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知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10145号 判決 2016年7月28日

原告

ルミレッズ リミテッド ライアビリティ カンパニー

(審決時の名称・フィリップス ルミレッズ ライティング カンパニー リミテッド ライアビリティ カンパニー)

訴訟代理人弁理士

伊東忠重

伊東忠彦

大貫進介

鶴谷裕二

佐藤清志

被告

特許庁長官

指定代理人

近藤幸浩

小松徹三

山村浩

金子尚人

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2014-9509号事件について平成27年3月13日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実

1  特許庁における手続の経緯等(争いがない事実又は文中掲記の証拠により容易に認定できる事実)

原告は,平成18年6月16日を出願日とする特許出願(特願2006-193365号。パリ条約による優先権主張2005年6月17日(以下「本願優先日」という。)。優先権主張国:米国)の一部について,平成24年9月14日,発明の名称を「半導体発光装置に成長させたフォトニック結晶」とする分割出願(特願2012-203313号。以下「本願」という。)をした。原告は,平成25年8月13日付けで拒絶理由通知(甲3。以下「本件拒絶理由通知」という。)を受け,同年11月20日付けで意見書(甲4)を提出するとともに,手続補正をしたが(甲5),平成26年1月20日付けで拒絶査定(甲6。以下「本件拒絶査定」という。)を受けたため,同年5月22日付けで本件拒絶査定に対する不服の審判を請求するとともに,特許請求の範囲の補正を含む手続補正(甲8。以下「本件補正」という。)をした。

特許庁は,上記請求を不服2014-9509号事件として審理した結果,平成27年3月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年3月30日,原告に送達した。

2  特許請求の範囲

本件補正前の本願の特許請求の範囲の記載(請求項の数は48)のうち,請求項32の記載は,以下のとおりである(以下,本件補正前の請求項32に係る発明を「本願発明」という。また,本願の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)。

「【請求項32】

n型領域とp型領域の間に配置されて波長λの光を放出するように構成された発光層を含み,上面と下面を有する半導体構造と,

第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域,及び

前記第1の屈折率とは異なる第2の屈折率を有する材料の複数の領域,

を含み,

前記第2の屈折率を有する材料の領域が,前記半導体材料の領域の間にアレイの形に配置され,第2の屈折率を有する材料の各領域が,第2の屈折率を有する材料の最も近い隣の領域から5λ未満に位置している,

前記半導体構造内に配置されたフォトニック結晶と,

を含み,

前記発光層は,前記フォトニック結晶内に配置され,

前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない,

ことを特徴とする装置。」

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。その要旨は,①本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下,単に「改正前特許法」という。)17条の2第4項の規定を満たしていないものであるので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものであり,また,本願補正発明は,本願優先日前に頒布された刊行物である特開平10-284806号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(引用例の「第3実施例」に関する発明。以下「引用発明1」という。)と同一であり,特許法29条1項3号に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は,上記にかかわらず,同法17条の2第5項において準用する同法126条第5項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである,②本願発明は,引用例(甲1)に記載された発明(引用例の「第2実施例」に関する発明。以下「引用発明2」という。)と同一であり,特許法29条1項3号に該当するから,特許を受けることができない,というものである。

審決が認定した引用発明2並びに本願発明と引用発明2との一致点及び一応の相違点は,以下のとおりである(なお,本件訴訟において,原告は,上記①の本件補正の却下の判断の誤りについては,取消事由としては主張していない。)。

(1)  審決が認定した引用発明2

「フォトニックバンド構造を有する垂直共振器レーザであって,

n-GaAs基板41上に各層がλ/4厚のn-GaAs/AlAs20.5ペア(最終層AlAs)からなる多層膜反射鏡42,100nm厚のn-Al0.4Ga0.6Asクラッド層43,アンドープの8nm厚のIn0.2Ga0.6As井戸層/10nm厚のGaAs障壁層の5層からなる歪み多重量子井戸活性層44,100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層45が成長され,

ついで,六方格子状のホール列46を活性層44およびそれを挟んだクラッド層43,45に形成し,

この上に,100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49,各層がλ/4厚のp-GaAs/AlAs20.5ペアからなる多層膜反射鏡48及び50nm厚のp-GaAsキャップ層47が形成され,

次に,直径15μmの円筒状にp-GaAsキャップ層47からp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49の途中までが除去され,SiNx膜401を絶縁層として施し,ポリイミド402で埋めた後,セルフアラインメントの手法で円筒上部のp-GaAsキャップ層47を露出させて,電極403を成膜し,同様に,n-GaAs基板41裏面の一部にも電極404を成膜した後,オーミック接触を得るための熱拡散を行うことによって作成されたものであり,

n-GaAs基板41及び多層膜反射鏡42,並びにクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47にはホール列は形成されておらず,また,n-GaAs基板41の下面及びp-GaAsキャップ層47の上面はともに平面となっており,

前記六方格子状のホール列は,円形領域(ホールの部分)が低屈折率で,周囲(活性層を含む半導体層の部分)が高屈折率であって,活性層の発光波長λでのバンドギャップ構造を得るため,格子点(ホールの中心点)の間隔aは以下の(1)式で表され,

a=λ/(2neff)                      (1)

ここで,平均の屈折率neffは,円形領域の屈折率ncとその周囲を占めている領域の屈折率ndとで(2)式のように表され,パラメータfは円形領域の占有率であり,rを円形領域の半径とすると,(3)式のように表されるものであり,

neff=ncf+nd(1-f)                 (2)

f=(2πr2)/(√3a2)                 (3)

前記六方格子状のホール列を用い,二次元構造によるフォトニックバンドギャップを活性層の発光波長に合致させて創生することで,活性層面内方向への自然放出を抑制させた,

フォトニックバンド構造を有する垂直共振器レーザ。」

(2)  審決が認定した本願発明と引用発明2との一致点及び相違点

ア 一致点

「n型領域とp型領域の間に配置されて波長λの光を放出するように構成された発光層を含み,上面と下面を有する半導体構造と,

第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域,及び

前記第1の屈折率とは異なる第2の屈折率を有する材料の複数の領域,

を含み,

前記第2の屈折率を有する材料の領域が,前記半導体材料の領域の間にアレイの形に配置され,第2の屈折率を有する材料の各領域が,第2の屈折率を有する材料の最も近い隣の領域から5λ未満に位置している,

前記半導体構造内に配置されたフォトニック結晶と,

を含み,

前記発光層は,前記フォトニック結晶内に配置され,

前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない装置。」

イ 相違点

本願発明においては,「第2の屈折率を有する材料の各領域が,第2の屈折率を有する材料の最も近い隣の領域から5λ未満に位置している」が,引用発明2においては,そのような限定はされていない点。

第3原告主張の取消事由(本願発明と引用発明2の対比,判断の誤り)

1  本願発明について

本願明細書の記載(段落【0011】)によれば,図1に示される従来のフォトニック結晶装置においては,まず半導体成長により,n型領域108,活性領域112及びp型領域116が形成され,半導体成長による形成の後に,エッチングによりフォトニック結晶構造のためのホールが形成される。このように,従来技術においては,半導体成長の後にエッチングされていることを理解することが重要である。

そして,エッチングを用いる従来技術においては,p型材料のドライエッチングは,エッチングが結晶を損傷させ,n型ドナーを生成する窒素空孔の原因になる可能性があるため問題が多かった(【0013】)。

このような問題点を解決することが本願発明の課題であり,本願発明ではフォトニック結晶構造を形成するためにエッチングではなく,半導体成長を用いることによって上記のような問題点が生じないという効果が得られる(【0014】)。

本願発明では,フォトニック結晶を形成するためにエッチングによらず,半導体成長を用いているので,半導体構造の上面と下面の双方がエッチングによって割り込まれていない。すなわち,半導体の上面に相当する平坦な層32及び半導体の下面に相当するn型領域22は,横方向に不連続ではなく,割り込まれていないとの構成となる。

本願発明は,フォトニック結晶を既に成長した半導体層内にエッチングするのではなく,成長させることにより,効率を低下させることがあるエッチングが原因の損傷を回避し,電気接点がその上に形成される,割り込まれていない平坦な表面を提供するものである(【0009】)。

2  引用発明2について

引用例の記載(【0025】ないし【0027】)によれば,引用発明2においては,フォトニック結晶構造をなすホール列46を形成する前に,基板41からクラッド層45までの層を半導体成長により形成し,フォトニック結晶構造をエッチングにより形成する。そして,フォトニック結晶構造をエッチングにより形成した後に,「エッチングストップ層,キャップ層47,多層膜反射鏡48及びクラッド層49」が別個に形成されて圧着される。よって,「キャップ層47,多層膜反射鏡48及びクラッド層49」は,フォトニック結晶構造形成がエッチングによるか,あるいは半導体成長によるかに影響を受けない。引用発明2は,フォトニック結晶構造がエッチングにより形成された構造であるから,本願発明の従来技術の装置(図1)に相当するものである。

3  本願発明と引用発明2の対比

(1)  審決は,本願発明と引用発明2との相違点の認定において,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」という特徴を看過している。

(2)  上記(1)の特徴を看過したことにより,審決は,引用発明2の「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層45」,「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49,各層がλ/4厚のp-GaAs/AlAs20.5ペアからなる多層膜反射鏡48及び50nm厚のp-GaAsキャップ層47」からなるp型の半導体の部分が本願発明の「p型領域」に相当すると認定した。

しかし,これらの層のうち「キャップ層47,多層膜反射鏡48及びクラッド層49」は,フォトニック結晶構造形成のためのエッチング工程を施した後に形成される層であるから,「キャップ層47,多層膜反射鏡48及びクラッド層49」は本願発明のp型領域に相当しない。この点において,審決は引用発明2の認定を誤っているといわざるを得ない。

また,本願発明のp型領域は,LED及びフォトニック結晶構造を形成している要素であるのに対し,引用発明2のクラッド層49,多層膜反射鏡48及びキャップ層47は,フォトニック結晶構造形成後に別個に形成されて圧着されるものであるため,フォトニック結晶構造の形成には何ら関与しておらず,LEDを構成する要素ではない。

したがって,本願発明のLED及びフォトニック結晶構造を形成している要素であるp型領域の少なくとも上面が割り込まれていないという構造は,引用発明2との相違点である。

なお,本願発明においては,フォトニック結晶構造をエッチングではない半導体成長により形成することから,請求項32において「前記半導体構造の前記上面・・・は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」との限定を付しているのである。もし半導体構造の上面が,フォトニック結晶構造形成工程がエッチングによろうと半導体成長によろうと影響を受けないものであるとすると,わざわざ上記のような限定を付すことはない。

以上によれば,審決の上記認定には誤りがある。

(3)  さらに,上記(1)の特徴を看過したことにより,審決は,引用発明2においては,「n-GaAs基板41及び多層膜反射鏡42,並びにクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47にはホール列は形成されておらず,また,n-GaAs基板41の下面及びp-GaAsキャップ層47の上面はともに平面となって」いるから,当該構成は,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ことに相当すると認定した。

しかし,上記認定の対象となった引用発明2のクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47は,フォトニック結晶構造形成工程後に形成されたものであるから,もともとフォトニック結晶構造形成工程により影響を受けるものではない。これらの層がフォトニック結晶によって割り込まれていないことが本願発明との一致点であるとした審決の認定は誤りである。

(4)  なお,引用例の【図4】においては,クラッド層49の厚さ全体にわたってホール列が形成されて図示されているのに対し,引用例の段落【0025】は,「二次元ホール列46を活性層44およびそれを挟んだクラッド層43,45に形成する。」と記載しており,クラッド層49内のホール列に言及していない。引用例は,クラッド層49内のホール列に関して【図4】の内容と段落【0025】の記載とが矛盾しており,これにより引用発明を理解把握することができないものであるから,引用例としての適格性を有しない。

さらに,審決は,本願発明がエッチングにより形成される半導体構造をも含むものであると誤って解釈するものであるところ,審決のそのような誤った解釈によれば,本願明細書の図1に示され,段落【0011】ないし【0013】において説明された問題点を有する従来技術が,本願発明に含まれてしまうことになる。審決が本願発明を,本願発明の課題を達成できない従来技術を含むものであると判断したのであれば,本来,サポート要件を欠くものとして,そのような拒絶理由を通知すべきであった。被告は,審査の順序を規定した審査基準に違反して,本願に対しサポート要件違反の拒絶理由を1回も発することなく,拒絶理由通知においても審決においても特許法29条1項(及び2項)に基づく拒絶の理由を指摘している。しかも引用例は前記のとおり本願発明とは異なる構造であり,むしろ本願発明の従来技術と類似する構造を開示するものであった。

(5)  以上によれば,審決は,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」との特徴が引用発明2との相違点であるにもかかわらず,その相違点を看過して,その相違点に関する新規性についての検討を怠ったといわざるを得ない。このように,審決には違法があるから取り消されるべきである。

第4被告の主張

1  本願発明の解釈

(1)  本願の請求項32の「割り込まれていない」などの文言の字義に加え,本願発明は「装置」という物の発明に係るものであることをも踏まえると,「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」との発明特定事項は,半導体からなる構造の上面と下面に「前記フォトニック結晶」が入り込んでいない(すなわち,存在しない)状態であることを意味すると解するのが自然である。

そして,「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」との各語の意義に,「前記フォトニック結晶」が入り込んでいない状態に至る具体的な製造方法が含まれるとの技術常識はない。さらに,本願発明の他の特定事項を含めてみても,フォトニック結晶及び半導体からなる構造の製造方法に係る記載はないし,エッチングの有無あるいは半導体成長についての明記もない。

したがって,上記特定事項は,フォトニック結晶が内部に配置された半導体からなる構造の上面と下面に,フォトニック結晶構造が存在しない状態であることを特定するにとどまり,フォトニック結晶及び半導体からなる構造の製造方法を何ら限定するものではないと解すべきである。

また,本願明細書(段落【0008】)には,フォトニック結晶構造形成にエッチングを用いるか否かに関係のない,電機接点の設計が簡単になるとの技術的思想が開示されており,本願発明はその技術的思想に係るものと解されるから,原告が主張するように解釈しなければならない理由はない。

(2)  本願明細書の記載(段落【0028】ないし【0030】)によれば,図3に係る例では,「n型領域22,n型ポスト26,発光領域ポスト28,及びp型ポスト30」というフォトニック結晶を含む半導体の構造に,半導体領域40という別個に形成された半導体領域を結合して得られた構造における,当該半導体領域の上面が,割り込まれていない平坦な表面であるとされている。そして,この図3に係る例は本願発明の実施形態である(段落【0018】)。

以上によれば,本願明細書では,フォトニック結晶を含む半導体の構造に,別個に形成された半導体領域を結合して得られた構造における,当該半導体領域の上面を,本願発明の「前記半導体構造の前記上面」「は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ものとしていることが認められるから,原告の本願発明の解釈についての主張は本願明細書の記載と整合しない。

したがって,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」との特定事項は,フォトニック結晶が内部に配置された半導体からなる構造の上面と下面に,フォトニック結晶構造が存在しない状態であることを特定するにとどまり,フォトニック結晶及び半導体からなる構造の製造方法を何ら限定するものではないと解すべきであり,審決がした本願発明の解釈が正当であって,原告が主張する解釈は失当である。

2  本願発明と引用発明2の対比について

(1)  原告は,審決が,本願発明と引用発明2との対比において,引用発明2の「n-GaAs基板41及び多層膜反射鏡42,並びにクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47にはホール列は形成されておらず,また,n-GaAs基板41の下面及びp-GaAsキャップ層47の上面はともに平面となって」いるとの構成は,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ことに相当すると認定したことが誤りである旨主張する。

しかし,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」との特定事項は,フォトニック結晶が内部に配置された半導体からなる構造の上面と下面に,フォトニック結晶構造が存在しない状態であることを特定するにとどまり,前記フォトニック結晶及び半導体からなる構造の製造方法を何ら限定するものではない。そして,引用発明2の「半導体構造」に相当する構造は,n-GaAs基板41とp-GaAsキャップ層47を両端とするものであって,「半導体構造の上面」に相当する「p-GaAsキャップ層47の上面」と「半導体構造の下面」に相当する「n-GaAs基板41の下面」は「ともに平面」であるから,フォトニック結晶構造が存在しない状態であるといえる。

したがって,審決の上記認定に誤りはない。

(2)  原告は,引用発明2のクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47は,フォトニック結晶構造形成工程後に形成されたものであるから,もともとフォトニック結晶構造形成工程により影響を受けるものではなく,これらの層がフォトニック結晶によって割り込まれていないことが本願発明との一致点であるとの審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし,本願明細書では,フォトニック結晶を含む半導体の構造に,別個に形成された半導体領域を結合して得られた構造における,当該半導体領域の上面を,本願発明の「前記半導体構造の前記上面」「は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ものとしているのであり,この半導体領域は,フォトニック結晶構造形成工程後に形成されたものであって,もともとフォトニック結晶形成工程により影響を受けるものではない。

したがって,原告の上記主張は,本願発明の特定事項のみならず,本願明細書の記載にも基づかないものであって,失当である。

(3)  原告は,「キャップ層47,多層膜反射層48及びクラッド層49」は,フォトニック結晶構造形成のためのエッチングを施した後に形成される層であるから,本願発明の「p型領域」には相当せず,この点において,審決が引用発明2を誤って認定している旨主張する。

原告は引用発明2の認定誤りを主張するようであるが,その内容からみて,本願発明と引用発明2との対比の誤りを主張しているものと解される。

しかし,「p型領域」は,その文言上,フォトニック結晶構造及び半導体からなる構造の製造方法を実質的に特定するものではない。また,原告が,本願発明の「p型領域」の上端が「半導体構造」の「上面」に当たるものと解しているのだとしても,本願発明の「半導体構造」の「上面」は,前記のとおり,フォトニック結晶を含む半導体の構造に,別個に形成された半導体領域を結合して得られた構造における,当該半導体領域の上面をも含むものである。さらに,本願明細書の図3の例は本願発明の実施形態であり,その説明に係る段落【0028】には,別個に形成された「半導体領域40」を「p型領域」とすることができる旨が記載されているから,本願発明の「p型領域」は,その意味でも,別個に形成された半導体領域を含む構造を排除しない。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(4)  以上のとおり,審決の本願発明と引用発明2の対比判断に誤りはないから,原告の主張する取消事由は理由がない。

第5当裁判所の判断

1  本願発明について

(1)  本件の事案に鑑み,本願発明の認定の前提として,本件補正の適法性について検討する。

ア 本件補正は,特許請求の範囲の補正を含むものであるところ,本件補正後の請求項32は,次のとおりである(補正部分には下線を付した。)。

「【請求項32】

n型領域とp型領域との間に配置されて波長λの光を放出するように構成された発光層を含み,上面と下面を有する半導体構造と,

第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域であって,複数の半導体ポストを有する当該半導体材料の複数の領域,及び

前記第1の屈折率とは異なる第2の屈折率を有する材料の複数の領域,

を含み,

前記半導体材料の領域は,前記第2の屈折率を有する材料の複数の領域の間にアレイの形に配置され,前記半導体材料の各領域の中心が,前記半導体材料の最も近い隣の領域の中心から5λ未満に位置している,

前記半導体構造内に配置されたフォトニック結晶と,

を含み,

前記発光層は,前記フォトニック結晶内に配置され,

前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない,

ことを特徴とする装置。」

イ 本件補正前の本願請求項32においては,「第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域」と「第2の屈折率を有する材料の複数の領域」の配置関係について,「前記第2の屈折率を有する材料の領域が,前記半導体材料の領域の間にアレイの形に配置され,第2の屈折率を有する材料の各領域が,第2の屈折率を有する材料の最も近い隣の領域から5λ未満に位置している」と記載されており,この記載は,「第2の屈折率を有する材料の領域」が「半導体材料の領域」を母体として,その中に「アレイの形」すなわち,整列,配列した形で配置されるとともに,隣接する「第2の屈折率を有する材料の領域」の間隔を5λ未満としたことを意味するものと認められる。これに対し,本件補正後の請求項32においては,両者の配置関係について,「前記半導体材料の領域は,前記第2の屈折率を有する材料の複数の領域の間にアレイの形に配置され,前記半導体材料の各領域の中心が,前記半導体材料の最も近い隣の領域の中心から5λ未満に位置している」と記載されており,この記載は「半導体材料の領域」が「第2の屈折率を有する材料の複数の領域」を母体として,その中に「アレイの形」すなわち,整列,配列した形で配置されるとともに,隣接する「半導体材料の領域」の中心間の間隔を5λ未満としたことを意味するものと認められ,「第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域」と「第2の屈折率を有する材料の複数の領域」の配置に関して,本件補正により,母体となる領域が「半導体材料の領域」から「第2の屈折率を有する材料の複数の領域」に置き換わるとともに,「アレイの形に配置され」る領域が「第2の屈折率を有する材料の領域」から「半導体材料の領域」に置き換わっていることが認められる。

改正前特許法17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮は,同法36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであるところ,上記のように,本願において,「第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域」と「第2の屈折率を有する材料の複数の領域」の配置関係を入れ替えることを内容とする本件補正は,本願の発明特定事項を変更するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められない。

また,本件補正が,改正前特許法17条の2第4項1号,3号及び4号にそれぞれ掲げる,請求項の削除,誤記の訂正及び明りようでない記載の釈明のいずれを目的とするものでないことも明らかである。

なお,本願明細書の段落【0014】には,「・・・図11は,フォトニック結晶の例の上面図である。領域2は,屈折率が異なる材料の領域4によって割り込まれている。例えば,図11のフォトニック結晶は・・・空気領域2によって囲まれた成長した半導体材料の半導体ポスト4のアレイにすることができる。代替的に,領域2は,正孔4と共に成長した半導体領域とすることができる。」との記載があり,本願明細書においては,①空気領域2の中に半導体ポスト4のアレイが配置された態様と,②半導体領域2の中に孔4が配置された態様とが,代替的なものとして区別され,本件補正前後の両者の配置関係がそれぞれ異なる態様として記載されていることが認められる。しかし,本願明細書に上記記載があるとしても,本件補正が本願の発明特定事項を変更するものであり,特許請求の範囲の減縮等を目的とするものとは認められないことに変わりはない。

ウ 以上によれば,本件補正を不適法なものとして却下した審決の判断に誤りはない(なお,原告も審決の本件補正に関する判断に対しては具体的な取消事由を主張していない。)。

(2)  本願明細書の記載

本願発明は,平成25年11月20日付けの手続補正書(甲5)によって補正された本件補正前の特許請求の範囲の請求項32に記載された事項により特定されるものであると認められるところ,本願明細書(甲2)には,次の記載がある(図面については,別紙本願明細書図面目録を参照。)。

「【0001】

本発明は,フォトニック結晶構造を含む半導体発光装置に関する。

【0002】

発光ダイオード(LED)のような発光装置は,技術的にも経済的にも有利な半導体光源である。・・・

【0003】

LEDの品質は,例えば,発光領域で生成されたフォトンに対する装置から抽出されたフォトンの比率を測るその抽出効率によって特徴付けることができる。・・・」

「【0005】

・・・抽出効率を高める問題に対する手法・・・によれば,発光ダイオードの半導体層を貫通して正孔の格子を形成することにより,フォトニック結晶が生成される。・・・LED内にフォトニック結晶が形成されると・・・適正な格子間隔が選択された場合には・・・LEDの抽出を増大させる。・・・」

「【0008】

・・・必要とされるのは,III族窒化物フォトニック結晶発光装置のための設計とそのような装置を製造する方法である。・・・

【0009】

本発明の実施形態によれば,n型領域とp型領域の間に配置された発光領域を含むIII族窒化物構造のような半導体構造内にフォトニック結晶を成長させる。・・・フォトニック結晶を既に成長した半導体層内にエッチングするのではなく・・・成長させることは,効率を低下させることがあるエッチングが原因の損傷を回避し,電気接点がその上に形成される,割り込まれていない平坦な表面を提供する。・・・

【0010】

・・・【図2】フォトニック結晶を形成する半導体ポスト内に発光領域が形成され,割り込まれていない平面p型領域が半導体ポストの上に成長した装置の断面図である。・・・

【0011】

図1は・・・本明細書において引用により組み込まれている「フォトニック結晶構造を使用したLED効率」という名称の米国特許公開第2003/0141507号に・・・説明されているIII族窒化物フォトニック結晶LED(PXLED)100を示している。

図1のPXLED100では,n型領域108は・・・成長基板102の上に形成され,活性領域112は,n型領域108の上に形成され,p型領域116は,活性領域112の上に形成される。・・・p型領域116と活性領域112の一部分は,n型領域108の一部分を露出するためにエッチングで除去することができ,次に,p型領域116上にp接点120が形成され,n型領域108の露出された部分上にn接点104が形成される。・・・」

「【0013】

・・・図1に示すフォトニック結晶装置・・・は,いくつかの欠点を有する・・・。例えば・・・周期的構造を形成する正孔のアレイを形成するためにp型領域内へのドライエッチングによって形成される場合がある。・・・p型材料のドライエッチングは,エッチングが結晶を損傷させ,n型ドナーを生成する窒素空孔の原因になる可能性があるために問題が多い。p型領域116では,n型ドナーの存在は,正孔の濃度を低下させ,結晶への過酷な損傷の場合に,領域116の導電型をn型に変化させる可能性がある。本発明者は,ドライエッチングが原因の損傷がエッチングされた領域近辺の局所的な区域に限定されず,結晶の非エッチング区域を通して垂直及び水平に伝播する場合があり,場合によってはp-n接合を除去して装置を電気的に作動不能にすることを既に発見している。・・・

【0014】

・・・図11は,フォトニック結晶の例の上面図である。領域2は,屈折率が異なる材料の領域4によって割り込まれている。例えば,図11のフォトニック結晶は・・・空気領域2によって囲まれた成長した半導体材料の半導体ポスト4のアレイにすることができる。代替的に,領域2は,正孔4と共に成長した半導体領域とすることができる。」

「【0017】

ポストは,六角形断面を有することが多いが,他の断面も可能である。一部の実施形態では,格子間隔aは,約0.1λと約10λの間であり,より好ましくは,約0.1λと約5λの間であり,より好ましくは,約0.1λと約3λの間であり,より好ましくは,約0.1λと約1λの間であり,ここで,λは,活性領域によって放出された光の装置内の波長である。・・・ポストの高さは,ポストのない平坦な層上に電気接点を形成することを優先させるために制限されるので,ポストは,装置の高さ全体に延びることができない。・・・

【0018】

本発明の一部の実施形態では,発光領域は,フォトニック結晶を形成する成長した半導体材料のポストに含まれる。・・・図2の装置では,n型領域22は・・・基板20の上に従来的に成長する。n型領域22は・・・バッファ層又は核生成層のような例えば任意的な準備層のような厚み,組成,及びドーパント濃度が異なる複数の層を含むことが多い。n型領域22は,意図的にドープされていない層を含むことができる。・・・

【0019】

平坦なn型領域22の上にSiO2のようなマスク層24が形成される。・・・開口部がマスク24に形成される。フォトニック結晶を形成することになる半導体材料のポストが開口部に成長する。n型材料のポスト26が第1に成長し,続いて発光領域材料のポスト28が成長する。・・・発光領域28の後に,p型材料のポスト30が成長する。・・・

【0020】

半導体ポストは,例えば・・・低圧有機金属化学気相成長法によって形成することができる。・・・得られるポストは,一定の直径と平滑な側壁を有して基板表面に対して垂直に成長する。」

「【0022】

p型ポスト30が成長した後に,ポストの上に反転したピラミッドが形成されるように成長条件が変更され,これらのピラミッドは,最終的に接続してポストの上に平坦な層32とポスト間に空間25とを形成する。・・・p型ポスト30と平面p型領域32は,例えばp型クラッド層及びp型接触層のような厚み,組成,及びドーパント濃度が異なる複数の層を含むことができる。

【0023】

平面p型領域32の成長の後に,p接点(図示しない)を形成する1つ又はそれよりも多くの金属層がp型領域32上に堆積される。p接点は,オーム接触層,反射層,及び保護金属層のような複数の層を含むことができる。・・・

【0024】

半導体構造は,次に,ホスト基板に金属結合することができ,図12に示すように薄膜装置に加工される。典型的に金属である1つ又はそれよりも多くの結合層90は,半導体構造とホスト基板92の間の熱圧着結合又は共晶接合のための適合材料として機能することができる。・・・ホスト基板92は,成長基板が除去された後の半導体層に対する機械的な支持を提供し,金属層90を通してp型領域に対して電気接触を提供する。・・・

【0025】

ホスト基板と半導体構造は,高温高圧で互いに圧縮され,結合層の間に耐久性のある金属結合を形成する。・・・適切な温度範囲は,例えば,約200℃から約500℃である。適切な圧力範囲は,例えば,約100psiから約300psiである。

【0026】

ホスト基板に結合した後に,成長基板20は,成長基板材料に適切な技術によって除去することができる。・・・次に,n型領域22の露出された表面上にn接点96を形成することができる。p接点が反射性なので,n型領域22の露出された表面を通して装置から光が抽出される。」

「【0028】

図3は,発光領域が,フォトニック結晶を形成する成長した半導体材料のポストに含まれている装置の別の例を示している。・・・平面p型領域32をポストの上に成長させる代わりに,ポストの成長の後に成長が中止され,第2の成長基板42上に成長した半導体領域40に構造が結合される。半導体領域40は,例えば,p型領域とすることができる。

【0029】

半導体ポストの上面と半導体領域40の表面は,高温高圧の条件下で互いに結合される。結合のための適切な温度は,例えば,700℃と1200℃の間とすることができ,結合のための適切な圧力は,例えば,5psiと1500psiの間とすることができる。・・・

【0030】

結合の後に,成長基板20と成長基板42の一方を除去することができ,半導体表面を露出する。接点は,p型ポスト30の上部ではなく,いずれかの基板の除去によって露出された,割り込まれていない平坦な表面上により容易に形成することができる。・・・

【0031】

・・・図5に示す装置では,半導体ポストは,厚いマスク層48の開口部を通して成長する。・・・マスク48の開口部は,開口部内に成長した半導体材料がポストのアレイを形成するように配置することができる。代替的に,マスク48は,マスクがポストのアレイを形成し,半導体材料がマスク材料ポスト間の区域を充填するように形成することができる。・・・半導体ポストがマスク48の上部に到達した状態で,p型領域50は,割り込まれていない平坦なシートに成長する。・・・」

「【0038】

本発明の実施形態は,いくつかの利点を提供する。フォトニック結晶のエッチングによって生じる損傷が防止されるので,成長したフォトニック結晶を組み込む装置は,エッチングされたフォトニック結晶を有する装置よりも効率を改善することができる。また,本発明の実施形態では,電気接点がその上に作られる平坦な表面は,活性領域のp型側とn型側の両方で利用可能である。接点の設計は,従って,フォトニック結晶が中に形成される層への接触を必要とする装置よりも簡単になる。」

2  引用発明2について

(1)  引用例(甲1)には,次の記載がある(図面については別紙引用例図面目録を参照。)。

「【0001】

【発明の属する技術分野】本発明は・・・光の波長程度の周期の屈折率周期構造であるフォトニック結晶のいわゆるフォトニックバンド構造を利用して,光放射特性を制御したレーザ光源等に関する・・・。」

「【0006】・・・従来の構造では,活性層内部のエネルギーは垂直方向の光共振器から横方向へ漏れ出すため,すべての放出光を基板上方(あるいは下方)から取り出せず,光の損失は避けられなかった。このことが,光源の発振閾値の上昇,消費電力の増大を招いていた。

【0007】従って,本発明の目的は,活性層の垂直方向に加えて,活性層面内全方向にも自然放出光を制御する構造を備えることによって,発光の方向が制限ないし制御され,且つ低閾値で低消費電力の動作を可能とするフォトニックバンド構造を有する垂直共振器半導体レーザを提供することにある。」

「【0012】本発明によれば,誘導放出光を得る基板垂直方向は,多層干渉膜からなる一対の反射鏡で光共振器が構成される。・・・。一方,活性層を含む面内には,二次元の屈折率ないし誘電率の適当な周期構造を形成し,活性層の発光波長帯に合わせて伝播が阻止されるいわゆるフォトニックバンドギャップ・・・を形成している。そのため,面内方向に対しては,自然放出光も制限されて,エネルギーの横方向への漏洩を抑圧できる。その結果・・・高い効率によるレーザ光放射を実現できる。」

「【0014】・・・二次元のフォトニック結晶,すなわち直交する3方向のうち1方向へは誘電率が一様な構造は,二次元平面の微細加工や選択成長で実現できる。本発明はこのことに着目したものである。

【0015】本発明によるフォトニックバンド構造を有する垂直共振器レーザの実施形態の構成,動作原理について,図1および図2を用いて説明する。

【0016】二次元結晶構造では・・・面内のどの方向へも共通にフォトニックバンドギャップを開けることが可能な構造としては,六方格子もしくは正方格子が適する。たとえば,六方格子においては,図2に示すように,菱形を基本とした各格子点に,ロッド(中実のもの)もしくはホール(中空のもの)21を作り付けることで誘電率変化を与える。光波長λでのバンドギャップ構造を得るため,格子点(ロッドもしくはホールの中心点)の間隔aは以下の(1)式で表される。ここで,誘電率は屈折率で置き換え,neffは平均の屈折率を示している。

a=λ/(2neff)                       (1)

ここで,ロッドもしくはホール21の断面形状を円形とすると,平均の屈折率neffは,円形領域の屈折率ncとその周囲を占めている領域22の屈折率ndとで(2)式のように表される。ここで,パラメータfは円形領域の占有率であり,rを円形領域の半径とすると,(3)式のように表される。

neff=ncf+nd(1-f)                   (2)

f=(2πr2)/(√3a2)                   (3)

この六方格子構造を用いて,二次元フォトニック結晶のブリルアンゾーンのあらゆる方向にわたって光波のモードが生じないエネルギ領域,すなわち,フォトニックバンドギャップを形成する。・・・

【0017】以上のような二次元構造によるフォトニックバンドギャップを・・・創生することで,活性層面内方向への自然放出は抑制される。この状態で,図1に示すように,活性層を含む半導体層11に垂直な方向への自然放出を一対の多層膜反射鏡12,13などで制御し,任意の波長の光波のみを誘導放出すれば,完全に放出制御したレーザが実現できる。・・・」

「【0019】第1実施例

図3を用いて製造法を説明しながら第1実施例の構造を説明する。先ず,本発明による第1の実施例のレーザは,InP基板上に・・・InPクラッド層31,・・・量子井戸活性層32,130nm厚のInPクラッド層33を成長する。

【0020】次に,クラッド層33表面にSiO2を成膜した後,フォトレジストを塗布し,図2に示すような半径130nmの円形パターンを間隔325nmの六方格子状に形成するための電子ビーム露光を行う。現像後,形成されたフォトレジストマスクをSiO2膜に反応性イオンエッチングで転写する。こうしてできたSiO2マスクをもとに反応性イオンビームエッチングを用いて活性層32およびクラッド層31,33のホールエッチングを行う。二次元ホール列を形成後,SiO2膜を除去する。このホールには,活性層の発光波長に応じて(即ち,この波長がフォトニックバンドギャップ内に来る様に)窒素,高分子材料,誘電体などを充填してもよい。」

「【0025】第2実施例

図4によって第2実施例を説明する。本発明による第2の実施例のレーザは,n-GaAs基板41上に各層がλ/4厚のn-GaAs/AlAs20.5ペア(最終層AlAs)からなる多層膜反射鏡42,100nm厚のn-Al0.4Ga0.6Asクラッド層43,アンドープの8nm厚のIn0.2Ga0.6As井戸層/10nm厚のGaAs障壁層の5層からなる歪み多重量子井戸活性層44,100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層45を成長する。ついで,前記実施例と同様,二次元ホール列46を活性層44およびそれを挟んだクラッド層43,45に形成する(図4に示す様に,クラッド層43の途中でホールは止まっている)。

【0026】上記と同様にして別個のアンドープのGaAs基板上に100nm厚のAlAsエッチングストップ層,50nm厚のp-GaAsキャップ層47,各層がλ/4厚のp-GaAs/AlAs20.5ペアからなる多層膜反射鏡48,100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49を成長する。

【0027】以上のようにして成長を行ったアンドープのGaAs基板およびn-GaAs基板41を10%弗素水に数秒浸漬し,水洗,乾燥した後,成長面同士の結晶軸を揃えて向かい合わせに圧着する。基板接合は,印加荷重100kg/cm2で160℃加熱の下,4時間の圧着を施して得られた。

【0028】次に,n-GaAs基板41裏面をSiO2膜で保護した後,アンドープGaAs基板側を研磨して100μm程度の厚さに薄くする。硫酸+過酸化水素+水からなるエッチング液でアンドープGaAs基板をエッチング除去した後,AlAsエッチングストップ層を除去し,p-GaAsキャップ層47を露出させる。

【0029】次に,直径15μmの円筒状にp-GaAsキャップ層47からp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49の途中までを反応性イオンビームエッチングで除去する。SiNx膜401を絶縁層として施し,ポリイミド402で埋めた後,セルフアラインメントの手法で円筒上部のp-GaAsキャップ層47を露出させて,電極403を成膜する。同様に,n-GaAs基板41裏面の一部にも電極404を成膜した後,オーミック接触を得るための熱拡散を行う。

【0030】こうして作製したレーザは,閾値1mA以下で発振し,平均出力光強度は数mW程度であった。発振光の近視野像を観察したところ,ほぼ上面電極の円形パターンと同様であり,周囲からの光の漏出は観測できなかった。」

(2)  引用発明2の概要

上記(1)によれば,引用発明2の概要は次のとおりであると認められる。

引用発明2は,光の波長程度の周期の屈折率周期構造であるフォトニック結晶のいわゆるフォトニックバンド構造を利用して,光放射特性を制御したレーザ光源等に関する(【0001】)。

従来の垂直共振器半導体レーザの構造では,活性層内部の放射光は垂直方向の光共振器から横方向へ漏れ出してしまうため,すべての放出光を基板上方(あるいは下方)から取り出すことができず,光の損失は避けられなかった(【0006】)。

そこで,引用発明2では,活性層の垂直方向に加えて,活性層面内全方向にも放出光を制御する構造を備えることによって,発光の方向が制限ないし制御され,かつ低閾値で低消費電力の動作を可能とするフォトニックバンド構造を有する垂直共振器半導体レーザを提供することを目的とする(【0006】)。

引用発明2は,フォトニックバンド構造を有する垂直共振器レーザであって(【0006】),n-GaAs基板41上に各層がλ/4厚のn-GaAs/AlAs20.5ペア(最終層AlAs)からなる多層膜反射鏡42,100nm厚のn-Al0.4Ga0.6Asクラッド層43,アンドープの8nm厚のIn0.2Ga0.6As井戸層/10nm厚のGaAs障壁層の5層からなる歪み多重量子井戸活性層44,100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層45が成長され,ついで,六方格子状のホール列46を活性層44およびそれを挟んだクラッド層43,45に形成し(【0019】,【0020】,【0025】,図3,図4),この上に,100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49,各層がλ/4厚のp-GaAs/AlAs20.5ペアからなる多層膜反射鏡48及び50nm厚のp-GaAsキャップ層47が形成され(【0026】ないし【0028】),次に,直径15μmの円筒状にp-GaAsキャップ層47からp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49の途中までが除去され,SiNx膜401を絶縁層として施し,ポリイミド402で埋めた後,セルフアラインメントの手法で円筒上部のp-GaAsキャップ層47を露出させて,電極403を成膜し,同様に,n-GaAs基板41裏面の一部にも電極404を成膜した後,オーミック接触を得るための熱拡散を行うことによって作成されたものであり(【0029】),n-GaAs基板41及び多層膜反射鏡42,並びにクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47にはホール列は形成されておらず(【0026】ないし【0028】),また,n-GaAs基板41の下面及びp-GaAsキャップ層47の上面はともに平面となっており(【0025】,【0028】,図4),前記六方格子状のホール列は,円形領域(ホールの部分)が低屈折率で,周囲(活性層を含む半導体層の部分)が高屈折率であって,活性層の発光波長λでのバンドギャップ構造を得るため,格子点(ホールの中心点)の間隔aはa=λ/(2neff)の式で表され,ここで,平均の屈折率neffは,円形領域の屈折率ncとその周囲を占めている領域の屈折率ndとでneff=ncf+nd(1-f)式のように表され,パラメータfは円形領域の占有率であり,rを円形領域の半径とすると,f=(2πr2)/(√3a2)式のように表されるものであり(【0016】),前記六方格子状のホール列を用い,二次元構造によるフォトニックバンドギャップを活性層の発光波長に合致させて創生することで,活性層面内方向への自然放出を抑制させた(【0017】),フォトニックバンド構造を有する垂直共振器レーザである。

引用発明2によれば,誘導放出光を得る基板垂直方向は,多層干渉膜からなる一対の反射鏡で光共振器が構成される一方,活性層を含む面内には,二次元の屈折率ないし誘電率の適当な周期構造を形成し,活性層の発光波長帯に合わせて伝播が阻止されるいわゆるフォトニックバンドギャップを形成しているため,面内方向に対しては,自然放出光も制限されて,エネルギーの横方向への漏洩を抑圧でき,その結果,高い効率によるレーザ光放射を実現できる(【0012】)。

3  取消事由(本願発明と引用発明2の対比,判断の誤り)について

以上を前提に,本願発明と引用発明2の対比における審決の判断に誤りがあるかについて検討する。

(1)  本願発明の認定

前記認定の事実によれば,本願発明は,「n型領域とp型領域の間に配置されて波長λの光を放出するように構成された発光層を含み,上面と下面を有する半導体構造と,第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域,及び前記第1の屈折率とは異なる第2の屈折率を有する材料の複数の領域,を含み,前記第2の屈折率を有する材料の領域が,前記半導体材料の領域の間にアレイの形に配置され,第2の屈折率を有する材料の各領域が,第2の屈折率を有する材料の最も近い隣の領域から5λ未満に位置している,前記半導体構造内に配置されたフォトニック結晶と,を含み,前記発光層は,前記フォトニック結晶内に配置され,前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない,ことを特徴とする装置。」【請求項32】であることが認められる。

(2)  引用発明2の認定

引用例の前記記載によれば,引用発明2は,前記第2,3(1)のとおりであると認められる。審決は,引用例の記載に基づき,上記と同旨の引用発明を認定しており,その認定に誤りはない。

(3)  本願発明と引用発明2の対比について

ア 審決の本願発明と引用発明2の一致点の認定

審決は,本願発明と引用発明2の一致点を,「n型領域とp型領域の間に配置されて波長λの光を放出するように構成された発光層を含み,上面と下面を有する半導体構造と,第1の屈折率を有する半導体材料の複数の領域,及び前記第1の屈折率とは異なる第2の屈折率を有する材料の複数の領域,を含み,前記第2の屈折率を有する材料の領域が,前記半導体材料の領域の間にアレイの形に配置され,第2の屈折率を有する材料の各領域が,第2の屈折率を有する材料の最も近い隣の領域から5λ未満に位置している,前記半導体構造内に配置されたフォトニック結晶と,を含み,前記発光層は,前記フォトニック結晶内に配置され,前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない装置。」と認定した。

イ 本願発明と引用発明2の一致点の検討

原告は,本願発明では,フォトニック結晶を形成するためにエッチングを用いていないので「半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ことが特徴であり,この点は,本願発明と引用発明2との相違点として認定すべきである,これを看過して,①引用発明2の「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層45」,「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49,各層がλ/4厚のp-GaAs/AlAs20.5ペアからなる多層膜反射鏡48及び50nm厚のp-GaAsキャップ層47」からなるp型の半導体の部分が本願発明の「p型領域」に相当する,②引用発明2においては,「n-GaAs基板41及び多層膜反射鏡42,並びにクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47にはホール列は形成されておらず,また,n-GaAs基板41の下面及びp-GaAsキャップ層47の上面はともに平面となって」いるから,当該構成は,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ことに相当するとした審決の判断には誤りがあると主張するので,以下,検討する。

(ア) 半導体材料の領域について

本願の請求項32は,「装置」という「物の発明」(特許法2条3項1号)と解されるところ,本願明細書及び引用例の前記記載によれば,引用発明2の「六方格子状のホール列46」は,本願発明の「アレイの形に配置され」た「第2の屈折率を有する材料の領域」に相当し,引用発明2の「六方格子状のホール列46」が形成された「活性層44およびそれを挟んだクラッド層43,45」は,本願発明の「第2の屈折率を有する材料の領域」が「アレイの形に配置され」た「半導体材料の領域」に相当すると認められる。このことは,フォトニック結晶の製造方法に左右されない。

(イ) 本願発明の「p型領域」の解釈

本願の請求項32においては,本願発明を特定する事項として,「p型領域」について,当該領域の導電型がp型であることが特定されているのみであるといえるから,文言解釈上,組成や不純物濃度(ドーパント濃度)が異なる複数のp型領域又はp型層であっても,これら複数のp型領域又はp型層が素子完成後に一体的に結合しているものであれば,本願発明の「p型領域」に該当するものと認められる。

このことは,本願明細書に,「p型ポスト30が成長した後に,ポストの上に反転したピラミッドが形成されるように成長条件が変更され,これらのピラミッドは,最終的に接続してポストの上に平坦な層32とポスト間に空間25とを形成する。・・・p型ポスト30と平面p型領域32は,例えばp型クラッド層及びp型接触層のような厚み,組成,及びドーパント濃度が異なる複数の層を含むことができる。」(【0022】)と記載されていることからも認められる。

そして,引用例の前記記載によれば,引用発明2における「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層45」,「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49,各層がλ/4厚のp-GaAs/AlAs20.5ペアからなる多層膜反射鏡48及び50nm厚のp-GaAsキャップ層47」は,いずれもp型の層であって,素子形成後は積層されて一体のものとなっているから,本願発明の「p型領域」に相当するものと認められる。

(ウ) 本願発明の「フォトニック結晶によって割り込まれていない」の解釈本願発明の「n型領域とp型領域の間に配置されて波長λの光を放出するように構成された発光層を含み,上面と下面を有する半導体構造」「の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」という発明特定事項に関する本願明細書(甲2)の前記記載によれば,本願明細書には,平面p型領域が割り込まれていない態様として,①p型ポストを成長した後,成長条件を変更し,引き続き成長により平面p型領域を形成する態様(【0010】,【0018】,【0019】,【0022】,図2)に加え,②p型ポストの成長後に成長を中止し,このp型ポストと,別途,第2の成長基板上に成長した平面p型領域とを高温高圧下で結合し,その後に第2の成長基板を除去する態様(【0028】ないし【0030】,図3)も記載されていることが認められる。

そうすると,本願発明の「n型領域とp型領域の間に配置されて波長λの光を放出するように構成された発光層を含み,上面と下面を有する半導体構造」「の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」との発明特定事項は,フォトニック結晶と,フォトニック結晶によって割り込まれていない上面又は下面となるp型領域とを成長によって連続的に形成する態様のみならず,両者を個別に形成した上で結合する態様も含むものと解することができる。

したがって,引用発明2の「n-GaAs基板41及び多層膜反射鏡42,並びにクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47にはホール列は形成されておらず,また,n-GaAs基板41の下面及びp-GaAsキャップ層47の上面はともに平面となって」いることは,仮に,引用例の第2実施例の記載に基づいてホール列がエッチングで形成されたものであるとしても,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ことに相当するものと認められる。

(エ) 本願明細書及び引用例の前記記載によれば,その他の審決の一致点の認定にも誤りがないと認められる。

したがって,本願発明と引用発明2との一致点についての審決の認定に誤りはない。

ウ 原告の主張について

(ア) 原告は,本願発明では,フォトニック結晶を形成するためにエッチングを用いていないので「半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ことが特徴であるのに対し,引用発明2では,フォトニック結晶構造をなすホール列46を形成する前に,基板41からクラッド層45までの層を半導体成長により形成し,フォトニック結晶構造をエッチングにより形成した後に,「エッチングストップ層,キャップ層47,多層膜反射鏡48及びクラッド層49」が別個に形成されて圧着されるので,「キャップ層47,多層膜反射鏡48及びクラッド層49」は,フォトニック結晶構造形成がエッチングによるか,あるいは半導体成長によるかに影響を受けないものであり,引用発明2は,フォトニック結晶構造がエッチングにより形成された構造であるから,本願発明の従来技術の装置(図1)に相当するとして,この点を本願発明と引用発明2との相違点として認定すべきである旨主張する。

しかし,前記認定のとおり,仮に,引用例の第2実施例の記載に基づいてホール列がエッチングで形成されたものであるとしても,引用発明2の「n-GaAs基板41及び多層膜反射鏡42,並びにクラッド層49,多層膜反射鏡48及びp-GaAsキャップ層47にはホール列は形成されておらず,また,n-GaAs基板41の下面及びp-GaAsキャップ層47の上面はともに平面となって」いることは,本願発明の「前記半導体構造の前記上面と前記下面は,前記フォトニック結晶によって割り込まれていない」ことに相当するものと認められる。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(イ) 原告は,p型領域について,本願発明のp型領域は,LED及びフォトニック結晶構造を形成している要素であるのに対し,引用発明2の「キャップ層47,多層膜反射鏡48及びクラッド層49」は,フォトニック結晶構造形成のためのエッチング工程を施した後に別個に形成されて圧着されるものであり,フォトニック結晶構造の形成に何ら関与しておらず,もともとフォトニック結晶構造形成工程により影響を受けるものではなくLEDを構成する要素でもないから,本願発明のp型領域に相当せず,この点において,審決は引用発明2の認定を誤っている,また,本願発明のLED及びフォトニック結晶構造を形成している要素であるp型領域の少なくとも上面が割り込まれていないという構造は,引用発明2との相違点である旨主張する。

しかし,前記認定のとおり,本願発明の「p型領域」については,当該領域の導電型がp型であることが特定されているのみであって,複数のp型領域又はp型層が素子完成後に一体的に結合しているものであればよいのであり,そして,引用例の前記記載によれば,引用発明2における「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層45」,「100nm厚のp-Al0.4Ga0.6Asクラッド層49,各層がλ/4厚のp-GaAs/AlAs20.5ペアからなる多層膜反射鏡48及び50nm厚のp-GaAsキャップ層47」は,いずれもp型の層であって,素子形成後は積層されて一体のものとなっているから,本願発明の「p型領域」に相当するものと認められる。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(ウ) 原告は,引用例の【図4】ではクラッド層49の厚さ全体にわたってホール列が形成されて図示されているのに対し,引用例の段落【0025】はクラッド層49内のホール列に言及しておらず,引用例は,クラッド層49内のホール列に関して【図4】の内容と段落【0025】の記載とが矛盾しているから,これにより引用発明を理解把握することができず,引用例としての適格性を有しない旨主張する。

しかし,引用例の【図面の簡単な説明】には,「図4は本発明の第2実施例を示すフォトニックバンド構造を有する垂直共振器半導体-レーザを表す構造概略断面図である」との記載があり,【図4】は,第2実施例の「構造概略断面図」の限度で参照すべきものである。他方で,第2実施例の具体的な記載である段落【0025】ないし【0030】には,「二次元ホール列46を活性層44およびそれを挟んだクラッド層43,45に形成」(【0025】)した後,別個のGaAs基板上に形成したクラッド層49(【0026】)をクラッド層45に圧着して結合し(【0027】),GaAs基板等を除去する(【0028】)ことが明確に記載されており,当該記載によれば,クラッド層49に二次元ホール列46が形成されると解する余地はないものと認められる。

したがって,「構造概略断面図」である引用例の【図4】の記載を根拠とする原告の上記主張は,その前提を欠くものといわざるを得ず,採用することができない。

(エ) 原告は,審決は,本願発明がエッチングにより形成される半導体構造をも含むものであると誤って解釈するものであるところ,審決のそのような誤った解釈によれば,本願明細書において説明された問題点を有する従来技術が,本願発明に含まれてしまうことになるから,審決が,本願発明を本願発明の課題を達成できない従来技術を含むものであると判断したのであれば,本来,サポート要件を欠くものとして,そのような拒絶理由を通知すべきであったにもかかわらず,審査の順序を規定した審査基準に違反して,本願に対しサポート要件違反の拒絶理由を1回も発することなく,拒絶理由通知においても審決においても特許法29条1項(及び2項)に基づく拒絶の理由を指摘した旨主張する。

しかし,前記認定のとおり,審決は,引用例(甲2)を主引用例として,これに基づき,本願発明の新規性の判断をしたものであり,拒絶査定の理由とは異なる拒絶の理由を示したものではなく,原告に対し審査段階においてその旨の拒絶理由も通知されていることは争いがないものと解されるから,審判の手続に違法があるとはいえない。

また,原告は,審決の判断が審査基準に反するともいうが,審決は,本願明細書のサポート要件違反を判断したものではなく,特許請求の範囲の記載に沿った内容として本願発明を理解した結果,引用発明2との対比において,本願発明は特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないとの判断をしたものであって,その判断に誤りはないというべきである。

拒絶の査定について,同法49条では,「審査官は,特許出願が次の各号のいずれかに該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」とされており,同条2号には特許法29条の規定により特許をすることができないものであるとき,同法49条4号には特許法36条4項1号若しくは6項に規定する要件を満たしていないときと規定されているから,本願発明が新規性,進歩性を欠くとの判断が可能である場合には,特許法36条の記載不備の要件の有無を判断することなく,本願発明について拒絶査定をすることが違法であるとはいえない。

したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。

エ 本願発明と引用発明2の相違点

審決は,本願発明と引用発明2の相違点は前記第2,3(2)イのとおりであると認定しているところ,技術常識を考慮すると,引用発明2は,「第2の屈折率を有する材料の各領域が,第2の屈折率を有する材料の最も近い隣の領域から5λ未満に位置している」との構成を備えていると認められるから,相違点は実質的なものではなく,本願発明と引用発明2が同一であるとした審決の判断にも誤りがあるとはいえない(原告も積極的に争わない。)。

(4)  以上によれば,審決の認定判断には誤りがないから,原告の主張する取消事由は理由がなく,審決に違法があるということはできない。

第6結論

以上のとおり,原告の主張する取消事由は理由がなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設楽隆一 裁判官 中島基至 裁判官 岡田慎吾)

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