知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10171号 判決 2016年1月28日
原告
大王製紙株式会社
訴訟代理人弁理士
水野勝文
同
和田光子
同
保崎明弘
被告
特許庁長官
指定代理人
堀内仁子
同
田中敬規
同
金子尚人
主文
1 特許庁が不服2014-22457号事件について平成27年7月16日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文第1項と同旨
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成25年10月30日,別紙1記載の構成からなる商標(以下「本願商標」という。)について,第16類「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」を指定商品として,商標登録出願(商願2013-85169号。以下「本願」という。)をした。
(2) 原告は,本願について,平成26年7月29日付けの拒絶査定(甲26)を受けたので,同年11月5日,拒絶査定不服審判を請求した。
特許庁は,上記請求につき不服2014-22457号事件として審理を行い,平成27年7月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同月28日,その謄本は,原告に送達された。
(3) 原告は,平成27年8月27日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。
(1) ①本願商標は,別紙1のとおり,上段に斜体で表した「エリエール」の片仮名(以下「上段文字」という。),下段にローマン体風の書体をもって上段文字の2倍程度の大きさで表した「i:na」の欧文字及びゴシック体で小さく表した「イーナ」の片仮名(以下,欧文字部分及び片仮名部分を合わせて「下段文字」という。)を配してなるものであるところ,上段部分と下段部分とを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとはいえないものであり,その構成中の下段文字部分が,それ自体で独立して商品の出所識別標識として機能し得るものである,②本願商標の下段文字部分と別紙2(1)及び(2)記載の各商標(以下,それぞれを「引用商標1」及び「引用商標2」といい,両者を併せて「引用商標」という。甲31,51)とは,いずれも特定の観念を生じないものであるから,観念において比較し得ないとしても,「イーナ」の称呼を同一にし,また,構成文字における3文字中の2文字である「na」を共通にするもので,外観においても紛らわしいものであるから,本願商標と引用商標は類似する商標である。
(2) 本願商標の指定商品である「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」は,引用商標1の指定役務に含まれる「紙類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(以下「紙類の小売等役務」という場合がある。)及び引用商標2の指定役務に含まれる「壁紙の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(以下「壁紙の小売等役務」という場合がある。)に係る「紙類」又は「壁紙」と同一又は類似するものであるところ,商品の販売と役務の提供とが同一の者によって行われることは商取引上しばしば見受けられることなどからすると,本願商標の上記指定商品と引用商標の上記各指定役務は,これらに同一又は類似する商標が使用された場合,その出所について混同を生ずるおそれがあり,互いに類似するものというべきである。
(3) したがって,本願商標は,商標法4条1項11号に該当し,商標登録を受けることができない。
3 取消事由
本願商標の商標法4条1項11号該当性の判断の誤り
第3当事者の主張
1 原告の主張
(1) 本願商標と引用商標の類否判断の誤り
ア 本願商標の構成部分の一部を抽出して類否判断をした誤り
(ア) 本願商標は,別紙1のとおり,上段に斜体で表した「エリエール」の片仮名,下段にやや図案化された太い書体で表した「i:na」の欧文字及びゴシック体で小さく表した「イーナ」の片仮名を配してなるものである。
本願商標は,上段の「エリエール」の文字部分(上段文字)と下段の「i:na」及び「イーナ」の文字部分(上段文字)が特段分離して表示されているとはいえず,また,上段の「エリエール」の文字は下段の「i:na」に比べてやや小さめの文字で表示することにより,上段の文字部分と下段の文字部分がほぼ同じ幅に表示された,バランスのとれた外観構成となっている。
このような外観構成からすれば,本願商標に接する取引者,需要者は本願商標を全体で一体のロゴと認識するのが最も自然である。
したがって,本願商標は,全体で一体のロゴを構成する商標といえるから,全体で一体の商標として類否判断がされるべきであり,たとえ上段文字部分の「エリエール」又は下段文字部分の「i:na」及び「イーナ」が独立して商品の出所識別標識として機能し得るものであるとしても,そのことを理由に,下段文字部分のみを引用商標と対比して商標の類否を判断すべきではない。
ところが,本件審決は,本願商標の構成中,下段文字部分である「i:na」の欧文字及び「イーナ」の片仮名を分離して抽出し,当該文字部分のみを引用商標と対比して商標の類否を判断したものであるから,その判断手法には誤りがある。
(イ) この点に関し,被告は,原告がそのホームページ(乙6)において本願商標の下段部分を単独で表示して広告していることなどを理由に,本願商標は,常に「全体で一体のロゴ」として認識され,取引されるとはいい難い旨主張する。
しかしながら,上記ホームページには,「i:na」の表示のすぐ上に「エリエールi:na(イーナ)トイレットティシュー」という表示があり,ページの左上にも,「elleair」及び「エリエール」の文字とロゴがあること,商品パッケージの画像中にも「エリエール/i:na」と表示されていることからすると,あくまで「エリエール」の文字が容易に認識される状態で「i:na」の表示をしているものといえるから,被告の上記主張は失当である。
イ 本願商標が引用商標に類似するとした判断の誤り
(ア) 外観について
本願商標の外観構成は,前記ア(ア)のとおりである。
他方,引用商標は,別紙2のとおり,手書き風の書体で「e-ná」の欧文字(「á」は「a」にアクサン記号が付されたもの)を表し,また,「-」(ハイフン)の上部にはこれに近接して「いーな」の角括弧付きの平仮名を小さく表した構成からなるものである。
したがって,両商標の外観は,判然と区別し得る顕著な差異を有する。
この点,本件審決は,本件商標の下段文字部分と引用商標が,構成文字における3文字中の2文字である「na」を共通にすることを理由に,外観において紛らわしい旨判断するが,商標の外観を対比する場合には構成文字のみを対比するのではなく,書体や構成文字の配置構成等を含めた外観そのものを対比すべきであるから,本件審決の上記判断は明らかに誤りであり,両商標が外観において紛らわしいといえない。
(イ) 称呼について
本願商標の構成中,「イーナ」の片仮名は「i:na」の欧文字部分の読みを特定したものと認識されるから,本願商標からは,構成文字全体に照応した「エリエールイーナ」の称呼が最も自然に生じるものといえる。他方,引用商標の構成中の「いーな」の文字部分は「e-ná」の欧文字部分の読みを特定したものと認識されるのが自然であるから,引用商標からは「イーナ」の称呼が自然に生じるものといえる。
したがって,両商標の称呼は,「エリエール」の音の有無により明確に区別されるものである。
ただし,本願商標から下段文字部分の「i:na」及び「イーナ」に照応した「イーナ」の称呼も生じる場合は,引用商標から生じる「イーナ」と称呼を共通にするものとなる。
(ウ) 観念について
本願商標の構成中,「i:na」及び「イーナ」の文字は,いずれも造語と認められるため,特定の観念は生じないといえるが,「イーナ」は日本語の「いいな」に通じ,「物事が質的に他よりすぐれまさっている」ことを表す話し言葉が想起されるものといえる。そして,本願商標の上段文字部分の「エリエール」は,原告の業務に係る商品を表す代表的な出所識別標識であることからすると,本願商標全体からは,「エリエール(は)いいな」といった含意が読み取れるものである。
他方,引用商標の構成中,「e-ná」の文字は造語と認められ,また,「いーな」の文字部分は「e-ná」の読みを特定したものと認識されることから,引用商標からは特定の観念は生じないといえるが,上記と同様に,「いーな」は日本語「いいな」に通じ,「物事が質的に他よりすぐれまさっている」ことを表す話し言葉が想起されるものといえる。
したがって,両商標は,「エリエール」の文字部分の有無に由来する観念上の相違を有する。
(エ) 小括
以上によれば,本願商標と引用商標は,たとえ「イーナ」の称呼を共通にする場合があるとしても,外観において顕著な差異を有するものであり,称呼の共通性が外観及び観念における差異を凌駕するものとはいい難く,外観,称呼及び観念を総合的に判断すると,取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等が異なっており,両商標は,非類似の商標である。
したがって,本願商標が引用商標に類似するとした本件審決の判断は誤りである。
(2) 本願商標の指定商品と引用商標の指定役務の類否判断の誤り
本願商標の指定商品である「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」と,引用商標1の指定役務中の紙類の小売等役務及び引用商標2の指定役務中の壁紙の小売等役務とは,以下のような取引の実情等に鑑み,互いに類似するものではないから,これらを類似するとした本件審決の判断は誤りである。
ア 本願商標の指定商品「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」は,紙加工品製造業に属する商品である。
一方,引用商標の指定役務中の紙類の小売等役務及び壁紙の小売等役務は,卸売業・小売業に属する役務である。
したがって,両者はその業種を全く異にする商品・役務である。
イ 本願商標の指定商品「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」は,原告のような製紙メーカーが主な製造者となる。
一方,引用商標の指定役務中の紙類の小売等役務及び壁紙の小売等役務の提供者は,百貨店,スーパーマーケット,ホームセンター,文房具店等の事業主である。なお,「ティッシュペーパー」の専門店や「トイレットペーパー」の専門店といった販売形態は存在しない。
したがって,本願商標の上記指定商品の製造と引用商標の上記各指定役務の提供が同一の事業者によって行われることはない。
ウ 本願商標の指定商品「ティッシュペーパー,トイレットペーパー」の用途は鼻をかむ,トイレで使用するなどであり,「その他の紙類」の用途は紙を素材とした製品に使用する,印刷する,包装に用いるなど,多岐に及ぶ。
一方,引用商標の指定役務中の紙類の小売等役務及び壁紙の小売等役務の内容は,紙類や壁紙の小売又は卸売の業務において行われる総合的なサービス活動(商品の品揃え,陳列,接客サービス等)であり,最終的に商品の販売により収益をあげることを目的とする役務である。
したがって,両者は,比較すべくもなくその用途・内容を異にする。
エ 本願商標の指定商品「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」を需要者が購入する目的は,それぞれの商品の用途に即して使用することにある。
一方,引用商標の指定役務中の紙類の小売等役務及び壁紙の小売等役務の提供を受ける需要者の目的は,小売等に付随したサービスを受けること,つまり,品揃えの豊富さにより商品選択の幅が広がること,商品説明を受けることにより好みに合った商品が選択できること,商品の陳列状態に基づき商品が選択しやすくなることなどにある。
したがって,両者は,需要者の目的において全く異なるものである。
オ これに対し,本件審決は,「商品の販売と役務の提供とが同一の者によって行われることは,商取引上,しばしば見受けられる」こと及び「該商品の販売場所や需要者の範囲が,該役務の提供場所や需要者の範囲と一致することも,少なからずあるとみるのが相当である」ことを,本願商標の指定商品と引用商標の指定役務が類似することの根拠としている。
しかしながら,引用商標の指定役務中の紙類の小売等役務及び壁紙の小売等役務は,いずれも小売等役務である以上,商品の販売と,役務の提供,すなわち商品の販売業務において行われる顧客に対する便益の提供が同一の者によって行われることは自明であり,また,商品の販売場所と役務の提供場所や需要者の範囲が一致するのは当然である。むしろ,このような共通性が存在するのは当然のことであるから,本願商標の指定商品と引用商標の指定役務の類否判断においてこれらの共通性を重視することは,不適切である。
カ 以上のとおり,本願商標の指定商品と引用商標の指定役務とは,商品又は役務の属する業種,商品の製造者又は役務の提供者,商品又は役務の用途・内容,需要者の目的において著しく相違するものであり,これに接する取引者,需要者が同一の事業者の業務に係る商品又は役務であると誤認混同するおそれは皆無であるから,類似するものとはいえない。
(3) まとめ
以上によれば,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の判断は誤りであるから,本件審決は取り消されるべきものである。
2 被告の主張
(1) 本願商標と引用商標の類否判断の誤りに対し
ア 本願商標の構成部分の一部を抽出して類否判断をした誤りについて
(ア) 外観について
本願商標においては,上段部分がややデザインされた細線による「エリエール」の片仮名が斜体で表されているのに対し,下段部分は,縦線の太さに特徴を有する書体により横書きした「i:na」の欧文字が,上段部分に比べて2倍程度の大きさで表されており,「i:na」の読みを特定したものと無理なく認識し得る「イーナ」の片仮名がこれに近接して小さく横書きで表されているものであって,下段部分全体としてまとまりのよいものとして看取される。
したがって,本願商標は,上段部分と下段部分における書体及び文字の大きさ等の構成態様が明らかに相違していることにより,上段部分と下段部分から構成されているものとして,視覚上,容易に分離して把握される構成である。そして,下段部分は,本願商標中に上記のとおりの特徴をもって顕著に表されていることにより,構成上,本願商標を看る者に印象的な部分として認識される。
(イ) 観念について
本願商標の上段部分を構成する「エリエール」の文字(上段文字)は,我が国において親しまれた特定の意味合いを理解させる既成の語ではないが,本願商標の指定商品中,ティッシュペーパー,トイレットペーパー等との関係においては,原告の周知商標としての観念を生じる。
また,本願商標の下段部分を構成する「i:na」及び「イーナ」の文字(下段文字)は,いずれも特定の意味合いを認識させる既成の語ではなく,本願商標の指定商品の分野において,原告が主張する「物事が質的に他よりすぐれまさっている」ことを表すなど,特定の意味合いを理解させるものとして使用されているという事情もないから,本願商標の下段部分も,親しまれた観念を生じない造語として認識されるとみるのが自然である。
そして,本願商標の上段部分と下段部分とは,互いに観念的なつながりを認めることができないものであり,本願商標の指定商品の分野において,本願商標が全体として一体の意味を表すものとして一般に認識されているという実情もないから,本願商標は,構成全体として一つの観念を生じるということはできない。
(ウ) 取引の実情について
原告は,「エリエール」の表示の下に,ティッシュペーパー,トイレットペーパー等を各種販売しているものであり,それらの製品に,例えば,「Ufu」,「Fu・wa・ri」,「Cute」のように,「エリエール」以外の標章を表示して販売している(乙3)。
ところで,商品の製造,販売を行う企業各社は,ハウスマークやシリーズ商品に統一した商標(以下,これらを併せて「ハウスマーク等」という。)を使用しているところ,それらのハウスマーク等製品に改善あるいは機能の特化を加えて,系列の製品を新たに販売する場合,ハウスマーク等以外の個別の商標をサブブランドとして併用して取引することが広く行われている。そして,ハウスマーク等とサブブランドは,両者の周知性にかかわらず,それぞれ単独でも商品の出所識別標識としての機能を果たしているといえる。
しかるところ,原告が「エリエール」を表示したハウスマーク等製品を各種販売している実情からすれば,本願商標は,下段部分が「エリエール」に係るハウスマーク等製品におけるサブブランドとして認識されるものであり,本願商標に接する取引者,需要者は,視覚上も容易に分離して把握され,目立つ態様の下段部分に着目し,記憶にとどめることも決して少なくないといえる。
この点に関し,原告は,本願商標は,全体で一体のロゴとして認識される旨主張する。
しかしながら,原告が,そのホームページ(乙6)において,本願商標を付した商品について,本願商標の下段部分を単独で表示して広告していること及び小売店における本願商標を使用した商品についての広告において「イーナ」の文字のみが表示されている状況もあること(甲5・8~9枚目)に照らすと,本願商標の上段部分が原告のハウスマーク等として周知であるとしても,本願商標は,常に「全体で一体のロゴ」として認識され,取引されるとはいい難く,原告の上記主張は理由がない。
(エ) 小括
以上のとおり,本願商標は,その外観及び観念に照らし,上段部分と下段部分とが区別して認識されるものであり,また,下段部分は,本願商標を看る者に印象的な部分として認識される構成態様であることに加え,上記(ウ)のような取引の実情に鑑みれば,本願商標においては,上段部分の「エリエール」が原告のハウスマーク等として周知であるとしても,下段部分も,十分に識別力を発揮し,単独で商品の出所識別標識としての機能を果たすものといえるから,上段部分と下段部分とを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているということはできない。
そうすると,本願商標の構成中の下段部分を要部として取り出し,これと引用商標とを対比して類否を判断することが許されるものといえる。
したがって,この点において,本件審決の判断に誤りはない。
イ 本願商標と引用商標が類似するとした判断の誤りについて
本願商標の要部である下段部分と引用商標とは,書体及び文字種において異なる部分があるものの,共にその構成中に欧文字3字を有し,その構成後半において「na」の文字を使用していること及び欧文字部分に近接して読みを特定する文字を小さく表示していることを共通にしていることから,外観に係る構成上の特徴において似通った印象を与えるものである。
また,本願商標の要部である下段部分と引用商標から生じる称呼「イーナ」は,同一である。
さらに,本願商標の要部である下段部分と引用商標とは,いずれも造語として認識され,特定の観念を生じないものであるから,観念において両者を区別することはできない。
したがって,本願商標の要部である下段部分と引用商標とは,「イーナ」の称呼が同一であり,かつ,外観における類似性も有するものであって,観念においては区別することができないものであり,これらが取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察した場合,本願商標と引用商標とは,時と所を異にして接する取引者,需要者にとって,互いに紛らわしい商標となり,その出所について混同を生ずるおそれがあるといえるから,両商標は,類似する商標というべきである。
したがって,両商標を類似するとした本件審決の判断に誤りはない。
(2) 本願商標の指定商品と引用商標の指定役務の類否判断の誤りに対し
ア 本願商標の指定商品である「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」と,引用商標1の指定役務中の紙類の小売等役務及び引用商標2の指定役務中の壁紙の小売等役務とを対比すると,「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」,「紙類の小売等役務」における取扱商品「紙類」及び「壁紙の小売等役務」における取扱商品「壁紙」は,いずれもパルプ,紙又は紙加工品の製造業者により製造されるものであり,その用途及び需要者を共通にする商品であるから,本願商標の指定商品と引用商標の上記指定役務における取扱商品とは,同一又は類似する商品である。
イ ところで,商品と役務が類似するかどうかは,当該商品と当該役務に同一又は類似の商標を使用した場合に,当該役務が当該商品を製造又は販売する事業者の提供に係る役務であると誤認されるおそれがあるかどうかという観点から判断されるべきである。そして,商品の販売という役務に用いられるべき標章と同一又はこれに類似する標章を,当該商品の名称として使用した場合には,当該役務の提供者と当該商品の出所とが同一であるとの印象を需要者,取引者に与えると解される。
これを,小売業者等により顧客に提供される総合的なサービス活動(以下「小売役務」という。)において最終的に商品の販売が行われる一連の取引についてみると,そこで使用される小売役務の出所を表示する商標の下に,取扱商品が販売されるのが通常であるから,取扱商品に係る小売役務と当該取扱商品とは,役務の提供と商品の販売が同一事業者によって行われることが明らかであり,取扱商品に係る小売役務が提供される場所と取扱商品が販売される場所とは一致し,需要者(顧客)の範囲も一致するものといえる。また,近年,小売業者は,低価格商品による集客力の向上が見込まれる自己ブランド商品の開発を行い,その店頭において,メーカーによるブランド商品と同種の自己ブランド商品を並べて販売している(乙5)。
以上の事情からすると,小売役務とその取扱商品に,同一又は類似する商標が使用された場合,一般的には,取扱商品は,当該小売事業者により商品の品揃え及び陳列等がなされて当該事業所で販売されるものであるから,小売役務の提供者と商品の販売者は同一となり,取扱商品についての小売役務は,取扱商品を販売する事業者の提供に係る役務であると誤認されるおそれがあり,当該小売役務とその取扱商品とは互いに類似するものというべきである。
ウ 本件においては,上記アのとおり,本願商標の指定商品「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」と,引用商標の指定役務中の紙類の小売等役務及び壁紙の小売等役務に係る取扱商品とは,同一又は類似する商品であるから,本願商標の指定商品と引用商標の上記指定役務とに同一又は類似する商標が使用される場合,本願商標を使用する商品は,その需要者,取引者に,引用商標の上記指定役務を提供する事業者の販売する商品であると誤認されるおそれがある。
エ したがって,本願商標の指定商品は,引用商標の指定役務中の紙類の小売等役務及び壁紙の小売等役務に類似するというべきであるから,この点において,本件審決の判断に誤りはない。
(3) まとめ
以上によれば,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の判断に誤りはなく,本件審決に取り消されるべき理由はない。
第4当裁判所の判断
1 本願商標と引用商標の類否判断の誤りの有無について
(1) 本願商標の構成部分の一部を抽出して類否判断することの可否について
原告は,本件審決には,本願商標の構成中,下段部分である「i:na」の欧文字及び「イーナ」の片仮名を分離して抽出し,これと引用商標とを対比して商標の類否を判断した点において誤りがある旨主張するので,以下において判断する。
ア 本願商標は,別紙1記載のとおり,上段に,「エリエール」の片仮名5字がデザイン化された細文字の斜体で横書きに表され,やや間隔を置いて,下段に,「:」(コロン)で「i」の欧文字1字と「na」の欧文字2字を結合してなる「i:na」が,デザイン化された太文字の筆記体により,上段部分に比べてひとまわり大きな文字で横書きに表され,更に,「n」の文字の下に近接して,「イーナ」の片仮名3字が小さく横書きで表されてなる結合商標である。
以上のような本願商標の構成からすると,本願商標の構成中,下段部分の「i:na」及び「イーナ」の文字は,後者が前者の読みを表すものであることが明らかであり,また,後者が前者に近接して小さく表記されていることから,下段部分全体がひとまとまりの構成として認識されるものといえる。
他方,上段部分の「エリエール」と下段部分の「i:na」及び「イーナ」とは,やや間隔を置いて上下二段に分けて表記されている上,文字の種類,大きさ及び太さがいずれも異なっていることから,両者は,外観上明瞭に区別して認識されるものといえる。
そして,本願商標の構成中,下段部分の「i:na」は,上段部分の「エリエール」に比して,文字が大きく,かつ,太く表記されていることから,視覚上強い印象を与えるものと認められる。
イ(ア) 次に,本願商標から生じる観念について考察するに,まず,本願商標の上段部分を構成する「エリエール」は,それ自体が特定の意味をもった既成語ではないが,本件審決当時,製紙メーカーである原告の製造及び販売に係るティッシュペーパー,トイレットペーパー等の商品のブランド名を表す商標として,我が国の一般消費者に広く知られていたものであるから(争いがない。),上段部分の「エリエール」から,原告の周知商標としての「エリエール」の観念が生じるものといえる。
他方,本願商標の下段部分の構成中,「i:na」は,特定の意味を持たない造語と認められ,また,「イーナ」は,「i:na」の読みを表すものであることが明らかであるから,これらの下段部分からは,特定の観念が生じないというべきである。
してみると,本願商標の上段部分と下段部分とは,観念の点においても特段の結びつきがあるものではなく,明瞭に区別して認識されるものといえる。
(イ) この点,原告は,本願商標の下段部分の「イーナ」は日本語の「いいな」に通じ,「物事が質的に他よりすぐれまさっている」ことを表す話し言葉が想起され,他方,上段部分の「エリエール」は原告の周知商標であることから,本願商標全体から,「エリエール(は)いいな」との観念が生じる旨主張する。
しかし,本願商標の構成中,下段部分の「イーナ」の文字は,「i:na」の読みを表すものにすぎないし,また,「i:na」の文字が直ちに日本語の「いいな」を想起又は連想させるものとは認められないから,原告の上記主張は理由がない。
ウ さらに,本願商標に係る取引の実情について考察するに,①商品の製造,販売を行う企業においては,商品のブランド名を表す商標や,シリーズ商品,一定のカテゴリーに属する複数の商品群に統一的な商標を使用した上で,個々の商品について,ブランド名を表す商標等に付加して,当該個別の商品を識別するための標章(以下「ペットマーク」という。)を使用することが一般的に行われていること(乙4の1ないし4,弁論の全趣旨),②原告においても,その製造及び販売に係るティッシュペーパーやトイレットペーパー等の複数の商品について原告の周知商標である「エリエール」の商標に個々の商品のペットマークを付加した「エリエール」,「Fu・wa・ri」及び「ふ・わ・り」の文字部分からなる標章,「エリエール」,「Cute」及び「キュート」の文字部分からなる標章,「エリエール」,「Herb Garden」及び「ハーブガーデン」の文字部分からなる標章などを使用し,これらの商品の広告においては,「エリエール」の文字部分を付加することなく,ペットマーク部分である「Fu・wa・ri」及び「ふ・わ・り」の文字部分,「Cute」及び「キュート」の文字部分,「Herb Garden」及び「ハーブガーデン」の文字部分が単体で用いられた例があり(乙3の2ないし4),また,本願商標についても,「トイレットティシュー」の商品の広告において,「エリエール」の文字部分を付加することなく,「i:na」の文字の下に「イーナ」及び「Toilet Tissues」の文字が小さく表された標章を使用した例があること(乙6)が認められる。
前記ア認定の本願商標の外観構成に加えて,上記取引の実情を考慮すると,本願商標の指定商品に使用された本願商標に接した取引者,需要者においては,本願商標の構成中,上段部分の「エリエール」については,原告の周知商標である「エリエール」がブランド名として表記されたものであると認識した上で,下段部分の「i:na」及びその読みを表す「イーナ」については,当該個別の商品を表すペットマークとして表記されたものと認識するのが通常であると考えられる。
エ 以上のとおり,本願商標は,上段部分の「エリエール」と下段部分の「i:na」及び「イーナ」とから構成される結合商標であるが,上段部分と下段部分は,外観上明瞭に区別して認識されること,本願商標の下段部分の「i:na」は,上段部分の「エリエール」に比して,文字が大きく,かつ,太く表記されており,視覚上強い印象を与えるものであること,さらには,前記ウ認定の取引の実情を考慮すると,本願商標の上段部分と下段部分はそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとは認められないものであって,その下段部分は,取引者,需要者に対し,相当程度強い印象を与えるものであり,独立して商品の出所識別標識として機能し得るものと認められる。
そうすると,本願商標から下段部分を要部として取り出し,これと引用商標とを比較して商標そのものの類否を判断することも許されるものといえる。
したがって,本件審決が,本願商標の構成中,「i:na」の欧文字及び「イーナ」の片仮名からなる下段部分を要部として抽出し,これと引用商標とを対比して商標の類否を判断したことに誤りはない。
オ これに対し,原告は,本願商標は,上段の「エリエール」の文字部分(上段文字)と下段の「i:na」及び「イーナ」の文字部分(下段文字)が特段分離して表示されているとはいえず,また,上段の「エリエール」の文字は下段の「i:na」に比べてやや小さめの文字で表示することにより,上段の文字部分と下段の文字部分がほぼ同じ幅に表示された,バランスのとれた外観構成となっていることからすれば,本願商標に接する取引者,需要者は本願商標を全体で一体のロゴと認識するのが最も自然であり,本願商標は,全体で一体のロゴを構成する商標といえるから,下段文字部分のみを引用商標と対比して商標の類否を判断すべきではない旨主張する。
しかしながら,前記エで説示したとおり,本願商標の上段部分(上段文字に相当)と下段部分(下段文字に相当)はそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとは認められないものであって,その下段部分は,取引者,需要者に対し,相当程度強い印象を与えるものであり,独立して商品の出所識別標識として機能し得るものと認められるから,本願商標から下段部分を要部として取り出し,これと引用商標とを比較して商標そのものの類否を判断することも許されるというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 本願商標と引用商標の類否について
ア 外観について
(ア) 本願商標の下段部分は,別紙1記載のとおり,「:」(コロン)で「i」の欧文字1字と「na」の欧文字2字を結合した「i:na」が,デザイン化された太文字の筆記体により横書きに表記され,更に,「n」の文字の下に近接して,片仮名の「イーナ」が小さく横書きで表記される構成からなるものである。
本願商標の下段部分を構成する「i:na」の文字は,「i」と「na」との間に「:」が存在することから,その外観上,冒頭の「i」の文字部分と「na」の文字部分を明瞭に区別することができる。
(イ) 引用商標は,別紙2記載のとおり,「-」(ハイフン)で「e」の欧文字1字と「ná」の欧文字2字を結合した「e-ná」が,手書き風の活字体により横書きに表記され,更に,「-」の上に近接して,平仮名の「いーな」が角括弧付きで小さく横書きで表記される構成からなるものである。
引用商標の下段部分を構成する「e-ná」の文字は,「e」と「ná」との間に「-」が存在する上,「e」の文字が他の文字よりひとまわり大きく表記され,「n」の文字が他の文字よりやや低い位置に配置されていることから,その外観上,冒頭の「e」の文字部分と「ná」の文字部分を明瞭に区別することができる。
(ウ) そこで,本願商標の「i:na」と引用商標の「e-ná」を対比すると,いずれも欧文字3字と1つの記号(「:」又は「-」)からなり,後半の2文字が「na」である点において共通するが(引用商標中の「á」は「a」にアクサン記号が付されたもの),冒頭の1文字及び記号はいずれも異なる。特に,引用商標においては,冒頭の「e」の文字が他の文字よりも大きく表記され,最も看者の注意を惹きやすい文字といえるところ,これと本願商標の冒頭の「i」の文字とは,その外観が明らかに異なる。
また,本願商標の「i:na」の欧文字は,同じ大きさのデザイン化された太い筆記体の文字が横一列に並べられたもので,全体として整然とした印象を受けるのに対し,引用商標の「e-ná」の欧文字は,手書き風のややくだけた活字体の書体であることに加え,文字の大きさが統一されておらず,「n」の文字が他の文字よりやや低い位置に表記され,各文字が横一列に整然と並べられていないことから,全体としてやや雑然とした印象を受けるものといえる。
なお,本願商標の下段部分と引用商標は,欧文字に近接してその読みを表記する片仮名又は平仮名が表記されている点において共通するが,いずれも欧文字部分に比して極めて小さな表記にすぎないから,この点は,外観の類否に特段の影響を与えないものというべきである。
(エ) 以上のとおり,本願商標の下段部分と引用商標は,それぞれを構成する欧文字3字中の2字を共通にするものの,看者の注意を惹きやすい冒頭の文字が異なる上,文字の書体,配列等の構成も異なっており,全体として受ける印象においても相違することによれば,本願商標の下段部分と引用商標は,外観において明らかに相違し,その相違の程度は顕著であるものと認められる。
イ 称呼について
本願商標の下段部分は,前記ア(ア)のとおりの構成からなるものであるところ,その構成中,片仮名の「イーナ」は,「i:na」の読みを表すものであることが明らかであるから,当該部分からは,「イーナ」の称呼が生じるものといえる。
また,引用商標は,前記ア(イ)のとおりの構成からなるものであるところ,その構成中,平仮名の「いーな」は,「e-ná」の読みを表すものであることが明らかであるから,引用商標からも,「イーナ」の称呼が生じるものといえる。
したがって,本願商標の下段部分と引用商標は,称呼を共通にするものである。
ウ 観念について
本願商標の下段部分から特定の観念が生じないことは,前記(1)イで述べたとおりである。
また,引用商標の構成中,「e-ná」は,特定の意味を持たない造語と認められ,また「いーな」は,「e-ná」の読みを表すものであることが明らかであるから,引用商標からも,特定の観念が生じないというべきである。
したがって,本願商標の下段部分と引用商標とを,観念において比較することはできない。
エ 取引の実情について
本願商標の指定商品である「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」に係る取引又は引用商標の指定役務中の「紙類の小売等役務」及び「壁紙の小売等役務」に係る取引において,本件審決当時,商標の称呼のみによって取引が行われる実情があることをうかがわせる証拠はない。
かえって,ティッシュペーパー,トイレットペーパー等の商品については,スーパーマーケット,ホームセンター,ドラッグストア等の小売店舗において,展示販売され,商品に付された商標の外観を確認し得る態様で販売されることが通常であると考えられるところであり,このことは,本件審決当時,原告が本願商標を使用して製造・販売するティッシュペーパー及びトイレットペーパーについても,これらの小売店舗において広く販売されている事実(甲2,5,19)からも裏付けられる。また,インターネット販売においても,商品名,商品の画像等から,商品に付された商標の外観を確認し得るのが通常であるといえる。
オ 小括
以上のとおり,本願商標の要部である下段部分と引用商標は,「イーナ」の称呼が生じる点では共通するものの,観念において比較することができない上,外観において明らかに相違し,その相違の程度は顕著であること,さらに,前記エ認定の取引の実情を総合考慮すると,本願商標及び引用商標が本願商標の指定商品と同一又は類似する商品に使用されたとしても,取引者,需要者において,その商品の出所について誤認混同を生ずるおそれがあるものといえないから,本願商標と引用商標とは全体として類似しているものと認めることはできない。
したがって,本願商標が引用商標に類似する商標であるとは認められないから,本願商標の指定商品と引用商標の指定役務の類否について判断するまでもなく,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の判断には誤りがある。
(3) 被告の主張について
被告は,本願商標の要部である下段部分と引用商標とは,「イーナ」の称呼が同一であり,かつ,外観における類似性も有するものであって,観念においては区別することができないものであり,これらが取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察した場合,本願商標と引用商標とは,時と所を異にして接する取引者,需要者にとって,互いに紛らわしい商標となり,その出所について混同を生ずるおそれがあるといえるから,両商標は,類似する商標である旨主張する。
しかしながら,前記ア認定のとおり,本願商標の下段部分と引用商標は,外観において明らかに相違し,その相違の程度は顕著であり,外観における類似性を有するものということはできないから,被告の主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。
2 結論
以上の次第であるから,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の判断には誤りがあり,原告主張の取消事由は理由がある。
よって,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大鷹一郎 裁判官 大西勝滋 裁判官 田中正哉)
file_2.jpg別紙