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知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10203号 判決 2016年3月24日

原告

株式会社伊勢半

訴訟代理人弁理士

古関宏

被告

訴訟代理人弁護士

吉原崇晃

訴訟代理人弁理士

工藤一郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が取消2013-300942号事件について平成27年8月21日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は,以下の商標(登録第1859812号。以下「本件商標」という。)の商標権者である(甲40,41)。

(本件商標)file_2.jpgLine 54>

出願日   昭和58年4月1日

設定登録日 昭和61年5月30日

存続期間の更新登録日 平成8年8月29日,平成18年5月16日

指定商品の書換登録日 平成18年8月9日

指定商品  第3類「せっけん類,歯磨き,化粧品,植物性天然香料,動物性天然香料,合成香料,調合香料,精油からなる食品香料,薫料」

なお,書換登録前(設定登録時)の指定商品は,第4類「せっけん類(薬剤に属するものを除く)歯みがき,化粧品(薬剤に属するものを除く)香料類」であった。

(2)  被告は,平成25年11月6日,特許庁に対し,本件商標について,継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが使用した事実がないから,商標法50条1項の規定により本件商標の商標登録が取り消されるべきであるとして,本件商標の商標登録取消審判を請求し(以下,この請求を「本件審判請求」という。),同月21日,本件審判請求の登録がされた(甲41)。

特許庁は,本件審判請求につき,取消2013-300942号事件として審理し,平成27年8月21日,「登録第1859812号商標の商標登録は取り消す。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月31日,原告に送達された。

(3)  原告は,平成27年9月30日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  本件審決の理由

本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。

(1)  被請求人(原告)提出の証拠によれば,本件商標の通常使用権者である株式会社エリザベス(以下「エリザベス」という。)は,本件審判請求の登録前3年以内(以下「要証期間内」という場合がある。)である平成25年3月14日から同年11月21日までの間に,株式会社マスダ増(以下「マスダ増」という。)及び「新世界べにや」に対し,別掲1の標章(以下「本件使用商標①」という。)を包装に付したアイライナー(以下「本件使用商品」という。)を譲渡し,又は引き渡したこと,本件使用商品の包装の表面には,「Rubotan」,「LINE」,「LIQUID」,「ルボタン」及び「ライン」の文字を五段に横書きしてなる本件使用商標①が表示され,本件使用商品の包装の裏面には,「ルボタン ライン」の文字,「(アイライナー)」の文字等があること,原告は,同年3月,5月及び12月に本件使用商品の包装に本件使用商標①を付したことが認められる。

(2)  本件使用商品は,本件審判請求に係る指定商品中の「化粧品」の範ちゅうに属する。

本件商標は,「Line」の欧文字と「ライン」の片仮名とを二段に横書きした構成からなるものであるところ,その構成中の下段の「ライン」の文字部分は,上段の「Line」の欧文字の表音と認められることから,「ライン」の称呼が生じ,「Line」の欧文字が「線,系列」等の意味を有する平易は英語であるから,「線,系列」の観念を生じる。

他方で,本件使用商標①は,別掲1のとおり,「Rubotan」の欧文字を最上段に大きく,その下部に該文字よりやや大きく「LINE」の欧文字を配し,その下部に「LIQUID」の欧文字,「ルボタン」及び「ライン」の片仮名を上段の二段に比べ小さく三段に表してなるものであるところ,本件使用商標①の構成中の「LIQUID」の文字部分は,上段の2つの欧文字より極めて小さな文字で,異なる書体で表されており,商品が「液状」であることを表示する語と認識されるものであるから,それ自体は自他商品の識別力がないものであること,本件使用商標①の構成中の上部二段の「Rubotan」と「LINE」の欧文字部分は,書体及び大きさが多少異なってはいるものの,いずれも通常に用いられる書体からなるものであって,下段二段にその表音といえる片仮名が同書,同大をもってまとまりよく併記され,該文字部分全体から生じる「ルボタンライン」の称呼も淀みなく一連に称呼し得るものであることを勘案するならば,上部二段の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字部分と下部二段の「ルボタン」及び「ライン」の片仮名部分が自他商品識別のための要部というべきであり,しかも,その全体として特定の意味合いを想起させない造語といえるものである。

そうすると,本件商標と本件使用商標①は,その構成文字において明らかな差異があり,また,その称呼及び外観においても,同一とはいえないから,本件使用商標①は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできない。

(3)  以上によれば,原告(商標権者)及びエリザベス(通常使用権者)は,要証期間内に,本件使用商標①を本件審判請求に係る指定商品中「化粧品」の範ちゅうに属する「アイライナー」に使用したと認められるものの,その使用商標は,本件商標と社会通念上同一の商標とはいえないものであり,本件商標と社会通念上同一の商標の使用を証明したということはできない。

したがって,原告は,本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において,商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが本件審判請求に係る指定商品について,本件商標(社会通念上同一の商標を含む。)の使用をしていたことを証明していないものといわざるを得ず,また,原告は,本件商標を本件審判請求に係る指定商品に使用をしていないことについて正当な理由があると述べていないから,本件商標の商標登録は,商標法50条1項の規定により,取り消すべきものである。

第3当事者の主張

1  原告の主張

(1)  取消事由1(本件商標の使用の事実の判断の誤り)

ア 本件使用商標①と本件商標の社会通念上同一性の判断の誤り

(ア)a 本件使用商標①中の「Rubotan」,「LINE」,「ルボタン」及び「ライン」の各文字は,段を違えて表示されており,一列に併記した場合に比して,一体性が希薄化されていることは明らかである。需要者は,「ルボタン」及び「ライン」は,上部に書された「Rubotan」及び「LINE」の欧文字のそれぞれの表音を表した程のものと認識,理解する。

また,「Rubotan」は7文字,「LINE」は4文字であるから,「LINE」の方が,文字数が少なく,大きく書されている。

さらに,「Rubotan」の欧文字は,大文字と小文字で筆書き風に書されているのに対し,「LINE」の欧文字は,すべて大文字で肉太のゴシック体をもって書されているから,相対的に際立ち,顕著な印象を与えるものといえる。

したがって,本件使用商標①の構成中の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字は,分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではなく,外観上,「LINE」の欧文字及び「ライン」の片仮名文字は,相対的に際立ち,顕著な印象を与えるものであるから,独立して自他商品識別標識として機能し得るものであり,本件使用商標①の要部に当たるというべきである。

b この点に関し,本件審決は,本件使用商標①の構成中の上部二段の「Rubotan」と「LINE」の欧文字部分は,書体及び大きさが多少異なってはいるものの,いずれも通常に用いられる書体からなるものであって,下段二段にその表音といえる片仮名が同書,同大をもってまとまりよく併記され,該文字部分全体から生じる「ルボタンライン」の称呼も淀みなく一連に称呼し得るものであると認定判断した。

しかしながら,「Rubotan」の書体は,古き良き昭和の時代を想起させる郷愁的かつ繊細な印象を与えしめるものであり,かかる書体が通常用いられるものとはいえない。

また,一連の称呼を生じさせようとする場合,横一列に「ルボタンライン」と一体に連綴されるのが通例であるが,本件使用商標①における片仮名文字は,「ルボタン」と「ライン」が,段を異にして表示されている上,「ルボタンライン」の称呼は,中間に位置する第4音に撥音「ン」が存するから,連音されず,「ン」の音でいったん終止し,その後に「ライン」と発音されるものであるから,淀みなく一連に称呼し得ると断定できるものではない。

したがって,本件審決の上記認定判断は誤りである。

(イ) 仮に本件使用商標①の構成中,上部二段の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字部分と下部二段の「ルボタン」及び「ライン」の片仮名部分が,取引上,実際に自他商品識別標識の要部として機能しているとしても,「LINE」の欧文字及び「ライン」の片仮名文字も,独立して自他商品の識別標識として機能し得るものであることに変わりはない。

(ウ)a 化粧品業界においては,書体,大きさ,段等を異にする2以上の構成要素からなる商標については,それぞれの構成要素について商標登録を受けて使用するのが一般的であるという取引の実情がある。その例を示すと,次のとおりである。かかる商標が一体の識別標識として認識されることがあるとしても,それぞれの構成要素である登録商標の使用であることに変わりはない。

① 「SHISEIDO\ULTIMUNE」「パワライジング コンセントレート」の商標

株式会社資生堂(以下「資生堂」という。)は,上記商標を「美容液」に使用しているが(甲64),資生堂の有する登録商標は,「SHISEIDO」(登録第393943号),「アルティミューン\ULTIMUNE」(登録第5615445号),「パワライジング コンセントレート\Powerizing Concentrate」(登録第5726296号)である(甲65ないし67)。

② 「INFINITY\Realzing」,「INFINITY\Prestigious」及び「INFINITY\PRIMAL WHITE」の商標

株式会社コーセー(以下「コーセー」という。)は,上記商標を「化粧品」に使用しているが(甲68),コーセーの有する登録商標は,「インフィニティ\INFINITY」(登録第4613879号),「リアライジング\REALIZING」(登録第4330451号),「プレステジアス\Prestigious」(登録第4781464号),「プライマルホワイト\PRIMAL WHITE」(登録第5703542号)である(甲69ないし72)。

③ 「ミュゼル ノクターナル」の商標

株式会社ポーラ(以下「ポーラ」という。)は,上記商標を「アイライナー」に使用しているが(甲73),ポーラの有する登録商標は,「MUSELLE\ミュゼル」(登録第5150093号),「ノクターナル\NOCTURNAL」(登録第5688310号)である(甲74,75)。

④ 「Bioré\マシュマロホイップ」の商標

花王株式会社(以下「花王」という。)は,上記商標を「洗顔料」に使用している(甲76)が,花王の有する登録商標は,「BIORE\ビオレ」(登録第1600384号)及び「マシュマロホイップ」(登録第4944218号)である(甲77,78)。

b 株式会社ルボタン(以下「ルボタン社」という。)は,昭和36年10月30日に設立された後,「Rubotan」の欧文字又は「ルボタン」の片仮名文字の商号商標と他の文字を組み合わせた商標(甲44ないし49)を様々な化粧品に使用してきた。その後,原告は,昭和62年12月18日に,厚生大臣から,化粧品製造品目の許可を得て,本件使用商標①を付した「アイライナー」の製造を開始した。ルボタン社が有していた「Rubotan\ルボタン」(登録第2516408号)の登録商標の存続期間が平成25年3月31日に満了したことに伴い,原告は,上記商標の商標登録出願を行い,登録第5664953号として商標登録を受けた(甲57)。

したがって,原告は,本件使用商標①の構成要素である「Rubotan\ルボタン」(上記商標)及び「LINE\ライン」(本件商標)について別々に登録商標を有している。

c 本件使用商標①は本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできないとした本件審決の判断は,前記aの取引の実情と乖離したものである。

(エ) 以上によれば,本件使用商標①の構成中の「LINE」の欧文字及び「ライン」の片仮名文字は,独立して自他商品の識別標識として機能し得るものであるから,要部と認定すべきものである。そして,本件使用商標①の上記要部と本件商標とを比較すると,本件使用商標①は本件商標と社会通念上同一と認められる商標であるといえるから,これと異なる本件審決の判断は誤りである。

イ 包装用箱における本件商標と社会通念上同一と認められる商標の使用原告は,要証期間内に,別掲2のとおり,本件使用商品を6個梱包するための包装用容器(包装用箱。以下「本件包装用箱」という。甲95)に,「file_3.jpgANB」の片仮名文字,その下段にゴシック体で大きく表された「ライン」の片仮名文字(以下「本件使用商標②」という。)を表示して使用していた。

原告は,本件包装用箱の製造を富岡紙業株式会社に委託し,要証期間内の平成25年9月20日,本件包装用箱の納品を受けた後,同年10月11日,本件使用商品の製造業者であって,原告の関連会社であるアイカーケミカル株式会社(以下「アイカーケミカル」という。)に対し,本件包装用箱を納品した。本件包装用箱によって包装された本件使用商品は,要証期間内に販売された。

本件包装用箱に表示された本件使用商標②は,本件商標と社会通念上同一と認められる商標である。

したがって,原告又は通常使用権者であるエリザベスが,要証期間内に,本件商標と社会通念上同一と認められる商標である本件使用商標②を本件使用商品に使用したものといえる。

ウ 被告の主張について

被告は,「新世界べにや」の店員が,電話口で,「アイラインのことは「ライン」っていうんです。」と述べたことを根拠に,「ライン」という称呼(標章)は,それ単独では,特定のアイライナー商品を他の商品と識別することができず,自他商品識別標識としての機能を発揮していないから,本件使用商標①のうち,「LINE」の欧文字部分は,要部に当たらない旨主張する。

しかしながら,被告主張の電話口において発声された「ライン」なる音声は,本件商標から生ずる「称呼」でも,本件商標を構成する「標章」でもなく,そもそも,当該店員は,「アイライン」のことを「ライン」と略称しているにすぎず,本件使用商標①における「LINE」及び「ライン」が「アイライン」を意味すると言っているのではない。

また,商標から生じ得る識別標識としての称呼は,商標に接して初めて生じ得るのであり,使用商標が登録商標と社会通念上同一と認められるか否かの判断において考慮すべき点は,使用商標そのものに接する需要者,取引者の認識であり,使用商標を離れた取引実態ではない。

さらに,本件使用商標①中の「LINE」の欧文字及び「ライン」の片仮名文字は,アイライナー商品との関係において,商品の品質等を直接かつ具体的に表示するものではないし,商品の品質等を表示するものとして一般に使用されているものでもない。

以上によれば,被告の上記主張は失当である。

エ 小括

以上のとおり,本件商標の商標権者である原告又は通常使用権者であるエリザベスは,要証期間内に日本国内において,本件審判請求に係る指定商品のうち,「化粧品」について,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用していたことは明らかである。

したがって,これと異なる本件審決の判断は誤りであるから,本件審決は,取り消されるべきである。

(2)  取消事由2(手続違背)

原告は,特許庁審判長作成の平成26年6月4日付け審理事項通知書(以下「本件審理事項通知書」という。甲34)に「被請求人の提出に係る乙各号証に関する暫定的な見解」として,「提出された証拠方法によっては,次の(1)ないし(4)の理由によって,被請求人が商標法第50条第2項に規定する証明をしたものと認めることはできません。」との記載があったため,本件審理事項通知書記載の「(1)ないし(4)の理由」を解消すれば,被請求人(原告)が商標法50条2項に規定する登録商標(本件商標)の使用の事実の証明をしたものと認められると理解した。そこで,原告は,同年7月8日付け口頭審理陳述要領書(甲35)において,「平成26年6月4日付けの審理事項通知書において,登録商標と使用商標の同一性に関して,陳述することは求められておりません。」,「したがいまして,乙各号証における使用商標は,登録商標と社会通念上同一のものとお認めいただいていると思料いたします」と述べた。

ところが,本件審決は,本件使用商標①が本件商標と社会通念上同一と認められる商標に当たるか否かという本件審理事項通知書に一切記載されていなかった争点について,「使用商標は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできない」と判断し,本件商標の商標登録を取り消した。原告は,本件審理事項通知書に上記争点の説示があれば,詳細に反論する準備があったし,新たな証拠を収集したであろうが,上記争点に関する記載はなく,反論の機会が与えられなかった。

したがって,本件審決の審判手続には,不意打ちを防止した特許法153条2項の趣旨に違反する手続違背があるから,本件審決は,取り消されるべきである。

2  被告の主張

(1)  取消事由1(本件商標の使用の事実の判断の誤り)に対し

ア 本件使用商標①と本件商標の社会通念上同一性の判断の誤りについて

(ア) 商標は当該商標に化体した実際の信用が保護の対象であるから,本件使用商標①において,商標としての機能を発揮していた部分を特定するに当たっては,実際の商取引の実態に即して需要者,取引者の認識を把握することができる場合には,その認識内容に則して特定する必要がある。しかるところ,被告代理人関係者が原告主張の本件使用商品の販売先のマスダ増及び「新世界べにや」に直接訪問し,又は電話したところ,マスダ増及び「新世界べにや」のいずれにおいても,本件使用商品を「ライン」との称呼では特定することができず,「ルボタン」との称呼を追加したことにより初めて商品を特定することができた。また,「新世界べにや」の担当者は,「「ライン」はないですけどね。みんなアイラインのことは「ライン」っていうんです。」と述べた。このことは,アイライナー商品の商取引の実態として,需要者,取引者において,「ライン」という称呼(標章)は,それ単独では,特定のアイライナー商品を他の商品と識別することができず,自他商品識別標識としての機能を発揮していないことを意味するものであるから,本件使用商標①のうち,「LINE」の欧文字部分が独立して自他商品識別標識としての機能するとはいえない。

したがって,本件使用商標①の構成中,自他商品識別標識として機能するのは,「Rubotan/LINE」,「ルボタン/ライン」であり,本件使用商標①から「ルボタンライン」の称呼が生じるが,特定の観念は生じない。

他方で,本件商標から「ライン」の称呼が生じ,「線,系列」の観念を生じる。そうすると,両商標は,その構成文字において明らかな差異があり,その称呼,外観及び観念において同一とはいえないものであるから,本件使用商標①は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできない。

(イ) この点に関し,原告は,書体,大きさ,段等を異にする2以上の構成要素からなる商標について,それぞれの構成要素について商標登録を受けるという化粧品を取り扱う業界の一般的な通例を挙げて,その通例からすれば,本件使用商標①のうち,「LINE」の欧文字部分も要部に当たる旨主張する。

しかしながら,原告の上記主張は,あくまで通例ないし傾向に依拠する主張であるところ,前記(ア)のとおり,本件使用商標①のうち,「LINE」の欧文字部分に対して独立して信用が化体していないことが明確であり,一般的な通例に従った判断を優先させる必要はないから,原告の上記主張は失当である。

(ウ) 以上によれば,本件使用商標①は本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできないとした本件審決の判断に誤りはない。

イ 本件使用商標②と本件商標の社会通念上同一性について

(ア) 本件使用商品の販売において本件包装用箱が用いられたことは不知。

仮に本件包装用箱が用いられたとしても,本件包装用箱に表示された標章と本件商標との社会通念上の同一性については争う。

(イ) 前記ア(ア)のとおり,需要者,取引者において,「ライン」という称呼(標章)は,それ単独では,特定のアイライナー商品を他の商品と識別することができず,自他商品識別標識としての機能を発揮しないから,本件包装用箱に表示された標章のうち,「LINE」の欧文字部分(本件使用商標②)が独立して自他商品識別標識として機能するとはいえない。

ウ 小括

以上によれば,原告又はエリザベスが要証期間内に本件商標と社会通念上同一と認められる商標を本件使用商品に使用していたことの証明はないから,原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2(手続違背)に対し

不使用取消審判では当事者主義が妥当しており,当事者の自己責任において主張が選別される必要がある。この大原則を踏まえると,本件審理事項通知書は,当事者間の攻防上の主たる争点である「社会通念上の同一性」を判断する前提事項として,原告に対し,使用商品の販売主体と商標権者の関係及び販売時期につき補充することを求めたものであると理解することができる。

そうだとすると,本件審理事項通知書は,当事者の主張を制限するものではなく,かつ,原告が主張するような本件審理事項通知書記載の「(1)ないし(4)の理由」を解消すれば,原告が商標法50条2項に規定する登録商標(本件商標)の使用の事実の証明をしたものと認められるとの意味合いを含むものではない。

したがって,原告主張の取消事由2は,理由がない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本件商標の使用の事実の判断の誤り)について

(1)  本件使用商標①の使用の事実について

証拠(甲7ないし19,21ないし29,43ないし62(枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,次のような事実が認められる。

ア ルボタン社は,昭和36年10月30日に設立された後,「ルボタンリップクリーム」,「ルボタン ピンクリップ」,「ルボタン ブラウンリップ」等の商品名の化粧品を製造,販売していた。ルボタン社は,上段に「Rubotan」の欧文字と下段に「ルボタン」の片仮名文字を二段に横書きに書してなる登録商標(甲49)のほかに,「ルボタン」の片仮名文字を横書きに書してなる登録商標(甲44),「ルボタンライン」の片仮名文字を横書きに書してなる登録商標(甲45),上段に「ルボタン」の片仮名文字と下段に「アイブラッシュ シャドウ」の片仮名文字を二段に横書きに書してなる登録商標(甲46),上段に「ルボタン」の片仮名文字と下段に「ピンク リップ」の片仮名文字を二段に横書きに書してなる登録商標(甲47),上段に「ルボタン」の片仮名文字と下段に「ブラッシュカラー」の片仮名文字を二段に横書きに書してなる登録商標(甲48)などの商標権を有していた。

イ 原告は,昭和43年7月11日に設立され,株式会社伊勢半本店(以下「伊勢半本店」という。),エリザベス,アイカーケミカルなどと企業グループ(「伊勢半グループ」)を形成している。伊勢半本店は,昭和47年12月8日に,ルボタン社の全株式を取得し,ルボタン社は,そのころまでに,伊勢半グループの一員となった。

ウ 原告は,昭和58年4月1日,本件商標の商標登録出願をし,昭和61年5月30日にその設定登録を受けた。

原告は,昭和62年12月18日に,厚生大臣から,販売名を「ルボタン ライン」とする化粧品製造品目の許可を得て,アイライナー商品の製造を開始した。その後,原告は,平成6年5月13日付けで,上記化粧品製造品目許可の製造を廃止し,化粧品製造製品届に変更する旨の変更の届出(甲100)をした。

原告は,平成21年3月26日,東京都知事に対し,販売名を「ルボタン ライン」とする化粧品の製造販売の届出(甲16)をした。

その後,原告は,ルボタン社が有していた上段に「Rubotan」の欧文字と下段に「ルボタン」の片仮名文字を二段に横書きに書してなる登録商標の存続期間が平成25年3月31日に満了したことに伴い,上記と同様の構成(ただし,字体は異なる。)の商標の商標登録出願を行い,平成26年4月18日,その商標登録(甲57)を受けた。

エ 伊勢半グループに属するエリザベスは,原告の許諾を受けて,要証期間内である平成25年3月14日から同年11月21日までの間に,マスダ増及び「新世界べにや」に対し,本件使用商標①を包装(包装容器)に付したアイライナー(本件使用商品)を譲渡し,又は引き渡し,本件使用商標①を使用した。

また,原告は,要証期間内である同年3月及び5月,本件使用商品を製造し,本件使用商品の包装(包装容器)に本件使用商標①を付して,本件使用商標①を使用した。

(2)  本件使用商標①と本件商標の社会通念上同一性について

原告は,①本件使用商標①中の「Rubotan」,「LINE」,「ルボタン」及び「ライン」の各文字は,段を違えて表示されており,一列に併記した場合に比して,一体性が希薄化されていることは明らかであり,需要者は,「ルボタン」及び「ライン」は,上部に書された「Rubotan」及び「LINE」の欧文字のそれぞれの表音を表した程のものと認識,理解すること,②「Rubotan」は7文字,「LINE」は4文字であるから,「LINE」の方が,文字数が少なく,大きく書されていること,③「Rubotan」の欧文字は,大文字と小文字で筆書き風に書されているのに対し,「LINE」の欧文字は,すべて大文字で肉太のゴシック体をもって書されていることからすると,本件使用商標①の構成中の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字は,分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではなく,外観上,「LINE」の欧文字及び「ライン」の片仮名文字は,相対的に際立ち,顕著な印象を与えるものであり,独立して自他商品識別標識として機能し得るものであるから,本件使用商標①の要部である,そして,本件使用商標①の上記要部と本件商標を比較すると,本件使用商標①は本件商標と社会通念上同一と認められる商標(商標法50条1項)に当たる旨主張するので,以下において判断する。

ア 本件使用商標①は,別掲1のとおり,最上段に「Rubotan」の欧文字,その下段に「LINE」の欧文字,さらに,その下段に「LIQUID」の欧文字,「ルボタン」の片仮名文字及び「ライン」の片仮名文字を三段に配してなる五段の標章である。

上段二段の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字は,下段三段の「LIQUID」,「ルボタン」及び「ライン」よりも文字が大きいこと,「LIQUID」の下部の「ルボタン」及び「ライン」の片仮名文字は,同じ大きさ,同じ書体でまとまりよく併記されていることからすると,「ルボタン」及び「ライン」の片仮名文字は,「Rubotan」及び「LINE」の欧文字の表音を示したものとして,本件使用商標①から「ルボタンライン」の称呼が自然に生じるものと認められる。「LIQUID」の欧文字は,「液状」の意味を有し,本件使用商品が液状であることを表示したものと理解することができ,しかも,上段二段の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字よりも文字が小さいことからすると,出所識別標識としての機能は弱いものといえる。

一方で,「Rubotan」の欧文字と「LINE」の欧文字は,上下2段にまとまりよく併記されており,「Rubotan」の欧文字は筆書き風の書体であり,「LINE」の欧文字は「Rubotan」の欧文字よりもやや文字が大きいが,「Rubotan」の欧文字はゴシック体の「LINE」の欧文字とは異なる筆書き風の書体であることからすると,外観上,いずれかが顕著に際立っているということはできない。

加えて,本件使用商品は,販売名を「ルボタン ライン」とする「アイライナー」であり(前記(1)),本件使用商品の宣伝広告においては,本件商品の画像とともに「ルボタンライン」,「ルボタンライン リキッドアイライナー」,「ルボタンアイライナー」などと表記され(甲22ないし27),本件証拠上,本件使用商品について,「LINE」の部分のみをその出所の識別標識として使用していた事情は認められない。

イ 以上を総合すると,本件使用商標①の構成中の「Rubotan」及び「LINE」の欧文字は,分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではないが,需要者,取引者においては,ひとまとまりの表示として認識するものと認められるから,「LINE」の欧文字部分が独立して自他商品識別標識として機能し得るものということはできない。

したがって,「LINE」の欧文字及びその表音を示した「ライン」の片仮名文字が,本件使用商標①の要部に当たるとの原告の主張は採用することができない。

ウ この点に関し,原告は,化粧品業界においては,書体,大きさ,段等を異にする2以上の構成要素からなる商標については,それぞれの構成要素について商標登録を受けて使用するのが一般的であるという取引の実情があり,このような取引の実情を考慮すると,「LINE」の欧文字が本件使用商標①の要部に当たる旨主張する。

しかしながら,個々の商標の要部をどのように認定するかは,需要者,取引者の認識等を前提に個別的に検討すべき問題であり,原告が主張するような取引の実情があるからといって直ちに「LINE」の欧文字が本件使用商標①の要部に当たることの根拠となるものではない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

エ 以上のとおり,本件使用商標①の構成中の「LINE」の欧文字及び「ライン」の片仮名文字は本件使用商標①の要部に当たるものと認められないから,本件使用商標①は本件商標と社会通念上同一と認められる商標であるとの原告の主張は,その前提を欠くものであり,理由がない。

(3)  本件使用商標②と本件商標の社会通念上同一性について

原告は,要証期間内に,別掲2のとおり,本件使用商品を6個梱包するための包装用容器(本件包装用箱)に,「file_4.jpgAMNA>」の片仮名文字,その下段にゴシック体で大きく表された「ライン」の片仮名文字を表示して使用していたものであり,「ライン」の片仮名文字の標章(本件使用商標②)は,本件商標と社会通念上同一性のある商標であるから,原告又は通常使用権者であるエリザベスは,要証期間内に,本件商標と社会通念上同一と認められる商標(本件使用商標②)を本件使用商品に使用した旨主張する。

しかしながら,前記(2)ア認定のとおり,本件使用商品は,販売名を「ルボタン ライン」とする「アイライナー」であり,本件使用商品の宣伝広告においては,本件商品の画像とともに「ルボタンライン」,「ルボタンライン リキッドアイライナー」,「ルボタンアイライナー」などと表記され,本件証拠上,本件使用商品について,本件使用商標①の構成中の「LINE」の部分のみをその出所の識別標識として使用していた事情は認められないこと,本件包装用箱は,本件使用商品を6個梱包するための包装用容器であること(甲95)に照らすと,本件包装用箱に接した需要者,取引者は,本件包装用箱に付された別掲2の「ルボタン」及び「ライン」の片仮名文字を,ひとまとまりの標章として認識し,上記標章から「ルボタンライン」の称呼が自然に生じるものと認められるから,「ライン」の片仮名文字のみが独立して自他商品識別標識として機能し得るものということはできない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  小括

以上によれば,原告は,本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において,商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが本件審判請求に係る指定商品について,本件商標(社会通念上同一の商標を含む。)の使用をしていたことを証明していないとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(手続違背)について

(1)  原告は,①特許庁審判長作成の本件審理事項通知書に「被請求人の提出に係る乙各号証に関する暫定的な見解」として,「提出された証拠方法によっては,次の(1)ないし(4)の理由によって,被請求人が商標法第50条第2項に規定する証明をしたものと認めることはできません。」との記載があったため,本件審理事項通知書記載の「(1)ないし(4)の理由」を解消すれば,被請求人(原告)が商標法50条2項に規定する登録商標(本件商標)の使用の事実の証明をしたものと認められると理解したが,本件審決は,本件使用商標①が本件商標と社会通念上同一と認められる商標に当たるか否かという本件審理事項通知書に一切記載されていなかった争点について,「使用商標は,本件商標と社会通念上同一の商標と認めることはできない」と判断し,本件商標の商標登録を取り消した,②本件審理事項通知書に上記争点の説示があれば,原告は,詳細に反論する準備があったし,新たな証拠を収集したであろうが,上記争点に関する記載はなく,反論の機会が与えられなかったとして,本件審決の審判手続には,不意打ちを防止した特許法153条2項の趣旨に違反する手続違背がある旨主張する。

ア そこで検討するに,本件審理事項通知書(甲34)には,「1 被請求人の提出に係る乙各号証に関する暫定的な見解」として,被請求人及びエリザベスが,要証期間内に日本国内において,本件審判請求に係る指定商品中,「化粧品」に属する「アイライナー」について本件商標を使用していると主張し,「その証拠方法として乙第1号証ないし乙第4号証(枝番号を含む。)を提出しています。」(判決注・「乙第1号証ないし乙第4号証(枝番号を含む。)」は,本訴甲7の1ないし甲10である。),「しかしながら,提出された証拠方法によっては,次の(1)ないし(4)の理由によって,被請求人が商標法第50条第2項に規定する証明をしたものと認めることはできません。」との記載がある一方で,「2 口頭審理陳述要領書について」の「(1) 被請求人」の項目に,「ア 被請求人は,前記1の暫定的な見解及び請求人提出の審判事件弁駁書に対する意見があれば述べてください。」,「イ 被請求人は,既に提出した乙号証のほかに,商標法第50条第2項に規定する要証期間内に,我が国において,商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが本件商標の使用をした事実を示す新たな証拠方法があれば提出してください。」との記載がある。本件審理事項通知書の上記記載は,「1」において「被請求人の提出に係る乙各号証に関する暫定的な見解」を示すとともに,「2」において「前記1の暫定的な見解及び請求人提出の審判事件弁駁書」に対する意見の提出を求めることを示したものと理解することができる。

イ そして,被告作成の「審判事件弁駁書」(甲32)には,「以下では,被請求人の主張,すなわち欧文字「LINE」と片仮名文字「ライン」が独立して識別力を発揮する構成・態様で表示しており,この使用態様は,登録商標と社会通念上同一と認められるとの主張に対して反論する。」,「以上の点を考えると,本商品の記載は,「Rubotan/LINE」,「ルボタン/ライン」で各々1つの商標であると評価できる。」,「そうすると,そのうち「LINE」や「ライン」の部分のみを独立して捉えて実際の商取引の実態を無視して形式的に登録商標の使用であると考えることはできない。」,「このようなことから,商品の表面の表示を根拠に「社会通念上同一の商標」を使用したとはいえない。」などの記載がある。

「審判事件弁駁書」の上記記載は,被告が,本件使用商標①が本件商標と社会通念上同一と認められる商標に当たることを否認し,この点を本件審決の審判手続における争点として捉えていることを示したものといえる。

ウ 前記ア及びイによれば,本件審理事項通知書は,原告に対し,「1 被請求人の提出に係る乙各号証に関する暫定的な見解」のみならず,本件使用商標①が本件商標と社会通念上同一と認められる商標に当たることを否認する理由を具体的に記載した被告作成の「審判事件弁駁書」に対する意見の提出を求める内容のものであることは明らかであるから,本件使用商標①が本件商標と社会通念上同一と認められる商標に当たるか否かという点が本件審理事項通知書に一切記載されていなかった争点であるということはできないし,また,原告に反論の機会が与えられなかったということはできない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(2)  以上のとおり,本件審決の審判手続に手続違背は認められないから,原告主張の取消事由2は理由がない。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中正哉 裁判官 神谷厚毅)

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