知財高等裁判所 平成27年(ネ)10038号 判決 2015年11月26日
控訴人(一審原告)
株式会社データ・テック
訴訟代理人弁護士
伊藤真
平井佑希
弁理士
鈴木正剛
藤掛宗則
被控訴人(一審被告)
KYB株式会社
(旧商号カヤバ工業株式会社)
訴訟代理人弁護士
松本司
井上裕史
佐合俊彦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
用語の略称及び略称の意味は,本判決で付するもののほか,原判決に従い,原判決で付された略称に「原告」とあるのを「控訴人」に,「被告」とあるのを「被控訴人」と,適宜読み替える。
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,被控訴人製品の製造,販売,貸与,又は販売若しくは貸与の申出(販売若しくは貸与のための展示を含む。)をしてはならない。
3 被控訴人は,その占有に係る被控訴人製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,その占有に係る被控訴人製品を製造するための金型を廃棄せよ。
5 被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成26年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
7 仮執行宣言。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件請求の要旨
本件は,控訴人が,被控訴人に対し,①控訴人の有する本件特許権(特許第3592602号「移動体の運行管理方法,システム及びその構成装置」)に基づいて,被控訴人機器(付属品を含む。)の製造,販売等が本件特許権の直接侵害に,被控訴人運行管理方法(被控訴人機器等による運行状況の管理方法)に用いる被控訴人ソフトウェアの製造,販売等が本件特許権の間接侵害(特許法101条4号・5号)にそれぞれ当たるとして,[1]被控訴人製品(被控訴人機器及び被控訴人ソフトウェア)の製造,販売等の差止め,[2]被控訴人製品とその製造のための金型の廃棄を求めるとともに,②不当利得に基づいて,平成18年6月から平成23年3月までの間に被控訴人が得た利得である4億5535万0200円の一部である5000万円の返還と同利得金に対する受益後の日である平成26年4月22日(本件訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を,③不法行為に基づいて,平成23年4月から平成26年3月までの間に控訴人に生じた損害である10億0995万3000円(特許法102条2項適用)と弁護士費用(弁理士費用を含む。)1億0099万5300円の合計11億1094万8300円の一部である5000万円と,これに対する不法行為後の日である平成26年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
本件の請求原因事実に係る特許請求の範囲(分説後のもので,括弧書きで字句を補ったところがある。)は,次のとおりである。
① 本件特許発明1(請求項4)
【1A】管理対象となる移動体の運行状況を計測するセンサと,バッファと,当該移動体を運転する運転者用に個性化された所定の不揮発性の記録媒体を離脱自在に装着する媒体装着機構と,前記センサ,前記バッファ及び前記媒体装着機構に装着された記録媒体の動作を制御する制御装置とを備え,
【1B】該制御装置は,
前記移動体の移動に伴って前記センサから出力される計測データを前記バッファにエンドレスに展開するデータ展開手段と,
【1C】(該制御装置は,)
前記記録媒体に解析目的に応じて定められ,かつ,任意に書き換えが可能な当該移動体の挙動の特徴である一般挙動特徴を表す一般挙動条件,及び,前記一般挙動特徴から逸脱した前記挙動の特徴である特定挙動特徴を表す特定挙動条件と前記バッファに展開されている計測データとを比較して,前記一般挙動条件を満たす計測データを第1データ,前記特定挙動条件を満たす計測データを第2データとして出力するとともに,所定の終了条件を満たすかどうかを判定する判定手段と,
【1D】(該制御装置は,)
前記第1データを前記終了条件を満たすまで前記記録媒体の第1記録領域に書き込み,前記第2データを前記終了条件を満たすまで前記記録媒体の第2記録領域に書き込むデータ書込手段とを有することを特徴とする,
【1E】データレコーダ。
② 本件特許発明2(請求項1)
【2A】管理対象となる移動体に,この移動体の運行状況を計測するセンサ,バッファ,及び当該移動体を運転する運転者用に個性化された不揮発性の記録媒体を有するデータレコーダを装着し,
【2B】前記移動体の移動に伴って前記センサから出力される計測データを前記バッファにエンドレスに展開するとともに,
【2C】前記バッファに展開されている計測データのうち,予め前記記録媒体に解析目的に応じて定められ,かつ,任意に書き換えが可能な当該移動体の挙動の特徴である第1の挙動特徴に適合する加速度データを含む第1データを所定の終了条件を満たすまで前記記録媒体の第1記録領域に書き込み,
【2D】前記第1の挙動特徴から逸脱した前記挙動の特徴である第2の挙動特徴に適合する第2データを所定の終了条件を満たすまで前記記録媒体の第2記録領域に書き込む処理を,前記記録媒体への書き込みが許容される範囲で繰り返し,
【2E】これにより前記記録媒体に書き込まれたデータを用いて前記移動体の運行時の挙動を解析することを特徴とする,
【2F】移動体の運行管理方法。
(2) 原審の判断
原判決は,①被控訴人機器は,構成要件1Dを充足しないから本件特許発明1の技術的範囲に属さず,被控訴人による本件特許権の直接侵害行為はない,②被控訴人運行管理方法は,構成要件2C及び2Dを充足しないから本件特許発明2の技術的範囲に属さず,被控訴人による本件特許権の間接侵害行為はないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
2 前提となる事実
本件の前提となる事実は,原判決の「事実及び理由」欄の第2(事案の概要)の「1 前提事実」に記載のとおりである。
3 争点
本件の争点は,当審における新たな争点である「均等侵害の成否」を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2(事案の概要)の「2 争点」に記載のとおりである。ただし,原判決7頁5行目の「構成要件1C」の次に「,1D」を加える。
第3当事者の主張
当事者の主張は,下記1のとおり原判決を補正し,同2に当事者の補充主張を,同3に当審における当事者の新たな主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2(事案の概要)の「3 争点に対する当事者の主張」に記載のとおりである。
1 原判決の補正
① 原判決7頁16行目の「構成要件1C」の次に「,1D」を加える。
② 原判決12頁6行目から同20行目までを次のとおり改める。
「(控訴人の主張)
ア 故意・過失及び悪意
被控訴人は,控訴人の競合事業者であり,本件特許権を知悉し,控訴人からの交渉申入れも無視し続けていたものであるから,本件特許権の侵害について,悪意であり,かつ,故意があるか又は少なくとも過失(特許法103条)がある。
イ 不当利得
被控訴人は,平成18年6月から平成23年3月までの間,被控訴人機器(平均単価9万円)を3万7021個,被控訴人ソフトウェア(平均単価26万円)を3702個販売した。
被控訴人は,本件各特許発明の実施料の支払を免れたから,法律上の原因なく実施料相当額の利益を受け,控訴人は,同額の損失を受けた。本件各特許発明の相当実施料率は,被控訴人機器につき平均単価の5%,被控訴人ソフトウェアにつき平均単価の30%をそれぞれ下回らない。
したがって,被控訴人の不当利得額は,次のとおり,少なくとも,4億5535万0200円である。
9万円×5%×37,021個+26万円×30%×3702個>4億5535万0200円
ウ 損害賠償
被控訴人は,平成23年4月から平成26年3月までの間,被控訴人機器(平均利益額1万8000円)を2万2979個,被控訴人ソフトウェア(平均利益額25万9500円)を2298個販売した。
被控訴人が本件特許権の侵害により得た利益の額は,控訴人の損害と推定される(特許法102条2項)。
したがって,控訴人の損害額は,次のとおり,10億0995万3000円となる。
1万8000円×2万2979個+25万9500円×2298個=10億0995万3000円
被控訴人による不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用(弁理士費用を含む。)は,上記損害額の1割である1億0099万5300円を下回らない。」
2 当事者の補充主張
(1) 控訴人
原判決は,構成要件1D又は構成要件2C若しくは2Dの「第1記録領域」及び「第2記録領域」を「物理的に区分されて形成された」別個の領域であると認定したが,このような解釈はできない。物理的に複数の記録媒体を1つの論理的ディスクとして扱うことはできても,1つの記録媒体の記録領域を物理的に区分することは,技術的に不可能だからである。被控訴人が主張するパーティション処理であっても,論理的アドレスによって,あたかも複数の記録領域があるかのような処理をしているだけであり,記録領域が物理的に区分されているのではない。実際の記録媒体中では,所定容量のクラスタを単位に(記録媒体中に分散していることが多い。),データは記録媒体中に分散されて記録されるのであり,どのクラスタがどの記録領域のものであるかなどはあらかじめ定まっていない。
そして,「第1記録領域」及び「第2記録領域」を被控訴人が主張するようにパーティション処理とみたとしても,ファイル処理によってデータを記録媒体に記録する場合との差異は,ファイル処理においては,どの記録領域のものとするかという部分の指定がないだけであり,実際の記録媒体における記録方法は,上記のようにクラスタを単位として分散して記録するものであるから,パーティション処理をしようが,単にファイルとして記録しようが,両者には,何ら技術的意義の相違がない。
(2) 被控訴人
原判決のいう「物理的に区分されて形成された」別個の領域とは,記録領域の一部を占める領域であってあらかじめ相互に区別されて存在するもの,といった程度の趣旨であり,典型的な例でいえば,パーティション処理をされた別個の領域を意味する。
そして,パーティション処理によってデータを記録する場合は,どのクラスタにデータが記録されるかは決まっていないものの,どのドライブに記録されるかはあらかじめ決まっている。一方,ファイル処理によってデータを記録媒体に記録する場合は,データが記録媒体に記録する際に領域が設けられるのであり,データが記録されるべき領域があらかじめ決まっていない。したがって,両者の技術的意義は相違する。
3 当審における当事者の新たな主張(均等侵害の成否)
(1) 控訴人
ア 被控訴人の時機に後れた攻撃防御方法の申立てに対して
均等侵害の成否は,文言侵害に係る主張証拠関係から判断可能なものであり,新たな証拠調べを要するものではないから,訴訟の完結を遅延させるものではない。
したがって,時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきものではない。
イ 均等論その1
仮に,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法が,本件各特許発明における「第1記録領域」及び「第2記録領域」との構成を有せず,構成要件1D又は構成要件2C及び2Dを充足しないとしても,次のとおり,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法は,本件各特許発明の構成と均等なものである。
(ア) 第1要件(非本質的部分)の充足
本件各特許発明は,移動体の挙動や操作傾向を適切に解析するために,危険挙動のデータのみならず,定点観測のデータをも記録することにより,危険挙動の解析と運転者の操作傾向の把握という2つの解析目的を1つの製品又は方法で適切に行い得るように構成したものである。
本件各特許発明において,記録媒体の記録領域を第1記録領域と第2記録領域とに分けたのは,危険挙動に関するデータと定点観測に関するデータを区別して取り扱うためにすぎず,その手法のいかんを問わず,これらが区別されて記録されている限り,本件各特許発明の作用効果を奏する。
したがって,本件各特許発明と被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法との相違部分は,本件各特許発明の本質的部分ではない。
(後記被控訴人の主張に対して)
記録領域の書込容量は,実施例の説明の中で記録の終了条件の一例として記載されたものであり(【0050】【0059】),書込可能容量に達した場合には書込みが終了するという当然のことが記載されているにすぎず,「記録領域」に関する本件各特許発明の技術的意義と関連性を有するものではない。また,本件明細書には,本件各特許発明の作用効果として,検索分析が容易である旨の記載はないし,別々のファイルに記録されているならば,ファイル名により,容易に検索分析を行うことができる。
(イ) 第2要件(置換可能性)の充足
上記(ア)のとおり,危険挙動に関するデータと定点観測に関するデータとを区別して記録していれば,本件各特許発明の作用効果を奏する。しかるところ,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のように,トリガ判定閾値を超えるデータ(定点観測に関するデータに相当)を「hhmmss.BLK」との名称のファイルに,事故判定閾値を超えるデータ(危険挙動に関するデータに相当)を「hhmmssC.BLK」との名称のファイル名で記録媒体に記録しても,危険挙動に関するデータと定点観測に関するデータとを区別して取り扱うことができる。
したがって,本件各特許発明と被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法との相違部分を,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のものに置き換えても,本件各特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏する。
(ウ) 第3要件(置換容易性)の充足
複数のデータを区別して記録媒体に記録する方法として,各データを別なファイルに記録することは,被控訴人製品の製造時において,ごく日常的に行われていたことである。
したがって,本件各特許発明と被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法との相違部分を,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のものに置き換えることは,当業者が,被控訴人製品の製造時において,容易に想到することができた。
ウ 均等論その2
仮に,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法が,本件各特許発明における「第2データ」との構成を有せず,構成要件1C及び1D又は構成要件2Dを充足しないとしても,次のとおり,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法は,本件各特許発明の構成と均等なものである。
(ア) 第1要件(非本質的部分)の充足
本件各特許発明は,移動体の挙動や操作傾向を適切に解析するために,危険挙動のデータのみならず,定点観測のデータをも記録することにより,危険挙動の解析と運転者の操作傾向の把握の双方を適切に行い得るように構成したものである。
本件各特許発明において,出力するデータを第1データと第2データとに分けたのは,危険挙動に関するデータと定点観測に関するデータを区別して取り扱うためにすぎず,その手法のいかんを問わず,これらが区別されて出力されている限り,本件各特許発明の作用効果を奏する。
したがって,本件各特許発明と被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法との相違部分は,本件各特許発明の本質的部分ではない。
(イ) 第2要件(置換可能性)の充足
上記(ア)のとおり,危険挙動に関するデータと定点観測に関するデータとを区別して出力していれば,本件各特許発明の作用効果を奏する。しかるところ,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のように,トリガ判定閾値を超えるデータ(定点観測に関するデータに相当)を「hhmmss.BLK」との名称のファイルに,事故判定閾値を超えるデータ(危険挙動に関するデータに相当)を「hhmmssC.BLK」との名称のファイル名で出力しても,危険挙動に関するデータと定点観測に関するデータとを区別して取り扱うことができる。
仮に,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法において,トリガ判定閾値(一般挙動条件に相当)を超えた時点で,事故判定閾値(特定挙動条件に相当)を超えるデータが出力されていることが決定されているとしても,本件各特許発明は,特定挙動条件を満たす,又は,特定挙動条件に適合するデータを第2データとし,それを第1データとは区別して記録するとしているだけであり,各データの出力決定時期を特定事項とはしていない。また,トリガ判定閾値を超える加速度が検出された時と事故判定閾値を超える加速度が検出された時とが極めて近接しているため,データとして記録される範囲は,トリガ判定閾値を超える加速度を検出した時を基準にデータを記録しても,事故判定閾値を超える加速度が検出された時を基準にデータを記録しても,実質的な相違がない。
したがって,本件各特許発明と被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法との相違部分を,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のものに置き換えても,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏する。
(ウ) 第3要件(置換容易性)の充足
トリガ判定閾値を超えるデータが計測された場合にデータ出力を行うことは,本件特許出願当時の従来技術にすぎない。本件明細書には,第2データを第2記録領域に記録することが開示されているところ,事故判定閾値も,データを区別する条件である。そこで,本件各特許発明のように,事故判定閾値を超えるデータの記録領域を区別することに代えて,同データについてファイル名を区別して記録するという処理を行うことは,被控訴人製品製造時の当業者にとって何ら困難なことではなく,また,トリガ判定閾値を越える挙動と事故判定閾値を越える挙動とは通常近接して発生することから,事故判定閾値の超えたデータの記録開始のタイミングとして,トリガ判定閾値を超えたデータの検出時とすることは,設計事項にすぎない。
したがって,本件各特許発明と被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法との相違部分を,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のものに置き換えることは,当業者が,被控訴人製品の製造時において,容易に想到することができた。
(2) 被控訴人
ア 時機に後れた攻撃防御方法の申立て
控訴人が,均等侵害の主張を原審で行えなかった事情は存せず,同主張は,故意又は重大な過失により時機に後れて提出したものであり,訴訟の完結を遅延させるものであるから,その却下を求める。
イ 均等論その1
(ア) 第1要件(非本質的部分)の充足に対して
本件各特許発明は,第1データを第1記録領域に,第2データを第2記録領域に記録することにより,第1データ及び第2データは,それぞれ,第2記録領域の書込可能容量又は第1記録領域の書込可能容量とは関係なく,第1記録領域の書込容量又は第2記録領域の書込容量に達するまで書込み可能となる。また,各データを各記録領域に分けて記録させていることから,各データの検索,分析は容易となる。
そうであれば,各記録領域を区分し,各データを各記録領域に記録することは,本件各特許発明の本質的部分である。
したがって,均等の第1要件は,成立しない。
(イ) 第2要件(置換可能性)の充足に対して
被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法では,トリガ判定閾値を超えたデータも,事故判定閾値を超えたデータも,CFカードの1つの記録領域に記録され,CFカードの記録領域の書込可能容量に達するデータが記録された場合は,その後のデータは,既に記録されているトリガ判定閾値を超えるデータに上書きをして記録される。
そうであれば,本件各特許発明における第1記録領域及び第2記録領域との構成を,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のものに置換した場合,トリガ判定閾値を超えたデータ(第1データに相当)は,全く残っていないこともあり得るし,また,各データを同じ記録領域に記録させていることから,各データの検索,分析は,本件各特許発明の構成と比較して困難である。
したがって,均等の第2要件は成立しない。
(ウ) 第3要件(置換容易性)の充足に対して
控訴人の主張は,争う。
ウ 均等論その2
(ア) 第1要件(非本質的部分)の充足に対して
上記イ(ア)のとおり,各記録領域を区分し,各データを各記録領域に記録することは,本件各特許発明の本質的部分である。
したがって,均等の第1要件は,成立しない。
(イ) 第2要件(置換可能性)の充足に対して
被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法においては,トリガ判定閾値を超えた場合に記録されるデータと,事故判定閾値を超えた場合に記録されるデータとは,t0前後30秒間の加速度データ等という同じデータであって,ただ,事故判定閾値を超えた場合に記録されるデータを上書禁止としているにすぎない。
そうであれば,本件各特許発明における第1記録領及び第2記録領域との構成を,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法のものに置換した場合,トリガ判定閾値を超えただけの場合に記録されるデータが全く残っていないこともあり得るから,トリガ判定閾値を超えた場合に記録されるデータと事故判定閾値を超えた場合に記録されるデータの双方が上書きされずに残るよう構成され得ない。
したがって,均等の第2要件は成立しない。
(ウ) 第3要件(置換容易性)の充足に対して
控訴人の主張は,争う。
第4当裁判所の判断
1 本件特許発明について
本件明細書(甲3,4)によれば,本件特許発明は,次のとおりのものと認められる。
本件各特許発明は,車両等の移動体について,センサで計測した車両等の挙動特徴に関する計測データを記録媒体に書き込み,この記録されたデータを基にその車両の挙動や運転者の運転傾向等を詳細に解析して運行状況を適切に管理することができる運行管理システムに関するものである。(【0001】【0002】)
このような計測データの解析は,交通事故時や交通事故を引き起こす可能性があった場合の危険な運転操作の検出等のために用いられるほか,運転者の運転傾向等を事前に把握するためにも用いられる。後者の場合には,定点観測により日常的な運転中の挙動を詳細に追っていくことが望ましいが,一方,このような定点観測のみを重視すると危険な挙動を正確に観測できなくなるおそれがある。(【0003】【0004】)
本件各特許発明は,移動体の挙動や操作傾向を適切に解析する上で必要なすべての計測データを効率的に書き込んで適切な運行管理を行うことができる運行管理方法及びシステムを提供することを主たる課題として,前記第2,1(1)①②に記載のような,運行管理方法とこの進行管理システムの構成装置となるデータレコーダの構成を採っている。(【0005】【0006】【0008】)
本件各特許発明では,移動体が車両である場合,「一般挙動」は,日常運転における交差点での旋回時,交差点での停止時,ブレーキ操作時の挙動等が含まれ,このような挙動の特徴に適合する第1データは,車両の発進,停止,旋回,加速,減速の際に発生する,第1閾値以上第2閾値以下の加速度データ等であり,「特定挙動」は,車両が事故を引き起こしたり事故に巻き込まれたりしたときの挙動や事故を引き起こす可能性のある挙動が含まれ,このような挙動の特徴に適合する第2データは,所定時間内に第2閾値を超える加速度データ等である。(【0007】)
第1データは,所定の終了条件を満たすまで記録媒体の第1記録領域に書き込まれ,第2データは,所定の終了条件を満たすまで記録媒体の第2記録領域に書き込まれる。(【0006】【0008】)
本件各特許発明は,移動体の操作傾向を解析する上で必要なデータを,目的に応じて任意に設定した条件に従って記録媒体に書き込むことができるので,この書き込まれたデータを用いてきめ細やかな運行管理が可能になるという効果を奏する。(【0075】)
2 争点(1)イ(被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法が,それぞれ,構成要件1D又は2C若しくは2Dの「第1記録領域」及び「第2記録領域」に相当する構成を有しているか)について
(1) 特許請求の範囲の記載
構成要件1D又は2C若しくは2Dの「第1記録領域」及び「第2記録領域」について,特許請求の範囲の記載は,①「一般挙動条件」を満たす計測データである「第1データ」が「所定の終了条件」を満たすまで書き込まれる記録媒体の「領域」が「第1記録領域」とされ,②「特定挙動条件」を満たす計測データである「第2データ」が「所定の終了条件」を満たすまで書き込まれる記録媒体の「領域」が「第2記録領域」としているだけであり,「第1記録領域」又は「第2記録領域」の固有の技術的意義のみならず,これら技術的意義を定義する用語の技術的意義も,特許請求の範囲の記載から一義的に明らかであるとはいえない。
(2) 本件明細書の記載
本件明細書には,次の記載がある(明らかな誤記は訂正した。)。
① 記録媒体
「 装着される記録媒体は,第1記録領域,第2記録領域,・・・を有し,・・・。」(【0009】)
② メモリカード
「 メモリカード20は,半導体メモリをカード媒体に搭載したものである。半導体メモリには,上記の第1データを書き込むための第1記録領域と,上記の第2データを書き込むための第2記録領域と,・・・が形成されている。」(【0025】)
「 メモリカード20の形状及び機構は,データレコーダ10のカード収容機構12に離脱自在に装着される形状及び機構であるが,好ましくは,・・・PCMCIA規格に準じた形状及び機構(タイプⅡ又はタイプⅢ)を有するメモリカードとする。半導体メモリは不揮発性メモリであるが,EEPROM(Electrically Erasable and Programmable Read Only Memory)のようなフラッシュメモリであっても良い。」(【0026】)
③ メモリカードへのデータ書込み
「 計測データがバッファ13bに展開されると,データレコーダ10は,一般挙動,特定挙動を検知し,それぞれの挙動の特徴に適合するデータ(第1データ/第2データ)を逐次,メモリカード20(第1記録領域/第2記録領域)に書き込んでいく。・・・第1データに該当する場合,つまり書き込み条件を満足した場合は(ステップS203:YES),その旨をデータ書き込み部133に通知する。これによりデータ書き込み部133は,メモリカード20の第1記録領域への書き込みを開始する(ステップS204)。」(【0031】)
「 ・・・以上の処理を,データレコーダ10の電源断,メモリカード20の排出,あるいはメモリカード20の書込可能容量に達するまで繰り返す。」(【0032】)
「 ・・・第2データの書き込みは,第1データの書き込み処理中・・・に,割込処理として実行される。・・・特定挙動が発生したと判定された場合は(ステップS301:YES),その旨をデータ書き込み部133に通知する。これにより,データ書き込み部133は,バッファ13bに展開されている計測データを第2データとしてメモリカード20の第2記録領域へ書き込む(ステップS302)。また,第2データの書き込みを終了させるための条件(特定終了条件)を満足するか否かを判定し(ステップS303),満足する場合は,その旨をデータ書き込み部133に通知する。これにより,データ書き込み部133は,第2データの書き込みを終了させる(ステップS303:YES,S304)。第2データの書き込み終了後,または,特定挙動が発生していないと判定された場合(ステップS301:NO)は,再び一般挙動の計測処理に戻る。(【0033】)
「 ・・・特定挙動が発生した後は,通常は発生時点以降の計測データのみが第2データとしてバッファ13bからメモリカード20の第2記録領域に書き込まれる。もしも特定挙動発生時点以前に一般挙動に適合する計測データがあれば,それが第1データとしてメモリカード20の第1記録領域に書き込まれているため,特定挙動との因果関係を解析することは容易である。」(【0034】)
④ 運行状況解析
「 ・・・運行管理支援装置30は,メモリカード20に書き込まれた第1データ及び第2データを読み取り,第1データについては所要の統計処理後,メモリカード20に記録されている運転者用の操作傾向を把握するための解析処理を行う。第2データについては,特定挙動の原因解明や状況把握のための解析処理,どのような挙動であったか等の解析処理を行う。」(【0035】)
⑤ 一般終了条件
「 第1データの書込処理の一般終了条件は,例えば以下のように設定する。なお,メモリカード20の第1記録領域の書込可能容量に達した場合,あるいは電源断が生じた場合は,当然に書き込みが終了する。」(【0050】)
「 ・・・以上列挙された一般終了条件は,単独またはこれを組み合わせた形で適用することができる。」(【0053】)
⑥ 特定終了条件
「 特定終了条件は,第2データを可能な限りメモリカード20に書き込むことを目的として設定される。なお,メモリカード20の第2記録領域の書込可能容量に達した場合,あるいは電源断が生じた場合は,当然に書き込みが終了する。」(【0059】)
「 ・・・これらの条件は,単独または組み合わせた形で適宜設定される。」(【0062】)
⑦ メモリカードの容量チェック
「 制御部13aは,常にメモリカード20における書込可能領域の残容量をチェックし,データ書き込みに支障を起こしそうな時は,警報を発するように構成されている。残容量は『全体容量L-現在容量G』で検出される。この残容量があと1日分のデータ書込分しかなくなったときに警報を発し,カード交換を利用者に促すようにすることが可能である。このようにメモリカード20の容量チェックを行うことで,必要な計測データを書き込むことができないなどの事態を回避することができる。」(【0070】)
⑧ 変形例
「 PCMCIA規格のメモリカード20に代えて,半導体メモリとICチップとを搭載したICチップ搭載カードを用いることができる。この場合,半導体メモリには,上記のメモリカード20と同様,第1記録領域,第2記録領域及び管理領域を形成し,ICチップに第1記録領域又は第2記録領域の記録残量が一定値を超えたときに自動的に警報を出力する機能を持たせる。このようなICチップ搭載カードを用いることにより,メモリ残量管理をカード自身で行うことができるので,データレコーダ10側の構成を簡略化することができる。」(【0073】)
(3) 文言解釈について
上記(2)の記載によれば,本件特許発明においては,[1]第1データであるか,第2データであるかに応じて,記録媒体の第1記録領域又は第2記録領域のいずれの記録領域に書き込まれるのかが定まっていること,[2]第1データと第2データとは,互いに重複しない別々の計測データであること(ある第2データに関連する第1データを,当該第2データと共に第2記録領域に記録する構成も開示されているが〔【0034】参照〕,この場合でも,第1記録領域に記録されるデータと第2記録領域に記録されるデータとが両領域に重複して記録されるものではない。),[3]特定挙動発生時点以前の一般挙動に適合するデータを保存することにより,関連する第1データと第2データとを用いて一般挙動と特定挙動との間の因果関係を解析できるようにしており,両データの記録が併存されていること,[4]所定の終了条件を発明の特定事項としているが,その終了条件として,第1記録領域又は第2記録領域のそれぞれについて,一定の書込可能容量があることが前提とされていることが認められる。
そうすると,本件各特許発明における第1記録領域及び第2記録領域とは,区分されたデータをその区分どおりに記録するため,記録媒体の記録領域を区分して形成された別個の記録領域であると認めるのが相当である。
(4) 文言侵害について
争いのない事実並びに証拠(甲5の1~3,6,7の1・2,10)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人機器及び被控訴人運行管理方法における走行データの記録方法は,①加速度センサからの加速度データが,所定の条件でトリガ判定閾値を超えた場合(t0)には,t0の所定時間前(t-1)からt0の所定時間後(t2)までの間(T(-1~2):一定時間)の加速度データ等を,t2の時分秒をファイル名とするデータ(拡張子は「.BLK」)としてCFカードの記録領域に書き込み,②t0からt2までの間に,所定の条件で事故判定閾値を超える加速度データが検出された場合(t1)には,T(-1~2)の加速度データ等を,t2の時分秒とその末尾に「C」を付したものをファイル名とするデータ(拡張子は「.BLK」)としてCFカードの記録領域に書き込み,③上記②におけるファイルは上書禁止処理がされてあるが,上記①のファイルは上書きが可能であるため,CFカードの記録可能容量を超えるデータが記録された場合には,上記①のファイルは古いものから順次新たなデータによって上書きされてしまうものであることが認められる。
そうすると,上記①の上書き可能なT(-1~2)のデータが書き込まれた記録領域に,同②の上書き不能なT(-1~2)のデータが書き込まれ得ることになるから,上記①の上書き可能なT(-1~2)のデータが書き込まれた記録領域と同②の上書き不能なT(-1~2)のデータが書き込まれた記録領域とは,記録領域を区分して形成された別個の領域とはいえず,被控訴人機器及び被控訴人運行管理方法は,本件各特許発明の「第1記録領域」及び「第2記録領域」に相当する構成を有していない。
(5) 控訴人の主張に対して
控訴人は,本件各特許発明の技術的意義は,第1データと第2データを区別して取り扱うというところに尽き,その記録方法として,あらかじめ第1記録領域と第2記録領域とを形成してデータを書き込むことと,データ書き込みの際に別々のファイル(記録領域)を形成してデータを書き込むこととの間には,実質的な相違はない旨を主張する。
しかしながら,控訴人が上記主張するところは,要するに,第1データが記録された部分が第1記録領域を,第2データが記録された部分が第2記録領域を形成するというに等しいものであり,前記(1)(2)のとおり,第1データ又は第2データとそれが書き込まれる第1記録領域又は第2記録領域を明らかに別なものと定義付けている本件明細書の記載とは整合しない。のみならず,この控訴人の主張を前提とすると,第1データ又は第2データのいずれかを問わず,最終のデータの記録が記録媒体の記録領域の書込可能容量に達した場合のみが終了条件になるはずであるが,その場合には,「第1記録領域の書込可能容量に達した場合」に第1データの書込み処理が終了し(【0051】,「第2記録領域の書込可能容量に達した場合」(【0059】)に第2データの書込み処理が終了するとして,それぞれのデータについて個別の終了条件があるとしている本件明細書の記載は,技術的に理解困難となる。
本件明細書に接した当業者が,本件各特許発明を,控訴人のような理解をすることは想定し難い。
また,記録領域を2種類に区分するか否かは,書込可能容量の判定方法,各データの保存方法などについて技術的意義に相違を生じ,両者を同視することはできない。
控訴人の上記主張は,いずれも採用することができない。なお,「第1記録領域」と「第2記録領域」とが物理的に区分されたものを意味するものではないことは,控訴人の主張するとおりであるが,上記のとおり,両領域は,第1データと第2データの双方が書き込まれ得るようなものであってはならないのであり,控訴人の同主張は,本件の結論は左右しない。
(6) 小括
以上のとおりであるから,被控訴人機器及び被控訴人運行管理方法は,構成要件1C又は2C若しくは2Dを充足せず,本件各特許発明の技術的範囲に属さない。
3 均等侵害の成否(当審における新たな争点)
(1) 時機に後れた攻撃防御方法の申立てについて
被控訴人は,控訴人の均等侵害の主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たる旨を主張するが,既に提出済みの証拠関係に基づき判断可能なものであるから,訴訟の完結を遅延させるものとはいえない。
したがって,上記主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下はしない。
(2) 均等論その1について
控訴人は,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法が,本件各特許発明における「第1記録領」域及び「第2記録領域」との構成を有せず,構成要件1D又は構成要件2C若しくは2Dを充足しないとしても,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法は,本件各特許発明の構成と均等なものである旨を主張する。
そこで,以下,検討する。
ア 第1要件の充足について
本件特許発明の内容及び本件明細書の記載事項は,前記1及び同2(2)のとおりである。
これらにかんがみると,本件特許発明は,①従来技術においては,車両等の挙動特徴に関する計測データを,危険な運転操作の検出等と日常的な運転中の挙動操作の双方を解析するについては不十分なものであったことから,②これらの解析に必要なすべての計測データを効率的に記録媒体に記録する運行管理方法とシステムの提供を課題とし,③その解決方法として,[1]日常的な運転における挙動の特徴に関するデータと,事故につながるような挙動の特徴に関するデータとを所定の条件により峻別し,[2]それぞれのデータを,記録媒体の別々の記録領域に記録し,④これらのことにより,それぞれのデータが常に確保されるようにして,その確保されたデータを解析することにより,きめ細やかな運行管理を可能としたものと認められる。
このような本件各特許発明の課題,課題解決方法及び作用効果においては,限られた容量の記録媒体に,どのようにして複数種の解析されるべきデータを記録するかが,発明を構成する必須の要素であり,その重要な特徴点であるといえる。そうであれば,構成要件1D又は2C若しくは2Dの「第1記録領域」及び「第2記録領域」は,本件各特許発明の本質的部分に含まれると認められる。
したがって,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法は,いずれも,均等の第1要件を充足しない。
イ 控訴人の主張に対して
控訴人の主張は,本件各特許発明の本質的部分は,定点観測のデータと危険挙動のデータとをそれぞれ第1データと第2データとに分けて出力した点にあり,各データをどのように記録させるかの点にはないとの趣旨と解される。
しかしながら,上記アのとおり,本件各特許発明の特徴は,2種類のデータとその記録領域とをそれぞれに関連させて別個に記録させたところにあるから,単にデータが区別されている点のみがその本質的部分とはいえない。データの記録方法として,本件各特許発明の方法と作用効果に相違のない構成は,その出願当時においても多々あり得たものといえるが,本件各特許発明は,その中において,あえて,記録媒体の記録領域が「第1記録領域」と「第2記録領域」を有するとの構成に限定したのであり,他に作用効果が同一の構成があることや,当該他の構成が容易に想到できるものであるか否かは,発明の本質的部分の認定を左右するものではない。
控訴人の上記主張は,採用することができない。
ウ 小括
以上から,その余の要件について判断するまでもなく,控訴人の均等侵害その1の主張は,採用することができない。
(3) まとめ
以上の次第であるから,均等侵害その2の成否にかかわらず,被控訴人機器又は被控訴人運行管理方法は,本件各特許発明と均等なものではないといえる。
第5結論
よって,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)