知財高等裁判所 平成27年(ネ)10020号 判決 2015年7月16日
控訴人
株式会社ハートウィング
控訴人
X
両名訴訟代理人弁護士
羽根一成
上記訴訟復代理人弁護士
橋本一成
被控訴人
株式会社石井式国語教育研究会
代表者代表取締役
赤澤美治
訴訟代理人弁護士
鴨田哲郎
同
三枝充
同
早田由布子
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人株式会社ハートウィング(以下「控訴人会社」という。)に対し,3214万2184円及びこれに対する平成25年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は,控訴人X(以下「控訴人X」という。)に対し,550万円及びこれに対する平成25年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本判決の略称は,原判決に従う。
1 本件は,控訴人Xが,被控訴人による虚偽内容の本件文書1ないし4の送付によって同控訴人の名誉が毀損されたと主張して,被控訴人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料500万円及び弁護士費用50万円の合計550万円並びに訴状送達日の翌日である平成25年3月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,控訴人会社が,被控訴人による虚偽内容の本件文書1及び2の送付は,控訴人会社の名誉を毀損するとともに営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布するものであって,不法行為又は不競法2条1項14号の不正競争に当たり,また,被控訴人による虚偽内容の本件文書5の送付は,控訴人会社の顧客を奪取する不法行為に当たると主張して,被控訴人に対し,不法行為又は不競法4条による損害賠償請求権に基づき無形損害1000万円,逸失利益1922万0168円及び弁護士費用292万2016円の合計3214万2184円並びに訴状送達日の翌日である前同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は,本件文書1ないし4の表現は,いずれも控訴人Xの社会的評価を低下させるものであるが,被控訴人が本件文書1ないし4を送付したことは,いずれも名誉毀損についての違法性又は故意・過失を欠くものと認められるから,被控訴人の上記行為は,控訴人Xに対する名誉毀損の不法行為を構成しない,本件文書1及び2の表現は,いずれも控訴人会社の社会的評価を低下させるものであるが,被控訴人が本件文書1及び2を送付したことは,いずれも名誉毀損についての違法性を欠くものと認められるから,被控訴人の上記行為は,控訴人会社に対する名誉毀損の不法行為を構成しない,本件文書1及び2に記載された事実が虚偽であることは何ら具体的に立証されておらず,かえって本件文書1及び2に記載された事実の重要な部分は,いずれも真実であると認められるから,被控訴人による本件文書1及び2の送付は不競法2条1項14号の不正競争に該当しない,被控訴人が本件文書5を送付したからといって,それが,控訴人会社の顧客を奪取する行為と評価することはできないから,顧客奪取の不法行為は成立しないと判断して,控訴人らの請求をいずれも棄却したことから,控訴人らが,原判決を不服として控訴したものである。
2 前提事実
原判決の「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点
争点は,原判決の「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。
第3争点に関する当事者の主張
争点に関する当事者双方の主張は,以下の1及び2のとおり,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の「事実及び理由」の第4の2「被告の事業と振興協會及び原告会社との関係について」について
〔控訴人らの主張〕
(1)ア 原判決(26頁)は,「被告は,昭和58年5月7日の設立時から能力開発教室を開設し,平成2年には恵比寿南の教室を運営していたのであって,その後,平成3年に,一旦その営業を登龍館に譲渡したものの,平成16年9月6日成立の被告と登龍館との裁判上の和解により,その営業譲渡契約を解除して,能力開発教室を再び被告が運営することとされ,それ以後は,実際に,被告が恵比寿南の教室を運営して,そこに通う生徒の保護者らとの間で契約を締結し,同教室において生徒に対する日本語教育を行っていたと認められるのであるから,被告による同教室の経営・運営が,上記和解より後の同年10月15日付け本件合意書に基づいて振興協會から委託されたものであったと認めることはできない。」と認定した。
イ しかし,被控訴人が恵比寿南の教室を運営していたのは平成2年から平成3年の1年間にすぎず,登龍館との和解当時,被控訴人は平成3年から平成16年までの13年間,休眠状態であり,登龍館との和解の前後で連続性はない。そして,石井式漢字教育の関連事業の再出発に当たり,石井式漢字教育法の創始者であるAが,登龍館で失敗した経験を踏まえ,A自身が理事長を務める振興協會に顧客関係を含む石井式漢字教育の関連事業の全てを集約することを意図して,被控訴人から振興協會に経営を委託する平成16年1月27日付け「経営委託契約書」(乙21)を作成し,さらに,自身の関与していない被控訴人を振興協會の下の実働部隊として位置付けることを意図して,振興協會から被控訴人に経営を委託する同年10月15日付け本件合意書(甲9)を作成した。
原判決が到底合理性はないとする上記二回の経営委託に関する控訴人Xの,「被告から振興協會への経営委託は,登龍館との裁判で,石井式の普及がどうなるか,被告の立場がどうなるか,全く不明であったことから,Aが先を見越して,振興協會の立場を明確にするということで整えた」,「振興協會から被告への経営委託は,登龍館との裁判が和解で終わり,Aが実際の運営の方法を考えたときに,石井式を使って,石井式の漢字教育の普及を図りたいということで整えた」との趣旨の供述は,上記を説明したものである。振興協會の名誉会長であるBが,その作成した被控訴人宛の文書(甲49)において,「模範授業等の依頼は日本漢字教育振興協會が受け,株式会社石井式国語研究会に業務委託する」ことを指示しているのは,石井式漢字教育の関連事業は振興協會に集約されており,その下に実働部隊として位置付けられているのが被控訴人であると認識していたからにほかならない。さらに,被控訴人は,控訴人Xを解任したわずか5日後の平成24年6月29日には,新しい教室に移転し,新しい電話番号及びFAX番号を用意しているが(甲3),これは,被控訴人自身も,振興協會から本件合意書を解除されたことにより(甲10),恵比寿南の教室を運営することができなくなることを認識していたからである。
(2)ア 原判決(28,29頁)は,「被告が行う絵本の販売事業や課外教室事業については,そもそも本件合意書(甲9)にも何ら記載がないのであって,そのほかにも,これらの被告の事業が振興協會からの経営委託に基づくものであることを窺わせる証拠はない。」と認定した。
イ しかし,被控訴人の事業が振興協會からの経営委託に基づくものであることを窺わせる証拠として「平成21年6月1日締結のNPO法人日本漢字教育振興協會と(株)石井式国語教育研究会との協力関係維持並びに対価支払に関する基本合意書に付随する覚書」(乙36)がある。乙36では,「石井式漢字絵本(青い鳥文庫・ひよこシリーズ)の普及」(控訴人ら注:普及とは,絵本の販売を指す。)及び「教室事業(能力開発教室・青い鳥倶楽部・通信教育生徒)」(控訴人ら注:青い鳥倶楽部とは,課外教室を指す。)も,恵比寿南の教室(能力開発教室)と同じく,事業収入を被控訴人に帰属させ,被控訴人から振興協會へ会費(協力費)名目で金銭を移動させる仕組みになっている。
Aが,振興協會に石井式漢字教育の関連事業を集約し,被控訴人をその下の実働部隊として位置付けており,これに,絵本の販売事業や課外教室事業も含まれることは,関係者に共通した認識である。そのため,前記(1)イの甲49には「模範授業等」に関する指示があるし,課外教室の講師は振興協會に所属し,振興協會の名刺(甲50)を持って活動していた。
〔被控訴人の主張〕
(1) 被控訴人は,昭和58年から恵比寿において能力開発教室を行っていたが,平成3年1月27日,登龍館に能力開発教室を運営する事業を譲渡し,同日以降,登龍館が能力開発教室を運営していた。その後,登龍館と被控訴人の訴訟上の和解において,登龍館が被控訴人に対し,能力開発教室を運営する事業を譲渡し,平成16年11月1日以降,恵比寿教室は被控訴人がその費用と責任をもって運営すること等が定められ(乙17の1),被控訴人は,それまで登龍館の従業員であったCらを雇い入れ(乙17の2),能力開発教室事業につき顧客と契約を締結し,生徒に対し漢字教育を行っていた。
原判決(25頁)は,上記のような,能力開発事業の開設の経緯及び被控訴人が登龍館から能力開発教室の事業譲渡を受け,能力開発教室事業につき顧客と契約を締結し,生徒に対し漢字教育を行っていたことをもって,本件合意書(甲9)によって振興協會から能力開発事業の経営を委託されたものではないと判断しており,正当である。
控訴人らの主張によれば,被控訴人から振興協會に経営を委託する「経営委託契約書」(乙21)と,振興協會から被控訴人に経営を委託する本件合意書(甲9)はワンセットの合意書であることになるから,登龍館との和解の前後のほぼ同時期に作成されたものでなければ不合理である。しかし,乙21は登龍館との和解から8か月も遡った平成16年1月に作成され,甲9はその9か月後である同年10月15日付けとなっている。また,控訴人らの主張によれば,乙21及び甲9のいずれを作成した時点においても,振興協會に石井式漢字教育の関連事業を集約し,被控訴人は,あくまで振興協會の下の実働部隊であるという一貫した意思を有していたということになるが,そうであれば,その旨を乙21及び甲9に記載し,一見不自然に見える真逆の経営委託の意図を説明してしかるべきであるが,そのような記載は全くない。
そして,控訴人ら指摘にかかる控訴人Xの原審における供述をみても,振興協會に石井式漢字教育関連の事業を集約するなどという意図があったとは解されず,むしろ,不安定であった振興協會に立場を与えるため,形式上,乙21を作成したと述べているものと解される。
さらに,控訴人らの,被控訴人が,控訴人X解任のわずか5日後の平成24年6月29日に新しい教室に移転し,電話番号及びFAX番号を用意しているのは,振興協會から本件合意書を解除されたことによって恵比寿南の教室を運営することができなくなることを被控訴人らが認識していたからであるとの主張は,控訴人Xらによる被控訴人の財産奪取の経緯を踏まえない暴論である。すなわち,被控訴人の臨時株主総会の直前,控訴人Xは,被控訴人が課外教室事業を行うために賃借していた教室について,振興協會に対して借主たる地位の譲渡を行って被控訴人が使用できないようにし(乙6),控訴人Xが貸主として被控訴人に賃貸していた足立区所在の被控訴人事務所についても,賃貸借契約を解約し(乙7),これらの行為により,Cら被控訴人従業員は,株主総会翌日以降,恵比寿事務所に入ることができない状況に陥り,また,控訴人Xは,臨時株主総会での退任を見越して被控訴人の電話を解約し,被控訴人が外部から電話連絡を受けることができないようにした。このような控訴人Xらの行為があったため,被控訴人は,株主総会後,直ちに営業を再開すべく,新しい教室への移転及び電話番号の取得をせざるを得なかったのである。被控訴人の上記行動は,振興協會から本件合意書を解除されたことが法的に有効なものと認識して行ったものではない。
以上のとおりであるから,控訴人らの主張は,極めて不自然,かつ,裏付けのないものであることが明らかである。
(2) 原判決が正当に判示するとおり,本件合意書(甲9)の対象は,能力開発教室に限定されている。能力開発教室以外の事業である絵本の販売事業及び課外教室事業の全てが,石井式漢字教育の関連事業として本件合意書の対象となっているなどとは到底読み取れない。
2 争点(1)ア(イ)(本件文書1ないし4による名誉棄損の不法行為の成否-違法性及び故意・過失の有無)について
〔控訴人らの主張〕((3)については控訴人Xの主張)
(1) 本件文書1の真実性等について
原判決(36,37頁)は,「被告の行っていた石井式漢字教育の事業が原告会社に引き継がれたという事実がないにもかかわらず,原告会社が,生徒の保護者に対して,被告に代わって原告会社が石井式漢字教育を行うことになり,それに伴い授業料の振込先も変わる旨を通知したこと…が認められるから,被告の見解の前提とされた上記事実は,その重要な部分について真実であるといえる。」と判断した。
しかし,上記判断は,石井式漢字教育の事業主体が振興協會ではなく,被控訴人であるという誤った事実を前提とするものであるし,実際に控訴人会社は,振興協會から委託を受け(甲11),恵比寿南の教室を運営しているのであるから,同教室に通う生徒の保護者が,控訴人会社に授業料を支払うのは当然であり,控訴人会社の預金口座を案内することは,振込詐欺罪の前提となる欺罔行為に当たらない。
(2) 本件文書2の真実性等について
原判決(39頁)は,「被告が,振興協會からの経営委託に基づいてその事業を行っていたとの事実はそもそも認められず,また,仮にそのような経営委託があったとしても,振興協會からの経営委託の終了によって,被告の事業が振興協會ないし原告会社に移転するわけではないから,いずれにせよ,被告がその事業を継続することが不可能であったということはできない。…そうすると,原告Xが,被告の事業継続が十分可能であるにもかかわらず,被告の事業を継続しないことを前提に,被告の全財産を処分し,しかも,それについて何ら説明することなく被告の代表取締役を辞任し,これによってその後の被告の事業継続に著しい支障をもたらしたことは,被告の代表取締役としての善管注意義務(会社法330条・民法644条)及び忠実義務(会社法355条)に照らして妥当なものではなかったといわざるを得ない。」と判断した。
しかし,上記判断は,石井式漢字教育の事業主体が振興協會ではなく,被控訴人であるという誤った事実を前提とするものであるから,失当である。
(3) 本件文書3及び4の真実性等について
ア 原判決(40,41頁)は,「絵本の著作者であるDらが,当時原告Xが代表者を務めていた被告に対し,Dら著作者に無断で絵本を増刷し販売しているとして,その印刷,出版等の差止め等を求めた仮処分命令申立事件において,裁判所が,被告に対して絵本の印刷,出版,販売及び頒布の差止めを命じる別件出版禁止等仮処分決定(本判決注:東京地方裁判所平成23年(ヨ)第22012号出版等禁止仮処分申立事件について,同裁判所が同年5月12日にした決定。以下「別件出版禁止等仮処分決定」という。)を出し,また,その本案である別件出版差止等請求事件(本判決注:東京地方裁判所平成23年(ワ)第8228号出版差止等請求事件。以下「別件出版差止等請求事件」という。)においても,裁判所が,同様の差止めと損害賠償請求を認容したこと,その後,裁判所の決定及び判決に反して,原告Xが被告の代表者として,被告の商品である絵本等を原告会社に売却したこと,Dら著作者が,平成24年9月3日付け「告発状」を作成し,警察において,原告X,原告会社代表者及びEの3名を強制執行妨害罪(刑法96条の2)で告発する旨の申出をしたことが認められるから,原告Xらの行為が強制執行妨害に当たると判断するとのDらの法的な見解の前提となった事実及びDらが原告Xらを刑事告発した事実は,いずれもその重要な部分において真実であると認めることができる。」と判断した。
しかし,刑法96条の2は,「強制執行を妨害する目的で,次の各号のいずれかに該当する行為をした者は,…一 強制執行を受け,若しくは受けるべき財産を隠匿し,損壊し,若しくはその譲渡を仮装し,又は債務の負担を仮装する行為」と規定しており,裁判所の仮処分決定及び判決に反して,仮処分決定及び判決において差止めの対象となっている絵本を売却したとしても,強制執行妨害罪の成否とは関係がない。
また,強制執行妨害罪に該当する事実は,強制執行妨害をする目的で,強制執行を受けるべき財産の譲渡を仮装する行為であり,真実の譲渡であれば,強制執行を免れる目的で,債権者に不利益をきたしても本罪を構成しないと解されているところ,本件における絵本については,売買契約が締結され(乙3),代金が現実に支払われているから(乙8の1),本件文書3及び4は,犯罪を構成しない事実ないし犯罪の成立とは関係のない上記事実を前提とするものであり,原判決のように「原告Xらの行為が強制執行妨害に当たると判断するとのDらの法的な見解の前提となった事実及びDらが原告を刑事告発した事実は,いずれもその重要部分において真実であると認めることができる。」とする余地はない。
イ 原判決(41,42頁)は,「被告が所有していた絵本等の商品を原告会社に売却する際に作成された売買基本契約書(乙3)には,売買対象となる商品の一部が販売禁止の差止訴訟の対象となっており,そのことを前提に売買代金額を算出したことが明記されていること(乙3・第2条),同契約締結の当時,その当事者である被告の代表者であった原告X及び原告会社代表者の双方が,上記認識を有していたこと(原告会社代表者・18頁)……上記売買契約の商品一覧表(乙3別紙)には,別件出版差止等請求事件の判決(乙14)で販売等の差止めの対象となった絵本と同じ名称の絵本が多数含まれていることからすれば,上記売買契約の対象となった絵本には,別件出版差止等請求事件の判決及びその保全事件の別件出版禁止等仮処分決定において販売,頒布等が禁止された絵本が含まれていたことは明らかというべきである。」と判断した。
しかし,被控訴人(当時の代表者は控訴人X)は,別件出版禁止等仮処分決定(甲29)がされたことにより,絵本の配本ができなくなるのを回避するため,別件出版禁止等仮処分決定の対象となった絵本(甲30~38)に代えて,急遽,挿絵を別のものに差し替えた新しい絵本(甲39~47)を製作したのであって,控訴人Xが被控訴人の代表者として控訴人会社に売却したのもこの新しい絵本であり,別件出版禁止等仮処分決定の対象となった絵本を売却した事実はない。そして,被控訴人の株式会社ジュベナイルに対する平成23年9月26日及び同年10月4日の各200万円の振込み(甲48)は,上記の新しい絵本を製作した際の経費の支払の一端である。
また,別件出版禁止等仮処分決定の対象となった絵本(9タイトル。甲29の別紙)と別件出版差止等請求事件の判決で対象となった絵本(29タイトル。乙14の別紙)は一致しておらず,被控訴人(当時の代表者は控訴人X)は,別件出版禁止等仮処分決定に反することのないよう注意を払い,売買基本契約書(乙3)において売却の対象となった絵本のうち,タイトルが別件出版禁止等仮処分決定と同じものは新しい絵本であり,タイトルが別件出版禁止等仮処分決定と別のものでありかつ別件出版差止等請求事件の判決で対象となっているものが「売買の対象となる商品の一部が販売禁止の差止訴訟の対象となって」いるものである。
ウ 別件出版差止等請求事件の判決は,第一審判決であり,絵本の売却当時はそれを争って控訴中(甲28)であり,さらに,Dらの申立てによって行われた強制執行は,上記第一審判決の出版等差止部分ではなく,仮執行宣言が付された損害賠償金の支払命令に係る部分を債務名義とするものであるから(乙46),「裁判所の…判決に反して,原告Xが被告の代表者として,被告の商品である絵本等を原告会社に売却した」事実はない。
〔被控訴人の主張〕
(1) 本件文書1の真実性等について
控訴人らは,能力開発教室の経営主体が振興協會であること,本件合意書の「解約」によって顧客との契約当事者が当然に変更されたことを前提として,真実性がない旨主張する。
しかし,能力開発教室の経営主体が被控訴人であることは,原判決の認定及び前記1〔被控訴人の主張〕(1)のとおりである。
そして,万が一,経営委託契約が解除されたとしても,顧客との契約当事者が当然に被控訴人から振興協會に変更されるなどということは法理論上あり得ない。控訴人らの主張は失当である。
(2) 本件文書2の真実性等について
控訴人らの主張は,前記(1)と同じく,能力開発教室の経営主体が振興協會であること,本件合意書の「解約」によって顧客との契約当事者が当然に変更されたことを前提とするものであり,前提たる事実を欠き,失当である。
(3) 本件文書3及び4の真実性等について
ア 控訴人Xは,強制執行妨害罪(刑法96条2項)の成否と売却した絵本が別件出版禁止等仮処分決定及び別件出版差止等請求事件の判決の対象となっていることとは無関係であり,真実の譲渡であるので同罪の構成要件を充足しない旨主張する。
しかし,強制執行妨害に関する本件文書3及び4は,意見・論評(法的評価)であり,被控訴人が当該意見・論評を行うに当たり,前提となった事実の真実性又は真実相当性が問題になる。控訴人Xの上記主張は,これを正解せず,犯罪の成否そのものを問題にして原判決を論難するものであって,失当である。
イ(ア) 控訴人Xは,別件出版差止等請求事件判決(乙14)の差止対象の絵本と,その保全事件の別件出版禁止等仮処分決定(甲29)の差止対象の絵本とは,一致しておらず,仮処分決定の差止対象の絵本については,同決定後に挿絵を差し替えて新たに製作しており,控訴人会社に売却した絵本のうち,仮処分決定の差止対象となっていた絵本と同一名称の絵本は当該新しい絵本であるから仮処分決定に反するものではなく,売買基本契約書(乙3)に売買対象となる商品の一部が販売禁止の差止訴訟の対象になっていると記載されているのは,売却した絵本のうち,上記判決の対象にのみなっている絵本を意味する旨主張する。
しかし,売買基本契約書(乙3)には,控訴人X主張に係るような限定文言は記載されていないし,売却する絵本の中に挿絵を入れ替えて製作した絵本と,そうでない絵本の2種類が含まれる旨も記載されていないし,売却金額の算定方法も全て同一であって区別されていない。控訴人ら自身が作成した売買基本契約書には,控訴人Xが主張するような事実を裏付ける記載はない。また,控訴人Xのいう「雨に濡れて廃棄した絵本」と,「仮処分決定の差止対象となっている絵本」,「挿絵を入れ替えて製作した絵本」,「判決の差止対象にのみなっている絵本」との関係が不明確・不明瞭である。
したがって,控訴人Xの上記主張は不合理であり,信用することはできない。
万が一,売却された絵本のうち,別件出版禁止等仮処分決定の対象となっていた絵本については,挿絵を差し替えて製作した新しい絵本であったとしても,そのような主張は本件訴訟で初めてされたのであって,被控訴人が本件文書3及び4を発出した時点においては,販売された絵本は控訴人会社のもとにあり,被控訴人からすれば,上記仮処分決定の対象の絵本とは異なるものであったと知ることはできない。かえって,被控訴人は,控訴人Xらの代理人であるF弁護士より,売買基本契約書(乙3)の引継ぎを受けていたのであるから,それを見れば,上記仮処分決定の対象の絵本が販売されたと理解するのが当然である。もちろん,F弁護士から,上記仮処分決定の対象の絵本については,挿絵を入れ替えて新たに製作し,それを売却したなどという説明は一切受けていない。
したがって,被控訴人が,売却された絵本は,上記仮処分決定の対象となっている絵本であると信じたことについて真実相当性が認められる。
(イ) さらに,控訴人Xは,別件出版禁止等仮処分決定の対象となった絵本は挿絵を入れ替えて製作し直したという主張を前提に,絵本の売却時点では,別件出版差止等請求事件の判決は確定しておらず,強制執行は損害賠償金の支払命令に係る部分の仮執行宣言に基づいてされたものであって,当該絵本の売却が判決に反するものではない旨主張する。
しかし,これについても,前記(ア)と同様に,被控訴人が本件文書3及び4を発出した時点において被控訴人が認識し得ない前提に立つものであるし,そもそも仮執行宣言の付された第1審判決がされた状態で,当該判決の対象となった絵本を売却する行為は社会的事実として,控訴人Xが被控訴人の代表者として,裁判所の判決に「反して」,被控訴人の商品である絵本等を控訴人会社に売却したことになるから,控訴人Xの上記主張は理由がない。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人らの本訴請求は,いずれも理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,次の1のとおり原判決の付加,訂正等を行い,後記2のとおり当審における当事者の主張に対する判断を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」の第4の1ないし6(原判決16~45頁)記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の付加,訂正等
(1) 原判決18頁12行目から19頁1行目を,次のとおり改める。
「(3) 絵画の著作者らとの紛争
被控訴人が販売していた絵本には,画家であるDらが著作した絵画が挿絵として用いられていたところ,絵画の著作者であったDを含む14名の画家らは,平成23年,被控訴人に対し,被控訴人がDら著作者に無断で絵本を増刷し,販売しているとして,絵本の印刷,出版等の差止め及び損害賠償金の支払を求める訴訟(東京地方裁判所平成23年(ワ)第8228号出版差止等請求事件。別件出版差止等請求事件)を提起するとともに,上記14名の著作者のうちDを含む7名の画家は,同事件を本案とする出版等禁止仮処分命令の申立て(東京地方裁判所平成23年(ヨ)第22012号)をした。
そして,同仮処分命令申立事件について,東京地方裁判所は,同年5月12日,Dら7名の著作者の申立てを認めて,被控訴人に対して,決定書(甲29)別紙書籍目録記載の9タイトルの絵本の印刷,出版,販売及び頒布を仮に禁ずる旨の決定(別件出版禁止等仮処分決定)をした。
その後,東京地方裁判所は,平成24年3月29日,本案である別件出版差止等請求事件において,Dら14名の著作者の主張を認めて,被控訴人に対し,判決書(乙14)別紙第1書籍目録及び第2書籍目録記載の29タイトルの絵本の印刷,出版等の差止め及び損害賠償金の支払を命じるとともに,損害賠償金の支払を命じる部分については仮執行宣言を付する旨の判決を言い渡した。
なお,別件出版禁止等仮処分決定において出版等を仮に禁止された9タイトルの絵本は,別件出版差止等請求事件の判決において出版等の差止めが認められた29タイトルの絵本に含まれている。〔甲29,乙14,15,44,弁論の全趣旨〕」
(2) 原判決20頁23行目の「振込送金された。」の後に,「さらに同月22日には,被控訴人の銀行預金口座から,314万4535円が控訴人Xの銀行預金口座に振込送金され,同月24日の時点では,被控訴人の銀行預金口座は殆ど残高がない状態となった。」を加える。
(3) 原判決22頁12行目の「約1500万円」とあるのを,「約2400万円」と改める。
(4) 原判決33頁9行目から10行目,18行目及び25行目の「強制執行を免れる目的の行為」をいずれも「強制執行を免れる目的で一連の行為」と,同頁11行目の「控訴人Xらの行為」を「控訴人Xらが行った一連の行為」と,同頁19行目の「その行為」を「その一連の行為」と,それぞれ改める。
(5) 原判決38頁5行目の「銀行預金口座に送金し,」の後に,「さらに,その後,被控訴人の銀行預金口座から314万4535円を自己の銀行預金口座に送金し,被控訴人の銀行預金口座を殆ど残高がない状態とし,」を加える。
(6) 原判決38頁12行目の「約1500万円」とあるのを,「約2400万円」と改める。
(7) 原判決40頁11行目の「強制執行を免れる目的の行為」を「強制執行を免れる目的で一連の行為」と,同頁12行目の「控訴人Xらの行為」を「控訴人Xらが行った一連の行為」と,それぞれ改める。
(8) 原判決40頁24行目の「売却したこと,」の後に,次のとおり加える。「Dらは,平成24年7月3日,別件出版差止等請求事件判決の金銭支払命令に係る仮執行宣言に基づいて,被控訴人が賃借していた倉庫に所在する動産に対する強制執行に着手し,執行官らが同所に臨場したが,執行に立ち会った被控訴人の元取締役で当時控訴人会社従業員であったEから,同倉庫に係る被控訴人と賃貸人との賃貸借契約が解除されており,同所に所在する絵本や備品等が既に控訴人会社に売却済みであるとの申出を受けたため,執行官は,被控訴人が同倉庫を占有していないと判断して執行不能としたこと,」
(9) 原判決41頁1行目及び5行目の「控訴人Xらの行為」を「控訴人Xらが行った一連の行為」と,それぞれ改める。
2 当審における当事者の主張に対する判断
(1) 原判決の「事実及び理由」の第4の2「被告の事業と振興協會及び原告会社との関係について」について
ア 控訴人らは,原判決(26頁)が,被控訴人による能力開発教室の経営・運営が,平成16年9月6日成立の被控訴人と登龍館との裁判上の和解より後の同年10月15日付け本件合意書に基づいて振興協會から委託されたものであったと認めることはできないと認定した点について,被控訴人が登龍館と和解をした平成16年以後,石井式漢字教育の関連事業の再出発に当たり,石井式漢字教育法の創始者であるAが,同人が理事長を務める振興協會に顧客関係を含む石井式漢字教育の関連事業の全てを集約することを意図して,被控訴人から振興協會に経営を委託する平成16年1月27日付け「経営委託契約書」(乙21)を作成し,さらに,被控訴人を振興協會の下の実働部隊として位置付けることを意図して,振興協會から被控訴人に経営を委託する同年10月15日付け本件合意書(甲9)を作成したのであって,控訴人Xの原審における供述は上記を説明したものであり,また,振興協會の被控訴人宛の平成20年5月7日付け文書(甲49)において,「模範授業等の依頼は日本漢字教育振興協會が受け,株式会社石井式国語研究会に業務委託する」ことを指示しているのも,上記趣旨に基づくものであり,さらに,被控訴人が,控訴人Xを解任したわずか5日後の平成24年6月29日には,新しい教室に移転し,新しい電話番号及びFAX番号を用意した(甲3)のも,被控訴人自身が,振興協會から本件合意書を解除されたことにより,恵比寿南の教室を運営することができなくなることを認識していたからである旨主張する。
しかし,平成16年1月27日付け「経営委託契約書」(乙21)及び本件合意書(甲9)のいずれにも,控訴人らの主張する被控訴人及び振興協會の経営委託に係る上記意図は何ら記載されておらず,また,被控訴人が平成16年10月頃に能力開発教室の講師宛に送付した「石井式国語教育研究会講師の皆様へ」と題する書面(乙19)には,「突然ですが,本年11月1日より東京・恵比寿の石井式能力開発教室が本来の経営主体であります株式会社石井式国語教育研究会によって運営されることになりました。」と記載され,被控訴人と振興協會との経営委託の事実や,控訴人らの主張する経営委託に係る上記意図は何ら記載されていない。
そして,振興協會の被控訴人宛の文書(甲49)中に,「模範授業等の依頼は日本漢字教育振興協會が受け,株式会社石井式国語研究会に業務委託する」ことを指示する記載があるからといって,それが,被控訴人が経営主体として行う石井式漢字教育の事業運営全てを振興協會に集約することの証左となるものではない。また,被控訴人が,控訴人Xが被控訴人の代表取締役を退任したわずか5日後の平成24年6月29日には,新しい教室に移転し,新しい電話番号及びFAX番号を用意したのも,控訴人Xが恵比寿南の事務所及び教室の賃貸物件に係る賃借人の地位を振興協會に譲渡し,同事務所及び教室の備品等を控訴人会社に売却するなどしたために,同月25日以降,被控訴人は,それまでの事務所や教室を使用することができなかったことから,急きょ,東京都渋谷区恵比寿西1丁目4番2号所在のビルの賃貸物件を教室兼事務所として賃借し,同月28日頃から同所で能力開発教室(被告新教室)の運営を始めたからにほかならないのであって,振興協會から本件合意書を解除されたことを理由とするものではない。
以上によれば,控訴人らの上記主張は採用することができない。
イ 控訴人らは,原判決(28,29頁)が,被控訴人が行う絵本の販売事業や課外教室事業については,そもそも本件合意書(甲9)にも何ら記載がなく,そのほかにも,これらの被控訴人の事業が振興協會からの経営委託に基づくものであることを窺わせる証拠はない旨認定したことについて,被控訴人の事業が振興協會からの経営委託に基づくものであることを窺わせる証拠として「平成21年6月1日締結のNPO法人日本漢字教育振興協會と(株)石井式国語教育研究会との協力関係維持並びに対価支払に関する基本合意書に付随する覚書」(乙36)があり,それには,「石井式漢字絵本(青い鳥文庫・ひよこシリーズ)の普及」及び「教室事業(能力開発教室・青い鳥倶楽部・通信教育生徒)」も,恵比寿南の教室(能力開発教室)と同じく,事業収入を被控訴人に帰属させ,被控訴人から振興協會へ会費(協力費)名目で金銭を移動させる仕組みになっていることが記載されており,また,振興協會に石井式漢字教育の関連事業を集約し,被控訴人をその下の実働部隊として位置付け,上記関連事業には絵本の販売事業や課外教室事業も含まれることは,関係者に共通した認識であって,このことは,甲49に「模範授業等の依頼は日本漢字教育振興協會が受け,株式会社石井式国語研究会に業務委託する」ことを指示する記載があること,課外教室の講師は振興協會に所属し,振興協會の名刺(甲50)を持って活動していたことからも裏付けられる旨主張する。
しかし,証拠(乙36,40)及び弁論の全趣旨によれば,乙36については,被控訴人の代表者として控訴人Xがこれに押印した印章は,それまで控訴人Xが使用してきた被控訴人代表者印とは異なる上,控訴人Xが被控訴人の代表取締役を退任した後に,新任の代表取締役に引き継いでいないものであることが認められるから,乙36は信用性に乏しいというべきである。また,甲49が,被控訴人が経営主体として行う石井式漢字教育の事業運営全てを振興協會に集約することの証拠となるものではないことは,前記アのとおりである。さらに,振興協會副理事長「G」名義の名刺(甲50)が存在するからといって,それだけでは,被控訴人の課外教室の講師が,振興協會に所属していること及び振興協會の名刺を持って活動していたことを立証するものとはいえない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
(2) 争点(1)ア(イ() 本件文書1ないし4による名誉棄損の不法行為の成否-違法性及び故意・過失の有無)について
ア 本件文書1及び2の真実性等について
控訴人らは,本件文書1及び2の真実性等に関する原判決の判断について,同判断は,石井式漢字教育の事業主体が振興協會ではなく,被控訴人であるという誤りを前提とするものであるし,実際に控訴人会社は,振興協會から委託を受け(甲11),恵比寿南の教室を運営しているのであるから,同教室に通う生徒の保護者が,控訴人会社に授業料を支払うのは当然であり,控訴人会社の預金口座を案内することは,振込詐欺罪の前提となる欺罔行為には当たらない旨主張する。
しかし,前記のとおり,恵比寿南の教室の経営主体は被控訴人であったと認められるから,控訴人らの上記主張はその前提に誤りがあり,理由がない。
イ 本件文書3及び4の真実性等について
(ア) 控訴人Xは,刑法96条の2は,「強制執行を妨害する目的で,次の各号のいずれかに該当する行為をした者は,…一 強制執行を受け,若しくは受けるべき財産を隠匿し,損壊し,若しくはその譲渡を仮装し,又は債務の負担を仮装する行為」と規定しており,裁判所の仮処分決定及び判決に反して,仮処分決定及び判決において差止めの対象となっている絵本を売却したとしても,強制執行妨害罪の成否とは関係がなく,また,強制執行妨害に該当する事実は,強制執行妨害をする目的で,強制執行を受けるべき財産の譲渡を仮装する行為であり,真実の譲渡であれば,強制執行を免れる目的で,債権者に不利益をきたしても本罪を構成しないと解されているところ,本件における絵本については,売買契約が締結され,代金が現実に支払われているから,本件文書3及び4は,犯罪を構成しない事実ないし犯罪の成立とは関係のない上記事実を前提とするものである旨主張する。
しかし,本判決において前記1(7)ないし(9)のとおり訂正の上引用する原判決の「事実及び理由」の第4の3(3)エ(ア)及び(イ)(原判決40~43頁)のとおり,控訴人Xが,被控訴人代表者として,被控訴人の事務所及び倉庫の賃貸借契約を解約し,恵比寿南の教室及び事務所の賃借人の地位を敷金返還請求権も含めて振興協會に譲渡し,パソコン等の全ての備品を売却し,被控訴人の唯一の資産といい得る被控訴人の商品である絵本等を控訴人会社に売却し,程なく被控訴人の銀行預金口座から売却代金その他の金員を自己の銀行預金口座に振込送金するなどした結果,被控訴人の資産をほぼ皆無の状態にしたことが認められるとともに,上記売買契約締結当時の被控訴人代表者であった控訴人Xと控訴人会社代表者は,いずれも当該商品の売却が別件出版禁止等仮処分決定及び別件出版差止等請求事件判決の差止命令に反することを知りながら,あえてこれを売却したことが認められ,これら控訴人Xらが行った一連の行為をもって,「裁判所の判定に基づく強制執行を免れる目的で行った一連の行為」といい得るものであるから,控訴人Xらが行った一連の行為が強制執行妨害に当たると判断するとのDらの法的な見解の前提となった事実は,その重要な部分において真実であると認めることができる。
そうすると,かかる事実を前提として,それが強制執行妨害罪に該当するか否かは,法的な見解の表明の範ちゅうに属するものであって,その正当性や合理性を特に問うことなく,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,名誉棄損の不法行為は成立しないと解されるところ,控訴人Xらが行った一連の行為が強制執行妨害に当たると判断するとのD及び被控訴人の法的な見解の表明が,その表現内容や事実関係に照らして,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるということはできない。
したがって,控訴人Xの上記主張は採用することができない。
(イ) 控訴人らは,被控訴人は,別件出版禁止等仮処分決定の差止対象の絵本については,同決定後に挿絵を差し替えて新たに製作しており,控訴人会社に売却した絵本のうち別件出版禁止等仮処分決定の差止対象となっていた絵本と同一名称の絵本は,上記の新しく製作した絵本であって,控訴人会社に売却した絵本等の中には,別件出版禁止等仮処分決定で差止めの対象となった絵本は含まれていない旨主張し,確かに,別件出版禁止等仮処分決定において差止めの対象となったのは決定書(甲29)別紙書籍目録記載の9タイトルの絵本であり,別件差止等請求事件判決で差止めの対象となったのは,上記9タイトルを含む判決書(乙14)別紙第1書籍目録及び第2書籍目録記載の29タイトルの絵本であって,差止めの対象となる絵本は一部重なるものの一致していない。そして,控訴人らは,当審において,差止対象の絵本として甲30~38(いずれも絵の作成者としてDらが明記されたもの),その後,絵が差し替えられた絵本として甲39~47(甲40及び47以外はいずれも絵の作成者の記載はなく,「ブックデザイン 株式会社ジュベナイル」又は「ブックデザイン 株式会社インタラクティブ」の記載のあるもの),甲48の預金通帳(平成23年9月26日及び同年10月4日に被控訴人が「カ)ジュベナイル)に各200万円を振り込んだ記載のあるもの)を提出する。
しかし,別件出版禁止等仮処分決定の差止対象となった9タイトルについて,絵を差し替えて新しい絵本を製作した旨の主張は,当審に至って初めてされたものであって,原審において提出された控訴人Xの各陳述書,原審における控訴人Xの供述中にも全く表れていない事実であり,このような経過に鑑みると,上記各証拠から,控訴人ら主張事実を認めることは困難である。
そして,控訴人Xは,当審において,別件差止等請求事件判決で差止めの対象となった29タイトルの絵本のうち,別件出版禁止等仮処分決定において差止めの対象となった9タイトルを除くものについては,控訴人会社に対して売却したことを自認しているし,被控訴人と控訴人会社間で売買契約を締結した平成24年5月31日当時,別件出版禁止等仮処分決定において差止めの対象となっていた9タイトルの絵本が,既に他に売却・配本され,被控訴人には在庫が存在しなかったことをうかがわせるような証拠はないばかりか,証拠(乙15)によれば,別件出版差止等請求事件の仮執行宣言付き判決に基づく強制執行の際に,Eが,別件出版禁止等仮処分決定で出版等が禁止された絵本は雨に濡れたので全て廃棄し,倉庫内には存在せず,売買契約の対象になっていない旨の説明をした事実が認められるところ,Eの上記説明は,それ自体が合理的な内容とは認め難く,その裏付けもないことから,信用することができない。
さらに,被控訴人が所有していた絵本等の商品を控訴人会社に売却する際に作成された売買基本契約書(乙3)には,売買対象となる商品の一部が販売禁止の差止訴訟の対象となっており,そのことを前提に売買代金額を算出したことが記載され(乙3・第2条),同契約締結の当時,当事者である被控訴人の代表者であった控訴人X及び控訴人会社代表者の双方とも,上記認識を有していたこと(控訴人会社代表者・18頁),控訴人会社代表者も,その陳述書(甲20・3頁)に,絵本が出版差止等の対象となっており,このままでは価値のあるものではないが,適価で購入することは控訴人会社にとっても悪くない話であると考えて絵本を購入した旨記載していること,上記各証拠(甲20,乙3)において,別件出版禁止等仮処分決定の差止対象の絵本と別件出版差止等請求事件判決の差止対象の絵本とを特段区別していないこと,挿絵を入れ替えて新たに製作した絵本は,何ら差止めの対象となっていないのであるから,別件出版差止等請求事件の判決で差止めの対象となっている絵本よりも売却価格において有利とするのが合理的であるにもかかわらず,売買基本契約書(乙3)の別紙商品一覧表においては,別件出版禁止等仮処分決定の差止対象と同タイトルの絵本と,別件出版差止等請求事件判決の差止対象の絵本とで,在庫単価及び評価単価の算定方法について有意な差がないことからすれば,上記売買契約の対象となった絵本には,別件出版禁止等仮処分決定において販売,頒布等が禁止された絵本も含まれていたと認めるのが相当である。
なお,控訴人会社代表者は,その尋問において,上記売買契約の中には差止対象の絵本が入っていなかったと供述しているが(控訴人会社代表者・1頁),自ら作成した陳述書(甲20)の記載と相反しており,そのように供述が変遷した理由(控訴人会社代表者・18,19頁)も合理的なものとは認められないから,到底採用することができない。
(ウ) 控訴人Xは,別件出版差止等請求事件の判決は,第一審判決であり,絵本の売却当時はそれを争って控訴中であり,さらに,Dらの申立てによって行われた強制執行は,第一審判決の出版等差止部分ではなく,仮執行宣言が付された損害賠償金の支払命令に係る部分を債務名義とするものであるから,裁判所の判決に反して,控訴人Xが被控訴人の代表者として,被控訴人の商品である絵本等を控訴人会社に売却した事実はない旨主張する。
しかし,控訴人Xらが,未だ確定していない段階であるとはいえ別件出版差止等請求事件判決の差止命令に反して,被控訴人の商品である絵本等を控訴人会社に売却したことは,控訴人Xが当審において自認するところである。
控訴人Xの上記主張は,債務名義となっていない段階の別件出版差止等請求事件判決の差止命令に反して,差止めの対象となる絵本を売却したとしても,強制執行妨害罪(刑法96条の2)は成立しないとの趣旨をいうものとも解される。
しかし,前記(ア)のとおり,法的な見解の前提となった事実,すなわち,控訴人Xらが別件出版差止等請求事件の第一審判決の差止命令に反して,被控訴人の商品である絵本等を控訴人会社に売却したことが真実であると認められる以上,かかる事実を前提として,それが強制執行妨害罪に該当するか否かは,法的な見解の表明の範ちゅうに属するものであって,その正当性や合理性を特に問うことなく,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,名誉棄損の不法行為は成立しないと解される。そして,本件文書3及び4におけるD及び被控訴人の法的な見解の表明が,その表現内容や事実関係に照らして,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるということはできない。
したがって,控訴人Xの上記主張は採用することができない。
3 結論
以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人らの被控訴人に対する請求はいずれも理由がなく棄却されるべきである。
よって,原判決は相当であって,控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 田中芳樹 裁判官 柵木澄子)