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知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10080号 判決 2016年3月10日

原告

KJSエンジニアリング株式会社

訴訟代理人弁護士

安江邦治

安江裕太

補佐人弁理士

高橋敏邦

被告

吉佳エンジニアリング株式会社

訴訟代理人弁護士

田中成志

山田徹

杉本賢太

訴訟代理人弁理士

江藤聡明

高橋修平

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2013-800157号事件について平成27年4月2日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  被告は,平成11年8月18日,発明の名称を「斜面保護方法及び逆巻き施工斜面保護方法」とする発明について,特許出願(特願平11-231467号,優先権主張平成11年4月27日。以下「本件出願」という。)をした。

被告は,平成20年6月6日付けの拒絶理由通知(甲12)を受けたため,同年8月11日付けで本件出願の願書に添付した明細書(特許請求の範囲を含む。以下同じ。)について手続補正(以下「本件補正」という。甲14)をした後,平成21年2月6日,特許第4256545号(請求項の数7。以下「本件特許」という。)として特許権の設定登録を受けた(甲15)。

(2)  原告は,平成25年8月29日,本件特許に対して特許無効審判(無効2013-800157事件)を請求し,被告は,同年11月15日付けで,本件特許に係る特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正請求(以下「本件訂正」という。甲18)をした。

その後,特許庁は,平成27年4月2日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月10日,原告に送達された。

(3)  原告は,平成27年4月30日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  本件出願時のもの

本件出願の願書に最初に添付した明細書の特許請求の範囲は,請求項1ないし8から成り,そのうちの請求項1,2及び4(以下,請求項の番号に従って「旧請求項1」などという。)の記載は,次のとおりである(甲11)。

【請求項1】引張り強度の高いワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定することを特徴とする斜面保護方法。

【請求項2】前記アンカーを用いた受圧板の固定は,

前記受圧板により金網全体がほぼ均等な張力になるように締め付けることによって行うを特徴とする請求項1に記載の斜面保護方法。

【請求項4】前記ワイヤーの引張り強度が400~2000N/mm2であることを特徴とする請求項1から3の何れかに記載の方法。

(2)  本件特許の設定登録時のもの

本件特許の設定登録時(本件補正後のもの)の特許請求の範囲は,請求項1ないし7から成り,そのうちの請求項1の記載は,次のとおりである(下線部は,本件補正による補正箇所である。甲14,15)。

【請求項1】

引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定し,前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われることを特徴とする斜面保護方法。

(3)  本件訂正後のもの

本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし7の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1ないし7に係る発明を請求項の番号に従って「本件発明1」などという。下線部は,本件訂正による訂正箇所である。甲18)。

【請求項1】

引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定し,前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われることを特徴とする斜面の表層の滑り,崩壊を防止するための斜面保護方法。

【請求項2】

金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働く前記押え付けは,

前記受圧板の設置箇所に,前記金網の展設に先立って可撓性の袋体を置き,

前記袋体の配置箇所の前記金網の上側に前記受圧板を配置し,

前記アンカー緊張による前記受圧板の仮締めを行い,

前記袋体の内部に硬化性流動性注入材を注入し,

前記硬化性流動性注入材が完全に硬化する前に前記アンカーの本締めを行い,前記受圧板を沈み込ませ,前記金網に一定の張力を付与することによって行なわれることを特徴とする請求項1に記載の斜面保護方法。

【請求項3】

金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働く前記押え付けは,

前記受圧板の設置箇所に,前記金網の上側と下側に可撓性の袋体を置き,

前記金網の上側に配置した袋体の上に前記受圧板を配置し,

前記アンカー緊張による前記受圧板の仮締めを行い,

前記両袋体の内部に硬化性流動性注入材を注入し,

前記硬化性流動性注入材が完全に硬化する前に前記アンカーの本締めを行い,前記受圧板を沈み込ませ,前記金網に一定の張力を付与することによって行なわれることを特徴とする請求項1に記載の斜面保護方法。

【請求項4】

前記受圧板が椀状または皿状の中空殼体構造であって,この受圧板を金網上に配置する際,内側の空間部に前記金網の上側の袋体を配置し,受圧板の仮締めを行った後,この金網の上側の袋体内に硬化性流動性注入材を注入して受圧板内と金網との間の空間を埋めることを特徴とする請求項3に記載の方法。

【請求項5】

前記金網は,前記硬鋼製のワイヤーが平面視鋭角のジグザグ状,正面視長円形状となるように直線状の上辺直線部及び下辺直線部とそれらの間をつなぐ屈曲部とを有し,かつ螺旋状に伸長するように形成され,前記屈曲部によって形成される前記上辺直線部と下辺直線部との間隔が硬鋼製のワイヤー太さの数倍となるように成形され,複数の該硬鋼製のワイヤーを前記屈曲部相互が係止し合うように編み合わせて菱形編み目となるように形成され,この金網が前記斜面上に,前記菱形編み目の長い方の対角線の伸長方向が斜面の上下方向へ向かうように配設されることを特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載の方法。

【請求項6】

前記硬鋼製ののワイヤーの表面が防食処理されていることを特徴とする請求項1~5の何れか1項に記載の方法。

【請求項7】

前記請求項1から6の何れか1項に記載の斜面保護方法を当該斜面の上方位置から下方位置へ所定範囲ずつ順次段階的に施していく逆巻き施工にて行うようにしたことを特徴とする逆巻き施工斜面保護方法。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件補正のうち,旧請求項1に「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との文言を追加する補正は,本件出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下,これらを併せて「当初明細書等」という。甲11)の全ての記載事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではなく,当初明細書等に記載されていない事項の追加であるとはいえないから,本件補正は特許法17条の2第3項に違反しない,②本件訂正後の請求項1の「受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」及び「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤー」の記載が不明確であるとはいえず,本件発明1は明確でないとはいえないし,同請求項1の記載を引用する本件発明2ないし7も明確でないとはいえないから,本件特許が同法36条6項2号に規定する要件(以下「明確性要件」という。)を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない,③本件訂正後の明細書(以下,図面を含めて「本件明細書」という。甲18)の発明の詳細な説明に本件訂正後の請求項1の「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤー」及び「受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われること」が当業者がその実施をすることができる程度に記載されているから,本件特許が同条4項1号に規定する要件(以下「実施可能要件」という。)を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない,④本件発明1は,本件出願の優先日(以下「本件優先日」という。)前に頒布された刊行物である甲2,甲1又は甲4を主引例として,甲5ないし7を組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,また,甲3を主引例として,甲1ないし7を組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものではないし,さらに,本件発明1の発明特定事項を限定した本件発明2ないし7は,甲1ないし10に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件特許は同法29条2項に違反してされたものではないというものである。

甲1ないし10は,次のとおりである。

甲1  特開平7-42158号公報

甲2 「第二東名高速道路 長大切土のり面設計施工指針(案)」(日本道路公団静岡建設局編集,平成10年5月発行)

甲3 「地山補強土工法に関するシンポジウム発表論文集」(社団法人地盤工学会,平成8年3月)

甲4 「落石対策便覧」(社団法人日本道路協会編集,昭和58年7月25日発行)

甲5 「落石防護網」(東京製綱株式会社作成,1997年(平成9年)4月)

甲6 「鉄鋼関係JIS要覧」(鉄鋼関係規格研究会編集,平成23年7月6日発行)の「G3543」

甲7 「鉄鋼関係JIS要覧」(鉄鋼関係規格研究会編集,平成23年7月6日発行)の「G3547」

甲8  特開平9-125397号公報

甲9  特開平7-259088号公報

甲10 特開平8-144287号公報

(2)  本件審決が認定した甲1ないし甲4に記載された発明(以下,それぞれを書証番号に従って「甲1発明」などという。),本件発明1と甲1発明ないし甲4発明との各一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 甲1発明関係

(ア) 甲1発明

「ネット状のジオテキスタイル6を,

地山斜面に展設し,

所定間隔で点在する受圧版7で上面から当該ネットを押えつけ,

受圧版配置箇所に相当して地山に固設されるグランドアンカー1を用いて受圧版が地山に固定される斜面安定化工法」

(イ) 一致点

「網状体を,

保護すべき斜面に展設し,

この網状体の上面から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定し,

前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により網状体を押え付けて行われる

斜面保護方法。」である点。

(ウ) 相違点

(相違点11)

網状体を,本件発明1は,引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網としたのに対し,甲1発明はネット状のジオテキスタイルとした点。

(相違点21)

受圧板により網状体を押え付けて行われる斜面保護方法において,本件発明1は「アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われ」「斜面の表層の滑り,崩壊を防止する」ようにしたのに対し,甲1発明のアンカーを用いた受圧板の固定は,受圧板により「網状体」を押え付けて行われるようにした点。

イ 甲2発明関係

(ア) 甲2発明

「切土表面に金網を展設し,

金網に対して,補強材が所定間隔をおいて点在状態に配置され,

金網の上方に,モルタル,頭部プレートを配置し,

切土に貫入固設された補強材を用いて頭部プレートを切土に固定し,

頭部プレートは,上方からモルタルを介して金網を押え付ける切土補強土工」

(イ) 一致点

「金網を,

保護すべき斜面に展設し,

この金網の上面側から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し前記受圧板配置箇所に相当して保護すべき斜面に固設されるアンカーを用いて受圧板を保護すべき斜面に対して固定し,

前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網を押え付けて行われる

斜面保護方法。」である点。

(ウ) 相違点

(相違点12)

金網が,本件発明1は,引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーで製作したのに対し,甲2発明はそのような特定がなされていない点。

(相違点22)

受圧板により金網を押え付けて行われる斜面保護方法において,本件発明1は金網の「上面」から受圧板を配置し,「地山に固設される」「アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われ」「斜面の表層の滑り,崩壊を防止する」ようにしたのに対し,甲2発明は「切土」に固設され,アンカーを用いた受圧板の固定は,「上方からモルタルを介して」金網を押え付けて行われるようにした点。

ウ 甲3発明関係

(ア) 甲3発明

「法面に溶接金網を展設し,吹付コンクリートを施工し,吹付コンクリートの上から角ワッシャーを配置するとともに,角ワッシャー配置箇所に相当して法面に固設されるロックボルトを用いて角ワッシャーが法面に固定された法面保護方法」

(イ) 一致点

「金網を,

保護すべき斜面に展設し,

この金網の上面側から受圧板を配置し

前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定し,

斜面保護方法。」である点。

(ウ) 相違点

(相違点13)

金網を,本件発明1は,引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーで製作したとしたのに対し,甲3発明は溶接金網とした点。

(相違点23)

斜面保護方法において,本件発明1は「金網の上面から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し」,「アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われ」「斜面の表層の滑り,崩壊を防止する」ようにしたのに対し,甲3発明の金網は吹付コンクリートを補強するものであって,そのような特定がなされていない点。

エ 甲4発明関係

(ア) 甲4発明

「斜面に網を設置し,網の上から板状部材を介しロックボルトを法面に打ち込まれる落石防止のための斜面安定工法」

(イ) 一致点

「網を,

保護すべき斜面に展設し,

この網の上面側から受圧板を配置し

前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定した

斜面保護方法。」である点。

(ウ) 相違点

(相違点14)

網を,本件発明1は,引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーで製作した金網としたのに対し,甲4発明はそのような特定がなされていない点。

(相違点24)

斜面保護方法において,本件発明1は受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し,アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われ」「斜面の表層の滑り,崩壊を防止する」ようにしたのに対し,甲4発明はそのような特定がなされていない点。

第3当事者の主張

1  原告の主張

(1)  取消事由1(補正要件の判断の誤り)

本件審決は,旧請求項2,当初明細書等の段落【0014】及び【0032】の記載事項などによれば,本件発明1の「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて」は,旧請求項2の「受圧板により金網全体がほぼ均等な張力になるように締め付ける」ことを意味し,それ以外の態様を意味しないことを考慮すると,旧請求項1に「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との文言を追加する本件補正は,当初明細書等に記載されていない事項の追加であるとはいえない旨判断した。

しかしながら,本件審決の上記判断は,以下のとおり,誤りである。

ア 当初明細書等の記載事項(段落【0002】,【0003】,【0005】,【0008】,【0014】,【0019】等)によれば,当初明細書等記載の「本発明」は,「斜面に展設される網体」を押さえる部材を,従来の「コンクリートブロック」に代えて「受圧板」とし,かつ,所定間隔を開けて点在する「受圧板」により,金網全体がほぼ均等な張力になるように締め付けること,すなわち,「所定間隔を開けて分散配置された受圧板により,金網全体がほぼ均等な張力になるように受圧板を締め付けること」によって,「地山から及ぼされる圧力は,金網全体でほぼ均等に受け持つことができる」という効果を奏する点に技術的意義がある。

そして,旧請求項2は,「受圧板の固定」方法は,アンカー先端(地表に突出した先端)に対し受圧板を「締め付け手段」で締め付けて固定すること,受圧板により「点」で押さえ金網の張力をほぼ均等となるように締め付け固定することを明確に規定している。

イ 一方,本件補正後の請求項1の「受圧板の固定」方法は,旧請求項2にいう「締め付け手段」によって「金網全体がほぼ均等な張力になるように受圧板を締め付ける」固定方法とは異なり,「受圧板を押え付けて行う」というものであり,しかも「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように行う」というものである。

そして,①本件補正後の請求項1の受圧板の固定方法において,受圧板とアンカーとの協働を考えた場合,どのような部材でアンカーに対し受圧板をどのように押え付けるのか不明であり(少なくとも,旧請求項2が想定する締め付け手段とは異質の手段が含まれることになる。),また,②受圧板で金網を押え付けて固定するに当たり,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する作用がどのように得られるのかについて,当初明細書等に何らの記載もなく,上記作用効果が得られる根拠は不明であり,さらには,③本件補正後の請求項1の受圧板の固定方法によって,当初明細書等で開示された「本発明」の有する作用効果を維持できるか否かも不明となった。

ウ 以上によれば,旧請求項1に「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との文言を追加する本件補正は,当初明細書等に記載されていない事項を追加するものであるから,特許法17条の2第3項に違反する。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

(2)  取消事由2(明確性要件の判断の誤り)

本件審決は,本件訂正後の請求項1の「受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との記載は,機能的な表現を含むものであるが,要求される機能は理解可能であり,特許請求の範囲の記載が不明確であるとはいえないし,本件明細書の段落【0032】の記載を参酌すれば,「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する方法を一応理解できるから,本件発明1は明確でないとはいえないし,また,同請求項1を引用する本件発明2ないし7も明確でないとはいえない旨判断した。

しかしながら,本件審決は,本件訂正後の請求項1の「受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との構成において,どのように受圧板を押さえ付けて固定した場合に,受圧板によって「金網全体にほぼ均等に土圧による張力」が働くようになるのかについて何ら判断を示していない。

また,本件明細書の段落【0032】は,旧請求項2の「(受圧板の固定は)受圧板により金網全体がほぼ均等な張力になるように締め付けることによって行う」ことを前提とした発明に関する記載であって,本件訂正後の請求項1に係る「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」発明に関するものではない。

さらに,本件訂正後の請求項1には,「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」具体的方法について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がなく,「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する方法が記載されていない。

以上によれば,本件発明1及び本件発明1の構成を引用する本件発明2ないし7は,明確性要件を満たしているとはいえない。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

(3)  取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)

ア 本件審決は,本件訂正後の請求項1の「受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との記載における張力の「均等」が厳格なものでないと解されること,段落【0032】の記載を踏まえれば,本件発明1の「受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」ことは実施可能であるなどとして,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし7について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとはいえない旨判断した。

しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明1の「アンカーを用いた受圧板の固定」方法によって「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する技術手段が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから,本件発明1及び本件発明1の構成を引用する本件発明2ないし7は,実施可能要件を満たしていない。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

イ この点に関し,被告は,「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付ける」ためには,受圧板を矩形状配置等の均等な点在配置とし,アンカーを緊張させて受圧板を固定すればよく,その作業を行うに当たり,特別な情報と技術を必要としないなどとして,本件発明1ないし7に実施可能要件違反はないとした本件審決の判断に誤りはない旨主張する。

しかしながら,そもそも,被告のいう「矩形状の配置等の均等な点在配置」とか,「アンカーを緊張させて受圧板を固定」とは一体どのような状態を意味するのか全く不明であり,被告の上記主張は失当である。

(4)  取消事由4(本件発明1ないし7の容易想到性の判断の誤り)

ア 取消事由4-1(甲2を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)

(ア) 相違点12の判断の誤りについて

本件審決は,相違点12に関し,甲2は,金網の機能について特定し得るようなものではないので,本件優先日前に製造販売されていた多数の金網の中から甲5ないし7記載の引張り強度540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2の金網を選択する動機付けが存在したとはいえず,また,本件発明1の引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーは,「金網を設置した際,地山の圧力を確実に受け止めることができ,しかも破断することはない。」(段落【0009】)という技術的意義を有するものであり,上記ワイヤーで製作した金網を選択することは「単なる設計事項」といえるものでもないとして,相違点12に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえない旨判断した。

しかしながら,甲5ないし7によれば,本件優先日前に,斜面保護工法に使用される引張り強度400ないし540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2の金網が製造販売されていた。

そして,甲2を含む従来公知の斜面保護方法は,いずれも,斜面表層の滑りや表層の崩壊を防止することを目的とし,万一,そのような事態が発生しようとした場合,又は発生した場合に,斜面に展設された金網等によって崩壊する土塊を受け止めるようにしたものであり,金網は現場の状況に応じて崩壊する土塊を確実に受け止め,破断しないような高い強度のものが選択され,使用されてきた。

そうすると,甲2に開示された斜面保護方法における金網は,「地山の圧力を確実に受け止める。しかも破断しない」ことを当然の前提としており,甲2にそのような文言が記載されていないとしても,甲2に接した当業者であれば,そのことを当然に理解するものといえる。

したがって,当業者が,本件優先日前に現に製造されていた甲5ないし7に開示されている斜面保護用金網(引張り強度400ないし540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2の金網を含む。)を,甲2の斜面保護方法において選択する動機付けは十分に存在するから,相違点12に係る本件発明1の構成は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に想到することができたものである。

よって,本件審決の上記判断は誤りである。

(イ) 相違点22の判断の誤りについて

本件審決は,相違点22に係る本件発明1の構成は,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」(相違点12に係る本件発明1の構成)を使用することによって得られる構成であるが,甲2,5ないし7を組み合わせても相違点12に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到することができたものではない以上,相違点22に係る本件発明1の構成も当業者が容易に想到することができたものとはいえないし,また,甲2,5ないし7には,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付け」るようにすることを示唆する記載はなく,相違点22に係る本件発明1の構成の記載はないから,甲2発明と甲5ないし7を組み合わせても,相違点22に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえない旨判断した。

しかしながら,相違点22に係る本件発明1の構成は「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」を使用することによって得られる構成であるとの本件審決の判断を前提とすると,上記(ア)のとおり,甲2発明に甲5ないし7に記載された斜面保護用金網(引張り強度400ないし540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2の金網を含む。)を組み合わせることを容易に想到することができたものである以上,相違点22に係る本件発明1の構成も容易に想到することができたものといえる。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

(ウ) 小括

以上のとおり,本件審決における相違点12及び相違点22の容易想到性の判断には誤りがあるから,本件発明1は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りである。

イ 取消事由4-2(甲1を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)

(ア) 相違点11の判断の誤りについて

本件審決は,相違点11に関し,甲1発明はジオテキスタイルを用いるものであって,特段金網への置換を示唆したものではなく,ジオテキスタイルは,基本的に樹脂製のシート状部材であり,引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網とは材料的な性質が異なり,材質そのものの強度も弱いから,甲1記載のジオテキスタイルに代えて,甲5ないし7記載の引張り強度540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2の金網を用いる動機付けが存在したとはいえないし,また,本件発明1の引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーは,「金網を斜面に設置した際,地山の圧力を確実に受け止めることができ,しかも破断することはない。」(段落【0009】)という技術的意義を有するものであり,上記ワイヤーで製作した金網を選択することは「単なる設計事項」といえるものでもないとして,相違点11に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえない旨判断した。

しかしながら,甲1発明は,従来公知のアンカーを使用した法面等斜面の安定化工法に関するものであり(甲1の段落【0001】,【0002】等),ジオテキスタイルの作用は,「崩壊性の斜面にジオテキスタイルを敷設し,グランドアンカーを用いて…斜面に定着するもので,アンカーの引っ張り力はジオテキスタイルに伝達され,この力は斜面に支圧力となって作用する」(同段落【0012】)というものであり,ジオテキスタイルは「地山の圧力を確実に受け止めることができ,しかも破断することはない」という技術思想の下に使用されているから,本件発明1の金網とは材質において相違するが,その目的,課題,作用において全く同一である。

そして,甲5ないし7に開示された,引張り強度540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2のワイヤーで製作された金網は,本件優先日当時,既に斜面保護用金網として製造販売されていたから,当業者は,工事現場の状況や予算を勘案して,ジオテキスタイルを甲5ないし7に開示された金網に置換しようとする動機付けが存在し,かつそのような置換は,単なる設計事項にすぎない。

したがって,相違点11に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到することができたものであるから,本件審決の上記判断は誤りである。

(イ) 相違点21の判断の誤りについて

本件審決は,相違点21に係る本件発明1の構成は,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」(相違点11に係る構成)を使用することによって得られる構成であるが,甲2,5ないし7を組み合わせても相違点11に係る構成は当業者が容易に想到することができたものではない以上,相違点21に係る構成も当業者が容易に想到することができたものとはいえないし,また,甲1,5ないし7には,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付け」るようにすることを示唆する記載はない以上,甲1発明と甲5ないし7を組み合わせても,相違点21に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえない旨判断した。

しかしながら,甲1発明は,「斜面の表層の滑り,崩壊を防止するように,受圧板によりジオテキスタイル全体に土圧による張力が働くように受圧板をアンカーに締め付けて固定する」という構成からなるものであるから,受圧板の固定における「押え付けて」と「締め付けて」とが同義であるとする本件審決の認定判断に基づけば,甲1発明には,相違点21に係る本件発明1の構成のうち,金網の点を除けば全ての構成が含まれている。

そして,上記(ア)のとおり,当業者が甲1発明のジオテキスタイルを本件発明1の金網に置換することは単なる設計事項にすぎない。

したがって,相違点21に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到することができたものであるから,本件審決の上記判断は誤りである。

(ウ) 小括

以上のとおり,本件審決における相違点11及び相違点21の容易想到性の判断には誤りがあるから,本件発明1は,甲1発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りである。

ウ 取消事由4-3(甲3を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)

本件審決は,①相違点13に関し,甲3発明の溶接金網は,「吹付コンクリート」を補強するためのものであって,本件発明1の保護すべき斜面に展設される金網とは,目的,機能が異なるから,甲3発明の金網として,甲5ないし7記載の引張り強度540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2の金網を選択することは,当業者が適宜なし得る事項であるとはいえない,②相違点23に係る本件発明1の構成は,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」を使用することによって得られる構成であるが,甲1ないし7を組み合わせても相違点13に係る構成は当業者が容易に想到することができたものではない以上,相違点23に係る構成も当業者が容易に想到することができたものとはいえないし,また,甲1ないし7には,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付け」るようにすることを示唆する記載はない以上,甲3発明と甲1ないし7を組み合わせても,相違点23に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえないとして,本件発明1は,甲3発明と甲1ないし7を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではない旨判断した。

しかしながら,甲3には,アンカー(ロックボルト),受圧板,金網を使用し,ロックボルトで補強された地山斜面の上面に金網が展設され,さらに金網の上面は吹付コンクリートを補強する方法で地山の表層滑りを防止する斜面保護工法が記載されている。

したがって,甲3発明を主引例として本件発明1を容易に発明することができたものではないとした本件審決の上記判断は,誤りである。

エ 取消事由4-4(甲4を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)

(ア) 相違点14の判断の誤りについて

本件審決は,相違点14に関し,甲4発明の網は,材質,目的,機能が不明であるから,甲4発明の網として,甲5ないし7記載の引張り強度540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2の金網を選択することは,当業者が適宜なし得る事項であるとはいえないとして,相違点14に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえない旨判断した。

しかしながら,甲4は,「落石対策便覧」とあるように,斜面地表層が滑って発生する落石を防止する防護工の一例を示すものであり,甲4記載の落石防護工は,ロックアンカーの先端部に緊張用締着装置(受圧板)が固定され,ロックアンカーは地山に固設されているから(図7-4),従来公知の斜面保護工法と同一の技術思想を持ち,同一の構成を有するものである。

そうすると,甲4記載の網は,地山の圧力を受け止め,万一落石が発生しようとする際に,落石を受け止め得る強度を持った金網であることは自明であるから,甲4発明の網は目的,機能が不明であるとの本件審決の判断は誤りである。

そして,甲4記載の工法(落石防護工)の網として,本件優先日当時公知であった甲5記載の網を使用することは当業者が適宜なし得ることである。

したがって,相違点14に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえないとした本件審決の上記判断は誤りである。

(イ) 相違点24の判断の誤りについて

本件審決は,相違点24に係る本件発明1の構成は,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」を使用することによって得られる構成であるが,甲4,5ないし7を組み合わせても相違点14に係る構成は当業者が容易に想到することができたものではない以上,相違点24に係る構成も当業者が容易に想到することができたものとはいえないなどと判断した。

しかしながら,相違点24に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたことは,前記イ(イ)に述べたところと同様であるから,本件審決の上記判断は誤りである。

(ウ) 小括

以上のとおり,本件審決における相違点14及び相違点24の容易想到性の判断には誤りがあるから,本件発明1は,甲4発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りである。

オ 取消事由4-5(本件発明2ないし7の容易想到性の判断の誤り)

本件審決は,本件発明1の発明特定事項を限定した本件発明2ないし7は,本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものではない以上,甲1ないし10に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない旨判断した。

しかしながら,前記アないしエのとおり,本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件審決の上記判断は誤りである。

2  被告の主張

(1)  取消事由1(補正要件の判断の誤り)に対し

原告は,本件補正後の請求項1の「受圧板の固定」方法は,旧請求項2にいう「締め付け手段」によって「金網全体がほぼ均等な張力になるように受圧板を締め付ける」固定方法とは異なり,「受圧板を押え付けて行う」というものであり,しかも「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように行う」というものであり,また,少なくとも,旧請求項2が想定する締め付け手段とは異質の手段が含まれることになるなどとして,旧請求項1に「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との文言を追加する本件補正は,当初明細書等に記載されていない事項を追加するものであるから,本件補正は特許法17条の2第3項に違反しないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら,「アンカーを用いて」斜面に受圧板を固定する場合,「締め付ける」の意味は,ボルトを,ナットを回していくことによって締め付けて,下方に押し下げることにほかならない。そして,受圧板が押し下げられれば,その下にある金網を「押し付ける」ことは自明である。

また,「締め付ける」の意味は,元々狭いものではないし,ナットで締め付けようが,釘やくさびで締め付けようが,斜面に埋設されたアンカーボルトを用いて斜面に受圧板を固定する場合,「締め付ける」ことは下方に押し下げることにほかならない。

このように本件補正後の請求項1は,「締め付ける」という表現をより具体的にして,「押し付ける」という動作が行われることを明確にしたものにすぎないから,その技術的意義は何ら異なるものではない。

したがって,原告の上記主張は,理由がない。

(2)  取消事由2(明確性要件の判断の誤り)に対し

原告は,本件訂正後の請求項1には,「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」具体的方法について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がなく,「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する方法が記載されていないから,本件発明1及び本件発明1の構成を引用する本件発明2ないし7は,明確性要件を満たしているとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら,受圧板をアンカーを用いて締め付ければ,受圧板はその下にある金網を押し付け,金網には土圧による張力が発生することは自明の理であることに照らすと,原告の上記主張は,理由がない。

(3)  取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)に対し

原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明1の「アンカーを用いた受圧板の固定」方法によって「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する技術手段が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから,本件発明1及び本件発明1の構成を引用する本件発明2ないし7は,実施可能要件を満たしているとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら,「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付ける」ためには,受圧板を上記の矩形状配置等の均等な点在配置とし,アンカーを緊張させて受圧板を固定すればよく,その作業を行うに当たり,特別な情報と技能を必要とすることでもない。また,起伏の少ない斜面であれば,本件明細書記載の実施例で示されているように等間隔に受圧板を配置して固定すれば足り,起伏がある場所では凹所に受圧板を配置することも通常,常識的かつ自然に行う程度の作業である。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから,原告の上記主張は,理由がない。

(4)  取消事由4(本件発明1ないし7の容易想到性の判断の誤り)に対し

ア 取消事由4-1(甲2を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)に対し

(ア) 相違点12の判断について

甲2記載の切土補強土工は,鉄筋やロックボルトなどの比較的短い棒状の補強材を地山に多数挿入することで,地山と補強材の相互作用によって切土のり面全体の安定性を高めることを目的とするものであり,切土を補強するのは補強材である。甲2記載の切土補強土工で用いられる金網は,補強材ではなく,単に切土表面の小さい石の落下防止や植物の根茎等を絡ませて植生を促すための機能しか有しない,大きな強度が求められない網体にすぎない。甲2には,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した」金網の記載はない。

また,甲5ないし7には,「引張り強度」の数値範囲が本件発明1と一部重複する「軟鋼線」で作製された金網の存在が示されているが,「硬鋼製」のワイヤーで製作した金網についての記載はない。

そして,甲2記載の切土補強土工において,金網に斜面の滑りや崩壊を防ぎ,また受け止めるような機能は求められていないので,仮に高強度の金網が存在していたとしても,甲2の切土補強土工にそのような金網を適用する動機付けにはなり得ない。

したがって,相違点12に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。

(イ) 相違点22の判断について

「斜面の表層の滑り,崩壊を防止する」必要性は,本件発明1の保護の対象である「地山」特有のものであり,また,現実の地山は,斜面が均一なものではなく,甲2発明のように補強材が所定間隔をおいて点在状態に配置され,頭部プレートを切土に固定したところで,必ずしも「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」構成となるものでもない。

したがって,相違点22に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。

(ウ) 小括

以上のとおり,本件審決における相違点12及び相違点22の容易想到性の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由4-1は理由がない。

イ 取消事由4-2(甲1を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)に対し

甲1には,「ジオテキスタイル」の形態についての説明はなく,また,ジオテキスタイルは,基本的に樹脂製のシート状部材であり,帯状体を格子状に一体形成されているもので,編まれた網体とは全く異なり,その交点に応力が集中し,金網のような様々な方向からの大きな圧力への対応は困難である。ましてや,引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網とは材質も強度も全く異なるものであり,ジオテキスタイルに生じている支圧力は,グランドアンカー間の斜面の滑りや崩壊(中抜け土塊)を受け止めるレベルのものではない。

したがって,甲1発明において,ジオテキスタイルを甲5ないし7に開示された金網に置換する動機付けがないから,相違点11に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。

また,甲1,5ないし7のいずれにも,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押さえ付ける」ようにすることを示唆する記載がないから,相違点21に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。

以上のとおり,本件審決における相違点11及び相違点21の容易想到性の判断には誤りはないから,原告主張の取消事由4-2は理由がない。

ウ 取消事由4-3(甲3を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)に対し

本件審決による相違点13及び23の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由4-3は理由がない。

エ 取消事由4-4(甲4を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)に対し

甲4記載の技術は,単なる岩石を対象とする落石防止技術であり,「斜面の表層の滑り,崩壊を防止する」ための斜面保護方法である本件発明1とは技術分野を異にするものといえる。このことは,甲4と同じ「落石対策便覧」(甲30)に「大規模な崩土については,通常の落石防護工では防護し得ない場合が多いので,可能な限り他の方法により対処するのが望ましい」との記載があることなどから明らかである。

したがって,甲4は「斜面の滑り,崩壊を防止する」との構成を有しない点で本件発明1とは根本的な相違があり,本件発明1の創作の基礎となることはない。

以上によれば,本件審決における相違点14及び相違点24の容易想到性の判断には誤りはないから,原告主張の取消事由4-4は理由がない。

オ 取消事由4-5(本件発明2ないし7の容易想到性の判断の誤り)に対し

前記アないしエのとおり,本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものではないから,原告主張の取消事由4-5は理由がない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(補正要件の判断の誤り)について

(1)  当初明細書等の記載事項について

ア 当初明細書等の特許請求の範囲の旧請求項1,2及び4の記載は,前記第2の2(1)のとおりである。

イ 当初明細書等の「発明の詳細な説明」には,次の記載がある(甲11。下記記載中に引用する図面は,別紙明細書の図面のとおりである。)。

(ア) 【0001】

【発明の属する技術分野】

本発明は,斜面保護方法及び逆巻き施工斜面保護方法,特に地山の斜面や法面(以下斜面と総称する)の表層の滑り,崩壊を防止するための方法に関する。

【0002】

【従来の技術】

地山の斜面の表層を保護し,その安定化を図るための様々な方法が提案されており,その中で,比較的浅い,例えば1~2mの深さの表層が剥離して滑り落ちるおそれがあるような斜面の安定化法として,金網などの網体で斜面を覆い,この網体の上面に所定の間隔で多数のコンクリートブロックを配置し,この配置箇所の地山に固定的に設置されるアンカーを用いてコンクリートブロックを網体に押し付け,これら網体を地山に定着する方法がある。このような方法は,例えば,特開平10-46589号に開示されており,更に,使用される網体が地山から受ける圧力によって破断して保護機能を失ってしまうことがあることから,その対策として,網体にPC鋼線を編み込んで,網体の引っ張り強度を高める方法が提案されている。

(イ) 【0003】

【発明が解決しようとする課題】

まず,上記公報に開示されたような多数のコンクリートブロックを並べ,連続したコンクリートの枠の状態として網体を上面から押さえる方法或いは梁状のコンクリート体となるようにコンクリートの打設を行うものでは,法面形状の経時的な変化による網体とコンクリートブロックとの接触,押圧関係の変化は非常に大きなものとなる。すなわち,上記のようなコンクリートブロックなどによる網体の押さえ状態は安定性に欠ける。このことは,地山から網体に対する圧力である土圧による網体の破損の可能性が増加することを意味する。

【0004】

また,上記従来の方法は,網体の補強のためにPC鋼線の編み込みを行った箇所で専ら地山からの圧力を強く受け止めることになり,それ以外の網体部分との間には圧力受け止め作用に大きな差異が生じ,斜面全体に均一で十分な保護効果を及ぼすという点では,未だ改善の余地がある。

【0005】

そこで,本発明のうち請求項1ないし5記載の発明は,斜面全体に亙って土圧が金網に均一に且つ確実に及ぼされるようにし,効果的な斜面保護ができるようにする方法を提供することを目的としたものである。

【0006】

請求項6および7記載の発明は,請求項1ないし5記載の発明に加えて,受圧板と,金網と,地山とがより密着し,受圧板の押圧作用がより的確に地山に伝達されるようにした方法を提供することを目的としたものである。

(ウ) 【0008】

【課題を解決するための手段】

上記目的を達成するために,本発明のうち請求項1記載の発明は,引張り強度の高いワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面からそれぞれ受圧板を所定間隔を開けて点在状態に配置し,受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定することを特徴とする。

【0009】

このように金網の上面から受圧板を点在状態で配置して固定することにより,保護すべき斜面の凹凸により的確に追従した金網の設置が可能になる。すなわち,金網による斜面の押さえ機能がより均質かつ的確なものとなる。また,十字状のコンクリートブロックや梁状のコンクリート体を対象斜面全体に配設する従来の技術に比し,受圧板の点在配置方式によれば,斜面保護に必要な部材の総重量がはるかに軽量化される。このことは作業性の向上だけでなく,斜面保護においても良好な結果をもたらすものである。

【0014】

次に,請求項2に記載の発明は,

受圧板のアンカーによる固定作業は,金網全体に張力がほぼ均等に働くようにすることにより,地山から及ぼされる圧力は,金網全体でほぼ均等に受け持つことができる。すなわち,連続する梁などのコンクリートブロック面で金網を押さえるのではなく,点在する受圧板により「点」で押さえる状態を得ていることから,金網の張力を均等化し易いという利点がある。よって斜面の金網による押さの均等化も向上する。また,当初,金網全体に張力がほぼ均等に働くように受圧板の固定作業を行った後,更に地山の変形等によりゆるみが生じたような場合でもそれを解消するための再緊張行うことも可能である。

【0015】

なお,このようなアンカーによる固定のため,例えば,受圧板には,平面視中央部に貫通孔が設けられ,この貫通孔にはアンカーの上端部と係合して,アンカーを緊張させながら受圧板を地山方向へ押し付けるための締め付け手段が配置される。

(エ) 【0029】

受圧板2は,図2に示すように,地山3に埋設固定されたアンカーもしくはロックボルト4(以下アンカーと総称する)と協同しており,アンカー4との係合部に設けられた締付け手段5(図3参照)により,地山3に対して押し付けられる。

【0030】

締付け手段5は,例えば図3に示すように,受圧板2の中央部に設けた貫通孔を突き抜けて突出しているアンカー4の先端部を銜えて支持している雄ねじ部材41と,この雄ねじ部材に螺合し,受圧板2上に保持されている雌ねじ部材42とから成っており,雌ねじ部材42を雄ねじ部材41に対して,例えば右回転させることにより,アンカー4に働く緊張力が増大すると共に,受圧板2が地山3へ向けて押し込まれる。雌ねじ部材42を左回転させれば,上記とは逆にアンカー4に働く緊張力は次第に低下し,受圧板2による押付け力は次第に減少する。

【0032】

上記のように,金網1は受圧板2によって地山3へ押し付けられるが,本発明によれば,所定間隔を開けて点在する受圧板2により,いわば複数分散した点で押さえているので,金網1による斜面の押え付けは,金網1全体に均一に土圧による張力が働くように行われている。また,保護すべき斜面の凹凸に対しより的確に追従した金網の設置が可能になる。すなわち,金網による斜面の押さえ機能がより均質かつ的確なものとなる。また,従来のコンクリートブロックに比し,金網1の展設面積に対する受圧板2の占める面積は非常に小さいので,保護斜面の植生はより良好なものとなり,その外観もコンクリート部分が目立たず,より自然な状態に近いものとなる。

(オ) 【0053】

【発明の効果】

以上のように,本発明に係る斜面保護方法によれば,金網を点在する受圧板で固定することによって,斜面を金網で均等に押えるという作用を容易に達成することができる。すなわち,地山から及ぼされる圧力を金網全体でほぼ均等に受け持つようにすることができる。また,本発明の受圧板の設置作業は比較的簡単で短時間の作業で行うことができ,更に,本発明によれば,保護斜面において,金網の領域に対して受圧板の占める領域が従来のブロックに比し,極めて小さくなること,また金網の厚さが確保されていることから保護斜面の植生のが向上するという効果が得られる。

(2)  補正要件違反の有無について

原告は,旧請求項1に「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との文言を追加する本件補正は,当初明細書等に記載されていない事項を追加するものであって,特許法17条の2第3項に違反するものであるから,これと異なる本件審決の判断には誤りがある旨主張するので,以下において判断する。

ア(ア) 本件補正は,当初明細書等の特許請求の範囲の旧請求項1を本件補正後の請求項1に補正することをその内容に含むものである(甲11)。

旧請求項1の記載は,

「引張り強度の高いワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定することを特徴とする斜面保護方法。」というものであり,

本件補正後の請求項1の記載は,

「引張り強度が400~2000N/mm2であるワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面から受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し前記受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定し,前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われることを特徴とする斜面保護方法。」というものである(下線部は,本件補正による補正箇所である。)。

旧請求項1に係る本件補正は,ワイヤーの引張り強度を「400~2000N/mm2」の数値範囲のものに特定し,「前記アンカーを用いた受圧板の固定」の態様を,「前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」ものに特定したものである。

そして,本件補正後の請求項1の文言によれば,「前記アンカーを用いた受圧板の固定」とは,「地山に固設されるアンカー」を用いた「受圧板」の地山に対する「固定」を意味するものと理解することができる。

本件補正後の請求項1には,「アンカー」の用語を定義した記載はないが,当初明細書等の段落【0029】には,「地山3に埋設固定されたアンカーもしくはロックボルト4(以下アンカーと総称する)」との記載があること,「アンカー」とは,構造部材などを固定するために埋め込んで使用する「アンカーボルト」を意味することに鑑みると,本件補正後の請求項1の「アンカー」は,「受圧板」を地山に固定するために,地山に埋め込んで使用する「アンカーボルト」を意味するものと理解することができる。

そして,ボルトを用いて部材を固定する場合,一般には,ボルトとナットを用い,雄ねじのボルトと雌ねじのナットを組み合わせることによりボルトとナットの間に配置された部材を締め付けて固定する方法と,ナットを用いることなく,雄ねじのボルトを部材にねじ込み,雌ねじを切ることにより部材を締め付けて固定する方法があることは技術常識であり,いずれの方法を用いた場合にも,ボルトは部材に向かって押し下げられ,部材はボルトの頭部(ねじ頭)によって押さえ付けられる。

(イ) 前記(ア)の認定事実と本件補正後の請求項1の記載を総合すると,本件補正後の請求項1の「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との構成は,「アンカー」(アンカーボルト)を用いた「受圧板」の地山に対する「固定」は,「アンカー」を用いて「受圧板」を締め付けることにより,「受圧板」及びその下に展設された「金網」を地山に対して押え付け,その押え付けは,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」行われることを規定したものと理解することができる。

イ 前記(1)の当初明細書等の記載事項によれば,当初明細書等には,①「本発明」のうち「請求項1ないし5記載の発明」は,地山の斜面の表層を保護し,その安定化を図るための方法に関し,斜面全体にわたって土圧が金網に均一に且つ確実に及ぼされるようにし,効果的な斜面保護ができるようにする方法を提供することを目的としたものであること(段落【0002】,【0005】),②上記目的を達成するために,「請求項1」(旧請求項1)記載の発明は,金網の上面から受圧板を点在状態で配置して固定することにより,保護すべき斜面の凹凸により的確に追従した金網の設置を可能とし,作業性の向上だけでなく,斜面保護においても良好な結果をもたらすものであり(旧請求項1,段落【0009】),また,「請求項2」(旧請求項2)記載の発明は,受圧板のアンカーによる固定作業は,金網全体に張力がほぼ均等に働くようにすることにより,地山から及ぼされる圧力は,金網全体でほぼ均等に受け持つことができるようにしたものであり,このようなアンカーによる固定のため,例えば,受圧板には,平面視中央部に貫通孔が設けられ,この貫通孔にはアンカーの上端部と係合して,アンカーを緊張させながら受圧板を地山方向へ押し付けるための締め付け手段が配置されること(旧請求項2,段落【0014】,【0015】),③締付け手段5は,例えば,受圧板2の中央部に設けた貫通孔を突き抜けて突出しているアンカー4の先端部を銜えて支持している雄ねじ部材41と,この雄ねじ部材に螺合し,受圧板2上に保持されている雌ねじ部材42とから成っており,雌ねじ部材42を雄ねじ部材41に対して,例えば右回転させることにより,アンカー4に働く緊張力が増大するとともに,受圧板2が地山3へ向けて押し込まれ,雌ねじ部材42を左回転させれば,上記とは逆にアンカー4に働く緊張力は次第に低下し,受圧板2による押付け力は次第に減少する構成のものであること(段落【0030】,図3),④金網1は受圧板2によって地山3へ押し付けられるが,「本発明」によれば,所定間隔を開けて点在する受圧板2により,いわば複数分散した点で押さえているので,金網1による斜面の押え付けは,金網1全体に均一に土圧による張力が働くように行われていること(段落【0032】)が記載されている。

上記①ないし④によれば,当初明細書等には,斜面保護方法における「アンカー」を用いた「前記アンカーを用いた受圧板の固定」の態様として,「アンカー」を用いて「受圧板」を締め付けることにより,「受圧板」及びその下に展設された「金網」を地山に対して押え付け,その押え付けは,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」行われること(本件補正後の請求項1の構成)が開示されているものと認められる。

したがって,旧請求項1の「前記アンカーを用いた受圧板の固定」の態様を,「前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」ものに特定した旧請求項1に係る本件補正は,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであって,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものと認められるから,本件補正は特許法17条の2第3項の規定に違反するものではないとした本件審決の判断に誤りはない。

ウ これに対し,原告は,①本件補正後の請求項1の「受圧板の固定」方法は,旧請求項2にいう「締め付け手段」によって「金網全体がほぼ均等な張力になるように受圧板を締め付ける」固定方法とは異なり,「受圧板を押え付けて行う」というものである,②本件補正後の請求項1の受圧板の固定方法において,受圧板とアンカーとの協働を考えた場合,どのような部材でアンカーに対し受圧板をどのように押え付けるのか不明であり(少なくとも,旧請求項2が想定する締め付け手段とは異質の手段が含まれることになる。),また,受圧板で金網を押え付けて固定するに当たり,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する作用がどのように得られるのかについて,当初明細書等に何らの記載もなく,上記作用効果が得られる根拠は不明であり,さらには,本件補正後の請求項1の受圧板の固定方法によって,当初明細書等で開示された「本発明」の有する作用効果を維持できるか否かも不明となったとして,旧請求項1に係る本件補正は,当初明細書等に記載されていない事項を追加するものであるから,特許法17条の2第3項に違反する旨主張する。

しかしながら,前記ア(イ)認定のとおり,本件補正後の請求項1の「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との構成は,「アンカー」(アンカーボルト)を用いた「受圧板」の地山に対する「固定」は,「アンカー」を用いて「受圧板」を締め付けることにより,「受圧板」及びその下に展設された「金網」を地山に対して押え付け,その押え付けは,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」行われることを規定したものであり,旧請求項2記載の「受圧板により金網全体がほぼ均等な張力になるように締め付ける」ことによって行う「前記アンカーを用いた受圧板の固定」と異なるものではない。

また,前記イ認定のとおり,当初明細書等には,本件補正後の請求項1の上記構成が開示されているものと認められる。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(3)  小括

以上によれば,本件補正は特許法17条の2第3項の規定に違反しないとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について

(1)  本件明細書の記載事項等について

ア 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし7の記載は,前記第2の2(3)のとおりである。

イ 本件明細書の「発明の詳細な説明」には,次の記載がある(甲18。下記記載中に引用する図面は別紙明細書の図面を参照)。

(ア) 【0001】

【発明の属する技術分野】

本発明は,斜面保護方法及び逆巻き施工斜面保護方法,特に地山の斜面や法面(以下斜面と総称する)の表層の滑り,崩壊を防止するための方法に関する。

【0002】

【従来の技術】

地山の斜面の表層を保護し,その安定化を図るための様々な方法が提案されており,その中で,比較的浅い,例えば1~2mの深さの表層が剥離して滑り落ちるおそれがあるような斜面の安定化法として,金網などの網体で斜面を覆い,この網体の上面に所定の間隔で多数のコンクリートブロックを配置し,この配置箇所の地山に固定的に設置されるアンカーを用いてコンクリートブロックを網体に押し付け,これら網体を地山に定着する方法がある。このような方法は,例えば,特開平10-46589号に開示されており,更に,使用される網体が地山から受ける圧力によって破断して保護機能を失ってしまうことがあることから,その対策として,網体にPC鋼線を編み込んで,網体の引っ張り強度を高める方法が提案されている。

(イ) 【0003】

【発明が解決しようとする課題】

まず,上記公報に開示されたような多数のコンクリートブロックを並べ,連続したコンクリートの枠の状態として網体を上面から押さえる方法或いは梁状のコンクリート体となるようにコンクリートの打設を行うものでは,法面形状の経時的な変化による網体とコンクリートブロックとの接触,押圧関係の変化は非常に大きなものとなる。すなわち,上記のようなコンクリートブロックなどによる網体の押さえ状態は安定性に欠ける。このことは,地山から網体に対する圧力である土圧による網体の破損の可能性が増加することを意味する。

【0004】

また,上記従来の方法は,網体の補強のためにPC鋼線の編み込みを行った箇所で専ら地山からの圧力を強く受け止めることになり,それ以外の網体部分との間には圧力受け止め作用に大きな差異が生じ,斜面全体に均一で十分な保護効果を及ぼすという点では,未だ改善の余地がある。

【0005】

そこで,本発明は,斜面全体に亙って土圧が金網に均一に且つ確実に及ぼされるようにし,効果的な斜面保護ができるようにする方法を提供することを目的としたものである。

【0006】

更に本発明は上記目的に加えて,受圧板と,金網と,地山とがより密着し,受圧板の押圧作用がより的確に地山に伝達されるようにした方法を提供することを目的としたものである。

(ウ) 【0008】

【課題を解決するための手段】

上記目的を達成するために,本発明のうち請求項1記載の発明は,引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面からそれぞれ受圧板を所定間隔を開けて点在状態に配置し,受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定し,前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くるように押え付けて行われることを特徴とする斜面の表層の滑り,崩壊を防止するための斜面保護方法である。

【0009】

このようにワイヤーの引張り強度が400~2000N/mm2である構成により,金網を斜面に設置した際,地山の圧力を確実に受け止めることができ,しかも破断することはない。また,金網の上面から受圧板を点在状態で配置して固定することにより,保護すべき斜面の凹凸により的確に追従した金網の設置が可能になる。すなわち,金網による斜面の押さえ機能がより均質かつ的確なものとなる。また,十字状のコンクリートブロックや梁状のコンクリート体を対象斜面全体に配設する従来の技術に比し,受圧板の点在配置方式によれば,斜面保護に必要な部材の総重量がはるかに軽量化される。このことは作業性の向上だけでなく,斜面保護においても良好な結果をもたらすものである。

受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行うアンカーを用いた受圧板の固定は,地山から及ぼされる圧力を,金網全体でほぼ均等に受け持つことを可能とする。すなわち,連続する梁などのコンクリートブロック面で金網を押さえるのではなく,点在する受圧板により「点」で押さえる状態を得ていることから,金網の張力を均等化し易いという利点がある。よって斜面の金網による押しの均等化も向上する。また,当初,金網全体に張力がほぼ均等に働くように受圧板の固定作業を行った後,更に地山の変形等によりゆるみが生じたような場合でもそれを解消するための再緊張行うことも可能である。

【0012】

また,金網を構成するワイヤーを引張り強度の高い硬鋼製とすることにより,金網は大きな力の作用を受けても破断することなく,長期の使用に耐える。更に,受圧板の点在位置は,上記地山から受ける圧力の均等化のために金網全体にできるだけ均等に分散配置されるのが好適である。

【0015】

なお,このようなアンカーによる固定のため,例えば,受圧板には,平面視中央部に貫通孔が設けられ,この貫通孔にはアンカーの上端部と係合して,アンカーを緊張させながら受圧板を地山方向へ押し付けるための締め付け手段が配置される。

(エ) 【0027】

【発明の実施の形態】

以下,本発明の実施の形態を,図面に基づいて説明する。図1は,本発明方法により施工した保護斜面の部分図であり,図中1は金網,2は受圧板である。

【0028】

図面には,斜面に展設した金網1を,一定間隔おきに配置した受圧板2により押えた状態が示されている。受圧板2は,図1に示すように,互いに1~3mの距離をおいて,縦横に整列した矩形状配置にしても良いし,あるいは1~3mの距離をおいて千鳥状配置にしても良い。できるだけ均等な分散状態にすることが好適である。

【0029】

受圧板2は,図2に示すように,地山3に埋設固定されたアンカーもしくはロックボルト4(以下アンカーと総称する)と協同しており,アンカー4との係合部に設けられた締付け手段5(図3参照)により,地山3に対して押し付けられる。

【0030】

締付け手段5は,例えば図3に示すように,受圧板2の中央部に設けた貫通孔を突き抜けて突出しているアンカー4の先端部を銜えて支持している雄ねじ部材41と,この雄ねじ部材に螺合し,受圧板2上に保持されている雌ねじ部材42とから成っており,雌ねじ部材42を雄ねじ部材41に対して,例えば右回転させることにより,アンカー4に働く緊張力が増大すると共に,受圧板2が地山3へ向けて押し込まれる。雌ねじ部材42を左回転させれば,上記とは逆にアンカー4に働く緊張力は次第に低下し,受圧板2による押付け力は次第に減少する。

【0031】

この締付け手段5は,好ましくは,受圧板2の上面に設けた円錐台状の凹陥部21内に配置されており,この凹陥部は蓋22によって閉鎖され,それによって締付け手段5は落石などによる衝撃や,雨水などから保護される。

【0032】

上記のように,金網1は受圧板2によって地山3へ押し付けられるが,本発明によれば,所定間隔を開けて点在する受圧板2により,いわば複数分散した点で押さえているので,金網1による斜面の押え付けは,金網1全体に均一に土圧による張力が働くように行われている。また,保護すべき斜面の凹凸に対しより的確に追従した金網の設置が可能になる。すなわち,金網による斜面の押さえ機能がより均質かつ的確なものとなる。また,従来のコンクリートブロックに比し,金網1の展設面積に対する受圧板2の占める面積は非常に小さいので,保護斜面の植生はより良好なものとなり,その外観もコンクリート部分が目立たず,より自然な状態に近いものとなる。

【0034】

また,斜面の形状変化が生じたような場合における対策として,受圧板の相互の間の位置に別の新たな受圧板を事後的に追加することや,当初設置した受圧板の位置を移すことが可能であり,より適切な金網の保持を行うことができる。

【0035】

上記の金網1は,引張り強度の高いワイヤー,例えば硬鋼ワイヤーやステンレスで構成されており,そしてこのワイヤーは平面的に見て鋭角のジグザグ状に(図5),伸長方向に向かって螺旋状に(図4A),形成されている。すなわち,ほぼ直線状の上辺直線部111と下辺直線部112とがそれらの間の屈曲部113によって上述の螺旋状になるように結合されている。

【0036】

このような構成により,正面から見ると長円形状(図4B)に形成されているが,この金網1の特徴的なことは,上辺直線部111と下辺直線部112との間の高さ方向の間隔Dが硬鋼製のワイヤー太さの3倍もしくはそれ以上となっていることである。

【0037】

かかる構成によれば,金網が厚さを持った立体的構造となり,弾性を有するものとなる。したがって,経時的な斜面の変形に柔軟に追随することができ,圧力の均等性を維持することができる。

【0038】

また,上辺直線部111と下辺直線部112とが成す鋭角的角度は,図5に示すように,30~50°であることが好ましい。その結果,このような構成の折曲ワイヤー11が,図5および図6に示すように,互いに屈曲部113を係合させて編み合わされ金網1となされることにより,編み上がり後の金網1に生じる編み目12は,一方の対角線が他方の対角線より長い菱形となる。

【0039】

このように金網1を構成することにより,長い対角線方向の金網強度が極めて大きくなり,従って,図1に示すように,地山斜面の土圧が最も大きく作用する方向(一般的には斜面の上下方向)に長い対角線の伸長方向を合わせることにより,上記金網の強度的機能を十分に発現させることができる。金網1の編み目12の大きさの例としては,短い方の対角線長さが50~150mm,長い方の対角線長さが50~200mmである。

(オ) 【0053】

【発明の効果】

以上のように,本発明に係る斜面保護方法によれば,金網を点在する受圧板で固定することによって,斜面を金網で均等に押えるという作用を容易に達成することができる。すなわち,地山から及ぼされる圧力を金網全体でほぼ均等に受け持つようにすることができる。また,本発明の受圧板の設置作業は比較的簡単で短時間の作業で行うことができ,更に,本発明によれば,保護斜面において,金網の領域に対して受圧板の占める領域が従来のブロックに比し,極めて小さくなること,また金網の厚さが確保されていることから保護斜面の植生のが向上するという効果が得られる。

ウ 前記ア及びイによれば,本件明細書には,本件発明1に関し,次のような開示があることが認められる。

(ア) 斜面の表層の滑り,崩壊を防止するために,金網などの網体で斜面を覆い,この網体の上面に所定の間隔で多数のコンクリートブロックを配置し,この配置箇所の地山に固定的に設置されるアンカーを用いてコンクリートブロックを網体に押し付け,これら網体を地山に定着させる従来の斜面保護方法には,法面形状の経時的な変化によりコンクリートブロックによる網体の押さえ状態が安定性を欠き,地山から網体に対する圧力である土圧による網体の破損の可能性が増加し,また,網体の補強のためにPC鋼線の編み込みを行った場合には当該編み込みの箇所で専ら土圧を強く受け止めることになり,斜面全体に均一で十分な保護効果を及ぼすことにならないという問題があった(段落【0002】ないし【0004】)。

(イ) 「本発明」は,斜面全体にわたって土圧が金網に均一にかつ確実に及ぼされるようにし,効果的な斜面保護ができるようにする方法を提供するとともに,受圧板と,金網と,地山とがより密着し,受圧板の押圧作用がより的確に地山に伝達されるようにした方法を提供することを目的とし,この目的達成という課題を解決するための手段として,引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網を,保護すべき斜面に展設し,この金網の上面からそれぞれ受圧板を所定間隔を開けて点在状態に配置し,受圧板配置箇所に相当して地山に固設されるアンカーを用いて受圧板を地山に対して固定し,前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われるようにした斜面の表層の滑り,崩壊を防止するための斜面保護方法の構成を採用した(段落【0005】,【0006】,【0008】)。

これにより,「本発明」は,金網を点在する受圧板で固定することによって,斜面を金網で均等に押えるという作用を容易に達成し,地山から及ぼされる圧力を金網全体でほぼ均等に受け持つようにすることができ,また,金網を構成するワイヤーを引張り強度の高い硬鋼製とすることにより,地山の圧力を確実に受け止めることができ,金網は大きな力の作用を受けても破断することなく,長期の使用に耐えるなどの効果を奏する(段落【0009】,【0012】,【0053】)。

(2)  本件発明1ないし7の明確性について

原告は,本件発明1の特許請求の範囲(本件訂正後の請求項1)の「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」具体的方法について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がなく,「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する方法が記載されていないから,本件発明1及び本件発明1の構成を引用する本件発明2ないし7は,明確性要件を満たしていない旨主張する。

しかしながら,前記1(2)ア(イ)認定のとおり,本件補正後の請求項1の「前記アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われる」との構成は,「アンカー」(アンカーボルト)を用いた「受圧板」の地山に対する「固定」は,「アンカー」を用いて「受圧板」を締め付けることにより,「受圧板」及びその下に展設された「金網」を地山に対して押え付け,その押え付けは,「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」行われることを規定したものと理解することができるから,本件発明1の内容は明確である。同様に本件発明1の構成を引用する本件発明2ないし7の内容も明確である。

また,明確性要件を規定した特許法36条6項2号は,その文言上,特許請求の範囲の記載は当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載していることまで要求するものではないから,特許請求の範囲に本件補正後の請求項1の上記構成を当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているかどうかは,明確性要件の問題ではない。

したがって,原告の上記主張は,理由がない。

(3)  小括

以上によれば,本件発明1ないし7は明確でないとはいえないとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について

原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明1の「アンカーを用いた受圧板の固定」方法によって「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する技術手段が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから,本件発明1及び本件発明1の構成を引用する本件発明2ないし7は,実施可能要件を満たしていない旨主張する。

しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,①受圧板のアンカーによる固定作業は,金網全体に張力がほぼ均等に働くようにすることにより,地山から及ぼされる圧力は,金網全体でほぼ均等に受け持つことができるようにしたものであり,このようなアンカーによる固定のため,例えば,受圧板には,平面視中央部に貫通孔が設けられ,この貫通孔にはアンカーの上端部と係合して,アンカーを緊張させながら受圧板を地山方向へ押し付けるための締め付け手段が配置されること(段落【0009】,【0015】),②締付け手段5は,例えば,受圧板2の中央部に設けた貫通孔を突き抜けて突出しているアンカー4の先端部を銜えて支持している雄ねじ部材41と,この雄ねじ部材に螺合し,受圧板2上に保持されている雌ねじ部材42とから成っており,雌ねじ部材42を雄ねじ部材41に対して,例えば右回転させることにより,アンカー4に働く緊張力が増大するとともに,受圧板2が地山3へ向けて押し込まれ,雌ねじ部材42を左回転させれば,上記とは逆にアンカー4に働く緊張力は次第に低下し,受圧板2による押付け力は次第に減少する構成のものであることと(段落【0030】,図3),③金網1は受圧板2によって地山3へ押し付けられるが,「本発明」によれば,所定間隔を開けて点在する受圧板2により,いわば複数分散した点で押さえているので,金網1による斜面の押え付けは,金網1全体に均一に土圧による張力が働くように行われていること(段落【0032】)が記載されている。

上記①ないし③によれば,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明1の「アンカーを用いた受圧板の固定」方法によって「金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように」する技術手段が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるから,原告の上記主張は理由がない。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たしていないとはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。

4  取消事由4(本件発明1ないし7の容易想到性の判断の誤り)について

(1)  取消事由4-1(甲2を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について

ア 甲2の記載事項について

(ア) 甲2(「第二東名高速道路 長大切土のり面設計施工指針(案)」)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面は,別紙甲2図面を参照)。

a 「3.6 長大切土のり面の防災対策

本線に接する最下段のり面および最上段のり面は,防災面から原則として切土補強土工を行うものとする。…」(3-32頁)

「配置パターンは,通常,図3.6.2に示すように千鳥配置が多い。吹付けのり枠工を併用した場合は,のり枠の交点に合わせて格子状とする。図3.6.3,3.6.4に切土補強土工を硬岩と土砂に適用した配置例を示す。また,図3.6.5,3.6.6に切土補強土工の細部構造の例を示す。」(3-34頁)

「(8) 切土のり面の地震時災害の軽減対策」の「⑤ 最下段のり面(のり尻部)」として,

「掘削後のり面表層の応力解放による緩みや風化により生じた“風化層”は加速度の増幅現象の結果,不安定化しやすい。特に急勾配なのり面ほどこの傾向が著しく,何らかの補強もしくは保護工の施工が考えられる(例:切土補強工や金網による一体化)。」(3-39頁)

b 図3.6.2(「切土補強土工の配置の例」)は,金網に対して,補強材が所定間隔をおいて点在状態に配置されていることを示した「展開図」である。

図3.6.5(「切土補強土工の細部構造の例(1)」)には,切土表面に金網を展設し,金網の上方に,モルタル,頭部プレートを配置し,切土に貫入固設された補強材を用いて頭部プレートを切土に固定した「切土補強土の例 硬岩の場合」の例が示されている。

(イ) 甲2と同一の文献である甲54には,次のような記載がある。

「3.4 のり面保護工

のり面保護工は,のり面の浸食や表層崩壊防止等を目的とする。…」(3-28頁)

イ 甲5ないし7の記載事項について

(ア) 甲5について

甲5は,「落石防護網(ポケット式ロックネット及び覆式ロックネット)」のカタログであり,表紙にはひし形金網の斜視図が示されている。

甲5には,「覆式ロックネット」について,「ワイヤーロープと金網で構成されたネットで,法面を完全に覆ってしまいますので,落石の発生をおさえ,落石となった場合でも安全に法じりに導きます。」との記載があり(11頁),その「展開一般図」が図示されている(13頁。別紙甲5図面参照)。

また,甲5には,「覆式ロックネット」に用いられる「金網」に関し,「・名称 ひし形金網」,「・種類」欄に「ビニル被覆 V-GS2」,「亜鉛めっき Z-GS3 Z-GS4 Z-GS7」,「・寸法」欄に「ビニル被覆 TRN-1500 50×50mm」などの記載がある(14頁)。

(イ) 甲6について

甲6(「鉄鋼関係JIS要覧」の「G3543」)には,「G3543 合成樹脂被覆鉄線」に関し,「表5 塩化ビニル被覆鉄線の引張強さ」の「SWMV-GS2」及び「SWMV-GS3 SWMV-GS4」の引張強さの欄に「290~540N/mm2」,「SWMV-B」の引張強さの欄に「590~1270N/mm2」との記載がある(592-14-2頁)。

(ウ) 甲7について

甲7(「鉄鋼関係JIS要覧」の「G3547」)には,「G3547 亜鉛めっき鉄線」に関し,「表2 機械的性質」の「SWMGS-3 SWMGS-4」の引張強さの欄に「290~540N/mm2」,「SWMGH-3 SWMGH-4」の引張強さの欄に「590~880N/mm2」との記載がある(592-29頁)。

(エ) 考察

a 甲5ないし7によれば,甲5記載の「ひし形金網」の「ビニル被覆V-GS2」は,甲6の表5記載の「SWMV-GS2」に,甲5記載の「ひし形金網」の「亜鉛めっき Z-GS3」及び「Z-GS4」は,甲7の表2記載の「SWMGS-3」及び「SWMGS-4」にそれぞれ相当することが認められる。

b 上記aと前記(ア)ないし(ウ)の記載事項を総合すると,甲5ないし7には,本件優先日当時,①引張強さが「290~540N/mm2」,「590~1270N/mm2」の「塩化ビニル被覆鉄線」,引張強さが「290~540N/mm2」,「590~880N/mm2」の「亜鉛めっき鉄線」が知られていたこと,②落石防護網(覆式ロックネット)の「金網」として,引張強さが「290~540N/mm2」の「塩化ビニル被覆鉄線」で製作された金網及び引張強さが「290~540N/mm2」の「亜鉛めっき鉄線」で製作された金網が販売されていたことが開示されているものと認められる。

ウ 相違点12の容易想到性について

原告は,相違点12に係る本件発明1の構成は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に想到することができたものである旨主張するので,以下において判断する。

(ア) 前記アの甲2(甲54を含む。以下同じ。)の記載事項によれば,甲2には,前記第2の3(2)イ(ア)のとおりの甲2発明が記載されていることが認められる。

そして,甲2の図3.6.5には,補強材の頭部(切土表面に露出する箇所)にはネジ切り加工が施され,同箇所にナットを嵌合して地山方向にねじ込むことによって,頭部プレートを切土に固定することが示されている。この頭部プレートは,金網の上方に配置されたモルタルを地山方向に押し付けることにより,モルタルを介して地山方向に金網を押さえ付けているものと認められる。

加えて,甲2に,金網の展設が「のり面の浸食や表層崩壊防止等を目的」とする「のり面保護工」として行われること(前記ア(イ))の記載があることからすると,甲2発明の金網は,「のり面保護工」に用いられることを理解することができる。

しかしながら,甲2には,甲2発明に用いられる金網の種類,材質及び要求される性能についての具体的な記載はなく,金網を構成する鉄線の引張り強度についての記載も示唆もない。

また,甲2には,金網,補強材及び金網の上方に設置されたモルタルの切土補強に係る機能分担等について述べた記載はない。

さらに,甲2発明の金網が「のり面保護工」に用いられるものであるからといって,直ちに金網を構成する鉄線に要求される引張り強度が特定されるものとは認められない。

そうすると,甲2に接した当業者において,本件優先日当時に知られていた各種強度の多数の金網の中から,本件発明1のワイヤーの引張り強度「400~2000N/mm2」の数値範囲に含まれる甲5ないし7記載の「塩化ビニル被覆鉄線」及び「亜鉛めっき鉄線」で製作した金網を選択して,甲2発明に適用する動機付けがあるものと認めることはできない。

したがって,当業者は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて相違点12に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。

(イ) これに対し,原告は,甲2を含む従来公知の斜面保護方法においては,金網は現場の状況に応じて崩壊する土塊を確実に受け止め,破断しないような高い強度のものが選択され,使用されてきたものであり,甲2に開示された斜面保護方法における金網は,地山の圧力を確実に受け止め,しかも破断しないことを当然の前提とするから,当業者が,甲5ないし7に開示されている斜面保護用金網を,甲2の斜面保護方法において選択する動機付けは十分存在し,相違点12に係る本件発明1の構成は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に想到することができたものである旨主張する。

しかしながら,甲2に開示された斜面保護方法における金網が,地山の圧力を確実に受け止め,破断しないことを前提とするものであったとしても,甲2には,かかる効果を奏するために具体的にどのような強度・材質の金網が必要であるかについての具体的な記載が一切ないし,上記前提から直ちに金網を構成する鉄線に要求される引張り強度が特定されるものとはいえない。

したがって,当業者において,本件発明1のワイヤーの引張り強度「400~2000N/mm2」の数値範囲に含まれる甲5ないし7記載の「塩化ビニル被覆鉄線」及び「亜鉛めっき鉄線」で製作した金網を選択して,甲2発明に適用する動機付けがあるものと認めることはできないから,原告の上記主張は採用することができない。

エ 小括

以上のとおり,当業者は相違点12に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできないから,相違点22の容易想到性について判断するまでもなく,本件発明1は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。

したがって,原告主張の取消事由4-1は理由がない。

(2)  取消事由4-2(甲1を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について

ア 甲1の記載事項について

甲1には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面は,別紙甲1図面を参照)。

(ア) 【請求項1】法面等斜面にジオテキスタイル(土木用繊維布)を敷設し,このジオテキスタイルを反力構造物としてグランドアンカーを配置することを特徴とした斜面安定化工法。

【請求項2】グランドアンカーは受圧板を介してジオテキスタイルを固定する請求項1記載の斜面安定化工法。

(イ) 【0001】

【産業上の利用分野】本発明は,法面等斜面の安定化工法に関するものである。

【0002】

【従来の技術】法面等斜面の安定化を図るために,図5に示すようにグランドアンカー1を地盤中に配置するアンカー工法によるものが知られている。

【0003】このアンカー工法でのグランドアンカー1にはPC鋼材等高強度の鋼材が使用され,この鋼材両端部を地盤中と地表面とにそれぞれ定着し,プレストレスを与えることで地盤の緩みを防止するものである。図中2はすべり面を示す。

【0004】前記グランドアンカー1の地表面すなわち斜面への定着は,この斜面上に反力構造物3を設けることで行われ,従来,かかる反力構造物3としては現場造成のものと,プレキャストコンクリート製のものがある。

【0005】このうち現場造成のものは図6に示すように現場打ち枠4を主体とするものであり,この現場打ち枠4は斜面(法面)上に剛性の高いエクスパンドメタルによって構成した型枠を格子状に配置固定し,モルタルあるいはコンクリートを吹き付けにより打設して形成する。

【0006】プレキャストコンクリート製のものはその一例は図7に示すようにアンカー受圧板としての十字ブロック5を利用するもので,この十字ブロック5は中心部から先端にかけて高さが徐々に低くなるプレキャストRC製の上部フランジ付側板からなる。側板間の中空部を利用してコンクリート打設できるので地山との一体化が期待できる。

(ウ) 【0008】

【発明が解決しようとする課題】前記図6に示す現場打ち枠4は,精度の高い法面整形を必要とせずある程度の凹凸にも対応でき,また,施工機械がコンパクトなことから,現場の立地条件にもあまり影響されないという利点を有する。その反面,プレキャストコンクリート製の部材を用いる場合に比較して施工に時間がかかり,特に吹き付け法枠工を採用した場合には,法枠自体の強度が期待できないため1本当たりのアンカー荷重が制限を受ける。

【0009】一方,前記図7に示すようなプレキャストコンクリート製の部材を反力構造物として用いる場合には,施工時間を大幅に短縮でき,アンカーの荷重の大小が選択できるが,精度の高い法面整形を必要とし,部材の運搬等の問題から現場立地条件が悪い場合は施工が不可能となることもある。

【0010】本発明の目的は前記従来例の不都合を解消し,現場立地条件にも左右されず,また,斜面の凹凸にも対応できるので精度の高い法面整形を必要とせず,簡単に施工でき,工期の短縮も可能な斜面安定化工法を提供することにある。

(エ) 【0011】

【課題を解決するための手段】本発明は前記目的を達成するため,法面等斜面にジオテキスタイル(土木用繊維布)を敷設し,このジオテキスタイルを反力構造物としてグランドアンカーを配置すること,および,グランドアンカーは受圧版を介してジオテキスタイルを固定すること,もしくは,グランドアンカーは定着用コーンを介してジオテキスタイルを固定することを要旨とするものである。

【0012】

【作用】本発明によれば,崩壊性の斜面にジオテキスタイルを敷設し,グランドアンカーを用いて要所要所を斜面に定着するもので,アンカーの引っ張り力はジオテキスタイルに伝達され,この力は斜面に支圧力となって作用する。

(オ) 【0013】

【実施例】以下,本発明の実施例を図面について詳細に説明する。図1は本発明の斜面安定化工法の1実施例を示す縦断側面図,図2は同上平面図で,すべり面2が地盤にある法面等の斜面の安定化を図る場合である。

【0014】本発明は,法面等斜面にジオテキスタイル(土木用繊維布)6を敷設し,このジオテキスタイル6を反力構造物としてグランドアンカー1を配置する。

【0015】本実施例ではジオテキスタイル6を斜面に敷設する際に,グランドアンカー1の配置個所にアンカー定着具としてのプレキャストコンクリートブロック製の受圧版7を配置し,この受圧版7でジオテキスタイル6を押さえ込み固定するようにした。

【0016】ジオテキスタイル6にはその材質の相違により種々のものがあるが,いずれにせよ,所定の引っ張り耐力を有するものであることを前提条件とする。

【0017】このようにして,図3にも示すようにグランドアンカー1の引っ張り力は受圧版7を介してジオテキスタイル6に伝達され,この力は斜面に支圧力となって作用する。

(カ) 【0019】

【発明の効果】以上述べたように本発明の斜面安定化工法は,ジオテキスタイルというシート状物を利用するので,現場立地条件にも左右されず,また,斜面の凹凸にも対応できるので精度の高い法面整形を必要とせず,簡単に施工でき,コンクリート等の吹き付け・打設も伴わないので,工期の短縮も可能で,工費の低廉化にもなるものである。

【0020】さらに,ジオテキスタイルにより,表層の浸食・風化防止のための植生工の施工も容易になるものである。

イ 相違点11の容易想到性について

原告は,相違点11に係る本件発明1の構成は,甲1発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に想到することができたものである旨主張するので,以下において判断する。

(ア) 前記アの甲1の記載事項によれば,甲1には,甲1発明に関し,次のような開示があることが認められる。

a 従来,法面等斜面の安定化を図るために,グランドアンカーを地盤中に配置するアンカー工法においてグランドアンカーを斜面に定着させる反力構造物として,現場造成の打ち枠及びプレキャストコンクリート製の部材が知られていたが,現場造成の打ち枠は,プレキャストコンクリート製の部材を用いる場合に比較して施工に時間がかかり,特に吹き付け法枠工を採用した場合には,法枠自体の強度が期待できないため1本当たりのアンカー荷重が制限を受けるという問題があり,一方,プレキャストコンクリート製の部材は,精度の高い法面整形を必要とし,部材の運搬等の問題から現場立地条件が悪い場合は施工が不可能となるという問題があった(段落【0002】ないし【0006】)。

b 「本発明」は,従来の反力構造物の不都合を解消し,現場立地条件にも左右されず,また,斜面の凹凸にも対応できるので精度の高い法面整形を必要とせず,簡単に施工でき,工期の短縮も可能な斜面安定化工法を提供することを目的とし,この目的達成という課題を解決するための手段として,法面等斜面にジオテキスタイル(土木用繊維布)を敷設し,このジオテキスタイルを反力構造物としてグランドアンカーを配置すること,グランドアンカーは,受圧版を介してジオテキスタイルを固定し,又は定着用コーンを介してジオテキスタイルを固定することを要旨とする構成を採用した(段落【0010】,【0011】)。

「本発明」は,反力構造物としてジオテキスタイルというシート状物を利用することにより,グランドアンカーの引っ張り力は,受圧版を介してジオテキスタイルに伝達され,この力は斜面に支圧力となって作用し,現場立地条件にも左右されず,また,斜面の凹凸にも対応できるので精度の高い法面整形を必要とせず,簡単に施工でき,コンクリート等の吹き付け・打設も伴わないので,工期の短縮も可能で,工費の低廉化にもなるという効果を奏する(段落【0012】,【0017】,【0019】)。

(イ) 前記(ア)によれば,甲1発明は,法面等斜面の安定化を図るための安定化工法の技術分野に属し,斜面保護のために,グランドアンカー(アンカー)を用いたアンカー工法に係る斜面保護方法である点において,本件発明1と技術分野が共通するものといえる。

しかしながら,甲1には,甲1発明は,アンカー工法においてグランドアンカーを斜面に定着させる反力構造物として,ジオテキスタイル(土木用繊維布)というシート状物を利用することにより,現場立地条件にも左右されず,また,斜面の凹凸にも対応できるので精度の高い法面整形を必要とせず,簡単に施工でき,コンクリート等の吹き付け・打設も伴わないので,工期の短縮も可能で,工費の低廉化にもなるという効果を奏することに技術的意義があること(前記(ア))が開示されており,ジオテキスタイル以外の反力構造物を用いることについては記載も示唆もない。

また,甲1,5ないし7には,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」(相違点11に係る本件発明1の構成)が,「ジオテキスタイル」と同程度の,現場立地条件にも左右されず,また,斜面の凹凸にも対応できる性能を有することについての記載も示唆もない。

そうすると,甲1に接した当業者において,甲1発明において,ジオテキスタイルに代えて,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」(相違点11に係る本件発明1の構成)を採用する動機付けがあるものと認めることはできない。

したがって,当業者は,甲1発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて相違点11に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。

(ウ) これに対し,原告は,①甲1発明は,従来公知のアンカーを使用した法面等斜面の安定化工法に関するものであり,ジオテキスタイルの作用は,崩壊性の斜面にジオテキスタイルを敷設し,グランドアンカーを用いて斜面に定着するもので,アンカーの引っ張り力はジオテキスタイルに伝達され,この力は斜面に支圧力となって作用するというものであり,ジオテキスタイルは「地山の圧力を確実に受け止めることができ,しかも破断することはない」という技術思想の下に使用されているから,本件発明1の金網とは材質において相違するが,その目的,課題,作用において全く同一である,②甲5ないし7に開示された,引張り強度540N/mm2,880N/mm2,1270N/mm2のワイヤーで製作された金網は,本件優先日当時,既に斜面保護用金網として製造販売されていたから,当業者は,工事現場の状況や予算を勘案して,ジオテキスタイルを甲5ないし7に開示された金網に置換しようとする動機付けが存在し,かつそのような置換は,単なる設計事項にすぎないから,相違点11に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到することができたものである旨主張する。

しかしながら,前記(ア)及び(イ)認定のとおり,甲1発明は,従来の反力構造物の不都合を解消し,現場立地条件にも左右されず,また,斜面の凹凸にも対応できるので精度の高い法面整形を必要とせず,簡単に施工でき,工期の短縮も可能な斜面安定化工法を提供することを目的とし,この目的達成という課題を解決するための手段として,アンカー工法においてグランドアンカーを斜面に定着させる反力構造物として,ジオテキスタイル(土木用繊維布)を採用したことに技術的意義があるから,当業者において,甲1発明のジオテキスタイルに代えて,「引張り強度が400~2000N/mm2である硬鋼製のワイヤーで製作した金網」(相違点11に係る本件発明1の構成)を採用する動機付けがあるものと認めることはできないから,原告の上記主張は採用することができない。

ウ 小括

以上のとおり,当業者は相違点11に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできないから,相違点21の容易想到性について判断するまでもなく,本件発明1は,甲1発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。

したがって,原告主張の取消事由4-2は理由がない。

(3)  取消事由4-3(甲3を主引例とする本件発明1の容易想到性判断の誤り)について

ア 甲3の記載事項について

(ア) 甲3記載の「地山補強土工法施工事例 1」と題する図表には,「工事概要」の項に「使用場所 鉄道トンネル坑口付近の切土,及び開削トンネル区間(60m)。」,「使用目的 …法面勾配を急にして環境破壊を少なくする。…」,「補強材」の項に「種類 ロックボルトD25」,「長さ 2.5(法高6m以下)~4.5m(法高8m以上)」,「ピッチ 縦1.4m×横1.4m」,「頭部プレート 角ワッシャー(300×300×9)…」,「表面保護工」の項に「種類 吹付けコンクリート」,「吹付厚さ 5cm」,「使用金網 溶接金網」,「施工面積 約740㎡」などの記載がある(192頁)。

(イ) 上記図表には,「補強工断面図」及び「補強工詳細図」等が記載されており,「補強工詳細図」には,法面に溶接金網を展設し,吹付コンクリートを施工し,吹付コンクリートの上から角ワッシャーを配置するとともに,角ワッシャー配置箇所に相当して法面に固設されるロックボルトを用いて角ワッシャーが法面に固定された補強工詳細図(別紙甲3図面参照)が示されている。

イ 相違点13の容易想到性について

原告は,相違点13に係る本件発明1の構成は,甲3発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に想到することができたものである旨主張するので,以下において判断する。

(ア) 前記アの甲3の記載事項によれば,甲3には,前記第2の3(2)ウ(ア)のとおりの甲3発明が記載されていることが認められる。

そして,甲3記載の「補強工詳細図」に,法面に展設した溶接金網に吹付コンクリートを施工し,吹付コンクリートの上から角ワッシャーを配置し,角ワッシャー配置箇所に相当して法面に固設されるロックボルトによって角ワッシャーを法面に固定した施工態様が図示されていること(前記ア(イ))に照らすと,甲3発明の角ワッシャーは吹付コンクリートを介して溶接金網を地山方向に押さえ付けているものと認められる。

しかしながら,甲3には,甲3発明に用いられる溶接金網の種類,材質及び要求される性能についての具体的な記載はなく,溶接金網を構成する鉄線の引張り強度についての記載も示唆もない。

そうすると,甲3に接した当業者において,本件優先日当時に知られていた各種強度の多数の金網の中から,本件発明1のワイヤーの引張り強度「400~2000N/mm2」の数値範囲に含まれる甲5ないし7記載の「塩化ビニル被覆鉄線」及び「亜鉛めっき鉄線」で製作した金網を選択して,甲3発明に適用する動機付けがあるものと認めることはできない。

したがって,当業者は,甲3発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて相違点13に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。

(イ) これに対し,原告は,甲3には,アンカー(ロックボルト),受圧板,金網を使用し,ロックボルトで補強された地山斜面の上面に金網が展設され,さらに金網の上面は吹付コンクリートを補強する方法で地山の表層滑りを防止する斜面保護工法が開示されているから,当業者は,甲3発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて相違点13に係る本件発明1の構成を容易に想到することができた旨主張する。

しかしながら,前記(ア)認定のとおり,甲3に接した当業者において,本件発明1のワイヤーの引張り強度「400~2000N/mm2」の数値範囲に含まれる甲5ないし7記載の「塩化ビニル被覆鉄線」及び「亜鉛めっき鉄線」で製作した金網を選択して,甲3発明に適用する動機付けがあるものと認めることはできないから,原告の上記主張は採用することができない。

ウ 小括

以上のとおり,当業者は相違点13に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできないから,相違点23の容易想到性について判断するまでもなく,本件発明1は,甲3発明と甲1ないし7に記載された事項を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。

したがって,原告主張の取消事由4-3は理由がない。

(4)  取消事由4-4(甲4を主引例とする本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について

ア 甲4の記載事項について

甲4には,次のような記載がある(下記記載中に引用する写真及び図面は,別紙甲4の写真及び図面を参照)。

(ア) 写真7-3には,現場打ちコンクリートわく工(施工中)の状況が示されている(300頁)。

(イ) 写真7-4には,ロックボルト工施工中の状況が示されている(301頁)。

(ウ) 写真7-5には,ロックボルト落石防止網工の状況が示され,網の上には板状部材が配置されている(301頁)。

(エ) 「7-3 ロックボルト工およびロックアンカー工 アンカー工の設計法に関する技術指針的な参考書は「アース・アンカー工法」(土質工学会),「道路土工-のり面工・斜面安定工指針」(日本道路協会)などがあり,斜面安定対策として設計方法もかなり確立され多くの事例が見られる。しかし,この工法により落石対策のみで設計された例はほとんどなく,わずかに「落石対策の手引」(日本国有鉄道)に若干述べてあるだけである。」(300頁)

(オ) 図7-4には,ロックアンカー工に関する図面が示されている(302頁)。

イ 相違点14の容易想到性について

原告は,相違点14に係る本件発明1の構成は,甲4発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に想到することができたものである旨主張するので,以下において判断する。

(ア) 前記アの甲4の記載事項によれば,甲4には,前記第2の3(2)エ(ア)のとおりの甲4発明が記載されており,落石防止のための斜面安定工法として,網の上から受圧板を介しロックボルトを法面に打ち込むことにより,金網を法面に固定するとの設置態様が示されていることが認められる。

しかしながら,甲4には,甲4発明に用いられる網の種類,材質及び要求される性能についての具体的な記載はなく,網を構成する鉄線の引張り強度についての記載も示唆もない。

そうすると,甲4に接した当業者において,本件優先日当時に知られていた各種強度の多数の金網の中から,本件発明1のワイヤーの引張り強度「400~2000N/mm2」の数値範囲に含まれる甲5ないし7記載の「塩化ビニル被覆鉄線」及び「亜鉛めっき鉄線」で製作した金網を選択して,甲4発明に適用する動機付けがあったものと認めることはできない。

したがって,当業者は,甲4発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて相違点14に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。

(イ) これに対し,原告は,甲4記載の網は,地山の圧力を受け止め,万一落石が発生しようとする際に落石を受け止め得る強度を持った金網であることは自明であり,甲4記載の工法(落石防護工)に用いる網として,本件優先日当時公知であった甲5の網(金網)を使用することは,当業者が適宜なし得ることであるから,当業者は,相違点14に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものである旨主張する。

しかしながら,前記(ア)認定のとおり,甲4に接した当業者において,本件優先日当時に知られていた各種強度の多数の金網の中から,本件発明1のワイヤーの引張り強度「400~2000N/mm2」の数値範囲に含まれる甲5記載の「塩化ビニル被覆鉄線」及び「亜鉛めっき鉄線」で製作した金網を選択して,甲4発明に適用する動機付けがあったものと認めることはできないから,原告の上記主張は採用することができない。

ウ 相違点24の容易想到性について

原告は,相違点24に係る本件発明1の構成は,甲4発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に想到することができたものである旨主張する。

そこで検討するに,甲4及び甲5ないし7のいずれにも,「受圧板を所定間隔をおいて点在状態に配置し,アンカーを用いた受圧板の固定は,前記受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付けて行われ」「斜面の表層の滑り,崩壊を防止する」ようにした構成(相違点24に係る本件発明1の構成)についての記載も示唆もない。

また,甲4発明は,落石防止のため,落石が生じうる箇所を保護する斜面安定工法であると認められるから,甲4発明において,「受圧板により金網全体にほぼ均等に土圧による張力が働くように押え付ける」構成を採用する動機付けがあるものと認めることはできない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

エ 小括

以上のとおり,当業者は相違点14及び相違点24係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできないから,本件発明1は,甲4発明と甲5ないし7に記載された事項を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。

したがって,原告主張の取消事由4-4は理由がない。

(5)  取消事由4-5(本件発明2ないし7の容易想到性判断の誤り)について

原告は,本件審決は,本件発明1の発明特定事項を限定した本件発明2ないし7は,本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものではない以上,甲1ないし10に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない旨判断したが,本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。

しかしながら,前記(1)ないし(4)認定のとおり,本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものではないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,理由がない。

したがって,原告主張の取消事由4-5は理由がない。

5  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中正哉 裁判官 神谷厚毅)

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