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知財高等裁判所 平成27年(行ケ)10236号 判決 2016年6月22日

原告

被告

特許庁長官

指定代理人

小野忠悦

赤木啓二

住田秀弘

長馬望

田中敬規

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

特許庁が不服2015-10554号事件について平成27年9月28日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性判断(引用発明の認定,一致点・相違点の認定,相違点の判断)の誤りの有無である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,名称を「トイレットロールの芯,及び,トイレットロール」とする発明につき,平成26年7月4日(本願優先日)に出願した特願2014-149215号を基礎とする優先権を主張して,同年11月10日,特許出願(特願2014-239303号,請求項の数10。甲1)をしたところ,平成27年4月28日付けで拒絶査定を受けたので,同年5月18日,拒絶査定不服審判請求(不服2015-10554号)をした。(甲1)

特許庁は,平成27年9月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年10月21日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本願の請求項1に係る発明(本願発明)は,次のとおりである(甲1。以下,本願に係る明細書及び図面を「本願明細書」という。)。

「 周方向のいずれか一方の向きを特定する識別子が内側面に設けられている,トイレットロールの芯。」

甲1の図3を掲記する。

file_2.jpgsie1…芯,3…識別子,5…トイレットペーパー,10…トイレットロール,51…糊付けされた部分,52…最端部

3  審決の理由の要点

(1)  引用発明の認定

実願昭56-93081号(実開昭58-1394号)のマイクロフィルム(引用例。甲2)には,次の発明(引用発明)が記載されている。

「 トイレットペーパーの筒状の芯Sの内側をのぞきこめば一目でトイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得るように,トイレットペーパーの筒状の芯Sに,一定の方向を示めす無数の印Mを入れた,トイレットペーパーの筒状の芯S。」

甲2の第1図を掲記する。

file_3.jpgP…トイレットペーパー,S…筒状の芯,B…筒状の紙Sを形成するボール紙,M…一定方向を示す印

(2)  一致点の認定

本願発明と引用発明とを対比すると,次の点で一致する。

「 向きを特定する識別子が内側面に設けられている,トイレットロールの芯。」

(3)  相違点の認定

本願発明と引用発明とを対比すると,次の点が相違する。

識別子について,本願発明は,「周方向のいずれか一方の向きを特定する」のに対し,引用発明は,「トイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」点。

(4)  相違点の判断

① 本願発明の「周方向にいずれか一方の向きを特定する識別子」は,トイレットペーパー(ペーパー)の引き出し向きが容易に把握できるように,また,トイレットロールをホルダーに適切な向きで容易に取り付けることができるようにするために設けるものである。

② 引用発明において,トイレットペーパー(トイレットロール)の上下の判別は,ホルダーにトイレットペーパー(トイレットロール)を挿入する際にトイレットペーパー(ペーパー)の引き出し向きが容易に把握できることを意味する。そして,トイレットペーパー(ペーパー)の引き出し向きは,トイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きといえる。

そうすると,「印M」は,トイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きを判別できるものである。

③ トイレットペーパー(トイレットロール)に周方向の向きを特定する印を設けることは,特開2009-34467号公報(周知例1。甲3),特開2009-268535号公報(周知例2。甲4)及び実願昭53-31128号(実開昭54-134637号)のマイクロフィルム(周知例3。甲5)に記載されるように,本願優先日前の周知技術である。

④ ①②から,引用発明の「印M」と本願発明の「識別子」とは,トイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きを判別できる点で共通するから,相違点は実質的なものではない。

⑤ 仮に,引用発明の「印M」が,トイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きを直接的に特定するものではないとしても,③から,引用発明の「印M」を,周方向の向きを直接的に特定する印とすることは,当業者が適宜になし得た程度の設計事項である。

(5)  まとめ

本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから,特許を受けることができない。したがって,その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(引用発明の認定の誤り)

審決は,引用発明を

「 トイレットペーパーの筒状の芯Sの内側をのぞきこめば一目でトイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得るように,トイレットペーパーの筒状の芯Sに,一定の方向を示めす無数の印Mを入れた,トイレットペーパーの筒状の芯S。」

と認定する。しかしながら,引用例に開示された内容からは,トイレットペーパーの「左右」が分かったとしてもその上下の確認はとれないから,引用発明は,

「 トイレットペーパーの筒状の芯Sの内側をのぞきこめば一目でトイレットペーパーの左右(方向)が判るように,トイレットペーパーの筒状の芯Sに,一定の方向を示めす無数の印Mを入れた,トイレットペーパーの筒状の芯S。」

と認定されるべきものである。

すなわち,引用発明の「印M」が示す「左右」の「一定方向」とは,左右方向(左向き又は右向きのうちの一方)を示すものであり,軸線方向が示されているだけである。下記図で示すように,「印 M」の狭まった側が「印 M」が示す方向であると分かったとしても,そこで示している方向が左であるのか,右であるのかは分からない。また,引用例における「上下」の意味は必ずしも明りょうではなく,巻き方向と関連しているとは限らない。次の図のように,製造者の意向によっては,「印 M」を左向きと設定してトイレットペーパーを左図のように設置して手前側から下方向に向けてペーパーを取り出すようにする場合もあれば,「印 M」を右向きと設定して右図のようにトイレットペーパーを設置して手前側から下方向に向けてペーパーを取り出すようにする場合もあるが,両者のトイレットペーパーの巻き方向は,「印M」の指し示す方向との関係においては,正反対である。このように,ペーパーの巻き方向は,トイレットロールの上下によっては確定されない。

file_4.jpg(81M z0 FREE)そうすると,引用例に記載された発明において,「印M」が示している軸線方向とトイレットペーパーの上下方向,すなわち,券き方向とは,別の外的因子によって初めて関係付けられるし,また,製造者の意向によっても左右される。しかしながら,それらは引用例に示されておらず,また,当業者の技術常識をもっても引用例からそれらを理解することができない。

したがって,引用例から,「左右」(左右方向)が分かるがゆえに上下が分かるとする引用発明を認定した審決の認定には,誤りがある。

2  取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)

審決は,本願発明と引用発明の一致点を

「 向きを特定する識別子が内側面に設けられている,トイレットロールの芯。」と,同相違点を

「 識別子について,本願発明は,『周方向のいずれか一方の向きを特定する』のに対し,引用発明は,『トイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る』点」と認定する。

しかしながら,引用発明は,上記1のように認定されるべきものであるから,上下が判別できるものではなく,また,引用発明の「印M」は,芯Sに開けられた穴であるから,トイレットロールの「内側面」に設けられたものではない。

さらに,「トイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」というのは発明の効果をいうものであるところ,効果が一致しても構成が一致しているとはいえないから,引用発明の効果と本願発明の構成を対比しても相違点を導くことはできない。作用の記載は,作用の記載同士で,又は,作用の記載に対応する記載と対比すべきである。

そして,本願発明の識別子は,単に向きが確認できればよいのではなく,「周方向のいずれか一方の向き」を特定するものである。

そうすると,本願発明と引用発明との相違点(原告主張相違点)は,次のとおりと認定されるべきである。

本願発明では,「識別子」が特定する方向が「周方向のいずれか一方の向き」という明確に特定された方向であるのに対し,引用発明では,「印」によって示される方向が「一定の方向」という特段特定されていない方向である点。

したがって,審決の一致点・相違点の認定には,誤りがある。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り)

審決は,引用発明の「印 M」がトイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きを判別できると認定し,これを前提に,相違点は実質的なものではないと判断した。

しかしながら,前記1のとおり,引用発明の「印 M」がトイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きを判別できるものではなく,この相違は実質的なものであるから,審決の上記認定判断は,誤りである。

また,審決は,トイレットペーパー(トイレットロール)に周方向の向きを特定する印を設けることは,本願優先日前の周知技術であり,引用発明の「印M」を,周方向の向きを直接的に特定する印とすることは,当業者が適宜になし得た程度の設計事項であると認定判断する。

しかしながら,周知例1~周知例3においては,いずれも,識別子は,トイレットロールの芯ではなくトイレットペーパーに設けられており,この点を特徴点としているところ,それにもかかわらず,周知例1~周知例3に開示された識別子を引用発明のトイレットロールの芯に適用する動機付けは,周知例1~周知例3には記載も示唆もされていない。のみならず,トイレットペーパー上という目立つ位置に設けられた識別子に創発された当業者が,これを芯に設けるよう変更することは,不自然であり,通常なし得たことではない。

そうすると,当業者が,周知例1~周知例3を参酌して,引用発明から本願発明を導くことは容易とはいえない。

以上のとおり,審決の相違点の判断には,誤りがある。

第4被告の反論

1  取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対して

筒状の芯とそれに巻かれたペーパーとからなるトイレットペーパーを,壁に固定されたホルダーに対して,芯が水平となるように,かつ,使用者がペーパーを上方から手前側に引き出せるように(ペーパーの端が手前側で垂れ下がり,ホルダーに回動自在に支持されたカバーによってペーパーをカットできるように)取り付けることは,本願優先日前からの周知慣用の使用方法であって,かつ,通常の取付状態である(以下,この取付状態を「通常取付状態」という。)。通常取付状態を前提とした場合,使用者からみたトイレットペーパーの左右方向とトイレットペーパーの上下方向(手前側で垂れ下がるペーパーの上流側が上側で下流側が下側)との関係は一義的に決まる。

引用例の「筒状の芯Sの内側をのぞきこめば一目でトイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別がつく。」との記載は,通常取付状態を踏まえたものと解されるから,その記載に誤りはない。

そして,使用者に対して「印M」がトイレットペーパーをホルダーに取り付ける際の右側(右方向)又は左側(左方向)のいずれを示すかは,トイレットペーパーの包装用袋や箱に記載すれば足りることであり,そのような説明を付記することは,当業者が適宜になし得る。また,製造者が芯にペーパーを巻く際に,上記の「印M」の意味を踏まえて巻き方向を決めることは,自明の事項である。

そうすると,通常取付状態を前提とすれば,引用例からは引用発明を認定することができ,審決の引用発明の認定には,誤りはない。

2  取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)に対して

引用発明は,上記1のとおり,トイレットペーパーの上下が判別できるものである。

また,「印M」が穴であったとしても,「印M」は,芯の内側から方向(向き)を特定する(識別する)ものであって,トイレットペーパーの芯の内側面に設けられていると解することができる。

さらに,審決は,①「トイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」との箇所に相当する本願発明の②「周方向のいずれか一方の向きを特定する」との構成が相違点を形成するとしているのであるから,上記①を対比に用いることができようができまいが,②の容易想到性を判断することには変わりがなく,①を対比に用いることができるか否かは,審決の結論を左右しない。

いずれにせよ,①は「印M」の機能を表現したものであって,引用発明の構成として理解できることは明らかであるから,本願発明と引用発明とは,審決が相違点と認定するところで相違する。

したがって,審決の相違点の一致点・相違点の判断には,誤りがない。

3  取消事由3(相違点の判断の誤り)に対して

上記1のとおり,引用発明の「印M」は,トイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きを間接的に判別する(左右が判れば上下が判る。)ことができるものであるから,引用発明の「印 M」がトイレットペーパー(トイレットロール)の周方向の向きを判別できるものではないことを前提とする原告の主張は,失当である。

引用発明は,ペーパーの向きであるトイレットペーパー(トイレットロール)の上下の方向を極めて簡単に判別できるために,「印M」を筒状の芯Sに設けたことを特徴とするものである。そして,「印M」は,左右の方向を示すことにより上下の確認がとれるとするものである。

そうすると,引用発明の特徴を踏まえて,このトイレットペーパー(トイレットロール)の筒状の芯Sに設けた「印M」それ自体を,直接「上下の確認がとれ」るような向き,すなわち,周知例のようにロール状に巻かれるペーパーの向きである周方向の向きを直接特定する印とすることは,当業者にとって容易になし得たことである。この周知技術の採用に関して,「印M」を引用発明のトイレットペーパーの表面に敢えて移動させることこそ不合理である。

したがって,審決の相違点の判断には,誤りがない。

第5当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  本願発明について

本願明細書(甲1)によれば,本願発明は,次のとおりと認められる。

本願発明は,トイレットロールの芯,及び,トイレットロールに関する。(【0001】)

トイレットロールは,紙管(芯)にトイレットペーパーが巻き回され,トイレットペーパーの最端部に近い部分が軽く糊付けされており,トイレ内の壁に固定されたホルダーの軸棒に外挿して使用するものが普及している。(【0002】~【0004】)

新品のトイレットロールを取り付けるためには,糊付けされた部分の周囲を注意深く観察してトイレットペーパーの巻き回しの向きを把握しなければならないが,糊付けされた部分の周囲を観察しても状況がよく分からないことがあり,ホルダーへの取付け向きを間違えると,トイレ内で地団駄を踏む羽目となる。そこで,本願発明は,トイレットペーパーの引き出し向きが自分好みの向きとなるようにトイレットロールをホルダーに容易に取り付けることができるためのトイレットロールの芯及び当該芯を備えるトイレットロールを提供することを目的とする。(【0006】~【0008】)

本願発明の構成を有するトイレットロールは,識別子が特定する向きと,この芯に巻き回されるトイレットペーパーの引き出し向きとをそろえることができるので,トイレットロールをホルダーに取り付ける際に,識別子が特定する向きを確認することにより,トイレットペーパーの引き出し向きが自分好みの向きとなるようにトイレットロールをホルダーに容易に取り付けることができる。(【0009】【0019】)

(2)  引用発明について

ア 記載事項

引用例(甲2)には,次の記載がある。

なお,明らかな誤記や常用と異なる漢字仮名部分は補正した(以下同じ。)。

「 筒状の芯Sに一定の方向を示す印Mを入れ,それによって,トイレ内等において,ペーパーホルダーに挿入する際に,より簡単に上下の判別ができ得るように成したトイレットペーパー。」(実用新案登録請求の範囲)

「 この考案はトイレットペーパーに関するものである。

従来のトイレットペーパーにおいては,トイレットペーパーをトイレ内等においてペーパーホルダーに挿入する際に,その上下の確認はロール状に巻かれているペーパーの最表部の余白の部分の向きを調べて判別していた。ところが製作上のミス等によりこのノリづけされていない余白の部分の無いものや始めから余白がないように形成されているものもあり,そのようなトイレットペーパーにおいては,トイレ等内のペーパーホルダーに挿入する際にキチンと巻かれている最表部辺のペーパーをはがしてみないと上下の確認をすることができなかった。

この考案のトイレットペーパーにおいては,このようにペーパーの最表部辺をはがしてみなくても,又は始めから最表部の最先端にあるノリづけされていない余白の部分を確認しなくても,トイレ等内でペーパーホルダーにトイレットペーパーを挿入する際により簡単にトイレットペーパーの上下の確認ができ得るように成したものである。」(明細書1頁10行~2頁10行目)

「 …この考案は第1図に示めすようにトイレットペーパーPの筒状の芯Sに一定の方向を示した無数の印Mをつけたものである。」(明細書2頁11~14行目)

「この印Mの形成にあっては第2図に示めすようにトイレットペーパーPの筒状の芯Sを形成するボール紙Bが丸められたり,丸めるために,細断される前の大判である時に無数の主に矢印の形状をした穴をあけることによって,そのボール紙が第2図に示すように筒状の芯Sとなった時に一定方向を示めす印Mとなるようになす。

筒状の芯Sは通常それを形成するボール紙の地色であり,この色は白色ではないのでトイレットペーパーPの実際に使用するペーパーは白色であるので単にボール紙Bに無数の穴を一定方向に示してあければ,このボール紙Bが筒状のトイレットペーパーの芯Sとなった時にその穴すなわち一定方向を示す印Mとなって,この考案のトイレットペーパーの筒状の芯Sの内側をのぞきこめば一目でトイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーに挿入する際に簡単に上下の判別がつく。」(明細書2頁14行~3頁12行目)

file_5.jpg「 トイレットペーパーをこのように形成したことによりトイレ等内においてペーパーホルダーにトイレットペーパーを挿入する際の上下の判別をきわめて簡単になし得るようになさしめる上,トイレットペーパーの製作時においても在来のトイレットペーパーのようにペーパーの最表部の最先端にノリづけしない余白の部分を形成する必要がなくなりノリづけの際の手間の省力化もできる。」(3頁13~20行目)

イ 認定

上記アの記載によれば,引用発明は,①トイレットペーパー(本願発明のトイレットロールに相当。以下,「トイレットロール」という。)の最表部の最先端にあるノリ付けされていない余白の部分を確認しなくても,ホルダーにトイレットロールを挿入する際にトイレットロールの「上下」の確認ができることを課題とし,②一定の方向を示す無数の「印M」(図面によれば,筒状の芯の軸線方向に沿って,横長形状の長方形が,図上での左端の上下が切り欠かれて尖状に形成されているものと認められる。)をトイレットロールの芯Sに穴を開けて形成することを解決手段とし,③この「印M」によりトイレットロールの「左右」が分かり,その結果トイレットロールの「上下」の判別ができるという効果を奏するものと認められる。

2  取消事由1(引用発明の認定の誤り)について

(1)  引用発明において,トイレットロールの左右方向を筒状の芯の軸線方向とすること,及び,引用発明のトイレットロールが,筒状の芯を床に対して水平方向に延びるホルダーの軸に挿入して設置されるものであることは,当事者双方が当然の前提としていることであって,当事者間に争いはない。

原告は,これらの前提の下に,「印M」だけでは,左右方向(軸線方向)しか分からず,したがって,どちらが左又は右となるのか一義的に判別できないから,結局,トイレットロールの上又は下も一義的に判別できないと主張するものと理解される。

そこで,以下,検討する。

(2)  引用発明の「印M」だけに着目すると,トイレットロールの左右の指示方法(一定の方向を示す記号を用いる。)は理解できるものの,その指示先が左なのか右なのかは判明しない。また,引用例には,トイレットロールの左右に基づいてその上下が判別できると記載されているものの,どのようにしてトイレットロールの上下が判明するかの明示的な記載はない。

しかしながら,引用発明は,トイレットロールをホルダーに挿入する際のペーパー最表部の最先端の方向を適切に配置することを課題とするものであるから,「印M」は,トイレットロールの使用者に左右が分かるように設けられたものと認められる。そして,上記課題や,上記(1)の形態のトイレットロールの通常の使用方法からみて,トイレットロールの上下とは,ペーパーの最表部の最先端の位置が,使用者にとって手前に来た場合のトイレットロールの上下を指し示すことも明らかである。そうすると,このような場合にトイレットロールの左右が定まっているならば,使用者にとって,上又は下も一義的に定まることは明らかであるし,このような観点から,当業者は,適切なトイレットロールの上下を念頭に置いて左右を定め得るものと認められる。

また,「印 M」だけではその指示先が左なのか右なのかは判明しないとしても,包装等に説明書きを加えるなどして「印M」が左又は右のいずれを示すのか明らかにすることは,当業者が発明の具体的適用に当たって適宜なすことにすぎない。

そうすると,トイレットロールの左又は右を一義的に判別できないから,結局,トイレットロールの上又は下も一義的に判別できないとする原告の主張は,採用することができない。

(3) これに対して,原告は,「印M」以外の引用例に開示されていない外的因子を考慮して,「印 M」が示している方向とトイレットロールの上下方向(巻き方向)とを関係付けることは許されないとの主張をする。

しかしながら,上記(2)のとおり,「印 M」が示している方向を明らかにすることは,当業者が適宜なすことであり,上記(1)の形態のトイレットロールの通常の取付け状態を前提として,この方向とトイレットロールの上下方向(巻き方向)とを関係付けることは,自明の事項であるから,左右を定めることによって上下の判別ができる(ペーパーの取出し方向を判別できる)との引用発明の技術思想に接した当業者は,これらの点を引用例から当然に読み取ることができる。

原告の上記主張は,採用することができない。

(4)  以上から,審決の引用発明の認定には,誤りがない。

したがって,取消事由1には,理由がない。

3  取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)について

上記1のとおり,引用発明の「印M」によりトイレットロールの上下が分かるものであるから,引用発明の「印M」によってトイレットロールの上下が分からないことを前提とする原告の主張は,採用することができない。

また,原告は,引用発明の「印M」がトイレットロールの内側面に設けられたものではないと主張する。しかしながら,上記1(2)のとおり,「印 M」は,芯Sに開けられた穴であるから,内側面にも設けられていることは明らかである。原告の上記主張は,採用することができない。

さらに,原告は,「トイレットペーパーの左右が判り,それ故に上下の確認がとれ,トイレ等内においてペーパーホルダーにそう入する際に簡単に上下の判別ができ得る」との認定部分は,引用発明の効果に関するものであるから対比に用いることはできないと主張する。しかしながら,上記認定部分は,「印 M」の機能をもってその構成を特定するものであって,原告の主張は前提を欠くものであるから,採用することはできない。

以上のとおり,審決の一致点・相違点の認定には,誤りはない。

したがって,取消事由2は,理由がない。

4  取消事由3(相違点の判断の誤り)について

上記1に認定判断のとおり,引用発明の「印M」はトイレットロールの上下が分かるものであり,ここでいう「上下」はトイレットロールのペーパーの取出し方向,すなわち,周方向の向きと同義である。したがって,引用発明の「印 M」によりトイレットロールの周方向の向きを判別できるものではないことを前提とする原告の主張は,採用することができない。

また,原告は,トイレットロールのペーパー部分に識別子の付された周知例1~周知例3に開示された識別子を,引用発明のトイレットロールの芯部分に適用する動機付けはないと主張する。

そこで,検討するに,

①  周知例1(甲3)には,ペーパーの引き出し方向が視認できるように,ペーパーの最表部の引出し口に引出し方向に向けた符号を設けたトイレットロールが(【0001】【0003】~【0006】【図1】参照),

file_6.jpg②  周知例2(甲4)には,回転方向やテール端部端縁側の自由部分の位置を視認しやすくするために,狭窄部の狭部側がテール端縁側に位置されるように連続的又は断続的にエッジエンボスを配した衛生薄葉紙ロール(トイレットロール,キッチンロール等)が(【0003】【0004】【0006】【図1】),

file_7.jpgCai) ics ai③  周知例3(甲5)には,トイレットロールの巻方向や上下方向が判るように,ペーパーの表面に巻方向を表わす矢印や上下方向を表わす文字や印を印刷したトイレットロールが(考案の詳細な説明),

file_8.jpgそれぞれ開示されている。これらによれば,トイレットロールに周方向の向きを特定する印(識別子)を設けることは,本願優先日前の周知技術であったと認められる。そうすると,左右の判別を介して上下(周方向)の判別をする引用発明において,「印 M」をより直接的に周方向の向きを特定する印とするために,この周知技術を用いて,「周方向のいずれか一方の向きを特定する識別子」とすることは,とりたてて創意を要することなく当業者が適宜なし得る程度のことにすぎない。

原告は,上記周知技術を引用発明のトイレットロールの芯部分に適用する動機付けはないと主張する。

しかしながら,印(識別子)を付す際にその目的や意味を理解しやすいようにすることは,当業者であれば常に考慮することであるところ,上記周知技術にある印(識別子)は,上下(周方向)の判別を直接的に明らかにすることができるものであるから,当業者としては,まず,トイレットロールの芯部分にある引用発明の「印M」を上記周知技術にある印(識別子)のような記号形態に変更することを試みようとするのであり,動機付けは十分にあるといえる。当業者が,上記周知技術にある印(識別子)を引用発明のペーパーの最表部に適用することを試み得るとしても,それは,引用発明の「印M」を上記記周知技術にある印(識別子)に変更することを試みることと併存し得るのであり,相違点が容易想到であるとの判断を妨げるものではない。

原告の上記主張は,採用することができない。

そうすると,相違点を容易想到と判断した審決の判断には,誤りはない。

したがって,取消事由3は,理由がない。

第6結論

以上のとおり,取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 森岡礼子)

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