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知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10161号 判決 2015年1月28日

原告

三星電子株式会社

訴訟代理人弁護士

濱田広道

菅野典浩

横手聡

被告

特許庁長官

指定代理人

綿貫浩一

斉藤孝恵

橘崇生

内山進

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2013-14649号事件について平成26年2月25日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)

原告は,意匠に係る物品「携帯情報端末」に関する部分意匠につき,平成24年7月5日を出願日とする意匠登録出願(意願2012-15988号。パリ条約に基づく優先権主張・2012年1月6日(以下「優先日」という。),大韓民国。以下「本願」という。また,本願に係る意匠を「本願意匠」という。)をした。

原告は,平成25年4月24日付けで拒絶の査定を受け,同年7月31日,拒絶査定に対する不服の審判(不服2013-14649号事件)を請求した。特許庁は,平成26年2月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年3月11日,原告に送達した(出訴期間90日附加)。

原告は,平成26年7月8日,上記審決の取消しを求めて,本件訴えを提起した。

2  本願意匠の形態(甲1)

本願意匠の形態は,別紙第1のとおりであり,実線で表した部分が,部分意匠として意匠登録を受けようとする部分(以下「本願実線部分」という。)である。

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願意匠は,優先日前の平成22年12月28日に出願され,平成24年3月2日に登録され,優先日以降の同年4月2日に意匠登録公報が発行された意匠登録第1437282号の意匠(意匠登録に係る物品,携帯電話機。以下「引用意匠」といい,本願意匠に相当する正面パネル部分を「引用相当部分」という。別紙第2参照。また,本願意匠と引用意匠を併せて「両意匠」という。)に類似する意匠であり,意匠法3条の2の規定により,意匠登録を受けることができない,というものである。

審決が認定した本願実線部分と引用相当部分(以下,本願実線部分及び引用相当部分とを併せて「両部分」という。)の各形態の主な共通点及び相違点は以下のとおりである(以下,各共通点及び相違点を示す場合は,審決において付された符号を用いる。)。

(1)  共通点

「基本的構成態様として,

(A) 正面視において,前面パネル部の外形を長辺と短辺の長さの比率を約2:1とする略縦長俵形とし,側面視において,前面側に向けて,ごくわずかに湾曲させている点,において共通する。

具体的構成態様として,

(B) 略縦長俵形の長辺及び短辺の中央部分を緩やかに膨らませている点,

(C) 略縦長俵形のパネル部の四隅を大きな丸みとしている点,において共通する。」

(2)  相違点

「具体的構成態様として,

(ア) 正面視において,

本願実線部分は,短辺の中央部をわずかに膨らませているのに対して,引用相当部分は,短辺の中央部分の膨らみが本願意匠よりもやや大きい点,

(イ) 側面視及び平底面視において,

本願実線部分は,本体部とパネル部の接合面がわずかに湾曲しているのに合わせて,パネル部の接合面を本体側にわずかに膨らませている態様であるのに対して,引用相当部分は,本体部とパネル部の接合面が直線であるため,パネル部の本体側接合面は直線的に表れる点,において相違する。」

第3原告主張の取消事由

以下のとおり,審決には,共通点及び相違点に関する評価に誤りがあり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから審決は取り消されるべきである。

1  共通点に関する評価の誤り

審決は,基本的構成態様に係る共通点(A),具体的構成態様に係る共通点(B)及び(C)は,本願実線部分及び引用相当部分の形態において基調を形成し,看者に共通の印象を強く与えるものであって,類否判断に支配的な影響を及ぼしている旨判断している。

しかし,以下のとおり,共通点(A)ないし(C)は,「携帯情報端末であるがゆえの通常の形状」であるため類否の判断で考慮すべきでないものであるか,又は,看者に異なった印象を与える部分を共通点としているものであり,看者に両意匠が共通であるとの印象を支配的に与える要素ではない。本願意匠のデザインと引用意匠のデザインとの間には相違点が存在する結果,本願意匠のデザインを見たときに看者が受ける全体的な印象と引用意匠のデザインを見たときに看者が受ける全体的な印象とは異なる。したがって,上記共通点(A)ないし(C)が,「類否判断に支配的な影響を及ぼしている」とはいえない。審決は,共通点として考慮すべきでない点を共通点として取り上げ,それが類否判断に支配的な影響を及ぼすとして,その中に相違点を埋没させているのであり,判断枠組みの設定自体が不合理である。

(1)  共通点(A)について

ア 長辺と短辺の比率について

審決は,長辺と短辺の比率が,本願実線部分においても引用相当部分においても,約2対1であるとしている。

携帯情報端末(スマートフォン)は,手に持って耳にあてながら通話に使用することが想定される製品であり,通話中に手で持ちやすい形状でなければならないから,そのデザインは,通常,長辺と短辺の比率が約2対1となる(ただし,本願意匠の長辺は,短辺の2倍よりも若干短い。)。しかし,携帯情報端末であってもデザインは様々であり,実際に,消費者は,携帯情報端末のデザインを差別化して,商品購入の際の考慮要素にしている。携帯情報端末の中でもデザインが差別化され得るのは,長辺と短辺の比率が約2対1であるというような,「携帯情報端末であるがゆえの通常の形状」以外の部分に差異があるからである。

したがって,意匠の類否を判断する際には,「携帯情報端末であるがゆえの通常の形状」以外の部分に着目すべきであり,共通点(A)のうち,長辺と短辺の比率が約2対1である点は,捨象して考えるべきであって,両意匠の類否判断を行うに際して支配的な影響を及ぼしているとはいえない。

なお,被告が後記第4の1(1)アで引用する広報等(乙1~3)は,いずれも携帯情報端末(スマートフォン)のものではない。

イ 側面視でごく僅かに湾曲している点について

審決は,共通点(A)のうち,「側面視において,前面側に向けて,ごくわずかに湾曲させている点」を共通点として挙げ,「類否判断に支配的な影響を及ぼしている」ことの一つの理由としている。

しかし,後記2(2)のとおり側面視にも相違点が存在するために,側面視で看者に与える印象は異なるのであるから,この点を共通点として挙げ,「類否判断に支配的な影響を及ぼしている」ことの一つの理由とするのは,誤りである。

(2)  共通点(B)(長辺及び短辺の膨らみ)について

審決は,「略縦長俵形の長辺及び短辺の中央部分を緩やかに膨らませている点」を共通点(B)としているが,本願意匠と引用意匠とでは,膨らみの程度,曲率が異なっている。そのため,本願実線部分は,直線的で完全な長方形に近い形状をしているのに対し,引用相当部分は,曲線的な形状をしている。その結果,本願意匠は,ストレートでスマートな印象を与えるのに対して,引用意匠は,丸みを帯びてやわらかい印象を与える。

したがって,長辺及び短辺の膨らみの程度・曲率の違いは,両意匠の全体的な印象を異ならせるものであるから,長辺及び短辺の膨らみがあることをもって,「看者に共通の印象を強く与える」と評価することは誤りである。

(3)  共通点(C)(四隅の丸み)について

審決は,「略縦長俵形のパネル部の四隅を大きな丸みとしている点」を,共通点(C)としているが,この点を共通点とすべきではない。

すなわち,前記(2)のとおり,本願意匠と引用意匠とでは,長辺及び短辺の膨らみの程度並びに曲率が異なっているところ,パネル部の四隅はそれと連動して本願実線部分の全体的なデザインを形作り,その結果,全体的に,看者へ独特の印象を与えるデザインを構成しているのであるから,「四隅の丸み」の点だけを切り取って議論すべきではない。長辺及び短辺の膨らみと併せて,全体として見た場合に,本願実線部分が引用相当部分と類似しているかどうかを検討すべきである。

2  相違点に関する評価の誤り

(1)  相違点(ア)について

審決は,相違点(ア)につき,膨らみの大きさの相違はごく僅かなものであるから余り目立たず,共にパネル部四隅の丸みから連続する僅かな曲線をなし,直線に近いなめらかな印象を看者に与えるものであって,類否判断に大きな影響を及ぼすものではない,と判断している。

しかし,短辺の膨らみの程度が異なることは,本願実線部分と引用相当部分を対比してみれば明らかであり,その相違は,「余り目立たず」とはいえない。引用相当部分の短辺は,曲がり方の度合いが大きいことから,看者に対して曲線的な印象を与えるのに対し,本願実線部分の短辺は直線状であるため,看者に対してストレートでスマートな印象を与える。

また,本願実線部分においては,短辺の膨らみ具合が小さいことに加えて,長辺の大部分が直線となっており,長辺は,上端ないし下端に近い位置で湾曲するのみであるのに対し,引用相当部分は,長辺が全体的に曲線状になっており,両意匠には,長辺についても違いがある。このことも,本願実線部分が看者に対してストレートでスマートな印象を与えるのに対し,引用相当部分が丸みを帯びた柔らかい印象を与える一因となっている。

以上によれば,相違点(ア)が存在する結果,本願実線部分は,全体として直線的な印象を,引用相当部分は,曲線的な印象を与えている。

(2)  相違点(イ)について

審決は,本願実線部分の本体側接合面の膨らみはごく僅かであって,子細に観察して初めて看取できる程度のものであり,引用相当部分との当該部位における相違は,ほとんど類否判断に影響を与えるものではない旨判断している。

しかし,本願意匠においては,正面パネル部分が側面部にまで広がっている(甲9参照)ため,側面視においても,本願実線部分がデザインの一部として明確に観察される。

他方,引用意匠の正面パネルは側面部にまで広がっておらず,側面視においては厚みとしてしか観察されることはない。

以上のとおり,このように,側面視において,本願意匠と引用意匠とは,本願実線部分がデザインの一部として観察されるか否かの点で異なっているのであり,この相違を軽視すべきでない。そして,このような相違点が存在することは,両意匠の全体的な印象を異ならせる要因となっている。

(3)  まとめ

以上のとおり,相違点(ア)が存在することにより,本願実線部分が看者に対してストレートでスマートな印象を与えるのに対し,引用相当部分は丸みを帯びた柔らかい印象を与えるものとなっている。また,相違点(イ)が存在し,本願意匠においては,正面パネル部分が側面部にまで広がっていることも相まって,看者が両意匠から受ける印象は,一層異なったものとなる。

そして,携帯情報端末は日常的に使用するものであることから,細部についてまで日常的な観察の対象となる。また,携帯情報端末に旺盛な購買意欲を示す若者は多いが,それら若者は,携帯情報端末のデザインにおける微妙な差異についてもこだわり,自らが選んだ携帯情報端末を大切にする傾向がある。これらの事情を併せ考えると,上記の各相違点が,携帯情報端末(スマートフォン)の購買者に対して異なる印象を与えることは明らかである。

第4被告の反論

以下のとおり,審決の認定判断に誤りはない。

1  共通点に関する評価の誤りについて

様々な形態の携帯情報端末等が存在する以上(乙1~10),共通点に係る形態が「携帯情報端末であるがゆえの通常の形状」などとはいえるものではないし,以下のとおり,審決は,両部分の共通点と相違点をそれぞれ認定し,その評価をした上で,結果的には,両部分の共通点の形態において基調を形成し,看者に共通の印象を強く与えるものであるから,類否判断に支配的な影響を及ぼすところとなっているとしたものであって,審決の判断に誤りはない。

(1)  共通点(A)について

ア 長辺と短辺の比率について

携帯情報端末,スマートフォンや携帯電話機などの携帯情報端末等の物品分野においては,本体形状の縦横比が約3:1の携帯電話(乙1),前面パネル部を表示画面としつつ,操作パネルを兼ねているようにした携帯情報端末機等において,前面パネル部の縦横比が約3:1の携帯電話機(乙2)や約4:1強の無線電話機(乙3)等,様々な比率のものが存在している。

そうすると,携帯情報端末等の分野においては,長辺と短辺の長さの比率が,約2:1以外のものも数多く存在しており,様々な比率が存在する中においては,長辺と短辺の長さを約2:1とした比率に基づいた形状が,必ずしも「携帯情報端末であるがゆえの通常の形状」であるということはできない。また,長辺と短辺の長さを約2:1とした比率に基づいた形状は,一定程度の共通感をもたらすものであるから,両意匠を対比観察する場合において,「正面視において,前面パネル部の外形を長辺と短辺の長さの比率を約2:1とする略縦長俵形」と認定して共通点(A)とした審決の認定に誤りはない。

イ 側面視でごく僅かに湾曲している点について

前面パネル部を表示画面兼操作パネルとした携帯情報端末等においては,その出現以来本願出願直前までは,前面パネル部が前面側に湾曲していない平坦面(フラット面)の携帯情報端末等のみが存在していた(乙4,5)ところ,本願出願日の直前になって初めて前面パネル部が前面側に湾曲した(ラウンド面状の)もの(引用意匠及び乙6)が現れ,その後に本願意匠の出願がなされたのであるから,この状況下において,(前面パネル部を)側面視において,前面側に向けてごく僅かに湾曲させた点を共通点として挙げ,類否判断に支配的な影響を及ぼしていることの一つの理由とした審決の認定に誤りはない。

なお,原告が側面視につき相違点として主張する点は,審決においても相違点として取り上げて正当に評価しているのであるから,審決に誤りはない。

(2)  共通点(B)(長辺及び短辺の膨らみ)について

携帯情報端末等においては,前面パネル部の形状が,従来,角丸長方形状で,長辺及び短辺には膨らみがなく,直線状であったところ(乙7,8),本願出願時直前においては,短辺のみ膨らませている携帯情報端末等が出現しつつあり(乙9,10),本願出願時点においては,大部分の携帯情報端末等の形状は角丸長方形で,短辺のみを膨らませたものが僅かに存在していたという状況であって,短辺だけでなく長辺においても,僅かに膨らませたものはほとんど存在せず,本願出願時では,両意匠に共通する特徴的な態様であって,「略縦長俵形の長辺及び短辺の中央部分を緩やかに膨らませている点」を共通点としたことに誤りはない。

そして,原告が主張する「膨らみの程度,曲率が異なっている」点については,審決においても,短辺の膨らみ具合の相違を抽出して認定し,その後,共通点と相違点のそれぞれの評価を行って判断しているのであるから,審決に誤りはない。

(3)  共通点(C)(四隅の丸み)について

本願出願時点において,パネル部の四隅に丸みを設けている携帯情報端末等のうち,両意匠ほどの大きな丸みを設けているものはなく,したがって,前面パネル部の四隅を大きな丸みとしている点を両意匠の共通点として挙げた審決の認定に誤りはない。

また,審決は,共通点(C)と併せて,正面視における具体的構成態様として,短辺の膨らみの相違点を抽出して認定し,その後,共通点と相違点のそれぞれの評価を行った後に,本願実線部分全体と引用相当部分全体の評価として判断した結果,「(両部分の)形態において,共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響が大きいというべきであるのに対して,相違点はいずれも微弱であって,相違点の印象は,共通点の印象を覆すには至らないものである」(審決書4頁20行~22行)として,本願意匠は,引用意匠に類似する,と結論付けており,審決の認定判断に誤りはない。

2  相違点に関する評価の誤りについて

(1)  相違点(ア)について

原告の主張は,両意匠を二つ並べ,両意匠の短辺のみに着目し,正面図同士のみで比較した場合のものにすぎない。両意匠の普通の観察状況,ごく一般的な使用状態での観察(例えば,斜めからの観察)によれば,本願の願書に添付した斜視図のように見え,両意匠共に短辺が湾曲している共通感は認識できるが,その曲率が異なっているとか,どちらが大きいかどうかは,把握し難い程度の差でしかない。審決は,この点につき,具体的構成態様の共通点(B)として「略縦長俵形の長辺及び短辺の中央部分を緩やかに膨らませている点」とし,かつ,具体的構成態様の相違点として「(正面視において,)本願実線部分は,短辺の中央部をわずかに膨らませているのに対して,引用相当部分は,短辺の中央部分の膨らみが本願意匠よりもやや大きい点」と,正しく認定した後に,総合評価である両意匠の類否判断に及んでいるのであるから,審決の認定判断に誤りはない。

そして,前記1(2)のとおり,携帯情報端末等において,短辺だけでなく長辺においても僅かに膨らませたものは,本願出願時では,両意匠に共通する特徴的な態様であったのだから,相違点の評価として,「膨らみの大きさの相違はごくわずかなものであるから余り目立たず,ともにパネル部四隅の丸みから連続するわずかな曲線をなし,直線に近いなめらかな印象を看者に与えるものであって,類否判断に大きな影響を及ぼすものではない」(審決書3頁24行~27行)とした審決の認定判断に誤りはない。

(2)  相違点(イ)について

相違点(イ)に係る部分の幅は,図面上たった1ミリにも満たない幅であり,その幅は,前面パネル部の前面部分の前面側に向けて,ごく僅かに湾曲している(ラウンド面の)突出部分の幅も含む幅であるはずであるから,その側面側まで回り込んでいる(側面にまで広がっている)部分の幅は,上記の幅以下であって,僅かなものである。したがって,相違点の評価として,「本願実線部分の本体側接合面の膨らみはごくわずかであって,子細に観察して初めて看取できる程度のものであり,引用相当部分との当該部位における相違は,ほとんど類否判断に影響を与えるものではない」(審決書4頁4行~7行)とした審決の認定判断に誤りはない。

(3)  原告は,携帯情報端末は日常的に使用するものであることから,細部についてまで,日常的な観察の対象となるほか,携帯情報端末に旺盛な購買意欲を示す若者は,携帯情報端末のデザインにおける微妙な差異についてもこだわる,などとも主張する。

確かに,携帯情報端末等は手に持つものであり,手元であらゆる方向から各部まで観察されるものではあるが,それは携帯情報端末等の判断基準であり,本願実線部分である,透明な前面パネルの形状のみについてそれほどこだわる若者がいるとは考えられず,その他の部分(本願意匠においては本願実線部分以外の部分)を含めて,携帯情報端末等の全体又は各部のデザインにこだわっていると見るのが相当であると考えられ,かつ,当該若者でさえ,その前面パネルのみを原告が主張するところまで細かく判断することもないであろうから,審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

当裁判所も,本願意匠と引用意匠とは類似するので,本願意匠は意匠法3条の2の規定により意匠登録を受けることはできないとした審決の判断には誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  類否判断の前提となる事実

(1)  本願意匠と引用意匠が,それぞれその意匠に係る物品を共通にしていることは当事者間に争いがない。

(2)  本願実線部分と引用相当部分は,共に携帯型の端末機の前面パネル部であって,その用途及び機能が共通し,位置,大きさ,及び範囲が一致することは当事者間に争いがない。

(3)本願実線部分と引用相当部分の形態に前記第2の3(1)記載の共通点(A)及び(B)が存在すること(ただし,原告は,共通点(A)につき,本願意匠の長辺は短辺の2倍よりも若干短く,正面視や側面視で受ける印象は異なること,共通点(B)につき,膨らませ方が異なることをそれぞれ指摘している。),及び,本願意匠と引用意匠の形態に前記第2の3(2)記載の相違点があることは当事者間に争いがない。

また,本願実線部分(甲1)と引用相当部分(甲8)とを対比すると,略縦長俵形のパネル部の四隅を大きな丸みとしている点において共通する(共通点(C))ことが認められる。

2  両意匠の類否判断

(1)  共通点について

携帯情報端末の性質,用途,使用方法に照らすと,需要者が携帯情報端末を観察する際には,携帯情報端末の全体の形状,及び一見して目に入り,かつ,操作の際に最も使用頻度が高いものと考えられるパネル画面等の正面視の形状,並びにこれらのまとまりが最も注意を惹く部分であるということができる。

そして,本願意匠が携帯情報端末の前面パネル部に関する部分意匠であることに鑑みると,本願意匠と引用意匠とを全体として観察した場合,意匠全体の支配的な部分を占め,全体として一つの意匠的なまとまりを形成し,需要者に視覚を通じて一つの美感を与えて,需要者の注意を強く惹くのは,正面視における形状及び携帯情報端末全体の形状に関わる部分の形状であるというべきである。

本願実線部分と引用相当部分における基本的構成態様の共通点である前面パネル部の外形を長辺と短辺の長さの比率を約2:1とする略縦長俵形とした点(共通点(A)),具体的構成態様である略縦長俵形の長辺及び短辺の中央部分を緩やかに膨らませている点(共通点(B))及び略縦長俵形のパネル部の四隅を大きな丸みとしている点(共通点(C))は,いずれも携帯情報端末全体の形状に関わる部分に関するもので,かつ,正面視における共通点であり,側面視において,前面側に向けて,ごく僅かに湾曲させている点(共通点(A))は,携帯情報端末全体の形状に関わる部分における共通点である。

加えて,共通点(B)につき,本願出願前には同様の形状の携帯情報端末等があまり見られなかったこと(乙7~10)も併せ考えると,上記の各共通点は類否判断に極めて大きな影響を及ぼすものといえる。

(2)  相違点(ア)について

他方,正面視において,本願実線部分は,短辺の中央部を僅かに膨らませているのに対して,引用相当部分は,短辺の中央部分の膨らみが本願意匠よりもやや大きい点が相違停止る(相違点(ア))。

しかし,膨らみの大きさの相違は,正面視において両意匠を対比して観察した場合に看取し得るものではあるが,その程度はごく僅かなものにすぎず,例えば斜め方向から観察した際にはその差異は大きなものではないのであって(甲1及び8の各斜視図参照),携帯情報端末全体の形状から生じる美感に与える影響については大きいものとはいえない。

そして,上記の点に加え,原告の主張する四隅の丸みの付け方が異なる点(前記第3の1(3))や長辺部分の形状(前記第3の2(1))を併せてみても,本願実線部分及び引用相当部分の短辺及び長辺は,いずれも直線と比較してやや丸みを帯びた印象を看者に与え,正面視全体としてみても,両部分ともにやや丸みを帯びた長方形の形状であるとの美感を共通して与えるものというべきであるから,上記相違点等は,需要者の視覚を通じて起こさせる全体から生じる美感に与える影響は少ないものといえる。

したがって,上記相違点等は,類否判断に大きな影響を及ぼすものとは認められない。

(3)  相違点(イ)について

前記(1)の説示のとおり,本願意匠において需要者の注意を強く惹くのは,正面視における形状及び全体の形状に関わる部分であるというべきところ,相違点(イ)は,側面視及び平底面視に係るものであり,需要者の注意を強く惹く部分とはいえない。

しかも,両部分は,側面視において,前面側に向けて,ごく僅かに湾曲させている点についても共通しており(共通点(A)),この点が類否判断に大きな影響を与えることは前記(1)の説示のとおりである反面,相違点(イ)に係る本願実線部分の本体部とパネル部の接合面が僅かに湾曲しているのに合わせて,パネル部の接合面を本体側に僅かに膨らませている点については,引用相当部分と比較したその膨らみの程度の差はごく僅かなものにすぎない。

そうすると,相違点(イ)は,類否判断に大きな影響を与えるものではない。

(4)  小括

以上によれば,両部分との間の相違点(ア)及び(イ)は,特段需要者の注意を惹くものではなく,類否判断に及ぼす影響は大きいとはいえず,上記各相違点が,前記(1)において説示した共通点から得られる美感の共通性を凌駕するものであるとは認められない。

よって,本願意匠と引用意匠の形態は類似するものというべきである。

(5)  原告の主張について

ア 原告は,意匠の類否を判断する際には,「携帯情報端末であるがゆえの通常の形状」以外の部分に着目すべきであり,共通点(A)のうち,長辺と短辺の比率が約2対1である点は,捨象して考えるべきである旨主張する(前記第3の1(1)ア)。

しかし,本願出願前に前面パネル部の縦横比が約3:1の携帯電話機(乙2)や約4:1強の無線電話機(乙3)が存在しているところ,これらは,前面パネル部をタッチパネルとして機器を操作する携帯型の電子情報機器である点で本願に係る携帯情報端末と共通していることに照らすと,長辺と短辺の比率が約2対1であるとの点が,本願意匠に係る物品について通常の形状であるということはできない(なお,原告は,本願意匠の長辺は短辺の2倍よりも若干短いことを指摘するが,その比率を約2対1とみることを妨げるような相違があるとは認められないし,両意匠から生じる美感に相違をもたらすものでもない。)。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

イ 原告は,共通点(B)及び(C)並びに相違点(ア)に関し,引用相当部分の短辺は,曲がり方の度合いが大きいことから,看者に対して曲線的な印象を与えるのに対し,本願実線部分の短辺は直線状であるため,看者に対してストレートでスマートな印象を与えるほか,本願実線部分は,長辺の大部分が直線となっており,長辺は,上端ないし下端に近い位置で湾曲するのみであるのに対し,引用相当部分は,長辺が全体的に曲線状になっているため,本願実線部分が看者に対してストレートでスマートな印象を与えるのに対し,引用相当部分が丸みを帯びた柔らかい印象を与える一因となっている,加えて,パネル部の四隅は長辺及び短辺の膨らみの程度並びに曲率が異なっていることと連動して本願実線部分の全体的なデザインを形作り,その結果,全体的に,看者へ独特の印象を与えるデザインを構成している旨主張する(前記第3の1(2),(3),同2(1))。

しかし,原告の主張する上記各点の存在により,本願実線部分と引用相当部分につき需要者に異なる美感を与えるものでないことは,前記(1)において説示したとおりであり,原告の上記主張は採用することができない。

ウ 原告は,相違点(イ)に関し,本願意匠においては,正面パネル部分が側面部にまで広がっているため,側面視においても,本願実線部分がデザインの一部として明確に観察されるのに対し,引用意匠の正面パネルは側面部にまで広がっておらず,側面視においては厚みとしてしか観察されることはないから,相違点(イ)の存在により両意匠の全体的な印象を異ならせる要因となっている旨主張する(前記第3の2(2))。

しかし,前記(3)において説示したとおり,そもそも側面視が需要者の注意を惹く部分であるとはいい難い上に,上記のようなデザインの差異があるとしても,本願意匠における正面パネルが側面部に広がる幅はごく僅か(甲1)にすぎないのであるから,上記の点が類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえない。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

エ 原告は,携帯情報端末は日常的に使用するものであることから,細部についてまで,日常的な観察の対象となるほか,携帯情報端末に旺盛な購買意欲を示す若者は多いが,それら若者は,携帯情報端末のデザインにおける微妙な差異についてもこだわり,自らが選んだ携帯情報端末を大切にする傾向があることを併せ考えると,各相違点が,携帯情報端末(スマートフォン)の購買者に対して異なる印象を与えるものである旨主張する(前記第3の2(3))。

確かに,携帯情報端末は,手に持って使用されるもので,日常の観察の対象となり得るものである。しかし,前記(1)の説示のとおりの携帯情報端末の性質,用途,使用方法に照らすと,需要者が携帯情報端末を観察する際には,意匠全体の支配的な部分を占める全体の形状,及び一見して目に入り,かつ,操作の際に最も使用頻度が高いものと考えられるパネル画面等の正面視の形状,並びにこれらのまとまりが最も注意を惹く部分であるということができる。他方,本願意匠は,携帯情報端末の一部分である前面パネルに係る部分意匠である上に,相違点(イ)は,上記の最も注意を惹く部分に関するものではないし,また,前記(2)ないし(4)において説示したとおり,相違点(ア)及び(イ)に係る形状の差異が美感に与える影響も小さいものである以上,原告の主張する点を踏まえても,各相違点が存在することにより,本願意匠が需要者に対して引用意匠とは異なる美感を与えるものということはできない。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

3  まとめ

以上によれば,本願意匠と引用意匠とは類似し,本願意匠は,意匠法3条の2の規定により意匠登録を受けることができないものというべきであるから,審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。

第6結論

よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井忠雄 裁判官 西理香 裁判官 神谷厚毅)

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