知財高等裁判所 平成27年(ネ)10125号 判決 2016年4月13日
控訴人
JX金属株式会社
(旧商号JX日鉱日石金属株式会社)
訴訟代理人弁護士
高橋雄一郎
弁理士
望月尚子
被控訴人
田中貴金属工業株式会社
訴訟代理人弁護士
飯村敏明
鈴木修
大平茂
大西千尋
磯田直也
森下梓
弁理士
松山美奈子
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載2及び3の各製品(被控訴人製品2及び3)を生産し,使用し,譲渡し,譲渡の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,控訴人に対し,30万円及びこれに対する平成26年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,1,2審とも,被控訴人の負担とする。
5 仮執行宣言。
第2事案の概要等
なお,呼称は,審級による読替えを行うほか,原判決に従う。
1 事案の概要
本件は,発明の名称を「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」とする特許権(登録第4975647号)を有する控訴人が,HDD用磁性材ターゲットの製造,販売等を行う被控訴人に対し,被控訴人による原判決別紙被告製品目録記載1の製品(被控訴人製品1)並びに被控訴人製品2及び同3の製造,販売等が,控訴人の上記特許権の侵害に当たる旨主張して,特許法100条1項に基づき,被控訴人製品2及び同3の製造等の差止めを求めるとともに,民法709条,特許法102条2項に基づき,被控訴人製品1の販売による損害賠償金30万円及びこれに対する特許権侵害行為の後の日である平成26年11月5日(同年10月31日付け訴え変更申立書(3)の送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,平成27年9月29日,①各被控訴人製品は,本件発明1ないし3及び6の各技術的範囲に属さない,②本件発明1ないし3は,乙23発明と同一であり,新規性を欠くし,本件発明6は,乙23発明に乙29ないし31に示された公知技術を適用することで,当業者が容易に想到できたものであり,進歩性を欠くから,いずれも無効とされるべきものであるとの理由で,控訴人の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡したところ,控訴人は,同年10月9日に控訴した。
2 前提事実
次のとおり補正するほか,原判決第2の1(2頁12行目から6頁20行目)記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決2頁17行目の末尾に,「(優先日につき,甲1,2)」を加える。
(2) 原判決5頁4行目及び18行目の末尾に,「なお,控訴人が侵害を主張するのは,請求項1を引用する部分である。」を加える。
(3) 原判決6頁1行目の「被控訴人は,」の後ろに,「平成24年5月28日,」を加える。
(4) 原判決6頁17~20行目の「観察試料1につき1か所,観察試料3につき6か所,非磁性材の粗大粒子を確認できたとされた。ただし,控訴人は上記③の観察試料3のうち3か所は粗大粒子でない旨,被控訴人は上記②の観察試料1に2か所の粗大粒子が観察される旨,それぞれ主張している。」を「観察試料1につき1か所(最小短辺の長さ7.5μm〔Figure5〕),観察試料3につき6か所(最小短辺の長さ4.5μm〔Figure6(a)〕,4μm〔Figure6(b)〕,4μm〔Figure6(c)〕,4μm〔Figure7(a)〕,6.3μm〔Figure7(b)〕,4μm〔Figure7(c)〕。),非磁性材の粗大粒子を確認できたとされた。ただし,それぞれの図に記載された粒子内部には,白抜き領域がある。そして,控訴人は上記③の観察試料3のうち,Figure6(b),6(c)及びFigure7(c)の3か所は粗大粒子でない旨,被控訴人は上記②の観察試料1に2か所の粗大粒子が観察される(Figure3(a)及び3(b)に各1か所)旨,それぞれ主張している。」と改める。
(5) 原判決6頁20行目の末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 なお,観察された粒子の中で比較的大きなものは,次のものである。
file_2.jpgfile_3.jpg」
第3争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点
原判決6頁22行目の「充足性(」の後ろに,「文言侵害及び均等侵害。」を加えるほか,原判決第2の2(6頁21行目から7頁19行目)記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点に関する当事者の主張
(1) 原判決の補正
次のとおり補正するほか,原判決第2の3(7頁20行目から17頁11行目)記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決7頁26行目の「上記SEM写真は」の後ろに「43μm×50μm角であり,」を加える。
イ 原判決9頁10~12行目の「構成要件1-Bにいう「非磁性材の全粒子」にはそのような例外的に存在する不可避的な粗大粒子は含まれないと解するのが相当である。」を「構成要件1-Bにいう「非磁性材の全粒子」は,制御される対象であるターゲット内において,微粒子の状態で散在している「非磁性材の粒子」の「全粒子」を意味し,例外的に存在する不可避的な粗大粒子はこれに含まれないと解するのが相当である。」と改める。
ウ 原判決15頁18~19行目の「④ 本件発明6につき,DCスパッタリング用ターゲットとする根拠が示されていない点において,」を「④ 本件発明6につき,導電性やパーティクル量に関してDCスパッタリング用のターゲットとできる根拠が示されていない点において,」と改める。
(2) 当審における主張
ア 構成要件1-Bの充足性
(ア) 控訴人
a 「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」の解釈(当審における追加主張)
「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」における「全粒子」は,「研磨面で観察される」ものであることが明示されているが,研磨面におけるμm単位での粒子の形状の観察は,SEM(走査型電子顕微鏡)で行われるから,その「研磨面で観察される」範囲も,SEMで一度に観察することができる範囲に限定される。したがって,「全粒子」は,ターゲットの研磨面全部における全ての粒子ではなく,SEMで一度に観察することができる範囲における全ての粒子であると解釈される。本件明細書でも,図5~9はいずれもSEM画像であるし,「発明の詳細な説明」欄において,「全粒子」はSEMで一度に観察することができる範囲における全ての粒子を意味するものとして説明されている。
そして,観察対象としてのSEM画像は,ターゲットを代表する特定のSEM画像に限られる。本件明細書の図5~9のSEM画像は,いずれも異なる実施例に対応するものであり,ターゲットを代表するもの,すなわち,当該SEM画像による組織と類似の組織がターゲット表面のほぼ全域に広がっていることを表すものとして示されている。
「全粒子」とは,全量測定できない物の技術的特徴をサンプリング(標本)から導出される数値で特定したものである。したがって,「全粒子」とは,標本となった領域以外の領域のターゲット内に存在するカウント不可能な粒子については何も規定していない。
ターゲットの分野では,ターゲット全体の組織を母集団とみなし,標本として適切な,当該ターゲットの組織を代表する領域の組織を評価することで,母集団であるターゲット全体の組織を統計的に評価するのが,技術常識である。
そうすると,被控訴人製品1の一部領域を試験片として切り取り,一定の間隔で観察した600枚のSEM画像である甲43と同様の組織を示す,甲4の図6が,被控訴人製品1のターゲットを代表するSEM画像であり,同図における全ての粒子が「半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか,又は・・・少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり」を充足するから,被控訴人製品1は,本件発明の技術的範囲に属することは疑いがない。
b 「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」の解釈(原審の主張の補足)
仮に,ターゲットを代表するSEM画像における全粒子では足りず,ターゲットをくまなくスキャンして,約24億枚のSEM写真を観察する必要があるとしても,「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」の中に,不可避的に生成されてしまった「不可避的粗大粒子」は含まれないと解釈される。
微粒子の集合体は,緻密に制御した場合,ほとんどの粒子の粒径が一定の範囲内に収まり,ほぼ所定の確率分布を示すが,工学上存在する確率分布は,パラメータを無限大にしても決してゼロにはならず,必ず,制御から外れたものが存在する。これが「不可避的粗大粒子」であり,統計学的にごくわずかに生じる「不可避的粗大粒子」は,制御できない次元のものであって,産業界では当然のものとして許容されている。これまで,ppmオーダーの粗大粒子の有無が,現実の製品で問題になったことはなかったし,ppmオーダーの粗大粒子を回避することは技術的に不可能であるから,被控訴人製品においてppmオーダーの粗大粒子が観察されても,それは「不可避的粗大粒子」である。磁気記録薄膜用の非磁性材が微細に分散したターゲットの原料に用いられるSiO2粒子は,実施例によれば,平均粒径が1μmであるが,0.6μm~1μmの微細なSiO2粒子は,凝集しやすい。そして,篩で粗大なものを取り除く限界は,38μmであるから,38μmよりも小さな粒子は取り除くことはできない(なお,気流分級装置を用いて粗大粒子を取り除けば,ターゲットの組成が変わってしまうことが避けられない。)。また,ボールミルという製造装置の粉砕の原理上,凝集したSiO2を全て分散させることは不可能である。なお,ppmオーダーの粗大粒子は,焼結時に凝集したものではない。
控訴人は,出願経過において,平成23年10月19日付意見書(乙6)や同年5月16日付早期審査に関する事情説明書(乙8)で,半径2μmの全ての仮想円よりも大きく,しかも,2点以上の接点又は交点を有しない形状及び寸法の粒子の存在を許容しない説明を行ったが,いずれの説明も,ターゲットの組織を代表する1枚のSEM画像で観察される粒子に関する主張であり,全ての画像上での例外を許容しないと述べたわけではない。
被控訴人製品1について,鑑定嘱託の結果として提出された結果報告書において粗大粒子とされた粒子は,半径2μmの仮想円を内包するものと評価できないものが含まれているし,第1の研磨面には半径2μmの仮想円を内包する粒子は存在しなかったことを報告するためにあえて3個の粒子が取り上げられただけであるから,粗大粒子が被控訴人製品1内に存在する確率(粒子数で見た場合の確率)は,0.0000038%(0.038ppm)であり,このような極めて低い確率で存在する粗大粒子は,疑いなく「不可避的粗大粒子」である。
c 均等論(原審の主張の補足)
被控訴人製品は,本件発明の「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」という要件に関し,面積にして約1ppm,個数にして約0.038ppmのわずかな「不可避的粗大粒子」を含むという点で発明特定事項と相違するが,ほとんどすべての研磨面が微細化されている以上,当該相違部分は,本件発明の本質的部分ではない。
また,この程度のわずかな「不可避的粗大粒子」の存在では作用効果に全く影響を与えないので,相違部分を被控訴人製品の構成と置き換えても,本件発明の目的を達成することができ,同一の作用効果をする。特許第4859726号公報(甲67)は,間接的にppmオーダーの粗大粒子が技術的に問題のないスパッタによる高速成膜の形成に影響を与えないことを示唆するものである。
そして,このような置換は,被控訴人製品の製造等の時点において,容易に想到できる。
したがって,被控訴人製品は,本件発明を均等侵害する。
(イ) 被控訴人
a 「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」の解釈(当審における追加主張)
「全粒子」を「SEMで一度に観察することができる全粒子」と理解する根拠はない。控訴人の主張は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づかないものである。ターゲットの組織の観察手法はSEMに限られないし,観察倍率等の観察条件について明細書に記載はなく,「SEMで一度に観察することができる」領域がどのような領域を指すのか不明である。
任意のSEM画像での観察により,本件発明の構成が満たされておればよいとの控訴人の解釈は,当該観察領域以外の領域の状態を無視することになり,ターゲット全体には粗大粒子が存在するが,その存在を無視してよいというに等しく,本件発明の作用効果が発揮されることを担保し得ないものである。
ある要件の充足性を判断するに当たり,恣意的に選択された「ある」研磨面1面のSEM画像が要件を満たすことと,それ以外の研磨面を含む全研磨面の全粒子について要件を満たすという評価をすることができるかという問題とは全く異なる。
ターゲット中に粗大粒子が存在するか否かは,ターゲット中のある程度の面積を低倍率でSEM走査することにより容易に判断することができる。被控訴人製品1には,ターゲット1枚に1個といったわずかな頻度ではなく,少なくとも約1cm四方の断面を2回研磨して観察しただけで数個(鑑定結果報告書上は7個)は検出される程度に粗大粒子が存在するのであり,統計操作を用いなければおよそ観察が不可能なものとはいえない。直径90~150mmのターゲットの全面をSEMで隅から隅まで確認することは,数十時間ないし百数十時間で可能であり,作業の量が莫大であるから不可能である,というような事情もない。
既に粗大粒子の存在が明らかであるのに,ターゲットの組織はターゲットを代表する特定のSEM画像で判断するなどという控訴人の主張は,的外れである。
b 「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」の解釈(原審の主張の補足)
控訴人は,「不可避的粗大粒子」は,制御できない次元のものであって,産業界では当然のものとして許容されていると主張するが,その根拠となる証拠を全く提出しない。仮に,粗大粒子が制御できないものとして,本件発明のターゲット中にも存在するのであれば,かかる粗大粒子の存在は本件発明の本質的要件である2μm以下の微細な酸化物相の重大な例外であるから,明細書中に記載があるとともに,特許請求の範囲においても権利範囲を明確に画定するため記載されていて当然のものであるといえるが,このような記載はない。
粗大粒子が,従来のターゲット製造工程において自然発生的に生成されてしまうと主張するのであれば,そのような粗大粒子の生成を防止したところにこそ本件発明の本質があるはずである。どのような技術をもってしても,粗大粒子の生成を防止することができないのであれば,それは本件発明が未完成であることを自認するものである。
控訴人が,出願経過において,特開2004-339586号公報(乙9)は,0.5~5μmという粒径を中心として,正規分布等に従って広がる様々な粒径の粒子を許容しているけれども,本件発明では,正規分布等を考慮してもなお半径2μmの仮想円よりも大きな粒子は存在しないと説明したからこそ,特許として登録された。
本件特許は,特に粗大な粒子の存在を何ppmまでなら許容するなどの記載がクレームにあるわけでもなく,明細書中で議論されているわけでもない。
c 均等論(原審の主張の補足)
構成要件1-Bにおける非磁性材の全粒子が半径2μmの全ての仮想円よりも小さいという要件は,本件発明の本質的要素であり,これを充足しなければ均等論の要件を満たすものではない。
また,控訴人は,不可避的な粗大粒子がわずかの頻度でしか存在しないと主張し,この程度の存在では作用効果に全く影響を与えないので,存在しても特許発明の目的を達成することができるなどと主張するが,証拠がない。本件特許には不可避的な粗大粒子の存在について言及した部分がないから,不可避的な粗大粒子が作用効果に影響を与えない等といった議論ができるはずもないし,粗大粒子がどの程度存在すればどの程度パーティクル発生に影響を与えるのかといった知見についての技術常識が存在するわけでもない。
したがって,被控訴人製品は,本件発明を均等侵害しない。
イ 本件発明の新規性欠如
(ア) 被控訴人
乙23文献(乙24写真)において,組成が同一の実施例のSEM写真である図1と図2の組織が大幅に異なるのは,乙23文献の実施例1と実施例2の製造方法が大幅に異なる以上,当然のことである。したがって,乙23文献の図1を引用発明の認定のための文献として用いることに,何ら問題はない。
原審において,控訴人が,物の組成から推定される酸化物の体積比率と,写真から観察される酸化物の面積比率とが一致すると主張したのに対し,被控訴人が反論しなかったのは,他の重要な論点に対する反論に重点を置いたためであり,控訴人の主張を認めたわけではない。控訴人が主張の根拠として提出した書証を見ると,「コンピュータ支援3D計量形態学」(甲58)には,複相組織における面積比率と体積比率は近似していると記載されているが,これは,いわゆる計算科学に属する文献であり,スパッタリングターゲットを扱ったものでも,微粒子の焼結によって得られた合金を扱ったものでもない。そして,「複数の観察面上から求めた平均面積率」と体積率との関係を律する公式は,本件のように,一面の特定の研磨面のみをSEMでわずかに観察した場合に成立する式ではない。また,同様の記載のある「Sn-X(X=Cu,Ag and Ni)系合金の共晶・過共晶組成の合金中のβ-Snの体積率」(甲59)も,鉛フリーはんだとして用いられるSn系合金に関する文献であり,スパッタリングターゲットを扱ったものではない。
(イ) 控訴人
乙23文献では,図面から読み取れる酸化物の面積比率と,明細書の組成の記載から導出される体積比率とに大きな齟齬があるから,乙23発明の認定を乙24の図1に基づいて行うことはできず,乙23発明の組織は不明としかいいようがない。そして,体積比率の求め方や,体積比率と面積比率が一致することは,被控訴人が反論しなかったような,技術常識である。仮に,乙23文献の記載から乙24写真が導き出せるとしても,図1は非磁性材の粒子が少なく,分散が良い部分を観察したものであって,乙23発明の組織を代表するものではない。
原判決には,乙23発明の認定に明らかな誤りがあり,その事実認定に基づく新規性,進歩性欠如の判断もまた,誤りである。
第4当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人の当審における追加主張を踏まえても,原判決の判断に誤りはなく,本件控訴は棄却されるべきものと判断する。
その理由は,以下のとおりである。
2 争点(1)(被控訴人製品1の構成要件1-B充足性)のうち,文言侵害について
(1) 「非磁性材の全粒子」
ア 本件発明は,特許請求の範囲の記載において,研磨面で観察される非磁性材の粒子につき,構成要件1-Bで「全粒子」としており,半径2μmの仮想円を内包する大きさではないという制約について,例外を認める趣旨の記載はない。また,合金の技術分野において,「不可避的」な不純物が生じる場合には,例えば,「不可避不純物を含んでなる」とか,「○○μmの粒子を実質的に含まない」といった表現を使用するなどして,その点を特許請求の範囲に明示する場合もあるが(甲67参照),本件発明では,そのような記載はない。
イ 本件明細書の記載において,「全粒子」という文言が使用されている段落は下記の3つであり,そこには,以下のとおりの記載がある。
「【0009】
このような知見に基づき,本発明の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットは,強磁性材の中に非磁性材の粒子が分散した材料の研磨面で観察される組織中の非磁性材全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法を備えていることを特徴とするものである。
すなわち,非磁性材料粒子内の任意の点に中心を持つ半径2μmの仮想円が,界面との間に接点又は交点を一箇所も持たずに,非磁性材料粒子に内包されるような粗大化した粒子は,本願発明には含まれない。
上記条件を満たせば,非磁性材料粒子の形状,および大きさに特に制限はない。たとえば,長さが2μm以上ある紐状や細かく枝分かれしたような形態であっても,上記条件を満たせば,目的の効果を得る事ができる。
球状の場合は,直径が4.0μm以下となる。このような微細粒子は,パーティクルの発生には殆んど影響しない。」
「【0016】
本発明の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットの製造に際しては,強磁性材として,例えばCo若しくはFe又は双方を主成分とする材料の1~5μmの微粉と,非磁性材として酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料を使用する。これらの1~5μmの微粉を20~100時間程度,ボールミル等で混合した後,HP(ホットプレス)法を用いて1000~1250°Cの温度で焼結する。
強磁性材の中に非磁性材の粒子が分散した焼結体の研磨面で観察される組織中の非磁性材全粒子の形状及び寸法は,上記原料粉の形状,混合時間,焼結温度によって調節することができるが,この条件は,強磁性材料と非磁性材料の組合せによっても大きくことなるが,上記条件の範囲により,任意に選択できる。
この製造条件の選択は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径 1μmの全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法を備えるようにすることである。換言すれば,粒子の形状と寸法をこの条件に適合する条件にすることである。この条件に適合する粒子は,微細な球状の粒子か又は細い紐状あるいはヒトデ状若しくは網目状の粒子である場合が多いと言える。
【0017】
磁性材料としては,アトマイズ粉を使用することもできる。また,磁性材料の個々の原料粉を使用するだけでなく,合金粉を使用しても良い。また,粉砕・混合は,ボールミルだけでなく,メカニカルアロイングを使用しても良い。さらに,焼結は,ホットプレスに限らず,プラズマ放電焼結法,熱間静水圧焼結法を使用することもできる。
いずれにしても,強磁性材の中に非磁性材の粒子が分散した材料において,材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子が,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法にすることが条件であり,これを満足すれば,任意に選択することができる。」
このように,本件明細書の記載上も,半径2μmの仮想円を内包する大きさではないという制約について,例外を許容する趣旨の記載はない。
ウ 出願経過上も,控訴人から,本件発明において,「全粒子」に該当する上で例外を許容することをうかがわせる旨の積極的な主張はない。
すなわち,早期審査に関する事情説明書(乙8)において,控訴人は,本件各発明のスパッタリングターゲットでは,半径2μmの仮想円を超える球形の粒子は存在せず,球形以外の粒子については仮想円と少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法を有しており,これ以外の粒子が存在すると発明の目的を達成することができないので,その存在は許容されない旨主張した。
また,拒絶理由通知に対する意見書(乙6)において,控訴人は,本件発明では,半径2μmの全ての仮想円よりも大きく,しかも,2点以上の接点又は交点を有しない形状及び寸法の粒子が存在しては困る,このような粒子があると本件発明の効果が得られないとして,「全粒子」が重要な発明特定事項であると説明している。
エ もっとも,本件発明は,強磁性材としてのCo若しくはFe又は双方を主成分とする材料の粒径1~5μmの微粉と,非磁性材として酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料を,ボールミル等に混入し,長時間混合した後,ホットプレス法を用いて焼結するという過程を経て製造されるものであるから,混合過程において,マクロ的には材料を全体に均一化することができるとしても,ミクロ的には均一にならないという状態が生じるのは,技術的に不可避であり,しかも,微細なSiO2粒子は凝集しやすいという性質があり(甲60~63),かつ,焼結によっても組織状態が変動する可能性がある(乙36)。
そこで,本件発明において,材料の組成や大きさから見て,どの程度の大きさのSiO2粒子の塊が,どの程度の割合で生じることが,技術的に見て不可避か否か,そして,どの程度の組成,大きさ,割合の不純物であれば,当該発明の効果を実現することができなくなるのか等を検討する必要があるが,本件では,発明の効果の実現を妨げない不純物の発生やその大きさ,割合に関する的確な証拠はない。例えば,長時間の混合によって粉砕された微細なSiO2粒子は,元々の平均粒径1μmよりも小さくなっていると想定されるが,そのような微小の粒子をどのように混合しても,例外的に「半径2μmの仮想円を内包する大きさ」となる部分が生じるのが不可避なのか等に関し,的確な技術的知見を示す証拠はない。むしろ,出願経過に見られる控訴人の主張は,完成品における非磁性材について,半径2μmの仮想円を内包する大きさではない状態とすることが,技術的に可能であることを前提としたものと解される。また,鑑定嘱託の結果報告書のFigure5,6(a)~(c),7(a)~(c)によれば,被控訴人製品1で観察された粗大粒子の大きさ(最小短辺の長さ)は4~7.5μmの範囲に分布していると認められるが,この大きさは,本件明細書において,比較例1で記載されている粗大粒子と大きさの点で大差ないと推測され(比較例1では,平均粒径が直径5~8μmである〔【0029】〕。),本件明細書上好ましくないとされている「粗大粒子」(【0014】)に該当する可能性がある。したがって,上記の大きさの粗大粒子は,本来の発明の効果の実現を妨げないような「不可避的不純物」とはいい難い。
結局,本件明細書上も,その他の一般的な技術文献に関する証拠上も,粗大粒子の割合や単位面積当たりの個数,及びその大きさが,ターゲットの導電性,スパッタリング時における異常放電発生の有無やパーティクルの形成等に対し,定量的にどの程度の影響を及ぼすのかについての記載はなく,どの程度の大きさの粗大粒子がどの程度の割合であれば,発明の効果を実現できるかということについて,何らかの技術的知見を理解することはできない。
オ そうすると,構成要件1-Bの「全粒子」に該当しない不可避的な粗大粒子の具体的内容については不明といわざるを得ず,材料や製法如何にかかわらず,「半径2μmの仮想円を内包する大きさ」の粒子は,本件発明で許容されないというほかない。
(2) 「研磨面」
ア 特許請求の範囲では,構成要件1-Bの冒頭に「前記材料の研磨面」と記載されているところ,この「前記材料」は,同1-Aの「・・・強磁性材の中に・・・非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって」との記載を受けたものであるから,ターゲット全体を指すものと解される。したがって,特許請求の範囲の文言上,「前記材料の研磨面」とは,ターゲットのどの部分を研磨してもよいという趣旨と解され,研磨の回数や対象となる部位について特定の制限はなく,1回目の研磨後のターゲットの表面のみを指すとみることは困難である。
イ このような解釈は,スパッタリングターゲットの通常の使用方法からしても,正当なものである。
すなわち,証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,スパッタリングターゲットを用いたスパッタリング法とは,正の電極となる基板と負の電極となるターゲットを対向させ,不活性ガス雰囲気下で基板とターゲットの間に高電圧又は高周波を印加して電場を発生させてプラズマを形成し,プラズマ中の陽イオンがターゲット表面に衝突してターゲット構成原子をたたき出し,この原子が対向する基板表面に付着して膜が形成されるという原理を用いたものであり,スパッタリングの進行に伴ってターゲットの表面が消耗するとターゲットの内部が露出し,その部分もスパッタリングに供されることが認められる。そうすると,非磁性材の粗大粒子によるパーティクル発生の防止という課題は,非磁性材がターゲットの表面にある場合だけでなく,ターゲットの内部にある場合にも共通すると解されるから,1回目の研磨後のターゲットの表面における粗大粒子の有無のみを観察しても,技術的に無意味である。
ウ 以上によれば,構成要件1-Bにいう「前記材料の研磨面」は,焼結体スパッタリングターゲットの表面又は内部の任意の箇所を研磨した面を意味し,2回目以降の研磨後の面も含むと判断するのが相当である。
(3) 強磁性材の除外の可否
ア 鑑定嘱託の結果においては,被控訴人製品1で観察された粗大粒子に,非磁性材の中に強磁性材が含まれているとされているところ,非磁性材の粒子中に強磁性材が含まれている場合には,当該非磁性材の粒子が構成要件1-Bに該当しないと解すると,被控訴人製品1中に粗大粒子が存在するとしても,以下,構成要件1-Bを充足することになるから,この点を検討する。
イ 本件明細書において,実施例と比較例とは,強磁性材と非磁性材を混合して焼結するという方法で製造されているから,いずれにおいても,非磁性材の中には強磁性材の微粉が取り込まれていると推測される。それにもかかわらず,非磁性材の粒子に該当するか否かに当たって,強磁性材の微粉が含まれているか否かを厳密に分析した形跡はなく,強磁性材の含有の有無やこれによる本件発明の効果との関係についての記載もない。
また,パーティクル発生の原因とされる粗大粒子の脱粒が起きるか否かは,内部に強磁性材を含んでいるか否かにより変わるものでないと推測されるし,非磁性材が脱粒する際の穴の大きさは,強磁性材の含有の有無にかかわらず,一塊の非磁性材の大きさに依拠するものと考えられるから,本件発明の効果を実現するためには,非磁性材の粗大粒子に強磁性材が含有されているか否かは関係がないというべきである。
ウ したがって,非磁性材の粒子中に強磁性材が含まれている場合であっても,一塊の非磁性材の粒子の外周を仮想円と対照して,構成要件充足性を判断すべきである。
(4) 被控訴人製品の構成要件1-B充足性について
鑑定嘱託の結果によれば,1回目の研磨後の観察では,観察試料1及び3のいずれにも非磁性材の粗大粒子は確認できなかったが,2回目の研磨後の観察では,観察試料1につき1か所,観察試料3につき6か所,合計7か所で非磁性材の粗大粒子を確認できており,控訴人の主張によっても4か所の非磁性材の粗大粒子が確認されている(なお,被控訴人の主張によれば,9か所である。観察試料1及び3の表面積はそれぞれ126.9mm2,98.3mm2であるから,2度の観察範囲である450.4mm2をもとに計算すると,単位面積当たりの粗大粒子数は,0.89~2.00個/cm2となる。)。
そして,粗大粒子の有無は,上記のとおり,1回目の研磨での観察に限定することなく判断するのが相当であるから,被控訴人製品1には粗大粒子が認められることになる。そして,観察された粗大粒子が,構成要件1-Bの「全粒子」の例外として許容された不可避的不純物であるとは認められない。
よって,構成要件1-Bを充足するとは認められない。
(5) 控訴人の主張について
ア 控訴人は,構成要件1-Bにおける「全粒子」は,スパッタリングターゲットの研磨面全部における全ての粒子ではなく,SEMで一度に観察することができる範囲における全ての粒子であれば足りると主張する。
スパッタリングターゲットの研磨面における粗大粒子の有無の確認には,観察が必要であるから,何を観察の対象とすべきかという問題は,結局,どの範囲をどのように調べれば,ターゲット全体の状態を正しく推認できるかという問題に集約される。したがって,SEMで一度観察した研磨面が,ターゲットの組織を代表しているといえるようなものであれば,その際,観察された「全粒子」が半径2μmの仮想円を中に含有されていないことが確認された事実のみをもって,ターゲット全体を観察しなくとも,ターゲット全体において「全粒子」の要件を充足するという評価が可能となる。しかしながら,本件発明では,上記のとおり,粗大粒子が,ターゲットの組織全体にないという条件を満たさない限り,その効果を奏することはできないから,本来は,組織全体を観察すべきであって,仮に,そのような観察をしなくとも組織全体の状態を推察できる場合は,全てを観察する必要がないというにすぎない。したがって,控訴人の主張が,SEMで一度観察した研磨面がターゲットの組織を代表しているといえるか否かにかかわらず,SEMで一度だけ研磨面を観察すれば足りるという趣旨であれば,採用できない。そして,本件では,上記のとおり,被控訴人製品1につき,2回目の研磨で粗大粒子が確認されているから,控訴人が観察したターゲットの研磨面で粗大粒子が確認されていないとしても,これをもって,被控訴人製品1の組織全体を代表しているということはできない。
控訴人の主張は採用できない。
イ 控訴人は,被控訴人製品1で観察された粗大粒子の数や面積の割合を基に,不可避的不純物であると主張する。また,分級できる限界よりも小さな粒子であることを根拠に,不可避的不純物であるとも主張する。
しかしながら,本件発明は,非磁性材の大きさを微小化することを追求する発明であるから,全粒子に占める粗大粒子の数が少なく,全体に占める粗大粒子部分の面積が狭いのは当然のことであって,粗大粒子の単位面積当たりの数を評価できない限り,その数値のみをもって,不可避的不純物ということはできない。実際,被控訴人製品1にある単位面積当たりの粗大粒子数は,0.89~2.00個/cm2であるところ,この数字を,本件明細書の実施例として記載されているような直径6インチのスパッタリングターゲットに当てはめると,粗大粒子の数は,表面だけでも162~364個となる(この数字は,スパッタリングの進行に伴って,更に増加することになる。)。ところが,当該数値を評価する技術常識に関する証拠はなく,この程度の数であれば,発明の効果との関係で無視できるとはいえないから(むしろ,一般的な大きさのターゲット1枚当たりの粗大粒子の数としては多いと推測される。),上記程度の数がある粗大粒子を,不可避的不純物ということはできない。
なお,上記判断は,控訴人において,仮に,取引先から,現実に製品中にあるppmオーダーの粗大粒子の有無を問題とされていないとしても,取引先が期待している製品の効果と本件発明の明細書に示される効果とが必ずしも一致していない以上,左右されるものではない。
また,篩で分級できない大きさの粒子は,38μm未満のものであるが,その大きさは,本件発明で回避しようした半径2μmの円を含有する粒子と比較すると,相当に大きい。したがって,篩で分級できない大きさの粒子の中には,本件発明の効果を実現できるか否かに十分影響を与える大きさのものも含まれると考えられるから,篩での分級の可否を分ける大きさを基準として,不回避的不純物の大きさを導き出す根拠とできないことはいうまでもない。
控訴人の主張は採用できない。
ウ 控訴人は,本件明細書にターゲットの表面のSEM写真だけが掲載されていることをもって,粗大粒子の有無は,1回目の「研磨面」のみを観察すればよいと主張する。
しかしながら,本件明細書に掲載された写真は,ターゲットの組織全体を代表する一例として掲載されたにすぎず,技術的にターゲットの表面のみを観察すれば足りるという趣旨には解されない。
控訴人の主張は採用できない。
3 争点(1)(被控訴人製品1の構成要件1-B充足性)のうち,均等侵害について
(1) 第2要件(置換可能性)について
控訴人は,被控訴人製品1において,直径2μmの円を内包するような粗大粒子がわずかしか存在せず,作用効果に全く影響を与えないので,上記のような粗大粒子が存在したとしても,本件発明の目的を達成することができるなどと主張する。
しかしながら,どの程度の大きさ及び単位面積当たりの数の粗大粒子が,本件発明の目的を阻害しないような粒子といえるか,本件明細書上全く明らかではないから,被控訴人製品1で観察された粗大粒子によって,本件発明の作用効果を実現できるか否かは不明であり,被控訴人製品1における粗大粒子が存在しても,本件発明の目的を達成できるとはいえない。
なお,控訴人が置換可能の根拠として掲げる特許第4859726号公報(甲67)は,スパッタリングターゲットの発明に関し,発明特定事項として不可避的不純物の含有を許容しているが,同公報が「不可避不純物」と称する物質の組成や大きさ,量は不明であるし,また,同公報では「不可避不純物」の有無による性能に関して何ら言及されておらず,被控訴人製品1で観察された粗大粒子のターゲット性能に与える影響等を示唆するものとはいえない。
(2) 小括
したがって,最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決(民集52巻1号113頁。いわゆるボールスプライン判決)の第2要件(特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる「部分を,対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するもの」であるという要件)を充足しないから,その余の点について検討するまでもなく,被控訴人製品1は,構成要件1-Bの要件を均等侵害しない。
4 争点(2)(被控訴人製品2の構成要件充足性)及び(3)(被控訴人製品3の特定及び構成要件充足性)について
控訴人は,被控訴人製品2及び同3が,被控訴人製品1と同一の構成であることを前提として,被控訴人製品1と同様に本件発明の技術的範囲に属する旨主張するが,被控訴人製品1が本件発明の技術的範囲に属するとはいえないのは,上記2のとおりであるから,控訴人の被控訴人製品2及び同3に関する本件特許権侵害の主張は,前提を欠くものであり,その余の点を検討するまでもなく理由がない。
5 争点(4)(本件特許の無効理由の有無)について
乙23文献に基づく新規性及び進歩性の欠如に関し,判断する。
(1) 乙23発明の認定
ア 乙23文献には,次のとおりの記載がある。
「【0015】
【実施例】・・・実施例1 Co82Cr13Ta5合金1.5kgを・・・アトマイズすることにより粉末とした。アトマイズはCo-Cr-Ta合金を,底にノズルをもつアルミナるつぼ中に入れアルゴン雰囲気中で・・・約1600℃の温度で溶湯した後,その溶湯をノズルより落下して溶湯流とし,その溶湯流にアルゴンガスを・・・噴射することにより行なった。・・・得られたアトマイズ粉末(150μm以下)に酸化物として3重量%のSiO2の粉末を混合した後,ボールミルによりメカニカルアロイングを施した。メカニカルアロイング条件は,ボールと試料の重量比を40:1とし,アルゴン雰囲気中で96時間行った。・・・この酸化物が分散したCo-Cr-Ta合金粉末を直径4インチのカーボン型中に入れ,真空中1100℃で300kg/cm2でホットプレスを施し,ターゲットを作製した。
【0016】
・・・図1にホットプレスにより作製したターゲットの断面組織写真を示す。これによれば,微細な黒い点(SiO2)が均質に分布しているのが観察され,また,空孔やひびなどは観察されない。以上の結果より,このターゲットの組織はSiO2がCo-Cr-Ta合金中に分散した微細混合相からなっていることがわかった。」
「【0038】
【発明の効果】
・・・本発明により得られるターゲットは,Co系合金粉末を母相とした合金相とセラミックス相が均質に分散した微細混合相からなり,また一枚の板状体に微細な酸化物が均質に分散した複合ターゲットであるため・・・異常放電がなく,また取扱いも容易である。」
「【図面の簡単な説明】
【図1】
アトマイズにより作製したCo82Cr13Ta5合金粉末(150μm以下)とSiO2にメカニカルアロイングを施して酸化物分散型Co82Cr13Ta5合金粉末を作製した後,真空中1100℃で300kg/cm2でホットプレスを施すことにより得られた本発明のターゲットの断面組織写真である。」
file_4.jpgEDes 4 104m teedイ 乙23文献の図1は,不鮮明であるため,これと内容において同一である,同一特許出願の願書に添付された図面(乙24)の図1を参照すると,内容は,以下のとおりである。乙24の図面1は,特許庁において公開され閲覧可能であるから,乙23文献に記載された発明を認定するに当たって,これを斟酌することは許されるものというべきである。
file_5.jpg乙24の図1によれば,少なくとも,均質に分布している「微細な黒い点(SiO2)」(乙23,【0016】)が,いずれも半径1μmの仮想円を内包しないこと,及び,SiO2粒子が存在しない領域の最大径が10μm以下であって,直径10μm以上40μm以下のSiO2粒子が存在しない領域の個数が0個/mm2であることが,看取できる。
ウ 以上によれば,乙23文献には,次の発明が記載されていると認められる。
「a SiO2がCo82Cr13Ta5合金中に分散した組織を有する非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットであって,
b 前記ターゲットの研磨面で観察される組織のSiO2の全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径1μmの全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子からなり,
c SiO2粒子が存在しない領域の最大径が10μm以下であり,
d 直径10μm以上40μm以下のSiO2粒子が存在しない領域の個数が0個/mm2である
e ことを特徴とする焼結体からなる酸化物分散型Co系合金スパッタリングターゲット。」
(2) 本件発明1ないし3について
本件発明1ないし3と乙23発明をそれぞれ対比すると,Co82Cr13Ta5合金は,「Coを主成分とする材料」に当たり,SiO2は,「酸化物」の「非磁性材」に当たるから,乙23発明は,本件発明1ないし3の構成要件を全て有している。
したがって,本件発明1ないし3は,乙23発明と同一であって,新規性を欠くものというべきである。
(3) 本件発明6について
本件発明6は,DCスパッタリング用とされる点において,そのような限定のない乙23発明と相違する。
乙23発明は,合金中に少量の酸化物(実施例においては3重量%)を均一かつ微細に分散させたものであるが,同種の組成のターゲットをDCスパッタリングに用いることが公知であったこと(乙29~31)に照らせば,上記相違点に係る構成は,当業者であれば容易に想到できたものと認められる。
したがって,本件発明6は,進歩性を欠くものというべきである。
(4) 控訴人の主張について
ア 控訴人は,乙23文献は酸化物の体積比率と面積比率がかい離する点で記載内容に信ぴょう性がないから,これに基づく無効主張は認められない旨主張する。
確かに,控訴人従業員の作成した陳述書(甲53)で指摘されるとおり,理論的には,磁性材と非磁性材の体積比率と面積比率は一致するはずである。また,同陳述書において,ターゲットに含まれる各元素のモル数や重量から体積比率を導き出した計算方法自体は,密度の点についての考慮が欠けるとはいえ,一定の合理性が認められ,その数値自体は,面積比率との対比におよそ使用できないほど信用性に問題があるわけではない。しかしながら,同陳述書で算出された面積比率について考えるに,面積比率の算定に当たって行われた二値化処理(乙23の図1の中から黒い部分を抜き出す処理)は,対象となる画像の鮮明度や明度の影響を強く受けると考えられるし,また,閾値の設定によって,灰色部分が全く認識されず,処理結果が異なるという問題がある。さらに,面積比率の方が,非磁性材の割合が小さくなっている点は,上記閾値の問題に加え,同従業員が図1から分析対象として抜き出した範囲が,図2で示されたターゲット全体の中で白みが強い部分,すなわち,非磁性材が少ない部分であることによる影響も考えられる。したがって,上記陳述書に基づいて,体積比率と面積比率の差異が,技術的に不合理なものであり,乙23文献から技術的思想を読み取ることができないと評価することはできない。
控訴人の主張は理由がない。
イ 控訴人は,乙24写真は,乙23発明の組織を代表するものではないと主張する。
確かに,乙24写真において,図1と図2に記載された組織は,組成が同一であるにもかかわらず,外見上違いがあるが,両者は製造方法が異なるものであるから,外見上の違いを不合理ということはできない。そして,明細書に記載された図は,最も代表的なものを掲載するのが一般的であるから,乙23文献の図1に記載された組織をもって乙23発明の組織を代表し,技術的思想を実現化させたものと見ることに,何ら支障はない。
控訴人の主張は理由がない。
6 結語
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,各被控訴人製品は,本件発明1ないし3及び6をいずれも侵害しないこととなる。
第5結論
以上によれば,控訴人の請求はいずれも理由がないから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 片岡早苗)
裁判官 新谷貴昭は,転官のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官 清水節
file_6.jpg別紙