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知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10202号 判決 2016年6月21日

原告

株式会社伊勢半

同訴訟代理人弁理士

古関宏

被告

同訴訟代理人弁護士

吉原崇晃

同訴訟代理人弁理士

工藤一郎

主文

1  特許庁が取消2013-300940号事件について平成27年8月21日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2前提事実(いずれも当事者間に争いがない。)

1  本件商標

登録番号第650400号の商標(以下「本件商標」という。)は,「LINE」の欧文字と「ライン」の片仮名を二段に横書きしてなり,昭和38年5月24日に登録出願,第4類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商品を指定商品として,昭和39年8月18日に設定登録され,その後,平成17年7月20日に,第3類「せっけん類,歯磨き,化粧品,植物性天然香料,動物性天然香料,合成香料,調合香料,精油からなる食品香料,薫料」を指定商品とする指定商品の書換登録がされたものである。

2  特許庁における手続の経緯等

被告は,平成25年11月6日,特許庁に対し,本件商標はその指定商品「第3類 全指定商品」について継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれも使用をした事実が存しないから,その登録は商標法50条1項の規定により取り消されるべきであるとして,本件商標の商標登録の取消審判を請求し(以下「本件審判請求」という。),同月21日,本件審判請求の登録がされた。

特許庁は,本件審判請求を取消2013-300940号事件として審理し,平成27年8月21日,「登録第650400号商標の商標登録は取り消す。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月31日,原告に送達された。

原告は,同年9月30日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

3  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。

(1)  本件商標の使用商品は「アイライナー」であり,当該商品は本件審判請求に係る指定商品中の「化粧品」の範ちゅうに属するところ,当該使用商品の表面には,「Rubotan」,「LINE」,「LIQUID」,「ルボタン」及び「ライン」の文字を五段に横書きしてなる標章(以下「使用商標」という。)が表示されている。

(2)  使用商品の発売元である株式会社エリザベス(以下「エリザベス」という。)は,原告を中心とする伊勢半グループに属する会社であることなどから,本件商標の通常使用権者と認めることができるところ,同社は,平成25年3月14日から同年11月21日の間に,「マスダ増」及び「新世界べにや」に対し,包装に使用商標を付した使用商品を譲渡又は引き渡したことが認められる。この期間は本件審判請求の登録前3年以内(以下「要証期間内」という。)である。

(3)  使用商標は,「Rubotan」の欧文字を最上段に大きく,その下部に当該文字よりやや大きく「LINE」の欧文字を配し,その下部に「LIQUID」の欧文字,「ルボタン」及び「ライン」の片仮名を上段の二段に比べ小さく三段に表してなるものであるところ,その構成中の「LIQUID」の文字部分は自他商品の識別力がなく,上部二段の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字部分と下部二段の「ルボタン」及び「ライン」の片仮名部分が自他商品識別のための要部というべきであるが,これは,その全体として特定の意味合いを想起させない造語といえるものである。

してみれば,使用商標の識別標識として機能する商標は,「ルボタンライン」の称呼のみを生じ,特定の親しまれた意味合いを想起させない造語といえるものである。

(4)  本件商標は,「LINE」の欧文字と「ライン」の片仮名とを二段に横書きした構成からなるものであり,「ライン」の称呼が生じ,「線,系列」の観念を生じる。他方,使用商標は「ルボタンライン」の称呼を生じ,特定の観念は生じない。そうすると,両商標は,その構成文字において明らかな差異があり,また,その称呼及び外観においても同一とはいえないから,使用商標は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできない。

(5)  以上より,原告及び通常使用権者は,要証期間内に使用商標を請求に係る指定商品中「化粧品」の範ちゅうに属する「アイライナー」に使用したと認められるものの,その使用商標は本件商標と社会通念上同一の商標とはいえないものであるから,本件商標と社会通念上同一の商標の使用を証明したということはできず,また,原告は,その使用をしていないことについて正当な理由があると述べるものでもないことから,本件商標の商標登録は,商標法50条1項の規定により取り消すべきものである。

第3当事者の主張

1  原告の主張

(1)  取消事由1(本件商標と社会通念上同一と認められる商標の使用事実の有無)

ア 本件審決は,原告又は通常使用権者であるエリザベスが,要証期間内に使用商標を請求に係る指定商品中「化粧品」の範ちゅうに属する「アイライナー」に使用した事実を認めていることから,問題は,使用商標が本件商標と社会通念上同一と認められる商標であるか否かであるところ,使用商標中の「Rubotan」,「LINE」,「ルボタン」及び「ライン」の各文字の配置や,文字数,大きさ及び書体の各相違を踏まえると,使用商標における「Rubotan」及び「LINE」の欧文字は,分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではなく,むしろ,外観上,使用商標中の「LINE」の欧文字は,相対的に際立ち,顕著な印象を与えるものであるから,独立して自他商品識別標識として機能し得るものである。

また,使用商標の前記各文字の配置等によれば,使用商標につき「ルボタンライン」と淀みなく一連に称呼し得ると断定し得るものではなく,仮に称呼し得るとしても,「LINE」の欧文字部分が独立して自他商品識別標識として機能しないことにはならないし,「ライン」の称呼が生じないことの理由にもならない。本件審決は,使用商標からは「ルボタンライン」の称呼のみを生じ,これは,特定の親しまれた意味合いを想起させない造語といえるとするが,使用商標中の欧文字「Rubotan」及び片仮名「ルボタン」の各部分が特定の意味合いを想起させないだけであり,欧文字「LINE」及び片仮名文字「ライン」の各部分からは,本件商標と同一の称呼及び観念を生じる。

さらに,仮に使用商標中上部二段の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字部分と下部二段の「ルボタン」及び「ライン」の片仮名部分が,取引上実際に自他商品識別標識の要部として機能しているとしても,欧文字「LINE」及び片仮名文字「ライン」の各部分は,独立して自他商品の識別標識として機能し得るものであり,その使用が登録商標の使用でないとはいえない。

したがって,上部二段の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字部分と下部二段の「ルボタン」及び「ライン」の片仮名部分がそれぞれ一体となった自他商品識別のための要部であるとの認定判断に基づき,使用商標は本件商標と社会通念上同一の商標とはいえないとした本件審決の判断は誤りであるから,取り消されるべきである。

イ 使用商品を6個梱包するための包装用容器には,登録第0799240号商標「file_2.jpgAMNAY」と同一の書体で表された片仮名文字があり,その下段にゴシック体で大きく表された片仮名文字「ライン」があるところ,当該包装用容器は平成25年10月11日に使用商品の製造業者であり原告の関連会社であるアイカーケミカル株式会社に納品され,この包装用容器によって包装された商品は,要証期間内に販売された。

また,当該包装用容器に表された片仮名文字「ライン」は,本件商標と社会通念上同一と認められるものである。

したがって,要証期間内に,日本国内において,本件商標の商標権者である原告又は通常使用権者であるエリザベスは,本件審判請求に係る指定商品のうち「化粧品」に属する商品「アイライナー」について,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用していたのであって,本件審決の判断は誤りであるから,取り消されるべきである。

(2)  取消事由2(手続的違法性)

特許庁審判長による平成26年6月4日付け審理事項通知書には,「被請求人の提出に係る乙各号証に関する暫定的見解」として,「提出された証拠方法によっては,次の(1)ないし(4)の理由によって,被請求人が商標法第50条第2項に規定する証明をしたものと認めることはできません。」とあるところ,前記見解は,暫定的見解とはいえ当該(1)ないし(4)の理由を解消すれば被請求人である原告が商標法50条2項に規定する証明をしたものと認められることを意味するものと一般に理解されるはずであり,原告もそのように理解した。

にもかかわらず,本件審決は,前記審理事項通知書に記載された争点には一切記載されていない「使用商標は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできない」との理由に基づき本件商標の登録を取り消す旨判断したのであって,前記理由に係る争点につき原告に詳細な反論と証拠収集の機会を与えなかった本件の審判手続は,不意打ち防止を目的とする特許法153条2項の趣旨に違反するから,取り消されるべきである。

(3)  取消事由3(当事者適格の欠如)

「株式会社伊勢半」(以下「訴外会社」という。)は,昭和22年5月26日に設立され,設立当初の本店所在地は東京都千代田区<以下略>であったところ,昭和43年9月28日,本店を東京都中央区<以下略>に移転するとともに商号を「株式会社伊勢半本店」に変更し,現在に至っている。

他方,原告は,訴外会社と同じ「伊勢半グループ」に属するが,昭和43年7月11日に東京都千代田区<以下略>を本店所在地,商号を「エヌ・ケー・ケー株式会社」として設立され,同年9月28日,「株式会社伊勢半」に商号変更し,現在に至っている。

すなわち,本件商標の商標登録出願時及び登録時において原告は存在しておらず,訴外会社が本件商標の商標登録出願人であり,商標権者であったものであり,また,訴外会社から原告に対し商標権の移転登録がされた記録もない。そうすると,本件商標の商標権者は訴外会社であって,原告ではない。

したがって,本件審決は,本来,本件商標の商標権者である訴外会社に対してなされるべきところ,当事者適格のない原告に対してなされたものであり,違法であるから,取り消されるべきである。

2  被告の主張

(1)  取消事由1(本件商標と社会通念上同一と認められる商標の使用事実の有無)に対し

ア 本件商標は,「LINE」の欧文字と「ライン」の片仮名とを二段に横書きした構成からなるものであり,「ライン」の称呼を生じ,「線,系列」の観念を生じるものである。

他方,使用商標のうち自他識別標識として機能するのは「Rubotan/LINE」,「ルボタン/ライン」であり,「ルボタンライン」の称呼を生じ,特定の観念を生じない。

そこで,両商標を比較するに,両商標はその構成文字において明らかな差異があり,かつ,その称呼,外観及び観念においても同一とはいえない。

したがって,使用商標は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできない。

原告は,使用商標の要部は「LINE」,「ライン」である旨主張するけれども,使用商標の要部認定は当該事案における商取引の実態に即して行われる必要があるところ,使用商品の実際の商取引の実態に即した需要者・取引者の認識を基準とすれば,使用商標の要部は「ルボタンライン」の称呼が生じる「Rubotan/LINE」,「ルボタン/ライン」であって,「LINE」,「ライン」が単独で自他商品識別標識としての機能を発揮するものではない。

イ 使用商品の卸売先への販売において原告主張に係る包装用容器が用いられていたことは不知。仮にこれが用いられていたとしても,当該包装用容器に表示された標章と本件商標との社会通念上の同一性は争う。

前記のとおり,使用商品に係る商取引の実態を見たとき,「ライン」単独では商標としての機能を発揮していないことから,この点に関する原告の主張は失当である。

(2)  取消事由2(手続的違法性)に対し

不使用取消審判では当事者主義が妥当していることを踏まえると,審理事項通知書は,当事者間の攻防上の主たる争点である社会通念上の同一性を判断する前提事項として,使用商品の販売主体と商標権者の関係及び販売時期につき補充することを求めたものと理解されるのであり,当事者の主張を制限するものではなく,また,原告が主張するような意味合いを含むものではないから,原告の主張は失当である。

(3)  取消事由3(当事者適格の欠如)に対し

訴外会社の設立並びに本店所在地及び商号の変更,原告の設立及び商号変更の各経緯,本件商標につき訴外会社から原告に対し商標権の移転登録がされた記録がないことはいずれも認める。その余は否認ないし争う。

登録第1859812号の商標権について平成18年5月10日に更新登録申請がされたところ,その更新登録申請人は識別番号「000000114」によって特定される「株式会社伊勢半」であり,他方,本件商標について平成26年6月2日に更新登録申請がされたところ,その更新登録申請人は識別番号「000000114」によって特定される「株式会社伊勢半」である。更新登録申請人になり得る者は商標権者のみであるから,両商標の商標権者は同一である。

また,登録第1859812号の商標権者は,前記更新登録申請の際の申請人代表者とされる者が設立当初から訴外会社に存在していない点からしても訴外会社でないことは明らかであり,原告である。

以上より,本件商標の商標権者は原告であり,本件商標の出願人及び商標設定登録時の商標権者が実在しないという当然無効事由が存するものの,当事者適格は原告に帰属している。そうすると,本件商標には当然無効事由が存するとはいえ,当然無効と不使用取消の両者は,その理由・趣旨において矛盾せず,両立し得るものであるから,本件審決には何ら違法な点はない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由3(当事者適格の欠如)について

まず,取消事由3について判断する。

訴外会社が,昭和22年5月26日に商号を「株式会社伊勢半」,本店所在地を東京都千代田区<以下略>として設立され,昭和43年9月28日に本店を東京都中央区<以下略>に移転するとともに商号を「株式会社伊勢半本店」に変更し,現在に至っていること,原告が,昭和43年7月11日に東京都千代田区<以下略>を本店所在地,商号を「エヌ・ケー・ケー株式会社」として設立され,同年9月28日に商号を「株式会社伊勢半」に変更し,現在に至っていること,本件商標につき訴外会社から原告に対し商標権の移転登録がされた記録がないことは,当事者間に争いがない。

また,前記第2「前提事実」1記載のとおり,本件商標は,昭和38年5月24日に登録出願,昭和39年8月18日に設定登録されたものであるが,商標公報(甲40)によれば,その出願人は「株式会社伊勢半 東京都千代田区<以下略> 代表者 A」であることが認められる。他方,商標登録原簿(甲41)によれば,現在,本件商標につき「東京都千代田区<以下略> 株式会社伊勢半」を商標権者として登録がされているところ,その登録年月日は「昭和39年8月18日」とされていることが認められる。

これらの事情を総合的に考慮すると,本件商標の商標権者は訴外会社であって,原告ではないと見るほかない。そうである以上,本件審判請求は,正しくは商標権者である訴外会社を被請求人としなければならないところ,原告を被請求人としてされた不適法なものであり,かつ,その補正をすることはできないことから,これを却下すべきであったにもかかわらず,本件審決がこれをしなかったことは違法であり,取り消すのが相当である。

これに対し,被告はるる主張するが,本件商標の設定登録が行われた昭和39年8月18日時点においては,原告は未だ設立されていなかったのであるから,原告が,本件商標の商標権者として登録されたということはあり得ない事柄であるといわざるを得ない。なお,冒頭で認定した各事実に証拠(乙1ないし4)を併せると,昭和49年に本件商標の存続期間の更新登録がされた際,誤って訴外会社ではなく原告が更新登録申請手続を行い,その当時,原告の商号が「株式会社伊勢半」,所在地が「東京都千代田区<以下略>」であって,当初登録当時の訴外会社の商号,所在地と同様であったところから,特許庁長官も,申請者が訴外会社とは異なることを看過して更新登録をしてしまった可能性はあり得るものと認められる(そのように考えれば,被告が主張する識別番号の点も,理解できることになる。)。しかし,商標権は,いったん設定登録がされた後は,その存続期間が更新されていくだけであって,更新の際に,新たな権利が設定・登録されるものではないから(商標法19条,20条参照),更新手続が上記のように誤って行われたとしても,本件商標に係る商標権者は,依然として訴外会社であったと解すべきものである。したがって,被告の上記主張を採用することはできない。

2  結論

よって,その余の点につき論ずるまでもなく,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 杉浦正樹 裁判官 寺田利彦)

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