))。
しかし,前記1において説示したとおり,本件訂正明細書には,PTH(7-84)がインバースアゴニストであることが開示されているとは認められない。訂正発明1が奏する阻害性の非(1-84)PTH断片を検出しないという効果は,PTH(7-84)のような「PTH拮抗物質の役割を果たすことができる非w-PTH断片」を検出しないという効果と同じものを意味しているにすぎない。
そうすると,甲8文献の記載に基づいて,抗(1-6)PTH抗体を第1の抗体として用いることにより,上記効果は予測可能であり,審決の上記判断に誤りはない。原告らの上記主張は採用することができない。
(2) 効果2ないし4について
原告らは,非(1―84)PTH断片は,単に腎不全患者などで上昇してPTH(1-84)値の測定を邪魔しているのではなく,PTH(1-84)と阻害性の非(1-84)PTH断片とが,互いに逆方向にカルシウム代謝を制御しており,患者における副甲状腺機能の状態(亢進状態にあるか低下状態にあるか)は両者のバランスに依存しているから,PTH(1-84)値と阻害性の非(1-84)PTH断片値とを知ることによって,初めて患者の病態を正しく評価することが可能となるとした上で,PTHの測定が,副甲状腺機能の診断,尿毒症患者の診断,骨関連の疾患状態の識別に用いられ得ることが知られていたとしても,インバースアゴニストである阻害性断片を測り込むことなく完全型のPTHを測定することは,さらに完全型と阻害性断片とを含めた総PTH量を測定して,それによって阻害性断片量をもとめ,完全型と阻害性断片との量比もしくは差分から,より正確な上記診断や識別を可能にするという格別の効果を奏するのであって,そのような効果については,甲8文献や他の優先日当時の公知文献からは全く予測不可能であると主張する(前記第3の2(1),(3))。
しかし,まず,本件訂正明細書には,PTH(1-84)と阻害性の非(1-84)PTH断片とが,互いに逆方向にカルシウム代謝を制御していることが記載されていると認められないことは,既に前記1(3)において説示したとおりであり,原告らの上記主張は,前提を欠く。
また,より正確な診断や識別を可能とする効果自体は,従来のインタクトPTH測定用キットが測り込んでいた非(1-84)PTH断片を検出しないという,甲8文献の記載から当業者が予測可能な程度のものである。
さらに,原告らが主張する,完全型と阻害性断片との量比もしくは差分を用いた特定の診断ないし識別手法に基づく効果は,訂正発明1である完全型PTH量を測定するキット自体が奏する効果とは認められない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(3) 小括
よって,原告ら主張の取消事由2は理由がない。
6 取消事由3(訂正発明2ないし26の容易想到性の判断の誤り)について
原告らは,審決が,訂正発明2ないし26について,甲8発明及び周知の事項により当業者が容易に想到できると判断したことについて,訂正発明1に係る取消事由1及び2は,訂正発明2ないし26にもそのままあてはまるとして,審決の上記判断は誤りであると主張する(前記第3の3)。
しかし,取消事由1及び2に理由がないことは,既に説示したとおりである。原告らの上記主張は採用することができない。
したがって,原告ら主張の取消事由3は理由がない。
7 結論
以上によれば,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はない。
よって,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井忠雄 裁判官 西理香 裁判官 田中正哉)