知財高等裁判所 平成27年(ネ)10096号 判決 2015年10月01日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
寒河江孝允
同訴訟復代理人弁護士
戸田順也
被控訴人
AvanStrate株式会社
同訴訟代理人弁護士
北原潤一
梶並彰一郎
同弁理士
古橋伸茂
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2(主位的)被控訴人は,控訴人に対し,金3000万円及びこれに対する平成25年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(予備的)被控訴人は,控訴人に対し,金3000万円及びこれに対する平成27年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 この判決は,仮に執行することができる。
第2事案の概要
1 訴訟の概要
(略称は,特に断らない限り,原判決の略称に従う。)
⑴ 本件は,被控訴人の従業員であった控訴人が,被控訴人に在職中,被控訴人の業務範囲に属し,かつ,控訴人の職務に属する行為によってした発明(被控訴人による特許出願に基づき,原判決別紙本件各特許目録1から5項の各⑴記載の本件各特許として設定の登録をされた同各⑵記載の各請求項に係る本件第4発明,本件第5発明,本件第6発明,本件第8発明及び本件第9発明)をし,それらについて特許を受ける権利を被控訴人に承継させた旨主張し,被控訴人に対し,①主位的に,特許法35条3項及び5項に基づき,相当の対価の一部として,3000万円及びこれに対する請求の日の翌日である平成25年7月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,②予備的に,本件第4発明から本件第6発明について,被控訴人における特許規程(被告特許規程)及び特許法35条3項に基づき,評価期間を平成24年度から平成26年度まで(平成24年4月1日から平成27年3月31日まで)とする実績報奨金の一部として,3000万円及びこれに対する控訴状送達の日の翌日である平成27年6月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
⑵ 原判決は,控訴人は,被控訴人が自ら又は子会社において本件各発明を実施することにより独占の利益を得ている旨主張し,被控訴人の連結売上高を基礎として算定した相当の対価の支払を請求するものであるから,これを認めるためには,本件各発明の実施の事実並びに独占の利益の発生及びその額を主張し,立証しなければならないところ,本件各発明についてはいずれも実施の事実を認めるに足りないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
控訴人は,原判決を不服として,本件控訴を提起した。
2 前提となる事実
以下のとおり付加訂正するほか,原判決の事実及び理由第2の1記載のとおりである。
原判決4頁5行目末尾の後に,行を改めて以下のとおり付加する。
「⑸ 控訴人による請求
控訴人は,平成25年7月28日,被控訴人に対し,本件第4発明から本件第6発明について特許権ないし特許を受ける権利を被控訴人に譲渡したことの対価として,金3億円の支払を請求した(甲13の1・2)。」
3 争点
以下のとおり付加訂正するほか,原判決の事実及び理由第2の2記載のとおりである。
⑴ 原判決4頁12行目を削除する。
⑵ 原判決4頁13行目冒頭の「イ」を「ア」と,14行目冒頭の「ウ」を「イ」と,それぞれ改める。
4 争点に関する当事者の主張
以下のとおり付加訂正するほか,原判決の事実及び理由第2の3記載のとおりである。
⑴ 原判決4頁25行目から26行目「記載のとおりであり」の後に「(ただし,前記別紙中,「第1 炉等の概要」「4 実施により製造された製品」において「型番がNA32G以降である製品」は,「型番がNA32SG以降である製品」の誤記と思料される〔甲B25参照〕。)」を付加する。
⑵ 原判決5頁6行目「液晶化」を「結晶化」と改める。
⑶ 原判決6頁2行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「なお,控訴人は,本件各発明を含む重要な職務発明をしたにもかかわらず,給与やポスト等において厚遇されることはなく,最終的には希望退職を余儀なくされ,その際も,年齢を理由に早期退職割増金を減額されるなどの冷遇を受けてきた。このような控訴人の処遇も,相当の対価の算定の一要素として考慮されるべきである。」
⑷ 原判決6頁15行目●●●●●●●●●の前に「合計」を付加する。
⑸ 原判決7頁20行目から8頁5行目末尾までを削除する。
⑹ 原判決8頁6行目冒頭の「イ」を「ア」と,15行目冒頭の「ウ」を「イ」と,それぞれ改める。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,原判決と同様に,控訴人の主位的請求及び予備的請求のいずれも理由がないものと判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1 争点⑴ア(本件各発明についての相当の対価の額)について
⑴ 職務発明に係る「相当の対価」の意義について
ア 前記第2の2のとおり,控訴人は,被告特許規程に基づき,本件各発明について特許を受ける権利を被控訴人に承継させた。
この点に関し,被告特許規程の定めにより前記承継の対価を支払うことが特許法35条4項の規定により不合理と認められる場合において,被告特許規程に基づく上記対価の額が同条5項の規定に従って定められる上記対価の額に満たないときは,控訴人は,被控訴人に対し,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解される。
本件各発明について特許を受ける権利を承継させた対価の額の算定に当たっては,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」(特許法35条5項)を考慮する必要がある。
使用者等は,職務発明について特許を受ける権利を承継しない場合であっても,当該発明をした従業者等又は上記特許を受ける権利を承継した者が当該職務発明について特許を受けたときは,特許法35条1項により,法定通常実施権を無償で有することになるから,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該特許を受けた職務発明を実施することによって得られる利益の額ではなく,通常実施権を超えた独占権,すなわち,当該特許を受けた職務発明を独占的に実施できることによる利益(独占の利益)の額であると解すべきである。
イ そして,控訴人は,被控訴人が自ら又は子会社において本件各発明を実施することにより独占の利益を得ている旨主張し,被控訴人の連結売上高を基礎として算定した相当の対価の支払を請求しているのであるから,同請求が認められるためには,本件各発明の実施の事実並びに独占の利益の発生及びその額が,主張,立証されなければならない。
⑵ 本件について
ア 控訴人の主張立証
控訴人は,本件各発明が原判決別紙●●●●●●●●●記載のように●●●●●等の各炉において実施されていると主張し,控訴人自ら作成した陳述書等の書面を提出する。
イ しかしながら,控訴人自ら作成した陳述書等の書面(甲B23~甲B27)のうち,甲B23号証は,主として控訴人の職歴の説明に終始するものであり,甲B24号証は,液晶パネル用ガラス板の製造工程など本件各発明に関する技術の一般的な説明が大半を占め,甲B27号証は,「本件第4,第5,第6,第8,第9発明も成形品の形状品質やその安定度を高め,かつ歩留りも向上させるもので,いずれも重要な技術であり,AvanStrateに大変貢献しています。」という記載にとどまる。上記書面のうち,実施状況に関連する記載は,甲B25号証及び甲B26号証の一部にあるにすぎず,しかも,それらはいずれも専ら控訴人の記憶に基づくもので,客観的な裏付けに乏しい。例えば,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●という,控訴人の推測を交えた供述も見られるところである。なお,甲B26号証は,甲B23号証から甲B25号証を合てつして公証人の面前における宣誓供述書としたものにすぎない。
以上によれば,控訴人において本件各発明を実施するものとして主張する原判決別紙●●●●●●●●●記載の炉等については,そもそも存在自体が立証されておらず,しかも,控訴人の陳述書である甲B25号証には,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●が記載されている。また,上記目録記載の炉等については,炉の構造及び本件各発明に係る充足性も,立証されていないといわざるを得ない。
ウ 以上に鑑みると,本件各発明のいずれについても,実施の事実を認めるに足りないというべきである。
したがって,控訴人の主位的請求は,理由がない。
2 争点⑵ア(本件第4発明ないし本件第6発明についての実績報奨金の額)について
控訴人は,被控訴人及びその子会社が本件第4発明ないし本件第6発明を実施していることを前提として実績報奨金の支払を請求するものであるが,上記発明を実施していると認めるに足りないことは前記1⑵ウのとおりである。
したがって,控訴人の予備的請求は,理由がない。
3 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却した原判決は相当である。
よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 田中芳樹 裁判官 鈴木わかな)