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知財高等裁判所 平成26年(行ケ)10273号 判決 2015年9月17日

原告

被告

特許庁長官

同指定代理人

清水稔

森竜介

長馬望

根岸克弘

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2013-17313号事件について平成26年11月10日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は,平成19年9月11日,発明の名称を「色彩表示システム及び色彩表示プログラム」とする発明について,特許出願をした(請求項数4。特願2007-235068号。以下「本願」という。甲7)。

(2)  特許庁は,平成25年6月5日付けで拒絶査定をしたため(甲13),原告は,同年9月9日,これに対する不服の審判を請求するとともに,同日付け手続補正書により,本願の特許請求の範囲の補正をした(請求項数4。甲15。以下「本件補正」という。)。

(3)  特許庁は,これを不服2013-17313号事件として審理し,平成26年11月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。

(4)  原告は,平成26年12月11日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

本件審決が対象とした本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲15)。以下,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願発明」,本願発明に係る明細書(甲7)を,図面を含めて「本願明細書」という(なお,「/」は,原文の改行部分を示す。以下同じ。)。

【請求項1】8つの頂点のうちの6つの頂点がそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダを示すと共に6つの面がそれぞれ該各面の四隅の色の混合となる色の立方体モデルの中心を,前記6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過するRC軸とGM軸とBY軸の3つの軸が交差する三次元座標系の基点に設定する基点設定手段と,/該基点設定手段により設定された基点において交差する前記三次元座標系の前記3つの軸に沿って赤色,緑色,青色,シアン,マゼンダ,黄色を数値化して前記各軸の座標値を設定する色座標値設定手段と,/を備えていることを特徴とする色彩表示システム。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本願発明に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,発明の詳細な説明に記載したものではなく,特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たさず,②本願発明は,特開2001-78220号公報(甲5。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一であるか,又は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条1項3号又は2項に該当し,特許を受けることができないものであって,本願は拒絶すべきものである,というものである。

(2)  本件審決が認定した引用発明は,以下のとおりである。

ア 引用発明

赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図である立体の各角が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー(BK,B,M,R,C,G,W,Y)で名付けられ,/赤,緑及び青軸の各々について,8ビット量子化2進表現のために,その信号成分を0~255間スケールから-128~127間スケールに変換するRGBシフト・プロセッサ282を備え,/変換後の赤,緑及び青軸は,立体の中心において交差し,変換後の赤,緑及び青軸のスケールで立体の中心及び各角を表すと,/立体の中心(0,0,0),黒(-128,-128,-127),青(-128,-128,127),マゼンタ(127,-128,127),赤(127,-128,-128),シアン(-128,127,127),緑(-128,127,-128),白(127,127,127),及びイエロー(127,127,-128),となる/カラー・ビデオ画像を表す信号サンプルを処理する装置。

イ なお,本件審決は,引用例の記載事項から,以下の技術事項が読み取れると認定した。

(ア) 赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図である立体の各角が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー(BK,B,M,R,C,G,W,Y)で名付けられるとの技術事項(以下「本件技術事項1」という。)

(イ) 赤,緑及び青軸の各々について,8ビット量子化2進表現のために,その信号成分を0~255間スケールから-128~127間スケールに変換するRGBシフト・プロセッサ282を備えるとの技術事項

(ウ) 変換後の赤,緑及び青軸は,立体の中心において交差し,変換後の赤,緑及び青軸のスケールで立体の中心及び各角を表すと,立体の中心(0,0,0),黒(-128,-128,-127),青(-128,-128,127),マゼンタ(127,-128,127),赤(127,-128,-128),シアン(-128,127,127),緑(-128,127,-128),白(127,127,127),及びイエロー(127,127,-128),となるとの技術事項(以下「本件技術事項2」という。)

(エ) カラー・ビデオ画像を表す信号サンプルを処理する装置の技術事項

4  取消事由

(1)  サポート要件に係る判断の誤り(取消事由1)

(2)  新規性及び進歩性に係る判断の誤り

ア 引用発明の認定の誤り(取消事由2-1)

イ 新規性に係る判断の誤り(取消事由2-2)

ウ 進歩性に係る判断の誤り(取消事由2-3)

第3当事者の主張

1  取消事由1(サポート要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本願発明の色の立方体モデルは,本願明細書【0011】ないし【0015】で説明されるように,各頂点の色やその位置が任意のものではない(甲17)。

本願発明の色の立方体モデルは,「従来の色の立方体モデル1」と同様の色の配置を有するものであり,請求項1において,色の立方体モデルの8つの頂点の全ての色(赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ,黒色,白色)及びその位置関係は特定されているから,本願発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものである。

本件審決が指摘するような,各頂点の色の組合せが赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ,黒色及び白色の組合せ以外のものとなることはあり得ないし,赤色とシアン,緑色とマゼンダ,青色と黄色が同一辺(稜線)の頂点に配置されることもあり得ない。

(2) したがって,特許請求の範囲(請求項1)の記載は,サポート要件を満たすものであって,本件審決におけるサポート要件に係る判断は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 本願明細書には,本願発明は,従来の色の立方体モデル1を使用して色彩を表示する方法にあった問題を,色の立方体モデルの中心を三次元座標系の基点に設定する基点設定手段と,該基点設定手段により設定された基点において直交する前記三次元直交座標系の3つの軸に沿って色を数値化して該各軸の座標値を設定する色座標値設定手段とを備えることで解決しようとするものであることが記載されている(【0002】~【0006】)。

ここで,「なお,色の立方体モデル11自体は,背景技術で説明した従来の色の立方体モデル1と同様の構成を有しているので,ここでの詳細な説明は省略する。」(【0011】)との記載を参照すると,本願発明の実施の形態の「色の立方体モデル」は「従来の色の立方体モデル1」と同様の構成を有するものであることが発明の詳細な説明に記載されている。

そして,本願発明の実施の形態としての「従来の色の立方体モデル1」は,技術常識として知られた色立方体であって,頂点の色として黒色,赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ,白色の8色があり,灰色である中心に対して,黒色,赤色,緑色,青色の位置と反対側に,それぞれ白,シアン,マゼンダ,黄色が位置するものである(【0003】,【0015】,乙1)。

本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明の実施の形態として「従来の色の立方体モデル1」が含まれることが記載されているのみで,それ以外に,どのような色の立方体モデルが含まれ,どのような色の立方体モデルが含まれないのかは記載されていない。

(2) これに対し,本願発明に係る請求項1は,色の立方体モデルについて,「8つの頂点のうちの6つの頂点がそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダを示すと共に6つの面がそれぞれ該各面の四隅の色の混合となる色の立方体モデル」と特定するにとどまり,8つの頂点のうち6つの頂点の色しか特定していないことから,請求項1は,特定されない残りの2つの色に関し,従来の色の立方体モデルと同様の黒色と白色であると解される他に,黒色と白色の2色に限定されないと解される余地をあえて残す記載となっている。

また,請求項1は,それぞれの色の位置関係についても特定していないから,特定されている6つの色及び特定されない残りの2つの色の位置関係は,従来の色の立方体モデルの色の位置関係と同様であると解されるものの他に,従来の色の立方体モデルの色の位置関係に限定されないと解される余地をあえて残す記載となっている。

(3) 以上のとおり,色の立方体モデルに関し,本願明細書の発明の詳細な説明には,従来の色の立方体モデルが記載されているにとどまるのに対し,本願発明に係る特許請求の範囲(請求項1)には,従来の色の立方体モデルと同様の黒色と白色であると解される他に,黒色と白色の2色に限定されず,従来の色の立方体モデルの色の位置関係に限定されないと解される余地をあえて残す色の立方体モデルが記載されており,発明の詳細な説明に記載された従来の色の立方体モデルと比べ拡張したものとなっている。

そして,従来の色の立方体モデルに比して拡張された色の立方体については,発明の詳細な説明に記載はなく,また,本願の出願時の技術常識でもないから,上記拡張された色の立方体を含む特許請求の範囲(請求項1)に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものではない。

(4) 以上によれば,本件審決におけるサポート要件に係る判断に誤りはない。

2  取消事由2-1(引用発明の認定の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 引用例の【0034】には「この立体の各角は,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローBK,B,M,R,C,G,W,Yで名付けられている。」と記載されているのに対し,図1の立方体の各角位置は,「bk,b,m,r,c,g,w,y」の英小文字で記載されており,前者の記載(16文字)と後者の記載(8文字)は対応しない。すなわち,図1の立方体の各角位置は,「bk,b,m,r,c,g,w,y」と名付けられただけで,各角が色であることにはならない。

したがって,本件審決が,引用例の【0034】,図1及び図2から,本件技術事項1が読み取れるとしたのは誤りである。

(2) また,引用例の図16(B)は,R面,G面,B面の3枚の図を,R軸の0点とG軸の0点とB軸の0点の1点で重ねて描いたものとなっており,RGB値の移動を誤って描いたものとなっている。図16(B)では,上記のとおり3枚の図が重ねられており,【0041】の記載のように1つのスケールを用いたものとはなっておらず,上記図16(B)のような立体はそもそも存在しない。換言すれば,図16(B)は,3軸6色であるのに対し,図1や図16(A)は,8色のRGB立方体であるから,図16(B)は,図1や図16(A)には対応しない。

したがって,本件審決が,引用例の【0034】,【0041】,【0161】及び図16bと図1の対応関係から,「立体の各角である,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローは,立体の中心を原点(0,0,0)として,三次元座標のように数値化して表現されることになる」としたのは誤りである。

(3) さらに,本件審決は,本件技術事項2が読み取れるとするが,引用例の記載からは,赤軸,緑軸,青軸の交差が直交であるか斜め交差であるかは明らかではなく,仮に,3軸の交差が直交であるとすれば,立体は双四角錘となり,3軸の両端は6色ということになるから,誤りである。

(4) そして,引用例の【0161】にあるように,シフトプロセッサは,データの基点を移動して,全データの数値を変更するが,データの内容(この場合は色)は変更しないから,RGB方式のデータのシフト処理を行っても,データ値が0~255であったものが-128~127に変わるだけで,色の相互関係は変わらない。

したがって,RGB方式のデータのシフト処理を行っても,RGBグラフの全体の形がシフト(移動)するだけで,色の構成(RGB方式の基本)は変わらない。すなわち,図16(A)をシフト処理しても,図16(B)のようにはならない。

(5) 以上のとおり,引用例に記載された発明は,およそ本願発明と対比することができるようなものではなく,本件審決における引用発明の認定は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 引用例に記載された立体の各角について

引用例の【0034】に記載された「黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー」の各色を英語表記すると,それぞれ,black, blue,magenta, red, cyan, green, white , yellow であるところ,black と blueは,共に「b」の頭文字であることから,図1では,区別するために blackを「bk」と表記し,他は頭文字を用いて「b,m,r,c,g,w,y」と簡略表記したものと考えられる。また,簡略表記を小文字で表記するか大文字で表記するかは,適宜選択されることであることに鑑みると,【0034】に記載された「BK,B,M,R,C,G,W,Y」は,「黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー」の色の名前に対応するものであると理解するのが自然である。

そうすると,【0034】の上記記載は,「黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー」の8つの色の日本語表記と英語表記を併記したものであると理解できる。

したがって,本件審決が,引用例の記載から,本件技術事項1が読み取れるとしたことに誤りはない。

(2) 引用例に記載された図16(B)について

引用例の図1には,3つの軸としてRGBがあり,各角は,bk,b,m,r,c,g,w,yで表記されている。また,引用例の【0022】,【0023】の記載から,図1に示される立体において,赤,緑,青成分は,互いに直交する直交軸上に表されており,各軸は,ゼロと1の間のスケールで表され,RGBスペース内の任意の点が特定の色に対応し,各角のbk,b,m,r,c,g,w,yの表記は,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローの各色に対応するものであることが分かる。

これに対し,【0161】の記載から,図16(A)は,「赤,緑,青成分は,お互いに直交する直交軸上に表されており,各軸は,ゼロと1の間のスケールされ,RGBスペース内の任意の点が特定の色に対応し,各角のbk,b,m,r,c,g,w,yの表記は,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローの各色に対応するものである」図1に示された立体について,「ゼロと1の間のスケール」から「0と255の間」のスケーリングに表現したものであり,図16(B)は,図16(A)の「0と255の間」のスケーリングを「0を中心とした-128と127の間」のスケーリング,つまり,バイポーラ・フォーマットで表したものであることが分かる。

(3) 以上の検討を踏まえれば,赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図である立体に,各軸について-128~127間でスケーリングすることを当てはめると,例えば,赤色軸の「0」で表現していた色が「-128」に対応し,赤色の純色が「127」に対応し,その中間の色が「0」に対応する。

そして,それぞれの軸において,中間の色に対応する値が「0」となることから,8ビット表記上の原点(0,0,0)は,立体の中心に存在し,変換後の軸は,この原点(0,0,0)において交差することを意味している。

さらに,立体の各角である,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローは,立体の中心を原点(0,0,0)として,三次元座標のように数値化して表現されることになる。

したがって,引用例の図16(B)に基づき,本件技術事項2を読み取ることができる。

(4) 以上によれば,本件審決における引用発明の認定に誤りはない。

3  取消事由2-2(新規性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本願発明の色立方体と引用例に記載されたRGB立方体とは,別紙1の「本願発明と従来のRGB立方体との比較表」記載のとおり,異なるものであって,本願発明の色立方体は,色の基点を色配置の中心に取ったもので,色の体系が整然として,補色関係も正しく,色の長さも揃ったものとなるのに対し,引用例に記載されたRGB立方体は,色の基点が黒色であるため,色の範囲は1象限範囲に偏り,色の長さも揃わず,色の体系も不明確なものとなる。

色には,色相以外にも,明度,彩度やその他の性質があり,同じ色に見えるものでも,その性質は異なる。本願発明の色立方体と引用例に記載されたRGB立方体とでは,色の方式が異なるので,全く別種の色になるにもかかわらず,本件審決は,これが同一であることを前提に,本願発明の新規性を判断しているから,本件審決における新規性の判断は誤りである。

(2) 本件審決における認定・判断の誤りについて

ア 本件審決は,引用発明の「赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図である立体」において,「立体の各角が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー(BK,B,M,R,C,G,W,Y)で名付けられ」ており,それぞれの面が各面の四隅の色の混色となることは明らかであるから,引用発明における「立体」は,本願発明における「8つの頂点のうちの6つの頂点がそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダを示すと共に6つの面がそれぞれ該各面の四隅の色の混合となる色の立方体モデル」に相当するとした。しかし,引用例の図16(B)は,前記のとおり誤っており,引用発明に相当する立体は存しないし,また,3軸の両端に本願発明のような4軸8色の色対応は成立しないから,本件審決における上記認定は誤りである。

イ 本件審決は,引用発明において,「変換後の赤,緑及び青軸は,立体の中心において交差」していることは,本願発明における「立方体モデルの中心を,前記6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過するRC軸とGM軸とBY軸の3つの軸が交差する」ことに相当し,また,引用発明において「変換後の赤,緑及び青軸のスケールで立体の中心・・・を表すと,立体の中心(0,0,0)」となることから,引用発明は,本願発明における「三次元座標系の基点に設定する基点設定手段」を備えているとした。しかし,引用例に記載された立体は,赤,緑及び青軸を持つ3軸6色の立体なので,本願発明の4軸8色の立方体と対比することはできないから,本件審決における上記認定はいずれも誤りである。

ウ 本件審決は,引用発明の本件技術事項2から,引用発明は,本願発明における「該基点設定手段により設定された基点において交差する前記三次元座標系の前記3つの軸に沿って赤色,緑色,青色,シアン,マゼンダ,黄色を数値化して前記各軸の座標値を設定する色座標値設定手段」を備えているとした。しかし,引用例に記載されたRGB方式をシフトしても,RGB方式のままであって,色方式(色)に変化はないから,本願発明の色方式とはならず,また,赤,緑及び青軸は,対向各面の中心を通り,立体の各色角は通らないから,本件審決における上記認定は誤りである。

(3) 本願発明は,色の立方体モデルの中心を三次元座標の基点に設定し,該基点において直交する三次元座標系の3つの軸に沿って色を数値化して座標値を設定することを特徴とする色彩表示システムであり,本願発明における基点などの座標の設定方式,色座標の数値化や色配置を採用することにより,従来の色方式の欠点を克服した,全く新しい色彩方式(表示法)を提示するものである。

したがって,本願発明は,引用例に記載された従来のRGB方式を超えた,新規の色の表示方式であって,新規性を有するものであることは明らかである。

(4) 以上のとおり,本件審決における新規性に係る判断は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 本願発明は,灰色を中心として,黒色,赤色,緑色,青色の位置と反対側に,それぞれ白,シアン,マゼンタ,黄色が位置する,色の立方体モデルを含むものであるところ,引用発明においても,灰色を中心としてそのような色の位置関係になることは明らかであり,このことは,当業者であれば当然に理解することができることである。

したがって,引用発明の「各角が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー(BK,B,M,R,C,G,W,Y)で名付けられる」,「赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図である立体」は,本願発明の色の立方体モデルに相当する。

そして,「変換後の赤,緑及び青軸は,立体の中心において交差し,変換後の赤,緑及び青軸のスケールで立体の中心」を原点(0,0,0)として,各色を三次元座標のように数値化して表現する引用発明は,本願発明の「立方体モデルの中心を,前記6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過するRC軸とGM軸とBY軸の3つの軸が交差する三次元座標系の基点に設定する基点設定手段と,該基点設定手段により設定された基点において交差する前記三次元座標系の前記3つの軸に沿って赤色,緑色,青色,シアン,マゼンダ,黄色を数値化して前記各軸の座標値を設定する色座標値設定手段と,を備えている」といえるから,本願発明は,引用発明と同一である。

(2) 以上のとおり,本件審決における新規性に係る判断に誤りはない。

4  取消事由2-3(進歩性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,「立体の各角が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー(BK,B,M,R,C,G,W,Y)で名付けられ」た「3次元表現を示す線図である立体」において,立体の中心を各軸の交差する原点(0,0,0)とする引用発明に接した当業者にとって,該立体が,「色の立方体モデル」と表記上同様であることから,引用発明における「立体」を,本願発明における「8つの頂点のうちの6つの頂点がそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダを示すと共に6つの面がそれぞれ該各面の四隅の色の混合となる色の立方体モデル」とし,該立方体モデルの中心を三次元座標系の基点に設定し,本願発明の構成を想到することは,容易に為し得たことであると判断した。

(2) しかし,本願発明の色立方体と引用例に記載されたRGB立方体とでは,色の方式が異なるので,全く別種の色になるのであって,本願発明は,引用例に記載された従来のRGB方式に基づいて,容易に発明をすることができたものではないから,進歩性を有するものであることが明らかである。

したがって,本件審決における進歩性に係る判断は誤りである。

〔被告の主張〕

本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

したがって,本件審決における進歩性に係る判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本願発明について

(1)  本願発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本願明細書(甲7)には,次のような記載がある(図2及び図3については,別紙2の本願明細書図面目録を参照。)。

ア 技術分野

【0001】 本発明は,色の立方体モデルを使用して色彩を表示する色彩表示システム及び色彩表示プログラムに関するものである。

イ 背景技術

【0002】一般に,色彩を表示する場合,R(赤色),G(緑色),B(青色)の光の三原色を三次元直交座標系に表した色の立方体モデルが使用されている。

【0003】この従来の色の立方体モデル1は,図3に示されているように,基点0において互いに直交するX,Y,Z軸にそれぞれG,B,Rの原色を割り当て,各軸に沿って光量値をそれぞれ目盛って形成されている。そして,この立方体モデル1では,基点0が黒色で,他の7つの頂点はそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ,白色を示し,6つの面はそれぞれ四隅の色が沁み出して混合したような色模様になっている(公知・公用の従来技術に基づき発明したため,出願人は本発明に関連する先行技術文献を知らない)。

ウ 発明が解決しようとする課題

【0004】しかしながら,上記した従来の色の立方体モデル1を使用して色彩を表示する方法では,以下のような問題があった。すなわち,

(1)  従来の画像処理は,入力として受け入れた画像を出力機器に適合するように調整するものであり,途中で画像データの内容を変更しないことが原則となっているため,出力内容を変更又は調整したい場合には,新規に別の画像として入力操作をやり直す必要があった。

(2)  画像形成装置は,指示されたデータをできる限り忠実に再現するための装置であるため,ユーザ側が色調整をする余地はなく,色の再現性はメーカ側に任せるしかなかった。

(3)  全色の操作が可能な方法として一部の色彩プログラムは,RGB色データの操作を採用しているが,色彩調整の規則が不明なため,「どれ一つを動かしても,色相・彩度・明度の全てが変わる」といった注意書きを付けて,この色操作を実質的に禁止しており,色操作ができなかった。

(4)  光源の光の種類や紙質の違い等により色バランスに狂いが生じるため,その都度,RGBの微調整を行う必要があった。

(5)  大幅な色調整は,色が転ぶ等の予想外の色変化を招き,回復不能の事態を発生させるおそれがあった。

(6)  近年のデジタル化に伴って色の変更が容易にできるようになったが,正しい色の調整法がないまま,誤った色の操作(データ値の改変)が行われており,また,一般の色操作プログラムは調整範囲が限られており,数値が不正確であった。

(7)  明度の基点が黒色であるため,明度調整により色相が変化し,画像の明度を上げた場合には,立方体モデルを外れた架空のデータ(白飛び)が発生するおそれがあった。

【0005】そこで,本発明は,上記した課題を解決することのできる色彩表示システム及び色彩表示プログラムを提供することを目的とするものである。

エ 課題を解決するための手段

【0006】上記した目的を達成するため,本発明に係る色彩表示システムは,色の立方体モデルの中心を三次元座標系の基点に設定する基点設定手段と,該基点設定手段により設定された基点において直交する前記三次元直交座標系の3つの軸に沿って色を数値化して該各軸の座標値を設定する色座標値設定手段と,を備えていることを特徴とする。

オ 発明の効果

【0010】本発明によれば,色の取り扱いが容易になるため,色彩処理のどの過程でも自由に色の最適な処理や調整を行うことができる。

カ 発明を実施するための最良の形態

【0011】以下,図面を参照しつつ,本発明の実施の形態について説明する。ここで,図1は本発明の実施の形態に係る色彩表示システムの構成を示すブロック図,図2は同色彩表示システムにおける色の立方体モデルを示す斜視図である。なお,色の立方体モデル自体は図1に示されているように,本実施の形態に係る色彩表示システム10は,色の立方体モデル11の中心を三次元座標系の基点0に設定する基点設定部12と,該基点設定部12により設定された基点0において直交する前記三次元直交座標系の3つの軸RC,GM,BYに沿って色R,G,B,C,M,Yを数値化して各軸RC,GM,BYの座標値を設定する色座標値設定部13と,色座標値設定部13により設定された各軸RC,GM,BYの座標値毎に数値を加算し,平均することにより混合した色の座標値を算出する混色座標値算出部14と,各軸RC,GM,BYの座標値に対応付けて混色のデータを格納する混色データ格納部15と,混色座標値算出部14により算出された混色の座標値に一致する混色のデータを混色データ格納部15から検索する混色データ検索部16とを備えて構成されている。なお,色の立方体モデル11自体は,背景技術で説明した従来の色の立方体モデル1と同様の構成を有しているので,ここでの詳細な説明は省略する。

【0012】次に,上記した構成を備えた色彩表示システム10の作用について,色を混合する場合を例にとって説明する。

【0013】先ず,色の立方体モデル11は,基点設定部12によりその中心を基点0に設定される。これにより,基点0が元色となり,この元色は実際には全ての色を混合した灰色となり,各色は基点0から立体放射状に配置されるようなる。そして,6つの頂点はそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダを示し,6つの面はそれぞれ四隅の色の混合となり,全て純色となる。また,6つの面以外の立方体内部に配置される色はすべて濁色となる。

【0014】立方体の表面の色味の違いである色調は6つの面から中心に向かうに従って変化しないが,元色の濁りが入ってくる。仮に,立方体の表面の正方形と中心点とにより形成される四角錐を考え,正方形を平行移動しながら中心に向かうと,色調は相似形に縮小しながら,色彩度は下がるようになる。すなわち,等色彩度面は,同一中心点を有する正六面体となる。また,色彩度は色相面に対して斜めになるため,表面の色調,色彩度,実位置の変換によって色彩度を独立して制御することができるようになる。

【0015】次に,前記立方体モデル11において,色R,G,B,C,M,Yは色座標値設定部13により3つの軸RC,GM,BYに沿って,RC軸(1.0~0~-1.0),GM軸(1.0~0~-1.0),BY軸(1.0~0~-1.0)のように,数値化され,各軸RC,GM,BYの座標値が設定される。これにより,例えば,赤色の座標値は,R1.0,G-1.0,B-1.0となり,緑色の座標値は,R-1.0,G1.0,B-1.0となり,青色の座標値は,R-1.0,G-1.0,B1.0となる。

【0016】次に,混合する色の各軸RC,GM,BYの座標値をそれぞれ混色座標値算出部14により加算し,平均することにより混色の座標値が算出される。具体的には,例えば,赤色と黄色を1:3の割合で混合する場合,赤色の座標値が,R1.0,G-1.0,B-1.0,黄色の座標値がR1.0,G1.0,B-1.0であるから,混色の各軸RC,GM,BYの座標値は,次式により

RC軸の座標値:(1+1×3)/(1+3)=1

GM軸の座標値:(-1+1×3)/(1+3)=0.5

BY軸の座標値:(-1-1×3)/(1+3)=-1

と算出される。したがって,混色の座標値は,R1.0,G0.5,B-1.0となる。

【0017】次に,このように算出された混色の座標値に一致する混色のデータが混色データ検索部16によって混色データ格納部15から検索され,この例では,混色は黄色よりの朱色と判定される。

【0018】このように上記した色彩表示システムによれば,色の取り扱いが容易になるため,色彩処理のどの過程でも自由に色の最適な処理や調整を行うことができる。

【0019】また,加算や平均のような単純な計算により混色を指定することができるため,色の検索を極めて容易に行うことができる。

【0020】さらに,プリンタやディスプレイ等の画像形成装置において,ユーザ側が色調整を簡単に行うことができるようになる。

【0021】さらにまた,2つの色の違いが色座標の空間距離で与えられるようになるため,混色の規則が明確になり,混色により色を作り出すことが簡単に行えるようなる。

(2) 前記(1)の記載によれば,本願発明の特徴は,以下のとおりであると認められる。

ア 本願発明は,色の立方体モデルを使用して色彩を表示する色彩表示システムに関するものである(【0001】)。

従来,色彩を表示する場合,R(赤色),G(緑色),B(青色)の光の三原色を三次元直交座標系に表した色の立方体モデルが使用されており(【0002】),図3に示されているように,基点0が黒色で,他の7つの頂点はそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ,白色を示し,6つの面はそれぞれ四隅の色が沁み出して混合したような色模様になっている(【0003】)。

本願発明は,従来の色の立方体モデルを使用して色彩を表示する方法では,①画像処理において,出力内容を変更又は調整したい場合には,新規に別の画像として入力操作をやり直す必要がある,②画像形成装置において,ユーザ側が色調整をする余地はなく,色の再現性はメーカ側に任せるしかない,③RGB色データの操作では,色彩調整の規則が不明なため,実質的には色操作ができない,④光源の光の種類や紙質の違い等により,その都度,RGBの微調整を行う必要がある,⑤大幅な色調整により予想外の色変化を招き,回復不能の事態を発生させるおそれがある,⑥近年のデジタル化に伴い色の変更が容易になったが,正しい色の調整法がないまま,誤った色の操作(データ値の改変)が行われており,また,一般の色操作プログラムは調整範囲が限られており,数値が不正確である,⑦明度の基点が黒色であるため,明度調整により色相が変化し,画像の明度を上げた場合には,立方体モデルを外れた架空のデータ(白飛び)が発生するおそれがあるといった問題があるとし(【0004】),かかる問題を解決することのできる色彩表示システムを提供することを目的とするものである(【0005】)。

イ 本願発明は,上記課題の解決手段として,特許請求の範囲の請求項1に記載された構成,すなわち,色の立方体モデルの中心を,6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過するRC軸とGM軸とBY軸の3つの軸が交差する三次元座標系の基点に設定する基点設定手段と,該基点設定手段により設定された基点において交差する前記三次元座標系の前記3つの軸に沿って赤色,緑色,青色,シアン,マゼンダ,黄色を数値化して前記各軸の座標値を設定する色座標値設定手段とを備えた構成としたものである。

ウ 本願発明によれば,色の取扱いが容易になり,色彩処理のどの過程でも自由に色の最適な処理や調整を行うことができるという効果を奏するものである(【0010】)。

2  取消事由1(サポート要件に係る判断の誤り)について

(1)  本願明細書の発明の詳細な説明の記載について

ア 本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明の「色の立方体モデル」に対応する「色の立方体モデル11」に関し,「なお,色の立方体モデル11自体は,背景技術で説明した従来の色の立方体モデル1と同様の構成を有しているので,ここでの詳細な説明は省略する。」(【0011】)との記載があるから,「色の立方体モデル11」は「従来の色の立方体モデル1」と同じ色の組合せ及び配置を有するものであることが理解できる。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明には,「従来の色の立方体モデル1」に関し,「一般に,色彩を表示する場合,R(赤色),G(緑色),B(青色)の光の三原色を三次元直交座標系に表した色の立方体モデルが使用されている。」(【0002】),「この従来の色の立方体モデル1は,図3に示されているように,基点0において互いに直交するX,Y,Z軸にそれぞれG,B,Rの原色を割り当て,各軸に沿って光量値をそれぞれ目盛って形成されている。そして,この立方体モデル1では,基点0が黒色で,他の7つの頂点はそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ,白色を示し,6つの面はそれぞれ四隅の色が沁み出して混合したような色模様になっている(公知・公用の従来技術に基づき発明したため,出願人は本発明に関連する先行技術文献を知らない)。」(【0003】)との記載がある。

本願発明の「色の立方体モデル」に対応する「色の立方体モデル11」は,「従来の色の立方体モデル1」と同様の構成を有しているから,これらの記載から,その8つの頂点が,それぞれ黒色,赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ及び白色であることを理解することができる。

ウ また,本願発明の「色の立方体モデル」に対応する「色の立方体モデル11」は,「従来の色の立方体モデル1」と同様の構成を有しているから,本願明細書の【0003】により,「色の立方体モデル11」において,赤色,緑色,青色は,それぞれが同一の辺を共有せず,かつ,それぞれが立方体モデルの中心に対して対向する位置にないことを理解することができる。このことは,本願明細書の【0015】に記載された「色の立方体モデル11」における赤色,緑色及び青色の座標値からも理解することができることに加え,【0016】に記載された黄色の座標値も合わせれば,「色の立方体モデル11」においては,青色と黄色が,立方体モデルの中心に対して対向する位置にあることを理解することができる。

エ さらに,本願発明の「色座標値設定手段」に対応する「色座標値設定部13」に関し,「色の立方体モデル11の中心を三次元座標系の基点0に設定する基点設定部12と,該基点設定部12により設定された基点0において直交する前記三次元直交座標系の3つの軸RC,GM,BYに沿って色R,G,B,C,M,Yを数値化して各軸RC,GM,BYの座標値を設定する色座標値設定部13」(【0011】)と記載されていることからすれば,「色の立方体モデル11」においては,立方体モデルの中心に対して対向する頂点の位置に,赤色とシアン,緑色とマゼンダ,青色と黄色がそれぞれ配置されることを読み取ることができる。

そうすると,残りの黒色と白色も,立方体モデルの中心に対して対向する頂点の位置に配置されていることを理解することができる。

オ 以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明の「色の立方体モデル」に対応する「色の立方体モデル11」に関し,①その8つの頂点が,それぞれ黒色,赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ及び白色であること,②立方体モデルの中心に対して対向する頂点の位置に,赤色とシアン,緑色とマゼンダ,青色と黄色,黒色と白色がそれぞれ配置されること,③かかる構成は「従来の色の立方体モデル1」と同様の構成であることが記載されていると認められる。

なお,このような「色の立方体モデル」,すなわち,8つの頂点が,それぞれ黒色,赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ及び白色であり,赤色とシアン,緑色とマゼンダ,青色と黄色,黒色と白色が対向している「色の立方体モデル」は,例えば,甲4(特開昭63-208900号公報)の第3図にも記載されているように,本願の出願前に当業者にとって技術常識であったといえる。

(2)  本願発明の「色の立方体モデル」について

ア 特許請求の範囲(請求項1)には,「8つの頂点のうちの6つの頂点がそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダを示すと共に6つの面がそれぞれ該各面の四隅の色の混合となる色の立方体モデル」と記載されており,当該記載からは,請求項1に記載された「色の立方体モデル」は,その8つの頂点のうち6つの頂点が,それぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダを示すものであることが明らかである。

これに対し,請求項1には,残りの2つの頂点が示す色及び各頂点が示す色の配置については,明記されていない。

イ そこで,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,前記1(2)のとおり,本願発明は,色の立方体モデルを使用して色彩を表示する色彩表示システムに関するものであり(【0001】),従来の色の立方体モデルを使用して色彩を表示する方法では,様々な問題点があるとし(【0004】),かかる問題を解決することのできる色彩表示システムを提供することを目的とするものである(【0005】)。そして,本願発明は,上記課題の解決手段として,色の立方体モデルの中心を,6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過するRC軸とGM軸とBY軸の3つの軸が交差する三次元座標系の基点に設定する基点設定手段と,該基点設定手段により設定された基点において交差する前記三次元座標系の前記3つの軸に沿って赤色,緑色,青色,シアン,マゼンダ,黄色を数値化して前記各軸の座標値を設定する色座標値設定手段とを備えた構成とし,これにより,色の取扱いが容易になり,色彩処理のどの過程でも自由に色の最適な処理や調整を行うことができるという効果を奏するものである(【0010】)。

本願発明の上記特徴に照らせば,本願発明は,従来の色の立方体モデルにおける色の組合せ及び配置を前提として,基点設定手段と色座標値設定手段とを備えることにより,色の取扱いが容易になり,色の最適な処理や調整を行おうとするものであると理解することができる。

そして,本願明細書の発明の詳細な説明には,前記(1)オのとおり,①「色の立方体モデル11」は,8つの頂点が,それぞれ黒色,赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ及び白色であること,②立方体モデルの中心に対して対向する頂点の位置に,赤色とシアン,緑色とマゼンダ,青色と黄色,黒色と白色がそれぞれ配置されるものであること,③かかる構成は「従来の色の立方体モデル1」と同様の構成であることが記載されているから,本願発明の「色の立方体モデル」は,2つの色及び8つの頂点の色の配置が明記されていないとしても,8つの頂点が,それぞれ黒色,赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ及び白色であり,立方体モデルの中心に対して対向する頂点の位置に,赤色とシアン,緑色とマゼンダ,青色と黄色,黒色と白色がそれぞれ配置されるものであると解される。

このような「色の立方体モデル」は,前記(1)オのとおり,本願の出願前に当業者にとって技術常識であったといえることに照らすと,当業者において,請求項1の記載から,「色の立方体モデル」について,上記技術常識とは異なる色の組合せや配置を想定するとは言い難い。

(3)  小括

以上によれば,本願発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるから,本願発明に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,特許法36条6項1号に規定するサポート要件を満たすものである。

したがって,本件審決におけるサポート要件に係る判断は誤りであって,原告の取消事由1に係る主張は,理由がある。

3  取消事由2-1(引用発明の認定の誤り)について

(1)  引用例の記載

引用例(甲5)には,概略,次のような記載がある(図1,図2及び図16については,別紙3の引用例図面目録を参照。)。

ア 発明の属する技術分野

【0001】 本発明は,映像の適正なカラー版を作るためにカラー・ビデオ画像を表す信号サンプルを処理する方法に関する。更に又,本発明は,映像の適正なカラー版を作るためにカラー・ビデオ画像を表す信号サンプルを処理する装置に関する。

イ 従来の技術

【0002】人間の目に見える波長の範囲を持つ光に対応する虹の色が,赤,緑,及び青の色の結合で表されることは良く知られている。この理由のために,カラーテレビジョン及びビデオ画像は,その画像の赤,緑,青成分に分け,これらの成分をその画像内の空間的に離れたサンプリング点でサンプリングすることによって発生される。

【0006】カラー画像を赤,緑及び青信号サンプルで表すことにより,そのカラー画像を或方法で伝送し,記録し,再生するための装置(FACILITY) を提供する。しかし,カラー画像を搬送するために伝送しなければならない情報の量を減らす為に,公知のテレビジョン伝送技術及びビデオ画像記録技術では,赤,緑,青信号を色差信号に変換している。なおこの色差信号は,一般に輝度信号,第1及び第2色信号を含む。

ウ 発明が解決しようとする課題

【0013】伝送する情報量を減らすために,赤,緑,青の3原色を色差信号に変換した場合に,この色差信号はカラー・ビデオ画像が発生した赤,緑,青信号成分に直接対応しない。即ち,色差信号をYUV座標で表した時,この座標内の信号スペースが赤,緑,青信号を表すRGB座標内のスペースと全ての点で対応するわけではない。この場合,YUV座標内の点でRGB座標内の点に対応しない点を非合法な点として,これを合法化する方法及び装置を提供することを本発明の課題とする。

エ 課題を解決するための手段

【0014】本発明によれば,画像の合法的カラー版を表す合法信号サンプルを作るために,カラー・ビデオ画像の少なくとも一部を表すカラー参照信号サンプルの形式に入力信号サンプルを処理する方法が提供される。この方法は,カラー参照信号サンプルをユニポーラから,反対極性を有しその入力信号サンプルから調整ファクタを発生する2つの実質的に等しい最大値の間のスケール上のバイポーラ形式に変換し,これが,入力信号サンプルと結合される時,カラー・ビデオ画像の非合法カラー・ピクセルを合法カラー・ピクセルに変換する効果を持つステップを含む。そして,調整ファクタを入力信号サンプルと結合して合法化されたカラー信号サンプルを作る。

【0015】このカラー参照信号サンプルをバイポーラ形式の信号サンプルに変換することによって,ビデオ画像内の全てのカラー値を合法化する可能性を改善する利点がある。これは,ユニポーラ形式では赤,緑,青参照軸が最小値のゼロを含むかもしれないからである。ゼロに近いかゼロの非合法値を持つ信号サンプルを有する非合法ピクセルに対しては,この調整ファクタは,赤,緑,青値のこの最小値に対するハーシュ調整を導入する可能性がもっとある。

【0016】これは,信号サンプルをゼロの値に動かすために,対応する調整ファクタはゼロでなければならないからであり,従って,信号サンプルはゼロが掛けられなければならない。更に,赤,緑,青軸をバイポーラ形式に目盛ることによって,このカラー合法化方法が赤,緑,青成分を他に依存して変えるように動作する時,この合法化されたカラー信号サンプルは,調整ファクタが独立にカラー・ピクセルを,赤,緑,青値によって形成されたカラー参照信号スペースの外側の非合法ピクセルからカラー参照スペースのもっと真ん中寄りの合法値に動かすように計算される場所へ動かされるであろう。これによって,調整ファクタが適用された後,合法化されたビデオ画像中に非合法カラー値が存在する可能性を減らす。

オ 発明の実施の形態

【0021】従って,本発明の一観点に従えば,画像処理装置が提供される。用語「合法カラー・ピクセル」が意味することを更に良く理解するてマ めマ に,図1に示された赤,緑,青の第1参照カラーを参照して発生されたカラーの3次元表現を参照する。

【0022】図1において,赤,緑,青成分は,お互いに直交する直交軸上に表されている。緑軸Gは,ゼロと1の間のスケールで縦に表されており,青軸Bは,ゼロと1の間のスケールで水平に表されている。これに対し,赤軸Rは,ゼロと1の間のスケール上に図の面から離れる方向の軸で表されている。

【0023】カラー画像を作り上げる全ての色は,赤,緑,青成分の対応する混合によって発生され表される。そうであるから,3つの軸R,G,Bの間に形成されたスペースはこれらの色を表すので,RGBスペース内の任意の点が特定の色に対応する。更に,赤,緑,青成分の最大値を備えた全ての点を形成することによって,図1に示すような立体が形成される。その結果,該立体の複数の面の各々が赤,緑,青成分のどれかの最大値に対応する。

【0032】YUV色差信号の形で表されたカラー・ピクセルは図2に図示する色差信号スペース内に納まるものとして概念的に考えても良い。図2においては,縦軸Yはピクセルの輝度成分を表しており,16~235の間の値を持つものとして表される。このスケールは,8ビット数字によってディジタル形式で表すことができる値の範囲に対応する。

【0033】これに応じて,水平及び用紙U,Vの面から離れる方向の軸上に2つの色信号成分が与えられる。これらの成分は-128~127の間のスケール上に表される。この範囲は8ビット数で表すことができる範囲にも対応するが,バイポーラ表現に変換される。色差スペース(YUVスペース)内にカラー・ピクセルを表す1つの効果は,赤,緑,青色参照スペース(RGBスペース)内の点に対応しない色差成分YUVの値が存在するということである。

【0034】このことは,ダッシュを付けたラインCL_SPACEから形成された立体で図解されている。この立体の各角は,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローBK,B,M,R,C,G,W,Yで名付けられている。図2に示すYUV色差スペース内のRGBスペースの表現から解るであろうように,色差信号として表された色ビデオ画像を送信する効果は,RGBスペース内のそれらに対応しないかそこに納まらないYUV色差スペースの信号値が発生できるということである。

【0040】カラー画像の非合法カラー・ピクセルを合法化する第1及び第2の方法に対しては,YUV色差信号フォーマットの入力信号サンプルをRGBカラー参照フォーマットに変換することにより,非合法カラー・ピクセルはRGBスペースに関して合法化される。それらの方法の中の第1のものは,非合法カラー・ピクセルの赤,緑,青成分に対応する信号サンプルを独立に制限する役目をする。要するに,ピクセルの赤,緑,青成分は各成分が他に与える効果を考えずに制限され,それに応じてピクセルがRGB色参照スペースにおける非合法位置から合法位置へ動かされる方法を与える。その結果,赤,緑,青信号成分を独立に変えることが画像の色又は色合い,及び輝度及びコントラストを変える効果を持つ。

【0041】独立に赤,緑,青成分を制限することにより合法化するこの方法は,赤,緑,青成分のスケールを0から1のスケールから,-0.5と0.5の間の等価スケール上に形成されるバイポーラ・スケールに変えることによって更に改善される。これは,8ビット量子化2進表現のために,その信号成分を0~255間スケールから-128~127間スケールに変換することによって1つのスケールとして実装される。

【0096】図4に示された画像処理装置1に戻ると,RGB 4:4:4信号サンプルの形式の信号サンプルは,接続チャンネル25を介して,色変換プロセッサ26を介して調整ファクタ発生器28に供給される。調整ファクタ発生器28に対しては,カラー変換プロセッサ26を介して供給される。既に説明したように,調整ファクタ発生器28は,上記合法化方法のどちらか一方に従って動作してRGB信号スペース内のビデオ画像の各ピクセルの入力信号サンプルの各々に対してKで示す対応する調整ファクタを作る。

【0099】この調整ファクタが発生される前は,色変換プロセッサ26は,入力信号サンプルをカラー参照サンプルの形で受け取り,これらのサンプルをユニポーラ形式からバイポーラ形式に変換する。既に述べたように,カラー参照信号サンプルは,赤,緑,青光の3軸の各々に対応する成分を持つ。

【0100】明らかなとおり,このスケールは0と任意の予め定められた最大値の間にすることができるが,これらの軸の各々は,図1に示すように,0と1の間のスケールを持つ。色変換プロセッサ26は,各カラー参照信号サンプルをユニポーラ形式からバイポーラ形式に変換するように動作する。

【0101】このバイポーラ形式は,ユニポーラ形式に対応するスケールであるが,実質的に各極性の最大値の間にある0の成分値を有する反対極性を持つ2極を含む。カラー変換プロセッサ26の動作をよりよく評価することは,図8の更に詳細なブロック図から行うことができる。また,図9のユニポーラ形式及び図10のバイポーラ形式のグラフィカル表現を参照して,行うことができる。

【0102】図8において,RGBカラー参照信号サンプルは,信号サンプル・セパレータ(分離器)84によって接続チャンネル5から受信される。この信号サンプル・セパレータ84は,入力信号の赤,緑,青信号サンプルを図9に示されたユニポーラ形式から図10に示されたバイポーラ形式で夫々3つの信号サンプル中の1つに供給するように動作する。

【0103】これは,ユニポーラ形式の信号サンプルの各々から0.5の値を減算することによって有効に達成される。バイポーラ形式においては,信号サンプルは,4:4:4フォーマットでRGB信号サンプルを接続チャンネル29を介して調整ファクタ発生器28に供給する各信号サンプルを多重化するように動作する信号サンプルデマルチプレックサ92に供給される。

【0158】各カラー変換器は,色差信号サンプルYUVを対応するRGBカラー参照信号サンプルに変換する動作をする。このRGBカラー参照信号サンプルは,対応するRGBシフト・プロセッサ282に接続された夫々の出力チャンネルに与えられる。このRGBシフト・プロセッサ282は,各々が8ビット・サンプルの0と255の間の値を持つRGBカラー参照サンプルを-128と127の間の同等なスケール上におさまるRGB信号サンプルのバイポーラ化されたものへ変換する動作をする。

【0160】すでに説明したように,RGBシフト・プロセッサ282によって特定の利点がもたらされる。このプロセッサは,図16に示されたユニポーラ及びバイポーラ形式のRGBスペースのグラフィカル表現からもっと容易に理解できる図15に示されたカラー参照変換器128の一部を形成する。

【0161】図16aにおいては,赤,緑,青カラーの3つの参照軸は,図1に現れたものとして示されているが,0と255の間でスケーリングされている。図16bに示されているのは,RGBシフト・プロセッサ282によって発生されたバイポーラ・フォーマットで表された対応する表現である。図16bにおいて,赤,緑及び青軸の各々が今やスケーリングされるから,スケールの2つの極は0を中心とした-128と127の間にある。

カ 発明の効果

【0258】本発明にかかる信号処理方法及び信号処理装置は,非合法カラー値を合法カラー値に変換することができる。

(2)  引用例に記載された発明

ア 前記(1)の記載によれば,引用例には以下の点が記載されているものと認められる。

(ア) 引用発明は,映像の適正なカラー版を作るためにカラー・ビデオ画像を表す信号サンプルを処理する画像処理装置に関するものである(【0001】)。

(イ) カラーテレビジョンやビデオ画像は,赤,緑,青成分に分け,これらの成分をその画像内の空間的に離れたサンプリング点でサンプリングすることによって発生するが(【0002】),カラー画像を搬送するために伝送しなければならない情報の量を減らすために,従来のテレビジョン伝送技術やビデオ画像記録技術では,赤,緑,青信号(RGB信号)を色差信号(YUV信号)に変換して伝送している(【0006】)。

しかしながら,YUV信号をYUV座標で表したとき,この座標内の信号スペースがRGB信号を表すRGB座標内のスペースと全ての点で対応するわけではないため,RGBの3原色をYUV信号に変換した場合に,このYUV信号はカラー・ビデオ画像が発生したRGB信号成分に直接対応しないという課題があった(【0013】)。

(ウ) そこで,引用発明は,YUV座標内の点でRGB座標内の点に対応しない点を非合法な点とし,これをRGB座標内に対応する合法な点に合法化する装置を提供することを目的とし(【0013】),画像処理装置において,受信したYUV信号をYUV座標からRGB座標に変換し,変換されたRGB信号と,RGBシフトプロセッサによりRGB信号をユニポーラ形式からバイポーラ形式に変換することで得られる調整ファクタとによって,合法化されたカラー信号を生成する構成とした(【0096】,【0099】~【0103】,【0158】)。

(エ) 図1(赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図)の立体の各角は,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローであり(【0034】,【図1】,【図2】),実施例として,RGBシフト・プロセッサ282によって,図1の立体のR,G,B,3つの参照軸(以下,それぞれ,「赤軸」,「緑軸」及び「青軸」ともいう。)の赤,緑,青成分のスケールを0から1のユニポーラ・スケールから,-0.5と0.5の間の等価スケール上に形成されるバイポーラ・スケールに変え,8ビット量子化2進表現のために,その信号成分を0~255間スケールから-128~127間スケールに変換(シフト)すること(【0041】,【0099】,【0161】)が記載されている。

イ そして,前記ア(エ)のとおり,8つの頂点の色が特定された図1の立体を図16(A)のスケールから,図16(B)のスケールに変換(シフト)した場合,立体の中心及び8つの頂点は,それぞれ,立体の中心(0,0,0),黒(-128,-128,-128),青(-128,-128,127),マゼンタ(127,-128,127),赤(127,-128,-128),シアン(-128,127,127),緑(-128,127,-128),白(127,127,127),及びイエロー(127,127,-128)となり,変換(シフト)後の赤軸,緑軸及び青軸が,立体の中心で交差することは明らかである。

ウ 以上によれば,引用例には,「赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図である立体の各角が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー(BK,B,M,R,C,G,W,Y)で名付けられ,/赤,緑及び青軸の各々について,8ビット量子化2進表現のために,その信号成分を0~255間スケールから-128~127間スケールに変換するRGBシフト・プロセッサ282を備え,/変換後の赤,緑及び青軸は,立体の中心において交差し,変換後の赤,緑及び青軸のスケールで立体の中心及び各角を表すと,/立体の中心(0,0,0),黒(-128,-128,-128),青(-128,-128,127),マゼンタ(127,-128,127),赤(127,-128,-128),シアン(-128,127,127),緑(-128,127,-128),白(127,127,127),及びイエロー(127,127,-128),となる/カラー・ビデオ画像を表す信号サンプルを処理する装置。」が記載されているものと認められる。

したがって,本件審決における引用発明の認定に誤りはない(なお,本件審決の認定した引用発明においては,「黒(-128,-128,-127)」とされているが,これは,「黒(-128,-128,-128)」の明らかな誤記であると認められる。)。

(3)  原告の主張について

ア 原告は,引用例の【0034】には「この立体の各角は,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローBK,B,M,R,C,G,W,Yで名付けられている。」と記載されているのに対し,図1の立方体の各角位置は,「bk,b,m,r,c,g,w,y」の英小文字で記載されており,前者の記載(16文字)と後者の記載(8文字)は対応しないから,図1の立方体の各角位置は,「bk,b,m,r,c,g,w,y」と名付けられただけで,各角が色であることにはならない旨主張する。

しかしながら,【0034】は,図2のRGBスペース(CL_SPACEから形成された立体)について「この立体の各角は,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローBK,B,M,R,C,G,W,Yで名付けられている。」と記載していること,上記記載は,色の日本語表記と,それに対応する英文字表記を併記したものであると理解することができることに照らせば,図2のRGBスペース(CL_SPACEから形成された立体)の8つの角に付された「bk,b,m,r,c,g,w,y」の文字は,各角の色が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローであることを表しているものと理解される。

そして,図2は,【図面の簡単な説明】に記載されているように,「色差信号スペース内の図1に示された3次元赤,緑,青色参照スペースの3次元表現」であるから,図1(「赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図」)において,各角に付された「bk,b,m,r,c,g,w,y」の文字も,図2と同様に,各角の色を表しているものと理解される。

以上のとおり,引用例の記載から本件技術事項1を読み取ることができると認められる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

イ 原告は,引用例の図16(B)は,R面,G面,B面の3枚の図を,R軸の0点とG軸の0点とB軸の0点の1点で重ねて描いたものとなっており,そもそも誤りのある図であり,また,図16(B)は3軸6色であるのに対し,図1や図16(A)は8色のRGB立方体であるから,図16(B)は,図1や図16(A)には対応しない旨主張する。

しかしながら,引用例には,図16に関し,図16(A)及び(B)は,ユニポーラ及びバイポーラ形式のRGBスペースのグラフィカル表現であること(【0160】),図16(A)は,8つの頂点の色が特定された図1のRGBスペース内の色の3次元表現を示す線図である立体のR,G,B,3つの参照軸を表したもの,すなわち,0ないし255のスケールのユニポーラ形式で表したRGBスペースのグラフィカル表現であること(【0161】),これに対し,図16(B)は,図1の立体のR,G,B,3つの参照軸を,RGBシフト・プロセッサによって,ユニポーラ形式から変換したバイポーラ形式で表したもの,すなわち,0を中心として,-128ないし127のスケールのバイポーラ形式で表したRGBスペースのグラフィカル表現であること(【0161】)が記載されている。

これらの記載によれば,図16(B)は,図16(A)と同様に,8つの頂点の色が特定された図1の立体のR,G,B,3つの参照軸を表したものであり,図16(A)では,それぞれ,0ないし255のスケールであるR,G,B,3つの参照軸が,RGBシフト・プロセッサによって,図16(B)では,それぞれ,0を中心として,-128ないし127のスケールに変換(シフト)したものであると理解することができる。

そうすると,図16(B)に技術的な誤りがあるとはいえないのであって,図16(B)が,「R面,G面,B面の3枚の図を,R軸の0点とG軸の0点とB軸の0点の1点で重ねて描いたものである」,あるいは,「図16(B)は3軸6色であるから,8色のRGB立方体である図1や図16(A)には対応しない」旨の原告の主張は,図16(B)を正解しないものであると言わざるを得ない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

ウ 原告は,引用例の記載からは,図16(B)の赤軸,緑軸,青軸の交差が直交であるか斜め交差であるかは明らかではなく,仮に,3軸の交差が直交であるとすれば,立体は双四角錘となり,3軸の両端は6色ということになる旨主張する。

しかしながら,前記イ記載のとおり,図16(B)は,図16(A)と同様に,8つの頂点の色が特定された図1の立体のR,G,B,3つの参照軸を表したものであり,図16(A)では,それぞれ,0ないし255のスケールであるR,G,B,3つの参照軸が,RGBシフト・プロセッサによって,図16(B)では,それぞれ,0を中心として,-128ないし127のスケールに変換(シフト)したものであると理解することができるから,図16(B)において,R,G,B,3つの参照軸は,立体の中心(0,0,0)で直交すること及び図16(B)の参照軸を持つ立体は,図1と同様の立方体であることを引用例から読み取ることができる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(4)  小括

以上によれば,本件審決における引用発明の認定に誤りはなく,原告の取消事由2-1に係る主張は理由がない。

4  取消事由2-2(新規性に係る判断の誤り)について

(1)  本願発明の新規性の欠如について

ア 引用発明は,「赤,緑,青色参照スペース内の色の3次元表現を示す線図である立体の各角が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエロー(BK,B,M,R,C,G,W,Y)」であるから,本願発明の「8つの頂点のうちの6つの頂点がそれぞれ赤色,緑色,青色,黄色,シアン,マゼンダ」に相当する。

イ 引用発明の立体の赤軸,緑軸及び青軸は,それぞれ,-128~127間スケールであって,隣り合う各角間の距離は一定であるから,色の立方体モデルであるということができ,引用発明の色の立方体モデルの6つの面が各面の四隅の色の混合となることは,色の立方体モデルの性質上明らかといえ,また,立方体モデルの中心に対して対向する頂点の位置に,赤色とシアン,緑色とマゼンダ,青色と黄色,黒色と白色がそれぞれ配置されるものであるから,本願発明の「6つの面がそれぞれ該各面の四隅の色の混合となる色の立方体モデル」に相当する。

ウ 引用発明の赤軸,緑軸及び青軸を0~255間スケールから-128~127間スケールに変換(シフト)することによって交差する立体の中心は(0,0,0)となり,赤軸,緑軸及び青軸は,6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過することになるから,引用発明は,本願発明の「色の立方体モデルの中心を,6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過するRC軸とGM軸とBY軸の3つの軸が交差する三次元座標系の基点に設定する基点設定手段」を備えているということができる。

エ 引用発明では,赤軸,緑軸及び青軸を0~255間スケールから-128~127間スケールに変換(シフト)することによって,各角の座標は,黒(-128,-128,-128),青(-128,-128,127),マゼンタ(127,-128,127),赤(127,-128,-128),シアン(-128,127,127),緑(-128,127,-128),白(127,127,127),及びイエロー(127,127,-128)となるから,本願発明の「基点設定手段により設定された基点において交差する三次元座標系の3つの軸に沿って赤色,緑色,青色,シアン,マゼンダ,黄色を数値化して前記各軸の座標値を設定する色座標値設定手段」に相当する手段を備えているということができる。

オ 引用発明の「カラー・ビデオ画像を表す信号サンプルを処理する装置」は,色,すなわち,「色彩」を表示するための信号を処理する装置であるから,本願発明の「色彩表示システム」に相当する。

カ そうすると,本願発明と引用発明に差異はないから,本願発明は引用発明と同一であると認められる。

したがって,本願発明は,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものである。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,引用例の図16(B)は誤りであって,引用発明に相当する立体は存しないし,また,3軸の両端に本願発明のような4軸8色の色対応は成立しないから,本件審決が引用発明における「立体」を,本願発明における立方体モデルに相当するとしたのは誤りである旨主張する。

しかしながら,引用例の図16(B)に誤りがあるとはいえないことは,前記3(3)イ記載のとおりであるから,同図に誤りがあることを前提とする原告の上記主張は理由がない。

また,本願発明に係る請求項1には「色の立方体モデルの中心を,立方体の6つの面のうちの互いに対向する面の中心をそれぞれ垂直に通過するRC軸とGM軸とBY軸の3つの軸が交差する三次元座標系の基点に設定する基点設定手段」及び「基点において交差する三次元座標系の3つの軸に沿って赤色,緑色,青色,シアン,マゼンダ,黄色を数値化して各軸の座標値を設定する色座標値設定手段」を備えることが規定されているが,「4軸」を備えることは規定されていないから,本願発明において「4軸8色の色対応」が成立することを前提とする原告の上記主張は,特許請求の範囲(請求項1)の記載に基づかないものであって,失当である。

イ 原告は,引用例に記載された「立体」は,3軸6色の立体であるから,本願発明の4軸8色の立方体と対比することはできず,本件審決が,引用発明は本願発明における「三次元座標系の基点に設定する基点設定手段」を備えるとしたのは誤りである旨主張する。

しかしながら,前記アのとおり,本願発明において,「4軸8色の色対応」が成立することを前提とする原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。

また,引用発明の「立体」の8つの頂点が,黒,青,マゼンタ,赤,シアン,緑,白及びイエローであることは,前記3(2)ウ記載のとおりであるから,上記「立体」の頂点が6色であること(6つの頂点しか有しないこと)を前提とする原告の上記主張は,この点においても,理由がない。

ウ 原告は,引用例に記載されたRGB方式をシフトしても,RGB方式のままであって,色方式に変化はないから,色の立方体モデルの中心を三次元座標の基点に設定し,基点において直交する三次元座標系の3つの軸に沿って色を数値化して座標値を設定することを特徴とする色彩表示システムである本願発明の色方式とはならず,また,赤,緑及び青軸は,対向各面の中心を通り,立体の各色角は通らないから,本件審決が,引用発明は,本願発明における「色座標値設定手段」を備えるとしたのは誤りである旨主張する。

しかしながら,引用発明において,RGBシフト・プロセッサによる変換後の赤,緑及び青軸は立体の中心において直交し,引用発明は,中心で直交する三次元座標系の3つの軸である赤,緑及び青軸に沿って色の座標値を設定することができるものであることは,前記3(2)に記載のとおりである。

そして,前記(1)のとおり,引用発明と本願発明(特許請求の範囲の請求項1に記載の発明)とは,その構成において差異はないから,両者が異なる「色彩表示システム」であるとは認められない。

原告は,本願発明の色方式と引用発明の色方式とは,別紙1の比較表のとおり異なるものであると主張するが,上記比較表は,本願発明の色立方体とRGB方式のデータのシフト処理を行わない立体との比較となっている点において,そもそも本願発明と引用発明とを対比したものであるとはいえない。

また,引用発明において,RGBシフト・プロセッサによる変換後の赤,緑及び青軸は立体の中心において直交し,引用発明は,中心で直交する三次元座標系の3つの軸である赤,緑及び青軸に沿って色の座標値を設定することができるものであるから,本願発明の色立方体とRGB方式のデータのシフト処理を行った立体とを比較すれば,両者は,同対比表のいう,「外観」,「座標関係」,「色の構成・ベクトル方向など」の点において共通する。そうすると,原告が同表において主張する本願発明の色立方体のその他の特徴点は,「正六面体」において「基点を中心に直交3軸」の座標系を用いて,「立体中心を基点に立体放射状に均一に拡がる」色を,数値化(座標値化)することによる効果であると理解することができるものであるから,上記の構成を共通にするRGB方式のデータのシフト処理を行った立体においても,同様の効果が生じるものと理解される。本件において,両者の効果が異なる旨の原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

加えて,引用発明では3軸が対向各面の中心を通るのに対し,本願発明では3軸が立体の各色角は通るかのような原告の上記主張は,前記アのとおり,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。

(3)  小括

以上によれば,本件審決が本願発明は引用発明と同一であって,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるとした点に誤りはなく,原告の取消事由2-2に係る主張は,理由がない。

5  結論

以上のとおり,本願発明は,引用発明と同一であって,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本願は拒絶すべきものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

したがって,本件審決におけるサポート要件に係る判断の誤り(取消事由1)は,本件審決の結論に影響しないものであり,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 柵木澄子 裁判官 鈴木わかな)

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