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知財高等裁判所 平成27年(ネ)10061号 判決 2016年10月11日

控訴人

X1(以下「控訴人X1」という。)

控訴人

X2(以下「控訴人X2」という。)

控訴人ら訴訟代理人弁護士

椙山敬士

曽根翼

片山史英

被控訴人

日本ゼオン株式会社

同訴訟代理人弁護士

日下部真治

岩瀬吉和

後藤未来

同訴訟復代理人弁護士

村上遼

主文

1  原判決中,控訴人X1に関する部分を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は,控訴人X1に対し,1119万9752円

及びこれに対する平成24年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人X1のその余の請求を棄却する。

2  控訴人X2の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,控訴人X1と被控訴人との間では,第1,2審を通じてこれを10分し,その9を控訴人X1の負担とし,その余を被控訴人の負担とし,控訴人X2と被控訴人との間では,控訴費用を控訴人X2の負担とする。

4  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人X1に対し,1億円及びこれに対する平成24年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人X2に対し,1億円及びこれに対する平成24年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

第2事案の概要等(略称は,特に改めない限りは原判決のそれに従う。)

1  本件は,被控訴人の従業員であった控訴人らが,被控訴人に対し,被控訴人の保有又は出願に係る本件各発明及び原判決別紙外国特許発明目録記載の外国特許の請求項に係る各発明に関し,控訴人X1は本件発明1ないし3の共同発明者かつ本件発明4の単独又は共同での発明者であり,控訴人X2は本件発明1ないし3の共同発明者であるとして,平成16年法律第79号による改正前の特許法(以下「旧法」という。)35条3項及び4項ないしこれらの規定の類推適用に基づき,控訴人X1においては本件各発明についての日本及び外国における特許を受ける権利を被控訴人が承継したことの相当の対価の一部及びこれに対する平成24年3月22日(支払請求の日の翌日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,控訴人X2においては本件発明1ないし3についての日本及び外国における特許を受ける権利を承継したことの相当の対価の一部及びこれに対する前同日から支払済みまでの上記割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。

2  原判決は,控訴人らは本件発明1ないし3の共同発明者であると認めることはできず,また,控訴人X1は本件発明4の単独ないし共同での発明者であると認められない旨判示して,控訴人らの請求をいずれも棄却した。控訴人らは,いずれもこれを不服として控訴した。

3  前提事実等は,以下のとおり訂正,追加するほかは,原判決「事実及び理由」第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決5頁11行目の「乙13」の前に「60,」を加える。

(2)  原判決6頁17行目冒頭から23行目末尾までを,以下のとおり改める。

「(5) 被告の従業員発明取扱規程及び補償金等算定基準並びにこれらに基づく控訴人らへの支払

ア 被告の従業員発明取扱規程には,以下の規定がある(乙24)。

(ア) ●(省略)●

(イ) ●(省略)●

(ウ) ●(省略)●

(エ) ●(省略)●

イ 被告の補償金等算定基準には,以下の規定がある(乙25)。

(ア) ●(省略)●

(イ) ●(省略)●

(ウ) ●(省略)●

(エ) ●(省略)●

(オ) ●(省略)●

(カ) ●(省略)●

ウ(ア) 被控訴人は,控訴人X1に対し,本件各発明につき以下のとおり支払った。

・本件発明1ないし3につき,

平成8年10月30日頃 出願時発明奨励金   ●●●●●

平成13年11月20日 優秀発明奨励金 ●●●●●●●●

・本件発明4につき,

平成11年5月24日頃 出願時発明奨励金   ●●●●●

平成18年1月4日   優秀発明奨励金 ●●●●●●●●

(イ) 被控訴人は,控訴人X2に対し,本件発明1ないし3につき以下のとおり支払った。

平成8年10月30日頃 出願時発明奨励金   ●●●●●

平成13年11月20日 優秀発明奨励金 ●●●●●●●●

平成17年8月20日頃 登録時補償金     ●●●●●」

(3)  原判決7頁1行目末尾の後に改行の上,次のとおり加える。

「(7) 被控訴人は,平成13年10月17日頃,本件発明1ないし3につき控訴人らを含む4名を発明者とした上で,被控訴人における平成13年度優秀発明(最優秀発明賞)として認定し,同年11月8日,控訴人らを表彰した(甲7~10)。

(8) 控訴人X1は,平成17年11月頃,本件発明4につき,被控訴人における平成17年度の最優秀発明賞を受賞した(甲138,139)。

(9) 控訴人らは,平成24年3月21日,被控訴人に対し,本件発明1,2及び4及びこれらの対応特許にかかる発明を譲渡したことについての相当の対価の支払を請求した(甲19の1及び2)。」

4  本件における争点及び争点に対する当事者の主張は,以下のとおり訂正,削除するとともに後記5のとおり当審における補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」第2の3及び4に各記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決10頁14行目の「窒素ガスと酸素ガス及び窒素ガス」とあるうち「及び窒素ガス」を削除する。

(2)  原判決14頁5行目の「純度99.9%」を「純度99.9容量%」に改める。

(3)  原判決14頁8行目の「事件」を「実験」に改める。

(4)  原判決14頁19行目の「4-4特徴的部分」を「4-4の特徴的部分」に改める。

(5)  原判決24頁1行目の「考えるもの」を「考える者」に改める。

(6)  原判決25頁13行目の「及び2文献」を「及び乙2文献」に改める。

(7)  原判決27頁19行目の「到達60℃」を「到達温度60℃」に改める。

(8)  原判決28頁20行目の「1010cm-3の」を「1010cm-3以上の」に改める。

(9)  原判決30頁5行目の「200容量ppmと」を「200容量ppm以下と」に改める。

(10)  原判決30頁8行目の「選択比」を「Si3N4/SiO2選択比」に改める。

(11)  原判決31頁7行目から同8行目にかけての「公的融資を取り付けた」を「公的資金の獲得を実現した」に改める。

(12)  原判決32頁16行目の「資金調達など主張するが」を「資金調達などを主張するが」に改める。

(13)  原判決37頁12行目,16行目,18行目の各「●●●●●●」をいずれも「●●●●●●●●●」に改める。

(14)  原判決38頁5行目の「(乙149の4に」を「(乙149の4)に」に改める。

(15)  原判決38頁19行目から同20行目にかけて,同23行目から24行目にかけての各「●●●●●●」をいずれも「●●●●●●●●●」に改める。

(16)  原判決39頁最終行の「以下のとおである」を「以下のとおりである」に改める。

5  当審における補充主張

(控訴人らの主張)

(1) 本件各発明の発明者について

ア 原判決は,控訴人らにつき本件発明1ないし3の,控訴人X1につき本件発明4の発明者性をいずれも否定したが,その一般論における判断は,発明の完成に関する最高裁判所判決に基づき控訴人らの発明者該当性を判断する点等において不適切である。

また,本件発明1ないし3に関しては,控訴人らの行為に関する事実認定及び評価,発明の特徴的部分の把握,控訴人らの行為の評価等の点で,原判決は認定及び判断を誤っている。本件発明4に関しては,原判決はその本質的特徴の理解を誤っているほか,多くの点で誤った事実認定及び評価をしており,その発明者性の認定には重大な誤りがある。

イ 信義則(禁反言)等

被控訴人は,本件各発明によってC5F8エッチングガスの市場を独占し,多額の利益を得るとともに,本件発明1ないし3については控訴人らを,本件発明4については控訴人X1をその発明者として自ら出願し,また,本件各発明に対し最優秀特許賞を授与して賞賛しながら,相当の対価の支払を求められると,控訴人らは発明者ではないとしてその支払を拒否している。このような主張は,特許法36条1項2号に基づき特許出願書類に記載し,特許庁に対し提出した内容と異なることを公然と主張するものであって,信義に反して許されない。

また,従業員が願書に発明者として記載されている場合には,当該従業員は当該発明の発明者と事実上推定され,使用者等がこれを争うときは,使用者等において,間接反証として,推定を覆すに足りる具体的な事情を主張立証すべきである。本件では,被控訴人は,本件発明1ないし3については控訴人らが発明者ではないと主張するのみであって,真実の発明者が誰であるかについては全く明らかにしていない。本件発明4についても,被控訴人は,本件発明4-3及び4-4の実験をA及びBが担当したことのみを主張するものの,当該実験は当業者であれば常識の範囲のことを行ったものであり,本件発明4の特許性を基礎づけるのは本件発明4-1であって,本件発明4-3及び4-4には固有の特許性は認められないのであるから,真実の発明者が誰かについては全く積極的な主張立証を行っていないことになる。

このような事情に鑑みれば,出願書類に記載された控訴人らが発明者であることについて,その推定は覆されていない。

ウ 本件発明1ないし3の発明者について

(ア) 発明者とは,自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者,すなわち,当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成するための創作に関与した者を指すとしても,共同発明においては,発明者の認定につき格別の配慮が必要である。すなわち,本件発明1ないし3におけるように,異なった複数の団体がアドホックにそれぞれの役割を担うことにより全体としてある技術的思想が形成されることがあるところ,その場合,単独の行為はいずれも当該技術的思想の一部にしか貢献していないとしても,全体としてみれば発明を達成しているのである。

(イ) 本件発明1ないし3の技術的特徴部分は,それぞれ「特別な冷却装置を用いず,C5F8を含むエッチングガスを用いること」(本件発明1),「1~40モル%の酸素成分を含むこと」(本件発明2),「高密度プラズマを用いて,C5F8を含むエッチングガスを用いること」(本件発明3)と把握されるべきところ,例えば本件発明3においては,「高密度プラズマ」装置自体はアネルバ社が持っていたものであるが,この装置において「C5F8を含むエッチングガスを用いること」はアネルバを含むEIAJもCも想到していなかった。他方,控訴人らは,「地球環境によい」エッチングガスとして「C5F8を含むエッチングガスを用いること」を想到していたが,「高密度プラズマ」を用いることは想到していなかった。すなわち,発明者の三者(控訴人ら,C,EIAJ)のいずれも全体をまとめて構想したわけではなかったが,「地球環境によいエッチングガス」という共通の目的をもって,全体として協働することにより本件発明3の技術的特徴部分が形成されたのである。このように,本件発明1ないし3の技術的特徴部分を踏まえるとともに,本件発明1ないし3に至る事実経過の実態を見て発明者を判断するならば,三者それぞれの行為は不可欠に本件発明1ないし3に貢献しているのであり,この三者を合わせて発明者と見るほかない。また,被控訴人内においては,控訴人ら以外の者は本件発明1ないし3の技術的特徴部分に貢献していないことは明らかであるから,控訴人らこそが,本件発明1ないし3の発明者というべきである。

(ウ) ソニー発明について

「地球環境によいエッチングガス」という大きな目的は,C5F8とアネルバの装置がマッチングされた時点で達成されており,先行発明であるソニー発明との関係で特許請求の範囲を限定したことは,「地球環境によいエッチングガス」という発明を先行技術との関係で限定したというにすぎない。また,ソニー発明は,C5F8を一般的にエッチングガスとして用いるという内容ではなく,50℃以下(実施例では0℃のみ)という条件下で,すなわち,強力な冷却装置の下でエッチングする場合にのみ効果が発生するという内容であり,本件発明1ないし3の各技術的特徴部分とは抵触しない。

エ 本件発明4の発明者について(控訴人X1の主張)

(ア) 本件発明4の本質的特徴は,C5F8を容器から抜き出す際,酸素や窒素の量が経時的に変動し,これが一定の条件の下で優れたエッチング速度で安定したエッチングを行うことを阻害していたことを見出し,混入する酸素及び窒素を制御することにより,一定の条件下で優れたエッチング速度で安定したエッチングを実現することができることを見出したことである。

(イ) C5F8ドライエッチングガスの実用化(大量生産)の過程において不純物に係る品質確保が課題であったところ,被控訴人においては,平成10年初頭頃から低純度品の評価や問題がある場合の原因不純物等の検討が行われており,その一環として,同年6月頃,●●●●●に対し,高純度サンプル(C5F8純度=99.99容量%)及び低純度サンプル(同99.87容量%)を送付したところ,その評価結果は,高純度サンプルは良好であったが,低純度サンプルは反応速度が遅くなり良好ではないというものであった。また,被控訴人は,●●●●●●●●●●(以下「●●●●」という。)からもサンプル供給の要請を受け,まず高純度サンプル(純度99.99容量%)を送付したところ良好な結果を得られ,その後送付した低純度サンプルについても,平成11年1月頃,純度99.985容量%及び99.93容量%の各サンプルとも高純度サンプルと大差がなく良好な結果であることが判明した。

また,平成10年4月頃,●●●●●●●●●●におけるエッチング評価において,エッチング装置に流入されるマスフローが全く安定せずエッチングができないというトラブルが生じ,原因は定かでないものの,トラブルが生じたサンプル容器は窒素で加圧して充填したものであったことや,当該サンプルのボンベを冷やして窒素を減圧脱気してから評価を行ったところマスフローが安定したことが判明した。

こうした事実を受け,控訴人X1は,ボンベ内に液化ガスとして充填されるC5F8の場合,C5F8が取り出される際には,気化したC5F8を含むボンベ内の気体が排出されるが,このとき液化したC5F8に溶解する窒素等はボンベ内の気体が排出され窒素等の分圧が下がるに従いC5F8よりも先に気化して排出され減少していくため,液化C5F8に溶解する窒素等が増えるとエッチングにおいてマスフローが安定せず,エッチング性能に影響を与えるという知見を得た。この知見の下,控訴人X1は,●●●●●及び●●●●にエッチング評価をしてもらった窒素140容量ppm程が混入するC5F8サンプルにおいて良好な結果が得られたことから,高純度化されたC5F8に混入する酸素及び窒素を制御し,一定の条件下で優れたエッチング速度で安定したエッチングを実現することができるという本件発明4-1にたどり着いた。

(ウ) 本件発明4-1におけるC5F8の純度については,前記のとおり純度99.87容量%のものはエッチング速度に問題がある一方,純度99.93容量%のものについては問題なくエッチングが行えることが判明していたことから,当初案としては99.95容量%以上としていたが,純度99.93容量%という値は,実際は99.916容量%ほどになると考えられ,できるだけ権利を最大化すべきという控訴人X2の意見もあったことから,控訴人X1は,99.95容量%以上ではなく99.9容量%以上で出願することとしたものである。

他方,窒素等の含有量については,液化ガスであるC5F8に多量に含まれると混入窒素等の容量が経時変化する時間が長くなるところ,ユーザーが使用を開始する上で,マスフロー装置の安定化するまでの時間を考慮する必要があり,これまで問題なく実績を積み重ねた窒素等の容量が約140容量ppmであったことから,経時的変化の時間に数割の余裕が見込めることや製造におけるバラつきも踏まえ,控訴人X1は,200容量ppm以下としたものである。

(エ) 以上より,本件発明4の中核である本件発明4-1の中心的技術思想を想到し,●●●●●等のメーカーを利用して本件発明4-1を発明したのは,控訴人X1である。

(2) 本件発明4に係る補償金の算定について(控訴人X1の主張)

仮に,本件発明4のみの補償金を算定するならば,以下のとおりとなる。

ア 超過利益率に基づく算定(主位的主張)

(ア) 本件発明4は平成12年11月30日に出願公開され,平成31年5月24日に特許権の存続期間が満了することから,その期間内に製造販売された本件製品の独占的利益が補償金の対象となる。

(イ) 本件製品の売上額及び販売数量

本件製品に係る売上高及び販売数量は,平成26年度までは後記被控訴人主張に係る実績値による。他方,平成27年度以降については,本件製品に係る売上高及び販売数量が増減を繰り返しており,必ずしも漸減しているとはいえないことに鑑み,平成26年度の数字が翌年度以降も維持されると考えるのが合理的である。

したがって,本件製品の売上高及び販売数量は,別紙1の「売上高(円)」欄及び「販売数量(トン)」欄各記載のとおりとなる。

(ウ) 超過利益率

本件製品に係る変動費は●●●●●●●●●●●●●●●であるから,特定の年度における本件製品に係る利益率は,以下の計算式により求められる。

特定の年度の利益率

=(当該年度の売上高(円)-販売数量(トン)×●●●●●●●●●●●●)÷当該年度の売上高

被控訴人の通常の利益率は●●●●●であるから,特定の年度における本件製品に係る超過利益率は,以下の計算式により求められる。

特定の年度の超過利益率=当該年度の利益率-●●●●●

そうすると,各年度における利益率及び超過利益率は,別紙1の「利益率(%)」欄及び「超過利益率(%)」欄各記載のとおりとなる。

(エ) 被控訴人が受ける独占的利益

各年度における超過利益率を当該年度の売上高に乗ずれば,本件発明4に係る特許の各年度における独占的利益が算定される。その結果は別紙1の「超過利益(円)」欄記載のとおりであり,本件発明4にかかる独占的利益は,合計●●●●●●●●●●である。

(オ) 控訴人X1が受けるべき相当対価額

本件発明4における被控訴人の貢献度は80%を超えるものではないから,控訴人X1が本件発明4につき受けるべき相当対価額は,●●●●●●●●●を下らない。

イ 超過売上高及び仮想実施料率に基づく算定(予備的主張)

(ア) 超過売上高について

フッ素化技術及びドライエッチングガスの技術や設備,ノウハウを有しない被控訴人が本件発明4に係る特許なくして維持できる本件製品のシェアは,よくても10%程度である。したがって,少なくとも本件製品の売上げの90%は,本件発明4に係る特許の抑止力によってもたらされた超過売上げである。

(イ) 仮想実施料率について

被控訴人は,本件製品の製造販売において●●●●●●●●●極めて高い利益率を上げているが,このような状況下で仮に第三者に対しライセンスを行うとするならば,このような被控訴人の売上減少を補うのに余りある料率でなければならない。このため,仮想実施料率を仮に想定するのであれば,それは80%を下回ることはない。

(ウ) 超過売上高及び仮想実施料率に基づく被控訴人の受ける独占的利益

上記超過売上高及び仮想実施料率に基づいて算定すると,本件発明4に係る特許により被控訴人の受ける独占的利益は,●●●●●●●●●●である。

(エ) 控訴人X1が受けるべき相当対価の額

本件発明4における被控訴人の貢献度は80%を超えるものではないから,控訴人X1が本件発明4につき受けるべき相当対価の額は,●●●●●●●●●である。

(被控訴人の主張)

(1) 本件発明1ないし3の発明者について

ア 本件発明1ないし3の発明者欄には,いずれも控訴人ら,C及びDが記載されているが,控訴人らが発明者として記載されたのは,実験用のガス提供会社として共同出願人に名を連ねることとなった被控訴人の窓口が控訴人らであったからにすぎず,控訴人らが発明行為を行ったからではない。

イ 発明者と認められるためには発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要するところ,共同発明の場合もこれは妥当し,ある者が共同発明者となるためには,その者が(全ての創作過程に寄与することが必要でないとしても)発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与することが必要である。

ウ(ア) 控訴人らは,「C5F8を含むエッチングガスを用いること」自体も本件発明1ないし3の特徴的部分を構成するかのように主張するが,C5F8をエッチングガスとして用いること自体は本件発明1ないし3の優先日(平成8年10月30日)より前に公知であったから,本件発明1ないし3の特徴的部分とはなり得ない。本件発明1ないし3の特徴的部分となり得るのは,「高密度領域のプラズマを用いること」等の特定の条件下でドライエッチングを行うことである。

(イ) 本件発明1ないし3の特徴的部分に係るエッチング条件は,EIAJにおいて行われたアネルバの装置での実験で採用されたものであるが,控訴人ら自身は,それらエッチング条件の設定には何ら関与していないし,上記実験のほかに自ら又は第三者をしてC5F8を用いた特定の条件下でのドライエッチングの実験を行ったこともない。控訴人らが行ったのは,当該エッチング条件につき上記実験結果が得られた後に先行技術(ソニー発明)とは異なる点を関係者から聴取するなどして特許請求の範囲に記載したことだけである。また,控訴人らは,当該特定の各エッチング条件下で「C5F8をエッチングガスとして用いる」ことを自ら想到したものではなく,「C5F8をエッチングガスとして用いる」という公知事項を提示したにすぎない。

(ウ) 以上のとおり,控訴人らは,本件発明1ないし3の特徴的部分を構成する上記各エッチング条件の完成に何ら創作的に関与しておらず,共同発明者とはいえない。

エ 控訴人らは,「地球環境によいエッチングガス」という目的をもってC5F8をサンプルとして選択したことが控訴人らの発明者性の根拠となるかのように主張するけれども,C5F8をエッチングガスとして用いることが公知であった以上,「地球環境によい」という効果に着目したとしても,C5F8をエッチングガスとして用いること自体に特許性を認められることはない。仮に「地球環境によい」という目的が本件発明1ないし3の技術的課題の一部であると考えても,控訴人らが設定ないし想到した課題ではないから,当該目的が控訴人らの発明者性の根拠となることはない。

また,特定の条件下でエッチングを行うという要素に「C5F8をエッチングガスとして用いる」という公知の要素を結び付けることについて,何ら創作的な寄与を見出す余地はないし,特定の条件下でC5F8をエッチングガスとして用いること,すなわち当該エッチング条件とC5F8との結合は,C5F8等候補となるガスにつきEIAJにおいて当該エッチング条件が設定され,実験が行われたことにより実現されたものであり,そこに控訴人らの創作的な寄与を認める余地はない。

(2) 本件発明4の発明者について(控訴人X1の主張に対し)

ア 本件発明4の特許出願書類の発明者欄に控訴人X1が記載されたことは,同人が真の発明者であることを意味しない。本件発明4の特許出願日当時,控訴人X1が長を務めていた被控訴人の研究室においては,控訴人X1が自ら発明連絡書の作成を行い,自らを発明者に含めて記載する慣行が存在しており,本件発明4についてもこのような慣行に従った結果である。

イ 本件発明4-1及び4-2について

特許請求の範囲の記載に基づいて本件発明4-1及び4-2の特徴的部分を正しく把握すれば,C5F8をエッチングガスとして用いること自体は本件発明4の優先日より前から公知であったことから,本件発明4-1の特徴的部分となり得るのは,C5F8の純度を99.9容量%以上とし,かつ,含有される窒素と酸素の合計量を200容量ppm以下とする点である。本件発明4-2については,本件発明4-1の上記特徴的部分に加え,水分含量を20重量ppm以下とする点にある。

しかし,これらの特徴的部分に係る課題は被控訴人の外部からもたらされ,又はその要請を受けてEにより具体化されたものであって,控訴人X1が想到したものではないし,解決手段の着想・具体化についても,控訴人X1は何ら創作的な寄与をしていない。

したがって,控訴人X1は,本件発明4-1及び4-2の特徴的部分の完成に何ら創作的な寄与を行っておらず,発明者とはなり得ない。

ウ 本件発明4-3及び4-4について

本件発明4-3及び4-4は,いずれもその特徴的部分は本件発明4-1又は4-2に係る部分と,それぞれに固有の部分(本件発明4-3においては「オクタフルオロシクロペンテンを主成分とする反応粗生成物を,0属の不活性ガス中で精留する」こと,本件発明4-4においては「オクタフルオロシクロペンテンを主成分とする反応粗生成物を,純度99.9容量%以上に精留する第1工程,次いで残留する微量不純物を除去する第2工程,からなる」こと)とからなる。

しかし,本件発明4-1及び4-2には特許性がない上,控訴人X1は,上記のとおりこれらの特徴的部分の完成に何ら創作的に寄与していないことから,本件発明4-3及び4-4の発明特定事項のうち本件発明4-1及び4-2に係る部分への控訴人X1の関与がその発明者性の根拠となることはない。また,本件発明4-3及び4-4に固有の特徴的部分については,抽象的レベルでの方法論は当業者が容易に思いつくものであっても,その具体的な実現方法を容易に思いつくとは限らないところ,これらの発明における精留の具体化について,控訴人X1は,何ら創作的な寄与を行っていない。

したがって,控訴人X1は,本件発明4-3及び4-4の特徴的部分の完成にも創作的に寄与しておらず,発明者とは認められない。

(3) 本件発明4に係る補償金の算定について(控訴人X1の主張に対し)

ア 前記(控訴人らの主張)(2)については,否認ないし争う。

イ 本件発明4-1及び4-2に特許性はなく,また,事実上の禁止的効果を生じたことはないため,事実上も被控訴人に独占の利益は発生していない。

ウ 仮に被控訴人に何らかの独占の利益が生じていたとしても,その額は通常の超過売上高と仮想実施料率を用いる方法によって算定されるべきであり,控訴人らの主張する超過利益率に基づいて算定されるべきではない。

エ 超過売上高及び仮想実施料率に基づく算定について

(ア) 超過売上高

a 本件製品の売上高

本件製品の売上高(本件発明4の出願公開がされた平成12年度から,その特許権が満了する平成31年度までのもの(予測値を含む。)。)は,以下のとおりである。

平成12年度  ●●●●●●●●

平成13年度  ●●●●●●●●

平成14年度  ●●●●●●●●

平成15年度 ●●●●●●●●●

平成16年度 ●●●●●●●●●

平成17年度 ●●●●●●●●●

平成18年度 ●●●●●●●●●

平成19年度 ●●●●●●●●●

平成20年度 ●●●●●●●●●

平成21年度 ●●●●●●●●●

平成22年度 ●●●●●●●●●

平成23年度 ●●●●●●●●●

平成24年度 ●●●●●●●●●

平成25年度 ●●●●●●●●●

平成26年度 ●●●●●●●●●

平成27年度  ●●●●●●●●(一部予測値)

平成28年度  ●●●●●●●●(予測値)

平成29年度  ●●●●●●●●(予測値)

平成30年度  ●●●●●●●●(予測値)

平成31年度  ●●●●●●●●(予測値)

b 超過売上率

被控訴人が本件発明4の実施許諾を行った場合に他社に奪われる売上げは皆無であるが,仮にそのような売上げが存在するとしても,被控訴人の売上高の10%を上回ることはない。

c 特許権設定登録前の独占の利益の取扱い

出願公開後特許権の設定登録までの期間の独占の利益は,特許権の設定登録後のそれに比して低く評価されるべきであるところ,本件発明4に係る特許は特許権の設定登録後ですら他社に対する事実上の禁止的効果はなく,仮に何らかの禁止的効果を認めるにしても,設定登録前の禁止的効果は設定登録後に比して相当に弱いものと考えられる。したがって,特許権設定登録前の独占の利益は,設定登録後の2分の1にとどまる。

d 中間利息の控除

控訴人らが被控訴人に対し本件各発明に対する相当対価の支払を請求する内容証明郵便が被控訴人に到達した日の翌日である平成24年3月22日以降に生じる独占の利益に対応する相当対価の請求については,同請求権が行使可能となった時からそれぞれの利益が生じたときまでの中間利息が控除されるべきであり,その割合は年5分である。また,中間利息の控除に当たり,ある年度分の売上げは,当該年度の中間に発生したものと考えるべきである。そうすると,各年度の中間利息控除後の売上高は,別紙2の「中間利息控除後売上高(円)」欄記載のとおりとなる。

e 超過売上高

以上によれば,各期間の売上高は,以下のとおりとなる。

・ 出願公開の日(平成12年11月30日)以降,特許権設定登録(平成22年4月16日)の前日まで

●●●●●●●●●●●●●●

・ 特許権設定登録の日(平成22年4月16日)以降,平成24年3月21日まで      ●●●●●●●●●●●●●

・ 平成24年3月22日以降,特許権満了の日(平成31年5月24日)まで        ●●●●●●●●●●●●●

そうすると,超過売上高は,●●●●●●●●●●●●●となる。

(イ) 仮想実施料率

本件発明4に係る特許の属する技術分野は,「電気」のうち「半導体装置,他に属さない電気的固体装置」であるところ,当該分野の実施料率の平均は2.9%であり,また,本件発明4に事実上の禁止的効果はないから,本来はこれにつき他社から実施料が支払われるものとは考えられないが,仮に支払われるとしても,その料率は極めて低く,せいぜい1%にとどまるものと考えられる。

(ウ) 被控訴人の貢献度

本件発明4-1及び4-2は,良好なエッチング性能を得られるC5F8のスペックを特定した点に特徴を有するところ,被控訴人内部で所望のエッチング性能を有するものとしてのC5F8の具体的スペックを最初に提案したのはEである。本件発明4-1及び4-2に規定された数値は当該スペックより緩和されたものであるが,これについても,性能評価を行ったりしたのは被控訴人X1以外の被控訴人の従業員であって,控訴人X1は,せいぜい,明細書案作成の段階において技術的な裏付けを欠く数値を記載したにすぎない。

したがって,本件発明4-1及び4-2の創作に関する被控訴人の貢献は甚大である。

また,本件発明4の権利化及びこれに関連するエッチングガスの事業化においても,被控訴人は多大な貢献をした。

以上を踏まえると,本件発明4に関する被控訴人の貢献度は99%を下回ることはない。

(エ) 共同発明者間の貢献度

控訴人X1は,本件発明4-1及び4-2の特徴的部分の創作に寄与しておらず,また,本件発明4-3及び4-4についても同様である。そうすると,本件発明4の共同発明者間における控訴人X1の貢献度は0である。

(オ) 相当対価の額

以上によれば,本件発明4における各発明者に対する相当対価の額は,以下の計算式により求められる。

相当の対価

=●●●●●●●●●●●●●×1%×1%×(共同発明者間の貢献度)

上記(エ)のとおり,本件発明4の共同発明者間における控訴人X1の貢献度は0である以上,控訴人X1については,被控訴人が支払うべき相当対価は発生しない。もっとも,本件発明4の特許公報上の発明者4名の頭割りにより25%の貢献度と仮定して計算すると,各発明者に対する相当の対価の額は,●●●●●●●となる。

(カ) 既払い額

被控訴人は,控訴人X1に対し,本件発明4の出願時発明奨励金●●●●●,優秀発明奨励金●●●●●●●●,合計●●●●●●●●を支払った。すなわち,本件発明4の発明者4名の頭割りの貢献度と仮定して計算した場合の計算結果を上回る金額を被控訴人は控訴人X1に対し支払済みである。

(キ) まとめ

以上より,被控訴人X1に相当対価請求権が生じる余地はない。

第3当裁判所の判断

1  本件各発明に至る経緯

本件各発明に至る経緯については,以下のとおり訂正,追加等するほかは原判決「事実及び理由」第3の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決43頁3行目の「プロジェクト」の後に「(以下「EIAJプロジェクト」という。)」を加える。

(2)  原判決同頁5行目の「オクタフルオロシクロペンテンなどを」を「オクタフルオロシクロペンテンなど計4種類の化合物を」に改める。

(3)  原判決同頁5行目から同6行目にかけての「サンプルとして」の後に「無償で」を加える。

(4)  原判決同頁6行目の「乙29」の前に「10,」を加える。

(5)  原判決同頁8行目の「被告」から同10行目の「(乙29)」までを,「また,これに対応した研究は,被控訴人の開発研究所の合成研究室(室長は控訴人X1)が担当することとされた(甲89,乙29,58)」に改める。

(6)  原判決同頁11行目冒頭から同14行目末尾までを,以下のとおり改める。

「オ(ア) 平成8年9月,EIAJプロジェクトのメンバーであった東京エレクトロン,東京応化工業株式会社(以下「東京応化工業」という。),アネルバ等半導体製造メーカーによる性能評価の結果等を取りまとめた報告書が作成されたところ,同プロジェクトを通じて,オクタフルオロシクロペンテンがエッチングガスとして有望であることが判明した(ただし,同報告書においては,ガス名はコード番号(オクタフルオロシクロペンテンのコード番号は「AFFC-No.1」)で示されている。)。

なお,同報告書によれば,同プロジェクトに関連する事実として,より詳細には以下の事実が認められる。

(イ) 控訴人らは,調査研究に必要なガスを提供した複数のガス製造会社等のうちの1社の技術者として同プロジェクトにオブザーバ参加したものである。オブザーバの会議への参加は,相互の機密保持の立場から,当該オブザーバが提供したガスの評価結果を検討するとき(時間)のみとされた。

(ウ) 同プロジェクトは,ドライエッチング用代替候補ガスの選定に当たっては,地球温暖化への影響の少ない代替ガスの分子構造は,大気寿命が短くなる基本構造が必要であるとともに,オゾン層を破壊しない分子構造のガスとすること,代替候補ガスの選定条件につき,温暖化係数に関する指針(基準)はないものの,米国の情報も踏まえ,プロジェクト実施当時市販されているガスで入手が容易であって,大気寿命が短いHFC-134aガスの大気寿命(現状の数値:14.6年)を一つの選定条件とすること,作業性の観点から沸点が低い物質であることが望ましいことといった理由から,その選定条件として,大気寿命がHFC-134a(14.6年)以下であること,可燃性ガスでないこと又は分子構造で水素原子の数がフッ素原子の数を上回らないこと,室温(20℃)でガス状であることの3項目を掲げるとともに,従前のドライエッチング技術で得られた2つの経験則(フッ素の数を多くするとシリコン,酸化膜のドライエッチング速度を速めるため,フッ素の数が多い方が望ましいこと,ドライエッチング特性を判定する経験数値「C/(F+O-H)」につき,従来ガスとの比較で考えると,1以下が基準となる参考数値と考えられること)を参考条件として,これら5項目の選定条件を満たすガスを選定した。なお,オクタフルオロシクロペンテンの大気寿命は0.1年(実測値及び実測データからの計算値)である。

(エ) 代替候補ガスでの加工実験及び計測に当たり,ドライエッチングプロセスの評価手順と方法,評価ウェハの製作方法は,いずれも同プロジェクトが定めた。すなわち,同プロジェクトでの性能評価実験における条件の決定には,控訴人らは何ら関与しなかった。

(オ) オクタフルオロシクロペンテンは,東京エレクトロン,東京応化工業及びアネルバそれぞれの装置による加工・計測・分析に供された。

このうち,東京エレクトロンの平行平板電極型ドライエッチング装置での加工・計測・分析においては良好な結果を得られなかった。

東京応化工業の平行平板電極型ドライエッチング装置では,酸化膜付きウェハのエッチング特性の確認においてはガス単体ではエッチングが進行せず,酸素ガスを添加することでエッチングが進行し,酸素濃度10%でエッチング速度が最大となり,それより添加量を増やしていくとエッチング速度は減少する傾向にあるとされ,ほぼ実用レベルに近い値であるなどと評価された。また,レジスト,ポリシリコン膜付きウェハのエッチング特性の確認においては,レジスト,ポリシリコン膜ともに,エッチング速度が低かったため,選択比としては高い値を示したが,選択比は酸素濃度10%で最大となり,これ以上にすると急激に低下した。

アネルバの高密度プラズマ源型ドライエッチング装置では,熱酸化膜付きウェハでの計測・分析をしたところ,熱酸化膜のエッチング速度が最も速く,c-C4F8とほとんど同程度であり,エッチング速度の均一性はこれに比較して若干悪いといった問題はあるものの,c-C4F8の代替ガスとして十分使えるものと考えられると評価された。また,レジスト,ポリシリコン膜付きウェハでの計測・分析を行ったところ,比較的高いソースパワーの領域では,c-C4F8に比較して高い選択比が得られやすいという点で,優れた特性を示しているなどと評価された。また,酸素ガスを混合してレジストパターン付きウェハでの計測分析を行ったところ,大きなマイクロローディング効果を示し,単体で酸化膜をエッチングするガスとしては使いにくいガスと思われ,添加ガスとして酸素を混合した場合にも,マイクロローディング効果や選択比等の点で改善すべき点が残されているものの,条件の最適化や,他の添加ガスの選択等により,高密度プラズマ源型エッチング装置のプロセスガスとして,充分使えるものになるであろうと評価された。

(以上の各事実につき,控訴人X2本人,控訴人X1本人,甲5,88,乙28)」

(7)  原判決同頁19行目の「(特願平3-40966)」を削除する。

(8)  原判決同頁20行目の「あった」を「公開されていた(特開平4-258117)ことを発見した」に改める。

(9)  原判決同頁20行目の「原告らは」の前に「ソニー発明との抵触を避ける必要があることが判明した。そこで,」を加える。

(10)  原判決44頁1行目の「87」の前に「10,」を加える。

(11)  原判決同頁2行目末尾の後に,改行の上,次のとおり加える。

「ア 被控訴人は,平成8年7月1日にゼオローラ事業の一環としてC5F8エッチングガスである本件製品を事業化するために,事業企画開発部と控訴人X1が所属する化学合成研究室との合同でフッ素化C5事業開発チーム(以下,平成9年10月1日の担当事業部及び名称変更の前後を通じて「本件チーム」という。)で作業を開始した(乙59,177)。

イ 本件チームの担当者は,平成10年4月8日,●●●●●●●●に提供したサンプルにつき同社から不備の可能性を指摘され,対応を検討していたところ,同月16日,控訴人X1を含む関係者に対し,窒素封入したボンベを凍らせてから真空引きして窒素を除去することで問題点が解消された旨報告した(甲130)。

ウ 控訴人X2は,同年5月14日,●●●●●に出張し,合計6キログラムのC5F8エッチングガスのサンプルの無償提供を要請され,純度を変えたものを比較評価してスペック決定に役立てることなどを条件とすることと引き換えにこれを受け入れた(甲126)。

エ 被控訴人は,●●●●●に対し,2つのサンプル(純度99.99%のもの及び純度99.87%のもの)を提供し,その評価を依頼したところ,同年8月頃,低純度のものの方がエッチング速度が遅くなることがわかった(甲127,乙32)。」

(12)  原判決同頁3行目の「ア」を「オ」に改める。

(13)  原判決同頁9行目の「のC4F8のスペックが」を「等とするC4F8の例等が」に改める。

(14)  原判決同頁12行目の「イ」を「カ」に,同15行目の「ウ」を「キ」に,同20行目の「エ」を「ク」に,それぞれ改める。

(15)  原判決同頁20行目の「平成10年9月25日,」の後に,「Fほか2名に対し,」を加える。

(16)  原判決同頁23行目の「要請した」の後に「。なお,このメールによる要請はCcにより控訴人らに対しても送信された」を加える。

(17)  原判決同頁24行目の「オ」を「ケ」に改める。

(18)  原判決同頁24行目の「平成10年9月28日,」の後に「E及びFほか2名に対し,」を加える。

(19)  原判決45頁1行目の「カ」を「コ」に改める。

(20)  原判決同頁2行目の「99%以上」を「99%超」に改める。

(21)  原判決同頁2行目,同3行目,同4行目の各「ppm以下」をいずれも「ppm未満」に改める。

(22)  原判決同頁5行目の「キ」を「サ」に改める。

(23)  原判決同頁12行目末尾の後に改行の上,次のとおり加える。

「シ 被控訴人は,●●●●に対し,2つのサンプル(純度99.985%のものと純度99.93%のもの)を提供して評価を依頼していたところ,●●●●は,平成11年1月26日,被控訴人担当者に対し,「御社の工場出荷サンプルの評価結果についてご連絡いたします。従来のものと大差ありませんでした。」と回答した。同担当者は,控訴人X1を含む関係者に対し,その旨報告した(甲124,129)。」

(24)  原判決同頁13行目の「ク」を「ス」に,「26日」を「24日」にそれぞれ改める。

(25)  原判決同頁14行目の「作成するに当たり,」の後に「後に部下に指示する部分を除いた明細書案を作成して被控訴人知財部Gに送信し,見解を求めた。また,同月26日,控訴人X1は,」を加える。

(26)  原判決同頁19行目の「反応ガス」を「反応用ガス」に改める。

(27)  原判決45頁20行目の「甲4,」の後に「53~」を,「55」の後に「,57,64~66」をそれぞれ加える。

(28)  原判決同頁21行目の「ケ」を「セ」に改める。

(29)  原判決同頁25行目の「純度」の前に「もっとも,」を加える。

(30)  原判決同頁最終行の「乙103の1」を「乙103の1及び2」に改める。

2  争点(1)(控訴人らは本件発明1ないし3の共同発明者といえるか,控訴人X1は本件発明4の単独発明者又は共同発明者といえるか)について

(1)  控訴人らの請求は,本件発明1ないし3については控訴人らが共同発明者であること,本件発明4については控訴人X1が単独発明者又は共同発明者であることを前提とすることから,まずこの点について判断する。

(2)  いかなる者が発明者となり得るかについては,原判決「事実及び理由」第3の2(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(3)  控訴人らは本件発明1ないし3の共同発明者といえるか

ア ソニー発明(乙1)について

(ア) 乙1文献には以下の記載がある。

a 【特許請求の範囲】

【請求項2】分子構造の少なくとも一部に環状部を有する不飽和フルオロカーボン系化合物を含むエッチング・ガスを用いて被エッチング基体の温度を50℃以下に制御しながら基板上に形成されたシリコン化合物層のエッチングを行うことを特徴とするドライエッチング方法。

b 【0001】

【産業上の利用分野】本発明は半導体装置の製造分野等において適用されるドライエッチング方法に関し,特に対レジスト選択性および対シリコン下地選択性に優れ,しかも高速でパーティクル汚染が少ないシリコン化合物層のドライエッチング方法に関する。

c 【0003】従来,シリコン系材料層に対して高い選択比を保ちながら酸化シリコン等のシリコン化合物層をドライエッチングするには,CHF3,CF4/H2混合系,CF4/O2混合系,C2F6/CHF3混合系等がエッチング・ガスとして典型的に使用されてきた。これらは,いずれもC/F比(分子内の炭素原子数とフッ素原子数の比)が0.25以上のフルオロカーボン系ガスを主体としている。これらのガス系が使用されるのは,(a)フルオロカーボン系ガスに含まれるCが酸化シリコン層の表面でC-Oを結合を生成し,Si-O結合を切断したり弱めたりする働きがある,(b)酸化シリコン層の主エッチング種であるCFX+(特にCF3+)を生成し得る,(c)プラズマ中で相対的に炭素に富む状態が作り出されるので,酸化シリコン中の酸素がCOまたはCO2の形で除去される一方,ガス系に含まれるC,H,F等の寄与によりシリコン系材料層の表面では炭素系のポリマーが堆積してエッチング速度が低下し,シリコン系材料層に対する高選択比が得られる,等の理由にもとづいている。なお,上記のH2,O2等の添加ガスは選択比の制御を目的として用いられているものであり,それぞれF*発生量を低減もしくは増大させることができる。つまり,エッチング反応系の見掛け上のC/F比を制御する効果を有する。

d 【0007】

【発明が解決しようとする課題】従来提案されている鎖状不飽和フルオロカーボン系ガス,もしくは環状不飽和フルオロカーボン系ガスを使用する技術においては,これまでの説明からも明らかなように,十分な選択比を得るために実用上は他の添加ガスと併用することが必要となる。また,C6F6を使用する技術によると,これを開示した公報中でも言及されているとおり,C6F6単独でエッチングガスを構成することはできない。それは,C6F6単独ではプラズマ中に著しく多量のCFX+が発生し,炭素系ポリマーの重合が過度に促進されてエッチング反応が進行しないからである。そこで,このCFXの発生を抑制するために,あらゆるフルオロカーボン系ガスの中で最もC/F比の低いCF4を混合しているのである。したがって,環状の高次フルオロカーボン系ガスを使用するにしても,単独でも使用し得る化合物を選択した方が,エッチングの制御性や安定性を向上させる上で有利である。そこで本発明は,シリコン化合物層のドライエッチング・ガスとしては従来使用されていない環状の高次フルオロカーボン系ガスについて実用性を検討し,高速性,対下地選択性,対レジスト選択性,低汚染性,低ダメージ性に優れる新規なドライエッチング方法を提供することを目的とする。

e 【0021】さらに本発明では,エッチング中の被エッチング基板の温度を50℃以下に制御する。この温度制御は室温域でも,あるいは近年ドライエッチングの分野において注目されている低温エッチングのごとく0℃以下の温度域で行っても良い。通常,ドライエッチングの過程では冷却を特に行わなければ被エッチング基板の温度は200℃程度にも上昇する。しかし,温度を50℃以下に制御すれば,炭化水素系ガス等の堆積性ガスを使用しないかあるいはその使用量を極めて少なくしても,蒸気圧の低下により効率良く炭素系ポリマーを堆積させることができ,上述のように選択性を向上させることができる。

また,このことにより堆積性ガスの添加量を低減できるので,パーティクル汚染の虞れも少なくなる。

f 【0028】実施例3

本実施例は,本願の第2の発明をコンタクト・ホール加工に適用し,…C5F8(オクタフルオロシクロペンテン,別名フロン1418,C/F比=0.625)を使用して,酸化シリコンからなる層間絶縁膜をエッチングした例である。前述の実施例1と同様のウェハをマグネトロンRIE装置にセットし,C5F8流量50CCM,ガス圧2Pa,RFパワー密度1.5W/cm2,磁場強度150Gauss,ウェハ温度0℃の条件でエッチングを行った。ここで,C5F8の物性に関しては文献によりかなりの差異があるが,融点は約-40℃,沸点は約6℃であり,常温では気体の化合物である。このエッチングによっても良好な異方性形状を有するコンタクト・ホールが形成された。このときのエッチング速度は,C4F6を使用した場合(実施例2参照。)よりも増大した。これはC5F8の方がC4F6よりもC/F比が低いことと対応している。

g 【0037】

【発明の効果】本発明では分子構造の一部に環状部を有する飽和もしくは不飽和フルオロカーボン系化合物を使用することにより,高速エッチングが可能となる。しかも,化合物自身の炭素骨格によりある程度大きいC/F比を有するものであり,基本的にはC/F比を増大させるための添加ガスを使用しなくとも高選択比を達成することができる。したがって,エッチング反応の制御やエッチング装置の保守管理等が極めて容易となる。しかも,本発明では被エッチング基板温度が50℃以下に制御されるので,高異方性,低ダメージ性も併せて達成される。したがって,本発明は高性能,高集積度を有する半導体装置の製造に極めて有効である。

(イ) 上記(ア)の各記載によれば,乙1文献の実施例3に係る発明の課題は,①C5F8という適切な炭素とフッ素との比率を有する分子を選択することで,エッチング特性を調整するための追加ガスを不要とすること(以下「課題①」という。),②被エッチング基板の温度を50℃以下に制御することにより,炭化水素系ガス等の堆積性ガスを使用しないか又はその使用量を極めて少なくしても,エッチング時に保護したい部分に高分子が堆積することで,高異方性,低ダメージ性が達成されること(以下「課題②」という。),の2つであることを読み取ることができる。

(ウ) これらの課題のうち,課題①については,乙1文献に接した当業者であれば,シリコン酸化膜等をエッチングする性能の観点からはC5F8分子自体が持つ炭素(C)とフッ素(F)との比率が優れていることを読み取ることができることから,C5F8の分子構造自体で解決されていることになる。

他方,課題②については,上記(ア)eの記載を参酌すると,追加の課題であることが読み取れることから,乙1文献により,被エッチング基板の温度が50℃を超えても,C5F8に堆積性ガスを添加することで異方性が良好なエッチングが可能であることが示唆されているということができる。

そうすると,乙1文献には,C5F8をエッチングガスとして用いるドライエッチング方法一般が記載ないし示唆されているといってよい。

イ 本件発明1ないし3の特徴的部分

本件発明1ないし3の特徴的部分は,先行技術である乙1文献に記載ないし示唆されたソニー発明(上記ア)を踏まえると,C5F8によるドライエッチングが,①特別に冷却装置を強化することなく被エッチング基体の到達温度が60℃~250℃という高温の条件においてエッチング性能と生産性が高いこと(以下「特徴点①」という。),②C5F8は酸素又は酸素原子を含む新規な組合せにより高いエッチング性能を発揮し得ること(以下「特徴点②」という。),③高密度プラズマによるエッチングを行うこと(以下「特徴点③」という。)で実現されていることにあるということができる。

ウ 本件発明1ないし3に対する控訴人らの寄与

上記ア及びイに加え,前記前提事実等(第2の3)及び認定事実(上記第3の1)によれば,本件発明1ないし3は,EIAJプロジェクトによる性能評価の結果とこれを実際に実施した東京エレクトロン等の半導体製造メーカーの担当者から聴取した結果を,ソニー発明を回避するという観点から整理し,特許請求の範囲として構成されたものといってよいところ,本件発明1ないし3の特徴点①ないし③はいずれもEIAJのメンバーが見出したものであり,同プロジェクトの性能評価実験における条件の決定に関与しなかった控訴人らは,同プロジェクトとの関係では,オクタフルオロシクロペンテン等のガスを同プロジェクトに供給した後はその評価結果を待つのみであったといってよい。さらに,控訴人らは,オクタフルオロシクロペンテンの性能に関し,同プロジェクトの実験結果を受けてそのメカニズム等の解析といったことも行っていない(控訴人X2,控訴人X1)。

すなわち,本件発明1ないし3についての控訴人らの寄与は,ドライエッチングに用いられることがソニー発明により公知となっていたC5F8というエッチングガスを提供したということに尽きるのであって,特徴点①ないし③を見出すことにつき創作的に寄与したということはできない。

エ そうである以上,控訴人らにつき,いずれも本件発明1ないし3の共同発明者であると認めることはできない。

オ これに対し,控訴人らは,いずれも本件発明1ないし3の共同発明者である旨主張する。

まず,控訴人らは,「地球環境に良い」エッチングガスとしてC5F8を含むエッチングガスを用いることを想到したという点において,発明者性が認められると主張するが,エッチングガスとしてのC5F8は,ソニー発明等により(環境に良いという一般的性質も含めて)既に知られたものであったし,本件発明1ないし3が,C5F8の「地球環境によい」という性質をさらに増進させたわけでもない。結局,本件発明1ないし3の特徴的部分は,ソニー発明等の存在を踏まえると,あくまで環境負荷性とは関係のない特徴点①ないし③にあるのであって,そうである以上,上記のとおり,本件発明1ないし3についての控訴人らの寄与は,ドライエッチングに用いられることが公知であったC5F8というエッチングガスをEIAJプロジェクトに提供したことに尽きるというほかない。

また,本件発明1ないし3の特許出願に当たり控訴人らが共同発明者に含められた点や,控訴人らに出願時発明奨励金が支払われ,また最優秀発明賞が授与された点は控訴人らの主張するとおりであるが,出願の経緯に関しては,C5F8を半導体ドライエッチング用ガスとして新規なものと考えれば,これをEIAJプロジェクトに提供したことなどをもって控訴人らを共同発明者に含める余地があると思われるところ,実際にはその特許化を検討する過程でソニー発明の存在が判明したという経緯を踏まえると,厳密にはソニー発明の存在が判明した段階で発明者の認定判断につき再検討が必要となったものの,これが行われないまま特許出願に至ったものと合理的に推認される。出願時発明奨励金等の支払等に関しても同様である。このような事情を考慮すれば,控訴人ら主張の点は,発明者性を肯定するに足りるものということはできないし,出願時等には発明者性を肯定するような態度に出ながら,本訴においてはこれを否定するという本件における被控訴人の応訴態度をもって必ずしも信義則に反するものとまでいうこともできない。

その他,控訴人らが本件発明1ないし3への関与ないし創作的寄与と主張する点に関しては,原判決がその「事実及び理由」第3の2(2)ア及びイにおいて指摘するとおりであるから,同部分を引用する。

以上より,この点に関する控訴人らの主張は採用し得ない。

(4)  控訴人X1は本件発明4の単独発明者又は共同発明者といえるか

ア(ア) 本件発明4の特徴的部分については,原判決がその「事実及び理由」第3の2(3)イにおいて指摘するとおりであるから,同部分を引用する。

(イ) 控訴人X1は,●●●●●及び●●●●の各評価結果を踏まえ,本件発明4に係る特許出願につき「窒素と酸素を併せた含有量が200volppm以下かつ水分が20wtppm以下」,「オクタフルオロシクロペンテンを99.95vol%以上含有」であることを請求項の一部とする当初の案文(甲54)を作成し,その後,控訴人X2による修正意見(乙103の2)を踏まえたオクタフルオロシクロペンテンの純度「99.9容量%以上」への変更(乙103の1)にも異議を述べなかったことがうかがわれる。

そうすると,控訴人X1は,本件発明4-1及び4-2の特徴的部分である「オクタフルオロシクロペンテンの純度が99.9容量%以上であり,かつ残余の微量ガス成分として含まれる窒素ガスと酸素ガスの合計量が200容量ppm以下である」との部分及び当該部分に加え「水分含量が20重量ppm以下である」との部分の構成を定めた者ということができる。

他方,本件発明4の共同発明者とされるH,A及びBがこれらの部分に創作的に関与していたことをうかがわせる証拠はない。

(ウ) 本件発明4-3の特徴的部分は「オクタフルオロシクロペンテンを主成分とする反応粗生成物を0属の不活性ガス中で精留する」との部分,本件発明4-4のそれは「オクタフルオロシクロペンテンを主成分とする反応粗生成物を,純度99.9容量%以上に精留する第1工程,次いで残留する微量不純物を除去する第2工程」との部分であるが,これらの発明は,それにより本件発明4-1及び4-2のプラズマ反応用ガスを製造するものであるから,本件発明4-1及び4-2の特徴的部分も本件発明4-3及び4-4の特徴的部分であるといってよい。

もっとも,本件発明4-3及び4-4の各固有の特徴的部分は,それ自体としては本件発明4の特許出願当時公知ないし当業者にとって容易に想起し得るものであったことがうかがわれる(控訴人X1,証人A,証人B)から,本件発明4-3及び4-4各固有の特徴的部分への寄与は,本件発明4の発明者性を肯定する要素とはならない。

イ これらの事情及び本件発明4に至る経緯,更には,本件発明4について控訴人X1を共同発明者に含めた出願がされ,かつ,控訴人X1に対し,本件発明4につき出願者奨励金が支払われ,最優秀発明賞が授与されていることを総合的に考慮すると,本件発明4については,控訴人X1が単独発明者であると認められる。

ウ これに対し,被控訴人は,控訴人X1は単独発明者でも共同発明者でもない旨主張する。

しかし,被控訴人の指摘する事情のうち特許出願当時の慣行については,仮に被控訴人の指摘に係る事情が本件発明4の特許出願当時に存在していたとしても,上記認定を左右する事情とは必ずしもいえないし,その点は措くとしても,控訴人X1の発明に対する実質的関与が認められることは既に説示したとおりである。

また,被控訴人は,本件発明4-1及び4-2の特徴的部分に係る課題は被控訴人の外部からもたらされ,又はその要請を受けてEにより具体化された旨指摘するところ,確かに,従来使用してきたガスのスペックとして●●●●●から示されたスペックを踏まえてC5F8のドライエッチング用ガス(ゼオローラ)の規格を提案したのはEであるけれども,これは,「ZFL-58規格(案)」(乙34)という表題が示すとおり,飽くまでもユーザーによる受入れの可能性の観点から示された製品規格と見るべきものであって,本件発明4の構成を示すものではないから,本件発明4の特許出願に直接的につながるものではない。

その他被控訴人のるる指摘する事情を考慮しても,この点に関する被控訴人の主張は採用し得ない。

3  争点(2)(特許を受ける権利の譲渡の相当の対価の額)について

(1)  被控訴人が本件製品の製造,販売に当たり本件発明4を自ら実施していること,被控訴人が本件発明4につき他社に実施許諾したことがないことは,いずれも当事者間に争いがない。

(2)  相当の対価の額の算定方法

ア 旧法35条4項は,同条3項の相当対価の額につき,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めるべきこととしているが,「発明により使用者等が受けるべき利益」とは,使用者等が「受けた利益」そのものではなく「受けるべき利益」であるから,使用者等が職務発明についての特許を受ける権利を承継した時に客観的に見込まれる利益をいうものと解される。ところで,使用者等は,特許を受ける権利を承継せずに,従業者等が特許を受けた場合であっても,その特許権について無償の通常実施権を有する(特許法35条1項)ことに照らすと,「発明により使用者等が受けるべき利益」は,このような法定通常実施権を行使し得ることにより受けられる利益は含まず,使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継し,当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することによって受けることが客観的に見込まれる利益,すなわち「独占の利益」をいうものと解される。

また,特許を受ける権利の承継の時点では,将来特許を受けることができるかどうか自体が不確実であり,その発明により将来いかなる利益を得ることができるのかを具体的に予測することは困難であることなどに照らすと,発明の実施又は実施許諾による使用者等の利益の有無やその額等,特許を受ける権利の承継後の事情についても,その承継の時点において客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とすることができると解される。

そして,使用者等が,第三者に当該発明を実施許諾することなく自ら実施(自己実施)している場合には,特許権が存在することにより第三者に当該発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が得ることができた利益,すなわち,特許権に基づく第三者に対する禁止権の効果として,使用者等の自己実施による売上高のうち,当該特許権を使用者等に承継させずに,自ら特許を受けた従業者等が第三者に当該発明を実施許諾していたと想定した場合に予想される使用者等の売上高を超える部分(超過売上高)について得ることができたものと見込まれる利益(超過利益)が「独占の利益」に該当するものというべきである。この「超過利益」の額は,従業者等が第三者に当該発明の実施許諾をしていたと想定した場合に得られる実施料相当額を下回るものではないと考えられることから,超過売上高に当該実施料率(仮想実施料率)を乗じて超過利益を算定する方法にも合理性があるものと解される。

したがって,本件においては,超過売上高を認定し,その部分に係る超過利益(独占の利益)をもって「その発明により使用者等が受けるべき利益」とし,これと被控訴人の貢献の程度(「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」)を考慮して相当対価の額を算定することとする。

イ これに対し,控訴人X1は,主位的主張として,本件製品に係る売上高から変動費を控除して求められる本件製品の利益率から被控訴人における通常の利益率を控除した本件製品に係る超過利益率を売上高に乗ずることにより求められる額をもって被控訴人が受ける独占的利益とし,これから被控訴人の貢献分を控除したものが控訴人X1の受けるべき相当対価の額である旨主張する。

しかし,製品ごとの利益率は,その原材料や販売管理の方法のほか,全体的な製造販売戦略といったその時々の使用者等の事業方針等も含む種々の要素に左右されるものであって,本件製品に係る利益率と被控訴人における通常の利益率との差をもって直ちに全て特許によるものであると見ることの合理性は乏しいというべきである。

したがって,この点に関する控訴人X1の主張は採用し得ない。

(3)  本件発明4に係る被控訴人の独占の利益

ア 本件製品の売上高

(ア) 本件発明4の出願公開がされた平成12年度から平成26年度までの本件製品の売上高が以下のとおりであることについては,当事者間に争いがない。

平成12年度  ●●●●●●●●

平成13年度  ●●●●●●●●

平成14年度  ●●●●●●●●

平成15年度 ●●●●●●●●●

平成16年度 ●●●●●●●●●

平成17年度 ●●●●●●●●●

平成18年度 ●●●●●●●●●

平成19年度 ●●●●●●●●●

平成20年度 ●●●●●●●●●

平成21年度 ●●●●●●●●●

平成22年度 ●●●●●●●●●

平成23年度 ●●●●●●●●●

平成24年度 ●●●●●●●●●

平成25年度 ●●●●●●●●●

平成26年度 ●●●●●●●●●

(イ) 平成27年度から本件発明4に係る特許権が満了する平成31年度までの本件製品の売上高(予測値)については,証拠(乙201)によれば,以下のとおりと見るのが相当である。

平成27年度  ●●●●●●●●

平成28年度  ●●●●●●●●

平成29年度  ●●●●●●●●

平成30年度  ●●●●●●●●

平成31年度  ●●●●●●●●

(ウ) これに対し,控訴人X1は,本件製品に係る売上高及び販売数量が増減を繰り返していることなどを指摘して,平成26年度の数字が翌年度以降も維持されると考えるのが合理的である旨主張するところ,証拠(乙201)によれば,確かに本件製品の売上高及び販売数量が増減を繰り返していることは認められるものの,これらの推移の全体的な傾向に加え,トン当たり販売価格が平成21年度以降下落を続けていることなどに鑑みると,売上高及び販売数量のいずれも平成17年度をピークとし,以後平成26年度まで漸減傾向にあることは明らかといってよい。この傾向は売上高に係る上記認定と整合的であって,平成26年度の売上高が翌年度以降も維持されると考えることの合理性は乏しいというべきである。

したがって,この点に関する控訴人X1の主張は採用し得ない。

イ 超過売上高

(ア) 上記売上高のうち,超過売上高を求めるにあたっては,法定通常実施権実施分として通常は50ないし60%程度の減額をすべきであるところ,C5F8半導体製造用エッチングガスとしては本件製品が100%の世界シェアを有していること(甲81の1及び2,弁論の全趣旨),本件製品は,競合製品としてC4F6エッチングガスが存在するところ,「性能面で両者に明確な差はないが,C4F6はサプライヤーが複数存在することや,競争により価格が安価になったことから,ユーザーはC5F8からC4F6へとガス種の移行を進めている。」といった市場動向の分析(「2013年 半導体材料市場とアジア戦略」。甲109)にもかかわらず,前記のとおり,漸減傾向にあるとはいえなお相応の規模の販売実績を上げていることなど諸般の事情を総合的に考慮すると,本件製品に本件発明4に係る特許権を実施したことによる超過売上高は,売上高の50%と見るのが相当である。

(イ) これに対し,控訴人X1は少なくとも本件製品の売上げの90%は本件発明4に係る特許権の抑止力によるものである旨主張するけれども,被控訴人がフッ素化技術及びドライエッチングガスの技術,設備等を従前有していなかったことなどをもって直ちに,本件発明4に係る特許権なくしては10%程度しか本件製品のシェアを維持できないなどと見る合理的な根拠はない。

(ウ) 他方,被控訴人は,そもそも本件発明4-1及び4-2につき新規性又は進歩性を欠き特許性がない旨や,被控訴人が本件発明4に係る特許の実施許諾を行った場合に他社に奪われる売上げは皆無か,仮にあっても売上高の10%を上回るものではない旨などを主張する。

しかし,前者については,被控訴人は,平成24年12月26日付け被告第1準備書面において本件発明4-1及び4-2につき「発明の新規性及び進歩性の観点から無効理由を有するとされる恐れを多分に含んでいるものであって,特許権としては非常に弱いと評価されるべきものである。」と主張し,平成25年5月10日付け被告第2準備書面では「本件発明4-1及び4-2には新規性又は進歩性に欠けるという明白な無効理由が存在し,これらによる相当対価請求権が発生することはない。」,「本件発明4-1及び4-2に無効理由が存在することは競業他社にとって明白であった」などと更に踏み込んだ主張をする一方で,その間の平成25年2月には,本件発明4に係る特許につき4年分の特許料を納付した(甲95)という経過があるところ,このような言動が相矛盾することは明らかであるから,この点に関する被控訴人の主張は信義則上許されないというべきである。

他方,後者については,本件製品の販売実績に鑑みれば,これもそのように見る合理的な根拠はないというべきである。

(エ) その他控訴人X1,被控訴人がるる主張する点を考慮しても,この点に関する控訴人X1,被控訴人いずれの主張も裏付けを欠き合理性に乏しいものであることは明らかであって,採用し得ない。

ウ 超過利益

(ア) 仮想実施料率

証拠(乙129,130,202)によれば,被控訴人が工業技術院に対し支払うべき本件発明1ないし3(本件発明4と同じ技術分野に属するものである。)の実施料は本件製品の売上げの●●●●●とされたこと,その算定は,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」であること,本件発明4に係る特許の属する技術分野における実施料率は,最大値9.5%,最小値0.5%,平均2.9%であることがそれぞれ認められる。これらの事情に加え,本件発明4の内容等諸般の事情を総合的に考慮すると,本件発明4に係る特許を第三者に許諾したと想定した場合の仮想実施料率は,上記平均値(2.9%)とするのが相当である。

これに対し,控訴人X1は仮想実施料率は80%を下回ることはない旨主張し,他方,被控訴人は,本件発明4につき他社から実施料が支払われるものではないが,仮に支払われるとしてもせいぜい1%にとどまる旨主張するけれども,いずれも裏付けを欠き合理性に乏しいものであることは明らかであって,採用し得ない。

(イ) 本件発明4に係る特許出願は,平成12年11月30日出願公開,平成22年4月16日特許登録という経過をたどったところ,特許出願中の権利も,出願公開後は所定の要件を満たせば補償金請求権が認められるなど,一定の独占力が認められること,しかしその独占力の程度は特許登録後に比して弱いと見られることに鑑みると,この間の仮想実施料率は,特許登録後の半分,すなわち本件では1.45%とするのが相当である。これに反する控訴人X1の主張は採用し得ない。

(ウ) 小括

以上を踏まえると,本件発明4に係る特許権による超過利益は,以下のとおりとなる。

a 平成12年11月30日(出願公開の日)から平成22年4月15日(特許登録の日の前日)までの間  ●●●●●●●●●●●●

b 平成22年4月16日(特許登録の日)から平成24年3月31日までの間                ●●●●●●●●●●

c 平成24年度             ●●●●●●●●●●

d 平成25年度             ●●●●●●●●●●

e 平成26年度             ●●●●●●●●●●

f 平成27年度             ●●●●●●●●●●

g 平成28年度             ●●●●●●●●●●

h 平成29年度             ●●●●●●●●●●

i 平成30年度             ●●●●●●●●●●

j 平成31年度(平成31年5月24日まで)●●●●●●●●●

(4)  本件発明4に対する被控訴人の貢献の程度

ア 前記認定に係る本件発明4に至る経緯を踏まえると,本件発明4は,控訴人X1の単独発明であるとはいえ,本件製品の事業化に向けた被控訴人の取組の一環として,●●●●●からスペックの示唆を受けるとともに同社及び●●●●にサンプルを提供し,その評価結果等を踏まえてEが本件製品の規格を提案したといった経過を背景とし,本件チームのメンバーとして関連する情報を共有していた控訴人X1が本件発明4をなすに至ったと見るのが実態に適すると思われる。

また,被控訴人は,本件製品の事業化に向けたプロセスにおいて,戦略的な特許出願を含め,関連部署が横断的に関与して積極的に事業化を推進していたことがうかがわれるところ(甲5,89,90,93,弁論の全趣旨),控訴人X1も,研究開発部門である合成研究室長として同プロセスに関与し,その職責を遂行していたことに鑑みると,本件発明4をなした点を除けば,特許出願の関係も含め本件製品の事業化に対する控訴人X1の関与は,いわば被控訴人の従業員としてなすべき職務を遂行したものというべきであって,本件発明4に対する貢献という観点からはむしろ被控訴人の貢献と見るべき要素として把握される。

これらの事情をはじめ,前記認定に係る本件各発明に至る経緯等を考慮すると,本件発明4についての被控訴人の貢献の程度は95%,控訴人X1の貢献の程度は5%と見るのが相当である。

イ これに対し,控訴人X1は,本件発明4における被控訴人の貢献の程度は80%を超えるものではない旨などを主張するけれども,本件発明4は,本件製品の事業化に向けた被控訴人の取組の中で行われたものであって,被控訴人の貢献は大きいと思われることなど発明に至る経緯の実態とは適合しない主張というべきである。その他るる指摘する事情を考慮しても,この点に関する控訴人X1の主張は採用し得ない。

ウ 他方,被控訴人は,本件発明4に関する被控訴人の貢献の程度は99%を下回ることはない旨などを主張するけれども,前記のとおり,現に被控訴人自身本件発明4に係る特許権につき特許料を納付して維持していることなどに鑑みると,その他るる指摘する事情も含め,この点に関する被控訴人の主張は採用し得ない。

(5)  中間利息の控除

前記のとおり,「発明により使用者等が受けるべき利益」とは,使用者等が職務発明についての特許を受ける権利を承継した時に客観的に見込まれる利益をいうものと解されるが,発明の実施又は実施許諾による使用者等の利益の有無やその額等,特許を受ける権利の承継後の事情についても,その承継の時点において客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とし得ると解される。

本件において,本件発明4に係る特許を受ける権利が控訴人X1から被控訴人に承継された時点は必ずしも明らかでないが,被控訴人の従業員発明取扱規程等に鑑みれば,遅くとも本件発明4に係る特許出願がされる(平成11年5月24日)までには承継されたものと見られる。

もっとも,前記従業員発明取扱規程等によっても,控訴人X1が被控訴人に対し相当対価請求をし得る時期すなわち履行期は必ずしも定かでなく,また,控訴人X1は,上記履行期に関する主張立証をせず,他方で,被控訴人に対し平成24年3月21日に相当対価の支払を請求したことを踏まえ,本件においては同月22日以降の遅延損害金の支払を請求し,被控訴人は,これを前提として,同月21日時点を基準とした中間利息の控除を主張している。

そこで,本件においては,同時点を基準とし,それ以降の部分の超過利益に対応する相当対価の算定に当たっては中間利息を控除することとする(利率は年5分とする。)。

また,中間利息の控除に当たっては,各年の中間の時期にその年の利益が得られたものであるとして,年を単位に控除することが相当であるから,平成23年度分(平成24年3月31日までの分)の利益については控除せず,平成24年度分以降の利益につき,平成23年からの年数に応じて控除することが相当である。

(6)  相当の対価の額及び既払金額の控除

以上を踏まえて算定すると,別紙3のとおり,本件発明4に関する特許を受ける権利の承継の相当の対価の額は合計●●●●●●●●●●となるところ,被控訴人は,控訴人X1に対し既に●●●●●●●●の支払をしたことから,これを控除すると残額は1119万9752円となる。

したがって,控訴人X1は,被控訴人に対し,本件発明4に係る相当対価として1119万9752円及びこれに対する平成24年3月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求権を有する。

4  よって,控訴人X1の請求は上記の限度で正当であり,これを認めなかった原判決はその限りで失当であるから,これを変更して上記の限度で控訴人X1の請求を認容し,他方,控訴人X2の請求を棄却した原判決は相当であり,控訴人X2の控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 杉浦正樹 裁判官 寺田利彦)

(別紙1ないし3は省略)

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