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知財高等裁判所 平成27年(ネ)10063号 判決 2016年3月31日

控訴人

東洋エンタープライズ株式会社

同訴訟代理人弁護士

伊藤真

平井佑希

同補佐人弁理士

野原利雄

被控訴人

株式会社インディアンモトサイクルカンパニージャパン

同訴訟代理人弁護士

吉原省三

小松勉

三輪拓也

市川静代

上田敏成

同補佐人弁理士

吉水容世

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,原判決別紙被告商品目録記載の商品(カットソー,シャツ,ジャケット,ボトムス。以下併せて「被控訴人商品」という。)又はその包装に原判決別紙被告標章目録記載1及び2の各標章(同1の標章を「被控訴人標章1」,同2の標章を「被控訴人標章2」といい,併せて「被控訴人各標章」という。)を付してはならない。

3  被控訴人は,被控訴人商品又はその包装に被控訴人各標章を付した商品を販売し,引渡し,販売若しくは引渡しのために展示してはならない。

4  被控訴人は,被控訴人商品に関する広告に被控訴人各標章を付して展示し,頒布し又は電磁的方法により提供してはならない。

5  被控訴人は,その占有に係る被控訴人商品若しくはその包装に被控訴人各標章を付した商品及び被控訴人各標章を付した被控訴人商品に関する広告を廃棄せよ。

6  被控訴人は,控訴人に対し,5000万円及びこれに対する平成25年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,後記本件各商標権を有する控訴人が,これらの各商標権に係る各商標に類似する被控訴人各標章を付して被控訴人商品を販売等する被控訴人の行為により,本件各商標権を侵害されたと主張して,被控訴人に対し,商標法36条1項,2項に基づき,被控訴人商品又はその包装への被控訴人各標章の使用の差止め並びに被控訴人商品等の廃棄を求めるとともに,民法709条に基づき,一部請求として損害賠償金5000万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年6月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したため,原判決を不服として,控訴人が本件控訴をした。

2  前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の第2の1及び3並びに第3に摘示のとおりであるから,これを引用する(ただし,引用する原判決中において「原告」とあるのは「控訴人」と,「被告」とあるのは「被控訴人」と,「別紙」とあるのは「原判決別紙」と,それぞれ読み替えるものとする。以下,原判決を引用する場合について同じ。)。

(原判決の訂正)

(1) 原判決3頁20行目の「(以下「被告商品」という。)」及び4頁1行目の「(前同1」から2行目の「という。)」までを削る。

(2) 原判決12頁5行目の冒頭から同頁6行目末尾までを,「また,平成6年には,被控訴人は,「Indian」ロゴや「file_2.jpgSulanduneandieas」(以下,「『Indian/Motocycle』商標」という。)を付したTシャツ,スウェットシャツ,帽子,」と改める。

(3) 原判決15頁13行目の「2(1)ツ」を「2(1)チ」と改める。

第3当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人の被控訴人に対する本件各商標権の行使は権利の濫用に当たり,控訴人の本件請求には理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  争点(1)(本件各商標と被控訴人各標章の類否)について

本件各商標は,いずれも被控訴人標章1及び2と類似すると認められる。その理由は,原判決の「事実及び理由」第4の1(1)ないし(5)に判示のとおりであるから(ただし,原判決22頁12行目ないし13行目の「相当」を削り,29頁2行目の「2(1)ウ」を「2(1)ク」と改める。),これを引用する。

2  争点(2)(権利の濫用の成否)について

(1)  本件に至る経緯

認定事実については,以下のとおり訂正するほか,原判決の「事実及び理由」第4の2(1)に判示のとおりであるから,これを引用する(ただし,引用に係る原判決中「当庁」とあるのは「東京地方裁判所」と読み替える。)。

(原判決の訂正)

ア 原判決31頁13行目の「A」を「A₁(以下「A」という。)」と改め,同頁15行目の「当時の」の次に「上記(ア)の商標に係る」を加え,同頁17行目の「受けた。」の次に「Aは,」を加え,同頁18行目の「譲渡した」の次に「(なお,同商標権は,その直後の同年6月に新インディアン社からコネティカット州所在のINDIAN MOTOCYCLE MANUFACTURING COMPANY,INCに譲渡されているが,その名称や連絡先の変更がないことなどからして,新インディアン社の関連会社と推認される。)」を加える。

イ 原判決31頁23行目の「529」を「527,528」に改め,同頁24行目の「米国」から32頁1行目末尾までを次のとおり改める。

「A及びBは,平成3年6月,上記(エ)の第42類及び第18類についての出願を放棄し(乙522,524),平成4年7月及び9月,新インディアン社に第25類についての商標出願に係る権利を譲渡した(乙528。なお,第25類についての商標は,平成14年10月29日に登録された。)。」

ウ 原判決32頁19行目の「制作」から「それらを」までを削り,33頁8行目の末尾に行を改めて,次のとおり加える。

「トリニティ社の本件商標2とほぼ同一の上記標章(乙464の1の3枚目のIS104,IS104A)については,控訴人が指摘する旧インディアン社の書籍記載のロゴ(甲42の38頁)と比較しても,頭部の髪の表現の仕方,図形の全体形状(下部の四角形)や配置された英文字などが相違し,他に本件商標2と同一の標章を旧インディアン社が使用していた証拠は見当たらないことからすれば,トリニティ社の上記標章は,トリニティ社が旧インディアン社の標章をもとに独自に制作して,使用していたものと推認される。」

エ 原判決34頁13行目冒頭から同頁14行目末尾までを削る。

オ 原判決34頁19行目の「した。」の次に「これらの商品のうち「Indian」ロゴの入った商品は,控訴人が米国のトリニティ社から試験的に輸入,販売したものであり(弁論の全趣旨),」を加える。

カ 原判決37頁2行目の「乙12,26,27」を「甲26の2,乙12,25ないし27,36」と改める。

キ 原判決41頁11行目の「乙9」の次に「,560」を加える。

ク 原判決42頁18行目の「工場建設用」から19行目の「ものの,」までを削る。

ケ 原判決45頁18行目の末尾に「〔甲54,顕著な事実〕」を加える。

コ 原判決47頁13行目の「第140265号」を「第14026号」に,同頁15行目の「言い渡し,」を「言い渡した。」にそれぞれ改め,同頁16行目の「東京高裁は,」の次に,次のとおり加える。

「控訴人の控訴人片仮名商標の取得目的,使用態様,控訴人片仮名商標に係る商標権に対する実質的な侵害の不存在など本件の事実関係からすれば,控訴人は,控訴人片仮名商標そのものを直接使用することよりも,これと類似範囲の商標使用に対し禁止権を行使できる地位を取得することを意図して,同商標の商標登録を取得した上で,同商標自体を積極的には使用することなく,被控訴人と同様,正当な権原がないのに,旧インディアン社の商品と誤認させるような商標使用を行っているものであり,控訴人片仮名商標それ自体による信用が実質的に害されているわけではないのに,それと類似する範囲に属する商標の使用であることを理由に,控訴人が,被控訴人に対し,控訴人片仮名商標に係る商標権に基づいて禁止権を行使し,同商標権侵害による損害賠償請求を行使することは,同商標権の濫用に当たるものとして許されないというべきである,と判断して」

サ 原判決48頁1行目冒頭から5行目末尾までを削る。

(2)  検討

上記(1)の認定事実に基づいて,被控訴人の権利濫用の主張について検討する。

ア 控訴人の本件各商標の商標登録の目的について

(ア) 上記(1)によれば,「Indian」ロゴは,もともと米国において旧インディアン社が使用していたものであるが,昭和34年に旧インディアン社が解散した後,旧インディアン社とは無関係の者により昭和46年に商標登録(指定商品:自動車)されたものであること,Aは,旧インディアン社解散から30年以上の時を経た平成2年になって,当時米国において有効に存在した上記商標登録に係る商標権を取得して新インディアン社を設立し,同ロゴに係る商標登録出願(指定商品:被服)に関する権利も有していたこと,新インディアン社は,同年11月,トリニティ社に対して米国において商標「Indian」を使用する非独占的使用権を設定したこと,トリニティ社は同権利に基づいて同商標に関する標章を自社の衣服等の商品に付して販売していたこと,控訴人は,平成3年秋頃,これらの標章を付したトリニティ社の衣料品を我が国に輸入,販売した者であるところ,平成6年9月21日,トリニティ社に無断で,トリニティ社の上記標章と酷似した本件各商標(特に,本件商標2は,トリニティ社の制作した標章〔乙464の1の3枚目のIS104,IS104A〕とほぼ同一である。)を,我が国で商標登録出願し,その後,本件各商標につき商標登録を受けたことが認められる。

(イ) そして,本件各商標が登録された平成6年9月当時の我が国における状況をみると,Cが,平成3年12月にAとの間で新インディアン社からインディアンブランドに関する日本における全ての権利を譲り受ける旨の契約を締結して,平成5年1月にAとともに記者会見を行い,日本におけるインディアンブランドの衣服の販売計画について発表し,同年6月に被控訴人を設立したこと,同年7月には,被控訴人が新インディアン社からインディアンブランドの輸入販売を行い,日本国内でインディアンブランドのライセンス事業等を行う予定であることや具体的なヘッドドレスロゴ(本件商標1の図形部分を白黒反転させたほぼ同一の図形。「Indian」ロゴも含まれている。)がアパレル業界の業界紙で報道されたこと,平成6年9月までの間に刊行された一般の消費者向けの雑誌や月刊広報誌においても,インディアンブランドの商品が我が国で販売されることや「Indian」ロゴ及びヘッドドレスロゴを表示した広告が繰り返し掲載され,同年秋冬頃からは,具体的な販売数量は不明ではあるものの,これらのロゴを付した被控訴人のジャケットやTシャツ等のセレクトショップでの販売や被控訴人からサブライセンスを受けたマルヨシのバッグの販売が開始されていたことが認められる。

上記のような状況からすれば,控訴人は,衣料品の製作,販売等を目的とする会社であり,平成3年頃にはインディアンブランドに強い関心を有し,米国における「Indian」商標の権利者の調査もしていたものであり(この点は控訴人が自認するところである。),本件各商標の登録出願(平成6年9月21日)の時点で,自社が米国から輸入販売したトリニティ社の商品の標章が,新インディアン社の使用許諾に基づいて使用ないし制作されていたものであること,我が国においては被控訴人がその新インディアン社から「Indian」商標に関する権利を取得して,インディアンブランドの輸入販売やライセンス事業を行う旨を公表して,既に「Indian」商標やヘッドドレスロゴを使用した事業展開が開始され,宣伝広告等が繰り返し行われていたことを当然に認識していたというべきである。

(ウ) 一方で,控訴人自身は,平成3年秋頃のトリニティ社の商品の試験的な輸入,販売以外には,インディアンブランドの事業を展開し始めたのは,本件各商標の登録出願後の平成7年以降になってからであるところ(カナダインディアン社との業務提携も平成7年以降である。),その際も,被控訴人と同じ「Indian」ロゴを主たる構成部分とする商標を使用しているだけで,本件各商標と同一の商標は使用しておらず,結局,本件各商標の出願登録前後を通じて,現在に至るまで,本件各商標と同一の商標を使用したことを認めるに足りる証拠はない。また,控訴人は,平成7年以降のカナダインディアン社の商品の販売のための宣伝広告に際しては,自らとは関わりがない旧インディアン社と関連する商品であることを強調していたこと,さらに,宣伝広告の中には,「これまでビームスなどでも扱っていたが」と我が国でも先行してインディアンブランドの展開が始まっていることを示唆しつつも,そのブランド展開を日本において本格的に行うのはあたかも控訴人が初めてであることを強調するものであったこと,その後も,被控訴人のライセンシーである西澤社において「Indian」ロゴを付したレザージャケットの製造・販売を開始すると,その後に控訴人が「Indian」ロゴを主たる構成部分とする商標が付されたレザージャケットの販売や宣伝広告を始めていたことが認められる。

(エ) 上記(ア)ないし(ウ)のとおりの控訴人の本件各商標の登録出願の経緯,出願当時の認識及び本件各商標の使用状況ないし控訴人の宣伝広告等の内容を総合考慮すると,控訴人による本件各商標の商標登録出願は,控訴人が,平成3年頃から旧インディアン社によるインディアンブランドの潜在的周知性に着目し,旧インディアン社と控訴人とは関わりがないにもかかわらず,同社との関連性を強調して我が国でインディアン関連商品の販売をすることを意図し,被控訴人がその頃我が国で先行してインディアンブランド事業を開始しているのをみて,自らもそのような被控訴人の事業展開や宣伝広告に便乗するとともに,被控訴人による事業展開を妨げる目的で行われたものであると認めるのが相当である。

イ 本件各商標に化体された信用性について

前記のとおり,控訴人は,本件各商標についてこれと同一の商標を商品や宣伝広告に使用したことは全くないのであるから,そもそも本件各商標自体には,控訴人の独自の信用が化体されているとはいえない。また,前記のとおり,控訴人は,「Indian」ロゴや本件商標2と類似するカナダインディアン社の商標を使用した商品を販売していたが,これらについても,自らとは関わりがない旧インディアン社との関係を強調した宣伝広告を行っていたものである。控訴人のこのような商標の使用は,自己の商品に係る業務について,旧インディアン社の承継人ないしはライセンシーの業務であるかのような混同を生じさせるものであり,商標法が商標の出所表示機能を保護するものであることからすれば,同法上,このような商標の出所表示機能は本来保護されるべき性質のものとはいい難く,このような商標の使用によって形成された控訴人の信用は,控訴人独自のものとはいえず,本件各商標と類似した商標が使用されることによって,本件各商標の出所表示機能が実質的に害されるものとはいえない。

ウ 控訴人片仮名商標に基づく侵害訴訟との関係について

さらに,本件各商標は,前記1のとおり,被控訴人標章1と類似するものであるところ,そもそも被控訴人の代表者であるCは,被控訴人標章1(Indian/Motocycle商標)と同一の商標について,本件各商標の登録出願(平成6年9月21日)よりも先立つ平成4年2月6日の時点で,商標登録出願をしていたものであり,被控訴人は,平成7年9月29日に被控訴人標章1に係る商標登録がされた後,その商標権を譲り受けていたものである。

そして,同商標登録は,控訴人が請求した無効審判において,控訴人片仮名商標と類似し,商標法4条1項11号に違反することを理由として無効審決がされ,平成14年12月27日,同審決を維持する内容の東京高等裁判所の判決がされ,平成15年6月12日に同審決は確定したため,遡及的に無効となったものであるけれども,一方で,同時期に係属していた,控訴人の被控訴人に対する控訴人片仮名商標に係る商標権に基づく商標権侵害差止等請求訴訟においては,同年12月26日,控訴人が被控訴人らに対して同商標権に基づいて禁止権を行使することは,商標権の濫用に当たるものとして許されないとの一審判決が言い渡され,さらに,平成16年12月21日,前記イと同様の理由により,控訴人片仮名商標に係る商標権の行使が権利の濫用であるとして,その控訴を棄却する控訴審判決がされ,同判決が確定したものである。

そうすると,本件片仮名商標は,これに係る商標登録自体は有効であるものの(なお,控訴人片仮名商標に係る商標登録が商標法4条1項7号に違反するとして被控訴人が請求した無効審判については,上記侵害訴訟の控訴審判決とほぼ同時期である平成16月12月8日に,同号違反を否定する審決を維持する内容の判決が,同控訴審判決とは別の裁判体によってされた。),その商標権は,被控訴人に対しては行使できないものであるところ,仮に控訴人片仮名商標に係る商標登録がされなければ,商標法4条1項11号違反を理由として被控訴人標章1に係る商標登録が無効とされることはなく(なお,被控訴人標章1についての商標法4条1項7号違反を理由とする無効理由は,別の審決取消訴訟において理由がないものと判断されている。),むしろ,被控訴人標章1よりも後願である本件各商標(被控訴人標章1と類似する。)についての商標登録の方が認められなかったはずであり,また,被控訴人標章2(「Indian」ロゴ商標)も,本件各商標と類似しているとして,商標法8条1項違反を理由として無効審決が維持されたものであるから,同様に,控訴人片仮名商標に係る商標登録がなければ,無効とされることはなかったはずのものである。

そうすると,被控訴人と控訴人との間では,控訴人片仮名商標に係る商標権に基づく権利行使が許されないとの判決が確定しているにもかかわらず,控訴人片仮名商標が登録されていることを唯一の理由として商標登録が無効とされた商標と同一の標章である被控訴人標章1及び2について,被控訴人標章1よりも後に出願された本件各商標との類似性を理由として本件各商標権に基づく権利行使を認めることは不合理である。

エ 以上のとおり,①控訴人は,控訴人とは関わりがない旧インディアン社との関連性を強調して我が国でインディアンブランドの関連商品の販売をすることを意図し,トリニティ社の標章を剽窃して,トリニティ社のライセンサーである新インディアン社からインディアンブランドに関する権利の譲渡を受けた被控訴人の我が国における事業展開を妨げるなどの目的(前記ア(エ)のとおり)で本件各商標の商標登録出願を行ったものであること,②控訴人は,旧インディアン社とは無関係であるのにその承継人ないしそのライセンシーの業務であるかのような混同を生じさせる態様で,「Indian」ロゴや本件商標2と類似する商標を使用しているものであり,本件各商標には,商標法が商標の出所表示機能を保護するものであることなどからすれば,同法上保護されるべき控訴人の独自の信用が化体されているとはいえず,本件各商標と類似した商標が使用されることによって,本件各商標の出所表示機能が実質的に害されるとはいえないこと(前記イ),③被控訴人各標章についての商標登録の無効理由となった控訴人片仮名商標については,被控訴人との関係では,商標権の行使が権利の濫用であるとの司法判断が既に確定していること(前記ウ)などを総合考慮すると,控訴人による本件各商標権の行使は,少なくとも,被控訴人に対する関係では,商標法1条及び民法1条3項に照らし,権利の濫用として許されないというべきである。

したがって,被控訴人の権利の濫用の抗弁には理由がある。

(3)  控訴人の主張について

ア 控訴人は,本件各商標の無効請求不成立審決に対する審決取消請求事件等の知的財産高等裁判所平成21年2月25日判決(甲19。以下「別件判決」という。)においては,本件各商標の商標登録出願をもって,被控訴人の業務の遂行を阻止し業務を妨害する意図でされたものということはできない,と認定され,同判決は確定しているところ,本件において,控訴人が本件各商標権の商標登録出願を被控訴人による事業展開を妨げる目的で行ったとの認定をすることは,上記確定判決の認定に反する,被控訴人がそのような確定判決の認定と異なる主張を行うことは,紛争の蒸返しにほかならず,訴訟上の信義則に反し許されず,またかかる違法な被控訴人の主張に沿った認定を行うことも許されない,と主張する。

しかし,上記審決取消請求事件等においては,本件各商標についての商標法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗違反)該当性が争われていたものであり,同判決は,控訴人による本件各商標の出願が同号に該当しないことを判断したものにすぎない。

そして,商標登録自体が公の秩序に反する妨害行為に当たるとまではいえず,当該登録が無効といえない場合であっても,特定の者との間で商標権の行使が権利の濫用となる場合があることはいうまでもなく,被控訴人は,本件においては,商標権の行使が濫用となるとの抗弁の一要素として,控訴人の当時の主観的意図を主張しているものであること,別件判決においては,本件各商標がトリニティ社の使用標章を剽窃したものであることは認定されていないことなどからすれば,別件判決を考慮しても,被控訴人の主張が信義則に反し,違法であるとまでは認められない。したがって,控訴人の主張は理由がない。

なお,控訴人は,別件判決において,本件各商標の登録出願は自由競争の範囲内であると判断されたのに,本件各商標権の行使が認められないのであれば,別件判決を否定するに等しいなどとも主張する。しかし,他国の著名商標についての正当な権利者がもはや存在しなくなったかどうかについては,各国の法制度とその事実関係を精査した上で判断しなければならないことである。また,そのような正当な権利者が存在しない場合には,我が国で誰が商標を取得するかは,本来いわば自由競争の範囲内の行為であるということができ,したがって,控訴人の本件片仮名商標及び本件各商標に係る商標登録も,自由競争の範囲内のものとして適法であるとしても,そのことは,商標の出所表示機能を保護する商標法の趣旨からすれば,自らと関係がない旧インディアン社との関わりがあるかのように装って当該商標を使用することまでも許容するものではないし,前記(2)エの①ないし③のような事情を考慮して,特定の者に対して権利の行使が制限される場合があることを否定するものではない。

したがって,控訴人の主張は理由がない。

イ 控訴人は,米国や日本における報道等から,被控訴人による事業展開が取引者及び需要者において相当程度周知であったとは到底いえず,そのことは,他の多数の判決(甲43,58)でも認定されていると主張する。

しかし,一般の取引者及び需要者の間において相当程度周知であったとはいえないとしても,控訴人は,同じブランド衣料品のビジネスを行っており,また,遅くとも平成3年頃にはインディアンブランドに強い関心を抱いていたのであるから,前記認定に係る業界紙の報道等によって,被控訴人が新インディアン社から商品の輸入販売等をして,我が国においてインディアンブランドの事業展開をしていることを当然認識していたというべきであるし,控訴人自身,旧インディアン社と何ら関わりがないのに,旧インディアン社との関係を強調したり,被控訴人の宣伝広告に便乗する内容の宣伝広告をしており,前記判示のとおり,被控訴人各標章の使用によっても,本件各商標の出所表示機能が実質的に害されるものとはいえないことを考慮すると,被控訴人各標章が被控訴人の出所表示としての周知性を取得するまで至らなかったからといって,そのことは,前記判断を左右するものとはいえない。

したがって,控訴人の主張は,理由がない。

ウ 控訴人は,トリニティ社のロゴマークがトリニティ社が独自にデザインしたものであるかは不明であるし,仮に本件各商標がトリニティ社のロゴマークに基づいてデザインされたものであるとしても,これらのロゴマーク自体については何ら権利登録がされておらず,日本において現に使用されていないロゴマークを控訴人が日本において自他識別標識として採択することは何ら不当とはいえない,ましてや,被控訴人はトリニティ社と何ら関係がない全くの第三者であるから,本件各商標権の行使から保護されるべき正当な利益を有する者ではなく,本件各商標を出願したことが,被控訴人に対する関係において何ら自由競争の範囲を逸脱する行為ではないとか,控訴人は,本件各商標をトリニティ社のロゴマークと認識して採択したものではなく,旧インディアン社の標章モチーフを流用してデザインしたため必然的に酷似してしまうものであるから,トリニティ社とのロゴマークと酷似していることをもって被控訴人の事業展開を妨げる目的で本件各商標の登録出願を行ったとは到底いえないなどと主張する。

しかし,前記のとおり,本件商標2はトリニティ社が独自にデザインしたものであると推認するのが相当であるし,本件商標1は,もともと旧インディアン社が使用していた図形とほぼ同一であると認められるが(甲55。ただしMOTOCYLCLEの文字はない。),控訴人は,数あるインディアン関連商標の中から具体的に本件各商標をどのように採択したのか明らかにしておらず,むしろ自らトリニティ社の商品を輸入,販売していたことからすれば,本件各商標はトリニティ社の商品に使用されていた標章をみて,これに基づいて作成されたものであると認めるのが相当であり,これに反する控訴人の主張は採用できない。そして,被控訴人はトリニティ社と直接の取引関係等にはないものの,いずれも同じ新インディアン社から「Indian」ロゴ商標等の使用許諾や権利の譲渡等を受けているものであって,全くの第三者であるなどということはできず,控訴人は,これらの事実や,本件各商標の類似範囲に入る「Indian」ロゴ商標やヘッドドレスロゴが現に日本で使用されていることを認識しながら,本件各商標を,自らは使用せずに,もっぱら類似範囲の商標の使用に対し禁止権を行使する意図で登録を受けたものと評価せざるを得ないから,被控訴人の事業展開を妨げる目的で行ったものであると認められる。

したがって,控訴人の主張は採用することができない。

エ 控訴人は,被控訴人によるインディアンブランドの事業の存在を知ったのは平成7年6月に被控訴人からの警告書を受け取った後であると主張し,その旨の控訴人代表者の陳述書等を提出するとともに(甲39,59ないし61),被控訴人の事業は,日本でも米国でも何ら権原もなく,控訴人の商標権を無視して全く関係のない旧インディアン社の過去の名声を利用してブランドビジネスを展開していたものにすぎないなどと主張する。

しかし,控訴人が平成6年9月当時に被控訴人による事業を認識していなかったというのは,前記認定のとおり,控訴人の行っている事業内容や,当時の客観的な状況に照らして,採用し難い。また,確かに,被控訴人は旧インディアン社の著名性を利用してブランドビジネスを展開したものであるが,それは控訴人も同様である上,前記のとおり,被控訴人は,Cが新インディアン社からインディアンブランドに関する日本におけるすべての権利を譲り受ける旨の契約を締結した上で設立されたものであり,「Indian」ロゴを使用した被控訴人商標1に係る商標登録を一度は受け,これに基づいて我が国でのインディアンブランドを展開していたのであり,その後,被控訴人に対する商標権の行使が権利の濫用に当たると判断された控訴人片仮名商標に基づいて被控訴人商標1の商標登録は無効とされたにすぎないとの事情も考慮すれば,控訴人の上記主張は,前記判断を左右するものではない。

オ 控訴人は,控訴人代表者が米国のヴィンテージバイク愛好家から勧められてバイクジャケットの市販化を考えるようになり,彼らの提案で商標を「インディアンモーターサイクル」(控訴人片仮名商標)とするとしたことが,本件各商標を出願した契機であると主張し,同主張に沿う証拠(甲34,乙431)を提出する。

しかし,控訴人が平成2年に米国で「Indian」ロゴを付したバイクジャケットの製作依頼を受けたことを契機として,旧インディアン社の「Indian」ブランドを知ったのは事実であるとしても,控訴人は,平成7年頃まで「Indian」商標を利用した本格的な販売行為は行っておらず,旧インディアン社とは何ら関わりがないのに,インディアンブランドを強調した宣伝広告等を行っているのであり,前記認定事実に照らせば,旧インディアン社と離れた自らの出所を表示する商標として本件各商標を使用する目的であったとは認められず,控訴人の主張は,前記認定を左右するものではない。

3  以上によれば,控訴人の被控訴人に対する本件各商標権の行使は,権利濫用に当たり許されないというべきであり,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がない。

第4結論

以上のとおり,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。よって,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設楽隆一 裁判官 大寄麻代 裁判官 岡田慎吾)

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