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知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10170号 判決 2016年4月26日

原告

フロー インターナショナル コーポレイション

訴訟代理人弁護士

山本健策

井髙将斗

訴訟代理人弁理士

山本秀策

森下夏樹

石川大輔

被告

株式会社スギノマシン

訴訟代理人弁護士

松尾和子

佐竹勝一

藤井輝明

佐藤大樹

訴訟代理人弁理士

弟子丸健

渡邊誠

山本航介

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2011-800131号事件について平成27年4月21日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  被告は,平成9年3月19日に出願され(以下,この出願日を「本件出願日」という。),平成13年12月21日に設定登録された,発明の名称を「水中切断用アブレシブ切断装置」とする特許第3261672号(以下「本件特許」といい,本件特許の願書に添付した明細書及び図面を併せて「本件特許明細書等」という。設定登録時の請求項の数は3である。)の特許権者である(甲50,75)。

(2)  原告は,平成23年7月22日,特許庁に対し,本件特許を全部無効にすることを求めて審判の請求(無効2011-800131号事件)をした(甲51,75)。これに対して,被告は,平成23年10月11日付けで訂正請求をしたが,特許庁は,平成24年2月7日付けで上記訂正に係る請求項に係る発明について無効理由通知をしたため,被告は,同年3月12日付けで,本件特許の明細書を同日付けの訂正請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求める旨の訂正請求(本件特許の請求項1及び2並びに明細書の発明の詳細な説明の記載中の段落【0009】,【0015】及び【0017】の訂正を求めるものであり,その余の部分に関しての訂正はない。)をした(甲60。以下「本件一次訂正」という。)。特許庁は,同年7月10日,「訂正を認める。特許第3261672号の請求項3に係る発明についての特許を無効とする。特許第3261672号の請求項1ないし2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(甲68。以下「本件一次審決」という。)をした。

原告は,同年11月15日,本件一次審決のうち,「訂正を認める。」との部分及び「特許第3261672号の請求項1ないし2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分の取り消しを求めて審決取消訴訟(平成24年(行ケ)第10402号)を提起した。他方,被告は,本件一次審決に対する取消訴訟を提起せず,本件一次審決のうち本件特許の請求項3に係る発明を無効とした部分は確定した。

知的財産高等裁判所は,平成25年10月7日,本件一次審決のうち「請求項1に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消し,原告のその余の請求を棄却する旨の判決(甲69。以下「本件一次判決」という。)をし,その後同判決は確定した。

(3)  被告は,平成25年12月24日付けで本件特許の明細書を同日付け訂正請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求める旨の訂正請求(本件特許の請求項1及び2並びに明細書の発明の詳細な説明の記載中の段落【0009】及び【0015】の訂正を含む。)をした(甲70。以下「本件訂正」といい,本件訂正後の本件特許の明細書及び図面を併せて「本件訂正明細書等」という。)。

特許庁は,更に審理の上,平成27年4月21日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年5月1日,原告に送達された(出訴期間90日附加)。

(4)  原告は,平成27年8月26日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  設定登録時の本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(甲50)。

【請求項1】 ワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽を備えた水中切断用アブレシブ切断装置において,前記キャッチャ槽の内部と液面下で連通する液位調整タンクを備え,該液位調整タンクの内部の液面上は気密室に形成され,該気密室は該気密室内への気体の導入又は導出によって液位調整タンク内の液体を液面下の連通路を介して前記キャッチャ槽に吐出又はキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に吸入するための給排気装置に接続されていることを特徴とする水中切断用アブレシブ切断装置。

【請求項2】 前記気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した液位より下がった時に気密室内の気体を外部に開放する液位調整手段を備えたことを特徴とする請求項1に記載の水中切断用アブレシブ切断装置。

(2)  本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部が設定登録時の本件特許の請求項1の記載からの訂正部分である。以下,同請求項記載の発明を「本件訂正発明1」という。)。

【請求項1】

ノズルから噴射されるアブレシブによりワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽を備え,このキャッチャ槽にアブレシブ切断中にキャッチャ槽内の水位が上限水位を越えた場合にこの上限水位を越えた水を外部に排出するための水位上限調整用オーバーフロー排出口が設けられている水中切断用アブレシブ切断装置において,

前記キャッチャ槽の内部と液面下で連通すると共にワークの切断加工エリアから平面視で外側に配置された液位調整タンクを備え,

該液位調整タンクの内部の液面上は気密室に形成され,

該気密室は該気密室内への気体の導入又は導出によって液位調整タンク内の液体を液面下の連通路を介して前記キャッチャ槽に吐出又はキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に吸入するための給排気装置に接続され,前記気密室には,この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構が設けられ(以下,この訂正部分を「訂正事項a」という。)ていることを特徴とする水中切断用アブレシブ切断装置。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件訂正は,平成23年法律第63号改正附則2条18項によりなお従前の例によるとされている改正前特許法(以下「改正前特許法」という。)134条の2第1項及び同5項において準用する同法126条3項及び4項の規定に適合する,②原告の商品名「Bengal」のアブレイシブウオータージェット式水中切断装置(以下「水中切断装置Bengal」という。)が,平成8年7月31日に株式会社フロージャパン(以下「フロージャパン」という。)に販売され,フロージャパンの名古屋テクニカルセンターに保管及び展示され,また,同年11月12日から同月19日まで開催された第18回日本国際工作機械見本市(以下「本件見本市」という。)に展示され,その後,株式会社井上製作所(以下「井上製作所」という。)に転売されたと認められるところ,水中切断装置Bengalは,本件出願日前に,上記フロージャパンの名古屋テクニカルセンター及び本件見本市にて展示されることにより,公然実施され又は公然知られたものと認められるものの,本件訂正発明1の発明特定事項である「この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」を備えたものであるということはできないから,本件訂正発明1は,本件特許の出願前に公然実施され又は公然知られたものとはいえない,③本件訂正発明1は,米国特許第4,887,797号明細書及び抄訳文(甲7)に記載された発明並びに米国特許第3,743,260号明細書,抄訳文及び再審査証明書(甲8),特開平4-274898号公報(甲13),特開平7-116853号公報(甲14),特開平5-253675号公報(甲15),実開平5-34260号公報(甲49)に記載された発明に基づき当業者が容易に想到し得たものということができず,また,本件訂正発明1には,気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構を設けることにより,可逆ポンプPの加圧停止のタイミングが少し遅れたり,可逆ポンプPによる加圧動作が継続した場合でも,液位調整タンク内の水位を最低水位に保持することができるという格別な作用効果を認めることができるので,本件訂正発明1が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとはいえない,④本件訂正発明1は本件特許の明細書に記載されたものではなく,また,本件特許の明細書は,本件訂正発明1を実施可能に記載していないとの原告の主張には理由がなく,本件訂正発明1の記載は不明確であるとはいえない,というものである。

(2)  本件審決が認定した水中切断装置Bengalの構成は以下のとおりである。

「ノズルから噴射されるアブレシブによりワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽を備え,このキャッチャ槽にアブレシブ切断中にキャッチャ槽内の水位が上限水位を越えた場合にこの上限水位を越えた水を外部に排出するための水位上限調整用オーバーフロー排出口が設けられている水中切断用アブレシブ切断装置において,

前記キャッチャ槽の内部と液面下で連通すると共にワークの切断加工エリアから平面視で外側に配置された液位調整タンクを備え,

該液位調整タンクの内部の液面上は気密室に形成され,

該気密室は該気密室内への気体の導入又は導出によって液位調整タンク内の液体を連通路を介して前記キャッチャ槽に吐出又はキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に吸入するための給排気装置に接続され,前記気密室には,この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がすリリーフバルブが設けられている水中切断用アブレシブ切断装置」

(3)  本件審決が認定した甲7に記載された発明(以下「甲第7号証記載の発明」という。),本件訂正発明1と甲第7号証記載の発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 甲第7号証記載の発明の内容

「ワークの切断加工を水中で行うための焼成槽を備える,プラズマ・アーク・トーチシステムのような水中切断装置において,

前記焼成槽の内部と水面下で連通する第二排気チャンバーを備え,

該第二排気チャンバーの内部の水面上は気密室に形成され,

該気密室は該気密室内への空気の導入又は導出によって第二排気チャンバー内の水を水面下の水路を介して前記焼成槽に吐出又は焼成槽内の水を第二排気チャンバー内に吸入するための給排気装置に接続され,前記給排気装置には,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす排気リリーフバルブが設けられている水中切断装置。」

イ 一致点

「ワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽を備える水中切断装置において,

前記キャッチャ槽の内部と液面下で連通する液位調整タンクを備え,

該液位調整タンクの内部の液面上は気密室に形成され,

該気密室は該気密室内への気体の導入又は導出によって液位調整タンク内の液体を液面下の連通路を介して前記キャッチャ槽に吐出又はキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に吸入するための給排気装置に接続され,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす機構が設けられている水中切断装置。」である点。

ウ 相違点

(ア) 相違点1

「水中切断装置が,前者ではノズルから噴射されるアブレシブによりワークの切断加工を行う水中切断用アブレシブ切断装置であるのに対し,後者ではプラズマ・アーク・トーチ・システムのような水中切断装置である点。」

(イ) 相違点2

「キャッチャ槽が,前者では切断中にキャッチャ槽内の水位が上限水位を越えた場合にこの上限水位を越えた水を外部に排出するための水位上限調整用オーバーフロー排出口が設けられているのに対し,後者ではオーバーフロー排出口が設けられていない点。」

(ウ) 相違点3

「液位調整タンクが,前者ではワークの切断加工エリアから平面視で外側に配置されるのに対し,後者ではこのようなものでない点。」

(エ) 相違点4

「給排気装置による気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす機構が,前者は,気密室に設けられ,この気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構であるのに対し,後者は,給排気装置に設けられた排気リリーフバルブである点。」

第3当事者の主張

1  原告の主張

(1)  取消事由1(本件訂正の適法性の判断の誤り)

本件審決は,本件一次訂正前の本件特許明細書等の段落【0015】及び【0017】の記載に基づいて,本件訂正の訂正事項aにつき,本件特許明細書等に記載された事項の範囲内でなされたものである旨判断した。

ア しかし,段落【0015】及び【0017】については,本件一次訂正の際に訂正されているところ,これらはいずれも本件一次訂正時の請求項2に係る訂正であり(甲60,6頁1行),本件一次判決の確定により既に確定しているものである。したがって,本件訂正の適法性の判断は,本件一次訂正後の上記各段落の記載に基づいてなされる必要がある。

そして,本件一次訂正後の段落【0015】及び【0017】には,「その一端が前記予め設定した液位の位置に開口し且つ他端が気密室の外部に開口した液位調整用の管状部材」しか記載されておらず,その上位概念である「液位調整手段」は記載されていない。また,本件審決において,訂正事項aに係る訂正が適法であることの根拠として挙げられた明細書の他の段落(段落【0016】,【0018】,【0019】,【0027】及び【0036】ないし【0039】)にも,一端が予め設定した液位の位置に開口された管状部材しか記載されていない。

したがって,訂正事項aに係る訂正が,本件特許に係る明細書等に記載された事項の範囲内でなされたものということはできず,本件審決の判断は誤りである。

イ 仮に,本件訂正の可否が本件一次訂正前の本件特許明細書等の記載に基づいて判断されるべきものとしても,次のとおり,本件訂正は,新たな技術的事項を導入するものであり,不適法である。

(ア) 本件特許明細書等において開示されているのは,一端が予め設定した液位の位置に開口された管状部材(水位調整パイプ5)を採用することにより,その位置を最低水位とすることができるという技術思想のみである(段落【0018】,【0027】,【0037】ないし【0039】,図3)。しかし,訂正事項aに係る液位調整機構は,上記の形態のみならず,本件特許明細書等に何ら記載もなく,技術常識から当然に理解できるものではない形態,例えば,所定の圧力で開放されるリリーフバルブを用いる実施形態も包含することとなるから,新たな技術的事項を導入するものである。

この点,被告は,リリーフバルブの設定値(圧力値)が液面の位置を考慮して決定されるものではないから,リリーフバルブは訂正事項aの機能を奏し得ない旨主張する。

しかし,気密室への気体の導入出によって液位を調整する装置においては,気密室におけるリリーフバルブの設定値(圧力値)と液面の位置とが一定の関係を持つのであるから,リリーフバルブの設定値の決定において液面の位置を考慮しないはずがないし,最低水位を考慮せずにリリーフする圧力値を不用意に低く設定してしまうと,最低水位が高すぎる位置になって,所望の位置まで水位を下げることができなくなるという不都合が生じるから,最低水位を考慮せずにリリーフする圧力値を設定することはあり得ない。

仮に,リリーフバルブの設定値の決定において液面の位置を考慮しないとしても,リリーフバルブの設定値(圧力値)と液面の位置とは一定の関係を持つのであるから,リリーフバルブの設定値を決定すると,その設定値に対応する水位が自動的に決定され,当該水位が訂正事項aにおける「予め設定した最低水位」ということになる。そして,リリーフバルブの設定値を過ぎて気体が導入された時点(すなわち,水位が「予め設定した最低水位」より下がった時点)でリリーフバルブが開き,気密室の圧力が設定値に保持されるから,自動的に水位が上記「予め設定した最低水位」に保持される。よって,リリーフバルブの設定値の決定において液面の位置を考慮していようといまいと,リリーフバルブが訂正事項aの「液位調整機構」に該当することに変わりない。

したがって,被告の上記主張は理由がない。

(イ) また,本件特許明細書等の段落【0016】の記載によれば,本件特許明細書等に開示される液位調整機構は,電気配線やコントローラを有する場合,例えば,液位計によって液位を監視し,設定した液位に達した時に給排気装置を自動制御で停止させるような「極めて簡単な機構」とはいえない液位調整機構を積極的に排斥するものである。しかし,訂正事項aには,液位調整機構の具体的な構成が何も記載されておらず,したがって,上記余分な電気配線やコントローラを有するような「極めて簡単な機構」とはいえない液位調整機構もその範囲に含まれるものと解されるから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものである。

ウ したがって,本件審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2(公知又は公然実施の判断の誤り)

本件審決の判断のうち,水中切断装置Bengalが,平成8年7月31日にフロージャパンに販売されて,フロージャパンの名古屋テクニカルセンターにて保管及び展示され,また,同年11月12日から同月19日にわたって開催された本件見本市に展示され,その後,井上製作所に転売されたことにより,本件出願日前に日本国内において水中切断装置Bengalの構成が公然知られ又は公然実施されたとの点は正しく,また,水中切断装置Bengalの構成に関する本件審決の認定(前記第2の3(2))も,その限りにおいては正しい。さらに,本件審決は,本件訂正発明1における「この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」との構成に関し,水中切断装置Bengalに設けられた「リリーフバルブ」が「気密室への前記給排気装置による気体の導入による気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃す」ものであること,「リリーフバルブ」が「エアーチャンバー内の水位が下がった時に,給排気装置による気密室内への気体の導入が継続中であっても」作動するものであること,及び,「リリーフバルブ」が「気密室に設けられている」ことについても,それぞれ正しく認定している。

その上で,本件審決は,水中切断装置Bengalの気密室に設けられた「リリーフバルブ」は,調整タンク内の最低水位の保持を行うものであるかどうか不明であるから,本件訂正発明1の「液位調整機構」に相当するものとはいえず,したがって,本件出願日前に公然実施され又は公然知られた水中切断装置Bengalが,本件訂正発明1の「この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」を備えたものであるということはできない旨判断した。

ア しかし,水中切断装置Bengalにおけるエアーチャンバー内部のような気密室においては,気密室内の気圧を上げていくにつれて,気密室の水位が下がり,逆に,気密室内の気圧を下げていくことにより,気密室の水位が上がるという関係にあるから,気密室内の気圧を調整することにより,水位を調整することができる。そして,リリーフバルブは,事前に所定の圧力を設定しておき,圧力が所定の設定値に達したときには過剰の圧力を外部に逃がし,圧力を所定の設定値に保持するように作動するものである(甲47,48参照)から,気密室の内部にリリーフバルブが設けられて,気密室内部の気圧が一定以上にならないように設定されれば,必然的にその所定の圧力に対応する水位に気密室内の水位が達した時にはリリーフバルブが解放され,気密室の水位も一定水位以下にはならない。

したがって,水中切断装置Bengalは,本件訂正発明1の液位調整機構を備えるものである。

イ なお,本件審決は,一般的に「リリーフバルブ」は流体回路の圧力制御に用いるものであって,圧力の急激な上昇を防止するために単に圧抜きを行う安全装置として設置されることもあり,リリーフバルブが設けられているからといって,それが流体の量と必ずしも関連付けられるものではないと判断している。本件審決の上記判断の趣旨は,エアーチャンバー内部の気密室内の圧力が急激に上昇した場合には,直ちにリリーフバルブによって気密室内の空気が排出され,圧力が下げられるため,気密室の水位は押し下げられないことから,気密室内の圧力と水位(水面位置)とは必ずしも関連付けられない,という趣旨であると解される。

しかし,水中切断装置Bengalにおいては,調整部を設定することで容易にエアーチャンバー内の液位の下限を設定することができるため(甲1),本件審決の上記判断は失当である。また,気密室内の圧力が急激に上昇した場合には,本件審決が指摘するような上記の現象が起こり得るとしても,水中切断装置Bengalにおいて気密室(エアーチャンバー)内の圧力を変化させ,水位を上下させる目的は,それによりキャッチャ槽の水位を上下させる,すなわち,切断加工を行う際にはキャッチャ槽の水位を下げて加工テーブル上にワークをセットし,その後キャッチャ槽の水位を上げてワークを水中に浸漬して切断を行い,その後再度キャッチャ槽の水位を下げて切断されたワークを取り出す,という点にあるから,気密室内の圧力を急激に上昇させる必要性は全く存在しないし,通常の操作において気密室内の圧力を急激に上昇させるような動作が行われることはなく,そのような機能も有していない。

ウ なお,被告は,水中切断装置Bengalの構造を立証するために撮影等された井上製作所の装置は「Bengal」ではなく,「Bengal-J」である点を指摘するところ,「Bengal-J」が,「Bengal」を日本市場向けに仕様変更したものであり,井上製作所に納入された装置が「Bengal-J」であることは争わない。

しかし,水中切断装置Bengalに対して行われた仕様変更はごく些細なもので,液位調整機構といった本件特許に係る発明に関連する部分は一切変更されていない。すなわち,平成8年7月に日本に輸入された「Bengal」は米国仕様であったため,これを日本で販売するためには,日本市場向けに仕様変更をする必要があった。そこで,同年11月の本件見本市に出展される前に,ソフトウェアが日本語版に変更され,日本市場向けに仕様変更したことを示すために,キャッチャタンク前面のステッカーが「Bengal-J」に張り替えられた。このように仕様変更された「Bengal-J」が本件見本市に出展されたが,その後,さらにキャッチャ槽の内部に使用済み研磨剤を回収するためのフィルターが設けられ,井上製作所に納入された。

このように,「Bengal」に仕様変更が加えられたとしても,本件特許に係る発明の技術的範囲とは一切関係がないごく軽微な改修にすぎないから,水中切断装置Bengalの構成が公然知られ又は公然実施されていたと認定することに何ら問題はない。

エ 以上によれば,本件審決の判断は誤りである。

(3)  取消事由3(本件訂正発明1の容易想到性の判断の誤り)

本件審決は,本件訂正発明1と甲第7号証記載の発明との相違点4につき,当業者が容易に想到し得たものではないと判断した。

しかし,本件審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。

ア(ア) 前記(2)アのとおり,気密室において,気密室内の圧力と水位とは直接的に関連するため,気密室の内部にリリーフバルブが設けられて,気密室内部の気圧が一定以上にならないように設定されれば,気密室の水位も一定水位以下にはならず,最低水位として保持されることになる。そして,甲第7号証記載の発明においては,空気供給ヘッダーに空気弁(排気リリーフバルブ)が設けられており,空気供給ヘッダーはガス開口部34及び36に接続されているところ,ガス開口部34及び36は排気チャンバー31及び32の内部に配置されている(甲7,図4)。

そうすると,排気チャンバー31及び32内の水位は,その排気リリーフバルブで予め設定された圧力に対応する水位以下にはならないこと,すなわち,排気リリーフバルブで予め設定された圧力に対応する水位が最低水位になることが理解できる。

したがって,甲7に接した本件出願日前の当業者は,排気リリーフバルブの働きによって排気チャンバー内の水位が調整され,予め設定された最低水位が保持される構成が開示されていると理解できる。

(イ) これに対し,被告は,甲7に記載された排気リリーフバルブは排気バルブ44に相当するものであり,電気信号によりその開閉状態が制御されるものであって,空気の導入が継続中は閉鎖状態が保持されるようになっているから,甲第7号証記載の発明の排気バルブ44は,本件訂正発明1の「気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機能」を備えていない旨主張する。

しかし,甲7には,空気供給ヘッダーに設けられているバルブが空気バルブ39,40,供給バルブ42,及び排気バルブ44のみであるとは記載されていないし,排気リリーフバルブが排気バルブ44であるとも記載されていない。

そして,リリーフバルブとは,「安全弁。逃がし弁。過度の圧力になった蒸気や流体を解放するために,自動的に開く弁。」(甲47)であるところ,電磁開閉弁はその開閉に電流の変化を必要とするものであって,圧力が過度になっても電流の変化がなければ電磁開閉弁は自動的には開かないから,電磁開閉弁である排気バルブ44は,甲7記載の排気リリーフバルブではあり得ない。

そうすると,甲7は,電流の変化により開閉する排気バルブ44を用いる水位制御方式と,電流の変化がなくても所定の圧力に達した時に自動的に開くリリーフバルブを用いる水位制御方式の2種類の水位制御方式をその装置が搭載していることを記載しているものというべきであり,空気供給ヘッダーには,空気バルブ39,40,供給バルブ42,及び排気バルブ44に加えて排気リリーフバルブも設けられているものというべきである。

したがって,被告の上記主張は理由がない。

(ウ) 仮に,甲第7号証記載の発明の排気リリーフバルブがリリーフバルブではないという被告の主張を前提としたとしても,圧力によって何らかの制御を行う装置において,その圧力が過剰になった場合のためにリリーフバルブを備えることは周知技術であるから,当業者は,甲第7号証記載の発明において,排気チャンバー内の圧力が過剰になった場合のために圧力を設定値に保持するリリーフバルブを設けることを容易に想到し得,そのようなリリーフバルブが設けられれば,それがすなわち相違点4に係る液位調整手段になるものである。

イ 本件審決は,甲第7号証記載の発明の「排気リリーフバルブ」が,排気チャンバー内部の気密室に設けられるか否かも,甲7には記載されていないし示唆もされていない旨認定している。

しかし,甲第7号証記載の発明においては,前記アのとおり,空気供給ヘッダーに空気弁(排気リリーフバルブ)が設けられており,空気供給ヘッダーはガス開口部34及び36に接続されており,ガス開口部34及び36が排気チャンバー31及び32の内部に配置されていることも甲7の図4に記載されているとおりである。

したがって,甲第7号証記載の発明においては,リリーフバルブが配管を介して排気チャンバー内部の気密室に接続されているから,甲第7号証記載の発明における排気チャンバー31及び32とリリーフバルブとは,訂正請求項1における「前記気密室には,…液位調整機構が設けられている」との構成に該当する。

また,本件訂正発明1における液位調整機構は,「気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する」ことさえできれば,備えられる場所に格別の意義はなく,気密室に備えられていようと水中切断用アブレシブ切断装置の別の場所に備えられていようと,技術的に差異はなく,当業者にとっては単なる設計事項にすぎない。

したがって,仮に甲第7号証記載の発明の「排気リリーフバルブ」が排気チャンバー内部の気密室に設けられるか否かについて,本件審決が認定するように甲7には記載も示唆もされていないとしても,それは単なる設計事項にすぎず,本件訂正発明1についての容易想到性の判断に影響するものではない。

ウ(ア) 本件審決は,甲49に記載された「安全弁」が水位を安全弁によって設定される圧力に応じた水位以上に上昇するのを防止するものであって,水位を最低水位に保持するものではなく,気密室内の過剰圧力分を外部に逃がすことによって最低水位を保持するものでもなく,さらに気密室ではなく真空ポンプに通じる吸入管に設けられる点で,本件訂正発明1の液位調整機構と異なると認定した上で,安全弁は非常時にのみ機能させるものであるから液位調整機構として適用することの動機がないと判断している。

a しかし,設定された圧力に応じた水位を保持するために安全弁が使用されることは公知であり,安全弁は,非常時にのみ機能させるものではなく,非常時というほどの状態ではなくても好ましくない状態を回避するために使用できることは当然であって(甲47),本件訂正発明1においても,水位が低下しすぎるという好ましくない状態を回避するために液位調整機構が採用されるのであるから,当業者であれば液位調整機構に安全弁を採用することを当然に考える。

b また,甲第7号証記載の発明のような,圧力によって制御を行う装置において,予め設定した圧力を過ぎてしまう場合のために,何らかの手段を設けておくことは当業者にとって周知の課題である。そして,甲49の段落【0013】には,予め設定した圧力を過ぎてしまう場合のために安全弁を設けることが開示されている。

したがって,甲第7号証記載の発明について,予め設定した圧力を過ぎてしまう場合のために何らかの手段を設けておくという周知の課題の解決のために,この課題を解決するための手段である甲49の技術を参酌する動機付けが存在する。そして,そのような動機付けに基づいて,甲第7号証記載の発明に,甲49記載の予め設定した圧力を過ぎてしまう場合に開く安全弁を適用すれば,本件訂正発明1の「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機能」は自動的に達成される。そして,甲49記載の安全弁と本件訂正発明1の液位調整機構とは,予め設定した圧力よりも上がった時に作動するものであるか下がった時に作動するものであるかという差異はあるものの,この差異は,予め設定された圧力を過ぎてしまうことで予め設定された位置から外れたときに予め設定された位置に戻すように調整するという技術的効果に関係するものではないから,実施形態に基づいて変更可能な設計事項である。

c 以上によれば,本件訂正発明1は,甲第7号証記載の発明に甲49の記載事項を組み合わせることによって,当業者が容易に想到し得たものである。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

(イ) これに対し,被告は,甲49の安全弁は,排気弁に動作不良がある場合,すなわち非常時のみに機能するものであるから,本件訂正発明1の液位調整機構のように,「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機能」を有しない旨主張する。

しかし,被告の上記主張は,甲49の安全弁が「非常時のみ」に機能するものであると,なぜ本件訂正発明1の液位調整機構の上記機能が達成されないのか全く不明である。また,「非常時」を,「通常の設定の範囲外である時」と解釈すれば,「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」は「非常時」であるから,本件訂正発明1の液位調整機構も「非常時」に機能するものということができる。したがって,非常時に開く甲49記載の安全弁は,「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」に開く安全弁であり,本件訂正発明1の液位調整機構といえるから,被告の上記主張は理由がない。

そもそも,甲49の安全弁は,リリーフバルブと同義であって,非常時であるか否かとは関係なく圧力が所定の値に達した際に弁が開放されるものを意味している。したがって,甲49の安全弁は所定の圧力,所定の水位において圧力を開放して水位を一定に保持する機能を有するものであって,この機能が非常時であるか否かに関係なく発揮されることは明らかであるから,この点でも被告の上記主張は理由がない。

エ 本件審決は,本件訂正発明1には,気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構を設けることにより,可逆ポンプPの加圧停止のタイミングが少し遅れたり,可逆ポンプPによる加圧動作が継続した場合でも,液位調整タンク内の水位を最低水位に保持することができるという格別な作用効果を認めることができる旨認定している。

しかし,前記イのとおり,甲7においては,リリーフバルブをチャンバーに接続するという構成が開示されているから,水位を最低水位に保持できるという効果は甲7においても実質的に開示されており,本件訂正発明1の上記効果は格別なものではない。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

オ 本件審決は,甲7に記載された水路33,35等は本件訂正発明1の「連通路」に相当し,「液位調整機構」に相当するものではない旨判断している。

しかし,甲7において,排気チャンバー31に空気を入れると,「水位がちょうど水路33の上部になるように」水がチャンバーから排出され,さらに空気を入れ続ければ空気が水路33から外部に逃げ,その結果,水位が水路33の上部に保たれることになるのであるから(甲7,5欄36行ないし40行等),水路33,35等は,連通路であるとともに,本件訂正発明1に係る液位調整機構の機能を果たす。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

(4)  取消事由4(記載要件の判断の誤り)

ア 特許法36条4項1号及び同条6項1号違反

(ア) 前記(1)のとおり,訂正事項aは新たな技術的事項を導入するものであり,本件特許明細書等の発明の詳細な説明に記載されていないものであるから,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載は特許法36条4項1号に違反し,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は同条6項1号に違反する。

(イ) 本件訂正明細書等の段落【0016】の記載によれば,本件訂正発明1における液位調整機構は,「余分な電気配線やコントローラが必要」という課題を「極めて簡単な機構」で解決することを目的とするものである。しかし,本件訂正発明1の液位調整機構は,その構成に何ら限定がないのであるから,液位計で液位を監視して予め設定した最低水位になった時を検出し,その液位計の情報をコントローラに送って弁を開く制御を行って気密室内の空気を外部に逃がす機構も,本件訂正発明1の液位調整機構に該当することとなる。そうすると,明細書において目的を達成できないと明記された機構が本件訂正発明1の液位調整機構に該当することとなり,本件訂正発明1は本件訂正明細書等の記載と矛盾する。そして,少なくとも上記の液位計を用いる液位調整機構を電気配線やコントローラを用いずに作ることはできないから,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載には,当業者が実施できるように本件訂正発明1が記載されていないし,また,本件訂正発明1は,本件訂正明細書等に記載された発明であるとはいえない。

そして,本件訂正発明1の液位調整機構においては,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」を検出する機能と「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」機能とが必要であるところ,本件訂正明細書等には,管状部材の一端を予め設定した最低水位に配置することのみが記載されているのであるから,当業者が最大限にその具体的記載を敷衍して解釈したとしても,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」を検出する機能及び「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」機能を有する何らかの部品を予め設定した最低水位の場所に配置すること以外の技術思想が本件訂正明細書等に記載されているとは理解できない。

したがって,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載は特許法36条4項1号に違反し,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は同条6項1号に違反する。

(ウ) 特許法36条6項2号違反

本件一次審決の際の審判合議体が,平成24年2月7日付けの無効理由通知書(甲56)において,設定登録時の本件特許の請求項2の「気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した液位より下がった時に気密室内の気体を外部に開放する液位調整手段」の構成が明瞭に記載されていないため,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないとの無効理由を示している。本件訂正発明1における「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃して液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」の構成と,上記無効理由通知書において明瞭でないとされた構成との間に実質的な相違はないから,本件訂正発明1の上記構成,具体的には,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」をどのような装置により検出するのか,また,気密室内の過剰圧力分の気体をどのような装置により外部に逃がすのか明瞭ではない。

したがって,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は,特許法36条6項2号に違反する。

2  被告の主張

(1)  取消事由1(本件訂正の適法性の判断の誤り)に対し

ア(ア) 原告は,本件訂正の可否は,本件一次訂正後の明細書の記載に基づいて判断されるべきであるところ,訂正事項aに係る本件訂正は,新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。

しかし,本件特許の請求項1については訂正の可否の判断が確定しておらず,請求項1に係る本件一次訂正は,本件訂正の請求によりみなし取下げとなっているから(改正前特許法134条の2第4項),請求項1に係るものである訂正事項aに係る本件訂正の可否は,本件一次訂正前の明細書(本件特許明細書等)の記載に基づき判断されることとなる。

したがって,本件特許明細書等の記載に基づいて訂正事項aについての訂正の可否を判断した本件審決に誤りはなく,原告の主張はその前提を欠き理由がない。

(イ) 原告は,仮に,訂正事項aに係る本件訂正の可否につき,本件一次訂正前の本件特許明細書等の記載に基づいて判断されるべきであるとしても,①本件特許明細書等で開示されているのは,一端が予め設定した液位の位置に開口された管状部材(水位調整パイプ5)を採用することにより,その位置を最低水位とすることができるという技術思想のみであること,②訂正事項aに係る液位調整機構は,例えば,所定の圧力で開放されるリリーフバルブを用いる実施形態も包含すること,③訂正事項aが,電気配線やコントローラを有するような「極めて簡単な機構」とはいえない液位調整機構を包含すること,から,訂正事項aに係る訂正が新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。

しかし,①については,本件特許明細書等に記載された「管状部材(水位調整パイプ5)」は,上位概念である「液位調整手段(液位調整機構)」の一つの具体例であり,下位概念となるものにすぎない。②については,リリーフバルブにおいては,弁の設定値(圧力値)と液面の位置とが一定の関係を持つことは事実であるが,弁の設定値(圧力値)を決める際,設定値に対応した液面の位置は考慮されていないのが一般的であって,単に圧力値を設定しただけのリリーフバルブでは訂正事項aの機能を奏し得ない。すなわち,リリーフバルブを安全弁として用いる場合には,リリーフバルブが開放する圧力値(設定値)は,その圧力により装置が破損しないような値に設定されるところ,この値は,気密室内の最低水位に対応する圧力値よりも相当大きな値であるため,液面の最低水位を保つ機能は果たし得ない。③については,液位計を使用した場合,最低水位が検知されると,給排気装置(可逆ポンプ)による気体の導入が停止されるので,本件訂正発明1の液位調整機構のように,給排気装置による気体の導入が継続することにより液位調整タンク内の水位が最低水位より下がった時に過剰圧力分の気体を外部に逃がすのとは構成が異なるし,本件特許明細書等の段落【0027】の記載によれば,本件訂正発明1の「液位調整機構」は,同段落に例示された水位調整パイプ5のように,余分な電気配線やコントローラを用いなくてもキャッチャ槽の液位の制御が可能な簡単な機構の機械的構造体であることが理解できるから,いずれにせよ本件特許明細書等の段落【0016】の記載は,原告の主張の根拠とはなり得ない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

イ 仮に,訂正事項aに係る本件訂正の可否が,本件一次訂正後の明細書の記載に基づいて判断されなければならないとしても,①段落【0015】及び【0017】の記載内容は,本件一次訂正の前後で実質的に同一であること,②本件特許明細書等の段落【0018】,【0027】,【0037】ないし【0039】の記載(いずれも本件一次訂正の前後を問わず同一である。)によれば,当業者は,「給排気装置からの加圧気体の導入により気密室内の液位が予め設定された水位より下がった時に,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」という構成を有する機構であれば,加圧気体の導入による液位の低下と,過剰圧力分だけ空気が外部に逃げることによる液位の上昇とを繰り返し,気密室内の液位を予め設定された水位に保つことができるので,「管状部材」は,一つの具体例にすぎないと理解できること,③当業者は,「気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃が」すことができる構成であれば,管状部材以外のものであっても,本件訂正発明1の作用効果を奏することができることを理解できること,に照らすと訂正事項aに係る本件訂正は,新たな技術的事項を導入するものではない。

(2)  取消事由2(公知又は公然実施の判断の誤り)に対し

ア 水中切断装置Bengalのリリーフバルブにつき,甲1の6頁上の写真3,甲25の静止画1ないし3,8ないし10,甲44の3頁の下の写真及び甲46の図面には,その外観が示されているのみであって,その作動機構の詳細は不明である。また,水中切断装置Bengalの各部の配置及び動作を撮影したDVD(甲45)では,液位の調整等の動作は示されているものの,リリーフバルブについては外見を示すのみであり,その動作については全く示されていない。したがって,これらの証拠からは,水中切断装置Bengalのリリーフバルブから気体が外部に放出されることにより,予め設定した最低水位に保持されるか否かは不明である。

さらに,リリーフバルブは,一般的に,圧力の急激な上昇を防止するために単に圧抜きを行う安全装置として設置されるものにすぎない(甲47,48)。

以上によれば,水中切断装置Bengalのリリーフバルブが「気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する」ものか否か不明であるというほかなく,本件審決の判断に誤りはない。

イ 原告は,水中切断装置Bengalにおいて,気密室内の圧力を急激に上昇させる必要性は全く存しないし,通常の操作において気密室内の圧力を急激に上昇させるような動作が行われることはなく,そのような機能も有していないことを根拠として,リリーフバルブが設けられているからといっても,それが流体の量と必ずしも関連付けられるものではないとの本件審決の判断が誤りである旨主張する。

しかし,通常の動作において圧力が急激に上昇することがない水中切断装置Bengalにおいても,誤動作などにより気密室内の圧力が急激に上昇する可能性は存在する以上,原告の上記主張には意味がない。

ウ さらに,原告は,本件出願日前に存在していた水中切断装置Bengalが井上製作所に納入され,その後も継続して設置されてきたことを前提に,この井上製作所の装置の構造や操作を本件出願日後である平成24年ないし平成25年に確認した供述書やDVD(甲1,25ないし27,42,44,45)で説明することによって,水中切断装置Bengalが本件訂正発明1の内容を備えていることを立証しようとしているが,井上製作所に設置されていた装置は「Bengal」ではなく,別機種である「Bengal-J」である。そして,「Bengal-J」の販売等の開始は,本件出願日以降であると考えられるから,井上製作所に設置された「Bengal-J」の構造をもって,フロージャパンの名古屋テクニカルセンターや本件見本市において展示された装置(水中切断装置Bengal)の構造を立証することはできない。

したがって,原告の公然実施の主張は,その前提を欠き成り立たない。

(3)  取消事由3(本件訂正発明1の容易想到性の判断の誤り)に対し

ア(ア) 原告は,甲第7号証記載の発明において,空気供給ヘッダーに空気弁(排気リリーフバルブ)が設けられており,空気供給ヘッダーはガス開口部34及び36に接続されているところ,ガス開口部34及び36は排気チャンバー31及び32の内部に配置されているから,排気チャンバー31及び32内の水位は,その排気リリーフバルブで予め設定された圧力に対応する水位以下にはならず,それが最低水位になることが理解され,甲7に接した本件出願日前の当業者は,排気リリーフバルブの働きによって排気チャンバー内の水位が調整され,予め設定された最低水位が保持される構成が開示されていると理解できる旨主張する。

しかし,原告の指摘する甲7記載の排気リリーフバルブは,空気供給ヘッダーに設けられているものである。そして,甲第7号証記載の発明の空気供給ヘッダー37には,空気バルブ39,40,供給バルブ42,及び,排気バルブ44が設けられているが,これらのバルブのうち空気を排出するときのみ開状態となるのは,排気バルブ44である。よって,排気リリーフバルブは,排気バルブ44に相当する。

そして,甲7においては,排気チャンバー31,32に空気を送り込んでその水位を下げる場合には,排気バルブ44は閉鎖状態に切り替えられ,一方,排気チャンバー31,32から空気を排出してその水位を上昇させる場合には,排気バルブ44は開放状態に切り替えられ,排気チャンバー31,32から空気供給ヘッダー37を経由して空気を給排気するようになっている。また,排気バルブ44は,電磁式の開閉弁(asolenoid-operated exhaust valve)であるところ,電磁式の開閉弁は,電磁石(solenoid)の磁力を用いてプランジャと呼ばれる鉄片を動かすことで弁(valve)を開閉する仕組みの開閉弁であり,電気信号によりその開閉状態が制御されるようになっている。このため,排気バルブ44は,排気チャンバー31,32への空気の導入が継続中は,閉鎖状態に保持され,たとえ排気チャンバー31,32内に過剰圧力が発生しても,その過剰圧力分の空気を外部に逃がすようにはなっていない。なお,排気バルブ44が開放状態となるのは,過剰圧力が発生していない通常の操作において,排気チャンバー31,32から空気を排出して排気チャンバー31,32内の水位を上昇させるときのみである。このように,甲第7号証記載の発明では,排気チャンバー31,33内の水位が過剰圧力により予め設定した最低水位より下がることは想定されていない。

以上によれば,甲第7号証記載の発明のリリーフバルブに相当する甲7の排気バルブ44は,本件訂正発明1の「気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機能」を備えていない。

(イ) 原告は,仮に,甲第7号証記載の発明の排気リリーフバルブがリリーフバルブではないという被告の主張を前提にしたとしても,圧力によって何らかの制御を行う装置において,その圧力が過剰になった場合のためにリリーフバルブを備えることは周知技術であるから,当業者は,甲第7号証記載の発明において,排気チャンバー内の圧力が過剰になった場合のために圧力を設定値に保持するリリーフバルブを設けることを容易に想到し得,そのようなリリーフバルブが設けられれば,それがすなわち相違点4に係る液位調整手段になるものである旨主張する。

しかし,原告の上記主張は,リリーフバルブが安全弁であることを前提としたものであるが,安全弁における圧力の設定値は,装置の破損を防止するための値であり,液位を調整するための圧力値より相当大きく設定されるから,甲第7号証記載の発明に安全弁であるリリーフバルブを設けて,圧力値を設定しても,水位が最低水位に保持されるものではない。

イ 原告は,甲第7号証記載の発明において,リリーフバルブが,排気チャンバー内の水位を調整し,予め設定された最低水位を保持するものであることを前提に,本件審決の甲第7号証記載の発明の「排気リリーフバルブ」が,排気チャンバー内部の気密室に設けられるか否かも,甲7には記載されていないし,示唆もされていないとの認定を争うが,前記アのとおり,原告の主張はその前提を欠くものであり,理由がない。

ウ 原告は,甲49記載の安全弁につき,設定された圧力に応じた水位に保持するために安全弁が使用されることは公知であり,安全弁は,非常時にのみ機能させるものではなく,非常時というほどの状態ではなくても好ましくない状態を回避するために使用できることは当然であるから,当業者であれば液位調整機構に安全弁を採用することを当然に考える旨主張する。

しかし,甲49記載の装置における安全弁は,排気弁に動作不良があり排気弁が閉じない場合に開くようになっているもので,安全弁が開くことにより,吸入管内の圧力がそれ以上低下しなくなり,チャンバ内の水位がそれ以上上昇することを防止するようになっている(甲49の段落【0013】参照)。

このように,甲49の安全弁は,圧力検出器が故障した場合,圧力検出器と液面検出器の故障が重なった場合,排気弁が故障した場合等の非常時のみに機能するものであるから,本件訂正発明1の液位調整機構のように,「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機能」を有しないことは明白であり,原告の上記主張は理由がない。

エ 原告は,甲7においては,リリーフバルブをチャンバーに接続するという構成が開示されているから,水位を最低水位に保持できるという効果は甲第7号証記載の発明においても実質的に開示されており,本件訂正発明1の効果は格別なものではない旨主張する。

しかし,前記アのとおり,甲7の「排気リリーフバルブ」は,排気チャンバー内の水位を調整して予め設定した最低水位を保持する機能を有するものではなく,さらに,そのような機能を示唆する記載も一切ない。

したがって,甲7には原告が主張する水位を最低水位に保持できるという効果は開示も示唆もされていない。

オ 原告は,甲第7号証記載の発明の水路33,35等は,連通路であるとともに,本件訂正発明1に係る液位調整機構の機能を果たす旨主張する。

しかし,甲第7号証記載の発明において,チャンバー31,32内の水位は,水路33,35の上方位置が最低水位となり(甲7のFig.4C),水路33,35から空気が外部に逃げるような構造とはなっていない。

したがって,水路33,35は,本件訂正発明1に係る液位調整機構の機能を奏するものではない。

(4)  取消事由4(記載要件の判断の誤り)に対し

ア 特許法36条4項1号及び同条6項1号違反の主張に対し

(ア) 原告は,訂正事項aは新たな技術的事項を導入するものであり,本件特許明細書等の詳細な説明に記載されていないものであるから,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載は特許法36条4項1号に違反し,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は同条6項1号に違反すると主張する。

しかし,前記(1)のとおり,訂正事項aに係る技術思想は本件特許明細書等に開示されているから,原告の上記主張は理由がない。

(イ) 原告は,液位計で液位を監視して予め設定した最低水位になった時を検出し,その液位計の情報をコントローラに送って弁を開く制御を行って気密室内の空気を外部に逃がす機構が,本件訂正発明1の液位調整機構に該当することを前提に,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載には,本件訂正発明1を当業者が実施できるように記載されていないし,また,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は,本件訂正明細書等に記載された発明であるとはいえない旨主張する。

しかし,本件訂正明細書等の段落【0016】の記載に照らせば,上記機構は,極めて簡易な機構ではなく,それゆえ,本件訂正発明1の「液位調整機構」に含まれないと考えるのが合理的である。

したがって,原告の上記主張はその前提を欠き理由がない。

(ウ) 原告は,本件訂正発明1の液位調整機構に関して,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」を検出する機能及び「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」機能を有する何らかの部品を予め設定した最低水位の場所に配置すること以外の技術思想は明細書に記載されていない旨主張する。

しかし,前記(1)のとおり,本件特許明細書等には「給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンク内の水位を予め設定した最低水位に保持する」ための機能(技術思想)が開示されており,管状部材は,本件訂正発明1の液位調整機構の一つの具体例にすぎず,これに限定されるものではない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

イ 特許法36条6項2号違反の主張に対し

原告は,本件一次審決の際の無効理由通知書の記載を根拠として,本件訂正発明1における「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃して液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」の構成が不明瞭である旨主張する。

しかし,上記無効理由通知書の記載は,あくまで「気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した液位より下がった時に気密室内の気体を外部に開放する液位調整手段」との記載に関するものであり,本件訂正発明1の液位調整機構についてまで記載が明瞭でないと判断したものではない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本件訂正の適法性の判断の誤り)について

(1)  2以上の請求項について特許無効審判が請求され,審決においてこれに対する判断がされた場合,当該審決は各請求項についての判断ごとに可分であって,それぞれが取消訴訟の対象となり,別個に確定すると解される。そして,特許無効審判が請求されている複数の請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求についても,各請求項ごとに個別に訂正請求をすることが許容され,その許否も各請求項ごとに個別に判断されるべきものであり,かつ,各請求項の有効無効の判断と不可分一体の関係にあるものであるから,訂正の効果は各請求項ごとに確定するものと解するべきであり,このことは,当該訂正請求が,複数の請求項について,特許請求の範囲のみならず,「発明の詳細な説明」欄の記載や図面の訂正をも求める場合においても同様であると解される。

これを本件についてみると,前記第2の1(2)のとおり,本件特許の請求項1及び2並びに本件特許明細書等の発明の詳細な説明の記載につき本件一次訂正の請求がなされたところ,本件一次審決は,本件一次訂正を認めるとともに,本件特許の請求項1及び2に係る発明について無効審判請求不成立審決をし,その後,本件一次判決は,本件一次訂正の適法性を肯定した上で,本件一次審決のうち,本件特許の請求項1に係る発明に関する部分を取り消し,本件特許の請求項2に係る発明に関する部分については審決を維持し,同判決はその後確定したものである。そうすると,本件特許の請求項2に関しては,本件一次訂正に係る訂正が認められ,かつそのことを前提に同項が有効であることが確定したものといえるから,これに対応する明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件一次訂正後のものとして確定していることとなる。

他方,本件特許の請求項1に係る発明に関する部分については,上記のとおり,本件一次審決の同発明に関する部分が取り消されたことから,特許の有効無効は確定しない。したがって,同項に係る発明に関係する本件一次訂正の効果の有無も確定しないこととなるところ,後記(2)アのとおり,本件一次訂正において訂正請求された本件特許明細書等の段落【0009】は,本件特許の請求項1に係る発明に関連する記載であり,また,同段落【0015】及び【0017】の記載は,同請求項2に係る発明に関する記載ではあるものの,前記第2の2(1)のとおり,同発明は,同請求項1に係る発明を引用するものであったから,上記両段落の記載は,いずれも同請求項1に係る発明に関係するものと認められる。

そして,本件一次判決後,本件訂正の請求がなされたものであるから,本件特許の請求項1に係る発明との関係では,本件一次訂正の請求は取下げがなされたものとみなされる(改正前特許法134条の2第4項)。

そうすると,本件訂正の可否は,本件特許の請求項1に関しては,本件一次訂正の請求前の明細書及び図面の記載,すなわち,本件特許明細書等の記載に基づいて判断されるべきこととなる。

これに対し,原告は,本件訂正の可否の判断は本件一次訂正後の明細書の記載に基づいてなされるべきである旨主張するが,上記において判示したところに照らし,採用することはできない。

(2)  そこで,前記(1)の説示を前提に,本件訂正の可否について検討する。

ア 本件特許明細書等には以下の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙1参照。なお,段落【0009】,【0015】及び【0017】を除き,本件訂正後も記載内容は同一である。)。

(ア) 【0001】

【発明の属する技術分野】本発明は,ワークの切断加工を液中で行う構成のアブレシブ切断装置に関するものである。

(イ) 【0002】

【従来の技術】一般に,ワークを空気中で切断した場合の騒音は約90~95dBであるのに対し,水中で切断した場合の騒音は,約60~65dBとなり,空気中で切断する時よりも騒音が小さい。そのため従来より,騒音対策のために水中でアブレシブ切断を行う水中切断用のアブレシブ切断装置が提案されている。また,水中でアブレシブ切断を行う場合切断時に発生する粉塵も水に取りこまれて空気中に飛散しないことからその防塵性も注目されている。

【0003】このような水中切断用アブレシブ切断装置は,内部に水が充填されたキャッチャ槽を備えており,このキャッチャ槽内には切断対象物であるワークを取り付ける受け台が設けられている。

【0004】ワークの切断加工の際には,受け台にワークを取り付け,ポンプ等によりキャッチャ槽内に給水する。水位が上昇してワークごと受け台が浸漬されるまで給水した後,切断加工を施す。切断加工終了後,キャッチャ槽内のすべての水を排水して,切断加工が終了したワークを取り外す。この操作の繰り返しにより複数のワークを順々に切断加工する。

(ウ) 【0005】

【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上述した構成の水中切断用アブレシブ切断装置は,ワークの取り付け時と取り外し時にはキャッチャ槽内の水を排水しているため,ワーク1個の切断ごとにキャッチャ槽内に新規な水を給排せねばならず効率が悪いという難点がある。勿論,一般に複数個のワークを切断する際に,ワーク1個ごとにキャッチャ槽内のすべての水を給排するのは面倒であり,作業効率及び時間効率も悪いという難点も有している。

【0006】また,切断エリアが大きなものとなると,ワークを浸漬させるキャッチャ槽自体も大きくなるため,キャッチャ槽内を満たす水量も多くなり,水の給排のためにかかる時間が長くなる。水の給排を迅速に行うために大容量のポンプを用いることも考えられるが,この場合,ポンプが大型化してしまい,装置全体としても大型化に繋がるため好ましくない。

【0007】更に,キャッチャ槽内の水は研磨材を多量に含んでいるため,この研磨材がポンプを通過するとポンプの内部が摩耗し,最悪の場合破損してしまい,寿命が短くなるという難点もある。

【0008】以上のことから本発明では,作業効率及び時間効率のよい水中切断用アブレシブ切断装置を提供することを主目的とする。また,どのような大きさの切断エリアを持つワークに対応させたものであっても水位の調節が迅速に行える水中切断用アブレシブ切断装置を提供することも目的としている。さらに,水位調整のために用いるポンプが研磨材により破損して短寿命となることがない水中切断用アブレシブ切断装置を提供することも目的としている。

(エ) 【0009】

【課題を解決するための手段】上記目的を達成すべく,請求項1の発明は,ワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽を備えた水中切断用アブレシブ切断装置において,前記キャッチャ槽の内部と液面下で連通する液位調整タンクを備え,該液位調整タンクの内部の液面上は気密室に形成され,該気密室は該気密室内への気体の導入又は導出によって液位調整タンク内の液体を液面下の連通路を介して前記キャッチャ槽に吐出又はキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に吸入するための給排気装置に接続されていることを特徴としている。

【0010】即ち,本発明では,キャッチャ槽内の液位を調整するために,キャッチャ槽の内部と液面下で連通する液位調整タンクを備えている。この液位調整タンク内の液面上部は気密室に形成されており,気密室内の気体圧力を変えることにより,大気圧下に開放されたキャッチャ槽の液位をパスカルの原理に従って調整する。即ち,気密室内に給排気装置から加圧気体を導入して液位調整タンク内の液位を押し下げることにより,液位調整タンク内の液体は,液面下で連通するキャッチャ槽に押出され,これによってキャッチャ槽内の液位が水頭に抗して押し上げられる。

【0011】また逆に,キャッチャ槽内の液位を下げるには,給排気装置によって気密室内から気体を導出して大気圧下又はさらに減圧した状態にし,キャッチャ槽内の液体の水頭により液位調整タンク内の液位を上げ,液面下で連通するキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に引き込むことによりキャッチャ槽内の液位を下げる。

【0012】給排気装置は,気密室内に加圧気体を送り込み,あるいは気密室から気体を導出して大気圧下に開放するか,あるいはさらに気体を吸引して大気圧以下の減圧状態を作り出すことができるものであればよく,例えば,可逆エアポンプや,エアコンプレッサと給排切換弁の組み合わせ,或はさらにバキュームポンプを組み合わせたものなど,種々のものが利用できる。

(オ) 【0015】請求項2の発明では,請求項1に記載の水中切断用アブレシブ切断装置において,前記気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した位置より下がった時に気密室内の気体を外部に開放する液位調整手段を備えたことを特徴としている。

【0016】キャッチャ槽の液位の制御は,例えば,液位計等の液位調整タンク又はキャッチャ槽の液位を監視し,上下の各設定で液位に達したときに給排気装置を停止させることで果たせるが,この場合は,余分な電気配線やコントローラが必要である。本発明は,これを極めて簡単な機構で果たそうとするものである。

【0017】

本発明における液位調整手段は,例えば,両端が開口する管状部材を一端が気密室の予め設定した液位の位置に開口するよう位置調整可能に配し,他端を気密室の外部に開放するように配した構成のものが挙げられる。

【0018】この構成では,給排気装置からの加圧気体の導入で気密室内の圧力が増加するにつれて液位調整タンク内の液位が下がるが,この液位が予め設定した位置より下がると管状部材の一端が気密室の空気中に開口することになるため,それ以上の圧力増加は,管状部材を介して外部に気体が逃げることにより阻止され,従って,液位は管状部材の一端の位置に保たれる。

【0019】尚,管状部材の一端の位置を外部から軸方向に位置調整できるように構成すれば,キャッチャ槽における上昇液位を設定するための液位調整タンク内の下降液位の設定を変えることができる。

(カ) 【0023】

【発明の実施の形態】図1は,液体として水を用いた場合の本発明の水中切断用アブレシブ切断装置の実施形態の一例を示す上面図,図2は図1の装置において液位調整タンクである水位調整タンク2の水位が最高位置のときの横断面図,図3は図1の装置において水位調整タンク2の水位が最低位置のときの横断面図である。なお,以後説明するすべての図において,同一又は相当する箇所には同じ符号を付す。

【0027】また,水位調整タンク2には,液位調整手段として両端が開口した管状部材よりなる水位調整パイプ5が設けられており,この水位調整パイプ5の下端は水位調整タンク2内の水位が最も低くなった時の水位(以後,最低水位と述べる。)と同じ高さ位置に開口し,上端は水位調整タンク2の外部に開口している。…

【0036】ワーク3を受け台4に取り付けた後,可逆ポンプPを駆動させて気密室2a内へ空気を送り込み,空気圧により水位調整タンク2内の水位を下げ,水位調整タンク2内の水をキャッチャ槽1側に移す。これによりキャッチャ槽1の水位が上昇して受け台4がワーク3を保持した状態で水面下に沈むこととなる。そして,キャッチャ槽1内の水位がワーク3の最上部よりも2cm程上昇した時に可逆ポンプPによる加圧を停止させ,気密室2a内の加圧状態を保持したままノズル6によりワークを加工する。

【0037】この時,可逆ポンプPの加圧停止とのタイミングが少し遅れても,或は,可逆ポンプPがそのまま加圧動作を継続していても,水位調整パイプ5の働きで水位調整タンク2内の水位は設定された最低水位に保持される。

【0038】即ち,例えば,可逆ポンプの継続動作で最低水位よりも水面が押し下げられると,水位調整パイプ5の下端が気密室2aの空気中に開口するため,気密室2a内の加圧空気が水位調整パイプ5を通って水位調整タンク2の外部に逃げる。これにより,気密室2a内の圧力が下がり,水面が上昇することとなる。

【0039】このように,過剰圧力分だけ空気が外部に逃げると水面は水位調整パイプ5の下端の位置まで回復し,これを繰り返すため,水位調整タンク2内の水位は水位調整パイプ5の下端位置,即ち,設定された最低水位に保たれることになる。

(キ) 【0044】

【発明の効果】以上述べたように,本発明によれば,受け台が水面から現れる液位とワークが液中に没する液位とにキャッチャ槽内と水位調整タンクとの間で空気圧によって水を移動させる構成であるため,キャッチャ槽内の全ての水を給排する従来の方式よりも水の給排を迅速に行うことができ,従って,水中切断の作業効率及び時間効率の向上が図れる。

【0045】また,水の移動も空気圧を利用した間接的な手段を用いているため,研磨材によるポンプの破損などの被害がなく,ポンプの寿命を短くすることもない。

【0046】さらに,切断エリアが大きなワークの場合でも,機械自体が大型化しないだけでなく,移動させる水の量が全体的に少ないため比較的短い時間で水中切断加工を行うことができる。

(ク) 上記(ア)ないし(キ)によれば,本件特許明細書等には,次の事項が開示されているものと認められる。

a 本件発明は,ワークの切断加工を液中で行う構成のアブレシブ切断装置に関する(段落【0001】)。

アブレシブ切断装置は,ワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽と,キャッチャ槽の内部と液面下で連通する液位調整タンクとを備え,液位調整タンクの内部の液面上は,気密室に形成される(段落【0009】)。

上記気密室内の気体圧力を変えることにより,大気圧下に開放されたキャッチャ槽の液位をパスカルの原理に従って調整することができる。すなわち,気密室内に給排気装置から加圧気体を導入して液位調整タンク内の液位を押し下げると,液位調整タンク内の液体が液面下で連通するキャッチャ槽に押し出され,キャッチャ槽内の液位が水頭に抗して押し上げられる。反対に,給排気装置によって気体を導出して気密室内を減圧した状態にすると,キャッチャ槽内の液体の水頭により液位調整タンク内の液位が上がり,液面下で連通するキャッチャ槽内の液体が液位調整タンク内に引き込まれてキャッチャ槽内の液位が下がる(段落【0010】,【0011】)。

b アブレシブ切断装置には,気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した位置より下がったときに気密室内の気体を外部に開放する液位調整手段を設けることができる。それによって,例えば液位調整タンク又はキャッチャ槽の液位を液位計等で監視し,予め設定した液位に達したときに給排気装置を停止させる構成に比べて,極めて簡単な機構でキャッチャ槽の液位を制御することができる(段落【0015】,【0016】)。なお,液位調整手段は,気密室内の気体を外部に開放するものであるから,気密室に設けられることが明らかである。

c 液位調整手段は,例えば,両端が開口する管状部材を,一端が気密室の予め設定した最低液位の位置に開口し,他端が気密室の外部に開放されるように配した構成とすることができる(段落【0017】,【0027】,図1ないし図3)。

d 液位調整手段を上記cの構成としたアブレシブ切断装置では,給排気装置である可逆ポンプが加圧動作を継続して液位調整タンク内の液面が予め設定した最低水位より押し下げられると,管状部材の一端が気密室の気体中に開口するので,気密室内の加圧気体が過剰圧力分だけ管状部材を通って液位調整タンクの外部に逃げ,気密室内の液面が予め設定した最低水位まで上昇する結果,液位調整タンク内の水位が最低水位に保たれる(段落【0018】,【0036】ないし【0039】,図3)。

イ 上記アによれば,本件特許明細書等には,本件特許に係る発明のアブレシブ切断装置が,気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した位置より下がったときに気密室内の気体を外部に逃がすという機能を奏する液位調整手段を備えることが記載され,その一例として,両端が開口する管状部材を,一端が気密室の予め設定した最低水位の位置に開口し,他端が気密室の外部に開放されるように配した構成とし,同構成においては,排気装置である可逆ポンプが加圧動作を継続して液位調整タンク内の液面が予め設定した最低水位より押し下げられると,管状部材の一端が気密室の気体中に開口するので,気密室内の加圧気体が過剰圧力分だけ管状部材を通って液位調整タンクの外部に逃げ,気密室内の液面が予め設定した最低水位まで上昇する結果,液位調整タンク内の水位が最低水位に保たれることが開示されているものと認められる。

そして,両端が開口する管状部材を,一端が気密室の予め設定した最低水位の位置に開口し,他端が気密室の外部に開放されるように配した構成は,液位調整手段の一例として記載されていることが明らかであるから,本件特許明細書等の記載に接した当業者は,本件特許明細書等に記載された液位調整手段は,上記の構成に限られるものではなく,上記ア(ク)dのとおり,給排気装置である可逆ポンプが加圧動作を継続して液位調整タンク内の液面が予め設定した最低水位より押し下げられたときに,上記加圧動作が継続中であっても,気密室内の加圧気体を過剰圧力分だけ液位調整タンクの外部に逃がす構成のものであれば足りることを理解できるものと認められる。

したがって,請求項1に上記と同じ事項を追加する訂正事項aに係る訂正は,本件特許明細書等に記載された事項の範囲内の訂正であると認められる。

(3)  これに対し,原告は,仮に,本件訂正の可否が本件特許明細書等の記載に基づいて判断されるべきものとしても,①本件特許明細書等において開示されているのは,一端が予め設定した液位の位置に開口された管状部材(水位調整パイプ5)を採用することにより,その位置を最低水位とすることができるという技術思想のみであるところ,訂正事項aに係る液位調整機構は,上記の形態のみならず,本件特許明細書等に何ら記載もなく,技術常識から当然に理解できるものではない形態,例えば,所定の圧力で開放されるリリーフバルブを用いる実施形態も包含することとなるから,新たな技術的事項を導入するものである,②本件特許明細書の段落【0016】の記載は,本件特許明細書等に開示される液位調整機構は,電気配線やコントローラを有する場合,例えば,液位計によって液位を監視し,設定した液位に達した時に給排気装置を自動制御で停止させるような「極めて簡単な機構」とはいえない液位調整機構を積極的に排斥するものであるが,訂正事項aには,液位調整機構の具体的な構成が何も記載されておらず,したがって,電気配線やコントローラを有するような,「極めて簡単な機構」とはいえない液位調整機構もその範囲に含まれるものと解されるから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものである,などと主張する。

しかし,①については,一端が予め設定した液位の位置に開口された管状部材(水位調整パイプ5)を採用することにより,その位置を最低水位とする構成は,本件特許明細書等に記載された液位調整手段の一例として記載されているものであり,上記構成の上位概念である訂正事項aに係る液位調整機構が本件特許明細書等に記載されていると認められることは前記(2)のとおりである。また,一般に,発明の詳細な説明には,請求項に係る発明の全ての実施形態を記載することが求められているわけではないから,当該発明に関し,明細書の発明の詳細な説明において,請求項記載の発明に対応する上位概念に基づく形態に係る記載があれば,これには,具体的な実施形態として,発明の詳細な説明に実際に記載された実施形態以外のものが含まれることがあり得ることは当業者において当然に理解できることである。そして,本件特許明細書等には上位概念である液位調整手段の記載があることは前記(2)のとおりであるから,原告の主張に係るリリーフバルブを用いる実施形態が仮に本件発明1の規定する構成に含まれ,同実施形態が本件特許明細書等に具体的に記載がされていないとしても,そのことをもって訂正事項aに係る訂正が新たな技術的事項を導入するものであるということはできない。

また,②については,原告が問題にする液位調整機構は,液位計等で液位調整タンクの液位を監視し,予め設定した液位に達したときに給排気装置を停止させ,給排気装置による気密室内への気体の導入を停止することで,液位調整タンクの液位を予め設定した液位に保つものであるから,訂正事項aに係る液位調整機構のように,給排気装置による気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がすものではない。そうすると,訂正事項aは,原告が問題にする構成を含むものではないから,原告の主張はその前提を欠くものである。

以上によれば,原告の上記主張はいずれも採用することができない。

(4)  小括

以上のとおり,訂正事項aは本件特許明細書等に記載された事項であると認められるから,訂正事項aに係る本件訂正は,本件特許明細書等に記載された事項の範囲内でなされたものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

したがって,本件訂正を認めた本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(公知又は公然実施の判断の誤り)について

(1)  井上製作所に納入された原告の商品である水中切断装置が「Bengal-J」であることは当事者間に争いがなく,他方でフロージャパンの名古屋テクニカルセンター及び本件見本市にて展示された水中切断装置が「Bengal」か「Bengal-J」かについては当事者間に争いがあるものの,いずれにしても,本件審決は,前記第2の3(2)のとおりの構成の水中切断装置が,本件出願日前に,フロージャパンの名古屋テクニカルセンター及び本件見本市にて展示されることにより,公然実施され又は公然知られたと認定した上で,上記水中切断装置の「リリーフバルブ」は,本件訂正発明1の「液位調整機構」に相当するものとはいえない旨判断したものと理解することができる。

原告は,「Bengal」と「Bengal-J」との関係につき,両者において液位調整機構といった本件特許に係る発明に関連する部分は一切変更されていないこと,本件見本市において展示された装置は「Bengal-J」であることを主張するが,前記第3の1(2)における原告の主張内容に照らせば,「Bengal」であるにしろ「Bengal-J」であるにしろ,本件出願日前に,フロージャパンの名古屋テクニカルセンター及び本件見本市にて展示されることにより,公然実施され又は公然知られた水中切断装置が,本件審決の認定した構成を備えるものであることを前提に,当該水中切断装置の「リリーフバルブ」が,本件訂正発明1の「液位調整機構」に相当する旨を主張し,これを立証するために,「Bengal」ないしは「Bengal-J」の構造や動作を示す証拠を提出しているものということができる。なお,原告の上記主張を前提とすれば,原告の提出する証拠(甲1,2,17,24ないし27,42,44,45)のうち,井上製作所に納入された装置に関するもの及び本件見本市において展示された装置に関する箇所は,いずれも「Bengal-J」の構造や動作を示すものということとなり,フロージャパンの名古屋テクニカルセンターにおいて展示された装置に関する箇所及び「Bengal」の図面(甲21ないし23,46)は,「Bengal-J」に仕様変更される前の装置(「Bengal」)の構造や動作を示すものということになる。

そこで,以下,「Bengal」及び「Bengal-J」は実質的に同一であるという原告の主張が認められたと仮定した場合に,原告提出の証拠から両者の「リリーフバルブ」が,本件訂正発明1の「液位調整機構」に相当するものと認めることができるかどうかを検討する。

(2)  本件審決の認定を前提とすると,本件審決の認定した水中切断装置の「リリーフバルブ」は,「気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」ものである。したがって,本件審決の認定を前提に,上記「リリーフバルブ」が本件訂正発明1の「液位調整機構」に相当するというためには,上記「リリーフバルブ」が,さらに,「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」動作を「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に」行い,その結果,「液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する」ものである必要がある。

そして,原告は,「Bengal」及び「Bengal-J」の「リリーフバルブ」は,上記の構成を備えるものであるから,本件訂正発明1の「液位調整機構」に相当するものである旨主張し,甲1(原告を米国本社とするフロージャパンの従業員であるAの供述書),甲2(フロージャパンの元従業員であるBの供述書)及び甲24(井上製作所の契約社員であるCの供述書)には上記原告の主張に沿う記載がある。

(3)  しかし,以下のとおり,本件においては,本件出願日前に,フロージャパンの名古屋テクニカルセンター及び本件見本市にて展示されたとされる装置(「Bengal」又は「Bengal-J」)の「リリーフバルブ」が「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」動作を「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に」行い,その結果,「液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する」ものであると認めることはできない。

ア(ア) まず,「Bengal-J」に関する証拠を検討すると,甲1の写真3(6頁上),甲25の静止画1ないし3,静止画8ないし10及び甲44の写真(3頁)には,「リリーフバルブ」の外観が撮影されているが,その動作については何ら明らかではない。また,甲45の「Bengal-J」における各部の配置及び動作を撮影したDVDにおいても,「リリーフバルブ」の作動機構については何ら説明がされていない。さらに,「Bengal-J」の取扱説明書のような,「リリーフバルブ」の動作を説明する客観的文書の提出もない。かえって,甲45の開始から5分付近からの映像では,「Bengal-J」のエアチャンバーに気体を導入し続けたところ,キャッチャ槽内の水面に連通パイプからキャッチャ槽に気体が送り込まれたことを示す気泡が生じる現象を確認できるが,甲24に記載された「Bengal-J」の構造に照らせば,上記の現象は,「リリーフバルブ」が作動することなくエアチャンバー内に気体が導入され続けた結果,エアチャンバー内において,水位が連通パイプの端面よりも下となり,気体がキャッチャ槽内に送り込まれたことを示すものといえる。そして,水位が連通パイプの端面よりも下がれば,それ以上エアチャンバー内の水位は下がらないのであるから,もはや水位を調整することに関して「リリーフバルブ」が作動する余地はない。そうすると,甲45の上記映像は,「Bengal-J」において,エアチャンバー内の水位の調整に関して「リリーフバルブ」が用いられていることに疑問を生じさせるものといえる。

さらに,甲24には,「Bengal-J」は液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がったときに「リリーフバルブ」から気体が外部に放出される構造になっている旨の記載がある(4頁26行ないし28行)一方で,液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がったときに気密室内の気体を外部に開放する液位調整用の管状部材を備えている旨の記載もあるところ(4頁20行ないし23行),「Bengal-J」の「リリーフバルブ」が液位調整機構を有しているのであれば,これに加えて上記管状部材を備える必要はないものと解され,甲24における「Bengal-J」の液位調整機構についての説明は一貫しないものとなっている。

(イ) また,「Bengal」に関する証拠を検討しても,提出された図面のうち,甲23,46からは,リリーフバルブが存在することは看取できるものの,その動作を示す「Bengal」の取扱説明書のような客観的証拠の提出はない。また,甲1添付の「Bengal」のパンフレットや雑誌「SHEET METAL2月号」41巻2号(平成9年2月1日発行)における「Bengal」の記事にも,「リリーフバルブ」の動作について説明する記載はない。

(ウ) 以上のとおり,「Bengal」ないしは「Bengal-J」の「リリーフバルブ」の動作を客観的に明らかにする証拠が一切提出されておらず,また,少なくとも「Bengal-J」については,エアチャンバー内の水位の調整に際し,「リリーフバルブ」が用いられているかどうかにも疑問があること,及び,「Bengal-J」の液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がったときに「リリーフバルブ」から気体が外部に放出される構造になっているとの記載のある甲24においても,上記(ア)のとおり一貫しない記載が存在することに照らせば,前記甲号各証の記載をもって,「Bengal」ないしは「Bengal-J」の「リリーフバルブ」が,「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」動作を「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に」行い,その結果,「液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する」ものであると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

イ これに対し,原告は,水中切断装置Bengal(「Bengal」及び「Bengal-J」の両者を指すものと解される。この項において以下も同様である。)におけるエアーチャンバー内部のような気密室においては,気密室内の気圧を上げていくにつれて,気密室の水位が下がり,逆に,気密室内の気圧を下げていくことにより,気密室の水位が上がるという関係にあるから,気密室内の気圧を調整することにより,水位を調整することができるところ,リリーフバルブは,事前に所定の圧力を設定しておき,圧力が所定の設定値に達したときには過剰の圧力を外部に逃がし,圧力を所定の設定値に保持するように作動するものである(甲47,48参照)から,気密室の内部にリリーフバルブが設けられて,気密室内部の気圧が一定以上にならないように設定されれば,必然的にその所定の圧力に対応する水位に気密室内の水位が達した時にはリリーフバルブが解放され,気密室の水位も一定水位以下にはならない旨主張する。

しかし,リリーフバルブが設けられて気密室内部の気圧がある一定の値以上にならないように設定されたとしても,そのリリーフバルブによって液位調整タンクの水位が最低水位に保持されるのは,その一定の値(つまり,リリーフバルブが作動する圧力)と最低水位に対応する気圧とが一致している場合だけであるところ,「Bengal」ないしは「Bengal-J」において「リリーフバルブ」の作動する圧力がそのように設定されていることを認めるに足りる証拠はない。

かえって,原告も自認するように,リリーフバルブは一般に過剰の圧力を外部に逃がすための安全弁であることや(甲47,48),前記アのとおり,「Bengal」ないしは「Bengal-J」の「リリーフバルブ」の具体的な動作の態様が明らかにされていない上,エアチャンバー内の水位の調整に当たり,「リリーフバルブ」が用いられていることに疑いを差し挟む事情も存在することなどに照らしてみると,「リリーフバルブ」は,「Bengal」ないしは「Bengal-J」の気密室内の圧力が異常に高くなった場合に備えて設けられた安全装置である可能性も否定することはできない。そして,その場合,「リリーフバルブ」の圧力値は,液位調整タンクの水位とは関係のない安全上の観点から決定されることになるから,そのような観点から決められた当該「リリーフバルブ」が作動する圧力は,液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がったときの気密室内の圧力とは当然には一致しないことは明らかである。

この点,原告は,水中切断装置Bengalにおいて,気密室内の圧力を急激に上昇させる必要性は全く存しないし,通常の操作において気密室内の圧力を急激に上昇させるような動作が行われることはない旨主張するが,安全装置は,機械の通常の動作から外れた異常事態が生じた場合に,それに対応するため設置されるのであるから,通常の動作を前提とする原告の上記主張は上記認定を左右するものではない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  小括

以上によれば,「Bengal」ないしは「Bengal-J」は,本件訂正発明1の発明特定事項である「この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」を備えたものであるということはできず,したがって,本件出願日前に,フロージャパンの名古屋テクニカルセンター及び本件見本市にて展示されたとされる装置の「リリーフバルブ」が「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」動作を「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に」行い,その結果,「液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する」ものとは認められないから,本件訂正発明1は,本件特許の出願前に公然実施され又は公然知られたものとはいえないとした本件審決の判断の結論に誤りはない。

したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(本件訂正発明1の容易想到性の判断の誤り)について

(1)  本件訂正明細書等の記載事項等

ア 本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は前記第2の2(2)のとおりである。

イ 本件訂正明細書等の記載は,本件訂正により訂正された段落【0009】,【0015】及び【0017】の記載を除き,前記1(2)アのとおりである。

また,本件訂正明細書等の段落【0009】,【0015】及び【0017】の記載は,以下のとおりである(なお,段落【0017】に関しては,平成25年12月24日付け訂正請求書第3の訂正事項には挙げられていないが,同請求書に添付された明細書には,訂正を前提とした記載がされ,かつ,添付された明細書どおりの内容による訂正が認められているので,上記段落も本件訂正により訂正されたものと解される。)。

(ア) 【0009】

【課題を解決するための手段】上記目的を達成すべく,請求項1の発明は,ノズルから噴射されるアブレシブによりワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽を備え,このキャッチャ槽にアブレシブ切断中にキャッチャ槽内の水位が上限水位を越えた場合にこの上限水位を越えた水を外部に排出するための水位上限調整用オーバーフロー排出口が設けられている水中切断用アブレシブ切断装置において,前記キャッチャ槽の内部と液面下で連通すると共にワークの切断加工エリアから平面視で外側に配置された液位調整タンクを備え,該液位調整タンクの内部の液面上は気密室に形成され,該気密室は該気密室内への気体の導入又は導出によって液位調整タンク内の液体を液面下の連通路を介して前記キャッチャ槽に吐出又はキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に吸入するための給排気装置に接続され,前記気密室には,この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構が設けられていることを特徴としている。

(イ) 【0015】

請求項2の発明では,ノズルから噴射されるアブレシブによりワークの切断加工を液中で行うためのキャッチャ槽を備え,このキャッチャ槽にアブレシブ切断中にキャッチャ槽内の水位が上限水位を越えた場合にこの上限水位を越えた水を外部に排出するための水位上限調整用オーバーフロー排出口が設けられている水中切断用アブレシブ切断装置において,前記キャッチャ槽の内部と液面下で連通すると共にワークの切断加工エリアから平面視で外側に配置された液位調整タンクを備え,該液位調整タンクの内部の液面上は気密室に形成され,該気密室は該気密室内への気体の導入又は導出によって液位調整タンク内の液体を液面下の連通路を介して前記キャッチャ槽に吐出又はキャッチャ槽内の液体を液位調整タンク内に吸入するための給排気装置に接続され,前記気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した位置より下がった時に気密室内の気体を外部に開放するように,その一端が前記予め設定した液位の位置に開口し且つ他端が気密室の外部に開口した液位調整用の管状部材を備えたことを特徴としている。

(ウ) 【0017】

本発明における液位調整用の管状部材は,両端が開口する管状部材を一端が気密室の予め設定した液位の位置に開口するよう位置調整可能に配し,他端を気密室の外部に開口したものである。

ウ 上記ア及びイによれば,本件訂正明細書等には,以下の事項が開示されているものと認められる。

(ア) 本件特許に係る発明は,ワークの切断加工を液中で行う構成のアブレシブ切断装置に関するものである(段落【0001】)。

(イ) 従来から,騒音対策のために水中でアブレシブ切断を行う水中切断用のアブレシブ切断装置が提案されており,水中でアブレシブ切断を行う場合,切断時に発生する粉塵も水に取り込まれて空気中に飛散しないことからその防塵性も注目されている。従来の水中切断用アブレシブ切断装置は,内部に水が充填されたキャッチャ槽を備えており,このキャッチャ槽内には切断対象物であるワークを取り付ける受け台が設けられており,ワークの切断加工の際には,受け台にワークを取り付け,ポンプ等によりキャッチャ槽内に給水し,水位が上昇してワークごと受け台が浸漬されるまで給水した後,切断加工を施し,切断加工終了後,キャッチャ槽内のすべての水を排水して,切断加工が終了したワークを取り外し,この操作の繰り返しにより複数のワークを順々に切断加工するというものである(段落【0002】ないし【0004】)。

(ウ) しかし,上記(イ)の従来の水中切断用アブレシブ切断装置は,ワークの取り付け時と取り外し時にはキャッチャ槽内の水を排水しているため,ワーク1個の切断ごとにキャッチャ槽内に新規な水を給排せねばならず効率が悪いという難点があるほか,一般に複数個のワークを切断する際に,ワーク1個ごとにキャッチャ槽内のすべての水を給排するのは面倒であり,作業効率及び時間効率も悪いという難点も有している。また,切断エリアが大きなものとなると,ワークを浸漬させるキャッチャ槽自体も大きくなるため,キャッチャ槽内を満たす水量も多くなり,水の給排のためにかかる時間が長くなる。水の給排を迅速に行うために大容量のポンプを用いることも考えられるが,この場合,ポンプが大型化してしまい,装置全体としても大型化に繋がるため好ましくない。更に,キャッチャ槽内の水は研磨材を多量に含んでいるため,この研磨材がポンプを通過するとポンプの内部が摩耗し,最悪の場合破損してしまい,寿命が短くなるという難点もある(段落【0005】ないし【0007】)。

(エ) 本件特許に係る発明では,作業効率及び時間効率のよい水中切断用アブレシブ切断装置を提供することを主目的とし,また,どのような大きさの切断エリアを持つワークに対応させたものであっても水位の調節が迅速に行える水中切断用アブレシブ切断装置を提供することも目的とし,さらに,水位調整のために用いるポンプが研磨材により破損して短寿命となることがない水中切断用アブレシブ切断装置を提供することも目的としている(段落【0008】)。

(オ) 本件特許に係る発明の構成は,受け台が水面から現れる液位とワークが液中に没する液位とにキャッチャ槽内と水位調整タンクとの間で空気圧によって水を移動させる構成であるため,キャッチャ槽内の全ての水を給排する従来の方式よりも水の給排を迅速に行うことができ,したがって,水中切断の作業効率及び時間効率の向上を図ることができ,また,水の移動も空気圧を利用した間接的な手段を用いているため,研磨材によるポンプの破損などの被害がなく,ポンプの寿命を短くすることもなく,さらに,切断エリアが大きなワークの場合でも,機械自体が大型化しないだけでなく,移動させる水の量が全体的に少ないため比較的短い時間で水中切断加工を行うことができるという効果を奏する(段落【0044】ないし【0046】)。

(カ) なお,発明の実施の形態として,両端が開口する管状部材を,一端が気密室の予め設定した最低液位の位置に開口し,他端が気密室の外部に開放されるように配し,この場合,給排気装置である可逆ポンプが加圧動作を継続して液位調整タンク内の液面が予め設定した最低水位より押し下げられると,管状部材の一端が気密室の気体中に開口するので,気密室内の加圧気体が過剰圧力分だけ管状部材を通って液位調整タンクの外部に逃げ,気密室内の液面が予め設定した最低水位まで上昇する結果,液位調整タンク内の水位が最低水位に保たれるという構成が開示されている(段落【0017】,【0027】,【0036】ないし【0039】,図1ないし3)。

(2)  甲7の記載事項について

ア 甲7には以下の記載がある(下記記載中に引用する図面を含め,関連する図面については別紙2を参照)。

(ア) 金属切断装置のための滓洗浄及び水位制御システム(表紙[54])

(イ) 本発明は,金属切断装置のための焼成槽からの滓を洗浄し焼成槽の水位を制御するための改良された装置および方法に関している。より特定的には,本発明は,滓を洗浄し水位を制御するために圧縮空気を利用することに関している。

例えば,ガス又はプラズマ切断トーチを使用する金属切断装置は当該分野において周知である。このような金属切断装置は,典型的には,台車上に配置されたいわゆる「焼成台」上に支持された金属ワークピースに対するプログラムされた切断動作のためのオーバーヘッド台車上に支持された切断トーチ又はトーチの集団を含む(1欄6行ないし18行)。

(ウ) 前記のいずれの特許においても,さまざまな切断工程に対応するため,水循環ポンプが槽中の水位を調整し,変化させるためにも使用されることができる。これらの水を流し,水を再循環し及び水位を調整するシステムには,かなり複雑な配管システム及び関連する流量調整が必要となる。また,これらのシステムに用いられるポンプは,保護フィルターにもかかわらず,ポンプを通して循環することが避けられない高度な研磨滓の粒子により激しい摩耗にさらされる(1欄51行ないし60行)。

(エ) この滓洗浄プロセスおよび水位調整の制御は,適切な排気リリーフバルブを含む,一式の空気供給ヘッダー中の空気弁しか必要としない(2欄67行ないし3欄2行)。

(オ) 焼成槽10はほぼ方形の構造を有し,平底と垂直に配置された側壁12及び端壁13を含む。焼成台14は,焼成槽10の上部に配置され,周辺サイド・フレーム15をその上端に含み,ワーク支持格子16が取り付けられており,鋼板又はその他のワークが切断のためにその上に置かれる。…支持プラットフォーム17は槽の上端縁18よりも十分に下方に配置され,それにより,必要に応じて,槽は焼成台14を完全に水没させるような水位の水で満たされることができる。これにより,焼成槽をプラズマ・アーク・トーチシステムのような水中切断方法を採用した切断システムに用いることができる(3欄25行ないし48行)。

(カ) 空気供給ヘッダー37は端壁13の外に沿って取り付けられ,そしてこのヘッダーをそれぞれのガス開口部34および36に接続する空気供給レグ38を備える(4欄38行ないし40行)。

(キ) 圧縮空気の体積を第1の排気チャンバー31に入れることは,水位がちょうど水路33の上部になるように充分な水がチャンバー32から排出されるまで続けられる(5欄36行ないし40行。なおこの部分の翻訳は,原告の提出に係る翻訳文によっている。)。

(ク) 焼成槽の水位は,最大水位,すなわち焼成台14及びその上のワークが水中切断のために完全に水没する水位までであれば,そのいずれにも設定することができる。第一空気バルブ39が排気チャンバー31内の気圧を維持するために閉じられ,それによる同チャンバー内の低水位により,第二空気バルブ40が開放され,圧縮空気が供給レッグ38及び気体放出口36を経由して第二排気チャンバー32に入ることができる。第二排気チャンバー32内の水の上部の気圧が,水を水路35を通って排出させ,槽中の水位をフロアセクション21の下端部24から図示される所望の上位の水位にまで上昇させる。…チャンバー32内の水位がちょうど水路35の上部になるまでチャンバー32から水が排出され,空気バルブ40は気圧を維持するために閉じられることができ,それによりチャンバー32内は低水位となる(5欄60行ないし6欄13行)。

(ケ) 切断作業が終了すると,続いて排気チャンバー31及び32の上部の気圧が開放され,焼成槽内の水は上部圧力のもとで排気チャンバー内に流れ込むことができる(6欄26行ないし30行)。

(コ) 図4Eに示されるとおり,第二排気チャンバー32内の気圧を維持している空気バルブ40が開放され,その内部の圧縮空気が開放排出バルブ44を経由して,排出口43を通って排出される。チャンバー32内の気圧の開放により,チャンバー内の水が水路35を経由してチャンバー内の水位に至るまでチャンバー内に流入することができ,隣接する滓トローフ26は図4Aに示される当初の水位に対応する図示された当初水位にて安定化される(6欄48行ないし56行)。

(サ) 上記に示された滓洗浄及び水位調整過程は,…自動的に調整されることができる。自動調整は,適切なプログラミング及び典型的には切断台上のワークのプログラムされた切断を実行するのに使用される同様のマイクロプロセッサーの使用により行うことができる。種々のソレノイド操作による空気バルブの操作を正確に制御するために,フロートスイッチのような従来型の水位検出スイッチを用いることができる。しかしながら,もっとも重要な点は,モーター操作による水ポンプや関連する水流調整装置の使用が解消されることである(7欄3行ないし14行)。

イ 本件審決が認定した甲第7号証記載の発明は,第2の3(3)アのとおりである。

(3)  相違点4の容易想到性について

ア(ア) 甲第7号証記載の発明の「排気リリーフバルブ」が,甲7記載の「開放排出バルブ44」を意味するのかどうかには争いがあるが,仮に両者は別物であり,「排気リリーフバルブ」は,「前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」ものであるとしても,当該「排気リリーフバルブ」が,本件訂正発明1の「液位調整タンク」に相当する甲第7号証記載の発明の「第二排気チャンバー」内の水位が最低水位に下がったときに気密室内の気体を外部に逃がすものであるかどうかについては,甲7には記載も示唆もない。さらに,甲7の記載からは,甲第7号証記載の発明における「気密室内の過剰圧力分の気体」が「第二排気チャンバー」内の水位とどのように関係するのかも明らかではない。

むしろ,甲第7号証記載の発明が「排気リリーフバルブ」を備えるものであるにもかかわらず,甲7には,水位調整過程は,手動制御や自動調整で行われてもよく,マイクロプロセッサーを使用して水位を自動的に調整する際には,種々のソレノイド操作による空気バルブの操作を正確に制御するためにフロートスイッチのような従来型の水位検出スイッチを用いることが記載されているのであり(前記⑵ア(サ)),このことは,甲第7号証記載の発明の「排気リリーフバルブ」は,予め設定した最低水位を保持することにより水位を調整するようなものではないことを示すものと解される。

そうすると,甲7には,甲第7号証記載の発明の「排気リリーフバルブ」が液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機能を有することが開示されているものとは認められない。

(イ) これに対し,原告は,気密室において,気密室内の圧力と水位とは直接的に関連するため,気密室の内部にリリーフバルブが設けられ,気密室内部の気圧が一定以上にならないように設定されれば,気密室の水位も一定水位以下にはならず,最低水位として保持されることになるところ,甲第7号証記載の発明においては,空気供給ヘッダーに空気弁(排気リリーフバルブ)が設けられ,空気供給ヘッダーはガス開口部34及び36に接続されており,ガス開口部34及び36は排気チャンバー31及び32の内部に配置されているから,結局,排気チャンバー31及び32内の水位は,その排気リリーフバルブで予め設定された圧力に対応する水位以下にはならず,その水位が最低水位になることが理解され,したがって,甲7に接した本件出願日前の当業者は,排気リリーフバルブの働きによって排気チャンバー内の水位が調整され,予め設定された最低水位が保持される構成が開示されていると理解できる旨主張する。

しかし,リリーフバルブが設けられて気密室内部の気圧がある一定の値以上にならないように設定されたとしても,そのリリーフバルブによって液位調整タンクの水位が最低水位に保持されるのは,その一定の値(つまり,リリーフバルブが作動する圧力)と最低水位に対応する気圧とが一致している場合だけであるのは前記2(3)イのとおりである。そして甲7には,甲第7号証記載の発明の「排気リリーフバルブ」が作動する圧力と「第二排気チャンバー」内の最低水位に対応する気圧とが一致するかどうかについては何ら記載も示唆もないから,甲第7号証記載の発明において,リリーフバルブが動作する圧力と最低水位に対応する圧力を一致させるとの技術思想が開示されているものとはいえないし,「排気リリーフバルブ」が作動することにより,「第二排気チャンバー」内の水位が最低水位に保持されるかどうかも明らかではないというほかない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

イ 次に,甲第7号証記載の発明に甲49の記載事項を適用することによって相違点4に係る構成が容易想到となるかどうかについて検討する。

(ア) 甲49(実開平5-34260号公報)には,以下の記載がある(下記記載中に引用する図面のうち,図1については別紙3を参照)。

a 【0001】

【産業上の利用分野】

本考案は,波動実験設備または遊戯施設用として使用される造波装置に係り,特にその安全装置に関する。

b 【0002】

【従来の技術】

図2は,従来の造波装置の系統図である。この図で1は液体(通常は水)を満たすプールであり,このプール1の液面下でチャンバ2に連通している。チャンバ2の上部には排気弁3が設けられており,排気弁3には吸入管4を介して真空ポンプ5が連通している。また,チャンバ2には給気弁6と圧力検出器7とが設けられており,これらは制御装置8に制御経路6a,7aを介して連結されている。また,吸入管4には無負荷弁9が設けられており,これも制御経路9aを介して制御装置8に連結されている。なお,排気弁3も制御経路3aを介して制御装置8に連結されている。また,給気弁6および無負荷弁9にはそれぞれベルマウス10が設けられている。さらに,真空ポンプ5の吐出管11には消音器12が設けられている。

【0003】

このような従来の造波装置は,制御装置8の制御のもとで,排気弁3を開きかつ給気弁6を閉じた状態で,真空ポンプ5によってチャンバ2内の空気を排気弁3を通して外部へ排出し,これによって,プール1内の水をチャンバ2内へ吸い上げる。ここで,チャンバ2内の液面が圧力検出器7の設定値に応じた計画水位Aに達すると,圧力検出器7の信号によって制御装置8が排気弁3を閉じて,吸い上げを停止させる。次に,制御装置8は給気弁6を開き,チャンバ2内へ空気を一気に送り込んで,チャンバ2内の水をプール1へ落下させる。このように,チャンバ2内の空気を排気弁3を通して排出したり,給気弁6を開いて送り込んだりすることによって,プール1の水がチャンバ2内へ吸い上げられあるいは落下させられることとなり,これによりチャンバ2に隣接したプール1の水面が上下して,波が造られる。

【0004】

なお,無負荷弁9は排気弁3と開閉が互いに逆になるように制御装置8によって制御されるもので,排気弁3が閉じている間,真空ポンプ5へ外部から空気が吸入できるようにして,真空ポンプ5の負荷が軽減されるように設けたものである。また,給気弁6や無負荷弁9に設けたベルマウス10は,それぞれの弁が開いて外気を流入させたときに,空気の流れを整えて圧力損失を減少させるためのものである。さらに,真空ポンプ5に設けられた消音器12は,吐出管11を通して真空ポンプ5から空気が排出するときに伴う騒音を減衰させるためのものである。

c 【0005】

【考案が解決しようとする課題】

ところで,上述の従来の造波装置は,圧力検出器7によってのみチャンバ2内の水位を検出するものであり,圧力検出器7が故障した場合には,計画水位A以上にチャンバ2内の水面が吸い上げられる虞れがあった。そのため,チャンバの数が多くなるような場合には,機器の構成が複雑となり信頼性が低下するという難点があった。また,遊戯施設などに使用される造波装置は,制御システムに動作不良が生ずると重大な事故につながりかねないので,このような事故を未然に防ぐためにも信頼性を高める必要がある。本考案は,このような問題を解決するためになされたものである。

d 【0006】

【課題を解決するための手段】

この考案は,液体を満たすプールと,このプールに液面下で連通するチャンバと,このチャンバ内の空気を排出する排気手段と,チャンバ内に空気を送り込む給気手段とを有し,チャンバ内の空気を排出したり送り込んだりすることによって,プール内の液体を波立たせる造波装置において,前記チャンバ内の圧力を検出する圧力検出手段と,前記チャンバ内の液面を検出する液面検出手段と,この液面検出手段または前記圧力検出手段からの信号によって前記排気手段による排気動作を停止させる排気制御手段と,前記チャンバから前記排気手段への吸入側配管に設けられこの配管内圧力が所定の圧力のとき吸気作動する安全弁とを備えたものである。

e 【0007】

【作用】

上記の手段によれば,例え圧力検出手段が故障した場合でも,液面検出手段によってチャンバ内の所定の液面を検出してチャンバ内の排気動作を停止させることができ,さらに,圧力検出手段と液面検出手段の故障が重なったり,排気制御手段が故障したような場合でも,排気手段に通じる吸入管に設けた安全弁によって,排気手段への吸入側配管内圧力が所定の圧力より低下しないようにできるので,排気が継続されてチャンバ内の液面がどんどん高くなるような事故を未然に防止するこができる。

f 【0008】

【実施例】

以下本考案に係る造波装置の一実施例を,図1を参照して詳細に説明する。なお,図1において,図2と同一部分には同一符号を附して示してあるので,その部分の説明は省略する。

【0009】

本考案に係る造波装置は,図1に示した従来の造波装置に対して,液面検出器21および安全弁22を追加し,液面検出器21からの信号を制御装置8で受けて排気弁3を制御できるようにするとともに,液面検出器21や従来からある圧力検出器7が故障したり,排気弁3の動作に支障を生じたりした場合に,安全弁22を作動させるようにしている。

【0010】

すなわち,チャンバ2の上部に,計画水位Aよりも高水位Bに位置するように液面検出器21を設け,これは制御経路21aを介して制御装置8に連結されている。また,排気弁3から真空ポンプ5に至る吸入管4に,安全弁22を追設したものである。

【0011】

次に,上記のように構成された本考案による造波装置の作用について詳細に説明する。

【0012】

通常の動作は従来と同様であるが,圧力検出器7が故障したような場合には,真空ポンプ5による吸入が継続するために,チャンバ2内の水位は計画水位A以上となる。そこで,水面が高水位Bに達すると,その位置に設置されている液面検出器21から信号が発信され,これが制御経路21aを介して制御装置8に入り,制御装置8はこのとき排気弁3を閉じる信号を排気弁3に与え,排気弁3を閉じて吸上げを停止させる。

【0013】

しかしこのとき,排気弁3に動作不良があって排気弁3が閉じなければ,これを介して吸上げが継続し,チャンバ2内の水位が更に上昇し続ける。ここで,チャンバ2内の水位が安全弁22の設定値に応じた高々水位Cに達すると今度は,真空ポンプ5に通じる吸入管4内の圧力が,安全弁22によって設定した圧力まで低下して安全弁22が開き,吸入管4内の圧力がそれ以上低下しなくなる。これにより,真空ポンプ5による吸上げが停止され,チャンバ2内の水位がそれ以上上昇することが防止される。

g 【0014】

【考案の効果】

以上詳述したように本考案によれば,例え圧力検出器7が故障した場合でも,液面検出器21によってチャンバ2内の所定の液面を検出してチャンバ2内の排気動作を停止させることができ,さらに,圧力検出器7と液面検出器21の故障が重なったり,排気弁3が故障したような場合でも,真空ポンプ5に通じる吸入管4に設けた安全弁22によって,吸入管4内の圧力が所定の圧力より低下しないようにできるので,排気が継続されてチャンバ2内の液面がどんどん高くなるような事故を未然に防止するこができる等,極めて信頼性を向上させた造波装置が提供でき,その実用上の効果は顕著である。

h 上記aないしgによれば,甲49には,以下の事項が開示されている。

(a) 甲49記載の考案は,波動実験設備又は遊戯施設用として使用される造波装置に関するもので,特にその安全装置に関する。

(b) プールの水面下で連通しているチャンバ内の圧力を可変にして水位を上下させることにより,プールに波を発生させる装置において,従来は,真空ポンプによってチャンバ内の空気を排気弁を通じて排出する際に,チャンバ内の水位検出を圧力検出器のみによって行い,それから発生される信号に基づいて,制御装置が排気弁及び給気弁を制御することにより,チャンバ内の水位を調整して,プールに波を発生させていたところ(段落【0001】ないし【0003】),圧力検出器が故障した場合に,水位が計画された水位以上に上昇してしまうおそれがあるという課題があった(段落【0005】)。

(c) そこで,圧力検出手段に加え,チャンバ内の液面を検出する液面検出手段と,この液面検出手段又は圧力検出手段からの信号によって排気手段による排気動作を停止させる排気制御手段と,チャンバから排気手段への吸入側配管に設けられこの配管内圧力が所定の圧力のとき吸気作動する安全弁を設け(段落【0006】),圧力検出手段が故障した場合でも,液面検出手段によってチャンバ内の所定の液面を検出してチャンバ内の排気動作を停止させることができ,さらに,圧力検出手段と液面検出手段の故障が重なったり,排気制御手段が故障したような場合でも,排気手段に通じる吸入管に設けた安全弁によって,排気手段への吸入側配管内圧力が所定の圧力より低下しないようにできるので,排気が継続されてチャンバ内の液面がどんどん高くなるような事故を未然に防止することができる(段落【0007】)。

(d) 具体的には,チャンバ2の上部に,計画水位Aよりも高水位Bに位置するように液面検出器21を設け,圧力検出器7が故障した場合でも,水面が高水位Bに達すると,その位置に設置されている液面検出器21から信号が発信され,これが制御経路21aを介して制御装置8に入り,制御装置8からの信号によって排気弁3を閉じて吸上げを停止させ,さらに排気弁3に動作不良があって,排気弁3が閉じず,さらに高い水位となったような場合でも,真空ポンプ5に通じる吸入管4内の圧力が,安全弁22によって設定した圧力まで低下すると安全弁22が開き,吸入管4内の圧力がそれ以上低下しなくなり,チャンバ2内の水位がそれ以上に上昇するのを防止できる(段落【0008】ないし【0013】)。

i 以上によれば,甲49において,安全弁は,甲49記載の装置により造波をするに当たって,液位の調整をする際に通常用いられるものではなく,飽くまで,通常は圧力検出計を液位の調整のために用いることを前提に,圧力検出手段と液面検出手段の故障が重なったり,排気制御手段が故障した場合に,計画された水位を超えて水位が大きく上昇し,危険が発生するという非常事態が発生することを防ぐ目的で備えられたものであるから,上記の甲49の目的と異なり,通常の加工時に液位を調整する目的で用いられる相違点4に係る本件訂正発明1の「予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」は,甲49記載の安全弁とその構成を異にし,技術的意義も異なるものというほかない。

(イ)a これに対し,原告は,①設定された圧力に応じた水位に保持するために安全弁が使用されることは公知であるところ,安全弁は,非常時にのみ機能させるものではなく,非常時というほどの状態ではなくても好ましくない状態を回避するために使用できることは当然であり(甲47),本件訂正発明1においても,水位が低下しすぎるという好ましくない状態を回避するために液位調整機構が採用されるのであるから,当業者であれば液位調整機構に甲49の安全弁を採用することを当然に考える,②甲第7号証記載の発明のような,圧力によって制御を行う装置において,予め設定した圧力を過ぎてしまう場合のために何らかの手段を設けておくことは当業者にとって周知の課題であるところ,甲49には,予め設定した圧力を過ぎてしまう場合のために安全弁を設けることが開示されているから,当業者には,甲第7号証記載の発明について,予め設定した圧力を過ぎてしまう場合のために何らかの手段を設けておくという周知の課題の解決のために,この課題を解決するための手段である甲49記載の技術を参酌する動機付けが存在し,そのような動機付けに基づいて,甲第7号証記載の発明に,甲49記載の予め設定した圧力を過ぎてしまう場合に開く安全弁を適用すれば,「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機能」は自動的に達成される,③安全弁と本件訂正発明1の液位調整機構とは,予め設定した圧力よりも上がった時に作動するものであるか下がった時に作動するものであるかという差異はあるものの,その差異は,予め設定された圧力を過ぎてしまうことで予め設定された位置から外れたときに予め設定された位置に戻すように調整するという技術的効果に関係するものではなく,実施形態に基づいて変更可能な設計事項である,などとして,甲第7号証記載の発明に甲49の記載事項を適用することにより本件訂正発明1を容易に想到し得た旨主張する。

しかし,そもそも甲49記載の発明は造波装置に係るものであり,本件訂正発明1の技術分野と大きく異なる上に,甲49には,非常時というほどの状態ではなくても好ましくない状態を回避するために安全弁を使用することについて示唆する記載もない。また,甲第7号証記載の発明と同種の圧力によって制御を行う装置において,予め設定した圧力を過ぎてしまう場合のために何らかの手段を設けておくことが当業者にとって周知の課題であることを裏付ける証拠の提出もない。そうすると,甲第7号証記載の発明に甲49の記載事項を適用する動機付けがあるとはいえない。

さらに,甲49記載の技術は,本件訂正発明1の「予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」とはその構成を異にし,技術的意義も異なるものというほかないことは前記(ア)のとおりであるから,甲第7号証記載の発明に甲49記載の安全弁を仮に適用し得たとしても,相違点4に係る本件訂正発明1の構成となるものではない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

b 原告は,本件訂正発明1の「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」は十分に「非常時」であり,本件訂正発明1の液位調整機構も「非常時」に機能するものであるから,非常時に開く甲49記載の安全弁は,「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」に開く安全弁であり,本件訂正発明1の液位調整機構といえるし,そもそも,甲49の安全弁は,リリーフバルブと同義であって,非常時であるか否かとは関係なく圧力が所定の値に達した際に弁が開放されるものを意味しているから,甲49の安全弁は所定の圧力,所定の水位において圧力を開放して水位を一定に保持する機能を有するものであって,この機能が非常時であるか否かに関係なく発揮されることは明らかである,などと主張する。

しかし,前記(ア)において認定したとおり,本件訂正発明1の「気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」は,通常の加工時において生じるものであって,甲49の安全弁が作動する状況とは異なる。また,甲49の安全弁が所定の圧力,所定の水位において圧力を開放して水位を一定に保持する機能を有するものであるとしても,これは,本件訂正発明1の「予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」とはその構成を異にし,技術的意義も異なるものというほかないことは前記(ア)のとおりである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(ウ) 以上によれば,甲第7号証記載の発明に甲49の記載事項を適用することにより,本件訂正発明1を容易に想到し得たものということはできない。

ウ 原告は甲第7号証記載の発明においては,排気チャンバー31に空気を入れると「水位がちょうど水路33の上部になるように」水がチャンバーから排出され,さらに空気を入れ続ければ空気が水路33から外部に逃げる結果,水位が水路33の上部に保たれることになるから,水路33,35等は連通路であるとともに本件訂正発明1に係る液位調整機構の機能をまさに果たすことになる旨主張する。

しかし,前記(2)ア(キ),(ク)のとおり,甲7には,甲第7号証記載の発明において,第一排気チャンバー31内の水位がちょうど水路33の上部になると第一空気バルブ39が閉じられて第一排気チャンバー31内の気圧が維持され,また第二排気チャンバー32内の水位がちょうど水路35の上部になると第二空気バルブ40が閉じられて第二排気チャンバー32内の気圧が保持されることが開示されているにとどまり,排気チャンバー31内の水位がちょうど水路33の上部になり,第一空気バルブ39が閉じられたにもかかわらず,その後に,原告の主張するように,さらに空気を入れ続けることや,そのことにより空気が水路33から外部に逃げることについては何ら開示も示唆もない。

したがって,原告の上記主張は甲7の記載に基づかないものであり,採用することができない。

エ 小括

以上によれば,本件訂正発明1は,当業者が甲第7号証記載の発明等に基づいて容易に想到することができたものとは認められないから,本件訂正発明1が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。

4  取消事由4(記載要件の判断の誤り)について

(1)  特許法36条4項1号及び同条6項1号違反の主張について

ア(ア) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件(特許法36条6項1号)に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

そして,前記3(1)ウのとおり,本件訂正明細書等には,従来の構成の水中切断用アブレシブ切断装置の課題として,①ワークの取り付け時と取り外し時にはキャッチャ槽内の水を排水しているため,ワーク1個の切断ごとにキャッチャ槽内に新規な水を給排せねばならず効率が悪いこと,②一般に複数個のワークを切断する際に,ワーク1個ごとにキャッチャ槽内のすべての水を給排するのは面倒であり,作業効率及び時間効率も悪いこと,③切断エリアが大きなものとなると,ワークを浸漬させるキャッチャ槽自体も大きくなるため,キャッチャ槽内を満たす水量も多くなり,水の給排のためにかかる時間が長くなり,水の給排を迅速に行うために大容量のポンプを用いることも考えられるが,この場合,ポンプが大型化してしまい,装置全体としても大型化に繋がるため好ましくないこと,④キャッチャ槽内の水は研磨材を多量に含んでいるため,この研磨材がポンプを通過するとポンプの内部が摩耗し,最悪の場合破損してしまい,寿命が短くなることが記載され(前記3(1)ウ(ウ)),本件訂正発明1の構成を採用することにより,⑤受け台が水面から現れる液位とワークが液中に没する液位とにキャッチャ槽内と水位調整タンクとの間で空気圧によって水を移動させる構成であるため,キャッチャ槽内の全ての水を給排する従来の方式よりも水の給排を迅速に行うことができ,したがって,水中切断の作業効率及び時間効率の向上を図ることができること,⑥水の移動も空気圧を利用した間接的な手段を用いているため,研磨材によるポンプの破損などの被害がなく,ポンプの寿命を短くすることもないこと,⑦切断エリアが大きなワークの場合でも,機械自体が大型化しないだけでなく,移動させる水の量が全体的に少ないため比較的短い時間で水中切断加工を行うことができるという効果を奏することが記載されている(前記3(1)ウ(オ))。さらに,本件訂正明細書等には,本件訂正発明1の実施形態として,両端が開口する管状部材を,一端が気密室の予め設定した最低液位の位置に開口し,他端が気密室の外部に開放されるように配し,この場合,給排気装置である可逆ポンプが加圧動作を継続して液位調整タンク内の液面が予め設定した最低水位より押し下げられると,管状部材の一端が気密室の気体中に開口するので,気密室内の加圧気体が過剰圧力分だけ管状部材を通って液位調整タンクの外部に逃げ,気密室内の液面が予め設定した最低水位まで上昇する結果,液位調整タンク内の水位が最低水位に保たれるという構成が開示されている(前記3(1)ウ(カ))。

以上によれば,本件訂正発明1は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であり,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,本件訂正発明1の構成を採用することにより,上記の課題を解決できることが記載されているものと認められるから,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は,本件明細書の記載により,当業者が本件訂正発明1の上記課題を解決できると認識できる範囲内のものということができ,サポート要件(特許法36条1項1号)を充足する。

(イ) また,上記(ア)において認定したところに照らせば,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明は,本件訂正発明1について,当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載したものと認められるから,本件訂正明細書等の記載は実施可能要件(同条4項1号)を充足する。

イ(ア) これに対し,原告は,訂正事項aは,本件特許明細書等の発明の詳細な説明に記載された事項ではないから,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載は特許法36条4項1号に違反し,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は同条6項1号に違反する旨主張する。

しかし,訂正事項aが本件特許明細書等の発明の詳細な説明に記載された事項であると認められることは前記1のとおりであるから,原告の上記主張はその前提を欠き採用することができない。

(イ) 原告は,①本件訂正明細書等の段落【0016】の記載によれば,本件訂正発明1における液位調整機構は,「余分な電気配線やコントローラが必要」という課題を「極めて簡単な機構」で解決することを目的とするものであるが,本件訂正発明1の液位調整機構は,その構成に何ら限定がないのであるから,液位計で液位を監視して予め設定した最低水位になった時を検出し,その液位計の情報をコントローラに送って弁を開く制御を行って気密室内の空気を外部に逃がす機構も,その液位調整機構に該当することとなるところ,この場合,明細書において目的を達成できないと明記された機構が本件訂正発明1の液位調整機構に該当する点において,本件訂正発明1は本件訂正明細書等の記載と矛盾するから,少なくともこの液位計を用いる液位調整機構に関して,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載には,本件訂正発明1を当業者が実施できるように記載されていないし,また,本件訂正発明1は,本件特許明細書等に記載された発明であるとはいえない,②そして,本件訂正発明1の液位調整機構においては,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」を検出する機能と「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」機能とが必要であるところ,本件訂正明細書等には,具体的には,管状部材の一端を予め設定した最低水位に配置することのみが記載されているのであるから,当業者が最大限にその具体的記載を敷衍して解釈したとしても,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」を検出する機能及び「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がす」機能を有する何らかの部品を予め設定した最低水位の場所に配置すること以外の技術思想が本件訂正明細書等に記載されているとは理解できないから,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載は特許法36条4項1号に違反し,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載は同条6項1号に違反する旨主張する。

しかし,①については,前記1(3)のとおり,原告が問題にする液位調整機構は,液位計等で液位調整タンクの液位を監視し,予め設定した液位に達したときに給排気装置を停止させ,給排気装置による気密室内への気体の導入を停止することで,液位調整タンクの液位を予め設定した液位に保つものであるから,本件訂正発明1の液位調整機構のように,給排気装置による機密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がすものではなく,したがって,本件訂正発明1は,原告が問題にする構成を含むものではないから,原告の上記主張はその前提を欠くものである。

また,②については,本件訂正後の本件特許の請求項1においては,液位調整機構につき,「この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」と特定されているのみで,原告の主張するように本件訂正発明1が「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」を検出する機能を備えることは特定されておらず,原告の主張はその前提を欠く。

そして,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載がサポート要件(特許法36条1項1号)を充足し,本件訂正明細書等の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件(同条4項1号)を充足することは前記アのとおりである。

(ウ) 以上によれば,原告の特許法36条4項1号及び同条6項1号違反の主張は理由がない。

(2)  特許法36条6項2号違反の主張について

ア 本件訂正後の本件特許の請求項1(本件訂正発明1)において,液位調整機構に関しては,「前記気密室には,この気密室への前記給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,前記給排気装置による前記気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」と記載されているところ,その記載の意味するところは明確である。また,前記(1)アのとおり,本件訂正明細書等には,本件訂正発明1の実施形態として,両端が開口する管状部材を,一端が気密室の予め設定した最低液位の位置に開口し,他端が気密室の外部に開放されるように配し,この場合,給排気装置である可逆ポンプが加圧動作を継続して液位調整タンク内の液面が予め設定した最低水位より押し下げられると,管状部材の一端が気密室の気体中に開口するので,気密室内の加圧気体が過剰圧力分だけ管状部材を通って液位調整タンクの外部に逃げ,気密室内の液面が予め設定した最低水位まで上昇する結果,液位調整タンク内の水位が最低水位に保たれるという構成が記載されていること,前記1(3)及び前記(1)イ(イ)のとおり,本件訂正発明1は,原告が問題にするような,液位計等で液位調整タンクの液位を監視し,予め設定した液位に達したときに給排気装置を停止させ,給排気装置による気密室内への気体の導入を停止することで,液位調整タンクの液位を予め設定した液位に保つ構成を含まないものであると理解できることも併せ考えると,本件訂正後の本件特許の請求項1の液位調整機構の記載は,気密室への給排気装置による気体の導入により液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,給排気装置による気密室内への気体の導入が継続中であっても,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃がして液位調整タンクの水位を予め設定した最低水位に保持する機械的構造体を特定するものとして明確であるというべきである。

イ これに対し,原告は,本件一次審決の際の審判合議体が,平成24年2月7日付けの無効理由通知書(甲56)において「気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した液位より下がった時に気密室内の気体を外部に開放する液位調整手段」の構成が明瞭に記載されていないため,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないとの無効理由を示しているところ,本件訂正発明1における「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃して液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」の構成と,上記無効理由通知書において明瞭でないとされた構成との間に実質的な相違はないから,本件訂正発明1の上記構成,具体的には,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」をどのような装置により検出するのか,また,気密室内の過剰圧力分の気体をどのような装置により外部に逃がすのか明瞭ではなく,本件訂正発明1は,特許法36条6項2号に違反する旨主張する。

しかし,上記無効理由通知書では,甲7の「water passage 33, 35」,甲8の「opening 49」,甲13及び15における「連通管9」並びに甲14における「連通路11」との差異が明確ではないとして,本件一次訂正前の本件特許の請求項2の「気密室への気体の導入により液位調整タンク内の液位が予め設定した液位より下がった時に気密室内の気体を外部に開放する液位調整手段」の構成が明瞭に記載されていない,としたものであって,上記の無効理由通知書の記載を根拠として直ちに,本件訂正発明1における「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時に,気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃して液位調整タンクの水位を前記予め設定した最低水位に保持する液位調整機構」の構成が明確でないということはできない。

また,「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」をどのような装置により検出するのか明瞭ではないとの点も,前記⑴のとおり,本件訂正発明1は「液位調整タンク内の水位が予め設定した最低水位より下がった時」を検出する機能を備えることを発明特定事項として含むものではないから,原告の主張はその前提を欠くし,「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃して」との具体的構造が特許請求の範囲の請求項に記載されていなければ直ちに特許請求の範囲の請求項の記載が明確でないものとなるとはいえない。かえって,本件訂正後の本件特許の請求項1の記載が「気密室内の過剰圧力分の気体を外部に逃して」との構造の記載として明確であると認められることは前記(1)のとおりである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(3)  以上によれば,原告主張の取消事由4は理由がない。

5  結論

以上によれば,原告主張の取消事由1ないし4はいずれも理由がなく,他に本件審決に取り消されるべき違法はない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋)

裁判官 神谷厚毅は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 鶴岡稔彦

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