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知財高等裁判所 平成27年(ネ)10107号 判決 2016年3月28日

控訴人

ヒロセ電機株式会社

訴訟代理人弁護士

田中伸一郎

高石秀樹

松野仁彦

弁理士

須田洋之

補佐人弁理士

豊島匠二

被控訴人

イリソ電子工業株式会社

訴訟代理人弁護士

佐藤安紘

高橋元弘

末吉亙

補佐人弁理士

大竹正悟

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載の被控訴人製品を製造し,販売し,若しくは輸出し,輸入し,又は販売の申出をしてはならない。

3  被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載の被控訴人製品を廃棄せよ。

4  被控訴人は,控訴人に対し,2億1640万円及びこれに対する平成26年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は,1,2審とも,被控訴人の負担とする。

6  仮執行宣言。

第2事案の概要等

なお,呼称は,審級による読替えを行うほか,原判決に従う。

1  事案の概要

本件は,発明の名称を「多接点端子を有する電気コネクタ」とする2件の特許権(本件特許権1及び2)を有する控訴人が,別紙被控訴人製品目録1及び2記載の電気コネクタ(被控訴人製品)を製造・販売する被控訴人に対し,被控訴人製品の製造・販売行為は,控訴人の上記各特許権を侵害する旨主張して,特許法100条1項及び2項に基づき,被控訴人製品の製造等の差止め,同製品の廃棄を求めると共に,民法709条に基づき,損害賠償金として,2億1640万円及びこれに対する訴状送達日である平成26年8月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,平成27年7月28日,①被控訴人製品は,本件特許発明の技術的範囲に属さず,かつ,②本件特許発明1は乙10発明と同一であるから新規性を欠き,本件特許発明2-1及び本件特許発明2-2は乙10発明に乙12ないし16(本件特許発明2-2については,乙15を除く。)に記載された周知技術を組み合わせることにより当業者が容易想到であって進歩性を欠くから,いずれも無効とされるべきものであるとの理由で,控訴人の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡したところ,控訴人は,同年8月10日に控訴した。

2  前提事実

次のとおり補正するほか,原判決第2の1(2頁11行目から6頁20行目。ただし,原判決が引用した原判決添付特許公報の該当記載部分を含む。)記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決6頁5行目の末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「(4) 本件訂正

控訴人は,平成27年9月10日,特許庁に対し,本件各特許権につき,訂正審判請求をしたが(甲8,10),同年12月4日,これを取り下げ(乙28,29),同月15日,新たに訂正審判請求をした(甲31~34。本件訂正)。

本件訂正後の本件特許発明の内容は次のとおりである(下線部が本件訂正部分である。)。

ア 本件訂正後の本件特許発明1

1A’

① 端子が複数の弾性腕を有し,

② 相手コネクタとの嵌合時に,該複数の弾性腕の弾性部の先端側にそれぞれ形成された突状の接触部が斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に一つの接触線上で順次弾性接触するようになっており,

③ 端子は金属板の板面を維持したまま作られていて,

④ 該端子の板厚方向に間隔をもってハウジングに配列されている

⑤ 電気コネクタにおいて,

1B’ 端子の複数の弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,

1C’ 上位の弾性腕が上端から下方に延び上記接触線に向う斜縁を有していて該斜縁の下端に接触部を形成し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており,

1D’ 上記複数の弾性腕の接触部は,下方に向け順に位置しており,

1E’ 上位に位置する弾性腕の接触部に対して下位となる接触部を有する弾性腕の上端が上記上位の弾性腕の接触部に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保されており,

1F’ コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっており,

1G’  上位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅が,下位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅より大きいことを特徴とする多接点端子を有する電気コネクタ。

イ 本件訂正後の本件特許発明2-2

2G’

① 端子が基板に接続される接続部を有すると共に,

② 自由端が嵌合側へ向け並んで延び,ハウジングの壁面との間にすき間をもって弾性変位可能な第一弾性部の嵌合側端部に第一接触部が形成された第一弾性腕と

③ 第二弾性部の嵌合側端部に第二接触部が形成された第二弾性腕を有し,

④ 相手コネクタとの嵌合時に,該第一弾性腕と第二弾性腕にそれぞれ形成された突状の第一接触部と第二接触部がこれら第一接触部及び第二接触部それぞれの斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に嵌合側から順次弾性接触するようになっており,

⑤ 端子は金属板の板面を維持したまま作られていて,該端子の板厚方向に間隔をもってハウジングに配列されている電気コネクタにおいて,

2H’ 端子の第一弾性腕と第二弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,

2I’ 第一弾性腕の第一接触部は,該第一弾性腕の嵌合側端部から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており,

2J’ 相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と,上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であり,

2K’ 第二弾性腕の第二接触部が上記第一接触部の嵌合側と反対側の下縁の嵌合側と反対側に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保されており,

2L’ 上記第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されており,

2M’  第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定されていることを特徴とする多接点端子を有する電気コネクタ。」

ウ なお,本件訂正では,本件特許発明2-1は削除される予定である。

(2) 原判決6頁6行目の「(4)」を「(5)」と改める。

(3) 原判決6頁10行目の末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「被控訴人製品におけるハウジング,端子,外側接触子,内側接触子の形状,大きさ及び配置は,別紙被控訴人製品1説明書及び同被控訴人製品2説明書のとおりである(被控訴人は,図1-4の外側接触子が全体を示した図である,記載された長さや角度が正確でないとして,図1-4の記載内容を一部争うが,被控訴人製品の構成や機能を理解する上で,記載内容の正確性は問題ではない。)。

概略すると,被控訴人製品は,いずれも,2つの端子20と,ハウジング10からなり,2つの端子の間には中央壁が設けられている。端子20は,略矩形の基部と,ハウジング10壁面寄りの基部から外側に延出した外側接触子22,外側接触子22よりもハウジング10壁面から離れた位置の基部から外側に延出した内側接触子23,突状接続部24からなり,基部の外側略矩形の部分,外側接触子22及び内側接触子23は,プラグ端子31を挿入できるだけの間隙が空けられて,間に設置された中央壁を中心として対称の位置に,接触部が対向するように設置されている。外側接触子は,外側に向かうに連れてプラグ端子31との接触側に接近する方向に極めて緩やかに湾曲する略長方形状の外側湾曲部22Bと,外側湾曲部22Bの外側端部に,プラグ端子31と接触する側に突状となるように形成された外側突出部22Cから構成され,外側突出部22Cは,プラグ端子31と接触する略角状の部位を起点として,外側斜縁22C②と内側縁部22C②が鋭角で交差することで形成される略三角形状をなしている。内側接触子23は,基部の中央壁部分から一旦ハウジング10壁面側に大きく曲折した後にプラグ端子31と接触する側に接近する方向に緩やかに曲折する略「へ」の字状の内側湾曲部23Aと,内側湾曲部23Aの外側端部に,プラグ端子31との接触する側に突状に形成された内側突出部23Bにより,構成される。プラグ端子31の挿入によって,外側接触子22と内側接触子23は,順次,ハウジング壁面側に押し拡げられる。プラグ端子31の挿入は,先端が中央壁外側面に当接することにより停止する。外側接触子22と内側接触子23は,内側接触子23の足元にある,基部への連係部分を除き,挿入が終了した時点において,プラグ端子の外側接触子22及び内側接触子23との接触線Xよりも,ハウジング10壁面側に位置する。」

(4) 原判決6頁11行目から20行目までを次のとおり改める。

「(6) 被控訴人製品の構成要件充足性

被控訴人製品が,本件特許発明1の1B(本件訂正後の1B’も同じ),1F(本件訂正後の本件特許発明1の1F’も同じ),本件訂正後の本件特許発明1の1C’以外の構成要件を充足することにつき,当事者間に争いがない(ただし,被控訴人は,構成要件1A,1Cに関し,被控訴人製品の外側接触子は「外側湾曲部の嵌合側と反対側端部」から外側接触子の嵌合側端部までの部分を含む旨主張しており,本件訂正後の1A’,1C’においても,同じことが問題となる。)。

また,被控訴人製品が,本件特許発明2-1の2B(本件訂正では削除予定),2E(本件訂正では削除予定),本件特許発明2-2の2H(本件訂正後の2H’も同じ),2J(本件訂正後の本件特許発明1の2J’も同じ),本件訂正後の本件特許発明2-2の2I’以外の構成要件を充足することにつき,当事者間に争いがない(ただし,被控訴人は,構成要件2A,2C,2G,2I,2Jに関し,被控訴人製品の外側接触子に関し,上記と同様の主張しており,本件訂正後の2G’,2I’,2J’においても,同じことが問題となる。)。」

第3争点及びこれに関する当事者の主張

1  争点(原判決とは争点の番号が異なる。)

(1)  被控訴人製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか否か

ア 本件特許発明1の構成要件1B,本件特許発明2-1の構成要件2B,本件特許発明2-2の構成要件2Hの充足(争点1-1)

イ 本件特許発明1の構成要件1Fの充足(争点1-2)

ウ 本件特許発明2-1の構成要件2E,本件特許発明2-2の構成要件2Lの充足(争点1-3)

(2)  本件特許の無効事由の有無

ア 本件特許発明は,乙10に記載された発明により,新規性又は進歩性を欠如するか(争点2)

イ 本件特許発明2-1及び2-2に係る特許は,乙2に記載された発明により,拡大先願要件違反となるか(争点3)

ウ 本件特許発明2-1に係る特許は,補正要件に違反するか(争点4)

(3)  被控訴人製品が本件訂正後の本件特許発明の技術的範囲に属するか否か(当審における追加主張)

ア 訂正の再抗弁(争点5-1)

イ 文言侵害の成否(争点5-2。争点1-1ないし1-3と同じ。)

ウ 均等侵害の成否(予備的主張)

(ア) 本件特許発明1の構成要件1B’,本件特許発明2-2の構成要件2H’について(争点5-3)

(イ) 本件特許発明1の構成要件1F’について(争点5-4)

(4)  控訴人の損害額(争点6)

2  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1-1及び争点5-2(被控訴人製品の構成要件1B,2B,2H,1B’2H’充足性)

次のとおり,原判決を補正し,当審における補足主張を付加するほか,原判決第2の3(7頁12行目から8頁7行目。ただし,原判決が引用した原判決別紙の記載部分を含む。)記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決の補正

(ア) 原判決7頁21行目の「2B,2H」の後ろに,「1B’,2H’」を加える。

(イ) 原判決7頁25行目の末尾に,「請求項の文言上も,「弾性腕」のうち「接触部」のみが,接触線に対して一方の側に位置すればよいとはなっていない。」を加える。

(ウ) 原判決8頁7行目の「2B及び2H」を「2B,2H,1B’及び2H’」と改める。

イ 当審における補足主張

(ア) 控訴人

構成要件1B,2B及び2Hの技術的意義は,1個の端子にある複数の弾性腕の突状の各「接触部」が,相手端子に弾性接触した際に形成される一つの「接触線」に対して,必ず同じ側にあることを特定するものである。したがって,弾性腕の一部(根元部分)が当該「接触線」を跨いでいることは,本件特許発明の技術的意義と無関係である。

「接触部」が「接触線」に対して同じ側にあればよいという解釈は,本件各特許の明細書中の実施例とも合致する。すなわち,本件各特許の明細書の【図4】では,接触線が「第二弾性腕23」の根元部分を跨いでいるから,【図4】は「第二弾性腕23」が,その端から端まで全体が接触線に対して一方の側に位置していない発明の実施態様を示すものである。また,【図3】においても,「接触線」が「第二弾性腕23」の根元部分の上面と接しており,相手端子が「第二弾性腕23」の根元部分まで侵入しようとした場合,相手端子と「第二弾性腕23」の上面と接触し,相手端子が「第二弾性腕23」の根元部分まで侵入することはできないのであって,弾性腕の端から端まで全体が,接触線に対して一方の側に位置することを想定していない。

弾性腕の一部(根元部分)が当該「接触線」を跨いでいることは,「有効嵌合長が長くなる」という本件特許発明の作用効果を妨げない。中央壁15があると,相手端子を弾性腕の根元部分まで挿入できないから,弾性腕の根元部分が接触線を跨いでいようがいまいが,有効嵌合長は変わらない。

(イ) 被控訴人

控訴人の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

また,本件各特許の明細書の【図3】及び【図4】は,控訴人の主張を裏付けない。【図3】において,「接触線」が「第二弾性腕23」の根元部分の上面と接していないし,【図4】において,第二弾性腕23」の根元部分が接触線を跨いでいるのはごく一部であり,接触線を引いてみないとわからないほどであるから,何らかの技術的な問題意識を持って記載されたとは考え難い。

弾性腕の根元部分の形状は有効嵌合長と関係がある。本件特許発明では,複数の弾性腕がその根元部分も含めて接触線に対して一方の側に位置しているため,弾性腕の弾性部が相手コネクタの嵌合時に嵌合方向に嵌合する際の障害とならず,相手コネクタはハウジングの奥深くまで進入することができ,結果として,嵌合開始時の接触位置から嵌合完了時の接触位置までの距離(有効嵌合長)を長くすることができる。弾性腕の根元部分が嵌合の際に障害とならないからこそ,より有効嵌合長を長くするために,中央壁15を低く設定することができる。

(2)  争点1-2及び5-2(被控訴人製品の構成要件1F,1F’充足性)

次のとおり,原判決を補正し,当審における補足主張を付加するほか,原判決8頁9行目から9頁10行目のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決の補正

(ア) 原判決8頁10行目,26行目及び9頁10行目の「1F」を「1F及び1F’」と改める。

(イ) 原判決9頁2行目の冒頭に,「「接触」及び「圧」の一般的な字義,「接触圧」と「接圧」が同義に使用されている本件特許1の明細書の記載(【0035】)からすると,」を加える。

(ウ) 原判決9頁3行目の末尾に,「控訴人自身が,出願した他の公開公報において,「接触圧」という語を「力」の意味で使用しているし,自ら製造販売する電気コネクタの説明資料においても,「接圧」を「単位変位量当たりの反力」を表す「N/mm」ではなく,「N」の単位で表している。」を加える。

イ 当審における補足主張

(ア) 控訴人

本件特許1の明細書において,「コネクタ嵌合時」及び「コネクタ嵌合終了時」という2種類の「時」が,明確に使い分けられている(【0031】)。

本件特許発明1は,コネクタ嵌合を容易にする発明であり,上位の弾性腕の接触部を圧した勢いで,挿入者の負担が少なく下位の弾性腕の接触部も圧すことができるということが,構成要件1Fに基づく本件特許発明1の作用効果である。相手端子で外側端子の接触部を押し拡げた「勢い」(運動エネルギー)で内側端子の接触部を押し拡げるために,内側端子の接触部が柔らかいことが重要である(【0036】)。

したがって,構成要件1Fにおける「コネクタ嵌合時」の相手端子に対する接触圧とは,コネクタ嵌合を開始した後であるが,コネクタ嵌合終了時に至っていない時の反力(接触圧)を意味する。

(イ) 被控訴人

「コネクタ嵌合途中」の「接触圧」であろうと「コネクタ嵌合終了時」の「接触圧」であろうと,「接触圧」は「複数の物体が互いに接触する際に生じる力」の意味しか有していない。「接触圧」との文言に修飾語が付されるだけで,修飾される用語の概念そのものが変わることはない。

本件特許発明1の作用効果を考慮すると,構成要件1Fの「接触圧」との文言は,弾性腕の変位量の最大値を考慮した概念であるとしか解釈し得ない。本件特許発明1の作用効果として,「挿入力」が問題とされている。挿入力を求めるためには,ばねの変位量を考慮しなければならないが,挿入力が最大となるのは,変位量が最大になったとき(垂直力(接触圧)が最大になったとき)である。したがって,構成要件1Fの「接触圧」は,弾性腕の変位量が最大となったときの値を問題にしていることになる。

仮に,嵌合途中の同一挿入距離の接触圧を比較したとしても,後から接触する接触部の変位量が大きく,その結果,後から接触する接触部の嵌合完了時における接触圧が大きければ,その分挿入力も大きくなるのであって,「嵌合終了前の途中における相手端子に対する反力である接触圧が,相手端子が外側端子の接触部を押し拡げた「勢い」(運動エネルギー)で内側端子の接触部を押し拡げる」ことはできず,本件特許発明1の作用効果を発揮することができない。

(3)  争点1-3及び5-2(被控訴人製品の構成要件2E,2L,2L’充足性)

次のとおり,原判決を補正するほか,原判決9頁12行目から10頁6行目のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

ア 原判決9頁13行目,24行目,最終行及び10頁5から6行目の「2E及び2L」を「2E,2L及び2L’」と改める。

イ 原判決9頁最終行の冒頭に,「本件特許2の出願当初の明細書及び図面に,直線の第二弾性腕しか開示されていなかったことからすると,」を加える。

(4)  争点2(乙10発明による新規性,進歩性欠如の有無)

次のとおり,原判決を補正するほか,原判決10頁8行目から13頁19行目のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

原判決10頁最終行の末尾に,「そして,乙10文献には,接触圧が大きすぎる場合におけるコネクタへのプリント基板の挿抜の困難性,接点における摩耗の増加といった技術的課題が記載されていた。」を加える。

(5)  争点3(乙2発明を理由とする拡大先願要件違反の有無)

原判決13頁21行目から14頁6行目のとおりであるから,これを引用する。

(6)  争点4(本件特許発明2-1についての補正要件違反の有無)

原判決14頁8行目から20行目のとおりであるから,これを引用する。

(7)  争点5-1(訂正の再抗弁)

ア 控訴人の主張

(ア) 訂正要件

本件訂正は,明細書の開示の範囲内で,特許請求の範囲を減縮するものであり,変更,拡張には当たらない。

(イ) 無効理由の解消

a 本件特許発明1

(a) 構成要件1A’②

本件訂正により,「接触部」と「相手コネクタ」との順次の弾性接触が,「斜縁の直線部分」との接触を通じてなされることが,明記された。

これに対し,乙10発明では,「略半円形状の突出部」と「プリント回路基板Bの接触領域」との順次の弾性接触が,「略半円状部分のうちの上半分」,換言すれば,「斜縁の曲線部分」との接触を通じてなされるものであるから,本件特許発明1と乙10発明とは相違する。

(b) 構成要件1C’に関して

本件訂正後の本件特許発明1では,上位の(第一)弾性腕の「斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており」との限定を有する。

これに対し,乙10ないし16の各公知文献を見るも,「斜縁よりも嵌合側と反対側に位置し接触線に対してなす角度」が「嵌合側に鋭角」をなす発明は一つもないから,「嵌合側に鋭角」であることを実質的に付加した本件特許発明1は,乙10発明と相違する。

(c) 構成要件1E’に関して

本件訂正後の本件特許発明1では,有効嵌合長を長く確保するために,構成要件1C’で特定されているように,斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成され,「下位の弾性腕の上端が上位の弾性腕の接触部に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保されて」いることが明らかにされている。

これに対し,乙10発明には,有効嵌合長に関する問題は存在せず,上記構成要件1E’の「近接」させる構成についての開示もない。さらに,乙10発明では,「上位に位置するばね脚」の「突出部」が,「略半円状」であることから,「下位に位置するばね脚の上端」は,「上位に位置するばね脚」に,少なくとも,略半円状部分の半径の長さ分だけ近接させることができず,その分,有効嵌合長を長く確保できない。

(d) 構成要件1F’に関して

本件特許発明1では,「コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなって」いることが明らかにされている。

接触圧の調整に関して,乙10には,ばね脚のそれぞれに加えられ得る接触圧又は荷重特性を,溝孔(34)によって決定できる旨が記載されているが(第3欄5~10行),この記載は,単に,溝孔(34)によって接触圧や荷重特性を決定できる旨を述べているだけで,本件特許発明1で規定されているように,「コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧を小さくなって」いる旨を開示しているわけではない。乙10は,「上位に位置するばね脚にかかる荷重」と「下位に位置するばね脚にかかる荷重」の関係がどのようなものでもよいと述べているにすぎない。

(e) 構成要件1G’に関して

本件訂正後の本件特許発明1では,「上位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅が,下位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅より大きい」ことが明らかにされている。

これに対し,乙10発明では,上位に位置するばね脚の弾性部の板面の幅は,下位に位置するばね脚の弾性部の板面の幅と同じ値に設定されているから,本件特許発明1と乙10発明との間には,明らかな差異がある。

(f) 新規性

以上のとおり,本件訂正後の本件特許発明1は,構成要件1A’②,1C’,1E’,1F’,1G’において,乙10発明と相違する。

(g) 進歩性

本件訂正後の本件特許発明1における乙10発明との相違点である,構成要件1A’②,1C’,1E’,1F’,1G’の各構成は,互いに有機的に関連したものであって一体的な技術思想であるところ,乙12ないし16は,本件特許発明1と乙10発明との相違点のうち,少なくとも,構成要件1E’を開示するものではなく,さらに,有機的に一体的な技術思想として開示するものでもないから,従たる引用例(乙12ないし16)の開示内容を乙10発明に適用しても,本件訂正後の本件特許発明1に想到することはできない。また,乙10発明からは,構成要件1C’に係る「該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁」に「凹部」が形成されるという限定に想到しないから,本件訂正により,本件特許発明1は進歩性を有する。

b 本件特許発明2-2

(a) 構成要件2G’④に関して

上記a(a)のとおりである。

(b) 構成要件2I’に関して

上記a(b)のとおりである。

(c) 構成要件2K’に関して

上記a(c)のとおりである。

(d) 構成要件2L’に関して

構成要件2L’で規定するように,「上記第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定され」ることにより,第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が短く設定される場合と比較して,第二弾性腕を柔らかく設定することが可能となるため,「コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなって」,「相手端子によって第一接触や第二接触部を押し拡げる作業を容易にすること」ができる。

乙10発明において,このような技術思想が開示されていないことは明らかである。

(e) 構成要件2M’との関係

上記a(e)のとおりである。

(f) 進歩性

本件訂正後の本件特許発明2-2は,少なくとも構成要件2G’④,2I’,2K’,2L’,2M’において,乙10発明と相違する。

そして,本件訂正後の本件特許発明2-2における乙10発明との相違点である,構成要件2G④’,2I’,2K’,2L’,2M’の各構成は,互いに有機的に関連したものであって一体的な技術思想であるところ,乙12ないし16は,本件特許発明2-2と乙10発明との各相違点のうち,少なくとも,構成要件2K’を開示するものではなく,さらに,有機的に一体的な技術思想として開示するものでもないから,従たる引用例(乙12ないし16)の開示内容を乙10発明に適用しても,本件特許発明2-2に想到することはできない。また,乙10発明からは,構成要件2I’に係る「該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁」に「凹部」が形成されるという限定に想到しないから,本件訂正により,本件特許発明2-2は進歩性を有する。

(ウ) 本件訂正後の構成要件充足性

本件訂正に係る部分の構成要件充足性は,次のとおりである。

a 本件特許発明1

(a) 構成要件1A’ ②

被控訴人製品は,プラグ30との嵌合時に,プラグ端子31が外側湾曲部22Bの先端側(外側,嵌合側)に形成された突状の外側突出部22Cの外側斜縁22C①と接触しながら外側接触子22を押し拡げるとともに,続いて,プラグ端子31が内側湾曲部22Aの先端側(外側,嵌合側)に形成された突状の内側突出部23Bの外側斜縁と接触しながら内側接触子23を押し拡げるから,被控訴人製品は,構成要件1A’②を充足する。

(b) 構成要件1C’

被控訴人製品の外側接触子22(上位の弾性腕)の外側斜縁22C①と嵌合側(外側)と反対側に位置する下縁に凹部が形成されているから(下記赤丸参照),被控訴人製品は,構成要件1C’を充足する。

file_2.jpgsl EBD ea tony 777 ONE rat lone ¥ (im) 220. 22c@ 22C@- 22C@ 2a (22¢ se 2B | _—-2e8 rat Nae oe RS 238 [238 wr: bal ech ras) 20(c) 構成要件1E’

被控訴人製品の内側接触子23の外側端部と,外側接触子22の外側突出部22Cの内側端部との,接触線X方向の距離は0.063mmであり,両者は近接しているところ,被控訴人製品は,この距離を短くすることにより,内側接触子23の内側に相手端子が侵入する長さである「有効嵌合長」を長く確保することができるから,被控訴人製品は,構成要件1E’を充足する。

(d) 構成要件1G’

被控訴人製品の外側接触子22の外側湾曲部22Bの板面の幅と,内側接触子23の内側湾曲部23Aの板面の幅とを比較すると,嵌合側の接触部に近い箇所同士を比較しても,根元側の基部に近い箇所同士を比較しても,両者の中央同士を比較しても,いずれも,前者が後者より大きくなっているから,被控訴人製品は,構成要件1G’を充足する。

file_3.jpgAMEE 2 2 BOO & PONE 2 8 ADIT OR ie OEIC ET 0. 249mm 0. 202mm RM ORE 0. 290mm 0. 233mm RTO: 0. 325mm 0. 292mmb 本件特許発明2-2

(a) 構成要件2G’④

上記a(a)と同じ。

(b) 構成要件2I’

上記a(b)と同じ。

(c) 構成要件2K’

上記a(c)と同じ。

(d) 構成要件2M’

上記a(d)と同じ。

イ 被控訴人の主張

(ア) 本件訂正に係る訂正の再抗弁は,時機に後れた攻撃防御方法として,却下されるべきである。

(イ) 訂正の再抗弁に対する認否,反論

本件訂正が,乙10を主引用例とする無効原因を解消するものであることは認めるが,本件訂正に係る訂正部分の充足性に関し,被控訴人製品が,構成要件1C’及び2I’の「凹部」を充足することは,否認する。

(8)  争点5-3(均等論-構成要件1B’,2H’関係)

ア 控訴人の主張

(ア) 第1要件(非本質的部分 ~ 課題解決原理の非同一性)

本件特許発明1は,①コネクタを大型化させずにできるだけ有効嵌合長を長く確保するという課題(甲2【0005】,【0007】,【0008】)を解決するために,「斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁」に「凹部」を「形成」したことにより(構成要件1C’),「上位に位置する弾性腕の接触部に対して下位となる接触部を有する弾性腕の上端が上記上位の弾性腕の接触部に近接して位置付けられる」ことが可能となり,「有効嵌合長が長く確保」できる(構成要件1E’)とともに,②コネクタ嵌合を容易にするという課題を解決するために,「上位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅が,下位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅より大きい」こと(構成要件1G’)も相まって,「複数の弾性腕の接触部はコネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっており,相手端子を嵌合するときに,最初の接触部を圧したその勢いで,次の弾性腕の接触部を圧することができるので,小さい挿入力で弾性変形させることができ」るようにした(構成要件1F’)発明であるから(甲2【0012】,【0036】),これらの課題解決原理①及び②が,本件特許発明1の本質的部分である。

本件特許発明2-2は,①コネクタを大型化させずにできるだけ有効嵌合長を長く確保するという課題(甲4【0006】【0008】【0009】)を解決するために,「斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁」に「凹部」を「形成」したことにより(構成要件2I’),「第二弾性腕の第二接触部が上記第一接触部の上記縁部の嵌合側と反対側に近接して位置付けられる」ことが可能となり,「有効嵌合長が長く確保」できる(構成要件2K’)とともに,②コネクタ嵌合を容易にするという課題を解決するために「第一弾性部の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ,第二弾性腕の全長の方が長く設定されており,」という構成(構成要件2L’)を採用するとともに,「第一弾性部の板面の幅が,第二弾性部の板面の幅より大きく設定されている」という構成(構成要件2M’)を採用することにより,第二弾性腕を柔らかくした発明であるから,これらの課題解決原理①及び②が,本件特許発明2-2の本質的部分である。

これに対し,構成要件1B’及び2H’を「端子の複数の弾性腕全体」が「…接触線に対して一方の側に位置して」いると文言解釈したとしても,何らの技術的意義も認められず,本件特許発明の本質的部分と全く無関係であるから,均等論の第1要件を充足する。

(イ) 第2要件(作用効果の同一性)

構成要件1B’及び2H’を「端子の複数の弾性腕全体」が「…接触線に対して一方の側に位置して」いるとしても,何らの技術的相違は生じず,何らの作用効果も変更は存しない。

被控訴人製品では,内側接触子の根元部分が屈曲して接触線を跨いでいるが,中央壁により相手端子を内側接触子の根元部分まで挿入できず,挿入された相手端子が内側接触子の根元部分とぶつかって,挿入が妨げられることはないから,内側突出部の内側に相手端子が侵入する長さである「有効嵌合長」が短くならない。

(ウ) 第3要件(製造時の容易推考性)

被控訴人製品製造時において,内側接触子を根元部分までストレートに構成するか,内側接触子の根元部分を屈曲させて接触線を跨ぐように構成するかは,単なる設計事項にすぎないから,当業者が容易に推考できたものである。

(エ) 第4要件(容易想到性)

被控訴人製品が,本件各特許の出願日以前に頒布された公知文献等に基づいて当業者が容易に想到し得たと認められる事情はない。

(オ) 第5要件(包袋禁反言等の特段の事情がないこと)

本件各特許の出願経過において,被控訴人製品が特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情は存在しない。

(カ) したがって,被控訴人製品は,内側接触子の根元部分が屈曲して,接触線を跨いでいるものの,構成要件1B’及び2H’を充足することは明らかである。

イ 被控訴人の主張

本件特許1の明細書では,「課題を解決するための手段」として「本発明では,端子の複数の弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置して」いること(【0010】。本件特許2の明細書では【0011】参照),「本発明では,相手端子が一つの平坦面ではなく段状をなす各面に接触部を形成している場合には,上記仮想線としての接触線は段の数だけ互いに平行に存在するが,本発明の端子の複数の弾性腕はいずれの接触線に対しても一方の側に位置する」こと(【0011】。本件特許2の明細書では【0012】参照)が記載されており,そのような構成を採用することによって,「嵌合方向での端子寸法を大きくしなくとも十分に有効嵌合を長くでき,弾性腕の弾性も十分に確保できる」(【0012】。本件特許2の明細書では【0013】参照)との作用効果を奏するものとされている。

このことは,本件特許1の出願当初の特許請求の範囲が「端子が複数の弾性腕を有し,相手端子との嵌合時に,該複数の弾性腕にそれぞれ形成された突状の接触部が相手端子に順次弾性接触するようになっており,端子は金属板の板面を維持したまま作られていて,該端子の板厚方向に間隔をもってハウジングに配列されている電気コネクタにおいて,端子の複数の弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置していることを特徴とする多接点端子を有する電気コネクタ。」とされており,有効嵌合長を長くするための構成として,「端子の複数の弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置していること」のみが規定されていたことからも明らかである。

これらの記載からすれば,本件特許発明にとって,弾性腕を接触線に対して一方の側に位置させることは,本件特許発明の課題を解決するための構成として不可欠であることは明らかであり,したがって,当該構成は本件特許発明の本質的部分に当たるものであるから,被控訴人製品は均等論の第1要件を充足しない。

また,同様に,構成要件1B’及び2H’の構成を,内側の弾性腕の根元部分が屈曲して,接触線を跨いでいるものに置換した場合,本件特許発明の目的である有効嵌合長を確保するという目的を達成することができず,同一の作用効果を奏することにならないため,第2要件も充足しない。

さらに,被控訴人製品は,均等論の第4要件を充足しないから,本件特許発明と均等なものともいえない。

よって,被控訴人製品につき,均等侵害は成立しない。

(9)  争点5-4(均等論-構成要件1F’関係)

ア 控訴人の主張

(ア) 第1要件(非本質的部分 ~ 課題解決原理の非同一性)

本件特許発明1の課題,効果及び解決原理は,上記(8)ア(ア)のとおりである。

構成要件1F’を“コネクタ嵌合終了時”に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっているという意味に解釈しても,①「有効嵌合長」を長く確保するとともに,②内側の弾性腕を外側の弾性腕よりも柔らかくしたため,相手端子を嵌合するときに,最初の接触部を圧したその勢いで次の弾性腕の接触部を圧することができるという点において,“コネクタ嵌合途中”であり相手端子が動いている時の相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっているという被控訴人製品と同じであるから,課題解決原理①及び②は共通しており,本件特許発明1と被控訴人製品との相違点は,本件特許発明1の本質的部分でない以上,均等論の第1要件を充足する。

(イ) 第2要件(作用効果の同一性)

構成要件1F’を“コネクタ嵌合終了時”に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっているという意味に解釈しても,①「有効嵌合長」を長く確保するとともに,②内側の弾性腕を外側の弾性腕よりも柔らかくしたため,相手端子を嵌合するときに,最初の接触部を圧したその勢いで,次の弾性腕の接触部を圧することができる点において,“コネクタ嵌合途中”であり相手端子が動いている時の相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっているという被控訴人製品と作用効果が同じであるから,均等論の第2要件を充足する。

(ウ) 第3要件(製造時の容易推考性)

構成要件1F’を“コネクタ嵌合終了時”に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっているという意味に解釈しても,これに代えて,“コネクタ嵌合途中”であり相手端子が動いている時の相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっているという被控訴人製品の構成を採用することに特段の困難性はないから,均等論の第3要件を充足する。

(エ) 第4要件(容易想到性)

被控訴人製品が,本件特許1の出願日以前に頒布された公知文献等に基づいて当業者が容易に想到し得たと認められる事情はない。

(オ) 第5要件(包袋禁反言等の特段の事情がないこと)

構成要件1F’は本件特許1の出願経過において手続補正によって追加されたクレーム文言である。

しかしながら,本件特許1を出願した控訴人は,「コネクタ嵌合時」に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなるというクレーム文言を,“コネクタ嵌合終了時”に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっているという意味に解釈されることを意図して,追加したわけではなく,あくまで,内側の弾性腕を外側の弾性腕よりも柔らかくしたため,手続補正は,相手コネクタを嵌合するときに,最初の接触部を圧したその勢いで,次の弾性腕の接触部を圧することができるという技術思想を導入するためにすぎない。よって,“コネクタ嵌合途中”でありコネクタと相手コネクタとの相対位置が動いている時の相手コネクタと最初に接触する接触部から順に相手コネクタに対する接触圧が小さくなっているという構成を,特許請求の範囲から意識的に除外したという特段の事情はない。

したがって,本件特許発明1の構成要件1F’は,手続補正によって追加されたクレーム文言ではあるものの,被控訴人製品のような構成を排除する意図があったとは認められないから,均等論の第5要件を充足する。

(カ) よって,被控訴人製品が均等の範囲に含まれることは明白である。

イ 被控訴人の主張

本件特許発明1の明細書では,「課題を解決するための手段」として「コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっていることを特徴としている」こと(【0010】)が記載されており,そのような構成を採用することによって,「相手コネクタを嵌合するときに,最初の接触部を圧したその勢いで,次の弾性腕の接触部を圧することができるので,小さい挿入力で弾性変形させることができ,コネクタ嵌合が容易となる」(【0012】)との作用効果を奏するものとされているから,相手端子と最初に接触する接触部と相手端子との接触圧が,次に接触する接触部と相手端子の接触圧よりも大きいことが,本件特許発明1の作用効果を発揮するための構成であることは明らかである。したがって,当該構成は本件特許発明1の本質的部分に当たるものであって,被控訴人製品は均等論の第1要件を充足しない。

また,同様に,構成要件1F’の構成を控訴人の主張するような構成に置換した場合,本件特許発明1の目的である「相手コネクタを嵌合するときに,最初の接触部を圧したその勢いで,次の弾性腕の接触部を圧することができるので,小さい挿入力で弾性変形させることができ,コネクタ嵌合が容易となる」(【0012】)という目的を達成することができず,同一の作用効果を奏することにならないため,第2要件も充足しない。

よって,被控訴人製品につき,均等侵害は成立しない。

(10)  争点6(控訴人の損害額)

原判決14頁22行目から15頁13行目のとおりであるから,これを引用する。

第4当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の当審における追加主張を踏まえても,原判決の判断に誤りはなく,本件控訴は棄却されるべきものと判断する。

その理由は,以下のとおりである。

2  争点1-1(被控訴人製品の構成要件1B,2B,2Hの文言侵害について)

(1)  構成要件1B

ア 構成要件1Bは,「端子の複数の弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,」というものであるが,請求項の文言上,「接触線に対して一方の側に位置」するのは,「複数の弾性腕」であって,「弾性腕」の一部である「弾性腕の接触部」という限定は付されていない。

イ そして,本件特許1に係る明細書(甲2)の記載も,「接触線に対して一方の側に位置」するのは,「複数の弾性腕」の一部ではなく,全体を指すという解釈と整合する。

すなわち,上記明細書における【0011】「したがって,相手コネクタの相手端子に対し本願発明コネクタの対応端子がその複数の弾性腕に形成されたそれぞれの接触部で接触することとなる。本発明では,相手端子が一つの平坦面ではなく段状をなす各面に接触部を形成している場合には,上記仮想線としての接触線は段の数だけ互いに平行に存在するが,本発明の端子の複数の弾性腕はいずれの接触線に対しても一方の側に位置する。」という記載は,接触線が,複数の弾性腕の一部である接触部を結んだ線であることを前提としつつ,「接触線に対して一方の側に位置する」対象を,「接触部」とせずに,「複数の弾性腕」とするものである。

また,【0013】「本発明において,端子の複数の弾性腕は,ハウジングにより保持される該端子の基部から接触線に沿って平行に延び,各弾性腕の先端側で該接触線に対して直角方向に向けた突出部で各接触部を形成しているようにすることができる。このようにすることで,各弾性腕は基部から延びるので長く形成でき,したがって,弾性を十分に確保できる。」及び【0025】「該端子20は,下部となる基部21から上方に向け二つの弾性腕,すなわち第一弾性腕22と第二弾性腕23が平行に延びている。・・・」という記載は,「複数の弾性腕」が,「基部から接触線に沿って平行に延び」るものであること,すなわち,弾性腕全体を指すことを前提とするものである。

さらに,【0026】「第一弾性腕22は,基部21側の部分の左側縁が延長された被取付部22Aと,該被取付部22Aよりも上方部分が段状に幅が小さくなりそのまま上方へ延びる第一弾性部22Bを有し,該第一弾性部22Bの上端に右方へ突出せる第一接触部22Cが設けられている。」及び【0027】「これに対し,第二弾性腕23は,上記基部21から,上記第一弾性腕22の第一弾性部22Bよりも若干小さい幅で上方に延びる第二弾性部23Aを有している。該第二弾性部23Aは上記第一弾性腕22の第一接触部22Cの直下まで延びていて,該第二弾性部23Aの上端に右方へ突出する第二接触部22Bが設けられている。該第二弾性腕23の第二接触部23Bと上記第一弾性腕22の第一接触部22Cのそれぞれの突端を通る線X’は,図3(A)に見られる相手コネクタ30の対応端子31の対応接触部31A(の接触面)を通りコネクタ嵌合方向に延びる仮想の接触線Xと平行であり,該接触線Xに対して距離δだけ偏位している。この距離δは,相手コネクタ30の嵌合時に,第一弾性腕22そして第二弾性腕23が相手コネクタ30の端子31に当接して変位する弾性変位量となる。このように,本実施形態では,一つの端子20が有する二つの弾性腕,すなわち,第一弾性腕22と第二弾性腕23は,上記接触線Xに対し一方の側に位置し,それらの弾性変位量も同じδである。しかし,第一弾性腕22と第二弾性腕23は,それらの幅,長さが違うので,固有振動数は互いに異なっている。この固有振動数は,コネクタが使用される装置,特に切削加工時に生ずる振動のもとで使用される工作機械等においては,この振動の周波数が予め知られている場合が多いのでこの周波数と異なるように設定される。」という記載は,基部21につながっている被取付部22A,そこから上方へ延びている第一弾性部22B,第一接触部22Cからなる第一弾性腕22と,基部21につながっている第二弾性部23A,第二接触部23Bからなる第二弾性腕23が,いずれも接触線Xに対して一方の側に位置することを要求しているのであって,「接触部」である22C及び23Bや,「弾性部」である22B,23Aの一部が,接触線Xの一方の側にあれば足りるとは記載されていない。

しかも,本件特許発明1の効果に関する【0019】「本発明は,以上のように,金属板の板面を維持して複数の弾性腕を形成し,各弾性腕に接触部を設けることとしたので,端子の加工が容易で,屈曲加工による加工上の制限がなく,各弾性腕が十分に長くなって接触部における有効嵌合長を大きく確保しつつ,しかも弾性が十分に得られて,コネクタ嵌合方向でのコネクタの小型化が図れる。・・・」という記載も,「接触部」とは「弾性腕」の一部を指すにすぎず,「弾性腕」が「接触部」とは異なる意味で使用されることを前提とするものである。

ウ したがって,構成要件1Bにおける「弾性腕」とは,弾性腕全体を指すものというべきである。

エ 被控訴人製品の充足性について

被控訴人製品においては,別紙「被控訴人製品1説明書」の図1-3(図1-2も参照)のとおり,「第二弾性腕」(下位に位置する弾性腕」)に相当する部分の一部(内側接触子23のうち内側湾曲部23Aの根元部分)が,内側接触子のその他の部分や「第一弾性腕」(上位に位置する弾性腕」)に相当する外側接触子とは,接触線Xに対して反対側に存在しており,この位置関係については当事者間に争いがない。

そして,被控訴人製品における内側接触子23のうち内側湾曲部23Aは,接触線Xの反対側に存在する根元部分も含めて,全体として,腕状の形態をなすものであるから,上記根元部分が本件特許発明1の「弾性腕」の一部に含まれる。

したがって,被控訴人製品は,構成要件1Bを充足しない。

オ 控訴人の主張について

(ア) 控訴人は,構成要件1Bにつき,被控訴人製品における「内側接触子」と「外側接触子」の各二つの接触部が相手端子とその一つの側で接触することを限定するものにすぎず,相手端子が挿入されない弾性腕の根元部分はおよそ問題とならない旨主張する。

しかしながら,上記のとおり,構成要件1Bは,弾性腕が接触線の一方側に位置するか否かを問題としているのであって,弾性腕の一部である根元部分は接触線との位置関係が問題とならないという控訴人の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

(イ) また,控訴人は,本件特許1に係る明細書の【図4】をみると,接触線は,「第二弾性腕23」の根元部分を跨いでいるから,「第二弾性腕23」は,その端から端まで全体が接触線に対して一方の側に位置していない発明の実施態様を示しているし,【図3】をみても,「接触線」は,「第二弾性腕23」の根元部分の上面と接しており,相手端子が「第二弾性腕23」の根元部分まで侵入しようとした場合,相手端子と「第二弾性腕23」の上面と接触し,相手端子が「第二弾性腕23」の根元部分まで侵入することはできず,弾性腕の端から端まで全体が,接触線に対して一方の側に位置することを想定していないから,本件特許発明1の構成要件1Bは,弾性腕の端から端まで全体が,接触線に対して一方の側に位置することまで要求していると解釈できないとも主張する。

確かに,【図3】及び【図4】は,以下のとおりであり,【図3】における第二弾性腕23の根元部分の上面は,相手コネクタの端子とわずかに接触する態様であり,【図4】における第二弾性腕23の根元部分は,わずかに接触線を跨いでいる態様である。

しかしながら,特許出願に際して,願書に添付された図面は,設計図ではなく,特許を受けようとする発明の内容を明らかにするための説明図にすぎない。第二弾性腕の根元部分と接触線との位置関係については,特に,明細書に記載はないし,【図3】及び【図4】の説明部分においても同様である。しかも,【図3】及び【図4】第二弾性腕23の根元部分が接触線を跨いでいるのは,目視しただけでは確認できないほどわずかであり,上記のように,接触線を伸ばして確認して初めて理解できるにすぎないから,第二弾性腕23の根元部分は,接触線を跨いでよいとの技術的思想を,このような図面の記載から読み取ることはできない。他方,構成要件1Bにおける「弾性腕」が根元部分も含めた弾性腕全体であることは,前記アないしウのとおり,明細書の記載から明らかである。控訴人の主張は採用できない。

file_4.jpgCem) Cr a)(ウ) さらに,控訴人は,「有効嵌合長が長くなる」ことは本件特許発明1の技術的意義の一つであるが,各弾性腕の一部(根元部分)が当該「接触線」を跨いでいることは,「有効嵌合長が長くなる」との作用効果を妨げないし,そもそも,【図3】から明らかなとおり,相手端子は,中央壁15の存在により弾性腕の根元部分まで挿入できないから,弾性腕の根元部分が接触線を跨いでいようがいまいが,有効嵌合長は変わらないと主張する。

しかしながら,かかる主張は,当該特許発明のもたらす効果を有する構成を有する「物」であれば,当該特許の特許請求の技術的範囲に属するとでもいうものであり,当該技術的範囲の解釈に際しての論理付けが逆転している。上記のとおり,構成要件1Bは,弾性腕が接触線の一方側に位置することを規定しているのであって,弾性腕の一部である根元部分は接触線との位置関係が問題とならないという控訴人の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものというほかない。

(2)  構成要件2B及び2H

ア 構成要件2B及び2Hは,いずれも,「端子の第一弾性腕と第二弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,」であり,請求項の文言上,「接触線に対して一方の側に位置」するのは,「第一弾性腕と第二弾性腕」であって,「弾性腕」の一部である「弾性腕の接触部」という限定は付されていない。

イ 本件特許2に係る明細書(甲4)の記載も,「接触線に対して一方の側に位置」するのは,「第一弾性腕と第二弾性腕」全体であることと沿うものである。

すなわち,【0012】「 したがって,相手コネクタの相手端子に対し本発明コネクタの対応端子が第一弾性腕及び第二弾性腕にそれぞれ形成された第一接触部及び第二接触部で接触することとなる。本発明では,相手端子が一つの平坦面ではなく段状をなす各面に接触部を形成している場合には,上記仮想線としての接触線は段の数だけ互いに平行に存在するが,本発明の端子の第一弾性腕及び第二弾性腕はいずれの接触線に対しても一方の側に位置する。」は,接触線が,第一弾性腕と第二弾性腕の一部である第一接触部と第二接触部を結んだ線であることを前提としつつ,「接触線に対して一方の側に位置する」対象を,「接触部」とせず,「第一弾性腕及び第二弾性腕」としている。

また,【0025】「 第一弾性腕22は,基部21側の部分の左側縁が延長された被取付部22Aと,該被取付部22Aよりも上方部分が段状に幅が小さくなりそのまま上方へ延びる第一弾性部22Bを有し,該第一弾性部22Bの上端に右方へ突出せる第一接触部22Cが設けられている。」及び【0026】「これに対し,第二弾性腕23は,上記基部21から,上記第一弾性腕22の第一弾性部22Bよりも若干小さい幅で上方に延びる第二弾性部23Aを有している。該第二弾性部23Aは上記第一弾性腕22の第一接触部22Cの直下まで延びていて,該第二弾性部23Aの上端に右方へ突出する第二接触部23Bが設けられている。該第二弾性腕23の第二接触部23Bと上記第一弾性腕22の第一接触部22Cのそれぞれの突端を通る線X’は,図3(A)に見られる相手コネクタ30の相手端子31の対応接触部31A(の接触面)を通りコネクタ嵌合方向に延びる仮想の接触線Xと平行であり,該接触線Xに対して距離δだけ偏位している。この距離δは,相手コネクタ30の嵌合時に,第一弾性腕22そして第二弾性腕23が相手コネクタ30の相手端子31に当接して変位する弾性変位量となる。このように,本実施形態では,一つの端子20が有する二つの弾性腕,すなわち,第一弾性腕22と第二弾性腕23は,上記接触線Xに対し一方の側に位置し,それらの弾性変位量も同じδである。しかし,第一弾性腕22と第二弾性腕23は,それらの幅,長さが違うので,固有振動数は互いに異なっている。この固有振動数は,コネクタが使用される装置,特に切削加工時に生ずる振動のもとで使用される工作機械等においては,この振動の周波数が予め知られている場合が多いのでこの周波数と異なるように設定される。」という記載は,接触線Xに対して,基部21につながっている被取付部22A,そこから上方へ延びている第一弾性部22B,第一接触部22Cからなる第一弾性腕22と,基部21につながっている第二弾性部23A,第二接触部23Bからなる第二弾性腕23が一方の側に位置することを要求しているのであって,「接触部」である22C及び23Bや,「弾性部」である22B,23Aの一部が,接触線Xの一方の側にあれば足りるという趣旨に解することはできない。

さらに,本件特許発明2の効果に関する【0017】「本発明は,以上のように,金属板の板面を維持して第一弾性腕及び第二弾性腕を形成し,各弾性腕に接触部を設けることとしたので,端子の加工が容易で,屈曲加工による加工上の制限がなく,各弾性腕が十分に長くなって接触部における有効嵌合長を大きく確保しつつ,しかも弾性が十分に得られて,コネクタ嵌合方向でのコネクタの小型化が図れる。又,端子をその板厚方向に配列することで,端子の狭ピッチ配列が図れ,この方向でもコネクタの小型化を図ることができる。」という記載も,「接触部」とは「弾性腕」の一部を指すにすぎず,「弾性腕」が「接触部」とは異なる意味で使用されることを前提としているといえる。

ウ したがって,構成要件2B及び2Hにおける「弾性腕」とは,構成要件1Bと同様に,弾性腕全体を指すものというべきである。そして,被控訴人製品において,「第二弾性腕」に相当する部分の一部が,内側接触子のその他の部分や「第一弾性腕」に相当する外側接触子とは,接触線Xに対して反対側に存在しているのは,上記(1)エのとおりである。よって,被控訴人製品は,構成要件2B及び2Hを充足しない。

3  争点5-2(本件訂正後の請求項に基づく文言侵害ついて)

本件訂正後の本件特許発明1における構成要件1B’及び本件訂正後の本件特許発明2-2における構成要件2H’は,本件訂正前の構成要件1B及び構成要件2Hと同じ内容であるところ,上記2で述べたとおり,被控訴人製品は,構成要件1B及び2Hを充足しないから,構成要件1B’及び2H’を充足することもない。

4  争点5-3(本件訂正後の請求項に基づく均等侵害について)

(1)  構成要件1B’

ア 均等の第1要件

被控訴人製品は,「第二弾性腕」の基部に接する足元部分が,「第一弾性腕」と「第二弾性腕」の各接触部を結んだ接触線よりも,ハウジング壁面10とは反対側に位置しているため,「端子の複数の弾性腕」全体が,「相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置して」おらず,「端子の複数の弾性腕は,中央壁の存在によって,相手端子と当接しない部分を除き,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置して」いる構成となっているため,上記相違点に係る構成が,本件特許発明1の本質的部分に該当するか否かを検討する。

(ア) 本件特許1に係る明細書(甲2)には,次のとおりの記載がある。

a 背景技術

【0002】

端子の接触部が相手端子に対する接触信頼性を向上させることを目的として,端子に二つの接触部を形成している電気コネクタが,特許文献1そして特許文献2で知られている。

【0003】

これらの特許文献での端子は,帯状の金属板の幅方向での一方の側部を屈曲して部分的に二枚の接触片がそれらの板面で対面するように形成している。これらの二つの接触片は長さが異なっており,それぞれの先端側が板厚方向に屈曲されて山型の接触部を形成している。かくして,相手コネクタとの嵌合方向で二つの位置に接触部を有する端子を形成し,このような端子がハウジングにより上記帯状金属板の幅方向に複数配列保持されている。このようなコネクタでは,一つの端子の二つの接触部が,相手コネクタとの嵌合時に,相手端子と順次接触して二つの接点を形成することで,接触信頼性の向上を図っている。

【特許文献1】特開平08-236187

【特許文献2】特開2002-175847

b 発明が解決しようとする課題

【0004】

しかしながら,特許文献1そして特許文献2のコネクタにあっては,帯状の金属板をその板厚方向に屈曲して端子を得ることとしているが故に,いくつかの問題点を有している。

【0005】第一には端子の有効嵌合長が非常に短くなってしまうことである。端子は二つの弾性腕を有し,各弾性腕の先端部を板厚方向に加工して接触部を形成するので,加工技術上,コネクタ嵌合方向での二つの接触部同士間距離が大きくならざるを得ない。したがって,上記コネクタ嵌合方向でのコネクタの小型化が求められる場合,いずれかの弾性腕の接触部についての有効嵌合長が短くなる。その結果,該接触部での接触信頼性が低下する。

【0008】本発明は,このような事情に鑑み,コネクタ嵌合方向そして端子配列方向でコネクタを大型化することなく,容易に作れて有効嵌合長を長くすることのできる多接点端子を有する電気コネクタを提供することを課題とする。

c 課題を解決するための手段

【0013】本発明において,端子の複数の弾性腕は,ハウジングにより保持される該端子の基部から接触線に沿って平行に延び,各弾性腕の先端側で該接触線に対して直角方向に向けた突出部で各接触部を形成しているようにすることができる。このようにすることで,各弾性腕は基部から延びるので長く形成でき,したがって,弾性を十分に確保できる。

d 発明の効果

【0019】本発明は,以上のように,金属板の板面を維持して複数の弾性腕を形成し,各弾性腕に接触部を設けることとしたので,端子の加工が容易で,屈曲加工による加工上の制限がなく,各弾性腕が十分に長くなって接触部における有効嵌合長を大きく確保しつつ,しかも弾性が十分に得られて,コネクタ嵌合方向でのコネクタの小型化が図れる。・・・

e 発明を実施するための最良の形態

【0025】該端子20は,下部となる基部21から上方に向け二つの弾性腕,すなわち第一弾性腕22と第二弾性腕23が平行に延びている。・・・

【0042】本発明では,図示した形態以外にも,種々変形可能である。例えば,端子は弾性腕が二つだけでなく三つ以上設けることも可能である。弾性腕が三つの場合,いずれの弾性腕も基部から平行して上方に延び,順次,側方に突出してそれぞれ接触部を形成すれば良い。

(イ) また,本件特許1に係る明細書(甲2)において,従来技術として記載された特開平8-236187号公報(甲19)及び特開2002-175847号公報(甲20)には,次のとおりの記載がある。

a 特開平8-236187号公報(甲19)

【0024】また,柱状突起31は,図示されるように,長さを変えることにより,電気接続回路を段階的に切断できるので,活線挿抜機能を持たせることができる。

file_5.jpg-- <ALL ae A wane lt C1)b 特開2002-175847号公報(甲20)

【0021】カードエッジソケット10は,樹脂等から成るハウジング11を有している。ソケットハウジング11は,その上面側に開口した矩形状の長溝形状の凹部12を有している。凹部12の開口側は,カード1を挿入しやすいようにテーパ状に広げられている。凹部12の底面には,挿入されたカード1のカードエッジ部3が当接する底板部材13が設けられている。

file_6.jpg(ウ) これらの記載によれば,本件特許発明1の特徴となる技術的意義の一つは,弾性腕の接触部についての有効嵌合長が短くなるという課題を解決するために(【0005】【0008】),複数の弾性腕が,いずれも,端子の基部から接触線に沿って平行に延びるという解決手段を採用することによって(【0013】,【0025】,【0042】),端子の基部から延びる弾性腕が接触線を跨ぐことで相手端子と当接することを防ぎ,その結果,各弾性腕を長く形成することができ(【0013】),そのため,有効嵌合長を大きく確保することができるという効果を奏する(【0019】)ものであるから,弾性腕が,端子の基部から接触線に沿って平行に延びることは,本件特許発明1の効果を奏するために必要となる,特徴的な構成であると認められる。

これに対し,本件特許発明1において,弾性腕の間に設けられた中央壁15は,実施例で言及されているだけであるから,本件特許発明1において発明特定事項となる必須の構成ではなく,また,本件特許1の明細書に従来技術に関する文献として掲げられた特開平8-236187号公報(甲19)に加え,特開2003-168505号公報(乙12),特開平6-76896号公報(乙15),バーグエレクトロニクスジャパン株式会社カタログ(乙19。平成10年1月ころ発行)からも明らかなとおり,本件特許1の出願日及び本件特許2の原出願日である平成20年8月5日当時において,コネクタでは,2つの端子の接触部側の間に,相手端子を当接して停止させる効果をもたらす中央壁が必ず設けられるという技術常識は存在しないから,当業者にとって,上記中央壁の設置が当然の構成ということもできない。そして,中央壁が存在しない場合には,弾性腕の根元部分が接触線を跨ぐと,有効嵌合長が短くなるし,仮に,中央壁を設ける場合であっても,弾性腕の根元部分が中央壁よりも常に高い位置に設けられるとは限らないから,例えば,弾性腕の最も根元の部分が,中央壁よりも低い位置から開始し,かつ,接触線に対して端子溝側にある場合であっても,弾性腕が屈曲形状を有していて,中央壁よりも高い位置で接触線を跨ぐときには,有効嵌合長が短くなることも想定され,したがって,有効嵌合長の長さは,常に中央壁よりも高い弾性腕部分の長さになるわけではなく,弾性腕の根元部分の位置や弾性腕の形状等にも左右される。本件特許1の明細書に記載された従来技術としては,特開平8-236187号公報(甲19)では,相手端子が当接する中央壁が存在しないコネクタが実施例として,特開2002-175847号公報(甲20)では,相手端子が当接する中央壁が設けられたコネクタが実施例として開示されているから,これらの従来技術を踏まえた本件特許発明1は,相手端子が当接する中央壁の有無にかかわらず,有効嵌合長を長くすることを確実にする効果を目指していた発明ということができる。

そうすると,本件特許発明1は,中央壁の有無にかかわらず,有効嵌合長を大きく確保することを課題とする発明である以上,当該効果を確実に実現するためには,弾性腕の一部だけが接触線に対して一方の側に位置すれば足りるわけではなく,その全体が接触線に対して一方の側に位置することが不可欠であり,複数の弾性腕全体が接触線の一方の側にあるという発明特定事項は,本件特許発明1の本質的部分といえる。

(エ) これに対し,被控訴人製品1,2のいずれにおいても,内側接触子23(「上位に位置する弾性腕」)の内側湾曲部23Aの根元部分は,直線(接触線)Xを跨っているから,弾性腕が,接触線に対して一方の側に位置しているとはいえない。

したがって,被控訴人製品は,本件特許発明1の本質的部分である構成要件1Bと相違するから,均等の第1要件を充足しない。

(オ) この点,控訴人は,端子の複数の弾性腕全体が接触線に対して一方の側に位置するという構成自体は,本件特許発明1の課題の解決にもつながっておらず,技術的意義はないから,構成要件1B’は,本件特許発明1の本質的部分ではないと主張する。

しかしながら,「斜縁の下端に接触部を形成し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部」を「形成」(構成要件1C’)することや,「上位に位置する弾性腕の接触部に対して下位となる接触部を有する弾性腕の上端が上記上位の弾性腕の接触部に近接して位置付けられる」(構成要件1E’)ことは,第二弾性腕の第二接触部23をできる限り第一接触部に近づけることにより,有効嵌合長の長さを長くする作用効果をもたらすものであるが,それだけでは,確実に有効嵌合長の長さを解決することはできない。弾性腕が,基部から接触線に沿って平行に延び,コネクタの嵌合時に弾性腕の接触部以外の部位に相手端子が当たらないこと,すなわち,構成要件1B’に係る構成が,第二弾性腕の基部にできるだけ近い位置まで有効嵌合長とし,有効嵌合長を長くする作用効果をもたらしていることは,本件特許1の明細書(甲2)の【0013】に明示されているとおりである。控訴人の主張は,本件特許1の明細書の記載に反するものであり,理由がない。

イ したがって,他の均等要件を判断するまでもなく,被控訴人製品は,本件特許1を均等侵害しない。

(2)  構成要件2H’について

ア 均等の第1要件

(ア) 本件特許2に係る明細書(甲4)には,次のとおりの記載がある。

a 背景技術

【0002】

端子の接触部が相手端子に対する接触信頼性を向上させることを目的として,端子に二つの接触部を形成している電気コネクタが,特許文献1そして特許文献2で知られている。

【0003】

これらの特許文献での端子は,帯状の金属板の幅方向での一方の側部を屈曲して部分的に二枚の接触片がそれらの板面で対面するように形成している。これらの二つの接触片は長さが異なっており,それぞれの先端側が板厚方向に屈曲されて山型の接触部を形成している。かくして,相手コネクタとの嵌合方向で二つの位置に接触部を有する端子を形成し,このような端子がハウジングにより上記帯状金属板の幅方向に複数配列保持されている。このようなコネクタでは,一つの端子の二つの接触部が,相手コネクタとの嵌合時に,相手端子と順次接触して二つの接点を形成することで,接触信頼性の向上を図っている。

b 先行技術文献

【0004】

【特許文献1】特開平08-236187

【特許文献2】特開2002-175847

c 発明が解決しようとする課題

【0005】

しかしながら,特許文献1そして特許文献2のコネクタにあっては,帯状の金属板をその板厚方向に屈曲して端子を得ることとしているが故に,いくつかの問題点を有している。

【0006】

第一には端子の有効嵌合長が非常に短くなってしまうことである。端子は二つの弾性腕を有し,各弾性腕の先端部を板厚方向に加工して接触部を形成するので,加工技術上,コネクタ嵌合方向での二つの接触部同士間距離が大きくならざるを得ない。したがって,上記コネクタ嵌合方向でのコネクタの小型化が求められる場合,いずれかの弾性腕の接触部についての有効嵌合長が短くなる。その結果,該接触部での接触信頼性が低下する。

d 課題を解決するための手段

【0013】

このような構成の本発明の電気コネクタでは,端子が金属板の板面を維持して加工して作られており,屈曲加工を伴わないので,製作が容易となると共に,加工時に,屈曲加工のように加工に或る程度の寸法が必要となるといった加工寸法の制限がなくなり,嵌合方向での端子寸法を大きくしなくとも十分に有効嵌合を長くでき,第一弾性腕及び第二弾性腕の弾性も十分に確保できる。さらには端子は板厚方向に配列されているので狭ピッチ構造のコネクタが実現する。

e 発明の効果

【0017】

本発明は,以上のように,金属板の板面を維持して第一弾性腕及び第二弾性腕を形成し,各弾性腕に接触部を設けることとしたので,端子の加工が容易で,屈曲加工による加工上の制限がなく,各弾性腕が十分に長くなって接触部における有効嵌合長を大きく確保しつつ,しかも弾性が十分に得られて,コネクタ嵌合方向でのコネクタの小型化が図れる。又,端子をその板厚方向に配列することで,端子の狭ピッチ配列が図れ,この方向でもコネクタの小型化を図ることができる。

f 発明を実施するための形態

【0025】

第一弾性腕22は,基部21側の部分の左側縁が延長された被取付部22Aと,該被取付部22Aよりも上方部分が段状に幅が小さくなりそのまま上方へ延びる第一弾性部22Bを有し,該第一弾性部22Bの上端に右方へ突出せる第一接触部22Cが設けられている。

【0041】

本発明では,図示した形態以外にも,種々変形可能である。例えば,端子は弾性腕が二つだけでなく三つ以上設けることも可能である。弾性腕が三つの場合,いずれの弾性腕も基部から平行して上方に延び,順次,側方に突出してそれぞれ接触部を形成すれば良い。

(イ) したがって,本件特許発明2-2の構成要件2H’は,本件特許発明1の構成要件1B’と実質的に同様の構成要件であるところ,本件特許2に係る明細書(甲4)には,本件特許1に係る明細書と同様の記載があるから,本件特許発明2-2においても本質的部分であると認められる。

イ そして,被控訴人製品が,本件特許発明1の構成要件1Bと相違し,均等の第1要件を充足しないことは,前記(1)のとおりであるから,前述と同様,均等の第1要件を充足しない。

5  訂正の再抗弁について(争点5-1~5-3)

上記3,4によれば,その余の点について判断するまでもなく,訂正の再抗弁には理由がない。

なお,被控訴人は,本件訂正に基づく訂正の再抗弁は,時機に後れた攻撃防御方法である旨主張するが,上記のとおり,本件訂正に基づく訂正の再抗弁は,本件訂正による訂正部分の充足性や,本件訂正に基づく訂正の再抗弁に対する新たな無効理由の有無について審理するまでもなく,理由がないから,却下しないこととする。

6  結語

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人製品は,本件訂正前後の本件特許発明をいずれも侵害しないこととなる。

第5結論

以上の次第であって,控訴人の請求はいずれも理由がないから,原判決の結論に誤りはなく,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 片岡早苗 裁判官 新谷貴昭)

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